クリス&マリー ダンスオブウェディング

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
シリーズ(続編)
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
6~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/05/24 22:00
完成日
2018/05/31 23:32

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 放蕩息子として知られていた我が父ベルムドが侯爵家を継いだのは四半世紀ほど前のことだった。
 留学先の王都で自由気ままに遊び呆けていた20歳のベルムドは、病に伏せった彼の父(私から見れば祖父に当たる)から突然、故郷に呼び戻されて強引に家督を継がされると、遺言によって妻を娶らされた。お相手は大貴族の娘アナベル。後の長兄カールの母。ベルムド最初の妻である。
 だが、華やかな王都暮らしから、何の娯楽も刺激もないオーサンバラの田舎暮らし──しかも、何の準備も覚悟もないまま領主の椅子に縛り付けられた『放蕩息子』と彼女の夫婦生活はすぐに破綻した。結婚から4年──元々病弱だったアナベルが病に伏せりがちとなると、ベルムドは漁色に手を出した。何人もの使用人や村娘たちがベルムドのお手付きとなり……その中の一人に、メイドであった我が母ジョディもいた。
 誰にも望まれぬ妊娠であったことは想像に難くない。だが、ベルムドは生まれた私を庶子と認め、母共々館に迎え入れた。……そこにどんな意図があったのか。恐らく、あの父の性格を鑑みるに碌な理由ではなかったろう。
 当然のことではあるが、庶子である私は嫡子と同等には扱われず……この時の私は侯爵家の一員と言うより、兄カールの付き人の様な存在として少年期を過ごした。
 館に母子の味方はいなかった。正妻のアナベルは、幼い自分から見ても人格的な女性(ひと)だった──少なくとも庶子である自分や夫の浮気相手である母と対した時も、己を律することを忘れることが無かったくらいには。ただ、その人徳を慕う古参の使用人たちは正妻に同情的であり、自然、自分たち母子に対する視線は厳しいものとなった。若い使用人たちにとっても、それまで同格だった母が突然、仕えるべき主人となったと言われても素直に受け入れられるはずもない。
 母は館から出ることを望んだが、ベルムドは認めなかった。自室に引きこもることも許さなかった。母は己の存在を消すように、あの館でひっそりと、日陰の中で暮らすようになった。
 やがて、正妻アナベルが病に倒れた。カールが11歳、私が7歳のことだった。
 だとしても、母と私に日の光が当たることはなかった。すぐに若い後妻が家に入ってきたからだ。
 後妻はサビーナと言い、王都第二街区に店を構える大商人の娘だった。侯爵家が抱えていた『実際的な理由』(ぶっちゃけ、当時の侯爵家には金がなかった)により、家臣が進めた縁談だった。
 大きな商家の末っ子としてわがままいっぱいに育った箱入りのサビーナは、異様にプライドの高い女だった。庶子である自分や母には勿論、執拗に突っかかって来たし、前妻の息子であるカールにも敵愾心を露わにした。
「ソード。兄二人を蹴落として、貴方がダフィールドの家を継ぐのです」
 まだ幼かった弟ソードに、後妻がこちらを睨みながら、事あるごとにそう言い聞かせていたのを覚えている。サビーナは自分の子であるソードが当然、侯爵家を継ぐべきだと狂信していた。
 ……サビーナからの有形無形の嫌がらせに、母は黙って耐えていた。ベルムドも両者の間に入って仲裁することもなかった。
 自分が16歳の時── 「あにうえ、しょーぶだ!」と突っかかって来た8歳のソードに、その鬱憤をぶつけてしまった事がある。完膚なきまでに叩きのめして、倒れ伏した弟を見て(やり過ぎたか)と駆け寄った自分を、ソードは「……凄い」と目をキラキラさせて見上げてきた。
 以来、懐かれた。それまでは庶子らしく慎ましやかに実力を隠して生きてきたのだが、思わず発露させてしまったその力に『英雄が大好物』な弟は憧憬を抱いてしまったらしい。
 当然、サビーナはそれを気に食わず、自分と母に対する当たりは前にも増してキツくなったが……以前ほど辛くはなくなった。
「お前のことは信頼している……勿論、俺の弟としてだ」
 相変わらず付き人の様に付き従っていた自分に、兄カールが一度だけポツリと呟いたことがある。私は暫し硬直し……「……勿体ない言葉です」と深く、深く頭を下げた。
 それまでに、父は新たな妾を館に迎え入れていた。庶民の娘オレーリア──ベルムドが『生涯で唯一愛した女』であり、末弟ルーサーの母である。

 そして、兄カール24歳、自分が20歳、ソード12歳、ルーサー8歳の時。家族全員を集めた食事の席で、父ベルムドはあの言葉を口にした。
「誰に家督を譲るか、私はまだ決めていない。ダフィールド侯爵家の主として最も相応しき者に家を継がせる。励め」
 ……表向きは、そう。兄弟間で競わせ、成長させる為。その実は、人格破綻者である父が、右往左往する家族を見て愉悦に浸る為──
 
 家族は再び壊された。母は家督争いを望まなかった。
 その旨を父に伝えると、ベルムドは至極つまらなそうな顔をして…… ならば、と諜報機関の長の座につくよう命じた。秘密警察──その正体を隠して民に反抗の気配が無いかを探り、他家の動向を掴むべく法を犯して潜入し、同時に他家から送り込まれてくる諜報員たちを人知れず闇から闇へと葬る──決してその功績を表に誇ることができない、後ろ暗い仕事である。表舞台に立つ気がないなら闇の世界で生きていけ──そういった類の、罰だったのだろう。
「諦める!? 能力があるのに、なんで……!」
 表向き、館の執事業に収まると告げた私に、ソードは烈火の如き怒りを露わにした。強者に対する尊敬は逃亡者に対する侮蔑に変わった。一方、兄カールは警戒した。脱落したと見せかけて何か策を弄しているのではないか、と──
 家督争いは過熱した。当の本人たちよりも、取り巻き連中の方が熱心だった。

 やがて、あの事故が起こる。ニューオーサンの街に出掛けたルーサーの母オレーリアが、馬車の事故に巻き込まれて命を失ったのだ。
 『障害で唯一愛した女』の死にベルムドは憔悴し……やがて、湧き起って来た怒りは自身と、家督争いに夢中になっていた家族とに向けられた。
 最も熱心だったサビーナとその取り巻きたちは館から追い出された。別邸での不自由ない生活を与える代わりに、二度とベルムドやソードと会うことを禁じられた。
 母ジョディも同様に館からの退去を命じられた。
「なぜ母上が……! 母上は家督争いなどには関わってなんていないのに……!」
 元々、自分たち母子に派閥と呼べるものなどなかった。互いの他に頼るものなどなく、味方もなく……ただひっそりと生きて来ただけなのに。

 やがて、長年の辛労が祟って母は亡くなった。葬式は侯爵家が出したが、ベルムドが参列することはなかった。
 雨の中、拳をギュッと握る私に、麦わら帽子姿の新しい庭師が遠くから囁いた。
「もしかして……力が欲しいのかい?」

リプレイ本文

「あの男を、ベルムドを殺れ!」
 シモンの叫びに応じ、護衛についていた凄腕の軽装戦士2人が身の内の『種』を『発芽』させ、自身を代償にその力を限界まで引き出した。
 一人は左の半身が蟹の様な『何か』に変貌した。その部分はキチン質の皮膚に覆われ、左腕は長い鎌状の蟹爪へ…… 一人はその上半身が巨大な岩塊へと変わり、分厚いその岩肌の隙間から、灼熱した赤い光が煮えたぎるように明滅している……
「あ、あ……」
 その光景を目の当たりにして思わず後退さるクリス。シモンが意識せずに伸ばした腕から、直後、無数の『蔦』が爆発的に湧き出し、クリスに絡まり、拘束する。
 クリスは目を見開いた。シモンもまた目を瞠った。
「なんだ、これは…… なんで…… いったい、いつの間に……」
 自身の身体を覆うように変形を続けていく蔦を見やって、シモンが大きく悲鳴を上げる……

「ち、やはり歪虚の力が絡んでいたか……!」
 クリス説得の為、マリーと共に身廊の奥まで前進していたヴァイス(ka0364)は、目の前で異形のモノへと変貌していくシモンらを目の当たりにして舌を打った。
「歪虚の力……どうやら侯爵家は『悪霊』に憑かれていたみたいだね」
「なんか至る所で人間やめちゃってるし! あーもう! 一生忘れられない結婚式になりそうだよ! モチロン悪い意味でっ!」
 こんな結婚式は嫌だ、というお題で脳裏に大喜利をぐるぐる(ついでに目もぐるぐる)させるレイン・レーネリル(ka2887)の横で、ルーエル・ゼクシディア(ka2473)が真剣な表情で蔦を生やしたシモンを見据える。
「……何があったかは分からないけど、シモンさんは相当父親を恨んでいるようだ。でも、あの力は……聖導士として見過ごすわけにはいかない」
「だが、あの様子だとシモンは自身に歪虚の力が付与されていたのを知らなかったみたいだ。汚染が軽度であれば、或いはまだ救えるかもしれない」
 ルーエルとヴァイスが話す後方── あまりの光景に硬直してたマリーがハッと我に返り、蔦の触手に捕らわれた親友の姿に全身の肌を粟立たせる。
「クリス……ッ!」
 前方へ駆け出さんとしたマリーは、しかし、悲鳴を上げて殺到して来た招待客らに阻まれた。もみくちゃにされかけたマリーをレインが背後から抱えて引っこ抜き。サクラ・エルフリード(ka2598)がそんな彼女らを盾を構えて背後へ庇う。
「マリー、ルーサー! 私たちから離れないようにしてください……絶対に!」
 叫ぶサクラ。敵は祭壇の前に立ちはだかる2体ばかりではない。この逃げ惑う群衆の中にもマリーやルーサーを害しようとする者が紛れていないとは限らない。
「落ち着いて、マリーちゃん! 大丈夫! クリスさんは皆で必ず救うから!」
 レインの言葉にクッと奥歯を噛み締めるマリー。一方、ソードとシモンは実の兄とその部下が人外の力に呑まれていく様に立ち尽くす……
「……今は全力で止めよう。話はそれからだ」
「このまま放っておいたら、パニくった人々で怪我人やヘタしたら死人が大量に出ちゃうもん…… 何とかして、みんなを逃がして元凶の奴らをやっつけるんだ!」
 決意を込めて頷くルーエルと時音 ざくろ(ka1250)。ヴァイスは体内のマテリアルを極限まで解放すると、そのまま全身を纏うオーラとして固着。立ち昇る炎が如き紅蓮へと変質させつつ、手にした七支槍には対照的に鮮やかな蒼炎を纏わせる。
 まるで潮が引く様に、周囲の群衆が後ろへと駆け抜けて行き、彼我の間にぽっかりと空間が広がった。同じタイミングで『変態』を終えた『元』軽装戦士たちが前進を開始する。その姿は既に『半歪虚』とでも呼ぶべきモノに変わり果てている。
「行きます……!」
 ヴァルナ=エリゴス(ka2651)がヴァイスと共に正面から前に出た。ルーエル、サクラ、レインの3人はソード、ルーサー、マリーを護衛し、敵がベルムドへ至るルート上から退避させる。
 身体のあちこちに開いた裂け目からおびただしい量の白煙を噴き出す『岩人間』──次の瞬間、それらの『火口』から赤熱した怪光線を放たれ、前方扇状の空間が薙ぎ払われた。咄嗟に防御態勢を取るヴァイスとヴァルナ。身廊上に敷かれた赤絨毯が切り裂かれて燃え上がり、石畳上に無数の灼けたオレンジ色の筋が走る。
 その内の幾本かは流れ弾となって逃げる群衆の後尾に迫り、すんでの所で霧散した。石の焼ける臭いと輻射熱を孕んだ風に、人々からどよめきと悲鳴が巻き起こる。
「範囲攻撃持ち……!」
 ルーエルは呻いた。敵の狙いはあくまでベルムドとハンター──わざわざ一般人を狙ってはいないのだろうが、このまま前進を許せば当然、攻撃範囲に巻き込まれる。
「人々を逃がさねば…… ルーサー、ソードさん、あなた達の方が皆は言うことを聞くかもしれません。避難誘導を手伝……!?」
 二人を振り返ったサクラは言葉を詰まらせた。兄弟2人は呆然と自失したままで……
「──ッ!」
 戦場を見ていたルーエルがハッとする。先の攻撃に驚き倒れた人々の中に、招待客と思しき貴族の母子がいた。周囲の者らが立ち上がって逃げていく中、その母子はその場に座り込んだままで……
 ズシン、と岩人間が一歩進む音がした。ルーエルは考える間もなく母子の元へ飛び出した。大丈夫ですか、と声を掛け、晴れ上がった足首を確認して回復の光を手にかざす……
 ヴァルナとヴァイスが放つ警告の声──ルーエルは咄嗟に母子を後ろに突き飛ばすと両手を広げて二人を庇った。そこへ駆け寄って来たマリーが子供を抱き庇うのと、赤光が放たれるのは同時だった。直前、光の障壁を展開したレインが滑り込むようにしてマリーたちの盾となる。
「レインさん……!」
「えへへ…… 守ると言っときながらマリーちゃんに怪我されるのは格好悪すぎるからね!」
 砕け散った防御障壁の光片を背景に、痛みをこらえてにっこりと笑って見せるレイン。ルーエルが範囲回復の光でその場の全員を回復する。
「背後は僕たちが守ります。落ち着いて出口まで移動してください」
 ルーエルは母子に天使の加護を与えると、礼を言って去る2人を見送った。……だが、出口にはあまりに多くの人間が殺到してしまって渋滞中──人の動きは殆どない。
 サクラはソードとルーサーに歩み寄ると、まずソードの頬を思いっきり一発張った。そして、自失状態のルーサーの両肩を掴んで呼びかけた。
「あの人たちは侯爵家の客です。あなたたちの領民です。この危難にあなたたちが守らないで、いったい誰が護ると言うのですか!」
 ルーサーの瞳に光が戻った。その焦点が眼前のサクラを捉える。
「サクラさん……?」
「目が覚めましたか?」
 サクラの問いにコクリと頷き、避難誘導の為に人々の方へと向かうルーサー。ソードもクリスの救出に心を残しつつ誘導作業に加わった。……なぜ自分だけが叩かれたのか、納得はしてなかったが。

 その間にも半歪虚たちは前進を続けている。
 怪光線を放ちながら前に出ようとする岩人間を押さえるヴァイスとヴァルナ。それを迂回するよう横へと展開しながら、ベルムドへの移動を優先する『蟹人間』。……恐らく、最後に下された主人の命を実行しようとしているのだろう。辛うじて残された人間部分の顔半分──その瞳には最早、自我の光は感じられないというのに。
「……戻れぬと分かっていて尚、意志を貫く──その姿勢はとても素晴らしいですが、方法を間違えましたね……」
「クソッ……! おい、こっちを見ろ! いいのか? 止めなきゃ俺はクリスを助ける為にシモンを殺すぞ!」
 ブラフである。しかし、半歪虚らは引っ掛からない。……いや、引っ掛かるだけの思考力が存在しない。
「……こいつの相手を頼む。蟹人間は俺が止める」
「一人でコレの相手を、ですか…… あまり長くは持久できませんよ?」
 ヴァルナはヴァイスの提案を了承した。瞬間、ヴァイスは弾けるように蟹人間の進路に回り込み、守りの構えを取ってその進路を阻みに掛かった。呆気に取られて微苦笑を浮かべるヴァルナの眼前に岩人間の巨体が迫り、彼女は呼吸一つと共に盾と槍を構えて向き直る。
(クリスさんを助けに行こうにも、この目の前の堕落者が素通りさせてくれるとも思えませんし、一人で跳び越えて行ったところで、クリスさんを取り戻すのは難しいでしょうしね)
 振るわれた岩の拳を跳び避けながら、ヴァルナはそう独り言ちた。
 ──抜けるにせよ、倒すにしろ。今は、そう。とにかく手札が──人手が足りない。


 一方、身廊中央部──
 館の地下に捕らわれていたベルムドを救出して駆けつけて来た3人のハンターたちは、その時、カールとその部下たちが作った盾の壁の内側で、押し寄せて来る群衆の怒涛に流されないよう耐えていた。
「わわわわっ!?皆、落ち着いてっ。慌てて動いたら余計に危険だよ!?」
 おしくらまんじゅうな状況下、人々に向かって必死に呼びながら。狐中・小鳥(ka5484)は、その心の中で「どうしてこうなった……!」と叫んでいた。
(わ、私はただこの結婚式の話を聞いてお金儲けに来ただけだったのに! なんだってこんな…… それも、狙われている人のすぐ側に!)
 そんな小鳥の心中を知ってか知らずか、「ふはははは! 私はここにいるぞ!」と一人元気に煽るベルムド。それを「正気ですか!?」と制止しようとするカール。つい先程まで必死に捕らえようとしていた当主を、今、必死になって守る羽目になっている運命の皮肉を、しかし、盾を構えた兵らは感じる余裕もない。
「はぁ…… 紆余曲折を経た事の顛末がこれですか…… いささか笑劇めいていますねぇ」
 そんな人込みの中、一人孤高を保ちながら誰にともなく呟くアデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)。一方、シレークス(ka0752)はただ人込みのずっと向こう──祭壇の前で蔦に呑み込まれていくシモンを、奥歯を噛み締めて睨みつけていた。
「……。この私の前で歪虚の力に縋るとは……」
 シレークスは怒っていた。歪虚に堕ちた者たちに。そうでしかあり得なかったその境遇に。それは彼女にとってとても許容できるものではなかったが……それでも、ここで一人でも犠牲者が出てしまえば、彼女は自分を許せない。
「……後の処遇は後回しとして。今はこの状況を何としても打破しやがらないと……」
「……確かに、悲劇に比べれば笑劇の方がいくらかマシですか。ハッピーエンドでなければ笑劇にすらなりませんし」
 とは言え、捕らわれのクリスは遠く、間には押し合い圧し合いする無数の一般人がひしめいている。辿り着くのも一苦労だ。
「私に一つ策がありやがります」
 そう言ってシレークスは兵たちにスペースを作らせると、両手を組んで腰を落とし、祭壇を背にする格好でアデリシアに向き直った。ちょうど青世界で言うところのバレーボールのレシーブの様な姿勢だ。
「……まさか、その手に足を掛けた私を……?」
「うん。思いっきり後ろへぶん投げる」
「投げる!?」
 そんな無茶な、と驚愕したのは小鳥だった。当のアデリシアは「まぁ、議論している暇はありませんか」と諦めた様に息を吐いた。
「覚悟は決めました。やってください」
「ええっ!?」(←小鳥)
 助走をつけてシレークスの両手に跳び乗るアデリシア。瞬間、全身に筋肉を漲らせたシレークスがそれをどりゃあと後方へ高々とぶん投げる。
「ざくろぉ! 恋人の空中宅配便──しっかり受け止めやがれです!」
「え? ……え"? えええええっ!?」
 呼ばれて振り仰いだざくろは、教会の高い天井を背景に飛んでくる恋人の姿を捉えて限界まで目を丸くした。そして、ジェットブーツで素早く落下コースへ跳躍すると、なんか珍しく可愛らしい悲鳴あげる恋人の身体を空中で受け止め、再度のジェットブーツ噴射で反動を殺しながらお姫様だっこの様な姿勢で着地する。
「危なかった……! まったく、なんて乱暴な方法で……!」(ドキドキ……)←吊り橋効果
「いえ、あの状況ではこれが最速でした。初めての経験だったのでちょっと驚きましたが」(ドキドキ)←略
 一方、一仕事終えたシレークスは満足そうに額の汗を拭い、息を吐いていた。
(アデ、サクラとクリスたちのことは頼みましたよ……!)←ぐっとスマイル
 そう心中で呟いたシレークスは盾の壁を横に抜けると、剛力で人込みを描き分け(ついでに二、三人小脇に抱え)ながら、長椅子の上を渡って側廊へ出た。その正面──教会の側壁にはいわゆる窓は無かったが、ちょっと高い位置には光取りを兼ねた豪華なステンドグラスがあった。非常に高価なものであり、流石は侯爵家のお抱え教会と言ったところか。
 シレークスは精霊様に祈りを捧げると……振り上げた『神の祝福』(棘付き鉄球)でもって躊躇なくそれを粉砕した。遠く祭壇に取り残されていた司教の驚愕の悲鳴がここまで届いた。
「脱出路を増やす為です、司教様。修復費用は侯爵家持ちで!」

 戦場、北側──
 ざくろの腕から下りたアデリシアはまず周囲の状況を確認した。
 蟹人間は守りの構えを取ったヴァイスが一人でその前進を阻んでいた。その戦況は優勢、という程一方的なものではなかったが、それでも互角以上に渡り合っている。
 となれば、まずは岩人間か。その姿はいかにもアンバランスで動きも鈍いが、範囲攻撃の赤熱光線は容易に一般人の脅威となる。そして、その一般人の避難はまるで進んではいなかった。恐らく、あの入口の向こうの外にも、内部の状況を知らぬ野次馬たちが大勢詰めかけているのだろう。それも渋滞に拍車を掛けているはずだ。
「ざくろは混乱している人たちの避難誘導に向かうよ。一度パニックが起きてしまえば、戦闘の被害以上に酷いことになりかねない」
 人々の方へ走るざくろを見送り、アデリシアは岩人間の方へと走った。向かう先にはたった一人で、岩人間が繰り出す拳と熱戦のコンボを跳び躱し、或いは盾で受け凌ぎ続けるヴァルナの姿──
「これより援護に入ります」
「……! 助かります……!」
 放たれた熱戦の束を盾の表面に砕きながら、ヴァルナは待ち焦がれた増援の到着に、クルリと槍を持ち直して攻勢へと転じた。アデリシアはその背に『フルヒーリング』──高回復魔法の光を飛ばすと、自身も聖槌を振るって前に出る。
(非戦闘員たちの治療の為に出来うる限り温存しておくつもりでしたが…… クリスとマリー、ルーサーと……後は、不本意ですがベルムドと、4回分残しておけば充分ですね。他の3人は……まぁ、死んでいなければいいかな、と)

「皆、落ち着いて! いっぺんに出ようとするとかえって時間が掛かっちゃうよ! まずは列を作って……」
 一方、出入口前の空間に大勢の人々が溜まった壁側に移動したざくろは、出入口付近で押し合い圧し合いする人々に、埒を明けられないでいた。
(……ダメだ。皆、我先に逃げる事しか考えていない……! スムーズに人を流すには……まずは殺到する人を減らさないと!)
 ざくろは視線を左右に振ってステンドグラスに気付いて、走った。『超重錬成』──武器に流し込んだマテリアルで瞬間的に聖槌を巨大化し。『解放錬成』──そのマテリアルを一気に解放し、その爆発的な威力でもって窓を一撃で叩き割る。
「……さぁ、みんな落ち着いて! こっちに新しい出口は作ったから……隣の人を支えてあげながら、順番にこっち来て!」
 ざくろは皆にそう叫ぶと、避難誘導中のソードとルーサーに人をこちらへ連れて来るよう呼び掛けた。
「まずは階段を作る。男どもは手を貸せ! 長椅子をありったけ持ってくるんだ」
「窓枠に残った割れたガラスが危険だね……女の人たちは絨毯を引っぺがして窓枠に被せて!」
 てきぱきと指示を出し、安全な出口の確保に掛かるソードとルーサー。それに協力する人々。ざくろはサクラと微笑を浮かべると、壁際を走って次々とステンドグラスを割っていく……
 同じ頃、反対側の壁でもシレークスが脱出口を開拓し、ようやく溜まっていた人々が外に向かって流れ始めた。
 ここはもう大丈夫──そう判断したざくろはルーサーたちにその場を任せると、踵を返して走りながらジェットブーツを噴射した。そしてそのまま噴射を続けて空中を飛行すると、恋人が戦う戦場の頭上から、眼下の岩人間へ向けて『デルタレイ』──3条の光の槍を撃ち下ろす。
 新手の登場に頭上を見上げ、上空に怪光線を放つ岩人間──振り仰ぐことなく恋人の来援を確信したアデリシアが岩人間の視界から消える様に横へと回り込み、対空攻撃の為に仰角を取った岩人間の巨体のアンバランスな『人の膝裏』に向かって魔力を込めた聖槌を叩き込んだ。
 グラリ、と岩人間の巨体が揺れて、踏ん張ることも出来ずに倒れ込む。すかさずヴァルナは倒れた岩人間の上に盾を放ってその上に跳び乗ると、全力の『ブラッドバースト』──己の生命力を注ぎ込んだ一撃を相手の岩の隙間目掛けて槍を逆手に突き込んだ。

「……どうやら人々の退避ももうじき終わりそうです。それが済んだら、あなたたちも外に脱出してください」
 あれだけ溜まっていた人の群れもその多くが外に出れた事を確認して── サクラはルーサーとソードを振り返ってそう告げた。
「おい、逃げるなんて冗談じゃないぞ。俺らの家のごたごたなのに……」
「そうだよ、サクラ! あそこにいるのは僕らの兄さんなんだよ!?」
 反駁するソードとルーサーに反論しようとしたサクラは……しかし、順調に外へ流れ始めていた出入口の人の群れが、なぜか慌てて逆流して来るのを見て動作を止めた。

 直後、出入口の扉を吹き飛ばし、その周囲の石壁に外から激突して来る『巨大な何か』──
 それは巨大な『亀』だった。飛行を中断したざくろが燭台にぶら下がりながら「あ……」と声を漏らす。彼はそれを以前、リーアの処刑場で見た。
「まずい、アレは……!」
 入り口につっかかりながらバタバタと暴れる巨大亀── 次の瞬間、その全身からブワッと闇色のオーラが吹き出し……直後、石壁を吹き飛ばし、教会の中へと侵入した。


 クーデター後に四散していたソード配下の広域騎馬警官を可能な限り集めて回った後。皆に遅れてオーサンバラに到着したユナイテル・キングスコート(ka3458)は、祭りのの会場から人々が悲鳴を上げて逃げて来るのを見て怪訝に眉をひそめた。
「ちょっとそこの方。これはいったい何事ですか?」
「ば、ば、化け物が…… でっかい『亀』(と訳された)の化け物が……!」
 要領を得ないまま逃げていく人々を見送り、唾を呑んで先へと進み……
 そこで目の当たりにした光景に、ユナイテルは唖然とした。村の広場に設けられた数々の屋台を圧し潰しながら平然と進みゆく、呆れるほどに巨大な亀──その甲羅の上に、長槍を手にした革鎧の男が二人、立っている。
「……ヤング殿は皆さんはここの人々の避難誘導を。私は……教会に向かます」

「こっ、この期に及んで更に相手が増えるとか勘弁して欲しいんだよっ!?」
 つっかえた石壁を破壊し、無理矢理その巨体を捻じ込むように中へと侵入して来る巨大亀── その瞳にギロリと睥睨されて、小鳥が半泣きで叫ぶ。
「気を付けて! 口から高威力の水流を吐くよ!」
 ざくろの上げる警告。長椅子を蹴散らし、或いは踏み潰しながら前進して来る巨大亀が、後続して来た2人の戦士の指示に従い、ベルムドへ──即ちカール隊の盾の壁へその巨大な口を開け……
「ッ!」
 シレークスは舌を打った。ここからでは駆け寄って頭をぶん殴るのも間に合わない。咄嗟にマテリアルを練り上げてエクラ教の聖印を浮かび上がらせて結界を張り── 直後、大亀の口から高圧・高威力の水の束がレーザーの如く放たれた。
 その威力にたちまち盾の壁が吹き飛ばされた。しかし、殆どダメージはなかった。彼らが受けるはずのダメージをシレークスが因果を歪ませ、引き受けたのだ。
 水の刃はシレークスの身体を切り裂きながら貫通し、その後方にあった石の柱を半ばまで切り裂いた。その威力を目の当たりにしたルーエルが「……何アレ……なんて物騒な大砲を積んでいるんだ……!」と驚愕し。同時に、腹の傷を押さえたシレークスがガハッ、と吐血し、倒れ込んだ。
 それを見て顔面を蒼白にしたサクラは、しかし、護衛対象であるルーサーから離れるわけにもいかず逡巡し……
「僕には構わず行ってください!」
 その言葉に背を押されて弾けるようにそちらへ駆け出す。
 同様に慌ててシレークスへ駆け寄ろうとした兵たちは、しかし、ズシンッ、と亀が一歩を踏み出すと恐慌に駆られて逃げ出した。カールもまた無理矢理その場を離脱させられ、その場に残ったのは倒れ伏したシレークスと、平然と佇んで亀を見上げるベルムド。そして……
「うわあぁぁ……ッ!!!」
 小鳥は目にも止まらぬ動きで両手に魔剣と禍炎剣を引き抜くと、前方の亀に向かって雄叫びと共に斬撃を投射した。突き出た頭の先から首、甲羅へと後ろへ流れる様に傷が刻まれ、血飛沫が舞い、鼻先を着られた亀が怯んで吼える。
 そのままシレークスの前へと飛び出した小鳥は、亀の周囲を巡るようにしながら『次元斬』による斬撃を浴びせ続けた。小癪な小敵の挑発に亀が怒りの声を上げ、ベルムドではなく小鳥に向かって水流の大砲をぶっ放す。
 その間に転げる様に倒れたシレークスの元へ駆け寄ったサクラが、奮戦する小鳥を背景に回復の光を翳した。それに気づいた男たちが再び亀の甲羅に跳び乗り、強めの指示を亀に出し。渋々といった感じで回復役に頭を巡らし、大きくその口を開け……
 直後、斜め上方より放たれ来たりし矢がその頭部へ突き刺さり。水流の射線が僅かに逸れた。
 すぐ傍らの絨毯と石畳を切り裂いて飛び抜けて行く奔流の刃──シレークスをギュッと抱いて庇ったサクラがハッと矢の来た方向を振り返る。
「……これは予想以上に間一髪、ってところでしたね……すみません、遅くなりました……!」
 その視線の先には、教会のキャットウォーク(張り出し廊下)の上で片膝をつき、弓を構えたユナイテル── あの後、亀よりも一足早く教会に辿り着いた彼女は、教会出入口付近にごった返した人々に向かって「化け物が来るから逃げろ!」と声を限りに叫んだ。一瞬、きょとんとした人々は、しかし、徐々に加速しつつ迫る尋常じゃない地響きに、ユナイテルの言を信じ始め…… 直後、突っ込んでくる暴走巨大亀の姿に蜘蛛の子を散らして逃げる人々。馬首を巡らせた彼女の傍らを瞬く間に駆け抜けて行った亀が教会入口部分に突っ込んで…… 途方に暮れたユナイテルはふと教会高所に開いた光取り用の窓に気付き、投げ縄を引っかけてそこから内部へ侵入。仲間の危機に咄嗟に弓を構えて『貫徹の矢』を放ったのだ。
「どうやらあの甲羅の上の軽装歩兵が亀に指示を出しているようですね。蹴り落してやりましょう」
 ユナイテルは弓を捨て、階下の戦場へと飛び降りた。そして着地姿勢をバネにそのまま弾けるように飛び出して亀へと駆け出す。
 その頃、列の最後のおじいさんのお尻を窓に押し上げ、全ての避難を済ませたレインも、ぐるぐると腕を振り回しながら戦場へと向き直っていた。
「誰に貰った力か知らないけどけど、そんな力で怪人になるなんて典型的な負けフラグだから! なんたってこっちは正義のライダーだし! バイク持ってるし! 凄く格好良いヤツ乗ってるし! 正義の味方相手に怪人をぶつけるなんて、グーにチョキ出すようなもんだからね!」
 だが、自分では戦わない! いや、戦えないわけじゃないヨ? これは支援、そう、支援なのだ! そう、役割分担って言うやつで(略
「いくよ、私の取って置き!」
 レインは己の内に巡るマテリアルを両腕に集中すると、それを半歪虚と戦うヴァイス、アデリシア、ヴァルナの3人に分け与えた。『多重性強化』──自身のマテリアルエネルギーを注ぎ込むことで対象の総合的な戦闘能力を上昇させる技。使われるのは術者の生命力──その消耗の度合いは対象の数と時間に比例する。
「おー、おねーさんの生命力がゴリゴリ削れてるー! これぞ切り札って感じ? 私死にそうだけどー!」
「……感謝する!」
 ヴァイスは振るわれた蟹人間の鋏鎌を七支槍で受け止めると、『鉤』にそれを引っかけてクルリと地面へ打ち落とした。そのままてこの原理でベキリとキチン質を折り、足の裏で踏み抜いて千切り落とし。振るわれた剣を頬に掠らせつつ、穂先を蟹人間の心臓へと突き立てた。背へも抜けよとばかりに突き込まれた強烈な一撃に、膝から崩れ落ちる蟹人間。その遺骸をヴァイスは何とも言えぬ表情で見下ろし……「あんた、きっと半歪虚化なんてしねぇ方が強かったぜ」と呟き、亀へと向けて走る。
 同じ頃、ヴァルナとアデリシアもまた岩人間の両膝を砕いて完全にその足を止めることに成功していた。
 動けなくなった岩人間を跳び越え、本命──クリスとシモンの元へと走る2人。それを追って放たれた赤色の怪光線を、急ぎ直上より降下してきたざくろが聖盾でもって打ち逸らす。
「……今の内に! さあ、お前の相手はざくろだ!」
 聖槌と聖盾を手に真正面から岩人間へと打ちかかって敵の注意を惹き付けながら。岩の隙間に赤熱光線の気配を察して、マテリアルを噴射し、飛び避ける……
 一方、ユナイテルは亀へと更に肉薄し、踏み潰されんばかりの距離で立て続けに亀の脚を斬りつけた。即座に甲羅の上の戦士2人が上から槍を突き下ろして来てその接近を阻みに掛かり……その間に反対側から接近した小鳥が最後の『次元斬』で彼らを牽制。攻撃が緩くなった隙に再び踏み込んだユナイテルが再び脚を切りつける。
 苛立ったように雄叫びながら大きく口を開ける亀。直前、サクラの必死な──それこそ全ての力を出し切る程の──治療を施されたシレークスが、朦朧とした意識から回復し、ガバッと跳び起きる。
「起きましたか……!」
「……礼は後で!」
 状況を察したシレークスは籠手拳をギュッと握ると、一直線に亀へと走った。気付いた亀が水流を薙ぎ払うようにしながらその目標を彼女へ向け。その水の刃をギリギリで掻い潜って床を転がったシレークスが、亀の頭部の真下から、足から腰へ伸びあがる様な籠手拳を亀の顎へと突き上げた。
「おらぁっ! 穢れたものを吐くんじゃねぇです! 神聖な教会を破壊することは許しません!」
 それをあなたが言いますか、というサクラのツッコミを他所に亀の頭をサンドバッグにするシレークス。ユナイテルもまた渾身の一撃で以って亀の膝を裏から強打。崩れ落ちた膝を踏み台代わりに、甲羅上へと跳び乗ることに成功し。小鳥もまたその混乱に乗じて反対側から甲羅上へと乱入する。
「さあ、此処からは私のオンステージなんだよ♪ 私の歌を聞けー! なんちゃって♪」
 小剣を引き抜いて斬りかかって来る男の一撃をアイドルなステップで避けながら、亀の甲羅をステージに『マーキス・ソング』──奏唱士の歌の力で亀の防御力を下げる小鳥。そこへ駆けつけて来たヴァイスがその加速を活かして右手を突き出し、脆くなった亀の横原から槍の穂先を刺し徹す。
「その身に、エクラの威光を刻みやがれ!」
「……砕けろぉぉッ!」
 腰を捻りを肘から腕へと伝えつつ放たれたシレークスのフックが光のシンボルと共に豪快に亀の脳を揺らし。甲羅を蹴って飛び降りたユナイテルが亀の頭部に刺さった『貫徹の矢』目掛け、己の命の力と全体重を掛けて、大地も砕けよとばかりにその刀身を振り下ろす。
 ズブリ、と槍を引き抜いたヴァイスがクルリと身体を回転させて再度『徹刺』を突き入れ、抉る。
 大きく頭を断ち割られた亀の巨体がユラリと揺れて……ズズンッ、という地響きと共に教会の床へと崩れ落ちた。

 岩人間をざくろに任せてシモンとクリスの元へと走ったアデリシアとヴァルナを、完全に蔦に覆われてしまったシモンの左手が迎撃した。
 一瞬膨らんだ直後に爆発的に延ばされる蔦──それがアデリシアを捉えて拘束し、締め上げる。
「アデリシアさん……!」
「私の事より、まずはクリスを!」
 苦悶の表情を浮かべるアデリシアに頷き、ヴァルナはクリスが囚われた右の蔦へと肉薄した。同時にアデリシアは自身に絡んだ蔦に向かって『ピュリフィケーション』──浄化の力を叩き込み。一瞬、蔦が緩んだ隙に、ヴァルナは黄金に輝く龍槍の穂先でクリスを捕らえた蔦を斬り裂き、その身を抱えて後ろに跳ぶ。
 直後、唸るような声と共に爆発的に増殖する右の蔦。伸ばされ来るそれをヴァルナは立体的な機動で切り払いつつ、『壁歩き』で壁へと張り付き、張り出し廊下へ転がり込む。
 瞬間、人型の蔦の束が慟哭の咆哮を上げた。その身を形成する蔦がますます太く、巨大になっていき、力も威力も格段に強化、激化する。
 避難誘導を終えたルーエルは素早く戦場を見回して……ソコが一番ヤバいと踏んでそちらへ向かって駆け出した。
「頼む……殺さないでくれ」
「いえ、きっちり倒してください……表向きには!」
 その背に駆けられるソードとルーサーの声。ルーエルは一瞬だけ目を丸くすると、了解、と背後に手を振り、走る。
 その時にはもう振るわれる蔦の威力は、石製の張り出し廊下を殴り崩せる程になっていた。ヴァルナがクリスを抱き抱えたまま崩落する先から先へと渡る。
 ルーエルは『ブルガトリオ』──闇の刃の力で大樹の幹の如くなった蔦の束を空中に固着すると、アデリシアにもう一度浄化の力を使うように頼んだ。
「シモンさん……しっかりしろ! それは人を傷つけるだけの力だ! 人を愛したいのなら、その憑き物を落とせ!」
 正気に返ってくれることを信じて、その一瞬に言葉を掛けるルーエル。
 蔦の動きがピタリと止まり……力が緩み、動きが鈍った。


 動けなくなった岩人間がざくろの手により、滅び去り……集結を果たしたハンターたちの手によって蔦の化け物と化したシモンもまた滅ぼされた──表向きには。
 実際には宿主の抵抗にあって弱体化した蔦の巨人が切り倒された後、シモンは救出された。アデリシアがすぐに浄化したこともあり、深刻な汚染は見つからなかった。
 それを見た2人の戦士は投降した。主の無事を心の底から喜ぶと同時に……人外と化して死んだ戦友たちに心複雑な様子であった。
「歪虚との契約は甘い毒。耳を貸してはいけなかったのですよ、シモンさん」
「……あなたたちには色々と言いたいことがありすぎです。とりあえず領主と長男から三男まで一発殴りたい気分です」
 担架に横たえられ、意識を取り戻したシモンにそれぞれの表情で告げるヴァルナとサクラ。いや、俺はもう殴られたよね? とソードが頭を傾げる。
「助かった……いや、助けられたのか……なぜ……」
「……まぁ、初めてここに着いた時、レインお姉さんと楽しく観光をさせてもらったからね。命を助ける理由なんて、それで十分じゃない?」
 そのシモンに回復の光を翳しながら、ルーエルは答える。ちなみにシレークスはシモンの横に、同じく担架の上に横たえられていた。無茶をし過ぎて傷口がまた開いたのだ。酒が欲しいと嘯く彼女をサクラがふざけるなと本気の半眼で見下ろしている。
「……カールさんにとって、この状況は望んだ決着、なのかな?」
「元々、無血革命を目指してはいた…… だが、この結末はハンター諸君の勝ち得た功だ」
 ルーエルに問われて答えるカール。──怪我人こそ出たものの死者は無し。人々の避難を最優先にした方針の賜物だ。
「誤算はシモンだ。まさかあそこまで父の事を憎んでいたとは…… 或いは何者かにそのように思考を誘導されたのだろうか……」
「じゃあ、あの人もそう……だったりすることはないね、うん」
 ルーエルの肩にもたれかかりながら、レインが指し示した方向には、今回の騒動を満喫してツヤツヤとしたベルムドが……
「あー、ベルムド氏か……はぁ」
 ……もう少しで実の息子に殺されかけたと知ったら彼は変わるだろうか? ……いや、変わらないかな? 長男にクーデター起こされて喜んでいるような人だし。
「ルー君、ルー君。ほら、壊れた家電製品って殴れば治るらしいヨ? あー、でもシモンさんの反応を見る限り初期不良っぽいね。ダメじゃん」
 子は親を選べない。起こった過去も変えられない。考えなければいけないのは、今と、これからの事。身内に歪虚事案を起こした侯爵家の立場は悪くなろう。家督が移ったことだけが唯一の希望となるか……
「……これだけの騒ぎを起こしたんですもの。どなたが継ぐにせよ、次のダフィールド侯爵には王国の為に尽力して頂かないと」
 ヴァルナの言葉に、ヴァイスとざくろは視線を交わした。……そう言えばこれからルーサーはどうするのだろう? 家督を継がせるという話もどうやら無かったことになったみたいだし……
「そうですね…… とりあえず、父の言う通り王立学校に留学しようと思います。前にも言った通り、僕には圧倒的に知識も経験も足りていませんから」
 そんなルーサーをサクラは目を細めて見やった。今回のこの一連の騒動で唯一良かった点があるとすれば、それは……末っ子のルーサーの成長できたことではなかろうか。
(シモンもソードも変われますかね? ルーサーがそうしたように……)
 その為には膿を出し切らねばならない。……あの『種』はなんなのか。誰が、どういった目的で与えたのか── それが解明されなければ、真の一件落着とは言えまい。

 館に残っていた使用人たちが急を聞きつけ、駆けつけて来た。その中に老執事の姿を見つけて、小鳥がすっ飛んで行って頭を下げる……

「ともあれ、やっと終わったわね…… 長かった…… ようやく巡礼の旅に戻れるわ」
 ……あの後、マリーは自分を犠牲にしようとしたクリスをデコピン一つでチャラにした。その後、胸に顔をうずめて互いに一しきり泣いて互いの無事を喜び合った。
「この後は始まりの村とルティアに戻って、王都の大聖堂に行って巡礼の旅もおしまいです。その後はオードランに帰って……今度はマリーの結婚話となりますね」
 げー、そうだった……とげんなりと崩れるマリー。クリスが代わりに結婚してよ、と冗談口を叩きつつ。ともあれ、巡礼の旅はもう少し続くわけで……
「みんなには引き続き、旅の護衛をお願いしたいんだけど……ダメ?」
 上目がちにそう切り出すマリーに、ユナイテルはヴァイスや皆とびっくりしたような顔を見合わせた。今更そんなことを聞かれるとは思ってもみなかった。
「皆、もちろん私も、どこまでもお供します、マリー」

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重体一覧

参加者一覧


  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 掲げた穂先に尊厳を
    ルーエル・ゼクシディア(ka2473
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 誓槍の騎士
    ヴァルナ=エリゴス(ka2651
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • それでも私はマイペース
    レイン・ゼクシディア(ka2887
    エルフ|16才|女性|機導師
  • いつも心に盾を
    ユナイテル・キングスコート(ka3458
    人間(紅)|20才|女性|闘狩人
  • 笑顔で元気に前向きに
    狐中・小鳥(ka5484
    人間(紅)|12才|女性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/05/21 20:33:38
アイコン 相談
サクラ・エルフリード(ka2598
人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2018/05/24 20:15:47