ゲスト
(ka0000)
【碧剣】其は地の獄か、はたまた――
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2018/04/28 19:00
- 完成日
- 2018/05/07 18:52
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
今でも、覚えている。
寒い寒い雪の日のことだった。冬将軍の息吹――否、ここは当地の伝承に則って、北の魔女の揺籃と呼ぶべきか。目まぐるしく変化し、森と山々を抜けた雪風は、それに抗う術の無いヒトの営みを容易く閉じ込めた。
それに驚くでもなく粛々と受け入れた村人たちの姿と、めまぐるしく変わった天候の激しさを、覚えている。
とある寒村を襲った、ささやかな事件。
村人たちにとっては歪虚の脅威に曝されてもなお、人的被害なく乗り越えて迎えた誇るべき一日。
それからの数日は。
私にとって、忘れられない日になった。
●
雪村を包む寒気も、今ばかりは鳴りを潜めていた。村に一つしか無い宿屋は宴の場と化し、薄い蓄えを吐き出しながらの大賑わい。勿論、日中の歪虚被害を退けたことによる熱気であった。刺激の少ない田舎、それも雪に閉ざされた冬の暮らしにとっては、この上ない酒の肴となる。嘘か誠かも解らぬ武勇伝を交わしながら、掲げられたグラスが打ち合わされている。
「勝利にィィ!」
バリトンボイスが宴会場を貫く。エステルと共にこの場に来ていた、パルムのイェスパーの声であった。ジェントルな装いに髭を蓄えた奇怪なパルムの声に、すかさず合いの手が入る。即ち。
「「「カンパァァァァイ!!」」」
そんな、喝采である。
●
「うるさい……」
階下での狂騒。当然ながら、宿をとっているエステル・マジェスティとしてはたまったものではない。幾人かのハンターは我関せずな上に見張りにまで立っているので、今この場で純粋に睡魔と戦っているのは自分だけという負い目は、たしかにある。
しかし、眺めていただけとは言え戦闘を目の当たりにしたことに、疲労もあった。眠いものは、眠い。
最小限の被害で済んだ安堵で打ち消そうにも、あまりに深い疲労があった。
それは、この村に訪れる可能性が高い――そしてそれが現実のものとなった――脅威について黙していたことによる、心労ともいうべきもの。自身に闘う力が無いために出来得ることが無い現状。にも関わらず、エステル自身の欲求に任せてこの村を危険に晒していること。それに加えて――さらなる危機が訪れようとしていることが、重くのしかかっている。
エゴだと、認識している。
「………………」
普段であれば本を読みながら気絶するように眠っているものだったが、生憎、書物のアテもない。こんな田舎では数冊の書物があれば良いくらいだ。人気があるわけでもないので望めば借りることもできるだろうが――むしろ、あの狂乱に呑み込まれる公算のほうが強い。となれば、騒音に慣れるまで寝床を温めるくらいしか、少女にできることは残されていないのだった。
「……シュリ」
ぽつり、と。言葉をこぼす。ハンターたちの多くが、少年を案じているのが伝わった。それに引き換え、自分はどうだろう。
凄まじき武勇の担い手として数多の伝承に残る騎士"たち"。言い換えればそれらは、聖剣にまつわる伝説だ。
あまりに類似した――そしてその多くが公式記録にも残る――逸話は、剣の担い手がいずれも万夫不当の勇者であったから――"ではない"のではないか。自分自身も、その武威を目の当たりにできるのではないか。
シュリ・エルキンズが振るっていた碧色の剣を最初に目にしたエステルは、そんな期待を抱いた。……結果的にそれはすぐに裏切られることとなったのだが、事実はともかくとして、背景の事情は透けてみえた。剣の出処は本物に違いない。しかし、それが機能しないのであれば、それは――。
彼女なりの自制心をもって、シュリと碧剣に踏み込みすぎないようにしたのは、そのためだった。
だが――。
その後エステルが聞いた事象は、碧剣の尋常ならざる特異性を顕していた。
そこで起こった悲劇は、理解している。
けれど、伝承の現身とも言うべきものに、心が震えない訳がない。
――見たい、と。そう望んで、何が悪い。
自問した。
だから――これは、罰なのだ。
眠りに身を任せることが……こんなにも、苦しいのは。
●
走る。走る。走る。強烈な雪に視界が染め上げられる中、気配だけを頼りに追う。
"敵"は、逃げ続けている。ヘラジカの姿をした――それを元にしたらしい歪虚は、全速力で山間を駆けている。雪の重みで倒木となった不規則な足場をものともせずに、野生らしい躍動ぶり。
でも、その顔に生気が宿っていないことを、僕は知っている。追い続けるうちに、そこに共通する気配が解るようになってきたからか、追跡自体は容易になってきた。当然、交戦機会も増えてきた。
茨と目玉の歪虚たち。死体を元にした歪虚。何者かが生み出し、操っていると思しき歪虚。奴らはときに包囲をし、伏撃をし、散開をする。今日は逃げ出したようだった。
こうやって、追い続けて。殺し続けて。どのくらいだ。解らない。解らない、けど。
ほら。
追いついた。
さん、と落とした首と、遺された胴体が山風に運ばれるように消えていく。
次は。
どこだ。
頭の奥で、ちりちりと何かが疼く。すぐに、"剣"に意識を凝らす。
――遠い。遠い、けど。
見つけた。
大群だ。
●
「……ちっ」
ハンターの舌打ちが、響く。
夜明けを迎えるにつれて吹き荒ぶようになった風を厭うて探索の足を伸ばしたのは――果たして、正解だったか。
眼前に響く、雪崩のようなそれ。
視界は不良。しかし、大小入り混じった足音と、"声無き"獣の気配を見誤るほど、疎くない。
足並みはバラバラだ。軽い足音は近く、重い気配は遠くから響く。
敵襲、だった。
今でも、覚えている。
寒い寒い雪の日のことだった。冬将軍の息吹――否、ここは当地の伝承に則って、北の魔女の揺籃と呼ぶべきか。目まぐるしく変化し、森と山々を抜けた雪風は、それに抗う術の無いヒトの営みを容易く閉じ込めた。
それに驚くでもなく粛々と受け入れた村人たちの姿と、めまぐるしく変わった天候の激しさを、覚えている。
とある寒村を襲った、ささやかな事件。
村人たちにとっては歪虚の脅威に曝されてもなお、人的被害なく乗り越えて迎えた誇るべき一日。
それからの数日は。
私にとって、忘れられない日になった。
●
雪村を包む寒気も、今ばかりは鳴りを潜めていた。村に一つしか無い宿屋は宴の場と化し、薄い蓄えを吐き出しながらの大賑わい。勿論、日中の歪虚被害を退けたことによる熱気であった。刺激の少ない田舎、それも雪に閉ざされた冬の暮らしにとっては、この上ない酒の肴となる。嘘か誠かも解らぬ武勇伝を交わしながら、掲げられたグラスが打ち合わされている。
「勝利にィィ!」
バリトンボイスが宴会場を貫く。エステルと共にこの場に来ていた、パルムのイェスパーの声であった。ジェントルな装いに髭を蓄えた奇怪なパルムの声に、すかさず合いの手が入る。即ち。
「「「カンパァァァァイ!!」」」
そんな、喝采である。
●
「うるさい……」
階下での狂騒。当然ながら、宿をとっているエステル・マジェスティとしてはたまったものではない。幾人かのハンターは我関せずな上に見張りにまで立っているので、今この場で純粋に睡魔と戦っているのは自分だけという負い目は、たしかにある。
しかし、眺めていただけとは言え戦闘を目の当たりにしたことに、疲労もあった。眠いものは、眠い。
最小限の被害で済んだ安堵で打ち消そうにも、あまりに深い疲労があった。
それは、この村に訪れる可能性が高い――そしてそれが現実のものとなった――脅威について黙していたことによる、心労ともいうべきもの。自身に闘う力が無いために出来得ることが無い現状。にも関わらず、エステル自身の欲求に任せてこの村を危険に晒していること。それに加えて――さらなる危機が訪れようとしていることが、重くのしかかっている。
エゴだと、認識している。
「………………」
普段であれば本を読みながら気絶するように眠っているものだったが、生憎、書物のアテもない。こんな田舎では数冊の書物があれば良いくらいだ。人気があるわけでもないので望めば借りることもできるだろうが――むしろ、あの狂乱に呑み込まれる公算のほうが強い。となれば、騒音に慣れるまで寝床を温めるくらいしか、少女にできることは残されていないのだった。
「……シュリ」
ぽつり、と。言葉をこぼす。ハンターたちの多くが、少年を案じているのが伝わった。それに引き換え、自分はどうだろう。
凄まじき武勇の担い手として数多の伝承に残る騎士"たち"。言い換えればそれらは、聖剣にまつわる伝説だ。
あまりに類似した――そしてその多くが公式記録にも残る――逸話は、剣の担い手がいずれも万夫不当の勇者であったから――"ではない"のではないか。自分自身も、その武威を目の当たりにできるのではないか。
シュリ・エルキンズが振るっていた碧色の剣を最初に目にしたエステルは、そんな期待を抱いた。……結果的にそれはすぐに裏切られることとなったのだが、事実はともかくとして、背景の事情は透けてみえた。剣の出処は本物に違いない。しかし、それが機能しないのであれば、それは――。
彼女なりの自制心をもって、シュリと碧剣に踏み込みすぎないようにしたのは、そのためだった。
だが――。
その後エステルが聞いた事象は、碧剣の尋常ならざる特異性を顕していた。
そこで起こった悲劇は、理解している。
けれど、伝承の現身とも言うべきものに、心が震えない訳がない。
――見たい、と。そう望んで、何が悪い。
自問した。
だから――これは、罰なのだ。
眠りに身を任せることが……こんなにも、苦しいのは。
●
走る。走る。走る。強烈な雪に視界が染め上げられる中、気配だけを頼りに追う。
"敵"は、逃げ続けている。ヘラジカの姿をした――それを元にしたらしい歪虚は、全速力で山間を駆けている。雪の重みで倒木となった不規則な足場をものともせずに、野生らしい躍動ぶり。
でも、その顔に生気が宿っていないことを、僕は知っている。追い続けるうちに、そこに共通する気配が解るようになってきたからか、追跡自体は容易になってきた。当然、交戦機会も増えてきた。
茨と目玉の歪虚たち。死体を元にした歪虚。何者かが生み出し、操っていると思しき歪虚。奴らはときに包囲をし、伏撃をし、散開をする。今日は逃げ出したようだった。
こうやって、追い続けて。殺し続けて。どのくらいだ。解らない。解らない、けど。
ほら。
追いついた。
さん、と落とした首と、遺された胴体が山風に運ばれるように消えていく。
次は。
どこだ。
頭の奥で、ちりちりと何かが疼く。すぐに、"剣"に意識を凝らす。
――遠い。遠い、けど。
見つけた。
大群だ。
●
「……ちっ」
ハンターの舌打ちが、響く。
夜明けを迎えるにつれて吹き荒ぶようになった風を厭うて探索の足を伸ばしたのは――果たして、正解だったか。
眼前に響く、雪崩のようなそれ。
視界は不良。しかし、大小入り混じった足音と、"声無き"獣の気配を見誤るほど、疎くない。
足並みはバラバラだ。軽い足音は近く、重い気配は遠くから響く。
敵襲、だった。
リプレイ本文
●
男衆が飲み食い騒ぐ夜の中でも、ハンターたちは勤勉であった。マッシュ・アクラシス(ka0771)は村を覆う柵の手入れとして、端材で細かな隙間を埋め、固定する。門については八原 篝(ka3104)が閂の数を増やした上で、重しとなる土嚢を倉庫から取り出してきて、バリケード用においておく。武器の手入れを勧めた龍華 狼(ka4940)であったが、宴会に耽る男衆の賛同は得られなかった。女衆は備えについては共感したが、明日以降男衆にさせておけ、とでも言って笑っていた。
ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)は狩人たちに罠の設置を提案し、同意を得られた罠を村の外に設置することとした。主として中型以上の獣向けのものなのは、あくまでも歪虚と化した獣用と説明し、村以外の人々がかからぬようにするという注意の上であった。
「……網?」
「ああ。できればお借りしたい」
「良いけど、大したヤツはないよ?」
アルルベル・ベルベット(ka2730)の頼みに応じた老婆が引き出したのは防鳥網であった。目の細かさは『用途』を思えば些か頼り無いが、重しを使えばかろうじて及第点といえようか。絡まぬように箱詰めするのに時間がかかりはしたが、持ち歩くこととする。
●
『お前の考えた普通って何?』
『……? 曖昧。答えられない』
質問を投げかけた先。エステルから疑問の表情が返り、カイン・シュミート(ka6967)は肩をすくめ、続けた。
『湧き水は人が飲み干せると思うか?』
『無理。……これ、なにか、意味があるの?』
『無いさ。ただの知的好奇心だ』
『……意味がないのに、それを聞くの?』
呆れと、疲労と、微かな苛立ち。カインは、相変わらず女の扱いが下手だな、と自嘲しつつも、最後にこう尋ねた。
『最後に。伝承の再現と伝承を超える……どっちに魅力感じる?』
『……また、曖昧な質問』
とはいえ、そこは意図を汲んだようで、明確にエステルの表情が曇り――絞り出すように、言った。
『僕は、幸せな物語の方が、好き』
「幸せ、ねえ……っと?」
夜明け前に偵察にでていたカインの回想が、打ち切られる。村から700メートル離れた位置でのこと。視界が悪いが、雪風の向こうから、尋常成らざる獣の気配が届く。昨日のそれよりも遥かに大規模な獣達の襲来だった。
「敵襲だ。数は多数。恐らく小型が先行している」
すぐに無線を取り出し、告げつつ、ソリの“高度をあげる”。すぐに小型の獣たちが通り抜けていく。いくらかはこちらに気づいたようだが、手出し不能とみたか、すぐに執着を振り切って走り出す。目算で、50は下らない。
「……穏やかじゃないな」
その目算を無線機に告げつつ、更に奥深くへとソリを進める。この数に、この視界だ。今は十分な索敵のほうが肝要と見た。
●
村の中は火のついたような騒ぎとなった。
マッシュと篝は男衆を叩き起こしながら、地下や安全な位置への避難を指示していた。襲撃の規模を合わせて聞いたことで、男衆は武器を持って立ち向かうという意気をなくしたようだった。
駆け出すその背を、篝は見送った。迫る歪虚が百を超える、となれば嵐が過ぎるのを待つほうが賢い。
「近くで守れなくて、悪いわね」
「……大丈夫」
眠たげなエステルに有事に備えて無線機を渡し、宿を出る。
「はてさて……仕事の時間ですな」
「早すぎる、けどね」
具足を身に着けたマッシュの言葉にそう返すと、マッシュは「そうですね」と、短く言葉を切る。
「昨日は偵察を兼ねた捨て駒、ということ? ……なら、なんで小型の歪虚だけ先行しているのかしら」
「さて。統率は兎も角……結果を見れば、奇襲としても有効だったのでしょうね」
そう。危うく村一つが消えてしまうところだった。
胸中で、呟く。
――何やってるのよ。
●
(撒き餌としては成功したのかどうか……シュリは来るか……?)
細々としたことに時間を取られなかった狼が、最前を往く。ヴィルマは門前に立ち、アルルベルは塀付近の建物の屋上に待機している。
『そこから先は視界不良だ』
胸元から届いたアルルベルの声に、狼は足を止める。村から50メートルと少し。遠くから届く異音――は、次第に薄靄に変わり、次いで獣の姿へと転じていく。
「――行きます」
そう告げつつ、刃を抜いた。距離16メートル。
睨んだ場所に、斬撃を置くような感覚。それを最前の歪虚立ちの集団を目掛けて、放つ。
それだけで、6メートル四方の歪虚が捻じ切れるように霧散した。
「もっろぉ……」
手心を加えるつもりは無かったが、いくらかは残るという見立てはあったのだ。それが、よもや。斬撃後、すぐさま後退すると、マッシュから無線越しに言葉が届く。
『いやはや、お見事』
「茶化さないでくださいよ……」
この成果。獣に毛が生えた程度というのは疑いようもない。
「――となると、あとは数の勝負」
後退しつつ、手近な敵を順に屠っていくとする。敵にまとわり付かれそうになるが、篝が放った矢の雨が右翼側を。左翼側を、ヴィルマが放った炎玉が小動物の歪虚を消滅させていく。
しかし。それだけでは、100余りの敵を押し止めるには至らない。方や疾走専念。方や斬撃も行いながらとなれば、追いつかれもする。小さな爪牙、そして、歪虚の身を覆う茨がちくちくと刺さる。
「イダダ……っ!」
いずれも痛打ではない。ないのだが、細かな傷のほうが文句が溢れるのは何故、なのだろうか。狼が前衛の無情を噛み締めていた、瞬後。
遠く、光が瞬いたと思ったら、狼に取り付いていた鼬や兎が霧散。
『大丈夫か、狼』
「ありがとうございます!」
アルルベルの援護と優しい(?)声に半ばやけになりつつ、狼はさらに次元斬を放ち、前方からこちらに飛びかかろうとした小動物たちを刻もうとする、と。
『カインから連絡だ。中型、50。大型の熊などが30体前後。カインは反転してこちらへ向かっているが、到着までは時間がかかるとのこと』
門前までたどり着いたころに届いた朗報に、涙が出そうだ。気合はいれたものの、小動物だけでも50程度しか倒せていない。
「さて……」
言いつつ、マッシュがマテリアルを高めていく。存分に高められたそれは、知性無き歪虚を誘引する灯火となる。
「一分程度しか持ちませんが……まあ、十分でしょう」
狼に飛びかかろうとしていた歪虚達も含めて、ぐるりとマッシュに標的が転じるのを前に、マッシュ。魔獣の如き鎧に身を包み、二刀を掲げた武人は真っ向から迫る2匹を切り裂き、直後にもう一閃斬撃を放つと、その強面からは想像出来ぬ平静な声色のまま、
「それでは皆様、よろしくおねがいします」
と、自らの手数では足りぬことは十二分に理解した上で、アルルベル、篝、ヴィルマ、狼それぞれに言付けたのであった。
―・―
大型の獣30体を半ば誘引するような形になりながら、カインはソリを走らせる。足の速さでは幾分かこちらがマシ、といった程度。吹き荒ぶ雪に剥き出しの顔を叩かれながら、
「そろそろだ。そちらの進捗は?」
とアルルベルに問うと同時、視界が開けてくる。
そこには――。
『オールクリア。後はそちらを処理するだけだ』
各々、構えているハンター達の姿"だけ"が見えた。あたりには中型の影もなく、ただ衝撃のあとと、撃ち放たれた大量の矢のあとがあるばかり。
マッシュに誘引されていく敵を、粛々と最大効率で焼き払っていくだけとなれば、さもありなん。マッシュに取り付いた敵にはヴィルマの雷撃と、アルルベルのデルタレイ。広範囲を纏めて屠る際には篝と狼、そしてヴィルマ。十分な中後衛火力が、有象無象を薙ぎ払ったのだろう。
「よし、じゃあ、こっちは……」
と、その時のことだった。
アルルベルから、慌てた声で連絡があったのは。
『待て、エステルから連絡だ。村の中に歪虚がいる!』
●
大型への対応に人を割かないわけには行かない。火力に優れるヴィルマ、狼、誘引役のマッシュを置いて、村の中へは篝とアルルベルが対応に向かった。事の推移にマッシュ達は方針を変え、カインと合流するように前進し可及的速やかな撃破を図らんとしている。
全力で疾駆しながら、アルルベルは呟く。
「しかし、何故……」
ただの一体も、侵入は無かった筈だ。村の何処からも、塀や門が破壊されるような音は届かなかった。そもそも備えはしていた。そのはずなのに。
「豚型なんて、外にはいなかったわよね」
「ああ……」
豚型の歪虚が宿の扉を破ろうとしている、というエステルからの連絡は、その意味でも青天の霹靂。
慮外の事態だからこそ、アルルベルは必死に思考を巡らせる。見落としは、続く災禍の種になる。
歪虚が外から来たわけではない、となれば、考えつくのは一つしかない。
元々、村の中に居た。そうでなければ、論理的に説明できない。
だが、そんな筈があるのか。あの牧歌的な村に、元々歪虚が――と、そこまで考えて。
「いや、いたな。昨日、侵入した歪虚に殺された家畜が」
「……悪辣……」
アルルベルの言葉で理解が追いついた篝が、吐き捨てるように言う。敵の統率が取れていない理由は不明だが、用意していた手段は周到だ。ただの村一つであれば元の戦力でも容易に滅ぼせる筈なのに、ここまで『仕込む』とは。
遠方から、鈍い音。木が軋む音は、今にも砕けそうな気配を滲ませている。
「……っ!」
角を曲がり、目視でき次第撃ち放つつもりで二人が往く、と。
――途端に、音が止んでいた。
在ったのは、ただ。
幽艶と濃霧の如く湧き上がる、”碧色”の幻影と。
その源である刃を階段へと突き立てた、茶髪の少年。
『こっちは片付けた! すぐにそっちに向かう!』
カインの声が響く中、少年が顔を上げ、こちらを見た。同時に、碧色の幻影も消え失せていく。
「シュリ・エルキンズ……」
「……」
アルルベルの口の端から零れた名に、反応するように戸惑いが落ちる。
「アルルベル、さん? それに、篝さんも……」
それは、二人がよく知る、少年の声色だった。
●
アルルベルと視線を交わしたのち、篝はシュリに言葉を投げる。
「――久しぶりね。私たちのこと、解る……?」
「あ、はい……え、と……」
篝の視線と声色に押されるように、シュリは後ずさりながら、両手を掲げる。開かれた両手は、それ以上の距離を拒むよう。
その”側方”を、アルルベルが「私はエステルの無事を確認してくる」と言い、”通り過ぎて”いく。小脇に抱えた、小さな箱を揺らしながら。そちらには視線をやらぬようにしながら、篝は言葉を継ぐ。
「シュリ。今まで――」
「ごめんなさい、その……ごめんなさい!」
言い募ろうとした篝の言葉を切るように、シュリは俊敏な動きで踵を返した。
そうして走り去る――否。走り去ろうとしたのだ。
「アルルベル!」
「おうとも」
「おわぁ……っ!?」
その眼前に広げられた網と、絡んだ石に足を取られるまでは。為す術もなく絡め取られ、シュリは転倒した。その上にアルルベルが覆いかぶさり、「シュリ・エルキンズ、確保」と無線に叩きつける。
俄に騒がしくなる通信先に、篝は慨嘆を零した。『あ、こいつ、逃げるな』と、初見の態度でそう看破した二人は已む無く――そう、已む無く、シュリを捕縛することにしたのだった。結果はこの通り。
「今、何をしようとしたか、解ってるわね?」
「……ハイ、ゴメンナサイ」
気の抜けるほど、情けない声だった。
●
再度沸き立つ村人たちを留め置いて、一同は宿屋の一室に集まった。依頼主であるエステルは碧剣とシュリを見ながら、何事かを考えている様子。そのため、室内には沈黙が横たわっている。
ヴィルマは椅子に縛られたシュリの、腰にはいたままの碧剣を眺めていた。こうなる前に、エレメンタルコールで会話を試みたつもりだが、明確に、”弾かれた”。
――あれは”こちら”、か……?
運ぶ際にさりげなく剣を引き離そうとしたのだが、そっとそれを阻まれたのも気になっていた。強引に引き剥がす意図はハンターたちには無かったが、そうしていたらどうなっていたのだろうか。
「こんな形に、なっちゃったけど」
意図して緩やかに、篝が口を開く。
「……私たちは、あなたに協力するわ。その方がより多くの人を守れるはずよ。どんな形でも、ね」
「…………」
時間としては決して長くない逡巡。しばしの瞑目の後、少年は口を開いた。
「知っていることは、話します。けど、一緒には……」
否定の言葉が紡がれようとしている。そこに、言葉が差し込まれた。
「……貴方は、何になるつもりなのですか?」
「マッシュ」
語勢は兎も角、言葉の中身の強さにヴィルマは留めようとする。しかし、マッシュは聞き入れなかった。
「”我々”は、ハンターではなかったのですか?」
「……っ」
言葉を飲んだシュリを見て、ヴィルマはそうであろうなあ、とこめかみを抑える。
それは、的確に少年を抉る言葉だった。我々という言葉も――ハンター、という言葉も、また。
眉根を寄せた少年はマッシュを見つめ返し、告げる。
「……ハンターの僕じゃ、守れなかったから」
少年の裡に潜む悔恨が這い出るような声を、マッシュは冷然と受け止める。ヴィルマはそこで、シュリの肩に手をおいた。膝を折り、目線を合わせて――マッシュから遮るようにして、言う。
「我はあの場におらんかった。じゃが、守れなかった苦しみは分かるつもりではいる。友人の、そなたの背負っているものを分けて欲しい……というのは、我のわがままじゃが、本心じゃよ」
「……ありがとう、ございます」
けれど、返答は、鈍かった。
マッシュが薄く息を吐くと、カインがその肩を小突いた。説教に水を差すつもりはないが、余り見ぬ先輩の姿を茶化すくらいはいいだろう。重い空気を払いのける意味でも、だが。
狼は、現像されていく写真を待ちながらやり取りを眺めていたが、会話の流れを見てか、口を開いた。
「で、何処へ行くつもりですか? 妹さんがカンカンですよ? 帰らなくていいのですか?」
「……それ、は」
「”これ”が貴方の守りたかったものですか? なりたかったものですか?」
守りたかったモノから、離れて。問いに、シュリは頷けなかった。頷けるはずもない。
――今、彼が進む道は、その興りからして違うのだから。
「もう一度聞きます。シュリさん、貴方まだ人間ですか?」
けれど。けれど、この問いには、シュリは思わず――笑ってしまったようだった。
「どうなんだろう」
それは、歳が近いという気楽さかもしれない。刃を交えたという過去が、そうさせたのかもしれない。
シュリは、静かに――震えた声で。
「……眠れないんだ。お腹も空かない。だから、もう暫く、何も食べてない。四六時中走り回っていても、疲れもない」
こう、結んだ。
「僕はまだ、人間なのかな」
男衆が飲み食い騒ぐ夜の中でも、ハンターたちは勤勉であった。マッシュ・アクラシス(ka0771)は村を覆う柵の手入れとして、端材で細かな隙間を埋め、固定する。門については八原 篝(ka3104)が閂の数を増やした上で、重しとなる土嚢を倉庫から取り出してきて、バリケード用においておく。武器の手入れを勧めた龍華 狼(ka4940)であったが、宴会に耽る男衆の賛同は得られなかった。女衆は備えについては共感したが、明日以降男衆にさせておけ、とでも言って笑っていた。
ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)は狩人たちに罠の設置を提案し、同意を得られた罠を村の外に設置することとした。主として中型以上の獣向けのものなのは、あくまでも歪虚と化した獣用と説明し、村以外の人々がかからぬようにするという注意の上であった。
「……網?」
「ああ。できればお借りしたい」
「良いけど、大したヤツはないよ?」
アルルベル・ベルベット(ka2730)の頼みに応じた老婆が引き出したのは防鳥網であった。目の細かさは『用途』を思えば些か頼り無いが、重しを使えばかろうじて及第点といえようか。絡まぬように箱詰めするのに時間がかかりはしたが、持ち歩くこととする。
●
『お前の考えた普通って何?』
『……? 曖昧。答えられない』
質問を投げかけた先。エステルから疑問の表情が返り、カイン・シュミート(ka6967)は肩をすくめ、続けた。
『湧き水は人が飲み干せると思うか?』
『無理。……これ、なにか、意味があるの?』
『無いさ。ただの知的好奇心だ』
『……意味がないのに、それを聞くの?』
呆れと、疲労と、微かな苛立ち。カインは、相変わらず女の扱いが下手だな、と自嘲しつつも、最後にこう尋ねた。
『最後に。伝承の再現と伝承を超える……どっちに魅力感じる?』
『……また、曖昧な質問』
とはいえ、そこは意図を汲んだようで、明確にエステルの表情が曇り――絞り出すように、言った。
『僕は、幸せな物語の方が、好き』
「幸せ、ねえ……っと?」
夜明け前に偵察にでていたカインの回想が、打ち切られる。村から700メートル離れた位置でのこと。視界が悪いが、雪風の向こうから、尋常成らざる獣の気配が届く。昨日のそれよりも遥かに大規模な獣達の襲来だった。
「敵襲だ。数は多数。恐らく小型が先行している」
すぐに無線を取り出し、告げつつ、ソリの“高度をあげる”。すぐに小型の獣たちが通り抜けていく。いくらかはこちらに気づいたようだが、手出し不能とみたか、すぐに執着を振り切って走り出す。目算で、50は下らない。
「……穏やかじゃないな」
その目算を無線機に告げつつ、更に奥深くへとソリを進める。この数に、この視界だ。今は十分な索敵のほうが肝要と見た。
●
村の中は火のついたような騒ぎとなった。
マッシュと篝は男衆を叩き起こしながら、地下や安全な位置への避難を指示していた。襲撃の規模を合わせて聞いたことで、男衆は武器を持って立ち向かうという意気をなくしたようだった。
駆け出すその背を、篝は見送った。迫る歪虚が百を超える、となれば嵐が過ぎるのを待つほうが賢い。
「近くで守れなくて、悪いわね」
「……大丈夫」
眠たげなエステルに有事に備えて無線機を渡し、宿を出る。
「はてさて……仕事の時間ですな」
「早すぎる、けどね」
具足を身に着けたマッシュの言葉にそう返すと、マッシュは「そうですね」と、短く言葉を切る。
「昨日は偵察を兼ねた捨て駒、ということ? ……なら、なんで小型の歪虚だけ先行しているのかしら」
「さて。統率は兎も角……結果を見れば、奇襲としても有効だったのでしょうね」
そう。危うく村一つが消えてしまうところだった。
胸中で、呟く。
――何やってるのよ。
●
(撒き餌としては成功したのかどうか……シュリは来るか……?)
細々としたことに時間を取られなかった狼が、最前を往く。ヴィルマは門前に立ち、アルルベルは塀付近の建物の屋上に待機している。
『そこから先は視界不良だ』
胸元から届いたアルルベルの声に、狼は足を止める。村から50メートルと少し。遠くから届く異音――は、次第に薄靄に変わり、次いで獣の姿へと転じていく。
「――行きます」
そう告げつつ、刃を抜いた。距離16メートル。
睨んだ場所に、斬撃を置くような感覚。それを最前の歪虚立ちの集団を目掛けて、放つ。
それだけで、6メートル四方の歪虚が捻じ切れるように霧散した。
「もっろぉ……」
手心を加えるつもりは無かったが、いくらかは残るという見立てはあったのだ。それが、よもや。斬撃後、すぐさま後退すると、マッシュから無線越しに言葉が届く。
『いやはや、お見事』
「茶化さないでくださいよ……」
この成果。獣に毛が生えた程度というのは疑いようもない。
「――となると、あとは数の勝負」
後退しつつ、手近な敵を順に屠っていくとする。敵にまとわり付かれそうになるが、篝が放った矢の雨が右翼側を。左翼側を、ヴィルマが放った炎玉が小動物の歪虚を消滅させていく。
しかし。それだけでは、100余りの敵を押し止めるには至らない。方や疾走専念。方や斬撃も行いながらとなれば、追いつかれもする。小さな爪牙、そして、歪虚の身を覆う茨がちくちくと刺さる。
「イダダ……っ!」
いずれも痛打ではない。ないのだが、細かな傷のほうが文句が溢れるのは何故、なのだろうか。狼が前衛の無情を噛み締めていた、瞬後。
遠く、光が瞬いたと思ったら、狼に取り付いていた鼬や兎が霧散。
『大丈夫か、狼』
「ありがとうございます!」
アルルベルの援護と優しい(?)声に半ばやけになりつつ、狼はさらに次元斬を放ち、前方からこちらに飛びかかろうとした小動物たちを刻もうとする、と。
『カインから連絡だ。中型、50。大型の熊などが30体前後。カインは反転してこちらへ向かっているが、到着までは時間がかかるとのこと』
門前までたどり着いたころに届いた朗報に、涙が出そうだ。気合はいれたものの、小動物だけでも50程度しか倒せていない。
「さて……」
言いつつ、マッシュがマテリアルを高めていく。存分に高められたそれは、知性無き歪虚を誘引する灯火となる。
「一分程度しか持ちませんが……まあ、十分でしょう」
狼に飛びかかろうとしていた歪虚達も含めて、ぐるりとマッシュに標的が転じるのを前に、マッシュ。魔獣の如き鎧に身を包み、二刀を掲げた武人は真っ向から迫る2匹を切り裂き、直後にもう一閃斬撃を放つと、その強面からは想像出来ぬ平静な声色のまま、
「それでは皆様、よろしくおねがいします」
と、自らの手数では足りぬことは十二分に理解した上で、アルルベル、篝、ヴィルマ、狼それぞれに言付けたのであった。
―・―
大型の獣30体を半ば誘引するような形になりながら、カインはソリを走らせる。足の速さでは幾分かこちらがマシ、といった程度。吹き荒ぶ雪に剥き出しの顔を叩かれながら、
「そろそろだ。そちらの進捗は?」
とアルルベルに問うと同時、視界が開けてくる。
そこには――。
『オールクリア。後はそちらを処理するだけだ』
各々、構えているハンター達の姿"だけ"が見えた。あたりには中型の影もなく、ただ衝撃のあとと、撃ち放たれた大量の矢のあとがあるばかり。
マッシュに誘引されていく敵を、粛々と最大効率で焼き払っていくだけとなれば、さもありなん。マッシュに取り付いた敵にはヴィルマの雷撃と、アルルベルのデルタレイ。広範囲を纏めて屠る際には篝と狼、そしてヴィルマ。十分な中後衛火力が、有象無象を薙ぎ払ったのだろう。
「よし、じゃあ、こっちは……」
と、その時のことだった。
アルルベルから、慌てた声で連絡があったのは。
『待て、エステルから連絡だ。村の中に歪虚がいる!』
●
大型への対応に人を割かないわけには行かない。火力に優れるヴィルマ、狼、誘引役のマッシュを置いて、村の中へは篝とアルルベルが対応に向かった。事の推移にマッシュ達は方針を変え、カインと合流するように前進し可及的速やかな撃破を図らんとしている。
全力で疾駆しながら、アルルベルは呟く。
「しかし、何故……」
ただの一体も、侵入は無かった筈だ。村の何処からも、塀や門が破壊されるような音は届かなかった。そもそも備えはしていた。そのはずなのに。
「豚型なんて、外にはいなかったわよね」
「ああ……」
豚型の歪虚が宿の扉を破ろうとしている、というエステルからの連絡は、その意味でも青天の霹靂。
慮外の事態だからこそ、アルルベルは必死に思考を巡らせる。見落としは、続く災禍の種になる。
歪虚が外から来たわけではない、となれば、考えつくのは一つしかない。
元々、村の中に居た。そうでなければ、論理的に説明できない。
だが、そんな筈があるのか。あの牧歌的な村に、元々歪虚が――と、そこまで考えて。
「いや、いたな。昨日、侵入した歪虚に殺された家畜が」
「……悪辣……」
アルルベルの言葉で理解が追いついた篝が、吐き捨てるように言う。敵の統率が取れていない理由は不明だが、用意していた手段は周到だ。ただの村一つであれば元の戦力でも容易に滅ぼせる筈なのに、ここまで『仕込む』とは。
遠方から、鈍い音。木が軋む音は、今にも砕けそうな気配を滲ませている。
「……っ!」
角を曲がり、目視でき次第撃ち放つつもりで二人が往く、と。
――途端に、音が止んでいた。
在ったのは、ただ。
幽艶と濃霧の如く湧き上がる、”碧色”の幻影と。
その源である刃を階段へと突き立てた、茶髪の少年。
『こっちは片付けた! すぐにそっちに向かう!』
カインの声が響く中、少年が顔を上げ、こちらを見た。同時に、碧色の幻影も消え失せていく。
「シュリ・エルキンズ……」
「……」
アルルベルの口の端から零れた名に、反応するように戸惑いが落ちる。
「アルルベル、さん? それに、篝さんも……」
それは、二人がよく知る、少年の声色だった。
●
アルルベルと視線を交わしたのち、篝はシュリに言葉を投げる。
「――久しぶりね。私たちのこと、解る……?」
「あ、はい……え、と……」
篝の視線と声色に押されるように、シュリは後ずさりながら、両手を掲げる。開かれた両手は、それ以上の距離を拒むよう。
その”側方”を、アルルベルが「私はエステルの無事を確認してくる」と言い、”通り過ぎて”いく。小脇に抱えた、小さな箱を揺らしながら。そちらには視線をやらぬようにしながら、篝は言葉を継ぐ。
「シュリ。今まで――」
「ごめんなさい、その……ごめんなさい!」
言い募ろうとした篝の言葉を切るように、シュリは俊敏な動きで踵を返した。
そうして走り去る――否。走り去ろうとしたのだ。
「アルルベル!」
「おうとも」
「おわぁ……っ!?」
その眼前に広げられた網と、絡んだ石に足を取られるまでは。為す術もなく絡め取られ、シュリは転倒した。その上にアルルベルが覆いかぶさり、「シュリ・エルキンズ、確保」と無線に叩きつける。
俄に騒がしくなる通信先に、篝は慨嘆を零した。『あ、こいつ、逃げるな』と、初見の態度でそう看破した二人は已む無く――そう、已む無く、シュリを捕縛することにしたのだった。結果はこの通り。
「今、何をしようとしたか、解ってるわね?」
「……ハイ、ゴメンナサイ」
気の抜けるほど、情けない声だった。
●
再度沸き立つ村人たちを留め置いて、一同は宿屋の一室に集まった。依頼主であるエステルは碧剣とシュリを見ながら、何事かを考えている様子。そのため、室内には沈黙が横たわっている。
ヴィルマは椅子に縛られたシュリの、腰にはいたままの碧剣を眺めていた。こうなる前に、エレメンタルコールで会話を試みたつもりだが、明確に、”弾かれた”。
――あれは”こちら”、か……?
運ぶ際にさりげなく剣を引き離そうとしたのだが、そっとそれを阻まれたのも気になっていた。強引に引き剥がす意図はハンターたちには無かったが、そうしていたらどうなっていたのだろうか。
「こんな形に、なっちゃったけど」
意図して緩やかに、篝が口を開く。
「……私たちは、あなたに協力するわ。その方がより多くの人を守れるはずよ。どんな形でも、ね」
「…………」
時間としては決して長くない逡巡。しばしの瞑目の後、少年は口を開いた。
「知っていることは、話します。けど、一緒には……」
否定の言葉が紡がれようとしている。そこに、言葉が差し込まれた。
「……貴方は、何になるつもりなのですか?」
「マッシュ」
語勢は兎も角、言葉の中身の強さにヴィルマは留めようとする。しかし、マッシュは聞き入れなかった。
「”我々”は、ハンターではなかったのですか?」
「……っ」
言葉を飲んだシュリを見て、ヴィルマはそうであろうなあ、とこめかみを抑える。
それは、的確に少年を抉る言葉だった。我々という言葉も――ハンター、という言葉も、また。
眉根を寄せた少年はマッシュを見つめ返し、告げる。
「……ハンターの僕じゃ、守れなかったから」
少年の裡に潜む悔恨が這い出るような声を、マッシュは冷然と受け止める。ヴィルマはそこで、シュリの肩に手をおいた。膝を折り、目線を合わせて――マッシュから遮るようにして、言う。
「我はあの場におらんかった。じゃが、守れなかった苦しみは分かるつもりではいる。友人の、そなたの背負っているものを分けて欲しい……というのは、我のわがままじゃが、本心じゃよ」
「……ありがとう、ございます」
けれど、返答は、鈍かった。
マッシュが薄く息を吐くと、カインがその肩を小突いた。説教に水を差すつもりはないが、余り見ぬ先輩の姿を茶化すくらいはいいだろう。重い空気を払いのける意味でも、だが。
狼は、現像されていく写真を待ちながらやり取りを眺めていたが、会話の流れを見てか、口を開いた。
「で、何処へ行くつもりですか? 妹さんがカンカンですよ? 帰らなくていいのですか?」
「……それ、は」
「”これ”が貴方の守りたかったものですか? なりたかったものですか?」
守りたかったモノから、離れて。問いに、シュリは頷けなかった。頷けるはずもない。
――今、彼が進む道は、その興りからして違うのだから。
「もう一度聞きます。シュリさん、貴方まだ人間ですか?」
けれど。けれど、この問いには、シュリは思わず――笑ってしまったようだった。
「どうなんだろう」
それは、歳が近いという気楽さかもしれない。刃を交えたという過去が、そうさせたのかもしれない。
シュリは、静かに――震えた声で。
「……眠れないんだ。お腹も空かない。だから、もう暫く、何も食べてない。四六時中走り回っていても、疲れもない」
こう、結んだ。
「僕はまだ、人間なのかな」
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作戦卓 カイン・シュミート(ka6967) ドラグーン|22才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/04/28 17:27:06 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/04/24 07:54:38 |