ゲスト
(ka0000)
【哀像】赤き血潮の啼泣 「アルゴス討伐」リプレイ


作戦2:アルゴス討伐 リプレイ
- 十色 エニア(ka0370)
- 水流崎トミヲ(ka4852)
- クラン・クィールス(ka6605)
- オウカ・レンヴォルト(ka0301)
- イズン・コスロヴァ(kz0144)
- マッシュ・アクラシス(ka0771)
- アメリア・フォーサイス(ka4111)
- 東條 奏多(ka6425)
- アリア・セリウス(ka6424)
- ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)
- 北谷王子 朝騎(ka5818)
- ソフィア =リリィホルム(ka2383)
- ユリアン(ka1664)
- ラン・ヴィンダールヴ(ka0109)
- 白山 菊理(ka4305)
- 黄泉(R7エクスシア)(ka4305unit001)
- アウレール・V・ブラオラント(ka2531)
- PzI-2M ザントメンヒェン(魔導型デュミナス)(ka2531unit001)
- 閏(ka5673)
- 南護 炎(ka6651)
- FLAME OF MIND(R7エクスシア)(ka6651unit001)
- 八劒 颯(ka1804)
- Gustav(魔導アーマー量産型)(ka1804unit002)
- 七夜・真夕(ka3977)
- ドロテア・フレーベ(ka4126)
- 金目(ka6190)
- カイン・マッコール(ka5336)
- 鞍馬 真(ka5819)
- 氷雨 柊(ka6302)
- エイル・メヌエット(ka2807)
- ソルフェ(イェジド)(ka2807unit001)
●
アルゴスがまだ転倒する少し前。
「ど?ですか??」
十色 エニア(ka0370)のおっとりとした声に「んー」と聞いているのかいないのか、曖昧な答えを返すのは双眼鏡越しに倉庫街を観察している水流崎トミヲ(ka4852)。
二人は『天華・雷』の照射予定位置よりも詰所寄りの前庭に刻令ゴーレム「Gnome」のCモード「hole」により穴を掘り進めている。
徐々に穴が深くなると地上の様子も見られなくなるので、トミヲはある程度まで来たらあとは愛機のがんばれトミヲくん2号に任せ、地上からアルゴスの姿を観察していた。
そんなトミヲの姿に首を傾げるのは魔導型ドミニオンの魔導ドリルで穴掘りに協力しているクラン・クィールス(ka6605)だ。
「何がそんなに気になるんだ?」
画面越しに問いかけると、トミヲはやはり「うーん」と唸るのみで言葉を返さない。
「トミヲさーん、ここの穴はもうOKだよ」
「あ、はい!? 止まって! もう止まっていいよ!!」
ようやく双眼鏡から目を離したトミヲは慌ててトミヲくん2号に声を掛けて穴掘り作業を止める。
「次は……あの辺かな?」
「……うん、そうだね。あ。クランくんもまだ行ける?」
「まだ来る気配ないなら」
2台のゴーレムと1機のドミニオンは穴から這い上がり、次の穴を掘り始める。
「何をそんなに見ているんだ?」
再度、クランが問うと、トミヲは首を傾げながら今度は答えてくれた。
「本来は沢山の目と手足を操り最速で最適戦術を打つ巨人の筈……なんだよね」
「アルゴスか?」
「そう……うん、やっぱりそうだ」
双眼鏡を覗き込みながら、トミヲがうんうんと頷く。
「ペレット君がいない分の、ネットワークの不備と見た!」
突然の大声に「え? 何???」とエニアが驚いてムーちゃんの動きを止めさせるとトミヲを見た。
「ペレットくんが居ない事によって、何が“不完全”なのかなって考えて見ていたんだ。沢山の手勢に命令を出すタイムラグが在るんじゃないかなとか、一度命令を出したら後は勝手に動くんじゃないかな、とか」
そう言いながらも、トミヲは双眼鏡から……正しくはアルゴスと周囲を動くスツーカ型の動きを見る。
「……こちらの動きの変化に手勢は即時の対応ができていないんだ」
トラックを追ってると思われるスツーカ型は撃たれてもトラックの追跡を最優先している。
だが銃撃を受けると離れすぎない程度にその射線が通らないところへと移動しようとする動きが見られた。
これは一度命令を出したら後は勝手に動く、という“自律行動”の1つでは無いかとトミヲは目を付けた。
一方で、アルゴスの周囲を飛ぶスツーカ型は時折不自然に滞空したり、回旋をする様子が見られた。これは恐らく命令が混線しているか、待機状態なのだろうとトミヲは目を付ける。
「オウカくん」
魔導短伝話で呼びかけると、オウカ・レンヴォルト(ka0301)がすぐに反応した。
ここまでの観察から導き出された考えを伝えると、オウカの「ふむ。伝えておこう」という返答が言い終わる前に大地が大きく揺れた。
ついにアルゴスが転倒したのだ。
「……さぁ、ここから忙しくなるよ!」
たとえ命令系統にラグがあろうと、即時の対応が出来ていなかろうと、敵は来る。
穴掘りを進める3人は急ピッチで仕上げにかかった。
魔導エンジンが猛々しい音を立てる。
タイヤが煙を吐きそうな程の回転を維持したまま、砂埃を上げて倉庫街の路地を駆け抜ける。
助手席の兵士がちらりとサイドミラー越しに巨神アルゴスの姿を探す。
しかし、アルゴスはまだ起き上がれないらしい。その巨体は倉庫によって隠されたままだ。
その直後、真横で起こった爆音と爆風に車体ごと煽られ左側が一瞬浮いて、着地の振動で車体がバウンドする。
イズン・コスロヴァ(kz0144)はその衝撃に全身を揺らしながら、隣に居るペレットの様子を窺った。
車載の椅子にシートベルトで固定された上で両腕を縛られている。
猿轡を噛ませているため、衝撃で舌を噛み切ることはないだろうがただでさえ弱っている身体にこの衝撃は酷では無いだろうかと少し不安になる。
白磁の陶器のように血の気を失った顔は今にも消えてしまいそうな儚さを感じさせる。
――それが、ヒトを取り込むためのこの歪虚の擬態の結果だったとしても。
「……もうすぐ目標地点を越えます。それまで辛抱しなさい」
イズンの言葉が届いたのか、それとも車体の振動か。小さく頷いたように見えて、イズンは目を細めた。
マッシュ・アクラシス(ka0771)は魔導アーマー「ヘイムダル」のモニター越しにトラックが走り抜けるのを見つめ、ツインカノン「リンクレヒトW2」でスツーカ型を狙う。
恐らくトラックに必ず一機以上のスツーカ型が沿うのはアルゴスの“目”としてトラックを追うためだろうとマッシュは想定していた。
他にも鴉やゾンビ達もそれぞれが違う速度、違う高さ、違う攻撃方法を持っているのも、その都度のデータを収集するためだとすれば。
「して、アレはどの程度、見えているのでしょうかね」
マッシュにはこれほどの外部に“目”を必要とするアルゴス自身の目が良いとは思えなかった。
ゆえに、周囲の“目”……端末である他剣機から狙い、引き金を引いた。
「あぁ……今まで剣機と戦った事もありましたけど……これが親玉、アルゴス……禍々しい」
みかんと名付けたイェジドに騎乗したアメリア・フォーサイス(ka4111)がその大きさと禍々しい負のマテリアルの凶悪さに気圧され、思わず生唾を飲み込んだ。
それでも、確実に倒すための一手に全力を尽くそうと大型魔導銃「オイリアンテMk3」を構える。
みかんもまた、主を護らんと姿勢を低くし、アメリアのGOサインと共に地を蹴った。
「……あれだけの攻撃を避けてくるか……流石だな」
トラックを追うスツーカ型とその後方から続いて現れた元覚醒者ゾンビの姿を見つめ、リーリーのキウイに騎乗した東條 奏多(ka6425)が感嘆と共に賛辞を贈る。
「感心している場合ではないでしょう? 行くわよ、カナタ」
呆れたようにアリア・セリウス(ka6424)が鋭く声を掛けるとイェジドのコーディに命じて走り始めた。
アリアの横には同じくイェジドのオリーヴェに乗ったユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)。
3人は【翅刃】として三位一体で周囲の敵を討伐することに重きを置いて元覚醒者ゾンビのその直中へと幻獣を飛び込ませた。
ユーリが試作振動刀「オートMURAMASA」による薙ぎ払いで二体をまとめて薙ぐが、一体はその攻撃を受けるとカウンターでユーリへと鋭い一撃を見舞った。
「闘狩人……!」
流石、第1戦目のあの激戦を潜り抜けてきただけあり、かなりの手練だったのだろう。
その身のこなしも一撃の重みも今まで戦ってきたゾンビとは比べものにならない。
「ユーリ!」
「問題無いわ!」
アリアの声に叫ぶように応え、ユーリは振動刀を握り直す。
コーディの力強い跳躍に併せてアリアは大太刀「破幻」を振るう。涼やかな音とは対照的に繰り出された一撃は周辺一帯を悉く薙ぎ伏せる。
その一撃から軽やかな跳躍で逃れるものが1体。その腕にStar of Bethlehemが突き刺さり、次の瞬間には大太刀「獅子王」を構えた奏多が地に足を付けると同時に胴を逆袈裟に斬り上げた。
「キウイ!」
奏多の声に呼応するようにキウイが飛べない翼を羽ばたかせながら高らかに鳴くと、その鳴き声にアリアの体内マテリアルが活性化され傷が癒えていく。
「まだまだ来る……気を付けて!」
ユーリの声にアリアと奏多が頷き油断無く各々得物を構える。
斥候、という言葉は確かにそうだったのだろう。
海水でずぶ濡れのままの元覚醒者ゾンビ達の後ろから、さらに大柄のエルトヌス型が現れ始める。
3人は視線だけで言葉を交わし、同じ敵へと向かって走り出した。
「なるほど……たちかに“ラグ”がある可能性はあるかもしれまちぇん」
オウカからの報告にR7エクスシアを繰りながら北谷王子 朝騎(ka5818)が頷く。
「……向こうからの報告は大鴉の疑死、スツーカ型の爆撃方の変化、アルゴスの戦闘に関する成長ぶり、か」
「あと『鎧は通常の溶接ではない』もありまちたでちゅね。……でちゅから、“ラグ”があったとしてもそれはほんの僅かな間でちょうね……もしくは“初めて対面する出来事”を対処する時……とかでちゅか」
朝騎はトミヲの考察とトランシーバーから入って来る幾多もの“声”から情報として使えそうなものだけを取捨選択した結果を自分のUPC軍用PDAに入力すると、導き出した己の考察を告げながら、穴へと向かう。
穴からギリギリ地縛符が届く位置、そしてアルゴスに銃撃が可能なポジションを確保しなければならない。
背後から激しい戦闘音と建物が崩壊する音が聞こえる。
振り返るが、まだアルゴスが動き出した様子は無い。
「こちら、北谷王子。所定位置に到着でちゅよ」
朝騎の声に幾つもの声が「了解」「確認」と返答が入る。
すでに斥候排除に動いて居る者以外、ほとんどの者が待ち伏せの体勢に入っている。
一際、大きな破壊音が聞こえた。
そして、顔を上げればアルゴスが再び歩み始めていた。
「……よし、胴の部分の鎧は取れてますね」
倒れる前まで見えていた全身を覆う鎧、その胴の部分が無くなっているのを見てソフィア =リリィホルム(ka2383)が左の口角を上げて笑む。
地響きがする。
オウカがアルケミストグローブ「思兼神」を用いてここまでの情報をまとめ、トランシーバーを共通の周波数に合わせると一斉情報開示する。
何となく情報を拾い聞いていた者達も、整理されまとめられた情報が聞けるのは有り難いことだ。
トランシーバーどころか通信機器を1つも持ってきていない者も3名ほどいたが、幸いにして周囲に人がいたため伝え聞くことが出来た。
30mの巨神はまだ続く攻撃を無視して真っ直ぐにトラック目がけて歩き始める。
「ここまでの動きから、ヤツは自分の位置と、ペレットの乗ったトラックの位置を線で結んだ、最短距離を来ると思われる。トラックは予定通りの位置を走っている。照射予定位置に変更は、ない」
スツーカ型の爆撃の音が響く。
地響きは徐々に大きくなり、その衝撃も強くなる。
「また予定よりエルトヌス型が、多くこちらへ向かっている、ようだ。状況によっては先に斥候の剣機が上がってくるかもしれない。斥候対応の者は、大丈夫だとは思うが、照射予定位置に近付かないよう、気を付けくれ」
オウカの声に「了解」「まかせて」「かしこまりましたよぅ」と声が返る。
その時、オウカ達に割り込むような形で第六師団の『天華・雷』照射部隊からの連絡が入る。
「照射カウントダウン。10、9、8……」
これ以上は下手に攻撃をして注目を引いてはならない。うっかりアレに捕らわれでもすれば、スペルランチャーの巻き添えを食らう可能性もある。
トラックを執拗に狙っていたスツーカ型がついにアメリアの鋭い銃弾により翼をもがれて墜落し、爆発した。
トラックは予定通りスペルランチャーを搭載した魔導トラックの間を走り抜けた。
その後を只管に追いすがる、赤黒い胴体を晒したアルゴス。
その肌を見て、ユリアン(ka1664)は魔導トラックのアジュールのハンドルを握ったまま身を乗り出した。
「……まさか、あれは……」
色が濃すぎる。だが、自分の記憶にある“色”とシンクロして、ユリアンの眉間には深いしわが刻まれる。
「3、2、1。『天華・雷』斉射」
一斉に10本の砲台が火を吹いた。
真昼の太陽が堕ちてきたような轟雷音と圧倒する程の白光が視界を焼く。
バイザーを付けていても、視界を盾で庇っても、それでもなお眩しいほどの光量が周囲を襲う。
10本の稲妻はその全てがアルゴスに突き刺さり、その露出した肌を貫き血肉を沸騰させ焼き尽くさんとする。
その痛みか衝撃かにアルゴスもまた吼えたが、それは雷がスパークする轟音に紛れて押し潰された。
ようやくハンター達が視界を取り戻した時、アルゴスは全身から黒煙を上げその場に立ち尽くしていた。
それを見たソフィアはすぐに我に返るとR7エクスシアのプロト・エクスの全身チェックを行い、どこにも異常がないことを確認するとカノン砲「エスピガM72」を構えた。
「全機、ぶっ放せ!」
操縦桿を両手で握り、両親指でボタンを押し込んだ。
星のごとく火花が散り、反動に機体の両足が地面に数センチ食い込む。
ソフィアの一撃はアルゴスの左腕に命中したと同時に、【斉射】に賛同していた者達も一斉に銃器を構えた。
リーリーの脚力で一気に距離を詰めたラン・ヴィンダールヴ(ka0109)が管狐を呼び出すと、管狐の幻影はアルゴスの右脚に絡みつき、その動きを封じた。
R7エクスシアの黄泉に搭乗する白山 菊理(ka4305)はマテリアルライフル「セークールス」で動かせない右脚を狙い。
魔導型デュミナスのPzI-2M ザントメンヒェンに搭乗するアウレール・V・ブラオラント(ka2531)は200mm4連カノン砲で右膝を狙い。
朝騎はR7エクスシアのマテリアルライフルで。
エニアはズボールフィーで練り上げた魔力の全てをファイアーボールに乗せ、ムーちゃんにはライフル「エトランゼ」を撃たせた。
閏(ka5673)は魔導二輪「闘走」をフルスロットルで一気に射程位置まで辿り着くと、狙い定めて符を宙へと投げた。3枚の符はひたりと宙で止まると稲妻へと変化しアルゴスの足首を焼き、他二枚はアルゴスを追って工法に現れた元覚醒者ゾンビを撃った。
5機と3人による【斉射】は確実にアルゴスの体力を奪った。
そこへ、間髪入れずに南護 炎(ka6651)のR7エクスシア、FLAME OF MINDが飛び込んだ。
「俺はすでに覚悟を完了している!!」
愛機の左肩から上腕にかけて、力強い筆跡で書かれた『覚悟完了』という文字が陽の光を受けて煌めく。
「アルゴスに近づいて攻撃するみんなの盾になるぜ! 誰かが傷つくところなんて見たくないからな」
堂々と正面に立ち、精神を統一すると電光石火の一撃を与えんと斬機刀「轟劾」を振り抜いた。
「南護炎、行くぜ!!!」
「はやてにおまかせですの! いっけー! びりびり電撃どりる!」
炎と共に八劒 颯(ka1804)もアーマードリル「轟旋」を右脚へと突き立てる……いや、本当は剥き出しの胴を狙いたかったのだ。だが、アルゴスの巨体は30m。股下だけで16m近くあるため、飛行能力か遠距離攻撃でも内限りその胴は狙えない。
それでもはやての一撃は魔力を帯びた雷撃であり、突き立てたドリルは脛当ての装甲を貫きアルゴス本体へと注ぎ込まれた。
「ごめん、ちょっと乱暴に行くよ」
ユリアンの操縦する青い車体が土煙と共にアルゴスの真後ろに迫ると、ユリアンはサイドブレーキを一気に引き、180度方向転換させ停止した。
停止すると同時に幌からは七夜・真夕(ka3977)とユキウサギの雪、ドロテア・フレーベ(ka4126)が飛び出し、ユリアンもまた運転席からそのまま屋根に飛び上がると、アクセルオーバーで肉体を加速させ、チェイジングスローを重ね一気に大腿から背部へと飛び上がった。
一部剥ぎ切れていない鎧にワイヤーウィップを絡め、雷虹剣「カラドボルグ」を突き立てる。
「……っ!」
その感触に、ユリアンは全身の毛を総立てる。
自分の予想が、最悪の方向で当たる。その予感に粟立つ肌が鎮まらない。
一方、空になった運転席へは助手席からスライド移動した金目(ka6190)がトラックが戦闘の邪魔にならない位置へと移動させる。
真夕はウィンドガストで周囲を掩護し、雪は紅水晶を落とし穴のない方向に作り出す。
(切欠は偽札事件だったわ)
ドロテアはドレス「ナイトミスト」のスカートをたなびかせながら蝶のように舞った。
(この事態は防げた? 何が足りなかった?)
何の因果か。関わってきた依頼の点と点を結ぶとそこにはヴルツァライヒの影とペレットの姿があった。
(アルゴス あんたは壊す為に創られたのね)
ウィップ「カラミティ・ヴェノム」を右足首の装甲の突出した部分へと狙い定めて鞭打つ。
(あたしは仲間を得たわ あんたは独り 可哀想ね)
同じように縁が続いて、今も一緒に戦っている仲間が居る。この場でも、違う場所でも。
(でも同情はしない)
悲劇の上に繋がった縁だったとしても、彼女達の願いと祈りは途絶えさせない。
「エマ、アン。あたしに覚悟を頂戴」
ドロテアの一撃が足首の装甲の一部を引き剥がした。
●
我を取り戻したかのように、アルゴスが大きく一歩を踏み出した。
地上を行く元覚醒者ゾンビやエルトヌス型を相手取っていたカイン・マッコール(ka5336)が、突然ゾンビ達が自分を無視して走り出した事に驚いて声を上げる。
「待て!」
鞍馬 真(ka5819)と氷雨 柊(ka6302)もまた、突然自分達に背を向けてもアルゴスへと全力で駆け出し始めたゾンビ達の挙動に驚いて顔を見合わせた。
「っ! 気を付けろ!! アルゴスは回復を行うつもりだ!!」
真の叫びはトランシーバーを通して全員へと通達され、ゾンビ達を相手取っていた全員がその背に向かって攻撃を仕掛ける。
奏多がキウイに幻獣砲「狼炎」を放たせ、手負いの1体を屠るが、一体どこに隠れていたのかと続々とゾンビ達が現れるその姿は実にホラー映画そのものだ。
射撃が適う者達が、次々にスツーカ型やサイズの大きいエルトヌス型を狙い撃つが倒しきれない。
地縛符を設置し終えた朝騎がハッチを閉め、護衛を務めていたオウカの 魔導型ドミニオン・夜天一式改「戦鬼」と共に離脱を図る。
スツーカ型がアルゴスに接近してきたのにあわせ、ユリアンが再び星礫を放ち、その背に飛び乗った。
驚いたスツーカ型が暴れ、ユリアンを振り落とそうとするが、振り落とされるよりも先にユリアンはその首の後ろに血水晶が埋め込まれているのを見つけ、雷虹剣を突き立てた。
玻璃細工が割れるような軽やかな音と共に血水晶が砕けると、スツーカ型は大きく嘶き、その場から逃れようとアルゴスに背を向ける。
「……血水晶が割れても、死ぬわけじゃない……? アルゴスの制御がなくなるだけなのか」
今までの剣機は比較的ダメージが通った後に血水晶を破壊されることが多く、共に絶命することが多かっただけで、本体と血水晶はそれぞれが独立していた物だと知る。
ユリアンはこのままだと振り落とされるか共に墜落するしかないと気付き高度が下がった瞬間を狙って地上にいるエルトヌス型に星礫を投げ、最後のチェイシングスローを使って地上へと生還した。
「ユリアンくん、大丈夫!?」
唯一の聖導士として戦場を駆け回っていたエイル・メヌエット(ka2807)がイェジドのソルフェと共にユリアンに駆け寄る。
ユリアンが降りた後、スツーカ型はソフィアと菊理の砲撃により空中で爆発し、驚いたエイルとユリアンはほっと胸を撫で下ろしたのだった。
ゾンビ達の動きはそれほど速くない。
それゆえに、アルゴスが回復を図ろうとしているのがわかってからその周囲から離脱はしたものの、アルゴスは十分な“餌”が集まってから回復を図ろうとしているらしく、脚や腕に残っているCAM砲で乱雑に攻撃をしながらもその場を動こうとはしなかった。
「血肉を警戒しすぎたか……!」
炎が悔しそうに地団駄を踏む。
接近戦をメインで考えていたハンター達にとっては近付きたくても近づけないというこの時間がまどろっこしかった。
射撃や遠距離魔法で攻撃をするハンター達がアルゴスへと向かうゾンビ一体一体を貫いて行くが、そのほとんどが止めを刺すに至らない。
「ダメ、これ以上深追いしては私達も……!」
アリアの声にユーリが悔しそうに柄を握り締める。
幻獣に乗ったハンターだけが幻獣の脚による一撃離脱が可能ではあったが、深追いこそがこのアルゴスの狙いであろうと気付いたハンター達は慎重に攻撃を重ねて距離を確認しつつ攻撃を行う。
一方でこの機会を虎視眈々と狙っていたのはトミヲだ。
「囁き、祈り――」
斉射の間中もぶつぶつ呟きながらDT魔法『S・I・E・N』により魔力を高め練り上げていたトミヲは、トミヲくん2号にアルゴスに近付くよう命じた。
「昂ぶれ、DT魔力!」
スツーカ型も鴉も、基本的に空中の敵よりも地上の敵の方が多かった。
ゆえに、その足元にグラビティフォールを発生させ、エルトヌス型と元覚醒者ゾンビ数体を巻きこみつつアルゴスの右脚に重力による枷を付けた。
アルゴスは大きく息を吸い込むような仕草をする。
禍々しい風がアルゴスへと向かい流れる。
瑞々しい地面の草は枯れ、傷付いていたゾンビ達は塵へと還っていく。
一方でアルゴスの剥き出しとなった赤黒い皮膚はハリを取り戻してく。
『我が血肉となれ』――その威力を我が身で敢えて受けたのがランだ。
「ははぁん。これはけっこう、痛いね?」
ごっそりと生命力を奪われ、リジェネレーションで自己回復を試みながら、逃がしていたリーリーを呼ぶ。
直ぐ様駆けつけてきたリーリーに飛び乗ると、一旦離脱し、来てくれたリーリーの頭を撫でて褒めた。
「……うん、きみを逃がしておいてよかったよね」
だが、これで身をもってわかった。
「アルゴスはかなりダメージを負っている」
「そんなのは見ればわかるでしょ!!」
駆けつけたエイルに怒られながら、ランはそれでも警告する。
「いや、これ逃げて正解だよ。この一撃だけで前線が崩壊しかねないもん」
アルゴスの周囲に集まった半数以上の敵が塵となって消え、生き残った剣機ゾンビ達はアルゴスを護るように得物を構える。
「……ただし、次から来るタイミングを計るのが難しそうだね」
もう少し取り巻き達に注力しても良かったか、とランは後頭部を掻いたのだった。
アルゴスが動き始めた。
周囲には取り巻きであるエルトヌス型と元覚醒者ゾンビ達を引き連れ、空中には大鴉の姿はほとんど見られないが、スツーカ型はまだ3?4体見える。
向かうのは真っ直ぐにトラックのある方向。
「行かせるものか!」
イェジドのレグルスの脚力で一気に距離を詰めた真が周囲一帯を薙ぎ払う。
ソウルトーチで剣機達の気を引こうと試みるが、やはり血水晶のコントロール下にあるゾンビ達はほとんど効果は見られない。
「……あの時と同じか」
真の脳内では石造りの塔での戦いが思い出されていた。
契約者であるリンダを追い戦った。あの時も元覚醒者ゾンビ達と戦ったのだった。
「それなら、相手にせざるを得なくするだけだ!」
レグルスが元覚醒者ゾンビに飛び掛かり、獣爪「デルガード」で抉るように切り裂いた後、真はソウルエッジによって強化された大鎌「グリムリーパー」でその首を刎ねたのだった。
「アンフレッシュゴーレムは……今回いないんですねぇ」
柊は剣機博士の研究所で戦ったアンフレッシュゴーレムと対峙しても良いようにと念のために火竜票を持ってきていたのだが、どうやら不要だったらしいと知る。
喜んで良いのやらガッカリしていいのやら複雑な思いを抱えつつ鉄扇「大黒狐」でエルトヌス型の攻撃を受け、衝撃に大きく後ろへ飛ばされつつも何とか体勢を崩さずに留まった。
エルトヌス型も強固な防御力を誇る物理タイプの剣機だが、斬撃が通らないという訳では無い。
地を駆けるもので素早くエルトヌス型の一撃を躱し、その胴体にクラッシュブロウを叩き込む。
「こんなにいっぱいだと……あの時みたいでいやですねぇ」
ここ、ベルトルードの東側の商港で剣機やゾンビ達を相手にした時の事を思い出し、そっと息を吐いた。
閏は元覚醒者ゾンビ3体をまとめて五色光符陣にて焼いた。
(……俺は、世界の為に何が出来るのでしょうか)
閏は戦いながらそれをずっと考えている。
死してなおもその身体を利用され続ける元覚醒者達を見つめ、その動きに大切な友人の面影を見た気がした。
――かつて、旧帝国時代に研究されていたというこの“死体を軍事利用する”という技術。
ついぞ確立することは無かったというが、クーデターが起こらず、研究が続けられていたのなら、これが『当たり前』の国になっていたかもしれないのだと思うと、閏はぞっとした。
「……俺の大切な人達が傷付くのはもう、見たくないのです」
閏は次の符を取り出すと、再び五色光符陣を展開し、一体の元覚醒者ゾンビを塵へと還した。
派手な爆発音と熱がカインを襲った。
咄嗟に両腕を交差し熱から護りつつ、鋭く視線を左右に振る。
煙が晴れた先に杖を持った元覚醒者ゾンビの姿を見つけると、カインはイェジドの-Wild Hunt-に命じ一気に距離を詰めると斬魔刀「祢々切丸」のサビへと変えるべく斬り貫く。
塵へと還っていく身体から素早く刃を引き抜くと、少し前を行くアルゴスを見上げる。
「この巨人が動き出したのには僕も仕事で関わりがあるみたいだし、此処できっちりケリを付けないと」
全てはカインが気絶していた中での話しなので、後からの伝聞でしか知らない。
だが、責任を感じないわけでは無かった。
飛んで来る銃弾にいち早く反応したワイルドハントのお陰でカインも回避に成功する。
ジグザグに跳躍するように地を駆け、獣爪「ヴォルフォーナー」ですれ違い様に斬り付けるのに合わせてカインもまた斬魔刀を振り下ろした。
「うん、中々に有効だ、もう少しこいつも有効に使ってやらないと。」
ほとんど手入れをされていない為、毛が伸び放題になっているイェジドを見て、これが終わったらご褒美を上げて毛並みを整えてやろうと、一人頷くカインだった。
(死を齎すのなら、その死を終わらせよう)
エルトヌス型の一撃をその身で受け止めつつ、ユーリはカウンターで振動刀を振り上げた。
(惨劇を齎すのなら、惨劇を終わらせよう)
恐らく若くして亡くなったのだろう元覚醒者ゾンビはその剣から三角形を生み出すと闇色の光でユーリとアリア、奏多を焼いた。
(この身は明日を繋ぐ為に、眼前の惨劇を絶ち斬る一振りの刃)
ユーリの傷をキウイが必死に癒やそうと歌うように鳴く。
(私が生きている内は、誰一人大切な仲間を死なせはしない)
「私が斬り拓くのは大切な人達と歩む明日、死人なんかに……阻ませはしないっ」
オリーヴェがユーリの声に呼応するように地を蹴る。
ユーリとオリーヴェによる連続攻撃についにエルトヌス型が膝を付き倒れた。
「戦乙女は死神だなんて、噺もあるけど」
ユーリを見てアリアは薄く微笑み、ユーリもまたアリアを見て微笑み返す。
地を伝う振動。死を連ね、死を率い、死を招く。この巨神にアリアは嫌悪しか抱けない。
(明日を喪わせる死者の巨神ならば、私は彼岸(シ)と現(イノチ)を隔てる斬刃として)
「全身と全霊で、死を斬り祓う」
ユーリに続けとアリアもコーディと共に駆け出す。
突き出された刃の先が風を切り、玲瓏たる響きを奏でる。
その音は恐らく偽りの命の糸が途切れる音なのだろう。直撃を受けた2体の元覚醒者ゾンビはコーディが通り過ぎ、その先へとかけだした時には塵へと還っていく。
戦乙女達が恐ろしくも美しい戦いを繰り広げている中、奏多は一人アルゴスを思う。
(本当に美しいと思う。無駄のない、無限に成長するシステム)
生み出された経緯がどうであれ、そのシステムそのものは賞賛に値する物だと奏多は思っていた。
(だが、それが唯殺すモノなら)
「俺達がお前の敵だよ」
Star of Bethlehemを放つと、術士の元覚醒者ゾンビのその後ろへと回る。
大太刀で斬り付けるが、致命傷には至らない。
術士から反撃の火矢を喰らって、奏多は地面を自ら転がって衝撃を和らげる。
すぐに体勢を立て直し顔を上げると、術士は既にアリアの大太刀に貫かれた後だった。
コーディの上に跨がったまま、地に片脚を着けたままの奏多をアリアは睥睨する。
「私の背を追ったのでしょう、カナタ――なら、今この場で肩を並べてみなさい?」
アリアの表情は逆光となって奏多からは見えない。
だが、奏多には見えなくともわかった。だから、唇の両端を上げて見せる。
その表情を見てアリアは1つ頷くと、次の敵へとコーディを向かわせる。
奏多もまた、その後ろ姿を見送って次の敵へと大太刀を構えた。
「……あくまでペレットを優先しますか」
マッシュはヘイムダルのモニター越しにアルゴスを見てある意味感嘆の溜息を吐いた。
幾人かの闘狩人がその身にオーラを纏っているのが見えるが、それに引き寄せられるような個体は見えない。
アルゴスの口からレーザー砲が放たれ周囲を帯状に焼いた。
マッシュはマテリアルカートリッジを交換すると、空を舞うスツーカ型に照準を合わせる。
スツーカ型の持つ爆撃も脅威ではあったが、マッシュとしては“目”を潰したいという意向の方が強い。
引き金を引き、すぐに次の攻撃に移れるよう注意深く空を睨み続けた。
「なかなかどうしてしぶといですね……!」
決してアルゴルには近付かず、黙々とスツーカ型に照準を絞って攻撃をし続けているアメリアだったが、未だにスツーカ型の殲滅に至れずにいた。
「……でも、あと、2体っ」
マッシュの射た個体を狙ってアメリアも引き金を引く。大きく旋回するようにしてその一撃を避けられ、アメリアは悔しさにグリップを音が鳴るほどに握り締めた。
エイルはソルフェと共に戦場を駆ける。
その適切な治療と高い回復力は前線の立て直しに最大限活かされていた。
特にレーザー砲の後の治療は状況次第では一気に前線が崩壊しかねないほどの威力がある中で、エイルの希命(フルリカバリー)の効果は絶大だった。
「生命の繋ぎ手として、皆を無事連れ帰る。必ず」
その目的は誓いでもあった。医師として、聖導士として、決して譲れないただひとつの希だった。
「往きましょう、ソルフェ」
スツーカ型の爆撃音にエイルは直ぐ様ソルフェと共に現状確認へと向かって行った。
●
「あぁあああ! 何ででちゅか! あと一歩なのにっ!!」
朝騎が「もっとコッチに来いでちゅよっ!!」とコックピットの中で騒ぐ。
……というのも、朝騎が設置した地縛符のうち2つはエルトヌス型と元覚醒者ゾンビに踏み抜かれてしまい、穴の底の1つと穴の周り1つしかないのだ。
朝騎は自分の方に注目させようと風雷陣を放つ。
その時、また別のエルトヌス型が穴の周りの1つにはまった。
「お ま え じゃ な い で ちゅ??????!!」
朝騎の絶叫は周囲に轟いたが、誰もが聞こえなかったふりをした。
「……いや、これは“学習”したのかもしれない」
オウカが冷静に分析しつつ告げる。
「罠の位置はハンターには周知だった。結果、誰もがそこを避ける。既に前の戦場で“隠された罠”の存在を知っていたアルゴスは、“ハンターが通らない場所には何かある”と“学習”して、その確認に取り巻きを行かせたのかも知れない」
「……となると、落とし穴に自分から落ちてくれたりはしてくれなさそうですね」
ソフィアがアルゴスの肩に残っているCAM砲をマークスマンライフル「ラプターCS9」で狙い撃ちながら自分の両肩を軽く竦める。
「こちら、ユリアン。聞こえますか?」
アジュールの元まで戻ったユリアンがトランシーバーでオウカ達にコンタクトを取った。
「聞こえている。どうした?」
「アルゴスの、あの鎧の中身の正体は、多分……スライムです」
「……何だって?」
オウカが問い返すと、ユリアンは再度ハッキリと告げた。
「スライムです。ペレットの血から出来た、人や生物を食べて大きくなるスライムです」
ユリアンの言葉を聞いて、密かに拳を握り締める者、唇を噛む者、奥歯がすり切れるほど噛み締めた者が改めてアルゴスを見上げる。
この大きさになるまで、一体どれほどの人を食べたのか、想像も付かない。
でもあの色。あの弾力。マテリアルは吸収出来ても金属類は吸収出来ないその性質。
もとは日光が苦手だった筈だが、そこは雷を苦手とする代わりに克服したのだろう。
「だから、多分関節も関係無いし、骨も筋も腱も無いと思います。でも、スライムであの巨体を維持するのは相当大変なんじゃないかな、と……だから全身鎧を着ているのかも知れません」
「……つまり、脚の装甲を引き剥がすっていうのは有効そうだ」
ソフィアが「上等じゃん」と獰猛な笑みを浮かべる。
「確か右脚は結構ダメージ入れてましたよね? 徹底的に集中攻撃しましょう」
「了解」「ラジャー」「まかしとけ!」
ソフィアの声に幾多もの声が重なり、次の瞬間から右足首から膝下にかけて猛攻が始まった。
「これをぶっ壊せばいいんだろ!!」
FOMが斬機刀を突き入れ斬り上げる。
ザントメンヒェンがFOMの間を縫うようにカノン砲で膝を狙い撃つ。
リーリーに急接近してもらったランが再度管狐を呼び右脚を押さえつける。
戦鬼が機棍「プリスクス」で足首へと殴りかかり、クランはドミニオンで突撃槍「ヘビーイグニッション」を構え、渾身の一撃をその脛へと突き入れ、Gustavのドリルがその亀裂を大きくし、引き剥がしていく。
「……ユリアン君」
ユリアンの言葉を横で聞いていた金目が拳を握り締めたまま名を呼んだ。
「うん」
ユリアンの眉間のしわもまだ深く刻まれたままだ。
「……終わらせよう、必ず」
その言葉に金目は深く頷く。
「此処で此奴を止められなかったら、僕がハンターになった意味がないじゃないか」
その言葉は己に言い聞かせるためのもので、金目は覚醒により金色となった瞳に強い光を宿してアルゴスへと向かって行った。
リアルブルーの神話に登場する100の目を持つ巨人。取り巻く剣機がヤツの目ならば、もうその目はほとんど無いはずだ。
「倒れるぞ!!」
右脚の装甲を潰されたアルゴスがついにバランスを崩して倒れ始める。
30mの巨体が倒れてくるとあって、周囲にいたハンター達は下敷きにならないよう慌てて逃げる。
酷い地響きと振動。それに少し遅れて土埃が周囲に舞った。
風が土埃を運び去り、視界が戻ったところでうつぶせで倒れたアルゴスに、ハンター達が一斉に集る。
「心核を探せ!!」
合い言葉のように言い合いながらハンター達はさらにアルゴスの鎧を剥ぎちぎり、どこかにあるとされる心核を探して刃を突き立てた。
雪が墜星撃で飛び上がり落下と共にアックス「ライデンシャフト零式」をアルゴスの兜部分に叩き入れた。
「大雷、黒雷……来たれ、八雷神! 我が敵を撃て! 皆んなの思い、皆んなの痛み……受けとれぇ!!」
雪が柄から手を離す瞬間に真夕はエクステンドキャストで練り上げた全魔力を注ぎ込んだライトニングボルトを解き放った。
轟雷がアルゴスを撃ち、アルゴスは衝撃にもがいた後、起き上がろうと両肘で上肢を逸らせるように起こした。
チリリと、アルゴスの口の中に負のマテリアルが集まるのを感じたアウレールとオウカはそれぞれの機体を走らせその顎へと得物を叩き入れ、その口が開くのを防いだ。
籠もったような爆発音の後、どろりと溶けて液体状になったアルゴスの顎が二人の機体に降り注ぐ。
エニアはショットアンカーを背中の剥がれかけた装甲に引っかけるとムーちゃんに飛び乗り引っ張らせて一気に引き剥がしにかかった。
アルゴスが嫌がって暴れて腕を振るうだけで、決して軽くはない機体が宙を舞う。
「っ!」
地面に落ちる際の衝撃で体中を強かに打ち、クランは思わず顔をしかめた。
そのクランに降り注ぐやわらかな祈癒ノ風。
エイルのヒーリングスフィアが機体ごとクランを癒やす。
「大丈夫かしら? 動ける?」
「あぁ、大丈夫だ、有り難う」
直ぐ様機体を起こし、ダメージを確認するが、機体に損傷はほとんど見られない。
今度は脚に蹴られた機体が出たらしい。
エイルはソルフェに願ってそちらへと急行する。
その背を見送ってクランもまたアルゴスへと挑みかかっていった。
「頑張ってムーちゃん!!」
エニアの声援が届いたのか、たまたま偶然か。ガン、ガン、という2度の衝撃の後、背部中央から肩口までの広範囲の鎧が剥がれた。
「心核は……!?」
「わからん、見えん」
「レーダーにも特に変化無しでちゅ」
「……ということは頭か」
その時、兜部分に激しい稲光が落ちる。真夕の特大ライトニングボルトだ。
その衝撃に兜にもヒビが入り始める。
仲間を巻きこまないよう距離を取りつつ立ち回っていた菊理がアルゴスが沈黙したのを見て周囲を見る。
魔導レーダー「エクタシス」とVRHMD「ヴァイトゼーエン」を組み合わせ、敵味方の動きを見ていた菊理は、もう、ほとんど取り巻きのゾンビ達も残っていないが、しかしゾンビ達が戦いつつもアルゴスの方へと少しずつ下がっていることに気付いた。
「そろそろ回復が来るぞ! 一旦距離を!」
菊理の声に、咄嗟に反応したハンター達は全速力でその範囲外へと逃げる。
轟、と風が吹き、周囲の草が枯れた。残っていたエルトヌス型3体と元覚醒者ゾンビ5体は皆塵となって消えた。
菊理の気付きが遅かったら間違いなく半数以上のハンターが巻きこまれていただろう。
アルゴスが肘をついた状態で手を空へと伸ばした。
(……まるで母から離された赤子のよう。飢えるさ、当然だよ)
アウレールは剣機博士であったヴァーン・シュタインの最期の言葉を思い出し目を伏せた。
(ヴァーン。残骸のような貴様が死さえ搾り尽くした、その残骸なのだから)
この哀れな存在に引導を渡さねばと、アウレールは再び装甲を剥がすべくザントメンヒェンを繰った。
●
思うように回復が行かなかったアルゴスは苛立っていた。
肘を使って這うようにしてでも前へと進みたいのに、あちこちを引っ張られて上手く動けない。
力が抜ける感じがするので、力を貰おうとしたのに、何だかあんまり力が湧いてこない。
アルゴスは苛立っていた。
アルゴスの手が、今までにない素早さでザントメンヒェンと戦鬼を捕らえると口の奥へと放り込んだ。
「なっ!?」
衝撃に炎が目を見張ると、次に反対の手がGustavを捕らえ、エニアを乗せたムーちゃんに伸びた。
「させるかぁっ!!」
咄嗟にアクティブスラスターを起動させエニアの前に立つと、次の瞬間にはFOMの機体はアルゴスの手の中にあり、そして口の奥へと飲み込まれた。
体中の生気が一気に吸われていくのが分かり、アウレールはその薄ら寒さに肌が粟立つ。
オウカはどうにか逃れられないかと機体を動かすも、粘稠性のある体液に捕らわれ思うように機体が動かない。
颯もまたドリルを動かそうともがくが、ドリルは全く回転せず、どんどんと周囲の温度が下がり、暗くなっていくように感じられた。
炎は覚悟は完了していた。誰かが傷付くくらいなら自分が盾になると言った言葉は嘘では無い。
だが、諦めたくは無かった。
その4人に、ふと声が聞こえ始めた。
『帰りたい』
それは幾人もの声だった。
『家に帰りたい』
男の声であり女の声でもあった。
『家族に』『恋人に』『母に』『我が子に』『愛しい人に会いたい』
老人の声であり成人の声であり子どもの声でもあった。
『死にたくない』
その声はどれもが悲痛に満ちていた。
『せめて、もう一度』
『帰りたい』
「早く、腹を切り裂いてでも出すんだ!」
トミヲが叫び唇を噛み締める。このスライムは身に取り込むと吸収が早い事を、トミヲは知っていた。
ランがその声に応えてワイルドスラッシュでその腹部を叩き斬る。
「死なせない……!」
反対側では奥歯がすり切れるほど噛み締めたドロテアが鞭で脇腹を抉り穿ち、そこにユリアンが雷虹剣を突き立て力一杯引き裂いて作った傷口に金目がアックス「スケッギョルド」の刃を叩き込む。
尋常ではない事態にクランとソフィア、菊理もマッシュも駆けつけ、裂けた脇腹からまずアウレールのザントメンヒェンをクランのドミニオンが力尽くで引っ張り出すとそのまま引き摺りながら引き離した。
次いで反対側からオウカの戦鬼をソフィアのプロト・エクスが同様に引き摺りながらも引き離し、菊理の黄泉が颯のGustavを、マッシュのヘイムダルが炎のFOMを左右同時に引き摺り出した。
真っ青な顔をしたエイルが駆けつけ、強制的にハッチを開けると中には意識を失った4人がそれぞれにぐったりと操縦席に沈んでいた。
その間、アルゴスの両手を押さえていたのはユーリ、アリア、奏多の【翅刃】の3人と3頭の幻獣。真、カイン、それぞれの幻獣と朝騎のR7。
それぞれが手甲を剥ぎ、腕を地面に縫い止め、腹部へと伸びるのを防ぎ、また、これ以上仲間が捕らわれないよう護った。
そして、真夕と雪、エニアとムーちゃん、アメリアとみかん、閏と柊はその間にも兜を引き剥がそうと攻撃を繰り返し、そしてついに、頭部が全て露出した。
「全員全力で、その頭をぶっ潰せー!!」
ソフィアが怒号にも似たGOサインを出す。
もしも、脳だけになっていた剣機博士が執着していた場所があるのなら、それはやはり頭部では無いのかとそう思っていた者は頭部へ。
セオリーであるのなら、心臓部ではないかと予測していた者は胸部へ。
多数にある可能性を感じていた者は、腰や腹へ。
探し、斬り、焼き、穿ち、裂き、貫き……ついにアルゴスはその姿形状を保っていられなくなり、徐々に溶け始めた。
それは酷い負のマテリアルを撒き散らし、大地を汚染しながら溶け流れ広がる。
最後に頭部があった付近から血水晶に似た塊が地面の上に残るが、それも程なくして消えてしまった。
「……あれが心核だったんでしょうか……?」
閏は首を傾げつつも、戦い塵へと還った全ての剣機とアルゴスに安らかな眠りがあるよう、祈った。
エイルはか細いながらも4人共が呼吸をしていることに安堵しながら、草の上に座り込んだ。
海風が吹いてどこかへ逃げていたカモメが鳴いた。
苦しかった戦いは終わったのだ。
誰もが満身創痍な身体を草の上に投げ出した。
空は青く、雲は白く。
風は徐々に熱をはらみ、初夏の香りを連れてくる。
巨神アルゴスの手から、ペレットを、何よりこの町を守れたことをようやく実感し始めたハンター達は互いの健闘を称え合ったのだった。
アルゴスがまだ転倒する少し前。
「ど?ですか??」
十色 エニア(ka0370)のおっとりとした声に「んー」と聞いているのかいないのか、曖昧な答えを返すのは双眼鏡越しに倉庫街を観察している水流崎トミヲ(ka4852)。
二人は『天華・雷』の照射予定位置よりも詰所寄りの前庭に刻令ゴーレム「Gnome」のCモード「hole」により穴を掘り進めている。
徐々に穴が深くなると地上の様子も見られなくなるので、トミヲはある程度まで来たらあとは愛機のがんばれトミヲくん2号に任せ、地上からアルゴスの姿を観察していた。
そんなトミヲの姿に首を傾げるのは魔導型ドミニオンの魔導ドリルで穴掘りに協力しているクラン・クィールス(ka6605)だ。
「何がそんなに気になるんだ?」
画面越しに問いかけると、トミヲはやはり「うーん」と唸るのみで言葉を返さない。
「トミヲさーん、ここの穴はもうOKだよ」
「あ、はい!? 止まって! もう止まっていいよ!!」
ようやく双眼鏡から目を離したトミヲは慌ててトミヲくん2号に声を掛けて穴掘り作業を止める。
「次は……あの辺かな?」
「……うん、そうだね。あ。クランくんもまだ行ける?」
「まだ来る気配ないなら」
2台のゴーレムと1機のドミニオンは穴から這い上がり、次の穴を掘り始める。
「何をそんなに見ているんだ?」
再度、クランが問うと、トミヲは首を傾げながら今度は答えてくれた。
「本来は沢山の目と手足を操り最速で最適戦術を打つ巨人の筈……なんだよね」
「アルゴスか?」
「そう……うん、やっぱりそうだ」
双眼鏡を覗き込みながら、トミヲがうんうんと頷く。
「ペレット君がいない分の、ネットワークの不備と見た!」
突然の大声に「え? 何???」とエニアが驚いてムーちゃんの動きを止めさせるとトミヲを見た。
「ペレットくんが居ない事によって、何が“不完全”なのかなって考えて見ていたんだ。沢山の手勢に命令を出すタイムラグが在るんじゃないかなとか、一度命令を出したら後は勝手に動くんじゃないかな、とか」
そう言いながらも、トミヲは双眼鏡から……正しくはアルゴスと周囲を動くスツーカ型の動きを見る。
「……こちらの動きの変化に手勢は即時の対応ができていないんだ」
トラックを追ってると思われるスツーカ型は撃たれてもトラックの追跡を最優先している。
だが銃撃を受けると離れすぎない程度にその射線が通らないところへと移動しようとする動きが見られた。
これは一度命令を出したら後は勝手に動く、という“自律行動”の1つでは無いかとトミヲは目を付けた。
一方で、アルゴスの周囲を飛ぶスツーカ型は時折不自然に滞空したり、回旋をする様子が見られた。これは恐らく命令が混線しているか、待機状態なのだろうとトミヲは目を付ける。
「オウカくん」
魔導短伝話で呼びかけると、オウカ・レンヴォルト(ka0301)がすぐに反応した。
ここまでの観察から導き出された考えを伝えると、オウカの「ふむ。伝えておこう」という返答が言い終わる前に大地が大きく揺れた。
ついにアルゴスが転倒したのだ。
「……さぁ、ここから忙しくなるよ!」
たとえ命令系統にラグがあろうと、即時の対応が出来ていなかろうと、敵は来る。
穴掘りを進める3人は急ピッチで仕上げにかかった。
魔導エンジンが猛々しい音を立てる。
タイヤが煙を吐きそうな程の回転を維持したまま、砂埃を上げて倉庫街の路地を駆け抜ける。
助手席の兵士がちらりとサイドミラー越しに巨神アルゴスの姿を探す。
しかし、アルゴスはまだ起き上がれないらしい。その巨体は倉庫によって隠されたままだ。
その直後、真横で起こった爆音と爆風に車体ごと煽られ左側が一瞬浮いて、着地の振動で車体がバウンドする。
イズン・コスロヴァ(kz0144)はその衝撃に全身を揺らしながら、隣に居るペレットの様子を窺った。
車載の椅子にシートベルトで固定された上で両腕を縛られている。
猿轡を噛ませているため、衝撃で舌を噛み切ることはないだろうがただでさえ弱っている身体にこの衝撃は酷では無いだろうかと少し不安になる。
白磁の陶器のように血の気を失った顔は今にも消えてしまいそうな儚さを感じさせる。
――それが、ヒトを取り込むためのこの歪虚の擬態の結果だったとしても。
「……もうすぐ目標地点を越えます。それまで辛抱しなさい」
イズンの言葉が届いたのか、それとも車体の振動か。小さく頷いたように見えて、イズンは目を細めた。
マッシュ・アクラシス(ka0771)は魔導アーマー「ヘイムダル」のモニター越しにトラックが走り抜けるのを見つめ、ツインカノン「リンクレヒトW2」でスツーカ型を狙う。
恐らくトラックに必ず一機以上のスツーカ型が沿うのはアルゴスの“目”としてトラックを追うためだろうとマッシュは想定していた。
他にも鴉やゾンビ達もそれぞれが違う速度、違う高さ、違う攻撃方法を持っているのも、その都度のデータを収集するためだとすれば。
「して、アレはどの程度、見えているのでしょうかね」
マッシュにはこれほどの外部に“目”を必要とするアルゴス自身の目が良いとは思えなかった。
ゆえに、周囲の“目”……端末である他剣機から狙い、引き金を引いた。
「あぁ……今まで剣機と戦った事もありましたけど……これが親玉、アルゴス……禍々しい」
みかんと名付けたイェジドに騎乗したアメリア・フォーサイス(ka4111)がその大きさと禍々しい負のマテリアルの凶悪さに気圧され、思わず生唾を飲み込んだ。
それでも、確実に倒すための一手に全力を尽くそうと大型魔導銃「オイリアンテMk3」を構える。
みかんもまた、主を護らんと姿勢を低くし、アメリアのGOサインと共に地を蹴った。
「……あれだけの攻撃を避けてくるか……流石だな」
トラックを追うスツーカ型とその後方から続いて現れた元覚醒者ゾンビの姿を見つめ、リーリーのキウイに騎乗した東條 奏多(ka6425)が感嘆と共に賛辞を贈る。
「感心している場合ではないでしょう? 行くわよ、カナタ」
呆れたようにアリア・セリウス(ka6424)が鋭く声を掛けるとイェジドのコーディに命じて走り始めた。
アリアの横には同じくイェジドのオリーヴェに乗ったユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)。
3人は【翅刃】として三位一体で周囲の敵を討伐することに重きを置いて元覚醒者ゾンビのその直中へと幻獣を飛び込ませた。
ユーリが試作振動刀「オートMURAMASA」による薙ぎ払いで二体をまとめて薙ぐが、一体はその攻撃を受けるとカウンターでユーリへと鋭い一撃を見舞った。
「闘狩人……!」
流石、第1戦目のあの激戦を潜り抜けてきただけあり、かなりの手練だったのだろう。
その身のこなしも一撃の重みも今まで戦ってきたゾンビとは比べものにならない。
「ユーリ!」
「問題無いわ!」
アリアの声に叫ぶように応え、ユーリは振動刀を握り直す。
コーディの力強い跳躍に併せてアリアは大太刀「破幻」を振るう。涼やかな音とは対照的に繰り出された一撃は周辺一帯を悉く薙ぎ伏せる。
その一撃から軽やかな跳躍で逃れるものが1体。その腕にStar of Bethlehemが突き刺さり、次の瞬間には大太刀「獅子王」を構えた奏多が地に足を付けると同時に胴を逆袈裟に斬り上げた。
「キウイ!」
奏多の声に呼応するようにキウイが飛べない翼を羽ばたかせながら高らかに鳴くと、その鳴き声にアリアの体内マテリアルが活性化され傷が癒えていく。
「まだまだ来る……気を付けて!」
ユーリの声にアリアと奏多が頷き油断無く各々得物を構える。
斥候、という言葉は確かにそうだったのだろう。
海水でずぶ濡れのままの元覚醒者ゾンビ達の後ろから、さらに大柄のエルトヌス型が現れ始める。
3人は視線だけで言葉を交わし、同じ敵へと向かって走り出した。
「なるほど……たちかに“ラグ”がある可能性はあるかもしれまちぇん」
オウカからの報告にR7エクスシアを繰りながら北谷王子 朝騎(ka5818)が頷く。
「……向こうからの報告は大鴉の疑死、スツーカ型の爆撃方の変化、アルゴスの戦闘に関する成長ぶり、か」
「あと『鎧は通常の溶接ではない』もありまちたでちゅね。……でちゅから、“ラグ”があったとしてもそれはほんの僅かな間でちょうね……もしくは“初めて対面する出来事”を対処する時……とかでちゅか」
朝騎はトミヲの考察とトランシーバーから入って来る幾多もの“声”から情報として使えそうなものだけを取捨選択した結果を自分のUPC軍用PDAに入力すると、導き出した己の考察を告げながら、穴へと向かう。
穴からギリギリ地縛符が届く位置、そしてアルゴスに銃撃が可能なポジションを確保しなければならない。
背後から激しい戦闘音と建物が崩壊する音が聞こえる。
振り返るが、まだアルゴスが動き出した様子は無い。
「こちら、北谷王子。所定位置に到着でちゅよ」
朝騎の声に幾つもの声が「了解」「確認」と返答が入る。
すでに斥候排除に動いて居る者以外、ほとんどの者が待ち伏せの体勢に入っている。
一際、大きな破壊音が聞こえた。
そして、顔を上げればアルゴスが再び歩み始めていた。
「……よし、胴の部分の鎧は取れてますね」
倒れる前まで見えていた全身を覆う鎧、その胴の部分が無くなっているのを見てソフィア =リリィホルム(ka2383)が左の口角を上げて笑む。
地響きがする。
オウカがアルケミストグローブ「思兼神」を用いてここまでの情報をまとめ、トランシーバーを共通の周波数に合わせると一斉情報開示する。
何となく情報を拾い聞いていた者達も、整理されまとめられた情報が聞けるのは有り難いことだ。
トランシーバーどころか通信機器を1つも持ってきていない者も3名ほどいたが、幸いにして周囲に人がいたため伝え聞くことが出来た。
30mの巨神はまだ続く攻撃を無視して真っ直ぐにトラック目がけて歩き始める。
「ここまでの動きから、ヤツは自分の位置と、ペレットの乗ったトラックの位置を線で結んだ、最短距離を来ると思われる。トラックは予定通りの位置を走っている。照射予定位置に変更は、ない」
スツーカ型の爆撃の音が響く。
地響きは徐々に大きくなり、その衝撃も強くなる。
「また予定よりエルトヌス型が、多くこちらへ向かっている、ようだ。状況によっては先に斥候の剣機が上がってくるかもしれない。斥候対応の者は、大丈夫だとは思うが、照射予定位置に近付かないよう、気を付けくれ」
オウカの声に「了解」「まかせて」「かしこまりましたよぅ」と声が返る。
その時、オウカ達に割り込むような形で第六師団の『天華・雷』照射部隊からの連絡が入る。
「照射カウントダウン。10、9、8……」
これ以上は下手に攻撃をして注目を引いてはならない。うっかりアレに捕らわれでもすれば、スペルランチャーの巻き添えを食らう可能性もある。
トラックを執拗に狙っていたスツーカ型がついにアメリアの鋭い銃弾により翼をもがれて墜落し、爆発した。
トラックは予定通りスペルランチャーを搭載した魔導トラックの間を走り抜けた。
その後を只管に追いすがる、赤黒い胴体を晒したアルゴス。
その肌を見て、ユリアン(ka1664)は魔導トラックのアジュールのハンドルを握ったまま身を乗り出した。
「……まさか、あれは……」
色が濃すぎる。だが、自分の記憶にある“色”とシンクロして、ユリアンの眉間には深いしわが刻まれる。
「3、2、1。『天華・雷』斉射」
一斉に10本の砲台が火を吹いた。
真昼の太陽が堕ちてきたような轟雷音と圧倒する程の白光が視界を焼く。
バイザーを付けていても、視界を盾で庇っても、それでもなお眩しいほどの光量が周囲を襲う。
10本の稲妻はその全てがアルゴスに突き刺さり、その露出した肌を貫き血肉を沸騰させ焼き尽くさんとする。
その痛みか衝撃かにアルゴスもまた吼えたが、それは雷がスパークする轟音に紛れて押し潰された。
ようやくハンター達が視界を取り戻した時、アルゴスは全身から黒煙を上げその場に立ち尽くしていた。
それを見たソフィアはすぐに我に返るとR7エクスシアのプロト・エクスの全身チェックを行い、どこにも異常がないことを確認するとカノン砲「エスピガM72」を構えた。
「全機、ぶっ放せ!」
操縦桿を両手で握り、両親指でボタンを押し込んだ。
星のごとく火花が散り、反動に機体の両足が地面に数センチ食い込む。
ソフィアの一撃はアルゴスの左腕に命中したと同時に、【斉射】に賛同していた者達も一斉に銃器を構えた。
リーリーの脚力で一気に距離を詰めたラン・ヴィンダールヴ(ka0109)が管狐を呼び出すと、管狐の幻影はアルゴスの右脚に絡みつき、その動きを封じた。
R7エクスシアの黄泉に搭乗する白山 菊理(ka4305)はマテリアルライフル「セークールス」で動かせない右脚を狙い。
魔導型デュミナスのPzI-2M ザントメンヒェンに搭乗するアウレール・V・ブラオラント(ka2531)は200mm4連カノン砲で右膝を狙い。
朝騎はR7エクスシアのマテリアルライフルで。
エニアはズボールフィーで練り上げた魔力の全てをファイアーボールに乗せ、ムーちゃんにはライフル「エトランゼ」を撃たせた。
閏(ka5673)は魔導二輪「闘走」をフルスロットルで一気に射程位置まで辿り着くと、狙い定めて符を宙へと投げた。3枚の符はひたりと宙で止まると稲妻へと変化しアルゴスの足首を焼き、他二枚はアルゴスを追って工法に現れた元覚醒者ゾンビを撃った。
5機と3人による【斉射】は確実にアルゴスの体力を奪った。
そこへ、間髪入れずに南護 炎(ka6651)のR7エクスシア、FLAME OF MINDが飛び込んだ。
「俺はすでに覚悟を完了している!!」
愛機の左肩から上腕にかけて、力強い筆跡で書かれた『覚悟完了』という文字が陽の光を受けて煌めく。
「アルゴスに近づいて攻撃するみんなの盾になるぜ! 誰かが傷つくところなんて見たくないからな」
堂々と正面に立ち、精神を統一すると電光石火の一撃を与えんと斬機刀「轟劾」を振り抜いた。
「南護炎、行くぜ!!!」
「はやてにおまかせですの! いっけー! びりびり電撃どりる!」
炎と共に八劒 颯(ka1804)もアーマードリル「轟旋」を右脚へと突き立てる……いや、本当は剥き出しの胴を狙いたかったのだ。だが、アルゴスの巨体は30m。股下だけで16m近くあるため、飛行能力か遠距離攻撃でも内限りその胴は狙えない。
それでもはやての一撃は魔力を帯びた雷撃であり、突き立てたドリルは脛当ての装甲を貫きアルゴス本体へと注ぎ込まれた。
「ごめん、ちょっと乱暴に行くよ」
ユリアンの操縦する青い車体が土煙と共にアルゴスの真後ろに迫ると、ユリアンはサイドブレーキを一気に引き、180度方向転換させ停止した。
停止すると同時に幌からは七夜・真夕(ka3977)とユキウサギの雪、ドロテア・フレーベ(ka4126)が飛び出し、ユリアンもまた運転席からそのまま屋根に飛び上がると、アクセルオーバーで肉体を加速させ、チェイジングスローを重ね一気に大腿から背部へと飛び上がった。
一部剥ぎ切れていない鎧にワイヤーウィップを絡め、雷虹剣「カラドボルグ」を突き立てる。
「……っ!」
その感触に、ユリアンは全身の毛を総立てる。
自分の予想が、最悪の方向で当たる。その予感に粟立つ肌が鎮まらない。
一方、空になった運転席へは助手席からスライド移動した金目(ka6190)がトラックが戦闘の邪魔にならない位置へと移動させる。
真夕はウィンドガストで周囲を掩護し、雪は紅水晶を落とし穴のない方向に作り出す。
(切欠は偽札事件だったわ)
ドロテアはドレス「ナイトミスト」のスカートをたなびかせながら蝶のように舞った。
(この事態は防げた? 何が足りなかった?)
何の因果か。関わってきた依頼の点と点を結ぶとそこにはヴルツァライヒの影とペレットの姿があった。
(アルゴス あんたは壊す為に創られたのね)
ウィップ「カラミティ・ヴェノム」を右足首の装甲の突出した部分へと狙い定めて鞭打つ。
(あたしは仲間を得たわ あんたは独り 可哀想ね)
同じように縁が続いて、今も一緒に戦っている仲間が居る。この場でも、違う場所でも。
(でも同情はしない)
悲劇の上に繋がった縁だったとしても、彼女達の願いと祈りは途絶えさせない。
「エマ、アン。あたしに覚悟を頂戴」
ドロテアの一撃が足首の装甲の一部を引き剥がした。
●
我を取り戻したかのように、アルゴスが大きく一歩を踏み出した。
地上を行く元覚醒者ゾンビやエルトヌス型を相手取っていたカイン・マッコール(ka5336)が、突然ゾンビ達が自分を無視して走り出した事に驚いて声を上げる。
「待て!」
鞍馬 真(ka5819)と氷雨 柊(ka6302)もまた、突然自分達に背を向けてもアルゴスへと全力で駆け出し始めたゾンビ達の挙動に驚いて顔を見合わせた。
「っ! 気を付けろ!! アルゴスは回復を行うつもりだ!!」
真の叫びはトランシーバーを通して全員へと通達され、ゾンビ達を相手取っていた全員がその背に向かって攻撃を仕掛ける。
奏多がキウイに幻獣砲「狼炎」を放たせ、手負いの1体を屠るが、一体どこに隠れていたのかと続々とゾンビ達が現れるその姿は実にホラー映画そのものだ。
射撃が適う者達が、次々にスツーカ型やサイズの大きいエルトヌス型を狙い撃つが倒しきれない。
地縛符を設置し終えた朝騎がハッチを閉め、護衛を務めていたオウカの 魔導型ドミニオン・夜天一式改「戦鬼」と共に離脱を図る。
スツーカ型がアルゴスに接近してきたのにあわせ、ユリアンが再び星礫を放ち、その背に飛び乗った。
驚いたスツーカ型が暴れ、ユリアンを振り落とそうとするが、振り落とされるよりも先にユリアンはその首の後ろに血水晶が埋め込まれているのを見つけ、雷虹剣を突き立てた。
玻璃細工が割れるような軽やかな音と共に血水晶が砕けると、スツーカ型は大きく嘶き、その場から逃れようとアルゴスに背を向ける。
「……血水晶が割れても、死ぬわけじゃない……? アルゴスの制御がなくなるだけなのか」
今までの剣機は比較的ダメージが通った後に血水晶を破壊されることが多く、共に絶命することが多かっただけで、本体と血水晶はそれぞれが独立していた物だと知る。
ユリアンはこのままだと振り落とされるか共に墜落するしかないと気付き高度が下がった瞬間を狙って地上にいるエルトヌス型に星礫を投げ、最後のチェイシングスローを使って地上へと生還した。
「ユリアンくん、大丈夫!?」
唯一の聖導士として戦場を駆け回っていたエイル・メヌエット(ka2807)がイェジドのソルフェと共にユリアンに駆け寄る。
ユリアンが降りた後、スツーカ型はソフィアと菊理の砲撃により空中で爆発し、驚いたエイルとユリアンはほっと胸を撫で下ろしたのだった。
ゾンビ達の動きはそれほど速くない。
それゆえに、アルゴスが回復を図ろうとしているのがわかってからその周囲から離脱はしたものの、アルゴスは十分な“餌”が集まってから回復を図ろうとしているらしく、脚や腕に残っているCAM砲で乱雑に攻撃をしながらもその場を動こうとはしなかった。
「血肉を警戒しすぎたか……!」
炎が悔しそうに地団駄を踏む。
接近戦をメインで考えていたハンター達にとっては近付きたくても近づけないというこの時間がまどろっこしかった。
射撃や遠距離魔法で攻撃をするハンター達がアルゴスへと向かうゾンビ一体一体を貫いて行くが、そのほとんどが止めを刺すに至らない。
「ダメ、これ以上深追いしては私達も……!」
アリアの声にユーリが悔しそうに柄を握り締める。
幻獣に乗ったハンターだけが幻獣の脚による一撃離脱が可能ではあったが、深追いこそがこのアルゴスの狙いであろうと気付いたハンター達は慎重に攻撃を重ねて距離を確認しつつ攻撃を行う。
一方でこの機会を虎視眈々と狙っていたのはトミヲだ。
「囁き、祈り――」
斉射の間中もぶつぶつ呟きながらDT魔法『S・I・E・N』により魔力を高め練り上げていたトミヲは、トミヲくん2号にアルゴスに近付くよう命じた。
「昂ぶれ、DT魔力!」
スツーカ型も鴉も、基本的に空中の敵よりも地上の敵の方が多かった。
ゆえに、その足元にグラビティフォールを発生させ、エルトヌス型と元覚醒者ゾンビ数体を巻きこみつつアルゴスの右脚に重力による枷を付けた。
アルゴスは大きく息を吸い込むような仕草をする。
禍々しい風がアルゴスへと向かい流れる。
瑞々しい地面の草は枯れ、傷付いていたゾンビ達は塵へと還っていく。
一方でアルゴスの剥き出しとなった赤黒い皮膚はハリを取り戻してく。
『我が血肉となれ』――その威力を我が身で敢えて受けたのがランだ。
「ははぁん。これはけっこう、痛いね?」
ごっそりと生命力を奪われ、リジェネレーションで自己回復を試みながら、逃がしていたリーリーを呼ぶ。
直ぐ様駆けつけてきたリーリーに飛び乗ると、一旦離脱し、来てくれたリーリーの頭を撫でて褒めた。
「……うん、きみを逃がしておいてよかったよね」
だが、これで身をもってわかった。
「アルゴスはかなりダメージを負っている」
「そんなのは見ればわかるでしょ!!」
駆けつけたエイルに怒られながら、ランはそれでも警告する。
「いや、これ逃げて正解だよ。この一撃だけで前線が崩壊しかねないもん」
アルゴスの周囲に集まった半数以上の敵が塵となって消え、生き残った剣機ゾンビ達はアルゴスを護るように得物を構える。
「……ただし、次から来るタイミングを計るのが難しそうだね」
もう少し取り巻き達に注力しても良かったか、とランは後頭部を掻いたのだった。
アルゴスが動き始めた。
周囲には取り巻きであるエルトヌス型と元覚醒者ゾンビ達を引き連れ、空中には大鴉の姿はほとんど見られないが、スツーカ型はまだ3?4体見える。
向かうのは真っ直ぐにトラックのある方向。
「行かせるものか!」
イェジドのレグルスの脚力で一気に距離を詰めた真が周囲一帯を薙ぎ払う。
ソウルトーチで剣機達の気を引こうと試みるが、やはり血水晶のコントロール下にあるゾンビ達はほとんど効果は見られない。
「……あの時と同じか」
真の脳内では石造りの塔での戦いが思い出されていた。
契約者であるリンダを追い戦った。あの時も元覚醒者ゾンビ達と戦ったのだった。
「それなら、相手にせざるを得なくするだけだ!」
レグルスが元覚醒者ゾンビに飛び掛かり、獣爪「デルガード」で抉るように切り裂いた後、真はソウルエッジによって強化された大鎌「グリムリーパー」でその首を刎ねたのだった。
「アンフレッシュゴーレムは……今回いないんですねぇ」
柊は剣機博士の研究所で戦ったアンフレッシュゴーレムと対峙しても良いようにと念のために火竜票を持ってきていたのだが、どうやら不要だったらしいと知る。
喜んで良いのやらガッカリしていいのやら複雑な思いを抱えつつ鉄扇「大黒狐」でエルトヌス型の攻撃を受け、衝撃に大きく後ろへ飛ばされつつも何とか体勢を崩さずに留まった。
エルトヌス型も強固な防御力を誇る物理タイプの剣機だが、斬撃が通らないという訳では無い。
地を駆けるもので素早くエルトヌス型の一撃を躱し、その胴体にクラッシュブロウを叩き込む。
「こんなにいっぱいだと……あの時みたいでいやですねぇ」
ここ、ベルトルードの東側の商港で剣機やゾンビ達を相手にした時の事を思い出し、そっと息を吐いた。
閏は元覚醒者ゾンビ3体をまとめて五色光符陣にて焼いた。
(……俺は、世界の為に何が出来るのでしょうか)
閏は戦いながらそれをずっと考えている。
死してなおもその身体を利用され続ける元覚醒者達を見つめ、その動きに大切な友人の面影を見た気がした。
――かつて、旧帝国時代に研究されていたというこの“死体を軍事利用する”という技術。
ついぞ確立することは無かったというが、クーデターが起こらず、研究が続けられていたのなら、これが『当たり前』の国になっていたかもしれないのだと思うと、閏はぞっとした。
「……俺の大切な人達が傷付くのはもう、見たくないのです」
閏は次の符を取り出すと、再び五色光符陣を展開し、一体の元覚醒者ゾンビを塵へと還した。
派手な爆発音と熱がカインを襲った。
咄嗟に両腕を交差し熱から護りつつ、鋭く視線を左右に振る。
煙が晴れた先に杖を持った元覚醒者ゾンビの姿を見つけると、カインはイェジドの-Wild Hunt-に命じ一気に距離を詰めると斬魔刀「祢々切丸」のサビへと変えるべく斬り貫く。
塵へと還っていく身体から素早く刃を引き抜くと、少し前を行くアルゴスを見上げる。
「この巨人が動き出したのには僕も仕事で関わりがあるみたいだし、此処できっちりケリを付けないと」
全てはカインが気絶していた中での話しなので、後からの伝聞でしか知らない。
だが、責任を感じないわけでは無かった。
飛んで来る銃弾にいち早く反応したワイルドハントのお陰でカインも回避に成功する。
ジグザグに跳躍するように地を駆け、獣爪「ヴォルフォーナー」ですれ違い様に斬り付けるのに合わせてカインもまた斬魔刀を振り下ろした。
「うん、中々に有効だ、もう少しこいつも有効に使ってやらないと。」
ほとんど手入れをされていない為、毛が伸び放題になっているイェジドを見て、これが終わったらご褒美を上げて毛並みを整えてやろうと、一人頷くカインだった。
(死を齎すのなら、その死を終わらせよう)
エルトヌス型の一撃をその身で受け止めつつ、ユーリはカウンターで振動刀を振り上げた。
(惨劇を齎すのなら、惨劇を終わらせよう)
恐らく若くして亡くなったのだろう元覚醒者ゾンビはその剣から三角形を生み出すと闇色の光でユーリとアリア、奏多を焼いた。
(この身は明日を繋ぐ為に、眼前の惨劇を絶ち斬る一振りの刃)
ユーリの傷をキウイが必死に癒やそうと歌うように鳴く。
(私が生きている内は、誰一人大切な仲間を死なせはしない)
「私が斬り拓くのは大切な人達と歩む明日、死人なんかに……阻ませはしないっ」
オリーヴェがユーリの声に呼応するように地を蹴る。
ユーリとオリーヴェによる連続攻撃についにエルトヌス型が膝を付き倒れた。
「戦乙女は死神だなんて、噺もあるけど」
ユーリを見てアリアは薄く微笑み、ユーリもまたアリアを見て微笑み返す。
地を伝う振動。死を連ね、死を率い、死を招く。この巨神にアリアは嫌悪しか抱けない。
(明日を喪わせる死者の巨神ならば、私は彼岸(シ)と現(イノチ)を隔てる斬刃として)
「全身と全霊で、死を斬り祓う」
ユーリに続けとアリアもコーディと共に駆け出す。
突き出された刃の先が風を切り、玲瓏たる響きを奏でる。
その音は恐らく偽りの命の糸が途切れる音なのだろう。直撃を受けた2体の元覚醒者ゾンビはコーディが通り過ぎ、その先へとかけだした時には塵へと還っていく。
戦乙女達が恐ろしくも美しい戦いを繰り広げている中、奏多は一人アルゴスを思う。
(本当に美しいと思う。無駄のない、無限に成長するシステム)
生み出された経緯がどうであれ、そのシステムそのものは賞賛に値する物だと奏多は思っていた。
(だが、それが唯殺すモノなら)
「俺達がお前の敵だよ」
Star of Bethlehemを放つと、術士の元覚醒者ゾンビのその後ろへと回る。
大太刀で斬り付けるが、致命傷には至らない。
術士から反撃の火矢を喰らって、奏多は地面を自ら転がって衝撃を和らげる。
すぐに体勢を立て直し顔を上げると、術士は既にアリアの大太刀に貫かれた後だった。
コーディの上に跨がったまま、地に片脚を着けたままの奏多をアリアは睥睨する。
「私の背を追ったのでしょう、カナタ――なら、今この場で肩を並べてみなさい?」
アリアの表情は逆光となって奏多からは見えない。
だが、奏多には見えなくともわかった。だから、唇の両端を上げて見せる。
その表情を見てアリアは1つ頷くと、次の敵へとコーディを向かわせる。
奏多もまた、その後ろ姿を見送って次の敵へと大太刀を構えた。
「……あくまでペレットを優先しますか」
マッシュはヘイムダルのモニター越しにアルゴスを見てある意味感嘆の溜息を吐いた。
幾人かの闘狩人がその身にオーラを纏っているのが見えるが、それに引き寄せられるような個体は見えない。
アルゴスの口からレーザー砲が放たれ周囲を帯状に焼いた。
マッシュはマテリアルカートリッジを交換すると、空を舞うスツーカ型に照準を合わせる。
スツーカ型の持つ爆撃も脅威ではあったが、マッシュとしては“目”を潰したいという意向の方が強い。
引き金を引き、すぐに次の攻撃に移れるよう注意深く空を睨み続けた。
「なかなかどうしてしぶといですね……!」
決してアルゴルには近付かず、黙々とスツーカ型に照準を絞って攻撃をし続けているアメリアだったが、未だにスツーカ型の殲滅に至れずにいた。
「……でも、あと、2体っ」
マッシュの射た個体を狙ってアメリアも引き金を引く。大きく旋回するようにしてその一撃を避けられ、アメリアは悔しさにグリップを音が鳴るほどに握り締めた。
エイルはソルフェと共に戦場を駆ける。
その適切な治療と高い回復力は前線の立て直しに最大限活かされていた。
特にレーザー砲の後の治療は状況次第では一気に前線が崩壊しかねないほどの威力がある中で、エイルの希命(フルリカバリー)の効果は絶大だった。
「生命の繋ぎ手として、皆を無事連れ帰る。必ず」
その目的は誓いでもあった。医師として、聖導士として、決して譲れないただひとつの希だった。
「往きましょう、ソルフェ」
スツーカ型の爆撃音にエイルは直ぐ様ソルフェと共に現状確認へと向かって行った。
●
「あぁあああ! 何ででちゅか! あと一歩なのにっ!!」
朝騎が「もっとコッチに来いでちゅよっ!!」とコックピットの中で騒ぐ。
……というのも、朝騎が設置した地縛符のうち2つはエルトヌス型と元覚醒者ゾンビに踏み抜かれてしまい、穴の底の1つと穴の周り1つしかないのだ。
朝騎は自分の方に注目させようと風雷陣を放つ。
その時、また別のエルトヌス型が穴の周りの1つにはまった。
「お ま え じゃ な い で ちゅ??????!!」
朝騎の絶叫は周囲に轟いたが、誰もが聞こえなかったふりをした。
「……いや、これは“学習”したのかもしれない」
オウカが冷静に分析しつつ告げる。
「罠の位置はハンターには周知だった。結果、誰もがそこを避ける。既に前の戦場で“隠された罠”の存在を知っていたアルゴスは、“ハンターが通らない場所には何かある”と“学習”して、その確認に取り巻きを行かせたのかも知れない」
「……となると、落とし穴に自分から落ちてくれたりはしてくれなさそうですね」
ソフィアがアルゴスの肩に残っているCAM砲をマークスマンライフル「ラプターCS9」で狙い撃ちながら自分の両肩を軽く竦める。
「こちら、ユリアン。聞こえますか?」
アジュールの元まで戻ったユリアンがトランシーバーでオウカ達にコンタクトを取った。
「聞こえている。どうした?」
「アルゴスの、あの鎧の中身の正体は、多分……スライムです」
「……何だって?」
オウカが問い返すと、ユリアンは再度ハッキリと告げた。
「スライムです。ペレットの血から出来た、人や生物を食べて大きくなるスライムです」
ユリアンの言葉を聞いて、密かに拳を握り締める者、唇を噛む者、奥歯がすり切れるほど噛み締めた者が改めてアルゴスを見上げる。
この大きさになるまで、一体どれほどの人を食べたのか、想像も付かない。
でもあの色。あの弾力。マテリアルは吸収出来ても金属類は吸収出来ないその性質。
もとは日光が苦手だった筈だが、そこは雷を苦手とする代わりに克服したのだろう。
「だから、多分関節も関係無いし、骨も筋も腱も無いと思います。でも、スライムであの巨体を維持するのは相当大変なんじゃないかな、と……だから全身鎧を着ているのかも知れません」
「……つまり、脚の装甲を引き剥がすっていうのは有効そうだ」
ソフィアが「上等じゃん」と獰猛な笑みを浮かべる。
「確か右脚は結構ダメージ入れてましたよね? 徹底的に集中攻撃しましょう」
「了解」「ラジャー」「まかしとけ!」
ソフィアの声に幾多もの声が重なり、次の瞬間から右足首から膝下にかけて猛攻が始まった。
「これをぶっ壊せばいいんだろ!!」
FOMが斬機刀を突き入れ斬り上げる。
ザントメンヒェンがFOMの間を縫うようにカノン砲で膝を狙い撃つ。
リーリーに急接近してもらったランが再度管狐を呼び右脚を押さえつける。
戦鬼が機棍「プリスクス」で足首へと殴りかかり、クランはドミニオンで突撃槍「ヘビーイグニッション」を構え、渾身の一撃をその脛へと突き入れ、Gustavのドリルがその亀裂を大きくし、引き剥がしていく。
「……ユリアン君」
ユリアンの言葉を横で聞いていた金目が拳を握り締めたまま名を呼んだ。
「うん」
ユリアンの眉間のしわもまだ深く刻まれたままだ。
「……終わらせよう、必ず」
その言葉に金目は深く頷く。
「此処で此奴を止められなかったら、僕がハンターになった意味がないじゃないか」
その言葉は己に言い聞かせるためのもので、金目は覚醒により金色となった瞳に強い光を宿してアルゴスへと向かって行った。
リアルブルーの神話に登場する100の目を持つ巨人。取り巻く剣機がヤツの目ならば、もうその目はほとんど無いはずだ。
「倒れるぞ!!」
右脚の装甲を潰されたアルゴスがついにバランスを崩して倒れ始める。
30mの巨体が倒れてくるとあって、周囲にいたハンター達は下敷きにならないよう慌てて逃げる。
酷い地響きと振動。それに少し遅れて土埃が周囲に舞った。
風が土埃を運び去り、視界が戻ったところでうつぶせで倒れたアルゴスに、ハンター達が一斉に集る。
「心核を探せ!!」
合い言葉のように言い合いながらハンター達はさらにアルゴスの鎧を剥ぎちぎり、どこかにあるとされる心核を探して刃を突き立てた。
雪が墜星撃で飛び上がり落下と共にアックス「ライデンシャフト零式」をアルゴスの兜部分に叩き入れた。
「大雷、黒雷……来たれ、八雷神! 我が敵を撃て! 皆んなの思い、皆んなの痛み……受けとれぇ!!」
雪が柄から手を離す瞬間に真夕はエクステンドキャストで練り上げた全魔力を注ぎ込んだライトニングボルトを解き放った。
轟雷がアルゴスを撃ち、アルゴスは衝撃にもがいた後、起き上がろうと両肘で上肢を逸らせるように起こした。
チリリと、アルゴスの口の中に負のマテリアルが集まるのを感じたアウレールとオウカはそれぞれの機体を走らせその顎へと得物を叩き入れ、その口が開くのを防いだ。
籠もったような爆発音の後、どろりと溶けて液体状になったアルゴスの顎が二人の機体に降り注ぐ。
エニアはショットアンカーを背中の剥がれかけた装甲に引っかけるとムーちゃんに飛び乗り引っ張らせて一気に引き剥がしにかかった。
アルゴスが嫌がって暴れて腕を振るうだけで、決して軽くはない機体が宙を舞う。
「っ!」
地面に落ちる際の衝撃で体中を強かに打ち、クランは思わず顔をしかめた。
そのクランに降り注ぐやわらかな祈癒ノ風。
エイルのヒーリングスフィアが機体ごとクランを癒やす。
「大丈夫かしら? 動ける?」
「あぁ、大丈夫だ、有り難う」
直ぐ様機体を起こし、ダメージを確認するが、機体に損傷はほとんど見られない。
今度は脚に蹴られた機体が出たらしい。
エイルはソルフェに願ってそちらへと急行する。
その背を見送ってクランもまたアルゴスへと挑みかかっていった。
「頑張ってムーちゃん!!」
エニアの声援が届いたのか、たまたま偶然か。ガン、ガン、という2度の衝撃の後、背部中央から肩口までの広範囲の鎧が剥がれた。
「心核は……!?」
「わからん、見えん」
「レーダーにも特に変化無しでちゅ」
「……ということは頭か」
その時、兜部分に激しい稲光が落ちる。真夕の特大ライトニングボルトだ。
その衝撃に兜にもヒビが入り始める。
仲間を巻きこまないよう距離を取りつつ立ち回っていた菊理がアルゴスが沈黙したのを見て周囲を見る。
魔導レーダー「エクタシス」とVRHMD「ヴァイトゼーエン」を組み合わせ、敵味方の動きを見ていた菊理は、もう、ほとんど取り巻きのゾンビ達も残っていないが、しかしゾンビ達が戦いつつもアルゴスの方へと少しずつ下がっていることに気付いた。
「そろそろ回復が来るぞ! 一旦距離を!」
菊理の声に、咄嗟に反応したハンター達は全速力でその範囲外へと逃げる。
轟、と風が吹き、周囲の草が枯れた。残っていたエルトヌス型3体と元覚醒者ゾンビ5体は皆塵となって消えた。
菊理の気付きが遅かったら間違いなく半数以上のハンターが巻きこまれていただろう。
アルゴスが肘をついた状態で手を空へと伸ばした。
(……まるで母から離された赤子のよう。飢えるさ、当然だよ)
アウレールは剣機博士であったヴァーン・シュタインの最期の言葉を思い出し目を伏せた。
(ヴァーン。残骸のような貴様が死さえ搾り尽くした、その残骸なのだから)
この哀れな存在に引導を渡さねばと、アウレールは再び装甲を剥がすべくザントメンヒェンを繰った。
●
思うように回復が行かなかったアルゴスは苛立っていた。
肘を使って這うようにしてでも前へと進みたいのに、あちこちを引っ張られて上手く動けない。
力が抜ける感じがするので、力を貰おうとしたのに、何だかあんまり力が湧いてこない。
アルゴスは苛立っていた。
アルゴスの手が、今までにない素早さでザントメンヒェンと戦鬼を捕らえると口の奥へと放り込んだ。
「なっ!?」
衝撃に炎が目を見張ると、次に反対の手がGustavを捕らえ、エニアを乗せたムーちゃんに伸びた。
「させるかぁっ!!」
咄嗟にアクティブスラスターを起動させエニアの前に立つと、次の瞬間にはFOMの機体はアルゴスの手の中にあり、そして口の奥へと飲み込まれた。
体中の生気が一気に吸われていくのが分かり、アウレールはその薄ら寒さに肌が粟立つ。
オウカはどうにか逃れられないかと機体を動かすも、粘稠性のある体液に捕らわれ思うように機体が動かない。
颯もまたドリルを動かそうともがくが、ドリルは全く回転せず、どんどんと周囲の温度が下がり、暗くなっていくように感じられた。
炎は覚悟は完了していた。誰かが傷付くくらいなら自分が盾になると言った言葉は嘘では無い。
だが、諦めたくは無かった。
その4人に、ふと声が聞こえ始めた。
『帰りたい』
それは幾人もの声だった。
『家に帰りたい』
男の声であり女の声でもあった。
『家族に』『恋人に』『母に』『我が子に』『愛しい人に会いたい』
老人の声であり成人の声であり子どもの声でもあった。
『死にたくない』
その声はどれもが悲痛に満ちていた。
『せめて、もう一度』
『帰りたい』
「早く、腹を切り裂いてでも出すんだ!」
トミヲが叫び唇を噛み締める。このスライムは身に取り込むと吸収が早い事を、トミヲは知っていた。
ランがその声に応えてワイルドスラッシュでその腹部を叩き斬る。
「死なせない……!」
反対側では奥歯がすり切れるほど噛み締めたドロテアが鞭で脇腹を抉り穿ち、そこにユリアンが雷虹剣を突き立て力一杯引き裂いて作った傷口に金目がアックス「スケッギョルド」の刃を叩き込む。
尋常ではない事態にクランとソフィア、菊理もマッシュも駆けつけ、裂けた脇腹からまずアウレールのザントメンヒェンをクランのドミニオンが力尽くで引っ張り出すとそのまま引き摺りながら引き離した。
次いで反対側からオウカの戦鬼をソフィアのプロト・エクスが同様に引き摺りながらも引き離し、菊理の黄泉が颯のGustavを、マッシュのヘイムダルが炎のFOMを左右同時に引き摺り出した。
真っ青な顔をしたエイルが駆けつけ、強制的にハッチを開けると中には意識を失った4人がそれぞれにぐったりと操縦席に沈んでいた。
その間、アルゴスの両手を押さえていたのはユーリ、アリア、奏多の【翅刃】の3人と3頭の幻獣。真、カイン、それぞれの幻獣と朝騎のR7。
それぞれが手甲を剥ぎ、腕を地面に縫い止め、腹部へと伸びるのを防ぎ、また、これ以上仲間が捕らわれないよう護った。
そして、真夕と雪、エニアとムーちゃん、アメリアとみかん、閏と柊はその間にも兜を引き剥がそうと攻撃を繰り返し、そしてついに、頭部が全て露出した。
「全員全力で、その頭をぶっ潰せー!!」
ソフィアが怒号にも似たGOサインを出す。
もしも、脳だけになっていた剣機博士が執着していた場所があるのなら、それはやはり頭部では無いのかとそう思っていた者は頭部へ。
セオリーであるのなら、心臓部ではないかと予測していた者は胸部へ。
多数にある可能性を感じていた者は、腰や腹へ。
探し、斬り、焼き、穿ち、裂き、貫き……ついにアルゴスはその姿形状を保っていられなくなり、徐々に溶け始めた。
それは酷い負のマテリアルを撒き散らし、大地を汚染しながら溶け流れ広がる。
最後に頭部があった付近から血水晶に似た塊が地面の上に残るが、それも程なくして消えてしまった。
「……あれが心核だったんでしょうか……?」
閏は首を傾げつつも、戦い塵へと還った全ての剣機とアルゴスに安らかな眠りがあるよう、祈った。
エイルはか細いながらも4人共が呼吸をしていることに安堵しながら、草の上に座り込んだ。
海風が吹いてどこかへ逃げていたカモメが鳴いた。
苦しかった戦いは終わったのだ。
誰もが満身創痍な身体を草の上に投げ出した。
空は青く、雲は白く。
風は徐々に熱をはらみ、初夏の香りを連れてくる。
巨神アルゴスの手から、ペレットを、何よりこの町を守れたことをようやく実感し始めたハンター達は互いの健闘を称え合ったのだった。
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