クリスとマリー 伸ばした手に君を触れ

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
シリーズ(続編)
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
6~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/04/23 22:00
完成日
2018/05/01 05:33

みんなの思い出

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オープニング

 その日、侯爵家の三男ソードは煩悶して眠れぬ夜を、宿舎の自室ではなく広域騎馬警官隊の詰所のソファの上で過ごしていた。……なぜならこの日は、彼が憎からず思っていたオードラン家伯爵令嬢クリスティーヌと、兄である侯爵家次男シモンとの結婚式が行われることになっていたからだ。
 全てはオードラン家を実質的に乗っ取るための謀略に塗れた結婚だった。当初は入り婿の候補にはソードの名が挙がっていたが、実質、侯爵家の跡取りレースからの脱落を意味するその役割を彼はどうしても受け入れられなかった。結果、計画はシモンを入り婿とすることで継続し……クリスの父であるオードラン伯爵が家を守る為か「当家にクリスなる娘は存在しない」と表明して計画が流れた後も、シモンは「計画の成否に関わらず、このままクリスを侯爵家に迎えたい」とこの結婚を強く望んだ。
 シモンもクリスを愛しているのか──その話を聞いた時、ソードは頭を殴られた様な衝撃を受けた。自分はちっぽけなプライドの為に自身の想いを踏みつけにしたというのに、兄は『伯爵令嬢でなくなった』娘の為にそこまでするのか、と……
 一度、火がつくと、ソードの想いは日に日に強くなっていき、その心は魂に火を掛けられたかの様に苦しみ悶え、千々に乱れた。しかし、今更、全てを引っ繰り返そうと考えるには彼のプライドは高すぎた。
 そして、当日、未明──
「……ソード隊長」
 ソファの上で毛布を引っ被って寝るソードの肩を、部下であるヤングが揺らした。
「……どうも様子が変です。何者かに詰所を取り囲まれています」
 ソードは眠気まなこのままむくりと身を起こした。そして、暫し時間を空費した後……ようやく酔いが醒めたのか、目を見開いて、部下らに武装と警戒待機を命じた。
 遅かった。直後、大勢の武装した兵隊たちが詰所に雪崩れ込んで来て……広域騎馬警官詰所は瞬く間に制圧された。
「その部隊証──カール兄の手のものか」
 剣を突きつけられながら、ソードは全てを理解した。──懸命に父ベルムドに仕えて来た長兄。にも関わらず、四男ルーサーを後継に指名した現当主。……現在、侯爵軍の主力は旧スフィルト子爵領で起きた反乱討伐に出払っている。少数の兵力でも要所を押さえることは可能だ。
「クーデターか。カール兄も思い切った事を……」
「ソード様。貴方を拘束させていただきます。そう長い間のことにはなりません。暫しご辛抱いただけますよう」
 貴人に対する配慮として縄も打たず、自身について来るようソードに促す部隊長。
 直後、半ば開け放たれたままになっていた両開きの扉を蹴破って、全身鎧を纏った四騎の騎兵がその場に乱入する。建物の外を守っていた兵たちは誰何の声を上げる間もあればこそ、あっという間に蹴散らされ、その突破を許してしまった。
「なんだ、貴様らは……!?」
「この無礼者め。そのお方は侯爵家の次代を担うお方ぞ」
 叫び、抜剣しようとした隊長らを、騎兵たちは長大な槍の穂先で串刺しにした。ごぽっ、と口から血を溢れさせた隊長に、リーダーらしき初老の騎兵がふん、と鼻を鳴らして告げる。
「……その声、爺、か?」
「親父!?」
 驚愕するソードとヤング。その騎兵は長らくソードの母と彼に仕えてきた宿老──引退した先代の騎馬警官隊長、そして、ヤングの父であるオルダーと元部下たちだった。
「お話は後程。今はここを脱出しましょう」
 騎士たちはそう言うとソードとヤングを馬上に引き上げ、その場を脱出した。
 夜の帳に包まれたニューオーサンに、彼らを負う呼び子が幾重にも吹き鳴らされた。


「官庁街、各警察本部、制圧を完了しました。広域騎馬警官隊においてはソード様を取り逃がしましたが、機能は掌握。計画の進行に問題はありません」
 当日、払暁。ニューオーサン、クーデター部隊司令部──
 今回のクーデターを首謀した侯爵家長男カールは、厳つい表情を崩さぬまま、各地から上がって来る進捗報告を小動もせずに聞いていた。
 侯爵領の実質的な首府であるニューオーサンの制圧は、ほぼ計画通りに進んでいた。本来ならそれに対抗できたであろう治安部隊は、その全てが不意を打たれ、碌に抵抗らしい抵抗も出来ぬまま武装解除されていった。事前に兆候を察知すべき秘密警察は、彼らに何の情報も上げていなかった。それもそのはず、なぜなら秘密警察の長であるシモンもまた、今回のクーデターに加担していたからだ。
「後は現当主の身柄を押さえ、譲位を認めさせれば我々の勝ちだ。ソードの政治基盤は取るに足らん。ルーサーに至っては皆無と言っていい」
 カールは心の中で、父上が悪いのだよ、と、その日、何度目になるか分からぬ呟きを繰り返した。
(既得権益を侵さなければ、役人も商人たちも私の当主就任を拒みはしない。なぜなら、彼らとの折衝も皆、私が受け持っていたのだからな。……そうだ。侯爵家の実務は全て、父に代わり自分が実行してきたのではないか。なのに……なぜ次期当主がルーサーなのだ…… オレーリアの息子だから? ふざけるな。納得など出来るものか……!)
 表向きには軽く拳を握っただけで、その表情に感情のさざ波一つ見せずに、カール。……共に実務を担ってきたシモンもまた彼と同じ想いであったのだろう。思いの丈をぶつけると、弟は今回の譲位工作に喜んで加担してくれた。表向きの政治と軍事、裏の諜報──現在の侯爵家の実務を担っている兄弟二人が協力すれば、この程度の工作、陰謀と呼ぶ程のものでもない。
(父の身柄を押さえたら、一刻も早くマーロウ大公との会見の場を設けて対外的にも承認を得る。今は大公も大事な時期だ。ダフィールド派閥の支持と協力は喉から手が出るほど欲しいはず……)
 既に次のステップへ思考を進めるカールは、しかし、直後に蒼い顔をして飛び込んで来た伝令の言葉に思わず、椅子を蹴立てて立ち上がることになった。
「……侯爵家別邸に向かった部隊から報告です! 邸に当主は存在せず! 聞けば、前日、シモン様からオーサンバラの館に泊まるよう願い出る使者が来訪し、応じて出かけていったとか……」
 どういうことだ! と、カールはその表情を崩して叫んだ。重要人物の所在に関する情報は全て秘密警察から上げられてきたものだった。
「すぐにシモンに使いを出せ。いったいこれはどういうつもりかと……!」

 同刻。オーサンバラ──
 館中に縦横無尽に張り巡らされた隠し通路の奥。当主と館の秘密を預かる者しかしらないその空間の、地下に設けられた座敷牢──
 薬を嗅がされ、鎖に繋がれて項垂れた現当主ベルムド──父に向かって、驚くほど酷薄な表情をしたシモンがポツリと呟いた。
「……貴方が悪いのですよ、父上。貴方が母を苦しめることばかりしてきたから……」

リプレイ本文

 久しぶりに戻って来たオーサンバラの村は、出掛けた時とは打って変わって祭りの喧噪の中にあった。
 ただ農家と葡萄畑が広がっていた田舎村は色とりどりの花や紙飾りでデコレートされ、道沿いに並んだ出店や舞台や移動遊園地には溢れんばかりに人が溢れている。
「流石、ダフィールド侯爵家の結婚式だけあって、華やかなものですね」
 かつて里山と館の往復に駆けたこともある村の目抜き通りを歩きながら、ヴァルナ=エリゴス(ka2651)が呟いた。
 彼女らマリー同行班が追跡者を排除してより既に1日が経過していた。ニューオーサンへ向かったざくろと分かれ、先乗りした先行組だ。
「……んーむ。しかし、せっかくのお祭りごとなのに、この賑わいの裏の事情を知っているとなるとちっとも楽しめないなぁ。ねー、ル……マリー?」
 レイン・レーネリル(ka2887)の呼びかけに、マリーと呼ばれた娘はフードの奥から呆れたような視線を返した。なぜなら、レインの両手には、ホットドッグにケーキにチーズ、チャトゥネたっぷりのパンケーキに、果てはシャボン玉セットまで──
「や、だって、全部タダなんだよ? もったいないじゃない?」
 『マリー』は何事かを彼女に言おうとして、しかし、声を出さずに頭を振った。その頭の上に、ヴァイス(ka0364)が『いつものように』手を乗せる。
「……ま、何もはしゃがないというのも祭りの場では浮いちまうからな」
 そう言って、後ろを振り返らずにチラと視線で何かを訴えるヴァイス。

 人込みの中、こちらを尾行するような気配があった。
 頻繁に尾行を交代しているのだろう。人物は特定できない。だが、付かず離れずの距離で常に誰かに監視されている──
(村に入る前に諜報員たちと分かれていてよかった)
 フードの奥で人影が思う。


 その頃、アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)とシレークス(ka0752)は、午前のステージを終えて短い昼休憩に入っていた。
 昼食、と言っても、食べるのは野菜と果物だけだ。『プロ』としてぽっこりお腹で客前に立つわけにはいかない。脱水症状にならぬよう塩と水分だけはしっかり採りつつ、午後の舞台に向けて午前のパフォーマンスについて語り合う。
「アデリシア。第一幕のサビ前、踊りが雑になってやがりましたよ。きちんと指先まで意識してやってもらわにゃ困ります」
「それを言うならシレークス。その場のノリと勢いで踊りを変えるのは止めてください。フォローする立場も考えて」
 ……世を忍ぶ仮の仕事、というには妙に真剣過ぎるやりとりに、天幕の外に立った若い男は一瞬、躊躇いつつ。だが、いつまでも終わらぬ気配に、意を決して声を掛けた。
「お久しぶりです、シレークスさん」
「あー?」
 誰でやがりますか、と問い返し掛けて、ふとシレークスはその顔に見覚えがあり、どこで会ったか、と首を傾げた。
「表向きはヘルメス情報局の特派員を名乗ることが多いですが……」
「ああっ! おめー、リンダールの森を抜けた時の! あの時、私の胸を見ていた記者でやがります!?」
 いや、それは先輩で…… 反駁しかけて、若い『記者』は止めた。実際、その特徴のお陰で探索が早く済んだのは事実であったし。
「はー…… まさかおめーたちもリーアの同類だったとは…… あの時のペーペーが今では一端の顔をしやがります」
 久しぶりに会った親戚の姉ちゃんみたいに呟くシレークスに苦笑しながら、男は現状について説明を始める。

「……どうもよくわからないことになっていますね」
 逃走以来、隔絶していた情報を纏めて知らされて、アデリシアは難しい顔をしてソファに背を預けた。
「マリーが、こちらに……」
 シレークスはトントンとテーブルを指で叩く。
「今回の結婚式がシモンの仕掛けた罠だとしたら…… わざわざ馬鹿正直にクリス本人を表に出す必要はねーですよね」
 おめーはどう思いやがります? シレークスに問われて、若い男は、十分あり得る、と答えた。花嫁の顔や身元は誰も知らないわけだから、全くの他人でも招待客らには分からない。
「その場合、クリスが捕らえられているのは……」
 心当たりがあるのですか、とアデリシアに問われて、んー…… とシレークスは言葉を濁した。
 調べてみる価値はある。しかし、その手段がお尋ね者の彼女らにはない。警戒は厳重だろうし、それを掻い潜っての潜入は……
 そう諦めかけていたシレークスが、視界にその人影を捉えて「ん?」とついていた頬杖を外した。
 その視線の先には、仕事着──館のメイドの恰好をして、買い出しの荷物を抱えて小走りに館へ戻らんとする狐中・小鳥(ka5484)の姿。
「あ、シレちゃん」
 声を掛けられた小鳥は、次の瞬間には天幕の中へと引きずり込まれていた。そして、まったく状況が理解できぬまま、彼女がここにいる事情をすっかり聞き出されてしまった。
「侯爵家に雇われて…… ということは、館の中には入れるのですね?」
 にんまりと笑うシレークス。小鳥は震えて頷きながら……自分が何かとんでもない状況に巻き込まれたことを理解した。


「ナニナニッ、この可愛い生き物はッ?! きゃ~! ちっちゃ~い!」
 ニューオーサン、諜報員たちのセーフハウスの一室── 初対面のはずのレベッカ・ヘルフリッヒ(ka0617)にいきなり思いっきり抱きつかれて。マリーはサクラ・エルフリード(ka2598)にどうにか顔だけを向けて、訊ねた。
「……なに、この人?」
「シレークスの友人のハンターです。ニューオーサンで見かけたので事情を話して助力を乞いました」
「始めまして、あなたがマリーちゃん? 私はレベッカ! 小鳥ちゃんの手伝いに来たんだけどね、なんかくーでたー? ってののせいで街から出られなくなってたの!」
 反駁する間もなく炸裂するマシンガントーク。辟易するマリーをよそに、レベッカから解放されたサクラは心底晴れやかな顔をする……
「それにしてもクーデターか……」
 それを少し離れた場所で見守りながら、時音 ざくろ(ka1250)は小さく呟いた。ほんとに家族仲、悪いんだね、と、心中で一筋の汗を流す。
「……今回のクーデター。正直、驚きよりもやっぱり、という感情が強かったです。父は何と言うか……傍から見れば性格に難のある人物ですし」
 顔を俯かせたまま、ルーサーが呟いた。──だが、まさか父を排除する為に兄が軍まで立ち上げるとは。これも父が自分に家督を譲ると言った所為だろうか。こんな事態も予測できずに自分は浮かれていたというのか。
「……それでも、やっぱり僕の父なんです。兄たちが捕らえた父をどうするつもりか分かりませんが…… もしも、命の危機があるのであれば、僕は父を助けたい」
 顔を上げる。しかし、勿論、皆さんに父を助ける義理が無いのは承知はしていますが、と、再び顔を俯かせ。
 ざくろはそんな彼の正面に回り、屈んで視線の高さを合わせる。
「こんな状況だし、心配だよね……」
「……はい」
「……うん、分かった。ざくろも助ける力になるよ」
「……!」
 にっこりと笑うざくろに、ルーサーは驚いて顔を上げた。
「本当に……?」
「ルーサーがお父さんを心配する気持ちも分かるから。力になりたいなって…… ね?」
 振り返ったざくろとルーサーの視線を受けて……
「分かりました…… ルーサー。あなたが父親を助けたいというのであればそうしましょう」
 サクラも溜め息交じりに首肯した。

 そうと決まれば、まずはベルムドの居場所を探らねばならない。ハンターたちの要請を受け、諜報員たちが町へ出た。
 同時に、マリーをオーサンバラへ連れていく準備もしなければならなかった。現在、ニューオーサンは戒厳令が敷かれており、移動の自由は制限されている。
「うふっ♪ 可愛い子の為なら、ボク、頑張っちゃうよー。徹底的にやっちゃおうねぇ~♪」
 前回、変装したのにあっさり見破られたと聞いたレベッカは、本格的な変装を施す為に、部屋の真ん中に置かれた椅子にマリーを座らせた。
 本来なら髪の毛を染料で染めるところから始めたいところだったが、そこは時間がないのでウィッグで我慢。自身の鞄をゴソゴソ漁って引っ張り出したゴシックドレスに着替えさせる。
「丈は安全ピンで留めるとして、問題は……」
 レベッカはサイズ違いの服の余った部分──マリーの胸部内側に『オオイ・ナル・ヤスラ・ギ』を押し込んだ。その他、お人形遊びにも似た様々な作業がマリーに対して加えられる。
「あれはもう自分が楽しんでますね」
 その光景を苦笑するサクラとざくろだったが、すぐに自分たちにも飛び火した。
「何言ってるの。全員、髪色を変えて眉描くよ? サクラちゃんにも詰めないとねぇ~、『オオイ・ナル・ヤスラ・ギ』を」
 そうこうしている間に情報収集を終えた諜報員たちが帰って来た。どこから調達してきたのか馬も手に入れていた。
「どうやらクーデター部隊はまだ侯爵を拘束していないらしい。長男カールが直属部隊を率いてオーサンバラ方面に出発したのが目撃されている。なにか手違いがあって、侯爵はそっちにいるのかもしれない」
 その情報により、ルーサーも一緒に行くことが決まった。指をワキワキさせたレベッカがルーサーににじり寄る。
「それと……」
 続けてもたらされた情報に、ざくろが険しい顔をした。──ソードはクーデター部隊に拘束され掛けて逃れたこと。その際、彼を助けた『騎兵』たちの特徴がルーサーを探していた者らと一致すること──
「話を、してきます」
「危険だ……!」
 懸念するざくろに、しかし、サクラは意見を変えない。

 諜報部員が見つけた潜伏場所──ニューオーサン郊外の焼け落ちた廃屋に、ソードらの一行は隠れていた。
 現れたサクラたちを見て騎兵たちは警戒したが、「彼女なら大丈夫だ」とのソードの言で中に招き入れられる。
「今はあなたたちと事を構えるつもりはないです。こちらに手を出さない限り、こちらからも手は出しません。それだけを伝えに来ました」
「待て。いったいこれからどうするつもりだ?」
「……それを教える気はありません。どうもそちらの情報は駄々洩れのようですし」
 騎兵たちを睨みながらサクラが告げる。きょとん、とするソードにざくろが『誰も場所を知らないはずのキャンプ』にそこの騎兵たちが現れたこと。そして、彼らがルーサーを探し回っていたことを伝えた。
「……あ」
 何か考えこんでいたヤングがハッと父親を──先代の守り役でもあった初老の騎兵を振り返った。
「そう言えば親父にソード様の近況を訊ねられた時、ルーサー様のことも伝えた……!」
「……どういうことだ?」
 険のある声音で元守り役に訊ねるソード。初老の男は片膝をつき、頭を垂れて主に応える。
「申し訳ありません。勝手を致しました。全てはソード様に御当主となっていただく為……」
「誰がその様なことを頼んだか!」
 その怒声は思いのほか夜の中に響き渡り、潜伏中であることを思い出したソードがコホンと咳払いをする。
「実力で兄弟たちに勝ち、あのクソ親父に俺にも家督を継ぐ力があることを認めさせなければ意味がない。二度と出過ぎた真似をするな」
 ソードは立ち上がってサクラとざくろに頭を下げた。これには少し驚いた。プライドの塊であった彼がその様なことをしようとは……
「オーサンバラへ向かうつもりなのだろう? 俺も同行させてくれ。こいつらはこの場に謹慎させる。カール兄が実力行使に出た以上、もうルーサーを狙う理由はないはずだ。というか、俺がもうさせない。だから、頼む」
 なぜ、そこまで? ハンターたちの問いに、ソードが答える。
「……クリスに酷いことを言った。バカだった。……あれからずっと考えた。シモンとの結婚をぶち壊したいというのも勿論あるが、まずはそれを謝りたい」

 ルーサーはあっけなくソードの同行を認めた。
 ハンターたちが館を脱出した時、カールに拘束される前に自分を逃がしてくれたのはソードだったから。

 街に立ち込めた靄が薄れゆき、夜が明ける……
 闇に紛れて隠れ家を出た一行は、路地の陰から前方に焚かれた篝火に目をやった。
 そこにはクーデター派の検問が敷かれていた。街の外に出るにはアレを抜けなくてはならない。そして、当然のことながら、自分たちに許可証の類は無い。
「行こう、サクラ。大丈夫。サクラとルーサーはざくろが護るよ」
「またあなたは真顔でその様なことを……」
 馬上に上がり、コツンと拳を合わせるざくろとサクラ。マリーの身は同じく馬上のレベッカの前に、そして、ルーサーはサクラの前にある。
「ルーサー。今より侯爵救出まで私はあなたの盾となる。全身全霊を注ぎ、身を挺してでも必ず館へ送り届けます」
 ざくろが検問に向かって発煙手榴弾を投擲する。突如、湧き出した煙に混乱する検問の只中に、ハンターたちは馬を一気に乗り入れさせた。
 混乱しつつ、バリゲードを広げて検問の封鎖に掛かる兵たち──ざくろは馬に拍車を掛けて皆の先頭に立ち、その隙間を駆け抜ける。
「皆、しっかり着いてきて!」
 そのまま背後を振り返ることなく駆け抜けていくハンターたち。鳴り響く呼び子の音が早朝のニューオーサンの靄を切り裂いた。


 オーサンバラの侯爵家館から、新郎新婦と招待客らを乗せた馬車の車列が教会へ向け出発した。
 隊列の先頭に立ち、道に籠から花弁を撒きつつ先導する子供たち。その後ろを豪華な馬車の車列が続き、その左右を礼装を纏った騎士たちが護衛する……
 沿道の見物客らに紛れてその様子を窺っていたハンターたちは、しかし、その中にクリスの姿を確認することはできなかった。花嫁の乗る馬車の窓がしっかりと閉じられていたからだ。婚前の花嫁の姿は秘す、というのも侯爵家のしきたりらしい。お披露目は帰りの道すがら、パレードで行われるようだが、ハンターたちは結婚の誓いが交わされる前にクリスを助け出すつもりでいる。
(その為にも、花嫁が『本物』か、早く確認しておきたいのに……)
 ハンターたちの中心で『マリー』が焦る気持ちをグッと抑える。……クリスが偽物で、釣られてのこのこ出て行ったところを包囲されることが一番不味い。

「……聞いたか? 花嫁は商人の娘じゃなくて、実はオードラン伯爵家のお嬢様であるらしいぞ」
「ところが、伯爵家はこの結婚に反対をしているらしい。花嫁の身分が明言されていないのはその所為って話だ」
「伯爵家から、今回の結婚に異議を申し立てる使者が来るらしい」
「おい、こいつは何か一波乱ありそうじゃないか……?」

 馬車の車列を見ながらひそひそと言葉を交わす野次馬たち。その噂話はいずれも、ヴァイスを中心にハンターたちが噂として流したものだった。
「行くぞ……」
 その成果を確認し、その場を離れるハンターたち。
 その後を、最早、敵意の視線も隠さずに、複数の人影がその後を追っていく……


「うぅ…… なんでこんなことに……」
 同刻── すっかり人気の少なくなった館の中を、執事さんごめんなさい、と心の中で謝りながら、小鳥が涙ながらに歩いていた。
 後続するのは小鳥と同じメイド服に身を包んだアデリシアとシレークス。小鳥が用意した(させられた)ものだが、時間が無くてサイズがぱっつんぱっつんなのは御愛嬌だ。
(こんなことしちゃお給料出ないよねぇ。うぅ、この三日間がただ働きかぁ)
 しかし、華やかな結婚式の裏側でそんな後ろ暗い事態が進行していたなんて。真実を探るためのお手伝いと思えば、少しは気持ちも紛れるか……

「なるほど。この前、思いもかけない所から敵が湧き出て来た理由がこれでしたか。考えてみれば、侯爵の屋敷ともなれば隠し通路の一つや二つ、有っても不思議ではなかったですね」
 人気の無くなったエントランスで『心当たり』を捜索したシレークスが見つけた隠し通路──そのぽっかりと開いた暗い入口を見下ろし、アデリシアが言う。
 二人は明かりを準備すると躊躇なくその階段を下り始めた。当然の如く、小鳥もそれに付き合わされる。
 同行する諜報員たちはその後に続いた。餅は餅屋──このテの作業はハンターたちの方が遺跡調査等で慣れている。

 度重なる増改築で迷路の様に入り組んだ石造りの通路を抜けて…… やがて、ひらけた場所に出た。
 そこは地下牢のようだった。幾つもの鉄格子が奥に連なっているのが見えた。幾本もの松明が壁際に灯されており…… 軽装歩兵が二人(見た顔だ)、その場の見張りに当たっていた。
「……ビンゴ!」
 こちらの接近を察知し、不意打ちしてきた彼らの攻撃を盾で凌ぎながら、シレークス。前回の戦いを省みて、彼女は得物を拳槌に変えていた。閉所での戦いであれば鎖鉄球よりも取り回しがずっと良い。
「おらあ! 邪魔すんじゃねーです! わたくしの(友人である)クリスを返しやがれ!」(←誤解を招く発言)
「む、向かってくるならば切り払います!」
 シレークスと並んで前衛に立ちながら、小鳥がクルリクルリとステップを踏みつつ踊るように二刀を振るう。まるで蛍火の如く赤光を曳く禍炎剣──幻惑する様に手早くそれを振るいつつ、本命の魔剣を突き入れて。しかし、その重い一撃を軽装戦士は片手で剣を立てて受け逸らし、「ええっ!?」と小鳥が声を上げる。
「相変わらず良い腕を…… あの『種』の力ですか」
 前衛二人に『ヴァルキュリア・セイバー』──白く輝く戦乙女の光属性を付与した後、シレークスの背を叩くアデリシア。応じて、剛力をその身に宿したシレークスが目の前の軽装戦士を力任せに通路出入口から広間へ押し込んだ。戦列を維持する為、並んで退くもう一人。すかさず小鳥が追い打つように『前方の空間へ』両の刃を振り被る。
「そこなら十分私の間合いなんだよ……! 『次元斬』!」
 一瞬、小鳥の両の刃が消えたように見えた次の瞬間、男たちを無数の斬撃の鞭が切り裂いた。範囲攻撃を察して左右に分かれる敵2人──そうして連携を分断したところでアデリシアも前に出て数的優位を作り出す。
「今の内にクリスを…… こいつらは私らで抑えやがります!」
 骨も内臓も砕けよとばかりに敵の横っ腹にカウンターを突き入れ、シレークス。その言葉に従い、諜報員たちが奥の牢屋へ向かう。
 アデリシアは振り下ろされた敵の一撃を『ホーリーヴェール』に任せると、その身を密着させるように敵の間合いの内側に入り込んだ。離れようとした敵の足を踏み抜いてそれを阻み、密着した状態からコンパクトに敵へ拳を突き入れる。
「……」
 戦士たちは無言で解放する力の段階を上げた。ゆらりと闇色のオーラが立ち上る。
「なんです!? 急にまた強く……!」
「やはり……!」
 驚く小鳥。『フルリカバリー』で味方を回復しつつ、アデリシアが補助魔法を改めて掛け直す。
 その時、奥の牢屋を調べ終えて来た諜報員たちが誰か人影を肩に担いで戻って来て、撤収を指示して煙玉を投擲した。
 最早、戦う意味もない。しつこく追いかけて来た軽装戦士2人をどうにか煙の連投で撒いて……安全な所まで逃げ延びたところで諜報員が連れ出した人物を確認したシレークスとアデリシアは、その予想外の顔に表情を引きつらせた。


 教会へ向かう馬車の見物から離れたハンターたちは、やがて人気のない場所へと辿り着いた。
 足を止めた彼らの前に、姿を現す尾行者たち── その数は優に20人はくだらない。
「……今日はやたらと客の多い日だな。朝から何人、マリーを狙った『スリ』を捕まえたっけかな」
「花嫁の親族を送っているだけの者たちにこうもちょっかいを掛けて来るなんて、いったい誰の差し金なんでしょう」
 ヴァイスとヴァルナの言葉に「ぬけぬけと、どの口が……!」と激高しかけた若い者を、年長の者が手で制した。
「……なぜあのような噂を流した? 式を邪魔する気か。結婚は両者の意思。それでも、邪魔立てすると?」
「生憎、俺らの雇い主はそんな戯言、信じちゃいない」
 拘束しろ、と、年長の秘密警察官から命が下され、こちらを取り囲んでいた尾行者たちが一斉に襲い掛かって来た。突破を許さぬよう包囲は崩さず、連携して掴み掛って来る。
 ハンターたちは『少女』を互いの背に庇いつつ、三方へ向き直って迫る警官たちを殴り飛ばした。一度掴まれてしまえば数に任せて圧し潰される。掴まれぬよう注意しながら、一人ずつ確実に意識を失わせることに集中する。
 乱戦下── 警官たちの一人が『少女』に向けて弩を構えた。その身体からは見えるか見えないか程度でゆらりと闇色のオーラが醸し出ており── ハッと気づいたヴァルナは、しかし、盾を二人掛かりで掴まれていて。クッ、と奥歯を鳴らして腕を伸ばし、手の平を切り裂かれながらその矢を『ガウスジェイル』で掴み取る。
「ホント、どこの勢力よ!? もう私の処理能力超過してるんだけどっ!?」
 相手が殺傷武器を使ったことで自らも拳銃を引き抜き、レイン。その頭からはオーバーヒートしたコンピュータ(テープ式)よろしく知恵熱の湯気が立ち上っている。
 弩は警官たちにとっても想定外の事態だったのだろう。その動きが一瞬、止まった間隙に乗じ、『瞬脚』で一気に前に出て敵の射手へ飛び掛かるヴァイス。槍の石突で弩を、次いで鳩尾を叩いて、突いて、無力化を試みる……

 どうやら先の弩の一人以外は『力』を持ってなかったらしい。動揺もあって、非覚醒者の警官たちは次々と地面へ打ち倒されていった。
「クソ……ッ!」
 倒れかけた警官が最後の力を振り絞り、『少女』のフードに手を伸ばした。その下から現れたのは──マリーと似た背格好をしたルーエル・ゼクシディア(ka2473)の姿──
「はい、お疲れ様」
 ルーエルは男にトンと手刀を入れると、『死屍累々』と倒れ伏した警官たちを見やってやれやれと息を吐いた。
 最後まで残っていた弩の男も捕らえられた。どうやら命を失う程の『力』を発揮できるほど、その扱いに習熟してなかったらしい。
「もういったい何が何だか……」
 あまりに多くの事が同時多発し過ぎていた。レインは思考が追い付かなくなり、そして、考えることを止めた(


 オーサンバラへ向けて街道を駆けるルーサー一行の前に、この日4度目の検問が立ちはだかった。
 恐らく早馬で情報が届けられていたのだろう。万全の態勢でこちらを待ち構えていた。こちらには二人乗りの馬が2頭──どうしても速度は劣る。
「クッ……邪魔をしないでください。今は下手に手加減している余裕はないのです」
「どうしても立ちはだかると言うのなら、ボクの本気を喰らうことになるよ……!」
 レベッカは馬上に腰を上げると、脚をサスペンション代わりにリボルバーを構えて発砲した。兵の額にパッと赤い華が咲き、「ぎゃああああああっ……!!!???」と撃たれた兵士が地面を転がり、悶絶する。
「あははっ♪ 当たると辛いのが飛び散る特製の激辛弾だよ♪ デスピアの名は伊達じゃないんだよ♪」
 苦しみ悶え、のた打ち回るその姿に思わず後退さる周りの兵たち。そこへ速度を緩めず接近してきたサクラが『ブルガトリオ』で出来た突破口を『固着』して。その只中へ入り込んだざくろがこの日最後の『攻勢防壁』で兵らを吹き飛ばし、その後方へと突き抜ける。
「振り切れ!」
 敵陣を一気に駆け抜けるハンターたち。だが、それを抜けたと思った次の瞬間、すぐに前方に新手の敵騎兵縦列が見えた。後ろからは追っ手たち── ここまでか? 馬は疲労して泡を吹いている。何より戦力が足りない……
 諦めかけたその時、オーサンバラに置いてきたはずの騎兵たち──ヤングの父らが、替えの馬を伴ってその場に現れた。
「ここは我らに任せて、ソード様たちはオーサンバラへ」
 そう言って敵騎兵へ突撃を仕掛ける騎兵たち。それをソードは苦渋の表情で見送って…… ハンターたちは道を急ぐ。

 オーサンバラへと突入する。
 驚き、慌てて道を開ける祭りの客たち。構わず、クーデター派の兵士たちが肉薄して来る。
 サクラはざくろにユグディラをぽ~んと投げ渡すと、ルーサーのフードを目深に引き下ろして姿勢を低くするよう告げた。
 ざくろはユグディラを自身の前に座らせ、指示を出し。応じたユグディラの幻術により、その姿がルーサーのそれへと変わる。
「なっ、あれは行方不明のルーサー様!?」
 突然、保護対象を攻撃対象の中に見つけて、混乱する兵隊たち。その隙にハンターたちは距離を稼ぎ、追っ手と、大勢の野次馬たちを引き連れながら教会前へと走り入る。
 やんややんやとそれを追う祭りの客たち。噂を聞いた時から何か面白いことが起こる事を期待して待っていたのだ。
 彼らにとっては全て娯楽の対象に過ぎなかった。それは退屈を日々繰り返すだけの日常にはない非日常──つまり『罪人の処刑』と変わらない。

 教会前。先程、馬車から下りて教会へと入ったクリスを見て、本人である事を確認した。ベールで顔を覆っていたが、背格好や所作から一目で分かった。それだけ付き合いも長い。
「フィクションならさ、『キャー、結婚式から花嫁奪還ー!』ってはしゃぐところじゃない? でも、実際やる側になるとこんなに胸がムカムカするんだね」
「ムカムカ……?」
「……」
 レインはルーエルに答えずに、教会前の礼服の騎士らを排除すべく、ヴァイスやヴァルナらと共に前進した。それを追うルーエルの耳に喧噪が近づいて来るのが聞こえる。

 馬上で『アブソリュート・ポーズ』を決めたサクラを先頭に突入して来るマリーとルーサーたち。馬から飛び降りた彼らは先行班によって確保された扉から教会内部へ突入する。
 後に続いて突入する先行班。教会入口で後ろを振り返って殿軍に立ったヴァルナは、だが、余りにも多くの野次馬たちと共に(コミカルチックに)雪崩れ込む。
 それらを文字通り掻き分けながら、カールが兵らと中へと入った。何事かと驚く招待客らをよそに、祭壇と司教の前に立ったシモンがゆっくりと振り返る。
「……花嫁の親族を招待しないというのは大変宜しくありませんね」
「申し訳ないが、その結婚をマリアンヌ様は認めていない」
 神前に宣言するように、朗々と告げるヴァルナとヴァイス。レインやルーエルに背を押され、頷き、緊張した面持ちでマリーが前に出た。
 そして、オードラン家の紋章の刻まれた指輪を掲げながら、大人びた表情と声で宣言した。
「オードラン家次期当主、マリアンヌ・オードランの名において。使用人クリスティーヌの結婚に異議を申し立てます、司教様」


 フォルティーユから付きまとっていた尾行を倒した時の事である──ハンターたちを呼び止めて、マリーが己の身分を明かしたのは。
「オードラン伯爵家の跡継ぎは私。クリスは分家の乳母の娘。私に結婚話が出た時、咄嗟に巡礼の旅を持ち出したの。結婚は旅から帰って来てから、って…… だから、あちこち寄り道して時間を稼いだ」
 クリスは困ったような顔をしつつ、それを受け入れてくれた。つまり、旅の主導権はマリーにあった。……出発時にはしゃいでいたのもマリー。非常用の宝石をリベルタースの司祭に渡す決定権があったのもマリー。時折、二人が伯爵のことを「お父様」とか「お館様」とか言いかけて言い直してたこともある。
「マジか……」
 ヴァイスは呻いた。しかし、マリーの瞳に嘘は無かった。
「マリー……いや、マリアンヌ・オードラン。その名前と肩書を使うことの意味と重み…… 俺が想像しているものよりきっと遥かに大きく、マリアンヌ自身が理解しているものだろう。でも、改めて問わせてくれ。その肩書を、今、使っていいのか?」
「クリスは私を守る為に自分を犠牲にするつもりよ。身分詐称で処刑される危険も覚悟して。あの娘は頑固だから絶対に自分の役割を譲らない」
「その為に自分を危険に晒しても?」
「それこそ愚問ってもんでしょ」
 ……そうか、とヴァイスは頷いた。愚問であることは彼も承知していた。それでも彼女の覚悟を問うた。
「……だ、そうだが、皆はどうする?」
「クリスさんを奪還するんでしょ? 勿論、賛成だよ!」
「まあ、新郎新婦共に知らない仲でもありませんし…… お節介をさせて頂きましょうか」
 ヴァイスに問われ、レインとヴァルナが微苦笑を浮かべて頷く。
「で、具体的にはどうするつもり?」
 ルーエルに問われて、マリーは淀みなく言い切った。
「もちろん、正面から堂々と乗り込んでいってクリスの結婚に異議を唱える」
「それは…… 式場には僕らが乱入するから、マリーはトランシーバーでクリスに訴えかけるのはダメなの?」
「ダメよ。直接『対面』しなければ、あの子は意志を曲げない」
 説得は受け付けない、とその瞳が強い意志で訴えていた。ルーエルは苦笑して皆を振り返った。
「僕は依頼主の希望を尊重するよ。皆はどう?」
「……。マリーさんがそこまで強く望むのであれば……」
 ヴァルナは呆れつつ、お守りとして気配を消すネックレスをマリーの首に掛けて、別れた。
 その時は、先行する自分たちに同行しない方が安全だと思っていた。


 己の身分を明かしたマリーは、その場にいる全員に異議を唱える理由を訴えた。
 クリスが伯爵家の使用人であった事。巡礼の旅の間、自分の影武者だった事。伯爵家を乗っ取るため、侯爵家が強引に結婚を迫った事。私を逃がす為に影武者のクリスが婚約を承知してみせた事。そして、そんな結婚に伯爵家の名代(←嘘)として異議を唱える為に、こうして戻って来た事、等々……
「エリゴス家の長女として、光の大精霊様の聖名と家名に懸けて、彼女の言が真実であると証言いたします」
 さっと身嗜みを整え、マリーの言を補強するヴァルナ。
 マリーの言に、式場内の招待客と野次馬たちは騒然となった。一番驚いているのはクリスであったが。
「マ、マリー? い、いっ、いったい何をしているんですか、貴女は?!」
「うっさい。この私、オードラン伯爵家次期当主、マリアンヌ・オードランが、あなたに犠牲を強いるだけのその結婚を認めないって言ってんのよ!」
 クリスを助ける為に来た──言外にそう言うマリーに、シモンが軽く目を瞠る。
「驚いた…… どうせあなたも貴族らしく、汚れ仕事は他人に押し付けて逃げるものとばかり思っていたのですが」
「クリスは私の身を第一に考える。だから、私が安全な場所にいる限り状況を変えようとは思わない。……だったら、私が危地に身を置くしかないじゃない? もう一人で頑張らなくてもいい、って、あの子が頑なに気を張る理由をまずはぶっ壊してあげないと」
 それを聞くシモンの表情はさばさばとしていた。既に勝負はついていた。マリーが正式に正体を明かし、それをこの場の貴族たちが聞いていた。最早、彼らの前でマリーをどうこうすることはできない。マリーは関係者──身分を明かした以上、異議を唱える権利がある。
 レインは少しシモンを気の毒に思った。勿論、同情はちょっとできないけれど……こんな形で結婚式を妨害され、内幕を暴露されたら、これもう侯爵家の子息として来賓のお歴々に合わせる顔がないよねぇ……
「……異議、ですか。でも、当の本人が承諾してしまえば問題はないでしょう?」
「……へ?」
「クリス。改めて貴女に求婚します。貴女は私の母に似ている。貴族の横暴に振り回されながら、誰かの為にそれに耐えていく人生を自身に課している。私はそんな貴方をこそ幸せにしたい」
(……やっぱり、シモンさんは本当に結婚するつもりだったんだ。マリーを誘き寄せるとか関係なく……)
 ルーエルはキュッと口をつぐんだ。──だから、形ばかりでなくちゃんとした式を開いた。……だから、クリスを偽物にはしなかった。
(そうだよね。僕だったら好きな人を釣り餌にだなんて絶対にしない。求婚をするなら、幸せになってほしいことをするでしょ)
 だが、クリスの返事がその場で聞かされることはなかった。
 教会の大扉がバァーン! と開き……その場にオードラン侯ベルムドがその姿を現したからだ。

「助けようと思って助けたわけではないのですけどね。本来、義理も何も無いんですがね」
 その後ろに何故かシレークスと共に控えさせられたアデリシアが不本意そうに呟く。彼女らが館の地下室で助けた人物こそ、ベルムドだったのだ。
「うぅぅ……どうしてこんなことにぃ……」
 その後方を警戒しながら、棒の涙を流す小鳥。侯爵たちは彼女が逃走用に準備していた馬車でここまで来たのだった。事前に逃走ルートも用意しておいたのだが、クリスが地下にいなかったり、侯爵が強硬に教会へ行くことを主張したりでなし崩し的に教会へ来ることになってしまった。しかも、侯爵が暢気に民衆に手を振りながら来たものだから、プチパレード状態だった。
(あ、小鳥ちゃんにシスちゃんだ~)
 ぱああぁぁ……! と表情を輝かせるレベッカ。今にも飛びつきたい気分だったが、状況的にこっそり手を振るだけで自重する。
 歓声とどよめき──花嫁用の花吹雪と共に現れた父親に、カールとソードも言葉が出ない。
 息子らに気付いたベルムドが、そちらにグリンと顔を向けた。
「カール! お前が家督を得る為にここまでやるとはな」
「クッ……!」
 歯ぎしりして呻くカール。父を拘束し、実力行使で自分に家督を譲らせるのが彼の計画だった。だが、こうして父の姿を衆目に晒してしまった以上、最早、正統な継承は諦めざるを得なくなった……
「……面白い!」
「……は?」
「言われたことしかできないつまらぬ奴だと思っていたが、なかなかどうして…… よかろう! 家督はお前に譲ってやる!」
「冗談を……!」 
「冗談ではない。この場にいる皆が証人だ!」
 拍手を煽る侯爵に釣られて呆然と起こるまばらな拍手。あまりのことに誰も彼もが言葉も出ない。

 ただ一人。シモンだけが怒りに顔を染めていた。そこに先程までのサバサバとした表情は無かった。父親の姿を見た瞬間、まるで何かのスイッチが切り替わったかのように。
「ふざけるな! 貴様のその気まぐれで、母や俺たちがどれだけ……!」
 あの男を殺れ! とシモンが部下たちに向かって叫んだ。

 その身体からは、闇色のオーラがゆらりと立ち上り始めていた。

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参加者一覧


  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • みんなトモダチ?
    レベッカ・ヘルフリッヒ(ka0617
    人間(蒼)|20才|女性|猟撃士
  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 掲げた穂先に尊厳を
    ルーエル・ゼクシディア(ka2473
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 誓槍の騎士
    ヴァルナ=エリゴス(ka2651
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • それでも私はマイペース
    レイン・ゼクシディア(ka2887
    エルフ|16才|女性|機導師
  • 笑顔で元気に前向きに
    狐中・小鳥(ka5484
    人間(紅)|12才|女性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/04/23 06:24:09
アイコン 相談所
サクラ・エルフリード(ka2598
人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2018/04/23 11:55:24