• 羽冠

【羽冠】縁談騒動の波紋──王立学校砲兵科

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/05/03 22:00
完成日
2018/05/12 10:30

みんなの思い出

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オープニング

 グラハム王家とマーロウ大公家の縁談話に端を発した王家派と貴族派の政争は益々激しさを増していた。
 舞踏会で、劇場のボックス席で、サロンの陰で、狩猟の森で── 王国の為、或いは自家の為、どちらにつくのがより良き選択(みち)か、貴族たちは生命と家運を賭けて互いの腹を探り合う。
 表向きは煌びやかで華やかな世界に身を置きながら、水面下で繰り広げられる陰惨な権力闘争──
 平民たちの知らぬ所で、使者が行き交い、文が飛び交い、噂が囁かれ、『実弾』が乱れ飛ぶ── 表立つことこそ少ないものの、その過程では少なくない血が流れ、全く関係のない他者が巻き込まれる事もある。
 理を説き、利を説き、情に訴え、或いは脅し、宥めすかし、ありとあらゆる手段を用いて相手陣営を切り崩す。罠と謀略。裏切りと寝返り──そこに王国派と貴族派の別はない。政治とは理想ではなく結果が全て──それはまさしく互いの覇権を賭けた、貴族たちの血みどろの闘争だ。

「……最近、なんだか生徒たちが浮ついているわね」
 グラズヘイム王立学校、砲兵科教官室── 昼食に用意したサンドイッチを横から勝手に頬張りながら、学校臨時教官の刻令術師エレン・ブラッドリーが嘆息した。
 一方、勝手に昼食を拝借された男は彼女を非難の眼差しで一睨みし……まるで堪える様子の無い同僚の態度にげんなりしながら、彼、ジョアン・R・パラディールもまた昼食を再開しつつ、答える。
「……例の王家と大公家の縁談話の影響さ。この学園には貴族の子弟も多く通っているからね」
「……。え? まだ学生だよ? うちの生徒(こ)たち……」
「いや、実際にここの生徒がどうこうって話じゃないよ。それでも、実家からは情報を求める手紙が来てるだろうからな…… 王都の様子はどうだ、とか、やれ他家の貴族の子弟の言動はどうだとか。或いは他家の弱みとなるような醜聞の種を集めろ位は親に言われているかもしれない」
 ジョアンの話を聞いて、エレンは、はぁー……、と感心した様な、呆れたような息を吐いた。ちなみに、彼女が今、口をつけた紅茶は彼女の為に出したものではない。
「ふぁー、貴族さまもたいへんだ……」
「問題なのは、その所為で生徒たちが皆、授業に集中できていないことだ。講義中にぼんやりするくらいならばまだ良い(いや、良くはないが)が…… 実習中に気もそぞろだと怪我人も出かねない」


 同刻。砲兵科学舎棟、教室──
「ねえ、聞いた? システィーナ王女様と大公家のお孫さんが結婚するって話!」
 仲の良い元魔術科の女子生徒らと一緒に昼食をとる為に机を動かして島を作ったリズ・マレシャルは、お弁当箱を鞄から取り出しながら、はしゃぐようにその話題の口火を切った。
 女子らしく、流行りのロイヤルウェディング話にすぐに喰いつき、盛り上がる友人たち。リズはツバ広の三角帽子(元魔術科のシンボルでもある)を乗せた頭を左右に振って、両手を添えた頬をほんのり染める。
「あ~、プリンセスとプリンスが人知れず育んでいた秘めたる恋ってやつだね! あ~、どんなロマンスがあったんだろう……!」
 夢見るような表情で悶絶するリズ。砲兵科第三班班長も務める委員長然とした彼女は、リアルブルーより流入した『古き好き少女漫画』なる文化の熱烈な信奉者でもあったりする。
「……は?」
 それを彼女の後ろの島で聞くとはなしに聞いていた三班員のハーマン(元騎士科)が、何言ってんだ、こいつ…… という様なバカにした表情で振り返る。
「ほん……っとお前は世間知らずの学者バカだな。王家──貴族の人間が自由意思で結婚なんてするわけないだろ」
「ええっ!?」
「貴族の結婚ってのは家と家とでするもんだ。今回の縁談話だって、マーロウ大公が王国のかじ取りを担う為に仕掛けたものだ」
「ホントにっ!?」
 初耳だと驚くリズに対して、同じく第三班のトム(元騎士科歩兵)が苦笑しながら説明してくれた。今、王国は真っ二つに分かれて政争の真っただ中にあること。その結末次第で王国はまるで違う道を進むことになること、等々──
「騎士科の連中を見かけることが最近、少なくなってるだろ? あれ、貴族の子弟の半分近くが休学して国元に帰っているからだぞ?」
「え? そうなの? 知らなかった……」
「マジか、こいつ……」
「まあまあ、ハーマン。ほら、女の子は政治の話とかあんまり興味がわかないものだし……」
「ふざけんな、トム。俺たちは士官候補生だぞ! しかも、こいつは俺たちの班長だ!」
 宥めるトムと怒鳴るハーマン。そんな彼らをよそにリズは一人でショックを受けている。
「え……? じゃあ、王女さまは自分の意志でこの結婚を決めたんじゃないの……? プリンスのことを愛してないの?」
 じゃあ、反対。とリズはムスリとして言った。──酷い。そんなの王女様が可愛そう過ぎる。
「お前は…… だから、貴族の結婚に自由意思なんてないって言ったろ! 王女もそうだ。王国と臣民の為に一番良い相手と結婚するべきだ」
「え、ハーマン、貴族派?」
「違う。俺はマーロウ派だ。少なくともあの人は私利私欲で行動してはいないからな」
 貴族派と一言で言っても色々だ。貴族の権利拡充を訴える者もいれば、この危難にあの年若い少女に国を任せておけない──或いは一身に背負わせるのは酷だ、という者もいる。また、王家は貴族の献身に正当に報いていないと思っている貴族は存外多い。ロッソ漂着後に行われた度重なる海外遠征は、中小の貴族らの多くに大きな負担を強いていた。
「知らなかった…… ぼんやりと、王女様は皆に慕われているものとばかり……」
 リズは改めて、トムにも王女の結婚に賛成か反対かを訊ねてみた。
「うーん…… 僕の立場ではなんとも…… でも僕の実家の界隈では──あ、僕の両親は商人なんだ──4:6で反対が多い、かな? 軍需への期待を寄せてる人もいれば、軍備増強の為の増税に懸念を示している人もいる」
「ふーん。トム君が八方美人なのは親が商家だったからなんだね」
「え? 僕、今、軽くディスられました?」
 次に、リズはそれまで無言でいた同じ三班員のナイジェル(元騎士科砲兵)にも意見を訊いた。
「くだらねぇ……」
 開口一番、ナイジェルはそう告げた。
「王女の結婚がどうのこうの…… そんなものはどうでもいい。ただ一つ、言えることは……色恋の話も、金儲けの話も、歪虚に負けたらおしまい、ってことだけだ」
 お前たちは歪虚に負けるということがどういうことか分かってない──それだけを言い残して、ナイジェルは席を立った。あまり感情を表に出さない彼が初めて示した強い怒りに、呆然と見送る班員たちへそっとトムが呟いた。
「彼はリベルタースの出身なんだ。ホロウレイドで故郷を失い、酷い逃避行も経験した。幸い、家族に被害はなかったらしいし、王都に伝手があって第七街区入りは避けれたようだけど……」

リプレイ本文

 王立学園砲兵科に漂う剣呑とした雰囲気は、臨時教官のハンターたちも察していた。
 道行く人々に署名運動を呼びかける王女支持派。大公支持を訴えて練り歩く大公支持派── 休み時間の教室や廊下では議論が誰からともなく湧き起り、エスカレートして殴り合いの喧嘩にまで発展する事もある。
「……まるで革命前夜だな」
「ええ、実に……面白い」
 軍服と着流し──珍しい取り合わせで学園の廊下を歩きながら、アウレール・V・ブラオラント(ka2531)とハンス・ラインフェルト(ka6750)はそんな学生たちに視線をやりつつ、会話を交わす。
「……面白い?」
「感じませんか、学生たちの熱量を。私は貴族派寄りですが、今回の騒動でこの国が自由都市同盟化しても構わない」
 うっすらと笑みすら浮かべて答えるハンスの言葉に、苦笑交じりに渋面を作るジョアン。その横でオートマトン『星空の幻(ka6980)』グラム=グランブルーも独特な言い回しで学内の空気を表現する。
「皆さん……なんだか変にそわそわしてますよね…… 例えるならば……『バレンタインデーの時の男の子たち』みたいな……」
 独特──或いは、当人にとっては感じられたそのままに。記憶を失くしたグラムの蓄積データはまだ少ない。
「ジョアンさん。ここってカレンさ……ブラックホーク伯爵の出資ですか?」
 元気印のエルフの『少女』パール(ka2461)がジョアンを覗き込む。
「いや、王立という名の示す通り、王国が全額出資・運営しているものだよ。……建前上は」
 そう、建前は。寄付はいつでも歓迎される。あってはならぬことだが、寄付の多額な貴族や商人たちの干渉は決して無いとは言えない。
「まったく……こんな派閥対立をしていて歪虚に負けたら、それこそ元も子もないでしょうに」
 呆れ返った様にエルバッハ・リオン(ka2434)。彼女の声には、共通の敵を前にしても一枚岩になれない人間たちに対する苛立ちが感じられた。
「いや…… 今だからこそ、なのかも」
 ジョアンが答える。或いは、イスルダ島を攻略し、直近の脅威がなくなった今だからこそ。『次なる敵』が王国に牙を剥く前に政治的な統一を成さねばならぬ、と王女も大公も焦っている。
「……でも、学校内の風潮が極端な方向に向くのは良くないと思うんですよー」
「とりあえず、ここの生徒たちの対立からどうにかしていかないといけませんね」
 パールとエルにジョアンも「同感です」と頷き、頼む。
「皆さんにも、エスカレートした生徒たちが過激な行動に走らないよう、指導をお願いしたい」
「それは……」
 眼鏡のクールビューティー、エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)は言葉を濁した。アウレールが引き継ぎ、ジョアンに告げる。
「王国の問題は、最終的に王国民が決定を下すべきだ。王国の人間でない私たちはあくまでも判断材料の教示に徹するべきと考える」

「問題は……この騒動に誰かの『悪意』が内在するか否か、ですね」
 或いは、国内分断による王国の弱体化を狙う者たちがいる──その可能性をエラは危惧していた。
「先程も言ったように、私は論争も分裂も一向に構わない。……学内で人死にが出るような事態にならなければ」
 ハンスの言葉にエラが頷く。
(一度、血が流れれば、致命的な場面で爆発する『爆弾』となる…… それだけは、何としても阻止したい)


 学園生活は続く。
 騒動は広がり続けているが、授業のカリキュラムに影響が出るまでには至っていない。

 講師にも関わらず、グラムは学生たちにマスコットみたいな扱いを受けていた。休憩時には数少ない女子に囲まれることも少なくない。
 その日の茶飲み話は話題のロイヤルウェディングについて。学問・研究一辺倒で恋に恋するリズたちは、まるでフワフワと浮いたように政治とは無縁のコイバナとして扱う。
「『ケッコン』……ですか…… よく分かりませんけど……今の結果でなくて、ずっと長く……そして、2人ともがちゃんと幸せなら……それでいいと思うの……」
 生徒たちに意見を求められたグラムは困惑しつつそう答えた。ぶっちゃけ、彼女にとっては結婚とか男女の機微なんてのは明後日の方向というか、鬼が笑う類というか、壊れたコンパスというか、理解の範疇を越えている。
「そっか~。愛は芽生えるものじゃなくて育んでいくものなんだね。グラムちゃん、おっとな~」
「あーもう可愛いなあグラムちゃんは!」
 ……なんか生徒たちに抱きつかれて頬をぐりぐり擦り寄られた。
 グラムは困惑の表情でなすがまま。

「そう言えば、大公が私利私欲で動いていない、というのは、何を見てそう思いますー?」
 演習場への道すがら。ずしん、ずしんと歩を進めるVolcaniusuの横で、パールはハーマンにそう訊ねた。
「ん? 文字通りの意味だが…… ホロウレイド以降、国王不在となったこの国で絶大な権力を持ちながら、大公は蓄財していない。むしろ私財と私兵を投じて侵攻して来る歪虚と戦い、王国民の悲願でもあるイスルダ島の奪還も果たした。立派なことだ」
 話を聞いていたエルは思考した。大公にとっては己の政治的発言力を強化する為の行動であったのだろうが、確かに自ら血を流して戦った者が非難される謂れは無い。
(……もっとも、その小癪で強引なやり口が人に嫌悪感を抱かせる。正直、やり過ぎだと思いますね。……表立って言うつもりはありませんが)
 そのエルの視線の先で、ハーマンの答えを聞いたパールが「ふーん」と呟き、続ける。
「ボクには、亡くなられたラスヴェート公を引きずったマーロウ大公の私怨9割に感じられるのです」
「私怨?」
 ハーマンよりもナイジェルがその言葉に敏感に反応した。
「私怨の何が悪い? 家族が殺されたんだ。復讐したいと思うのは人として当然のことだろう?」
 ナイジェルは言う。リベルタースで故郷を失った。ホロウレイドで親族を亡くした── そんな人間が、この国には身分問わず大勢いる。
「あいつらは邪悪だ。人と並び立つことのできない不倶戴天の敵だ。それを滅ぼす為に力を尽くすことの何がいけない」
「勘違いしないでください。たとえ私怨だとしても大公根本は悪くないのです。ただ、そのやり方が余りにも生き急いでいると言うか、捨て鉢と言うか、投げやり的と言うか……」
 パールは答えた。確かに、大公は私怨という個人的な動機で政治力を行使しているが、そのこと自体は問題ではない。
 問題はそのやり方だ。大公は目的を果たす為に己の地位、人脈、財力などの手札を惜しげもなく切っている。それこそ自らの血を流すことも厭わずに。その皺寄せは大公領に住む住民たちに圧し掛かっている。同じことを国家レベルでされてはたまらない。
「そうならないように、意見していくのも騎士や士官ってものじゃないですかね? その為の実力や人脈──人との繋がりを育む場がこの学園なのではないか、と思うのです」
 ハーマンとナイジェルが沈黙する。だが、その表情はどこか対照的で……

「『戦いは他に任せよ。幸いなるオーストリアよ、汝は結婚せよ』── これはRBの中世欧州において、婚姻政策により600年君臨し続けたハプスブルク家の家訓と言われるものだ。戯曲の台詞だが、武力ではなく婚姻によって強大な権勢を得たかの家をよく表している」
 アウレールの言葉に、居並ぶ生徒たちがざわついた。今回の講義が王国の時事に絡めたものであるのは明らかであったからだ。
 やはり大公閣下のやり方は正しい──得意気な顔をする大公派の学生たち。一人の生徒が挙手をして意見を述べる。
「講師。王族同士の婚姻が国家間に安定をもたらす例については理解しました。しかし、外戚が力を持ちすぎる弊害について、まだ議論がなされていません」
 あれは確か、とハンスが記憶を手繰る。彼は確かジャン=フランソワ・ヴェルネ──今回の結婚について王女を支持する学生たちのリーダー的な立場にいる学生だ。
「よかろう、ジャン。では、次は秦の始皇帝の話をしよう。彼は史上初めて中国統一を成して皇帝となった人物で、政治的権限を外戚から奪い、中央集権体制を固めて国の混乱を立て直した」
 アウレールは講義を進める。続けて、封建制から絶対君主制へ移行し近代国家を構築していった17世紀の欧州諸国。CWで言えば、帝国が類似した政体で上からの近代化を進めている。
 話はそこに留まらない。
 戦争の歴史は国家総力戦へ──国力の全てを外的との戦争へと注ぎ込むことを可能とした挙国一致体制は中央集権を成し遂げた近代国民国家の神髄であると言えるが、同時に戦費負担による財政悪化と労働資源の枯渇を生むことになり……
 アウレールは期待していた。王国が将来的に目指すべき国家像はどうあるべきか、を生徒たちが活発に議論してくれることに。
 だが、生徒たちの意見は真っ二つに分かれた。王女を中心とした中央集権化と、大公を中心とした『幕藩体制』に。場はアウレールが望んだような建設的な議論でなく、殺伐とした討論の場と化した。学生たちはアウレールの話を全て自分たちの主義主張に都合の良いように解釈した。……まるで最初からその二つしか答えが無いとでも言うように。
(……なんだ、これは。生徒たちの思考に柔軟性が欠如している)
 アウレールは思う。まるで、何者かにマインドをプリセットでもされていたかのようだ。
(これは諜報戦だ)
 講義を見学していたエラは断じた。
 矛を交えるだけが戦争ではない。【審判】事件の教訓がまさにそれだった。善意や正義を突かれると人は踊らされやすい。だが、『悪』と指弾すべきは目の前の踊る相手ではなく、陰で踊らせた者だ。
(問題は、『躍らせた者』が何者か。そして、その意図するもの── 一個人、一集団が事を起こしたとも限らない。時流が、時勢がうねりとなって牙を剥くこともある)
 白熱した口論(もう討論ですらなくなっていた)に、生徒たちに椅子を蹴立てて立ち上がった。すぐに取っ組み合いの喧嘩が始まり、女学生から悲鳴が上がる。
「ジャン君、ロバート君、席に戻りたまえ」
 生徒たちの間に割って入るように、ハンスが両者に介入する。彼らは王女支持派と大公支持派、両派の学生たちに影響力を持つリーダー的な存在──ハンスの脳内には学生の顔と名前、思想的傾向も既に頭に入っている。
 同様に仲裁しようとして殴り倒されるトム・リーガン。泣き出した女学生を宥めながらリズが振り返る。
「ねえ、リュシアン。この喧嘩を止められない?」
「……どうしてそう思うんだい?」
「だって、貴方、色んな生徒たちの相談に乗っていたじゃない」
 バタバタと人の倒れる音がして、二人の会話はそこで終わった。終わる気配を見せない乱痴気騒ぎを、エルが『スリープクラウド』で無力化したのだ。
「どちらの言い分が正しいと決めるつもりはありませんが、あなた達が争った結果、それで王国が歪虚に敗北したらどうするつもりです? 全てが無意味になりますよ?」
 杖で頭を叩き起こして回ったエルの学生たちへの問い掛けに、両派から判を押したような答えが返って来た。
 即ち、悪いのは相手方だ。自分たちは悪くない──
 エルは心の底から大きく、大きく息を吐いた。
「では、両者に聞きますが、今回の結婚について、自分たちの意に沿わない結果となった場合、どうするつもりですか? 今の様に殴り合ってでも自分たちの意見を押し通しますか?」
「……」
「それはもう内紛ではなく内乱です。その結果について責任を負うだけの覚悟はありますか?」
 エルは諭す。自分たちハンターは歪虚との大きな戦に何度も参加した。敗北すれば一国が滅びるどころか、下手をすれば一つの世界が終わるなんてものもあった。
「……なんでみんな1人勝ちしたがるのかな…… みんなが幸せに……そして仲良くする方法を……なんでしないのかな……」
 自分には理解できない── 悲しそうなグラムの言葉に女生徒たちがもらい泣き。しかし、男子たちは「自分たちは国を想って……」と尚も言い募る。
「あなたたちにはがっかりしました」
 それを遮り、エラがピシャリと断言した。どちらの意見にも肩入れする気はないが、『教官』として生徒たちのこの状態は捨て置けなかった。
「王国軍の未来を担うべき人材がこうも単視眼的なものの見方しかできないとは…… 賛否を論ずる場を暴力から守るのが軍人の務め。主義主張は盆の上の綱引き……その盆自体を割ってしまっては本末転倒でしょう」
 情報とは流れるもの。或いは意図的に誰かが流すもの── 常に自分に反問すること。自分に都合の良い情報、信じたい情報だけに飛びつかず、客観的に精査する必要が常にある。
「即ち、それは戦場における情報戦と一緒です。メリットとリスクの取捨選択の重要性は、これまでの講義で何度も繰り返し教えたはずですね?」


 エラは情報の収集に努める。それはどこから広がっているのか──
 中立派に対する両派の説得は常に行われている。明確な起点が見つけられない。だと言うのに、大きな流れは確実に進み続けている……

 そんなある日、講師たちに『貴族派リーダー・ロバートに対する』天誅(暗殺)を予告する怪文書が舞い込んだ。講師たちがその存在を把握した時には、なぜか生徒たちも皆、知っていた。
「私としては砲術の習熟に集中して励んでいただきたいのですが、皆さん、ロビー活動がお好きのようなので雑談を一つ」
 浮ついて集中できない生徒らの様子を見て、講義を中断してハンスが言った。
「政争を終息させる手段は落し所を見つけることです。が、落し所が見つけられない場合、別の手段を講じることになります。実利・婚姻等様々な餌で勧誘し、それでも靡かない相手は排除します。醜聞等で社会的に抹殺するほか……文字通り、命を取るというのも一般的な方法です」
 暗殺──その言葉に生徒たちが息を呑む。
「基本的に暗殺者は使い捨てです。それに加担するものは自分の価値をどぶに投げ捨てるのと同じです。その程度の人間は、寄り親に使い潰される程度の役にしか立ちません。そのようなバカは、貴族平民関係なく、我々は必要としていません。……君たちは今後の王国軍を担う大事な人材です。一時の熱情にほだされて、馬鹿な誘いに乗る事のないようご自愛ください」

「この学校は一つの組織……ひとつ崩れればすべてが壊れる」
 昼休み── 常の様に生徒たちに囲まれながらグラムが零す。
「そして…… グループはチームに見えても、『チーム』は『グループ』ではないのです……だから、リズお姉ちゃん。『チーム』と『グループ』を間違えないようにね」
 彼女の言う意味を、この時のリズは分からなかった。
 そして、それを後悔することになる。

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参加者一覧

  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師

  • パール(ka2461
    エルフ|14才|女性|聖導士
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 世界は子供そのもの
    エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142
    人間(蒼)|30才|女性|機導師
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルト(ka6750
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士
  • 白銀の審判人
    星空の幻(ka6980
    オートマトン|11才|女性|猟撃士

サポート一覧

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アイコン 臨時教官室
アウレール・V・ブラオラント(ka2531
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2018/05/03 19:28:46
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/05/03 08:28:50