ゲスト
(ka0000)
【哀像】赤き血潮の啼泣 「アルゴスの装甲剥がし」リプレイ


作戦1:アルゴスの装甲剥がし リプレイ
- 榊 兵庫(ka0010)
- ヒース・R・ウォーカー(ka0145)
- 南條 真水(ka2377)
- エルバッハ・リオン(ka2434)
- ウィザード(R7エクスシア)(ka2434unit003)
- セレン・コウヅキ(ka0153)
- マリエル(ka0116)
- 劉 厳靖(ka4574)
- イズン・コスロヴァ(kz0144)
- 近衛 惣助(ka0510)
- 真改(魔導型ドミニオン)(ka0510unit002)
- 星野 ハナ(ka5852)
- 門垣 源一郎(ka6320)
- 魔導型デュミナス(門垣機)(魔導型デュミナス)(ka6320unit001)
- フォークス(ka0570)
- R7エクスシア(ka0570unit003)
- ヴィルマ・ネーベル(ka2549)
- ヴェルター(イェジド)(ka2549unit001)
- フレデリク・リンドバーグ(ka2490)
- 高瀬 未悠(ka3199)
- エリオ・アスコリ(ka5928)
- 神楽(ka2032)
- Holmes(ka3813)
- Василий(イェジド)(ka3813unit001)
- 紅薔薇(ka4766)
- 夜桜 奏音(ka5754)
- ロニ・カルディス(ka0551)
- ボルディア・コンフラムス(ka0796)
- クレール・ディンセルフ(ka0586)
- ヤタガラス(魔導アーマー「ヘイムダル」)(ka0586unit001)
- 央崎 枢(ka5153)
- ウォルフ・ライエ(魔導型ドミニオン)(ka5153unit002)
- ウィンス・デイランダール(ka0039)
●一斉咆哮
遠くの空に浮かぶ黒点の群れ、泡立ち始める海。
空の影は報告にスツーカ型と呼ばれる剣機であることは間違いない。
程なく他の剣機たちも上陸してくるだろう。
「……さて、どこまで出来るかわからないが最善を尽くすこととしよう」
トランシーバーの電源を入れ、カノン砲を構える榊 兵庫(ka0010)、照準は未だ海中の奥であるが、白波を生み出すそこに目標が居ることはわかっていた。
「戦場ではやるべき事をやる。ただそれだけだから、ねぇ」
トランシーバーから聴こえてきた榊の言葉に、応じたのかそれとも独り言か、あるいは言い聞かせるかのように、ヒース・R・ウォーカー(ka0145)は言葉を漏らす。
そこに思うのは同じ戦場にいる恋人のことである。
背中を預け、共に戦う仲間でもある彼女――南條 真水(ka2377)はいま、ウェスペルの肩にのって同じ場所を見ていた。
「巨大ロボはロマンだよなぁ――ゾンビでさえなければ」
弓を構え、矢筒から引き抜いた矢を番える。
生きて帰る、そのためにも――あれは倒さなければならない。
「さて、いい加減、剣機にも退場してもらいましょうか」
CAM用の巨大なアサルトライフルが火を噴くべく待機する。
「剣機も種類が雑多なのは知っていますが、これは規格外ですね……」
波間から姿を表し始めたアルゴス、その姿。
エルバッハ・リオン(ka2434)の言葉にうなずきつつも、セレン・コウヅキ(ka0153)はその巨体に驚きを隠せずに居た。
巨体さだけならばかつて居たバテンカイトス型など、アルゴスを上回るものはあった。
だが、それを前置いてもなお……というべき異形である。
アルゴスはゆっくりと、けれどまっすぐに、マリエル(ka0116)と劉 厳靖(ka4574)が護るイズン・コスロヴァ (kz0144)と部下、そしてペレットを載せたトラック目掛けて進んでいる。
「もうこれ以上……この件で死者は出したくありません!」
相棒のセリリに乗り周囲を警戒するマリエル、そして厳靖の二人は負のマテリアルが強くなる気配を感じていた。
ギリギリだと感じ合図を送る。
「アクセル全開、走らせろ!」
合図を受け取ったイズンの指示に合わせて、運転手を務める部下がアクセルを思い切り踏み込む。
激しくタイヤが空転し大地を引き裂くかのような音が響き、そしてトラックは弾けるように倉庫街を駆け抜け始める。
それが最後の引き金となって、アルゴスの一歩が大きくなり海面がうねりを上げた。
大鴉が、スツーカ型が大きく翼をはためかせ速度を上げる。
最初に聴こえた砲火は近衛 惣助(ka0510)のツインカノンから発せられたものだ。
「奴さんが目標地点に到着する前に装甲を剥がす、それが俺達の任務だ」
爆ぜた薬莢が地に落ちる、続けて引かれる引き金に放たれる二射目も狙いに吸い込まれるかのようにアルゴスの胸部装甲へと炸裂した。
「であれば、何としてでも完遂するさ」
目標、装甲破壊。
手段、問わず。
「標的確認、砲戦開始!」
三射目が大気を裂いた。
その砲撃に合わせるように、紫色の光が走る。
空を泳ぐ大鴉、そしてスツーカ型を巻き込んだそれはアルゴスの胸部装甲を激しく焼いて霧散する。
「貴方を生んだ屍体狂いが1番悪いですぅ。でもそれを理由に分かり合える関係にはなれないんですよぅ、私たちはぁ」
どこか歯がゆそうに、悔しそうに、一人言葉をもらしながら星野 ハナ(ka5852)は再び引き金を引く。
トランシーバーの通信から聞いている仲間は多いだろう、その誰もがそれぞれに抱えるものを持ってきている事も間違いない。
それらの想いをまとめて、ぶつけるのだ。
瞬間火力を重視した武器の選択はこの戦場においては決して間違いではない。
斉射のたびにエクスシアの足が後ろへと地面を削るのを抑え、ただ"そこ"をめがけて引き金を引くのだ。
終わらせるために。
激熱する銃身が空気を焼く。
狙いをさだめ、再び紫の閃光が空を裂いた。
「自身の欠片を求める怪物か」
コクピットで一人、トランシーバーから聞こえたハナの言葉に思いを巡らせるように言葉を泳がせる。
「すまんな。悪の根を見逃すわけにはいかん」
幼子が母を求めるような行動をするアルゴスに、門垣 源一郎(ka6320)は何を感じていたのだろうか。
すまんな、という言葉からそのすべてを汲み取ることはできない。
トランシーバー越しに聞いている仲間たちも、それぞれ思うところはあるのだろう。
倉庫街を走りゆくトラックと、それに並走する二人を視界の端に納め、アサルトライフルの照準を合わせる。
「こちら門垣機、砲戦を開始する!」
複数の場所から連続して行われる砲撃、それはその巨体の大きさもあり殆どが直撃し爆音を響かせる。
舞い上がる煙が風に晴れた時、そこにはほとんど変わりのない装甲が覗いていた。
「最強の剣機、とのたまうだけのことはあるか」
「壊れないっていうのなら、壊れるまでぶっ放すだけですぅ」
「規格外とは言え、壊れると言うのは判明しています。まだまだここからですよ、アルゴス」
三者三様、けれど変わらぬ自信。
続けて引き金を引こうとした彼らの目に映ったのは、アルゴスの肩に並ぶCAM砲が鎌首をもたげる瞬間であった。
●成長するモノ
響く轟音を、フォークス(ka0570)の展開する力場の影に隠れ伏せることでやり過ごした。
イェジドを含む三人はなかなかに窮屈であり、飛散した破片でいくらかの傷は負ったものの、戦闘の続行に支障はない。
「すまぬフォークス、助かったのじゃ!」
土煙から覗く青い髪、ヴィルマ・ネーベル(ka2549)の声は連絡経路が違うために聴こえなかったが、無事であることを確認してフォークスはカノン砲を構える。
今ひとつ効果的とはいい難い爆撃を繰り返しているスツーカ型、近いものから照準を合わせ引き金を引くものの、空を自在に飛び回る相手には命中率がやや落ちる。
数体を捉え空中で爆散させるも、次第に近接を許していった。
中には撃ち落とすに至らず落下に変わる個体もいた、無論それは当たり前の事で、全てが全て綺麗に撃ち落とせるわけではない。
そのために、それを補うべく仲間がいるのだ。
渦巻くように落ちてくるスツーカ型を、尾まで使って生み出した勢いを載せ鋭く振り抜かれた鋸が二つに引き裂く。
その一撃に腹部に生み出された爆弾が炸裂し衝撃を辺りにばらまき散る双頭竜、その反動にフレデリク・リンドバーグ(ka2490)の操作するヘイムダルが僅かに浮いた。
「直撃を受けたら魔導アーマーでも危ないかもしれませんね……皆さん、気をつけてください」
爆破に巻き込まれて倒壊したレンガ倉庫の一部を見ながら、次に狙いをつけ駆ける。
新たに鋸を振り下ろす先にいるエルトヌス型はその自慢の鎧で鋸を正面から受け止める、散る火花は激しく、それだけを見ればきれいな光景に映るかもしれない。
動きが止まったその一瞬を、横合いから殴りつけるように影が走る。
ルキに跨った高瀬 未悠(ka3199)のハルバードがエルトヌス型の鎧の継ぎ目を的確に穿ってみせたのだ。
イェジドの脚力という加速度の加わった一撃に体勢を崩したエルトヌス型、そこに回転駆動する鋸が容赦なく火花を散らす。
ぎしりと、刃が進み始めればもはや止めることは叶わず深々とえぐり地に伏せるまでに時間はかからない。
その背後で連続する銃声、エリオのライフルが立て続けに空へと弾丸を吐き出す。
背後に飛来するスツーカ型の羽がぼろぼろと散る、満足に飛べなくなるまで弾丸を叩き込んでやる、そう思っていたエリオだがそのスツーカ型の軌道にとっさに声を荒げた。
「まずは一体――高瀬さん跳んで!」
「ルキ!」
あらん限りに叫ぶようなエリオ・アスコリ(ka5928)の声にとっさに指示を出す。
意図を汲んだルキはその場から明後日の方向めがけて跳躍する、その直後、三人が集まっていた場所を吹き飛ばすように高空からの爆撃が襲い、回避が遅れたフレデリクが爆煙に包まれた。
慌てて離脱するところから無事なのは見て取れるがダメージは免れないだろう。
空へ意識を戻せば、爆撃を行ってきたと思われるスツーカ型が凍てついて墜落していた。
隣へと跳んでくるすみれ色の毛並み、ヴィルマのアイスボルトにより機動性を失い墜落したのだろう。
すかさずとどめを刺しに走る三人によりこれもまた塵へと帰っていく。
ずずん、と巨体が足をすすめる音が響く。
アルゴスの姿が近づいてくる中、空に再び羽音が響く。
新たに現れたエルトヌス型二体に、エリオの目が鋭くなった。
「残念だけどお前の欲しいものはやれないよ!」
アルディートを駆りエリオが駆け出す、その隣を紫電が迸った。
ヴィルマのライトニングボルトが二体をまとめて焼く、そんな中――未悠は違和感を感じていた。
戦闘が始まりそれなりに時間が経つが、斥候たるゾンビにほとんど出会っていない。
そして、撃ち漏らして落下したであろう大鴉についても可能な限り屠ってきたはずである。
「なんじゃろうな、この違和感というか……」
明確にこれ、というわけではない。
だがヴィルマが感じる違和感を、エリオも感じ取っていた、未悠はより強くだ。
遠くの空にまた一匹、大鴉が落ちていく。
それに気がついて未悠はルキを走らせた、突然のことに若干送れてエリオとヴィルマが続く、その視線の先、堕ちゆく大鴉が地面すれすれで身を翻し飛行を再開した。
「……まさか、死んだふり!?」
驚愕しつつも逃さぬように飛ぶ大鴉を追いかける、ハルバードでそれを捉えようとした刹那――影がよぎった。
確実に大鴉を捉える瞬間、それは決定的な瞬間であったのだ。
――アルゴスにとって。
先ほどと同じようにエリオの叫ぶ声が聴こえた。
致命傷はかろうじて避ける結果となったけれど、スツーカ型の自爆特攻の直撃を受けた二人の傷は重く、崩れたレンガに半ば埋もれる形で身動きが取れなくなっていた。
最後の瞬間、エリオが横から体当りする形で直撃を避けてくれていなければ、命も危うかっただろう。
「高瀬さん……生きてる?」
「なんとか、ね……ありがとう、エリオ……」
「よかった……ギリギリ、間に合ったね」
血まみれの手でトランシーバーを探す、壊れていないのは僥倖だっただろう。
大鴉の疑死、そしてスツーカ型の爆撃方の変化……自爆まがいの攻撃、それらを伝え終えた途端体から力が抜けた。
定期的に響く足音が動いていく、求めるように、唯ひたすらに。
「壊しても奪っても望むものは手に入らないのに……アルゴスは人の業が生み出した哀しき巨像ね」
つぶやくような未悠の言葉はトランシーバーに拾われることもなく、聞いたものはエリオだけだった。
そんな二人の前にヴェルターに跨ったヴィルマが、焼けた機体のフレデリクが、そしてそれらをかばうように力場を展開するフォークスが布陣する。
「重要な情報だよ、成長速度早すぎじゃないかい? 最初は粗雑な爆撃だったってのに、言われてみりゃどんどん精度があがってる」
紙巻煙草を咥える口に思わず力がこもる。
「ゾンビが見当たらないのもその関係でしょうか……でも、どこへ?」
思考が巡るなか、未悠とエリオの二人へと近づこうとするエルトヌス型に紫電が走る。
全身を電光で焼かれぎこちない挙動となったエルトヌスが、その紫電の主へと向き直る。
「すまんが此処から先は行き止まりじゃ、通してやれんから覚悟することじゃな」
杖を構え、紫の毛皮にまたがり立ちはだかる青。その手から幾つかのポーションが二人に向かって投げられる。
ヴィルマの宣言を皮切りに、倒れた二人を守りながらの戦闘が再開された。
●トラップメイキング
時間は少し遡り、アルゴス上陸前の話。
神楽(ka2032)がうっかり第二編成班へと向かう中に居た時だ、Holmes(ka3813)にがっつり首を掴まれて引きずり出されたのである。
「うわあわわあ、Holmesさんなんすかなんすか!?」
「なんすかじゃない、君はこっち側のチームだろう」
「あ、あれ? 間違えてたっす?」
あははー、と笑う神楽に、Holmesはもう一度ガッツリ首を確保して引きずるのを再開したのだった。
イズンとの打ち合わせを済ませ、アルゴスが進行するであろうルートから罠の位置を調整した紅薔薇(ka4766)はその設置上にある不要なものを破壊して回っているいるところであった。
一部だけが崩れていれば不信に思われる、となれば複数を破壊して回らねばならない。
地図を頼りに位置を確認し、周りに他の仲間を巻き込まないように意識して術を行使する。
突如として現れた黒い薔薇の華、花弁一枚が散るごとに空間が断裂し破壊をもたらしていく。
どうせ後にはアルゴスが通り軒並み倒壊するだろうから結果を見れば変わりはしない事である。
「派手にいくっすね?」
がらがらと音をたてて崩れていく煉瓦倉庫の有様を見ながら、神楽が何処か楽しそうに声をかける。
実際の所、こんな風に豪快に建物を壊すことなどそうそうできない事である。
破壊の当事者である紅薔薇もそれを否定することはできそうになかった。
「作戦のためじゃからの……許せ」
今はここに居ない関係者に謝り、予定地を開けた場所に作り変える。
他にも数か所、偽装を施しに行く予定である。
その後ろではゴーレム達が深く穴を掘り出し始めていた。
穴を掘り終わったものから夜桜 奏音(ka5754)とゼフィールが隠蔽用の幕を広げ、イズンらの乗るトラックが通る場所だけはある程度しっかりした渡し板を神楽が配置していく。
掘り方も工夫が施されており、トラックだけならば通り抜けられるはずだが、うっかりイズン達が穴に落ちれば最悪の事態になりかねない。
慎重を期する必要があった。
帆船に使われる帆布は十分な大きさがあり、覆い隠すだけなら非常に都合がよく、奏音はゼフィールと一緒になって手際よくそれらを広げて穴を隠していく。
「うん、いい具合に隠せますね。ゼフィール、次はそちら側をお願いします!」
奏音の指示に従い帆布の端を咥えて広げられたところに、重しとして崩れた建物の煉瓦を積み上げて固定する。
地面と多少異なる様相ではあるが、似たような偽装を何箇所にも施すことでそれらを担保する。
その頭上で、じゃらりという重い音が響いた。
「上を通る、一応気をつけておいてくれ」
ロニ・カルディス(ka0551)からの着信にゼフィールとともに位置を変える奏音、その間に重く頑丈な鎖が建物越しにつながれていく。
極力高く、といってもおよそ五メートルほどの位置に張り巡らされるのは係留用の、錨に使われる頑丈な鎖だ。
かかって転倒するならばよし、避けて歩けば落とし穴という二段構えである。
固定に選んだ頑丈な柱さえも軋むような重量ではあるが、これならば強引に通ろうとした場合でもある程度の効果が期待できる。
一つでも多くの手段を用いて、決定的な好機を生み出すための策が一つ一つ組み上げられていくのだ。
「だんだん奴さんにおあつらえ向きの舞台になってきたっすね」
深く掘り返され地盤を弱めた落とし穴、そこへ誘導するための鎖を繋いだエリア、そして目下掘り出された土で構築されつつあるユノ(ka0806)の進路調整用の起伏である。
アルゴスもわざわざ歩きにくい所を通る家と言われればそうではないだろう、進路を微調整するために、これもロニの案である鎖と並んで積み上げられた布石の一つである。
一度しか無いチャンスのために、可能性を最大限拡張する。
また、掘り出された土を利用する意味でも、ユノの案は悪くないものであった。
そしてそこに至るまでの経路にはボルディア・コンフラムス(ka0796)がこれでもかと言うぐらいの布やシートを敷き詰めて回っていた。
踏んでも何も起こらない、落とし穴のためだけのカモフラージュである。
「狙い通りに大物がハマるといいんだけどな」
大量の布物を何度も何度も運び続けたせいで流石に疲労が見え始めたヴァーミリオンを撫でて労いながら、最後のひと踏ん張りを続ける。
アルゴスの接近を前に早くから始めたこともあり、倉庫街の多くは敷き詰められたシートや布類によって偽装が施されている。
かくて、落とし穴へとアルゴスを叩き込むための最大限の用意が整っていった。
●戦火は巡る
ざらりと出した拳銃弾から火薬を取り出す。
その手つきは慣れたもので、普段から扱い慣れているのだろうことが想像できた。
クレール・ディンセルフ(ka0586)にとって誤算があったとするなら、銀霊剣への火薬混合が上手くいかなかったことだろう。
液体の状態で内部に取り込ませるまではよかったものの、異物を排除しようとするのか混合状態を維持することができなかったのだ。
「むむ……これは予想外、仕方ない……いつもどおりにやるしか無いね」
「準備は問題無いか? 間もなく射程だぜ」
「若干予定外だけど問題ないよ、いつでもいける」
トランシーバー通じている央崎 枢(ka5153)との短いやり取り、準備時間は間もなく終わる。
きん、という澄んだ音と共に薄暗い操縦席に、煌めくコインが閃いた。
願を託すのはに枢とっての幸運のコイン、彼の意思に、願いに呼応するかのように、かすかな光を受け取って薄闇に輝く。
頂点に至り返って来るそれを受け止めて、祈るようにつぶやいた。
「God bless us……Go!」
戦闘開始を告げる砲火とともに、位置取りをしていたものたちが一斉に動き出す。
「対空砲用意! 照準……撃てぇっ!」
クレールの威勢のよい掛け声とともにヤタガラス裝備の対空砲が掃射される。
単調な軌道をとっていた大鴉数羽が羽だけ残して散る。
スツーカ型に対してならば相応であっても、大鴉相手には過剰火力がすぎるというものだ、直撃したら羽しか残らないぜ。
「しかし……不思議なものだね。アルゴス君がああしてペレット君を追いかけているのを見ると、どうにも心が痛む。ボクにはどうにも、物を欲しがる幼子のように見えて仕方がないんだ」
Holmesの言葉に顔をしかめつつ目の前の状況へと視線を向け直すウィンス・デイランダール(ka0039)。
その視線の先には土煙を上げて爆走するペレットを載せたトラックと、それを真っ直ぐに、愚直に追いかける巨体の姿がある。
「何だかよく分かんねーがな……」
目の前の状況にがりがりと頭を掻きながら呆れたように口にする。
「要するにこういう事だろ。『目の前にいんのは腐れ歪虚だ』。それで十分だ」
そう自身の中で決定づけて、身の丈の三倍ほどもある大槍を構えた。
「……まあ、そうかもしれないね」
ウィンスの言葉にHolmesは少し複雑そうに視線を向ける。
こちらの獲物も身の丈以上の大鎌だ。
共にイェジドに騎乗して、周りの攻撃に合わせて互いタイミングをはかる。
「行くぜHolmes!」
「了解だ」
その言葉にヴァシーリーとウィンスのイェジドが地を蹴り飛び出す。
倉庫の壁を駆け空を跳び交錯するように見を入れ替えながら、邪魔をするゾンビを槍が薙ぐ、黒曜石の瞳が睨んで空高く跳躍すれば、その咆哮によって自由を奪った双頭龍が落下する。
「もはや二度と、空は飛ばせんよ」
ヴァシーリーの脚力から生み出された速度、それに付随する遠心力、そして獲物の重量が折り重なった一撃はスツーカ型の翼を二枚とも切り離して余りある。
空を望めなくなった者の定めは墜落以外にあり得はしない。
落下地点が炸裂し爆煙が狼煙の如く舞い上がる。
更に駆ける二人の前に、二体のエルトヌスがその身を表す。
駆けるままに武器を走らせるが流石に硬い、足を止めるかと思った刹那援護射撃が振り返ろうとしたエルトヌス型の側面を直撃する。
枢の銃による連続攻撃は対象の判断を悩ませるに相応の威力を持っていた。
ブレードを抜きスラスターを起動させて迫りくる枢、そちらを脅威と見たのか向き直る二体。
待っていたのはクレールの合図である。
この場において最も射程があり、砲火力のある彼女の援護は不可欠である。
「照準完了! ファイヤー!」
「justTiming!」
通信回線に聴こえた合図に枢の操るウォルフ・ライエが激しくその身を左右に揺らす、足場にされた煉瓦倉庫はその巨体を支えきれずに瓦礫と化すがそのアクロバティックな動きはどうしようもなくエルトヌス型の視線を引きつける。
その枢の軌道の隙間を穿つかのようにクレールの砲撃が閃く。
防御の薄い所を直撃したエルトヌスの体勢が大きく揺らぐ、そこへ頭頂から振り下ろされるように枢のブレードが差し込まれた。
●トラックは征く
まっすぐに接近するアルゴスから逃れるべくペダルをベタ踏みしたトラックが駆け抜けていく。
アルゴスが足を下ろす度にその振動で斜体が浮いて、その度に僅かに距離が縮まっていく。
速度としては同等といったところだろうか。
「さて、どうしたもんかねぇ!」
入ってくる魔導短電話からの断片的な情報に、魔導バイクを駆る厳靖は舌打ちする。
通話網がトランシーバーと魔導短電話でまちまちになっていたことで細切れとなった情報は、二人を半ば孤立させる要因となっていた。
「学習してるってのは、どんな具合かねぇ」
「あんまりいいことはなさそうですね……ところで厳靖さん、さっきからおかしくないですか?」
「あー、気づいてる気づいてる。スツーカ型がちっともこねぇな」
時折大きくバイクが崩れた煉瓦に乗り上げ跳ねる、マリエルのセリリはその辺を軽いジャンプで飛び越えている具合だ。
爆撃により破壊された跡とおもわれるが、こちらを狙ってこないと言うのはどういうことか。
「学習の一端ってやつかね? 下手にスツーカ型でトラックを壊すとペレットが危ないって……」
「……だとすると、手段が限られてきますね」
どんな手段か――後ろから追いすがる?
全力で今はアルゴスが追ってきているではないか、だとしたら……。
嫌な予感を感じた厳靖がアクセルを吹き上げる、マリエルの指示にセリリがその走りを加速する。
トラックを追い上げて前へ出た――
行く先の建物、その影から現れた冒涜的な改造をされたゾンビたち、いずれもトラックめがけて飛び込むのを、厳靖の太刀が切り落とす。
バイクの速度を加味した斬撃は派手にゾンビを地に落とした。
だが、イズン達への凶刃はまだ終わらない。
物陰から投げられたスローイングダガーに気づいたのはマリエルだった。
生み出す障壁がそれを妨害しトラックに突き刺さることは防いだ、だがそこへ滑るように改造されたゾンビが姿を現す。
「疾影士……! セリリ!」
マリエルの声にぐっと力を溜め込んだセリリは力の限りの跳躍に任せて標的へと肉薄する。
背後からメイスの一撃を受けて派手に地面を転がったゾンビの体がもげて散った。
窮地はまだ終わらない、まだ三つの影が並走を続けていた。
「斥候の使い方を変えてきやがったか……イズン! ここは俺達が引き受ける、突っ走れ!」
「了解した、操縦士! アクセルを全開にしろ!」
「さっきからベタ踏みですよ!」
「ベタ踏みなど生ぬるい、踏み抜く気概でいけ!」
「無茶言わんてください!」
そんなやり取りがトラックのエンジン音に消えていく。
「さて、お前らの相手は俺たちだ、トラックを追わせは……」
現れるエルトヌス型、二体。
更に空に羽ばたく音が二つ。
「……トラックが離れたからって、大盤振る舞いですね」
多勢に無勢のこの状況で、罠を露見させないためには足止めは必須。
「長期戦なら任せてください、何度でも立ち上がらせてみせます」
「へっ……頼もしいねぇ、行くぜマリエル!」
●巨人が堕ちた日
響く足音、歩む巨人、アルゴスを先導するかのようにペレットを載せたイズンの指揮するトラックが駆け抜けていく。
「ここをまっすぐ通るっす!」
「了解した! 操縦手! 全速前進だ!」
神楽の指示にイズンが檄を飛ばす。アクセルは限界まで酷使されっぱなしである。
山なりになった丘を越え、揺れる渡し板を走り、彫り抜かれた穴の横を土煙を上げて。
その巨躯を目印に、ハンターたちが集結しつつあった。
目的は未だ達成できておらず、正念場はここからである。
しかし、この段階に至るまでにアルゴスは様々なことを学習してきた。
大鴉を撃ち落とされぬように飛ばし、スツーカ型の爆撃の使い方すらも変化させ、刻一刻と成長を遂げているのである。
剣機博士の最高傑作、最強の剣機という肩書は伊達ではないということを戦場にいる誰もが感じていた。
このまま進ませれば取り返しの付かないことになる。
この戦場において最大の仕掛けは間もなく、それを見て奏音は符を展開する。
落とし穴の底に仕込んだ術式は最大の好機を手に入れ、そしてそれを少しでも多く確保するためのものである。
巻き込まれぬよう、仕掛けた後に距離を取り、そしてその決定的瞬間のために待機する。
やがて仕掛けたその場所で、アルゴスはその身を大きく沈めた。
「屍体狂いに会ったのに、起動前に貴方を眠りにつかせられなかったのが私達の失敗でしたぁ……だから今度こそ貴方を止めますぅ……行きますよぅ、R7!」
好機とばかりに飛び出すハンター達、アルゴスの膝裏をめがけ幾重もの攻撃が殺到した。
「私は全てが愛おしい 故に全てを捧げよう さあ、森の悪魔、魔弾の主よ。どうか私と契約を」
吹き荒れる氷刃がアルゴスの両足を貫き凝結させる、かしいだ巨体がぎしりと軋んだ。
バランスの崩れた足に向かって更に突撃するものがある、ユノのゴーレムだ。
その巨体を用いての突撃に巨体が揺らいでゆく、更には稲妻が迸った。
「それ以上進ませるつもりはないのじゃ、ここで朽ちてもらおう!」
青と紫の色彩、ヴィルマが唱えた魔法が更にアルゴスの姿勢を奪う。
集中攻撃はまだとどまる所を知らない。
駆け込んできた影は紫だけではなかった。
スツーカ型の直撃を受け満身創痍であった未悠とエリオ、かろうじて力を残していたルキとアルディートを頼りに駆けた二人の攻撃が更にアルゴスの膝裏を直撃する。
「諦めが悪い血筋でね。……ここで尻尾巻いて逃げるわけにはいかないんだ」
「絶対に諦めないわよ、這いつくばってでもお前達を止めてみせるわ!」
だが、それらの集中攻撃を浴びてなお、アルゴスの巨躯は傾ぐにとどまっていた。
それが剣機としての性能ゆえなのか、あるいは今までの行軍による学習に寄るものなのかはわからない、残る最後のひと押しは――あった。
「しぶとい奴じゃのぅ、じゃが……ダメ押しはまだ残っておるぞ、耐えられるかの?」
戦場を埋め尽くすような蒼い薔薇、それはアルゴスの両足を狙い広げられた。
散る花弁ごとに空間が寸断され、その足の半分ほどをも寸断してみせる。
切断されるわけでもなく、断面はぐずぐずと解けてつながり癒着を始めるが、その瞬間だけは重心がずれる、そこへ最後の鉄槌が下された。
「――白!」
紅薔薇の意思に応えるかのように白のエンジンが火を吹いた。
過剰出力による力場を生み出したゴーレムが激しい雄叫びを上げて疾駆する。
崩れた倉庫を足場に、傾斜を登り勢い任せにアルゴスの巨体めがけて飛び立った瞬間、白は確かに空を飛んだ。
勢いのままに激突する巨体。
その衝撃はどれほどかなど、アルゴスが知っているものか。
未知の攻撃に、アルゴスは致命的なまでに未熟であった。
かしいだ巨体が、体を支えようとする手が滑り地に伏せる。
かろうじて片腕で状態を支えるものの、今この瞬間、アルゴスはその身を横たえ決定的な隙を晒したのだ。
その瞬間を、ボルディアは見逃さず拡声機を掲げてあらん限りの声で叫ぶ。
この戦場にいる誰もに届く雄叫びを、誰もが理解る鬨の声を、この好機を――逃すなと。
合わせて叫ぶヴァーミリオンの雄叫びが、呼応しこだまし、高らかに合図を告げる。
そこから先の出来事は一つの波のようだった。
●一気呵成
沈み込んだ足を抜こうと身をよじる、だが抜けない。
当然である。
「無駄ですよ、そう簡単に私の術式を敗れると思わないことです」
軽い合図を読み取ってゼフィールが意図どおりに駆ける。
周囲に閃光をまとってするりと伏せた上半身へと身をおどらせる。
取り出されたる符は三枚、燃えて破れて弾けて散る。
空気が震えるだけのような声とも音ともつかぬもの。
それがアルゴスと相対するすべてのものへ届けられたものだった。
その場に居た誰もが、それがアルゴスの声もなくあげる声なのだと感じていた。
底冷えするように低く悲しく、空気をうならせるだけで意味はなく、己の欠片を求めてやまぬだけの、哀れに哀れにさまようだけの、未完で未熟なツクリモノ。
「すまんがのう、泣いても、鳴いても、こればかりは譲れぬのじゃ」
ばらりとアルゴスを埋めるように現れる、純白の巨大な薔薇。
「ケケケ、かかったっす?! 皆攻撃っす!」
幾つもの幻影の手に抑え込まれ、光る楔を打ち込まれ、起き上がることもできぬ間の総攻撃はいつ終わるともしれず、苛烈さはとどまる所を知らない。
「その装甲、剥がさせてもらうぞ!」
ロニの操る清廉号が突き立てるドリルが激しく火花を開けてアルゴスの装甲へと打ち込まれその装甲に穴を穿ち歪めていく。
ひび割れた所をめがけて執拗に打ち込まれる電撃は容赦なく体内を焼いた。
もがき暴れようとするアルゴスであったが、幾重にも押さえ込む手になかなか抗する事ができずに居た。
巨大なハルバードを突き立てたのはクレールの操縦するヤタガラス、深々と突き立ったそれはアルゴスの装甲を容赦なく穿つ。
それを確認してクレールは操縦席から身を躍らせた。
手にした霊銀剣がどろりと解けてアルゴスの装甲の罅から内部へと侵入する。
「これが! 浸透爆殺だぁっ!!」
アルゴスの装甲が弾けた、だが予想外の破壊の小規模さにクレールは内心で読み違えていたことを確信した。
この個体に――弾薬庫などない。
給弾経路も――ない。
どこの砲もが独立して稼働しているのだ。
最強の剣機というだけの事はある、だが、その破壊には意味があった。
後ろにはまだ仲間が続く、二つの影が飛び込んだ。
ウィンスが巧みに操る槍は、最大威力を一点に収束し続ける。
二度、三度、四度と同じ場所を、罅が入ればそれに沿って、何度となく執拗に、そこめがけて合わせるように大鎌が振り下ろされる。
Holmesの大鎌と威力の合わさった一撃に、がぎんと罅が大きく広がる。
「大詰めだよ、合わせて!」
「おうよ、任せろ!」
高く跳んだヴァシーリーの体重も合わせたHolmesの【廻】、そしてウィンスの突き出された槍から生まれる爆ぜた氷。
ばぎんと更に鎧が砕けた。
アルゴスが前のめりに倒れ込み身動きが取れなくなっているタイミングで、その体を縦横無尽に駆け抜ける影があった。
枢の駆るウォルフ・ライエがその機動性を存分に発揮し死角から攻撃できる場所を片端からブレードで裂いて回っているのだ。
その速さは疾影士ならではのものと言えるだろう。
「アルゴスにとって俺らは蜂みたいなものだろーがさ、本気出した蜂には野生のゾウさえ敵わない」
操縦席でにやりと笑って走らせる、疾走らせる、その視界ががら空きの胸部を捉えた。
「迂闊に蜂の巣に近づくと――怪我すんぜ!!」
そんな枢に逸れた意識の向こう側で、奏音がアルゴスの巨体の上へと降り立っていた。
スラリと抜かれた魔導符剣に抜き放ったカードを納め内部機構を駆動させる。
すでにあちこち鎧のひび割れたアルゴス、そんな有様だから剣を突き立てる場所には困らない。渾身の力を込めての一撃がずぶりと体内に侵入する。
その巨体から考えればささやかな一撃――だが。
「弱点を体内に送り込まれるのはどうですか」
体内に直接叩きこまれた風雷の一撃により無視できぬものになる。
怨嗟の叫びか、空気が重々しく震え続けた。
倒れたアルゴスに総攻撃を咥える傍らで、その仲間たちが攻撃に集中できるよう、残るエルトヌス型相手に鋸を振り回し応戦するフレデリク。
強固なタイプだけあって押し切ることもできない、機体はすでに傷だらけで尾は途中からちぎれて火花を上げていた。
戦闘中、積み上げた情報を集積するかのように動きが更新されるかのように変わり続け、最初の頃の優勢は覆りつつある。
「オーケーだフレデリク、そのままガッツリ組み合いな!」
「了解です! フォークスさん、派手にお願いします!」
「任せなぁ!」
ばちばちばち、と激しく鋸が火花を散らす。
ガッチリと正面から組み合った、それはフォークスにとって絶好の射線であった。
収束した紫色のぶっとい光線がフレデリクを掠めて、エルトヌス型を食いちぎる、その射線の先に居た二匹目の左上半身が、そしてその先のスツーカ型の腹部にでかい穴が空いた。
「やれやれ、我の仕事のは食い残しの処理とはの」
左上半身が消し飛ばされたエルトヌス型はそれでも動きを止めていない、それの射程へと駆け込んだヴィルマは素早く詠唱を終えてその断面めがけて氷の矢を突き立てる。
分厚い防御のための装甲が削り飛ばされた今、防御力など何の意味もなさないそれは、彼女の魔法の威力をダイレクトに受けていともたやすく崩れ落ちた。
「ばかいえ、ヴィルマ。お前の魔法を当て込んでなきゃ的は二体に絞ってたさ。いーい戦果だぜ? こちら先行部隊、ターゲットは罠に嵌った、派手な祭の最中だ。エルトヌス撃墜二、スツーカ撃墜一追加!」
トランシーバーからの景気のいい撃墜報告に、向こう側が沸くのがわかった。
一機でも多く落とす。
フォークスは新しい紙巻き煙草を咥えて、ヴィルマとフレデリクとともに次へと向かうのだった。
振り上げられたプラズマカッターが激しく火花を上げる。
倒れ伏したアルゴスの装甲の一部を剥ぎ取るために、溶接点と思われるところに刃をアテているわけだが、門垣にはどうにもその感触に違和感を感じざるを得なかった。
弱い溶接面を切断しているはずであるのに、思うように切断の進行が進まない。
そうしてやがて気づくのだ、それが"溶接"されたものではないことに。
「こちら門垣、アルゴスの装甲。溶接とは別の代物らしい。つなぎがおかしい」
ギシギシと軋む刃をめり込ませる、だが溶接部は衝撃を吸収でもしているかのようにで、金属に刃を通しているという感じがしない。
「この巨体だ、溶接じゃ無理なのかもしれないな。まあ、なら直接ぶち壊してやるだけのことだな」
通信から帰ってきた声は榊のものだった。
少し距離をとっていた場所から一気に距離を詰めての一撃がアルゴスの身に突き立つ。弾けた装甲がバラバラと散る中で立て続けに連続して攻撃を繰り返す、一手でも多く、一枚でも多く!
だが、集中して攻撃できる時間もそう長くはもたなかった。
幻影の手で押さえつけられ、光の杭で繋ぎ止められ、足を絡め取られてなお、それらの状況を理解したアルゴスは嗚咽を漏らす。
――ごう、とマテリアルが軋みを上げる。
突然現れたその本流に、周囲に居たハンターたちの力が急速に奪われていく。
まずいと思って離脱しようにも暴れる前に予備動作なく行われたその行動に対処は遅れる。
連絡網が不統一であったこともそれに拍車をかけたかもしれない。
アルゴスにとってはただもがいただけなのかもしれない、だがそれは今まで攻撃に集中していたハンターたちの情勢を一気に覆すものであった。
押さえ込みが途切れたアルゴスがその身を再び立ち上がらせる。
――なんで、邪魔をするんだ。
その姿はそんなことを言っているかのように見えた。
無作為に振り上げられた手が煉瓦倉庫を薙ぐ。
崩れた煉瓦が礫のごとく飛散する、イェジドに騎乗しているものたちにとっては回避の難しい一撃だった。
「狙撃よりもこちらの方が得意分野だから、ねぇ。踊るぞ、ウェスペル」
最寄りの取り巻きを盾にして攻撃を続けるヒースに、アルゴスはちらりと視線を向ける。
まとめて倒すことはもはや不可能だと、アルゴスはこの時理解したのかもしれない。
こいつらは障害だ、障害は薙ぎ払って進めばいい、薙ぎ払えないのなら、潰さないといけない。
エルトヌス型を盾にスナイパーライフルを用いて果敢に攻撃を続けるヒース、アルゴスと対象の位置にあり攻撃は届かないはずの位置、そこに居たヒースが、エルトヌス型と一緒に吹き飛んだのを見た時、ハンターたちはアルゴスの学習した答えに気づいた。
振り抜かれたアルゴスの巨腕、宙を舞うひしゃげたエルトヌス型と腕足があらぬ方向に曲がったウェスペル、それが放物線を描いて落下した。
――邪魔となった自らの取り巻きごと、障害を排除したのだ。
あまりの光景に一瞬思考が止まった真水であったが、あの状態で落下した機体はほうっておくとまずいとすぐに判断を切り替え踵を返す。
その途中、最後の一撃とばかりに限界まで増幅した術式を向けることだけは怠らない。
「成長、と呼べるんですか……これは!」
威嚇射撃を繰り返しなんとか戦闘時間を引き延ばそうとするセレンの叫びに
「自身の害にしかならないパーツは容赦なく切り捨てる……凄まじく合理的だと思いますぅ。普通はそんな判断しないとおもいますけどぉ」
ハナの術式により立ち上る光の奔流がアルゴスを焼く、これも果たしてどれだけ効果があるものか……。
それでも、立ち止まることは許されない。
「やるぞ真改、その為の俺達だ」
惣助の操る真改が彼我の距離を一瞬で詰める。
突き立ったその穂先が今か今かと炸裂する瞬間を待っている。
ゼロ距離――いや、突き立っているからマイナスかもしれない、その状態からのランスカノンの砲撃は威力を余すところなくアルゴスに炸裂させる。衝撃に機体が大きく離れるが、だが効果はあった。
「惣助さんも大胆ですね……さて、アルゴス。私達の弾切れまで、付き合ってもらいますよ?」
ある程度の距離を維持していたリオンとウィザードはこの戦場においては一番損害が少ないかもしれない、それゆえにコンスタントに攻撃を繰り返し続けていた。
再三放たれる砲の群れを力場でなんとかやり過ごし、その度に炎と風を吹き荒らす。
「リオン、そろそろ作戦移行ポイントだ、距離を取れ!」
「了解です、でもその前に……最後のお土産です!」
ジェネレーターが軋みを上げる、限界以上に絞り出されたマテリアルが奔流となって吹き荒れる。
この戦場で何度目となるかわからない紫色の閃光が、吸い込まれるようにアルゴスに炸裂した。
壊れた鎧の隙間から、赤黒い皮膚が覗いていた。
けれどその歩みは止まらず、脇目もふらずただひたすら、アルゴスは一直線にペレットを目指す。
今、彼の者の歩みを邪魔するものはない。
なだらかな丘を、一歩、一歩。
そして空に、華が咲いた。
遠くの空に浮かぶ黒点の群れ、泡立ち始める海。
空の影は報告にスツーカ型と呼ばれる剣機であることは間違いない。
程なく他の剣機たちも上陸してくるだろう。
「……さて、どこまで出来るかわからないが最善を尽くすこととしよう」
トランシーバーの電源を入れ、カノン砲を構える榊 兵庫(ka0010)、照準は未だ海中の奥であるが、白波を生み出すそこに目標が居ることはわかっていた。
「戦場ではやるべき事をやる。ただそれだけだから、ねぇ」
トランシーバーから聴こえてきた榊の言葉に、応じたのかそれとも独り言か、あるいは言い聞かせるかのように、ヒース・R・ウォーカー(ka0145)は言葉を漏らす。
そこに思うのは同じ戦場にいる恋人のことである。
背中を預け、共に戦う仲間でもある彼女――南條 真水(ka2377)はいま、ウェスペルの肩にのって同じ場所を見ていた。
「巨大ロボはロマンだよなぁ――ゾンビでさえなければ」
弓を構え、矢筒から引き抜いた矢を番える。
生きて帰る、そのためにも――あれは倒さなければならない。
「さて、いい加減、剣機にも退場してもらいましょうか」
CAM用の巨大なアサルトライフルが火を噴くべく待機する。
「剣機も種類が雑多なのは知っていますが、これは規格外ですね……」
波間から姿を表し始めたアルゴス、その姿。
エルバッハ・リオン(ka2434)の言葉にうなずきつつも、セレン・コウヅキ(ka0153)はその巨体に驚きを隠せずに居た。
巨体さだけならばかつて居たバテンカイトス型など、アルゴスを上回るものはあった。
だが、それを前置いてもなお……というべき異形である。
アルゴスはゆっくりと、けれどまっすぐに、マリエル(ka0116)と劉 厳靖(ka4574)が護るイズン・コスロヴァ (kz0144)と部下、そしてペレットを載せたトラック目掛けて進んでいる。
「もうこれ以上……この件で死者は出したくありません!」
相棒のセリリに乗り周囲を警戒するマリエル、そして厳靖の二人は負のマテリアルが強くなる気配を感じていた。
ギリギリだと感じ合図を送る。
「アクセル全開、走らせろ!」
合図を受け取ったイズンの指示に合わせて、運転手を務める部下がアクセルを思い切り踏み込む。
激しくタイヤが空転し大地を引き裂くかのような音が響き、そしてトラックは弾けるように倉庫街を駆け抜け始める。
それが最後の引き金となって、アルゴスの一歩が大きくなり海面がうねりを上げた。
大鴉が、スツーカ型が大きく翼をはためかせ速度を上げる。
最初に聴こえた砲火は近衛 惣助(ka0510)のツインカノンから発せられたものだ。
「奴さんが目標地点に到着する前に装甲を剥がす、それが俺達の任務だ」
爆ぜた薬莢が地に落ちる、続けて引かれる引き金に放たれる二射目も狙いに吸い込まれるかのようにアルゴスの胸部装甲へと炸裂した。
「であれば、何としてでも完遂するさ」
目標、装甲破壊。
手段、問わず。
「標的確認、砲戦開始!」
三射目が大気を裂いた。
その砲撃に合わせるように、紫色の光が走る。
空を泳ぐ大鴉、そしてスツーカ型を巻き込んだそれはアルゴスの胸部装甲を激しく焼いて霧散する。
「貴方を生んだ屍体狂いが1番悪いですぅ。でもそれを理由に分かり合える関係にはなれないんですよぅ、私たちはぁ」
どこか歯がゆそうに、悔しそうに、一人言葉をもらしながら星野 ハナ(ka5852)は再び引き金を引く。
トランシーバーの通信から聞いている仲間は多いだろう、その誰もがそれぞれに抱えるものを持ってきている事も間違いない。
それらの想いをまとめて、ぶつけるのだ。
瞬間火力を重視した武器の選択はこの戦場においては決して間違いではない。
斉射のたびにエクスシアの足が後ろへと地面を削るのを抑え、ただ"そこ"をめがけて引き金を引くのだ。
終わらせるために。
激熱する銃身が空気を焼く。
狙いをさだめ、再び紫の閃光が空を裂いた。
「自身の欠片を求める怪物か」
コクピットで一人、トランシーバーから聞こえたハナの言葉に思いを巡らせるように言葉を泳がせる。
「すまんな。悪の根を見逃すわけにはいかん」
幼子が母を求めるような行動をするアルゴスに、門垣 源一郎(ka6320)は何を感じていたのだろうか。
すまんな、という言葉からそのすべてを汲み取ることはできない。
トランシーバー越しに聞いている仲間たちも、それぞれ思うところはあるのだろう。
倉庫街を走りゆくトラックと、それに並走する二人を視界の端に納め、アサルトライフルの照準を合わせる。
「こちら門垣機、砲戦を開始する!」
複数の場所から連続して行われる砲撃、それはその巨体の大きさもあり殆どが直撃し爆音を響かせる。
舞い上がる煙が風に晴れた時、そこにはほとんど変わりのない装甲が覗いていた。
「最強の剣機、とのたまうだけのことはあるか」
「壊れないっていうのなら、壊れるまでぶっ放すだけですぅ」
「規格外とは言え、壊れると言うのは判明しています。まだまだここからですよ、アルゴス」
三者三様、けれど変わらぬ自信。
続けて引き金を引こうとした彼らの目に映ったのは、アルゴスの肩に並ぶCAM砲が鎌首をもたげる瞬間であった。
●成長するモノ
響く轟音を、フォークス(ka0570)の展開する力場の影に隠れ伏せることでやり過ごした。
イェジドを含む三人はなかなかに窮屈であり、飛散した破片でいくらかの傷は負ったものの、戦闘の続行に支障はない。
「すまぬフォークス、助かったのじゃ!」
土煙から覗く青い髪、ヴィルマ・ネーベル(ka2549)の声は連絡経路が違うために聴こえなかったが、無事であることを確認してフォークスはカノン砲を構える。
今ひとつ効果的とはいい難い爆撃を繰り返しているスツーカ型、近いものから照準を合わせ引き金を引くものの、空を自在に飛び回る相手には命中率がやや落ちる。
数体を捉え空中で爆散させるも、次第に近接を許していった。
中には撃ち落とすに至らず落下に変わる個体もいた、無論それは当たり前の事で、全てが全て綺麗に撃ち落とせるわけではない。
そのために、それを補うべく仲間がいるのだ。
渦巻くように落ちてくるスツーカ型を、尾まで使って生み出した勢いを載せ鋭く振り抜かれた鋸が二つに引き裂く。
その一撃に腹部に生み出された爆弾が炸裂し衝撃を辺りにばらまき散る双頭竜、その反動にフレデリク・リンドバーグ(ka2490)の操作するヘイムダルが僅かに浮いた。
「直撃を受けたら魔導アーマーでも危ないかもしれませんね……皆さん、気をつけてください」
爆破に巻き込まれて倒壊したレンガ倉庫の一部を見ながら、次に狙いをつけ駆ける。
新たに鋸を振り下ろす先にいるエルトヌス型はその自慢の鎧で鋸を正面から受け止める、散る火花は激しく、それだけを見ればきれいな光景に映るかもしれない。
動きが止まったその一瞬を、横合いから殴りつけるように影が走る。
ルキに跨った高瀬 未悠(ka3199)のハルバードがエルトヌス型の鎧の継ぎ目を的確に穿ってみせたのだ。
イェジドの脚力という加速度の加わった一撃に体勢を崩したエルトヌス型、そこに回転駆動する鋸が容赦なく火花を散らす。
ぎしりと、刃が進み始めればもはや止めることは叶わず深々とえぐり地に伏せるまでに時間はかからない。
その背後で連続する銃声、エリオのライフルが立て続けに空へと弾丸を吐き出す。
背後に飛来するスツーカ型の羽がぼろぼろと散る、満足に飛べなくなるまで弾丸を叩き込んでやる、そう思っていたエリオだがそのスツーカ型の軌道にとっさに声を荒げた。
「まずは一体――高瀬さん跳んで!」
「ルキ!」
あらん限りに叫ぶようなエリオ・アスコリ(ka5928)の声にとっさに指示を出す。
意図を汲んだルキはその場から明後日の方向めがけて跳躍する、その直後、三人が集まっていた場所を吹き飛ばすように高空からの爆撃が襲い、回避が遅れたフレデリクが爆煙に包まれた。
慌てて離脱するところから無事なのは見て取れるがダメージは免れないだろう。
空へ意識を戻せば、爆撃を行ってきたと思われるスツーカ型が凍てついて墜落していた。
隣へと跳んでくるすみれ色の毛並み、ヴィルマのアイスボルトにより機動性を失い墜落したのだろう。
すかさずとどめを刺しに走る三人によりこれもまた塵へと帰っていく。
ずずん、と巨体が足をすすめる音が響く。
アルゴスの姿が近づいてくる中、空に再び羽音が響く。
新たに現れたエルトヌス型二体に、エリオの目が鋭くなった。
「残念だけどお前の欲しいものはやれないよ!」
アルディートを駆りエリオが駆け出す、その隣を紫電が迸った。
ヴィルマのライトニングボルトが二体をまとめて焼く、そんな中――未悠は違和感を感じていた。
戦闘が始まりそれなりに時間が経つが、斥候たるゾンビにほとんど出会っていない。
そして、撃ち漏らして落下したであろう大鴉についても可能な限り屠ってきたはずである。
「なんじゃろうな、この違和感というか……」
明確にこれ、というわけではない。
だがヴィルマが感じる違和感を、エリオも感じ取っていた、未悠はより強くだ。
遠くの空にまた一匹、大鴉が落ちていく。
それに気がついて未悠はルキを走らせた、突然のことに若干送れてエリオとヴィルマが続く、その視線の先、堕ちゆく大鴉が地面すれすれで身を翻し飛行を再開した。
「……まさか、死んだふり!?」
驚愕しつつも逃さぬように飛ぶ大鴉を追いかける、ハルバードでそれを捉えようとした刹那――影がよぎった。
確実に大鴉を捉える瞬間、それは決定的な瞬間であったのだ。
――アルゴスにとって。
先ほどと同じようにエリオの叫ぶ声が聴こえた。
致命傷はかろうじて避ける結果となったけれど、スツーカ型の自爆特攻の直撃を受けた二人の傷は重く、崩れたレンガに半ば埋もれる形で身動きが取れなくなっていた。
最後の瞬間、エリオが横から体当りする形で直撃を避けてくれていなければ、命も危うかっただろう。
「高瀬さん……生きてる?」
「なんとか、ね……ありがとう、エリオ……」
「よかった……ギリギリ、間に合ったね」
血まみれの手でトランシーバーを探す、壊れていないのは僥倖だっただろう。
大鴉の疑死、そしてスツーカ型の爆撃方の変化……自爆まがいの攻撃、それらを伝え終えた途端体から力が抜けた。
定期的に響く足音が動いていく、求めるように、唯ひたすらに。
「壊しても奪っても望むものは手に入らないのに……アルゴスは人の業が生み出した哀しき巨像ね」
つぶやくような未悠の言葉はトランシーバーに拾われることもなく、聞いたものはエリオだけだった。
そんな二人の前にヴェルターに跨ったヴィルマが、焼けた機体のフレデリクが、そしてそれらをかばうように力場を展開するフォークスが布陣する。
「重要な情報だよ、成長速度早すぎじゃないかい? 最初は粗雑な爆撃だったってのに、言われてみりゃどんどん精度があがってる」
紙巻煙草を咥える口に思わず力がこもる。
「ゾンビが見当たらないのもその関係でしょうか……でも、どこへ?」
思考が巡るなか、未悠とエリオの二人へと近づこうとするエルトヌス型に紫電が走る。
全身を電光で焼かれぎこちない挙動となったエルトヌスが、その紫電の主へと向き直る。
「すまんが此処から先は行き止まりじゃ、通してやれんから覚悟することじゃな」
杖を構え、紫の毛皮にまたがり立ちはだかる青。その手から幾つかのポーションが二人に向かって投げられる。
ヴィルマの宣言を皮切りに、倒れた二人を守りながらの戦闘が再開された。
●トラップメイキング
時間は少し遡り、アルゴス上陸前の話。
神楽(ka2032)がうっかり第二編成班へと向かう中に居た時だ、Holmes(ka3813)にがっつり首を掴まれて引きずり出されたのである。
「うわあわわあ、Holmesさんなんすかなんすか!?」
「なんすかじゃない、君はこっち側のチームだろう」
「あ、あれ? 間違えてたっす?」
あははー、と笑う神楽に、Holmesはもう一度ガッツリ首を確保して引きずるのを再開したのだった。
イズンとの打ち合わせを済ませ、アルゴスが進行するであろうルートから罠の位置を調整した紅薔薇(ka4766)はその設置上にある不要なものを破壊して回っているいるところであった。
一部だけが崩れていれば不信に思われる、となれば複数を破壊して回らねばならない。
地図を頼りに位置を確認し、周りに他の仲間を巻き込まないように意識して術を行使する。
突如として現れた黒い薔薇の華、花弁一枚が散るごとに空間が断裂し破壊をもたらしていく。
どうせ後にはアルゴスが通り軒並み倒壊するだろうから結果を見れば変わりはしない事である。
「派手にいくっすね?」
がらがらと音をたてて崩れていく煉瓦倉庫の有様を見ながら、神楽が何処か楽しそうに声をかける。
実際の所、こんな風に豪快に建物を壊すことなどそうそうできない事である。
破壊の当事者である紅薔薇もそれを否定することはできそうになかった。
「作戦のためじゃからの……許せ」
今はここに居ない関係者に謝り、予定地を開けた場所に作り変える。
他にも数か所、偽装を施しに行く予定である。
その後ろではゴーレム達が深く穴を掘り出し始めていた。
穴を掘り終わったものから夜桜 奏音(ka5754)とゼフィールが隠蔽用の幕を広げ、イズンらの乗るトラックが通る場所だけはある程度しっかりした渡し板を神楽が配置していく。
掘り方も工夫が施されており、トラックだけならば通り抜けられるはずだが、うっかりイズン達が穴に落ちれば最悪の事態になりかねない。
慎重を期する必要があった。
帆船に使われる帆布は十分な大きさがあり、覆い隠すだけなら非常に都合がよく、奏音はゼフィールと一緒になって手際よくそれらを広げて穴を隠していく。
「うん、いい具合に隠せますね。ゼフィール、次はそちら側をお願いします!」
奏音の指示に従い帆布の端を咥えて広げられたところに、重しとして崩れた建物の煉瓦を積み上げて固定する。
地面と多少異なる様相ではあるが、似たような偽装を何箇所にも施すことでそれらを担保する。
その頭上で、じゃらりという重い音が響いた。
「上を通る、一応気をつけておいてくれ」
ロニ・カルディス(ka0551)からの着信にゼフィールとともに位置を変える奏音、その間に重く頑丈な鎖が建物越しにつながれていく。
極力高く、といってもおよそ五メートルほどの位置に張り巡らされるのは係留用の、錨に使われる頑丈な鎖だ。
かかって転倒するならばよし、避けて歩けば落とし穴という二段構えである。
固定に選んだ頑丈な柱さえも軋むような重量ではあるが、これならば強引に通ろうとした場合でもある程度の効果が期待できる。
一つでも多くの手段を用いて、決定的な好機を生み出すための策が一つ一つ組み上げられていくのだ。
「だんだん奴さんにおあつらえ向きの舞台になってきたっすね」
深く掘り返され地盤を弱めた落とし穴、そこへ誘導するための鎖を繋いだエリア、そして目下掘り出された土で構築されつつあるユノ(ka0806)の進路調整用の起伏である。
アルゴスもわざわざ歩きにくい所を通る家と言われればそうではないだろう、進路を微調整するために、これもロニの案である鎖と並んで積み上げられた布石の一つである。
一度しか無いチャンスのために、可能性を最大限拡張する。
また、掘り出された土を利用する意味でも、ユノの案は悪くないものであった。
そしてそこに至るまでの経路にはボルディア・コンフラムス(ka0796)がこれでもかと言うぐらいの布やシートを敷き詰めて回っていた。
踏んでも何も起こらない、落とし穴のためだけのカモフラージュである。
「狙い通りに大物がハマるといいんだけどな」
大量の布物を何度も何度も運び続けたせいで流石に疲労が見え始めたヴァーミリオンを撫でて労いながら、最後のひと踏ん張りを続ける。
アルゴスの接近を前に早くから始めたこともあり、倉庫街の多くは敷き詰められたシートや布類によって偽装が施されている。
かくて、落とし穴へとアルゴスを叩き込むための最大限の用意が整っていった。
●戦火は巡る
ざらりと出した拳銃弾から火薬を取り出す。
その手つきは慣れたもので、普段から扱い慣れているのだろうことが想像できた。
クレール・ディンセルフ(ka0586)にとって誤算があったとするなら、銀霊剣への火薬混合が上手くいかなかったことだろう。
液体の状態で内部に取り込ませるまではよかったものの、異物を排除しようとするのか混合状態を維持することができなかったのだ。
「むむ……これは予想外、仕方ない……いつもどおりにやるしか無いね」
「準備は問題無いか? 間もなく射程だぜ」
「若干予定外だけど問題ないよ、いつでもいける」
トランシーバー通じている央崎 枢(ka5153)との短いやり取り、準備時間は間もなく終わる。
きん、という澄んだ音と共に薄暗い操縦席に、煌めくコインが閃いた。
願を託すのはに枢とっての幸運のコイン、彼の意思に、願いに呼応するかのように、かすかな光を受け取って薄闇に輝く。
頂点に至り返って来るそれを受け止めて、祈るようにつぶやいた。
「God bless us……Go!」
戦闘開始を告げる砲火とともに、位置取りをしていたものたちが一斉に動き出す。
「対空砲用意! 照準……撃てぇっ!」
クレールの威勢のよい掛け声とともにヤタガラス裝備の対空砲が掃射される。
単調な軌道をとっていた大鴉数羽が羽だけ残して散る。
スツーカ型に対してならば相応であっても、大鴉相手には過剰火力がすぎるというものだ、直撃したら羽しか残らないぜ。
「しかし……不思議なものだね。アルゴス君がああしてペレット君を追いかけているのを見ると、どうにも心が痛む。ボクにはどうにも、物を欲しがる幼子のように見えて仕方がないんだ」
Holmesの言葉に顔をしかめつつ目の前の状況へと視線を向け直すウィンス・デイランダール(ka0039)。
その視線の先には土煙を上げて爆走するペレットを載せたトラックと、それを真っ直ぐに、愚直に追いかける巨体の姿がある。
「何だかよく分かんねーがな……」
目の前の状況にがりがりと頭を掻きながら呆れたように口にする。
「要するにこういう事だろ。『目の前にいんのは腐れ歪虚だ』。それで十分だ」
そう自身の中で決定づけて、身の丈の三倍ほどもある大槍を構えた。
「……まあ、そうかもしれないね」
ウィンスの言葉にHolmesは少し複雑そうに視線を向ける。
こちらの獲物も身の丈以上の大鎌だ。
共にイェジドに騎乗して、周りの攻撃に合わせて互いタイミングをはかる。
「行くぜHolmes!」
「了解だ」
その言葉にヴァシーリーとウィンスのイェジドが地を蹴り飛び出す。
倉庫の壁を駆け空を跳び交錯するように見を入れ替えながら、邪魔をするゾンビを槍が薙ぐ、黒曜石の瞳が睨んで空高く跳躍すれば、その咆哮によって自由を奪った双頭龍が落下する。
「もはや二度と、空は飛ばせんよ」
ヴァシーリーの脚力から生み出された速度、それに付随する遠心力、そして獲物の重量が折り重なった一撃はスツーカ型の翼を二枚とも切り離して余りある。
空を望めなくなった者の定めは墜落以外にあり得はしない。
落下地点が炸裂し爆煙が狼煙の如く舞い上がる。
更に駆ける二人の前に、二体のエルトヌスがその身を表す。
駆けるままに武器を走らせるが流石に硬い、足を止めるかと思った刹那援護射撃が振り返ろうとしたエルトヌス型の側面を直撃する。
枢の銃による連続攻撃は対象の判断を悩ませるに相応の威力を持っていた。
ブレードを抜きスラスターを起動させて迫りくる枢、そちらを脅威と見たのか向き直る二体。
待っていたのはクレールの合図である。
この場において最も射程があり、砲火力のある彼女の援護は不可欠である。
「照準完了! ファイヤー!」
「justTiming!」
通信回線に聴こえた合図に枢の操るウォルフ・ライエが激しくその身を左右に揺らす、足場にされた煉瓦倉庫はその巨体を支えきれずに瓦礫と化すがそのアクロバティックな動きはどうしようもなくエルトヌス型の視線を引きつける。
その枢の軌道の隙間を穿つかのようにクレールの砲撃が閃く。
防御の薄い所を直撃したエルトヌスの体勢が大きく揺らぐ、そこへ頭頂から振り下ろされるように枢のブレードが差し込まれた。
●トラックは征く
まっすぐに接近するアルゴスから逃れるべくペダルをベタ踏みしたトラックが駆け抜けていく。
アルゴスが足を下ろす度にその振動で斜体が浮いて、その度に僅かに距離が縮まっていく。
速度としては同等といったところだろうか。
「さて、どうしたもんかねぇ!」
入ってくる魔導短電話からの断片的な情報に、魔導バイクを駆る厳靖は舌打ちする。
通話網がトランシーバーと魔導短電話でまちまちになっていたことで細切れとなった情報は、二人を半ば孤立させる要因となっていた。
「学習してるってのは、どんな具合かねぇ」
「あんまりいいことはなさそうですね……ところで厳靖さん、さっきからおかしくないですか?」
「あー、気づいてる気づいてる。スツーカ型がちっともこねぇな」
時折大きくバイクが崩れた煉瓦に乗り上げ跳ねる、マリエルのセリリはその辺を軽いジャンプで飛び越えている具合だ。
爆撃により破壊された跡とおもわれるが、こちらを狙ってこないと言うのはどういうことか。
「学習の一端ってやつかね? 下手にスツーカ型でトラックを壊すとペレットが危ないって……」
「……だとすると、手段が限られてきますね」
どんな手段か――後ろから追いすがる?
全力で今はアルゴスが追ってきているではないか、だとしたら……。
嫌な予感を感じた厳靖がアクセルを吹き上げる、マリエルの指示にセリリがその走りを加速する。
トラックを追い上げて前へ出た――
行く先の建物、その影から現れた冒涜的な改造をされたゾンビたち、いずれもトラックめがけて飛び込むのを、厳靖の太刀が切り落とす。
バイクの速度を加味した斬撃は派手にゾンビを地に落とした。
だが、イズン達への凶刃はまだ終わらない。
物陰から投げられたスローイングダガーに気づいたのはマリエルだった。
生み出す障壁がそれを妨害しトラックに突き刺さることは防いだ、だがそこへ滑るように改造されたゾンビが姿を現す。
「疾影士……! セリリ!」
マリエルの声にぐっと力を溜め込んだセリリは力の限りの跳躍に任せて標的へと肉薄する。
背後からメイスの一撃を受けて派手に地面を転がったゾンビの体がもげて散った。
窮地はまだ終わらない、まだ三つの影が並走を続けていた。
「斥候の使い方を変えてきやがったか……イズン! ここは俺達が引き受ける、突っ走れ!」
「了解した、操縦士! アクセルを全開にしろ!」
「さっきからベタ踏みですよ!」
「ベタ踏みなど生ぬるい、踏み抜く気概でいけ!」
「無茶言わんてください!」
そんなやり取りがトラックのエンジン音に消えていく。
「さて、お前らの相手は俺たちだ、トラックを追わせは……」
現れるエルトヌス型、二体。
更に空に羽ばたく音が二つ。
「……トラックが離れたからって、大盤振る舞いですね」
多勢に無勢のこの状況で、罠を露見させないためには足止めは必須。
「長期戦なら任せてください、何度でも立ち上がらせてみせます」
「へっ……頼もしいねぇ、行くぜマリエル!」
●巨人が堕ちた日
響く足音、歩む巨人、アルゴスを先導するかのようにペレットを載せたイズンの指揮するトラックが駆け抜けていく。
「ここをまっすぐ通るっす!」
「了解した! 操縦手! 全速前進だ!」
神楽の指示にイズンが檄を飛ばす。アクセルは限界まで酷使されっぱなしである。
山なりになった丘を越え、揺れる渡し板を走り、彫り抜かれた穴の横を土煙を上げて。
その巨躯を目印に、ハンターたちが集結しつつあった。
目的は未だ達成できておらず、正念場はここからである。
しかし、この段階に至るまでにアルゴスは様々なことを学習してきた。
大鴉を撃ち落とされぬように飛ばし、スツーカ型の爆撃の使い方すらも変化させ、刻一刻と成長を遂げているのである。
剣機博士の最高傑作、最強の剣機という肩書は伊達ではないということを戦場にいる誰もが感じていた。
このまま進ませれば取り返しの付かないことになる。
この戦場において最大の仕掛けは間もなく、それを見て奏音は符を展開する。
落とし穴の底に仕込んだ術式は最大の好機を手に入れ、そしてそれを少しでも多く確保するためのものである。
巻き込まれぬよう、仕掛けた後に距離を取り、そしてその決定的瞬間のために待機する。
やがて仕掛けたその場所で、アルゴスはその身を大きく沈めた。
「屍体狂いに会ったのに、起動前に貴方を眠りにつかせられなかったのが私達の失敗でしたぁ……だから今度こそ貴方を止めますぅ……行きますよぅ、R7!」
好機とばかりに飛び出すハンター達、アルゴスの膝裏をめがけ幾重もの攻撃が殺到した。
「私は全てが愛おしい 故に全てを捧げよう さあ、森の悪魔、魔弾の主よ。どうか私と契約を」
吹き荒れる氷刃がアルゴスの両足を貫き凝結させる、かしいだ巨体がぎしりと軋んだ。
バランスの崩れた足に向かって更に突撃するものがある、ユノのゴーレムだ。
その巨体を用いての突撃に巨体が揺らいでゆく、更には稲妻が迸った。
「それ以上進ませるつもりはないのじゃ、ここで朽ちてもらおう!」
青と紫の色彩、ヴィルマが唱えた魔法が更にアルゴスの姿勢を奪う。
集中攻撃はまだとどまる所を知らない。
駆け込んできた影は紫だけではなかった。
スツーカ型の直撃を受け満身創痍であった未悠とエリオ、かろうじて力を残していたルキとアルディートを頼りに駆けた二人の攻撃が更にアルゴスの膝裏を直撃する。
「諦めが悪い血筋でね。……ここで尻尾巻いて逃げるわけにはいかないんだ」
「絶対に諦めないわよ、這いつくばってでもお前達を止めてみせるわ!」
だが、それらの集中攻撃を浴びてなお、アルゴスの巨躯は傾ぐにとどまっていた。
それが剣機としての性能ゆえなのか、あるいは今までの行軍による学習に寄るものなのかはわからない、残る最後のひと押しは――あった。
「しぶとい奴じゃのぅ、じゃが……ダメ押しはまだ残っておるぞ、耐えられるかの?」
戦場を埋め尽くすような蒼い薔薇、それはアルゴスの両足を狙い広げられた。
散る花弁ごとに空間が寸断され、その足の半分ほどをも寸断してみせる。
切断されるわけでもなく、断面はぐずぐずと解けてつながり癒着を始めるが、その瞬間だけは重心がずれる、そこへ最後の鉄槌が下された。
「――白!」
紅薔薇の意思に応えるかのように白のエンジンが火を吹いた。
過剰出力による力場を生み出したゴーレムが激しい雄叫びを上げて疾駆する。
崩れた倉庫を足場に、傾斜を登り勢い任せにアルゴスの巨体めがけて飛び立った瞬間、白は確かに空を飛んだ。
勢いのままに激突する巨体。
その衝撃はどれほどかなど、アルゴスが知っているものか。
未知の攻撃に、アルゴスは致命的なまでに未熟であった。
かしいだ巨体が、体を支えようとする手が滑り地に伏せる。
かろうじて片腕で状態を支えるものの、今この瞬間、アルゴスはその身を横たえ決定的な隙を晒したのだ。
その瞬間を、ボルディアは見逃さず拡声機を掲げてあらん限りの声で叫ぶ。
この戦場にいる誰もに届く雄叫びを、誰もが理解る鬨の声を、この好機を――逃すなと。
合わせて叫ぶヴァーミリオンの雄叫びが、呼応しこだまし、高らかに合図を告げる。
そこから先の出来事は一つの波のようだった。
●一気呵成
沈み込んだ足を抜こうと身をよじる、だが抜けない。
当然である。
「無駄ですよ、そう簡単に私の術式を敗れると思わないことです」
軽い合図を読み取ってゼフィールが意図どおりに駆ける。
周囲に閃光をまとってするりと伏せた上半身へと身をおどらせる。
取り出されたる符は三枚、燃えて破れて弾けて散る。
空気が震えるだけのような声とも音ともつかぬもの。
それがアルゴスと相対するすべてのものへ届けられたものだった。
その場に居た誰もが、それがアルゴスの声もなくあげる声なのだと感じていた。
底冷えするように低く悲しく、空気をうならせるだけで意味はなく、己の欠片を求めてやまぬだけの、哀れに哀れにさまようだけの、未完で未熟なツクリモノ。
「すまんがのう、泣いても、鳴いても、こればかりは譲れぬのじゃ」
ばらりとアルゴスを埋めるように現れる、純白の巨大な薔薇。
「ケケケ、かかったっす?! 皆攻撃っす!」
幾つもの幻影の手に抑え込まれ、光る楔を打ち込まれ、起き上がることもできぬ間の総攻撃はいつ終わるともしれず、苛烈さはとどまる所を知らない。
「その装甲、剥がさせてもらうぞ!」
ロニの操る清廉号が突き立てるドリルが激しく火花を開けてアルゴスの装甲へと打ち込まれその装甲に穴を穿ち歪めていく。
ひび割れた所をめがけて執拗に打ち込まれる電撃は容赦なく体内を焼いた。
もがき暴れようとするアルゴスであったが、幾重にも押さえ込む手になかなか抗する事ができずに居た。
巨大なハルバードを突き立てたのはクレールの操縦するヤタガラス、深々と突き立ったそれはアルゴスの装甲を容赦なく穿つ。
それを確認してクレールは操縦席から身を躍らせた。
手にした霊銀剣がどろりと解けてアルゴスの装甲の罅から内部へと侵入する。
「これが! 浸透爆殺だぁっ!!」
アルゴスの装甲が弾けた、だが予想外の破壊の小規模さにクレールは内心で読み違えていたことを確信した。
この個体に――弾薬庫などない。
給弾経路も――ない。
どこの砲もが独立して稼働しているのだ。
最強の剣機というだけの事はある、だが、その破壊には意味があった。
後ろにはまだ仲間が続く、二つの影が飛び込んだ。
ウィンスが巧みに操る槍は、最大威力を一点に収束し続ける。
二度、三度、四度と同じ場所を、罅が入ればそれに沿って、何度となく執拗に、そこめがけて合わせるように大鎌が振り下ろされる。
Holmesの大鎌と威力の合わさった一撃に、がぎんと罅が大きく広がる。
「大詰めだよ、合わせて!」
「おうよ、任せろ!」
高く跳んだヴァシーリーの体重も合わせたHolmesの【廻】、そしてウィンスの突き出された槍から生まれる爆ぜた氷。
ばぎんと更に鎧が砕けた。
アルゴスが前のめりに倒れ込み身動きが取れなくなっているタイミングで、その体を縦横無尽に駆け抜ける影があった。
枢の駆るウォルフ・ライエがその機動性を存分に発揮し死角から攻撃できる場所を片端からブレードで裂いて回っているのだ。
その速さは疾影士ならではのものと言えるだろう。
「アルゴスにとって俺らは蜂みたいなものだろーがさ、本気出した蜂には野生のゾウさえ敵わない」
操縦席でにやりと笑って走らせる、疾走らせる、その視界ががら空きの胸部を捉えた。
「迂闊に蜂の巣に近づくと――怪我すんぜ!!」
そんな枢に逸れた意識の向こう側で、奏音がアルゴスの巨体の上へと降り立っていた。
スラリと抜かれた魔導符剣に抜き放ったカードを納め内部機構を駆動させる。
すでにあちこち鎧のひび割れたアルゴス、そんな有様だから剣を突き立てる場所には困らない。渾身の力を込めての一撃がずぶりと体内に侵入する。
その巨体から考えればささやかな一撃――だが。
「弱点を体内に送り込まれるのはどうですか」
体内に直接叩きこまれた風雷の一撃により無視できぬものになる。
怨嗟の叫びか、空気が重々しく震え続けた。
倒れたアルゴスに総攻撃を咥える傍らで、その仲間たちが攻撃に集中できるよう、残るエルトヌス型相手に鋸を振り回し応戦するフレデリク。
強固なタイプだけあって押し切ることもできない、機体はすでに傷だらけで尾は途中からちぎれて火花を上げていた。
戦闘中、積み上げた情報を集積するかのように動きが更新されるかのように変わり続け、最初の頃の優勢は覆りつつある。
「オーケーだフレデリク、そのままガッツリ組み合いな!」
「了解です! フォークスさん、派手にお願いします!」
「任せなぁ!」
ばちばちばち、と激しく鋸が火花を散らす。
ガッチリと正面から組み合った、それはフォークスにとって絶好の射線であった。
収束した紫色のぶっとい光線がフレデリクを掠めて、エルトヌス型を食いちぎる、その射線の先に居た二匹目の左上半身が、そしてその先のスツーカ型の腹部にでかい穴が空いた。
「やれやれ、我の仕事のは食い残しの処理とはの」
左上半身が消し飛ばされたエルトヌス型はそれでも動きを止めていない、それの射程へと駆け込んだヴィルマは素早く詠唱を終えてその断面めがけて氷の矢を突き立てる。
分厚い防御のための装甲が削り飛ばされた今、防御力など何の意味もなさないそれは、彼女の魔法の威力をダイレクトに受けていともたやすく崩れ落ちた。
「ばかいえ、ヴィルマ。お前の魔法を当て込んでなきゃ的は二体に絞ってたさ。いーい戦果だぜ? こちら先行部隊、ターゲットは罠に嵌った、派手な祭の最中だ。エルトヌス撃墜二、スツーカ撃墜一追加!」
トランシーバーからの景気のいい撃墜報告に、向こう側が沸くのがわかった。
一機でも多く落とす。
フォークスは新しい紙巻き煙草を咥えて、ヴィルマとフレデリクとともに次へと向かうのだった。
振り上げられたプラズマカッターが激しく火花を上げる。
倒れ伏したアルゴスの装甲の一部を剥ぎ取るために、溶接点と思われるところに刃をアテているわけだが、門垣にはどうにもその感触に違和感を感じざるを得なかった。
弱い溶接面を切断しているはずであるのに、思うように切断の進行が進まない。
そうしてやがて気づくのだ、それが"溶接"されたものではないことに。
「こちら門垣、アルゴスの装甲。溶接とは別の代物らしい。つなぎがおかしい」
ギシギシと軋む刃をめり込ませる、だが溶接部は衝撃を吸収でもしているかのようにで、金属に刃を通しているという感じがしない。
「この巨体だ、溶接じゃ無理なのかもしれないな。まあ、なら直接ぶち壊してやるだけのことだな」
通信から帰ってきた声は榊のものだった。
少し距離をとっていた場所から一気に距離を詰めての一撃がアルゴスの身に突き立つ。弾けた装甲がバラバラと散る中で立て続けに連続して攻撃を繰り返す、一手でも多く、一枚でも多く!
だが、集中して攻撃できる時間もそう長くはもたなかった。
幻影の手で押さえつけられ、光の杭で繋ぎ止められ、足を絡め取られてなお、それらの状況を理解したアルゴスは嗚咽を漏らす。
――ごう、とマテリアルが軋みを上げる。
突然現れたその本流に、周囲に居たハンターたちの力が急速に奪われていく。
まずいと思って離脱しようにも暴れる前に予備動作なく行われたその行動に対処は遅れる。
連絡網が不統一であったこともそれに拍車をかけたかもしれない。
アルゴスにとってはただもがいただけなのかもしれない、だがそれは今まで攻撃に集中していたハンターたちの情勢を一気に覆すものであった。
押さえ込みが途切れたアルゴスがその身を再び立ち上がらせる。
――なんで、邪魔をするんだ。
その姿はそんなことを言っているかのように見えた。
無作為に振り上げられた手が煉瓦倉庫を薙ぐ。
崩れた煉瓦が礫のごとく飛散する、イェジドに騎乗しているものたちにとっては回避の難しい一撃だった。
「狙撃よりもこちらの方が得意分野だから、ねぇ。踊るぞ、ウェスペル」
最寄りの取り巻きを盾にして攻撃を続けるヒースに、アルゴスはちらりと視線を向ける。
まとめて倒すことはもはや不可能だと、アルゴスはこの時理解したのかもしれない。
こいつらは障害だ、障害は薙ぎ払って進めばいい、薙ぎ払えないのなら、潰さないといけない。
エルトヌス型を盾にスナイパーライフルを用いて果敢に攻撃を続けるヒース、アルゴスと対象の位置にあり攻撃は届かないはずの位置、そこに居たヒースが、エルトヌス型と一緒に吹き飛んだのを見た時、ハンターたちはアルゴスの学習した答えに気づいた。
振り抜かれたアルゴスの巨腕、宙を舞うひしゃげたエルトヌス型と腕足があらぬ方向に曲がったウェスペル、それが放物線を描いて落下した。
――邪魔となった自らの取り巻きごと、障害を排除したのだ。
あまりの光景に一瞬思考が止まった真水であったが、あの状態で落下した機体はほうっておくとまずいとすぐに判断を切り替え踵を返す。
その途中、最後の一撃とばかりに限界まで増幅した術式を向けることだけは怠らない。
「成長、と呼べるんですか……これは!」
威嚇射撃を繰り返しなんとか戦闘時間を引き延ばそうとするセレンの叫びに
「自身の害にしかならないパーツは容赦なく切り捨てる……凄まじく合理的だと思いますぅ。普通はそんな判断しないとおもいますけどぉ」
ハナの術式により立ち上る光の奔流がアルゴスを焼く、これも果たしてどれだけ効果があるものか……。
それでも、立ち止まることは許されない。
「やるぞ真改、その為の俺達だ」
惣助の操る真改が彼我の距離を一瞬で詰める。
突き立ったその穂先が今か今かと炸裂する瞬間を待っている。
ゼロ距離――いや、突き立っているからマイナスかもしれない、その状態からのランスカノンの砲撃は威力を余すところなくアルゴスに炸裂させる。衝撃に機体が大きく離れるが、だが効果はあった。
「惣助さんも大胆ですね……さて、アルゴス。私達の弾切れまで、付き合ってもらいますよ?」
ある程度の距離を維持していたリオンとウィザードはこの戦場においては一番損害が少ないかもしれない、それゆえにコンスタントに攻撃を繰り返し続けていた。
再三放たれる砲の群れを力場でなんとかやり過ごし、その度に炎と風を吹き荒らす。
「リオン、そろそろ作戦移行ポイントだ、距離を取れ!」
「了解です、でもその前に……最後のお土産です!」
ジェネレーターが軋みを上げる、限界以上に絞り出されたマテリアルが奔流となって吹き荒れる。
この戦場で何度目となるかわからない紫色の閃光が、吸い込まれるようにアルゴスに炸裂した。
壊れた鎧の隙間から、赤黒い皮膚が覗いていた。
けれどその歩みは止まらず、脇目もふらずただひたすら、アルゴスは一直線にペレットを目指す。
今、彼の者の歩みを邪魔するものはない。
なだらかな丘を、一歩、一歩。
そして空に、華が咲いた。
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紫月紫織 | 1人 |
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