ゲスト
(ka0000)
【蒼乱】これまでの経緯




【蒼乱】での動向が描かれたストーリーノベルとやらは、順を追ってここで公開されていくようね。
過去に何があったか、そして今後どうなっていくのか。
適時、確認を勧めておくわ。
ラヴィアン・リュー(kz0200)
更新情報(12月5日更新)
過去の【蒼乱】ストーリーノベルを掲載しました。
【蒼乱】ストーリーノベル
各タイトルをクリックすると、下にノベルが展開されます。
それもこれも、トマーゾ・アルキミアが反重力機関とマテリアルエンジンの秘密を公開しなかったせいよ。
ロッソの消失はマテリアルエンジンに問題があったのではないかと考える連合議会は、トマーゾに詳細な情報開示を求めていた。しかしトマーゾはそれに応じず、問題が解決されない危険なサルヴァトーレ級の建造は難航してしまった。
私は元SOTの経歴を買われ、CAMパイロットの教導官として活動していたんだけど、軟禁状態にあるトマーゾの護衛として……平たく言えば監視要員として送り込まれる事になった。
正直、教導官の仕事にも辟易していたから……教え子が戦場で死ぬのはいい気分じゃなかったし……それに、サルヴァトーレ級の秘密を開示しないトマーゾに腹も立っていたから、快く引き受けたわ。
でも、彼は尋常ならざる人嫌いで、徹底的に他人を信用しなかった。
彼の顔を直接見る事も、言葉を交わす事もなく、丸一年が経過したわ。我ながら無駄な時間を過ごしたと思う。
あれは2015年12月1日の事。トマーゾのいる月面基地崑崙がVOIDの襲撃を受けた時、ようやく私は彼と直接行動を共にしたの。
研究室を飛び出した彼が向かったのは造船ブロック……つまり、サルヴァトーレ三番艦が建造されている場所だった。
私達が到着した時には既にVOIDの侵入を許し、戦場となっていたわ。
でもトマーゾは戦闘などお構いなしに破壊されたロッソに……というよりは、そこに居たVOIDに近づいていった。
CAMに近い形状を取るVOID。私達は擬人型と呼んでいたのだけれど、その中でもそれはひときわ異質に見えた。
その怪物はトマーゾを視界に収めると、突然戦闘行為を停止し、部下のVOIDを率いて撤収していった。
わけがわからなかったけど、とにかくそれで戦闘は終了した。問題はこの後ね。
「ラヴィアン中尉だな。一年以上もわしを研究室に釘付けにしてくれた大うつけめ」
というのが彼の私への第一声だった。
トマーゾ教授は人間ではなくコンピューターじゃないかって噂があったけど、あれを見たらただの法螺話とは思えないわ。
80歳を超えているはずなのに、見た目はかなり若かった。せいぜい40代かしら?
彼は私と、私の部下、つまり自分を監視していた部隊を研究室に招き入れ、言ったの。
「これから貴様らを異世界に転移させる。細かい指示についてはこのディスクに記録されている。CAM内で確認しろ」
当然だけど、さっぱり意味がわからない私たちは困惑したわ。
彼は面倒くさそうに、しかし確信を込めた口調で真実を語り始めた。
サルヴァトーレ・ロッソは消失したのではなく、異世界に転移したということ。
そのロッソは恐らく、異世界で今も活動しているということ。
この地球――リアルブルーの他に、様々な異世界が存在するということ。
そしてVOIDは、それら異世界から出現しているということ。
トマーゾ本人から訊かなければとても信じられないような話ばかりだったけれど、私は信じはじめていた。
こんな嘘をつく必要性がどこにあるのか。そもそも、VOIDという敵がなんなのか、地球の誰もわかっていないのだ。
前線で戦わされる兵士に降ろされる情報はごく僅かだ。だが、統一連合議会はこの事を知っているのだろうか?
トマーゾを使っている連合宙軍の上層部はどうだ? まさか、なんの素性も知らずこの男と組んでいるとは思えない。
私が感じたのは強い怒りだった。この星の――地球の政府の上層部は、きっと真実を隠している。
隠されたまま、戦場に送られた兵士が死んでいる。民間人が死んでいる。それが私には我慢ならなかった。
今にして思えば、教授は私の性格を見抜いていたのだと思う。
だからこそ真実を語り、私がそれに乗ると見ていたのだろう。
「ただし、異世界への転移は一方通行だ。どこに転移するかも、わしにはわからん。しかし高い確率で、いずれかのゲートの付近に転移するじゃろう」
「ゲート……?」
「クリムゾンウェストには――というかこのリアルブルーにも、他の世界との繋がりが強い場所、壁が薄い場所がある。それを技術的に整えた場をゲートと呼ぶ。元々“跳びやすい場所”故に自然と集まりやすいが、だからこそ貴様らの生存確率は絶望的なまでに低い」
「ちょっと……」
「ゲートは殆どが闇の眷属……ああ……VOIDに支配されているはずだ。転移してすぐ襲われて全滅する可能性もある。故に、貴様らには特殊な装備を与えておく。わしが作った装備だ」
そう言って彼は見たこともない試作兵器を次々に取り出し、私たちに渡していった。
「本当は全員覚醒者にしてやれればよかったんだが、まあ贅沢は言うまい。CAMもあれば、しばらくは保つだろう」
「それで、私たちは何をすればいいの?」
「細かい話はディスクにあると言っただろう。だが、そうだな……まずはロッソを探せ。そしてディスクを渡すのだ。欠けてしまったデータがそこにある。状況にもよるが、あるいはそれですべてが解決するやもしれぬ」
一人でブツブツと言っているトマーゾの言葉が何を意味するのか私にはわからないことだらけだった。
でも、このままでは地球はVOIDに負けてしまう。わかってもわからなくてもやるしかない。それが事実だった。
「VOIDを駆逐する為に、すべての世界の力が必要だ。リアルブルーだけでも、クリムゾンウェストだけでも奴らには勝てん。ラヴィアン、VOIDから逃げ続け、異世界を知れ。そして信じられるチカラを探すのじゃ。きっとVOIDはわしの使いである貴様らを追うじゃろう。追いつかれるその前に、ロッソと合流しろ」
転移というやつは、できるタイミングが決まっているらしい。
一方通行の転移を少人数に施すだけで、月面都市全体のシステムが一時的にダウンするくらいのエネルギーが必要らしかった。
そして、転移できるのはわずか数秒間だけ……それは、星の巡りの問題だと言っていたけど、あの時はファンタジー過ぎてついていけなかった。
私は数名の部下を率いて、CAMに乗って転移した。2015年12月14日のことよ。
そして北方……リグ・サンガマに降り立ったの。
当然だけどすぐに強欲のVOIDに襲われたわ。流石に部隊員全員がパニックになって、竜との戦闘で結構な損害を受けた。
でも、派手に戦闘をしたのが良かったんでしょうね。龍園から現れた部隊が私達を救助し、青龍に合わせてくれたの。
あとは、あなた達も知っている通りよ。私は北方と西方の連絡をつけるため、悪戦苦闘してたってわけ。
これでわかったと思うけど、私も実はトマーゾについてはよく知らないの。
彼が何者で、何故二つの世界を結ぶ力を保っていたのか……マテリアルエンジンとはなんなのか。
それを確かめる為にも、もう一度地球に戻らなきゃならない。
地球の状況は良くないわ。いつまた崑崙が襲撃を受けるかわからないし、あそこが落ちたら地球は丸裸になる。
地上のあちこちで、大勢の人が死ぬ。そうなる前に私たちは戻らなきゃいけないの。
彼が言う……世界を救える力と共に……ね。
事になる可能性もあります。そもそもリアルブルーに行けるとも限らないので、民間人の搭乗はおすすめできません」
「実験部隊……“調査隊”が必要ってワケね……」
未知の環境でも戦闘力・生存力を発揮できる人材と言えば真っ先に思い浮かぶのはハンターだ。
しかし、彼らの誰もがリアルブルーに行きたいわけではないだろう。
この世界を守る為に命を張ってきたのだ。当然、このクリムゾンウェストに思い入れがあるはず。
「……ともかく、ソサエティに話を通さにゃ始まらん。調査隊組織への協力について、ナディアに話を聞いてくれ」
「彼女、リゼリオでお祭りの実況解説やってたけど……」
「なんでやねん!」
ラヴィアンの返答にダニエルが思わずツッコミを入れた。
そうした建造物が既に存在する以上、運び込むべきは食糧や医療品、武装類が主だ。テントがなくても暖かい場所で体を休められるのは、北伐を経験した兵士には涙が出るほどうれしい知らせだった。
ともあれ龍園付近に停泊したままのロッソにすぐに運び込める物資としては、北伐戦の残りが妥当なのである。
「何を見ているの? クリス」
クリストファー・マーティン(kz0019)がぎくりと背筋を振るわせる。背後にはラヴィアンの姿があった。
「や、やあラヴィアン。久しぶりだね……いやー、縁がなくて再会が遅れてしまった。実に残念だよ」
「そう? あなたが避けてただけでしょ」
苦笑いを浮かべるクリストファーの隣に立ち、ラヴィアンはロッソを見上げる。
「一体どれだけの人々が、不確定な実験に付き合ってくれるかしら」
「さて。こればかりはちょっとね。民間人からの応募も殺到してるけど、転移に失敗した時どうなるかわからないから、受け入れるわけにはいかないしな」
「私たちにとってはただ元の世界に戻るだけ。でも……この世界の人々にとっては未知の世界。それに、直ぐに戻れるかどうかもわからない」
「世界の壁の厚さを彼らは良く知ってるよ。家族や友人、恋人と二度と会えないかもしれない。そんな実験だ」
ラヴィアンは眉間の皺を深く濃く刻み、俯く。
「彼らを巻き込みたくないって顔してる」
「……そうね。認めるわ。でも、どうしても必要なの……地球を救う為に」
「彼らは、ハンターは特別な力を持ってる。でも、兵器じゃない。ただの人間だ。だからこそ、きっと付き合ってくれると思う。そして俺はその気持ちに全力で応えたい」
「あなた、昔と全然変わらないわね」
「お互いもう無鉄砲・無責任じゃいられない歳だし、立場だよな。だからこそ、後に続く者の道は作らなくっちゃ」
「それが女性に言う台詞かしら?」
「おっと、失礼。でも君が気にする性質かい?」
笑いあう二人の背後、物資コンテナの影に隠れる人影があった。
「ただの世間話です、かぁ。どちらにせよ、真実には近づいて貰わねば困るんですよ。連合議会の為にも、ね……」
手元に光らせた拳銃を懐に隠し、気配と共に男は姿を消した。
「戦場に広域ジャミングが発生! サルヴァトーレ・ブルとの長距離通信途絶!」
「多数の擬人型を確認! 以前襲撃を行ってきた、白い個体です……早い……もう第一次防衛ラインを突破されました!」
「崑崙全域に避難勧告! 一般市民はシェルターへ避難させろ、人命保護が最優先だ! またここに突っ込んでくるぞ!」
地球――リアルブルーの宙(そら)の守りの要。月面基地“崑崙”内には、警報がけたたましく鳴り響いていた。
ここはあらゆる防御戦略において必要不可欠。この基地があってなお、取りこぼしたVOIDの母艦が地上では戦乱を起こしている。
今やこの世界のどこにも安全と呼べる場所は存在しない。それでも彼らの命を支える最後の盾として、崑崙は宙を守り続けてきた。
そこへ、次々とVOIDが突撃してくる。指令室にまで響く地鳴りは、簡易な隕石ならば弾ける崑崙のシールドを貫通し、VOIDがドームを突き破った証だった。
「か、各員白兵戦に備えろ! これより出入口は封鎖する! 何としても指令室は守らねばならん!」
「指令室に……意味あるんですか? VOIDはこっちの長距離通信を無効化してくるのに……」
一人の女性オペレーターの呟きに上官の男は青筋を立てて振り返ったが、その表情はすぐに変わった。
もうオペレーターは誰一人手を動かしていない。できることがないのだ。無力さと自身に迫った死に怯える者、諦める者……。
「だとしても、だ! 妨害をしている敵を倒せば通信網は復活する! 崑崙内の有線通信もまだできる! どこかで誰かが我々の連絡を待っているかもしれん! 最後まで諦めるな!」
ひりひりと鼓膜が痛むようだ。あるいは脳だろうか。
語りかけてきている。得体の知れない言葉で。形容しがたい気配で。
それはまるでCAMのようだった。CAMの外装などを取り込み模倣したVOID、“擬人型”は、クリムゾンウェストでは歪虚CAMと呼ばれるだろう。
白い擬人型は、光の翼を広げて突っ込んでくる。男は身体の震えを忘れるように雄たけびを上げ、引き金を引いた。
しかし銃弾はまるで自ら目標から逸れるように、あらぬ方向へねじ曲がる。曲がったのは銃弾か、それとも男の認識か。
どちらにせよ白い影とすれ違った瞬間、男の乗り込んだCAMは真っ二つに切断されていた。
『■■■』
最期に聞いたソレが“声”だったのか。それさえもわからないままに。
『この星に直接転移できなくしたのはオマエか? おかげでここに来るまで随分時間がかかった。ベアトリクスだけでは中々決着がつかぬようだから、オレに白羽の矢が立ったのよ』
この歪虚にとってトマーゾの首をへし折ることなど造作もない。
しかし、逃げられぬようにするばかりでそうしない事に、トマーゾは違和感を覚えていた。
「何故、殺さん……?」
『オマエのたくらみについて知りたくてな。サルヴァトーレとか言ったか? あの箱舟……今はクリムゾンウェストにあるそうだな』
「それもお見通しか……」
『フン、知ったのは最近だ。クリムゾンウェストの連中、ゲートを使おうとしている。異世界からの干渉に気付き始めているのだ。トマーゾ……奴らに干渉したのはオマエか?』
「ぷ……ぶはは! はーっはははは!!」
突然笑い出したトマーゾにマクスウェルは首を傾げる。
『ついに気でも触れたか?』
「わしではないわ! じゃが、もしそうならば……賭けをせんかマクスウェル。奴らが“間に合うか、間に合わんか”」
マクスウェルは静かに思案し、それからぱっとトマーゾから手を放した。
『オマエを始末すればオレはとんぼ返りでな。あっけなくてもつまらん。もう暫く、昔馴染みに付き合ってやろう』
そう言いながらマクスウェルは背にした大剣を抜く。
『ただし――こいつは破壊させてもらうがな』
両手で構え振り上げた大剣が赤く光を帯びる。
このリアルブルーではめったに感じられない強力な負のマテリアルが爆ぜると、斬撃は三番館の未完成な船体を襲う。
起死回生の救世主。それを目の前で破壊されたトマーゾにできたのは、血が滲むほど拳を握ることだけだった。
「わらわは奴らが帰ってくるまで、さほど仕事をしておらぬでも大丈夫な寸法よ。ふふふ……はーっはっはっは!!」
その時だ。
――突如リゼリオ沖にまばゆい光が迸ったのは。
高笑いするナディアが背にした窓の向こう、突然衝撃と共に海がねじれ、次の瞬間、巨大質量物が出現した。
まるで海をひっくり返したように――実際に重力が逆巻くように――海水が上空へ舞い上がり、どっと滝のようにリゼリオにまで降り注いだ。
「なななな、なんじゃあああっ!?」
「サ……サルヴァトーレ・ロッソ……?」
ミリアの言う通り、それはサルヴァトーレ・ロッソ。
異世界へ旅立ったはずの、鋼鉄の船であった。
「転移先でいきなりね……まあ、それはよかったのよ。そこまではね。さすがクリムゾンウェスト人、VOIDを蹴散らしてくれたわ」
「ではよかったではないか? なぜそんなしわくちゃになる?」
「ちょっと、なんと言ったらいいのか……。ごめんなさい、報告書をまとめるから、少し時間をちょうだい」
ひとまず皆が無事ならば問題はない。ナディアはそれを受け入れることにした。
大きな作戦を経たのか、ハンターらには疲労の色も見えた。ナディアはそれと知らなかったが、宇宙空間での戦闘は歴戦のハンターにも疲労を強いたことだろう。
「まずは皆に休息が必要ね……」
「向こうに残る者はおらんかったのか? ラヴィアン、おぬしは特に向こうに残ると思っておったが」
「“残れなかった”のよ……二重の理由でね。ああ、まったく……統一議会の連中! 思い出しても腹が立つ!!」
当然、近くのドラム缶を蹴り飛ばすラヴィアン。それでも怒り収まらず、一心不乱にドラム缶を苛め抜く。
「なんじゃ? トーイツギカイ……? あとそのドラム缶、一応港の備品じゃね?」
「トマーゾ……あの野郎!! ●×▲■!!」
「ラヴィアンがいつになくエキサイトしておるので、ここで話す相手を切り替えたいです」
「彼女にとっては、希望を目の前で砕かれたも同然ですからね。なんというか、どの世界も色々とある……という事です」
肩を竦め、ナサニエルは歩き出す。
結局何がどうなったのかわからないナディアは、もやもやとした心の内を空に叫んだ。
「…………報告書はよーーーーーーーーッ!!!!」
三つ。東方領南部、憤怒の本陣。
「憤怒王、九尾獄炎が元々根城にしていたエリアだ。言ってしまえば、彼はこのゲートの門番だったという事だね」
「確かに俺達は侵攻してきた九尾を撃破したが、九尾の根城を制圧したわけじゃねぇ。だから今でも東方じゃ憤怒と小競り合いが続いてる」
「南にゲートがあるという話は黒龍から聞いておらぬのか?」
「それどころじゃなかったからな……。俺も少し調べてみるが、ハッキリとはわからねぇな」
四つ。南方領域、未踏の大地。
「方角的には東方よりも更に南になるが、この地に人類が生活していたという記録は、今のところ残っていない。スメラギ君は何か知っているかな?」
「いや。東方より南はもう鬼はともかく人間が生活できる環境じゃねぇんだ。元々はそうじゃなかったはずだが、今は岩と砂ばかりが広がってるはずだぜ」
「ここはかつて強欲王メイルストロム……つまり赤龍の守護する領域だったらしい。ここで赤龍の身に何かが起きて、彼は強欲王に堕ちた」
「何か……それがゲートに関連した出来事ではないか、という事じゃな? しかし、こんな場所にどうやって進むのじゃ?」
「とりあえずリゼリオから船だな。ここらも汚染領域だから普通じゃ進めねぇが、イニシャライザーと浄化術があれば何とかいけるか」
「イニシャライザーはまじで神じゃな」
三人は状況を確認し、それから深々とため息をこぼす。
「それに付け加え、北方の星の傷跡ゲートか……。どうするんじゃあの強欲王の残ってるヤツ。すこぶる邪魔なんじゃが」
「邪魔っつったって王だから今動かしたらヤバいだろ……。それにしても、汚染された領域が多すぎるぜ」
「そうだね。まさしくこの星は闇に浸食されつつある。それも踏まえて、僕から提案したい」
アズラエルはそう言って二人の顔を交互に見つめる。
「龍園はこれから全面的にハンターズソサエティと協調路線を取る。今回のゲート探索戦にも、もちろん参加させてもらうよ」
「おおー。さすが青龍様、話がわかるのぅ?」
「その青龍様からの確認なんだけどね、ナディア。ソサエティでは“大精霊”を通じて精霊と契約しているんだよね?」
――大精霊。それは全ての精霊に通じる存在であり、時には神と、そして世界とも呼ばれる存在だ。
ソサエティの覚醒システムは、この大精霊の力を受けている。それは以前から伝えられていたことだ。
「そうじゃ。そもそも、精霊との契約システムはリグ・サンガマ製。アズラエルも知っておろう?」
「ああ。だからこそ、違和感があったんだ。そもそも契約システムは北方の物で、契約を伝えると共に世界を救うという約束も成された話は知っているね?」
「おいおい、その話はもうなかったことになっただろ?」
「僕らの中、ヒトの世ではね。でも、大精霊との契約は生きている筈だ。人間の事情なんて関係ないからね。つまり、少し順序がおかしくなるが、君たちハンターは最初から“世界と契約した守護者”だったんだよ」
ハンターと呼ばれる者の多くは覚醒者、つまり精霊と契約を交わした者だ。
そしてその契約は元をたどれば大精霊、すなわち世界に通じている。
ハンターとは、そもそもその成り立ちからして既に世界に認められた守護者であると言える。
「ん……言われてみるとそうじゃな」
「しかしどうも、君たちは世界からなんの干渉も受けていないように見える。なんの“契約”にも縛られていないんだろう?」
「そのはずだぜ。連中が何かに強制されている様子は感じられない」
「だが、一方的に力を貸し与えられるだけなら“契約”とは呼べない。僕が気になっているのは、君たちがどんな対価を支払ったのかだ」
三人そろって険しい表情で考えてみても答えは見当たらない。
そもそも、大精霊という存在がどんなものなのかも、よくわかっていないのだ。
「少し話を混ぜてしまって申し訳ないが、状況を整理しよう。まず、異世界からの歪虚の侵攻に対抗するため、ゲートの確保は必要。これはいいね」
「うむ。急務と言えるのう」
「次に、“大精霊”が何を考えているのか、君たちハンターに何をさせようとしているのかを知ることも必要だと僕は考える。これを明らかにしておかないと、いざという時に危険だからね」
「そりゃ……“世界”があいつらに何かを強いるってことか?」
「可能性の問題だよ。しかし、世界を復興する為にはやはり大精霊の力が必要なんだ。探索先には転移門で橋頭保を作る必要があるから、そのためにも神霊樹の分樹を持っていってほしい」
神霊樹とは、“世界”に巡らされた情報ネットワークであり、その管理者としての精霊にパルムが数えられる。
転移門を設置するためには神霊樹が必要であり、つまり“転移”とは“世界”の力、ネットワークを借りて行われていると言えるだろう。
「神霊樹に浄化の作用はないが、大精霊の触覚である事に違いはない。これからは積極的に神霊樹を植え、“世界”に現状を伝える必要があると思う。その上で、僕と青龍様は世界と対話する方法を探ってみるつもりだ」
「なんだかどこもキナ臭いことになってきやがったぜ……」
「北ばかり目指してきたツケじゃな。まだまだクリムゾンウェストには、解決せねばならぬ問題が残っているということじゃ……」
二人から窓の向こうへと視線を移し、アズラエルは思案する。
やはり、何かこの世界の成り立ちには違和感がある。それは精霊の内にある青龍では感じられない。
人間が真にこの世界の守護者となる上で、明らかにするべき秘密。
それを解き明かす事こそ、彼らへの恩返し。長い年月を生きてきた意味なのだと、男は確信していた。
「クリムゾンウェストという世界そのものが、貴様らを手放したがらぬのよ。リアルブルーに戻ることを拒んでおる。じき自動的に戻されるじゃろう」
「そんな……私はリアルブルー人よ。元々地球で生まれ育ったのに?」
ボルディアはクリムゾンウェスト人。ゆえに、クリムゾンウェストに帰属するのはわかる。
だがフィルメリアはリアルブルー人。ならば、本来はリアルブルーに属するはずだ。
「本来であれば貴様の言う通りじゃ。自然の法則に乗っ取れば、リアルブルー人まで戻されるのはおかしい。つまり、あの世界が異常という事だ。これはわしも予想外じゃよ」
「世界の異常なんかどうでもいいんだよ。んな事より、このまま黙って引き返すってのか? 俺は別にいいさ。けどよ、家族に会えるかもって楽しみにしてたやつはどうなる? 手紙を書いてたやつもいる! 自分の故郷を目前にして、すごすご帰れってのか!?」
「手紙の類は残せません。それに、皆さんの家族にも連絡は届きません。皆さんは既に、書類上は死亡した扱いになっていますから」
自動ドアが開き、ジョン・スミスが姿を見せると、ボルディアはこめかみに青筋を浮かべ。
「オイ。どういう意味だそりゃ」
「文字通りです。もうあなた達の居場所は、地球にはないんですよ」
次の瞬間、ボルディアが振り上げるより早く、ラヴィアンの拳がジョンの頬にめりこんでいた。
「ふざけないで!! 私が……彼らがどんな思いでこの実験に参加したと思ってるの!」
「まあ、そのくらいにしといてやってくれや、中尉」
「なぜ……」
「お前が統一連合議会のスパイだなんてとっくにお見通しだ。そして、お前が俺達を守るために連中に働きかけた事もな」
「そりゃそーじゃろ。スミスはわしの協力者じゃ。つまり、ダブルスパイじゃよ」
「えええええっ!? はあああ!?」
あっけらかんとしたトマーゾの告白にラヴィアンが叫ぶ。
「統一議会の事は、こちらでもう少し落ち着かせておく。その間、貴様らは転移を完全とする為に、ゲートを探すのだ」
「ボクが……皆さんの期待を裏切った事に違いはありませんよ。ボクにできたのは、皆さんへの攻撃を中止させる事だけでしたから」
へらりと笑うジョンの腕を掴み、ダニエルは強引に立ち上がらせる。
「今の一発で、これまでの事はチャラだ。次からはちゃんと、仲間に相談しろよ」
「艦長……」
ジョンは俯き、苦笑する。それからいつものように軽薄に笑い。
「補給物資の手筈は整えてあります。皆さんそれぞれ、船を出ないで再転移に備えてください」
こうして様々な禍根を残したまま、サルヴァトーレ・ロッソは再びクリムゾンウェストへと戻った。
多くの人がその帰還を見送った。悔しさや申し訳なさ、そして不安と共に。
“彼らは本当に、味方なのだろうか?”――と。
あまりにも強すぎる力を持った救世主は――まだ、世界に受け入れられてはいなかった。
「亜人……ですか?」
クリムゾンウェストには、様々な種類の生物が存在している。
リアルブルーには存在しない、クリムゾンウェスト固有の動物である“幻獣”。
それら幻獣の中でも特に高い知性を持つ“妖精”。 あるいは、幻獣が長い年月や信仰を経て昇華された“大幻獣”。
自然や生物の意思がマテリアルを伴って構築される“精霊”。
彼らは自身の生活の為、あるいはそれ以上のものを求め、歪虚と手を組んだりすることもある。
「一般的にはな。だが、そもそも人類を明確に敵視している個体は、既に歪虚化していることが殆どじゃ」
それは亜人も人間も動物も同じことだが、それぞれの生物は死後、歪虚となる可能性がある。
コボルドやゴブリン、ジャイアントなどが負のマテリアル環境下でも生存できるのは事実だが、彼らも長らく歪虚と行動を共にすればいずれは闇に堕ちる。
「つまり、まだ歪虚化していない個体であれば、共闘できる可能性はある」
「南方や暗黒海域で目撃されたコボルドは、人類に敵対的ではない個体も存在するとの話ですが……」
「一応、少数とはいえ前例はあるぞ。ハンターの中にはそれを経験した者もおるじゃろう。それに、亜人も場合によってはマテリアルの力を帯びる事もある。王国で起きたゴブリンの事件を覚えておるか?」
「ええ、もちろん。そういえば、ゴブリンも組織的な行動が可能でしたね」
「この世界の覇者は客観的に見てもヒト……人間じゃ。数がとにかく多い。エルフやドワーフもそればかりは真似できまい。人間は己と協調路線を取る者は受け入れてきたが、そうではないものを敵として切り捨ててきた。しかし、負への耐性があるからといって敵とは限らぬ。それは、鬼のケースが既に証明しておろう」
そう、何が敵で何が味方かなど誰にもわからないのだ。
それぞれの歴史があり、それぞれの立場があった。ただそれだけの違いに過ぎないし、それはこれから変わる可能性だってある。
「こればかりは現場の判断に任される部分も多いが、人類未踏の領域じゃ。現地亜人との協力も必要となるやもしれぬな」
「大渓谷では未知の文明による防衛装置が確認されているそうですが、これも亜人のものでしょうか?」
「それにしては高度すぎるが……んー、そもそもわらわの記憶にないということは、ざっくり300年以上前からあるってことだから、もうマジで得体の知れない何かじゃな……こわいわー」
「なんだか、知らない事ばかりですね。これまで気にも留めてませんでしたけど……」
亜人との付き合い方や、世界に未踏の領域があるなど、これまでは捨て置かれていた事だ。
敵だという理由だけで思考停止し、ただ駆逐してきた。彼らの事情に思いを馳せることもなく、一方的に力で支配しようとした。
なにせ人類には余裕がなく。歪虚をある程度北まで押しのけた今だからこそ、ようやく隣人に目を向ける事が出来るわけで。
「昔はな、亜人から領土を奪うのは騎士の誉れであった。実際、帝国などはそうやって切り開かれた国じゃ。だがそこに住んでいた者たちは居場所を追われ闇に堕ち、人類の敵となった」
「それは……」
「あやつ……ナイトハルトを非難するつもりはないよ。ただ、世界を救うとはどういう事なのか、考えてゆかねばのう」
あの時は、何よりも人類の守護が優先され、結果を見ればそれは正しかった。
しかし、何かを犠牲にしなければ世界を守れぬというのなら、それはあまりにも虚しい平和だ。
そう思えるようになったのも、ハンターたちのお陰なのだが。
「何を切り捨て何を守るのか、それは結局ハンターの自由じゃ。何より奴らが守らねばならぬのは己の命……そううまくは行かぬじゃろうな」
「ところで総長。各地で珍しい資源が見つかっているそうなのですが」
「ん? 何に使えるかわかってるの?」
「それが、さっぱり」
「じゃあソサエティで買い取って調査してみたらどうでござろう? 武闘大会のお陰で資金は結構あるぞ」
「そうしますか。シルキーには話を通しておきますね」
そう言ってミリアは総長室を後にした。ナディアは過去の記録を綴った本を閉じ、兄と同じデザインの眼鏡をケースに戻した。
「ある、と予想はしている。が、あそこは我々でも自由には動けぬ。“あの世界”の技術が使われているのでな」
その言葉にマクスウェルの肩がピクリと揺れる。何かに感づいたのだろう……が、ラプラスはその更に上を行き。
「それは恐らく誤解だ。ただの偶然だろう」
『チッ。まあ、機械人形相手に戦っても面白くもないがな!』
「そんなに気がかりか。トマーゾ・アルキミア……とうに終わった守護者の事が」
そっぽを向いたマクスウェルは何も答えない。ラプラスはそれを一瞥すらせず、ふわりと浮き上がり。
「マクスウェル、あなたには他の場所を任せる」
『ああ。先ずはこちらの歪虚の様子を確認しつつ、南に向かう。久方ぶりの戦い……ククク、楽しみだ!』
二つの影は同時に闇に消えた。文字通り痕跡も残さず、この場所から転移したのだった。
「トマーゾが私たちに秘密を教えないのなら、奴から聞き出してあのジジイの鼻を明かしてやるのよ……フ、フフフ……!」
「わかったからおぬし少し寝た方がいいぞ、目がだいぶキてる。ともあれ、敵の動きが活性化しているのは事実じゃ」
ナディアは立ち上がり、ぐっと握り拳を作る。
「これからは黙示騎士の妨害も想定し作戦を進める! なんとしてもゲートを奪い、リアルブルーへの道を開くぞ!」
南方、砂漠にひしめく強欲竜たちは、王たるメイルストロムの帰還を今も待ち続けていた。
既に滅ぼす敵すら消え去ったこの砂の大地において、竜たちの眠りは妨げられぬ筈であった。
『フン、腰抜けどもが。いつまで引きこもっているつもりだ。まあよい。戦わぬというのなら、戦いたくなるようにするまでよ!』
そう言ってマクスウェルが剣を掲げ、赤い光をばらまくと、竜たちは悲鳴をあげ、苦しみから逃れるように翼を広げる。
『戦え、戦え! 戦いこそが恐怖と苦痛から逃れる唯一の手段よ! フフフ、ハハハハハ!!』
正気を失った眼差しで、強欲竜らは人類軍の拠点へと突き進んでいく。
もはや彼らは忠義でも憎しみでもなく、恐怖によって統率されていた。
『行くぞ、ニンゲン共。楽しい楽しい戦争の始まりだ!』
「奴とは以前戦ったが、難しいじゃろうな。だが、時間を稼ぐことはできる。増援が駆けつけるまで、持ちこたえるのじゃ!」
高笑いの後、マクスウェルが動いた。
異質な力を持つ黙示騎士を退けなければ、南方の戦況はひっくり返されてしまうだろう。
いよいよ出現したマクスウェルとの戦いが、南方の大地で始まろうとしていた……!
竜の巣から消えたマクスウェル。同時期、大量の歪虚が出現した暗黒海域。
その二つに関連性を睨んだナディアは、竜の巣から引き続き、暗黒海域への派兵を決断するのだった。
「せっかく暗黒海域の探査はうまくいっておるのじゃ。解決法を見つけるまで、ハンターらには踏ん張ってもらわねばな」
駆け込んできたミリア・クロスフィールド(kz0012)の言葉に二人はそれぞれげんなりとする。
「予想はしていたけれど、今度は大渓谷とはね……」
「なんか去年もピースホライズンはトラブってたような気が……。いや、ともあれ放置はできまい。大渓谷から敵を出さぬよう、防衛線を敷くぞ!」
大渓谷の奥深くでいくら不可思議な機械兵器が動いていようが問題はないが、これが外に出ようというのなら話は別だ。
ピースホライズンや、大渓谷沿いに存在する王国、帝国の都市にも被害が及べば由々しき事態となる。
グラン・アルキトゥスを退けたハンターらに、次は大渓谷への出撃依頼が下るのだった。
「異世界から来た歪虚、ですか……」
部下からの報告を受け、優男は棋譜を片手に盤上の駒を動かす。
とにかく一人で時を過ごす事が多かった彼にとって、ヒトの生み出した娯楽はどれも尊いものだった。
かつて憤怒の王たる九尾獄炎は、結局のところその愚かしさ故に人類に後れを取った。
そしてその愚かしさとは憤怒の持つ激情そのもの。愚かにも“憤怒”にかられた結果、獄炎は倒れたのだ。
故に、その“九尾が死に際に切り離した尾”である優男は嫌悪する。“憤怒”という激情を。
そしてヒトの持つ狡猾さをこそ美しく思う。あれこそが真の強さ、真の美ではないか、と。
憤怒の軍勢はとうに王を失った敗残兵であり、自分もまた所詮王の残留物に過ぎない。
故に、あらゆるものに執着はなく。あらゆるものが興味の外。
優男はただ、自らが憤怒であり、憤怒王の一尾であるという現実に失望し……。
しかし、決して消せない人類への復讐心に絶望し続けていた。
「盤上にある限り、駒はその役割から逃れることはできません。それは私も、秋寿さんも、青木さんも同じこと……」
惰性で続ける復讐にも虚しさを覚えて久しい。
盤外からの一手。この“枠組み”さえ壊す力には、魅力を感じていた。
「でも、勝手に決めたら秋寿さんも青木さんも私を怒るでしょうか?」
頬に手を当て、うーんと一考し。
「まあ、それもよいでしょう。あの二人が怒っている顔も、想像するだに胸躍りますしね」
燭台の並ぶ岩戸を出ると、そこには灼熱の溶岩ひしめく火山地帯が広がる。
その景色を眺め、優男は部下を呼び寄せる。
「巷を騒がせている黙示騎士さんに連絡を。一度お会いしたい、と――」
「蓬生! 蓬生、留守か!?」
「はいはい。今戻りますよ」
裏切りの通知を終えた優男――蓬生は何食わぬ顔で席に戻っていった。
「ずっと眠っていただけなのに、戦わされて壊されたこの子らの事である」
黒の夢の見つめる先には、破壊された自動兵器の残骸が転がっている。
それを確認し、ラプラスは心底不思議そうに首を傾げた。
「なるほど。その定義で話を進めるのならば、まさしく私が元凶だ。ではどうする?」
「悪い子にやるべきは決まってる。お・し・お・き……なー?」
「願ったり叶ったり。かかってくるがよい、“新人類”諸君。あなた達が“すべての世界”にとってどのような存在となるのか、ここで天秤にかけさせてもらうとしよう」
明確な敵意はないまま、しかしラプラスは確実に攻撃的な素振りを見せる。
ハンターらはそれに呼応するように、再び身構えるのだった。
「ないない」
「神霊樹のデータベースには?」
「あれを人類側が正しく機能させたのは結局ハンターズソサエティ設立頃じゃ。まあ、神霊樹そのものは南方の滅んだ文明にも残されていたようじゃし、実はソサエティが運用開始する前から存在して、その当時の人類がいじってたっぽくはあるが……」
「遡ってデータを閲覧できない?」
まさにその通り、という具合にしきりにナディアは頷く。
「人類の歴史はすべて“王国歴”で語られておる。というより、それ以前の世界が圧倒的な空白なのじゃ。まるで何もなかったところにいきなり王国ができたかのような記録のされ方をしておる」
「単に資料整理されてないだけじゃなくて?」
「資料整理されていないことは本当に申し訳ないです……ガンバリマス……」
「となると、結局あの遺跡についてのヒントはない、ということね……」
「古代の神霊樹を再生したり……そうじゃな。それこそ青龍様に思い出してもらうくらいしか手がないのう。そっちはアズラエルがやってるようじゃが」
二人してああでもない、こうでもないと言い合って、結局答えに辿り着けず溜息を溢す。
そんな風に肩を並べる様子を遠巻きに眺め、ミリア・クロスフィールド(kz0012)は優しく微笑むのであった。
「総長……最近はお友達が増えて、良かったですね……」
「……ぶえっきし! うう、埃か……?」
「どうでもいいだろ、そんなこと」
アーサーはがしゃりと肩に刀を担ぎ、溜息を溢す。
「結局ここで考え込んだところで答えなんざわからねぇし、あの女の戯言って可能性もあるぜ」
まったくもってアーサーの言う通りである。
気になる事や引っかかるものがあるのは確かだが、ハンターらはひとまず大渓谷から引き上げることにした。
死にそうになったから一応生き延びる為に分離されたモノがこんな形をしているのは、九尾は己の“人間的理性”を軽んじていたわけで。それになにか期待されても困る。
分断されても大部分はもう消滅しているのだから復活なんて到底不可能だし、一応王の一部だから憤怒の眷属は持ち上げてくるが、正直連中にさしたる情もありません。
「私ってなんなんでしょう?」
『オレに訊くな……』
「こんな醜い自分が大嫌いでいなくなってしまえと思うのですが、よくよく考えたら違うと気づいたのです。私が消し去りたいのは私という“個”ではなく、私を産み落とした“全”」
――それ即ち、世界。
「だから破滅を望むのです。自分自身も含めるので、要するに世界全てとの心中ですね」
『ナルホド。オマエの頭がぶっ飛んでいるということはよくわかった』
「お恥ずかしながら王のすみっこでして、このままでは大願成就は夢のまた夢。ここらで一つ、黙示騎士さんの知恵をお借りできないかと」
『利害は一致しているので吝かではないがな。ならば頼みがある。人類の注意を引き付け、時間を稼いでほしい。こちらにも色々と段取りがあってな。事の暁には、オマエにとっても悪くない取引となるだろう』
「有難い申し出ですね。では、とりあえずそこらを散歩してきます」
『オイコラ』
「早合点、早合点。私はほら、王のすみっこですから。ただ歩いているだけで、注目は集まりますよ。きっと」
自ら囮になるということ。それを理解し、マクスウェルは頷く。
虚空に姿を消したマクウスェルに後れ、蓬生も要塞から飛び出していった。
自分たちの縄張りを荒らされることになるクリムゾンウェストの歪虚にとって、黙示騎士の存在が面白いはずがない。
我関せずを貫く者もいるだろうが、基本は否定から入るはず。ナディアはそう考えていた。
「ひとまず、警戒しつつ様子を見るとしよう。お望み通りは癪じゃが、蓬生を追撃し、憤怒本陣を目指すぞ!」
「ルビーは自分がいかような存在なのかははっきり覚えておらぬようじゃが、おそらくは遺跡に出現するオートマンの類じゃろう」
「オートマンにも自我があった、ということかしら?」
「いや、そこまで高度な演算記憶能力は保持していなかったはず。特別な機体なのじゃろうな」
ルビーはハンターらと交流し、ピースホライズンまでとはいえ、この世界の文化に触れた。
誰が、いつ、何のために作ったのかもわからない、恐らくは異世界の機械少女は、とても孤独だ。
「意思をもつ機械の人権ってどうなるのかしら?」
「それ以前のコボルドや魚人の人権をどうするかでわらわは既に頭が痛いぞ。一部は既に敵対しておるしなー」
そして、それらのゲート探索とは別に東方の詩天で起きていた事件。
三条家、そして東方の前線にほど近い詩天の復興とそれに伴ういくつかの騒動の中で明らかになった、新たな敵の存在。
「歪虚と化した三条秋寿と、その裏に潜む更なる敵。詩天での戦いはゲート探索とは少し異なっていたが、後につながることになる」
あれが異世界に歪虚の脅威があるという危機感をクリムゾンウェストに知らしめた切っ掛けであり、サルヴァトーレ・ロッソの転移実験が急がれた理由でもあった。
「黙示騎士はその先遣隊、と見ることもできるわよね?」
「再び狂気の介入がある可能性も考慮すべき、ということじゃな。うむ、その通りじゃ」
何もない、とは考えていない。だが、それを闇雲に恐れても仕方がない。
戦況が優勢なのは事実。このタイミングで追撃を行わない、という選択肢はなかった。
「マクスウェル、どうするつもりだ」
人類が攻め込んでくることは既にわかっている。南方の荒野に立つマクスウェルに会いに来たラプラスが問う。
『どうするもこうするもないだろう。オレ達はニンゲン共を迎え撃つ。それ以外にやることは無いだろうが!』
「それはいいのだが、守護者共とやり合えると思っているのか?」
『ラプラス、確かにオマエの言うとおり、連中は驚くべき力を持っている。だがそれでこそオレが屠るエモノにふさわしい!』
「分かっていないようだな。私の見立てではこの戦い、間違いなく我々が負ける」
『ナニィ……?』
マクスウェルの見せる剣呑な雰囲気に、ラプラスは一息入れてその理由を短く、明快な言葉で説明した。
「簡単だ。この戦いは“アンフェア”だからだ」
「南方の極地戦にも対応できるよう、錬魔院チームがサポートするのね! ワカメいなくてもこれくらいよゆーなのよさ!」
「サルヴァトーレ・ロッソも戦闘には参加できぬが、艦内プラントは問題なく稼働しておる。機甲兵器の改造には手を貸してくれるそうじゃ。ブリジッタ、ロッソのクルーとも協力し、作業に当たってくれ」
「合点承知の助!」
それぞれのやるべきことは決まった。あとは実際に行動を起こすだけだ。
「現時点を以てヴォイドゲート攻略戦――蒼乱作戦を発令する!」
ナディアの振り下ろした掌と共に、戦いが始まろうとしていた。
だが恐らくマクスウェルがいるとすれば派手好きなあの性格だ、あの火山周辺だろう。
いなければ、恐らくヴォイドゲートのそば。どちらにせよ戦力をそちらへ傾ければ、敵の目を惹き付ける事になる。
コボルドの本拠地へと帰ってきたイズンは描かれた壁画を見る。
火山の中で丸くなる龍。この龍は『赤の龍』なのか、それとも『強欲王』なのか。
どちらにせよ、噴火を回避しなくては自分達の命も危ないのだ。
イズンは靴音を響かせながら、王となったケンの元へとナディアからの話しを伝えに向かった。
白竜ほどの歪虚が落ちればすぐにでも噴火が始まる……そう見立てていたマクスウェルだったが、中々噴火が始まらないことに業を煮やして火口を降り、ヴォイドゲートの前で丸くなっている巨大な竜を見て合点がいった。
『おぉ?! まだ生きてたのか……』
それはハンターとの戦闘の結果、濃縮された負のマテリアルプールに落ちた白竜だった。
しかしその外見は、かつての白い美しい鱗が見る影も無く爛れたように腐り落ち、水ぶくれのように全身を腫れ上がらせている。
『フハハハハハ、“腐っても門の守護竜”ってか? あぁ、イイ面構えになったじゃねぇか』
マクスウェルを睨むその濁った双眸には既に知性の光は無い。
かつて『王龍の間』と呼ばれたこの場を守ること、全ての正のマテリアルを滅ぼすこと、その執着だけが全てとなった強欲竜がそこにはいた。
『あぁわかったわかった。ここはオマエに任せる。オレは地上でハンター達をお出迎えしてやるかな』
じゃぁな、と手を振りマクスウェルは火口から地上へと昇った。
『まさかこのまま噴火するのを指咥えて見てるだけ……なんてこたぁねぇだろ? 早く来いよ、守護者サマ』
何にせよ、一度活性化した噴火へのエネルギーは止まらない。
想定より少し時間がかかったところで噴火は必ず起きる。
竜の巣と呼ばれるマテリアル火山の頂上で、マクスウェルは楽しげに黄色い南方大陸を見下ろしていた。
●
「我々には足らないものがある。頭数は集められても、それを集団として的確に動かしつつ、時には個々となって動く……そのような有機的とも言える存在に変える者がおらぬ。それではアンフェアだろう」
ラプラスはルビーに語りかける。それを彼女は静かに聞いていた。しかしその顔には恐怖と困惑の表情が浮かんでいた。
「人型インターフェースよ、それを変える存在があなただ」
「……私は人形インターフェースですが、私にはルビーという名前があります。それでお呼びください」
ルビーはこの時はっきりとした意思を示した。しかしラプラスは頭を振ってそれを否定する。
「人型インターフェースに名前があっても無駄だと思うのだが、それがあの者達の力の源かも知れぬな」
ラプラスは感情を一切込めずにそう言葉を続け、そして真っ直ぐとルビーのもとへ歩み寄った。
「緊急状態と判断します。セキュリティシステム作動。左手装備展開、作動します」
この時ルビーが動いた。警告をそう一つ告げると左手を掲げる。次の瞬間この部屋一帯が炎に包まれた。一瞬のうちにラプラスの体にも炎がまとわりつきその身を焦がす。しかしそれを受けた彼女の反応もまた驚くべきものだった。突如その石像のような人の形を変え、口を体よりも大きく広げる。そしてすぅ、と吸い込み始めると、この部屋を埋め尽くしていた炎は全て彼女の中へと飲み込まれてしまった。
「楽しい、怖い、面白い、悲しい……そういった感情を学んだあなただからこそ、我にはやはり必要なのだ」
そしてラプラスはその手を伸ばし、ルビーの額に付けた。するとその手はドロリと溶け、ルビーの頭の中へと染み込んでいく。
ラプラスがルビーに触れてしばし後のことだった。一度目を閉じたルビーは再び目を開く。
「攻勢防衛モードに移行します。人間を含む全ての生命を殲滅します」
その時、少女のそのルビーのように深く紅い瞳が光り輝いた。
遺跡内に眠っていた自動兵器たちが次々に動き出す。
「あなたにとっては不条理かもしれぬな。だが、時も世界も超えたこの地であっても、役割は果たすべきなのだ」
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ふむ、と息を吐くコレット。水月は後頭部で手を組み笑う。
「でも、ちょっと面白そうだね」
「これからの動き方を決めるには、軽くでも偵察が必要かもしれぬな……」
「あの……もしエバーグリーンに行けば、ルビーさんを治療する方法も見つかるでしょうか?」
「……可能性はゼロではありません」
曖昧な言葉と共に小さく微笑むルビー。それが慰めの言葉に過ぎない事は都も理解していた。
難しい状況に思案するナディア。と、そこへ通信機が音を立てた。
ボタンを押すと、会議室のモニターにサルヴァトーレ・ロッソ艦橋の映像が繋がる。
『こちらサルヴァトーレ・ロッソ、ジョン・スミスです。憑龍機関の調整はバッチリ終わってますという報告と……』
『おお、ようやくつながったようじゃな』
「ていうかどうしても行かなきゃだめかの? こっちもこれから戦勝会とかあるんじゃが」
『地球の状況も動いておる。詳しい話は省くが、貴様ら今すぐ戻ってこないと恐らく取り返しのつかないことになるぞ』
『それについてはボクから説明しますので、総長は一度サルヴァトーレ・ロッソまでお越し頂けますか?』
ジョンとナディアのやり取りを見ていたトマーゾだが、ふと、その視線が会議室のルビーに留まる。
『む? 貴様……まさか……? 何故貴様がそこに――』
次の瞬間、プッツリと地球との通信は途切れてしまった。
「ルビーさん、お知り合いですか?」
「いえ……記録にはありませんが……」
首を傾げる都。ルビーも思い出せない記憶を歯痒く感じているようだった。
「はあ?。蒼乱作戦は終わったが、もう少しやることがあるようじゃな。しかし、戦勝祭は外せん。なぜかというと、この宴は魚人、人魚、コボルド族を招くものだからじゃ」
今回の作戦に協力してくれた、これまでは“敵性”であると処理されていた亜人種たち。
彼らの一部は人類に友好的であるとわかり、蒼乱作戦では共闘までしてくれた。
これを称え、ソサエティは彼らをリゼリオに招き、“人権擁立”に先駆け感謝の宴を開くことになっていた。
「わらわはリゼリオを離れられぬし、邪神やリアルブルーでの出来事は今となっては慎重に対応すべきじゃ。秘密裏に部隊を編成し、同時に事を進めるとするか……」
邪神が世界に与えた影響は大きく、民衆の不安は取り除く必要がある。
その為にこの戦勝祭は、どうしても盛大に行う必要があったのだ。
●
『先の龍奏作戦で協力してくれた青龍の眷属たちを含め、彼らは共にクリムゾンウェストに暮らすかけがえのない隣人! エルフやドワーフ、鬼がそうであるように、彼らの存在もまた、認めねばならぬのじゃ!』
そう、この祭はこれまで友好的ではないとくくられていた亜人たちを受け入れる為の催しでもある。
事実、ここには続々と北方、南方、暗黒海域から、件の亜人たちが集まってきている。
『いけとしいけるものすべてが手を取り合う調和こそ、歪虚の脅威を覆す唯一の手段であると断じよう! 世界はこれより、一つになる必要があるのだ!』
これまで“人類”にくくられていなかった種族を取り込む事ができれば、クリムゾンウェスト連合軍の戦力は飛躍的に向上する。
歪虚に対抗する為に足並みをそろえられれば、世界秩序は劇的に改善するだろう。だが、これは茨の道だ。
結局のところ、コボルドや魚人、リザードマンらが人類を襲う事があるのもまた事実。そして、ハンターはそれらを狩らねばならない。
今回はたまたまうまくいっただけ。だが、この前例を認めれば、越えねばならない障害が高々と積み重なっていく。
(きれいごとであることはわかっておる。じゃが……)
あの“邪神”と呼ばれた存在の恐怖から民衆を慰める為には、一つでも多くの“良き知らせ”が必要だったのだ。
●
何がどうなるのかさっぱりわからないのだ。異世界転移門をくぐるためにも、実力を備えた覚醒者以外の戦力を送り込む事はできない。
未知なる世界へと続く門へ、ハンターらはその一歩を踏み出していく――。
●
その中には異世界人の確保や、それを用いた人体実験じみたものさえ、それとは分からぬように盛り込まれている。
「転移者は人間じゃねぇと言い放った理由がこれだ。このままじゃあいつらは……ハンターは帰る場所を完全に失っちまう。これまで命懸けで戦ってきた連中に、そんな惨めな思いをさせられるかよ」
『それはいいが、リアルブルーもあれから戦況は変わっておる。新型機の投入などで、統一連合議会側も軍事力を強固に……』
その時、話の腰を折るかのように通信が受信された。
「……艦長! 長距離通信を受信しました! これは、崑崙からではありません!」
「メインモニターに出せ」
映し出されたのはサルヴァトーレ・ロッソとまったく同じ構造の艦橋。
そこには今まさにダニエルが立っている場所に、軍服を纏った女性の姿があった。
「でも今は状況が違うってか? 連絡艇を切り離し崑崙に向かわせろ! 本艦は迅速にマンハッタンを目指す! 全員急がせろ!」
『まあ、即断即決。男らしいですわね』
「うるせえ。なんでお前みたいなぺーぺーがサルヴァトーレ級なんぞに乗ってんだ」
『有能な艦長はどんどんいなくなりますから。先生、貴方のように』
「艦長! 後方よりサルヴァトーレ級が迫ってきます! これは……ロックオンされています!?」
オペレーターの言葉にダニエルは舌打ちし、一方南雲は扇子を広げ笑う。
『統一連合議会からの命令です。直ちに武装解除し、投降してください』
「するわけねぇだろ。っつーかお前……なんであんな連中の言いなりになってやがる? お前ほどの女が……」
『お褒めに預かり恐縮ですが、わたくし、戦場に私情は持ち込まないタイプですの』
「後方よりミサイル接近! 続けてCAM部隊展開! これは……見たことのない新型も混じっています!」
ミサイルを自動迎撃しつつ、ダニエルは帽子を被り直す。
「なりふり構わず振り切れ! とにかくマンハッタンまでハンターどもを送り届けるぞ! 大気圏突入中に攻撃はしてこねぇ筈……」
「攻撃してきてます艦長!」
「雪子おめぇ、バカか!?」
『あら、先生の教え通りですわ。敵は叩ける時に叩け……常識でしょう?』
二つの巨大な、しかしこの星に比べれば小さな小さな影が墜ちていく。
『胸をお借りしますわ、先生。異世界人の力……わたくしにも是非確かめさせてくださいな』
青い星、転移者らの故郷――リアルブルー。
星に渦巻く陰謀が今、彼らの敵となって未来を阻もうとしていた。
●
『こちらに来た者と約束したのでな。わしの身元を明かすと……。そう、わしはエバーグリーン人。リアルブルー人ではない』
「星の命をエネルギーに変えるって……どういうこと?」
『“神”……あるいは“大精霊”と呼ばれるモノは、星の意思そのもの。一個の惑星が持つ生命エネルギーは莫大なものじゃ。あの世界はその力を削り取り、文明を発展させておった』
「そんな……そんなことをしたらっ!」
機導師であるざくろにはわかった。それは、星そのものを燃料にして機導術を発動させるようなものだと。
いくら膨大でも資源は必ずいつかは枯渇する。そんなことを続ければ、星はどうなる――?
『結果として、あの星は死んだ。激化するVOIDとヒトの戦い、その末路じゃな……』
神妙な面持ちでそう呟いた直後だ。崑崙側の通信機がコールされ、トマーゾが端末を操作すると、クリムゾンウェスト側のモニターにも画面が追加される。
『――あら? 教授、もしかしてこちらの方々は?』
『クリムゾンウェストの連中じゃ。ちょうど星のめぐりがあっておったのでな』
同時に映し出されたのはサルヴァトーレ・ブル、そしてロッソの艦橋であった。
「リグ・サンガマの文化は遅れているからね。これが今風と言われたんだけど、違うのかい?」
「金持ちだからって勧められるもの全部買うなよ……。それで、何の用じゃ?」
差し入れと言いながらリゼリオまんじゅうを書類の上に載せ、アズラエルはハート型の眼鏡を外す。
「やれやれ、つれないね。以前から調査していた、大精霊と覚醒者の契約について進捗報告に来たというのに」
「何かわかったのか!?」
豹変したナディアの態度にアズラエルは肩を竦めつつ。
「青龍様を交え、直接話した方がいいだろう。謁見をセッティングするから、君もハンターと共に一度リグ・サンガマに来てくれ」
「ふむ。まあそれも道理じゃな。“ハンターシステム”は元々リグ・サンガマ製、その秘密に触れるのなら直接赴く必要もあろうな。……ところで兄者、書類仕事は得意じゃったよのう?」
「君は宿題を僕にやらせる時だけ兄と呼ぶんだよね。残念だけど賓客の僕が機密事項にサインするわけにはいかない。一人で頑張りたまえ」
「くっそーーーー! 帰れクソメガネ! これ終わらせたらリグ・サンガマ行く準備するから!」
「こちらも受け入れの準備を進めておくよ。じゃ、僕はもう少しリゼリオを観光して帰るから」
投げつけられるペンをかわし、高笑いと共にアズラエルは総長室を去っていった。
●
「いかなる代償を以て神と通じているのか気になるところだな」
『では引き続きナントカ法案というやつは進めておけばよかろう。オレは全く興味ないがな』
「ああ。“彼”には引き続き動いてもらうとしよう。すでに世界間のつながりを断ち切る方法を探っているそうだしな」
『それはそれで……おもしろくないな……』
顎を指先でいじりながら物思いにふけるマクスウェル。ラプラスは溜息を一つ、灰色の空を見上げる。
「余裕ぶっていられるのも、今のうちかもしれんぞ」
●空白への追想(7月5日公開)
私の知る限りの情報は、ざっとまとめておいたわ。 あなた達がこのクリムゾンウェストに転移してからこっち、地球で何が起きていたのかは、とりあえずあれでわかるでしょう。 ……え? 私がクリムゾンウェストに転移した経緯? そうね……まあ、それも話した方がいいでしょうね。いいわ。でも、少し長くなるわよ? 私がトマーゾ・アルキミア教授の護衛部隊の隊長に任命されたのは、2014年11月2日のこと。 地球圏の戦況は最悪だった。虎の子のサルヴァトーレ・ロッソを失って、戦線はボロボロ。 急ごしらえの二番艦、サルヴァトーレ・ブルの運用でなんとか保っていたけれど、先は長くないと予想されていた。 |
![]() ラヴィアン・リュー |
ロッソの消失はマテリアルエンジンに問題があったのではないかと考える連合議会は、トマーゾに詳細な情報開示を求めていた。しかしトマーゾはそれに応じず、問題が解決されない危険なサルヴァトーレ級の建造は難航してしまった。
私は元SOTの経歴を買われ、CAMパイロットの教導官として活動していたんだけど、軟禁状態にあるトマーゾの護衛として……平たく言えば監視要員として送り込まれる事になった。
正直、教導官の仕事にも辟易していたから……教え子が戦場で死ぬのはいい気分じゃなかったし……それに、サルヴァトーレ級の秘密を開示しないトマーゾに腹も立っていたから、快く引き受けたわ。
でも、彼は尋常ならざる人嫌いで、徹底的に他人を信用しなかった。
彼の顔を直接見る事も、言葉を交わす事もなく、丸一年が経過したわ。我ながら無駄な時間を過ごしたと思う。
あれは2015年12月1日の事。トマーゾのいる月面基地崑崙がVOIDの襲撃を受けた時、ようやく私は彼と直接行動を共にしたの。
研究室を飛び出した彼が向かったのは造船ブロック……つまり、サルヴァトーレ三番艦が建造されている場所だった。
私達が到着した時には既にVOIDの侵入を許し、戦場となっていたわ。
でもトマーゾは戦闘などお構いなしに破壊されたロッソに……というよりは、そこに居たVOIDに近づいていった。
CAMに近い形状を取るVOID。私達は擬人型と呼んでいたのだけれど、その中でもそれはひときわ異質に見えた。
その怪物はトマーゾを視界に収めると、突然戦闘行為を停止し、部下のVOIDを率いて撤収していった。
わけがわからなかったけど、とにかくそれで戦闘は終了した。問題はこの後ね。
「ラヴィアン中尉だな。一年以上もわしを研究室に釘付けにしてくれた大うつけめ」
というのが彼の私への第一声だった。
トマーゾ教授は人間ではなくコンピューターじゃないかって噂があったけど、あれを見たらただの法螺話とは思えないわ。
80歳を超えているはずなのに、見た目はかなり若かった。せいぜい40代かしら?
彼は私と、私の部下、つまり自分を監視していた部隊を研究室に招き入れ、言ったの。
「これから貴様らを異世界に転移させる。細かい指示についてはこのディスクに記録されている。CAM内で確認しろ」
当然だけど、さっぱり意味がわからない私たちは困惑したわ。
彼は面倒くさそうに、しかし確信を込めた口調で真実を語り始めた。
サルヴァトーレ・ロッソは消失したのではなく、異世界に転移したということ。
そのロッソは恐らく、異世界で今も活動しているということ。
この地球――リアルブルーの他に、様々な異世界が存在するということ。
そしてVOIDは、それら異世界から出現しているということ。
トマーゾ本人から訊かなければとても信じられないような話ばかりだったけれど、私は信じはじめていた。
こんな嘘をつく必要性がどこにあるのか。そもそも、VOIDという敵がなんなのか、地球の誰もわかっていないのだ。
前線で戦わされる兵士に降ろされる情報はごく僅かだ。だが、統一連合議会はこの事を知っているのだろうか?
トマーゾを使っている連合宙軍の上層部はどうだ? まさか、なんの素性も知らずこの男と組んでいるとは思えない。
私が感じたのは強い怒りだった。この星の――地球の政府の上層部は、きっと真実を隠している。
隠されたまま、戦場に送られた兵士が死んでいる。民間人が死んでいる。それが私には我慢ならなかった。
今にして思えば、教授は私の性格を見抜いていたのだと思う。
だからこそ真実を語り、私がそれに乗ると見ていたのだろう。
「ただし、異世界への転移は一方通行だ。どこに転移するかも、わしにはわからん。しかし高い確率で、いずれかのゲートの付近に転移するじゃろう」
「ゲート……?」
「クリムゾンウェストには――というかこのリアルブルーにも、他の世界との繋がりが強い場所、壁が薄い場所がある。それを技術的に整えた場をゲートと呼ぶ。元々“跳びやすい場所”故に自然と集まりやすいが、だからこそ貴様らの生存確率は絶望的なまでに低い」
「ちょっと……」
「ゲートは殆どが闇の眷属……ああ……VOIDに支配されているはずだ。転移してすぐ襲われて全滅する可能性もある。故に、貴様らには特殊な装備を与えておく。わしが作った装備だ」
そう言って彼は見たこともない試作兵器を次々に取り出し、私たちに渡していった。
「本当は全員覚醒者にしてやれればよかったんだが、まあ贅沢は言うまい。CAMもあれば、しばらくは保つだろう」
「それで、私たちは何をすればいいの?」
「細かい話はディスクにあると言っただろう。だが、そうだな……まずはロッソを探せ。そしてディスクを渡すのだ。欠けてしまったデータがそこにある。状況にもよるが、あるいはそれですべてが解決するやもしれぬ」
一人でブツブツと言っているトマーゾの言葉が何を意味するのか私にはわからないことだらけだった。
でも、このままでは地球はVOIDに負けてしまう。わかってもわからなくてもやるしかない。それが事実だった。
「VOIDを駆逐する為に、すべての世界の力が必要だ。リアルブルーだけでも、クリムゾンウェストだけでも奴らには勝てん。ラヴィアン、VOIDから逃げ続け、異世界を知れ。そして信じられるチカラを探すのじゃ。きっとVOIDはわしの使いである貴様らを追うじゃろう。追いつかれるその前に、ロッソと合流しろ」
転移というやつは、できるタイミングが決まっているらしい。
一方通行の転移を少人数に施すだけで、月面都市全体のシステムが一時的にダウンするくらいのエネルギーが必要らしかった。
そして、転移できるのはわずか数秒間だけ……それは、星の巡りの問題だと言っていたけど、あの時はファンタジー過ぎてついていけなかった。
私は数名の部下を率いて、CAMに乗って転移した。2015年12月14日のことよ。
そして北方……リグ・サンガマに降り立ったの。
当然だけどすぐに強欲のVOIDに襲われたわ。流石に部隊員全員がパニックになって、竜との戦闘で結構な損害を受けた。
でも、派手に戦闘をしたのが良かったんでしょうね。龍園から現れた部隊が私達を救助し、青龍に合わせてくれたの。
あとは、あなた達も知っている通りよ。私は北方と西方の連絡をつけるため、悪戦苦闘してたってわけ。
これでわかったと思うけど、私も実はトマーゾについてはよく知らないの。
彼が何者で、何故二つの世界を結ぶ力を保っていたのか……マテリアルエンジンとはなんなのか。
それを確かめる為にも、もう一度地球に戻らなきゃならない。
地球の状況は良くないわ。いつまた崑崙が襲撃を受けるかわからないし、あそこが落ちたら地球は丸裸になる。
地上のあちこちで、大勢の人が死ぬ。そうなる前に私たちは戻らなきゃいけないの。
彼が言う……世界を救える力と共に……ね。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●蒼界を目指して(7月11日公開)
「サルヴァトーレ・ロッソですが、恐らくリアルブルーへの単独転移が可能になりました」 ロッソ内のブリーフィングルームにてナサニエル・カロッサ(kz0028)が切り出すと、さすがにどよめきが広がる。 「ロッソは元々単独転移を想定した艦です。艤装の問題で転移装置周りがハード、ソフトウェア両面で完成していなかっただけです」 「だが、俺たちは一度は跳んだぜ? それはどう説明する?」 「さあ? さっぱり謎です」 ダニエル・ラーゲンベック(kz0024)の質問にあっけらかんと答え。 「そもそもあの転移は、ロッソの力で行ったのでしょうか?」 「どういう意味だ?」 「異世界転移に関しては我々より歪虚の方が技術的に遥かに上です。皆さんもご覧になられたでしょう? 龍奏作戦の時……」 突然空中にゲートが開き、狂気のVOIDが現れた。 あれが人間の手によるものではないのなら、歪虚の仕業であることは明確だ。 「そうか。そもそもVOIDの仕業って線があるのか……トマーゾのインパクトが強すぎて忘れてたぜ」 「可能性にすぎませんが。ともあれ、ソフトウェア面ではラヴィアン中尉の持ちこんだデータディスクを適用し、ハードは龍鉱石を用いた憑龍機関で補えます」 「ことマテリアル操作に関しては、我々リアルブルー人よりもこちらの錬金術師の方が優れているとは皮肉ですねぇ」 肩をすくめて笑うジョン・スミス(kz0004)。ラヴィアンはその隣で思案する。 「それで、成功確率は?」 「60%くらいです」 「低いわね……理由と改善策を述べて」 「まず、ロッソの転移装置は恐らく未完成です。試作品と言ってもいい。安定稼働には程遠く、大量のマテリアルを必要とし、そもそも転移先を指定できません。成功するかどうか、更に成功したとして転移先が“リアルブルー”かどうかの問題があります」 「おい! リアルブルー以外の異世界に行っちまう可能性もあるのか!?」 「確率的には低いはずですが、あり得ますねぇ。改善策としては、もっと龍鉱石を集める事くらいしかありません。転移装置の不安定さは出力不足と未完成を由来とするもの。打てる手は既に潤沢にエネルギーを供給するくらいしかありません」 何とも頼りない話にダニエルは深々とため息を零す。だが、現実的に他に手がないのも確かだ。 「それに――リアルブルーに転移が成功したからといって、クリムゾンウェストに戻れるとも限りません」 可能性は誰もが考慮していた。これは転移実験なのだ。 成功するかはわからないし、成功したとしても片道切符の可能性は十分にある。 「転移については私もまだ完全に把握できていませんが、場合によってはしばらく異世界を漂流する |
![]() ナサニエル・カロッサ ![]() ダニエル・ラーゲンベック ![]() ジョン・スミス ![]() ラヴィアン・リュー |
「実験部隊……“調査隊”が必要ってワケね……」
未知の環境でも戦闘力・生存力を発揮できる人材と言えば真っ先に思い浮かぶのはハンターだ。
しかし、彼らの誰もがリアルブルーに行きたいわけではないだろう。
この世界を守る為に命を張ってきたのだ。当然、このクリムゾンウェストに思い入れがあるはず。
「……ともかく、ソサエティに話を通さにゃ始まらん。調査隊組織への協力について、ナディアに話を聞いてくれ」
「彼女、リゼリオでお祭りの実況解説やってたけど……」
「なんでやねん!」
ラヴィアンの返答にダニエルが思わずツッコミを入れた。
結論として、転移実験及び調査部隊は組織される事となった。 先の龍奏作戦における異世界からの介入に対抗する為には、各地のヴォイドゲートの確認と確保が急務であり、同時にリアルブルーとの提携も長期的には視野に入れるべき時期が来ていた。 その転移技術の開拓の一環としてロッソの転移実験は承認され、有志の連合兵とハンターによる転移実験の準備が始まった。 「いよいよ、リアルブルーへの転移か……ここまで長かったな」 ロッソには次々と物資が運び込まれている。その多くは、北伐作戦で使われたものの残りだ。 ロッソは巨大な戦艦だ。内部には中規模の都市機能を有しており、住民を下ろした今、無数のマンションなどがハンターや兵士のねぐらとなるだろう。 |
![]() クリストファー・マーティン |
ともあれ龍園付近に停泊したままのロッソにすぐに運び込める物資としては、北伐戦の残りが妥当なのである。
「何を見ているの? クリス」
クリストファー・マーティン(kz0019)がぎくりと背筋を振るわせる。背後にはラヴィアンの姿があった。
「や、やあラヴィアン。久しぶりだね……いやー、縁がなくて再会が遅れてしまった。実に残念だよ」
「そう? あなたが避けてただけでしょ」
苦笑いを浮かべるクリストファーの隣に立ち、ラヴィアンはロッソを見上げる。
「一体どれだけの人々が、不確定な実験に付き合ってくれるかしら」
「さて。こればかりはちょっとね。民間人からの応募も殺到してるけど、転移に失敗した時どうなるかわからないから、受け入れるわけにはいかないしな」
「私たちにとってはただ元の世界に戻るだけ。でも……この世界の人々にとっては未知の世界。それに、直ぐに戻れるかどうかもわからない」
「世界の壁の厚さを彼らは良く知ってるよ。家族や友人、恋人と二度と会えないかもしれない。そんな実験だ」
ラヴィアンは眉間の皺を深く濃く刻み、俯く。
「彼らを巻き込みたくないって顔してる」
「……そうね。認めるわ。でも、どうしても必要なの……地球を救う為に」
「彼らは、ハンターは特別な力を持ってる。でも、兵器じゃない。ただの人間だ。だからこそ、きっと付き合ってくれると思う。そして俺はその気持ちに全力で応えたい」
「あなた、昔と全然変わらないわね」
「お互いもう無鉄砲・無責任じゃいられない歳だし、立場だよな。だからこそ、後に続く者の道は作らなくっちゃ」
「それが女性に言う台詞かしら?」
「おっと、失礼。でも君が気にする性質かい?」
笑いあう二人の背後、物資コンテナの影に隠れる人影があった。
「ただの世間話です、かぁ。どちらにせよ、真実には近づいて貰わねば困るんですよ。連合議会の為にも、ね……」
手元に光らせた拳銃を懐に隠し、気配と共に男は姿を消した。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●黙示より来たりて(7月22日公開)
「結局、集まった調査隊はこんなモンか……ま、状況を考えればむしろ多いくらいか」 クリムゾンウェスト連合軍から派遣された調査隊戦力は、ハンターを含めてもせいぜい300名程度。 「当然と言えば当然ね。この世界の軍隊にとって、異世界の出来事は対岸の火事だもの。これまでの地続きだった災厄とはわけが違うわ」 サルヴァトーレ・ロッソ艦橋。ダニエル・ラーゲンベック(kz0024)と共にラヴィアン・リューが顰め面で呟く。 ロッソの準備状況は問題なく進んでいる。が、危険な実験に付き合ってくれるかどうかはまた別の話だ。 「ん?……それは少し違いますねぇ。この実験は長期的に見れば絶対に必要なことです。ただ、これまでとは格段に違うレベルで危険なんですよぉ」 ナサニエル・カロッサ(kz0028)の言う通り、これはそもそもたどり着ける保障もない実験だ。 マテリアルエンジンや、転移装置について不明点が多いのだからやむを得ない。動かしてみて、確かめる他ないのだ。 サルヴァトーレ・ロッソが二年も帰れずにウロウロしていたのをみんな知っているのだから、及び腰にもなる。 「物資は十分以上に運び込んでもらったし、これ以上を求めるのは野暮ね」 「だな。ところでナサニエル、お前さんはこっちに残るのか?」 「そうしたいのは本音ですが、私がいないとエンジンの機嫌を見る人がいませんからねぇ。万が一の場合でも、錬魔院は私抜きで大丈夫です」 「そうかしら……?」 「転移実験は来週を予定しています。やり残した事があるなら、今のうちですよぉ」 肩を竦め、笑いながら去っていくナサニエルを見送り、ラヴィアンは小さく息を吐いた。 「やり残した事……ね」 それがあるのかないのかと言えば、当然ある。 だがそれ以上に、既に大きなやり残しがあるのだ。あの地球(リアルブルー)に。 「必ず戻って見せる……仲間の待つあの世界へ……」 |
![]() ダニエル・ラーゲンベック ![]() ラヴィアン・リュー ![]() ナサニエル・カロッサ |
「戦場に広域ジャミングが発生! サルヴァトーレ・ブルとの長距離通信途絶!」
「多数の擬人型を確認! 以前襲撃を行ってきた、白い個体です……早い……もう第一次防衛ラインを突破されました!」
「崑崙全域に避難勧告! 一般市民はシェルターへ避難させろ、人命保護が最優先だ! またここに突っ込んでくるぞ!」
地球――リアルブルーの宙(そら)の守りの要。月面基地“崑崙”内には、警報がけたたましく鳴り響いていた。
ここはあらゆる防御戦略において必要不可欠。この基地があってなお、取りこぼしたVOIDの母艦が地上では戦乱を起こしている。
今やこの世界のどこにも安全と呼べる場所は存在しない。それでも彼らの命を支える最後の盾として、崑崙は宙を守り続けてきた。
そこへ、次々とVOIDが突撃してくる。指令室にまで響く地鳴りは、簡易な隕石ならば弾ける崑崙のシールドを貫通し、VOIDがドームを突き破った証だった。
「か、各員白兵戦に備えろ! これより出入口は封鎖する! 何としても指令室は守らねばならん!」
「指令室に……意味あるんですか? VOIDはこっちの長距離通信を無効化してくるのに……」
一人の女性オペレーターの呟きに上官の男は青筋を立てて振り返ったが、その表情はすぐに変わった。
もうオペレーターは誰一人手を動かしていない。できることがないのだ。無力さと自身に迫った死に怯える者、諦める者……。
「だとしても、だ! 妨害をしている敵を倒せば通信網は復活する! 崑崙内の有線通信もまだできる! どこかで誰かが我々の連絡を待っているかもしれん! 最後まで諦めるな!」
「長距離通信が死んだ! これより連絡は接触通信と信号弾で行う! 全兵装使用自由! とにかくバケモノ共を月に通すな!」 サルヴァトーレ級二番艦、サルヴァトーレ・ブルはその体を青く染めた巨大な母艦だ。 複数の小型船舶を伴う一つの移動する拠点として、月を目指すVOIDの防衛戦に挑んでいた。 出撃した多数のCAM部隊は精鋭揃い。彼らは善戦し多くのVOIDを順調に撃破していた……しかし。 「なんだ……何か……何かが来る」 アサルトライフルを構えたのも、敵が来ると感じたのも、彼が特別な能力を持っていたわけではない。 確かに聞こえたのだ。この方向から。通信が途絶し、音すら通さぬ真空の闇の向こうから、確かに。 『――■■■■■?』 |
![]() ? |
語りかけてきている。得体の知れない言葉で。形容しがたい気配で。
それはまるでCAMのようだった。CAMの外装などを取り込み模倣したVOID、“擬人型”は、クリムゾンウェストでは歪虚CAMと呼ばれるだろう。
白い擬人型は、光の翼を広げて突っ込んでくる。男は身体の震えを忘れるように雄たけびを上げ、引き金を引いた。
しかし銃弾はまるで自ら目標から逸れるように、あらぬ方向へねじ曲がる。曲がったのは銃弾か、それとも男の認識か。
どちらにせよ白い影とすれ違った瞬間、男の乗り込んだCAMは真っ二つに切断されていた。
『■■■』
最期に聞いたソレが“声”だったのか。それさえもわからないままに。
「トマーゾ教授、ここはもう危険です! 避難を!」 崑崙内の造船ドックで、トマーゾはサルヴァトーレ級三番艦の傍にいた。 何とかマテリアルエンジンを始動できないか試してみたが、あまりにも未完成すぎたのだ。 「くそっ、このままではまた三番艦をやられる……! おい貴様ら、ちゃんと三番艦を守れ!」 「そう仰られましても、すでに防衛線は崩壊しておりまして……我々の任務は、御身をお守りすることですのでっ!」 「馬鹿か貴様! 崑崙が落ちたらリアルブ……地球はもう終わりじゃ! どうあっても巻き返しなど無理になるわ!」 『その通り。既にオマエたちに勝ち目などない』 声の主はドックの上空から現れた。超質量を持つ戦艦を建造するためのドックは無重力状態にあり、声の主はゆっくりと降下してくる。 マントを棚引かせトマーゾの前に降り立ったのは、人ならざる怪物。それも、VOID――狂気とは異なる存在。 「な、なんだあれは……教授に近づかせるな!」 兵士らが一斉に発砲するも、異形の怪物は銃撃をものともせず、悠々とトマーゾに迫っていく。 『久しいなトマーゾ。何十年……いや、何百年ぶりか』 「貴様……マクスウェル……!? 馬鹿な、何故“そのまま”なのだ!?」 『あの頃とは少し事情が異なる。今は黙示騎士(ペイルライダー)と名乗っていてな……ま、特殊状況への対処が主だ。トマーゾ、貴様のような危険分子の排除など……な』 怪物はぐっと腕を伸ばし、トマーゾの首を掴みあげる。 「銃がまったく効かない……!?」 『馬鹿が。高位存在にマテリアルの通わぬ鉛玉が通じるものかよ。雑兵に用はない……去ね!』 怪物が腕を伸ばすと、突然兵士たちが苦しみ倒れ始めた。 特殊な能力ではない。単純に負のマテリアルを放っただけの話。 『この世界の人間はマテリアルに弱すぎるな……フン、まあ素質だけはあるようだが。この世界は“濃厚”だ。惜しいぞ、磨けば光る戦士かもしれぬが、こう簡単に死んでしまってはな』 「マクス……ウェル……何故、貴様が……っ」 |
![]() トマーゾ・アルキミア ![]() マクスウェル |
この歪虚にとってトマーゾの首をへし折ることなど造作もない。
しかし、逃げられぬようにするばかりでそうしない事に、トマーゾは違和感を覚えていた。
「何故、殺さん……?」
『オマエのたくらみについて知りたくてな。サルヴァトーレとか言ったか? あの箱舟……今はクリムゾンウェストにあるそうだな』
「それもお見通しか……」
『フン、知ったのは最近だ。クリムゾンウェストの連中、ゲートを使おうとしている。異世界からの干渉に気付き始めているのだ。トマーゾ……奴らに干渉したのはオマエか?』
「ぷ……ぶはは! はーっはははは!!」
突然笑い出したトマーゾにマクスウェルは首を傾げる。
『ついに気でも触れたか?』
「わしではないわ! じゃが、もしそうならば……賭けをせんかマクスウェル。奴らが“間に合うか、間に合わんか”」
マクスウェルは静かに思案し、それからぱっとトマーゾから手を放した。
『オマエを始末すればオレはとんぼ返りでな。あっけなくてもつまらん。もう暫く、昔馴染みに付き合ってやろう』
そう言いながらマクスウェルは背にした大剣を抜く。
『ただし――こいつは破壊させてもらうがな』
両手で構え振り上げた大剣が赤く光を帯びる。
このリアルブルーではめったに感じられない強力な負のマテリアルが爆ぜると、斬撃は三番館の未完成な船体を襲う。
起死回生の救世主。それを目の前で破壊されたトマーゾにできたのは、血が滲むほど拳を握ることだけだった。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●転移実験開始(7月26日公開)
「えー、それではこれよりサルヴァトーレ・ロッソの転移実験を行います」 ロッソの艦橋でマイクを手にナサニエル・カロッサ(kz0028)がやや気の抜けた宣言を行う。 実験に参加する面々は既にロッソ内部に収容済み。後は転移装置を起動してみるだけだ。 「ちょっと……場所とか一切関係なく、この場でやるの?」 「んー、ゲートが使えるならゲートに近づいてやるとか手はあるんですが……奪い返してないですからねぇ」 ラヴィアンが不安がるのも無理はない。一応、龍園からは少し移動させはしたものの、雪原の真っただ中に着陸した状態で実験を行うのだ。 「なんかこう……門みてぇなのを超えたりとか……飛んだりとかするイメージがあったんだがな」 ごくりと生唾を飲み込むダニエル・ラーゲンベック(kz0024)。雰囲気も何もあったものではない。 しかし、船全体に伝わってくるかすかな振動は強化されたマテリアルエンジンの唸りを伝えてくる。 「エンジン臨界点! 憑龍機関、正常に動作!」 「転移プログラム起動実験開始! 龍鉱石のエネルギー変換率60%!」 「おおー、わりといけそうですねー。あんなにムチャしたのに」 「院長、そういう事さらりと言うのやめてくれません?」 クリストファー・マーティン(kz0019)は笑顔だが、目が笑っていない。 「カウントダウン開始してください」 「転移カウント開始! 10……9……8……」 「ブリッジより勇敢な冒険者諸君へ。転移先で何が起きても不思議じゃありません。とにかくあらゆるショックに備えてくださいね?」 「6……5……4……」 「頼むから地球に戻ってよ……!」 「2……1……0。転移開始!」 まばゆい、青白い光がサルヴァトーレ・ロッソを包み込む。 その箱舟に乗り込む誰もが奇妙な浮遊感に包まれた直後、ロッソはクリムゾンウェストから姿を消した。 衝撃の余波は、ロッソの着陸地点周辺の大地をごっそりと抉り、やや遅れ、衝撃派が氷の大地を薙ぎ払うのだった。 (グランドシナリオ「【蒼乱】崑崙基地防衛戦A」に続く) |
![]() ナサニエル・カロッサ ![]() ラヴィアン・リュー ![]() ダニエル・ラーゲンベック ![]() クリストファー・マーティン |
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●望まれぬ救い(8月9日公開)
「は?、武闘大会イベントは疲れたのう。わらわ生まれて初めてあんなに働いたぞい」 「もう、あれからずっとそればっかりじゃないですか。ほら、だらけていないでシャキッとしてください、総長」 ハンターズソサエティ本部。きれいに掃除され開かれた総長席に上体を投げ出すナディアの姿があった。 口に咥えたアイスキャンディーのごとく溶けた様子にミリア・クロスフィールド(kz0012)は呆れて溜息を零す。 武闘大会イベントも既に終わり、リゼリオは通常運用に戻った。 武闘大会直後に行われるリアルブルーへの転移実験のためハンターが慌ただしく撤収すると、ナディアにも幾ばくかの平穏が戻ったのである。 「スメラギ様はもう職務に戻られたのに、総長ったら……」 「良いではないか……ミリア、おぬしわらわのお母さんなの? スメラギもお母さんみたいじゃったが……無論、次の動きも考えておる。だが見よ! そもそも今のリゼリオにはハンターの絶対数が足りておらぬ!!」 「まあ、それもそうですが……アズラエルさんが異世界転移ゲートの調査報告を上げにいらっしゃるんですよ?」 「それまだ何日か後じゃろ? スメラギもそれまではいったん東方に戻ってざっくり政務するっていうておったし」 「帝様ですからねぇ」 |
![]() ミリア・クロスフィールド ![]() ナディア・ドラゴネッティ |
その時だ。
――突如リゼリオ沖にまばゆい光が迸ったのは。
高笑いするナディアが背にした窓の向こう、突然衝撃と共に海がねじれ、次の瞬間、巨大質量物が出現した。
まるで海をひっくり返したように――実際に重力が逆巻くように――海水が上空へ舞い上がり、どっと滝のようにリゼリオにまで降り注いだ。
「なななな、なんじゃあああっ!?」
「サ……サルヴァトーレ・ロッソ……?」
ミリアの言う通り、それはサルヴァトーレ・ロッソ。
異世界へ旅立ったはずの、鋼鉄の船であった。
「いやぁ?! ものの見事にエンジンがぶっ壊れましたねぇ?! また修理ですよ、ははははは!」 人だかりをかき分け、港にたどり着いたナディアが見たのは、連絡船から降りてくる多くのハンターらの姿だった。 その中にナサニエル・カロッサ(kz0028)の姿を見つけ、ナディアは駆け寄る。 「ワカメ! 何がどうなったのじゃ!? 転移実験は失敗したのか!?」 「おや総長。お久しぶりですねぇ、お変わりなく」 「は? おぬしら出発してまだそう時は経っておらぬ筈じゃぞ?」 首を傾げるナディアにナサニエルは納得したように頷く。 「説明すると少し長くなりますが……そうですね。まず、転移実験そのものは一定の成功を収めました。しかし、色々と新たな問題点が見えてきたのです」 船を下りてくるハンターの顔色はあまりよくない。 落胆、失望……そんな表情にも見えた。もちろん、前を向いている者もいるが、万事がうまくいったわけではないのだろう。 そこへハンターに紛れ、ラヴィアン・リュー(kz0200)が進んでくる。その表情はいつにも増して険しい。 「ナディア総長……その……お預かりしたハンターは全員無事よ。サルヴァトーレ・ロッソに属する兵力の死者はゼロ……これまでの作戦を考えれば、この上ない勝利ね」 「ほえ? ハンターの無事はうれしいが、そもそもバトることになったの? バトる展開だったのか?」 |
![]() ナサニエル・カロッサ ![]() ラヴィアン・リュー |
「ではよかったではないか? なぜそんなしわくちゃになる?」
「ちょっと、なんと言ったらいいのか……。ごめんなさい、報告書をまとめるから、少し時間をちょうだい」
ひとまず皆が無事ならば問題はない。ナディアはそれを受け入れることにした。
大きな作戦を経たのか、ハンターらには疲労の色も見えた。ナディアはそれと知らなかったが、宇宙空間での戦闘は歴戦のハンターにも疲労を強いたことだろう。
「まずは皆に休息が必要ね……」
「向こうに残る者はおらんかったのか? ラヴィアン、おぬしは特に向こうに残ると思っておったが」
「“残れなかった”のよ……二重の理由でね。ああ、まったく……統一議会の連中! 思い出しても腹が立つ!!」
当然、近くのドラム缶を蹴り飛ばすラヴィアン。それでも怒り収まらず、一心不乱にドラム缶を苛め抜く。
「なんじゃ? トーイツギカイ……? あとそのドラム缶、一応港の備品じゃね?」
「トマーゾ……あの野郎!! ●×▲■!!」
「ラヴィアンがいつになくエキサイトしておるので、ここで話す相手を切り替えたいです」
「彼女にとっては、希望を目の前で砕かれたも同然ですからね。なんというか、どの世界も色々とある……という事です」
肩を竦め、ナサニエルは歩き出す。
結局何がどうなったのかわからないナディアは、もやもやとした心の内を空に叫んだ。
「…………報告書はよーーーーーーーーッ!!!!」
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●世界を知る旅路へ(8月12日公開)
「リグ・サンガマにある星の傷跡以外にも、世界各地には異世界へ通じるゲートが存在したらしい」 武闘大会の宴もたけなわ。片付けの進むリゼリオのソサエティ本部にて会議が実施されていた。 北方の神官であるアズラエル・ドラゴネッティは、強欲王との闘いの後、ゲートについて調査を続けてきた。 「場所については大まかにしかわかっていないので、実際にどこにあるのか、稼働の可否は現地で確認するしかない」 一つ。王国と帝国を隔てる大渓谷。崖上都市ピースホライズン地下。 「ん? めちゃめちゃ近場じゃねぇか。観光地だぞ? なんでわからなかったんだ?」 首を傾げるスメラギ(kz0158)にナディア・ドラゴネッティが応じる。 「ここは西方版“星の傷跡”みたいなもので、深部は高濃度のマテリアルで満たされておる。生身では最深部に到達できぬのじゃ」 「ただし、今は改良型イニシャライザーがある。覚醒者や幻獣のようにマテリアルに親和性を持つなら、探索可能なはずだよ」 「成程。しかし、この大渓谷ってめちゃくちゃ範囲広いぞ。この範囲のどこにあるんだって?」 「不明だ。ただ、ピースホライズンの周辺とみて間違いないだろう。あの町はそもそもどうやって建造されたのかよくわかっていないし、何かゲートから力を得ている可能性もあるんじゃないかな?」 「詳細は実際に調べてみるまで不明じゃな」 二つ。西方と東方を結ぶ歪虚の領域。暗黒海域。 「帝国領、同盟領と東方領の間。この部分の海域は、東方が歪虚に閉ざされるまでは人々の往来があった。今では立ち入る船は軒並み歪虚に襲われる暗黒海域とされているね」 「ここを船で行き来できないせいで、物流に莫大なコストがかかってんだ。いちいち転移門使ってらんねーよ。陸地を進むルートは確保しようって動きがあるんだが、東方帝としちゃ頭が痛い場所だぜ」 「しかし海じゃぞここ。ゲートなんぞあるのかのぅ? どっか島とかなの?」 「わからない。大渓谷は星の傷跡に通じるものがあるからわかったんだが、この海域のゲートは青龍様に感知していただいたものだ。遠すぎて大まかな場所しか判別できなかったし、正直ここじゃない可能性もあるね」 「おい!?」 |
![]() スメラギ ![]() ナディア・ドラゴネッティ ![]() |
「憤怒王、九尾獄炎が元々根城にしていたエリアだ。言ってしまえば、彼はこのゲートの門番だったという事だね」
「確かに俺達は侵攻してきた九尾を撃破したが、九尾の根城を制圧したわけじゃねぇ。だから今でも東方じゃ憤怒と小競り合いが続いてる」
「南にゲートがあるという話は黒龍から聞いておらぬのか?」
「それどころじゃなかったからな……。俺も少し調べてみるが、ハッキリとはわからねぇな」
四つ。南方領域、未踏の大地。
「方角的には東方よりも更に南になるが、この地に人類が生活していたという記録は、今のところ残っていない。スメラギ君は何か知っているかな?」
「いや。東方より南はもう鬼はともかく人間が生活できる環境じゃねぇんだ。元々はそうじゃなかったはずだが、今は岩と砂ばかりが広がってるはずだぜ」
「ここはかつて強欲王メイルストロム……つまり赤龍の守護する領域だったらしい。ここで赤龍の身に何かが起きて、彼は強欲王に堕ちた」
「何か……それがゲートに関連した出来事ではないか、という事じゃな? しかし、こんな場所にどうやって進むのじゃ?」
「とりあえずリゼリオから船だな。ここらも汚染領域だから普通じゃ進めねぇが、イニシャライザーと浄化術があれば何とかいけるか」
「イニシャライザーはまじで神じゃな」
三人は状況を確認し、それから深々とため息をこぼす。
「それに付け加え、北方の星の傷跡ゲートか……。どうするんじゃあの強欲王の残ってるヤツ。すこぶる邪魔なんじゃが」
「邪魔っつったって王だから今動かしたらヤバいだろ……。それにしても、汚染された領域が多すぎるぜ」
「そうだね。まさしくこの星は闇に浸食されつつある。それも踏まえて、僕から提案したい」
アズラエルはそう言って二人の顔を交互に見つめる。
「龍園はこれから全面的にハンターズソサエティと協調路線を取る。今回のゲート探索戦にも、もちろん参加させてもらうよ」
「おおー。さすが青龍様、話がわかるのぅ?」
「その青龍様からの確認なんだけどね、ナディア。ソサエティでは“大精霊”を通じて精霊と契約しているんだよね?」
――大精霊。それは全ての精霊に通じる存在であり、時には神と、そして世界とも呼ばれる存在だ。
ソサエティの覚醒システムは、この大精霊の力を受けている。それは以前から伝えられていたことだ。
「そうじゃ。そもそも、精霊との契約システムはリグ・サンガマ製。アズラエルも知っておろう?」
「ああ。だからこそ、違和感があったんだ。そもそも契約システムは北方の物で、契約を伝えると共に世界を救うという約束も成された話は知っているね?」
「おいおい、その話はもうなかったことになっただろ?」
「僕らの中、ヒトの世ではね。でも、大精霊との契約は生きている筈だ。人間の事情なんて関係ないからね。つまり、少し順序がおかしくなるが、君たちハンターは最初から“世界と契約した守護者”だったんだよ」
ハンターと呼ばれる者の多くは覚醒者、つまり精霊と契約を交わした者だ。
そしてその契約は元をたどれば大精霊、すなわち世界に通じている。
ハンターとは、そもそもその成り立ちからして既に世界に認められた守護者であると言える。
「ん……言われてみるとそうじゃな」
「しかしどうも、君たちは世界からなんの干渉も受けていないように見える。なんの“契約”にも縛られていないんだろう?」
「そのはずだぜ。連中が何かに強制されている様子は感じられない」
「だが、一方的に力を貸し与えられるだけなら“契約”とは呼べない。僕が気になっているのは、君たちがどんな対価を支払ったのかだ」
三人そろって険しい表情で考えてみても答えは見当たらない。
そもそも、大精霊という存在がどんなものなのかも、よくわかっていないのだ。
「少し話を混ぜてしまって申し訳ないが、状況を整理しよう。まず、異世界からの歪虚の侵攻に対抗するため、ゲートの確保は必要。これはいいね」
「うむ。急務と言えるのう」
「次に、“大精霊”が何を考えているのか、君たちハンターに何をさせようとしているのかを知ることも必要だと僕は考える。これを明らかにしておかないと、いざという時に危険だからね」
「そりゃ……“世界”があいつらに何かを強いるってことか?」
「可能性の問題だよ。しかし、世界を復興する為にはやはり大精霊の力が必要なんだ。探索先には転移門で橋頭保を作る必要があるから、そのためにも神霊樹の分樹を持っていってほしい」
神霊樹とは、“世界”に巡らされた情報ネットワークであり、その管理者としての精霊にパルムが数えられる。
転移門を設置するためには神霊樹が必要であり、つまり“転移”とは“世界”の力、ネットワークを借りて行われていると言えるだろう。
「神霊樹に浄化の作用はないが、大精霊の触覚である事に違いはない。これからは積極的に神霊樹を植え、“世界”に現状を伝える必要があると思う。その上で、僕と青龍様は世界と対話する方法を探ってみるつもりだ」
「なんだかどこもキナ臭いことになってきやがったぜ……」
「北ばかり目指してきたツケじゃな。まだまだクリムゾンウェストには、解決せねばならぬ問題が残っているということじゃ……」
二人から窓の向こうへと視線を移し、アズラエルは思案する。
やはり、何かこの世界の成り立ちには違和感がある。それは精霊の内にある青龍では感じられない。
人間が真にこの世界の守護者となる上で、明らかにするべき秘密。
それを解き明かす事こそ、彼らへの恩返し。長い年月を生きてきた意味なのだと、男は確信していた。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●すれ違う世界(8月16日公開)
崑崙基地に降り立ったハンター達を迎えたのは、崑崙兵らの割れんばかりの歓声であった。 皆が我先にとサルヴァトーレ・ロッソの帰還を歓迎している。まさにお祭り騒ぎだ。 「これはこれは……すごい歓迎だ」 「ま、あんだけVOIDをぶっ倒せば英雄扱いもされるだろ」 片手をあげて笑顔で応じるジャック・エルギン(ka1522)の隣で、誠堂 匠(ka2876)は眼鏡のブリッジを持ち上げる。 「英雄か……。結局のところ、万全に敵を撃退できたとは言い難い所だが」 強力な敵VOIDは、自らこの場を後にしたと聞いている。 敵の狙いが結局のところ何だったのかわからない。それが匠の胸にしこりを残していた。 「まーまー。気になる事もあるけどよ、今は素直に歓迎を受けとこーぜ。イェーイ! ラブ&ピース!!」 ブイサインを掲げるジャックに匠は苦笑を浮かべ。 「なんだかリアルブルーの事が妙に伝わっている気がするが……クリムゾンウェスト人がそうしてくれる事に、意味があるのか」 納得するように頷く匠。一方、カール・フォルシアン(ka3702)は強面の軍人に敬礼されている。 「皆様のご協力で、民間ドームでの死傷者を限りなく少なく抑える事ができました!」 「あ、いえいえ……。でも、限りなくってことは、少しは出てしまったんですね?」 悲しげなカールの問いに、軍人は首を横に振る。 「あの状況です。居住人数を考えれば、大量の死者が出ていてもおかしくありませんでした。皆様がご協力に駆けつけてからの死傷者はゼロです。これは本当に奇跡的なことです」 「むしろ、君のような幼い少年に救われたとは……情けなくて合わせる顔がないよ」 「そんな! 皆さんが協力してくれてこそです。兵士さんたちも、本当にお疲れ様でした」 一方、CAMから降りてきたハンターらも戦場を共にした兵達に歓迎を受ける。 「驚いたな……声から想像はしていたが、こんな可憐な少女たちとは」 リュミア・ルクス(ka5783)と岩井崎 メル(ka0520)を迎えた艦長とCAMパイロット達は、可憐な女性の登場ににわかに騒めく。 「あら。可憐な女の子だなんて、うれしい事を言ってくれるねー」 「あれー? あっ! もしかして、さっきのテレーザ級の艦長さん!?」 「ああ。先ほどの作戦では世話になったな。いやしかし、なんだ……驚いたよ。戦闘訓練を受けているようには見えないな」 「か、かわいいよな……」 「俺、ファンになっちゃいそう……」 「だめだよー。私はもう、妻ですから♪」 人差し指を振るメルに顔を見合わせる男たち。艦長は白い手袋を脱ぎ、リュミアに差し出す。 「君たちのお陰で多くの同胞が救われた。心より感謝する」 「えっへへ、困った時はお互いさまってことで。役に立ったならよかったよー!」 艦長とリュミアがしっかりと握手をした、その時だ。 突然兵達をかき分け、白服の男たちがハンターらを包囲すると、懐から取り出した拳銃を突き付けた。 「おいおい……助けてもらっといてこりゃあどういう了見だ?」 傷に包帯を巻きながら前に出たボルディア・コンフラムス(ka0796)は、銃口に額を押し付けながら睨みを効かせる。 「なんだお前らは!?」 「彼らは崑崙を救った英雄だぞ!」 「引っ込んでろ!!」 崑崙兵たちが野次を飛ばし、一人がつかみかかろうとするが、その手を取った何者かが素早く投げ飛ばした。 「……ジョン!?」 ラヴィアン・リュー(kz0200)が男の名を叫ぶ。 ジョン・スミス(kz0004)。サルヴァトーレ・ロッソのクルーでもあった男は、白服たちの中に加わるように立っていた。 「ハイ、皆さん静粛に♪ まずは崑崙防衛戦のご協力に感謝します。しかし、地球統一連合議会は、皆さんの来訪を歓迎しません」 「……統一連合議会? そう……。ジョン、あなた……議会側の人間だったのね」 何か思い当たる節があるのか、フィルメリア・クリスティア(ka3380)が納得したように頷く。 「トーイツ……? なんだぁ? 余所者の俺達にもわかるように説明してくれよ」 「地球は今現在、一つに統一された政府の下で動いているの。それが地球統一連合議会。少しややこしいけれど、厳密には連合宙軍とはまた別の、上位組織よ」 「ご説明感謝します、フィルメリアさん。まあ、地球も一枚岩ではないということで」 「はあん……で? なんでおまえは“そっち側”にいるんだ?」 「私が統一連合議会がサルヴァトーレ・ロッソ監視のために送り込んだスパイだからですよ。皆さんには、このままクリムゾンウェストにご帰還願います」 その言葉に場がどよめく。 せっかく帰ってこられた故郷。この地への転移も、防衛作戦も、皆様々な思いを載せていたのだ。 地球へ、故郷へ帰れるかもしれない。その希望をまさか、地球側の拒絶で潰されるとは――。 「落ち着け。そもそも、貴様らはどのちみちクリムゾンウェストに戻される。転移が完全ではないのじゃ」 トマーゾ・アルキミアの発言に注目が集まる。 「フィードバック時にロッソの中にいないと、貴様らの肉体も致命的なダメージを受ける。全員、今すぐ船に戻れ」 「この場での出来事には緘口令が敷かれます。兵員は持ち場に戻ってください」 悔しそうに散っていく崑崙兵達。重苦しい空気のまま、ハンター達はサルヴァトーレ・ロッソへと戻った。 「トマーゾ、これはどういう事!?」 「うるさいやつじゃ。貴様自身も監視役として送られていたのを忘れたのか? リアルブルー人は、わしを信用しとらんのよ。無論、貴様らもな」 トマーゾに掴みかかるラヴィアン。だが、それは前からわかっていた事だ。 トマーゾを信用できないからラヴィアンが送り込まれた。もう知っている筈の事だった。 この世界は――異世界を信じていないと。 ハンターは良くも悪くも圧倒的な力を示した。その力を“脅威”と受け取る者もいた。それだけの話だ。 「正直、おぬしらがここまで闘えるとは予想外じゃった。クリムゾンウェストでは、優秀な戦士を育成しているのだな。にしては転移はずいぶん中途半端だ」 「それは……」 龍奏作戦でゲートを奪還できていれば違ったのだろうか。今更言っても仕方のない事だが。 「貴様ら、異常なまでに“世界”と強く結びついておるな。だからこその強さじゃが……それは“呪い”でもある」 「あ? どういう事だ?」 |
![]() ジャック・エルギン ![]() 誠堂 匠 ![]() ![]() リュミア・ルクス ![]() 岩井崎 メル ![]() ボルディア・コンフラムス ![]() ![]() ![]() ![]() |
「そんな……私はリアルブルー人よ。元々地球で生まれ育ったのに?」
ボルディアはクリムゾンウェスト人。ゆえに、クリムゾンウェストに帰属するのはわかる。
だがフィルメリアはリアルブルー人。ならば、本来はリアルブルーに属するはずだ。
「本来であれば貴様の言う通りじゃ。自然の法則に乗っ取れば、リアルブルー人まで戻されるのはおかしい。つまり、あの世界が異常という事だ。これはわしも予想外じゃよ」
「世界の異常なんかどうでもいいんだよ。んな事より、このまま黙って引き返すってのか? 俺は別にいいさ。けどよ、家族に会えるかもって楽しみにしてたやつはどうなる? 手紙を書いてたやつもいる! 自分の故郷を目前にして、すごすご帰れってのか!?」
「手紙の類は残せません。それに、皆さんの家族にも連絡は届きません。皆さんは既に、書類上は死亡した扱いになっていますから」
自動ドアが開き、ジョン・スミスが姿を見せると、ボルディアはこめかみに青筋を浮かべ。
「オイ。どういう意味だそりゃ」
「文字通りです。もうあなた達の居場所は、地球にはないんですよ」
次の瞬間、ボルディアが振り上げるより早く、ラヴィアンの拳がジョンの頬にめりこんでいた。
「ふざけないで!! 私が……彼らがどんな思いでこの実験に参加したと思ってるの!」
「まあ、そのくらいにしといてやってくれや、中尉」
ラヴィアンの腕を掴んだのはダニエル・ラーゲンベック(kz0024)だった。ダニエルは帽子を目深に被り。 「俺達は一定の成果を上げた。二年待ったんだ、今更少しのお預けくらいどうってことねぇ」 「今のうちにこの船に異世界と通信できる装置を搭載しておこう。いや、厳密には元々搭載しているのじゃが、使い方を教える。 補給物資もありったけ載せよう」 「そういう問題じゃないでしょ!?」 「今は待つんだ。でなきゃあ、せっかくジョンが稼いだ時間が無駄になっちまう」 理解できないように首を傾げるラヴィアン。ダニエルは倒れたジョンのそばに立ち。 「俺たちが戦っている間に、お前が話をつけてくれたんだろう? ロッソを“見逃せ”ってよ」 |
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「お前が統一連合議会のスパイだなんてとっくにお見通しだ。そして、お前が俺達を守るために連中に働きかけた事もな」
「そりゃそーじゃろ。スミスはわしの協力者じゃ。つまり、ダブルスパイじゃよ」
「えええええっ!? はあああ!?」
あっけらかんとしたトマーゾの告白にラヴィアンが叫ぶ。
「統一議会の事は、こちらでもう少し落ち着かせておく。その間、貴様らは転移を完全とする為に、ゲートを探すのだ」
「ボクが……皆さんの期待を裏切った事に違いはありませんよ。ボクにできたのは、皆さんへの攻撃を中止させる事だけでしたから」
へらりと笑うジョンの腕を掴み、ダニエルは強引に立ち上がらせる。
「今の一発で、これまでの事はチャラだ。次からはちゃんと、仲間に相談しろよ」
「艦長……」
ジョンは俯き、苦笑する。それからいつものように軽薄に笑い。
「補給物資の手筈は整えてあります。皆さんそれぞれ、船を出ないで再転移に備えてください」
こうして様々な禍根を残したまま、サルヴァトーレ・ロッソは再びクリムゾンウェストへと戻った。
多くの人がその帰還を見送った。悔しさや申し訳なさ、そして不安と共に。
“彼らは本当に、味方なのだろうか?”――と。
あまりにも強すぎる力を持った救世主は――まだ、世界に受け入れられてはいなかった。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●ヒトの隣人たち(8月29日公開)
「亜人……ですか?」
クリムゾンウェストには、様々な種類の生物が存在している。
リアルブルーには存在しない、クリムゾンウェスト固有の動物である“幻獣”。
それら幻獣の中でも特に高い知性を持つ“妖精”。 あるいは、幻獣が長い年月や信仰を経て昇華された“大幻獣”。
自然や生物の意思がマテリアルを伴って構築される“精霊”。
指折り数えるようにミリア・クロスフィールド(kz0012)は確認し、五つ目の指を折る。 「亜人は、特に人型に近く、更に個別に文明を持つ生物を指す……でしたよね、総長?」 「うむ。まあ実はこの辺のカテゴリーわけは学者の間でもよくモメてるのであんまりまじめに考えても意味ないんじゃが、亜人は文明を構築できるというのが特徴かのう」 ナディア・ドラゴネッティの言う通り、亜人とそうでない生物を大きく隔てる際は文明の有無と言っていい。 ほとんどの生物は独自に文明を構築する事はない。例えば辺境の幻獣や北方の龍種も文明を伴ってはいるが、それはヒトの力による部分が大きい。 「その亜人が、ゲート探査領域で発見されているんですか?」 話の発端は、ヴォイドゲート探索におけるハンターの報告書だった。 そこには各地で既存の人類以外の種族との遭遇、そして彼らとの対話について記されている。 「南方ではコボルド族、暗黒海域では魚人と人魚ですか……」 「元々コボルドはカテゴリー的に亜人じゃが、エルフやドワーフとは異なり“敵性”でな。魚人も大体同じ理由で、亜人らしい人権を所持するとは見做されてはいなかったのじゃ」 総長室で腰かけていたナディアは眼鏡を装着すると、本棚から誇りを被った書物を取り出す。 「亜人と人間の関係性は紐解くと歴史が古い。元々亜人と人間は、この世界の領土……シェアを奪い合う形で対立しておった。 彼らの人権についての整備は、長い歴史を持つソサエティにおいてもなされておらぬな」 「でも、コボルドや魚人は敵……ですよね?」 亜人の中には、特に負のマテリアルへの適応力を持つ種族がいる。 |
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「一般的にはな。だが、そもそも人類を明確に敵視している個体は、既に歪虚化していることが殆どじゃ」
それは亜人も人間も動物も同じことだが、それぞれの生物は死後、歪虚となる可能性がある。
コボルドやゴブリン、ジャイアントなどが負のマテリアル環境下でも生存できるのは事実だが、彼らも長らく歪虚と行動を共にすればいずれは闇に堕ちる。
「つまり、まだ歪虚化していない個体であれば、共闘できる可能性はある」
「南方や暗黒海域で目撃されたコボルドは、人類に敵対的ではない個体も存在するとの話ですが……」
「一応、少数とはいえ前例はあるぞ。ハンターの中にはそれを経験した者もおるじゃろう。それに、亜人も場合によってはマテリアルの力を帯びる事もある。王国で起きたゴブリンの事件を覚えておるか?」
「ええ、もちろん。そういえば、ゴブリンも組織的な行動が可能でしたね」
「この世界の覇者は客観的に見てもヒト……人間じゃ。数がとにかく多い。エルフやドワーフもそればかりは真似できまい。人間は己と協調路線を取る者は受け入れてきたが、そうではないものを敵として切り捨ててきた。しかし、負への耐性があるからといって敵とは限らぬ。それは、鬼のケースが既に証明しておろう」
そう、何が敵で何が味方かなど誰にもわからないのだ。
それぞれの歴史があり、それぞれの立場があった。ただそれだけの違いに過ぎないし、それはこれから変わる可能性だってある。
「こればかりは現場の判断に任される部分も多いが、人類未踏の領域じゃ。現地亜人との協力も必要となるやもしれぬな」
「大渓谷では未知の文明による防衛装置が確認されているそうですが、これも亜人のものでしょうか?」
「それにしては高度すぎるが……んー、そもそもわらわの記憶にないということは、ざっくり300年以上前からあるってことだから、もうマジで得体の知れない何かじゃな……こわいわー」
「なんだか、知らない事ばかりですね。これまで気にも留めてませんでしたけど……」
亜人との付き合い方や、世界に未踏の領域があるなど、これまでは捨て置かれていた事だ。
敵だという理由だけで思考停止し、ただ駆逐してきた。彼らの事情に思いを馳せることもなく、一方的に力で支配しようとした。
なにせ人類には余裕がなく。歪虚をある程度北まで押しのけた今だからこそ、ようやく隣人に目を向ける事が出来るわけで。
「昔はな、亜人から領土を奪うのは騎士の誉れであった。実際、帝国などはそうやって切り開かれた国じゃ。だがそこに住んでいた者たちは居場所を追われ闇に堕ち、人類の敵となった」
「それは……」
「あやつ……ナイトハルトを非難するつもりはないよ。ただ、世界を救うとはどういう事なのか、考えてゆかねばのう」
あの時は、何よりも人類の守護が優先され、結果を見ればそれは正しかった。
しかし、何かを犠牲にしなければ世界を守れぬというのなら、それはあまりにも虚しい平和だ。
そう思えるようになったのも、ハンターたちのお陰なのだが。
「何を切り捨て何を守るのか、それは結局ハンターの自由じゃ。何より奴らが守らねばならぬのは己の命……そううまくは行かぬじゃろうな」
「ところで総長。各地で珍しい資源が見つかっているそうなのですが」
「ん? 何に使えるかわかってるの?」
「それが、さっぱり」
「じゃあソサエティで買い取って調査してみたらどうでござろう? 武闘大会のお陰で資金は結構あるぞ」
「そうしますか。シルキーには話を通しておきますね」
そう言ってミリアは総長室を後にした。ナディアは過去の記録を綴った本を閉じ、兄と同じデザインの眼鏡をケースに戻した。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●黙示騎士、襲来(9月12日公開)
『これがクリムゾンウェスト……だと? 何がどうなっているのだ?』 空中に収束した黒い光、負のマテリアルの球体を突き抜け、黙示騎士マクスウェルは姿を現した。 冒険都市リゼリオを遠巻きに眺め、男は首を傾げる。 ここは確かにクリムゾンウェストと呼ばれる世界……だが、男の知るそれとは何かが違っていた。 『ウウム、わけがわからん……この世界に何があったというのだ……?』 「――恐らくだが、この世界には元々“深淵”の素質があるのだ」 突然の声。そして、マクスウェルと同じく闇から突如姿を現す影があった。 白い、白すぎる。まるでモノのような女だ。剣と天秤を手にしたその人影を一瞥し、マクスウェルは腕を組む。 『オマエか、ラプラス。オレより先に来ていたのだ、何か掴んだのだろうな?』 「答えを急くのはあなたの悪癖だな、マクスウェル。正確な情報こそがフェアなジャッジを現実の物とする。憶測は悪だ」 『わかった、わかった。オマエの話は長いんだよ……。正確にわかったことだけ教えろ』 「この世界はクリムゾンウェストだが、ある意味既にクリムゾンウェストではないということだ」 『そんなことは見ればわかる。オレが知りたいのは何がどうなってそうなったのかだ』 「その答えの片鱗を掴む為に調査を続けている。私はこのまま、ピースホライズンと呼ばれる都市を中心に調査するつもりだ」 『ゲートがあるのか?』 |
![]() マクスウェル ![]() ラプラス |
その言葉にマクスウェルの肩がピクリと揺れる。何かに感づいたのだろう……が、ラプラスはその更に上を行き。
「それは恐らく誤解だ。ただの偶然だろう」
『チッ。まあ、機械人形相手に戦っても面白くもないがな!』
「そんなに気がかりか。トマーゾ・アルキミア……とうに終わった守護者の事が」
そっぽを向いたマクスウェルは何も答えない。ラプラスはそれを一瞥すらせず、ふわりと浮き上がり。
「マクスウェル、あなたには他の場所を任せる」
『ああ。先ずはこちらの歪虚の様子を確認しつつ、南に向かう。久方ぶりの戦い……ククク、楽しみだ!』
二つの影は同時に闇に消えた。文字通り痕跡も残さず、この場所から転移したのだった。
ゲート探索の為の戦いは各地で激化を続けているが、今のところ明確にゲートにまでたどり着いたチームは存在しなかった。 ハンターズソサエティ本部では、ナディアが唸りながら作戦図と睨み合っている。 「ゲート見つからんっていうか世界広すぎなんですけど??」 なんとなく、どの地方でも奇妙な協力者を得たことで探索範囲は広がり、ヒントも見え始めている気はするのだが、明確な答えは未だ得られていない。 結局現場の判断に任せる部分が大きく、まともに指揮もとれていない現状をナディアはひそかに気にしていた。気にしながら、ペンを回していた。 「総長、大変です!」 そこへミリア・クロスフィールド(kz0012)が飛び込んでくると、ナディアの指先からペンが零れる。 「な、何事じゃ?」 「南方で、高位の歪虚……それも、リアルブルーで目撃されたタイプの敵が出現したと報告が……!」 「リアルブルーの歪虚って?」 「マクスウェルよ!」 続けてラヴィアン・リュー(kz0200)が飛び込み、その名前を口にした。 マクスウェル――サルヴァトーレ・ロッソによるリアルブルーへの転移実験時に遭遇した、月面基地崑崙を襲っていた歪虚である。 「そのうち来るとは思っておったが早かったのう。それで、奴はどこに?」 「確か、南方の砂漠地帯に出現したと……」 「それではそこにゲートがあると言ってるようなものではないか」 確かに、と頷くミリア。ラヴィアンはぐっと身を乗り出し。 「マクスウェルは強敵よ……それに、私たちやこの世界の歪虚の知らない何かを知ってる! ボコボコにして捕らえるべきよ!」 「おぬしいつになく頭に血が昇っておるな……あと顔色悪いが大丈夫か?」 「無理に転移したから……でもそのリスクは承知の上よ」 普通、非覚醒者が無理して転移をすれば倒れたりするものなのだが。 ナディアが視線を向けると、ミリアは「後で診ておきます」といった感じで頷いた。 |
![]() ![]() ![]() ラヴィアン・リュー |
「わかったからおぬし少し寝た方がいいぞ、目がだいぶキてる。ともあれ、敵の動きが活性化しているのは事実じゃ」
ナディアは立ち上がり、ぐっと握り拳を作る。
「これからは黙示騎士の妨害も想定し作戦を進める! なんとしてもゲートを奪い、リアルブルーへの道を開くぞ!」
南方、砂漠にひしめく強欲竜たちは、王たるメイルストロムの帰還を今も待ち続けていた。
既に滅ぼす敵すら消え去ったこの砂の大地において、竜たちの眠りは妨げられぬ筈であった。
『フン、腰抜けどもが。いつまで引きこもっているつもりだ。まあよい。戦わぬというのなら、戦いたくなるようにするまでよ!』
そう言ってマクスウェルが剣を掲げ、赤い光をばらまくと、竜たちは悲鳴をあげ、苦しみから逃れるように翼を広げる。
『戦え、戦え! 戦いこそが恐怖と苦痛から逃れる唯一の手段よ! フフフ、ハハハハハ!!』
正気を失った眼差しで、強欲竜らは人類軍の拠点へと突き進んでいく。
もはや彼らは忠義でも憎しみでもなく、恐怖によって統率されていた。
『行くぞ、ニンゲン共。楽しい楽しい戦争の始まりだ!』
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●1st ATTACK! ?強欲竜撃破?(9月21日公開)
南方に広がる広大な岩と砂の世界を狂暴化した強欲竜達が突き進む。 次から次へと出現する歪虚の軍勢を迎え撃つのは、ソサエティから出撃したハンターらの集団だ。 「まったく、きりがないな。一体どれだけの数が襲ってくるんだ?」 上空から襲い掛かるフレイムドラゴンの火炎弾を、防御障壁を纏った槍で薙ぎ払うラジェンドラ(ka6353)。 続けて槍と共に繰り出したデルタレイの光が飛行するドラゴンを追撃する。 「このっ、この?っ! これ以上先には通しませんから!」 飛びかかろうと接近するロードランナーへ放ったアシェ?ル(ka2983)の炎槍が炸裂する。 既に何体倒したのかよく覚えていないが、回数に優れる炎槍は未だ健在だ。 「また重体になるのはごめんだし……鍛えてるんですから?!」 魔法の火を追いかけるように走り、紅薔薇(ka4766)は次々にリザードマンを薙ぎ払ってゆく。 「他愛もない……頭数だけ揃えたところで妾は止めらんぞ!」 「ほい、次ー。闇雲に突っ込んでくるだけの敵なんて、ジュウベエちゃんには良い的よねー」 ウィンクすると同時に狙いを定め、ライフルの引き金を引くJyu=Bee(ka1681)。その弾丸でサラマンダーが塵に還る。 繰り返し勃発する強欲竜の襲撃を今回も退けたハンター達は、残敵を確認し、帰還に向けて歩き出す。 「やれやれ、今回も退けられたか。物量ではこちらが圧倒的に不利だからな」 「しかもこの暑さですからね?……はあ?、早く帰ってシャワーを浴びたいです」 「口の中がジャーリジャリするわー!」 「いや……待つのじゃ」 帰還しようとしていた三人が紅薔薇の言葉で足を止める。 振り返ると、その視線の先――何も存在しない砂漠の上に空間の歪みが出現し、黒い光の瞬きと共に人影が出現する。 『ほう? 手勢を一際多く始末する連中がいると思えば……まさかたかだか数名の戦士とはな』 「あれって、崑崙防衛戦の時に現れた……」 「黙示騎士マクスウェル。本当にこちらの世界に来ておったとはな」 アシェールと紅薔薇が身構えると、ラジェンドラも槍を回し、構える。 「なんだ、アレは……? これまでに倒した歪虚とは桁外れの力を感じる」 表情を強張らせるラジェンドラとは対照的に、Jyu=Beeは真剣な様子でマクスウェルを考察する。 (漆黒の鎧……派手な赤いマント……やけにでっかい剣……) 二度三度と頷き、Jyu=Beeはビシリと指差す。 「あなたも継いでいるのね……ソウル……そして流派を……!」 『ン? リュウ……?』 「マクスウェル、お主がこの騒動の元凶か?」 『如何にも。フッ、まずは尖兵を退けた事、誉めてやろう。リアルブルーでも見た通り、オマエ達の力はやはり素晴らしい』 そう言って笑いながらマクスウェルは剣を抜き、そこに炎のようなオーラを纏わせる。 『それでこそ、このオレが屠るに値するエモノよ! さあ、この闇の力を前にどこまで抗えるか、見せてもらおう。ククク……フハーーーハハハ!!』 「くっ、なんて濃厚な邪気眼なの……!? トキメいちゃったらどーしてくれるのよ!?」 「よくわからないが、きみ、大丈夫か?」 頭を抱え悶えるJyu=Beeをかばう様に構えるラジェンドラ。 「黙示騎士はこの世界の歪虚とは異なる強敵じゃ! 心してかかるのじゃ!」 「がっ、がんばります……けど、私たちだけで倒せるかなぁ?」 |
![]() ラジェンドラ ![]() アシェ?ル ![]() 紅薔薇 ![]() Jyu=Bee ![]() マクスウェル |
高笑いの後、マクスウェルが動いた。
異質な力を持つ黙示騎士を退けなければ、南方の戦況はひっくり返されてしまうだろう。
いよいよ出現したマクスウェルとの戦いが、南方の大地で始まろうとしていた……!
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●1st ATTACK! ?マクスウェル討伐?(9月26日公開)
「マクスウェル……これ以上、あなたの好きにはさせない!」 フィルメリア・クリスティア(ka3380)が跳躍し振り下ろす魔導符剣に、マクスウェルは朱の大剣を合わせる。 砂漠の大地、竜の巣で激突する正と負のマテリアル。最早何度目かもわからぬ戦いの中、黙示騎士は笑う。 『ククク、この力……このマテリアル。とてもリアルブルーの戦士とは思えんな。この腕の一振りで塵に還る雑兵共とは!』 弾き返されたフィルメリアの体が空を舞う。 入れ替わりに距離を詰めたリュー・グランフェスト(ka2419)が大斧を打ち付けると同時、七夜・真夕(ka3977)の雷撃がマクスウェルだけを焼き払った。 『チッ……次から次へと』 「崑崙じゃあ世話になったな、マクスウェル!」 「戦いたくもない竜を無理矢理操ってけしかけるなんて……許さないんだから!」 背後へ跳んだマクスウェル、そこへ回り込んでいた松瀬 柚子(ka4625)の振動刀が脇腹を切り裂いた。 「あっちこっち飛び回って騒ぎを大きくされるの、困るんですよ!」 剣を振るって柚子を退けると、振り上げた大剣に深紅のオーラを纏わせ、巨大化させる。 『少しは本気で相手をしてやろう! 直撃は避けろよ、ニンゲン!』 それに対し、玉兎 小夜(ka6009)は漆黒の巨大刀で切りかかる。 双方の巨大な力が衝突する間、駆け寄りながらアルマ・A・エインズワース(ka4901)は杖を振るう。 「隙ありですよー、マクスウェルさん! 青星の魂(アルマ・デ・コランバイン)!」 放たれた火炎がマクスウェルを飲み込む。燃え盛る炎から離脱し、騎士は地に剣を着いた。 「ふっふーん、この間の仕返しです。あ、別に根に持ったりしてないですよー? ええ、これっぽっちもー」 『この短期間でさえ更に力を高めたか……いや、この世界にいるからこそか?』 傷の再生を隠すかのようにマントを纏い、騎士はふわりと舞い上がる。 「待ちやがれ! また逃げるつもりか!?」 『そう急くな、ニンゲン。オマエ達の強さはわかった。確かにオレは、オマエらを守護者と認識したぞ。故に、ここは退かせてもらう。更なる戦いの為にな……』 高笑いをしながら闇に消えて行ったマクスウェルにリューが砂を蹴る。 「くそ、都合が悪くなるとすぐに逃げやがって……ああいうのに騎士を名乗ってもらっちゃ困るんだよな」 「そうです、困りますっ! 勝手にリアルブルーとクリムゾンウェストをつなげるとか!」 「ですよねー、困りますよねー。まだまだこんなもんじゃ物足りないですしー……あ、別に怒ってないですよ? ミリアの事とか気にしてないですよー?」 「……えっと、あなた達微妙に意見が統一されてないわよね?」 リュー、柚子、アルマそれぞれの反応に肩を竦めるフィルメリア。 「んん?……でもぶっちゃけ、弱かったよね? 黙示騎士ってこんなもんー?」 「確かに、どーんと姿を見せたわりにはあっけないっていうか、不気味かも」 小さく欠伸をする小夜。真夕も何か不自然なものを感じる。 「もしかして、本気じゃなかったとか?」 「お、おう……全然気にせずボコボコにしてしまった……でも、だったら何しに来たのかな?」 「確かにあいつは崑崙で見た時も妙な感じだったな。何を探っているのやら」 「どちらにせよ、こちらも一度退却しましょう。総長に報告しなきゃね」 フィルメリアの言葉に頷き、ハンターらは砂漠を後にした……。 「南方の戦いはひと段落したようじゃな」 リゼリオで報告を受けたナディア・ドラゴネッティは、ずずずと湯呑を啜る。 「蓋を開けてみればマクスウェルとか一捻りじゃったな。しきりに“この世界の守護者おかしい”って言ってたのう。はーっはっは、ビビりすぎぃー!」 「確かにこの世界の戦士の強さは、地球で考えると一騎当千もいいところよね。でも、妙にあっさりしているのが気になるわ」 報告書を精査するラヴィアン・リュー(kz0200)。一方、ラヴィアンは机に山積みになっていた古書を捲り。 「ところで、南方以外の場所の探索じゃが、暗黒海域のゲートについてはおおよそ確定じゃ」 かつて暗黒海域に住まう魚人族、人魚族が聖地としていた海底の神殿。 一部の人魚にはそれを“聖なる門”と呼んでいるという。 「ゲートってそもそも“門”の形をしているの?」 「いや、門というのは俗称じゃ。正確には異世界同士の結びつきが強く、強力な地脈を持つ“場”を、魔術的に開いたものが門となる」 「なら、人魚たちがそれと知らずに守ってきた可能性もあるのね」 「元々暗黒海域にはおかしな伝承が多く伝わっておる。船が行方不明になるというのは歪虚に襲われた可能性もあるが、異世界に消えてしまった可能性もあるじゃろう。それに、気になる伝承があってな」 ナディアが広げた本には、波打つ海から伸びる無数の触手と、得体のしれない怪物が描かれている。 「“海底に棲まい荒ぶる者”という伝承じゃ。大体今から200年くらい前の話で、暗黒海域に巣食う巨大な怪物を伝えておる」 「これと暗黒海域が関係あるの?」 「わからぬが、これ、実は十三魔でな。わらわも忘れておったのじゃが、名を“グラン・アルキトゥス”という」 しばしの間を置き、ラヴィアンは眉間の皺を濃くする。 「十三魔って、あの十三魔?」 「そう」 「じゃあこれが最後の一体?」 「いや、場合によっては最初の一体じゃ。十三魔は古くはソサエティが定めた“災害”規模の歪虚。恐らくこいつは十三魔制度最初の個体のような気がする」 「あなたその場にいたんでしょ? なんでそんなに曖昧なのよ」 「200年前の事を仔細覚えとるわけなかろう!? 第一こいつ、200年まったく動いてなかったんじゃぞ!」 暗黒海域は東方が封鎖される少し前から、人の行き来が殆どなくなっていた。 あの海域に巨大で強力な歪虚がいたとしても、特に人間たちは困らなかったのだ。 「まだこの海にいるのかしら?」 「わからんが、実は海底神殿の近くまで向かった者が、バカでかい歪虚と遭遇したという報告もある。それで思い出したのじゃが……もう少し詳しく調査してみよう」 そうして今後の計画を相談していたその時だ。ラキ(kz0002)が総長室に飛び込んできたのは。 「総長、大変だよ! 暗黒海域にすっごい数の歪虚が出てきたの!!」 顔を見合わせる二人。ナディアは嫌な予感に眉を顰めつつ、ラキを招き入れる。 「何があったのか、詳しく説明するのじゃ」 |
![]() マクスウェル ![]() フィルメリア・クリスティア ![]() リュー・グランフェスト ![]() 七夜・真夕 ![]() 松瀬 柚子 ![]() 玉兎 小夜 ![]() アルマ・A・エインズワース ![]() ナディア・ドラゴネッティ ![]() ラヴィアン・リュー ![]() ラキ |
その二つに関連性を睨んだナディアは、竜の巣から引き続き、暗黒海域への派兵を決断するのだった。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●2nd ATTACK! ?海蛇撃破?(9月28日公開)
「でぇえええりゃああっ!!」 ミリア・エインズワース(ka1287)の祢々切丸がシー・サーペントの長い首を切断し吹き飛ばすと、船上にひと時の静寂が戻る。 「ふうー、そいつでラス1? 結構な数倒したよね」 フードを持ち上げ、海水に濡れた前髪を振るい、央崎 枢(ka5153)はガラティンを鞘に納める。 「相当な数ぶっ倒したよな。次から次へと湧いてくるから、さすがに疲れたぜ」 「お怪我はありませんか? 船の損傷もそろそろ限界ですし、一度港に引き返しましょう」 ぐっと背筋を伸ばす歩夢(ka5975)にアティ(ka2729)が微笑みかける。 船団を編成し、暗黒海域に出現する歪虚を一通り退けた彼らだが、さすがにそろそろ疲労の限界であった。 「もう、海水で髪がベタベタ……早く帰ってシャワーでも浴びたいわ」 そんな風にティス・フュラー(ka3006)が溜息を溢した直後だ。 ハンターらが搭乗する船より前方を進む友軍船めがけ、海中より飛び出した何かが纏わりつく。 「また性懲りもなくシー・サーペントか?」 「ちょっと様子が違うね。これまでに倒した敵じゃないかも……って!」 面倒くさそうに振り返ったミリアが見たのは、友軍船がバキンと音を立てて圧し折れる瞬間であった。 身を乗り出すようにしてその瞬間を目撃した枢が半笑いで肩を落とす。 「船ってあーんな簡単に折れちゃいます?」 「いけません……早く乗組員の救助に向かわなくては!」 「待った! やべぇ、さっきの奴がこっちにくるぞ!」 アティをかばう様に身構える歩夢。直後、船が大きく揺れ始め、突然出現した高波が甲板を飲み込んだ。 「調子に乗りやがって……全員無事か!? 誰か落っこちちゃいねぇだろうな!?」 仲間の無事を確認するより早く、海中より出現した巨大な触手にミリアは眉を顰める。 「船の下にいるわ! すごい大きさ……こんなやつどうやって倒せばいいの……!?」 「とりあえず船を守るぞ! 沈められんのはご免被るぜ!」 困惑するティスの肩を叩き、バインダーからカードを引き抜く歩夢。 巨大な歪虚は海中より触手を伸ばし、船を海へと引きずり込もうと襲い掛かる……! 「……あの歪虚、カテゴリーは……ふむ、狂気の眷属か。扱いは困難だぞ。マクスウェル、あなたに使いこなせるのか?」 「フン、端から使いこなすつもりなどないわ。オレはただ奴を目覚めさせただけよ」 暗黒海域に浮かぶいくつかの無人島、その一つに立つマクスウェルの姿があった。 その傍らに立つのは同じ黙示騎士。大渓谷でその存在を確認されている、ラプラスと呼ばれる個体だ。 「狂気を制御できるのは同じ狂気か、我らが神のみ。そのくらいオレもベアトリクスの一件で重々承知よ」 「ふ……ベアトリクスには随分振り回されたようだな。そうだ、ベアトリクスと言えば……この世界にもあの緑界の痕跡を確認した」 「何!? では、この世界の異変はそれが原因で……」 「いや、おそらく違う。アレはただの監視用の施設らしい。積極的な干渉はしていない。であるならば、別の要因があるはずだ」 期待外れの返答だったのか、マクスウェルはそっぽを向く。 「あのデカブツがいれば、ひとまずこのエリアは問題ないだろう。そうそう討伐されるとは思えん。オレは別の協力者を探すつもりだ」 「この世界の状況を我らが知るにはそれが手っ取り早いだろう。その好機、短気で失うなよ?」 そっぽを向いたまま、マクスウェルは異空間に姿を消した。 一人残されたラプラスは荒れ狂う海を眺め、思案する。 「だが、マクスウェルにだけ働かせるのもフェアではあるまいな。そろそろ私も、準備を進めておくとしよう」 「前線では、グラン・アルキトゥスとの戦いが続いていますが……根本的な撃破は難しいかと」 ミリア・クロスフィールド(kz0012)の言う様に、戦況は芳しくない。 ハンター達の力ならば戦況を維持する事は可能だろう。だが、海中に潜む敵を撃破するのは困難だ。 「グラン・アルキトゥスは、常に荒れ狂う海と共に出現し、海中から触手だけを出して攻撃してくるそうです」 「触手か……」 「触手です……」 「触手がどうしたの?」 「いや別にどうもしないが」 しみじみと頷くナディアに、ラヴィアン・リュー(kz0200)が首をひねる。 「ある程度触手を破壊すれば撤退するようですが、また再生して出現します」 「やはり本体を叩く必要があるわね。それに、グラン・アルキトゥスが人魚の聖地を荒らしているのなら、こいつをなんとかしないとゲートに辿り着けないって話になるわ」 「荒れる海の中で戦闘するのは自殺行為です。何か対策を講じる必要があります」 「ん?む……海を鎮める術、か……。わらわも調査してみよう。ミリア、魔術師協会に連絡を。ついでに人魚に話をつけてくる」 魔導書を鞄に詰め込み、ナディアは席を立つ。 |
![]() ミリア・エインズワース ![]() 央崎 枢 ![]() 歩夢 ![]() アティ ![]() ティス・フュラー ![]() マクスウェル ![]() ラプラス ![]() ナディア・ドラゴネッティ |
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●2nd ATTACK! ?グラン・アルキトゥス討伐?(10月3日公開)
高波に荒れる船上に襲い掛かるグラン・アルキトゥスの触腕。 それは海中から突然現れては振り下ろされる。ただそれだけの単純な挙動も、質量の問題で強烈な攻撃となる。 「狙いは大雑把だし、避けるのはわけないけどー……船の方が壊れちゃうかも?」 飛びのいて触腕をかわしたラン・ヴィンダールヴ(ka0109))の言う通り、戦闘は長引けばハンター本人より船の問題で危険になる。 実際、この戦闘中に沈められていった友軍船は数知れず。 船が一つ沈めばその乗組員の救助も必要になる。基本的にこの環境下では、人類側が大きく不利だ。 「つーかなんでこいつビーム撃ってくんだよ、ビーム! 触手からビームってお前!」 拡散レーザーの雨を盾で防ぎながら拳銃の引き金を引くグリムバルド・グリーンウッド(ka4409)。 夢路 まよい(ka1328)は高めたマテリアルを杖の先から放ち、ブリザードで触手を凍結させる。 「いいから早く攻撃して! 一気に叩かないとまた再生するわ!」 グリムバルドとフォークス(ka0570)が銃撃で凍てついた触手を破壊するも、別の触手が船に絡みつく。 「へっ、船にくっついてくれた方が攻撃しやすいってもんだぜ!」 ルリ・エンフィールド(ka1680)は大きな魔導ドリルを触腕にねじ込み肉を抉る。 更にランが龍槍を突き立てると、ダメージに耐えかねたのか腕は離れ、海中へ沈んでいった。 海中から響く甲高い奇声が消えると同時、巨大な影はどこかへ去り、まるですべてが幻であったかのように海は穏やかさを取り戻した。 「ザワザワわめいて騒ぐだけで薄気味悪いったらないネ。ジメジメとwetなだけでwitの欠片もない」 まるで耳に水でも入ったかのようにトントンと叩きながら毒づくフォークス。 海中から出現する触腕をもう何本撃破しただろうか。 「まったくうるさいわ服はびしょびしょになるわガンガン揺れるわビーム出すわでさんざんだったな……」 「でも、とりあえず引き上げたみたいだねー。ひとまずはこれで安全、みたいなー?」 「どうかしら? 結局敵の全貌もわからずじまいだし……防戦は可能でも止めをさせないんじゃキリがないわ」 対照的な様子のグリムバルドとランを前に、まよいは冷静に分析する。 「あんなやつがうろついてるようじゃ、この海路を使うのは自殺行為だぜ。……そういえば切断したイカ? タコ? の足、食えんのかな?」 頭の後ろで手を組みながらルリが呟くと、ハンターらは顔を見合わせる。 「……とりあえず引き上げましょう。今後の対策は、ここでは決められないしね」 まよいがそう切り出すと、ハンターらを乗せた船は踵を返し、港へと向かうのだった。 ここは大渓谷の地下に広がる膨大な遺跡群の一つ。ラプラスはそのコンソールを操作しながら首を捻る。 「確かに、生半可な力ではないな。これまでに見てきたどの世界とも異なる」 『ひとりひとりの“守護者”が持つ力が桁外れだ。この戦争、どうやら長引くぞ』 「願ったり叶ったりではないか。監視ばかりで退屈していたのだろう?」 『それはそうだが、我らが神にすら届き得る牙、正しく見極めねばなるまい』 そういうところは真面目なのだなと頷き、ラプラスは右手をコンソールに翳す。 その指は解け、液状に変化し、そしてコンソールへと染み込んでいく。 「この遺跡の事も、既に把握は完了した。このまま放置したところで大きな問題にはなるまいが」 『とはいえ、奴らの裏にはトマーゾがいる。問答無用で破壊しつくせばよかろう』 「それではフェアではあるまいよ。なんの希望もない挑戦など美に欠けよう。勝ち取る暇くらいは用意してやるものだ」 『またそれか……。まったくオマエも人の事は言えんな。その悪癖、いつか痛い目を見るぞ』 溜息交じりに肩を竦めるマクウスェルに、ラプラスは僅かに口元を緩めた。 「謎の触手は何とか引っ込んだようじゃの……」 「でも、結局有効な攻略手段は見つからないままね」 ソサエティ本部ではナディア・ドラゴネッティとラヴィアン・リュー(kz0200)が険しい様子で地図を見つめている。 グラン・アルキトゥスの撃退には成功したが、敵は依然として健在。 退きはしたが、海底神殿から大きく離れるとも思えず、結局状況は振出しに戻る。 「海中で戦力を適切に運用するにはやはり前準備が必要じゃな。大人しくしておるうちになんとかしよう」 「CAMや魔導アーマーを使おうにも、改修作業があるしね」 「総長! たった今新たな連絡が入りました! 大渓谷で大量の自動兵器が暴れ出したと! しかも、これまでは遺跡に近づかなければ攻撃してこなかったものが、積極的に遺跡の外に出撃しているそうです!」 |
![]() ラン・ヴィンダールヴ ![]() グリムバルド・グリーンウッド ![]() 夢路 まよい ![]() フォークス ![]() ルリ・エンフィールド ![]() マクスウェル ![]() ラプラス |
「予想はしていたけれど、今度は大渓谷とはね……」
「なんか去年もピースホライズンはトラブってたような気が……。いや、ともあれ放置はできまい。大渓谷から敵を出さぬよう、防衛線を敷くぞ!」
大渓谷の奥深くでいくら不可思議な機械兵器が動いていようが問題はないが、これが外に出ようというのなら話は別だ。
ピースホライズンや、大渓谷沿いに存在する王国、帝国の都市にも被害が及べば由々しき事態となる。
グラン・アルキトゥスを退けたハンターらに、次は大渓谷への出撃依頼が下るのだった。
「異世界から来た歪虚、ですか……」
部下からの報告を受け、優男は棋譜を片手に盤上の駒を動かす。
とにかく一人で時を過ごす事が多かった彼にとって、ヒトの生み出した娯楽はどれも尊いものだった。
かつて憤怒の王たる九尾獄炎は、結局のところその愚かしさ故に人類に後れを取った。
そしてその愚かしさとは憤怒の持つ激情そのもの。愚かにも“憤怒”にかられた結果、獄炎は倒れたのだ。
故に、その“九尾が死に際に切り離した尾”である優男は嫌悪する。“憤怒”という激情を。
そしてヒトの持つ狡猾さをこそ美しく思う。あれこそが真の強さ、真の美ではないか、と。
憤怒の軍勢はとうに王を失った敗残兵であり、自分もまた所詮王の残留物に過ぎない。
故に、あらゆるものに執着はなく。あらゆるものが興味の外。
優男はただ、自らが憤怒であり、憤怒王の一尾であるという現実に失望し……。
しかし、決して消せない人類への復讐心に絶望し続けていた。
「盤上にある限り、駒はその役割から逃れることはできません。それは私も、秋寿さんも、青木さんも同じこと……」
惰性で続ける復讐にも虚しさを覚えて久しい。
盤外からの一手。この“枠組み”さえ壊す力には、魅力を感じていた。
「でも、勝手に決めたら秋寿さんも青木さんも私を怒るでしょうか?」
頬に手を当て、うーんと一考し。
「まあ、それもよいでしょう。あの二人が怒っている顔も、想像するだに胸躍りますしね」
燭台の並ぶ岩戸を出ると、そこには灼熱の溶岩ひしめく火山地帯が広がる。
その景色を眺め、優男は部下を呼び寄せる。
「巷を騒がせている黙示騎士さんに連絡を。一度お会いしたい、と――」
「蓬生! 蓬生、留守か!?」
「はいはい。今戻りますよ」
裏切りの通知を終えた優男――蓬生は何食わぬ顔で席に戻っていった。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●3rd ATTACK! ?オート・パラディン撃破?(10月5日公開)
大渓谷に現れた自動兵器たちは、クリムゾンウェストの魔導兵器とは毛色が違う。 かといってリアルブルーの兵器かと言えばそうではない。強いて言うのなら、両世界の技術を高度に同化させたものだ。 操縦者もなく稼働し、高度な戦闘を可能とする技術は、どちらの世界でも未だ確立されていない。 「リアルブルーのCAMでさえ、自動で動かすまでには至っちゃいないんだがな……!」 機械の巨人が振り下ろす大剣を槍で受け流し、すかさず脚部に刃を捻じ込む榊 兵庫(ka0010)。 「大した力だが、動きは直線的で鈍重。自動化技術は大したものだが、ここから無人機の限界かね?」 別の自動兵器が機銃を連射すると、アルバ・ソル(ka4189)はアースウォールで防壁を作り、龍崎・カズマ(ka0178)とラミア・マクトゥーム(ka1720)がその陰から飛び出す。 カズマが斬龍刀で脚部を切断し、下がってきた頭部目がけてラミアが跳躍。そこへ鉄拳を叩きつけた。 「見た感じガチガチだけど、思ったより材質は柔いね!」 「物量ってのも戦術だが、頭数揃えてけしかけるだけならガキの使いみたいなもんだ。……ま、こいつらに言ったところで意味なんざないが」 そこへひときわ大きな自動兵器が出現し、胸部にマテリアルを収束させる。 マテリアル放射による魔法攻撃――だが、二人が身をかわすより早く、黒の夢(ka0187)が魔法を詠唱している。 ふうっと息を吐きかけるようにして掌に浮かべた小さな火球は、放たれるとみるみるうちに大きくなり、巨人を巻き込み爆発を起こした。 「うんうん。これでひと段落なー?」 「皆大きな怪我もなく何よりだけど、結局この騒ぎはなんだったんだ?」 ぽんぽんと服についた埃を払う黒の夢。アルバは周囲を見渡し、不可解な襲撃に首を捻る。 「元々この遺跡じゃ得体の知れない機械がうろついてたんだ。その時は遺跡から出てくるようなことはなかったけどな」 カズマが説明する横で兵庫は自動兵器の残骸を手に取り。 「ふむ……やはりCAMの装甲板とは材質がまったく違うな。鉄というより石に近い感じだ」 「――実際、これらは石造に近いのだよ。機械の塊というよりは……そうだな。ゴーレムというのが通り良いか?」 突然の声にハンターらが視線を向けた先、瓦礫の上に立つ人影があった。 「まずはフェアに自己紹介でもしようか。私はラプラス……黙示騎士、と言って伝わるか?」 強烈な敵意こそ感じないが、膨大な負のマテリアルはひしひしと感じられる。 逆に敵意そのものが向けられていないという事に不気味さすら覚えるほどだ。 「生憎、敵の自己紹介に興味はないんだ」 アルバは即座にアイスボルトを放つ。が、氷の弾丸はラプラスの剣によって打ち消されてしまった。 それは妙な感覚だった。打ち消された……というより、吸い取られた……というべきだろうか? 今は魔法の痕跡すら感じられない。 「世界のすべてはマテリアルによって成る。即ちマテリアルこそ原初の理。これを自在に操るとは、実に見事」 「確かにリアルブルー人からすると、覚醒者の力ってのはぶっ飛んだモンだが、敵方に言われるのはなんとの言えんな」 「あなたの感覚は正しい。この世界……クリムゾンウェスト人が持つ力は異常だ。これで世界秩序が維持されている現状を私はむしろ異常と判断する」 意外な言葉に思わず目を丸くする兵庫。カズマは腕を組み、低く笑う。 「覚醒者の力が秩序を乱すってか……? ま、そうかもな。だがそれがなんだ? 別にあんたに太鼓判貰いたくて戦ってるわけじゃないんでな」 「あたし達は、自分の力に誇りを持ってる! 戦の善悪なんて持ち出せる立場じゃないけど、筋は通してるんだよ!」 「それも然り。あなた達の立場は尊重しよう。片一方の否定は公平ではない。世界はなだらかであるべきだ」 妙な言葉に応酬にカズマとラミアも眉を顰める。会話が成立しているような、していないような……。 「結局のところ、この子らを無理矢理戦わせたのは汝ってことなのなー?」 「……この子ら?」 |
![]() 榊 兵庫 ![]() アルバ・ソル ![]() 龍崎・カズマ ![]() ラミア・マクトゥーム ![]() 黒の夢 ![]() ラプラス |
黒の夢の見つめる先には、破壊された自動兵器の残骸が転がっている。
それを確認し、ラプラスは心底不思議そうに首を傾げた。
「なるほど。その定義で話を進めるのならば、まさしく私が元凶だ。ではどうする?」
「悪い子にやるべきは決まってる。お・し・お・き……なー?」
「願ったり叶ったり。かかってくるがよい、“新人類”諸君。あなた達が“すべての世界”にとってどのような存在となるのか、ここで天秤にかけさせてもらうとしよう」
明確な敵意はないまま、しかしラプラスは確実に攻撃的な素振りを見せる。
ハンターらはそれに呼応するように、再び身構えるのだった。
「実はラプラスとの遭遇報告は既に上がっておってな。その際、この地下遺跡は緑の世界のもの、と表現されていたらしい」 「緑の世界……?」 ナディア・ドラゴネッティの言葉に、ラヴィアン・リュー(kz0200)は意外そうにつぶやく。 ハンターズオフィスの総長室には、もうずいぶんと誰も触っていないような記録もいくらか残されている。 それらを漁り散らかした部屋の中でナディアは老眼鏡のブリッジを中指でくいくいっと持ち上げ。 「まあぶっちゃけリアルブルー以外の世界じゃろうな。とはいえ、この世界の成り立ちに深くかかわっているとは思えん」 クリムゾンウェストに古くから伝わる救世主の伝説は、基本的にリアルブルーからの転移者を指すものだし、実際に異世界から伝わったと思われる技術や伝承は、リアルブルー基準とするのが収まりの良い話だ。 リアルブルーとクリムゾンウェストのつながりが特別に濃い事は疑う余地もないと言えるだろう。 何しろ、今現在転移者と言えば、誰もが“リアルブルー人”を連想するはずだ。 「とはいえ、実は有史以前……つまり王国歴以前の世界がどうなっていたかということは、正直ほぼなんもわからん」 「書物はともかく、口伝とかでも残っていないの?」 |
![]() ナディア・ドラゴネッティ ![]() ラヴィアン・リュー |
「神霊樹のデータベースには?」
「あれを人類側が正しく機能させたのは結局ハンターズソサエティ設立頃じゃ。まあ、神霊樹そのものは南方の滅んだ文明にも残されていたようじゃし、実はソサエティが運用開始する前から存在して、その当時の人類がいじってたっぽくはあるが……」
「遡ってデータを閲覧できない?」
まさにその通り、という具合にしきりにナディアは頷く。
「人類の歴史はすべて“王国歴”で語られておる。というより、それ以前の世界が圧倒的な空白なのじゃ。まるで何もなかったところにいきなり王国ができたかのような記録のされ方をしておる」
「単に資料整理されてないだけじゃなくて?」
「資料整理されていないことは本当に申し訳ないです……ガンバリマス……」
「となると、結局あの遺跡についてのヒントはない、ということね……」
「古代の神霊樹を再生したり……そうじゃな。それこそ青龍様に思い出してもらうくらいしか手がないのう。そっちはアズラエルがやってるようじゃが」
二人してああでもない、こうでもないと言い合って、結局答えに辿り着けず溜息を溢す。
そんな風に肩を並べる様子を遠巻きに眺め、ミリア・クロスフィールド(kz0012)は優しく微笑むのであった。
「総長……最近はお友達が増えて、良かったですね……」
「……ぶえっきし! うう、埃か……?」
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●3rd ATTACK! ?黙示騎士ラプラス討伐?(10月7日公開)
ラプラスの外見はヒトの範疇を大きくは出ていない。確かに異質だが、所詮は人型だ。 手にした剣の一撃も、実際のところは大した威力ではない。 同じ黙示騎士のマクスウェルと比べると、直接的な戦闘力は大きく劣っているといえるだろう。しかし……。 「これは……何やら妙だな」 ハルバードで刃を交えながら鞍馬 真(ka5819)は眉を顰める。 ハンターとラプラスの戦いでは、確かにハンター優勢が続いている。 だというのにあまり手応えを感じられないのには理由があった。 真が押しのけたラプラスへ、同時に神代 誠一(ka2086)とアーサー・ホーガン(ka0471)が斬りかかる。 交差する振動刀の攻撃は防御をかいくぐり、確かにラプラスの体を切断した。 石造のような体に明確な切断の痕跡が残り、ずず……と体がずれ込む。しかし、すぐにその傷跡はピタリと接合されてしまった。 「またか……やれやれ、キリがないぜ」 「高度な再生能力を持っているのかもしれませんが、それでもこの修復速度は速すぎますね」 「二人とも、下がって!」 入れ替わり飛び込んだキヅカ・リク(ka0038)は、チャージした火炎魔法を解き放つ。 ちまちまとした攻撃では再生される。ならばと範囲攻撃で薙ぎ払おうという魂胆だ。 目論見通り、ラプラスの全身を包んだ炎はその体を焦がしていく。だが……。 直後、ラプラスは“大きく口を開き、自分を蝕む炎を飲み込んでしまった”。 簡単な話ではない。人間の形状では不可能なほど――下顎が外れ、腹まで下がり、頬も引き裂いて――開かれた口。一瞬だが、人型を崩すほどの変化だ。 「これがこの世界の守護者の扱う力か……ふむ」 天秤を翳すと同時、嫌な予感にハンターらは飛び退く。その判断は正しい。 突如ラプラスが放ったのは周囲を焼き尽くす火炎――それはキヅカが放ったものと同等の魔法である。 「こっちの魔法攻撃を吸い取り、放出したのか!?」 「魔法はイマイチか? だったらやっぱ直接ぶっ叩くしかねぇよなぁ!」 ハルバートを手に駆け寄る岩井崎 旭(ka0234)。それに対しラプラスが両腕を前に突き出すと、手にしていた剣や天秤もろともドロリと溶けるように変質し、瞬時に別の形状を形作る。 それにハンターらは見覚えがあった。この遺跡付近でさんざん撃破した自動兵器の武装、そのものだったからだ。 両腕から放たれたマテリアルの閃光を旭はハルバードで防いだ。 「あなた達の成り立ちは謎だが、どのようなものであるかの見切りはつけた。十分だ。私は引き上げるとしよう」 「待ちやがれ……くそっ!」 旭が駆け寄るより早く、ラプラスは虚空へと姿を消した。 「また消えたか。得体の知れない歪虚だな」 「彼女の能力もそうですが、俺達の事を随分と不思議がっていたようですね。新人類……などと称していたようですが」 いまいち腑に落ちない様子の真。一方誠一はラプラスの残したいくつかの言葉を思い起こしていた。 「俺もこの世界で力を得るまでは、歪虚と戦う生活なんて想像もしていませんでしたし、そんな資質が自分にあるとも思ってはいませんでした」 「ん?……そりゃみんなそうだろうぜ。魔法とかないしな、向こうは。なんかもうこの生活に慣れすぎてよくわかんねぇや」 ぽりぽりと頬を掻く旭。真はリアルブルーの生活はよく覚えていなかったが、少なくともこんな力とは無縁だったはずだ。 「何か全然考えた事なかったけどさ。もしかして僕たちって普通じゃないのかな?」 キヅカの言葉に黙り込む一同。 確かに、変だ。特にリアルブルー人の感覚で言えば、謎のロボット軍団を生身で破壊しまくるのは、おかしい。 「転移者は救世主って伝説もそうだし、何か僕たちは勘違いしてるんじゃ……」 |
![]() 鞍馬 真 ![]() 神代 誠一 ![]() アーサー・ホーガン ![]() キヅカ・リク ![]() 岩井崎 旭 ![]() ラプラス |
アーサーはがしゃりと肩に刀を担ぎ、溜息を溢す。
「結局ここで考え込んだところで答えなんざわからねぇし、あの女の戯言って可能性もあるぜ」
まったくもってアーサーの言う通りである。
気になる事や引っかかるものがあるのは確かだが、ハンターらはひとまず大渓谷から引き上げることにした。
「――成程。それが歪虚の真実、ですか」 憤怒の軍勢が根城とする不毛の大地。岩山をくりぬいて作られた自然の要塞の一室で、優男は溜息を隠せない。 向かい合うように正座する蓬生とマクスウェルは、蓬生から接触を持とうと動いた。 マクスウェルもまた、クリムゾンウェストの状況を知るために現地の歪虚の協力者は必要としていたので、二人の利害関係は一致していたのだ。 「ところでマクスウェルさん、正座がお上手ですね。崩しても大丈夫ですよ?」 『今の話を聞いた次のセリフがそれかオマエ……』 「気分は落ち込みましたけど、私はいつも落ち込んでいますからね。それに、大凡は予想通りの事でしたから」 『ほう』 「私とあなたは立場的によく似ていますよね。是非今後もご懇意に」 『確かにオマエの事情はオレ達と似ているが、立場は明確に異なる。オマエの望みはなんだ、蓬生?』 「そうですね……端的に言うと、全ての破滅です」 にこりと微笑み、優男はハッキリと答えた。 「私は憤怒の歪虚王、九尾が今際に切り離した尾の先。九尾が己の中で最も矮小と見切りをつけたモノでできています」 そもそも切り離したところで、だから何だというのか? |
![]() 蓬生 ![]() マクスウェル |
分断されても大部分はもう消滅しているのだから復活なんて到底不可能だし、一応王の一部だから憤怒の眷属は持ち上げてくるが、正直連中にさしたる情もありません。
「私ってなんなんでしょう?」
『オレに訊くな……』
「こんな醜い自分が大嫌いでいなくなってしまえと思うのですが、よくよく考えたら違うと気づいたのです。私が消し去りたいのは私という“個”ではなく、私を産み落とした“全”」
――それ即ち、世界。
「だから破滅を望むのです。自分自身も含めるので、要するに世界全てとの心中ですね」
『ナルホド。オマエの頭がぶっ飛んでいるということはよくわかった』
「お恥ずかしながら王のすみっこでして、このままでは大願成就は夢のまた夢。ここらで一つ、黙示騎士さんの知恵をお借りできないかと」
『利害は一致しているので吝かではないがな。ならば頼みがある。人類の注意を引き付け、時間を稼いでほしい。こちらにも色々と段取りがあってな。事の暁には、オマエにとっても悪くない取引となるだろう』
「有難い申し出ですね。では、とりあえずそこらを散歩してきます」
『オイコラ』
「早合点、早合点。私はほら、王のすみっこですから。ただ歩いているだけで、注目は集まりますよ。きっと」
自ら囮になるということ。それを理解し、マクスウェルは頷く。
虚空に姿を消したマクウスェルに後れ、蓬生も要塞から飛び出していった。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●4th ATTACK! ?蓬生討伐?(10月11日公開)
憤怒王の断片を名乗る男、蓬生。 その甘いマスクとは対照的、放たれる攻撃は苛烈を極める。 火炎を操作する能力に長けるだけではなく、刀を用いた近接戦闘を得意とする蓬生は、外見より遥かに“戦闘型”だ。 「これが狩人の力……“私”を討った、王殺しの力ですか」 「こっちッスよ、ハンサムさん!」 火炎を潜り抜け、グレイブを振り下ろす長良 芳人(ka0665)。 力強い踏み込みから繰り出す一撃だが、蓬生は細腕に握った刀でこれをしっかりと受け止める。 「へぇ。そのナリで片腕で受け止めるんスか」 「それをあなたが仰いますか」 にこりと微笑み、ぐっと芳人を弾き返す。その膂力はまさに獣のごとき鋭さだ。 切っ先に宿した火種を振るい、炎の斬撃を成す。それから素早く身をかわし、テオバルト・グリム(ka1824)がウィップを腕に巻き付ける。 「今だ、やっちまえ!」 「この程度の火炎、生温い! ミグの一撃を受け、そして爆ぜよ!」 突き出した魔導ガントレッドに大型砲の幻影を纏い、放たれた機導の閃光。 刀を握った腕をテオバルトに封じられた蓬生は、空いた左腕を突き出し、そのミグ・ロマイヤー(ka0155)の機導砲を握り潰す。 更に腕に絡んだ鞭を引くようにしてテオバルトの体勢を崩すが、そこへGacrux(ka2726)の放った銃弾が飛来する。 左右の腕を封じられた直後の蓬生はこれに反応できず、弾丸は胸を貫通。 口から血を吐き膝をついた蓬生は、ふっと笑みを浮かべた。 「美しい……。ヒトの持つ力、命の輝き……私には眩しすぎます」 「ったく、やられながら何言ってんだ。調子狂うやつだぜ」 「その感じ、どうやらそいつも幻体みたいだね」 困り顔のテオバルトに、小さく溜息を溢すミルティア・ミルティエラ(ka3874)。 蓬生は、自らの幻を生み出す術を使う。 これがただの幻ならばよいのだが、実体を持ち、攻撃能力も本物ほどではないが高い。 この“幻体”と呼ばれる分身を生み出す術の存在が、ハンターらを撹乱する最大の要素だった。 「ちゃんとご本人が姿を見せたら? ボクたちはいつでも相手になるよ」 「そうしたいのは山々ですが、私はさして強くもない敗残者、王のすみっこですので……。力及ばず、このような策を弄しています」 「随分と自己評価が低いんですね。自己否定的な歪虚とは、なかなか珍しい」 「既に私は敗れた身、何をできる筈もありません。せいぜいこうして、時間を稼ぐのがやっと。申し訳ありませんが、もう少しだけお付き合いいただきますよ」 蓬生の体が炎に包まれ、すっかりと消え去る様を、Gacruxはじっと見つめていた。 「ボクたちも引き上げよう。また遭遇する可能性もあるし、回復してからね」 ミルティアのヒールで回復を終えると、ハンターらは消えた蓬生の姿を探し、再び歩き出した。 「蓬生の狙いはなんなんでしょうか?」 唇に人差し指を当て、ミリア・クロスフィールド(kz00125)思案する。 蓬生は危険な敵だが、積極的に東方に暮らす人々を襲っているわけではない。 連合軍の邪魔はしているが、だからといって深追いしてくるわけでもなく、こちらが追撃しても逃げようとする。 つかず離れず、長江周辺地域で神出鬼没な戦いを繰り広げているのだ。 「この感じ、典型的な遅滞戦闘ね。蓬生の狙いは時間稼ぎと見て間違いないわ」 ラヴィアン・リュー(kz0200)もそれはわかっているのだが、問題はそもそも、なぜ時間を稼いでいるのか、である。 「憤怒の軍勢は、いかに憤怒王の断片たる蓬生が残っていたとしても既に風前の灯火じゃ。王を失った眷属は急激に弱体化する。北方の状態が落ち着いておるようにな」 強欲王メイルストロムは完全に撃破されたわけではないが、封印は順調だし、強欲による龍園の襲撃もすっかり鳴りを潜めている。 東方も状況はさして変わらない。積極的な交戦はなく、突発的な遭遇戦くらいなもので、今すぐに憤怒を根絶する事は困難ではあるが、力を取り戻せば東方にとって憤怒の残党はさしたる脅威ではないはずだ。 東方側にも憤怒側にも、お互いにこれと言って攻め込むメリットがないので、戦場が飽和していたのである。 「時間を稼いだところで意味あるのかしら? せいぜい、敗北覚悟の徹底抗戦の準備時間を稼いでいるのか、更に南への逃亡を企てているくらいじゃなくて?」 ラヴィアンの言葉にミリアも難しい顔だ。ナディアは腕を組み。 「東方では詩天で起きていた事件もある。最近は収まっておるが、符術師の失踪事件も何か関係があるのかもしれぬな」 「何かの前準備をしている段階ってこと?」 「わからぬがな……。他のエリアで黙示騎士の出現がピタリと収まったのも気になるのぅ」 考えすぎか、と思考の隅に追いやった、黙示騎士と蓬生の協力関係。 龍奏作戦の様子から見るに、クリムゾンウェストに存在する歪虚と、世界の外側からきた歪虚との間に明確な協力関係は存在しない。 こっちはこっち、向こうは向こう。だから向こう側から介入が起きた時、こちらの世界の歪虚も混乱していた。 |
![]() 蓬生 ![]() 長良 芳人 ![]() テオバルト・グリム ![]() ミグ・ロマイヤー ![]() Gacrux ![]() ミルティア・ミルティエラ ![]() ナディア・ドラゴネッティ ![]() ラヴィアン・リュー |
我関せずを貫く者もいるだろうが、基本は否定から入るはず。ナディアはそう考えていた。
「ひとまず、警戒しつつ様子を見るとしよう。お望み通りは癪じゃが、蓬生を追撃し、憤怒本陣を目指すぞ!」
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●リザルト ?決戦前夜?(10月14日公開)
「というわけで、ひと段落したので状況をまとめようと思う」 ヴォイドゲート探索を巡って始まった世界各地の戦い。それは、新たな協力者と新たな敵の存在を明らかにした。 「南方では独自の文明を古代人から引き継いだコボルド族が暮らしておったな」 砂と岩の大地、南方。 とうに人類など滅び去った負の大地には、負のマテリアルに適応できるコボルドだけが生き残っていた。 強欲の本拠地でもあった南方において、彼らは日々強欲竜の脅威に怯え暮らしていた。 「そこへ現れたハンター達を、コボルドは“メシア”と呼び、協力し強欲竜へ立ち向かった」 「私も見たけれど、なぜメシアだったのかしら?」 ラヴィアン・リュー(kz0200)の疑問にナディアは報告書を漁る。 「どうも南方には古代人の残した遺跡があり、そこの壁画などを情報源とする口伝がコボルドに伝わったようじゃな」 暗黒海域では、人魚や魚人が調査に協力してくれた。 彼らは元々暗黒海域の歪虚に生活を脅かされていた。いわば南方コボルドと同じ立場にある。 「人魚らには独自の魔法と、海涙石という暗黒海域の高濃度マテリアル鉱石を運用する技術があった。また彼女らを情報源として、暗黒海域の海底神殿にゲートがある事もわかっておる」 一方、大渓谷の古代遺跡では、ルビーと呼ばれる自動人形の少女が友好的な存在となった。 |
![]() ナディア・ドラゴネッティ ![]() ラヴィアン・リュー |
「オートマンにも自我があった、ということかしら?」
「いや、そこまで高度な演算記憶能力は保持していなかったはず。特別な機体なのじゃろうな」
ルビーはハンターらと交流し、ピースホライズンまでとはいえ、この世界の文化に触れた。
誰が、いつ、何のために作ったのかもわからない、恐らくは異世界の機械少女は、とても孤独だ。
「意思をもつ機械の人権ってどうなるのかしら?」
「それ以前のコボルドや魚人の人権をどうするかでわらわは既に頭が痛いぞ。一部は既に敵対しておるしなー」
そして、それらのゲート探索とは別に東方の詩天で起きていた事件。
三条家、そして東方の前線にほど近い詩天の復興とそれに伴ういくつかの騒動の中で明らかになった、新たな敵の存在。
「歪虚と化した三条秋寿と、その裏に潜む更なる敵。詩天での戦いはゲート探索とは少し異なっていたが、後につながることになる」
このゲート探索作戦の始まりでもあった、サルヴァトーレ・ロッソの異世界転移実験。 その最中、リアルブルーの月面基地、崑崙で遭遇した異世界の歪虚、黙示騎士マクスウェル。 マクスウェルはリアルブルーからクリムゾンウェストに転移し、各地の歪虚を暴走させる。その目的は、人類がゲートに辿り着くのを妨害する事。 「マクスウェルは世界各地で人類を妨害してきたが、まったくつながりのない無意味な行動ではなく、それらの介入先はゲートに絡む場所じゃった」 介入してきた黙示騎士はマクスウェルだけではない。ラプラスという新たな黙示騎士の存在も明らかになった。 それまで暗黒海域で比較的おとなしくしていたはずの十三魔、グラン・アルキトゥスが活発化したのにも、一枚かんでいると見て間違いないだろう。 「そして、黙示騎士の出現に呼応し、東方で秋寿の裏側にいた黒幕、蓬生も動き出したのじゃ」 かつて東方で行われた憤怒王、九尾獄炎との決戦。そこで憤怒王は討たれ、憤怒眷属の斜陽が始まった。 だが、九尾は死の直前、幾つかの尾を分断。自らの分体を作っていたのだ。 「ひとつは東方と西方の連絡を妨害しようとしていた“災狐”と呼ばれる歪虚。そしてもうひとつが、本陣で王の役職を引き継いでいた“蓬生”」 世界情勢の混乱に乗って蓬生が動き出したということは、遠からず本陣に東方の侍たちが攻め込んでくることを察知しての事。 蓬生はその戦いを避けられないと感じたからこそ打って出た。つまり、憤怒の本陣にもゲートがあると想像することができる。 「つまり、発見されたゲートは北方、星の傷跡ゲートを除いて四か所!」 ヴォイドゲートは歪虚の力の源であり、外世界から新たな歪虚を送り込む、援軍を呼ぶための場所。 そして同時に異世界とのつながりが強い場所であり、ゲートを奪って人類側が転移門を作れば、リアルブルーへの移動できる可能性もある。 「敵の補給をつぶし、こちらの補給路を作る。一石二鳥の作戦ね」 「情報は出そろった。後は実際にゲートを確保するのみじゃ。しかし、黙示騎士は間違いなく邪魔してくるじゃろうな」 とはいえ、これまでの歪虚王クラスが複数出張ってくる絶望的な状況にくらべるとヌルい気がする。 「いや、感覚がマヒしておるなこれ……」 だが、ハンターらが王を退けてきたのも事実。黙示騎士は強力だが、歪虚王ほどではないだろう。 「今の連合軍ならば、問題なく勝利できるじゃろう。後は犠牲をどれだけ減らせるか、じゃな」 「そうね……そうだといいのだけれど」 複雑な表情のラヴィアンにナディアは首を傾げる。 「ハンターの実力は知ってるわ。でも、前回もあったでしょう? 異世界側からの介入が」 それはナディアも懸念している。龍奏作戦の最中に出現したヴァルハラと、LH044の残骸を伴う狂気の軍勢……。 |
![]() マクスウェル ![]() ラプラス ![]() グラン・アルキトゥス ![]() 蓬生 |
「黙示騎士はその先遣隊、と見ることもできるわよね?」
「再び狂気の介入がある可能性も考慮すべき、ということじゃな。うむ、その通りじゃ」
何もない、とは考えていない。だが、それを闇雲に恐れても仕方がない。
戦況が優勢なのは事実。このタイミングで追撃を行わない、という選択肢はなかった。
「マクスウェル、どうするつもりだ」
人類が攻め込んでくることは既にわかっている。南方の荒野に立つマクスウェルに会いに来たラプラスが問う。
『どうするもこうするもないだろう。オレ達はニンゲン共を迎え撃つ。それ以外にやることは無いだろうが!』
「それはいいのだが、守護者共とやり合えると思っているのか?」
『ラプラス、確かにオマエの言うとおり、連中は驚くべき力を持っている。だがそれでこそオレが屠るエモノにふさわしい!』
「分かっていないようだな。私の見立てではこの戦い、間違いなく我々が負ける」
『ナニィ……?』
マクスウェルの見せる剣呑な雰囲気に、ラプラスは一息入れてその理由を短く、明快な言葉で説明した。
「簡単だ。この戦いは“アンフェア”だからだ」
そう。真っ当に戦ったところで勝ち目はない。それは蓬生もわかっていた。 だが、恐らく秋寿はそうは考えていないだろう。当然だ。自分が敗れる想定で始める喧嘩などあり得ない。 通常の歪虚と蓬生とで異なる部分があるとすれば、“歪虚は人類より弱いと考えている事”だろう。 憤怒本陣、逆転の手を打つ為にある“儀式”の準備を進める秋寿を遠目に眺め、蓬生は寂しげに微笑む。 この戦いには勝てない。九尾獄炎が勝てなかったのに、残り滓の自分達に勝てるわけがない。 「それでも挑むのですね、秋寿さん」 愚かだと思う。だが同時に、その決断を尊く思う。それは矛盾だろうか? 「あきらめを超えた時、ヒトは絶望に勝利した」 目を瞑り、踵を返す。蓬生は憤怒の王だ。だというのに、きっと憤怒を裏切るだろう。 ハンターと戦い、初めて願ったのだ。あきらめを超えてみたい――と。 異なる様々な立場の決意と共に、決戦が始まろうとしていた。 |
![]() 三条秋寿 |
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●蒼乱作戦 ?嵐に歌えば?(10月18日公開)
「――というわけで、各地のゲート攻略に関する作戦と、その準備について協議する!」 リゼリオにあるハンターズソサエティ本部にて卓を囲む面々に、ナディア・ドラゴネッティが告げる。 「……と言っても範囲が広すぎるので、各員に報告を任せる。ミリア、仕切ってくれ」 「はい。ではそうですね……南方大陸の様子からお願いします」 ミリア・クロスフィールド(kz0012)が魔導ディスプレイを操作すると、イズン・コスロヴァ(kz0144)が前に出る。 「帝国軍第六師団、イズン・コスロヴァです。南方ゲート攻略作戦の状況をご説明します」 南方のゲートは強欲竜の根城、“竜の巣”と呼ばれる場所にある。 それは火山としての形を持り、南方での戦いはこの火山を封じる戦いになると想定された。 「南方原住民のコボルド族とは既に確固たる協力体制を構築していますが、ゲート攻略においては多数の強欲竜の妨害が予想されています。また、黙示騎士マクスウェルも南方に戻ってきているようです」 「マクスウェルか……。元より戦いを避けられる相手ではないが、慎重に対応せねばな」 「ゲートの場所も既に割り出せているのですが、どうやら活火山がその役割を担っているらしく、それはマクスウェルの策で噴火中。接近を試みるのも危険です」 「ふーむ……火山か。ちとやり方を考えねばな。指揮に関しては帝国に一任するが、それでよいか? ヴィルヘルミナ」 ナディアの問いにヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)は軽く片手を挙げてにこりと微笑む。 「ところでおぬし記憶戻ったの?」 「何のことかな? 私は見ての通り健康だよ。ああ、とっても健康だとも。イズン、作戦に必要な人員と物資に関しては後で詳細を聞こう」 「は……。了解です、陛下」 かくいうイズンも腑に落ちてはいないのだが、口出ししたところでどうというわけもなく、ひとまず後回しとする。 「大渓谷地下遺跡の状況はどうですか?」 「王国騎士団、青の隊のメーガンだ。正直私は補給部隊なのだが、他に現場の説明ができそうな者がいなかったのでな」 メーガン(kz0098)はそう言って文字通りの重い腰を上げる。 「大渓谷の自動兵器はある程度沈静化しているが、遺跡内部には未だ多数待ち受けていると言っていいだろう。補給をはじめ攻略の準備は進んでいるが、こちらは正面から突入する以外に術がない」 「自動兵器って連中は、最初は遺跡に入ってくる奴を攻撃してたのに、一回外に出てきて、また引っ込んだのよね?」 「そういうことだ」 「だったら集団を一斉制御できるシステムがあるに決まってるのよさ! それぶっ壊せば全部止まるのよね!」 ビシリと指差し、ブリジッタ・ビットマン(kz0119)が鼻高々に語る。 「いちいちザコの相手してもしょーがないし、ルートだけ切り開いて奥まで行ってズドンで終わりなのよさ」 「一点突破か。なるほど、悪くないな」 「大渓谷ではルビーさんという人型自動兵器の協力を得られる可能性もあります。彼女に相談してみましょうか」 ミリアがそうまとめると、ナディアは腕を組み。 「ところでブリよ、ワカメの方は来れなかったのか?」 「ワカメはこの間の転移実験でオシャカになった憑龍機関ってゆー、サルヴァトーレ・ロッソのエンジンを直してるのよさ。だが心配は無用! ワカメがいなくてもこのあたしがいれば怖い物なしなのよね!」 「ナサニエルいねぇのか。いると腹立つが、いないとなんか不安だぜ……」 なんとも言えない表情のスメラギ(kz0158)は腕を組み、小さく息を吐くと。 「東方でもゲート探索もとい憤怒残党への攻撃準備は進んでいるぜ。編成した部隊を長江に集結させているところだ」 「東方の侍だけではやや戦力に不安も残りますが、ハンターを含む連合軍の勢力が加われば、問題なく敵陣に切り込めるでしょう」 立花院 紫草(kz0126)がそう補足する。実際、憤怒の残党の余力はそう多くはないだろう。 ゲートの機能停止は敵の補給線を絶つことでもある。仮に今回の作戦で根こそぎ敵を殲滅できずとも、十分効果がある。 「懸念があるとすれば、敵の出方が読み切れない事ですね。蓬生が何も対策を打っていないとは思えませんから」 「向こうの手を読みながらの戦いになるから、ちっと長引くかもしれねぇな。まあウチはそんなとこだ。現場の指揮は紫草、お前に任せるぜ」 「御意に。此度の戦は私も直接赴くことになるでしょう」 スメラギと紫草のやり取りを確認し、ミリアは最後にブルーノ・ジェンマ(kz0100)に目を向ける。 「ブルーノ司令、暗黒海域の攻略はいかがでしょう?」 「ルナルギャルド号並びに同盟海軍の戦闘準備は既に整っている。今回は他国の船団も我々の指揮下に入ってもらう予定だ。それでよいかな、ヴィルヘルミナ殿?」 「ああ、頼んだよ。同盟海軍の手腕を見せてくれ」 「問題は兵や船ではなく、グラン・アルキトゥスの起こす波、そして目的地である神殿が海底にあることだ」 十三魔グラン・アルキトゥスは海という戦域において絶対的な戦闘力を発揮する。 それは、彼の歪虚が潮の流れを操作する能力を持ち、暗黒海域周辺に複雑怪奇な波を作り続けているからだ。 「真っ当な操舵技術でどうこうできるものではない。無論、ルナルギャルド号であっても無策での接近は危険極まる」 「それに関しては、人魚族の力を借りる予定じゃ」 これまでの調査で、人魚族と彼女らが集めている海涙石には魔法的な力がある事がわかっている。 一部の人魚らは同族の死を悼む儀式、所謂葬儀として“神還しの儀”と呼ばれるものを実施している。 その儀式の最中にはグラン・アルキトゥスも波を起こせなくなるのだ。 「無論、人魚は頭数も少なく今のままではグラン・アルキトゥスを完全には阻止できない。これには魔術師協会の協力を受け、神還しの儀の力を底上げし、まずは海を鎮める予定じゃ」 「では、我々はグラン・アルキトゥスの動きを封じればよいのだな?」 ブルーノの問いにうなずくナディア。後は海底の神殿に向かい、ゲートを破壊するのみ。 「海涙石を使った魔法で、海中でも呼吸は可能じゃ。厳密には息継ぎをせずとも長時間保つという原理じゃが……。グラン・アルキトゥスの動きを封じたのち、海底への攻略部隊を送り込み、ゲートを破壊する」 「CAMや魔導アーマーも水中で活動できるように調整できるのよさ。既に実験は終わっているから、後は実際にハンターの機体を調整するだけなのよね」 ぐっと握り拳を作り、ブリジッタは笑う。 |
![]() ナディア・ドラゴネッティ ![]() ミリア・クロスフィールド ![]() イズン・コスロヴァ ![]() ヴィルヘルミナ・ウランゲル ![]() メーガン ![]() ブリジッタ・ビットマン ![]() スメラギ ![]() 立花院 紫草 ![]() ブルーノ・ジェンマ ![]() グラン・アルキトゥス |
「サルヴァトーレ・ロッソも戦闘には参加できぬが、艦内プラントは問題なく稼働しておる。機甲兵器の改造には手を貸してくれるそうじゃ。ブリジッタ、ロッソのクルーとも協力し、作業に当たってくれ」
「合点承知の助!」
それぞれのやるべきことは決まった。あとは実際に行動を起こすだけだ。
「現時点を以てヴォイドゲート攻略戦――蒼乱作戦を発令する!」
ナディアの振り下ろした掌と共に、戦いが始まろうとしていた。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●蒼乱作戦 ?狂想曲?(10月19日公開)
「イズン、わかったぞ。あれはただの火山では無い。マテリアル火山なのじゃ!」 ソサエティ本部、作戦の手配を進めるイズン・コスロヴァ(kz0144)を見つけるなりナディア・ドラゴネッティは走り寄った。 「本当ですか!? どのようにすれば……!」 「うむ、青龍の話しでは、まずはヴォイドゲートの破壊。これが必須じゃ」 あの白竜は自らを『門の守護竜』だと言っていた。つまり恐らくあの頂上脇の入口から別のルートを辿ればヴォイドゲートに通じる場所に出るのだろう。 「あとは博打にはなるが、外側から強制的に中に溜まった負のマテリアルを浄化してやれば、一時的にではあるが噴火を押さえられるはずじゃ。赤の龍もその噴火の規模を最小限の被害で済むようコントロールすることで南方の大地を守り続けておったらしいので荒唐無稽な話しでは無いはずじゃ。あとは儀式をやるような良い場所が見つかるかどうかじゃが……」 「地下遺跡の奥に祭壇のある広い空間を見つけたと、コボルドの……青の一族の王となったケンから報告を受けております。そこを使えば……」 「それじゃ!」 爛々としたナディアの勢いに圧されて、イズンは思わず仰け反った。 「とにかく大量のイニシャライザーを運び、沢山の術者で強力な浄化術をかけるのじゃ! その祭壇のある場所まではどのくらいかかる!?」 「『始まりのオアシス・アウローラ』から魔導トラックを使って、道中の浄化済みのオアシスを経由しながら来れば……恐らく半日かからず本拠地まで往復出来ます。本拠地からは人力になりますが」 ハンター達があのオアシスを、転移門を守ってくれたお陰だった。あそこが無ければ更に遠い拠点から運ぶか、不安定な海路を使わねばならなかっただろう。 「ではそこまでは我々がバックアップしよう。後は頼めるか、イズン」 「畏まりました」 ナディアと別れ、転移門を潜りながらイズンは思案する。 非戦闘員である術者達を守りながら儀式を行う……つまり、なるべく地下遺跡へは竜を始めとする敵に悟られないよう作戦を遂行する必要がある。 |
![]() ナディア・ドラゴネッティ ![]() イズン・コスロヴァ ![]() マクスウェル |
いなければ、恐らくヴォイドゲートのそば。どちらにせよ戦力をそちらへ傾ければ、敵の目を惹き付ける事になる。
コボルドの本拠地へと帰ってきたイズンは描かれた壁画を見る。
火山の中で丸くなる龍。この龍は『赤の龍』なのか、それとも『強欲王』なのか。
どちらにせよ、噴火を回避しなくては自分達の命も危ないのだ。
イズンは靴音を響かせながら、王となったケンの元へとナディアからの話しを伝えに向かった。
白竜ほどの歪虚が落ちればすぐにでも噴火が始まる……そう見立てていたマクスウェルだったが、中々噴火が始まらないことに業を煮やして火口を降り、ヴォイドゲートの前で丸くなっている巨大な竜を見て合点がいった。
『おぉ?! まだ生きてたのか……』
それはハンターとの戦闘の結果、濃縮された負のマテリアルプールに落ちた白竜だった。
しかしその外見は、かつての白い美しい鱗が見る影も無く爛れたように腐り落ち、水ぶくれのように全身を腫れ上がらせている。
『フハハハハハ、“腐っても門の守護竜”ってか? あぁ、イイ面構えになったじゃねぇか』
マクスウェルを睨むその濁った双眸には既に知性の光は無い。
かつて『王龍の間』と呼ばれたこの場を守ること、全ての正のマテリアルを滅ぼすこと、その執着だけが全てとなった強欲竜がそこにはいた。
『あぁわかったわかった。ここはオマエに任せる。オレは地上でハンター達をお出迎えしてやるかな』
じゃぁな、と手を振りマクスウェルは火口から地上へと昇った。
『まさかこのまま噴火するのを指咥えて見てるだけ……なんてこたぁねぇだろ? 早く来いよ、守護者サマ』
何にせよ、一度活性化した噴火へのエネルギーは止まらない。
想定より少し時間がかかったところで噴火は必ず起きる。
竜の巣と呼ばれるマテリアル火山の頂上で、マクスウェルは楽しげに黄色い南方大陸を見下ろしていた。
●
「またお会いしましたね。ラプラスさん。それで、何の御用でしょうか」 大渓谷の地下、薄暗い遺跡の中。マクスウェルと同じ、黙示騎士を名乗る彫像の女が歩み寄る。 そこに居た少女、ハンター達によってルビーと名付けられた少女はそう静かに口を開いた。 「簡潔に言おう。我々にはあなたが必要だ」 『またそれか、ラプラス。アンフェアだとはどういう意味だ』 「あの者達は個々でも驚異的な力を持っている。だがそれ以上にあの者達が強いのはそれぞれが個々でありながら、同時に一つでもあるということだ。そう、我とマクスウェル、あなたのようにな」 『ナンダト?』 「あの者達に幾ら頭数を揃えた所で時間の問題だろう。だからこの戦いを“フェア”にする必要がある」 『フン……オマエが言うのならそうなんだろうな。だが、どうすると言うのだ?』 「それも簡単だ。私はフェアにするための駒を見つけた。確信も得た。アレは――」 |
![]() ラプラス |
「我々には足らないものがある。頭数は集められても、それを集団として的確に動かしつつ、時には個々となって動く……そのような有機的とも言える存在に変える者がおらぬ。それではアンフェアだろう」
ラプラスはルビーに語りかける。それを彼女は静かに聞いていた。しかしその顔には恐怖と困惑の表情が浮かんでいた。
「人型インターフェースよ、それを変える存在があなただ」
「……私は人形インターフェースですが、私にはルビーという名前があります。それでお呼びください」
ルビーはこの時はっきりとした意思を示した。しかしラプラスは頭を振ってそれを否定する。
「人型インターフェースに名前があっても無駄だと思うのだが、それがあの者達の力の源かも知れぬな」
ラプラスは感情を一切込めずにそう言葉を続け、そして真っ直ぐとルビーのもとへ歩み寄った。
「緊急状態と判断します。セキュリティシステム作動。左手装備展開、作動します」
この時ルビーが動いた。警告をそう一つ告げると左手を掲げる。次の瞬間この部屋一帯が炎に包まれた。一瞬のうちにラプラスの体にも炎がまとわりつきその身を焦がす。しかしそれを受けた彼女の反応もまた驚くべきものだった。突如その石像のような人の形を変え、口を体よりも大きく広げる。そしてすぅ、と吸い込み始めると、この部屋を埋め尽くしていた炎は全て彼女の中へと飲み込まれてしまった。
「楽しい、怖い、面白い、悲しい……そういった感情を学んだあなただからこそ、我にはやはり必要なのだ」
そしてラプラスはその手を伸ばし、ルビーの額に付けた。するとその手はドロリと溶け、ルビーの頭の中へと染み込んでいく。
ラプラスがルビーに触れてしばし後のことだった。一度目を閉じたルビーは再び目を開く。
「攻勢防衛モードに移行します。人間を含む全ての生命を殲滅します」
その時、少女のそのルビーのように深く紅い瞳が光り輝いた。
遺跡内に眠っていた自動兵器たちが次々に動き出す。
「あなたにとっては不条理かもしれぬな。だが、時も世界も超えたこの地であっても、役割は果たすべきなのだ」
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暗黒海域、海底神殿にほど近い島に、多数の人魚と魔術師たちが集まっていた。 入り江の砂浜、そして海中にまで敷き詰められた色とりどりの大量の花に飾られ、人魚たちが歌い出す。 それは言葉としての意味を持たない歌。声を楽器に変え、重ね、波に響かせていく。 歌声など正しく届く距離にはなくとも、海上を進むルナルギャルド号率いる船団にも響いていた。 「人魚の歌声か。船乗りを惑わすものと聞いていたが、成程……それも道理だな」 ふっと笑みを浮かべ軍帽を被り直し、ブルーノ・ジェンマ(kz0100)は手掌を振るう。 「グラン・アルキトゥスの荒波は消えた。船団はこれより、海底神殿直上につける!」 海上を突き進む船団。その前方に巨大な影が浮かび上がる。 その巨体が浮き上がるだけで高波を起こすほどの怪物、十三魔グラン・アルキトゥスだ。 「アンカー用意! 包囲陣形を形成する!」 多数の船はグラン・アルキトゥスの周囲を囲みながら、次々にアンカーを打ち込んでいく。 グラン・アルキトゥスを海面に釘付けにする事、それが彼らの役割だ。 「司令、海中より多数の歪虚の出現を確認!」 「艦砲は全てグラン・アルキトゥスへ放ち続けろ。ハンターを出撃させる時間を稼ぐ!」 「どうやらおっぱじまったようなのね……」 双眼鏡で海を眺めるブリジッタ・ビットマン(kz0119)へ、一人の人魚が声をかける。 「ねぇブリジッタ?、これいつまで歌ってなきゃだめなの?」 「あたし達もう疲れてきちゃった?」 「コラァアアア!? 歌うのやめるんじゃないのよさ! あの辺にいる奴一気に全員海の藻屑になるでしょーが!?」 もし歌が止まればグラン・アルキトゥスの荒波が再発生。直撃を受ければ当然、海上部隊は壊滅だ。 人魚というのは基本、いい加減で飽きっぽい人種なのである。 そんな彼女らが必死に海を鎮める儀式――“神還しの儀”を続けてくれているのは、この海を愛する気持ちがあるからだ。 「ブリジッタ! 奴ラガ来タ!」 グラン・アルキトゥスが自らを縛るこの儀式の根源を察知できるのは当然の事。 そしてここに多数の海棲狂気の眷属が送り込まれてくるのも想定内だ。 「お前ら! 儀式をしている連中に歪虚を近づけるんじゃないのよさ! 男を上げろー!」 ブリジッタの合図に、控えていた魚人族が雄叫びをあげ砂浜を走り出した。 今回ブリジッタは陸の上だ。海に出ても自分が役に立たないということには、かなりの自信があった。 海上では船に括り付けられていた機甲兵器がカバーをはいで上体を持ち上げる。 どの兵器も既に海中での活動に適応できるように調整済みだ。 次々と海に飛び込んでいくハンターらを援護するように、魚人の部隊が随行する。 海涙石で海中での呼吸手段を得た彼らが目指すのは、海底に広がる巨大な神殿であった。 |
![]() ブルーノ・ジェンマ ![]() ブリジッタ・ビットマン ![]() グラン・アルキトゥス |
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長江にある憤怒本陣。 ――松明の灯りに浮かぶ不思議な文様。そこに集められた沢山のヒト……恰好から見ても巫女と符術師だろうか。 陣の中央で怯えている彼らは逃げる暇もなく。身体から零れる光。マテリアルを奪われたそれは、一瞬にして干からびていき――。 それを引き金にして溢れだす膨大な負のマテリアル。その中から、巨大な鳥が姿を現す。 「お前達、協力に感謝するぞ。これからは俺の『死転鳥』として第二の人生を歩むんだな」 「……『死転の儀』は成功したようですね。おめでとうございます、秋寿さん。なかなか綺麗な子じゃないですか」 枯れ木のような死体の山。その上に生まれ出でた巨鳥の咆哮。それに目を細める優男……蓬生に、三条 秋寿は肩を竦める。 「儀式自体は失敗するようなことはねえよ。元々あるマテリアルを流用するだけだからな。ただ……ハンターや九代目詩天のせいで素材が足りなくて思ったほどのものは作れてねえ。誰かさんも九代目詩天を連れて来られなかったしな」 「……最善は尽した。文句があるなら自分が行けば良かっただろうに」 「何だと……?」 「まあまあ。無事に『死転の儀』の儀は成したのですから良しとしましょう。ね?」 睨み合う秋寿と青木 燕太郎(kz0166)を宥る蓬生。彼は薄く微笑んで青木を見る。 「……青木さん、私の弟……災狐を召し上がったそうですね?」 「……ああ。弱っていて大したマテリアル量はなかったがな」 「そうですか。それでは追加の報酬が必要そうですね」 「追加の報酬……? 蓬生。何を企んでいる」 「ふふふ。それはこれからお話しますよ。秋寿さんにもね。」 にっこりと笑う蓬生。 ――そう。黙示騎士との約束を果たす為には、この2人に動いて貰わなければならない。 「まずお二人には憤怒の兵をお貸しします。その上で、向かって戴きたい場所があるんです……」 「九代目詩天、三条 真美だったか? あいつも肝が据わってやがんな。憤怒の軍勢は詩天の地に引き込むから、その隙に憤怒の本陣を攻めろだとよ」 「此度の憤怒の進軍には、詩天の者が関わっていると聞いております。詩天当主殿も責任を感じておられるのでしょう」 「へえ。いつの間にそんなこと調べたんだよ?」 「国内の事に関しましては常日頃から注意を払っておりますからね」 「へー。そーかい。さすがは征夷大将軍サマだな」 「褒めても何も出ませんよ?」 スメラギ(kz0158)の軽口をいつものように受け流す立花院 紫草(kz0126)。 エトファリカの危機と聞き、急ぎ戻って来たスメラギは地図に目を落としてふむ、と考え込む。 ――憤怒の兵が詩天へと流れるのであれば、本陣は手薄になっていることが予想される。 もちろん、罠がないとも言い切れないが……。 「いいぜ。この案乗ってやらあ。行こうぜ、憤怒本陣……長江へよ」 「そういうと思ってましたよ。すぐに手配をさせましょう」 紫草に頷き返すスメラギ。 かつての憤怒軍との戦いで、御柱様として天ノ都に閉じこもっていた幼い王は、自らの意思で動き出す。 「……真美様。本当にこれで宜しかったのですか?」 「ええ。現れた怪鳥はまっすぐ若峰を目指していると聞きました。……町を蹂躙される訳にはいきませんから、その手前の平野で迎撃します。私も出ます。兵を集めてください」 「御意」 頭を下げて席を辞する水野 武徳(kz0196)を見送り、三条 真美(kz0198)は小さくため息をつく。 ずっと会いたかったあの人。 歪虚になっているとしても、会いたい。 ――詩天という国の歪みに巻き込まれたあの人を、救いたい……。 「秋寿兄様……」 真美の呟き。祈るようなそれは、風の音にかき消された。 |
![]() 三条秋寿 ![]() 青木 燕太郎 ![]() 蓬生 ![]() スメラギ ![]() 立花院 紫草 ![]() 三条 真美 |
●蒼乱作戦 ?みんなのうた?(11月2日公開)
「……マクスウェル!」 ジュード・エアハート(ka0410)の放った冷気を纏った一矢をマクスウェルは大剣で打ち払い、瞳を赤く光らせる。 竜の巣ゲート破壊を目前としてマクスウェルの介入を阻止できなかったジュード達は、王龍の間で黙示騎士との対決を強いられていた。 『フハハハ! あの竜、ただの膨れ上がったゴミかと思っていたが……存外に消耗しているようだな、救世主サマ?』 「黙れ! あの子たちへの侮辱は俺が許さない! お前は皆の……俺の大事な人たちの想いを踏みにじったんだ!」 放たれる光弾を交わし、お返しに銃弾を放つジュード。マクスウェルはオーラを纏った大剣の一撃で、それをジュードごと吹き飛ばした。 「ぐ……くそっ」 『フン。エモノをわざわざいたぶる趣味はねぇ。今楽にして…………何?』 その時だ。王龍の間に突如として衝撃が走ったのは。 いや、これは火山の噴火のような物理的な衝撃とは違う。魂が……マテリアルが大きく揺らぎ、それに肉体も影響を受けたような感覚。 『ほう……まさか、御身自ら介入するか。我らが“神”よ』 「神……だって?」 『オマエ達風に言うなら……そうだな。“邪神”とでも言うべきかな? フフフ……ハハハハ!』 「これは……一体何が起こっているんだい?」 火山上空を見上げ、シェラリンデ(ka3332)は息を呑む。 雲が、空が捻じれ、空間が壊れていく。空中に大きな黒い穴が開き、そこから負のマテリアルが雪崩混んでくる。 「コワイ……コワイ!」 「オソロシイモノ!」 シェラリンデの周りで怯えたコボルド達がわたわたと走り出す。 その言葉の通り、空に開いた穴――“ゲート”からは、これまで人類が戦ってきたどの歪虚よりも凄まじい負のマテリアルを感じる。 「それだけじゃないね。空間が捻じれていく……これは、世界そのものが崩壊しているとでもいうのか……?」 |
![]() ジュード・エアハート ![]() シェラリンデ ![]() マクスウェル |
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「う?ん……これってつまり、どういう事なのかなぁ?」 ナタナエル(ka3884)は顎に手をやり、困ったように溜息を溢していた。 その頭上――元々彼に取っては“足元”に当たっていた海には巨大な大穴が開き、それに沿って海が渦巻いている。 暗黒海域の海底に存在する神殿。そのヴォイドゲートに仲間を送り届けて、そして門の破壊は成ったはずだ。そこまではちゃんと把握している。 だが突然この周囲一帯が吹き飛び、吹き飛んだまま空中を浮遊する事になるというのは完全に予想外である。 「あ、よく見たら僕だけじゃなくてみんな空中にいるんだね」 歩いたりはできない事は既にわかっているが、どうやら泳ぐような動きで移動はできるようだ。 そういう意味で、空中に放り出されたのだが、いまだ感覚としては水中にいるというのが近いだろうか。 「神殿から何かが出てこようとしてる……? これって……?」 「うぉぇえええ??……っ! き、気持ち悪いのよさ……」 「ちょっとブリ、なんで吐いてるのよ?!?」 神還しの儀を行っている人魚の島ではブリジッタ・ビットマン(kz0119)が激しく嘔吐していた。 空間湾曲の影響による揺れはここにも及んでいる。それがこれまで乗り物とは別の酔いを起こしていた。 「気持ち悪いのイヤだから陸地に残ったのにあんまりなのよさ……不可避はやめろォ……」 「ていうかこれ、歌うの止めていいの?」 「いや……たぶんダメなのよね……」 未だグラン・アルキトゥスは健在だし、神殿では何か異常事態が起きている。 とにかく今は神還しの儀を続けるしかない。それこそ、もう大丈夫だという連絡が来るまでは。 |
![]() ナタナエル ![]() ブリジッタ・ビットマン ![]() グラン・アルキトゥス |
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「はいいいいいいいっ!? なんじゃコレ!?」 報告は前線から遠く離れた冒険都市リゼリオにいるナディア・ドラゴネッティ(kz0207)にも届いていた。 ミリア・クロスフィールド(kz0012)もすっかり青ざめた表情で、信じがたい報告に目を白黒させている。 「出現した歪虚、その大きさ……約2km!」 「でかすぎじゃろ! ロッソレベルのもんバンバン飛ばすな! 何考えとんじゃ!」 「それも……世界四か所で同時に存在を観測しています!!」 「はああああっ!? なんで!? ゲート破壊できなかったところがあるから!?」 「それもあるとは思いますが……わかりません。こんな事初めてですし……データもありませんから」 二人が慌てている所へ、突如として大きな地震が襲った。 厳密には揺れたのは大地ではなく“空”。空間を破壊して異世界から介入してきた巨大な歪虚が、世界のバランスを脅かしているのだ。 「ななな、なんで揺れてるんですか総長!?」 「わからぬが……そういえば龍奏作戦の時に現れたLH044も、転移の時に空間を湾曲させ、その影響で周囲一帯が消失しておったな。それと同じ事が四か所で同時に起きたので、世界が壊れそうなのかもしれん」 本来、世界から世界への移動というのは世界の秩序として正しくはない。 それがクリムゾンウェストという世界……大精霊の望まぬ行為であれば、当然拒絶反応が発生する。 「異物を吐き出したいクリムゾンウェストと、クリムゾンウェストに入り込みたい異物。双方の桁外れのエネルギーが衝突しておるのじゃろう」 「それってつまりどうなるんです!?」 「たぶんほっとくと爆発して、周囲数十?くらいは存在消失するんじゃね?」 ● 「あなた達は確かに素晴らしい戦いぶりを示した。だが、そのデバイスに少し時間をかけすぎたな」 破壊した筈の大渓谷地下ゲート、そこに黙示騎士ラプラスの姿があった。 傷ついたルビーを抱きかかえ、大伴 鈴太郎(ka6016)はラプラスを睨む。 「テメェ……一体何をしやがった? ゲートは破壊した筈だろ!」 「確かに破壊された。だが、この施設全体を使って機能を補助すれば機能を継続する事はできる。尤も、それには我も多くの力を使うがな」 「……私が所持していた遺跡の管理者権限……。やはり奪ったのですね、ラプラスさん」 鈴太郎の肩を借り、正気を取り戻したルビーはゆっくりと立ち上がる。 「その通りだ。今や管理アカウントは我に移動した。いくら私でも“あの世界”が作ったこの規模の施設を乗っ取るにはガイドが必要だった。ルビー……と言ったか。あなたには感謝する」 「私のせいで……“門”が開いてしまった? 私たちは、門を守り、“邪神”を封じる為にここで眠っていたというのに……」 「よくわかンねーけどよ……つまりあいつのせいなんだな? あいつが……ルビー、おまえを悲しませてンだな?」 鈴太郎はルビーをかばう様に一歩前に進み、そして拳を構える。 「よくもオレたちをくだらねェ茶番劇に巻き込んでくれたな。要するにテメェをぶっ倒せばそれで全部チャラだって事だろ? たっぷりお返ししてやるぜ、ラプラスッ!」 「ふむ。その通りではあるが、残念ながら不可能だ。既に私はこの施設を制圧した」 自動兵器たちはラプラスを守るように立ちはだかり、そして巨大な機械の騎士は鈴太郎へ剣を振り下ろす。 しかし、その一撃から鈴太郎を守ったのもやはり機械の騎士であった。 「ラプラスさん。もう、あなたの好きにはさせません。私は理解しています。あなたは倒さねばならない障害だと」 「……私の管理者権限に割り込んだ……クラッキングか? まだそんな事ができるとは、驚嘆に値する」 「私たちはこの時の為に、“彼ら”によって遺されました。いつか門が開く時、それを閉ざす為に……だから」 ルビーは鈴太郎の手に自らの掌を重ね。 「私“たち”にも一緒に戦わせてください、鈴太郎さん」 「ああ……当然だぜ、ルビー! 皆が俺をここまで連れてきてくれた。ダチの為にもあいつをぶっ倒して……門を封印するぞ!」 ● 「こいつは……一体何だ?」 「この世界の外側にあるもの。異邦の神ですよ」 憤怒本陣、獄炎が座していた溶岩城で微笑む蓬生に青木 燕太郎(kz0166)は問う。 「俺達に時間稼ぎをさせた理由がこれか。だが、これは死転の儀とも違う。蓬生、お前は何を考えている?」 鋭く蓬生を見つめる青木。そこへ窓から死転鳥に乗った三条秋寿が飛び込んでくる。 「おい、蓬生! ありゃどういうことだ!? お前がやったのか!?」 「おや、いいところに。秋寿さん青木さんを連れてこの本陣から離脱してください」 「はあ? お前を置いてか?」 「私の心配をしてくれるとは、秋寿さんはお優しい」 「ばっ、お前の心配なんかしてねーよ! だが本陣が落ちて憤怒の協力が受けられないと俺が困るってだけだ!」 口元に手をやり、蓬生は微笑む。青木はそこにすっと槍を突き付けた。 「ここで死ぬつもりか? ならば報酬は今すぐ貰っていく」 「残念ながらまだ死ぬつもりはありませんよ。報酬のお支払いが遅れるのは申し訳ないと思っています。埋め合わせとして、再びお会いした時にはより素晴らしい力を与えましょう」 「そんな口約束を俺が信じると思うか?」 「思っていますよ」 穏やかな笑顔の裏、瞳の奥から鋭い殺意を感じ取り、青木はゆっくりと矛を収めた。 蓬生は正真正銘のバケモノだ。力を増した今の青木であっても、無傷の蓬生を正面から屠る事は困難である。 「二人とも、これまで私の我儘に付き合ってくれてありがとうございました。きっとまたお会いしましょう」 「ふん……約束は必ず守ってもらう。行くぞ秋寿」 「はあ?? なんでお前を死転鳥に乗せてやんなきゃならねーんだ? ……おい、人の話聞け! 勝手に乗るんじゃねぇ! くそ、蓬生! あとでちゃんと説明しろよ!」 去っていく二人を小さく手を振って見送り、蓬生は空を見上げる。 砕けた空を突き破り姿を現した邪神。それは呪詛と憎悪を代弁してくれているかのようだ。 「邪神……素晴らしい力です。ふふふ……あははははははっ!」 「そんな……空が割れるなんて……」 長江の空が砕け、出現した邪神。その姿は遠巻きに眺め、三条 真美(kz0198)は愕然とする。 七葵(ka4740)はじっと異邦の神を見つめ、真美の前に片膝を突く。 「真美様はこのまま詩天の守りをお固め下さい。彼の異形は必ずや、我らが食い止めてご覧に入れましょう」 「しかし、あの力……これまでの歪虚とは桁外れです! 獄炎ですら、あの闇には劣るでしょう……」 「だからこそ、詩天には真美様という光が必要なのです」 不器用な頬を僅かに緩め、七葵(ka4740)はゆっくりと頷く。 「必ずこの詩天をお守り致します。どうか、我らを信じてください」 「……必ずですよ。必ず……無事な姿をまた私に見せてください」 「――御意に」 「俺様も色んな歪虚見てきたけどよ?……こ?いうのもいるんだな?」 「そうな?。すっごくおっきいのな??」 「サルヴァトーレ・ロッソと言いましたか。あのリアルブルーの船と変わらないような大きさですね」 今まさにこれから憤怒本陣に突撃しようという時に、空に出現した邪神。 それを仰げばスメラギ(kz0158)も立花院 紫草(kz0126)もこんな顔になる。黒の夢(ka0187)はいつも通りか。 「青木が時間稼ぎしてたのはコレかぁ。まんまと策にハマっちまったな。さーてどうすっかねぇ?」 「逆に言えば時を稼ぐ必要があった、それまでに攻め込まれては困る理由があったという事です。つまり、ヴォイドゲートを利用しているのでしょう」 「だな。ゲートを破壊すりゃあのデカブツも消えるかもしれねぇ」 「では、短期決戦で仕掛けましょう。私が直接隊を率いて突撃、防衛線を食い破ります」 「二人共頑張るのはいいけど、あんまり無茶はしないようになー?」 東方の男は思い切りはいいが、自分の命を軽視するというか、博打を打つようなところがある。 黒の夢は二人の間に入り、しっかりと腕を組んだ。 「皆一緒に、がんばるのなーっ!」 |
![]() ナディア・ドラゴネッティ ![]() ミリア・クロスフィールド ![]() ラプラス ![]() ルビー ![]() 大伴 鈴太郎 ![]() 青木 燕太郎 ![]() 三条秋寿 ![]() 蓬生 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●蒼乱作戦 ?重なる世界?(11月15日公開)
「つかれたの?」 ナディア・ドラゴネッティ(kz0207)がそう呟いたのも無理はなかった。 ゲート攻略戦は突然の邪神と呼ばれる歪虚の介入により、しっちゃかめっちゃか。 とりあえず撃退に成功したものの、あのような敵の前例はなく、わからない事があまりにも多すぎた。 冒険都市リゼリオは作戦成功に浮かれ、戦勝祭の準備が進められている。これで蒼乱作戦も一先ず終了というわけだが……。 「自分でゲートを破壊しておいてなんですけど、邪神でしたっけ? あれって結局なんだったんでしょーか?」 葛音 水月(ka1895)は会議卓を人差し指で叩きながら呟く。 「わからぬな。ソサエティの記録にも残っておらぬのじゃ」 「とりあえずだけど、黙示騎士が少し前からちょろちょろしていたのは、邪神を呼び出す為だったと考えていいんじゃないかな?」 そう言って入室してきたのは水流崎トミヲ(ka4852)だ。 「リリティアくんたちの傷は深いけど、命には関わらないってさ。あ、もちろん運ぶ時は過剰なまでに布をかませたから問題ないんだぜ」 「何の問題じゃ?」 「黙示騎士の目的は邪神をこの世界に呼び出す事。そう考えれば辻褄も合うし、今後の対策も立てやすいんじゃない?」 ナディアを無視して席に着くトミヲ。コレット・アベラール(ka4375)はその言葉に先の戦いを思い返す。 「すると、蓬生はどうなる? あれは黙示騎士ではなかったはずだが、東方にも邪神は出現した」 「んー。黙示騎士と蓬生には繋がりがあったって事ですかねー? ただの偶然って線もありますけど」 「そういう様子には見えなかったがな」 戦いは終わった。だが、一向に安心できる状態にはなかった。 憶測を確信に変える為の材料もなく、今は全ての先行きが不透明だ。 「――邪神について、お話できることがあるかもしれません」 新たな入室者は志鷹 都(ka1140)に支えられて現れたルビー(kz0208)であった。 たどたどしい足取りで進むルビーは、今や都の力を借りねば歩けぬ様子だ。 「ルビーさん、やっぱり無茶ですよ。今は安静にしておかないと……」 「心配をかけてごめんなさい。でも、私の損壊は“この世界の技術”では修復不可能です」 都に支えられて椅子に腰かけたルビーは一息吐き、顔を上げる。 「ラプラスさんとの干渉を受けた結果、断片化していた私の記録も一部が回復したのです」 ルビーが言うには、あの遺跡は元々は異世界の人々が建造したものだという。 彼らはこの世界の成り行きを見守りつつ、いざという時はゲートを通じて出現する歪虚を排除する為に、多数の自動兵器を遺した。 「我々を遺した人々は、やがて邪神が到来する事を予期していたのでしょう」 「つまり、クリムゾンウェストの他にも邪神と戦っていた世界があったって事かい?」 「はい。彼らはその地を、“エバーグリーン”と呼んでいました。しかし……」 「その世界はもう滅んでしまった?」 トミヲの言葉にルビーはゆっくりと頷く。 そういう流れでなければ、クリムゾンウェストにわざわざ戦力を眠らせておく必要がない。 「そうか。きみたちは失われた世界の生き残りなのか……」 「現在、邪神はエバーグリーンであった空間に留まっていると考えられます」 「ラプラスがゲートをつないだ時のログがシステムに残っていたそうです。つまり、こちらからもエバーグリーンへの門を開く事ができるようになったと……」 都の補足にルビーが頷く。周辺の治安維持の問題はあるが、人類は四つのゲートを手中に収めた。 そのうち、特に大渓谷ゲートはヒトの手でも扱いやすく調整され、最初から使用が想定されたものだ。 破壊されたシステムは全てとはいかないが、機導術などで復元できる。このゲートが最も、人類の使用に適している。 「ゲートを開いてまた邪神が出てくる事はないのか?」 「転移は基本的に一方通行です。それは、あなた達もよくご存知でしょう」 |
![]() ナディア・ドラゴネッティ ![]() 葛音 水月 ![]() 水流崎トミヲ ![]() リリティア・オルベール ![]() 志鷹 都 ![]() |
「でも、ちょっと面白そうだね」
「これからの動き方を決めるには、軽くでも偵察が必要かもしれぬな……」
「あの……もしエバーグリーンに行けば、ルビーさんを治療する方法も見つかるでしょうか?」
「……可能性はゼロではありません」
曖昧な言葉と共に小さく微笑むルビー。それが慰めの言葉に過ぎない事は都も理解していた。
難しい状況に思案するナディア。と、そこへ通信機が音を立てた。
ボタンを押すと、会議室のモニターにサルヴァトーレ・ロッソ艦橋の映像が繋がる。
『こちらサルヴァトーレ・ロッソ、ジョン・スミスです。憑龍機関の調整はバッチリ終わってますという報告と……』
『おお、ようやくつながったようじゃな』
二つに分割された画面に映ったのはジョン・スミス(kz0004)、そしてリアルブルーにいるはずのトマーゾ・アルキミア教授であった。 「そういえば前に通信ができるようになるとか言っておったが、やっとかの」 『なんじゃあ、このちんちくりんは? こっちもやれる事はやっておったのじゃ、文句を言うな。第一、貴様らの世界が乱れまくっておったから……』 「ちんちく……おいじじい」 『あー、教授。通信可能時間もったいないんで、手短に』 スミスの言葉にトマーゾはわしわしと頭を掻き。 『どうやらクリムゾンウェストとリアルブ……地球とのゆらぎが調和したようじゃな。ゲート付近からであれば、サルヴァトーレ・ロッソで転移が可能じゃろう。せっかくじゃし、貴様ら一度こっちに来い。最新型のCAMとか補給物資とかほしいじゃろ』 「補給は心強いのう。して、今回は問題なく転移したままになるのかの? 以前は強制で戻されておったが」 『やってみないとわからんが、少なくとも以前よりは長持ちするだろう。崑崙で受け入れ準備をしておく。ジョン、こっちから送る座標データ通りに来い。間違えたら世界の狭間を永遠に彷徨うことになるからな』 『えー。善処しまーす』 |
![]() ジョン・スミス ![]() |
『地球の状況も動いておる。詳しい話は省くが、貴様ら今すぐ戻ってこないと恐らく取り返しのつかないことになるぞ』
『それについてはボクから説明しますので、総長は一度サルヴァトーレ・ロッソまでお越し頂けますか?』
ジョンとナディアのやり取りを見ていたトマーゾだが、ふと、その視線が会議室のルビーに留まる。
『む? 貴様……まさか……? 何故貴様がそこに――』
次の瞬間、プッツリと地球との通信は途切れてしまった。
「ルビーさん、お知り合いですか?」
「いえ……記録にはありませんが……」
首を傾げる都。ルビーも思い出せない記憶を歯痒く感じているようだった。
「はあ?。蒼乱作戦は終わったが、もう少しやることがあるようじゃな。しかし、戦勝祭は外せん。なぜかというと、この宴は魚人、人魚、コボルド族を招くものだからじゃ」
今回の作戦に協力してくれた、これまでは“敵性”であると処理されていた亜人種たち。
彼らの一部は人類に友好的であるとわかり、蒼乱作戦では共闘までしてくれた。
これを称え、ソサエティは彼らをリゼリオに招き、“人権擁立”に先駆け感謝の宴を開くことになっていた。
「わらわはリゼリオを離れられぬし、邪神やリアルブルーでの出来事は今となっては慎重に対応すべきじゃ。秘密裏に部隊を編成し、同時に事を進めるとするか……」
邪神が世界に与えた影響は大きく、民衆の不安は取り除く必要がある。
その為にこの戦勝祭は、どうしても盛大に行う必要があったのだ。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●蒼乱作戦 ?愛を取り戻せ!?(11月16日公開)
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『……此度の蒼乱作戦の成功は、人魚や魚人、そしてコボルド族の協力なくして成らぬ物であった!』 冒険都市リゼリオは、蒼乱作戦成功の熱気に沸いていた。その勢いはかなりの物だ。 蒼乱作戦の戦果は大きい。世界四か所のヴォイドゲートを封じ、歪虚の侵攻を大きく阻害する事ができた。 無論、これは盛大に祝うべき事柄。しかし、この戦勝祭はどうにも盛り上がりすぎているように見えた。 『クリムゾンウェストは様々な問題を抱えている。それは時に人と人の争いにすら発展する。しかし、歪虚の脅威に立ち向かう為に、我らは種族を超えて手を取り合わねばならぬ!』 ナディア・ドラゴネッティの演説はリゼリオ全域に中継され、響き渡る。 |
![]() ナディア・ドラゴネッティ |
そう、この祭はこれまで友好的ではないとくくられていた亜人たちを受け入れる為の催しでもある。
事実、ここには続々と北方、南方、暗黒海域から、件の亜人たちが集まってきている。
『いけとしいけるものすべてが手を取り合う調和こそ、歪虚の脅威を覆す唯一の手段であると断じよう! 世界はこれより、一つになる必要があるのだ!』
これまで“人類”にくくられていなかった種族を取り込む事ができれば、クリムゾンウェスト連合軍の戦力は飛躍的に向上する。
歪虚に対抗する為に足並みをそろえられれば、世界秩序は劇的に改善するだろう。だが、これは茨の道だ。
結局のところ、コボルドや魚人、リザードマンらが人類を襲う事があるのもまた事実。そして、ハンターはそれらを狩らねばならない。
今回はたまたまうまくいっただけ。だが、この前例を認めれば、越えねばならない障害が高々と積み重なっていく。
(きれいごとであることはわかっておる。じゃが……)
あの“邪神”と呼ばれた存在の恐怖から民衆を慰める為には、一つでも多くの“良き知らせ”が必要だったのだ。
●
「リゼリオの神霊樹を大渓谷のゲートとリンクさせました。今ならエバーグリーンに正確に転移が可能です」 そう言ってソサエティ本部の転移門の傍でルビー(kz0208)は力なく膝をついた。 「ルビーさん! やっぱり無茶ですよ……安静にしていないと……!」 「いえ……まだ動けるうちに、やるべきことを成さねばなりません」 ミリア・クロスフィールド(kz0012)に支えられ、ルビーはよろよろと立ち上がる。 「転移座標のデータは……既に登録しました。本当はご一緒できればよかったのですが……どうやら私は足手まといのようです」 黙示騎士ラプラスから受けた損傷、そして大渓谷地下遺跡のシステム稼働の負担は、ルビーの躯体を蝕み始めていた。 「エバーグリーンは……恐らく既に歪虚の領域です。得られるものがあるかは、わかりませんが……」 だが、あの邪神と呼ばれた存在や黙示騎士が潜んでいる可能性のある世界だ。さわりだけでもその姿を知っておく必要がある。 「異世界転移門を使っての転移は、クリムゾンウェスト初の事案になります。半ば実験も兼ねていますので……その、どんな事が起きてもおかしくありません。今回はあくまでも調査に留めてくださいね」 心配そうな目つきでミリアが告げると、いよいよ転移門が光を帯びた。 「今回は時間制限付きの一時転移です。向こう側に転移門はないでしょうが、一定時間の経過で確実に帰還できます。ですから……その時が来るまで、必ず生存してください」 エバーグリーンの偵察に向かうのは限られた有志のハンター部隊。各国軍は参加しない。 |
![]() ![]() ミリア・クロスフィールド |
未知なる世界へと続く門へ、ハンターらはその一歩を踏み出していく――。
●
「――世界転移完了! 現在地……リアルブルー月面、崑崙直上、距離2200!」 「憑龍機関安定! サルヴァトーレ・ロッソ、問題なく転移しています!」 オペレーターの報告にブリッジが沸きあがる。どうやら今回の転移は、前回よりもはるかに安定しているようだ。 『どうやらサルヴァトーレ・ロッソの転移装置は正しく機能しておるようじゃな』 「……だといいんだがね」 トマーゾ・アルキミアの通信にダニエル・ラーゲンベック(kz0024)は深く息を吐き、緊張をほぐす。 『とはいえ、クリムゾンウェストを完全に振り切れたわけではなさそうじゃな。ううむ……仮説は幾つか立つが、検証が間に合わんか』 「なんだ、また引き戻されるのか?」 『認識起点となるサルヴァトーレ・ロッソから大きく離れなければひとまず問題はなかろう。ドックを開放する。一度崑崙に立ち寄れ』 「いや、そっちには補給部隊を向かわせる。俺達が戻るまでに準備を済ませておいてくれ。俺達はこのまま大気圏を突破し、マンハッタンへ向かう」 『何? 今すぐ来いと言ったのはわしじゃが、剛毅な事よなー』 現在、統一連合議会はマンハッタンにある議事堂で重要な採決を始めようとしている。 “異世界特別対策法”と呼ばれるそれは、簡単に言えば異世界人を敵と定め、この迎撃の為に各国の軍事力や国力をコントロールする法案だ。 |
![]() ダニエル・ラーゲンベック ![]() |
「転移者は人間じゃねぇと言い放った理由がこれだ。このままじゃあいつらは……ハンターは帰る場所を完全に失っちまう。これまで命懸けで戦ってきた連中に、そんな惨めな思いをさせられるかよ」
『それはいいが、リアルブルーもあれから戦況は変わっておる。新型機の投入などで、統一連合議会側も軍事力を強固に……』
その時、話の腰を折るかのように通信が受信された。
「……艦長! 長距離通信を受信しました! これは、崑崙からではありません!」
「メインモニターに出せ」
映し出されたのはサルヴァトーレ・ロッソとまったく同じ構造の艦橋。
そこには今まさにダニエルが立っている場所に、軍服を纏った女性の姿があった。
『お久しぶりですね、ダニエル先生』 「お前……南雲中将の……」 『ええ。娘の雪子です。ご無沙汰しておりますわ、先生』 にこりと柔らかく微笑む南雲の言葉に、ダニエルはむずかゆそうに肩を揺らす。 「先生はよせ。それよりまさか世間話が目的じゃあねぇだろう? “サルヴァトーレ・ブルの艦長”さんよ」 この世界に今、ロッソと同じ形状の艦橋を持つ船はたった一つしか存在しない。 サルヴァトーレ級二番艦。ロッソ不在の間、この世界を守り抜いてきた、もう一つの救世艦である。 『まずは先日の崑崙でのご助力に感謝致しますわ。皆様がおいでにならなければ、きっと崑崙は落とされていたことでしょう』 |
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『まあ、即断即決。男らしいですわね』
「うるせえ。なんでお前みたいなぺーぺーがサルヴァトーレ級なんぞに乗ってんだ」
『有能な艦長はどんどんいなくなりますから。先生、貴方のように』
「艦長! 後方よりサルヴァトーレ級が迫ってきます! これは……ロックオンされています!?」
オペレーターの言葉にダニエルは舌打ちし、一方南雲は扇子を広げ笑う。
『統一連合議会からの命令です。直ちに武装解除し、投降してください』
「するわけねぇだろ。っつーかお前……なんであんな連中の言いなりになってやがる? お前ほどの女が……」
『お褒めに預かり恐縮ですが、わたくし、戦場に私情は持ち込まないタイプですの』
「後方よりミサイル接近! 続けてCAM部隊展開! これは……見たことのない新型も混じっています!」
ミサイルを自動迎撃しつつ、ダニエルは帽子を被り直す。
「なりふり構わず振り切れ! とにかくマンハッタンまでハンターどもを送り届けるぞ! 大気圏突入中に攻撃はしてこねぇ筈……」
「攻撃してきてます艦長!」
「雪子おめぇ、バカか!?」
『あら、先生の教え通りですわ。敵は叩ける時に叩け……常識でしょう?』
二つの巨大な、しかしこの星に比べれば小さな小さな影が墜ちていく。
『胸をお借りしますわ、先生。異世界人の力……わたくしにも是非確かめさせてくださいな』
青い星、転移者らの故郷――リアルブルー。
星に渦巻く陰謀が今、彼らの敵となって未来を阻もうとしていた。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●蒼乱作戦 ?バック・トゥ・ザ・ワールド?(11月30日公開)
蒼乱作戦戦勝祭は夜更けになっても静まることを知らない。 「……ふう。さすがに一日中ばたばたしていると疲れるわね」 「戦勝祭は毎度のこととは言え、今回は亜人諸君も加わっているからね。南条さんも足が棒のようだよ」 夜の宴の中、真夜・E=ヘクセ(ka3868)は食材が入っていた木組みのコンテナに腰かけキャンプファイヤーを眺めていた。 一日中町を歩き回ったのだから南條 真水(ka2377)の疲労もピークにある。まあ、彼女は気分の問題かもしれないが。 「亜人たちは喜んでくれたみたいだし、努力の甲斐はあったと思うけど」 「まったくだ。あのパンフ、あんなに人気になるならいっそお金でも取れば良かったかな?」 「亜人が私たちと同じ通貨持ってるわけないでしょー」 真夜が肩を竦めながら笑うと、真水は夜空の星を見上げる。 「……異世界に向かった面々は、今頃どうしているだろうね」 ぐるぐると渦巻く便底眼鏡の奥、真水は目を細める。 「無事に帰ってきておくれよ。こう見えて南条さんは結構待てる女だけど……別れっぱなしは辛いからね」 |
![]() 真夜・E=ヘクセ ![]() 南條 真水 |
●
『ふぅむ……ぶっちゃけると、完全な修復は無理じゃな』 モニターの向こうで眉を顰めるトマーゾ・アルキミア教授の言葉にルビー(kz0208)は驚かなかった。 『教授、失礼ですが……モニター越しの確認で判断するのは早計ではありませんか?』 やはりモニターの向こう――月面都市崑崙のラボに立つ神代 誠一(ka2086)は静かに諭す。 『俺の友人にも、ルビーさんを助けたいと願っている人たちがいます。彼らの為にも、もう一度きちんと診察していただけませんか?』 『見るまでもない。ルビーがコアパーツの一つを損傷したと言っておるのじゃ。そやつが嘘をついているとでも?』 『それは……』 『ルビー、貴様はラプラスの干渉を受けたのだな。その上で強引にそれを振り切り、更に異世界転移の為の高度演算まで行った。ずいぶん無茶をしたな?』 「それが私の存在意義……いいえ。私にできること……私のしたいこと、でしたから」 ふっと微笑むルビーの姿にトマーゾは溜息を零す。 『貴様はさほど時を置かず機能停止するじゃろう』 『そんな……どうしようもないのですか?』 『そう焦るでない。今は、という話じゃ。オートマトン……自動人形の高度な修復には専用に施設が必要。それはエバーグリーンを調べればいずれ見つかるじゃろう。今はしばしの別れ……それでよいな、ルビー?』 「わかっていたことです。教授、あなたに感謝を」 「ごめんよ、ルビー。ざくろたちが修理の方法を見つけられたらよかったんだけど……」 時音 ざくろ(ka1250)は申し訳なさそうに語り掛けるが、ルビーは首を横に振った。 エバーグリーンの先行偵察では、ルビーと同型の自動人形も多く見つかっている。だがすでに機能停止した彼女らもコアパーツは損傷していた。 逆に言えば、オートマトンの“心”ともいえるコアパーツを失ったからこそ、彼女らは骸と化してしまったのだ。 そしてコアパーツは入れ替えができない。“心”を入れ替えて修理したそれは、最早ルビーと呼ばれた個体ではないのだから。 「……しかし、調査でわかった事もあります。神霊樹のことです」 九条 襲(ka5682)はそう言って淡々と報告する。 「エバーグリーンのエネルギープラントでは、神霊樹が確認されたのですよね?」 「あ、うん。でも、あそこの神霊樹はなんていうか、普通じゃなかったんだよね。すごく嫌な感じだった……」 実際にプラント最奥で神霊樹を目撃したざくろは眉を顰める。 「あれは転移門だったのでしょうか? あの規模の施設なら、あってもおかしくはないはずですが」 『いや。それは“星”の命を吸い上げエネルギーに変える、ガイアプラントじゃよ』 トマーゾの言葉に視線が集まる。 |
![]() トマーゾ・アルキミア ![]() ルビー ![]() 神代 誠一 ![]() 時音 ざくろ |
「星の命をエネルギーに変えるって……どういうこと?」
『“神”……あるいは“大精霊”と呼ばれるモノは、星の意思そのもの。一個の惑星が持つ生命エネルギーは莫大なものじゃ。あの世界はその力を削り取り、文明を発展させておった』
「そんな……そんなことをしたらっ!」
機導師であるざくろにはわかった。それは、星そのものを燃料にして機導術を発動させるようなものだと。
いくら膨大でも資源は必ずいつかは枯渇する。そんなことを続ければ、星はどうなる――?
『結果として、あの星は死んだ。激化するVOIDとヒトの戦い、その末路じゃな……』
神妙な面持ちでそう呟いた直後だ。崑崙側の通信機がコールされ、トマーゾが端末を操作すると、クリムゾンウェスト側のモニターにも画面が追加される。
『――あら? 教授、もしかしてこちらの方々は?』
『クリムゾンウェストの連中じゃ。ちょうど星のめぐりがあっておったのでな』
同時に映し出されたのはサルヴァトーレ・ブル、そしてロッソの艦橋であった。
『お初にお目にかかりますわ。私はサルヴァトーレ・ブルの艦長、南雲雪子と申します。以後お見知りおきを』 「お、おおう。なんかさっきロッソと戦っていたと聞いておるのじゃが、わらわの勘違いかの?」 『いんや、それであってるぜ。雪子、お前……トマーゾ教授とグルだったのか?』 困惑するナディア・ドラゴネッティ(kz0207)。ダニエル・ラーゲンベック(kz0024)がげんなりした様子で言うと、南雲は扇子で口元を隠す。 『二番艦もR7も教授に賜った物、繋がりは当然ございますわ。異世界人の実力、確かに拝見致しました』 『南雲は自らが迎撃に乗り出すことでおぬしらへの防衛戦力を退かせたのじゃ。まあ、半分は連合議会の命令通りではあったろうがの』 『ほおおん!? 南雲殿、話が違うであるよ!? アガタ級による防衛線の構築など不要! ブル一隻だけで守りは盤石と言っておったのに!?』 そこへひょっこりと丸っこい中年親父が割り込んでくる。マンハッタンのドナテロ・バガニーニ議長だ。 『あら、議長。申し訳ございません。この南雲、力及ばず艦の武装を破壊されてしまい、止む無く……』 『あまりの白々しさに我輩涙がでそうであるよ……というかトマーゾ教授!? 統一連合議会からの呼び出しに一切応じないのに何で普通に通信してるであるか!?』 『わし貴様きらいなんだもん』 『ほおおおおおおおおおん!? あんまりであるううううっ!』 騒がしくなってきた画面に冷や汗を流しつつ、ナディアは声をかける。 「ところで、異世界対策特別法案はどうなったのじゃ?」 『ひとまずは凍結という事になりましたよ。ただ、異世界人の受け入れはまだ当分難しそうです』 ドナテロの隣に歩いてきたトウゴウ・カイ(ka3322)は神妙な面持ちで説明する。 『議長は一定の理解を示してくれましたけど、統一連合議会は合議制ですからね』 『トウゴウ君、怪我はもうよいのかね? 我輩を庇って名誉の負傷をしてしまったのだろう?』 『名誉……かどうかはわかりませんが、あそこで議長が討たれたらそのまま開戦していたでしょうからね……』 『トウゴウ君……なんて優しいのであるか! 我輩たちは固い絆で結ばれた友になれるだろう!』 『傷に響くんであんまり揺らさないでいただけると……』 「よくわからんがそのおっさんは仲間になったってことかの?」 『仲間と呼べるかは微妙なところですが、コネクションはできたと考えていいかなと』 『二つの世界を結ぶ懸け橋として、この我輩が尽力することを誓おうではないか!』 本当のところをいうと、異世界人の力が思った以上に強力であったこと。そしてリアルブルー人を一人も殺さなかったことから、あれ、これ利用できるんじゃ? と考えただけである。 それに、ドナテロを暗殺しようという動きがあったことも関係している。異世界対策特別法案には、ドナテロの理解も及ばぬ闇があるようだ。 ドナテロは自分の名前を歴史に残しつつリアルブルーを救えれば手段はなんでもよかったのだ。 「やれやれ……ともあれ、色々と疲れたのう。情報の整理はまた今度にして、今はハンターを休ませてやろう」 『俺たちも崑崙で補給物資を受け取ったのち、そちらに転移するつもりだ。リゼリオでまた会おうぜ』 ダニエルの言葉を最後に、各員の通信は途切れた。 真っ暗な画面を見つめながら、崑崙のラボでトマーゾは溜息を零す。 「さて、いよいよ三つの世界が繋がる……か。計画通りに事が進めばよいが……な」 |
![]() 南雲雪子 ![]() ナディア・ドラゴネッティ ![]() ダニエル・ラーゲンベック ![]() ドナテロ・バガニーニ ![]() トウゴウ・カイ |
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●蒼乱作戦 ?運命の糸をたぐって?(12月5日公開)
「世は聖輝節が始まろうと言うのにこの忙しさ。ザ・師走って感じじゃな……」 ソサエティ本部の総長室。ナディア・ドラゴネッティ(kz0207)のデスクには大量の書類が山積みになっていた。 蒼乱作戦の報告書は非常に多岐に渡る。なにせ二つの異世界にまで影響の及ぶ戦いだったのだから、当然と言えば当然か。 「総長、失礼します♪ 崑崙からの補給物資の件ですが、目録が送られてきたので確認とサインをお願いします」 ジョン・スミス(kz0004)は机の上の書類を横にずらし、さらに書類の束を置いてニッコリ笑う。 「ひい?! 補給物資はうれしいのじゃが……文字通りうれしい悲鳴!!」 リアルブルーの月面にある都市、“崑崙”。 トマーゾ教授のラボがある場所でもあり、地球統一連合議会の支配力をある程度拒否できる崑崙は、クリムゾンウェストと友好的な関係を望んでいる。 とはいえ前代未聞というか、あまりに大きすぎる話であり、まずは中立組織であるソサエティが受け口になる運びとなったのだが……。 「補給物資にCAMのパーツ、トマーゾ教授謹製の装備などですね。少し早いクリスマスプレゼントにしては豪華ですよ♪」 崑崙にはトマーゾが作成した転移門が存在する。 ラヴィアンなどを送り込んできたのと同じ転移門を使い、リゼリオに直接補給物資を届けてくれるというのだが……。 「リアルブルーからクリムゾンウェストへの転移は問題ないのに、逆になると必ず引き戻されてしまう。この現象も解明せねばな」 「トマーゾ教授の調査によると、やはり覚醒者かどうかが問題のようですね。つまり、精霊との契約が関係しているようです」 「異世界においても覚醒できたり言語がある程度通じたりする以上、異世界にも契約の力が働いているのは明白じゃ」 トマーゾによれば、サルヴァトーレ・ロッソを用いた転移であれば、リアルブルーへの完全な帰還はすでに可能だという。 だが、それができるのは非覚醒者に限る。精霊と契約したものは、絶対にクリムゾンウェストから離れることを許されないのだ。 「LH044難民の一部はリアルブルーへ帰還の手配をせねばな」 「と言っても、統一連合議会は異世界人の受け入れを認可していませんから、移民先は当面崑崙だけに限定されるでしょうね」 「崑崙への救援やエバーグリーンの調査のため、今後は一時的に異世界へ転移しての活動も必要となるじゃろうな」 報告を終えて去っていくジョンと入れ違いに扉をくぐってきたのはアズラエル・ドラゴネッティだ。 体中にリゼリオの土産物を身に着け、得体のしれないセンスの服装を纏っている。 「お前のファッションセンスどうなってんのじゃ!? てか流行りものに弱すぎィ!」 |
![]() ナディア・ドラゴネッティ ![]() ジョン・スミス ![]() トマーゾ・アルキミア ![]() アズラエル・ドラゴネッティ |
「金持ちだからって勧められるもの全部買うなよ……。それで、何の用じゃ?」
差し入れと言いながらリゼリオまんじゅうを書類の上に載せ、アズラエルはハート型の眼鏡を外す。
「やれやれ、つれないね。以前から調査していた、大精霊と覚醒者の契約について進捗報告に来たというのに」
「何かわかったのか!?」
豹変したナディアの態度にアズラエルは肩を竦めつつ。
「青龍様を交え、直接話した方がいいだろう。謁見をセッティングするから、君もハンターと共に一度リグ・サンガマに来てくれ」
「ふむ。まあそれも道理じゃな。“ハンターシステム”は元々リグ・サンガマ製、その秘密に触れるのなら直接赴く必要もあろうな。……ところで兄者、書類仕事は得意じゃったよのう?」
「君は宿題を僕にやらせる時だけ兄と呼ぶんだよね。残念だけど賓客の僕が機密事項にサインするわけにはいかない。一人で頑張りたまえ」
「くっそーーーー! 帰れクソメガネ! これ終わらせたらリグ・サンガマ行く準備するから!」
「こちらも受け入れの準備を進めておくよ。じゃ、僕はもう少しリゼリオを観光して帰るから」
投げつけられるペンをかわし、高笑いと共にアズラエルは総長室を去っていった。
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「異世界対策特別法案……どうやらそう上手くは行かないようだな」 『フン。どうせそんなことだろうと思ったわ。オレは端からアテにはしていなかったのだ』 崩れかけた高層ビルの屋上に二つの影があった。ラプラスとマクスェル、二人の黙示騎士である。 眼下に広がる世界は何もかもが荒れ果て、すでに命の脈動を感じられない冷たい砂の大地――エバーグリーン。 ハンターの先行偵察部隊が訪れたと思しき都市を確認し、ラプラスは思案する。 「まさか我の転移を逆探知するとはな……手痛い失態だ」 『何を気にすることがある? この世界に来られてはまずい理由など何もなかろうよ』 「ふっ……気休めのつもりか? 確かにおおよそ問題はない。しかし、異世界への転移を自在に行えるようになるというのは扱いに困る」 ラプラスが知る限りでも、自由自在に世界間転移ができた文明はこのエバーグリーン人のものだけ。 本来、世界とはひとつひとつが独立したものであり、それが自然な形である。 当然ながら異世界とつながることは愚か、行き来できるというのは超常の理と言えた。 『あのジジイのように、神を行使する術を獲得する可能性があると?』 「事実、彼らはそこに片足を突っ込んでいる。星の命を削らねばあれだけの守護者を揃えられるはずがない」 このエバーグリーンに、星に選ばれた守護者――覚醒者はたったの数名しかいなかった。 |
![]() ラプラス ![]() マクスウェル |
『では引き続きナントカ法案というやつは進めておけばよかろう。オレは全く興味ないがな』
「ああ。“彼”には引き続き動いてもらうとしよう。すでに世界間のつながりを断ち切る方法を探っているそうだしな」
『それはそれで……おもしろくないな……』
顎を指先でいじりながら物思いにふけるマクスウェル。ラプラスは溜息を一つ、灰色の空を見上げる。
「余裕ぶっていられるのも、今のうちかもしれんぞ」
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)