ゲスト
(ka0000)
クリスとマリー 覚悟、それぞれの
マスター:柏木雄馬

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,800
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 6~9人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/03/23 22:00
- 完成日
- 2018/03/30 17:25
みんなの思い出
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オープニング
家は四男であるルーサーに継がせる── 『客人』であるオーランド伯爵家令嬢クリスティーヌを交えて交わされていた会話の中で、唐突とも言えるタイミングで当主ベルムドが発っしたその言葉は、侯爵家の四人の息子たちの思考を瞬間的に停止させた。
あまりに唐突だったので、最初は誰もが冗談であると思った。否、冗談でないと判断できる程にも思考が追い付いていなかった。
謹厳実直な長男カールはその剛直な人柄そのままの強面に笑みを浮かべようとして失敗した。当主の態度とその表情から、それが完全に本気であると理解してしまったからだった。
深謀遠慮の次男シモンはベルムドに対して恭しく一礼した。──こういう人なのだ──と、ある種の達観と共に受け入れた。ベルムドという人物は、場と言うものを引っ掻き回して、右往左往する人間たちを観察して愉悦に浸るようなところがある。かつて、息子たちとその母親たちに家督争いをけしかけてみせたように。
「父上がそうお決めになったのであれば、私は従います」
「冗談だろ!? いきなりそんなことを告げられて、はい、そうですか、なんて言えるか! 俺は納得しちゃいねえ!」
執事の恰好をしたシモンが告げると、まだ若く、直情径行が強い三男ソードが文字通り椅子を蹴立てて立ち上がった。
「シモンはいいだろうさ。早々に跡目争いを辞退して執事ごっこに現を抜かしていたような奴だ。だが、親父は前に俺たちや母上の前で言ったはずだ。長子末子関係なく、侯爵家を継ぐに最も相応しい能力を持つ者に家督を譲ると! だからこそ、俺もカール兄も血の滲む様な思いで研鑽を摘んで来たというのに……!」
「私も納得できません」
弟が激発する間にどうにか自身の感情を収めたカールが、内心の動揺などおくびにも出さず。三男を手で制して現当主に向き直った。
「私はこれまで秘書として、貴方について当主の仕事を学んできました。政治哲学を学び、統治に関する薫陶を受け、社交界という貴族の外交の場で他家の者らと誼を通じる為、飲めぬ酒の知識を蓄え、慣れぬ狩猟もこなしてきました。……もし、ルーサーに家督を譲るというのであれば、貴方が今まで私に施してきた帝王学はいったい何の為だったのですか?」
血を吐く様な思いで訊ねる息子の問いに、父親はあっけなくこう告げた。
「おお、ルーサーはまだ幼いからな。お前たちは親族として、股肱の臣として、身に着けた能力で弟のことを助けてやってくれ」
カールとソードは絶句した。二の句が継げぬとはこの事だった。
「……なぜ。なぜルーサーなのですか?」
魂を振り絞るような慟哭を、滲ませながらカールが訊ねた。
その問いに少々驚いたような様子を見せつつ、ベルムドは答えた。
「決まっている。アレがオレーリアの息子だからだ」
●
オーサンバラの館で起きたハンターたちの脱走騒ぎから二週間が経過した。
その間、侯爵家はオードラン伯爵家に対し、令嬢クリスティーヌの直筆で『パラディール家との間の婚約の破棄』と『ダフィールド侯爵家子息との結婚』を求める手紙を遣いに持たせて送付した。
伯爵家から届いた返事は端的だった。
曰く、『当家にはクリスティーヌなどという名の娘は存在しない』──
「……どういうことだ?」
ソードは、同様に手紙の内容を聞かされたクリスを愕然と見返した。
「もしかして、身分を詐称していたのか……? オードラン伯爵家令嬢を──貴族を騙っていたというのか!」
ソードの詰問に、しかし、クリスは身じろぎもせず、顔色一つ変えずに涼しい顔のまま、毅然とした態度で沈黙し続ける。
「落ち着きなさい」
狼狽する三男をシモンが制し、ベルムドに対して向き直った。
「どうやらオードラン伯爵家はクリス嬢のことを切り捨てたようです」
「一人娘をか?」
「オードラン伯爵家は王家派の中でも古参の家柄。武名と名誉を重んじる家風でもあります。たとえ両家が結ぶことでどれだけ経済的な利が生じるとしても、貴族派の重鎮たる我が侯爵家の人間を婿に迎えることはありますまい」
むしろ貴族として、家を守る為なら当然の選択でありましょう、とカールは重々しく瞑目した。
(それに引き換え、我が侯爵家は……)
その言葉に続く想いを、カールは己の身の内に封じ込める。
「……それで、クリスティーヌ嬢の身柄に関してですが」
シモンが告げると、カールとソードは押し黙った。ベルムドがつまらなそうにフンと鼻を鳴らす。
「オードラン家に帰すことは出来んぞ? ハロルド・オードランは我がダフィールド侯爵家を袖にし、一人娘を切り捨てた。そのツケは払ってもらわなければならん」
「……処刑、ですか? あの手紙を証拠に『伯爵家令嬢を騙った』者として成敗することは可能ですが……」
カールの言葉に、ソードの心臓がドクンッ、と一つ跳ね上がった。しかし、言葉は出なかった。初めて会った時から、ソードはクリスのことを憎からず思っていた。だが、貴族を騙った者かもしれない──その疑念がほんの僅かながらも……彼をクリスに対する疑心暗鬼に陥らせていた。
「そのことなのですが……私にクリス嬢の身柄を預からせていただけませんか?」
その間に、シモンが飄々とした調子でベルムドにそう請願した。ソードはハッと顔を上げ、後悔した。その台詞は誰よりもまず自分が言わなければならなかったはずなのに……!
「……それは構わんが、どうするつもりだ?」
ベルムドの問いに、シモンは柔らかく微笑みながら答えて、告げた。
「ダフィールド侯爵家という名の檻に捕らえたくおもいます」
「? 具体的には?」
「私の嫁に迎えます」
その場にいる全員が驚愕し、度肝を抜かれた。カールが目を見張り、ソードはまた椅子を蹴立てた。泰然と瞑目していたクリスですら、口元を手の先で押さえつつシモンを見返していた。
「だっ、だけど、彼女と結婚しても伯爵家の跡継ぎには……!」
「構いません。私が好きになったのは彼女の身分ではなく彼女自身なので」
「しかし……ッ!」
シモンに見つめられてソードは言葉を詰まらせた。その瞳は「お前に何かを言う資格があるのか」と無言で、だが、雄弁に語っていた。
「あっはっはっはは……!」
ただ一人、ベルムドだけが手を叩きながら高笑いをした。おもしろい、と彼は息子に告げた。
「よかろう、シモン。お前にその娘の身柄を預ける。思うところを思うがままにやってみせるがよい」
それだけ言うと、ベルムドは再び笑いながら、部屋を退室していった。
カールとソード、そして、クリスがそれぞれの表情で、涼しい顔で立つシモンのことを無言で見やった。
あまりに唐突だったので、最初は誰もが冗談であると思った。否、冗談でないと判断できる程にも思考が追い付いていなかった。
謹厳実直な長男カールはその剛直な人柄そのままの強面に笑みを浮かべようとして失敗した。当主の態度とその表情から、それが完全に本気であると理解してしまったからだった。
深謀遠慮の次男シモンはベルムドに対して恭しく一礼した。──こういう人なのだ──と、ある種の達観と共に受け入れた。ベルムドという人物は、場と言うものを引っ掻き回して、右往左往する人間たちを観察して愉悦に浸るようなところがある。かつて、息子たちとその母親たちに家督争いをけしかけてみせたように。
「父上がそうお決めになったのであれば、私は従います」
「冗談だろ!? いきなりそんなことを告げられて、はい、そうですか、なんて言えるか! 俺は納得しちゃいねえ!」
執事の恰好をしたシモンが告げると、まだ若く、直情径行が強い三男ソードが文字通り椅子を蹴立てて立ち上がった。
「シモンはいいだろうさ。早々に跡目争いを辞退して執事ごっこに現を抜かしていたような奴だ。だが、親父は前に俺たちや母上の前で言ったはずだ。長子末子関係なく、侯爵家を継ぐに最も相応しい能力を持つ者に家督を譲ると! だからこそ、俺もカール兄も血の滲む様な思いで研鑽を摘んで来たというのに……!」
「私も納得できません」
弟が激発する間にどうにか自身の感情を収めたカールが、内心の動揺などおくびにも出さず。三男を手で制して現当主に向き直った。
「私はこれまで秘書として、貴方について当主の仕事を学んできました。政治哲学を学び、統治に関する薫陶を受け、社交界という貴族の外交の場で他家の者らと誼を通じる為、飲めぬ酒の知識を蓄え、慣れぬ狩猟もこなしてきました。……もし、ルーサーに家督を譲るというのであれば、貴方が今まで私に施してきた帝王学はいったい何の為だったのですか?」
血を吐く様な思いで訊ねる息子の問いに、父親はあっけなくこう告げた。
「おお、ルーサーはまだ幼いからな。お前たちは親族として、股肱の臣として、身に着けた能力で弟のことを助けてやってくれ」
カールとソードは絶句した。二の句が継げぬとはこの事だった。
「……なぜ。なぜルーサーなのですか?」
魂を振り絞るような慟哭を、滲ませながらカールが訊ねた。
その問いに少々驚いたような様子を見せつつ、ベルムドは答えた。
「決まっている。アレがオレーリアの息子だからだ」
●
オーサンバラの館で起きたハンターたちの脱走騒ぎから二週間が経過した。
その間、侯爵家はオードラン伯爵家に対し、令嬢クリスティーヌの直筆で『パラディール家との間の婚約の破棄』と『ダフィールド侯爵家子息との結婚』を求める手紙を遣いに持たせて送付した。
伯爵家から届いた返事は端的だった。
曰く、『当家にはクリスティーヌなどという名の娘は存在しない』──
「……どういうことだ?」
ソードは、同様に手紙の内容を聞かされたクリスを愕然と見返した。
「もしかして、身分を詐称していたのか……? オードラン伯爵家令嬢を──貴族を騙っていたというのか!」
ソードの詰問に、しかし、クリスは身じろぎもせず、顔色一つ変えずに涼しい顔のまま、毅然とした態度で沈黙し続ける。
「落ち着きなさい」
狼狽する三男をシモンが制し、ベルムドに対して向き直った。
「どうやらオードラン伯爵家はクリス嬢のことを切り捨てたようです」
「一人娘をか?」
「オードラン伯爵家は王家派の中でも古参の家柄。武名と名誉を重んじる家風でもあります。たとえ両家が結ぶことでどれだけ経済的な利が生じるとしても、貴族派の重鎮たる我が侯爵家の人間を婿に迎えることはありますまい」
むしろ貴族として、家を守る為なら当然の選択でありましょう、とカールは重々しく瞑目した。
(それに引き換え、我が侯爵家は……)
その言葉に続く想いを、カールは己の身の内に封じ込める。
「……それで、クリスティーヌ嬢の身柄に関してですが」
シモンが告げると、カールとソードは押し黙った。ベルムドがつまらなそうにフンと鼻を鳴らす。
「オードラン家に帰すことは出来んぞ? ハロルド・オードランは我がダフィールド侯爵家を袖にし、一人娘を切り捨てた。そのツケは払ってもらわなければならん」
「……処刑、ですか? あの手紙を証拠に『伯爵家令嬢を騙った』者として成敗することは可能ですが……」
カールの言葉に、ソードの心臓がドクンッ、と一つ跳ね上がった。しかし、言葉は出なかった。初めて会った時から、ソードはクリスのことを憎からず思っていた。だが、貴族を騙った者かもしれない──その疑念がほんの僅かながらも……彼をクリスに対する疑心暗鬼に陥らせていた。
「そのことなのですが……私にクリス嬢の身柄を預からせていただけませんか?」
その間に、シモンが飄々とした調子でベルムドにそう請願した。ソードはハッと顔を上げ、後悔した。その台詞は誰よりもまず自分が言わなければならなかったはずなのに……!
「……それは構わんが、どうするつもりだ?」
ベルムドの問いに、シモンは柔らかく微笑みながら答えて、告げた。
「ダフィールド侯爵家という名の檻に捕らえたくおもいます」
「? 具体的には?」
「私の嫁に迎えます」
その場にいる全員が驚愕し、度肝を抜かれた。カールが目を見張り、ソードはまた椅子を蹴立てた。泰然と瞑目していたクリスですら、口元を手の先で押さえつつシモンを見返していた。
「だっ、だけど、彼女と結婚しても伯爵家の跡継ぎには……!」
「構いません。私が好きになったのは彼女の身分ではなく彼女自身なので」
「しかし……ッ!」
シモンに見つめられてソードは言葉を詰まらせた。その瞳は「お前に何かを言う資格があるのか」と無言で、だが、雄弁に語っていた。
「あっはっはっはは……!」
ただ一人、ベルムドだけが手を叩きながら高笑いをした。おもしろい、と彼は息子に告げた。
「よかろう、シモン。お前にその娘の身柄を預ける。思うところを思うがままにやってみせるがよい」
それだけ言うと、ベルムドは再び笑いながら、部屋を退室していった。
カールとソード、そして、クリスがそれぞれの表情で、涼しい顔で立つシモンのことを無言で見やった。
リプレイ本文
侯爵家次男の結婚式が急遽行われることになり、その準備の為に特需が発生している──
偶々寄ったニューオーサンの街でその噂話を耳にした『輸送し隊』狐中・小鳥(ka5484)は、その儲け話に早速馬車1台仕立ると、すぐにオーサンバラへと赴いた。
道路脇に小麦と葡萄の畑が広がる光景が連綿と続く静かな田舎村は、行き交う大勢の人によってすっかりその風情を変えていた。
「へぇー、この辺りに来るのは初めて来たけど、凄く活気があるね♪ もともとこんな感じのとこなのかな?」
「まさか! 普段は何の変哲もない田舎だよ。こんなのは祭りの間だけさ」
親切な村人に館への道を教えてもらい、のんびりと坂道を上る。
そうして辿り着いた館の周りには、たくさんの馬車がずらりと並んで荷下ろしの順番を待っていた。小鳥は「ふぁ~」と開いた口を閉じると馬車を下り、同様に順番待ちで屯っている同業者に笑顔で話し掛けた。
「臨時雇い? へー、そんなに運ぶ荷物があるんだ…… じゃあ、まだまだお仕事あるのかな? 私の方はこの荷だけだし、人手がいるならそっちの荷運びも手伝うよ?」
ちゃっかりと次の仕事を確保する間に自分の番がやって来て、小鳥は庭に馬車を乗り入れた。
館の執事(シモンではなく、本業の方)と思しき初老の男が荷の一覧を確認し、入用なものをほぼ言い値で買い入れる代わり、不要な物は全てにべもなく跳ねのけた。
「申し訳ありませんが、交渉は受け付けておりません。その分の時間が勿体ないので」
荷役の男たちが買い取った荷物をあっという間に荷台から下ろしていくのを見やりながら、また別の係の者から代金を受け取り、追い立てられるように庭を出る。
「何と言う回転速度…… 随分とシステマティックな商売をする所だね」
館を見返し呟くと、小鳥は先程渡りをつけておいた大手の同業者についていって、複数の集荷場に集められていた荷物(かの商人はニューオーサンだけでなく、周辺の町村でも事前に必要な仕入れを済ませていた)を何往復もして館へ運び入れた。
「ご苦労様です。こちらで発注した荷物はこれで最後になります」
「終わり? ホントに? ……なんか、この仕事だけでオーサン近郊を観光し尽くした気分だよ」
結婚式前日、夕方── もう何度も荷物を納品してすっかり顔見知りになった執事に小鳥がおどけて話し掛けた。
「ねぇ? 当日は人手は足りているのかな? 稼ぎ時みたいだし、雇ってもらえると嬉しいんだけど。こう見えて料理とか得意だよ♪」
小鳥の頼みに、執事はふむ、と考え込んだ。宮廷料理を作れる料理人なら既に手配が住んでいる。が、当日は訪れた平民や手伝ってくれた村人たちにも食事が振舞われることになっており、そちらは幾ら人手があっても足りない。
「……フェルダー料理はできるか?」
執事の言葉に、小鳥は無駄に元気よく頷いた。
「うん、出来るよ!(←嘘) ……仕込みくらいなら、多分(←小声)」
●
前方から歩いてくる二人組の官憲がチラリとこちらに目をやって── アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)とシレークス(ka0752)は鼓動を一つ跳ね上げた。
ジワリと背中に汗が浮かぶ…… が、表面上は動じて見せない。二人は目を見合わせて覚悟を決めて頷くと…… 和気藹々と言った風で町娘を演じ始めた。
「ねぇ? この後、どうするぅ? お腹空かな~い? 何か食べに行こうよぉ~!」
「知ってるぅ? 裏通りの店のふっわふわのパンケーキ! ちょ~おいしいって評判らしいよぉ?」
きゃぴきゃぴ(←死語)とした会話をふわふわ飛ばしながら通りを歩く町娘(娘?)二人。官憲二人はそんな彼女らをジッと見据えながら、声を掛けることなく傍らを通り過ぎ…… 何事もなく、そのまま歩み去っていった。
どうやらこちらの正体には気づかなかったようだ。きゃっきゃうふふの姿勢のまま、二人がホッと息を吐く。
「……ふっ。ふつーの町娘(?)モードが功を奏しやがりましたね。これまで意図的に暴走修道女を演じて(!?)目立って来た甲斐があったというものです」
「……」
「な、なんでやがりますか」
「……ふっわふわのパンケーキ、ねぇ……」
「なっ、なんでやがりますかっ!?」
クリスの奪還に失敗したアデリシアとシレークスの二人は、館襲撃の実行犯として、そして、『ルーサー誘拐犯』の一人として侯爵家に指名手配され、ここニューオーサンの街に潜んでいた。
「……ある程度は予想していましたが、まさかあそこまでガッチリ守りを固めているとは……」
襲撃の顛末を思い返して、アデリシアが溜め息を吐く。どうやら侯爵家はこちらの想定していた以上にクリスのことを重要視しているらしい、と二人はそう判断した。……実際には、既に『伯爵家の一人娘としてのクリス』は伯爵家からの手紙によって人質としての価値をなくしているのだが、その辺りの事情を二人が知る由はなかった。
襲撃時、使用人たちがいなかったのは、戦いに巻き込まぬ為の配慮か、或いは移送情報の漏洩を恐れた故か……
「とは言え、ここで諦めるわけにもいきません。身を潜めて機会を待つとしましょう」
アデリシアの言う通り、このまま侯爵領の外に逃走する、という選択肢は二人の頭には端から無かった。これまでも、彼女たちは『捕らわれた』クリスのことを第一に考えて行動してきた。……結果、こうして追われる身になってしまってはいるけれど。
その情報は場末の酒場──『普通の修道女』であれば、まず近づかないような所だ──で、呑兵衛のおじちゃんから入手した。
「結婚式?」
「……そう! こーしゃくけ次男の、なんてったか……そう、シモンさまと、どこぞの金持ちの娘さんとのね!」
昼間からすっかり出来上がったおじちゃんの話に、二人は顔を見合わせた。
「これはまた……随分とキナ臭い話ですねぇ」
「?」
呟くシレークスに、意味が分からず小首を傾げるおっちゃん。意味するところを理解するアデリシアは首肯した。
「これは九分九厘、罠……ですよね」
「不穏分子を摘み取る為の撒き餌か、或いはそれ以外の目的があるのか…… あの男が単純に結婚式を計画したはずがない」
二人は苦虫を噛み潰した。そうと分かっていても行かねばならないところが実に悪辣だ。執事の恰好で一礼しながらほくそ笑むシモンの姿が目に浮かぶ。
とは言え、強硬策は悪手──ただ突っ込んでいってもこの前の二の舞だ。今少し慎重に…… 何か策を弄しなければ。
「いやー、めでたい! まっことめでたい! 侯爵家万歳! なんてったって、振る舞い酒がロハで飲める!」
「振る舞い酒?」
「おう。身内の結婚式ともなれば侯爵家もお祭り騒ぎだ。国中で祝い酒やごちそうが大盤振る舞いされるのさ」
酒を勧めながら詳しく話をせがむとおっちゃんは気分よくその辺りの事を話してくれた。
聞けば、お堅い厳正な式が行われるのはお偉いさん(貴族や大商人や教会関係者)が集まる館の中だけで、それ以外の場所では飲めや歌えやのお祭り状態になるらしい。特に、式場のあるオーサンバラには多数の屋台や大道芸人たち、花火師や移動遊園地などが集まり、三日三晩は宴が続くという。
「それだ!」
アデリシアとシレークスが揃って声を上げた。訳も分からず小首を傾げるおじちゃんにもう1本酒を出すよう店主に言い残し、急ぎ酒場を飛び出していく。
「なんとか紛れ込めないか動いてみますか。人の好さそうな男所帯とか、頼み込めばいけそうな気がしますし……」
「思いっきり手配されてる以上、下手に仲間たちと合流するのも危険…… ならばそれもアリでやがりましょう」
二人は早速、店に赴いて布切れや反物といった材料を入手すると、それで辺境の踊り子風の衣装をでっちあげた。もしこの場にサクラやざくろがいれば「これはまたずいぶんとはっちゃけましたね」と生暖かい目で見られるくらいの露出度だ。
「どうでやがります? ここまで肌を晒せば聖職者には見えないでしょう?」
「?」(←普段から戦闘時には動き易さ重視の非常にけしからん格好なのでピンとこないアデリシア)
「アデは踊れるのですか?」
「戦歌なら少々」
「では伴奏をお願いするです。……どれ、ちょいと昔を思い出してみやがりますか」
アデリシアとシレークスは、ニューオーサンで仲間を募っていた旅芸人の一座に潜り込むことに成功した。この様な大規模な祭事の場合、大手の同業者に対抗する為、中小の旅芸人が合同して仕事を受注することは珍しいことではない。
「……またここに戻って来ることになろうとは」
ポン、ポンと花火の上がるオーサンバラ── アデリシアが感慨深く、丘の上の館を見上げる。
「待っていてください、クリス……」
シレークスが決意と共に呟いた。
「おめぇを捕えている『鳥かご』は、私たちが根こそぎ砕いてやりますからね……」
●
オーサンバラ村の里山の更に奥の山── サクラ・エルフリード(ka2598)とルーサーが拓いたキャンプを、全身鎧に身を包んだ謎の騎兵4騎が訪れた。
存在していることすら誰も知らないはずの隠れ家に、彼らは迷うことなく侵入し…… 鳥が歌うのどかな朝──人の気配のまるで感じられないその場所で、馬から降りた初老の男が、冷え切った焚火の後に手をやって。「逃したか……」と小さく呟く。
その光景を山の上の木の陰から見下ろしていた猟師姿の時音 ざくろ(ka1250)は、立ち去っていく騎兵たちを見やって、文字通りホッと一息吐いた。
リーア救出後、その仲間たちと行動を共にしていたざくろは追っ手を撒く為に暫く身を潜め…… 合流予定の日時から遅れて、今日、このキャンプにやって来たところだった。どうやらサクラとルーサーは合流予定日時が過ぎた時点でキャンプを放棄していたらしい。二人がこの場にいなかったことに、ざくろは心の底から安堵した。
謎の騎兵たちが立ち去り、戻って来る気配がないことを確認した後、ざくろは人のいなくなったキャンプへと下りていった。
周囲を警戒しながら焚火を囲む竈の石の一つをひっくり返し、その下に隠されていた手紙を取り出す。そこには、アデリシアが用いたのと同じ暗号文で、このまま一所に留まるのは危険と判断し、ニューオーサンに向かうという内容が記されていた。
その頃、サクラとルーサーの二人はニューオーサンへ向かう駅馬車の中にいた。
一日に何本も出ている便。大都市ニューオーサンへ出るには極々当たり前の交通手段である。むしろ使わない方が目立つとルーサーに言われて、地元民の言うことならば、とサクラもそれを受け入れた。
それでも、念の為に一つ前の『街の端』の駅で下り、市内へは歩いて向かうことにした。
馬車から降りた二人の恰好は、当然、その正体が知られぬよう変装したものだった。特に顔が知られているであろうルーサーのそれには念には念を入れてある。
「……サクラ、やっぱりヤダよ、こんな格好……」
「サクラではなくサクです、ルー。……大丈夫。ちゃんと女の子に見えますよ」
そう、ルーサーはサクラの手によって女装させられていた。そのサクラも髪を帽子に隠して田舎の少年風に男装している。
「女の子に見えるから嫌なんだよ……」
「女の子に見えないと困るんですよ。伊達や酔狂でしているわけではないのですよ?」
嘘だ、とルーサーは心の中でツッコんだ。のうのうと「え? 楽しんでなんかいませんヨ?」みたいな顔をしているサクラだったが……
「いやー、ルーサーは、いわゆる『中性的な美少年』といったタイプじゃないですからね。可愛く、でも、変装なので目立ち過ぎず、『あー、いるいる、こういう女の子』感を出す辺りに心血を注いでみました」
「……今、語るに落ちたよね?」
「いいんです。変装と言う大義名分が私にはある」
(開き直った……!)
やり場のない憤りに悶えるルーサーに、「ほら、行きますよ」とサクラが手を差し伸べた。
「……手を、繋ぐの……?」
「地方から都会に出て来た仲の良い兄妹という設定です。都会は人が多いですからね。逸れてはいけません」
ん、とサクラに促され、顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに手を差し出すルーサー。その手を取って走るサクラ── 彼らを見かけた町の人たちは微笑ましいやら、その歳で旅する兄妹の事情を想像して不憫に思うやら…… 思いがけず目立ってしまったが、お陰で情報収集には困らなかった。
「結婚式……?」
「このタイミングで、とはあからさま過ぎる気はしますが、あえて突っ込まざるを得ない……そう考えるでしょうね、他の皆も」
広いニューオーサンの街。サクラたちはシレークスとアデリシアの二人とは出会えなかった。ただ、彼女たちの手配が解除されたという話もないから、まだきっと無事なのだろう。なら……
「オーサンバラへ向かいましょう。同じ情報を得たならば、皆、そうするはずですから」
一方、書置きを確認し終えたざくろは『ジェットブーツ』を駆使して最短距離で山を越え、リーアの仲間たちが潜伏するセーフハウスへと跳び戻っていた。
一人で戻らざるを得なかった事情を彼らに説明し。同時に、彼らが街で得て来た情報を伝え聞く。
「結婚式……」
ざくろは昼食のパンを手にテーブルに肘をついて黙考した。……誘い水──でも、みんなは向かうだろうな。クリスさんを助ける唯一とも言える機会だし……
「……皆が行動を起こす前に、何とか渡りをつけたいな」
そう呟くのとほぼ同時に、隣り山に配した見張りがこちらに接近する一団を発見し、報告してきた。
「怪しいの?」
「街道を通らず、わざわざ山野を通っている」
「それは……ざくろたち並に怪しいねぇ」
ざくろもまた件の一団の戦力を自分の眼で確認する為、モフロウを偵察に出した。こちらに気付かなければ良し。もし気付くようなら何らかの対処が必要だ。
「……ん?」
モフロウ越しの視界に見知った顔を見て。ざくろは驚き、背筋を伸ばした。
「マリーがいる……! その護衛のハンターたちも!」
その時、オーサン近郊まで戻って来たマリーとその護衛たちは、獣道の如き狭い道の脇で遅めの昼食を取るところだった。
「大丈夫か、マリー? ここまで随分と強行軍だったが……」
「おかげさまで、ヴァイスさん。でも私より皆の方が辛くない? 私の皺寄せがいってない?」
マリーの体調を気遣い、訊ねたヴァイス(ka0364)は逆にマリーに体調を心配された。見抜かれてたかと感心しつつ、「鍛えてるからな」とおどけてみせる。
「はー、弾丸ツアーだったねぇー。どんでん返しで忙しかった…… おねーさん、寿命50年くらい縮んだんじゃない?」
どっこいしょ、と腰を下ろして、エルフのレイン・レーネリル(ka2887)が硬いパンをお茶にふやかしながら冗談口を叩く。
「アクシデントばっかりだったもんね。きっと前世で割ることをしたツケに違いないよ。多分、前世でエクラ様の脚でも踏んだんじゃないかな……ルー君が」
「僕!?」
理不尽な流れ弾に思わずふやかした干し肉を取り落とし掛けるルーエル・ゼクシディア(ka2473)。既に生鮮食品などは消費し尽くし、硬くなった保存食が僅かにしか残っていない。
「……今のところ、官憲に追われている様子はありません。が、あの尾行者の方は相変わらず……」
向かいに座ったヴァルナ=エリゴス(ka2651)が声を潜めて言うと、ヴァイスも小さく頷いた。
件の追跡者の気配は相変わらず続いていた。あくまで尾行が任務なのか、襲ってくることはなかったが……
「……ここまで何もされずにいると、奴を引き連れてオーサンバラに入って大丈夫なのか、心配になってくるな」
ともあれ、こちらの強行軍について来ている以上、奴も相当にタフなはずだ。しかも、あっちはたった一人で全てをこなさなければならない……
「館に残った皆さんが手配されている以上、私たちも感づかれれば追われる身になると思ってよいでしょう。目的の見えない相手も多いですし、騒ぎを起こさずに懐に入り込みたいところですが……」
とは言え、何の手がかりもなく事を運べるとも思えない、と重苦しい口調でヴァルナは言った。とにかく、分からないことが多すぎた。獣の様に山野を駆け巡っていれば人目にはつかないが、情報収集という点のみで言えば問題なしとは言い難い。
「食糧事情もありますし……一度、どっかしらの町か村に寄って近況を調べませんか?」
「……街に、寄るのか……?」
ヴァルナの提案に、ヴァイスが真っ先に思いついたのは先に遭遇した謎の騎兵のことだった。裏街道に出ればまた彼らに遭遇するかも知れず…… 勿論、同様の懸念はヴァルナにもあった。
「あの騎兵たちがルーサーさんを明確に狙っているというのは分かりました。しかし、誰の指示で、なぜルーサーさんを狙うのか…… そちらは余計に分からなくなってしまいました。彼らとあの尾行者との関係性も、どうにもスッキリしません」
──我々には圧倒的に情報が足りていない。──だが、町でそれらに関する情報が手に入るのか。
大人(?)たちの交わす言葉に退屈(おっと)してしまったレインは、両手を枕にごろんと草の上に寝っ転がった。
「……お尋ね者かー。いったい何があったのか聞きたいよねー。皆と合流できたら良いのに……」
空を見上げて、呟いて。ゴロリと寝返りを打ったレインは、この山の中、こちらに向かって歩いてくる人影に気付き、瞬間的に表情を切り替えて。口笛一つ、警笛に鳴らしつつ跳び起きた。
即座に警戒態勢を取るハンターたち。近づいて来ていた男たちは両手を上げてその場に止まった。
「あっ!」
その顔を見たルーエルとヴァルナが声を上げ、ヴァイスもまた気が付いた。
「なに? 知ってる人?」
訊ねるレインにルーエルは頷いた。
一人はざくろ。もう一人は、リーアの部下の『山賊』──逃散民取締官だった人だ。もっとも、それは潜入の為に強奪した偽称だったっぽいけれど。
最後に見たのはソードと初めて会った温泉街。確か、一人で残ることにしたリーアの指示で、王都に逃れて行ったはず……
「ざくろだよ。皆とは入れ違いでこっちに」
「ヴァイスだ。こいつらとはフォルティーユ村で合流した」
また改めて自己紹介をして、一行はざくろが世話になっているというリーアの仲間たちのセーフハウスに合流することにした。彼らは何より『こちらで起きた出来事と事情』というマリーたちが求めてやまなかった情報を持っていたし、それにおいしい食事と休養が取れるという誘惑もまた大きなものだった。
「あ、隠れ家に向かう前に…… 実は僕らには謎の尾行者が一人、ついているんだけど……」
「それはもうこちらでも把握しているよ」
ざくろの言う通り、音もなく展開しながら木々の陰を行くリーアの仲間ら8人の姿が見えた。自分が包囲されようとしていることに気付いた尾行者が慌てて木の枝から枝へ跳ぶ……
とりあえず尾行者を追い払い、追撃へと移ったのを確認してから、一行はセーフハウスに入った。
8人が尾行者の追跡に出て、館には一人の諜報員が残っていた。ベテランと思しき中年男──今は彼がこのチームの指揮を執っているらしい。
「……はー。そっちは激動っぽいねー。こっちは大して成果は無かったんだけど……」
「……一応、革命派の魔の手からフォルティーユ村を救ったぞ……?」
「おねーさん、さっき寿命が50年縮んだって……?」
とりあえず硬くないパンと温かいスープと新鮮なミルクと焼き立ての卵とベーコンをいただきながら、『熊』やらリーアの正体の露見やら捕まったクリスやハンターたちやら脱出劇や救出劇など、一連の事情を聞かされた。
「クリス…… あんの馬鹿ッ……!」
おおよそ自分の想像通りの行動をクリスが取っていたと聞いて、マリーはダンッ、とテーブルを叩いた。
「でっ?! あの娘はいったいどこにいるの? どういった状況なの?!」
「えっと……」
ざくろは自分もつい今しがた聞いたばかりの情報を皆に披露した。
「……貴族の結婚式!? なんてロマンチック……!」
「いや、え? 誰と? 誰の? ……へ?」
寝耳に水。青天の霹靂。その報せを受けたハンターたちは(事情が良く分かっていないレインを除き)開いた口も塞げずに互いに顔を見合わせて。マリーに至っては「はあぁぁぁ!?」と驚天動地で怒髪天。
「どこぞのお金持ちの娘、って、なんか知ってる人みたいだね! ……え? ホントに知ってる人なの? クリス? へ? なんで? ……はわー、どゆこと?」
ルーエルに説明をしてもらってようやくその『結婚式』の事情を把握したレインのテンションが、花火の様な満開からどん底へと直下した。
「それは素直に祝えないねぇ…… 貴族ってホント面倒くさい」
「おねーさん、さっきロマンチックって……」
「返せ、私のロマンチック」
むずかるレインをルーエルに任し、ヴァイスはざくろに向き直った。
「……話を聞く限り、今、オーサンバラに乗り込むのは悪手になりそうだな。一度、オーサンバラ近郊かニューオーサンに入り、何か動きが無いか情報を集めた方がいい」
「幸い、手配されている皆が捕られられたという情報はありません。何とか合流を図れれば良いのですが、その手段となると……」
難しい表情で(今回の彼女はこんな表情ばかりしている気がする)ヴァルナが言うと、ざくろがポンと手を叩いた。
「サクラとルーサーはニューオーサンにいるよ。置手紙にそう書いてあった。アデリシアとシレークスについては……リーアの仲間の皆さんに頼もうと思っている」
ざくろの言葉にヴァイスとヴァルナは顔を見合わせた。彼らの事を信頼してないわけではないが…… 頼り切ってしまうのも、それはそれでいざという時、危ないことになったりしないか?
「そう言えば、リーアさんを見かけませんね?」
ふと思い出したように、ヴァルナがざくろに訊ねた。追っ手に8人。ここに1人。あと一人、リーアが足りない。
「…………」
ざくろは皆を奥の部屋に案内した。
リーアはベッドの上にいた。
「……拷問によって四肢の腱を切られたようです。治療はしましたが、この稼業に戻れるかどうかは……」
寝ているリーアを遠目に見ながら、リーダーがハンターたちに告げる。
「……信じるよ。僕は信じることにする。彼らはその道のプロだ。誰かに力を借りるなら彼らに借りたい」
ルーエルはギリと奥歯を噛み締めてそう絞り出すと、たとえ効果は僅かなりとも言えど、自分たちの仲間を助ける為に重症を負ったリーアに回復魔法を掛ける為に部屋の中へと入っていった。
「申し訳ありません。逃げられました……」
尾行者を追撃していたはずの八人が、項垂れる様に戻って来た。報告を聞いたリーダーは、信じられないと言った風にその目を丸くした。
「おいおい……冗談はよしてくれよ。8人で囲んだんだろう?」
「それが……非覚醒者とは思えない程にとんでもない身体能力で……」
話を聞いたヴァイスは思い当る節を彼らに伝えた。『犬』について。それを使う謎の襲撃者について。そして、謎の騎兵について。連中に共通するのは、謎の『影色のオーラ』を纏い、通常ではあり得ないくらいの戦闘能力を発揮すること──
「騎兵?」
「うん。ルーサーを狙う謎の騎兵がいたんだ」
「……今朝がた、ざくろも見た。サクラとルーサーのいたキャンプで」
二人は多分、その存在をまだ知らない。時間的にあれから追い付けたとは思えないが……もし、偶然、ニューオーサンで出会ってしまったら……
「早く何とかして伝えてあげたいね……」
身体を震わせるざくろの肩を、ルーエルがポンと叩く……
「オーサン近郊に入る前に、あの尾行者をどうにか炙り出したい」
ヴァイスが告げると、諜報員たちのリーダーは暫し沈思し…… 「では、早馬で移動したらどうだろう」とハンターたちに提案をしてみせた。
「早馬に追いつけるのは早馬だけだ。早馬に乗って追いかけて来るようならそれが尾行者だ。そのまま排除してしまうも良し。露見を恐れて追いかけて来ないようなら、そのまま撒いてしまえばいい。どっちにしても損はない」
確かに、とヴァルナは頷いた。山野でも襲撃を掛けて来なかった奴だ。表街道でも場所を選べば……今なら誰も巻き込まずに済むかもしれない。
「マリー」
最後に、ヴァイスはハンターたちと共に『依頼主』を振り返った。
「この状況でクリスが絶対に無事だとは、残念ながら断言できない。この戦力でクリスを救出できるかと言われれば……それはまず不可能だろう。それでも……今回の依頼者は、マリー。お前だ。俺たちはお前の決断に従う。……どうする?」
真摯な表情の大人たちに見返されて、マリーは一瞬、たじろいだ。だが、それでもグッと胎を据えて……目を逸らすことなく、告げる。
「……私は子供よ。嫌になるくらい。どうしようもないくらい…… 私には依頼を出すことしか出来ない。報酬を家に出してもらうことしかできない。しかも、それは失敗した時のリスクに全然見合う額ですらない。でも自分にはどうしようもない……」
そこでマリーは一旦、床を見た。悔しくて、悔しくて。自分の足りなさ、至りなさにあっぷあっぷと溺れそうで。でも、涙だけは決して見せないで……
「それでもっ、私はクリスを助けたい。成功の見込みは低くても、たとえ僅かなりとも可能性があるのなら……! 無理はしない。無茶はしない。ダメと思ったらすぐ引き返す。でもっ……ほんの一瞬でもその筋道があるのなら…… 私はまたクリスと旅がしたい。その為に、面と向かって叱り飛ばしてやりたいっ。……なんでもかんでも一人で抱え込もうとするな、って!」
……ああ、やっぱり最後は涙が出た。こんな、子供っぽい……我儘みたいな依頼に、付き合ってくれる人なんて……
「決まりだな」
「決まりですね」
落ち込むマリーを前に、ハンターたちは微笑を浮かべ合う。
「え、ちょ、おねーさん! なんで僕が女の子の恰好しないといけないの!?」
数刻後──どうにかセーフハウスの位置を突き止めた尾行者は、隠れ家の前で騒ぐルーエルの声に気が付いた。
「だって、ルー君、鎧って目立つよね? だったら私の服貸すしかないじゃない? ないよね? 貸すの。ね?」
「ヴァ、ヴァイスさん……!」
「俺のはサイズが、なぁ……」
「ざくろさん!」
「?」(←可愛いのになぜ女装を嫌がっているのだろうの目)
「ヴァルナさ……」
ルーエルは呼びかけかけてそれを止めた。彼女は金色の美しい髪をサイドテールに纏め、鎧も脱いでハンターには見えない普通の旅装に統一していた。
「良家の令嬢を意識してみました」
そして、存外にノリノリであった。
「クッ……お姉さんも目立つんだから、耳くらい隠したら?」
「目立つ!? 美少女過ぎて!?」
「いえ、見た目じゃなく……」
「?」
「性格が」
ルーエルの言葉にレインがぶー垂れる。
「ふーんだ。ルー君は私と違って美少女だしねー」
「……レインお姉さんは可愛いです(ごにょごにょ)」
微かな空気の振動に、レインの地獄耳がピクリと動く。
「んー? 今なんてー?」
「……やっぱりその耳は隠してください」
「いーの? ルー君、耳フェチなのに」
「謂れなき印象操作!」
……そんな普段よりも目立っているような気もしないでもないハンターたちを見張りながら、尾行者は迷っていた。
(変装? 情報収集にでも行くつもりか? 尾行すべきか? だが、自分は一人しかいない。下された命はあの少女が最優先……)
迷っていると、隠れ家からその少女──マリーが本人が出て来た。少年に変装しているが間違いない。
尾行者は心置きなく、出掛けたハンターたちを追跡することにした。途中、目標は早馬を借りてこちらを撒きにかかったが、自分もまた同様にしてその後を追うことにする。
……この時には既に疲労の極致にあった尾行者の判断力は鈍っていた。
人気の無くなった表街道にハンターたちが待ち伏せていた。振り返れば、隠れ家に残っていたはずのハンターたちがこちらを挟み込むように追い縋って来る。
(二重尾行……!)
「捕えて情報を引き出しますか?」
「無駄だ。どうせ全力を出して勝手に死ぬ」
魔力を──蒼い炎を纏ったヴァイスとヴァルナの槍と剣が尾行者の急所を貫いた。
同時に、尾行者の心臓辺りに埋め込まれていた黒い何かがその身体から飛び出した。
「これは……焼け焦げた木の実の欠片……?」
マリーの護衛についていたルーエルが星剣の先でつつきながら言う。
それはアデリシアたちが『熊』の中から取り出したモノと同じであったが、それが分かる者はこの場にいない。
「サクラ! よかった、合流できた!」
ニューオーサンの街── ざくろたちは街の出口で、今にもオーサンバラへ旅立とうとしていたサクラらと鉢合わせになった。
「……よく私だと分かりましたね」
「変装? 分かるよ。うん……よく似合っている」
「……男装なのに?」
「うぇっ!? あ、いや、どんな格好をしててもサクラは……」
「それは私に胸が無いという遠回しの皮肉でしょうか?」
「へぁっ!?」
●
結婚式、当日。まだ日も明けきらぬ早朝から祭りに沸くオーサンバラ──
同じ頃、静寂に包まれたニューオーサンの街に、軍靴の足音が響いていた。
それらは侯爵家別邸、官庁街、各警察本部といった重要施設を取り囲み……
「行動を開始せよ。特に現当主ベルムドの身柄は絶対に逃すな」
長男カールによるクーデターが始まった。
偶々寄ったニューオーサンの街でその噂話を耳にした『輸送し隊』狐中・小鳥(ka5484)は、その儲け話に早速馬車1台仕立ると、すぐにオーサンバラへと赴いた。
道路脇に小麦と葡萄の畑が広がる光景が連綿と続く静かな田舎村は、行き交う大勢の人によってすっかりその風情を変えていた。
「へぇー、この辺りに来るのは初めて来たけど、凄く活気があるね♪ もともとこんな感じのとこなのかな?」
「まさか! 普段は何の変哲もない田舎だよ。こんなのは祭りの間だけさ」
親切な村人に館への道を教えてもらい、のんびりと坂道を上る。
そうして辿り着いた館の周りには、たくさんの馬車がずらりと並んで荷下ろしの順番を待っていた。小鳥は「ふぁ~」と開いた口を閉じると馬車を下り、同様に順番待ちで屯っている同業者に笑顔で話し掛けた。
「臨時雇い? へー、そんなに運ぶ荷物があるんだ…… じゃあ、まだまだお仕事あるのかな? 私の方はこの荷だけだし、人手がいるならそっちの荷運びも手伝うよ?」
ちゃっかりと次の仕事を確保する間に自分の番がやって来て、小鳥は庭に馬車を乗り入れた。
館の執事(シモンではなく、本業の方)と思しき初老の男が荷の一覧を確認し、入用なものをほぼ言い値で買い入れる代わり、不要な物は全てにべもなく跳ねのけた。
「申し訳ありませんが、交渉は受け付けておりません。その分の時間が勿体ないので」
荷役の男たちが買い取った荷物をあっという間に荷台から下ろしていくのを見やりながら、また別の係の者から代金を受け取り、追い立てられるように庭を出る。
「何と言う回転速度…… 随分とシステマティックな商売をする所だね」
館を見返し呟くと、小鳥は先程渡りをつけておいた大手の同業者についていって、複数の集荷場に集められていた荷物(かの商人はニューオーサンだけでなく、周辺の町村でも事前に必要な仕入れを済ませていた)を何往復もして館へ運び入れた。
「ご苦労様です。こちらで発注した荷物はこれで最後になります」
「終わり? ホントに? ……なんか、この仕事だけでオーサン近郊を観光し尽くした気分だよ」
結婚式前日、夕方── もう何度も荷物を納品してすっかり顔見知りになった執事に小鳥がおどけて話し掛けた。
「ねぇ? 当日は人手は足りているのかな? 稼ぎ時みたいだし、雇ってもらえると嬉しいんだけど。こう見えて料理とか得意だよ♪」
小鳥の頼みに、執事はふむ、と考え込んだ。宮廷料理を作れる料理人なら既に手配が住んでいる。が、当日は訪れた平民や手伝ってくれた村人たちにも食事が振舞われることになっており、そちらは幾ら人手があっても足りない。
「……フェルダー料理はできるか?」
執事の言葉に、小鳥は無駄に元気よく頷いた。
「うん、出来るよ!(←嘘) ……仕込みくらいなら、多分(←小声)」
●
前方から歩いてくる二人組の官憲がチラリとこちらに目をやって── アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)とシレークス(ka0752)は鼓動を一つ跳ね上げた。
ジワリと背中に汗が浮かぶ…… が、表面上は動じて見せない。二人は目を見合わせて覚悟を決めて頷くと…… 和気藹々と言った風で町娘を演じ始めた。
「ねぇ? この後、どうするぅ? お腹空かな~い? 何か食べに行こうよぉ~!」
「知ってるぅ? 裏通りの店のふっわふわのパンケーキ! ちょ~おいしいって評判らしいよぉ?」
きゃぴきゃぴ(←死語)とした会話をふわふわ飛ばしながら通りを歩く町娘(娘?)二人。官憲二人はそんな彼女らをジッと見据えながら、声を掛けることなく傍らを通り過ぎ…… 何事もなく、そのまま歩み去っていった。
どうやらこちらの正体には気づかなかったようだ。きゃっきゃうふふの姿勢のまま、二人がホッと息を吐く。
「……ふっ。ふつーの町娘(?)モードが功を奏しやがりましたね。これまで意図的に暴走修道女を演じて(!?)目立って来た甲斐があったというものです」
「……」
「な、なんでやがりますか」
「……ふっわふわのパンケーキ、ねぇ……」
「なっ、なんでやがりますかっ!?」
クリスの奪還に失敗したアデリシアとシレークスの二人は、館襲撃の実行犯として、そして、『ルーサー誘拐犯』の一人として侯爵家に指名手配され、ここニューオーサンの街に潜んでいた。
「……ある程度は予想していましたが、まさかあそこまでガッチリ守りを固めているとは……」
襲撃の顛末を思い返して、アデリシアが溜め息を吐く。どうやら侯爵家はこちらの想定していた以上にクリスのことを重要視しているらしい、と二人はそう判断した。……実際には、既に『伯爵家の一人娘としてのクリス』は伯爵家からの手紙によって人質としての価値をなくしているのだが、その辺りの事情を二人が知る由はなかった。
襲撃時、使用人たちがいなかったのは、戦いに巻き込まぬ為の配慮か、或いは移送情報の漏洩を恐れた故か……
「とは言え、ここで諦めるわけにもいきません。身を潜めて機会を待つとしましょう」
アデリシアの言う通り、このまま侯爵領の外に逃走する、という選択肢は二人の頭には端から無かった。これまでも、彼女たちは『捕らわれた』クリスのことを第一に考えて行動してきた。……結果、こうして追われる身になってしまってはいるけれど。
その情報は場末の酒場──『普通の修道女』であれば、まず近づかないような所だ──で、呑兵衛のおじちゃんから入手した。
「結婚式?」
「……そう! こーしゃくけ次男の、なんてったか……そう、シモンさまと、どこぞの金持ちの娘さんとのね!」
昼間からすっかり出来上がったおじちゃんの話に、二人は顔を見合わせた。
「これはまた……随分とキナ臭い話ですねぇ」
「?」
呟くシレークスに、意味が分からず小首を傾げるおっちゃん。意味するところを理解するアデリシアは首肯した。
「これは九分九厘、罠……ですよね」
「不穏分子を摘み取る為の撒き餌か、或いはそれ以外の目的があるのか…… あの男が単純に結婚式を計画したはずがない」
二人は苦虫を噛み潰した。そうと分かっていても行かねばならないところが実に悪辣だ。執事の恰好で一礼しながらほくそ笑むシモンの姿が目に浮かぶ。
とは言え、強硬策は悪手──ただ突っ込んでいってもこの前の二の舞だ。今少し慎重に…… 何か策を弄しなければ。
「いやー、めでたい! まっことめでたい! 侯爵家万歳! なんてったって、振る舞い酒がロハで飲める!」
「振る舞い酒?」
「おう。身内の結婚式ともなれば侯爵家もお祭り騒ぎだ。国中で祝い酒やごちそうが大盤振る舞いされるのさ」
酒を勧めながら詳しく話をせがむとおっちゃんは気分よくその辺りの事を話してくれた。
聞けば、お堅い厳正な式が行われるのはお偉いさん(貴族や大商人や教会関係者)が集まる館の中だけで、それ以外の場所では飲めや歌えやのお祭り状態になるらしい。特に、式場のあるオーサンバラには多数の屋台や大道芸人たち、花火師や移動遊園地などが集まり、三日三晩は宴が続くという。
「それだ!」
アデリシアとシレークスが揃って声を上げた。訳も分からず小首を傾げるおじちゃんにもう1本酒を出すよう店主に言い残し、急ぎ酒場を飛び出していく。
「なんとか紛れ込めないか動いてみますか。人の好さそうな男所帯とか、頼み込めばいけそうな気がしますし……」
「思いっきり手配されてる以上、下手に仲間たちと合流するのも危険…… ならばそれもアリでやがりましょう」
二人は早速、店に赴いて布切れや反物といった材料を入手すると、それで辺境の踊り子風の衣装をでっちあげた。もしこの場にサクラやざくろがいれば「これはまたずいぶんとはっちゃけましたね」と生暖かい目で見られるくらいの露出度だ。
「どうでやがります? ここまで肌を晒せば聖職者には見えないでしょう?」
「?」(←普段から戦闘時には動き易さ重視の非常にけしからん格好なのでピンとこないアデリシア)
「アデは踊れるのですか?」
「戦歌なら少々」
「では伴奏をお願いするです。……どれ、ちょいと昔を思い出してみやがりますか」
アデリシアとシレークスは、ニューオーサンで仲間を募っていた旅芸人の一座に潜り込むことに成功した。この様な大規模な祭事の場合、大手の同業者に対抗する為、中小の旅芸人が合同して仕事を受注することは珍しいことではない。
「……またここに戻って来ることになろうとは」
ポン、ポンと花火の上がるオーサンバラ── アデリシアが感慨深く、丘の上の館を見上げる。
「待っていてください、クリス……」
シレークスが決意と共に呟いた。
「おめぇを捕えている『鳥かご』は、私たちが根こそぎ砕いてやりますからね……」
●
オーサンバラ村の里山の更に奥の山── サクラ・エルフリード(ka2598)とルーサーが拓いたキャンプを、全身鎧に身を包んだ謎の騎兵4騎が訪れた。
存在していることすら誰も知らないはずの隠れ家に、彼らは迷うことなく侵入し…… 鳥が歌うのどかな朝──人の気配のまるで感じられないその場所で、馬から降りた初老の男が、冷え切った焚火の後に手をやって。「逃したか……」と小さく呟く。
その光景を山の上の木の陰から見下ろしていた猟師姿の時音 ざくろ(ka1250)は、立ち去っていく騎兵たちを見やって、文字通りホッと一息吐いた。
リーア救出後、その仲間たちと行動を共にしていたざくろは追っ手を撒く為に暫く身を潜め…… 合流予定の日時から遅れて、今日、このキャンプにやって来たところだった。どうやらサクラとルーサーは合流予定日時が過ぎた時点でキャンプを放棄していたらしい。二人がこの場にいなかったことに、ざくろは心の底から安堵した。
謎の騎兵たちが立ち去り、戻って来る気配がないことを確認した後、ざくろは人のいなくなったキャンプへと下りていった。
周囲を警戒しながら焚火を囲む竈の石の一つをひっくり返し、その下に隠されていた手紙を取り出す。そこには、アデリシアが用いたのと同じ暗号文で、このまま一所に留まるのは危険と判断し、ニューオーサンに向かうという内容が記されていた。
その頃、サクラとルーサーの二人はニューオーサンへ向かう駅馬車の中にいた。
一日に何本も出ている便。大都市ニューオーサンへ出るには極々当たり前の交通手段である。むしろ使わない方が目立つとルーサーに言われて、地元民の言うことならば、とサクラもそれを受け入れた。
それでも、念の為に一つ前の『街の端』の駅で下り、市内へは歩いて向かうことにした。
馬車から降りた二人の恰好は、当然、その正体が知られぬよう変装したものだった。特に顔が知られているであろうルーサーのそれには念には念を入れてある。
「……サクラ、やっぱりヤダよ、こんな格好……」
「サクラではなくサクです、ルー。……大丈夫。ちゃんと女の子に見えますよ」
そう、ルーサーはサクラの手によって女装させられていた。そのサクラも髪を帽子に隠して田舎の少年風に男装している。
「女の子に見えるから嫌なんだよ……」
「女の子に見えないと困るんですよ。伊達や酔狂でしているわけではないのですよ?」
嘘だ、とルーサーは心の中でツッコんだ。のうのうと「え? 楽しんでなんかいませんヨ?」みたいな顔をしているサクラだったが……
「いやー、ルーサーは、いわゆる『中性的な美少年』といったタイプじゃないですからね。可愛く、でも、変装なので目立ち過ぎず、『あー、いるいる、こういう女の子』感を出す辺りに心血を注いでみました」
「……今、語るに落ちたよね?」
「いいんです。変装と言う大義名分が私にはある」
(開き直った……!)
やり場のない憤りに悶えるルーサーに、「ほら、行きますよ」とサクラが手を差し伸べた。
「……手を、繋ぐの……?」
「地方から都会に出て来た仲の良い兄妹という設定です。都会は人が多いですからね。逸れてはいけません」
ん、とサクラに促され、顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに手を差し出すルーサー。その手を取って走るサクラ── 彼らを見かけた町の人たちは微笑ましいやら、その歳で旅する兄妹の事情を想像して不憫に思うやら…… 思いがけず目立ってしまったが、お陰で情報収集には困らなかった。
「結婚式……?」
「このタイミングで、とはあからさま過ぎる気はしますが、あえて突っ込まざるを得ない……そう考えるでしょうね、他の皆も」
広いニューオーサンの街。サクラたちはシレークスとアデリシアの二人とは出会えなかった。ただ、彼女たちの手配が解除されたという話もないから、まだきっと無事なのだろう。なら……
「オーサンバラへ向かいましょう。同じ情報を得たならば、皆、そうするはずですから」
一方、書置きを確認し終えたざくろは『ジェットブーツ』を駆使して最短距離で山を越え、リーアの仲間たちが潜伏するセーフハウスへと跳び戻っていた。
一人で戻らざるを得なかった事情を彼らに説明し。同時に、彼らが街で得て来た情報を伝え聞く。
「結婚式……」
ざくろは昼食のパンを手にテーブルに肘をついて黙考した。……誘い水──でも、みんなは向かうだろうな。クリスさんを助ける唯一とも言える機会だし……
「……皆が行動を起こす前に、何とか渡りをつけたいな」
そう呟くのとほぼ同時に、隣り山に配した見張りがこちらに接近する一団を発見し、報告してきた。
「怪しいの?」
「街道を通らず、わざわざ山野を通っている」
「それは……ざくろたち並に怪しいねぇ」
ざくろもまた件の一団の戦力を自分の眼で確認する為、モフロウを偵察に出した。こちらに気付かなければ良し。もし気付くようなら何らかの対処が必要だ。
「……ん?」
モフロウ越しの視界に見知った顔を見て。ざくろは驚き、背筋を伸ばした。
「マリーがいる……! その護衛のハンターたちも!」
その時、オーサン近郊まで戻って来たマリーとその護衛たちは、獣道の如き狭い道の脇で遅めの昼食を取るところだった。
「大丈夫か、マリー? ここまで随分と強行軍だったが……」
「おかげさまで、ヴァイスさん。でも私より皆の方が辛くない? 私の皺寄せがいってない?」
マリーの体調を気遣い、訊ねたヴァイス(ka0364)は逆にマリーに体調を心配された。見抜かれてたかと感心しつつ、「鍛えてるからな」とおどけてみせる。
「はー、弾丸ツアーだったねぇー。どんでん返しで忙しかった…… おねーさん、寿命50年くらい縮んだんじゃない?」
どっこいしょ、と腰を下ろして、エルフのレイン・レーネリル(ka2887)が硬いパンをお茶にふやかしながら冗談口を叩く。
「アクシデントばっかりだったもんね。きっと前世で割ることをしたツケに違いないよ。多分、前世でエクラ様の脚でも踏んだんじゃないかな……ルー君が」
「僕!?」
理不尽な流れ弾に思わずふやかした干し肉を取り落とし掛けるルーエル・ゼクシディア(ka2473)。既に生鮮食品などは消費し尽くし、硬くなった保存食が僅かにしか残っていない。
「……今のところ、官憲に追われている様子はありません。が、あの尾行者の方は相変わらず……」
向かいに座ったヴァルナ=エリゴス(ka2651)が声を潜めて言うと、ヴァイスも小さく頷いた。
件の追跡者の気配は相変わらず続いていた。あくまで尾行が任務なのか、襲ってくることはなかったが……
「……ここまで何もされずにいると、奴を引き連れてオーサンバラに入って大丈夫なのか、心配になってくるな」
ともあれ、こちらの強行軍について来ている以上、奴も相当にタフなはずだ。しかも、あっちはたった一人で全てをこなさなければならない……
「館に残った皆さんが手配されている以上、私たちも感づかれれば追われる身になると思ってよいでしょう。目的の見えない相手も多いですし、騒ぎを起こさずに懐に入り込みたいところですが……」
とは言え、何の手がかりもなく事を運べるとも思えない、と重苦しい口調でヴァルナは言った。とにかく、分からないことが多すぎた。獣の様に山野を駆け巡っていれば人目にはつかないが、情報収集という点のみで言えば問題なしとは言い難い。
「食糧事情もありますし……一度、どっかしらの町か村に寄って近況を調べませんか?」
「……街に、寄るのか……?」
ヴァルナの提案に、ヴァイスが真っ先に思いついたのは先に遭遇した謎の騎兵のことだった。裏街道に出ればまた彼らに遭遇するかも知れず…… 勿論、同様の懸念はヴァルナにもあった。
「あの騎兵たちがルーサーさんを明確に狙っているというのは分かりました。しかし、誰の指示で、なぜルーサーさんを狙うのか…… そちらは余計に分からなくなってしまいました。彼らとあの尾行者との関係性も、どうにもスッキリしません」
──我々には圧倒的に情報が足りていない。──だが、町でそれらに関する情報が手に入るのか。
大人(?)たちの交わす言葉に退屈(おっと)してしまったレインは、両手を枕にごろんと草の上に寝っ転がった。
「……お尋ね者かー。いったい何があったのか聞きたいよねー。皆と合流できたら良いのに……」
空を見上げて、呟いて。ゴロリと寝返りを打ったレインは、この山の中、こちらに向かって歩いてくる人影に気付き、瞬間的に表情を切り替えて。口笛一つ、警笛に鳴らしつつ跳び起きた。
即座に警戒態勢を取るハンターたち。近づいて来ていた男たちは両手を上げてその場に止まった。
「あっ!」
その顔を見たルーエルとヴァルナが声を上げ、ヴァイスもまた気が付いた。
「なに? 知ってる人?」
訊ねるレインにルーエルは頷いた。
一人はざくろ。もう一人は、リーアの部下の『山賊』──逃散民取締官だった人だ。もっとも、それは潜入の為に強奪した偽称だったっぽいけれど。
最後に見たのはソードと初めて会った温泉街。確か、一人で残ることにしたリーアの指示で、王都に逃れて行ったはず……
「ざくろだよ。皆とは入れ違いでこっちに」
「ヴァイスだ。こいつらとはフォルティーユ村で合流した」
また改めて自己紹介をして、一行はざくろが世話になっているというリーアの仲間たちのセーフハウスに合流することにした。彼らは何より『こちらで起きた出来事と事情』というマリーたちが求めてやまなかった情報を持っていたし、それにおいしい食事と休養が取れるという誘惑もまた大きなものだった。
「あ、隠れ家に向かう前に…… 実は僕らには謎の尾行者が一人、ついているんだけど……」
「それはもうこちらでも把握しているよ」
ざくろの言う通り、音もなく展開しながら木々の陰を行くリーアの仲間ら8人の姿が見えた。自分が包囲されようとしていることに気付いた尾行者が慌てて木の枝から枝へ跳ぶ……
とりあえず尾行者を追い払い、追撃へと移ったのを確認してから、一行はセーフハウスに入った。
8人が尾行者の追跡に出て、館には一人の諜報員が残っていた。ベテランと思しき中年男──今は彼がこのチームの指揮を執っているらしい。
「……はー。そっちは激動っぽいねー。こっちは大して成果は無かったんだけど……」
「……一応、革命派の魔の手からフォルティーユ村を救ったぞ……?」
「おねーさん、さっき寿命が50年縮んだって……?」
とりあえず硬くないパンと温かいスープと新鮮なミルクと焼き立ての卵とベーコンをいただきながら、『熊』やらリーアの正体の露見やら捕まったクリスやハンターたちやら脱出劇や救出劇など、一連の事情を聞かされた。
「クリス…… あんの馬鹿ッ……!」
おおよそ自分の想像通りの行動をクリスが取っていたと聞いて、マリーはダンッ、とテーブルを叩いた。
「でっ?! あの娘はいったいどこにいるの? どういった状況なの?!」
「えっと……」
ざくろは自分もつい今しがた聞いたばかりの情報を皆に披露した。
「……貴族の結婚式!? なんてロマンチック……!」
「いや、え? 誰と? 誰の? ……へ?」
寝耳に水。青天の霹靂。その報せを受けたハンターたちは(事情が良く分かっていないレインを除き)開いた口も塞げずに互いに顔を見合わせて。マリーに至っては「はあぁぁぁ!?」と驚天動地で怒髪天。
「どこぞのお金持ちの娘、って、なんか知ってる人みたいだね! ……え? ホントに知ってる人なの? クリス? へ? なんで? ……はわー、どゆこと?」
ルーエルに説明をしてもらってようやくその『結婚式』の事情を把握したレインのテンションが、花火の様な満開からどん底へと直下した。
「それは素直に祝えないねぇ…… 貴族ってホント面倒くさい」
「おねーさん、さっきロマンチックって……」
「返せ、私のロマンチック」
むずかるレインをルーエルに任し、ヴァイスはざくろに向き直った。
「……話を聞く限り、今、オーサンバラに乗り込むのは悪手になりそうだな。一度、オーサンバラ近郊かニューオーサンに入り、何か動きが無いか情報を集めた方がいい」
「幸い、手配されている皆が捕られられたという情報はありません。何とか合流を図れれば良いのですが、その手段となると……」
難しい表情で(今回の彼女はこんな表情ばかりしている気がする)ヴァルナが言うと、ざくろがポンと手を叩いた。
「サクラとルーサーはニューオーサンにいるよ。置手紙にそう書いてあった。アデリシアとシレークスについては……リーアの仲間の皆さんに頼もうと思っている」
ざくろの言葉にヴァイスとヴァルナは顔を見合わせた。彼らの事を信頼してないわけではないが…… 頼り切ってしまうのも、それはそれでいざという時、危ないことになったりしないか?
「そう言えば、リーアさんを見かけませんね?」
ふと思い出したように、ヴァルナがざくろに訊ねた。追っ手に8人。ここに1人。あと一人、リーアが足りない。
「…………」
ざくろは皆を奥の部屋に案内した。
リーアはベッドの上にいた。
「……拷問によって四肢の腱を切られたようです。治療はしましたが、この稼業に戻れるかどうかは……」
寝ているリーアを遠目に見ながら、リーダーがハンターたちに告げる。
「……信じるよ。僕は信じることにする。彼らはその道のプロだ。誰かに力を借りるなら彼らに借りたい」
ルーエルはギリと奥歯を噛み締めてそう絞り出すと、たとえ効果は僅かなりとも言えど、自分たちの仲間を助ける為に重症を負ったリーアに回復魔法を掛ける為に部屋の中へと入っていった。
「申し訳ありません。逃げられました……」
尾行者を追撃していたはずの八人が、項垂れる様に戻って来た。報告を聞いたリーダーは、信じられないと言った風にその目を丸くした。
「おいおい……冗談はよしてくれよ。8人で囲んだんだろう?」
「それが……非覚醒者とは思えない程にとんでもない身体能力で……」
話を聞いたヴァイスは思い当る節を彼らに伝えた。『犬』について。それを使う謎の襲撃者について。そして、謎の騎兵について。連中に共通するのは、謎の『影色のオーラ』を纏い、通常ではあり得ないくらいの戦闘能力を発揮すること──
「騎兵?」
「うん。ルーサーを狙う謎の騎兵がいたんだ」
「……今朝がた、ざくろも見た。サクラとルーサーのいたキャンプで」
二人は多分、その存在をまだ知らない。時間的にあれから追い付けたとは思えないが……もし、偶然、ニューオーサンで出会ってしまったら……
「早く何とかして伝えてあげたいね……」
身体を震わせるざくろの肩を、ルーエルがポンと叩く……
「オーサン近郊に入る前に、あの尾行者をどうにか炙り出したい」
ヴァイスが告げると、諜報員たちのリーダーは暫し沈思し…… 「では、早馬で移動したらどうだろう」とハンターたちに提案をしてみせた。
「早馬に追いつけるのは早馬だけだ。早馬に乗って追いかけて来るようならそれが尾行者だ。そのまま排除してしまうも良し。露見を恐れて追いかけて来ないようなら、そのまま撒いてしまえばいい。どっちにしても損はない」
確かに、とヴァルナは頷いた。山野でも襲撃を掛けて来なかった奴だ。表街道でも場所を選べば……今なら誰も巻き込まずに済むかもしれない。
「マリー」
最後に、ヴァイスはハンターたちと共に『依頼主』を振り返った。
「この状況でクリスが絶対に無事だとは、残念ながら断言できない。この戦力でクリスを救出できるかと言われれば……それはまず不可能だろう。それでも……今回の依頼者は、マリー。お前だ。俺たちはお前の決断に従う。……どうする?」
真摯な表情の大人たちに見返されて、マリーは一瞬、たじろいだ。だが、それでもグッと胎を据えて……目を逸らすことなく、告げる。
「……私は子供よ。嫌になるくらい。どうしようもないくらい…… 私には依頼を出すことしか出来ない。報酬を家に出してもらうことしかできない。しかも、それは失敗した時のリスクに全然見合う額ですらない。でも自分にはどうしようもない……」
そこでマリーは一旦、床を見た。悔しくて、悔しくて。自分の足りなさ、至りなさにあっぷあっぷと溺れそうで。でも、涙だけは決して見せないで……
「それでもっ、私はクリスを助けたい。成功の見込みは低くても、たとえ僅かなりとも可能性があるのなら……! 無理はしない。無茶はしない。ダメと思ったらすぐ引き返す。でもっ……ほんの一瞬でもその筋道があるのなら…… 私はまたクリスと旅がしたい。その為に、面と向かって叱り飛ばしてやりたいっ。……なんでもかんでも一人で抱え込もうとするな、って!」
……ああ、やっぱり最後は涙が出た。こんな、子供っぽい……我儘みたいな依頼に、付き合ってくれる人なんて……
「決まりだな」
「決まりですね」
落ち込むマリーを前に、ハンターたちは微笑を浮かべ合う。
「え、ちょ、おねーさん! なんで僕が女の子の恰好しないといけないの!?」
数刻後──どうにかセーフハウスの位置を突き止めた尾行者は、隠れ家の前で騒ぐルーエルの声に気が付いた。
「だって、ルー君、鎧って目立つよね? だったら私の服貸すしかないじゃない? ないよね? 貸すの。ね?」
「ヴァ、ヴァイスさん……!」
「俺のはサイズが、なぁ……」
「ざくろさん!」
「?」(←可愛いのになぜ女装を嫌がっているのだろうの目)
「ヴァルナさ……」
ルーエルは呼びかけかけてそれを止めた。彼女は金色の美しい髪をサイドテールに纏め、鎧も脱いでハンターには見えない普通の旅装に統一していた。
「良家の令嬢を意識してみました」
そして、存外にノリノリであった。
「クッ……お姉さんも目立つんだから、耳くらい隠したら?」
「目立つ!? 美少女過ぎて!?」
「いえ、見た目じゃなく……」
「?」
「性格が」
ルーエルの言葉にレインがぶー垂れる。
「ふーんだ。ルー君は私と違って美少女だしねー」
「……レインお姉さんは可愛いです(ごにょごにょ)」
微かな空気の振動に、レインの地獄耳がピクリと動く。
「んー? 今なんてー?」
「……やっぱりその耳は隠してください」
「いーの? ルー君、耳フェチなのに」
「謂れなき印象操作!」
……そんな普段よりも目立っているような気もしないでもないハンターたちを見張りながら、尾行者は迷っていた。
(変装? 情報収集にでも行くつもりか? 尾行すべきか? だが、自分は一人しかいない。下された命はあの少女が最優先……)
迷っていると、隠れ家からその少女──マリーが本人が出て来た。少年に変装しているが間違いない。
尾行者は心置きなく、出掛けたハンターたちを追跡することにした。途中、目標は早馬を借りてこちらを撒きにかかったが、自分もまた同様にしてその後を追うことにする。
……この時には既に疲労の極致にあった尾行者の判断力は鈍っていた。
人気の無くなった表街道にハンターたちが待ち伏せていた。振り返れば、隠れ家に残っていたはずのハンターたちがこちらを挟み込むように追い縋って来る。
(二重尾行……!)
「捕えて情報を引き出しますか?」
「無駄だ。どうせ全力を出して勝手に死ぬ」
魔力を──蒼い炎を纏ったヴァイスとヴァルナの槍と剣が尾行者の急所を貫いた。
同時に、尾行者の心臓辺りに埋め込まれていた黒い何かがその身体から飛び出した。
「これは……焼け焦げた木の実の欠片……?」
マリーの護衛についていたルーエルが星剣の先でつつきながら言う。
それはアデリシアたちが『熊』の中から取り出したモノと同じであったが、それが分かる者はこの場にいない。
「サクラ! よかった、合流できた!」
ニューオーサンの街── ざくろたちは街の出口で、今にもオーサンバラへ旅立とうとしていたサクラらと鉢合わせになった。
「……よく私だと分かりましたね」
「変装? 分かるよ。うん……よく似合っている」
「……男装なのに?」
「うぇっ!? あ、いや、どんな格好をしててもサクラは……」
「それは私に胸が無いという遠回しの皮肉でしょうか?」
「へぁっ!?」
●
結婚式、当日。まだ日も明けきらぬ早朝から祭りに沸くオーサンバラ──
同じ頃、静寂に包まれたニューオーサンの街に、軍靴の足音が響いていた。
それらは侯爵家別邸、官庁街、各警察本部といった重要施設を取り囲み……
「行動を開始せよ。特に現当主ベルムドの身柄は絶対に逃すな」
長男カールによるクーデターが始まった。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/03/23 21:05:02 |
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相談 サクラ・エルフリード(ka2598) 人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2018/03/23 02:57:23 |