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【血断】オペレーション・ブラッドアウト「黙示騎士対応A」リプレイ


▼【血断】グランドシナリオ「オペレーション・ブラッドアウト」(1/24?2/14)▼
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作戦1:「黙示騎士対応A」リプレイ
- 百鬼 一夏(ka7308)
- デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)
- アーサー・ホーガン(ka0471)
- エステル・ソル(ka3983)
- イグノラビムス
- ボルディア・コンフラムス(ka0796)
- 天竜寺 詩(ka0396)
- 保・はじめ(ka5800)
- トリプルJ(ka6653)
- フワ ハヤテ(ka0004)
- 鳳城 錬介(ka6053)
- ラスティ(ka1400)
- マッシュ・アクラシス(ka0771)
- 鞍馬 真(ka5819)
- レグルス(イェジド)(ka5819unit001)
- 高瀬 未悠(ka3199)
- ラプラス
- パトリシア=K=ポラリス(ka5996)
- キヅカ・リク(ka0038)
- コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)
- ルベーノ・バルバライン(ka6752)
- ルナ・レンフィールド(ka1565)
- アティ(ka2729)
- 万歳丸(ka5665)
- 天王寺茜(ka4080)
- 金鹿(ka5959)
- 神代 誠一(ka2086)
- ジャック・J・グリーヴ(ka1305)
- クローディオ・シャール(ka0030)
- ジャック・エルギン(ka1522)
- リリティア・オルベール(ka3054)
- 倶利伽羅(ワイバーン)(ka3054unit001)
- ピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(ka4804)
- ティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394)
- 龍堂 神火(ka5693)
- スピルガ(リーリー)(ka5693unit001)
●
邪神ファナティックブラッドに対する反撃ののろしが上がったのが、ちょうど1年前。
この赤い大地でのことだった。
あれから月日が経ち、人類は再びこの地へと戻って来た。
すべては邪神と雌雄を決するために。
「今回の目標は! 最後まで倒れずサポート! です!」
ポロウの背に乗って飛翔した百鬼 一夏(ka7308)は、空高く赤色の光弾を放った。
念じて矢印の形となった輝きは、水平線上をところ狭しとやってくる歪虚の群れを指し示す。
事前に連合軍も含めて打ち合わせをしていた、ワンダーフラッシュによる光信号だ。
友軍の士気は高く、雄叫びをあげながら荒野を駆け抜ける。
指示を終えた一夏はポロゥに銘じて着陸すると、集団の後方でひっそりと息を潜めた。
この開けた土地に隠れるような場所は無いが、「大量の人間」の中に紛れ込むことくらいはできるだろう。
やがて脚の速い者から戦端は激突する。
小型狂気によるレーザーが空から雨のように降り注ぎ、地上からは中型狂気のビームと尖兵となるシェオル型歪虚が友軍と刃を交える。
「たった独りの戦いであれば……暗黒スキルのひとつ、グレイテストデスムーンを使えば一瞬で終わるものだが」
デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)が、魔導拳銃で狂気歪虚の侵攻を足止めしながら言葉を濁す。
グレイトデスムーンは置いておくにしても、狂気の厄介さに関してはよく知っているつもりだ。
狂ってる分、小細工もハッタリも通用しない。
なら、実力行使あるのみ。
足止めでわずかに敵陣の流れが歪む。
その一瞬の綻びを逃さなかったのがアーサー・ホーガン(ka0471)だ。
身の丈以上もある純白の槍。
彼がその星神の力を解放すると、その刃は赤熱に染まった。
「ザコにはちと持ったいねぇが、遠慮はいらねぇ。思う存分食らいやがれ……!」
アンフォルタスの槍――雲海のような歪虚の群れを一筋の輝きが貫く。
その光に沿うように、9輪の巨大な炎の花が咲き乱れた。
エステル・ソル(ka3983)の紅燐華だった。
立て続けの高火力スキルに、ぽっかりと、敵陣の深くまで切り込む道が浮かび上がっていた。
「この数じゃどうせすぐ塞がれる! 突っ込むなら今だぜ!」
アーサーは自らも刺突一閃、飛び込みながら先陣を切る。
友軍が後に続くが、『花道』をめざとく見つけたのはハンターだけではなかった。
真っ黒い巨大な火の玉が、ものすごい勢いで駆け抜ける。
火の玉ではない――その姿は、黙示騎士イグノラビムス。
「こんだけ人間がわらわらいやがるんだ。真っ先に突っ込んでくるだろうと思ってたぜ!」
イェジドから飛び降りたボルディア・コンフラムス(ka0796)が、迫りくるイグノラビムスを前に大精霊の加護を解放――超覚醒。
解放された「節制」の理が、周辺のあらゆる存在の意識をボルディアへと惹きつけた。
イグノラビムスも当然、その進路を彼女の元へを定める。
しかしそれよりも先に目を光らせたのは、周辺のシェオルや狂気たちだ。
「私にできる全力でみんなを支えるって決めたから……行こう、天照!」
ボルディアと歪虚たちの間に飛び込んだ天竜寺 詩(ka0396)。
イェジド「天照」の咆哮が飛びかかったシェオルの足を止める。
「イグノラビムスは無視して構いませんわ。決して1人にならないよう予定通りにCAMと歩兵で班を組んで、引きつけるまで時間を稼いでください」
エステルの言葉に、イグノラビムスの接近に内心気圧されていた友軍もまたボルディアへ群がろうとする歪虚たちの前に壁となった。
まだ。
まだだ。
あと一歩。
最後の一歩を鋭い爪を振り上げるのと同時に踏み出したその、沢山の影の腕がイグノラビムスを真横から掴み取った。
「妬けるねぇ。俺のことも気にかけてくれよ」
影に縛り付けられたイグノラビムス。
さらに飛んできた無数の呪符が、取り囲むようにして印をなす。
黒曜封印――保・はじめ(ka5800)は手印を切りながら、目配せで合図を送る。
「そう長くは持ちません。今のうちに!」
「おうよ!」
「戦況が動き次第、すぐに合流します!」
ボルディアは「節制」の効果範囲を維持したまま、戦場を離れるように駆け出した。
自らも身動きの取れないはじめを相棒のユグティラ「三毛丸」が護衛する。
「つーわけで、追いかけっこ始めようぜ」
トリプルJ(ka6653)もボルディアのあとに続いてイェジドと共に離脱を開始する。
やがてイグノラビムスが影の手を引きちぎって解放されると、狂気たちともども彼女らを追って大軍から離れ始めた。
「次はいよいよこの世界――か。なかなかに終末じみてきたね」
フワ ハヤテ(ka0004)のファイアボールが、小軍化した群れの頭上で弾けた。
彼とエステル、2頭のペガサスが生み出すサンクチュアリの結界で足止めを食らった小型狂気たちが、次々とその爆炎に飲み込まれていく。
炎が晴れると、鳳城 錬介(ka6053)の指示でマテリアルバーストを発動したグノームが、猪突猛進、地上の敵を蹴散らしていく。
「とんでもない数ですね……これから毎回こんな感じなんでしょうか」
錬介の言葉は、なにも気が滅入ると言っているわけではない。
これだけの戦いが今後も続けば味方の被害は避けられない。
そして戦いが長引けば――無から有を生み出し続けるだけ、戦況は邪神に有利なのだ。
結界を無理無理抜けた敵は、ラスティ(ka1400)の大型ガトリングで再び進路を阻まれる。
帯状の銃声と星の瞬きのような激しいマテリアル光は、人間が相手であれば、そこに存在するだけでも恐怖の対象となる。
「だけどちっともビビらねぇのがこいつらだよなぁ……!」
ぼやきながらもシェオルを中心とした群れに撃つ、撃つ、撃つ。
歪虚に対する制圧行動はメンタルではなくフィジカルで。
リロードのタイミングになると、マッシュ・アクラシス(ka0771)とイェジドに乗った鞍馬 真(ka5819)が矢面に飛び出す。
先に飛びかかった真が二刀でシェオルの骨に似た外殻を切り刻んで、露になった本体にマッシュの奏機剣が突き立った。
「そろそろ見飽きた顔ぶれには、減って頂けると助かりますなあ……」
「えっ?」
「あ……いえ、相手のお話で」
ぽつりと口にしたマッシュの言葉にぎょっとした真。
それが自分たちのことではないと知ると、安心したように次の刃を振るった。
「それにしても、注意をひいているとはいえ、まあまあ大した憎しみではないですかねぇ」
マッシュが言うのはイグノラビムスのことだ。
これまで何度となく戦場で見受けられたその姿。
中でもやはり、人間に対する憎しみの感情だけは特筆すべきものがある。
「生前か、歪虚として生まれてからかは分からないけれど、よほど私たちのような存在にひどい目にあわされてきたということなのかな」
真の答えは単なる推測。
それでも、そうでなければ理解できない不可解な感情である事も確かだった。
一方で高瀬 未悠(ka3199)は友軍から少し離れた位置で孤軍奮闘する。
全身のひねりと共に大きく回転した聖槍が、周囲の敵を次々飲み込んでいく。
「お前たちに世界は壊させない。何度でも守り抜いてみせるわ」
味方を巻き込まないためにはどうしても孤立せざるをえない。
それでも、あえてそうして敵の目を惹きつければ、遠方からの射撃支援が彼女の死角を補ってくれる。
そんな彼女の瞳が、群れの後方から迫る巨大な影を捉えた。
黙示騎士ラプラス――人型兵器と化した、その姿だった。
『ふむ、よほどイグノラビムスを孤立させたいようだな』
ラプラスは、ハンターに連れられるイグノラビムスの後を追う。
友軍のCAMが立ちふさがるように行く手を阻むが、大きく振られた剣が機体を袈裟に両断してしまう。
ラプラスは残骸を飛び越えて先を急ぐ。
しかし踏み出したその足を、不意にぬかるんだ地面がガッチリとくわえ込んだ。
転倒しかけたラプラスは、すぐに地面から足を引き抜いてそれをこらえる。
「ラプーは賢いから、パティたちの作戦はお見通しだと思ってたヨ」
『何……?』
上空をペガサスで旋回しながら、パトリシア=K=ポラリス(ka5996)は語りかけた。
ラプラスの意識が足元から空へと大きく動いたその隙に、すかさずキヅカ・リク(ka0038)が号令を切る。
「包囲ッ!」
既に班を組んだ友軍の編隊がラプラスの3方を囲むように壁を作る。
退路以外の道を断たれたラプラスは、無機質な瞳で辺りを見渡した。
『なるほど……こちらの読みをこそ、読まれたか』
「そういことだラプラス」
包囲の内側で、コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)が銃弾を高く打ち上げた。
頭上で試算した弾は、無数の落雷となってラプラスの巨体へと降り注ぐ。
ラプラスはその力を吸収しようと身構えたが、全身を駆け抜けた電流がそれを阻んだ。
「どうした。吸収できないか?」
『……なるほど』
素直な称賛として頷いたラプラスは、剣と盾を構えてハンター達を見下ろす。
『侮るつもりも退くつもりもない。立ちふさがるのなら、振り払うまでだ』
踏み込み、振るわれた刃がハンターへと襲い掛かる。
真正面から受け止めたルベーノ・バルバライン(ka6752)が、不敵な笑みを浮かべた。
「お前はとっくに忘れていると思うが、俺はずっと再戦の機会を狙っていたのだ。粘れるようになったことを見せてやろう……!」
体さばきで衝撃を受け流し、それを勢いに変えて懐へ拳打。練気「龍鱗甲」。
ラプラスは大きく後ずさって、立て直しを余儀なくされる。
一方、包囲の開けた一辺からは、狂気歪虚やシェオルの群れが中へと飛び込もうとしていた。
外からも、友軍の壁へ向けて大勢の歪虚が押し寄せる。
「ここは抜かせない……!」
ルナ・レンフィールド(ka1565)の放った重力波が、飛び込む歪虚を包み込んでその足を止めさせた。
吸収を警戒すればラプラスに当てることはできないが、他の歪虚相手ならば話は別だ。
作戦の軸はむしろ「イグノラビムスを好きにさせる」こと。
ハンター達が選んだのは、ラプラスの方をこそ孤立させることだ。
「今回ばかりは、どうかご自愛を。指揮官が倒れれば、部隊は総崩れですから」
「あはは……手厳しいなぁ」
アティ(ka2729)が備えのためにゴッドブレスをキヅカ・リクへとかける。
リクは苦笑して頬を掻きながら、「わかった」とはっきり頷いた。
ペガサスが翼をはためかせて、癒しのマテリアルを練り上げる。
この戦場が過酷になる事は、ハンター達も既に覚悟ができていることだった。
●
戦場に友軍の壁ができた知らせを受けて、ボルディアは向きを反転。
荒野を滑るように足を止めると、追ってくるイグノラビムスを真正面に立ちはだかった。
「おい、そろそろ俺の顔は覚えたか?」
問いかけるが、イグノラビムスは闘争心をあらわにするばかりで何も答えない。
「はん。躾の悪いクソ犬でも分かるよう、嫌っていうほど体に刻みつけてやらぁ! いくぜ、ヴァン!」
大斧を手に、ボルディアとイェジド「ヴァーミリオン」が吠える。
周囲では全力でママチャリを漕ぐ万歳丸(ka5665)が、警鐘のようにチリリンとベルを鳴らした。
「第一波は俺たちが引き受ける! その間、他の奴らはアレの相手を頼むぜッ!」
アレ、とは遅れて引き連れてきた大量の狂気とシェオルのこと。
イグノラビムスを取り囲んでいたハンター達は、一時班を二分して、それぞれの対応にあたる。
「浄化術、セットします!」
「それから防御の結界もですわ」
天王寺茜(ka4080)と金鹿(ka5959)が戦場に浄化陣を展開し、金鹿はさらに修祓陣を重ねがける。
ハンター達が準備を整えたところに飛び込んだイグノラビムスは、鋭い爪でボルディアへと襲い掛かった。
彼女は獣のように飛び跳ねて躱すと、大斧を大きく振りかぶる。
すかさず、神代 誠一(ka2086)が棒手裏剣を放つ。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。
瞬く間に半身を穿った正確無比な投擲は、イグノラビムスの纏っていた黒炎がかき消える。
陽炎のようにゆらいでいたイグノラビムスの姿が白日のもとにさらされ、青い瞳が沸き起こる憎悪のままハンターらを睨みつけていた。
「今です!」
「おらぁぁぁぁああああ!!」
誠一の合図を受け、ボルディアの大斧が炎をまとう。
爆発するかのような渾身のひと振りは、筋骨隆々とした腕を裂き、折り返し振り上げた一撃は、大地を踏みしめる脚を薙いだ。
イグノラビムスが雄たけびをあげる。
「いい気迫だ。そうでなくっちゃな!」
Jのイェジドが負けじと咆哮で威嚇しかえすと、イグノラビムスはぐるりと振り向いて彼らの方へと飛びかかる。
爪に黒炎を纏わせ、木の幹のような腕でひと薙ぎ。
イェジドの脚を掠めると炎が瞬く間に燃え移るが、体中に広がり切る前に浄化陣の力で消滅した。
「顔はイェジドに似てるくせに、強情だよなテメェはよ!」
Jは影の腕を放って、再び敵を押さえつける。
身動きを取れなくしたところで懐に飛び込むと、その厚い胸板に鉄爪をひるがえした。
その様子を見ていた万歳丸は、ふと首をひねる。
「いや、まてよ。人数人数って、人の数ばかり見てたが幻獣たちはどうなんだ?」
「どういうことです?」
誠一がイェジドを駆って次の位置取りを定めながら問い返す。
「あいつにとっての“敵”ってのは、人間のことだけなのかってよ」
もし幻獣も「敵の1体」とみなされているのだとしたら――
「……そういうことか!」
誠一は自らのイェジドから飛び降りると、狂気歪虚の方へ向かうよう指示をする。
イェジドはひと吠えして理解したことを示すと、他のハンター達に交じって後続の歪虚たちの足止めにまわる。
「これでどうだ――ギリギリか!?」
攻勢に加担していない万歳丸を除けば、おそらくはこれが限界。
次第にボルテージが上がりつつあったイグノラビムスのむき出しの闘争心が、どことなく和らいだような気がする。
敵は分裂する素振りを見せず、代わりにかき消えた炎を再び身体にまとう。
そして天高く咆哮をあげると、炎が渦となって辺りを包み込んだ。
「ううっ!?」
広域を巻き込む黒炎嵐に、詩は思わず蹲るように身構える。
嵐が止んだ先で、浄化陣で汚染こそまき散らされていないものの、炎そのものの熱に焼かれた仲間たちの姿があった。
「負傷した人は下がって! すぐに傷を癒すよ!」
目的は敵を倒すことではなく、戦線を長引かせること。
詩の掛け声に、Jが前線から飛びのく。
「こんな序盤も序盤でへばってられるかよ! 治療頼むぜ!」
自ら持ち込んだポーションもぐびぐびと飲み干して、詩が展開したヒーリングスフィアへと滑り込む。
入れ違いにジャック・J・グリーヴ(ka1305)が拳銃の射撃でイグノラビムスの注意を惹きつける。
「ボルディアも一旦下がっていいぞ! 元気有り余ってんなら、後でもっかい暴れてくれ!」
「任せとけよ!」
彼女が下がったのを確認して、グリーヴはさらに前へと突き進む。
「超覚醒だ――力を貸せよ、大精霊ッ!」
金色の輝きを纏った彼は、そのままボルディアが使用したのと同じ「節制」の力を解放する。
敵の闘争心を全て引き受けるつもりだった。
イグノラビムスの腕が伸長し、本来の間合いの外から攻撃を放つ。
グリーヴは盾で真正面から受け止めて、不敵に笑みを浮かべる。
「俺様に怒りを向けるのはいいけどよ、あいにくてめえと違って俺様は1人じゃねぇんだ」
グリーヴが正面で囮になったことで散漫になった背後への意識を、阿吽で繋ぐのはクローディオ・シャール(ka0030)だ。
十字架を象ったそれは銃であり棍。
その銃床に魔力を宿し、がら空きのイグノラビムスの後頭部へと振り下ろした。
しかし、陽炎の揺らめきの中で実際に振り下ろされたのは背中。
それでも炎の鎧を払うには十分な一撃だ。
ただ一点――ママチャリに跨った姿だけが、絵面としてどこか間が抜ける。
いや、本人は大真面目にイケメンなのだが。
「ジャック!」
「言われなくてもな……!」
グリーヴは無防備になった敵の腹に銃弾を見舞った。
「青藍、狂気を押し留めて!」
茜のオートソルジャー「青藍」が、グリーヴの「節制」に惹かれて集まってきた狂気の前に立ちはだかる。
不動の構えで壁の代わりとなったその間に、茜は機導浄化術のカートリッジを差し替える。
「雪花も押し留めてくださいまし」
青藍とは反対側に陣取った金鹿も、自らのペガサス「雪花」にサンクチュアリを展開させ、狂気たちの脚を鈍らせた。
それでも中型の個体やシェオルの中には無理やり結界を抜けてしまう者がいる。
あわや結界が消滅したその時、一台のトライクが戦場に駆け付けた。
「遅れました……!」
運転席のはじめは、金鹿の周囲目掛けて符を飛ばすと五色光符陣の印を結ぶ。
放たれた光が歪虚たちを包み、その目をくらませた。
「黒曜陣が解かれたので心配しておりましたわ。やられたわけではなかったのですわね?」
「ええ、三毛丸が本当に頑張ってくれました」
トライクのサイドカーでは、満身創痍のユグティラが足元のスペースで丸くなりながらポーションをちびちびと口にしている。
おそらくイグノラビムスが自力で解くその時まで、動けない彼のことを守っていたのだろう。
「そういうことなら、雪花」
雪花が翼をはためかせると、癒しのマテリアルが風に乗って吹き抜ける。
2人の傷が癒えていって、三毛丸も元気になったのかひょこりと席から顔をのぞかせた。
「ありがとうございます。これで僕たちもまだ働けます」
元気になった三毛丸は座席の上に立って、リュートで癒しの音色を奏でる。
はじめはそのままアクセルを全開にひねり、さながら出張救護車として戦場を駆け抜け始めた。
●
ラプラスの包囲は、彼女が動くのに合わせて壁も動いていくことで、何とかその機能を保っていた。
それでも少しずつイグノラビムスの戦場を目指し突き進む姿は、律儀というか、義理堅いものがある。
「意外と仲間意識ってやつがあるんだな。あんたらにもよ……!」
ジャック・エルギン(ka1522)は移動をイェジドに任せ、自らは無理をして背負ってきたヘビーガトリングを構え弾幕を張る固定砲台と化していた。
少しでも合流を遅らせるために、ひたすらラプラスへ銃弾の雨あられを浴びせ続ける。
しかし大きさゆえか、無機質な性格ゆえか、ガトリングの力を借りても敵は意に介す様子がない。
だが、もともとメインの得意分野ではないのだ。
足りない技量は試行回数で補うのが職人気質というもの。
まぐれでもなんでも、1、2回の隙を作れれば、そこに勝機は生まれるのだ。
(あまり吸収を使う素振りがありませんね……)
ラプラスの剣をひらりひらりと交わしながら、リリティア・オルベール(ka3054)は敵の能力を探ろうと目を光らせている。
だがなかなか仲間のスキルにを吸収するような素振りは見えない。
もちろん、多くのハンターが対吸収に有効なスキルを中心に攻勢を組み立てているおかげもあるが……どちらにせよ、この程度の分析結果では自身のスキルを解放することはできない。
万が一にでも必殺の一撃を吸収されてしまったら――そう思えばだ。
「仕方ありませんね。倶利伽羅、あなたは負傷者を見つけ次第援護にまわってください。私は……たまにはこの『剣』ひとつで戦うのもいいでしょう」
マテリアルが静かに、だが力強く彼女の身を覆う。
使用するのは自己強化のスキルのみ。
“それだけでも強い”のが彼女という存在だ。
『ふむ……お前は厄介だな』
神斬の刃を盾で受け、ラプラスはすぐに彼女の技量を感じ取り脅威を覚える。
だがいかんせん、1人ではラプラスの足を直接的に止めることはできない。
敵の狙いは当然ながら包囲の突破にあった。
そのため直近で攻勢に出るハンター達よりも、壁を作る友軍たちの方へと目標の比重きく偏っている。
友軍にも壁を死守するためには撤退の文字はなく、内側のラプラスにも、外側の狂気やシェオルにも、彼らは真っ向から迎え撃つしかない。
ラプラスもその脆弱性は見抜いているようで、外側からの圧力の強い――つまるところ、シェオルたちからのダメージが激しいポイントを狙い定め、広範囲を薙ぐ斬撃で道を切り開くのだ。
崩壊した壁から流れ込む歪虚を押し留めるように、ピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(ka4804)とティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394)のレクイエムが敵の動きを制限する。
2人はレクイエムがラプラスにゆうゆう抵抗されてしまうのを認識するや否や、他の歪虚の足止めの使用に切り替えていた。
『今のうちに穴を詰めてください』
ティアンシェが歌うように空色の声で伝えると、崩壊した班の穴を埋めるように左右の部隊が壁を詰めていく。
ピアレーチェは動けなくなった歩兵にまだ息があることを確認すると、癒しのマテリアルを彼の身体へと流し込む。
その隣では相棒のユグティラが物欲しそうな眼差しで彼女を見上げた。
「ん、どうしたの? 歌いたいの?」
ユグティラは小さく頷く。
「きみの歌はみんなの気力も失わせちゃうからなぁ……ごめんね。癒しの祈りなら、いくらでもいいけれど」
露骨に残念そうなユグティラ。
それでも主人の言いつけは守って、一緒に兵士の回復に努める。
「消耗戦か……」
お互いに決定打を見いだせない状況に、リクは口惜しそうに奥歯を噛みしめた。
少なくともこれまで分かっているのは、おそらくラプラスにこの包囲を一発で打開できるような術はないということ。
この場合、長期戦になれば有利なのはあちらだ。
築いた壁が命でできている以上、こちらの被害は増える一方である。
「酷なことかもしれません……ですがどうか、よろしくお願いします」
アティは壁を護っていた友軍ハンターの傷を癒すと、祈りを捧げながらもう一度戦場へ送り出す。
時には、力尽きてしまった者へリザレクションでもう一度立ち上がる力を与え。
連れるペガサスもヒールウィンドでの治療に掛かりきりだ。
「イチかバチか……行くよ、ミューズ!」
新たに壁の一角を崩された時、ルナはその覚悟を決めた。
相棒のユグティラ「ミューズ」と共にラプラスの背後に回ると、共にリュートをつま弾く。
『これは――』
突然の異変に、ラプラスははたと空を見上げる。
ミューズの奏でる挽歌が、辺り一面に穏やかな月夜の幻覚を映し出す。
それは味方も巻き込んだ戦意喪失の魔曲。
しかしルナが主旋律として奏でる夜想曲が、正のマテリアルを活性化させ、味方にだけは幻覚の効果を弱めてみせる。
『例えばいま少し感情というものがあったならば、理解することもできたのだろう』
「そんな……!」
剣を構えなおしたラプラスに、ルナは思わず弦を引き違える。
不協和音がこぼれた中で、ラプラスは崩したばかりの壁の一角へと足を速める。 不意に、ラプラス足に深紅の蛇が絡みついた。
蛇は歩みを止めようと激しく縛り付けるが、ラプラスは意に介すことなく歩み続けると、煙の幻影となって消えてしまった。
「ジャルガも効果がない……!」
術を放った龍堂 神火(ka5693)の頬に汗が伝う。
(耐え切るには、絶対に合流させちゃいけない……! でも、今の手札で何かできる!?)
手持ちの札を前に、思考を幾重にも巡らせる。
TCGを模した符は彼の符術の源であり、思考の原動力だ。
「オートソルジャー! 穴を埋めろ!」
ルベーノが大声で叫ぶと、彼のオートソルジャーが壁の穴に押し入る。
ラプラスが振った剣をフライトシールドが受け止め、オートソルジャーはそのまま守りの構えを固める。
「そう安々とは……!」
ルベーノが放った拳から、一直線にマテリアルが放出される。
それはラプラスの巨体を力強く貫いたが、貫通する直前にごくりと、傷口に現れた“口”が攻撃をまるごと飲み込んだ。
「飲み込んだ……!」
リリティアがラプラスへ迫る。
怒涛の勢いで神斬を振うが、攻撃を受けた腹部に現れた“口”はとっくに消えており目標を見失ってしまう。
それでも、鋭い刃が抉るようにラプラスの外装を切り裂いた。
『……ふむ。やはり野放しにしておくわけにはいかないようだ』
ラプラスが負のマテリアルを腕へと集中させる。
すると、剣が柄の方から真っ黒に変色していった。
「なんだかそれ、良くない気がするヨ」
パトリシアがすぐに取り出せる符をかき集めて、風に乗せてラプラスの方へと飛ばす。
それから手早く印を切り、マテリアルを符へと届ける。
「黒曜封い――」
言いかけて、彼女の瞳は不可解なものを捉えた。
あれは――自分の姿?
その瞬間、放たれた符がパトリシアの意に反して彼女の周囲をとり囲む。
符が起点となり、結ばれた魔法陣の印は黒曜封印。
彼女のマテリアルが抑えつけられた。
術を行使したのは――ラプラス。
「どうしテ……吸収してないのに!?」
確かに吸収も、そして放出のそぶりも一切なかったはず。
だとしたら今の不可解な現象は、あの盾のせいか。
『この術は意識を集中し続けなければならないのか……今は使えたものでないな』
ラプラスが術を解き、パトリシアはすぐに封印から解放される。
「何か今……反則的なことをしましたね?」
『道理にかなわないことが、この世にあると思うのか?』
リリティアの一撃を盾で受け止め、ラプラスは黒く染まった剣で返しの一撃を振う。
あからさまに危険そうなものを、安々食らうものではない。
リリティアは少し大げさに飛びのいて避けると、そのまま少し距離を置く。
「まーた厄介な手品をひとつどころかふたつも増やしやがってよ! 種明かしを考える身にもなってもらいてぇもんだぜ!」
アーサーが吐き捨てるように口にしながら、アンティオキアを突き出す。
ラプラスは半歩引いて切っ先をかわすと、黒剣を返した。
アーサーは、槍を肩で支えるように担いで衝撃をどっしりと受け止める。
直後、剣から放たれた黒い風が、彼が身にまとっていた雪水晶を吹き飛ばす。
「なんだ……!?」
思わず身体を見渡すアーサー。
だが、肩に受けた衝撃以外に外傷はない。
だが結界が消え、ラプラスの剣もまたもとの色に戻っていた。
彼女はアーサーを飛び越え、再び友軍の一角へと剣を振う。
CAMがひしゃげるように引き裂かれ、噴き出したマテリアルエネルギーが戦場を明るく照らす。
「……限界だ。これ以上、被害を増やすことはできない」
友軍の被害状況を顧みて、リクは苦渋の決断を下す。
もはや、十分な包囲を維持できるだけの班を作り出すことができなくなっていたのだ。
「だけど、たとえ俺ひとりでも、もう退くことはできないんだ……!」
負傷の絶えない友軍を退かせる代わりに、自らがラプラスへとうって出る。
その身を賭して協力してくれた仲間たちのためにも、一矢報いなければ気は済まない。
ラプラスの側面から迫り、抜き放った聖機剣がマテリアルの輝きを放った。
その気迫に気づいたラプラスは、盾で剣を受け止める。
同時に剣から解き放たれたマテリアルが、鏡の盾を蝕んでいった。
ソードブレイカー――武器の使用を禁ずる、呪いの術式だ。
『これは――いや、だが“覚えた”』
ラプラスは戦場の先で立ち上る黒炎を見た。
●
「ラプラスが包囲を抜けましたの……?」
エステルは幾分重い口調で、その知らせを受け取った。
既に見える位置に迫ったラプラスの姿を前に、戦場に緊張が走る。
「戦線を伸ばしましょう。こうなったら集団による掃討ではなく、個の力で戦局を維持するほかありません」
錬介は落ち着いた様子ながら、それでもどこか焦りと覚悟を滲ませて言った。
すでにGnomeに命じてラプラスの予想進路にbindの結界を張り巡らさせている入念っぷり。
友軍の管理を一挙に引き受ける一夏もまた、緊張した趣きで頷いた。
「分かりました。部隊をいくつかに分けて、遊撃のように動いていきましょう」
通信機で友軍にその旨を伝えると、もともとエステルの指示で小部隊に別れていた彼らはそれをそのまま活かした編隊で戦場に散る。
この場でイグノラビムス側とラプラス側の戦場境界線を支える班。
境界線を抜けた敵を追うことを専門とする班。
そしてラプラスに備える班。
彼らとて精鋭と呼ばれる立場だ。
現場での即時判断も慣れたものである。
「欲を言えば、もう少し戦力があれば……ですね」
錬介自身は味方の回復に集中し、少しでも経線能力を高めることに重点を置いている。
ラプラス包囲網構築のためにかなり多くの友軍が協力しているため、相対的にこちらの協力者はやや少ない。
だが彼らがピンチになった要所要所で、彼らを凌ぐ実力を持ったハンターが駆けつけることで、うまい具合に戦力の薄さと敵の数とに対応できていた。
「ここが正念場……お願いするなら今、ですね!」
一夏のワンダーフラッシュが白色の点滅を空で輝かせる。
それを確認したエステルは、手にした杖に秘められた力を解き放つ。
「確かに今しかありませんわね。ここでわたくしたちが退くわけにはいかないのです」
くるくると手の中で回転させた星神の杖を地面へと突き立てる。
真っ白な柄が白銀に染まり、膨れ上がったマテリアルが天で弾けた。
レメゲトン――解放された星神器の持つ、破壊と再生の力。
幾条にも降り注ぐ光の柱は、触れた歪虚を瞬く間に塵へと変え、触れた味方の傷の一切を跡形もなく修復する。
「ふははははっ! ここからが仕切り直しだ!」
元気いっぱいになったデスドクロが、友軍と共にレメゲトンを運よく耐えきったシェオルを次々に各個撃破していく。
この段階での戦力バランスの好転は、結果として士気の向上にもつながっていた。
「そっち、中型が飛んだわ!」
「分かった!」
右へ左へ。
未悠の槍が素早い連撃でシェオルを追い詰める。
一方、知らせを受けた真は、空間に出現した中型の人型狂気へイェジド「レグルス」で飛び掛かる。
レグルスは馬乗りになって狂気を押し倒すと、その首元へ鋭い牙を突き立てた。
「これで――トドメだ!」
真の2本の剣が同時に狂気の身体に突き立つ。
「私、このままイグノラビムス側の友軍に合流するわ」
「分かった。防衛ラインの維持は私たちに任せて、抜けた歪虚を追ってくれ」
未悠は真の返事に頷いて、やや苦戦する後方の友軍部隊へとペガサス「ユノ」と共に合流を目指す。
「状況が状況なので、私も少し無理をする。いざという時はこの命、預ける」
「どーんとこい! 暗黒皇帝のこの器をもってすれば、1つや2つ、背負ってやるぜ!」
「期待しておくよ」
真は呼吸を整えると、ソウルトーチをその身にまとう。
シェオルを中心に歪虚の注意が一斉に彼へと引きつけられると、デスドクロの構えるガトリングの銃口が怪しく光る。
「どこからでも掛かってきな……まとめて相手してやるぜ!」
銃弾の大盤振る舞いは、その言動のスケールにも相まって豪快そのものだった。
次第に敵影が薄れていく戦場を、ハンターと友軍の一団が駆け抜ける。
時を置いて作戦行動を開始したベルゼブル攻略の面々だ。
彼らはこの戦場の歪虚には一切の目もくれず、戦域の奥を目指す。
「さて……イグノラビムスでなく、こっちが仕掛けてくるとはね。備えた通りにははいかないものだ」
「なーに達観した気になってんだよ。あるモンで何とかするしかねぇんだからな」
ため息まじりにぼやいたフワに、ラスティが呆れ気味に答えた。
部隊を送り出すことには成功したが、この戦場でやるべきことを終えたわけではない。
ラスティのヘビーガトリングが駆け抜けてくるラプラスへ弾幕の嵐を放つ。
「待ち伏せしてるところに追い込んだら、挟み撃ちになるよなぁ!」
エルギンがイェジドの脚で真っ先に戦場へ追いつくと、ラプラスの背後からもガトリングを掃射する。
前後を弾幕に挟まれ、流石のラプラスも剣で身構えつつ足を止める。
『ふむ。壁の次は波状攻撃か……やはり、侮るものではないな』
弾幕に耐えながら、それでも一歩ずつ歩みを進めようとするラプラス。
その間にフワがダブルキャストで2つのファイアボールを練り上げると、マッシュが釘を刺すように口を開く。
「魔法はあの盾で返されるようですがねぇ?」
「ソードブレイカーがまだ効いているのなら、今こそが好機だとボクは思うけどね」
「なるほど」
弾幕に対してラプラスは盾を使わない。
いや、使えないままということなのだろう。
フワは膨れ上がった火球の狙いを定める。
「イクシードチャージ……外すなよ!」
すかさずラスティが解放錬成でアシストを行う。
さらに輝きを増した火球は、ラプラスの頭上で弾けた。
「さぁて……私もお仕事にまいりますよぉ」
爆炎が晴れていく中、マッシュは自らの剣に魔法の力を纏わせてラプラスへと切りかかる。
彼女は剣で受け流すと、そのまま彼を飛び越えて先を急ごうとした。
だがラスティのガトリングがその行く手を阻んでいると、やがて後続のラプラス対応班が戦場へと合流した。
そんな中、黒い火の粉が舞う戦場ではイグノラビムスに対する必死の包囲戦が続いていた。
人数を抑えつつ包囲と待機を切り替える戦術は、回復役のハンターの存在もあって安定した展開を見せている。
イグノラビムスの強烈な体当たりを受けて、弾かれたように後ずさるグリーヴ。
頑丈な鎧の上からでも骨身にしみる衝撃。
すかさずドリフト走行で滑り寄ったクローディオが、ヒーリングスキルをかける。
「まだ音を上げる時間ではないぞ、ジャック」
「当然だ」
入れ違いに飛び出した誠一が手裏剣を乱れ撃つ。
的確にイグノラビムスが纏う黒炎の約半分をかき消すと、狙いすました茜の拳銃が雷の弾を放った。
銃弾は炎の鎧が消えた腕を貫き、雷撃で敵を包み込む。
イグノラビムスは手足のしびれをもろともせず駆け出したものの、ダメージだけは着実に蓄積され続けている。
「本当にしぶといですわ……」
暴れ続けるイグノラビムスを前に、金鹿は呆れたように言う。
傷だらけではあっても、その動きを見れば体力的にはまだまだ余裕しゃくしゃくに見える。
強力なスキルを出しあぐねるラプラス側と同じように、少人数の回転では抑え込みは可能でも勝敗を左右する決定打には欠けている印象だった。
「分裂されれば手に追えず、単体のままでは本来のタフさで立ちはだかる……今回のように時間稼ぎなら、これが正解なのでしょうが」
誠一は新たな手裏剣を取り出しながら、静かに語った。
アタッカーの引き立て役であると割り切った彼だからこそ、このままでは負ける事はなくても勝つこともできないと理解できた。
いや、やがてハンター達のスキルがすべて尽きることを考えれば、千日手もまた存在しない。
おそらくここまでやってきたことに間違いはない。
間違いはないのだが、決定的な勝機がまだ足りないのだ。
新たな炎が発生される前に金鹿が黒曜封印を敵へ施す。
イグノラビムスの鋭い瞳が「人間」である彼女の方へ向くと、茜のオートソルジャーが守護するように間に割って入る。
「クソ犬……てめえぇが何にイラついてんのかは結局分からねぇよ。けどよ、分からねぇからって理解すんのを諦めるしかねぇってのが俺は大っ嫌いなんだ。てめぇの憤怒はどこにあんだよ! 答えろやクソ犬ッ!!」
グリーヴが最後となる「節制」の輝きを身に纏いながら吠えた。
そのイラつきは自分に対してのもの。
これだけの憎悪を肌で感じながら、その理由を理解できない愚鈍な自分への戒め。
青龍翔咬波でイグノラビムスを打つ万歳丸も、不敵な笑みで奥歯をかみしめて言い放つ。
「てめぇの声で聞かせろや! じゃねぇと、誰もお前の生きざまを知らねェままだぜ、犬!」
イグノラビムスは突き出された彼の拳を、右腕で掴むように受け止める。
残った炎の鎧が、放たれたマテリアルの衝撃波ではじけ飛ぶ。
全身の荒々しい毛並みが白日のもとにさらされる中、イグノラビムスのどこか静けさを感じる青い瞳が、万歳丸を見た。
――人間ニ、救わレる価値などないのダ。
腹の底に響いた、唸り声のようにくぐもった声。
イグノラビムスの小刀ような牙が、純粋なまでに研ぎ澄まされた怒りの感情で剥きだされた。
「さ?、あたしの歌を聴け?っ☆」
ピアレーチェの歌声が、祈りを伴うレクイエムとなって小型狂気の群れを縛り付ける。
「スピルガ、蹴散らせ!」
そこへ、神火のリーリー「スピルガ」が怒涛のチャージで蹴散らしていく。
スピルガは神火を背に乗せ、そのまま先行するラプラスへと追いすがった。
「このデッキにジャルガはあと2枚……頼む、届いてくれ!」
ガントレットにカードをセットし、赤熱の蛇を召喚する。
普段よりも多くのカードをリリースし、ポテンシャルを最大まで高めたジャルガが地面からずるりと飛び出すとラプラスの脚へと飛びかかった。
縄のように絡みつく蛇にラプラスの歩みがついに止まる。
「行かせるかよ!!」
エルギンのガトリング掃射がラプラスの横っ面を襲った。
彼女は盾を構えて弾幕をやり過ごすと、ルベーノから吸収した青龍翔咬波を手の甲に現れた“口”から放つ。
ジャックを乗せるイェジド「フォーコ」が、大きく飛びのいてそれを回避した。
「ラプラスはソードブレイカーを吸収してやがる! 下手に攻撃を受け止めるんじゃねぇぞ!」
「もとからそのつもりだ……!」
コーネリアは床を滑るようにして位置取りを決めると、ライフルの引き金を引いた。
ため込まれたマテリアルが放出され、ラプラスの脇腹に冷気弾が鋭く突き刺さる。
『あなたたちは騎士というにはあまりにかけ離れた存在……その信念とは、忠義とは、誰かを守るためのものではないのですか?』
ティアンシェの澄んだ歌声がラプラスへと語りかけるように響いた。
『私はもとより器として生み出された。そこに信念も忠義もなく、ただ生があるのみだ。だからこそ多くを学び、理解したいのだ。私という存在の意義を』
「意義などというものは、後の世に残ったもの――勝利し、生き残った者が、歴史という枠の中で定めるものだ」
感情に乏しい声で答えたラプラスに、コーネリアがたしなめるように言い放つ。
『ならばそうしよう。勝利の中にこそ、私の意義があると言うのなら』
振り下ろされた剣が大地を砕く。
ギリギリのところで躱したコーネリアは、再び銃身にマテリアルの収束を続ける。
ラプラスの側面から友軍の銃撃が乱れ飛んだ。
狂気やシェオルの数が減って来たことで、対応部隊のいくつかがラプラスの対応へ回る余裕ができてきたのだ。
打ち上げられたワンダーフラッシュがラプラスのいる場所を矢印で指し示し、戦力が集中する。
『まだ足掻くか……人間』
少なくとも彼らが無視できるような存在でないことを、ラプラスもまた悟っていた。
黒炎の舞う戦場まではまだ遠い。
邪神ファナティックブラッドに対する反撃ののろしが上がったのが、ちょうど1年前。
この赤い大地でのことだった。
あれから月日が経ち、人類は再びこの地へと戻って来た。
すべては邪神と雌雄を決するために。
「今回の目標は! 最後まで倒れずサポート! です!」
ポロウの背に乗って飛翔した百鬼 一夏(ka7308)は、空高く赤色の光弾を放った。
念じて矢印の形となった輝きは、水平線上をところ狭しとやってくる歪虚の群れを指し示す。
事前に連合軍も含めて打ち合わせをしていた、ワンダーフラッシュによる光信号だ。
友軍の士気は高く、雄叫びをあげながら荒野を駆け抜ける。
指示を終えた一夏はポロゥに銘じて着陸すると、集団の後方でひっそりと息を潜めた。
この開けた土地に隠れるような場所は無いが、「大量の人間」の中に紛れ込むことくらいはできるだろう。
やがて脚の速い者から戦端は激突する。
小型狂気によるレーザーが空から雨のように降り注ぎ、地上からは中型狂気のビームと尖兵となるシェオル型歪虚が友軍と刃を交える。
「たった独りの戦いであれば……暗黒スキルのひとつ、グレイテストデスムーンを使えば一瞬で終わるものだが」
デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)が、魔導拳銃で狂気歪虚の侵攻を足止めしながら言葉を濁す。
グレイトデスムーンは置いておくにしても、狂気の厄介さに関してはよく知っているつもりだ。
狂ってる分、小細工もハッタリも通用しない。
なら、実力行使あるのみ。
足止めでわずかに敵陣の流れが歪む。
その一瞬の綻びを逃さなかったのがアーサー・ホーガン(ka0471)だ。
身の丈以上もある純白の槍。
彼がその星神の力を解放すると、その刃は赤熱に染まった。
「ザコにはちと持ったいねぇが、遠慮はいらねぇ。思う存分食らいやがれ……!」
アンフォルタスの槍――雲海のような歪虚の群れを一筋の輝きが貫く。
その光に沿うように、9輪の巨大な炎の花が咲き乱れた。
エステル・ソル(ka3983)の紅燐華だった。
立て続けの高火力スキルに、ぽっかりと、敵陣の深くまで切り込む道が浮かび上がっていた。
「この数じゃどうせすぐ塞がれる! 突っ込むなら今だぜ!」
アーサーは自らも刺突一閃、飛び込みながら先陣を切る。
友軍が後に続くが、『花道』をめざとく見つけたのはハンターだけではなかった。
真っ黒い巨大な火の玉が、ものすごい勢いで駆け抜ける。
火の玉ではない――その姿は、黙示騎士イグノラビムス。
「こんだけ人間がわらわらいやがるんだ。真っ先に突っ込んでくるだろうと思ってたぜ!」
イェジドから飛び降りたボルディア・コンフラムス(ka0796)が、迫りくるイグノラビムスを前に大精霊の加護を解放――超覚醒。
解放された「節制」の理が、周辺のあらゆる存在の意識をボルディアへと惹きつけた。
イグノラビムスも当然、その進路を彼女の元へを定める。
しかしそれよりも先に目を光らせたのは、周辺のシェオルや狂気たちだ。
「私にできる全力でみんなを支えるって決めたから……行こう、天照!」
ボルディアと歪虚たちの間に飛び込んだ天竜寺 詩(ka0396)。
イェジド「天照」の咆哮が飛びかかったシェオルの足を止める。
「イグノラビムスは無視して構いませんわ。決して1人にならないよう予定通りにCAMと歩兵で班を組んで、引きつけるまで時間を稼いでください」
エステルの言葉に、イグノラビムスの接近に内心気圧されていた友軍もまたボルディアへ群がろうとする歪虚たちの前に壁となった。
まだ。
まだだ。
あと一歩。
最後の一歩を鋭い爪を振り上げるのと同時に踏み出したその、沢山の影の腕がイグノラビムスを真横から掴み取った。
「妬けるねぇ。俺のことも気にかけてくれよ」
影に縛り付けられたイグノラビムス。
さらに飛んできた無数の呪符が、取り囲むようにして印をなす。
黒曜封印――保・はじめ(ka5800)は手印を切りながら、目配せで合図を送る。
「そう長くは持ちません。今のうちに!」
「おうよ!」
「戦況が動き次第、すぐに合流します!」
ボルディアは「節制」の効果範囲を維持したまま、戦場を離れるように駆け出した。
自らも身動きの取れないはじめを相棒のユグティラ「三毛丸」が護衛する。
「つーわけで、追いかけっこ始めようぜ」
トリプルJ(ka6653)もボルディアのあとに続いてイェジドと共に離脱を開始する。
やがてイグノラビムスが影の手を引きちぎって解放されると、狂気たちともども彼女らを追って大軍から離れ始めた。
「次はいよいよこの世界――か。なかなかに終末じみてきたね」
フワ ハヤテ(ka0004)のファイアボールが、小軍化した群れの頭上で弾けた。
彼とエステル、2頭のペガサスが生み出すサンクチュアリの結界で足止めを食らった小型狂気たちが、次々とその爆炎に飲み込まれていく。
炎が晴れると、鳳城 錬介(ka6053)の指示でマテリアルバーストを発動したグノームが、猪突猛進、地上の敵を蹴散らしていく。
「とんでもない数ですね……これから毎回こんな感じなんでしょうか」
錬介の言葉は、なにも気が滅入ると言っているわけではない。
これだけの戦いが今後も続けば味方の被害は避けられない。
そして戦いが長引けば――無から有を生み出し続けるだけ、戦況は邪神に有利なのだ。
結界を無理無理抜けた敵は、ラスティ(ka1400)の大型ガトリングで再び進路を阻まれる。
帯状の銃声と星の瞬きのような激しいマテリアル光は、人間が相手であれば、そこに存在するだけでも恐怖の対象となる。
「だけどちっともビビらねぇのがこいつらだよなぁ……!」
ぼやきながらもシェオルを中心とした群れに撃つ、撃つ、撃つ。
歪虚に対する制圧行動はメンタルではなくフィジカルで。
リロードのタイミングになると、マッシュ・アクラシス(ka0771)とイェジドに乗った鞍馬 真(ka5819)が矢面に飛び出す。
先に飛びかかった真が二刀でシェオルの骨に似た外殻を切り刻んで、露になった本体にマッシュの奏機剣が突き立った。
「そろそろ見飽きた顔ぶれには、減って頂けると助かりますなあ……」
「えっ?」
「あ……いえ、相手のお話で」
ぽつりと口にしたマッシュの言葉にぎょっとした真。
それが自分たちのことではないと知ると、安心したように次の刃を振るった。
「それにしても、注意をひいているとはいえ、まあまあ大した憎しみではないですかねぇ」
マッシュが言うのはイグノラビムスのことだ。
これまで何度となく戦場で見受けられたその姿。
中でもやはり、人間に対する憎しみの感情だけは特筆すべきものがある。
「生前か、歪虚として生まれてからかは分からないけれど、よほど私たちのような存在にひどい目にあわされてきたということなのかな」
真の答えは単なる推測。
それでも、そうでなければ理解できない不可解な感情である事も確かだった。
一方で高瀬 未悠(ka3199)は友軍から少し離れた位置で孤軍奮闘する。
全身のひねりと共に大きく回転した聖槍が、周囲の敵を次々飲み込んでいく。
「お前たちに世界は壊させない。何度でも守り抜いてみせるわ」
味方を巻き込まないためにはどうしても孤立せざるをえない。
それでも、あえてそうして敵の目を惹きつければ、遠方からの射撃支援が彼女の死角を補ってくれる。
そんな彼女の瞳が、群れの後方から迫る巨大な影を捉えた。
黙示騎士ラプラス――人型兵器と化した、その姿だった。
『ふむ、よほどイグノラビムスを孤立させたいようだな』
ラプラスは、ハンターに連れられるイグノラビムスの後を追う。
友軍のCAMが立ちふさがるように行く手を阻むが、大きく振られた剣が機体を袈裟に両断してしまう。
ラプラスは残骸を飛び越えて先を急ぐ。
しかし踏み出したその足を、不意にぬかるんだ地面がガッチリとくわえ込んだ。
転倒しかけたラプラスは、すぐに地面から足を引き抜いてそれをこらえる。
「ラプーは賢いから、パティたちの作戦はお見通しだと思ってたヨ」
『何……?』
上空をペガサスで旋回しながら、パトリシア=K=ポラリス(ka5996)は語りかけた。
ラプラスの意識が足元から空へと大きく動いたその隙に、すかさずキヅカ・リク(ka0038)が号令を切る。
「包囲ッ!」
既に班を組んだ友軍の編隊がラプラスの3方を囲むように壁を作る。
退路以外の道を断たれたラプラスは、無機質な瞳で辺りを見渡した。
『なるほど……こちらの読みをこそ、読まれたか』
「そういことだラプラス」
包囲の内側で、コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)が銃弾を高く打ち上げた。
頭上で試算した弾は、無数の落雷となってラプラスの巨体へと降り注ぐ。
ラプラスはその力を吸収しようと身構えたが、全身を駆け抜けた電流がそれを阻んだ。
「どうした。吸収できないか?」
『……なるほど』
素直な称賛として頷いたラプラスは、剣と盾を構えてハンター達を見下ろす。
『侮るつもりも退くつもりもない。立ちふさがるのなら、振り払うまでだ』
踏み込み、振るわれた刃がハンターへと襲い掛かる。
真正面から受け止めたルベーノ・バルバライン(ka6752)が、不敵な笑みを浮かべた。
「お前はとっくに忘れていると思うが、俺はずっと再戦の機会を狙っていたのだ。粘れるようになったことを見せてやろう……!」
体さばきで衝撃を受け流し、それを勢いに変えて懐へ拳打。練気「龍鱗甲」。
ラプラスは大きく後ずさって、立て直しを余儀なくされる。
一方、包囲の開けた一辺からは、狂気歪虚やシェオルの群れが中へと飛び込もうとしていた。
外からも、友軍の壁へ向けて大勢の歪虚が押し寄せる。
「ここは抜かせない……!」
ルナ・レンフィールド(ka1565)の放った重力波が、飛び込む歪虚を包み込んでその足を止めさせた。
吸収を警戒すればラプラスに当てることはできないが、他の歪虚相手ならば話は別だ。
作戦の軸はむしろ「イグノラビムスを好きにさせる」こと。
ハンター達が選んだのは、ラプラスの方をこそ孤立させることだ。
「今回ばかりは、どうかご自愛を。指揮官が倒れれば、部隊は総崩れですから」
「あはは……手厳しいなぁ」
アティ(ka2729)が備えのためにゴッドブレスをキヅカ・リクへとかける。
リクは苦笑して頬を掻きながら、「わかった」とはっきり頷いた。
ペガサスが翼をはためかせて、癒しのマテリアルを練り上げる。
この戦場が過酷になる事は、ハンター達も既に覚悟ができていることだった。
●
戦場に友軍の壁ができた知らせを受けて、ボルディアは向きを反転。
荒野を滑るように足を止めると、追ってくるイグノラビムスを真正面に立ちはだかった。
「おい、そろそろ俺の顔は覚えたか?」
問いかけるが、イグノラビムスは闘争心をあらわにするばかりで何も答えない。
「はん。躾の悪いクソ犬でも分かるよう、嫌っていうほど体に刻みつけてやらぁ! いくぜ、ヴァン!」
大斧を手に、ボルディアとイェジド「ヴァーミリオン」が吠える。
周囲では全力でママチャリを漕ぐ万歳丸(ka5665)が、警鐘のようにチリリンとベルを鳴らした。
「第一波は俺たちが引き受ける! その間、他の奴らはアレの相手を頼むぜッ!」
アレ、とは遅れて引き連れてきた大量の狂気とシェオルのこと。
イグノラビムスを取り囲んでいたハンター達は、一時班を二分して、それぞれの対応にあたる。
「浄化術、セットします!」
「それから防御の結界もですわ」
天王寺茜(ka4080)と金鹿(ka5959)が戦場に浄化陣を展開し、金鹿はさらに修祓陣を重ねがける。
ハンター達が準備を整えたところに飛び込んだイグノラビムスは、鋭い爪でボルディアへと襲い掛かった。
彼女は獣のように飛び跳ねて躱すと、大斧を大きく振りかぶる。
すかさず、神代 誠一(ka2086)が棒手裏剣を放つ。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。
瞬く間に半身を穿った正確無比な投擲は、イグノラビムスの纏っていた黒炎がかき消える。
陽炎のようにゆらいでいたイグノラビムスの姿が白日のもとにさらされ、青い瞳が沸き起こる憎悪のままハンターらを睨みつけていた。
「今です!」
「おらぁぁぁぁああああ!!」
誠一の合図を受け、ボルディアの大斧が炎をまとう。
爆発するかのような渾身のひと振りは、筋骨隆々とした腕を裂き、折り返し振り上げた一撃は、大地を踏みしめる脚を薙いだ。
イグノラビムスが雄たけびをあげる。
「いい気迫だ。そうでなくっちゃな!」
Jのイェジドが負けじと咆哮で威嚇しかえすと、イグノラビムスはぐるりと振り向いて彼らの方へと飛びかかる。
爪に黒炎を纏わせ、木の幹のような腕でひと薙ぎ。
イェジドの脚を掠めると炎が瞬く間に燃え移るが、体中に広がり切る前に浄化陣の力で消滅した。
「顔はイェジドに似てるくせに、強情だよなテメェはよ!」
Jは影の腕を放って、再び敵を押さえつける。
身動きを取れなくしたところで懐に飛び込むと、その厚い胸板に鉄爪をひるがえした。
その様子を見ていた万歳丸は、ふと首をひねる。
「いや、まてよ。人数人数って、人の数ばかり見てたが幻獣たちはどうなんだ?」
「どういうことです?」
誠一がイェジドを駆って次の位置取りを定めながら問い返す。
「あいつにとっての“敵”ってのは、人間のことだけなのかってよ」
もし幻獣も「敵の1体」とみなされているのだとしたら――
「……そういうことか!」
誠一は自らのイェジドから飛び降りると、狂気歪虚の方へ向かうよう指示をする。
イェジドはひと吠えして理解したことを示すと、他のハンター達に交じって後続の歪虚たちの足止めにまわる。
「これでどうだ――ギリギリか!?」
攻勢に加担していない万歳丸を除けば、おそらくはこれが限界。
次第にボルテージが上がりつつあったイグノラビムスのむき出しの闘争心が、どことなく和らいだような気がする。
敵は分裂する素振りを見せず、代わりにかき消えた炎を再び身体にまとう。
そして天高く咆哮をあげると、炎が渦となって辺りを包み込んだ。
「ううっ!?」
広域を巻き込む黒炎嵐に、詩は思わず蹲るように身構える。
嵐が止んだ先で、浄化陣で汚染こそまき散らされていないものの、炎そのものの熱に焼かれた仲間たちの姿があった。
「負傷した人は下がって! すぐに傷を癒すよ!」
目的は敵を倒すことではなく、戦線を長引かせること。
詩の掛け声に、Jが前線から飛びのく。
「こんな序盤も序盤でへばってられるかよ! 治療頼むぜ!」
自ら持ち込んだポーションもぐびぐびと飲み干して、詩が展開したヒーリングスフィアへと滑り込む。
入れ違いにジャック・J・グリーヴ(ka1305)が拳銃の射撃でイグノラビムスの注意を惹きつける。
「ボルディアも一旦下がっていいぞ! 元気有り余ってんなら、後でもっかい暴れてくれ!」
「任せとけよ!」
彼女が下がったのを確認して、グリーヴはさらに前へと突き進む。
「超覚醒だ――力を貸せよ、大精霊ッ!」
金色の輝きを纏った彼は、そのままボルディアが使用したのと同じ「節制」の力を解放する。
敵の闘争心を全て引き受けるつもりだった。
イグノラビムスの腕が伸長し、本来の間合いの外から攻撃を放つ。
グリーヴは盾で真正面から受け止めて、不敵に笑みを浮かべる。
「俺様に怒りを向けるのはいいけどよ、あいにくてめえと違って俺様は1人じゃねぇんだ」
グリーヴが正面で囮になったことで散漫になった背後への意識を、阿吽で繋ぐのはクローディオ・シャール(ka0030)だ。
十字架を象ったそれは銃であり棍。
その銃床に魔力を宿し、がら空きのイグノラビムスの後頭部へと振り下ろした。
しかし、陽炎の揺らめきの中で実際に振り下ろされたのは背中。
それでも炎の鎧を払うには十分な一撃だ。
ただ一点――ママチャリに跨った姿だけが、絵面としてどこか間が抜ける。
いや、本人は大真面目にイケメンなのだが。
「ジャック!」
「言われなくてもな……!」
グリーヴは無防備になった敵の腹に銃弾を見舞った。
「青藍、狂気を押し留めて!」
茜のオートソルジャー「青藍」が、グリーヴの「節制」に惹かれて集まってきた狂気の前に立ちはだかる。
不動の構えで壁の代わりとなったその間に、茜は機導浄化術のカートリッジを差し替える。
「雪花も押し留めてくださいまし」
青藍とは反対側に陣取った金鹿も、自らのペガサス「雪花」にサンクチュアリを展開させ、狂気たちの脚を鈍らせた。
それでも中型の個体やシェオルの中には無理やり結界を抜けてしまう者がいる。
あわや結界が消滅したその時、一台のトライクが戦場に駆け付けた。
「遅れました……!」
運転席のはじめは、金鹿の周囲目掛けて符を飛ばすと五色光符陣の印を結ぶ。
放たれた光が歪虚たちを包み、その目をくらませた。
「黒曜陣が解かれたので心配しておりましたわ。やられたわけではなかったのですわね?」
「ええ、三毛丸が本当に頑張ってくれました」
トライクのサイドカーでは、満身創痍のユグティラが足元のスペースで丸くなりながらポーションをちびちびと口にしている。
おそらくイグノラビムスが自力で解くその時まで、動けない彼のことを守っていたのだろう。
「そういうことなら、雪花」
雪花が翼をはためかせると、癒しのマテリアルが風に乗って吹き抜ける。
2人の傷が癒えていって、三毛丸も元気になったのかひょこりと席から顔をのぞかせた。
「ありがとうございます。これで僕たちもまだ働けます」
元気になった三毛丸は座席の上に立って、リュートで癒しの音色を奏でる。
はじめはそのままアクセルを全開にひねり、さながら出張救護車として戦場を駆け抜け始めた。
●
ラプラスの包囲は、彼女が動くのに合わせて壁も動いていくことで、何とかその機能を保っていた。
それでも少しずつイグノラビムスの戦場を目指し突き進む姿は、律儀というか、義理堅いものがある。
「意外と仲間意識ってやつがあるんだな。あんたらにもよ……!」
ジャック・エルギン(ka1522)は移動をイェジドに任せ、自らは無理をして背負ってきたヘビーガトリングを構え弾幕を張る固定砲台と化していた。
少しでも合流を遅らせるために、ひたすらラプラスへ銃弾の雨あられを浴びせ続ける。
しかし大きさゆえか、無機質な性格ゆえか、ガトリングの力を借りても敵は意に介す様子がない。
だが、もともとメインの得意分野ではないのだ。
足りない技量は試行回数で補うのが職人気質というもの。
まぐれでもなんでも、1、2回の隙を作れれば、そこに勝機は生まれるのだ。
(あまり吸収を使う素振りがありませんね……)
ラプラスの剣をひらりひらりと交わしながら、リリティア・オルベール(ka3054)は敵の能力を探ろうと目を光らせている。
だがなかなか仲間のスキルにを吸収するような素振りは見えない。
もちろん、多くのハンターが対吸収に有効なスキルを中心に攻勢を組み立てているおかげもあるが……どちらにせよ、この程度の分析結果では自身のスキルを解放することはできない。
万が一にでも必殺の一撃を吸収されてしまったら――そう思えばだ。
「仕方ありませんね。倶利伽羅、あなたは負傷者を見つけ次第援護にまわってください。私は……たまにはこの『剣』ひとつで戦うのもいいでしょう」
マテリアルが静かに、だが力強く彼女の身を覆う。
使用するのは自己強化のスキルのみ。
“それだけでも強い”のが彼女という存在だ。
『ふむ……お前は厄介だな』
神斬の刃を盾で受け、ラプラスはすぐに彼女の技量を感じ取り脅威を覚える。
だがいかんせん、1人ではラプラスの足を直接的に止めることはできない。
敵の狙いは当然ながら包囲の突破にあった。
そのため直近で攻勢に出るハンター達よりも、壁を作る友軍たちの方へと目標の比重きく偏っている。
友軍にも壁を死守するためには撤退の文字はなく、内側のラプラスにも、外側の狂気やシェオルにも、彼らは真っ向から迎え撃つしかない。
ラプラスもその脆弱性は見抜いているようで、外側からの圧力の強い――つまるところ、シェオルたちからのダメージが激しいポイントを狙い定め、広範囲を薙ぐ斬撃で道を切り開くのだ。
崩壊した壁から流れ込む歪虚を押し留めるように、ピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(ka4804)とティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394)のレクイエムが敵の動きを制限する。
2人はレクイエムがラプラスにゆうゆう抵抗されてしまうのを認識するや否や、他の歪虚の足止めの使用に切り替えていた。
『今のうちに穴を詰めてください』
ティアンシェが歌うように空色の声で伝えると、崩壊した班の穴を埋めるように左右の部隊が壁を詰めていく。
ピアレーチェは動けなくなった歩兵にまだ息があることを確認すると、癒しのマテリアルを彼の身体へと流し込む。
その隣では相棒のユグティラが物欲しそうな眼差しで彼女を見上げた。
「ん、どうしたの? 歌いたいの?」
ユグティラは小さく頷く。
「きみの歌はみんなの気力も失わせちゃうからなぁ……ごめんね。癒しの祈りなら、いくらでもいいけれど」
露骨に残念そうなユグティラ。
それでも主人の言いつけは守って、一緒に兵士の回復に努める。
「消耗戦か……」
お互いに決定打を見いだせない状況に、リクは口惜しそうに奥歯を噛みしめた。
少なくともこれまで分かっているのは、おそらくラプラスにこの包囲を一発で打開できるような術はないということ。
この場合、長期戦になれば有利なのはあちらだ。
築いた壁が命でできている以上、こちらの被害は増える一方である。
「酷なことかもしれません……ですがどうか、よろしくお願いします」
アティは壁を護っていた友軍ハンターの傷を癒すと、祈りを捧げながらもう一度戦場へ送り出す。
時には、力尽きてしまった者へリザレクションでもう一度立ち上がる力を与え。
連れるペガサスもヒールウィンドでの治療に掛かりきりだ。
「イチかバチか……行くよ、ミューズ!」
新たに壁の一角を崩された時、ルナはその覚悟を決めた。
相棒のユグティラ「ミューズ」と共にラプラスの背後に回ると、共にリュートをつま弾く。
『これは――』
突然の異変に、ラプラスははたと空を見上げる。
ミューズの奏でる挽歌が、辺り一面に穏やかな月夜の幻覚を映し出す。
それは味方も巻き込んだ戦意喪失の魔曲。
しかしルナが主旋律として奏でる夜想曲が、正のマテリアルを活性化させ、味方にだけは幻覚の効果を弱めてみせる。
『例えばいま少し感情というものがあったならば、理解することもできたのだろう』
「そんな……!」
剣を構えなおしたラプラスに、ルナは思わず弦を引き違える。
不協和音がこぼれた中で、ラプラスは崩したばかりの壁の一角へと足を速める。 不意に、ラプラス足に深紅の蛇が絡みついた。
蛇は歩みを止めようと激しく縛り付けるが、ラプラスは意に介すことなく歩み続けると、煙の幻影となって消えてしまった。
「ジャルガも効果がない……!」
術を放った龍堂 神火(ka5693)の頬に汗が伝う。
(耐え切るには、絶対に合流させちゃいけない……! でも、今の手札で何かできる!?)
手持ちの札を前に、思考を幾重にも巡らせる。
TCGを模した符は彼の符術の源であり、思考の原動力だ。
「オートソルジャー! 穴を埋めろ!」
ルベーノが大声で叫ぶと、彼のオートソルジャーが壁の穴に押し入る。
ラプラスが振った剣をフライトシールドが受け止め、オートソルジャーはそのまま守りの構えを固める。
「そう安々とは……!」
ルベーノが放った拳から、一直線にマテリアルが放出される。
それはラプラスの巨体を力強く貫いたが、貫通する直前にごくりと、傷口に現れた“口”が攻撃をまるごと飲み込んだ。
「飲み込んだ……!」
リリティアがラプラスへ迫る。
怒涛の勢いで神斬を振うが、攻撃を受けた腹部に現れた“口”はとっくに消えており目標を見失ってしまう。
それでも、鋭い刃が抉るようにラプラスの外装を切り裂いた。
『……ふむ。やはり野放しにしておくわけにはいかないようだ』
ラプラスが負のマテリアルを腕へと集中させる。
すると、剣が柄の方から真っ黒に変色していった。
「なんだかそれ、良くない気がするヨ」
パトリシアがすぐに取り出せる符をかき集めて、風に乗せてラプラスの方へと飛ばす。
それから手早く印を切り、マテリアルを符へと届ける。
「黒曜封い――」
言いかけて、彼女の瞳は不可解なものを捉えた。
あれは――自分の姿?
その瞬間、放たれた符がパトリシアの意に反して彼女の周囲をとり囲む。
符が起点となり、結ばれた魔法陣の印は黒曜封印。
彼女のマテリアルが抑えつけられた。
術を行使したのは――ラプラス。
「どうしテ……吸収してないのに!?」
確かに吸収も、そして放出のそぶりも一切なかったはず。
だとしたら今の不可解な現象は、あの盾のせいか。
『この術は意識を集中し続けなければならないのか……今は使えたものでないな』
ラプラスが術を解き、パトリシアはすぐに封印から解放される。
「何か今……反則的なことをしましたね?」
『道理にかなわないことが、この世にあると思うのか?』
リリティアの一撃を盾で受け止め、ラプラスは黒く染まった剣で返しの一撃を振う。
あからさまに危険そうなものを、安々食らうものではない。
リリティアは少し大げさに飛びのいて避けると、そのまま少し距離を置く。
「まーた厄介な手品をひとつどころかふたつも増やしやがってよ! 種明かしを考える身にもなってもらいてぇもんだぜ!」
アーサーが吐き捨てるように口にしながら、アンティオキアを突き出す。
ラプラスは半歩引いて切っ先をかわすと、黒剣を返した。
アーサーは、槍を肩で支えるように担いで衝撃をどっしりと受け止める。
直後、剣から放たれた黒い風が、彼が身にまとっていた雪水晶を吹き飛ばす。
「なんだ……!?」
思わず身体を見渡すアーサー。
だが、肩に受けた衝撃以外に外傷はない。
だが結界が消え、ラプラスの剣もまたもとの色に戻っていた。
彼女はアーサーを飛び越え、再び友軍の一角へと剣を振う。
CAMがひしゃげるように引き裂かれ、噴き出したマテリアルエネルギーが戦場を明るく照らす。
「……限界だ。これ以上、被害を増やすことはできない」
友軍の被害状況を顧みて、リクは苦渋の決断を下す。
もはや、十分な包囲を維持できるだけの班を作り出すことができなくなっていたのだ。
「だけど、たとえ俺ひとりでも、もう退くことはできないんだ……!」
負傷の絶えない友軍を退かせる代わりに、自らがラプラスへとうって出る。
その身を賭して協力してくれた仲間たちのためにも、一矢報いなければ気は済まない。
ラプラスの側面から迫り、抜き放った聖機剣がマテリアルの輝きを放った。
その気迫に気づいたラプラスは、盾で剣を受け止める。
同時に剣から解き放たれたマテリアルが、鏡の盾を蝕んでいった。
ソードブレイカー――武器の使用を禁ずる、呪いの術式だ。
『これは――いや、だが“覚えた”』
ラプラスは戦場の先で立ち上る黒炎を見た。
●
「ラプラスが包囲を抜けましたの……?」
エステルは幾分重い口調で、その知らせを受け取った。
既に見える位置に迫ったラプラスの姿を前に、戦場に緊張が走る。
「戦線を伸ばしましょう。こうなったら集団による掃討ではなく、個の力で戦局を維持するほかありません」
錬介は落ち着いた様子ながら、それでもどこか焦りと覚悟を滲ませて言った。
すでにGnomeに命じてラプラスの予想進路にbindの結界を張り巡らさせている入念っぷり。
友軍の管理を一挙に引き受ける一夏もまた、緊張した趣きで頷いた。
「分かりました。部隊をいくつかに分けて、遊撃のように動いていきましょう」
通信機で友軍にその旨を伝えると、もともとエステルの指示で小部隊に別れていた彼らはそれをそのまま活かした編隊で戦場に散る。
この場でイグノラビムス側とラプラス側の戦場境界線を支える班。
境界線を抜けた敵を追うことを専門とする班。
そしてラプラスに備える班。
彼らとて精鋭と呼ばれる立場だ。
現場での即時判断も慣れたものである。
「欲を言えば、もう少し戦力があれば……ですね」
錬介自身は味方の回復に集中し、少しでも経線能力を高めることに重点を置いている。
ラプラス包囲網構築のためにかなり多くの友軍が協力しているため、相対的にこちらの協力者はやや少ない。
だが彼らがピンチになった要所要所で、彼らを凌ぐ実力を持ったハンターが駆けつけることで、うまい具合に戦力の薄さと敵の数とに対応できていた。
「ここが正念場……お願いするなら今、ですね!」
一夏のワンダーフラッシュが白色の点滅を空で輝かせる。
それを確認したエステルは、手にした杖に秘められた力を解き放つ。
「確かに今しかありませんわね。ここでわたくしたちが退くわけにはいかないのです」
くるくると手の中で回転させた星神の杖を地面へと突き立てる。
真っ白な柄が白銀に染まり、膨れ上がったマテリアルが天で弾けた。
レメゲトン――解放された星神器の持つ、破壊と再生の力。
幾条にも降り注ぐ光の柱は、触れた歪虚を瞬く間に塵へと変え、触れた味方の傷の一切を跡形もなく修復する。
「ふははははっ! ここからが仕切り直しだ!」
元気いっぱいになったデスドクロが、友軍と共にレメゲトンを運よく耐えきったシェオルを次々に各個撃破していく。
この段階での戦力バランスの好転は、結果として士気の向上にもつながっていた。
「そっち、中型が飛んだわ!」
「分かった!」
右へ左へ。
未悠の槍が素早い連撃でシェオルを追い詰める。
一方、知らせを受けた真は、空間に出現した中型の人型狂気へイェジド「レグルス」で飛び掛かる。
レグルスは馬乗りになって狂気を押し倒すと、その首元へ鋭い牙を突き立てた。
「これで――トドメだ!」
真の2本の剣が同時に狂気の身体に突き立つ。
「私、このままイグノラビムス側の友軍に合流するわ」
「分かった。防衛ラインの維持は私たちに任せて、抜けた歪虚を追ってくれ」
未悠は真の返事に頷いて、やや苦戦する後方の友軍部隊へとペガサス「ユノ」と共に合流を目指す。
「状況が状況なので、私も少し無理をする。いざという時はこの命、預ける」
「どーんとこい! 暗黒皇帝のこの器をもってすれば、1つや2つ、背負ってやるぜ!」
「期待しておくよ」
真は呼吸を整えると、ソウルトーチをその身にまとう。
シェオルを中心に歪虚の注意が一斉に彼へと引きつけられると、デスドクロの構えるガトリングの銃口が怪しく光る。
「どこからでも掛かってきな……まとめて相手してやるぜ!」
銃弾の大盤振る舞いは、その言動のスケールにも相まって豪快そのものだった。
次第に敵影が薄れていく戦場を、ハンターと友軍の一団が駆け抜ける。
時を置いて作戦行動を開始したベルゼブル攻略の面々だ。
彼らはこの戦場の歪虚には一切の目もくれず、戦域の奥を目指す。
「さて……イグノラビムスでなく、こっちが仕掛けてくるとはね。備えた通りにははいかないものだ」
「なーに達観した気になってんだよ。あるモンで何とかするしかねぇんだからな」
ため息まじりにぼやいたフワに、ラスティが呆れ気味に答えた。
部隊を送り出すことには成功したが、この戦場でやるべきことを終えたわけではない。
ラスティのヘビーガトリングが駆け抜けてくるラプラスへ弾幕の嵐を放つ。
「待ち伏せしてるところに追い込んだら、挟み撃ちになるよなぁ!」
エルギンがイェジドの脚で真っ先に戦場へ追いつくと、ラプラスの背後からもガトリングを掃射する。
前後を弾幕に挟まれ、流石のラプラスも剣で身構えつつ足を止める。
『ふむ。壁の次は波状攻撃か……やはり、侮るものではないな』
弾幕に耐えながら、それでも一歩ずつ歩みを進めようとするラプラス。
その間にフワがダブルキャストで2つのファイアボールを練り上げると、マッシュが釘を刺すように口を開く。
「魔法はあの盾で返されるようですがねぇ?」
「ソードブレイカーがまだ効いているのなら、今こそが好機だとボクは思うけどね」
「なるほど」
弾幕に対してラプラスは盾を使わない。
いや、使えないままということなのだろう。
フワは膨れ上がった火球の狙いを定める。
「イクシードチャージ……外すなよ!」
すかさずラスティが解放錬成でアシストを行う。
さらに輝きを増した火球は、ラプラスの頭上で弾けた。
「さぁて……私もお仕事にまいりますよぉ」
爆炎が晴れていく中、マッシュは自らの剣に魔法の力を纏わせてラプラスへと切りかかる。
彼女は剣で受け流すと、そのまま彼を飛び越えて先を急ごうとした。
だがラスティのガトリングがその行く手を阻んでいると、やがて後続のラプラス対応班が戦場へと合流した。
そんな中、黒い火の粉が舞う戦場ではイグノラビムスに対する必死の包囲戦が続いていた。
人数を抑えつつ包囲と待機を切り替える戦術は、回復役のハンターの存在もあって安定した展開を見せている。
イグノラビムスの強烈な体当たりを受けて、弾かれたように後ずさるグリーヴ。
頑丈な鎧の上からでも骨身にしみる衝撃。
すかさずドリフト走行で滑り寄ったクローディオが、ヒーリングスキルをかける。
「まだ音を上げる時間ではないぞ、ジャック」
「当然だ」
入れ違いに飛び出した誠一が手裏剣を乱れ撃つ。
的確にイグノラビムスが纏う黒炎の約半分をかき消すと、狙いすました茜の拳銃が雷の弾を放った。
銃弾は炎の鎧が消えた腕を貫き、雷撃で敵を包み込む。
イグノラビムスは手足のしびれをもろともせず駆け出したものの、ダメージだけは着実に蓄積され続けている。
「本当にしぶといですわ……」
暴れ続けるイグノラビムスを前に、金鹿は呆れたように言う。
傷だらけではあっても、その動きを見れば体力的にはまだまだ余裕しゃくしゃくに見える。
強力なスキルを出しあぐねるラプラス側と同じように、少人数の回転では抑え込みは可能でも勝敗を左右する決定打には欠けている印象だった。
「分裂されれば手に追えず、単体のままでは本来のタフさで立ちはだかる……今回のように時間稼ぎなら、これが正解なのでしょうが」
誠一は新たな手裏剣を取り出しながら、静かに語った。
アタッカーの引き立て役であると割り切った彼だからこそ、このままでは負ける事はなくても勝つこともできないと理解できた。
いや、やがてハンター達のスキルがすべて尽きることを考えれば、千日手もまた存在しない。
おそらくここまでやってきたことに間違いはない。
間違いはないのだが、決定的な勝機がまだ足りないのだ。
新たな炎が発生される前に金鹿が黒曜封印を敵へ施す。
イグノラビムスの鋭い瞳が「人間」である彼女の方へ向くと、茜のオートソルジャーが守護するように間に割って入る。
「クソ犬……てめえぇが何にイラついてんのかは結局分からねぇよ。けどよ、分からねぇからって理解すんのを諦めるしかねぇってのが俺は大っ嫌いなんだ。てめぇの憤怒はどこにあんだよ! 答えろやクソ犬ッ!!」
グリーヴが最後となる「節制」の輝きを身に纏いながら吠えた。
そのイラつきは自分に対してのもの。
これだけの憎悪を肌で感じながら、その理由を理解できない愚鈍な自分への戒め。
青龍翔咬波でイグノラビムスを打つ万歳丸も、不敵な笑みで奥歯をかみしめて言い放つ。
「てめぇの声で聞かせろや! じゃねぇと、誰もお前の生きざまを知らねェままだぜ、犬!」
イグノラビムスは突き出された彼の拳を、右腕で掴むように受け止める。
残った炎の鎧が、放たれたマテリアルの衝撃波ではじけ飛ぶ。
全身の荒々しい毛並みが白日のもとにさらされる中、イグノラビムスのどこか静けさを感じる青い瞳が、万歳丸を見た。
――人間ニ、救わレる価値などないのダ。
腹の底に響いた、唸り声のようにくぐもった声。
イグノラビムスの小刀ような牙が、純粋なまでに研ぎ澄まされた怒りの感情で剥きだされた。
「さ?、あたしの歌を聴け?っ☆」
ピアレーチェの歌声が、祈りを伴うレクイエムとなって小型狂気の群れを縛り付ける。
「スピルガ、蹴散らせ!」
そこへ、神火のリーリー「スピルガ」が怒涛のチャージで蹴散らしていく。
スピルガは神火を背に乗せ、そのまま先行するラプラスへと追いすがった。
「このデッキにジャルガはあと2枚……頼む、届いてくれ!」
ガントレットにカードをセットし、赤熱の蛇を召喚する。
普段よりも多くのカードをリリースし、ポテンシャルを最大まで高めたジャルガが地面からずるりと飛び出すとラプラスの脚へと飛びかかった。
縄のように絡みつく蛇にラプラスの歩みがついに止まる。
「行かせるかよ!!」
エルギンのガトリング掃射がラプラスの横っ面を襲った。
彼女は盾を構えて弾幕をやり過ごすと、ルベーノから吸収した青龍翔咬波を手の甲に現れた“口”から放つ。
ジャックを乗せるイェジド「フォーコ」が、大きく飛びのいてそれを回避した。
「ラプラスはソードブレイカーを吸収してやがる! 下手に攻撃を受け止めるんじゃねぇぞ!」
「もとからそのつもりだ……!」
コーネリアは床を滑るようにして位置取りを決めると、ライフルの引き金を引いた。
ため込まれたマテリアルが放出され、ラプラスの脇腹に冷気弾が鋭く突き刺さる。
『あなたたちは騎士というにはあまりにかけ離れた存在……その信念とは、忠義とは、誰かを守るためのものではないのですか?』
ティアンシェの澄んだ歌声がラプラスへと語りかけるように響いた。
『私はもとより器として生み出された。そこに信念も忠義もなく、ただ生があるのみだ。だからこそ多くを学び、理解したいのだ。私という存在の意義を』
「意義などというものは、後の世に残ったもの――勝利し、生き残った者が、歴史という枠の中で定めるものだ」
感情に乏しい声で答えたラプラスに、コーネリアがたしなめるように言い放つ。
『ならばそうしよう。勝利の中にこそ、私の意義があると言うのなら』
振り下ろされた剣が大地を砕く。
ギリギリのところで躱したコーネリアは、再び銃身にマテリアルの収束を続ける。
ラプラスの側面から友軍の銃撃が乱れ飛んだ。
狂気やシェオルの数が減って来たことで、対応部隊のいくつかがラプラスの対応へ回る余裕ができてきたのだ。
打ち上げられたワンダーフラッシュがラプラスのいる場所を矢印で指し示し、戦力が集中する。
『まだ足掻くか……人間』
少なくとも彼らが無視できるような存在でないことを、ラプラスもまた悟っていた。
黒炎の舞う戦場まではまだ遠い。
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