ゲスト
(ka0000)
【碧剣】それは平穏なるトロンプ・ルイユ
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- 不明
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2018/05/31 22:00
- 完成日
- 2018/06/30 11:30
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「僕はまだ、人間なのかな」
●
シュリ・エルキンズは投網に絡め取られ、そして今、椅子に縛り付けられている。
どういうわけか、全く身動きが取れない。どれだけ執拗に縛られたのか。それともなにか、コツのようなものがあるのだろうか。手首と、肘、肩、それぞれの関節で複雑に結び目が作られているように感じる。心得を教えてほしいとは思わないが、騎士科の人間としては気になるところだった。
――ほら、いつか、役立つかもしれないし。それにしても、エステルがいたのは驚いたなぁ……あんまり背丈は伸びていないみたいだ。あんなに、たくさん食べているのに――…………。
などと考えたところで、少年は目を伏せた。
ああ。
……異常だ。
はっきりと、そう思う。
抑制されていた心が、浮足立っているのを自覚する。
いや、これまで抑え込まれていたことに初めて思い至った。そうすると、溢れてきている感傷そのものが、シュリの心をずたずたに裂いていく刃となる。
糸の切れた凧のように落ち着きのない思考が、心底、苦い。目につくもの全てに、会話の全てに、心が揺さぶられている。その振幅の大きさに抗うこともなく、常識をわきまえることもできない自分が情けない。
何ヶ月と、会話らしい会話をしていなかった。発語すらも、あるいは。
……けれど。だからといって。
――何を、浮ついているんだ、僕は。
だからといって、赦されるものではない。
「話して」
だから。ハンターの皆の態度は、ありがたかった。
「これまでの間、何をしていたのかを」
●
「――あの日、ロシュに会った日。予定通りに雑魔に遭遇しました。ロシュはあの時と――これまでに歪虚に遭遇した時と同様に、激昂して。それで、確信できたんです。鍵は、ロシュに在ったんだって」
シュリは、訥々と語りだした。
「すぐにロシュを気絶させて、歪虚を処理した後、僕はロシュの身体を探り、これを――」
固定されているため上半身が動かせず、視線だけで腰元の剣――その柄元に沈み込んだ"碧玉"を。
「これを、盗みました。それから、知り合いの鍛冶師のところにいって……その方はこういう剣に心得がある方だったので、すぐに"調整"をしてくれて。それからすぐに、僕は王都を出て、あの村に行きました」
"あの日"、雪の中に沈み、滅んだ村のことだろう。
「……以前、言いましたよね。僕は、あの日村にいた人たちの中に、生きている人たちがいると考えていました。だから、徹底的に探そうと思って山に入ったんです。あれだけの歪虚が隠れて移動するには、山脈や森林を経るしかない。騎士団の捜索が完璧に達成できるている保証は……あの日の歪虚たちの動きを思えば、保証できなかったから」
けれど、と。一つ言葉をおいて、続ける。
「……痕跡は、何も見つかりませんでした。あの雪が、全てを覆い隠してしまっていた。騎士の皆さんが言う通りに……でも、僕は」
何かを言いかけて、言葉を止める。そして。
「……この剣は。見つけました。歪虚の気配を。あの日見た獣達の一団でした。数は十五。近づくと、その他の地域まで散開していることが分かって。ひとつひとつ、襲撃して潰していきました。見失ったら探して、見つけたら斬って。探して……そのうち、足が遅い歪虚の相手が増えてきました」
「熊型、とかですね」
先刻襲撃してきた歪虚の中から取り上げての言葉に、シュリは首を振った。
「熊、だけじゃなくて。複数の歪虚が混じって、結果として足が遅くなった歪虚もいました。翼を喪った飛竜も。あとは……」
言葉が、途切れる。
「人の姿をした、歪虚も」
●
「次第に歪虚の集団と遭遇することは少なくなりましたが、散財する歪虚を追い掛けながらたどり着いたのが……」
「この村、だった」
「はい」
エステルの言葉に、頷くシュリ。そうして、シュリは周囲の面々を見回した。
「皆さんはどうやって――」
「内緒」
「……はい」
機先を制するようなエステルの言葉に、バツが悪い顔でシュリは応じた。教えたら、逃げられたときに対策されるかもしれない……といったところだろうと思い、深入りはしない。
そこに、少女の問いが挟み込まれた。
「歪虚側から、積極的に襲撃されたことは?」
「ありません。僕は常に追う側で……たまに強力な個体と遭遇することはありましたが、それだけでした」
「……ふむ。ならば」
少女にとって、疑問を疑問のまま口にするのは憚られた。しかし、それは意味ある問いのように思え、問う。
「私達は、イレギュラーだったはずだ。そのうえで、此処を襲撃した歪虚の狙いはなんだったのだろう?」
「……僕は、蒐集かな、と思っていたんですが」
わずかの逡巡の後、シュリは言った。
「蒐集?」
「その……"人"の、です。あの時、生きた人を集めようとしていた歪虚なら、村を襲う目的はそこだったんじゃないか、と。多量の人を攫っても、痕跡は雪が覆い隠してくれる今なら……」
「……ふむ」
しばし、逡巡する。結論は出ない、が。それはさておき。
「……そろそろ、食事の時間」
エステルが、扉の外を眺めてこう言った。言葉に紛れて、腹の小虫が啼いた事実には、誰も触れなかった。
リプレイ本文
●
「人間の是非についてはご自身でお考え下さい。それともシュリさんは人間ですよと言えば満足ですか?」
ぴしゃりと音でも鳴りそうな言葉。それが、龍華 狼(ka4940)のものであったことにシュリは苦笑を零し、「ううん」、と呟いた。狼の言葉に反駁を覚えた者も居たが、飲み込む。仲間内で意見をぶつけ合って拗らせるつもりはない。
「……それでは、食事の支度としようかの」
ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)が努めて明るい声でそう言うと、小休止の空気となった。
見張りに残ったマッシュ・アクラシス(ka0771)と狼をちらと眺めつつ、カイン・シュミート(ka6967)は空腹に浮ついているエステルの元に近づき、耳元に何事かを囁いた。カインは少女のジト目に晒されながらも、応諾を毟り取ると、連れ立って階下へと降りていく。
――先を越されたか。
同じくエステルに用があったアルルベル・ベルベット(ka2730)は、それを見送った。幸い、状況は安定している。今のうちに進められること――思索を深めていたい。
どこか非論理的な不安を抱いていることを、自覚する。それを晴らす解を求めて……。
八原 篝(ka3104)が見る限り、少年自身は健康体のように見える。心理的な消耗や視野狭窄めいたところは、ともかく。
けれど、装具は別だった。剣を除いた軽鎧やインナー、革靴に至るまでぼろぼろだ。戦闘の余波もあるだろうが、摩耗の色が濃い。文字通り、走り続けてきたのだと解る。治療が必要そうな傷は――無い。古傷の類すらも、まるで。
検めていると、怪訝げなシュリの視線が返った。
「……?」
「――眠れなくても体は休めて、食事もなるべく取りなさいよ。元気そうだけど、絶対にどこか無理があるはずなんだから」
「……気をつけます」
「それから」
篝は見下ろすようにして、言い放つ。
「あなた、帰ってくるつもりなんて無かったでしょ?」
●
階下では、ヴィルマが厨房を使っていた。そのため、カインはパンが入った籠を取って宿の外に出た。無論、エステルのためのものだ。
人気がないことを確認して、雪に直接、腰を下ろす。少女との身長差を考えれば、そのぐらいのほうが話しやすい。
「今回の事態、どこまで予想してた?」
「シュリが、此処に現れること?」
「違う。全部だ。事の起こり……あの"宝玉"――依頼主の父親に思惑があったんじゃねえか、とか含めてだ」
「それは知らない。……ただ」
エステルは、カインと目を合わせない。ただ、雪に覆われた村を眺めたまま、呟く。
「碧剣には宝玉の記載は確かにあった。シュリには、言わなかったけど」
「…………黙ってたのか?」
「足りないパーツがあるとは、言った」
「お前……」
何故、とは聞かなかった。こうなることを予想していたからだろう。
それ以降、"事"が起こるまで、少女は沈黙を保ち続けていたのだ。嘆息する。カインの目論見とは、順序が違った。そもそも、エステルを探し出して"シュリを探す"助けを求めたのはハンターたちだ。
結果として、碧剣は成った。成ってしまった。だからこその追跡調査で、今回のこの依頼。そして。
「あの時異常に興奮していたが……」
「人聞きの悪いこと言わないで、変態」
「話は全部聞けよ。お前は、自分が普通じゃねえって思ってそうだ。剣に対しても、そう」
「……昨日の、変な質問?」
「ああ」
視線が届いた。見つめ返しながら、カインは断定する。
「……今のお前のあり方は自分も誰かも不幸にする」
「…………」
「知識も伝承も飲み干せぬ湧き水だが、今の人を救う道標であってほしい。自分自身の為にも師匠共々俺達に伝承の全て、考察、推測を話してくれ。それが役立つか、その意味や重さを判断するのは教わる側だ。お前の判断で、自己完結はするな」
口を閉ざしがちな少女に、届け、と念じ、言う。
「伝承も知識も武器と同じ、使ってこそ意味がある。俺はともかくシュリやパイセン、皆は信じ……」
言い切る前に、視界が翳った。少女の魔女帽が振り下ろされたのだ、と気づいた直後。
「馬鹿。嫌い」
抑揚のない声とともに、軽い布の衝撃。そして。
「……僕のこと、何も考えてない」
そのまま、遠くに駆け出してしまった。後にはただ、魔女帽だけが残った。
●
シュリは、答えなかった。答えられなかった。
無明の中で、微かな手がかりを追跡し続けただけだった。その"後"のことなど、欠片も考えていなかった。
ああ、でも。そうだろう。
――帰れなかった。多分。僕は。
「このっ、大バカ! どんな力があっても個人に出来る事なんてタカが知れている事くらい分っているはずよ。
だいたい、一年近くひとりでウロウロして何か成果を得られたの? 浚われた大勢の人を、あなただけでどうやって助けるつもりなの?」
自分でも驚くほどに、理解できることだった。
叱られているのに、なんだか――嬉しくて。
「笑ってんじゃないわよ……全く」
「……すみません」
苦笑する篝に、不自由な身で頭を垂れる。
「だから、もう『逃げ』ないで」
「……はい」
「ふむ、ちょうど良かった」
そこに、声が落ちた。ついで扉が開き、トレイを持ったヴィルマが現れる。
「食事にしようか」
●
拘束は、狼が首を振ったため解かれなかった。
――だらしねえ顔……。
とはいえ、両手を縛られては食べようもない。結果としてシュリはヴィルマに介助されながら、恥ずかしげにあーん、と口を開けてスープやパンを食すシュリの顔に、ただでさえ振り切れがちな狼の怒りのボルテージが上がってくる。
しかし、ヴィルマの"配慮"は見て取れた。冷たいスープを出しながら、「熱いが大丈夫かえ?」と聞いていた下りは、少年としてもぞっとするものがあった。どこか甘くない空気が、辛うじて狼の溜飲を下げる。
――けどなー。
「どっちが好きじゃったかの?」
「……どっち、も? 暖かいのも、冷たいのも美味しいです!」
腹が空かないと言っていたことを、狼は確りと覚えている。
故に。論理的に考えて……下心でそう言っているのは間違いない。
――ロシュにチクってやろう。
と、狼がそんなことを考えていると。
「さて、お腹も満ちたでしょうし」
これまで黙り込んでいたマッシュが、口を開いた。
「シュリさん。一つ、手合わせと参りましょう。今の貴方と、剣を交えたい」
●
村の中の小広場が戦場となった。雪上ではあるが、村の中の雪となると踏み固められ、足場としては不足ない。
これが、剣のあり方として正しいのか。マッシュは自問するが、儘ならぬという諦観が問いを飲み込んだ。
いずれにしても、あの歪虚は、再び来る目算が高い。なら、ここでシュリの力を図ることに意味は、ある。
「……マッシュ・アクラシス。参ります」
「シュリ・エルキンズ。お願いします!」
言いながら、インクイジターを起動。微かに"疼く"ものがあるが、シュリに対しては反応がない。
だから、往った。
同時、シュリも加速。シュリの踏み込みは、マッシュの記憶しているそれよりも3歩分ほど速い。
すぐに間合いが詰まる。下段に構えたシュリの逆袈裟を、パリィグローブで弾く。衝撃は重いが、想定内。しかし。
「…………っ」
瞬後、振り払ったはずの剣撃が、振ってきた。黒色の剣で受ける。
――速い。否、しかし、これは……?
シュリは闘狩人だという頭があった。だとすれば、今の立ち回りの異常さが際立つ。
微かに後退したマッシュであったが、検証も兼ねて、敢えて乱暴に突き込んだ。シュリの動きを見る意味で、大ぶりな一撃――と見せかけながら、拳での追撃を重ねる二刀流。十分に威力の乗った連撃だ。
対するシュリは、前進した。二つの攻撃を碧剣と軽鎧で受けながらのカウンターアタック。
――好戦的になった、と見るべきか、はたまた……。
回避にも重きを置くマッシュにとって、見え見えの一撃。上体の体捌きだけでの回避が成った――と、そこで。
思わず、手が動いた。鈍い衝撃がマッシュの全身を揺らす。
「今のは?」
「――届きそう、だったので」
「いやはや……」
気の抜けた返答に、なんといったものやらとマッシュは悩む。その間にも、シュリの体の傷は"癒えている"のが目に入った。
闘狩人の域を越え、サブクラスとも異なる異常――二度振るわれた斬撃に、二度の反撃。そして、本来彼が持ちえない治療。
「先ほどの縄も自身で解けたのでは?」
「……そうかもしれません」
そうだろう。必要であるならば、炎の矢ですら撃ち得るかもしれない。己が身が多少傷ついたとしても、椅子や縄を断つことは出来たはずだ。マッシュは、シュリの剣を睨む。思っていた以上に厄介な代物だった。野山で獣を追い立て"続ける"ことが出来た下りにも納得がいく。
それからしばし、剣戟が交された。いつ終わるともしれぬ剣舞となったそれは――何れか片方が、終わることを拒んでいるかのように、永く。
――結果は、緩やかに削られ続けたマッシュが諸手を上げる形となった。
苦い顔をするシュリに、マッシュは「お気になさらず」と告げたが……さて、どの程度まで本気で受け止めていただろうか。
●
――拗らせているな、これは……。
模擬戦の最中、アルルベルはエステルの元へと赴いた。雪の中、膝を抱えて戦闘を眺めているエステルの表情には翳り……と、憤懣。
とまれ、横に腰掛けても何も言われなかったことを了承と取って、アルルベルは言葉を投げる。
「シュリが穏当に碧剣の影響下から離れられる方法は、あるだろうか?」
「……わからない。碧剣には、典型的な英雄譚しか存在しない。強力な怪異と、それを打倒した勇猛だけが描かれている」
微かに湿った声色に、アルルベルは自らの顎を撫でた。困った。こういう時、どう言うべきか。
「私は……今代の物語は、『めでたしめでたし』で終わりたいよ」
「……君たちに言われるまで、考えたこともなかった。あの剣が『碧剣』に成った以上、それは物語の始まりを意味するだけだと。それに……」
シュリは、それを、望んだのだと。
「僕は――」
言葉は続かなかった。ただ、抱えた膝に顔を埋めた少女が、静かに呼吸をしている音だけが響く。
「私には……解らない。ただ」
アルルベルは静かに
「期待、しているんだ。君と……あの剣に」
●一方その頃
「ノォォォォォォ!」
「前の時、アンタがシュリに依頼を出したってネタはあがってるの! 魔剣と、あの歪虚について知ってるコト吐きなさいよ!」
「黙秘kオボボボボボボボ!!」
二日酔い中のイェスパーを篝が攻め立てていたが、部屋の壁に呑まれて消えていった。
そこで語られた真実は――暫し、保留となる。
なぜなら――。
●
「痛いよ」
「当然でしょう」
模擬戦も終わり物理的に(縄で)締め上げられたシュリが雪上に転がされている。仕手人は狼である。マッシュが引き出した、碧剣の【性能】のこともある。他意は、無い。多分。
「……怒ってる?」
「嫌だな、怒ってなんてないですよ? 僕が怒る理由がシュリさんには思い当たるのですか」
「……まあ、少しは……」
「ほーん?」
――コイツ、ホントに解ってんのか?
順風満帆な筈だった金蔓候補についての諸々もそうだが、そもそも為人が気に食わないのだ。
本心を糊塗しているのに、そのうえで全部自分が悪いと思っている。
その有り様が――どこか、腹が立つ。
「シュリさんはまだあの村の人達を助けたいと思っていますか?」
「……うん。まだ生きている人がいるはずだから」
「それが貴方の原動力なら止めはしませんよ」
「……?」
え、という顔が返ったことに驚く。これまで愛想よく接していたはずなのに、何故。
「……なのに、こんなに縛るの?」
「あー……」
会話を眺めながら、ヴィルマは"現状"に思いを馳せる。
レクイエム、スリープクラウドの双方は無効。性能の影響もあるだろうが、眠れない、という言葉もにおう。
その効能が要する代償を意識してしまう。
――そして、それに頼ったシュリの心情も、また。
だから。
「勝手に、人間をやめようとしおって。この馬鹿たれ!」
「……っ」
指先で、芋虫のようなシュリの額を撃ち抜く。硬質な音が積雪を叩いた。
「せめて、一言相談せぬか」
「…………」
シュリは気まずげに視線を逸らした。相談したら止められただろう、という気まずさが透けて見え、ヴィルマの拳に、力がはいる。こういうところは、まだ子供らしい。
「違うのじゃ、シュリ」
「え……?」
「我らとそなたはもう立派な戦友、友じゃからな。崩れそうな道を歩いて行くのをただ黙ってはみておれぬ……少しでもそなたの命を剣に喰われないためにも、協力せい」
「……友、ですか」
「うむ、友じゃ。そなたの命と歪虚の殲滅、両立させる。方法はこれから探す……ふふ、我は意外と子供みたいじゃろ?」
「……」
冗談めいた口調。けれど、ヴィルマの眼差しの強さに――ひたむきさに、シュリは言葉を喪っていた。
「そうだな。食事が不要であろうがなんだろうが、人間でありたいと考えている限りは人間だろう。少なくとも、私はそう思っているよ。当然、私も協力は惜しまない」
俯いたエステルを連れて戻ってきたアルルベルが、ヴィルマに続く。
彼女たちのみならず、これまでに掛けられた情と気遣いに、枯れていた心が軋む。そういうものを振り返らないようにして此処まで来たのは、事実だった。至らない自分が、少しでも望むものに届くようにするためには、そうしなくてはいけない、と。それを見透かされていたことは、恥ずかしくもあり、嬉しくもある。
だから。
ああ、だからこそ。
「…………?」
"それ"に気づいた時に、シュリは――。
「……これ、は……」
「シュリ……?」
最初に感じたのは、怖気だった。
周到な悪意に気づいた。
絡め取られたのだと気づいた。
至らなかったのだと、突きつけられた。
「…………っ!」
何事かを呟いた瞬後、何かによって断ち切られた縄から抜け出したシュリは駆け出していた。
彼を突き動かしていたのは、自責と恐怖。図らずも狼が予測した通りのもの。
少年は、一心不乱に駆け出した。
"北"へと向かって。
●
「くっそ……請求しそこねた……!」
怨嗟の籠もった少年の声が響く中でも、ハンター達の反応は素早かった。僅かな時間で支度を終えると、事情は明らかではないままにシュリの追跡を始める。幸い、雪を辿れば道は解る。
「パイセン、ありゃあどういうことだ?」
「……依頼主への報告は、まだ先になりそうですね」
立ちすくむエステルに視線をやりながらのカインの問いに、マッシュは至極微かに表情を強張らせたまま、そう答えた。そうして、北を見る。
シュリの豹変は、十中八九歪虚が絡むと見える。その彼が向かう先だ。
――マッシュは、濃密な死の香りを嗅ぎつけていた。
「人間の是非についてはご自身でお考え下さい。それともシュリさんは人間ですよと言えば満足ですか?」
ぴしゃりと音でも鳴りそうな言葉。それが、龍華 狼(ka4940)のものであったことにシュリは苦笑を零し、「ううん」、と呟いた。狼の言葉に反駁を覚えた者も居たが、飲み込む。仲間内で意見をぶつけ合って拗らせるつもりはない。
「……それでは、食事の支度としようかの」
ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)が努めて明るい声でそう言うと、小休止の空気となった。
見張りに残ったマッシュ・アクラシス(ka0771)と狼をちらと眺めつつ、カイン・シュミート(ka6967)は空腹に浮ついているエステルの元に近づき、耳元に何事かを囁いた。カインは少女のジト目に晒されながらも、応諾を毟り取ると、連れ立って階下へと降りていく。
――先を越されたか。
同じくエステルに用があったアルルベル・ベルベット(ka2730)は、それを見送った。幸い、状況は安定している。今のうちに進められること――思索を深めていたい。
どこか非論理的な不安を抱いていることを、自覚する。それを晴らす解を求めて……。
八原 篝(ka3104)が見る限り、少年自身は健康体のように見える。心理的な消耗や視野狭窄めいたところは、ともかく。
けれど、装具は別だった。剣を除いた軽鎧やインナー、革靴に至るまでぼろぼろだ。戦闘の余波もあるだろうが、摩耗の色が濃い。文字通り、走り続けてきたのだと解る。治療が必要そうな傷は――無い。古傷の類すらも、まるで。
検めていると、怪訝げなシュリの視線が返った。
「……?」
「――眠れなくても体は休めて、食事もなるべく取りなさいよ。元気そうだけど、絶対にどこか無理があるはずなんだから」
「……気をつけます」
「それから」
篝は見下ろすようにして、言い放つ。
「あなた、帰ってくるつもりなんて無かったでしょ?」
●
階下では、ヴィルマが厨房を使っていた。そのため、カインはパンが入った籠を取って宿の外に出た。無論、エステルのためのものだ。
人気がないことを確認して、雪に直接、腰を下ろす。少女との身長差を考えれば、そのぐらいのほうが話しやすい。
「今回の事態、どこまで予想してた?」
「シュリが、此処に現れること?」
「違う。全部だ。事の起こり……あの"宝玉"――依頼主の父親に思惑があったんじゃねえか、とか含めてだ」
「それは知らない。……ただ」
エステルは、カインと目を合わせない。ただ、雪に覆われた村を眺めたまま、呟く。
「碧剣には宝玉の記載は確かにあった。シュリには、言わなかったけど」
「…………黙ってたのか?」
「足りないパーツがあるとは、言った」
「お前……」
何故、とは聞かなかった。こうなることを予想していたからだろう。
それ以降、"事"が起こるまで、少女は沈黙を保ち続けていたのだ。嘆息する。カインの目論見とは、順序が違った。そもそも、エステルを探し出して"シュリを探す"助けを求めたのはハンターたちだ。
結果として、碧剣は成った。成ってしまった。だからこその追跡調査で、今回のこの依頼。そして。
「あの時異常に興奮していたが……」
「人聞きの悪いこと言わないで、変態」
「話は全部聞けよ。お前は、自分が普通じゃねえって思ってそうだ。剣に対しても、そう」
「……昨日の、変な質問?」
「ああ」
視線が届いた。見つめ返しながら、カインは断定する。
「……今のお前のあり方は自分も誰かも不幸にする」
「…………」
「知識も伝承も飲み干せぬ湧き水だが、今の人を救う道標であってほしい。自分自身の為にも師匠共々俺達に伝承の全て、考察、推測を話してくれ。それが役立つか、その意味や重さを判断するのは教わる側だ。お前の判断で、自己完結はするな」
口を閉ざしがちな少女に、届け、と念じ、言う。
「伝承も知識も武器と同じ、使ってこそ意味がある。俺はともかくシュリやパイセン、皆は信じ……」
言い切る前に、視界が翳った。少女の魔女帽が振り下ろされたのだ、と気づいた直後。
「馬鹿。嫌い」
抑揚のない声とともに、軽い布の衝撃。そして。
「……僕のこと、何も考えてない」
そのまま、遠くに駆け出してしまった。後にはただ、魔女帽だけが残った。
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シュリは、答えなかった。答えられなかった。
無明の中で、微かな手がかりを追跡し続けただけだった。その"後"のことなど、欠片も考えていなかった。
ああ、でも。そうだろう。
――帰れなかった。多分。僕は。
「このっ、大バカ! どんな力があっても個人に出来る事なんてタカが知れている事くらい分っているはずよ。
だいたい、一年近くひとりでウロウロして何か成果を得られたの? 浚われた大勢の人を、あなただけでどうやって助けるつもりなの?」
自分でも驚くほどに、理解できることだった。
叱られているのに、なんだか――嬉しくて。
「笑ってんじゃないわよ……全く」
「……すみません」
苦笑する篝に、不自由な身で頭を垂れる。
「だから、もう『逃げ』ないで」
「……はい」
「ふむ、ちょうど良かった」
そこに、声が落ちた。ついで扉が開き、トレイを持ったヴィルマが現れる。
「食事にしようか」
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拘束は、狼が首を振ったため解かれなかった。
――だらしねえ顔……。
とはいえ、両手を縛られては食べようもない。結果としてシュリはヴィルマに介助されながら、恥ずかしげにあーん、と口を開けてスープやパンを食すシュリの顔に、ただでさえ振り切れがちな狼の怒りのボルテージが上がってくる。
しかし、ヴィルマの"配慮"は見て取れた。冷たいスープを出しながら、「熱いが大丈夫かえ?」と聞いていた下りは、少年としてもぞっとするものがあった。どこか甘くない空気が、辛うじて狼の溜飲を下げる。
――けどなー。
「どっちが好きじゃったかの?」
「……どっち、も? 暖かいのも、冷たいのも美味しいです!」
腹が空かないと言っていたことを、狼は確りと覚えている。
故に。論理的に考えて……下心でそう言っているのは間違いない。
――ロシュにチクってやろう。
と、狼がそんなことを考えていると。
「さて、お腹も満ちたでしょうし」
これまで黙り込んでいたマッシュが、口を開いた。
「シュリさん。一つ、手合わせと参りましょう。今の貴方と、剣を交えたい」
●
村の中の小広場が戦場となった。雪上ではあるが、村の中の雪となると踏み固められ、足場としては不足ない。
これが、剣のあり方として正しいのか。マッシュは自問するが、儘ならぬという諦観が問いを飲み込んだ。
いずれにしても、あの歪虚は、再び来る目算が高い。なら、ここでシュリの力を図ることに意味は、ある。
「……マッシュ・アクラシス。参ります」
「シュリ・エルキンズ。お願いします!」
言いながら、インクイジターを起動。微かに"疼く"ものがあるが、シュリに対しては反応がない。
だから、往った。
同時、シュリも加速。シュリの踏み込みは、マッシュの記憶しているそれよりも3歩分ほど速い。
すぐに間合いが詰まる。下段に構えたシュリの逆袈裟を、パリィグローブで弾く。衝撃は重いが、想定内。しかし。
「…………っ」
瞬後、振り払ったはずの剣撃が、振ってきた。黒色の剣で受ける。
――速い。否、しかし、これは……?
シュリは闘狩人だという頭があった。だとすれば、今の立ち回りの異常さが際立つ。
微かに後退したマッシュであったが、検証も兼ねて、敢えて乱暴に突き込んだ。シュリの動きを見る意味で、大ぶりな一撃――と見せかけながら、拳での追撃を重ねる二刀流。十分に威力の乗った連撃だ。
対するシュリは、前進した。二つの攻撃を碧剣と軽鎧で受けながらのカウンターアタック。
――好戦的になった、と見るべきか、はたまた……。
回避にも重きを置くマッシュにとって、見え見えの一撃。上体の体捌きだけでの回避が成った――と、そこで。
思わず、手が動いた。鈍い衝撃がマッシュの全身を揺らす。
「今のは?」
「――届きそう、だったので」
「いやはや……」
気の抜けた返答に、なんといったものやらとマッシュは悩む。その間にも、シュリの体の傷は"癒えている"のが目に入った。
闘狩人の域を越え、サブクラスとも異なる異常――二度振るわれた斬撃に、二度の反撃。そして、本来彼が持ちえない治療。
「先ほどの縄も自身で解けたのでは?」
「……そうかもしれません」
そうだろう。必要であるならば、炎の矢ですら撃ち得るかもしれない。己が身が多少傷ついたとしても、椅子や縄を断つことは出来たはずだ。マッシュは、シュリの剣を睨む。思っていた以上に厄介な代物だった。野山で獣を追い立て"続ける"ことが出来た下りにも納得がいく。
それからしばし、剣戟が交された。いつ終わるともしれぬ剣舞となったそれは――何れか片方が、終わることを拒んでいるかのように、永く。
――結果は、緩やかに削られ続けたマッシュが諸手を上げる形となった。
苦い顔をするシュリに、マッシュは「お気になさらず」と告げたが……さて、どの程度まで本気で受け止めていただろうか。
●
――拗らせているな、これは……。
模擬戦の最中、アルルベルはエステルの元へと赴いた。雪の中、膝を抱えて戦闘を眺めているエステルの表情には翳り……と、憤懣。
とまれ、横に腰掛けても何も言われなかったことを了承と取って、アルルベルは言葉を投げる。
「シュリが穏当に碧剣の影響下から離れられる方法は、あるだろうか?」
「……わからない。碧剣には、典型的な英雄譚しか存在しない。強力な怪異と、それを打倒した勇猛だけが描かれている」
微かに湿った声色に、アルルベルは自らの顎を撫でた。困った。こういう時、どう言うべきか。
「私は……今代の物語は、『めでたしめでたし』で終わりたいよ」
「……君たちに言われるまで、考えたこともなかった。あの剣が『碧剣』に成った以上、それは物語の始まりを意味するだけだと。それに……」
シュリは、それを、望んだのだと。
「僕は――」
言葉は続かなかった。ただ、抱えた膝に顔を埋めた少女が、静かに呼吸をしている音だけが響く。
「私には……解らない。ただ」
アルルベルは静かに
「期待、しているんだ。君と……あの剣に」
●一方その頃
「ノォォォォォォ!」
「前の時、アンタがシュリに依頼を出したってネタはあがってるの! 魔剣と、あの歪虚について知ってるコト吐きなさいよ!」
「黙秘kオボボボボボボボ!!」
二日酔い中のイェスパーを篝が攻め立てていたが、部屋の壁に呑まれて消えていった。
そこで語られた真実は――暫し、保留となる。
なぜなら――。
●
「痛いよ」
「当然でしょう」
模擬戦も終わり物理的に(縄で)締め上げられたシュリが雪上に転がされている。仕手人は狼である。マッシュが引き出した、碧剣の【性能】のこともある。他意は、無い。多分。
「……怒ってる?」
「嫌だな、怒ってなんてないですよ? 僕が怒る理由がシュリさんには思い当たるのですか」
「……まあ、少しは……」
「ほーん?」
――コイツ、ホントに解ってんのか?
順風満帆な筈だった金蔓候補についての諸々もそうだが、そもそも為人が気に食わないのだ。
本心を糊塗しているのに、そのうえで全部自分が悪いと思っている。
その有り様が――どこか、腹が立つ。
「シュリさんはまだあの村の人達を助けたいと思っていますか?」
「……うん。まだ生きている人がいるはずだから」
「それが貴方の原動力なら止めはしませんよ」
「……?」
え、という顔が返ったことに驚く。これまで愛想よく接していたはずなのに、何故。
「……なのに、こんなに縛るの?」
「あー……」
会話を眺めながら、ヴィルマは"現状"に思いを馳せる。
レクイエム、スリープクラウドの双方は無効。性能の影響もあるだろうが、眠れない、という言葉もにおう。
その効能が要する代償を意識してしまう。
――そして、それに頼ったシュリの心情も、また。
だから。
「勝手に、人間をやめようとしおって。この馬鹿たれ!」
「……っ」
指先で、芋虫のようなシュリの額を撃ち抜く。硬質な音が積雪を叩いた。
「せめて、一言相談せぬか」
「…………」
シュリは気まずげに視線を逸らした。相談したら止められただろう、という気まずさが透けて見え、ヴィルマの拳に、力がはいる。こういうところは、まだ子供らしい。
「違うのじゃ、シュリ」
「え……?」
「我らとそなたはもう立派な戦友、友じゃからな。崩れそうな道を歩いて行くのをただ黙ってはみておれぬ……少しでもそなたの命を剣に喰われないためにも、協力せい」
「……友、ですか」
「うむ、友じゃ。そなたの命と歪虚の殲滅、両立させる。方法はこれから探す……ふふ、我は意外と子供みたいじゃろ?」
「……」
冗談めいた口調。けれど、ヴィルマの眼差しの強さに――ひたむきさに、シュリは言葉を喪っていた。
「そうだな。食事が不要であろうがなんだろうが、人間でありたいと考えている限りは人間だろう。少なくとも、私はそう思っているよ。当然、私も協力は惜しまない」
俯いたエステルを連れて戻ってきたアルルベルが、ヴィルマに続く。
彼女たちのみならず、これまでに掛けられた情と気遣いに、枯れていた心が軋む。そういうものを振り返らないようにして此処まで来たのは、事実だった。至らない自分が、少しでも望むものに届くようにするためには、そうしなくてはいけない、と。それを見透かされていたことは、恥ずかしくもあり、嬉しくもある。
だから。
ああ、だからこそ。
「…………?」
"それ"に気づいた時に、シュリは――。
「……これ、は……」
「シュリ……?」
最初に感じたのは、怖気だった。
周到な悪意に気づいた。
絡め取られたのだと気づいた。
至らなかったのだと、突きつけられた。
「…………っ!」
何事かを呟いた瞬後、何かによって断ち切られた縄から抜け出したシュリは駆け出していた。
彼を突き動かしていたのは、自責と恐怖。図らずも狼が予測した通りのもの。
少年は、一心不乱に駆け出した。
"北"へと向かって。
●
「くっそ……請求しそこねた……!」
怨嗟の籠もった少年の声が響く中でも、ハンター達の反応は素早かった。僅かな時間で支度を終えると、事情は明らかではないままにシュリの追跡を始める。幸い、雪を辿れば道は解る。
「パイセン、ありゃあどういうことだ?」
「……依頼主への報告は、まだ先になりそうですね」
立ちすくむエステルに視線をやりながらのカインの問いに、マッシュは至極微かに表情を強張らせたまま、そう答えた。そうして、北を見る。
シュリの豹変は、十中八九歪虚が絡むと見える。その彼が向かう先だ。
――マッシュは、濃密な死の香りを嗅ぎつけていた。
依頼結果
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相談卓 八原 篝(ka3104) 人間(リアルブルー)|19才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2018/05/31 06:46:22 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/05/26 17:22:40 |