ゲスト
(ka0000)
【RH】偽善と正義感。そして……【空蒼】
マスター:近藤豊

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/06/13 19:00
- 完成日
- 2018/06/17 10:14
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ロンドンを舞台にした強化人間失踪事件が決着。
ロンドン全域に被害が及んだ訳ではないが、未だロンドン市内は復興が続いている。
家や財産を無くす者。
大きな怪我を負った者。
愛する者を失った者――。
歪虚『慈恵院明法』に先導されたとはいえ、強化人間達が引き起こした事件は確実にロンドン市民の心を深く傷つけた。
その傷はそう簡単に癒える事はないだろう。否、むしろその傷は強化人間への憎悪として変貌する恐れすらある。
「ユーキ。私は、ロンドン復興を全力で取り組まねばならぬと考えている」
「総帥。その心遣いは大切でございます。それでは早速組織を編成して人員を……」
「それだけでは足らぬ」
ユーキの言葉を遮るトモネ。
今までであれば財団として人員を派遣。充分な資金を投入する事で復興とする事が多かった。
しかし、トモネはいつもの方法を否定してきた。
「総帥は何が不足とお考えでしょう?」
「私に金だけを出してエディンバラの執務室に引き込んでいれば良いと考えているのか、ユーキ?」
「いけません」
トモネの言葉でユーキは真意を理解した。
つまり、トモネ自身がロンドンに赴いてロンドン市民を励まそうとしているのだ。これはユーキにとっては看過できない。事件に強化人間が大きく関わっている以上、市民の感情は強化人間へと向けられる。それは軍と強い関係を持つ財団に向けられる恐れもある。
財団総帥であるトモネがロンドン市民の前に出れば、怒りに任せた市民がトモネを襲うかもしれない。護衛をしっかり固めればそれを防げるだろうが、トモネの目的が自らの市民に声をかけて励ますつもりであればその護衛は邪魔でしか無い。
「ユーキの言わんとする事も理解している。
しかしな……民は今混迷の中にいる。その混迷から抜け出すには、誰かが彼らの手を引いてやらねばならん。民に希望をもたらす存在がな」
「仰りたい事は分かります。ですが……」
「分かっている。だが、私はムーンリーフ財団の総帥なのだ」
ムーンリーフ財団の総帥。
それがトモネの立場なのだ。総帥の座を父から引き継いだ時点で、重責が背にのし掛かる。
「Yes, My Lord」
ユーキはただ、そう答えた。
●
「今日は戦闘ではないザマス。ロンドンの復興をお助けするザマス」
ラズモネ・シャングリラ艦長の森山恭子(kz0216)は、ロンドン市の東にいた。
強化人間や明法との戦いで打撃を受けた市の復興や市民への支援を行う為である。統一地球連合宙軍が守るのは地球の市民。こうした支援活動も大切な軍の任務として位置づけられている。
「瓦礫の撤去や物資の運搬、怪我人の治療や行方不明者の捜索。やる事は山程あるザマスよ。ハンターの皆さんを呼んでおいて正解ザマス」
恭子はこのロンドンの復興支援を軍から命令された段階でハンターに依頼を出していた。
ロンドンの惨状は戦っていた恭子が一番良く分かっている。
あれだけ広範囲に大暴れしたのだ。
被害も甚大だ。
ましてや、避難の遅れも重なっていたのだ。人手は幾らあっても足りない。
「指示はあたくしが出す事になっているザマスが、ハンターの皆さんは臨機応変に動いて欲しいザマス。必要な物資はあたくしに言って欲しいザマス」
ロンドン市内から被害地への物資搬送も遅れている上、未だ多くの瓦礫が散乱している。さらに巨大潜水艦『エリュマントス』が通過したテムズ側流域は、両岸が大きく破壊された。
「ねぇ。ママはどこ?」
ふいに恭子の袖を引っ張る少女。
見れば、薄汚れて傷だらけの人形を抱えている。
おそらく戦いに巻き込まれて母親とはぐれたのであろう。
恭子は、笑顔を見せると少女の視線に合わせてしゃがみ込んだ。
「大丈夫ザマス。必ずあたくしが見つけてあげるザマス」
恭子の言葉が通じたのか、少女は小さく頷いた。
今もこうした子供達が街に溢れている。少しでもこの子達を助けてやらなければならない。たとえ、捜索の果てに哀しい現実が待っていたとしても。
「それからハンターの皆さんには一つお願いがあるザマス。後程、財団総帥のトモネさんがここへいらっしゃるザマス。市民を心配しての行動ザマスが、それとなくトモネさんの護衛をお願いするザマス。
市民の皆さんが怒り出すとも限らないザマスから」
市民が怒り出す。
軍には表立って怒る者は少ないが、財団は企業体だ。その財団の総帥が幼い少女だとすれば、怒り出す者がいても不思議では無い。
――杞憂。
恭子はその心配が空振りになる事を願っている。
●
「珍しいな。お前からの呼び出しとは」
山岳猟団八重樫 敦(kz0056)はジェイミー・ドリスキル(kz0231)中尉に呼び出されていた。
ロンドンのブラックフライアーズ駅近くにある伝統的なパブ。
大人の社交場であり、エールやスタウトを飲みながら語らう場として知られている。
「そうか? なら、明日は雪でも降るか。いや、婆さんの復興活動をサボってきたから帳消しか」
「一緒に復興活動はできないと考えたのではないのか。お前が強化人間だから」
「そんなんじゃねぇよ。復興はやりたい奴がやりゃあいい。俺は俺でやるべき事がある」
ドリスキルは手にしていたエールを飲み干した。
八重樫はドリスキルが強化人間である以上、仲間に累が及ぶのを懸念してサボったと考えていた。市民の強化人間への感情は悪化しつつある。財団も手を打っているが、未だ成果は上がっていない。
「で、本題はなんだ?」
「焦るなよ。家で焼いていたパイをオーブンから出し忘れたか?
夜は長いんだ。ゆっくり話そうじゃねぇか。……親父、エールを二杯だ」
ドリスキルはカウンターに数枚の効果を置いた。パブは基本的にキャッシュ・オン・デリバリー。その場で支払う事が必要だ。その分、店は迷惑をかけない限り、客には干渉しない。密談するには悪い場所ではない。
「今回の事件、どう思う? 俺ぁ怪しいもんがあり過ぎて目が回りそうだ」
店主から差し出されたエールにドリスキルは口を付ける。
強化人間失踪事件。その事件自体は黒幕とされる慈恵院明法を倒した事で決着はみている。
だが、保護された強化人間は目覚めず、被害を受けた市民は鬱屈した感情を心に押し込めている状況だ。ドリスキルはその状況を鑑みた上で、この事件の怪しさを感じ取っているのだ。
「ここで話して答えは出るのか?」
「出ないだろうな。
だが、この事件に残された謎を明確にする事は真相への鍵だ。この事件に裏があるなら、その謎を見直しておいて損はねぇだろ」
八重樫もまたこの事件の謎を感じ取っていた。
ドリスキルがこのパブを選んだのも、盗聴や横槍を懸念しての事だろう。
「ここを会議室にするつもりか?」
「違うな。作戦本部だ。できれば、美人の姉ちゃんのダンスがあれば最高なんだがな」
ロンドン全域に被害が及んだ訳ではないが、未だロンドン市内は復興が続いている。
家や財産を無くす者。
大きな怪我を負った者。
愛する者を失った者――。
歪虚『慈恵院明法』に先導されたとはいえ、強化人間達が引き起こした事件は確実にロンドン市民の心を深く傷つけた。
その傷はそう簡単に癒える事はないだろう。否、むしろその傷は強化人間への憎悪として変貌する恐れすらある。
「ユーキ。私は、ロンドン復興を全力で取り組まねばならぬと考えている」
「総帥。その心遣いは大切でございます。それでは早速組織を編成して人員を……」
「それだけでは足らぬ」
ユーキの言葉を遮るトモネ。
今までであれば財団として人員を派遣。充分な資金を投入する事で復興とする事が多かった。
しかし、トモネはいつもの方法を否定してきた。
「総帥は何が不足とお考えでしょう?」
「私に金だけを出してエディンバラの執務室に引き込んでいれば良いと考えているのか、ユーキ?」
「いけません」
トモネの言葉でユーキは真意を理解した。
つまり、トモネ自身がロンドンに赴いてロンドン市民を励まそうとしているのだ。これはユーキにとっては看過できない。事件に強化人間が大きく関わっている以上、市民の感情は強化人間へと向けられる。それは軍と強い関係を持つ財団に向けられる恐れもある。
財団総帥であるトモネがロンドン市民の前に出れば、怒りに任せた市民がトモネを襲うかもしれない。護衛をしっかり固めればそれを防げるだろうが、トモネの目的が自らの市民に声をかけて励ますつもりであればその護衛は邪魔でしか無い。
「ユーキの言わんとする事も理解している。
しかしな……民は今混迷の中にいる。その混迷から抜け出すには、誰かが彼らの手を引いてやらねばならん。民に希望をもたらす存在がな」
「仰りたい事は分かります。ですが……」
「分かっている。だが、私はムーンリーフ財団の総帥なのだ」
ムーンリーフ財団の総帥。
それがトモネの立場なのだ。総帥の座を父から引き継いだ時点で、重責が背にのし掛かる。
「Yes, My Lord」
ユーキはただ、そう答えた。
●
「今日は戦闘ではないザマス。ロンドンの復興をお助けするザマス」
ラズモネ・シャングリラ艦長の森山恭子(kz0216)は、ロンドン市の東にいた。
強化人間や明法との戦いで打撃を受けた市の復興や市民への支援を行う為である。統一地球連合宙軍が守るのは地球の市民。こうした支援活動も大切な軍の任務として位置づけられている。
「瓦礫の撤去や物資の運搬、怪我人の治療や行方不明者の捜索。やる事は山程あるザマスよ。ハンターの皆さんを呼んでおいて正解ザマス」
恭子はこのロンドンの復興支援を軍から命令された段階でハンターに依頼を出していた。
ロンドンの惨状は戦っていた恭子が一番良く分かっている。
あれだけ広範囲に大暴れしたのだ。
被害も甚大だ。
ましてや、避難の遅れも重なっていたのだ。人手は幾らあっても足りない。
「指示はあたくしが出す事になっているザマスが、ハンターの皆さんは臨機応変に動いて欲しいザマス。必要な物資はあたくしに言って欲しいザマス」
ロンドン市内から被害地への物資搬送も遅れている上、未だ多くの瓦礫が散乱している。さらに巨大潜水艦『エリュマントス』が通過したテムズ側流域は、両岸が大きく破壊された。
「ねぇ。ママはどこ?」
ふいに恭子の袖を引っ張る少女。
見れば、薄汚れて傷だらけの人形を抱えている。
おそらく戦いに巻き込まれて母親とはぐれたのであろう。
恭子は、笑顔を見せると少女の視線に合わせてしゃがみ込んだ。
「大丈夫ザマス。必ずあたくしが見つけてあげるザマス」
恭子の言葉が通じたのか、少女は小さく頷いた。
今もこうした子供達が街に溢れている。少しでもこの子達を助けてやらなければならない。たとえ、捜索の果てに哀しい現実が待っていたとしても。
「それからハンターの皆さんには一つお願いがあるザマス。後程、財団総帥のトモネさんがここへいらっしゃるザマス。市民を心配しての行動ザマスが、それとなくトモネさんの護衛をお願いするザマス。
市民の皆さんが怒り出すとも限らないザマスから」
市民が怒り出す。
軍には表立って怒る者は少ないが、財団は企業体だ。その財団の総帥が幼い少女だとすれば、怒り出す者がいても不思議では無い。
――杞憂。
恭子はその心配が空振りになる事を願っている。
●
「珍しいな。お前からの呼び出しとは」
山岳猟団八重樫 敦(kz0056)はジェイミー・ドリスキル(kz0231)中尉に呼び出されていた。
ロンドンのブラックフライアーズ駅近くにある伝統的なパブ。
大人の社交場であり、エールやスタウトを飲みながら語らう場として知られている。
「そうか? なら、明日は雪でも降るか。いや、婆さんの復興活動をサボってきたから帳消しか」
「一緒に復興活動はできないと考えたのではないのか。お前が強化人間だから」
「そんなんじゃねぇよ。復興はやりたい奴がやりゃあいい。俺は俺でやるべき事がある」
ドリスキルは手にしていたエールを飲み干した。
八重樫はドリスキルが強化人間である以上、仲間に累が及ぶのを懸念してサボったと考えていた。市民の強化人間への感情は悪化しつつある。財団も手を打っているが、未だ成果は上がっていない。
「で、本題はなんだ?」
「焦るなよ。家で焼いていたパイをオーブンから出し忘れたか?
夜は長いんだ。ゆっくり話そうじゃねぇか。……親父、エールを二杯だ」
ドリスキルはカウンターに数枚の効果を置いた。パブは基本的にキャッシュ・オン・デリバリー。その場で支払う事が必要だ。その分、店は迷惑をかけない限り、客には干渉しない。密談するには悪い場所ではない。
「今回の事件、どう思う? 俺ぁ怪しいもんがあり過ぎて目が回りそうだ」
店主から差し出されたエールにドリスキルは口を付ける。
強化人間失踪事件。その事件自体は黒幕とされる慈恵院明法を倒した事で決着はみている。
だが、保護された強化人間は目覚めず、被害を受けた市民は鬱屈した感情を心に押し込めている状況だ。ドリスキルはその状況を鑑みた上で、この事件の怪しさを感じ取っているのだ。
「ここで話して答えは出るのか?」
「出ないだろうな。
だが、この事件に残された謎を明確にする事は真相への鍵だ。この事件に裏があるなら、その謎を見直しておいて損はねぇだろ」
八重樫もまたこの事件の謎を感じ取っていた。
ドリスキルがこのパブを選んだのも、盗聴や横槍を懸念しての事だろう。
「ここを会議室にするつもりか?」
「違うな。作戦本部だ。できれば、美人の姉ちゃんのダンスがあれば最高なんだがな」
リプレイ本文
ムーンリーフ財団総帥、トモネ・ムーンリーフは外出する際にメイドが身支度を調えてくれる。
しかし、最終的なチェックは身支度したメイドではない。
「ユーキ。髪など自分で梳ける」
「いいえ。そのまま表へ出ては笑われてしまいます」
ユーキはリボンが解かれたトモネの髪に、そっと櫛を通す。
「ユーキ、今日はハンターの皆がロンドンで待っている」
「存じております」
「皆の前であまり世話を焼くな。それこそ笑われてしまう」
「……努力は致します」
いつもこの答えだ。
結果的にその努力は失敗に終わる。
ユーキも、トモネの身を案じているからだろう。
大きくため息をつくトモネ。
「まったく、いつまでも子供扱いしおって」
「そんな事はありません。総帥は、総帥です」
ユーキは、静かに微笑んだ。
●
強化人間失踪事件は、ロンドンの戦いを経て集結へ至った。
事件の黒幕である慈恵院明法は自爆。強化人間の子供達も保護されて各施設へと移送された。
これもラズモネ・シャングリラとハンター達の尽力があってこそである。
――だが。
ロンドンの被害はあまりに甚大であった。
テムズ側流域は巨大潜水艦『エリュマントス』の侵攻で破壊。
ロンドン北部は歪虚CAM『如意輪観音』の自爆で広範囲に渡って崩壊。
さらにロンドン市内で暴れ回った強化人間が各所で被害を及ぼしていた。
「すいません。この子の母親を探しているのですが……」
天王寺茜(ka4080)は、少女と共に道行く人を訪ね歩いていた。
ラズモネ・シャングリラ艦長の森山恭子(kz0216)の裾を引っ張って助けを求めた少女。
茜はその子の話を聞いて、恭子に母親捜しを申し出た。
当初の予定では怪我人の治療も行うつもりだったが、親とはぐれてしまった少女を放っておく訳にはいかない。茜にとっては怪我人を治療する事も、少女の母親を探す事も同じだ。
誰か、一人でも、笑顔を取り戻したい。
それが茜にとっての復興だから。
「知らないよ。こっちはそれどころじゃないんだ」
少女を連れた茜に帰ってくる声。
それは冷たい対応であった。
無理もない。住むところも失い、食事もままならない状況なのだ。他人を気遣うには余裕が必要だ。余裕の無い人に助けを求めても返ってくる言葉は刃のように鋭く、痛い。
「……ねぇ、ママは見つからないの?」
茜の傍らで不安そうな顔を浮かべる少女。
その瞳には涙が溢れている。
茜はしゃがみ込んで、少女の前で笑顔を見せた。
「大丈夫。きっと見つけてあげるから。泣いてたって、ママは見つからないよ?」
少女の母が、無事かは茜も分からない。
もしかしたら、既に瓦礫の下で息絶えているかもしれない。
だとしても茜は少女と共に母親を探す。
辛い真実が待っていたとしても、それが明日の笑顔に繋がるなら茜は少女を助けたい。
「……うん」
少女は目を擦り、顔を上げる。
そして、茜の手を強く握った。
●
瓦礫除去をハンターがやる必要はあるのか。
そんな声も上がる中、デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)は敢えて声高に主張する。
これは間違いなくハンターの出番だ、と。
「かような瓦礫、俺様の前では小石同然だ」
道に倒れ込んだ建物の残骸を、デスドクロはR7エクスシア『閻王の盃』で持ち上げてみせる。
瓦礫の撤去は相当に厄介な作業だ。
クレーンやショベルカーなどの重機を用いれば良いように考えられるが、瓦礫付近まで重機を運搬する必要がある。その上、瓦礫を持ち上げてもそれを移動させなければならない。その為には重機が十分に稼働できるスペースが不可欠だ。
しかし、CAMであれば重機以上の汎用性を持ち合わす上、臨機応変な対応も可能だ。
「幹線道路が復旧させる事が肝要だ」
デスドクロが注視したのは幹線道路の復旧にあった。
幹線道路が復旧すれば、物流や負傷者の運搬が容易になる。特に物資の移送は重要な課題である為、早期の復旧が求められていた。
既にハンターがCAMを持ち出した事で多くの瓦礫が撤去され始めている。
しかし、被害地域は広大だ。どこまで瓦礫を撤去できるのか。それはデスドクロにも予測はつかない。
それでも、目の前の瓦礫を動かす他ないのだが。
「ありがとう。これで北西の地域を調査しやすくなる」
「礼は不要だ。俺様は俺様ができる事をやったに過ぎん。それより次の瓦礫に取りかからねばな」
「いや、大したもんだ。まったく、強化人間の連中とは大違いだ」
市民が口にした言葉を、デスドクロは敢えて聞き流す事にした。
強化人間への感情が悪化しているのは知っている。
だが、下手に擁護をするよりもハンターの信頼が得られるように行動するべきだ。ハンターの信頼が高まれば、いずれ強化人間の無実を語る機会が与えられる。
デスドクロはそう考えていたのだ。
「休み暇はないな。街の動脈を動かすにはまだかかりそうだ」
デスドクロは閻王の盃を更に北上させる。
一つ一つの積み重ねが、強化人間の地位回復に繋がると自分に言い聞かせながら。
●
ロンドン市内での復興が進む中でも、ロンドンのパブは今日も営業中だ。
パブは大人の社交場。
悲壮感が支配していたロンドンの空気を前にしても、パプは営業を辞める訳にはいかないのだ。
「打ち上げ、って訳にはいかねぇが……まあ、まずは乾杯といった所か」
ジェイミー・ドリスキル(kz0231)中尉はエールの注がれたグラスを掲げる。
それに応じるように他のハンター達も周囲の仲間と乾杯する。
酒宴――でもあるのだが、それにしては空気がやや硬直している節もある。
「今回の事件、怪しい所が多すぎる。それを見つめ直すのがこの集まりの趣旨だ」
山岳猟団の八重樫 敦(kz0056)は、今回の目的を明言した。
強化人間失踪事件を追い続けていたラズモネ・シャングリラとハンター達。
慈恵院明法なる歪虚が強化人間の子供達を先導する事で発生した事件とされているのだが、ハンター達の中でもこの事件の謎について疑問を投げかける事が少なくない。
「あの僧侶の言動。怪しすぎる」
明法の言動に言及したのはヒース・R・ウォーカー(ka0145)。
軽くスタウトの注がれたグラスに口を付けた後、自らの考えを語り始めた。
「明法を倒しても強化人間が目覚めなかった。これはあの僧侶と洗脳術式は関係ないとも考えられる。仮にそうだとすれば、僧侶の言動や行動はブラフ。洗脳は別の人間の仕業だ」
「俺も同意見だ。秘術とやらが解けねぇが、明法の力じゃねぇかもな」
アーサー・ホーガン(ka0471)もヒースと同意見であった。
可能性の一つではあるが、あの洗脳術式が他の誰かが用意したものと考えれば事件の背後にはまだ闇が隠されている事になる。
さらにアーサーは続ける。
「あの歪虚CAM……如意輪観音といったか? あの巨体と重装甲。それに武器由来の多彩なスキル。確かにあれはすげぇが、明法自体は何もしてねぇ。あいつ自体は大した事ねぇのかもな」
「それだ。エリュマントスや如意輪観音。あの整備運用を強化人間だけでは無理だ。CAMの運用技術と資金を持った誰か……リアルブルーの人間が敵に協力している」
ヒースはアーサーが話題にした敵の装備も気にしていた。
あれだけの装備を明法一人が準備して強化人間が運用していたというのだろうか。それはあまりにも無理がある。
「ガキの為にしちゃ大がかり過ぎるな」
ドリスキルはロックグラスの中で解ける氷を見つめていた。
事件は終わっていない。それはこの場にいる誰しもが考えた事だ。
「この騒動は、謀略による攻撃の始まりなんじゃねぇか?」
アーサーは、この事件が導入部分に過ぎないと見ていた。
世論誘導で強化人間への不信を異世界人と関連付け、群集心理の悪意をハンター達へ向けさせる。
「そうだ。これで終わりじゃない。本番前の予行演習の可能性もある」
ヒースの予想もアーサーと同じだ。
ここから何者かが仕掛けてくる。
明法などと比べものにならない強敵。
敵は既に狡猾、かつ慎重に計画を進めている――。
「血は流れ続ける、か」
ヒースはぽつりと呟いた。
●
「ふぅん。考えてきたか」
リコ・ブジャルド(ka6450)は、手の中のトランプとテーブルに置かれたトランプの間を何度も見比べた。
ポーカー。
トランプゲームの王道にして、花形。
リコはエールに口を付けつつ、対戦相手であるラスティ(ka1400)の手札へ意識を向ける。
「今度はクラブと3と8を捨てたか……大物狙いか?」
「どーだろうなぁ。手堅い手かもしれないなぁ」
リコは敢えて揺さぶりを掛ける。
二人はそれぞれ賭けをしていた。
ラスティが勝てば『リコがバニーの衣装を着る』、リコが勝てば『クールな口説き文句をキメる事』となっていた。
お互いの意地がぶつかり合うゲーム。
イカサマなしのガチンコ対決だ。
「ラスティ。この間の坊主、覚えてるか?」
リコは敢えて強化人間失踪事件の話題を出した。
「あの胸糞悪い坊主か。やたら性能の良い潜水艦持ってやがったな。あれを坊主一人で用意したとは思えねぇな」
「そーそー。企業、最悪は国ぐるみってとこか?」
カードの影から、リコはラスティの顔を見つめる。
冷静さを装ってはいるが、細かい仕草から苛立ちの感情を感じ取る。
冷静さを保つラスティに綻びが生じ始める。
「だとするなら面倒だな。
いつぞやのドナテロ議長暗殺や月の騒動を思い返せば、国どころじゃない。軍や議会にまで敵の手が伸びてる線はあるんじゃないか?」
「そもそもあんだけのデカい代物を痕跡残さず消すなんて、キルアイス様でも無理だ。
……てな訳でコールだ」
「お、おいっ!」
途中を話を切って、いきなり手札をオープンするリコ。
それを追い掛ける様にラスティも手札を晒す。
「ジャックのスリーカード」
「悪いな。クイーンのスリーカードだ」
勝敗はクイーンのカードを三枚手にしていたリコへ転がり込んできた。
「かーっ、負けか」
「へへ、悪いな。じゃあ、早速クールな奴を頼むぜ」
余裕を見せつつ、背もたれに体を投げ出すリコ。
ラスティは気恥ずかしさを隠すように渋々顔で立ち上がる。
そして、そっとリコの耳元で囁いた。
「俺がリコを守ってやる……と言っても、ただ守られているだけで満足するタマじゃないだろ?
オレの隣に居れば、退屈はさせねぇ。どんなギャンブルでも味わえない、刺激的なゲームを見せてやるよ」
●
「さぁ、今日は忙しくなるぞ。タロン」
ジーナ(ka1643)は魔導アーマー「プラヴァー」『タロン』と共に巨大な瓦礫の前に立っていた。
瓦礫と言っても、少し前まではこの瓦礫は建物としての機能を有しており、多くの人々がここに住んでいた。そして、人が居住するという事はその建物に愛着や思いが染みつく事になる。
――人が住んでいた証。
瓦礫は決してゴミではない。ぞんざいに扱う事はできない。
「始めよう。これ以上、この建物も踏みにじられたくはないだろう」
タロンの機導式マスタースレーブが、ジーナの動きに合わせて稼働を開始する。
ロボットアームが瓦礫を持ち上げ、スムーズな動きで片付けていく。
この瓦礫を片付ける度に、街はその機能を取り戻していく。
だが、同じ光景を目にする事は、もう叶わない。
(だとしても、やらなければ。あの戦いに関わった者の一人として)
ジーナは、イギリスでの戦いを思い返す。
強化人間の子供達と出会い、そして戦い。
明法の仕掛けた戦いにも、ジーナは身を投じてきた。
この瓦礫の撤去が区切りとは言わない。
しかし、今は瓦礫を撤去しながら見つめ直すべきだろう。
あの戦いの意味を。
そして、強化人間達の子供の行く末を。
一方。
「ヤエ、今日は地面の上を歩いて救助者捜索をお願いしますね……。後で美味しいご飯を上げますから……」
サクラ・エルフリード(ka2598)はユグディラ『ヤエ』と共に救助者の捜索を行っていた。
周囲を見回せた建物の残骸。
未だ行方知れずの市民もいるという情報がある。
サクラは、ヤエに瓦礫の下に人がいないか捜索をさせ、自身は救助者がいないと確認できた場所の瓦礫を撤去していく。
「さぁて、やりますですよサクラ。光刃、我らを導きたまうです」
シレークス(ka0752)は、瓦礫へ近づくと怪力無双で大きな瓦礫を動かす。
既にユエが下に救助者がいない事を確認済みだ。
もし、救助者がいたとしても急に瓦礫を排除するのは危険。声をかけながら慎重に持ち上げる必要がある。
「最後だけとはいえ、関わった者としてここをそのままにはできませんしね……」
サクラは必死で救出を続ける。
一時でも事件に関わった者として。
「今は目の前の瓦礫を片付けやがれですよ、サクラ」
大きな瓦礫を移動させたシレークスは、刻令ゴーレム「Gnome」にも瓦礫の撤去を指示する。
「さぁ、早速瓦礫を……あら? ヤエが何か言ってやがりますわ」
サクラの足下で騒ぐヤエ。
どうやら、瓦礫の下に怪我人を発見したようだ。
「! 誰か見つけたのですね。行きましょう」
「早速ね。エクラの名の下に救助活動開始しやがります」
サクラとシレークスが向かった先では、既に市民達が瓦礫の下に向かって声を上げていた。
微かだが、瓦礫の下からうめき声が聞こえる。
「大丈夫ですか……? すぐに助けてあげますから」
「あんた達は?」
二人へ話し掛ける市民。
シレークスは胸を張って答える。
「わたくし達はハンターですわ。状況を教えて下さる?」
「ああ。何とか慎重に瓦礫をどかしたんだが、最後の一つがかなり大きいんだ。まだ重機が入れない状況で
救助隊員らしき男が状況を説明してくれた。
やはり、狭い場所では重機が入らない為、瓦礫の撤去に苦慮しているようだ。
「なら、わたくし達に任せやがれです」
シレークスは早速Gnomeに瓦礫を持ち上げさせる。
しかし、市民の興味はGnomeの方に向き始める。
「あれ、ロボット? CAMにしては小さいよね?」
「財団が開発した救助ユニットだろう」
そんな言葉に惑わされる様子もないシレークス。
邪魔をするようであれば怒鳴りつけるところだが、今は瓦礫の下の救助者に意識を集中したい。
「ゆっくり持ち上げて……腕が見えたらひっぱり出すんだ」
救助隊員の言葉に従ってGnomeに指示を出すシレークス。
瓦礫の隙間から見え始める救助者の腕。
サクラはその腕を一気に引っ張った。
「やりました。生きてらっしゃいますか?」
「ああ、まだ息はある」
「すぐに助けて差し上げますから、それまでは……ヤエをモフって少し我慢していてください……」
サクラはヒールで救助者を癒す。
今は小さな救助活動かもしれない。
それでもサクラとシレークスは、人に手を差し伸べていくしかない。
エクラ教修道女として――。
●
「何をしているのです?」
ロンドンの街に木霊するユーキの声。
その声には明らかな怒気が混じっていた。
「何って……瓦礫の撤去を行うので危ないから操縦席へ案内しようと思いました」
鳳凰院ひりょ(ka3744)はR7エクスシアで瓦礫の撤去作業を行っていた。
その際にトモネが通りかかった事から操縦席を降りて挨拶。その後、瓦礫の撤去作業を行うに辺り、破片がトモネに当たっては危険だと判断したひりょがトモネを操縦席へ案内しようとしていたのだ。
しっかりトモネの手を握ってエスコートしようとしていた光景を、トモネの後を追って来たユーキが発見したのだ。
「瓦礫の撤去ですか。それならば、離れれば済む事でしょう。何も狭い操縦席へ案内する必要はありません」
「AMの操縦席から見る光景も知って欲しかったんです」
ユーキの指摘に反論するひりょ。
しかし、これは方便だ。トモネと二人きりになって話をする事が目的であった。
ひりょはハンターであり財団の人間ではないが、トモネを支えたい者の一人だ。
だからこそ、トモネの心労を察するにあまりある。少しでもトモネの心が軽くなるような言葉をかけてあげたい。できれば外部から遮断された空間で――。
だが、ユーキには違った見方をされてしまう。
「まさか総帥に不埒な真似をする気ではないでしょうね?」
「えっ!?」
怪訝そうな顔を浮かべるユーキ。
ひりょにはそんな気はまったくなかったのだが、ユーキはますますひりょへの警戒を強めていく。
「ユーキ。ひりょはそのような真似はせん。私はそう信じている」
「総帥。ですが、周囲には市民も多くおります。総帥はそう信じていても市民はどう思うでしょう」
傅くユーキ。
ひりょはこの時点でユーキもまた、トモネを大事に考える人間である事を察した。
総帥とはいえ、周囲に人間から無尽蔵に叩かれて良い訳がない。
だが、ひりょもトモネを案じる気持ちは負けていない。
「トモネ総帥、俺……」
「なんだ?」
トモネの言葉の後、ひりょは一呼吸置いた。
「トモネ総帥、一人で大変だったな。傍にいられなかったけど、ずっと心配してた。
いや、今も心配してる。一人で勝手に抱え込むんじゃないかって。だから、もっと俺を頼ってくれ。俺はその気持ちに応えて見せるから」
強く力説するひりょ。
聞き方を変えれば、とんでもない発言をしているようにも聞こえる。
だが、ユーキは何も言わない。ただ、ひりょを見つめていた。
「分かっている。何かあればひりょにも助けを求めるとしよう」
そう言うとトモネは踵を返す。
最後にひりょへと向けられたトモネの笑顔。
ひりょの言葉がトモネに届いたと確信が持てた瞬間だった。
そして――。
その後を追うユーキは、ひりょに振り返った。
「総帥をお守りしたいなら……もっと強くなって下さい」
●
「ひりょさんも悪気がないのでちゅ」
北谷王子 朝騎(ka5818)は、トモネの横に魔導トラックをつけてゆっくりと走らせる。
本当であればトモネを乗せて移動するつもりだったのだが、トモネは今のロンドンを見て自分の足で歩きたいと希望していた。
「分かっている」
「北谷王子さん。ご配慮感謝致します」
トモネに続いて、ユーキは深々と頭を下げる。
トモネから一歩下がり、歩いている。
「トモネ総帥。独りで思い詰めないで下ちゃいね」
それは朝騎の心根から出た言葉だった。
トモネを見ていると独りですべてを抱え込むかのような振る舞いが心配になる
「今は大変でちゅけど、いつかきっと戦いの果てに歪虚を倒して訪れる平和な日の為にも、挫けずに頑張りまちぇんとね」
「そうだな。私は前を見据えないと……」
「おいっ!」
トモネの前に現れる数名の男。
その顔には苦悶の表情が浮かぶ。反射的に朝騎は前傾姿勢を取った。
「お前のせいで……お前が作った強化人間で、俺達の家が……家族が……みんな、無くなっちまった!」
男は手にしていた瓦礫の欠片を投げつけた。
だが、トモネの前にユーキが体を滑り込ませる。
「くっ」
欠片はユーキの頭を掠めた。
額から流れ出る赤い血潮。
「ユーキ!」
「総帥、ご無事ですか」
「ああ。だが、お前が……」
トモネに微笑みかけるユーキ。
だが、男達の怒りが収まる気配はない。
「いなくなれっ!」
再び瓦礫の欠片を投げつけようとする男達。
しかし、トモネと男達の間に朝騎の魔導トラックが――。
「総帥、乗るでちゅ!」
ドアを開けて呼び込む朝騎。
トモネは、ユーキと共にそのまま朝騎のトラックへ乗り込んだ。
「行きまちゅよ!」
アクセルを踏み込む朝騎。
一気にその場を走り去る。
後方で叫ぶ男達の声が耳に届くが、それも間もなく聞こえなくなった。
「ユーキ」
「本当に市民達の前へ御身を晒されますか? ご覧になったでしょう」
自分の身を案じるトモネを前に、ユーキは懐から取り出したハンカチで傷口を拭いている。
できる事ならトモネには大人しくしてもらいたいのだが――。
「分かっている。
だが、私はやらなければならん。この街を知り、希望を与えねばならんのだ」
●
事件を考察する者が集まるパブでは、ハンターから様々な意見が寄せられていた。
「この事件の裏には黙示騎士がいる。私はそう考えている」
エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)は、そう明言した。
特に怪しいと感じているのはシュレディンガー。エバーグリーンやグランド・ゼロでの動き。さらにSC-H01を作り出した事実は、無視できない。
事実、巨大潜水艦エリュマントスにSC-H01が現れた時点で何らかの関与があると考えるのが自然だ。
「その黙示騎士様は、何をしようっていうんだ?」
既に何杯目かも分からないウイスキーのグラスを一気に飲み干すドリスキル。
酒を煽り続けるドリスキルをよそに、エラは自らが考えた可能性を語り始めた。
「大精霊に対する何らかのアクセスかもしれない」
「アクセス?」
「クリムゾンウェストの大精霊にハンターが接触した事をシュレディンガーは無視しないはず。だからこそ、リアルブルー側の大精霊に何らかのアクセスを働きかけても不思議じゃない」
エラはシュレディンガーが負と正のマテリアルを触媒にして操作する可能性を懸念していた。
そうなれば、リアルブルー側の大精霊に悪影響を及ぼす事も考えられる。
「リアルブルーに災厄の十三魔に似た幹部歪虚は本当に確認されてない? マテリアルの触媒を利用して作り出す事も考えられる」
「いや、確認はされてないな。マテリアルについてはトマーゾ博士でもなければ分からんが、何かを仕掛けてくる事も想定できるな」
エラの問いに八重樫は答える。
マテリアルの操作については八重樫もそれ程詳しい訳ではない。トマーゾ博士ならば何か知っているかもしれないが、この場では可能性も肯定も否定もできないだろう。
「それからエリュマントスと如意輪観音の調達先が気になる。撃沈されたり製造中止された巨大兵器は無い?」
エラも他のハンターと同様に明法が出してきた兵器の出所が気になっていた。
ただ、他のハンターと異なっているのは撃沈もしくは製造中止となった戦艦や試作CAMが流用されているのではないかという予想を立てていた。
「どうだろうなぁ。VOIDとの戦いで沈んだ戦艦は山のようにある。行方不明なんて数知れずだ。それのどれかが使われていたとしても不思議じゃないな」
「では、エリュマントスを作れそうな『企業』や強化人間と明法の接触を手引きできそうな『勢力』は?」
「そりゃ、あるぞ。統一議会や軍、それに財団もそうだな。それぐらい、連中には力が集まってる。まさに選り取り見取りだ」
ウイスキーも入って饒舌でご機嫌なドリスキル。
この中のどれかか。
それともすべてか。
答えはまだまだ闇の中にある。
●
「この店で一番強ェ酒だ」
日中は土方と称してロンドンの復興作業を手伝っていた万歳丸(ka5665)。
汗を流しながら、苦労する市民の為に働いた褒美ではないが、市民からパブの存在を教えてもらった。
リアルブルーの酒にありつけるならば、逃す手は無い。
何より、肉体労働の後だ。うまい酒を欲するのは、最早『性』である。
「……ん? 蒸留酒か」
寡黙な親父が出してきたのは透明の液体。
しかし、万歳丸にはクリムゾンウェストにもある蒸留酒の一種だとすぐに分かった。鼻につく高濃度アルコール特有の香り。
見るからに強い酒。
おそらく、ウォッカの仲間か。
万歳丸は注がれたショットグラスを一気に飲み干した。
焼けるような感覚が食道を襲う。ヒリヒリとする感覚。胃の腑に落ちていくアルコール。
「良い飲みっぷりだな。
ところで……今回の事件。お前はどう考える?」
万歳丸の隣に陣取ったドリスキルは、強化人間失踪事件について話を振ってきた。
どうやら万歳丸は、他のハンターとは違う切り口でこの事件を見つめているようだ。
「事件が何故起こったのか。ここを無視する事はできねぇ。
強化人間の負の面を敢えて浮き彫りにしようとしたのか。確かに事件が終わった後に残ったのはそれだけだ。
そーすっと、分かンねェ事がある」
「ほう」
「あの坊主、なんであそこまで目立ちたがったんだ?」
操られた強化人間がああも倒されてしまうなら、明法が『してみせていた暴動』に意味はあったのか。
ロンドンを襲撃するという行動自体は目立つ事はできたが、もっと強化人間を有用に用いて広範囲同時多発テロも行えたはずだ。
筋が通らない。何故、明法は無駄死を選んだのか。
「アイツは何かを隠す為に死んだンじゃねェか?
それにもう一つ気になる事がある。強化人間そのものに話題が移っているが、そこが奇妙だ」
「奇妙ねぇ……」
万歳丸とドリスキルの前に置かれた二杯のウォッカ。
いつの間にかドリスキルは万歳丸に合わせて同じ酒を頼んでいたようだ。
「重要なのは、なぜ『ガキ』どもが『ああ』なったのか。
『あの学園』に仕掛けがあるのか、『強化人間』自体に仕掛けがあるのか」
明法は邪法を用いたと言っていたが、今までそのような術は聞いた事がない。
むしろ、邪法は真実から目を背けさせる為の方便では無いか。
「なるほどな。こりゃ裏が深そうだ」
「ま、あくまでも酒の席での与太話だ」
「与太話ねぇ。ベッドでママが読んでくれる絵本並に面白ぇ話だったぜ」
ドリスキルは、酒を注文するべく再び親父を呼びつけた。
●
「悪いな艦長。護衛がいい男じゃなくて」
アニス・テスタロッサ(ka0141)はガルガリン『ザガン・ベルム』でラズモネ・シャングリラ周辺の瓦礫撤去に勤しんでいた。
瓦礫撤去とは言っているが、その実は恭子の護衛役を兼ねている。
強化人間への悪感情はアニスも知っていたが、その感情が恭子へ向けられるとも限らないからだ。
「そんな事はないザマス。アニスさんは精一杯やってくれているザマス」
アニスへ感謝を述べる恭子。
ハンター達へ救援活動の依頼を出した恭子だが、その活動内容は多岐に渡り、想像以上の効果が出ている。失われていたかもしれない命がハンターによって救われた現実に恭子は満足していた。
ザガン・ベルムのパイルバンカー「エンハンブレス」で巨大な瓦礫を破壊しながら、アニスはぽつりと呟いた。
「……なあ、艦長。これで終わりだって本当に思ってるか?」
アニスの言葉で、恭子は一瞬黙った。
黙るしかなかった。
アニスの一言が、この事件に対して関係者が抱く考えだったからだ。
「なんでそう思うザマス?」
「勘だよ。軍時代は所属の都合で表にゃ出せねぇ仕事もやってたしな。普通の軍人よりは鼻が利くつもりだ」
「そうザマスか……。きっと八重樫さんも、ドリスキルさんも同じ考えだと思うザマス」
恭子は、アニスにそう答えた。
立場上、明言は難しいが、恭子もおそらく同じ考えなのだろう。
この事件に関係した人間のほとんどは、この結末に不安を覚えた。
どうしてこうなった。
何かが釈然としない。
「ま、なんかあっても勝手に首を突っ込んでどうにかしようとするのは揃ってるさ。ハンターにゃお人好しが多いからな」
恭子の心が沈んだ事に気付いたアニスは、そっとフォローを入れる。
事実、多くのハンターがこの事件に裏があると感じている。
このままでは終わらせない。
その思いをアニスは強くする。
「その時はお願いするザマス。あたくしの勘では、そう遠くないうちに仕掛けてくる気がするザマス」
●
「ママっ!」
「キーナっ!」
茜の連れてきた少女は、ようやく母親と再会できた。
方々を探してようやく出会う事のできた再会。
茜も思わずため息をつく。
「よかったわね」
「うん、ありがとう。お姉ちゃん」
少女の顔に笑顔が戻る。
その姿を見るだけで、疲労は何処かへ飛んでいってしまうようだ。
「良かったザマス。感動的ザマス」
再会の様子を偶然見かけた恭子。
茜に託していたものの、心配をしていたのだろう。
「良かったですの。恭子さん」
恭子に子をかけるディーナ・フェルミ(ka5843)。
そんなディーナもR7エクスシアで大きな瓦礫の撤去を行っていた。
幹線道路が瓦礫によって埋まっていた事から重機が入れない場所は数が多い。ディーナは重機よりもCAMの方が足場の悪い場所でも瓦礫の撤去に向いていると考えて復興支援を開始していた。。
「ディーナさん、ありがとうザマス。あ、もう少し左に瓦礫を動かして欲しいザマス」
恭子の声に従い、ディーナはR7エクスシアが持つ瓦礫を移動させる。
「次はこの物資をトラックに積んでいただけるザマスか?」
「はーい、承知ですの」
積み上がった物資の入れられたコンテナをトラックの荷台へ積み込む。
ムーンリーフ財団にも復興支援のノウハウはあるが、迅速に動けたのはラズモネ・シャングリラだった。ロンドンの戦いに身を投じていた事もあり、状況を一番把握していたからだ。
だからこそ、迅速な復興支援が必要な事も理解していた。
「あたくしのパイプも使ってロンドンの皆さんに向けた支援も財界の方々にお願いしているザマス。まだまだ物資は届くザマスから、瓦礫の撤去も急がないといけないザマス」
恭子は広告塔時代に築いた繋がりを活用してロンドン復興の打診をかけていたようだ。
VOIDの登場で苦しい状況ではあるが、富裕層は募金活動に遠慮が無い。瞬く間に物資がラズモネ・シャングリラへ届けられていく。
「分かりましたですの。撤去する瓦礫の下に人がいるようなら教えて欲しいですの」
ディーナも八面六臂に活躍しようとする。
軍用無線が使える恭子の近くなら、様々な情報が集まってくると考えていたのだ。その考え通りに恭子にはロンドン各地の様々な情報が寄せられていた。
「ディーナさん、この近くで瓦礫の下の救助者を確認ザマス」
「急ぎますですの」
R7エクスシアを降りて走り出すディーナ。
やるべき作業はまだまだ山積みのようだ。
●
敗戦だった。
仙堂 紫苑(ka5953)の率直なコメントだ。
その理由は明確だ。
敵の過小評価。
高火力の味方を武器に力で正面からねじ伏せようとしたのだ。確かに通常の歪虚CAMならばその火力でも決着はついた。
しかし、相手は如意輪観音。すべてのスキルも明かされていない如意輪観音を前に、紫苑は正面から挑んだのだ。
「……くそっ」
ジョッキグラスを握りながら、漏れ出る言葉。
反省するべき点は他にもある。
エクスシアの持つ脆弱性。それが最悪のタイミングで露呈した。何より、自分のミスで仲間を危険に晒した。
苦悩――紫苑の脳裏に、あの戦いが蘇る。
「わふ、わふ。シオンは悪くないですー」
紫苑の傍らでアルマ・A・エインズワース(ka4901)が、甘いカシスのリキュールを口にしている。
雰囲気だけみればいつもと変わらないアルマであるが、いつもよりしおらしい。
紫苑を励ますアルマだが、アルマはアルマなりに反省をしているのだ。紫苑の作戦がうまくいかなかった理由は、アルマが気付いた問題に対処できなかったから。
自分のせいで紫苑が苦しんでいる。
アルマはそう考えていたのだ。
「励ましか。ありがとうな」
感謝を述べる紫苑。
その声には覇気が感じられない。
「わふぅ……」
紫苑に釣られてしょんぼりするアルマ。
紫苑は頭を抱える。
これではいけない。どんな敵でも全身全霊を持って対処しよう。
エクスシアにももっと乗ろう。機体性能の不足ではない……自分自身の完全な『経験』不足が原因だ。
そして、仲間を頼ろう。アルマに言っておいて、自分が出来ていなかった。
様々に浮かぶ反省点。
しかし――。
(待てよ。この反省点は次の目標だ。この目標がクリアできれば……)
紫苑は気付いた。
もう自分が成すべき事が見えている。
次に現れるのはどんな歪虚CAMか。いや、黙示騎士自身かもしれない。
彼らが現れる前に、目標がクリアできればいい。
この苦しみは単なる苦しみではないのだ。
「ふふふふ」
「わふっ!」
突如笑い出した紫苑に、アルマは驚く。
だが、顔を覗き込めば、おかしくなった事ではないとすぐに気付いた。
「わぅ? なんだか、シオンが楽しそうですぅ。害虫駆除の時間です? わふー!」
「ああ、すぐに出番が来る。少しだけ待ってろ」
浮かれるアルマの横で、紫苑は静かに心の火を灯していた。
●
「八重樫団長、強化人間に纏わるアレコレを教エテ欲しいデス」
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)はパブで強化人間に関する情報を集めていた。
アルヴィン自身、報告書を読んだ程度の情報しか持っていない。実際に関わった人達の感想や意見を収集したいと考えているようだ。
エールをちびちびと飲んでいた八重樫は、いつもの仏頂面で唸りを上げる。
「うーむ。ドリスキル自身に聞くのが早いんだがなぁ」
「ドリスキルさんは、モウへべれけデス」
アルヴィンの言う通り、既にドリスキルにはかなりの酒が入っている。
あの酔っ払いから情報を引き出そうとするのは難しいかもしれない。
「オレもその話には興味があります。強化人間の由来は何か? オレはそれが気になってます」
アルヴィン同様、八島 陽(ka1442)も強化人間について興味があるようだ。
強化人間の開発には覚醒者のデータも提供されていたと記憶している。もし、強化人間にリアルブルーの大精霊が関係しているのであれば早急な接触が必要。大精霊に何かあったからこそ、強化人間の暴走が発生しているのではないかとも考えられるからだ。
「俺も詳しくは知らん。だが、以前ドリスキルに強化人間の手術について聞いたのだが、手術中は眠っていて何も覚えていないらしい」
「覚えテない?」
アルヴィンは思わず聞き返した。
事実、ドリスキルに限らず他の強化人間も同様らしい。つまり眠っている間にすべてが終わっているという事だ。
「『手術』と言ってたんですか?」
「ああ。だが、それは受けた本人の話だ。本当に手術をしていたかは分からん。強化人間は子供が多いらしく、残った強化人間の子供から聞き出すのも難しいぞ」
八島は、その一言で強化人間の手術に何か秘密がある事に気付いた。
アルヴィンは強化人間について別の話題を投げかけてみた。
「事件を起こすカラには、ソコ二課ならず何かの目的がある筈デ、この件で得をスル者、あるいは損をスル者は誰デショウ?」
アルヴィンは事件を通して損得を考えてみた。
誰が得をして、誰が損をしたのか。
「損をしたのは財団だ。研究していた強化人間が今や悪の象徴だ。軍も強化人間の導入を渋る連中が現れるはずだ。各国も強化人間を受け入れるのを考え直すかもしれん。もっとも、ハンターが四六時中リアルブルーにはいられないから強化人間に頼るしか無い面はある。
得をしたのは……歪虚だろうな」
歪虚。
この事件には明法という歪虚が関わっていた。もし、明法を餌に歪虚が何かを準備していたとすれば本命は別にある。
「歪虚が、新たニ何かヲ仕掛けてクル。そうお考エデスね」
「…………」
アルヴィンの問いかけに八重樫は黙ってエールを流し込んだ。
●
「うちが、無くなったのよ!」
「どうやって生活すればいいだ!」
予想はしていたが、財団総帥であるトモネは市民に囲まれてしまった。
ユーキがトモネを守るように前に立って守るが、周囲からの言葉に気圧されているようだ。
「一斉に話かけたらトモネも答えられないよ」
夢路 まよい(ka1328)は周囲の市民を大声で止める。
トモネに危害を加えるような者がいれば、ユグディラ『トラオム』が猫たちの挽歌で止めようと考えていた。だが、今の所はそのような素振りも見られない。
これならまだ話を聞いてくれる姿勢を持ってくれるかもしれない。
「トモネはみんなが困っている事を知っている。だから、ここへやってきたんじゃないかな? みんなは一方的に文句を言えば気は晴れるだろうけど、それは一瞬。すぐにまた困るだけだよ」
「そうだけどよ……」
まよいの言葉を受け、意気消沈する市民達。
彼らも財団や軍が懸命に救援活動をしているのは知っているのだ。だが、どうしても自分の中に堪っていく鬱憤。それを何処かで晴らしたいと考える。
強化人間によってもたらされた事件である以上、どうしても財団に怒りは向けられる。
しかし、怒りを向けてもお腹は満たされない。
「この街は壊され、諸君の愛し愛されし者が死んだ。何故だ!?」
市民達の背後から大声で演説を始めたのはキヅカ・リク(ka0038)。
まよいの言葉で勢いを削がれた群衆に対してキヅカは、訴えかける。
粛々と、時に激しく、時に声を荒げて。
「今日ここに来たのは、ハンターとして真実を伝える為である。
敵は強化人間ではない。この一連の凄惨な事件の主犯は、彼らを操っていた歪虚なのだ」
キヅカの言葉で群衆はざわついた。
軍が情報統制を行っていた関係もあり、事実を知らなかった者もいるのだろう。
「狂気が人を狂わせるように、奴らはその性質を持って彼らを操り狂わせた。
奴らの望みこそ、今ここで起きようとしていた内紛……つまり、人類の弱体化なのである。
奴らの思惑通りでいいのか? 否、断じて否!!」
語気を強めるキヅカ。
ここで一気に畳み掛ける。
「我々は、そして財団は、常に諸君等と共にある。歪虚の野望を打ち砕く為、悲しみを怒りに変えて……立てよ、市民!!」
精一杯の主張を市民に目掛けてアピールしたキヅカ。
肩で息をしているのもそれだけ必死なのだろう。
市民達は呆気に取られたように黙っている。
「まよい、私の横にいてくれ」
キヅカの主張に耳を傾けていたトモネは、それに誘発されたかのように一歩前に出た。
まよいはトモネの願いを聞き入れて傍らに立った。
万一の際にはキヅカの共に市民を止める為に。
「その者の言う通りだ。財団は決してそなたらを見捨てたりはせん。私はそなたらが元の生活に戻れるよう尽力する義務がある。もうしばらくだけ待ってはくれぬか」
トモネは敢えて多くは語らなかった。
キヅカの主張を立てる意味もあるが、今市民が必要なのは自分の生活を守る物だ。
トモネが物資を回してくれるのであれば、今はそれで十分なのだろう。
「トモネ、この戦いに関与した者として聞きたい。
強化人間のその力の源。彼らは何と契約して力を得ているのか。もう隠すべき時期ではない」
キヅカは、トモネに対して敢えて核心をつく問いかけを行った。
だが、トモネは首を傾げる。
「契約? 何を言っておるのだ。強化人間が契約をしているとすれば財団との雇用契約か誓約書ぐらいだ。そうだな、ユーキ?」
「その通りでございます」
「そういう事だ。助けてくれるのは感謝するが、訳の分からん問いは返答に困る。
まよい、少し疲れた。休める所へ案内してくれぬか」
「はーい。でも、良かったです」
「何がだ?」
「強化人間に直接手を出さなかったけど、強化人間を倒すのに強力した訳で……。
私みたいなハンターにトモネはどう思っているのか心配だったんだ」
「そなたらも仕事で強化人間と戦ったのだ。誰かが止めなければならなかった。気に病む必要はない。それより、そなたの傍らに居るネコを私に抱かせてはくれぬか?」
「うん。……あ、何か愚痴とかあったら言ってね。私でよければ聞くから」
まよいと仲よさそうに歩くトモネ。
遠ざかる三人をキヅカは見守っていた。
トモネから引き出された言葉は、キヅカの説を否定した。
誤魔化したのか? いや、トモネが嘘を吐いているようには見えなかった。
嘘を吐くのが上手だとしても、あれは――。
●
「おらよ」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)は鍛え上げられた肉体で瓦礫を持ち上げた。
ハンターのおかげで予定以上に復興が進んだ。財団と軍だけではここまで早期に片付ける事はできなかっただろう。
ボルディアはそれでも復興作業を継続している。
ユニットでは手の届かない場所を重点的に行っている。
「すげぇ。やっぱりハンターだな。強化人間とは違うな」
「ハンターじゃないとダメだな」
ボルディアが瓦礫を撤去する度に聞こえてくる強化人間への悪態。
それでもボルディアは言い返す真似はしない。市民は被害者だ。生活を壊されたり、死んだ人間もいるのだ。誰かに当たりたくなるのも分かる。
ボルディアはグッと堪える。
だが、その行動が市民達を調子付かせた。
「強化人間の奴ら、どっかで匿われているんだろ?」
「ああ、絶対に奴らに責任を取らせなきゃな」
『責任』。
その言葉を聞いたボルディアは振り返った。
「おい」
「うわっ」
市民が声を発するよりも早く、ボルディアは市民を睨み付けた。
「ガキ共に責任を押しつける事だけは許さねぇ。もしガキ共がなんか悪い事したンなら、それはそうさせた大人の責任だ」
「いけません」
ボルディアの傍らに立っていたのは高瀬 未悠(ka3199)。
一連のやり取りを聞いていた未悠は、敢えてボルディアを止めた。
怒るのも無理はないが、この場にいる市民だけ睨みを利かせても仕方ない。
「ちっ」
ボルディアは視線を逸らした。
「すいません。でも、知っておいて欲しいのです。強化人間の子供達も被害者なんです。歪虚に操られていただけなんです」
未悠はここに来るまで怪我人をヒールで癒し続けていた。
怪我はヒールで治す事はできる。だが、問題は心だ。肉体と同じように精神も大きなダメージを負うのだが、心まではヒールでは直せない。
精一杯の優しい笑顔と声で接しているのだが、心を完全に治す事は困難だ。
「ひぃぃ!」
未悠の笑顔を前にしても、市民は慌てて逃げ出した。
未悠とボルディアの言葉が伝わったのかは分からない。ただ、二人は瓦礫を片付けただけでは復興が終わらない事に気付いていた。
「……どうしたの、ミラ」
未悠の裾をユグディラのミラが引っ張っている。
何かを見つけたようだ。
「怪我人か? 行ってみるか」
ボルディアは未悠に同行して現場へ急行する。
そこには建物の影で体育座りしているキヅカの姿があった。
「何やってるんだ、お前」
「ほんと……慣れない事をするもんじゃないよね。やんなる」
どうやら先程の演説でかなり疲弊したようだ。
精神的にもキツかったらしく、ある意味キヅカも救助が必要な状況のようだ。
未悠は精一杯の笑顔を浮かべてキヅカを労った。
「らしくない事をして疲れたでしょう? 何か食べに行きましょうか」
●
既に何人かが酔い潰れているパブであったが、今も事件についての考察は続いていた。
「今回の事件、どうにも腑に落ちないわね」
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)は、事件をそう纏めていた。
黒幕と思しき明法があっさりと倒される。あまりにも拍子抜けだ。
「証拠隠滅、という訳か?」
ユーリの説に八重樫は耳を傾ける。
他のハンターも指摘する通り、この事件は矛盾点が多すぎるのだ。
強化人間は何故ハンターや人々を襲ったのか。矜持や誇りによるとは考えにくい。どちらかといえば、誰かによって擦り込まれたと考えた方が自然だ。子供であるが故にそのまま受け止めてしまう。
「子供の方が感受性が強いから明法の法術が効いたか? ドリスキルは大人だから効いてないって事か」
「それだけじゃない。操ったとしてもどうやって子供達を連れ去ったのか。
外部からの干渉で子供達を連れ去るのは難しい。というより、連れ去ろうとする時点で意図が多少なりとも露見する。だけど、こちら側が気付いた時には既にいなかった。つまり、軍や組織内部に内通者……歪虚側に与する者か紛れ込んだ歪虚がいる可能性がある」
ユーリは断言する。明法一人でそこまで周到に準備できるとは思えない。軍や組織に不穏な動きがあるはずだ、と。
「内部か。だとしたら厄介だ。これから相手をしなきゃならない連中は、下手すれば歪虚より面倒だ」
苦々しい顔を浮かべる八重樫。
この場に来たハンターの多くは、これで終わりとは思っていない。そして怪しさを感じている。その事はユーリも感じ取っている。歪虚とは別の相手。剣を握って倒すだけの相手ではない。
「今は警戒する他無い。ハンターの立場でリアルブルーの軍や組織へ干渉するのは難しい。しかし、やれるべき事はあるはずだ」
ユーリは手にしていたグラスを握り締めた。
言い知れぬ不安を前に、ユーリは立ち向かおうとしていた。
●
「こういう時には、必要……任せたよ、ユエ」
シェリル・マイヤーズ(ka0509)はユグディラ『ユエ』と共に怪我人の治療に当たっていた。
瓦礫の下から救出された者も含め、多数の怪我人が救護用のテントに集められていた。
シェリルはユエと一緒にヒールや森の午睡の前奏曲で治療をして回っていた。
傷が癒された事を確認した後、シェリルは次の患者の対応へ移る。
こうしている間にもロンドン各地から怪我人が運び込まれてくる。既に各地の病院もパンク状態。少しでも役立とうとシェリルは必死だった。
「頑張っておるが、おぬしは平気なのか?」
「トモネ」
シェリルの元をトモネとユーキが訪れた。
おそらく状況を把握する為に救護テントへやってきたのだろうが、必死で頑張るシェリルを心配したのだろう。
「私は平気。慣れているから」
慣れている。
嘘では無い。思い出すには霞む程の幼い記憶。
父と母と共に住んでいた場所――ロンドン。
懐かしさは分からないが、守りたかった場所。
結局、第二の故郷であったLH044と同じ光景を再現することになってしまった。
「慣れている、か。だが、慣れすぎてはいかん」
「…………」
「聞けばあの子達と戦ったそうだな」
トモネから漏れ出た言葉。
シェリルは依頼とはいえ、強化人間の子供達を戦って――殺した。
それは紛れもない事実だ。トモネも報告でその事を知ったのだろう。
「赦しは請わない。一緒にチョコを作った子もいたけれど……正しかったと自分を言い聞かせる気はない。
ただ、一人でも多く救いたかった。せめて今この場で救える人は救いたい」
シェリルは再び怪我人にヒールを施した。
奪った命は戻らないが、繋げられる命はここで繋ぎ止めたい。
それがシェリルが『しなければならない』事だから。
「一つ答えてはくれぬか。ハンターになった理由はなんだ?」
「歪虚への復讐と誰かを守りたかったから……あの子達と、同じだよ。
私は英雄でもヒーローでもない」
シェリルの言葉を反芻するように飲み込んでいくトモネ。
目を瞑り、思い返すトモネは、ゆっくりとシェリルに向かって顔を上げる。
「守りたかった、か。
傷は時が癒しても、心までは癒やせぬ。やはり、市民には希望が必要だ。先が見えぬ闇を払うだけの希望が」
「総帥」
「戻らねばなるまい。ハンター達が自分のできる事を尽力するのであれば、私も財団の総帥としてやるべき事をせねばらなん」
トモネは踵を返した。
気のせいか、トモネの足取りはテントへ来た時よりも力強くなっている。
「ユーキ、車を回せ。計画を進め……いや、それだけでは足りぬ。早急に対策を検討せねばな」
「Yes, My Lord」
しかし、最終的なチェックは身支度したメイドではない。
「ユーキ。髪など自分で梳ける」
「いいえ。そのまま表へ出ては笑われてしまいます」
ユーキはリボンが解かれたトモネの髪に、そっと櫛を通す。
「ユーキ、今日はハンターの皆がロンドンで待っている」
「存じております」
「皆の前であまり世話を焼くな。それこそ笑われてしまう」
「……努力は致します」
いつもこの答えだ。
結果的にその努力は失敗に終わる。
ユーキも、トモネの身を案じているからだろう。
大きくため息をつくトモネ。
「まったく、いつまでも子供扱いしおって」
「そんな事はありません。総帥は、総帥です」
ユーキは、静かに微笑んだ。
●
強化人間失踪事件は、ロンドンの戦いを経て集結へ至った。
事件の黒幕である慈恵院明法は自爆。強化人間の子供達も保護されて各施設へと移送された。
これもラズモネ・シャングリラとハンター達の尽力があってこそである。
――だが。
ロンドンの被害はあまりに甚大であった。
テムズ側流域は巨大潜水艦『エリュマントス』の侵攻で破壊。
ロンドン北部は歪虚CAM『如意輪観音』の自爆で広範囲に渡って崩壊。
さらにロンドン市内で暴れ回った強化人間が各所で被害を及ぼしていた。
「すいません。この子の母親を探しているのですが……」
天王寺茜(ka4080)は、少女と共に道行く人を訪ね歩いていた。
ラズモネ・シャングリラ艦長の森山恭子(kz0216)の裾を引っ張って助けを求めた少女。
茜はその子の話を聞いて、恭子に母親捜しを申し出た。
当初の予定では怪我人の治療も行うつもりだったが、親とはぐれてしまった少女を放っておく訳にはいかない。茜にとっては怪我人を治療する事も、少女の母親を探す事も同じだ。
誰か、一人でも、笑顔を取り戻したい。
それが茜にとっての復興だから。
「知らないよ。こっちはそれどころじゃないんだ」
少女を連れた茜に帰ってくる声。
それは冷たい対応であった。
無理もない。住むところも失い、食事もままならない状況なのだ。他人を気遣うには余裕が必要だ。余裕の無い人に助けを求めても返ってくる言葉は刃のように鋭く、痛い。
「……ねぇ、ママは見つからないの?」
茜の傍らで不安そうな顔を浮かべる少女。
その瞳には涙が溢れている。
茜はしゃがみ込んで、少女の前で笑顔を見せた。
「大丈夫。きっと見つけてあげるから。泣いてたって、ママは見つからないよ?」
少女の母が、無事かは茜も分からない。
もしかしたら、既に瓦礫の下で息絶えているかもしれない。
だとしても茜は少女と共に母親を探す。
辛い真実が待っていたとしても、それが明日の笑顔に繋がるなら茜は少女を助けたい。
「……うん」
少女は目を擦り、顔を上げる。
そして、茜の手を強く握った。
●
瓦礫除去をハンターがやる必要はあるのか。
そんな声も上がる中、デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)は敢えて声高に主張する。
これは間違いなくハンターの出番だ、と。
「かような瓦礫、俺様の前では小石同然だ」
道に倒れ込んだ建物の残骸を、デスドクロはR7エクスシア『閻王の盃』で持ち上げてみせる。
瓦礫の撤去は相当に厄介な作業だ。
クレーンやショベルカーなどの重機を用いれば良いように考えられるが、瓦礫付近まで重機を運搬する必要がある。その上、瓦礫を持ち上げてもそれを移動させなければならない。その為には重機が十分に稼働できるスペースが不可欠だ。
しかし、CAMであれば重機以上の汎用性を持ち合わす上、臨機応変な対応も可能だ。
「幹線道路が復旧させる事が肝要だ」
デスドクロが注視したのは幹線道路の復旧にあった。
幹線道路が復旧すれば、物流や負傷者の運搬が容易になる。特に物資の移送は重要な課題である為、早期の復旧が求められていた。
既にハンターがCAMを持ち出した事で多くの瓦礫が撤去され始めている。
しかし、被害地域は広大だ。どこまで瓦礫を撤去できるのか。それはデスドクロにも予測はつかない。
それでも、目の前の瓦礫を動かす他ないのだが。
「ありがとう。これで北西の地域を調査しやすくなる」
「礼は不要だ。俺様は俺様ができる事をやったに過ぎん。それより次の瓦礫に取りかからねばな」
「いや、大したもんだ。まったく、強化人間の連中とは大違いだ」
市民が口にした言葉を、デスドクロは敢えて聞き流す事にした。
強化人間への感情が悪化しているのは知っている。
だが、下手に擁護をするよりもハンターの信頼が得られるように行動するべきだ。ハンターの信頼が高まれば、いずれ強化人間の無実を語る機会が与えられる。
デスドクロはそう考えていたのだ。
「休み暇はないな。街の動脈を動かすにはまだかかりそうだ」
デスドクロは閻王の盃を更に北上させる。
一つ一つの積み重ねが、強化人間の地位回復に繋がると自分に言い聞かせながら。
●
ロンドン市内での復興が進む中でも、ロンドンのパブは今日も営業中だ。
パブは大人の社交場。
悲壮感が支配していたロンドンの空気を前にしても、パプは営業を辞める訳にはいかないのだ。
「打ち上げ、って訳にはいかねぇが……まあ、まずは乾杯といった所か」
ジェイミー・ドリスキル(kz0231)中尉はエールの注がれたグラスを掲げる。
それに応じるように他のハンター達も周囲の仲間と乾杯する。
酒宴――でもあるのだが、それにしては空気がやや硬直している節もある。
「今回の事件、怪しい所が多すぎる。それを見つめ直すのがこの集まりの趣旨だ」
山岳猟団の八重樫 敦(kz0056)は、今回の目的を明言した。
強化人間失踪事件を追い続けていたラズモネ・シャングリラとハンター達。
慈恵院明法なる歪虚が強化人間の子供達を先導する事で発生した事件とされているのだが、ハンター達の中でもこの事件の謎について疑問を投げかける事が少なくない。
「あの僧侶の言動。怪しすぎる」
明法の言動に言及したのはヒース・R・ウォーカー(ka0145)。
軽くスタウトの注がれたグラスに口を付けた後、自らの考えを語り始めた。
「明法を倒しても強化人間が目覚めなかった。これはあの僧侶と洗脳術式は関係ないとも考えられる。仮にそうだとすれば、僧侶の言動や行動はブラフ。洗脳は別の人間の仕業だ」
「俺も同意見だ。秘術とやらが解けねぇが、明法の力じゃねぇかもな」
アーサー・ホーガン(ka0471)もヒースと同意見であった。
可能性の一つではあるが、あの洗脳術式が他の誰かが用意したものと考えれば事件の背後にはまだ闇が隠されている事になる。
さらにアーサーは続ける。
「あの歪虚CAM……如意輪観音といったか? あの巨体と重装甲。それに武器由来の多彩なスキル。確かにあれはすげぇが、明法自体は何もしてねぇ。あいつ自体は大した事ねぇのかもな」
「それだ。エリュマントスや如意輪観音。あの整備運用を強化人間だけでは無理だ。CAMの運用技術と資金を持った誰か……リアルブルーの人間が敵に協力している」
ヒースはアーサーが話題にした敵の装備も気にしていた。
あれだけの装備を明法一人が準備して強化人間が運用していたというのだろうか。それはあまりにも無理がある。
「ガキの為にしちゃ大がかり過ぎるな」
ドリスキルはロックグラスの中で解ける氷を見つめていた。
事件は終わっていない。それはこの場にいる誰しもが考えた事だ。
「この騒動は、謀略による攻撃の始まりなんじゃねぇか?」
アーサーは、この事件が導入部分に過ぎないと見ていた。
世論誘導で強化人間への不信を異世界人と関連付け、群集心理の悪意をハンター達へ向けさせる。
「そうだ。これで終わりじゃない。本番前の予行演習の可能性もある」
ヒースの予想もアーサーと同じだ。
ここから何者かが仕掛けてくる。
明法などと比べものにならない強敵。
敵は既に狡猾、かつ慎重に計画を進めている――。
「血は流れ続ける、か」
ヒースはぽつりと呟いた。
●
「ふぅん。考えてきたか」
リコ・ブジャルド(ka6450)は、手の中のトランプとテーブルに置かれたトランプの間を何度も見比べた。
ポーカー。
トランプゲームの王道にして、花形。
リコはエールに口を付けつつ、対戦相手であるラスティ(ka1400)の手札へ意識を向ける。
「今度はクラブと3と8を捨てたか……大物狙いか?」
「どーだろうなぁ。手堅い手かもしれないなぁ」
リコは敢えて揺さぶりを掛ける。
二人はそれぞれ賭けをしていた。
ラスティが勝てば『リコがバニーの衣装を着る』、リコが勝てば『クールな口説き文句をキメる事』となっていた。
お互いの意地がぶつかり合うゲーム。
イカサマなしのガチンコ対決だ。
「ラスティ。この間の坊主、覚えてるか?」
リコは敢えて強化人間失踪事件の話題を出した。
「あの胸糞悪い坊主か。やたら性能の良い潜水艦持ってやがったな。あれを坊主一人で用意したとは思えねぇな」
「そーそー。企業、最悪は国ぐるみってとこか?」
カードの影から、リコはラスティの顔を見つめる。
冷静さを装ってはいるが、細かい仕草から苛立ちの感情を感じ取る。
冷静さを保つラスティに綻びが生じ始める。
「だとするなら面倒だな。
いつぞやのドナテロ議長暗殺や月の騒動を思い返せば、国どころじゃない。軍や議会にまで敵の手が伸びてる線はあるんじゃないか?」
「そもそもあんだけのデカい代物を痕跡残さず消すなんて、キルアイス様でも無理だ。
……てな訳でコールだ」
「お、おいっ!」
途中を話を切って、いきなり手札をオープンするリコ。
それを追い掛ける様にラスティも手札を晒す。
「ジャックのスリーカード」
「悪いな。クイーンのスリーカードだ」
勝敗はクイーンのカードを三枚手にしていたリコへ転がり込んできた。
「かーっ、負けか」
「へへ、悪いな。じゃあ、早速クールな奴を頼むぜ」
余裕を見せつつ、背もたれに体を投げ出すリコ。
ラスティは気恥ずかしさを隠すように渋々顔で立ち上がる。
そして、そっとリコの耳元で囁いた。
「俺がリコを守ってやる……と言っても、ただ守られているだけで満足するタマじゃないだろ?
オレの隣に居れば、退屈はさせねぇ。どんなギャンブルでも味わえない、刺激的なゲームを見せてやるよ」
●
「さぁ、今日は忙しくなるぞ。タロン」
ジーナ(ka1643)は魔導アーマー「プラヴァー」『タロン』と共に巨大な瓦礫の前に立っていた。
瓦礫と言っても、少し前まではこの瓦礫は建物としての機能を有しており、多くの人々がここに住んでいた。そして、人が居住するという事はその建物に愛着や思いが染みつく事になる。
――人が住んでいた証。
瓦礫は決してゴミではない。ぞんざいに扱う事はできない。
「始めよう。これ以上、この建物も踏みにじられたくはないだろう」
タロンの機導式マスタースレーブが、ジーナの動きに合わせて稼働を開始する。
ロボットアームが瓦礫を持ち上げ、スムーズな動きで片付けていく。
この瓦礫を片付ける度に、街はその機能を取り戻していく。
だが、同じ光景を目にする事は、もう叶わない。
(だとしても、やらなければ。あの戦いに関わった者の一人として)
ジーナは、イギリスでの戦いを思い返す。
強化人間の子供達と出会い、そして戦い。
明法の仕掛けた戦いにも、ジーナは身を投じてきた。
この瓦礫の撤去が区切りとは言わない。
しかし、今は瓦礫を撤去しながら見つめ直すべきだろう。
あの戦いの意味を。
そして、強化人間達の子供の行く末を。
一方。
「ヤエ、今日は地面の上を歩いて救助者捜索をお願いしますね……。後で美味しいご飯を上げますから……」
サクラ・エルフリード(ka2598)はユグディラ『ヤエ』と共に救助者の捜索を行っていた。
周囲を見回せた建物の残骸。
未だ行方知れずの市民もいるという情報がある。
サクラは、ヤエに瓦礫の下に人がいないか捜索をさせ、自身は救助者がいないと確認できた場所の瓦礫を撤去していく。
「さぁて、やりますですよサクラ。光刃、我らを導きたまうです」
シレークス(ka0752)は、瓦礫へ近づくと怪力無双で大きな瓦礫を動かす。
既にユエが下に救助者がいない事を確認済みだ。
もし、救助者がいたとしても急に瓦礫を排除するのは危険。声をかけながら慎重に持ち上げる必要がある。
「最後だけとはいえ、関わった者としてここをそのままにはできませんしね……」
サクラは必死で救出を続ける。
一時でも事件に関わった者として。
「今は目の前の瓦礫を片付けやがれですよ、サクラ」
大きな瓦礫を移動させたシレークスは、刻令ゴーレム「Gnome」にも瓦礫の撤去を指示する。
「さぁ、早速瓦礫を……あら? ヤエが何か言ってやがりますわ」
サクラの足下で騒ぐヤエ。
どうやら、瓦礫の下に怪我人を発見したようだ。
「! 誰か見つけたのですね。行きましょう」
「早速ね。エクラの名の下に救助活動開始しやがります」
サクラとシレークスが向かった先では、既に市民達が瓦礫の下に向かって声を上げていた。
微かだが、瓦礫の下からうめき声が聞こえる。
「大丈夫ですか……? すぐに助けてあげますから」
「あんた達は?」
二人へ話し掛ける市民。
シレークスは胸を張って答える。
「わたくし達はハンターですわ。状況を教えて下さる?」
「ああ。何とか慎重に瓦礫をどかしたんだが、最後の一つがかなり大きいんだ。まだ重機が入れない状況で
救助隊員らしき男が状況を説明してくれた。
やはり、狭い場所では重機が入らない為、瓦礫の撤去に苦慮しているようだ。
「なら、わたくし達に任せやがれです」
シレークスは早速Gnomeに瓦礫を持ち上げさせる。
しかし、市民の興味はGnomeの方に向き始める。
「あれ、ロボット? CAMにしては小さいよね?」
「財団が開発した救助ユニットだろう」
そんな言葉に惑わされる様子もないシレークス。
邪魔をするようであれば怒鳴りつけるところだが、今は瓦礫の下の救助者に意識を集中したい。
「ゆっくり持ち上げて……腕が見えたらひっぱり出すんだ」
救助隊員の言葉に従ってGnomeに指示を出すシレークス。
瓦礫の隙間から見え始める救助者の腕。
サクラはその腕を一気に引っ張った。
「やりました。生きてらっしゃいますか?」
「ああ、まだ息はある」
「すぐに助けて差し上げますから、それまでは……ヤエをモフって少し我慢していてください……」
サクラはヒールで救助者を癒す。
今は小さな救助活動かもしれない。
それでもサクラとシレークスは、人に手を差し伸べていくしかない。
エクラ教修道女として――。
●
「何をしているのです?」
ロンドンの街に木霊するユーキの声。
その声には明らかな怒気が混じっていた。
「何って……瓦礫の撤去を行うので危ないから操縦席へ案内しようと思いました」
鳳凰院ひりょ(ka3744)はR7エクスシアで瓦礫の撤去作業を行っていた。
その際にトモネが通りかかった事から操縦席を降りて挨拶。その後、瓦礫の撤去作業を行うに辺り、破片がトモネに当たっては危険だと判断したひりょがトモネを操縦席へ案内しようとしていたのだ。
しっかりトモネの手を握ってエスコートしようとしていた光景を、トモネの後を追って来たユーキが発見したのだ。
「瓦礫の撤去ですか。それならば、離れれば済む事でしょう。何も狭い操縦席へ案内する必要はありません」
「AMの操縦席から見る光景も知って欲しかったんです」
ユーキの指摘に反論するひりょ。
しかし、これは方便だ。トモネと二人きりになって話をする事が目的であった。
ひりょはハンターであり財団の人間ではないが、トモネを支えたい者の一人だ。
だからこそ、トモネの心労を察するにあまりある。少しでもトモネの心が軽くなるような言葉をかけてあげたい。できれば外部から遮断された空間で――。
だが、ユーキには違った見方をされてしまう。
「まさか総帥に不埒な真似をする気ではないでしょうね?」
「えっ!?」
怪訝そうな顔を浮かべるユーキ。
ひりょにはそんな気はまったくなかったのだが、ユーキはますますひりょへの警戒を強めていく。
「ユーキ。ひりょはそのような真似はせん。私はそう信じている」
「総帥。ですが、周囲には市民も多くおります。総帥はそう信じていても市民はどう思うでしょう」
傅くユーキ。
ひりょはこの時点でユーキもまた、トモネを大事に考える人間である事を察した。
総帥とはいえ、周囲に人間から無尽蔵に叩かれて良い訳がない。
だが、ひりょもトモネを案じる気持ちは負けていない。
「トモネ総帥、俺……」
「なんだ?」
トモネの言葉の後、ひりょは一呼吸置いた。
「トモネ総帥、一人で大変だったな。傍にいられなかったけど、ずっと心配してた。
いや、今も心配してる。一人で勝手に抱え込むんじゃないかって。だから、もっと俺を頼ってくれ。俺はその気持ちに応えて見せるから」
強く力説するひりょ。
聞き方を変えれば、とんでもない発言をしているようにも聞こえる。
だが、ユーキは何も言わない。ただ、ひりょを見つめていた。
「分かっている。何かあればひりょにも助けを求めるとしよう」
そう言うとトモネは踵を返す。
最後にひりょへと向けられたトモネの笑顔。
ひりょの言葉がトモネに届いたと確信が持てた瞬間だった。
そして――。
その後を追うユーキは、ひりょに振り返った。
「総帥をお守りしたいなら……もっと強くなって下さい」
●
「ひりょさんも悪気がないのでちゅ」
北谷王子 朝騎(ka5818)は、トモネの横に魔導トラックをつけてゆっくりと走らせる。
本当であればトモネを乗せて移動するつもりだったのだが、トモネは今のロンドンを見て自分の足で歩きたいと希望していた。
「分かっている」
「北谷王子さん。ご配慮感謝致します」
トモネに続いて、ユーキは深々と頭を下げる。
トモネから一歩下がり、歩いている。
「トモネ総帥。独りで思い詰めないで下ちゃいね」
それは朝騎の心根から出た言葉だった。
トモネを見ていると独りですべてを抱え込むかのような振る舞いが心配になる
「今は大変でちゅけど、いつかきっと戦いの果てに歪虚を倒して訪れる平和な日の為にも、挫けずに頑張りまちぇんとね」
「そうだな。私は前を見据えないと……」
「おいっ!」
トモネの前に現れる数名の男。
その顔には苦悶の表情が浮かぶ。反射的に朝騎は前傾姿勢を取った。
「お前のせいで……お前が作った強化人間で、俺達の家が……家族が……みんな、無くなっちまった!」
男は手にしていた瓦礫の欠片を投げつけた。
だが、トモネの前にユーキが体を滑り込ませる。
「くっ」
欠片はユーキの頭を掠めた。
額から流れ出る赤い血潮。
「ユーキ!」
「総帥、ご無事ですか」
「ああ。だが、お前が……」
トモネに微笑みかけるユーキ。
だが、男達の怒りが収まる気配はない。
「いなくなれっ!」
再び瓦礫の欠片を投げつけようとする男達。
しかし、トモネと男達の間に朝騎の魔導トラックが――。
「総帥、乗るでちゅ!」
ドアを開けて呼び込む朝騎。
トモネは、ユーキと共にそのまま朝騎のトラックへ乗り込んだ。
「行きまちゅよ!」
アクセルを踏み込む朝騎。
一気にその場を走り去る。
後方で叫ぶ男達の声が耳に届くが、それも間もなく聞こえなくなった。
「ユーキ」
「本当に市民達の前へ御身を晒されますか? ご覧になったでしょう」
自分の身を案じるトモネを前に、ユーキは懐から取り出したハンカチで傷口を拭いている。
できる事ならトモネには大人しくしてもらいたいのだが――。
「分かっている。
だが、私はやらなければならん。この街を知り、希望を与えねばならんのだ」
●
事件を考察する者が集まるパブでは、ハンターから様々な意見が寄せられていた。
「この事件の裏には黙示騎士がいる。私はそう考えている」
エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)は、そう明言した。
特に怪しいと感じているのはシュレディンガー。エバーグリーンやグランド・ゼロでの動き。さらにSC-H01を作り出した事実は、無視できない。
事実、巨大潜水艦エリュマントスにSC-H01が現れた時点で何らかの関与があると考えるのが自然だ。
「その黙示騎士様は、何をしようっていうんだ?」
既に何杯目かも分からないウイスキーのグラスを一気に飲み干すドリスキル。
酒を煽り続けるドリスキルをよそに、エラは自らが考えた可能性を語り始めた。
「大精霊に対する何らかのアクセスかもしれない」
「アクセス?」
「クリムゾンウェストの大精霊にハンターが接触した事をシュレディンガーは無視しないはず。だからこそ、リアルブルー側の大精霊に何らかのアクセスを働きかけても不思議じゃない」
エラはシュレディンガーが負と正のマテリアルを触媒にして操作する可能性を懸念していた。
そうなれば、リアルブルー側の大精霊に悪影響を及ぼす事も考えられる。
「リアルブルーに災厄の十三魔に似た幹部歪虚は本当に確認されてない? マテリアルの触媒を利用して作り出す事も考えられる」
「いや、確認はされてないな。マテリアルについてはトマーゾ博士でもなければ分からんが、何かを仕掛けてくる事も想定できるな」
エラの問いに八重樫は答える。
マテリアルの操作については八重樫もそれ程詳しい訳ではない。トマーゾ博士ならば何か知っているかもしれないが、この場では可能性も肯定も否定もできないだろう。
「それからエリュマントスと如意輪観音の調達先が気になる。撃沈されたり製造中止された巨大兵器は無い?」
エラも他のハンターと同様に明法が出してきた兵器の出所が気になっていた。
ただ、他のハンターと異なっているのは撃沈もしくは製造中止となった戦艦や試作CAMが流用されているのではないかという予想を立てていた。
「どうだろうなぁ。VOIDとの戦いで沈んだ戦艦は山のようにある。行方不明なんて数知れずだ。それのどれかが使われていたとしても不思議じゃないな」
「では、エリュマントスを作れそうな『企業』や強化人間と明法の接触を手引きできそうな『勢力』は?」
「そりゃ、あるぞ。統一議会や軍、それに財団もそうだな。それぐらい、連中には力が集まってる。まさに選り取り見取りだ」
ウイスキーも入って饒舌でご機嫌なドリスキル。
この中のどれかか。
それともすべてか。
答えはまだまだ闇の中にある。
●
「この店で一番強ェ酒だ」
日中は土方と称してロンドンの復興作業を手伝っていた万歳丸(ka5665)。
汗を流しながら、苦労する市民の為に働いた褒美ではないが、市民からパブの存在を教えてもらった。
リアルブルーの酒にありつけるならば、逃す手は無い。
何より、肉体労働の後だ。うまい酒を欲するのは、最早『性』である。
「……ん? 蒸留酒か」
寡黙な親父が出してきたのは透明の液体。
しかし、万歳丸にはクリムゾンウェストにもある蒸留酒の一種だとすぐに分かった。鼻につく高濃度アルコール特有の香り。
見るからに強い酒。
おそらく、ウォッカの仲間か。
万歳丸は注がれたショットグラスを一気に飲み干した。
焼けるような感覚が食道を襲う。ヒリヒリとする感覚。胃の腑に落ちていくアルコール。
「良い飲みっぷりだな。
ところで……今回の事件。お前はどう考える?」
万歳丸の隣に陣取ったドリスキルは、強化人間失踪事件について話を振ってきた。
どうやら万歳丸は、他のハンターとは違う切り口でこの事件を見つめているようだ。
「事件が何故起こったのか。ここを無視する事はできねぇ。
強化人間の負の面を敢えて浮き彫りにしようとしたのか。確かに事件が終わった後に残ったのはそれだけだ。
そーすっと、分かンねェ事がある」
「ほう」
「あの坊主、なんであそこまで目立ちたがったんだ?」
操られた強化人間がああも倒されてしまうなら、明法が『してみせていた暴動』に意味はあったのか。
ロンドンを襲撃するという行動自体は目立つ事はできたが、もっと強化人間を有用に用いて広範囲同時多発テロも行えたはずだ。
筋が通らない。何故、明法は無駄死を選んだのか。
「アイツは何かを隠す為に死んだンじゃねェか?
それにもう一つ気になる事がある。強化人間そのものに話題が移っているが、そこが奇妙だ」
「奇妙ねぇ……」
万歳丸とドリスキルの前に置かれた二杯のウォッカ。
いつの間にかドリスキルは万歳丸に合わせて同じ酒を頼んでいたようだ。
「重要なのは、なぜ『ガキ』どもが『ああ』なったのか。
『あの学園』に仕掛けがあるのか、『強化人間』自体に仕掛けがあるのか」
明法は邪法を用いたと言っていたが、今までそのような術は聞いた事がない。
むしろ、邪法は真実から目を背けさせる為の方便では無いか。
「なるほどな。こりゃ裏が深そうだ」
「ま、あくまでも酒の席での与太話だ」
「与太話ねぇ。ベッドでママが読んでくれる絵本並に面白ぇ話だったぜ」
ドリスキルは、酒を注文するべく再び親父を呼びつけた。
●
「悪いな艦長。護衛がいい男じゃなくて」
アニス・テスタロッサ(ka0141)はガルガリン『ザガン・ベルム』でラズモネ・シャングリラ周辺の瓦礫撤去に勤しんでいた。
瓦礫撤去とは言っているが、その実は恭子の護衛役を兼ねている。
強化人間への悪感情はアニスも知っていたが、その感情が恭子へ向けられるとも限らないからだ。
「そんな事はないザマス。アニスさんは精一杯やってくれているザマス」
アニスへ感謝を述べる恭子。
ハンター達へ救援活動の依頼を出した恭子だが、その活動内容は多岐に渡り、想像以上の効果が出ている。失われていたかもしれない命がハンターによって救われた現実に恭子は満足していた。
ザガン・ベルムのパイルバンカー「エンハンブレス」で巨大な瓦礫を破壊しながら、アニスはぽつりと呟いた。
「……なあ、艦長。これで終わりだって本当に思ってるか?」
アニスの言葉で、恭子は一瞬黙った。
黙るしかなかった。
アニスの一言が、この事件に対して関係者が抱く考えだったからだ。
「なんでそう思うザマス?」
「勘だよ。軍時代は所属の都合で表にゃ出せねぇ仕事もやってたしな。普通の軍人よりは鼻が利くつもりだ」
「そうザマスか……。きっと八重樫さんも、ドリスキルさんも同じ考えだと思うザマス」
恭子は、アニスにそう答えた。
立場上、明言は難しいが、恭子もおそらく同じ考えなのだろう。
この事件に関係した人間のほとんどは、この結末に不安を覚えた。
どうしてこうなった。
何かが釈然としない。
「ま、なんかあっても勝手に首を突っ込んでどうにかしようとするのは揃ってるさ。ハンターにゃお人好しが多いからな」
恭子の心が沈んだ事に気付いたアニスは、そっとフォローを入れる。
事実、多くのハンターがこの事件に裏があると感じている。
このままでは終わらせない。
その思いをアニスは強くする。
「その時はお願いするザマス。あたくしの勘では、そう遠くないうちに仕掛けてくる気がするザマス」
●
「ママっ!」
「キーナっ!」
茜の連れてきた少女は、ようやく母親と再会できた。
方々を探してようやく出会う事のできた再会。
茜も思わずため息をつく。
「よかったわね」
「うん、ありがとう。お姉ちゃん」
少女の顔に笑顔が戻る。
その姿を見るだけで、疲労は何処かへ飛んでいってしまうようだ。
「良かったザマス。感動的ザマス」
再会の様子を偶然見かけた恭子。
茜に託していたものの、心配をしていたのだろう。
「良かったですの。恭子さん」
恭子に子をかけるディーナ・フェルミ(ka5843)。
そんなディーナもR7エクスシアで大きな瓦礫の撤去を行っていた。
幹線道路が瓦礫によって埋まっていた事から重機が入れない場所は数が多い。ディーナは重機よりもCAMの方が足場の悪い場所でも瓦礫の撤去に向いていると考えて復興支援を開始していた。。
「ディーナさん、ありがとうザマス。あ、もう少し左に瓦礫を動かして欲しいザマス」
恭子の声に従い、ディーナはR7エクスシアが持つ瓦礫を移動させる。
「次はこの物資をトラックに積んでいただけるザマスか?」
「はーい、承知ですの」
積み上がった物資の入れられたコンテナをトラックの荷台へ積み込む。
ムーンリーフ財団にも復興支援のノウハウはあるが、迅速に動けたのはラズモネ・シャングリラだった。ロンドンの戦いに身を投じていた事もあり、状況を一番把握していたからだ。
だからこそ、迅速な復興支援が必要な事も理解していた。
「あたくしのパイプも使ってロンドンの皆さんに向けた支援も財界の方々にお願いしているザマス。まだまだ物資は届くザマスから、瓦礫の撤去も急がないといけないザマス」
恭子は広告塔時代に築いた繋がりを活用してロンドン復興の打診をかけていたようだ。
VOIDの登場で苦しい状況ではあるが、富裕層は募金活動に遠慮が無い。瞬く間に物資がラズモネ・シャングリラへ届けられていく。
「分かりましたですの。撤去する瓦礫の下に人がいるようなら教えて欲しいですの」
ディーナも八面六臂に活躍しようとする。
軍用無線が使える恭子の近くなら、様々な情報が集まってくると考えていたのだ。その考え通りに恭子にはロンドン各地の様々な情報が寄せられていた。
「ディーナさん、この近くで瓦礫の下の救助者を確認ザマス」
「急ぎますですの」
R7エクスシアを降りて走り出すディーナ。
やるべき作業はまだまだ山積みのようだ。
●
敗戦だった。
仙堂 紫苑(ka5953)の率直なコメントだ。
その理由は明確だ。
敵の過小評価。
高火力の味方を武器に力で正面からねじ伏せようとしたのだ。確かに通常の歪虚CAMならばその火力でも決着はついた。
しかし、相手は如意輪観音。すべてのスキルも明かされていない如意輪観音を前に、紫苑は正面から挑んだのだ。
「……くそっ」
ジョッキグラスを握りながら、漏れ出る言葉。
反省するべき点は他にもある。
エクスシアの持つ脆弱性。それが最悪のタイミングで露呈した。何より、自分のミスで仲間を危険に晒した。
苦悩――紫苑の脳裏に、あの戦いが蘇る。
「わふ、わふ。シオンは悪くないですー」
紫苑の傍らでアルマ・A・エインズワース(ka4901)が、甘いカシスのリキュールを口にしている。
雰囲気だけみればいつもと変わらないアルマであるが、いつもよりしおらしい。
紫苑を励ますアルマだが、アルマはアルマなりに反省をしているのだ。紫苑の作戦がうまくいかなかった理由は、アルマが気付いた問題に対処できなかったから。
自分のせいで紫苑が苦しんでいる。
アルマはそう考えていたのだ。
「励ましか。ありがとうな」
感謝を述べる紫苑。
その声には覇気が感じられない。
「わふぅ……」
紫苑に釣られてしょんぼりするアルマ。
紫苑は頭を抱える。
これではいけない。どんな敵でも全身全霊を持って対処しよう。
エクスシアにももっと乗ろう。機体性能の不足ではない……自分自身の完全な『経験』不足が原因だ。
そして、仲間を頼ろう。アルマに言っておいて、自分が出来ていなかった。
様々に浮かぶ反省点。
しかし――。
(待てよ。この反省点は次の目標だ。この目標がクリアできれば……)
紫苑は気付いた。
もう自分が成すべき事が見えている。
次に現れるのはどんな歪虚CAMか。いや、黙示騎士自身かもしれない。
彼らが現れる前に、目標がクリアできればいい。
この苦しみは単なる苦しみではないのだ。
「ふふふふ」
「わふっ!」
突如笑い出した紫苑に、アルマは驚く。
だが、顔を覗き込めば、おかしくなった事ではないとすぐに気付いた。
「わぅ? なんだか、シオンが楽しそうですぅ。害虫駆除の時間です? わふー!」
「ああ、すぐに出番が来る。少しだけ待ってろ」
浮かれるアルマの横で、紫苑は静かに心の火を灯していた。
●
「八重樫団長、強化人間に纏わるアレコレを教エテ欲しいデス」
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)はパブで強化人間に関する情報を集めていた。
アルヴィン自身、報告書を読んだ程度の情報しか持っていない。実際に関わった人達の感想や意見を収集したいと考えているようだ。
エールをちびちびと飲んでいた八重樫は、いつもの仏頂面で唸りを上げる。
「うーむ。ドリスキル自身に聞くのが早いんだがなぁ」
「ドリスキルさんは、モウへべれけデス」
アルヴィンの言う通り、既にドリスキルにはかなりの酒が入っている。
あの酔っ払いから情報を引き出そうとするのは難しいかもしれない。
「オレもその話には興味があります。強化人間の由来は何か? オレはそれが気になってます」
アルヴィン同様、八島 陽(ka1442)も強化人間について興味があるようだ。
強化人間の開発には覚醒者のデータも提供されていたと記憶している。もし、強化人間にリアルブルーの大精霊が関係しているのであれば早急な接触が必要。大精霊に何かあったからこそ、強化人間の暴走が発生しているのではないかとも考えられるからだ。
「俺も詳しくは知らん。だが、以前ドリスキルに強化人間の手術について聞いたのだが、手術中は眠っていて何も覚えていないらしい」
「覚えテない?」
アルヴィンは思わず聞き返した。
事実、ドリスキルに限らず他の強化人間も同様らしい。つまり眠っている間にすべてが終わっているという事だ。
「『手術』と言ってたんですか?」
「ああ。だが、それは受けた本人の話だ。本当に手術をしていたかは分からん。強化人間は子供が多いらしく、残った強化人間の子供から聞き出すのも難しいぞ」
八島は、その一言で強化人間の手術に何か秘密がある事に気付いた。
アルヴィンは強化人間について別の話題を投げかけてみた。
「事件を起こすカラには、ソコ二課ならず何かの目的がある筈デ、この件で得をスル者、あるいは損をスル者は誰デショウ?」
アルヴィンは事件を通して損得を考えてみた。
誰が得をして、誰が損をしたのか。
「損をしたのは財団だ。研究していた強化人間が今や悪の象徴だ。軍も強化人間の導入を渋る連中が現れるはずだ。各国も強化人間を受け入れるのを考え直すかもしれん。もっとも、ハンターが四六時中リアルブルーにはいられないから強化人間に頼るしか無い面はある。
得をしたのは……歪虚だろうな」
歪虚。
この事件には明法という歪虚が関わっていた。もし、明法を餌に歪虚が何かを準備していたとすれば本命は別にある。
「歪虚が、新たニ何かヲ仕掛けてクル。そうお考エデスね」
「…………」
アルヴィンの問いかけに八重樫は黙ってエールを流し込んだ。
●
「うちが、無くなったのよ!」
「どうやって生活すればいいだ!」
予想はしていたが、財団総帥であるトモネは市民に囲まれてしまった。
ユーキがトモネを守るように前に立って守るが、周囲からの言葉に気圧されているようだ。
「一斉に話かけたらトモネも答えられないよ」
夢路 まよい(ka1328)は周囲の市民を大声で止める。
トモネに危害を加えるような者がいれば、ユグディラ『トラオム』が猫たちの挽歌で止めようと考えていた。だが、今の所はそのような素振りも見られない。
これならまだ話を聞いてくれる姿勢を持ってくれるかもしれない。
「トモネはみんなが困っている事を知っている。だから、ここへやってきたんじゃないかな? みんなは一方的に文句を言えば気は晴れるだろうけど、それは一瞬。すぐにまた困るだけだよ」
「そうだけどよ……」
まよいの言葉を受け、意気消沈する市民達。
彼らも財団や軍が懸命に救援活動をしているのは知っているのだ。だが、どうしても自分の中に堪っていく鬱憤。それを何処かで晴らしたいと考える。
強化人間によってもたらされた事件である以上、どうしても財団に怒りは向けられる。
しかし、怒りを向けてもお腹は満たされない。
「この街は壊され、諸君の愛し愛されし者が死んだ。何故だ!?」
市民達の背後から大声で演説を始めたのはキヅカ・リク(ka0038)。
まよいの言葉で勢いを削がれた群衆に対してキヅカは、訴えかける。
粛々と、時に激しく、時に声を荒げて。
「今日ここに来たのは、ハンターとして真実を伝える為である。
敵は強化人間ではない。この一連の凄惨な事件の主犯は、彼らを操っていた歪虚なのだ」
キヅカの言葉で群衆はざわついた。
軍が情報統制を行っていた関係もあり、事実を知らなかった者もいるのだろう。
「狂気が人を狂わせるように、奴らはその性質を持って彼らを操り狂わせた。
奴らの望みこそ、今ここで起きようとしていた内紛……つまり、人類の弱体化なのである。
奴らの思惑通りでいいのか? 否、断じて否!!」
語気を強めるキヅカ。
ここで一気に畳み掛ける。
「我々は、そして財団は、常に諸君等と共にある。歪虚の野望を打ち砕く為、悲しみを怒りに変えて……立てよ、市民!!」
精一杯の主張を市民に目掛けてアピールしたキヅカ。
肩で息をしているのもそれだけ必死なのだろう。
市民達は呆気に取られたように黙っている。
「まよい、私の横にいてくれ」
キヅカの主張に耳を傾けていたトモネは、それに誘発されたかのように一歩前に出た。
まよいはトモネの願いを聞き入れて傍らに立った。
万一の際にはキヅカの共に市民を止める為に。
「その者の言う通りだ。財団は決してそなたらを見捨てたりはせん。私はそなたらが元の生活に戻れるよう尽力する義務がある。もうしばらくだけ待ってはくれぬか」
トモネは敢えて多くは語らなかった。
キヅカの主張を立てる意味もあるが、今市民が必要なのは自分の生活を守る物だ。
トモネが物資を回してくれるのであれば、今はそれで十分なのだろう。
「トモネ、この戦いに関与した者として聞きたい。
強化人間のその力の源。彼らは何と契約して力を得ているのか。もう隠すべき時期ではない」
キヅカは、トモネに対して敢えて核心をつく問いかけを行った。
だが、トモネは首を傾げる。
「契約? 何を言っておるのだ。強化人間が契約をしているとすれば財団との雇用契約か誓約書ぐらいだ。そうだな、ユーキ?」
「その通りでございます」
「そういう事だ。助けてくれるのは感謝するが、訳の分からん問いは返答に困る。
まよい、少し疲れた。休める所へ案内してくれぬか」
「はーい。でも、良かったです」
「何がだ?」
「強化人間に直接手を出さなかったけど、強化人間を倒すのに強力した訳で……。
私みたいなハンターにトモネはどう思っているのか心配だったんだ」
「そなたらも仕事で強化人間と戦ったのだ。誰かが止めなければならなかった。気に病む必要はない。それより、そなたの傍らに居るネコを私に抱かせてはくれぬか?」
「うん。……あ、何か愚痴とかあったら言ってね。私でよければ聞くから」
まよいと仲よさそうに歩くトモネ。
遠ざかる三人をキヅカは見守っていた。
トモネから引き出された言葉は、キヅカの説を否定した。
誤魔化したのか? いや、トモネが嘘を吐いているようには見えなかった。
嘘を吐くのが上手だとしても、あれは――。
●
「おらよ」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)は鍛え上げられた肉体で瓦礫を持ち上げた。
ハンターのおかげで予定以上に復興が進んだ。財団と軍だけではここまで早期に片付ける事はできなかっただろう。
ボルディアはそれでも復興作業を継続している。
ユニットでは手の届かない場所を重点的に行っている。
「すげぇ。やっぱりハンターだな。強化人間とは違うな」
「ハンターじゃないとダメだな」
ボルディアが瓦礫を撤去する度に聞こえてくる強化人間への悪態。
それでもボルディアは言い返す真似はしない。市民は被害者だ。生活を壊されたり、死んだ人間もいるのだ。誰かに当たりたくなるのも分かる。
ボルディアはグッと堪える。
だが、その行動が市民達を調子付かせた。
「強化人間の奴ら、どっかで匿われているんだろ?」
「ああ、絶対に奴らに責任を取らせなきゃな」
『責任』。
その言葉を聞いたボルディアは振り返った。
「おい」
「うわっ」
市民が声を発するよりも早く、ボルディアは市民を睨み付けた。
「ガキ共に責任を押しつける事だけは許さねぇ。もしガキ共がなんか悪い事したンなら、それはそうさせた大人の責任だ」
「いけません」
ボルディアの傍らに立っていたのは高瀬 未悠(ka3199)。
一連のやり取りを聞いていた未悠は、敢えてボルディアを止めた。
怒るのも無理はないが、この場にいる市民だけ睨みを利かせても仕方ない。
「ちっ」
ボルディアは視線を逸らした。
「すいません。でも、知っておいて欲しいのです。強化人間の子供達も被害者なんです。歪虚に操られていただけなんです」
未悠はここに来るまで怪我人をヒールで癒し続けていた。
怪我はヒールで治す事はできる。だが、問題は心だ。肉体と同じように精神も大きなダメージを負うのだが、心まではヒールでは直せない。
精一杯の優しい笑顔と声で接しているのだが、心を完全に治す事は困難だ。
「ひぃぃ!」
未悠の笑顔を前にしても、市民は慌てて逃げ出した。
未悠とボルディアの言葉が伝わったのかは分からない。ただ、二人は瓦礫を片付けただけでは復興が終わらない事に気付いていた。
「……どうしたの、ミラ」
未悠の裾をユグディラのミラが引っ張っている。
何かを見つけたようだ。
「怪我人か? 行ってみるか」
ボルディアは未悠に同行して現場へ急行する。
そこには建物の影で体育座りしているキヅカの姿があった。
「何やってるんだ、お前」
「ほんと……慣れない事をするもんじゃないよね。やんなる」
どうやら先程の演説でかなり疲弊したようだ。
精神的にもキツかったらしく、ある意味キヅカも救助が必要な状況のようだ。
未悠は精一杯の笑顔を浮かべてキヅカを労った。
「らしくない事をして疲れたでしょう? 何か食べに行きましょうか」
●
既に何人かが酔い潰れているパブであったが、今も事件についての考察は続いていた。
「今回の事件、どうにも腑に落ちないわね」
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)は、事件をそう纏めていた。
黒幕と思しき明法があっさりと倒される。あまりにも拍子抜けだ。
「証拠隠滅、という訳か?」
ユーリの説に八重樫は耳を傾ける。
他のハンターも指摘する通り、この事件は矛盾点が多すぎるのだ。
強化人間は何故ハンターや人々を襲ったのか。矜持や誇りによるとは考えにくい。どちらかといえば、誰かによって擦り込まれたと考えた方が自然だ。子供であるが故にそのまま受け止めてしまう。
「子供の方が感受性が強いから明法の法術が効いたか? ドリスキルは大人だから効いてないって事か」
「それだけじゃない。操ったとしてもどうやって子供達を連れ去ったのか。
外部からの干渉で子供達を連れ去るのは難しい。というより、連れ去ろうとする時点で意図が多少なりとも露見する。だけど、こちら側が気付いた時には既にいなかった。つまり、軍や組織内部に内通者……歪虚側に与する者か紛れ込んだ歪虚がいる可能性がある」
ユーリは断言する。明法一人でそこまで周到に準備できるとは思えない。軍や組織に不穏な動きがあるはずだ、と。
「内部か。だとしたら厄介だ。これから相手をしなきゃならない連中は、下手すれば歪虚より面倒だ」
苦々しい顔を浮かべる八重樫。
この場に来たハンターの多くは、これで終わりとは思っていない。そして怪しさを感じている。その事はユーリも感じ取っている。歪虚とは別の相手。剣を握って倒すだけの相手ではない。
「今は警戒する他無い。ハンターの立場でリアルブルーの軍や組織へ干渉するのは難しい。しかし、やれるべき事はあるはずだ」
ユーリは手にしていたグラスを握り締めた。
言い知れぬ不安を前に、ユーリは立ち向かおうとしていた。
●
「こういう時には、必要……任せたよ、ユエ」
シェリル・マイヤーズ(ka0509)はユグディラ『ユエ』と共に怪我人の治療に当たっていた。
瓦礫の下から救出された者も含め、多数の怪我人が救護用のテントに集められていた。
シェリルはユエと一緒にヒールや森の午睡の前奏曲で治療をして回っていた。
傷が癒された事を確認した後、シェリルは次の患者の対応へ移る。
こうしている間にもロンドン各地から怪我人が運び込まれてくる。既に各地の病院もパンク状態。少しでも役立とうとシェリルは必死だった。
「頑張っておるが、おぬしは平気なのか?」
「トモネ」
シェリルの元をトモネとユーキが訪れた。
おそらく状況を把握する為に救護テントへやってきたのだろうが、必死で頑張るシェリルを心配したのだろう。
「私は平気。慣れているから」
慣れている。
嘘では無い。思い出すには霞む程の幼い記憶。
父と母と共に住んでいた場所――ロンドン。
懐かしさは分からないが、守りたかった場所。
結局、第二の故郷であったLH044と同じ光景を再現することになってしまった。
「慣れている、か。だが、慣れすぎてはいかん」
「…………」
「聞けばあの子達と戦ったそうだな」
トモネから漏れ出た言葉。
シェリルは依頼とはいえ、強化人間の子供達を戦って――殺した。
それは紛れもない事実だ。トモネも報告でその事を知ったのだろう。
「赦しは請わない。一緒にチョコを作った子もいたけれど……正しかったと自分を言い聞かせる気はない。
ただ、一人でも多く救いたかった。せめて今この場で救える人は救いたい」
シェリルは再び怪我人にヒールを施した。
奪った命は戻らないが、繋げられる命はここで繋ぎ止めたい。
それがシェリルが『しなければならない』事だから。
「一つ答えてはくれぬか。ハンターになった理由はなんだ?」
「歪虚への復讐と誰かを守りたかったから……あの子達と、同じだよ。
私は英雄でもヒーローでもない」
シェリルの言葉を反芻するように飲み込んでいくトモネ。
目を瞑り、思い返すトモネは、ゆっくりとシェリルに向かって顔を上げる。
「守りたかった、か。
傷は時が癒しても、心までは癒やせぬ。やはり、市民には希望が必要だ。先が見えぬ闇を払うだけの希望が」
「総帥」
「戻らねばなるまい。ハンター達が自分のできる事を尽力するのであれば、私も財団の総帥としてやるべき事をせねばらなん」
トモネは踵を返した。
気のせいか、トモネの足取りはテントへ来た時よりも力強くなっている。
「ユーキ、車を回せ。計画を進め……いや、それだけでは足りぬ。早急に対策を検討せねばな」
「Yes, My Lord」
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
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面白かった! | 22人 |
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サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/06/12 20:43:48 |
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相談卓 北谷王子 朝騎(ka5818) 人間(リアルブルー)|16才|女性|符術師(カードマスター) |
最終発言 2018/06/13 12:21:08 |