春来ぬと

マスター:鮎川 渓

シナリオ形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2018/05/25 12:00
完成日
2018/06/18 14:52

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●凍て解け
 西方より遥か北。
 龍園ヴリトラルカにも、ようやく春が訪れようとしていた。
 日中には氷原の表面がうっすら溶け、日差しを浴び鏡面のようにきらきら輝く。
 それを受け、石造りの神殿都市は一層厳かに、美しく照るのだった。

 大戦斧を鋸に持ち替えたダルマ(kz0251)が、
「おーっし、じゃあ初めっかァ」
 野太い声で号令をかけると、工具や藁を抱えた少年龍騎士達は「おーっ!」と元気な声をあげた。

 今日は『龍舎』の手入れ日。

 龍騎士隊には飛龍という相棒が欠かせない。
 飛龍達が身体を休めたり、傷や爪の手入れをしたりする場所が龍舎だ。管理は当然龍騎士隊が行う。
 古くなった敷き藁を、温かな陽に干したものへ取り換えたり、傷んだ木柵を直したり。
 雑用と言うなかれ、これも龍騎士のれっきとした仕事だ。
「いってきまーす!」
 少女龍騎士リブが手を振る。少女龍騎士達は、木材を補充するため南の森へ。少年龍騎士達は、ダルマと共に修繕にあたる。
「あいつらだけで大丈夫っすかねぇ」
 双子の少年龍騎士が揃って首を捻るが、
「なァに、随分逞しくなってきたからなァ。大丈夫だろう」
 ダルマはにっかり笑って太鼓判を押す。けれど双子達はむしろダルマの方をこそ案じていた。
 先達て隊長のシャンカラ(kz0226)はじめ、ダルマや数人の龍騎士達は、『追放龍騎士』と呼ばれる元龍騎士達と交戦した。だが手練れ揃いだったにもかかわらず敗れ、射手以外全員重体という大敗を喫したのだった。
「ダルマさんはもう平気なんすか?」
「おうよ。だが労わってくれて構わねぇんだぜェ? 俺の分まで働いてくれても」
 ダルマはにっかり笑うと、鋸を双子の兄へ押し付けた。
「うっわヤブヘビ……」
 双子は顔を見合わせ首を縮める。
 けれど双子や少年達の顔には、不安がこびりついていた。
 当然と言えば当然だ。彼らの上司であり先輩、そして目標でもある龍騎士隊の精鋭達が打ち負かされたのだから。彼らを下した追放龍騎士達は、自分達を龍園から追い出した龍騎士隊を酷く恨んでいるという。その上、この広い北の大地のどこに潜伏しているかもわからない。
「…………」
 不安を振り払うように、少年達は作業に取りかかった。


●春来ぬと
 その頃、シャンカラは独り、龍園の外れを歩いていた。
 目的もなく、ただ歩を進めるために歩いていると、塞がったはずの胸の傷がじくじくと熱を持つ。追放龍騎士達の頭目・アルフォンソに穿たれたものだ。
 そこを手の平で押さえ、口惜しさに奥歯を噛む。
 敵わなかった。
 届かなかった。
 守れなかった。
 先代の龍騎士隊隊長は、アルフォンソ一派の過激な思想を危険視し、武力衝突を制して一派を追放せしめたというのに。
 当代の隊長である自分は、退けることすら叶わなかった現実。協力してくれたハンター達にも、大きな怪我を負わせてしまった。
「……こんな事じゃ……」
 不甲斐なさに打ちひしがれていると、追い打ちをかけるよう、失敗した記憶ばかりが蘇ってくる。
 異界探索時、異界の騎士達に囚われ、同行したハンターに迷惑をかけてしまった事。
 自らのわがままから、危険な賭けに周囲を巻き込んでしまった事。
 そして討伐時には感情に任せて暴走し、足並みを乱したばかりか、友人を斬りつけてしまった事。
 かの異界の龍王を救えなかった事――

「……しっかりしないと……もっと強くならないと、」
「あっ、たいちょうさんだー!」
 その時、まだ5つ6つの子供達が、そばの灌木の間から飛び出して来た。急いで眉間の皺を解きあいさつすると、
「ねーねー、さっきね、コケモモの花みつけたのー!」
 子供達は興奮しきりで言う。
「コケモモの花? 早いね、もう咲いたんだ」
「うん、ひとつだけー」
「そっかぁ。コケモモの木が、その年に一番最初につけた花を見つけると、幸運が訪れるんだって。良かったね」
「こううんー?」
「えっと、幸せになるって事かな」
「そっかー! たいちょうさんも見つけられるといいねー!」
 そう言うと、子供達は転がるように駆けて行った。その後ろ姿を見送り、再び静寂が訪れると、シャンカラは小さく息を吐いた。
「……春、かぁ」
 実感に乏しい呟きを、一陣の春疾風が吹き散らした。

リプレイ本文


「また後でね」
 少女達は辻で手を振り合う。幼馴染のブリジット(ka4843)とリラ(ka5679)だ。

 春の兆しが見え始めた龍園には、多くのハンターが訪れていた。ふたりのように思い思いに散策に出る者もいれば、片や。

「ユウ、ちょっと来てくれる?」
「はーい!」
 この1年で龍園出身のハンターも随分増えた。
 ドラグーンのユウ(ka6891)もそのひとりで、今日は春支度の手伝いに実家へ帰っていた。今日は陽が照っているので、両親と一緒に日向へ毛布や枕を並べる。ふかふかの布団へこっそり顔を埋めたユウに、両親は顔を見合わせ微笑んだ。

 一方、同じドラグーンとして生を受けながら、初めて龍園を訪れた者もいる。
(ここが祖先の故郷か……)
 リーベ・ヴァチン(ka7144)は金色の瞳で感慨深く神殿都市を見回す。
 龍人のルーツはここにある。とは言え現在縁があるわけでもない。訪ねるあてがあるでなし、心の向くまま歩き出した。

 またある者は。
「あれが飛龍……」
 蒼界からの転移者である灯(ka7179)は、吐息混じりに呟く。視線の先には空を旋回する飛龍達。龍を見るのは初めてだった。物語の中にしかなかった光景が、今目の前にある。昔には想像もできなかった位、どんどん世界が広がっていく。その実感に胸が震えた。
 そんな灯と同じ蒼界出の青年は、
「ああぁッ♪」
 広場で翼を寛げる飛龍達を見、トロけた声をあげていた。鞍馬 真(ka5819)だ。
「こっちの子はお昼寝中か……寝顔可愛い♪」
 真は気付かなかった。彼の背後に、大きな影が忍び寄っている事を――

 そしてまたある者は。
「申し訳ない!」
 目当ての人物を見つけて駆け寄るや、勢いよく下げる頭。相手の碧い目が驚きに見開かれる。

 訪れた目的は実に様々。春の1日は、こうして始まった。



 龍園西の外れにて。
 突然頭を下げられ、シャンカラ(kz0226)は慌てて彼の肩に手を置いた。顔を上げてもらおうとするが、藤堂研司(ka0569)は頑として動かない。
「龍盟の戦士を背負いながら裏切り者に負けた……あれだけ言ってこのザマだ! 弱い俺の心が招いたことを、貴方に、龍園に謝りたい……!」
 研司は先達ての要石防衛に挑んだが、彼奴らに連携面で遅れを取り――そして研司自身が言うには"ある覚悟"が無かった為に――要石は砕かれてしまった。
 詫び続ける研司。シャンカラはしゃがみ込み無理矢理その視界に割り込んだ。
「わっ」
 はずみで顔を上げた研司へ、彼も頭を垂れる。
「僕達の方こそ申し訳ありません。僕達が……僕がもっと強ければ」
「違う俺が!」
「いえ僕が!」
 互いに退かず俺が僕がの言い合いになる。しばらく続け不毛だと気付き、どちらからともなく吹き出した。先程より緩んだ顔で、けれど瞳には闘志を燃やし、研司は拳を突き出す。
「次は……次は、必ず勝つ!」
「ええ」
 シャンカラも拳を握り、研司のそれへかち合わせた。

 新米の少女龍騎士達は飛龍に鞍を掛け、出立の準備を整えていた。そこへ、
「あら、おでかけ?」
 ヒールを鳴らし、トリエステ・ウェスタ(ka6908)がやって来た。
「お姉様!」
「おね……まあいいわ。で、どこへ?」
「南の森に行くんですっ」
 眼鏡っ娘リブが元気よく答える。
「皆だけで?」
 以前もみの木調達を手伝った彼女は、長い道程を思い柳眉を寄せる。それを聞きつけ、重機関銃を担いだマリナ アルフェウス(ka6934)が申し出た。
「ならば一つ手伝おう。私達が護衛役として同行する」
「やっほーリブ♪」
 その後ろから顔を覗かせるのはイリエスカ(ka6885)だ。
「ここもようやく春が来たか」
 マリナはしみじみ辺りを見回すが、
「今日はデートですか?」
「へへー。けど護衛もちゃんと頑張るよっ」
 イリエスカとリブ達はきゃいきゃい。春である。トリエステは後輩達のふわふわ加減が心配になったか、
「なら私も。差し入れもあることだし……あ、今回はゲームじゃないわよ?」
 思わせぶりな台詞で少女達の期待を煽り、片目を瞑って見せる。
 そうして彼女達は南の空へ飛び立った。

 一方、龍舎の少年龍騎士達は早くも苦労していた。監督役のダルマ(kz0251)が、表の柵にもたれ動かないのだ。そこへ、
「額に汗する部下を見ながら、日光浴ですか?」
 淡々とした声音と、
「先日の異界調査ではお世話になりました」
 ゆるりとした声がかかった。美女の気配を察知したダルマ、がばっと振り向く。
 春らしい枝垂桜の着物を纏う木綿花(ka6927)が彼を気遣う。
「大変な怪我をされたとか、」
「何だ知ってンのか、格好つかねェな。もうすっかりだ、あン時は助かったぜェ」
 同じく事情を知るメアリ・ロイド(ka6633)は、眼鏡の奥で彼を注視していた。彼の闊達過ぎる笑顔は、心配も探りも"吹き飛ばそうと"する。一瞬思案したものの話を続けた。
「人手が必要だと聞きました。異界でのお礼にお手伝いできればと」
「私も。ダルマ様には休んで頂きたいと思ったのですが、お元気そうで何より」
「お、おう。別にサボってた訳じゃ、」
「サボ?」
 狼狽えるダルマに、木綿花の目がツと細まる。
「龍への感謝のお気持ちは?」
 ダルマ、冷や汗。そこへダルマにとっての救世主が現れた。
「やぁ、ダルマ君」
 リフィカ・レーヴェンフルス(ka5290)の顔を見るや、ダルマはこれ幸いとばかりに駆け寄った。外見年齢の近いふたりは握手を交わす。
「こないだ甥子に会ったぜ」
「私も甥から君の様子は聞いていたが、以前の中止になった茶会以来だからね。会えるのをとても楽しみにしていたんだよ」
 リフィカは龍舎の中へ目をやった。
「何か作業中か? ……成程、龍舎の手入れか。迷惑でなければ私も手伝おう」
 言うなりリフィカは龍舎の入口を潜っていき、作業状況の確認を始める。メアリと木綿花も続いて入り、少年達と挨拶を交わした。
 彼の登場で難を逃れたダルマは、柵にもたれ息を吐く。するとすぐ耳元で、
「……なんだ。監督殿は随分と楽をしているな?」
 からかいを含んだ声がした。ダルマが飛び上がると、柵の反対側でクラン・クィールス(ka6605)が片眉を跳ね上げる。ぐぬぬと歯噛みしたダルマだが、一緒にいるレナード=クーク(ka6613)に気付いた。レナードはひらり手を振り、
「聖輝節以来やねーダルマさん、会えて嬉しいでー! 大怪我したって聞いて、心配しとったんよ」
「レナードも知ってんのか」
 ダルマは参ったなと頭を掻いた。レナードはそんな彼を眺め、
「……無理したらあかんでー? せや、龍舎の手入れするって聞いてきたんや。少しでも力になれる様、僕も沢山頑張るで!」
 やる気いっぱいに腕まくりして見せる。
 すると、通りの角の向こうから何やら声が聞こえてきた。
「ふわあ……ここが龍園、ヴリトラルカというんだねえ。色々なことが新鮮で輝いて見えるよぉ」
 春を音にしたような、ふぅわりした声。が、声は何故か近付いたり遠ざかったり。
「龍舎って所に行けば、ワイバーンに会えるって聞いたんだけど……どっちかなぁ」
 迷子らしかった。世話焼き体質のクランが向かおうとしたその時、聞き覚えのある可憐な声が。
「龍舎に行かれるんですかっ? 私もです、宜しければご一緒に」
 元気かつ丁寧なこの話し方はファリン(ka6844)だ。程なく角を曲がって現れたのはファリンと、声と違わず柔らかな雰囲気を纏わせた桜崎 幸(ka7161)だった。
 直後、ふたりは別々の方向へすっ飛んで行く。幸は龍舎の入口に飛びつくと、
「本当にワイバーンだぁ。すごーい、沢山いるんだねぇ」
 日長石の瞳に飛龍の姿を映し、頬を紅潮させる。
 片やファリンはダルマを認めるや駆けてきて、覚醒時なら兎耳を垂らしていただろう顔で見上げる。
「怪我はもう良いのか?」
「私が未熟なせいでご迷惑をおかけしました……申し訳ないです」
「そりゃこっちの台詞だ」
「いえ! 今回は完敗でしたが、まだこれからです。頭脳には自信がさっぱりありませんが、多少不利でも跳ね返せるくらい、強くなります。――次があるならば、絶対に負けません!」
 気丈な彼女をダルマは目を細めて見下ろした。が、彼女が鋸を掴み勢いよく振り上げたので慌てて後退る。
「気持ちを切り替えましてっ。お手伝い頑張りますね!」
「お、おう」
 ダルマが慄いた時、リフィカが戻ってきた。
「修繕箇所は概ね把握したよ」
「工具の数は限られていますね」
 とメアリ。リフィカは悪戯っぽく微笑んだ。
「龍舎に来ている皆も巻き込んで分担してしまおうか」
「わわっ? 僕にもお手伝いできる事、あるかなぁ」
 幸が不安げにきょろきょろすると、中から双子の少年龍騎士が顔を出す。
「飛龍好きなんすか?」
「飛龍の相手してもらえたら助かるんすけど」
「双子さんもいるんだねぇ。接し方とか教えてもらえるかなぁ?」
「勿論!」
 すると、龍舎の角からおずおずと顔を覗かす少女が。
「龍舎はこちらで合うてます……? お手伝い募集、と聞いて来ました」
 いわゆる関西弁風のレナードの喋りと似ているが、よりまろやかなイントネーションで話す彼女。ダルマは歓迎して手招く。
「助かるぜェ別嬪さん」
 彼女は何か心配事でもあるのか、西の方を気にしながらぺこりとお辞儀。
「……浅黄小夜(ka3062)、です。よろしゅう……お頼申します」
 こうして龍舎修繕の面子が揃った。
 ダルマは(こンだけいりゃァ楽できそうだ)とほくそ笑んだが、見透かしたようにリフィカに肩を叩かれる。
「順調に進められれば、途中で休憩と称した茶会が出来るだろうしね。一つ励もうじゃないか」
「お、おう」
 結局逃げられないダルマだった。



 また独り歩くシャンカラを誰かが呼ばわった。見れば、淡い青の瞳が印象的な青年が。彼とどこで会ったか記憶を手繰っていると、
「反影作戦で、龍騎士達と戦えて嬉しかったよ」
 彼の言葉で一気に思い出す。赤く不気味な空を、グリフォンと共に駆けていた彼の勇姿を。
「ユリアンさん、あの時はどうも」
「こちらこそ」
 ユリアン(ka1664)は気負いなく頷く。
「顔色が良くないようだけど。悩み事でも?」
 シャンカラは、自分が隊長に向いていないのではという苦悩をぽつりと零す。仮にも隊長ともあろう者が簡単に吐露する位だから、相当参っているらしいとユリアンは察した。
「……隊長は引っ張るだけじゃない、支えたいと思わせるタイプもあるから、良いんじゃないかな」
 不思議そうにするシャンカラ。ユリアンは近付いてくる複数の気配を感じ、意味ありげに微笑む。
「すぐに分かるよ。それじゃ、またいつか」
 手を振り駆けていくユリアン。シャンカラがその背を見送っていると、彼の行く手に青地のドレスが可愛らしい少女が。
「春、ですねぇ」
 春遠き隊長は呟き、また歩き始めた。

 今度は彼よりも背の高い、凛々しい女性と行き合った。彼女――リーベの方もシャンカラに気付く。
「隊長のシャンカラ、だったか」
「はじめまして」
「リーベだ。そちらも散歩か?」
「ええ、まあ」
 シャンカラは誤魔化すように"笑う"。そんな彼を、リーベは金の瞳で静かに見下ろした。
「私は帝国の生まれだが龍人でね。隔世遺伝というやつだ」
 言って袖をまくって見せる。うっすら白い鱗が覗いた。
「龍園に来たのは初めてなんだ。良ければ色々聞かせてもらえないか?」
「そうでしたか、おかえりなさい」
 彼は躊躇なくおかえりと口にしたが、リーベは妙な気分だった。初めての土地で、初対面の者から告げられる言葉としては不適切。けれど同じ鱗のある彼からの言葉は、不思議な余韻を持って響いた。
 それから彼は、龍園での暮らしや青龍の事など様々な話をした。余程龍園が好きらしく、話している内に表情が明るくなってくる。リーベは祖先の郷の事柄に興味深く聞き入った。
「……この故郷は、あなたの誇りであり揺るぎなき理想なのだろう」
「はい」
「素晴らしいことだ。現実なき理想も理想なき現実も先がない。そして理想は誇りと信念で輝くと私は思う」
「誇りと信念……」
「ま、理想通りに物事は進まない……だから人は理想を指標として進むんだろう」
 含みをもたせた言葉に、彼はハッと目を見開く。
「まさか、先達ての事をご存知で?」
「さて、何の事だか。まだ散歩は続けるのか? 私はそろそろ戻るが」
「……もう少し」
「そうか。それでは、また」
 そうしてリーベは、春風を供に颯爽と歩きだす。もう一度、龍園の街並みを目に焼きつける為に。
 
 入れ違いにユウがやってきた。
「あるかな、お花……はっ、しゃ、シャンカラ様!?」
 灌木に目を凝らしていたユウは、あと一歩で彼の背に突っ込む所で気付き、驚いて尻もちをつく。
「大丈夫ですか? すみません、邪魔でしたよね」
 差し出された手を取って良いものか一瞬悩んだが、ユウは彼の手を借り立ち上がる。そして龍園の儀にそって礼をした。
「ユウと申します。今はハンターとなり西方へ出ていますが、今日は郷帰りしてきました。家の春支度を手伝う為に」
「おかえりなさい。ご家族もお喜びでしょうね」
 ユウにとって龍騎士は憧憬の対象。その隊長に褒められ目を細めたが、すぐ違和感に気付いた。龍園を離れる前に見た彼と様子が違う。何か悩んでいるらしいと推し量り、勇気を振り絞る。
「しゃ、シャンカラ様、宜しければコケモモの花を探しませんか?」
「え?」
 ユウは早咲きの花の謂れを知っていた。見つけられたら彼を元気づけられるのではないかと。彼は一瞬きょとんとしたが、
「はい。良ければ西方の話を聞かせてもらえませんか?」
「勿論です!」
 そうして2人は群生するコケモモの中を歩いた。本来コケモモの花は初夏に咲くもので、なかなか見つからない。その間ユウは、西方で龍園との文化の違いに驚いた事や、初依頼で虫雑魔と戦った事などを語った。
「も、申し訳ありません。私ばっかり話して」
「いえそんな。ユウさんは広い世界で活躍なさってるんですね。少し、羨ましいです」
「羨ましい?」
 ユウは小首を傾げたが、いつの間にか彼の方が真剣に花を探していて。ユウも白い花を求め、灌木の中に分け入って行った。

 散策中の灯は郊外へやって来た。灌木の間に屈み込んでいる青年を見咎め、声をかける。
「あの、どこか具合でも?」
「え?」
 彼――シャンカラは半ば茂みに埋めていた顔を上げ、照れたように笑う。
「ご心配をおかけしてすみません、花を探していたんです」
「花?」
 早咲きのコケモモの花は幸運を呼ぶという話を聞き、灯は一応納得した。けれど彼の顔色は悪く、
「少し、疲れていらっしゃるみたい?」
 尋ねると彼は胸を押さえ、
「病み上がりで……でも今はすっかり」
 にっこり"笑った"が、灯の懸念は消えず。
「無理はいけません。良ければその、幸運のコケモモの花、私も探しましょうか?」
 放って置くと見つかるまで探していそうで、思わず申し出た。
 なりゆきで一緒に探す事になったものの、早咲きの花と聞いた灯が陽の当たる木の天辺付近を探すのに対し、彼は無意識なのか下ばかり見ている。
 そんな様子に経験から心当たりのある灯は、そっと語りかけた。
「……疲れていると、苦しいと、よくない事ばかり、ぐるぐる、してしまうものです。それはあなたから笑顔をなくしてしまうわ」
「僕、ちゃんと笑えてませんでしたか?」
 自嘲気味に笑う彼に、灯は空を指し示す。
「ほら、空。太陽はこんなに柔らかい。春ですよ。……そういうの、見逃すの勿体ないです」
 彼も空を仰ぐ。真冬にはいなかった鳥が、陽光の中を飛んでいく。
「……ごめんなさい。何も知らないのに」
「いえ、俯いていては見られなかった光景です」
 ありがとうございますと目を細めた彼に、灯は胸を撫で下ろす。
「此処はとてもきれいですね。隊長さんが護りたいのはこの場所で笑う人達でしょうか」
 大好きな故郷を褒められた彼は、今度こそにっこり"微笑み"頷いた。

 灯がより日当たりの良い場所を求めて行った後。
「あ、シャンカラさん!」
 氷雨 柊(ka6302)が手を振りながら駆けて来た。その手首でブレスレットが煌めく。
「お散歩ですかー? それとも警備でしょうかー?」
「花を探していました」
「お花、ですかぁ?」
 柊は紫水晶の目をぱちくり。それから気遣わしげに小首を傾げる。
「お怪我は……もう、大丈夫ですかー?」
「お陰様で。柊さんこそ、」
「私は……なんだか痛い気がするだけで。実際は完治してますよぅ」
 要石防衛の際、柊も大怪我を負ってしまった。否、自分が不甲斐ないばかりに"負わせてしまった"のだと考えている彼は、頭を下げて詫びようとした。けれど、
「先日は、すみませんでした」
 先に謝ったのは柊だった。
「どうして柊さんが、」
「力が及ばなかった……ううん、私はきっと彼らを甘く見ていたんです」
 柊は、情けをかけた契約者に貫かれた胸の前で、両手を握りしめる。
「……要石も守れず、シャンカラさんやダルマさん達にも怪我を負わせてしまった。ダメですよね……このままじゃ。守れない、力になれない、なんて」
「そんな事はありません、柊さんは充分……!」
「心も体も、もっと強くならないと」
 真摯な口調で語る柊に、彼は息を飲む。彼女も自分と同じ葛藤を抱えているのだと気付き、安易な慰めは逆効果だと知る。だから。
「……次こそは、勝ちましょうね。彼らに」
 柊の凛とした言葉に、
「はい」
 同じ気持ちを込め、深く頷いた。
 すると柊の顔にいつものほんわりした笑顔が戻る。ホッとしたシャンカラ、
「良ければ一緒に花、探しませんか?」
 コケモモの花の謂れを告げると、柊はにぱーっと笑って頷いた。

 そうして柊が少し離れた隙に、
「素敵な筋肉をお持ちの隊長さんじゃないですかぁ♪」
「は、ハナさん!?」
 突如茂みから、野生の細マッチョハンター・星野 ハナ(ka5852)が現れた! シャンカラは硬直する!
「是非ともぺろぺろはぁはぁくんかくんかさせていただきたいっ」
 既にはぁはぁなハナが迫る! シャンカラは身構えた! ……が。
 接触寸前、ハナはぴたっと足を止める。
「って元気ないですねぇ?」
 シャンカラ、身構えてしまった自分が恥ずかしくて居たたまれない。恥ずかしついでに、この読めない不思議な彼女に全部吐き出してしまう事にした。
 聞き終えたハナは、爪先立って彼の頭を撫でる。それから不意打ちで頬をつまみ、ぐにーっと引っ張ろうと……したができなかった。
「いたっ」
「ほっぺ伸びないですぅ!?」
「あの、鱗が」
 頬周りの鱗がつっかえ、ぐにーっとはいかなかったのだ。
「新発見ですぅ♪」
「ちょっと痛いです……」
 けれどもハナは、指を離さないままにっこり。
「あんまり大上段な悩み過ぎてお姉さんビックリしちゃいましたぁ。人が出来るのは相手の意志の手助けや意志を継ぐ所までですぅ。救おうなんて上から目線の相手に救われたい人なんていませんよぅ?」
 『上から目線』。シャンカラは息を飲む。誰かを救いたいと戦う事は、守られる側にとって迷惑だったのだろうか。確かに、勝手にしゃしゃり出てきて死なれでもしたらさぞ夢見は悪かろう。それでも、と彼は俯いた。
「僕には……戦う位しかできません。大事な人やものが危険にさらされていたら、やっぱり飛び込んでしまうと思います」
「そういう我を通したいなら、もっと無心に強さに貪欲にならなきゃダメですぅ」
 高位の符術士であるハナの言葉は、ずしりと重い。
「尤も貴方の強みは柳の生き方だと思うのでぇ、悩む方が役に立つかもですぅ」
 はてヤナギとは。北方育ちの彼は柳を見た事がない。後で調べようと心に決め……ている隙に、ハナの腕が腕に絡んでいて。
「ナイス上腕二頭筋ですぅ♪」
 良い話をしてくれたかと思いきやこれである。いい人なのかセクハラ魔なのか判断に困ったシャンカラは、話のお礼になるならと止めずにおいた。
 結果、数分の間にちょっとやつれた。

 ブリジットがシャンカラを見つけた時、彼はとっても疲れていた。声をかけると、彼は弾かれたように顔を上げる。
「ブリジットさん! 先日の巫女様護衛の折りは、ご迷惑をおかけしました」
「迷惑とは?」
「実は、」
 彼は、あの時ハンターだけで襲撃者を撃退する事になった経緯を話した。彼のミスで、迎えに出るのが遅くなったために加勢が間に合わなかったと。
「今ブリジットさんのお顔見るまで、その事忘れてました……本当に僕ときたら」
 顔を覆ってしまった彼を、彼女は意外な気持ちで眺めた。目の前にいるのは『隊長』ではなく、実年齢相応の普通の青年だ。歩み寄り、
「春の訪れの中、いつまでも暗い気持ちでは勿体ないです。前向きにいきましょう? 先程オフィスで幸運の花のお話を聞きました。良ければ一緒に探してみませんか?」
 その誘いに、今度はさぁっと青ざめる彼。
「いけない、僕その花を探していたんです!」
「え?」
「お手伝いいただけませんかっ?」
「は、はい」
 こうしてブリジットも花探しに巻き込まれた。



 女性ばかりの木材調達の一行は、日差しを浴び悠々と空を駆ける。
 トリエステはリブの飛龍に、マリナとイリエスカは借り受けた一頭の飛龍にタンデムしていた。
「もっとしっかり掴まらないと落ちてしまう」
「えっへへー、こう?」
 手綱を取るマリナに促され、イリエスカは嬉しそうに彼女の腰に腕を巻きつける。
「おふたりともいいなー」
「落ちないようにしてるだけだよー」
「視界良好、敵影なし」
 イリエスカは少女達の羨望を笑顔で躱し、マリナも淡々とやり過ごす。トリエステは前方に目を凝らした。
「森が見えてきたわ」
「了解。降下を開始する」
「マリナ早いよぉ! とか言いつつぎゅーっ♪」
 春の森は、その懐へ一行を温かく招き入れた。

 リブ達が伐採している間、猟撃士コンビが警戒に努めていた。雑魔や獣の気配はない。時折茂みから覗く冬毛のリスや兎を見つけ、その愛らしさに目を細める。というより、見つけてちょっと嬉しそうな恋人の姿を微笑ましげに見つめている。春である。
「はーい、そっちに木が倒れるわよー」
 トリエステの指揮もあり、必要量の木材が瞬く間に調達できた。
「このままとんぼ返りするのも何だし、休憩してから帰りましょうか」
「賛成ですお姉様! 私達水筒にコケモモジュース入れてきたんです。皆で飲みましょう?」
 リブの言葉にイリエスカの紫眼がキラリと輝く。
「コケモモジュース!? 嬉しいなぁ。美味しかったから、また飲みたいと思ってたんだよー」
「良かったぁ♪」
 そうして皆で倒した木に腰掛けて、まったり一息。木漏れ日がほんのり温かい。そこで、トリエステは満を持して今回の差し入れを詰めた袋を取り出した。身を乗り出す少女達の前で、
「ふふ……ゲームじゃないけれど、今回は代わりにこれ!」
 もっちゃりとした緑色の物体を掴みだす。丸いフォルムにちっこい手足。頭に皿を乗せたそれは――
「もっちゃりかっぱ人形!」
「かわいーいっ♪」
 名称を聞いても良くわからない物に変わりはないが、乙女心に刺さる愛くるしさ。少女達は力いっぱい頬を押し当てもっちゃりさを堪能する。
「『かっぱ』ってなんですか?」
「なんかリアルブルーの……妖怪? に似た形状らしいけど詳しいことは知らない!」
 可愛きゃOK。可愛いは正義。一頻り愛でた所で、マリナとイリエスカ、リブの3人は、弓の練習をするためガールズトークで盛り上がる輪から離れた。切株を的にし練習を始める。
「背筋はまっすぐ、足をしっかり開きます」
 見よう見まねで射てみるマリナ。使うのは彼女自身がリブに贈った弓だ。矢は切株を掠め下生えに刺さった。
「……矢の軌道は独特だな。リブはこれを使っていたのか」
「えへへー」
「弓は新装備Type-Bの軸で、扱いに慣れておきたい」
「射手姿もかっこいいでしょうねぇ♪」
 想像しうっとりするリブ。一方、イリエスカは弓を引ききる事に苦戦していた。
「んんっ、結構膂力が必要なんだね」
 リブより先にマリナがさっと近づき、後ろから抱きすくめるようにして腕を取る。
「こう、胸を開くように」
「さっすがぁ♪」
 イリエスカの瞳の中に、瞬くハートの幻が見える。見つめ返すマリナの双眸にもそれが映って――リブは邪魔しないようそーっと少女達の輪へ戻った。早速お姉様に捕まる。
「前に恋愛ゲーム渡したけども、みんな、そろそろ現実に気になる子とかいないの?」
「えー? 神官様には素敵な方もいますけどぉ」
「良いじゃない、がっつりアタックしちゃいましょう。なんなら私がいたいけな少年龍騎士を弄……げふんげふん、口説くお手本でも……」
 お姉様はドレスの胸元をさり気なく緩め、流し目を実践してみせる。濃厚な大人の色香に、少女達が真っ赤になって頬を押さえた……その時。

 ビュンッ

 お姉様の脇を矢が掠めた。
「は、」
「ごめーん、そっち飛んじゃったー? まだ弓の扱いに慣れてなくってー!」
 きゃるんとしたイリエスカの声が朗らかに告げた。



 雪白の肌の青年と、白磁の肌の少女が、ぱったりと広場で出くわした。
 ニーロートパラ(ka6990)とエリス・ヘルツェン(ka6723)。久しぶりの再会に、2人は嬉しそうにどちらからともなく歩み寄る。
「演習試合ぶりですね。お元気にされていましたか?」
「はい、あの時はお世話になりました。ニーロ様は如何です?」
 ミュゲのドレスを揺らし、愛らしく小首を傾げるエリスの問いに、
「オレは……」
 ニーロは視線を逸した。
「何やら元気が無いご様子……でしょうか」
「いえっ、そんな事は……そうだ、折角ここでお会いできたんです。オレが龍園を案内しましょうか」
「よろしいんですか?」
 エリスはニーロの様子を気にかけつつ、彼の申し出を有り難く受けることにした。

 ふたりが去って程なく。
 広場の端で、真の絶叫が上がった。

 休んでいる飛龍を物陰から愛でたり、隙あらば触れたりしていた真だったが、ふと陽が遮られ周囲に陰が落ちた。
 不思議に思い頭上を仰ぐと――
「うわっ!」
 そこらの飛龍より一回りも大きな飛龍が、真を睥睨していた。
「私、何かしたかな!? 寝てる子は起こさないようにしていたつもりだけど……っ」
 そこまで言って気付いた。紺碧の瞳。高飛車な仕草。
「きみは聖輝節の時の!」
 そう。それは聖輝節に真と散々戯れた大型の飛龍だったのだ。飛龍は、他の飛龍達にご執心だった真を咎めるよう鼻先で小突く。
「……もしかしてヤキモチ?」
 呟いた真を、飛龍は更につっつき回す。
 真は大きな背にお邪魔して、宥めようと春の歌を口遊んだ。その声は低音域では柔らかに、高音域では澄んだ硝子の音のように響く。
 歌い終えると、真はふっと目を伏せた。もの問いたげな紺碧の瞳を見返し、
「最近CWでもRBでも色々ありすぎて……疲れてしまった」
 世界線を越え、数々の依頼をこなしてきた真。中には胸抉られるような出来事も少なくなく、最近蒼界で聞いた子供達の悲痛な声などを思い出すと――
「今更歩みを止めることなんてできないけど……時々、全てを投げ出して休みたくなるなあ、なんて」
 飛龍は何も答えない。真の言葉の全てを理解などできないだろう。ただ案じるような眼差しがあるばかりだ。今はそれがかえって心地よかった。
「……少しだけ吐き出させて欲しかったんだ、ごめんね」
 頭を垂れた真の背で、黒いリボンがひらり翻る。再び顔を上げた時には笑顔が戻っていた。
「さて、何か歌おうか。それともめいっぱい撫でさせてくれる?」
 悪戯っぽく微笑んだ真の目に、どちらが良いかと真剣に首を捻る飛龍が映った。

 ドレスで着飾ったルナ・レンフィールド(ka1565)は、隣を歩くユリアンをこっそり上目遣いに見つめた。
「新緑の季節からまた春の兆しを感じられるのもいいね。綺麗だ……」
 西方と北方の気候差を味わっていた彼だったが、視線に気付き振り返る。
「どうかした?」
「い、いえ」
 穏やかな双眸で見下され、ルナは上気した頬を俯いて隠す。不意に目が合うと鼓動が早くなってしまう。そんな彼女に気付かず、ユリアンは先程シャンカラとしたやり取りを思い出して言った。
「彼や縁ある人の手伝いが出来たら良いけど、縁も運も力も必要で難しいよ」
「そうですか?」
 ルナは意外な気持ちで彼を見つめる。力ならもう持っていると思うのに。他ならぬルナ自身も彼に力をもらったひとりだ。なのに、
「ルナさんは凄いよ」
 なんて言われて、ますます目を丸くする。
「戦う以外に役立つ術があるのは凄いよ。俺は……まだまだ」
「そんな事ないですよっ」
「いや、薬学も師匠の背を見てるのが心地良くて。独り立ちも遠そうだ」
 自嘲混じりに笑う彼がいつもより饒舌に感じられて、ルナは一旦励ますのを横に置き、理由を尋ねてみた。ユリアンは困ったように頬を掻く。
「えっと……ルナさんが歌う時は、より多く、広くへ向けている感じがするから……何となく」
 話している時は自分だけを見ているルナの目が、歌に臨む瞬間多くの人々へ向けられてしまう。だからせめて、今は。
 ルナはまた赤くなりそうな頬を必死で抑える。それからスカートをぎゅっと握りしめると、自分と彼とを励ますように声を明るくした。
「最近は歌う時に、風を感じ取る様に心掛けてるんです。だから、遠くを見ているように見えるのかもしれませんね。瞳を見つめながら歌うのは平気ですよ? やってみます?」
 そう、不意打ちでなければ大丈夫。彼の青い瞳を悪戯っぽく覗き込むと、
「……それじゃあ」
 ユリアンは設置された長椅子に腰を下ろした。正面に立ち、ルナはその青だけを瞳に捉え、緩やかに歌い出す。
 いつもと違う歌い方をし、今は風を感じていないだろうルナの歌には、薫る涼風がはっきりと表現されている。ユリアンは不思議に思いながら、小柄な身体をいっぱいに使って歌い上げる彼女を見守った。
 そうして歌い終えたあと、ルナはお辞儀をしてから背筋を正す。
「今の私があるのはユリアンさんが背中を押してくれたから。……貴方の風を感じられたから」
 ユリアンは小さく息を飲む。自分の瞳しか見ずに歌っていたルナが、どうしてああも見事に風を表せたのか、その理由を明かされた気がして。ルナはにっこり微笑みかける。
「ユリアンさんは自分で思っているよりずっと多くの人に力を与えています。だから、貴方の道を信じて進んでいいと思います」
「……ありがとう。少し、歩こうか」
「はい」
 そうして再び歩き出した彼のあとを、ルナは小走りに追いかける。
「……私は、ついていきますから……」
「ん?」
「何でもないです」
 ふたりを、東風が優しく包んだ。



 リラは龍園の民が行き交う通りを歩いていた。行く手から響いてくる槌音に合わせ、弾むように歩を進める。何だか楽しくなってきて、唇から自然と歌が溢れ出した。温まった風、青みを増した空。心に留めた物事を軽やかな旋律に変え、紡ぐ。そんなリラの歌はさながら春告げ鳥の囀りのよう。
 龍舎を見つけると、入口から中を覗き込んでみた。と、
「わわっ、避けて避けてぇ~!」
 一頭の飛龍が猛然と向かってくる!
「きゃっ!?」
 リラが飛び退くが早いか、飛龍はそのまま表へ飛び出し、柵に接触する寸前で急旋回。その場で止まった。背には幸がしがみついている。それを追い双子が転がり出てきた。
「大丈夫っすか幸くん!?」
「あ、歌い手さん怪我はないっすか!?」
「は、はい大丈夫、ですけど……」
 何事かと目を瞬くリラ。幸はばくばくする胸を押さえ、潤んだ目で双子を見やる。
「も~、手綱離さないって言ったのにぃ」

 こういう事だった。
 龍舎にいる飛龍の内、1頭爆睡中の飛龍がいた。幸は鼻先を撫でたりしてみたがどうにも起きない。そこで双子が、『鞍をかけりゃ、出陣だと思って起きるかもしれないっすよ』と。
 幸は念の為双子に手綱を持っていてもらい、背に跨るようにして鞍をかけた。途端、飛龍は目を開くや双子を振り切り飛び出してしまったのだという。そこへリラが顔を出したわけだ。

「まさか飛び出すとは」
「びっくりしたぁ……でも皆、偉いねぇ。ドラグーンさんは、実年齢より見た目のほうが先に大人になっちゃうんだっけ。きっと僕より年若いのに頑張って、戦ったりして」
 その言葉に固まる双子。見た目だけなら双子の方が年上に見えるが。幸はにっこり続ける。
「僕とは反対だねえ。と言っても僕のはただの童顔なだけなんだけどねぇ、ふふふ。こう見えても21歳だよぉ」
 リラは双子が凍りつくのを幻視した。急いで彼らの肩を揺する。
「あのっ、お手伝いに来ました! 途中までになってしまうかもしれませんがっ」
 正気に返った双子、
「助かるっす!」
 リラを促し龍舎の中へ。リラはダルマや見覚えのある顔に挨拶すると、幸と一緒に飛龍を表へ出す作業に当たった。

 レナードは既に表に出された飛龍達の身体を拭う担当だった。修繕中、飛龍の相手をするのも立派な仕事だ。
「ふぅ」
 飛龍が気持ちよさそうにするので、タオルを握る手に力が篭る。そこへダルマが通りかかり、
「ダルマさん、この道具は何やろー?」
 レナードは気になっていた道具を指した。金ヤスリに似ているが随分太く大きい。
「飛龍の爪研ぎだ」
 驚いたレナードだったが、改めて飛龍の大ぶりな爪を見て納得した。硬質な爪の側面に触れてみる。
「武器にもなる爪やもんね。お手入れの仕方、僕も覚えとかな」
「相棒に飛龍迎えたのか?」
 まだやけど、とレナードは頭を振り、続きを待つ飛龍のためタオルを取り直す。
「僕もいつか、この中にいる子と一緒に冒険したり……闘う事が出来たらええなぁって。そしたら、ダルマさん達や龍園を護る為に、もっとお手伝い出来るんかなぁ」
 ダルマは目を丸くし、レナードの糸のように細い双眸を覗き込む。
「何だってそこまで……」
 瞼がうっすら持ち上がり、灰月長石の瞳がわずかに覗いた。
「……優しい思い出をくれたこの場所に、沢山恩返ししたいんだ」
「レナード、」
「なんて、らしくないかもしれへんけど」
 口調も繊月のような目も元通りにして、レナードはほにゃっと口許を緩める。ダルマは返事の代わりに銀の髪を撫でくり回した。

 ふたりの様子を龍舎の中から窺い、クランは密かに胸を撫で下ろす。
(ダルマが落ち込んでいる様な事はないだろうと踏んでいたが……問題はこっちか)
 傷んだ柵の撤去をしている少年達を見やる。話しかければ笑顔で応じるが、時折ため息を漏らしている。双子も同様だ。
「……どうにも浮き足立っているな」
「兄貴、」
 その呼ばれ方にがくっと肩を落としかけたが、不安気な少年達を前に何とか堪えるクラン。
「アルフォンソの件だろう? ……奴等とは必ず、再び相対すだろうが。ダルマや他の精鋭も、このままやられっぱなしとはいかんだろう」
「でも隊長とダルマさんが一突きでやられたんすよ? バケモンっすよ! 隊長も気落ちしちまってて」
「……まぁ、多分大丈夫だ。そう柔なら隊長など任されない」
 アルフォンソの戦いぶりを見ていない少年達は、恐れから敵の脅威を大きく想像しすぎているきらいがあった。けれど、あの場にいたクランは。
「必ず勝てるとは言わない。……だが、お前らが見てきた背中を、信頼してやったらどうだ。憧れなんだろう?」
 無責任に期待を煽る迂闊はしない。幾度も彼らと語らってきたクランだから知る、彼らの繋がりを思い出させる言葉で背を押した。
「兄貴」
 少年達の瞳に光が射す。クランは堪えきれなくなり額を押さえた。
「……ところで、お前達のその呼び方はどうにかならないのか?」
「俺らが信じなきゃっすよね兄貴!」
「俺の言葉が聞こえているか?」
「ありがとう兄貴っ」
 クランが頭を抱えると、背後から控え目な笑い声が。撤去した木柵を飛龍に乗せ運ぶ木綿花だ。その飛龍は彼女が龍騎士だった頃に縁があったのか、彼女に懐いていた。木綿花は先輩らしく少年達へ語りかける。
「気持ちがついていかない時は、先に行動を起こすのも大事。強くなりたいと、ダルマ様に稽古をつけてもらったら?」
 そう言って、何かを手近な双子の口に押し込む。
「ん!?」
「うまッ。何すかコレ?」
「コケモモをチョコで包んでみたの」
 木綿花は近くで作業していた皆にテキパキ配る。北方のコケモモと南方のカカオの融合。これがなかなか好評だった。

「ダルマ君、替刃はあるかい?」
 リフィカが切れ味の悪い鋸を手にダルマを呼ぶ。ダルマは替刃を渡すと、交換を始めた彼の手元を覗き込む。
「器用だなァ」
「いや、最近は細かい作業が苦手でね」
「そんな風にゃ見えねェが」
 彼は自分の目を指し苦笑する。
「最近老眼ぽくてね」
「え、俺と同じ歳くれェだろ?」
「私はダルマ君の実年齢より15歳は上だからね」
 ダルマ、驚愕。
「この前姪が結婚してね。そんな歳の姪がいる程度には歳さ」
 ダルマ、吃驚。そう言えば甥子も随分大きかったぞと今更思う。
「そうだ。私も飛龍を迎えて、」
「待ってくれ俺タメ口きいちまってたじゃねェかあぁ!?」
 ダルマ、話の後半をろくに聞かずひれ伏す。慌てて宥めるリフィカ。おたおたするオトナ達に、周囲の若者達は思わず吹き出した。そんなダルマへ木綿花が歩み寄る。
「ダルマ様は冗談ばかり……お酒でごまかして自分を苛めてないとよいのですが」
「俺ァ紳士だからよォ、酒は呑んでも呑まモガッ」
 木綿花、また冗談に逃げようとする彼の口へチョコをねじ込む。
「私も龍園を離れたとは申せ、いつも気にかけております。お困りの時は仰ってくださいね」
 木綿花の静かな気迫に押され、ダルマ、こくこく。意外な胆力を見せつけた木綿花、この瞬間から少年達の間で『女将さん』と呼ばれるようになった。

 鋸片手のメアリは、ダルマの様子をつぶさに見ていた。その間も器用な指先は止まらない。解体した柵から使えそうな板や丁番を取り出し再利用。それらを用い拵えた柵は、もう設置されるのを待つばかりとなっていた。
 そこへファリンが駆けてくる。
「これもう中に運んで良いでしょうか?」
「はい、重いですが大丈夫ですか?」
「お任せくださいっ」
 日頃長大な得物をぶん回しているファリン、木柵を担ぎ上げると、
「柵が通りまーすっ」
 元気な声を張り上げ中へ駆け込む。間髪あけずにドゴンドゴンと重い槌音が聞こえだしたから、そのまま設置作業を始めたらしい。タフである。
 メアリはこちらへ歩いてきたダルマを呼び止めた。
「どしたァ?」
 ダルマは"笑う"。また"吹き飛ばそうと"する。そうするのは隠したい本音があるからだ。メアリはあえて問いたださず、自らの体験を語る事にした。
「私も依頼で敗北して敵を逃した時、力が及ばず、味方を守れなかった。……そういう時は1人で抱えると抜け出せなくなります」
 メアリは服についた木屑を払って続ける。
「ダルマさんは騎士達の中では年長かもしれないですが、全て背負わなくて大丈夫。周りに仲間が居る、ハンターも居ます。巻き込まれたんじゃなく、皆自分の意志で一緒に戦っているんです」
 ダルマはまじまじと彼女を見た。彼もシャンカラも、龍騎士隊という組織に属している為、ソサエティという別組織に属すハンターを"巻き込んでしまった"という意識が強くある。それをハンターのメアリから否定された事は大きな驚きだった。そして
「友人や仲間だと思っていますから、私も」
 あまり表情を変えぬまま告げられた言葉に、
「……そうか」
 一瞬"笑う"のをやめ、"微笑んだ"。
「さて。気分転換に歌でも歌いますか」
「そういや異界じゃ吟遊詩人だったな」
 お手並み拝見と意地悪っぽく笑うダルマを尻目に、メアリはすっと息を吸い込む。そして――

「……ん? どなたか歌ってはる……」
 龍舎の中を整頓していた小夜は、外から流れ来る歌声に耳を澄ませた。歌詞までは聞き取れないが、誰かを案じているような優しいメロディ。それは丁度彼女の心境にリンクした。
 知らず西の方へ視線を放る。そこにあるのは壁だが、彼女の瞳は"彼"がいるであろう郊外の景色を、壁越しに透かし見ているようで。
「お兄はん、何してはるやろか……」
 大らかな心と不器用さを併せ持つ彼が、気になって仕方ない。それは彼が西へ向かう前に見た横顔が、珍しく張り詰めていたからだった。
 拒絶されたわけではない。けれど『ついて来て良い』とも言わなかった。だから、小夜はここにいる。傍にいて寄り添いたいのはやまやまだけど。
 ぼんやり考えていると、
「こんにちはー、ここで藁が貰えるって聞いたんだけど」
 何と当の彼がひょっこり顔を覗かせた。
「藤堂のお兄はん?」
「あ、小夜さんお疲れ様」
 ニッと"笑って"見せる顔はいくらかさっぱりしていた。けれどまだ小夜には、どこか陰があるように感じられて。と、
「好きなだけ持ってけよ」
 ダルマが俵状の藁を4束、どさっと研司に押し付けた。
「こんなに!?」
「あ……運ぶだけでもお手伝い、しまひょか?」
 小夜は控え目に申し出る。研司は一瞬考え、
「ホント? 助かるよ」
 小夜は龍騎士達へ丁寧に断りを入れてから、研司と共に彼が借りた食堂へ向かった。

 入れ替わりにニーロとエリスがやって来る。
「西方などでいう厩のように、龍舎というものがあって……」
「初めて見る文化が沢山あって新鮮です」
 2人の初々しい距離感に、ダルマはニヤつき指笛を吹く。
「ニーロにも春が来たかァ!」
 真っ赤になったニーロは、彼女に聞かれないよう小声でダルマに詰め寄る。
「い、いえ、彼女は恋人とかそういうのでは……!」
「照れンなぃ」
「……それは、まあ可愛らしいですが……」
 はにかむニーロと、きょとんとするエリス。ダルマはからかいたくなるのを抑え、エリスに演習試合の礼を述べた。試合後治療してくれた彼女を、ダルマはよく覚えていた。
 ニーロは咳払いしてダルマに向き直る。
「お怪我はもう……?」
「お陰さんでな。追放龍騎士どもの一連の件じゃ世話ンなったな」
「そんな事は」
 口籠るニーロを、エリスは紫紺の瞳で見つめる。再会してからずっと、彼の元気のなさが気になっていたが、その件だったのだと気付いた。
 ダルマはそれぞれの肩を叩く。
「馬に蹴られる前に退散するぜェ。デート楽しんでこいよ?」
「だ、ダルマさんっ!」
「馬?」
 桃色の髪を揺らし、かくりと小首を傾げるエリス。これ以上余計な事を吹き込まれる前にと、ニーロは彼女を促し龍舎を後にした。

 そこでダルマ、ふと強烈な視線に気付く。ファリンがそわそわと物言いたげに見ていた。
「何か手伝いますか? 手伝いますかっ?」
 自分の仕事は終えてしまったらしい。やる気に満ち満ちた目線を受け止めきれず、ダルマは軽く仰け反る。
「もう大丈夫だぜ」
 途端。煌めく瞳がさっと陰った。
「そう、ですか」
 しょぼくれる可憐な少女を放っておける男がいようか。ダルマは声を大にして新米達を呼ばわる。
「おおい誰かっ! 何でも良い、お嬢に仕事をお持ちしろォ!」
 この必死な一言から、ファリンは新米達の間で『お嬢』と呼ばれるようになった。

 足早に歩いていたニーロだったが、エリスの視線に気付くとひと気がない通りで足を止めた。
「心配かけてすみません……ダルマさんとの話で、お気付きかと思うんですが」
 ニーロはぽつぽつと要石防衛戦での出来事を語り始める。
 眼の前で仲間を傷つけられ、要石も割られてしまった事。不甲斐なくて居たたまれなかった事。
 ハンターとして初めて受けた依頼の時から、ニーロは"力"がどういうものであるのか考え続けてきた。
「力を得ることは何かを傷つけることです。それは覚悟をしなければならないということ……それでも力がなければ成せないこともある」
 同じ場にいたエリスはその葛藤を理解できる。でもだからこそ、その先に続くであろう言葉を密かに案じた。
「だから……強くならなければ。強くなりたい、です」
 的中してしまった予想にエリスは目を伏せる。それからゆっくりと告げた。
「……辛いお気持ちかと思います。ですがニーロ様の行いは、決して無駄な事では無かったと……私は思うんです」
 共に戦ったダルマが労っていた事からも、それは伝わってくるとエリスは強調した。だから。
「更なる脅威の為に力を求めるのは、良い事かもしれません……けど。どうか……無理はなさらないで下さいね」
 彼の温和な心が、渇望に歪められてしまわぬようにと、願った。
 ニーロは目許を和らげる。
「ありがとうございます。あの……もう少し、歩きませんか?」
 エリスも頬を緩ませ、こくりと頷く。再び並んで歩き出した2人の距離は、先程より少しだけ縮まり、かすかに互いの小指が触れた。



「ありましたか?」
「ないですねぇ」
「同じくですぅ」
 花はまだ見つからない。シャンカラは少し気まずく肩を縮めていた。彼以外全員女性である事に後から気付いたのだ。
 心細さに視線を彷徨わせると、こちらへ歩いてくるアーク・フォーサイス(ka6568)と目が合った。
「アークさん!」
 心細さも疲れも忘れ、転がるように駆け寄る。
「アークさんっ! お怪我は……ッ!」
 必死なあまり足が縺れつんのめった彼を、小柄なアークが支えた。
「怪我をしたのはシャンカラじゃ……傷はもう大丈夫?」
「僕は良いんです、アークさんは!? その、僕が斬りつけてしまった傷は、」
 アークは「ああ」と自らの肩を擦る。
「もうちゃんと塞がってるし、支障はないよ。気になるなら触ってもいい」
 シャンカラは頭を振った。友人を疑うような真似はしない。けれどキツく寄せた眉根が解ける事もない。アークはどうしたものか思案する。その間に彼はアークが佩いた大太刀を見、膝を折った。
「アークさんの気が少しでも晴れるなら……その刀で、どうぞ僕を斬ってください」
 アーク、これは相当気に病んでいるなと察する。いっそ怒ってやった方がすっきりするのかもしれない。
「それなら、」
 跪く彼の前で、右手でOKサインを作り、
「デコピンくらい、で」
 親指の腹に留めた人差し指に力を込める。

 ガツッ

「!」
「~~っ!」
 アークは指、シャンカラは額を押さえ悶絶する。
「っ……きみ、石頭?」
「違っ、丁度肌と鱗の境に当たって、」
「龍人はそこ弱いの?」
「多分、僕だけですけど……あの、少しはその、」
 アークは最後まで言わせず、まだ涙目の彼の腕をとり立たせた。
「最初から怒ってもいないし、気にしていないよ。……そういえば、幸運のコケモモの花、だっけ。一緒に探しに行こうよ」
 ようやくシャンカラの顔に笑顔が戻る。
「……はい。実は今、」
 その時、茂みの奥から灯の声がした。
「ありましたよ」
 その声に、ふたりも花探し中の面々も一斉に駆け寄る。灯が指差した先――小さな灌木の天辺に白い花が。
「これがコケモモの花ぁ」
「可愛い♪」
 柊とユウは花に顔を近寄せる。指先程の小さな花に、居合わせた全員が笑顔になる。
「このままそっとしておきましょうか」
 とブリジット。全員が同意してその場で愛でるに留めた。そして、
「そろそろ戻りましょう」
 シャンカラが言った時だ。龍園を振り向いたハナが異変に気付いた。
「あらぁ?」
 見れば龍園の中心部辺りから、一筋の煙が立ち上っていた。

 一方、龍舎。
「見違えましたね」
 リラは綺麗になった龍舎内を見て手を叩く。予想外に早く終わり最後まで居る事ができた。
「では茶会と洒落込もうか」
 リフィカの提案に喝采が起こる。幸が挙手し、
「僕お湯を貰ってくるよぉ」
「なら食堂に……ん?」
 双子が案内しようと食堂の方を振り向く。やっぱり、煙が見えた。

 その煙は森から帰還した少女達の目にも留まり。
「何あれ!?」
「行きましょう」
 広場からも見え。
「敵襲!?」
 焦る真を乗せ巨大飛龍が飛び立つ。
 転移門を潜りかけていたリーベも、
「火事か?」
 踵を返し煙の許へ駆けた。
 

 煙の許はオフィスから近い食堂だった。あちこちから駆けつけたハンターや龍騎士達が勢揃いする。
「何事だァ!?」
 ダルマが扉を蹴破った――と。
「けほっ」
 煙の中から現れたのは研司と小夜。彼は人の多さに目を瞬く。
「皆どうしたの?」
「研司さんお怪我は!?」
 きょとんとする彼に、小夜がそっと耳打ちする。
「お兄はん……多分、この煙」
「あ!」
 違う違う火事じゃないと言いながら、彼は調理場へすっ飛んでいく。次に現れた時には、燻した肉や魚や乗せた大皿を抱えていた。

 数十分前。
 研司は小夜と共に食堂の調理場にいた。研司は藁で拵えた塔を真剣な眼差しで見下ろす。その視線の強さに、傍らで見守る小夜は心配になった。
(お兄はん……大丈夫やろか。お料理するならお手伝い……と思ったけど)
 笑ってはくれるものの、笑顔の中の翳りを彼女は敏感に感じ取っていた。
(触れられたくない様なら邪魔しないように、とは思うても……今は、"独り"にしたらあかん。そんな気が……)
 小夜が寂しい時には、いつも研司が傍にいてくれた。だから少しでも返せたらと小夜は思う。彼の沈黙を尊重し妨げたりはしない。しない、けれど。せめて隣に――
 じっと見つめる小夜に気付き、研司は口許を緩めた。小夜はぽつりと告げる。
「……私はお兄はんに比べれば子供だし、全然頼りないと思うけど……話して気が晴れたりするなら幾らでも話を聞くし」
「ありがとう小夜さん。……俺は、自分の弱い心を燃しちまわなきゃならない。次は、必ず……俺の手で」
「お兄はん?」
 不穏に途切れる語尾。小夜は思わず彼の腕へ手を伸ばしかけた。瞬間、
「着火!!」
 研司が組んだ藁束に火をつけた。北方は寒さ故に乾燥しており、藁は予想以上の速さで燃え盛る。
「煙凄いな! 小夜さん、どんどん行こう!」
 小夜も煙に急かされ、串打ちした食材を手渡していく。そうして出来上がったのが――

「鰹のたたき風肉魚藁焼き、完成! よければ皆で食べよ!」
「……料理してたんですか?」
「藁持ってったのはそれでかァ!」
「そっ。味は保証するよ、ポルトワールで仕入れた新鮮な魚だ!」
 にっと笑う研司に全員が何かしらのツッコミをしかけたが、傍らでちょっぴり申し訳なさそうにする小夜に免じ言葉を呑んだ。代わりにリフィカが手を叩く。
「よし、ならそれを頂きながら慰労会といこうじゃないか」
「お手伝いします!」
 ファリンはぐっと拳を握った。

 ――そして、大皿やワイン囲んでお茶会兼慰労会と相成った。
 宴を彩るのはリラとブリジットの演奏だ。ブリジットのリュートに合わせ、リラは春を歌い上げる。長き冬を越え、暖かな春を迎えた喜び。色を取り戻していく野の様をたっぷりと。
「ユリアンさん、どうぞ」
「ありがとう」
 ユリアンは、自分だけに歌ってくれたルナに目を細めていたり。
「美味しいね」
「はい、とっても」
 わだかまりが解けたアークとシャンカラも肩を並べてにっこり。と、
「あぁん、酔っちゃいましたぁ♪」
 ハナがシャンカラにしなだれかかり、シャンカラ硬直。トリエステは額を押さえ、
「相変わらずねぇ」
 とぼやいていたり。
「龍園の食事マナーとは」
 悩むリーベの横で、少年龍騎士達は豪快に食い散らかしていたり。
「クィールスさん、お口についてますよぅ」
「ん、悪い」
「お魚美味しいでー」
 銀髪トリオは今日も和やかだったり。
 てんやわんやな中、研司と小夜は追加の皿を手に右往左往。と、窓の傍を通りかかった研司の腕を、何かがつついた。見れば、匂いに誘われた巨大飛龍が窓から覗き込み、寄越せとばかりに鼻先を突き入れている!
「私のをあげるから」
 真が宥めようとしたが、自分の分がないと知ると、飛龍は研司の上半身をぱくり。そのまま窓から引きずり出すと天高く放った!
「わああぁ!?」
「お兄はん!?」
 けれどダルマはけろり。
「尻尾でキャッチすっから心配すんなぃ」
 そういう問題か。ハンター総出でツッコミかけたが、研司は3分後、やっぱりけろりと戻ってきた。

 思いがけぬ春の宴は、陽が落ちるまで賑やかに続いた。

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参加者一覧

  • 龍盟の戦士
    藤堂研司(ka0569
    人間(蒼)|26才|男性|猟撃士
  • 光森の奏者
    ルナ・レンフィールド(ka1565
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • きら星ノスタルジア
    浅黄 小夜(ka3062
    人間(蒼)|16才|女性|魔術師
  • 咲き初めし白花
    ブリジット(ka4843
    人間(紅)|16才|女性|舞刀士
  • 兄者
    リフィカ・レーヴェンフルス(ka5290
    人間(紅)|38才|男性|猟撃士
  • 想いの奏で手
    リラ(ka5679
    人間(紅)|16才|女性|格闘士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 一握の未来へ
    氷雨 柊(ka6302
    エルフ|20才|女性|霊闘士
  • 決意は刃と共に
    アーク・フォーサイス(ka6568
    人間(紅)|17才|男性|舞刀士
  • 望む未来の為に
    クラン・クィールス(ka6605
    人間(紅)|20才|男性|闘狩人
  • 夜空に奏でる銀星となりて
    レナード=クーク(ka6613
    エルフ|17才|男性|魔術師
  • 天使にはなれなくて
    メアリ・ロイド(ka6633
    人間(蒼)|24才|女性|機導師
  • 和を以て輪を紡ぐ
    エリス・ヘルツェン(ka6723
    人間(蒼)|13才|女性|聖導士
  • 淡雪の舞姫
    ファリン(ka6844
    人間(紅)|15才|女性|霊闘士
  • 食事は別腹
    イリエスカ(ka6885
    オートマトン|16才|女性|猟撃士
  • 無垢なる守護者
    ユウ(ka6891
    ドラグーン|21才|女性|疾影士
  • 龍園降臨★ミニスカサンタ
    トリエステ・ウェスタ(ka6908
    ドラグーン|21才|女性|魔術師
  • 虹彩の奏者
    木綿花(ka6927
    ドラグーン|21才|女性|機導師
  • 青き翼
    マリナ アルフェウス(ka6934
    オートマトン|17才|女性|猟撃士
  • 碧蓮の狙撃手
    ニーロートパラ(ka6990
    ドラグーン|19才|男性|猟撃士
  • 負けない強さを
    リーベ・ヴァチン(ka7144
    ドラグーン|22才|女性|闘狩人
  • 香子蘭の君
    桜崎 幸(ka7161
    人間(蒼)|16才|男性|機導師
  • 花車の聖女
    灯(ka7179
    人間(蒼)|23才|女性|聖導士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/05/25 01:18:37