白い衣装に身を包み、既に身を清めてあるリムネラ（kz0018）の傍らには、幼い白龍のヘレもいる。しかしヘレはその儀式に向かうリムネラをじっと見つめ、ぱさぱさと小さく尾を振った。彼女の儀式の成功を祈っているようにも見えるその行為に、一瞬リムネラはどきりとするが、ヘレなりの応援なのだと心を奮い立たせると、ゆっくりと舞台に向かって歩き出した。 　周囲には昨年同様、聖なる炎を護るべき『炎番』が座り、更にそれらを遠巻きに眺めるようにして、多くのハンターたちが儀式の成功を固唾をのんで見守っている。 （ワタシも、がんばらナイと――） 　まだまだ少女の面影を残した『ガーディナ』リーダーは、小さく唾を飲み込んだ。 　既に儀式に使われる独特の香は周囲に充ち満ちており、それもまた彼女の心を引き締める。でも気負いすぎてはいけない。 　それはこれまでに彼女がハンターたちに教えてもらった、大切なことだった。

リムネラ

　 「……時がきたね」
　大巫女は、大霊堂の奥で静かに呟く。
　夜煌祭はマテリアルの高まりやすい満月に行なうのが通例だ。
　もっとも、今回はそう言ってもいられないのだが、大巫女はある一日を今回の夜煌祭と定めた。
　満月ほどではないがマテリアルの満ちやすい、赤い星の昇る日を――。

　 　静寂に広がる、清かなる音。
　しゃん、しゃん、しゃん。
　手首と足首に纏わせた鈴が、小気味の良い音を立てる。
　リムネラもまた、その音に合わせるようにして一歩、二歩と足を動かす。足元にはハンターたちが用意してくれたたくさんの花が敷き詰められていて、彼女の足取りを支えてくれていた。手に持った花を丁寧に振りかざす。それは一見剣舞をも想像させるが、動きは優雅かつ流麗で、益荒男のそれとは明らかに異なっていた。
　炎はあかあかと巫女たちを照らし出し、その舞踏の様は遠くからでも確認することが出来る。
　その動きは昨年のそれに負けず劣らず美しいもので、見物人たちからは思わずほう、とため息がこぼれた。
　そして、彼女らの口からこぼれ出でる、巫女たちに伝わる言の葉。
　月をたたえ、大地に感謝し、そして祖霊への感謝をも示す言葉。
　動きはだんだんと激しくなり、静かな空間に鈴の音と言の葉が染み渡っていく。
　巫女はやがて世界と一つになる感覚を得る。いわゆるトランス状態というやつで、巫女がこの状態までたどり着くと、このクリムゾンウェストの大精霊と呼ばれる存在のマテリアルを近くに感じることが出来るようになるのだ。
　全ての巫女が、儀式で大精霊のマテリアルと触れあう――それが、この浄化の儀式での最大のポイントだった。
　その域に達した巫女は、歌い踊ることによりその能力をさらに増幅することが出来る。
　大精霊のマテリアルを受け取り、その強大なマテリアルによって歪虚の持っていた負のエネルギーを正のマテリアルに変換することにより、浄化の儀式は完成されるのだ。
　今回の儀式は特に辺境全域にちりばめられた負のマテリアルを浄化する為に行なわれるものだ。そのためにも、ぜったいに失敗は許されない。

　 　そして、全ての巫女の心が、一つになる。

　 ●
　……気づけばリムネラは遠くに朝日をのぞんでいた。
　気づかぬうちに夜明けを迎えてしまっていたらしい。それだけ、この儀式にのめり込んでいたわけなのだろうが――胸の奥はほっこりと暖かかった。
　儀式が成功したのだと、直感が告げる。
　ヘレも近づいてきて、嬉しそうに頬にすり寄ってくれた。
「出来るコトは、やりました……ネ」
　リムネラは心地よい疲労感に包まれつつも、そう微笑んだ。
　……むろん、これで全ての問題が解決したわけではない。
　それでも、彼女はほっと胸をなで下ろす。
　憂いの一つは消えた。
　むろんまだ東方では強大な歪虚が蠢いていると聞いているし、辺境のビャラスグ山でもなにやら不穏な気配があるという。
　これからやることはまだたくさんある。あるけれど、今は笑っていよう。
　これからの、辺境の未来を笑って迎える為に。

　満天の星空が辺境の大地へ降り注ぎ、月の光が大地を照らす。
　ビャスラグ山の大霊堂は、多くの巫女が集って儀式の大詰めを迎えている。
「赤き大地に住まう精霊よ。
　この地に祝福と浄化を……！」
　大巫女が祈りを捧げた後、祭壇の前で手を大きく広げる。その後に続いて巫女達が地面に額を付けて祈りを捧げる。
　清めた水を地面に振りまき、枝を炎に投げ込む。
　沸き立つ煙は大霊堂の天井を伝い、外への逃げ出して行く。
　 ここで――大巫女は、振り返る。
「……これで儀式は終わりだよ。あとは巫女達が舞を捧げて、飲んで騒ぐだけだね」
　先程まで緊張した面持ちの大巫女とは打って変わり、いつもの優しい笑顔の大巫女がいた。
　巫女達の尽力で辺境内で汚染されていた地域はかなり浄化された。まだ完全に浄化出来ていない地域も残っているが、それも後日浄化する予定もある。ドワーフの温泉で何か騒ぎもあったようだが、大事に至る事はなかった。

　すべてが無事に片づいた。
　それが大巫女の表情を緩めさせる。　

　大巫女の顔を見たで巫女達は安堵して、緊張の糸を緩める。
　そこへ大巫女の檄が飛ぶ。
「ほら、休んでいる暇はないよ。さっさと支度をおし！」
　座り込む巫女の尻を叩くかのように、大巫女は休む巫女達へ働くよう促す。
　慌ただしく動き出す巫女達とすれ違いながら、大巫女へ近付く一人の男。
「いやぁ、精が出ますねぇ」
　商業管理事務所『ゴルドゲイル』のノールド・セッテントリオーネだ。
　いつものように腰の低さを前面に押し出しての登場だが、大巫女の表情は硬い。
「なんだい。まだ儀式は終わった訳じゃないんだよ。
　それに、あんただって春郷祭があるんじゃないのかい？」
「いえいえ。ご依頼されていた夜煌祭会場へ食糧と酒をお届けしました。その報告です、はい」
　変わらぬ笑顔で大巫女に接するノールド。
　辺境の怠惰を押し返した事に成功した人類は、その勝利を祝して盛大な宴を催している。今頃、会場では各国の戦士やハンターを交えて飲めや歌えやの大騒ぎしているのではないだろうか。
「その報告ってぇのは建前だろ？　まったく、同盟商人って奴は。
　食糧や酒以外を売るとすれば武器かい？　だけど、それは部族会議に売り込むべきだろう。ここには無縁だよ」
　大巫女の指摘通り、ノールドが武器を売り込むのであれば東方の救援を行っている部族会議の方だ。既に現地にはバタルトゥ・オイマト(kz0023)やヨアキム(kz0011)らが現地へ乗り込んでいる。
　同盟本国でも東方救援へ動いている事を考えれば、ノールドの絡む余地は無いようだが……。
「いやー、実は気になってましてね」
「何がだい？」
「先日、鳴り響いた獣の声。
　あれ、辺境中に響きましたよね。びっくりして椅子から転げ落ちちゃいましたよ」
「…………」
　獣の声。

その正体についてファリフ・スコール(kz0009)が調査を続けているが、その話を聞きつけたノールドが備えと称して大霊堂に武具を売りつけようというだろう。 「この辺境でも何か始まるのでしょう？　隠し事なんて水臭いですよ」 「別に隠すつもりはないさ。 　あんだけの声なんだ。辺境中に響いているからね。あれに関しちゃ、詳しいことは分かってないよ。でも、何かが起こるって予想は間違ってないだろうね」 「そうですか。で、早速ですが……」 「あ、この大霊堂に武具は要らないよ。部族会議の戦士が守ってくれるからね」 「えぇー」 　残念そうな顔を浮かべるノールド。 　だが、それも一瞬。 　早々に気持ちを切り替えて大巫女へ迫る。

ファリフ・スコール

「大霊堂にはいらない。つまり、この辺境にはまだまだ武器は必要って事ですよね？」
「そうだね。ファリフか死に損ないのシバ(kz0048)にでも売り込むんだね。
　暗雲って奴は東だけじゃない。
　――北にも渦巻いているようだからね」
　こうしている今も、各地で歪虚が蠢いている。
　歪虚がいる限り、人類は警戒して備えを怠ることはできない。怠惰を押し返しただけでは、戦いの雨は降り止まない。
「……だけど、今日ぐらいはあの子達を休ませてやりたいねぇ。
　昔のように気持ちよく、さ」
　大巫女の目には、夜煌会の炎が写っていた。
　あの炎がある場所では、戦いを忘れて一時でも歪虚が現れる前のように人々が宴を楽しんでいる。
　今は、羽を伸ばすと良い。
　明日からの――壮絶な戦いに備えて。

（執筆：村井朋靖）
（文責：株式会社フロンティアワークス）