ゲスト
(ka0000)
【羽冠】思い出の高原
マスター:京乃ゆらさ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 4日
- 締切
- 2018/04/22 22:00
- 完成日
- 2018/05/11 09:56
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ライブラリにアクセスし、過去を体験する。
神霊樹の分樹をそのように使うようになったのは【血盟】作戦の頃、星の意志との対話を試みるためだった。その試みは成功して、紆余曲折を経てなんとグラズヘイム王国にも四大精霊の一柱が降臨することになった。……少々個性的な筋肉精霊だったけれども。
ともあれその頃から、システィーナ・グラハム(kz0020)も考えてはいたのだ。
その仕組みを使えばお父様に会えるのではないか、と……。
●思い出の高原
「システィーナ様、一つ確認させていただいてよろしいでしょうか?」
侍従長のマルグリッド・オクレールが、どんな顔をすればいいのか分からないような複雑な表情で訊いてくる。
システィーナが首肯すると、オクレールは逡巡するように一度視線を外した後でキッと眦を吊り上げ、
「……先王陛下とお会いになりたいと思われたのは、逃避ではございませんか?」
侍従隊の部下と『遊ぶ』時のような声色からは、彼女があえて厳しく指摘してくれていることが分かる。
システィーナは刺すような視線で冷淡に問われ、それでも小波すら立たなかった自分の心に安堵した。逃避したいわけではない。ゴチャゴチャとしたことを話して、自分の中で整理したかった。助言をもらえると嬉しいけれど、もらえなくても別によかった。
ただ聴いてもらって、欲を言えば一度だけ抱擁してほしかったなとか、そんなことも思わなくもなかったけれどそれは逃避ではない。断じてない。
ゆっくりと横に首を振り、微笑みを浮かべる。
「いいえ。これは未来に進むために必要なことです。国を治める上で大司教さまに助言をいただくことと変わりません」
「――然様でございますか」オクレールが視線を緩め、「それならば分樹へのアクセスに慣れたハンターの方々へ依頼を出しましょう。過去へ向かう際は私が案内することとなりますが、希望はございますか?」
「そうですね……」
言われてシスティーナは思い返してみる。
どうせ過去を体験してもらうなら楽しい方がいい。王城内は機密保持のためにパルムが遠慮してくれている所が多いし、かといって王の公務に同行しても堅苦しいだけだ。
――公的ではないお父様の旅行……っ、それなら!
「ではヒカヤ高原はどうでしょう? パルムがいた覚えがないので行けるか分からないのですけれど、十五年ほど前にお父様と一緒に行ったでしょう? オクレールさんもわたくしの侍女として同行しましたよね?」
「はい、よく覚えております。では十五年前の春、ヒカヤ高原でございますね。……あちらにはいと幼き時分のシスティーナ様もおられますので、お姿を見られることになりますが?」
「え、えぇ……問題ありません」
答えつつも、頬に朱が差すのが自分でも分かった。
五歳の自分がどんな恰好をしていたのか、周囲の人にどう接していたのかなどまるで覚えていない。もし淑女にあるまじき醜態を晒していたりなんかしたら――――っ!
――いえ、信じるんです。かつてのわたくしをっ!
こほんと咳払いしてもう一度大丈夫だと言う。
「お、お父様には王としての心のありようを訊きたいですねっ。国をどう治めようとしていたのか、貴族との関係はどうしていたのか……」
「かしこまりました。詳しくはハンターの方々にお任せしましょう」
「く、くれぐれも当時のわたくしに構わないようにしてくださいねっ。オクレールさんもです」
システィーナが念を押すと、オクレールはにっこりと微笑んで返した。
「では私はハンターオフィスに依頼してまいります」
…………。
いかにも了承したような顔でやり過ごし明言を避けるのは、貴族の常套手段である。呼び止める間もなく退室したオクレールに、システィーナは声にならぬ悲鳴を上げた。
●時を超えた伝言
微風に乗って届くのは、草木の薫りと小川のせせらぎだった。
頭上には青空が高く広がり、白雲がゆっくりと流れている。ハンターたちは周囲を見回して危険がないことを確認すると、案内人であったマルグリッド・オクレールの姿を探した。
春めいた穏やかな陽光が降り注ぐ野原は長閑そのもので、仮にこれが目的地でなくとも休暇として考えれば悪くないという気分になる。やや離れた前方にオクレールらしき後ろ姿が見え、ハンターはここが目的地で間違いないかを尋ねた。
「間違いありません。ここはヒカヤ高原で、あちらにおわすのが先王陛下とおひいさまでございます」
示された方を見やれば、そこには手を繋いで高原を散歩する親子の姿があった。幼いシスティーナの金髪やドレスが風に靡き、わたわたと片手で交互に押さえようとしている仕草は何とも滑稽、もとい可愛らしい。
先王がこちらに気付き、手を挙げて声をかけてくる。
「護衛も結構だが、諸君もたまには休みたまえ。これほど視界が開けておるのだ、危険もそうあるまい」
どうやら近衛騎士団の団員か何かだと思われているようだ。限られた時間で一から関係を構築するよりずっとやりやすい。
ハンターたちはそれぞれの反応を返しつつ、先王アレクシウスと幼いシスティーナを観察する。
先王の方はのちに凄絶な最期を遂げ歪虚となり果てたとは思えないほど朗らかな雰囲気を見せているが、その双眸や歩く姿勢からはどこか鋭さを感じさせる。少女の方は父の真似でもしているのか「いつもごくろうさまぁ」とふわふわ笑っていた。
――さて、どうするか。
オクレールによると指定された質問に限らず様々な話を持ち帰りたいようだ。そのためにどう話を振るか。休めと言われているからには仕事のような問答でなく、己の話や雑談をした方が話を引き出せそうな気はする。
「おとうさまぁ、おちゃのきをみましょう。わたくし、おちゃがすきなのです」
「ふうむ、ティナは紅茶が好きか……」
娘に引っ張られて先王が茶畑に向かう。
ハンターたちは高原の穏やかな風に身を委ねながら、二人の背を見つめた……。
神霊樹の分樹をそのように使うようになったのは【血盟】作戦の頃、星の意志との対話を試みるためだった。その試みは成功して、紆余曲折を経てなんとグラズヘイム王国にも四大精霊の一柱が降臨することになった。……少々個性的な筋肉精霊だったけれども。
ともあれその頃から、システィーナ・グラハム(kz0020)も考えてはいたのだ。
その仕組みを使えばお父様に会えるのではないか、と……。
●思い出の高原
「システィーナ様、一つ確認させていただいてよろしいでしょうか?」
侍従長のマルグリッド・オクレールが、どんな顔をすればいいのか分からないような複雑な表情で訊いてくる。
システィーナが首肯すると、オクレールは逡巡するように一度視線を外した後でキッと眦を吊り上げ、
「……先王陛下とお会いになりたいと思われたのは、逃避ではございませんか?」
侍従隊の部下と『遊ぶ』時のような声色からは、彼女があえて厳しく指摘してくれていることが分かる。
システィーナは刺すような視線で冷淡に問われ、それでも小波すら立たなかった自分の心に安堵した。逃避したいわけではない。ゴチャゴチャとしたことを話して、自分の中で整理したかった。助言をもらえると嬉しいけれど、もらえなくても別によかった。
ただ聴いてもらって、欲を言えば一度だけ抱擁してほしかったなとか、そんなことも思わなくもなかったけれどそれは逃避ではない。断じてない。
ゆっくりと横に首を振り、微笑みを浮かべる。
「いいえ。これは未来に進むために必要なことです。国を治める上で大司教さまに助言をいただくことと変わりません」
「――然様でございますか」オクレールが視線を緩め、「それならば分樹へのアクセスに慣れたハンターの方々へ依頼を出しましょう。過去へ向かう際は私が案内することとなりますが、希望はございますか?」
「そうですね……」
言われてシスティーナは思い返してみる。
どうせ過去を体験してもらうなら楽しい方がいい。王城内は機密保持のためにパルムが遠慮してくれている所が多いし、かといって王の公務に同行しても堅苦しいだけだ。
――公的ではないお父様の旅行……っ、それなら!
「ではヒカヤ高原はどうでしょう? パルムがいた覚えがないので行けるか分からないのですけれど、十五年ほど前にお父様と一緒に行ったでしょう? オクレールさんもわたくしの侍女として同行しましたよね?」
「はい、よく覚えております。では十五年前の春、ヒカヤ高原でございますね。……あちらにはいと幼き時分のシスティーナ様もおられますので、お姿を見られることになりますが?」
「え、えぇ……問題ありません」
答えつつも、頬に朱が差すのが自分でも分かった。
五歳の自分がどんな恰好をしていたのか、周囲の人にどう接していたのかなどまるで覚えていない。もし淑女にあるまじき醜態を晒していたりなんかしたら――――っ!
――いえ、信じるんです。かつてのわたくしをっ!
こほんと咳払いしてもう一度大丈夫だと言う。
「お、お父様には王としての心のありようを訊きたいですねっ。国をどう治めようとしていたのか、貴族との関係はどうしていたのか……」
「かしこまりました。詳しくはハンターの方々にお任せしましょう」
「く、くれぐれも当時のわたくしに構わないようにしてくださいねっ。オクレールさんもです」
システィーナが念を押すと、オクレールはにっこりと微笑んで返した。
「では私はハンターオフィスに依頼してまいります」
…………。
いかにも了承したような顔でやり過ごし明言を避けるのは、貴族の常套手段である。呼び止める間もなく退室したオクレールに、システィーナは声にならぬ悲鳴を上げた。
●時を超えた伝言
微風に乗って届くのは、草木の薫りと小川のせせらぎだった。
頭上には青空が高く広がり、白雲がゆっくりと流れている。ハンターたちは周囲を見回して危険がないことを確認すると、案内人であったマルグリッド・オクレールの姿を探した。
春めいた穏やかな陽光が降り注ぐ野原は長閑そのもので、仮にこれが目的地でなくとも休暇として考えれば悪くないという気分になる。やや離れた前方にオクレールらしき後ろ姿が見え、ハンターはここが目的地で間違いないかを尋ねた。
「間違いありません。ここはヒカヤ高原で、あちらにおわすのが先王陛下とおひいさまでございます」
示された方を見やれば、そこには手を繋いで高原を散歩する親子の姿があった。幼いシスティーナの金髪やドレスが風に靡き、わたわたと片手で交互に押さえようとしている仕草は何とも滑稽、もとい可愛らしい。
先王がこちらに気付き、手を挙げて声をかけてくる。
「護衛も結構だが、諸君もたまには休みたまえ。これほど視界が開けておるのだ、危険もそうあるまい」
どうやら近衛騎士団の団員か何かだと思われているようだ。限られた時間で一から関係を構築するよりずっとやりやすい。
ハンターたちはそれぞれの反応を返しつつ、先王アレクシウスと幼いシスティーナを観察する。
先王の方はのちに凄絶な最期を遂げ歪虚となり果てたとは思えないほど朗らかな雰囲気を見せているが、その双眸や歩く姿勢からはどこか鋭さを感じさせる。少女の方は父の真似でもしているのか「いつもごくろうさまぁ」とふわふわ笑っていた。
――さて、どうするか。
オクレールによると指定された質問に限らず様々な話を持ち帰りたいようだ。そのためにどう話を振るか。休めと言われているからには仕事のような問答でなく、己の話や雑談をした方が話を引き出せそうな気はする。
「おとうさまぁ、おちゃのきをみましょう。わたくし、おちゃがすきなのです」
「ふうむ、ティナは紅茶が好きか……」
娘に引っ張られて先王が茶畑に向かう。
ハンターたちは高原の穏やかな風に身を委ねながら、二人の背を見つめた……。
リプレイ本文
「親子、か」
幼い王女と先王の後ろ姿を眺めていると、クローディオ・シャール(ka0030)の脳裏に朧げな記憶が瞬いた。
風景が黒白に包まれる前、母と共にいた日々。遠い、遠い夢だ。
僅かに眉を顰めると、肩を全力で叩かれた。渋面を作って隣を見やれば、そこにはいつも通り傲岸不遜な笑顔を浮かべたジャック・J・グリーヴ(ka1305)がいる。
友は指で後ろを差し、
「折角の原っぱだぜ、ヴィクトリアに乗せてくれよ」
目を丸くして輝く笑顔を見つめたクローディオは、ややあって大仰に肩を竦めてみせた。
「……仕方ないな。ここは紅茶の産地と聞く。先に愛車で見回って安全を確保し、殿下を茶摘みにお誘いするのも良いかもしれない」
「ハ、今にも駆け出しそうにしてたくせによく言うぜ」
「さて、な」
先王らに茶摘みの件も含めて提案した後、クローディオは停車場へ向かう。
――全く、お前には敵わないな。
薄く微笑んだクローディオの背を追い越すように風が吹き抜け、黒白ではない草花が揺れた。
「親子、ですか」
先を歩く先王らを見つめたクリスティア・オルトワール(ka0131)は、胸に手を当てため息をついた。
――はぁっ……王女様、お可愛らしい……私も母になるならあのような娘がほしいですね。
子どもは良いなと思いつつ相手がいない現実から目を背け、クリスティアは先王達に駆け寄る。和やかに会話している親娘だが、よく聞けば王女が普段何をしているかを尋ねる事が多い。やはり日常的なふれあいは少ないのか。
ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)が眩しげに目を細める。
「王女さんも幸せそうやし、親父さん、優しそうなお人やな」
「将来の『あの』陛下を見ただけに居た堪れなくもあるが……安心もする、かな」
歪虚化した先王と言葉を交した事のある誠堂 匠(ka2876)だけに、幸せそうな親娘の情景がことさら貴重に思える。
――殿下の父君であり、隊長が敬服した主……どんな王だったんだろうか。
「今度は楽しい情報を殿下にお届けしたいものだ」
「となると」ラィルが新旧二人のオクレールを盗み見て、「オハナシ言うたらまずはお茶会やな!」
●布石
「留学中の身ゆえ、僕はこの地に詳しくありません。高原の歴史、この国の貴族の話等、非才の僕にどうかご教授いただけませんか?」
会話が途切れた時を狙い、ラィルは他国からの留学生として片膝をつく。鷹揚に頷く先王にお茶会を提案し、二人のオクレールに準備を頼むと、現代の侍従長は目を数回瞬かせて準備に向かった。
――これで印象良うなったらええなぁ。
ラィルは内心苦笑しつつ幼王女に微笑みかける。
えへへぇと返す少女。息を呑むクリスティア。さり気なく匠が彼女の邪もとい愛情溢れる視線を切り、中腰になって訊く。
「お茶の準備が整うまで遊ばれますか?」
「いいの、おとうさまぁ?」
「ああ構わんよ。何がしたい?」
「あっ、あのね、わたくし、あれ! あれがきになります」
小さな指の先を見れば、そこにはママチャリで野を駆ける野郎どもの姿があった。
ヒャッハーなどと叫んで楽しげで、何かこう、遠目に眺めると邪魔しづらい世界である。匠は正直介入したくない。だのに少女はそれが気になるという。
……うん、なるほど。
「では一緒にお願いに行きましょう」
「えぇ、ありがとうっ」
穢れを知らぬ少女の礼が眩しい。
覚悟を決めた匠が幼王女の手を取る傍ら、肩越しに他の三人へ視線を送る。
その意は正しく通じ、これまで寡黙に護衛していたハンス・ラインフェルト(ka6750)がまず口火を切った。
「聡明な姫様です。将来が楽しみですね」
「であろう。教育はこれからだが、感謝を忘れてはならぬという余、もとい私の言葉を覚えておるのよ。あの年にしてだ!」
思ったより反応が激しい。
親バカ全開の先王にクリスティアが口元を隠して笑い、ラィルが「羨ましい」と話を広げる。
「僕も国元に娘を残しているのですが、あのように育ってほしいものだと思いますよ」
「君の家族は……奥方とその娘だったかな」
「は。おそらく子はその娘だけになるかと」
妻がもはや子を成せぬと告げるラィルに、先王は目を伏せる。
「そう、か……」
クリスティアは遠くで恐々と自転車に触る王女を見ながら、
「王女様は王妃様の事を覚えておいでなのですか?」
「いや、流石に赤子の頃ではな」
王妃は産後間もなく光の御許へ上ったのだと言う先王。
自転車に驚き笑う幼王女の高い声がクリスティアの胸を打つ。
――私には亡き母からの手紙が遺されていたけれど、それも王女様にはないのですね……。
締め付けられるような胸の痛みに眉根を寄せると、先王はおどけるように、
「そこでこの私が父であり母であろうと決めたのだ! 故に諸君、私があれを溺愛するのはおかしくないのだぞ」
親バカ反応に若干引いた三人を見咎めていたようだ。
無論おかしくありません、とラィルが破顔した。
お茶会は茶畑の管理小屋傍の野外卓で行われるらしく、一行はゆっくりとそちらへ向かう。
自転車の順番待ちをする王女を遠く視界に捉え、ハンス。
「我々は姫様が次代の王になられると信じておりますので、聡明であり、愛されている事は良い事かと」
「であろう」
悪びれもせず胸を張る先王である。
「陛下の治世において歪虚を殲滅できればよいですが、今後も続く可能性もあるでしょう。しかしあの聡明で優しき姫様が剣を振るうなどあってはならぬ。やはり陛下がお認めになる者には武勇を求められるのでしょうか?」
「うむ? ……ふうむ、そうよな」
先王が足を止め腕を組む。口を引き結んだ姿は厳めしいが、ハンスは頓着する事なく言い募る。
「姫様が人の和を、王配が武威を。それが陛下の描いておられる未来かと思っていたのですが、間違っておりましたでしょうか」
「間違ってはおらぬ。平和な国を渡してやりたいものだが」
「その為にこそ王家と貴族に二分される前に、どこかと強固に結び付くべきでは。例えばシャルシェレット家、マーロウ家」
直截的な物言いに、先王は目を細めてハンスを見据える。
「……どちらも王家の血が入っておる故、その忠誠は変らぬものと信じておる。……しかし『思っていた』か……」
『其方は、誰に、何を、吹き込まれた。言え』
ぞくり、と。
刃を向けられたような悪寒が走り、咄嗟にハンスの手が得物の柄へ動いた。同時に『躓いた』ラィルが盛大にこけた。
「申し訳ない、やはり慣れない地での土歩きは油断なりません。陛下、どうか僕の恥をご内密にしていただければ」
じっとハンスに疑念を向けていた先王は鼻を鳴らすと、片側の頬を吊り上げ、
「おぉ、思いがけず大きな弱みを握ってしまった。いずれ有効活用するとしよう」
「これは参りましたね」
ラィルが額を抑えて天を仰ぎ、先王とクリスティアが揃えたように笑い声を上げた。
●頼りと支え
「殿下、茶葉を摘んで陛下にお見せしてはいかがです」
「よいかんがえです。さぁ、かぜのようにゆきますよっ」
自転車の後ろに横座りで乗る王女がクローディオの背を揺すり、茶畑へ突撃させる。
ジャックが匠と共に二人を見送っていると、気付けば隣に誰かがいた。
「ぬぁ!? な、何だよ」
びくりと見やれば慈愛溢れる目をした侍従長だった。
「……いいえ。お茶の準備ができましたので、陛下と話すには良い機会かと」
「お、おう……っと待った」
一礼して茶畑に行かんとする侍従長をジャックは呼び止める。
「何か?」
「あ、アンタは侍従長なんてやってるくらいだ、有能なんだろうよ」
「勿体ないお言葉でございます」
「けどよ、ムリすんなとは言わねぇが、アンタからも頼ってやっちゃどうだ。あのクソガ」
「クソガキ?」
食い気味に詰問してくる侍従長の圧力たるや、ジャックをして一歩後退る程であった。
舌打ちして「デンカをよ」と言い直す。
「近しい奴から頼られるってな嬉しいモンだぜ」
「……心の支えなのですけれどね、王女殿下は」
貴重な助言に感謝致します、と侍従長はわざとらしく淑女然としたカーテシーを見せつけると、裾を翻して幼王女の許へ歩く。
ジャックは頭を掻き毟り、
「これだから三次女はめんどくせぇ!」
「……面白い人だよね、本当に」
眉を顰めてサオリたんの良さを再認識する金ぴかを、匠が論評する。
●手紙
野外の席からは整然とした茶畑となだらかに下っていく野原が見える。
茶畑に突撃する王女とクローディオの姿を肴に、ラィルが紅茶を飲む。
「参考までに陛下は殿下をどのようにお育てするおつもりなのかお聞きしてもよろしいでしょうか? 知識や心……教育方針と申しますか、僕はつい一から十まで用意したくなるのです」
肩を竦めると、先王が苦笑して同意する。
「私とて同じだ。叱られたがね。ただの娘ならともかく、家を継がせる娘を甘やかせて如何しますとな」
「なるほど……良い臣ですね」
「うむ、今は光の御許で優雅に休んで……いや、教育を始めるのが遅いと焦れているかもしれぬ」
「教育といえば、殿下には将来心優しき王を目指していただきたいのでしょうか?」
先王はその姿を想像したか、重々しく首肯してだらしなく頬を緩めている。
クリスティアが「不敬を承知で申しますが」と意を決して口を開く。
「このようなご時世、光の御許に上ったその方のようにいつ陛下が倒れられるかも判りません。もしもの準備はされていますか?」
「……後見を頼む者を考えてはいる」
苦虫を噛み潰したような顔で、先王。クリスティアは足りないと指摘する。
「私は母を早くに亡くしましたが、母がその後の準備をしていたおかげで随分助かりました。中でも嬉しかったのは手紙です。誕生日等に用意されていたのですよ」
「ほう……私もやってよいと思うか?」
「ぜひなさるべきかと。成人、戴冠、結婚、今からでもお言葉を考えてはいかがでしょう? お手紙が王女様の心の支えとなるのです」
「支え、か。死して尚ティナの力となってやれるのならば、そうしよう」
過去の記録で提案したところで、手紙が遺される現実に変る訳ではない。ただその言葉を覚えて帰る事はできる。
現在のシスティーナへの伝言を頼もうと考えていたラィルも便乗し、二人は幼王女らが茶畑から戻ってくるまで口述筆記と暗記に全力を尽したのだった。
●貴族
摘んできた茶葉を披露しご満悦の幼王女にクリスティアが付き、紅茶の話で盛り上がる。
その隙を狙い、匠は先王に声をかけた。
「陛下、僭越ながら迷い多きこの身にご助言を頂けますでしょうか」
鷹揚に頷く先王。匠が声を落す。
「今は陛下の御威光により収まっておりますが、それでも謀や諍いが耳に入る事がございます。俺は……分からなくなる時があるのです。歪虚を相手に命を賭す者がいる中で欲、あるいは主義の為に人が争う……彼らとどう向き合えばいいのか」
「ダフィールドかね?」
先王がにやりと笑う。「商人等も利で争いすぎる事があります」と濁す匠に、しょうがない奴めと先王は苦笑を浮かべた。
「其方は高邁な男なのだな」
「いいえ、俺は憎悪と仮初の贖罪に逃げるような男です。もし高邁に見えるとすればそれは友のおかげで、俺ではありません」
「それが高邁だと言うのだ、頑固者め。で、どう向き合うかだと? 簡単な事よ。嫌ってしまえ」
「……は?」
「この馬鹿どもめ、何をしておるのだと一喝してしまえ!」
「そ、それはあまりに乱暴……」
あれ、そんな人なのと冷や汗をかきつつ匠が止めようとするが、先王は瞳を輝かせて笑う。
「乱暴ではない。やらねば始まらぬではないか」
匠が無言で返すのを良い事に、先王は持論を展開する。
「自分だけで抱えておるからいかんのだ。お前のそこが許せぬと伝えれば、和解できずとも関係はスッキリするであろう」
敵など作ればいいし、思いが通じないなら仕方ないと割り切る先王。
ある意味羨ましくはあるが、と匠が首を捻った時、大音声が響いた。
「いいじゃねぇか! 嫌わば嫌え、だが俺様も信念は曲げねぇってな!」
呵々大笑してジャックが先王の肩を叩くと、顔を寄せて話を変えた。
「で、だ。信念といやマーロウの爺のそれを知らねぇか?」
「前当主かね?」
「あぁ。歪虚憎しとか金が好きとかよ」
「ふうむ……金に頓着はなかった筈だ。それこそ高邁な男よ」匠を見て揶揄うように笑う。「千年王国に誇りを持っておった。いや、千年王国とそれを支える己にか」
「……国を守りたいって事か?」
「国と、家であろう」
国と家。それが息子の死により暴走したのか?
ジャックが思案するうちにクローディオが話を継ぐ。
「では陛下の忠実なる僕として懇意」先王が目を眇めた事に気付き、言葉を変える。「横の連携を考えたいと私が申し出れば、かの家は協力して下さるでしょうか」
「話によるであろう。近年は武辺者たらんとしておるようだが、元来あの地は穏やかな性質。故に戦力の供出は負担が大きい」
「陛下はかの家とどのように友誼を結んでおられるのです」
「……解らんな。いつの間にやら近付いておった」
先王が首を傾げ、同じくクローディオが傾ける。
――治世を見て判断されたという事か? では何を以て決断した。国と家の……安寧、か?
「真摯に国を治めてきた陛下に心服したのかもしれませんね」
「ふ、よい事を言うではないか」
口端を上げた先王の表情はどこか無垢に見える。
だがそこに噛みつくのが――ジャックだ。
●大言と帰還
「真摯に、か。あぁ確かにアンタの治世は悪くねぇ、だがな! この国はもっと最高に幸せな国になる筈だろ。ならねぇとおかしい!」
だぁん、と卓を叩いてジャックが仁王立ちする。
「けどな、それを成すのはグラハム家じゃねぇ。この俺、グリーヴ家のジャック・J・グリーヴ様だ! ……ハ、なんつー顔してんだてめぇら。大言壮語だの何だの言いたそうだがな、こういうのは口に出さなきゃ始まらねぇんだよ。そうだろクローディオ!」
「……そうかもしれないが事故に巻き込むな」
「いいやダメだ。どいつもこいつも巻き込んで、そして何度でも叫んでやる! この俺が国を輝かせてやるってな!」
豪快な宣戦布告だ。殺されてもおかしくない。
だがジャックにはそんな些事はどうでもよかった。これが過去の記録だからではない。勝算があった訳でもない。己として生ききる為に宣言しなければならかったからだ。
「だから『先王』、アンタは眠ってくれや」
アンタのおかげで俺の家族は健やかだったぜ。
ジャックが告げると、辺りが溶けるように消えて白に塗り潰された。
目醒める。
その寸前、天高く抜けるような笑いが聴こえた気がした。
<了>
報告と過去からの言伝を受け取ったシスティーナは肩を震わせて一つ深呼吸した。
瞳を潤ませた王女はしかし、嗚咽を一切漏らさず、小さな声で言伝を口外しないよう依頼した。
幼い王女と先王の後ろ姿を眺めていると、クローディオ・シャール(ka0030)の脳裏に朧げな記憶が瞬いた。
風景が黒白に包まれる前、母と共にいた日々。遠い、遠い夢だ。
僅かに眉を顰めると、肩を全力で叩かれた。渋面を作って隣を見やれば、そこにはいつも通り傲岸不遜な笑顔を浮かべたジャック・J・グリーヴ(ka1305)がいる。
友は指で後ろを差し、
「折角の原っぱだぜ、ヴィクトリアに乗せてくれよ」
目を丸くして輝く笑顔を見つめたクローディオは、ややあって大仰に肩を竦めてみせた。
「……仕方ないな。ここは紅茶の産地と聞く。先に愛車で見回って安全を確保し、殿下を茶摘みにお誘いするのも良いかもしれない」
「ハ、今にも駆け出しそうにしてたくせによく言うぜ」
「さて、な」
先王らに茶摘みの件も含めて提案した後、クローディオは停車場へ向かう。
――全く、お前には敵わないな。
薄く微笑んだクローディオの背を追い越すように風が吹き抜け、黒白ではない草花が揺れた。
「親子、ですか」
先を歩く先王らを見つめたクリスティア・オルトワール(ka0131)は、胸に手を当てため息をついた。
――はぁっ……王女様、お可愛らしい……私も母になるならあのような娘がほしいですね。
子どもは良いなと思いつつ相手がいない現実から目を背け、クリスティアは先王達に駆け寄る。和やかに会話している親娘だが、よく聞けば王女が普段何をしているかを尋ねる事が多い。やはり日常的なふれあいは少ないのか。
ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)が眩しげに目を細める。
「王女さんも幸せそうやし、親父さん、優しそうなお人やな」
「将来の『あの』陛下を見ただけに居た堪れなくもあるが……安心もする、かな」
歪虚化した先王と言葉を交した事のある誠堂 匠(ka2876)だけに、幸せそうな親娘の情景がことさら貴重に思える。
――殿下の父君であり、隊長が敬服した主……どんな王だったんだろうか。
「今度は楽しい情報を殿下にお届けしたいものだ」
「となると」ラィルが新旧二人のオクレールを盗み見て、「オハナシ言うたらまずはお茶会やな!」
●布石
「留学中の身ゆえ、僕はこの地に詳しくありません。高原の歴史、この国の貴族の話等、非才の僕にどうかご教授いただけませんか?」
会話が途切れた時を狙い、ラィルは他国からの留学生として片膝をつく。鷹揚に頷く先王にお茶会を提案し、二人のオクレールに準備を頼むと、現代の侍従長は目を数回瞬かせて準備に向かった。
――これで印象良うなったらええなぁ。
ラィルは内心苦笑しつつ幼王女に微笑みかける。
えへへぇと返す少女。息を呑むクリスティア。さり気なく匠が彼女の邪もとい愛情溢れる視線を切り、中腰になって訊く。
「お茶の準備が整うまで遊ばれますか?」
「いいの、おとうさまぁ?」
「ああ構わんよ。何がしたい?」
「あっ、あのね、わたくし、あれ! あれがきになります」
小さな指の先を見れば、そこにはママチャリで野を駆ける野郎どもの姿があった。
ヒャッハーなどと叫んで楽しげで、何かこう、遠目に眺めると邪魔しづらい世界である。匠は正直介入したくない。だのに少女はそれが気になるという。
……うん、なるほど。
「では一緒にお願いに行きましょう」
「えぇ、ありがとうっ」
穢れを知らぬ少女の礼が眩しい。
覚悟を決めた匠が幼王女の手を取る傍ら、肩越しに他の三人へ視線を送る。
その意は正しく通じ、これまで寡黙に護衛していたハンス・ラインフェルト(ka6750)がまず口火を切った。
「聡明な姫様です。将来が楽しみですね」
「であろう。教育はこれからだが、感謝を忘れてはならぬという余、もとい私の言葉を覚えておるのよ。あの年にしてだ!」
思ったより反応が激しい。
親バカ全開の先王にクリスティアが口元を隠して笑い、ラィルが「羨ましい」と話を広げる。
「僕も国元に娘を残しているのですが、あのように育ってほしいものだと思いますよ」
「君の家族は……奥方とその娘だったかな」
「は。おそらく子はその娘だけになるかと」
妻がもはや子を成せぬと告げるラィルに、先王は目を伏せる。
「そう、か……」
クリスティアは遠くで恐々と自転車に触る王女を見ながら、
「王女様は王妃様の事を覚えておいでなのですか?」
「いや、流石に赤子の頃ではな」
王妃は産後間もなく光の御許へ上ったのだと言う先王。
自転車に驚き笑う幼王女の高い声がクリスティアの胸を打つ。
――私には亡き母からの手紙が遺されていたけれど、それも王女様にはないのですね……。
締め付けられるような胸の痛みに眉根を寄せると、先王はおどけるように、
「そこでこの私が父であり母であろうと決めたのだ! 故に諸君、私があれを溺愛するのはおかしくないのだぞ」
親バカ反応に若干引いた三人を見咎めていたようだ。
無論おかしくありません、とラィルが破顔した。
お茶会は茶畑の管理小屋傍の野外卓で行われるらしく、一行はゆっくりとそちらへ向かう。
自転車の順番待ちをする王女を遠く視界に捉え、ハンス。
「我々は姫様が次代の王になられると信じておりますので、聡明であり、愛されている事は良い事かと」
「であろう」
悪びれもせず胸を張る先王である。
「陛下の治世において歪虚を殲滅できればよいですが、今後も続く可能性もあるでしょう。しかしあの聡明で優しき姫様が剣を振るうなどあってはならぬ。やはり陛下がお認めになる者には武勇を求められるのでしょうか?」
「うむ? ……ふうむ、そうよな」
先王が足を止め腕を組む。口を引き結んだ姿は厳めしいが、ハンスは頓着する事なく言い募る。
「姫様が人の和を、王配が武威を。それが陛下の描いておられる未来かと思っていたのですが、間違っておりましたでしょうか」
「間違ってはおらぬ。平和な国を渡してやりたいものだが」
「その為にこそ王家と貴族に二分される前に、どこかと強固に結び付くべきでは。例えばシャルシェレット家、マーロウ家」
直截的な物言いに、先王は目を細めてハンスを見据える。
「……どちらも王家の血が入っておる故、その忠誠は変らぬものと信じておる。……しかし『思っていた』か……」
『其方は、誰に、何を、吹き込まれた。言え』
ぞくり、と。
刃を向けられたような悪寒が走り、咄嗟にハンスの手が得物の柄へ動いた。同時に『躓いた』ラィルが盛大にこけた。
「申し訳ない、やはり慣れない地での土歩きは油断なりません。陛下、どうか僕の恥をご内密にしていただければ」
じっとハンスに疑念を向けていた先王は鼻を鳴らすと、片側の頬を吊り上げ、
「おぉ、思いがけず大きな弱みを握ってしまった。いずれ有効活用するとしよう」
「これは参りましたね」
ラィルが額を抑えて天を仰ぎ、先王とクリスティアが揃えたように笑い声を上げた。
●頼りと支え
「殿下、茶葉を摘んで陛下にお見せしてはいかがです」
「よいかんがえです。さぁ、かぜのようにゆきますよっ」
自転車の後ろに横座りで乗る王女がクローディオの背を揺すり、茶畑へ突撃させる。
ジャックが匠と共に二人を見送っていると、気付けば隣に誰かがいた。
「ぬぁ!? な、何だよ」
びくりと見やれば慈愛溢れる目をした侍従長だった。
「……いいえ。お茶の準備ができましたので、陛下と話すには良い機会かと」
「お、おう……っと待った」
一礼して茶畑に行かんとする侍従長をジャックは呼び止める。
「何か?」
「あ、アンタは侍従長なんてやってるくらいだ、有能なんだろうよ」
「勿体ないお言葉でございます」
「けどよ、ムリすんなとは言わねぇが、アンタからも頼ってやっちゃどうだ。あのクソガ」
「クソガキ?」
食い気味に詰問してくる侍従長の圧力たるや、ジャックをして一歩後退る程であった。
舌打ちして「デンカをよ」と言い直す。
「近しい奴から頼られるってな嬉しいモンだぜ」
「……心の支えなのですけれどね、王女殿下は」
貴重な助言に感謝致します、と侍従長はわざとらしく淑女然としたカーテシーを見せつけると、裾を翻して幼王女の許へ歩く。
ジャックは頭を掻き毟り、
「これだから三次女はめんどくせぇ!」
「……面白い人だよね、本当に」
眉を顰めてサオリたんの良さを再認識する金ぴかを、匠が論評する。
●手紙
野外の席からは整然とした茶畑となだらかに下っていく野原が見える。
茶畑に突撃する王女とクローディオの姿を肴に、ラィルが紅茶を飲む。
「参考までに陛下は殿下をどのようにお育てするおつもりなのかお聞きしてもよろしいでしょうか? 知識や心……教育方針と申しますか、僕はつい一から十まで用意したくなるのです」
肩を竦めると、先王が苦笑して同意する。
「私とて同じだ。叱られたがね。ただの娘ならともかく、家を継がせる娘を甘やかせて如何しますとな」
「なるほど……良い臣ですね」
「うむ、今は光の御許で優雅に休んで……いや、教育を始めるのが遅いと焦れているかもしれぬ」
「教育といえば、殿下には将来心優しき王を目指していただきたいのでしょうか?」
先王はその姿を想像したか、重々しく首肯してだらしなく頬を緩めている。
クリスティアが「不敬を承知で申しますが」と意を決して口を開く。
「このようなご時世、光の御許に上ったその方のようにいつ陛下が倒れられるかも判りません。もしもの準備はされていますか?」
「……後見を頼む者を考えてはいる」
苦虫を噛み潰したような顔で、先王。クリスティアは足りないと指摘する。
「私は母を早くに亡くしましたが、母がその後の準備をしていたおかげで随分助かりました。中でも嬉しかったのは手紙です。誕生日等に用意されていたのですよ」
「ほう……私もやってよいと思うか?」
「ぜひなさるべきかと。成人、戴冠、結婚、今からでもお言葉を考えてはいかがでしょう? お手紙が王女様の心の支えとなるのです」
「支え、か。死して尚ティナの力となってやれるのならば、そうしよう」
過去の記録で提案したところで、手紙が遺される現実に変る訳ではない。ただその言葉を覚えて帰る事はできる。
現在のシスティーナへの伝言を頼もうと考えていたラィルも便乗し、二人は幼王女らが茶畑から戻ってくるまで口述筆記と暗記に全力を尽したのだった。
●貴族
摘んできた茶葉を披露しご満悦の幼王女にクリスティアが付き、紅茶の話で盛り上がる。
その隙を狙い、匠は先王に声をかけた。
「陛下、僭越ながら迷い多きこの身にご助言を頂けますでしょうか」
鷹揚に頷く先王。匠が声を落す。
「今は陛下の御威光により収まっておりますが、それでも謀や諍いが耳に入る事がございます。俺は……分からなくなる時があるのです。歪虚を相手に命を賭す者がいる中で欲、あるいは主義の為に人が争う……彼らとどう向き合えばいいのか」
「ダフィールドかね?」
先王がにやりと笑う。「商人等も利で争いすぎる事があります」と濁す匠に、しょうがない奴めと先王は苦笑を浮かべた。
「其方は高邁な男なのだな」
「いいえ、俺は憎悪と仮初の贖罪に逃げるような男です。もし高邁に見えるとすればそれは友のおかげで、俺ではありません」
「それが高邁だと言うのだ、頑固者め。で、どう向き合うかだと? 簡単な事よ。嫌ってしまえ」
「……は?」
「この馬鹿どもめ、何をしておるのだと一喝してしまえ!」
「そ、それはあまりに乱暴……」
あれ、そんな人なのと冷や汗をかきつつ匠が止めようとするが、先王は瞳を輝かせて笑う。
「乱暴ではない。やらねば始まらぬではないか」
匠が無言で返すのを良い事に、先王は持論を展開する。
「自分だけで抱えておるからいかんのだ。お前のそこが許せぬと伝えれば、和解できずとも関係はスッキリするであろう」
敵など作ればいいし、思いが通じないなら仕方ないと割り切る先王。
ある意味羨ましくはあるが、と匠が首を捻った時、大音声が響いた。
「いいじゃねぇか! 嫌わば嫌え、だが俺様も信念は曲げねぇってな!」
呵々大笑してジャックが先王の肩を叩くと、顔を寄せて話を変えた。
「で、だ。信念といやマーロウの爺のそれを知らねぇか?」
「前当主かね?」
「あぁ。歪虚憎しとか金が好きとかよ」
「ふうむ……金に頓着はなかった筈だ。それこそ高邁な男よ」匠を見て揶揄うように笑う。「千年王国に誇りを持っておった。いや、千年王国とそれを支える己にか」
「……国を守りたいって事か?」
「国と、家であろう」
国と家。それが息子の死により暴走したのか?
ジャックが思案するうちにクローディオが話を継ぐ。
「では陛下の忠実なる僕として懇意」先王が目を眇めた事に気付き、言葉を変える。「横の連携を考えたいと私が申し出れば、かの家は協力して下さるでしょうか」
「話によるであろう。近年は武辺者たらんとしておるようだが、元来あの地は穏やかな性質。故に戦力の供出は負担が大きい」
「陛下はかの家とどのように友誼を結んでおられるのです」
「……解らんな。いつの間にやら近付いておった」
先王が首を傾げ、同じくクローディオが傾ける。
――治世を見て判断されたという事か? では何を以て決断した。国と家の……安寧、か?
「真摯に国を治めてきた陛下に心服したのかもしれませんね」
「ふ、よい事を言うではないか」
口端を上げた先王の表情はどこか無垢に見える。
だがそこに噛みつくのが――ジャックだ。
●大言と帰還
「真摯に、か。あぁ確かにアンタの治世は悪くねぇ、だがな! この国はもっと最高に幸せな国になる筈だろ。ならねぇとおかしい!」
だぁん、と卓を叩いてジャックが仁王立ちする。
「けどな、それを成すのはグラハム家じゃねぇ。この俺、グリーヴ家のジャック・J・グリーヴ様だ! ……ハ、なんつー顔してんだてめぇら。大言壮語だの何だの言いたそうだがな、こういうのは口に出さなきゃ始まらねぇんだよ。そうだろクローディオ!」
「……そうかもしれないが事故に巻き込むな」
「いいやダメだ。どいつもこいつも巻き込んで、そして何度でも叫んでやる! この俺が国を輝かせてやるってな!」
豪快な宣戦布告だ。殺されてもおかしくない。
だがジャックにはそんな些事はどうでもよかった。これが過去の記録だからではない。勝算があった訳でもない。己として生ききる為に宣言しなければならかったからだ。
「だから『先王』、アンタは眠ってくれや」
アンタのおかげで俺の家族は健やかだったぜ。
ジャックが告げると、辺りが溶けるように消えて白に塗り潰された。
目醒める。
その寸前、天高く抜けるような笑いが聴こえた気がした。
<了>
報告と過去からの言伝を受け取ったシスティーナは肩を震わせて一つ深呼吸した。
瞳を潤ませた王女はしかし、嗚咽を一切漏らさず、小さな声で言伝を口外しないよう依頼した。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/04/22 21:09:41 |