ゲスト
(ka0000)
クリスとマリー 終幕、或いは何かの始まり
マスター:柏木雄馬

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,800
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 6~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/06/22 19:00
- 完成日
- 2018/06/30 11:17
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
数々の騒動を経て、それぞれにオーサンバラにて再集結を果たした一行は、その日、数週間ぶりに侯爵家館の客室のベッドの上で目を覚ました。
事情を知らぬ大多数の者にとっては青天の霹靂であったあの結婚式の大騒動から3日── 侯爵家の人間たちと共に事態の収拾に奔走していたハンターたちにとって、ようやくまともにありつけた気持ちの良い睡眠の朝だった。
久方ぶりの柔らかなベッドの感触に昼まで惰眠を貪った『貴族の娘』マリーは、毛布を頭から被ったままのっそりと寝ぼけ眼で身体を起こした。
「……そっか。もう追っ手はいないんだ。危ない目に遭うことも……」
結婚式が大型歪虚と契約者に襲われた── あの日、侯爵家は教会に集まった村の人々や祭りの客らに向けて、一連の事態をその様に説明した。戦いの最中、花婿のシモンが花嫁を守って亡くなった、とも──
だが、結婚式の招待客──あの時、教会の中にいた貴族や大商人たちは、当然、その説明に納得しなかった。彼らは侯爵家次男のシモンとその関係者が巨大な蔦の化け物や人外に変化した様を目の当たりにしていたからだ。
「これはいったいどういうことですかな、カール殿?!」
追及者たちの急先鋒──ウィンパー子爵が皆の先頭に立って、家督を継承した長男カールに詰め寄った。子爵は元々、ダフィールド派閥に属する貴族家の一つであったが、先の(恐らくは侯爵家によって秘密裏に先導されたと思われる)難民たちの反乱に際して、他の周辺諸侯領と等しく、一緒くたに被害を受けていた。
「我々は目撃した。あの事件は侯爵家が起こしたものではないのかね!? 責任の所在ははっきりとしてもらいたい! こちらは命を落とし掛けたのだぞ!?」
「……我々も被害者です。……我々は涙を呑んで歪虚と化した次男シモンを討ち果たした。客人も誰一人死なせなかった。その事実を以って、ホストの役割は果たしたものと考えます」
「納得がいきませんな! 侯爵家の人間が歪虚に転じた──その事自体が問題でありましょう?!」
『誠意』を見せていただきたい──彼らは言外にそう告げていた。今回の事件を機にむしり取れるだけむしり取る。断るというのなら、今後、今回の事件について行われるであろう調査に際して、うっかり何かを口走ってしまうかもしれない──
カールは無表情でそれに応じた。この連中は自分の事を『代替わりしたばかりの若い当主』と侮っている。
「……ウィンバー子爵。お宅の御故郷(おくに)には我が侯爵家の軍勢が治安維持に入っている。その事実をお忘れか?」
貴族たちは折れなかった。貴族を武力制圧するなど政治的に不可能だからだ。その様な勝手──横暴を、中央が許すはずはない。ここぞとばかりに介入し、侯爵家の力を削ぎにくる。
「それは剛毅な話ですな!」
その声は目の前のカールからではなく、背後から── 聞き覚えのあるその声に、貴族たちの顔にサッと緊張の色が指す。
現れたのは先代のダフィールド侯爵ベルムド── これまで散々、彼らが煮え湯を飲まされてきた相手だった。対立の場でただ一人、彼だけが鷹揚に笑い声を上げていた。
「なるほど、そういうことであれば、我が侯爵家も皆様に便宜を図らぬわけにはいきますまい!」
「父上……!」
「おお、流石はベルムド殿。では……」
「ええ。皆様の領地に駐屯している我が軍を全て引き上げ、お預かりしている主権を全て皆様にお返ししましょう!」
「……!」
「ええ、ええ。安心してください。今後、暴虐な侯爵家があなた方に関わることは、一切、ない!」
ベルムドのその言葉に、貴族たちの顔色が蒼くなった。……先の難民たちの反乱によって、周辺諸侯の軍事・警察力はほぼ壊滅に近い状況にあった。そんな中、侯爵軍に引き上げられてしまっては、領内の治安はどん底にまで悪化してしまう。
それだけではない。侯爵家は周辺諸侯に対し『公私に亘って』財政的な支援を行ってきた。それを今後は一切断つと言うのだ。それはこれまで侯爵家が各諸侯領に投入してきた資本を全て破棄しても構わないと宣言するに等しかった。
「そのようなこと……!」
できるはずがない、とは貴族の誰も言えなかった。ベルムドはその奇行によって『何をするか分からない』人間として敵味方に知られていた。
「さて、私は覚悟を示した。君たちも……それなりの覚悟があって、ものを言っているのだろうね?」
ベルムドの問いに、諸侯はしどろもどろになって、退室しようとした。ベルムドはそれを許さなかった。カールに目配せをし、今後とも変わらぬ『付き合い』を諸侯に確認させ、しっかり上下関係を再認識させてから追い出した。
「……まったく、甘いぞ、カール。クーデターで家督を奪った後はいったいどうするつもりだったのだ?」
「……マーロウ大公の後ろ盾を得るつもりでした。今回の王家との縁談騒動、大公もダフィールド派閥の協力は無視しえないでしょうから……」
「甘い、甘い。あの大公がお前にどうこうできるタマか。逆に手玉に取られるのがオチだ」
ベルムドは大きくため息を吐くと、王家派への手当は済ませてあるのか、と訊ねた。
「まだなら大司教にも手紙を出せ。今回の政治闘争において、我が家は王女を支持する、と」
「双方に!? そ、それは流石に節操が無さすぎませんか?!」
「どこの家もやってることだ。……いいか、カール。王家も大公家も関係ない。ダフィールド家がただダフィールド家として存在すること──それこそが我々が第一に考えなければならぬことなのだ」
(おー、怖……)
そのやり取りを廊下で偶然聞いてしまって…… マリーは肩を竦めて食堂へ向かった。
そこには同じように昼になってから起きて来たハンターたちが食事を取る為に集まっていた。配膳をしているのはクリスだった。これまで『執事』のシモンがしていた役目だ。
そのシモンは表向き、歪虚となって討伐されたことになっていたが、実際には助け出され、地下牢に幽閉されていた。もっとも、その『幽閉』すら形ばかりと言っていい。見張りの2人はシモンの元部下の軽装戦士2名であったし、地下を含む隠し通路は彼にとっては庭の様なものであったから。
ニューオーサンの戒厳令もすぐに解かれた。市民には『大型歪虚出現による非常事態宣言』とだけ伝えられ、実際はそれがクーデターであったことも知らぬ内に、家督をカールが継いだことだけが知らされた。
「うん、私に政治とか無理。結婚して夫に全て丸投げするのもいいかもね」
今しがた聞いた話題をクリスや皆に振りながら、マリーはそんなことを告げてみる。
オーサンバラを離れて巡礼の旅に戻るまで、あと1日を切っていた。
明朝にはここを出る── それまでにやっておくべき事を、ハンターたちは食事をしながら考えていた。
事情を知らぬ大多数の者にとっては青天の霹靂であったあの結婚式の大騒動から3日── 侯爵家の人間たちと共に事態の収拾に奔走していたハンターたちにとって、ようやくまともにありつけた気持ちの良い睡眠の朝だった。
久方ぶりの柔らかなベッドの感触に昼まで惰眠を貪った『貴族の娘』マリーは、毛布を頭から被ったままのっそりと寝ぼけ眼で身体を起こした。
「……そっか。もう追っ手はいないんだ。危ない目に遭うことも……」
結婚式が大型歪虚と契約者に襲われた── あの日、侯爵家は教会に集まった村の人々や祭りの客らに向けて、一連の事態をその様に説明した。戦いの最中、花婿のシモンが花嫁を守って亡くなった、とも──
だが、結婚式の招待客──あの時、教会の中にいた貴族や大商人たちは、当然、その説明に納得しなかった。彼らは侯爵家次男のシモンとその関係者が巨大な蔦の化け物や人外に変化した様を目の当たりにしていたからだ。
「これはいったいどういうことですかな、カール殿?!」
追及者たちの急先鋒──ウィンパー子爵が皆の先頭に立って、家督を継承した長男カールに詰め寄った。子爵は元々、ダフィールド派閥に属する貴族家の一つであったが、先の(恐らくは侯爵家によって秘密裏に先導されたと思われる)難民たちの反乱に際して、他の周辺諸侯領と等しく、一緒くたに被害を受けていた。
「我々は目撃した。あの事件は侯爵家が起こしたものではないのかね!? 責任の所在ははっきりとしてもらいたい! こちらは命を落とし掛けたのだぞ!?」
「……我々も被害者です。……我々は涙を呑んで歪虚と化した次男シモンを討ち果たした。客人も誰一人死なせなかった。その事実を以って、ホストの役割は果たしたものと考えます」
「納得がいきませんな! 侯爵家の人間が歪虚に転じた──その事自体が問題でありましょう?!」
『誠意』を見せていただきたい──彼らは言外にそう告げていた。今回の事件を機にむしり取れるだけむしり取る。断るというのなら、今後、今回の事件について行われるであろう調査に際して、うっかり何かを口走ってしまうかもしれない──
カールは無表情でそれに応じた。この連中は自分の事を『代替わりしたばかりの若い当主』と侮っている。
「……ウィンバー子爵。お宅の御故郷(おくに)には我が侯爵家の軍勢が治安維持に入っている。その事実をお忘れか?」
貴族たちは折れなかった。貴族を武力制圧するなど政治的に不可能だからだ。その様な勝手──横暴を、中央が許すはずはない。ここぞとばかりに介入し、侯爵家の力を削ぎにくる。
「それは剛毅な話ですな!」
その声は目の前のカールからではなく、背後から── 聞き覚えのあるその声に、貴族たちの顔にサッと緊張の色が指す。
現れたのは先代のダフィールド侯爵ベルムド── これまで散々、彼らが煮え湯を飲まされてきた相手だった。対立の場でただ一人、彼だけが鷹揚に笑い声を上げていた。
「なるほど、そういうことであれば、我が侯爵家も皆様に便宜を図らぬわけにはいきますまい!」
「父上……!」
「おお、流石はベルムド殿。では……」
「ええ。皆様の領地に駐屯している我が軍を全て引き上げ、お預かりしている主権を全て皆様にお返ししましょう!」
「……!」
「ええ、ええ。安心してください。今後、暴虐な侯爵家があなた方に関わることは、一切、ない!」
ベルムドのその言葉に、貴族たちの顔色が蒼くなった。……先の難民たちの反乱によって、周辺諸侯の軍事・警察力はほぼ壊滅に近い状況にあった。そんな中、侯爵軍に引き上げられてしまっては、領内の治安はどん底にまで悪化してしまう。
それだけではない。侯爵家は周辺諸侯に対し『公私に亘って』財政的な支援を行ってきた。それを今後は一切断つと言うのだ。それはこれまで侯爵家が各諸侯領に投入してきた資本を全て破棄しても構わないと宣言するに等しかった。
「そのようなこと……!」
できるはずがない、とは貴族の誰も言えなかった。ベルムドはその奇行によって『何をするか分からない』人間として敵味方に知られていた。
「さて、私は覚悟を示した。君たちも……それなりの覚悟があって、ものを言っているのだろうね?」
ベルムドの問いに、諸侯はしどろもどろになって、退室しようとした。ベルムドはそれを許さなかった。カールに目配せをし、今後とも変わらぬ『付き合い』を諸侯に確認させ、しっかり上下関係を再認識させてから追い出した。
「……まったく、甘いぞ、カール。クーデターで家督を奪った後はいったいどうするつもりだったのだ?」
「……マーロウ大公の後ろ盾を得るつもりでした。今回の王家との縁談騒動、大公もダフィールド派閥の協力は無視しえないでしょうから……」
「甘い、甘い。あの大公がお前にどうこうできるタマか。逆に手玉に取られるのがオチだ」
ベルムドは大きくため息を吐くと、王家派への手当は済ませてあるのか、と訊ねた。
「まだなら大司教にも手紙を出せ。今回の政治闘争において、我が家は王女を支持する、と」
「双方に!? そ、それは流石に節操が無さすぎませんか?!」
「どこの家もやってることだ。……いいか、カール。王家も大公家も関係ない。ダフィールド家がただダフィールド家として存在すること──それこそが我々が第一に考えなければならぬことなのだ」
(おー、怖……)
そのやり取りを廊下で偶然聞いてしまって…… マリーは肩を竦めて食堂へ向かった。
そこには同じように昼になってから起きて来たハンターたちが食事を取る為に集まっていた。配膳をしているのはクリスだった。これまで『執事』のシモンがしていた役目だ。
そのシモンは表向き、歪虚となって討伐されたことになっていたが、実際には助け出され、地下牢に幽閉されていた。もっとも、その『幽閉』すら形ばかりと言っていい。見張りの2人はシモンの元部下の軽装戦士2名であったし、地下を含む隠し通路は彼にとっては庭の様なものであったから。
ニューオーサンの戒厳令もすぐに解かれた。市民には『大型歪虚出現による非常事態宣言』とだけ伝えられ、実際はそれがクーデターであったことも知らぬ内に、家督をカールが継いだことだけが知らされた。
「うん、私に政治とか無理。結婚して夫に全て丸投げするのもいいかもね」
今しがた聞いた話題をクリスや皆に振りながら、マリーはそんなことを告げてみる。
オーサンバラを離れて巡礼の旅に戻るまで、あと1日を切っていた。
明朝にはここを出る── それまでにやっておくべき事を、ハンターたちは食事をしながら考えていた。
リプレイ本文
朝靄煙る早朝に館を出発した時音 ざくろ(ka1250)、ルーエル・ゼクシディア(ka2473)、レイン・レーネリル(ka2887)の3人は、太陽が南天に掛かるより大分早い時分に目的地へと到着した。
そこは山林の中にひっそりと佇む『狩猟小屋』──王都の諜報員たちが設けたセーフハウスの一つだった。諜報員の多くは既に次の任地へ散っており、その場に残っていたのは『ベテラン』の中年と、未だに『新人』と呼ばれる青年と…… 再起不能となる程の拷問を受けたリーアの3人だけだった。
「やあ、リーアさん。お見舞いに来たよ! あ、これ果物。アデリシアとサクラに見繕ってもらったものだから、きっとおいしいよ!」
「体調の方はいかがでしょう……? 今はゆっくりと休んで、早く復職できるといいですね」
ベッドに身を起こしたリーアにそう挨拶しながら、ハンターたちが部屋へと入る。
見舞いの果物を受け取ったリーアはベッドから立ち上がり……自ら食器を用意し、皮を剥いてハンターたちへ振舞った。
「ワォ! もうそこまで回復してるんだ。リハビリ、頑張っているんだね!」
「ああ。馬車の荷台に乗せられて王都に帰還とか締まらないからな。ここを離れる前に、せめて自分で馬に乗れるくらいには回復しときたいと思っている」
ベッド脇ではなくテーブルで、茶飲み話に花が咲く。リーアが興味を持ったのは、やはり自身が関わった一連の騒動の顛末だった。
「いやー色々あったけど、収まるところに収まった感じ! 貴族のお家騒動に巻き込まれるなんて、私の聡明な頭脳を持ってしても分からなかったよ!(←レインさん、ツッコミ待ち)」
「とんでもない事件だったけど……終わってみれば、良い冒険になった、かな? あの力を与えた者の行方が分からないことが気がかりだけど……(←ルー君のツッコミはなかった)」
それを語っている内に昼時となり、ハンターたちは昼食前に小屋を辞することにした。
「……色々とありがとう。貴方のお陰でアデリシアやサクラたちを無事に助けることができた。早く元気になれるよう、お祈りしてるね」
「これも何かの縁です。何か困ったことがあったらいつでも依頼を出してください。出来るだけ協力しますから」
自ら見送りに出たリーアに手を振り、ハンターたちは別れを告げた。
……彼らにまた会えるのはいつの事になるだろう。
ハンターたちは早晩、クリスとマリーと共にダフィールドの地を離れる。
●
「ふわあああぁぁ……んん。おはようございますですよ」
館、食堂。昼食時── この時分になってやって来た起き抜けのシレークス(ka0752)が、欠伸混じりに大きく伸びをしながら、食堂にいる皆に向かって朝の挨拶をした。
「もう昼ですけどね…… おはようございます、シレークスさん」
上品にナイフとフォークを動かしながら、微苦笑混じりに、ヴァルナ=エリゴス(ka2651)。アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)は呆れた様にシレークスを見返し、告げる。
「……寝間着姿で出て来なかったことだけは褒めてあげますが、もう少しシャンとしたらどうですか。曲がりなりにも聖職者なのですから」
「しゃーねーじゃねーですか。脱獄騒ぎに指名手配、潜伏生活…… ようやく何もかも終わって、張り詰めてたものがぷしゅーと抜けちまうのも詮方ないってなもんです」
そう答えたシレークスは席に座ると、スープを運んできたクリスに礼を言いつつ再び大きな欠伸をした。そこへマリーもやって来て、寝ぼけ眼のまま同じような欠伸をする。
(いい加減に緩んでやがるなあ……)
ヴァルナと顔を見合わせて、ヴァイス(ka0364)は小さく息を吐いた。……大丈夫なのか? 特にマリー。明日からはまた巡礼の旅に戻るというのに……
「……ところで、アデ。ここにいない連中は?」
「ざくろさん、ルーエルさん、レインさんの3人はあの男の見舞いです。サクラさんとユナイテルさんの二人は村の片づけの手伝いに」
「ほーん…… で、アデは愛しの恋人様とは一緒に出掛けなかったのですか?」
「……」
「もしかして…… アデも寝坊しやがった口ですか?」
同刻── 広域騎馬警官たちと共に村人たちの祭りの後片付けを手伝いに来ていたサクラ・エルフリード(ka2598)は、突然、鼻がむず痒くなって、小さく可愛らしいくしゃみを一つした。
「む…… さてはシレークスが目を覚ましましたね……」
さり気にそんなことを看破しながら、スカーフを鼻まで引き上げる。……彼女と広域騎馬警官隊が担当する『跡片付け』は、あの『大亀』によって破壊された屋台や家屋の解体・処理作業だった。幸い、死者は出てなかったので気の重い仕事ではないが、解体現場特有のあの埃っぽさだけはどうにもし難く……
「ええっ!? まだ告白をしてないんですか?! いったいあれから何日経ったと……!」
その時、少し離れた場所からユナイテル・キングスコート(ka3458)の叫びを聞いて、サクラはそちらに歩いて行った。
見れば、迷子になった子供(with ペロペロキャンディ)の手を引いて親を探していたユナイテルが、別の泣く子供たち(含、脛を的確に蹴って来る悪ガキ)を戸惑いながらあやすソードに詰め寄っているところだった。ちなみに、傍から見るだけなら二人(と子供たち)はまるっきり若い親子のように見えたりしなくもない。
「……仕方ないだろう。事件以降、激務続きでそんな暇は無かったんだから……」
「その言い訳…… もしかして、クリスに謝ることも出来てないのではないですか?」
サクラがそう指摘すると、ソードは言葉を詰まらせた。
「……まったく、本当にざんねn……もとい、惜しい人ですね。あの日『俺をオーサンバラまで連れて行ってくれ』と啖呵を切ったソードさんはどこに行きました?」
サクラの言葉にそっぽを向いて沈黙するソード(拗ねた、とも言う)。それを見て、ヤングや広域警官たちが微苦笑混じりに肩を竦める。
「よし、皆でキャンプに行くぞ!」
そんなソードたちと共に、昼休憩の為に館に戻ったサクラとユナイテルは、扉を開けるなり待ち構えていたヴァイスにそう迫られて、ずずいと後ろに仰け反った。
「い、いきなり何ですか?」
「キャンプだよ。色々、謎も残っちゃいるが、それはそれとして今この瞬間しか出来ないことを楽しむんだ」
言いながら、ヴァイスはチラと室内のマリーの方を目配せした。ああ、そういう……と、2人はヴァイスの意思を理解した。巡礼の旅に戻る前に気を引き締め直そうというのだろう。勿論、ここでお別れとなるルーサーに思い出を残していく意味もある。
「ソード殿も一緒にどうですか? クリス殿に酷薄、もとい、告白する最後のチャンスですよ? ……まさか、ケジメをつけずにやり過ごすつもりなんて……いやいや、あり得ませんよね! 男子たるならば!」
さり気に逃げ出そうとしていたソードの肩をがっしと掴むユナイテル。……もうじき、クリスは去ってしまうというのに、この男ときたら…… ここはひとつ背中を押してあげましょう! 『玉砕は目に見えていますが』、騎士として! 強制的に!
「場所はどこでもいいが……安全と時間を考えれば裏の里山辺りが妥当だろうな。水場の位置やキャンプに適した場所なんかも既に頭に入っている」
戻って来たざくろ、ルーエル、レインの3人にも了承を得ると、ヴァイスはルーサーやマリーらにテントや食料、キャンプ用品などの旅支度を整えさせて、館の玄関前に整列させた。
「よし、皆、荷物は持ったな? それじゃあキャンプに出発するぞ。……徒歩で!」
「徒歩っ!?」
ようやく文明世界に帰って来れたと思っていたのに…… とげんなりするマリーとシレークス。アデリシアの方は既に隙なく支度を整えている辺り、同じ大人でも即応能力に差が出た形だ。きっと昨夜の深酒が残っているのだろう(誰が、とは言わないが)
「ど、どうして貴族の俺が自分の荷物を……」
「これも鍛錬ですよ、ソード兄様!」
普段、雑務は従卒に任せきりのソードを、額に汗光らせて励ますルーサー。……いや、違うぞ、弟よ。お前と違って俺は日夜身体を鍛えている剣士であるし、行軍も荷の重さもどうということはない。ただ、あれだ。村を抜ける自分たちを何か微笑ましい目で見つめる領民たちの視線が貴族の矜持的に痛いというかー……!
「よーし、全員いるな? 荷物の確認を終えたら、各自、テントの設営を始めてくれ」
「お、いよいよ僕の出番だね! サバイバルスキルをフル発揮して頑張っちゃうよ!」
ヴァイスの号令に腕まくりをしてテント用具を広げるざくろ。経験のないソードは見様見真似でテントを張って……案の定、上手くいかずに失敗した。一方、ルーサーの方はきちんとテントを張り終えた。この辺りの作業は旅の間にクリスとマリー、ハンターたちにみっちり仕込まれている。
「……俺は駄目だな。ルーサーが出来るような事すら、一人ではまともに出来やしない」
「そりゃ、この件に関してはルーサーの方が先達だからな。なに、今は出来なくてもこれから覚えて行けばいい。ルーサーだってやって来た事だ」
ヴァイスの言葉に、よろしく頼む、と頭を下げるソード。ヴァイスもまた設営のやり方を理論と共に一つずつ丁寧に教えていく……
キャンプの設営を終えると、夕食までの時間は自由時間となった。
シレークスはクリスを呼び止めると、冊子『滝行のススメ』を掲げ持ちながら、にっこりと笑みを浮かべて小首を傾げた。
「クリス、ほら、これなんて良いのではないでしょーか。この川の上流にも良い感じの滝を見つけてあります」
「え? え?」
いきなり営業スマイルでそのように迫られて、クリスは戸惑い、警戒して後退さった。
「た、滝行、ですか……? しかし、今になってなぜ、急に、そんな……(胡散臭い笑顔でそのようなことを)?」
「それは勿論、酒を抜……もとい、愛のお説教、いや、折檻の為でやがります!」
「折檻!?」
営業スマイルに影を落とし、本来の姿(ぇを取り戻したシレークスがクリスの肩をがっちり掴む。
「まーったく、私たちも随分と世話の焼ける娘たちと知り合ってしまったもんです。あらゆる意味で私たちを欺きながら、一人で何でもかんでも抱え込んで、相談もなく勝手に動いて、無茶ばかりしてくれて…… 今日という今日はよくよく言い聞かせねばなりません」
「そ、その節は本当に申し訳なく…… ですが、なぜ滝行なのですか?」
「決まってます! エロいからでやがります!」
「えろっ!?」
「さあさあ、この白い服に着替えて水に打たれるのが滝行の作法でやがります。その際、肌着や下着は身に着けないのが習わしです!(嘘」
心の底から笑顔を浮かべながら、強引にクリスを拉致して上流へと向かって行くシレークス。それを川岸で「?」マークで見送りながら、ヴァイスはルーサーとソードに釣りのレクチャーを再開する。
「とりあえず、まずはこの辺りで針に餌をつけて垂らしてみようか。ポイントの選び方とかキャストのやり方なんかはその後だ」
渡された袋を覗き込んだルーサーとソードは、中に入った魚の餌──蠢く虫たちを見てウッ、と顔をしかめて仰け反った。流石のルーサーもこれにはまだ免疫がなかった。オーサンバラまでの旅の時には食糧は町や村で買った保存食が多かったから……
一方、マリーは餌のミミズやら川虫を見てもまったく動じず、素手で摘んで針へと引っ掛けるとひょいと水面へ釣り糸を投げ垂らす。
「……す、凄いね、マリー。女の子ってこういうの苦手だと思ってた……」
「慣れよ、慣れ…… フォルティーユ村からの強行軍はずっとこんな感じだったし……」
なんか達観したというか悟り切った表情であらぬ方を見上げるマリー。それに比べて……とルーエルは背後の森を見やった。……彼の傍らにいたはずのレインの姿は消えていた。虫、というかそれの入った袋がヴァイスによって出された瞬間、彼女は悲鳴もなく弾ける様に森へと逃げ込んで…… 今は、木の陰からそっと、仇を見るような表情でこちらの様子を窺っている。
「なにさ! おねーさんだって包丁でおさかな捌けるんだからね!(←虫を食べたおさかなのワタを排除する一心で覚えた) お魚を自分で釣った事はないけどねっ! だって、虫だし! 虫だし!」
「落ち着いて、レインおねーさん! 虫を食べない川魚もいるから……って言うか、森は森で虫だらけだからっ!」
ふみゃーっ!? と悲鳴を上げて森から飛び出すレインを迎えに飛び出すルーエル。
「それでも料理できるだけすごいなぁ…… クリムゾンウェストに来てからこの方、いつも誰かに料理を作ってもらう生活だったから、料理だけは身につかなかったんだよなぁ。冒険家なのに」
毛を逆立てた猫の様に震えて怒りながらルーエルと戻って来たレインに、しみじみと感心するざくろ。そんな彼らに様々な魚採りの仕方を教えながら、ヴァイスはその光景を魔導カメラに写し取ってていく……
だいぶ日も傾きかけた、だが、夕方と呼ぶにはまだ早い時分──
のんびりとした釣りの時間を過ごしたサクラとルーサーは、夕食の支度に掛かった皆から少し離れた開けた場所で相対していた。最後に、『師匠』としてトレーニングの仕方をルーサーに伝授する為である。
「では、今日は、これまでに行ったトレーニングの復習と、狭い室内でも出来る筋トレのやり方を伝授しましょうか」
「はい、『師匠』!」
それは旅中、そして、オーサンバラに来てからも習慣となったいつもの光景。幾度となく繰り返された二人の時間── 故に、彼女が今、『厨房』ではなくここにいるのは、「サクラが包丁を持つと危ない」と追い出されたからでは、決してない(ぇ
ただ、これまでと違うのは……これがこのオーサンバラで最後のトレーニングになるということ。その事は両者共に分かっているはずだったが、その場には常と変わらず、激しくも穏やかな時間が淡々と流れていた。
「短時間でもいいので毎日続けてください。間を開けてしまうとサボり癖がついてしまいますからね。……あと、身体を鍛えるだけでなく勉強もしっかりしてください。頭でっかちでも脳筋でもダメですよ。誰かさんみたいになってしまいます」
夕暮れの時分まで訓練を続け、最後にサクラはそう言って講義を〆た。厨房の方から聞こえて来たシレークスのくしゃみが、カラスの鳴き声に混じって山林に木霊する。
「……ありがとうございました!」
立ち去るサクラにルーサーは頭を下げ続けた。
真っ赤な空の夕焼けに、夜の藍が色を差していた。
●
夜の闇が世界を覆い、満天の星空が山の端を影絵の様に浮かび上がらせる臥待月の宵。その星々の光をかき消す様な勢いで、キャンプ中央に設けられた焚火が盛大に炎を噴き上げた。……ただの焚火ではない。薪を井桁型に組み上げた、本格的な、文字通りのキャンプファイヤーだ。
「キャンプファイヤー…… それは親睦の儀式。この場にて我々は友情の火の誓いを立てるのじゃよ」
「レインおねーさんが何か言い出した!」
夕食が始まる。食材は、先程、ヴァイスに教えられながらルーサーやソードが捌いた魚。そして、なぜか切り分けられ、塩と香料が塗された大量の肉と野菜と──
「はい、ちょちょいとルー君を使いに出して、『ほら、皆に迷惑をかけたなー、なんて少しでも思っているならさー、ちょちょいと協力してくれないかなー』ってカールさんに用意してもらいました! だって、現地調達だとルー君、虫ばっか集めて来るし!」
一行は煌々と燃える火を囲んでごちそうを食べ、歌い、笑った。食後の時間、ざくろは電光楽器「パラレルフォニック」(ギターの様に構える鍵盤楽器。様々な音色が奏でられる)を構えて、リアルブルーのポップな歌謡曲から、クリムゾンウェストのダンサンブルな民族音楽を月と星と炎をバックに奏でた。ただ、サクラとヴァルナの二人は歌うことは頑なに拒んだ。
「「だって、恥ずかしいじゃないですか」」
そう同じ言葉で返した二人だったが、そのニュアンスは大分異なる。
「んー! 胸のモヤモヤが無い状態でのキャンプってのはやっぱり楽しいねぇ! 虫料理はギルティだけど!」
(……根に持つなぁ、虫)
一しきり宴を終えて。ざくろが奏でる静かなジャズとかバラードをBGMに、レインは大層ご満悦な表情で大きく伸びをした。
「そーいや、ルー君たちが最初にルーサー君と出会ったのって、こう言う野外だったんだっけ?」
「いえ、初めて会ったのは巡礼の旅の最中、小さな集落の小さな野辻で起こった馬車同士の事故現場でした。その内の1台にルーサーが乗ってて、事故で怪我をした婆や? から家まで送るよう頼まれたのです」
サクラの答えに、頷くヴァルナ。……そう言えば、あの時の『鴨嘴熊』はいったい何だったんだろう? 結婚式に現れた『大亀』といい、何か関係があるのだろうか……?
「その後、ルーサーが誘拐されそうになったり……」
「拗ねたルーサーを混浴温泉に引っ張り込んだり、船旅も経験したり」
「逃散民取締官を返り討ちにしたり。そのリーアさんが実は王都の諜報員だったり」
「フォルティーユ村に最初に立ち寄ったのもこの時だったね!」
皆で語り合いながら、ざくろがほぅと息を吐く。
「……色んなことがあったよね」
ざくろがしみじみ呟くと、なんとなく皆、無口になった。
無言で空や炎を見上げる。薪の爆ぜるバチッという音だけが静かな夜に時を刻む……
「……クリスたちはこれからどうするつもりです?」
シレークスが訊ねると、クリスがむぅと唸りながらも答えた。
「巡礼の旅が途中でしたからね。まずはそれを終わらせます。始まりの村トルティアへ戻って、王都の大聖堂で祝福を受けて……」
「その後は?」
「マリーの結婚式……のはずなんですけど、正直、どう話が転ぶのかは私には分かりません。もうだいぶ時間が経っていますし、お相手の分家の三男坊も王立学園を出て軍人になったそうですし……」
夜が更ける。一行は食事の後かたずけを翌日に回して早々に休むことにした。
明日は早い。キャンプを引き払い、一旦、オーサンバラの館に戻って……それから昼過ぎにはこの地を立つ。
各自が忙しく就寝準備に入る中、どこかそわそわしたソードがクリスを林の中に呼び出した。見掛けたレインがきゅぴ~ん! と乙女の勘で後を尾け……ざくろやサクラ、ユナイテルと言ったご同輩を見つけて無言でコクリと頷き合う。
茂みの陰からこっそりと二人の様子を窺う彼女たちの視線の先で、ソードが深く頭を下げた。恐らくクリスの正体が露見した際に言った暴言の謝罪をしているのだろう。
やがて、頭を下げ続けるソードに向かって、クリスが深く頭を下げた。こちらは告白してきたソードに謝絶をしたものだろう……
……クリスが立ち去った後もキャンプに戻らず、呆然と立ち尽くすソードの肩を、サクラが後ろからポムと叩いた。ビクッと振り返った彼に向かって、ユナイテルがサムズアップをしてみせる。
「人生の経験値が貯まりましたね。ああ、結果は言わずともお察ししますので」
「……強く生きてね。大丈夫、すぐに次のいい女性(ひと)が見つかるよ!」
「恋愛相談ならおねーさん、いつでも受け付けてるよ! 大丈夫っ、私の口はチョークより堅いって、呆れ顔のルー君にいつも褒められてるし!(……あれ? 褒められてる?)」
立て続けに畳みかけて来るざくろとレインに、ソードはクッと歯を鳴らして「リア充どもめ。爆発してしまえばいいのに」とか呟いてたり。
「クソッ。クリスめ、後悔させてやるからな」
ソードが握った拳を前に天を見上げて呟いた。
「ああ、後悔させてやる。男を磨いて、何処に出ても恥ずかしくない立派なジェントルマンになって……!」
そう誓いを立てるソードに、サクラは頷き、励ました。
「心を入れ替えて励むのであれば、まだワンチャンあるかもしれませんよ。……もっとも、私たちがそれを認めるかどうかはまた別の話ですけどね」
「さて、と……すべきことは済ませたし、そろそろ行くか」
表情を切り替え、ソードが告げる。その表情に先程までの緩んだものはどこにもない。
更に奥の裏の山。かつてサクラとルーサーが隠れ潜んでいた『待ち合わせ場所のキャンプ』の辺りに、『人馬共にその全身を薔薇の花と茨の蔦に覆われた騎士の化け物』の目撃情報が寄せられていた。……ソードの先代の守り役であった騎兵たちは、あの結婚式の日にニューオーサンからの追っ手を防いで、4人中3人が人外と化して死んだ。追撃を阻む為に己が全てを出し尽くして戦った結果だろう。壮年の騎兵──ヤングの父親だけが見つかっていなかった。彼は闇色の力の濫用によって人格を喪失し、欠落した生前の記憶に従って、今もルーサーを探して幽鬼の様に彷徨い続けている……
「歪虚は討たねばなりません。強ければ、尚更に。ならば所縁ある者の手でケリを付けるのがせめてもの手向けでしょう」
ユナイテルに頷き、ソードがかの地へ歩き出す。『討伐隊』としてついていくのは、ユナイテル、アデリシア、ヴァルナの3人──
「ご心配なく。少し『後片付け』をしてくるだけです。すぐに戻りますよ。……この地を離れる前に、片付けておくべきものはしっかり片付けてしまわないと」
気付いたクリスにそう言って寝るよう促すアデリシア。
……件のキャンプ跡地の近くに、かの彷徨える騎士はいた。
「強敵とは言え一騎のみ……包囲して追い詰めます」
ユナイテルの指示に従い、行動を開始するハンターたち。何の動きも見せていなかった茨騎士が、最初の一撃を受けた瞬間、狂った様に剣を振るい出す。
その一撃をアデリシアは腕で──籠手に浮かべたマテリアルの障壁で以って受け止めた。同時に、転倒もしくは落馬を狙って、盾でもって馬上の敵を思いっきりぶん殴る。バランスを崩して落ちかけた敵は……しかし、あり得ない体勢から『起き上がり小法師』の様な動きで馬上へ復帰した。見れば、人馬の身体から生えた茨の蔦が互いに身体に絡みつき、文字通りの人馬一体になっていた。
相手が体勢を立て直す前に魔力を乗せた一撃を叩き込もうとしていたアデリシアは、予想外の動きで身体を戻した敵にカウンターを合わせられた。咄嗟に受けた聖鎚の柄に甲高く響く金属音。跳ね飛ばされたアデリシアが地面に転がり、司教冠が地に落ちる。
「この剣の冴え── さぞ高名な使い手だったのでしょうが……!」
間に入って敵と切り結びながら、ユナイテル。本来なら蟹人間や岩人間よりも強力な敵であった茨の騎士は、しかし、この決戦の前までに消耗し切っていた。
やがて、アデリシアの聖鎚が騎士の鎧を砕き。そこへ茨の棘に絡まれるのも構わず手刀を突き入れたアデリシアが浄化の力を叩き込む。一瞬、騎士の動きが止まり、ヴァルナがすかさず魔力を帯びた龍槍を騎士の利き腕、その肩口へと突き入れる。
「ソード殿!」
ユナイテルの叫びに応じて、ソードが騎士の喉元に剣先を深く突き入れた。主の剣をその身に受けて、どうと地面に倒れる騎士。その口が最後に「サビーナ様……」と小さく動いて、止まった。その身体から歪虚の茨の部分が音もなく消失していき……残された穴だらけの肉体からは、しかし、ただ一滴の出血もなく、まるで乾いた老木の様で……
「……母の名だ」
それだけを呟いて、ソードは剣を鞘に納めた。
辛うじて残った人の部分を埋葬する時も、キャンプに戻る道中も…… ソードはただの一言も言葉を発することはなかった。
●
「私を悪辣な領主であると思うかね?」
翌朝。キャンプを終えて戻った館の執務室── 旅立ちの報告に来たルーエルが挨拶を終えて退室する際、ベルムドがそう訊ねてきた。
「……」
ルーエルは考えた。
円卓会議の出席権を持つ程の大貴族でありながら、家訓を守って片田舎の小さな館(あくまで比較対象は貴族である)に住む男。領地の隅々にまで役所を置いて治安を守り、ニューオーサンの街を拓いて、領民を飢えとは無縁なまでに経済を発展させた男。
同時に、秘密警察で領民を監視し、王都の監察官を追い返し、新領に重税を掛け、難民を追い詰め、その討伐を名目に周辺諸侯領へ進駐を果たして農地や新たな鉱山の開発権を手にした男──
「……僕には政治の話分かりません。確かに、貴方のやり方で救われた人も大勢いるのかもしれない。でも、それは他者を踏み台にした……誰かの涙を代償にしなければ成り立たないやり方です」
その答えにベルムドはニヤリと笑った。
「リアルブルーには自由と平等という理念があるそうだな。誰もが幸せになる権利を持つ、と── で、その『素晴らしいお題目』を生み出した青の世界の統治者たちは、全世界、全ての人類に対してその責任を果たしているのかね?」
執務室を出たルーエルをカールが見送った。正直、ルーエルにはありがたかった。つい先程まで、まるで深淵を覗いていたような気分だったから……
「……カールさんたち兄弟って、実は仲良いよね」
「親があんなだとどうしても、な」
玄関から出た庭先では、旅支度を終えたクリスやマリー、ハンターたちと、それを見送りに来た人々が集まっていた。
アデリシアはヤングに『茨の騎士』が持っていた私物を形見として手渡した。それだけで全てを察した青年は主とアデリシアを振り返り……「馬鹿野郎……」と呟きながら、二人に深く頭を下げる……
「ひとまず一件落着してほんと良かった…… アデリシアとサクラも無事に助け出すことができたしね」
そう告げるざくろにジッと見つめられ、アデリシアは照れたように視線を逸らしてシレークスに言う。
「いよいよ旅立ちですね。随分と長くここにいたような気がしますが」
「まだ解決してねーことは山程ありやがりますが……全ては光が導くがままに、です。人生、何がどう転ぶか分からねーもんですしね」
ポリポリと頭を掻きつつ、シレークス。その視線の先では、サクラがレインやルーエルたちと共にルーサーとの別れを惜しんでいた。
「……最初会った時とはまったく別人のようになりましたね、ルーサー」
「うんうん。ルーサー君も成長したよねぇ。それを言うならマリーちゃんもだけど!」
サクラとレインに褒められたルーサーの顔は……笑っていた。そこには「僕を一人にしないで」と泣いていた男の子の姿はない。
(少し子供から大人の男になってきましたかね……)
「でも、無理はしちゃダメだよ? 困ったら身近な大人を頼らなきゃね。暴走ブラザーズもその頃にはもう落ち着いて……いるといいなぁ」
頼もし気なサクラとどこか不安そうなレイン。そこへやって来たヴァイスが1封の封筒をルーサーに手渡す。
「これは……」
「写真だ。……リアルブルーの人間はこうして思い出を形にして残すそうだ」
そう説明を受けながら、ルーサーは中身を取り出し、目を見開いた。
そこに昨日のキャンプの様子が──思い出が映し出されていた。──背嚢を背にクリスと並んで道を歩くアデリシアとヴァルナ。共にテントを広げるヴァイス。川端で魚の餌を滅し尽くさんと構えるレインに、それを必死で宥めるルーエル。なぜか全身ずぶ濡れのせくしーしょっとに慌てるクリスと、まるで動じぬシレークス。焚火を前に静かに楽器を奏でるざくろに……夕陽を背景にトレーニングを積む自分とサクラ。そして、笑顔を浮かべたクリスとマリーのポートレート──
「何か辛いことや辛抱ならないことがあったら、これを見て旅路を思い出すといい。そうすればきっと大抵の事は乗り越えられる。あの時に比べればなんて事はない、ってな」
礼を言おうとしたルーサーは……しかし、続きを言うことが出来なくなった。写真を見た瞬間、ハンターたちと共にして来た旅の光景が次々と脳裏に浮かび上がって来たのだ。それに伴い、堰を切った様に感情が──涙となって少年の両目から溢れていた。
「す、すいませ……今度こそ泣かないって決めていたのに……心配を掛けないように、って、僕はもう大丈夫だから、って……皆が心を残さず旅立てるように、って、だのに、なんで……こんな……」
瞬間、感極まって涙を溢れさせるマリー。なによ、ルーサーの癖に、と文句を言いつつ、貰い泣き、しゃくり上げる。
未熟者だ、と嘆くルーサーを、マリーをサクラが両腕にギュッと抱き締めた。僕もまだまだ未熟者だよ、とルーエルは涙を指で拭ってルーサーに語り掛ける。
「ルーサー。今度何か勝負をしよう。なんでもいいよ、勉学でも、剣でも、乗馬でも…… その時まで僕も自分を磨き続けるつもりだから……その時はまた皆で一緒に遊ぼう」
「そうだよ。みんな、お別れするのが辛い気持ちだろうけど……これっきりもう会えないわけじゃないんだしさ!」
ざくろがにっかりと笑って、泣き咽ぶルーサーやマリーたちに笑い掛けた。出会いと別れは裏表。でも、生きてさえいれば、また会える。
「では、皆さん。そろそろ……」
ヴァルナの呼びかけに、一行は荷を担ぎ上げた。旅立つ者と、見送る者。両者が左右に分かれる。
「……頑張れよ、ルーサー」
「さよならは言いません。ルーサー……また会いましょう」
最後に頭を一つ撫で……握手を交わして、ヴァイスとサクラはその場を離れた。
門の所で振り返り、騎士の礼をするユナイテル。最早涙を止めようともせず、ルーサーは門まで飛び出していった。そして、離れていく一向に向かって、いつまでもいつまでも手を振り続けた。
そこは山林の中にひっそりと佇む『狩猟小屋』──王都の諜報員たちが設けたセーフハウスの一つだった。諜報員の多くは既に次の任地へ散っており、その場に残っていたのは『ベテラン』の中年と、未だに『新人』と呼ばれる青年と…… 再起不能となる程の拷問を受けたリーアの3人だけだった。
「やあ、リーアさん。お見舞いに来たよ! あ、これ果物。アデリシアとサクラに見繕ってもらったものだから、きっとおいしいよ!」
「体調の方はいかがでしょう……? 今はゆっくりと休んで、早く復職できるといいですね」
ベッドに身を起こしたリーアにそう挨拶しながら、ハンターたちが部屋へと入る。
見舞いの果物を受け取ったリーアはベッドから立ち上がり……自ら食器を用意し、皮を剥いてハンターたちへ振舞った。
「ワォ! もうそこまで回復してるんだ。リハビリ、頑張っているんだね!」
「ああ。馬車の荷台に乗せられて王都に帰還とか締まらないからな。ここを離れる前に、せめて自分で馬に乗れるくらいには回復しときたいと思っている」
ベッド脇ではなくテーブルで、茶飲み話に花が咲く。リーアが興味を持ったのは、やはり自身が関わった一連の騒動の顛末だった。
「いやー色々あったけど、収まるところに収まった感じ! 貴族のお家騒動に巻き込まれるなんて、私の聡明な頭脳を持ってしても分からなかったよ!(←レインさん、ツッコミ待ち)」
「とんでもない事件だったけど……終わってみれば、良い冒険になった、かな? あの力を与えた者の行方が分からないことが気がかりだけど……(←ルー君のツッコミはなかった)」
それを語っている内に昼時となり、ハンターたちは昼食前に小屋を辞することにした。
「……色々とありがとう。貴方のお陰でアデリシアやサクラたちを無事に助けることができた。早く元気になれるよう、お祈りしてるね」
「これも何かの縁です。何か困ったことがあったらいつでも依頼を出してください。出来るだけ協力しますから」
自ら見送りに出たリーアに手を振り、ハンターたちは別れを告げた。
……彼らにまた会えるのはいつの事になるだろう。
ハンターたちは早晩、クリスとマリーと共にダフィールドの地を離れる。
●
「ふわあああぁぁ……んん。おはようございますですよ」
館、食堂。昼食時── この時分になってやって来た起き抜けのシレークス(ka0752)が、欠伸混じりに大きく伸びをしながら、食堂にいる皆に向かって朝の挨拶をした。
「もう昼ですけどね…… おはようございます、シレークスさん」
上品にナイフとフォークを動かしながら、微苦笑混じりに、ヴァルナ=エリゴス(ka2651)。アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)は呆れた様にシレークスを見返し、告げる。
「……寝間着姿で出て来なかったことだけは褒めてあげますが、もう少しシャンとしたらどうですか。曲がりなりにも聖職者なのですから」
「しゃーねーじゃねーですか。脱獄騒ぎに指名手配、潜伏生活…… ようやく何もかも終わって、張り詰めてたものがぷしゅーと抜けちまうのも詮方ないってなもんです」
そう答えたシレークスは席に座ると、スープを運んできたクリスに礼を言いつつ再び大きな欠伸をした。そこへマリーもやって来て、寝ぼけ眼のまま同じような欠伸をする。
(いい加減に緩んでやがるなあ……)
ヴァルナと顔を見合わせて、ヴァイス(ka0364)は小さく息を吐いた。……大丈夫なのか? 特にマリー。明日からはまた巡礼の旅に戻るというのに……
「……ところで、アデ。ここにいない連中は?」
「ざくろさん、ルーエルさん、レインさんの3人はあの男の見舞いです。サクラさんとユナイテルさんの二人は村の片づけの手伝いに」
「ほーん…… で、アデは愛しの恋人様とは一緒に出掛けなかったのですか?」
「……」
「もしかして…… アデも寝坊しやがった口ですか?」
同刻── 広域騎馬警官たちと共に村人たちの祭りの後片付けを手伝いに来ていたサクラ・エルフリード(ka2598)は、突然、鼻がむず痒くなって、小さく可愛らしいくしゃみを一つした。
「む…… さてはシレークスが目を覚ましましたね……」
さり気にそんなことを看破しながら、スカーフを鼻まで引き上げる。……彼女と広域騎馬警官隊が担当する『跡片付け』は、あの『大亀』によって破壊された屋台や家屋の解体・処理作業だった。幸い、死者は出てなかったので気の重い仕事ではないが、解体現場特有のあの埃っぽさだけはどうにもし難く……
「ええっ!? まだ告白をしてないんですか?! いったいあれから何日経ったと……!」
その時、少し離れた場所からユナイテル・キングスコート(ka3458)の叫びを聞いて、サクラはそちらに歩いて行った。
見れば、迷子になった子供(with ペロペロキャンディ)の手を引いて親を探していたユナイテルが、別の泣く子供たち(含、脛を的確に蹴って来る悪ガキ)を戸惑いながらあやすソードに詰め寄っているところだった。ちなみに、傍から見るだけなら二人(と子供たち)はまるっきり若い親子のように見えたりしなくもない。
「……仕方ないだろう。事件以降、激務続きでそんな暇は無かったんだから……」
「その言い訳…… もしかして、クリスに謝ることも出来てないのではないですか?」
サクラがそう指摘すると、ソードは言葉を詰まらせた。
「……まったく、本当にざんねn……もとい、惜しい人ですね。あの日『俺をオーサンバラまで連れて行ってくれ』と啖呵を切ったソードさんはどこに行きました?」
サクラの言葉にそっぽを向いて沈黙するソード(拗ねた、とも言う)。それを見て、ヤングや広域警官たちが微苦笑混じりに肩を竦める。
「よし、皆でキャンプに行くぞ!」
そんなソードたちと共に、昼休憩の為に館に戻ったサクラとユナイテルは、扉を開けるなり待ち構えていたヴァイスにそう迫られて、ずずいと後ろに仰け反った。
「い、いきなり何ですか?」
「キャンプだよ。色々、謎も残っちゃいるが、それはそれとして今この瞬間しか出来ないことを楽しむんだ」
言いながら、ヴァイスはチラと室内のマリーの方を目配せした。ああ、そういう……と、2人はヴァイスの意思を理解した。巡礼の旅に戻る前に気を引き締め直そうというのだろう。勿論、ここでお別れとなるルーサーに思い出を残していく意味もある。
「ソード殿も一緒にどうですか? クリス殿に酷薄、もとい、告白する最後のチャンスですよ? ……まさか、ケジメをつけずにやり過ごすつもりなんて……いやいや、あり得ませんよね! 男子たるならば!」
さり気に逃げ出そうとしていたソードの肩をがっしと掴むユナイテル。……もうじき、クリスは去ってしまうというのに、この男ときたら…… ここはひとつ背中を押してあげましょう! 『玉砕は目に見えていますが』、騎士として! 強制的に!
「場所はどこでもいいが……安全と時間を考えれば裏の里山辺りが妥当だろうな。水場の位置やキャンプに適した場所なんかも既に頭に入っている」
戻って来たざくろ、ルーエル、レインの3人にも了承を得ると、ヴァイスはルーサーやマリーらにテントや食料、キャンプ用品などの旅支度を整えさせて、館の玄関前に整列させた。
「よし、皆、荷物は持ったな? それじゃあキャンプに出発するぞ。……徒歩で!」
「徒歩っ!?」
ようやく文明世界に帰って来れたと思っていたのに…… とげんなりするマリーとシレークス。アデリシアの方は既に隙なく支度を整えている辺り、同じ大人でも即応能力に差が出た形だ。きっと昨夜の深酒が残っているのだろう(誰が、とは言わないが)
「ど、どうして貴族の俺が自分の荷物を……」
「これも鍛錬ですよ、ソード兄様!」
普段、雑務は従卒に任せきりのソードを、額に汗光らせて励ますルーサー。……いや、違うぞ、弟よ。お前と違って俺は日夜身体を鍛えている剣士であるし、行軍も荷の重さもどうということはない。ただ、あれだ。村を抜ける自分たちを何か微笑ましい目で見つめる領民たちの視線が貴族の矜持的に痛いというかー……!
「よーし、全員いるな? 荷物の確認を終えたら、各自、テントの設営を始めてくれ」
「お、いよいよ僕の出番だね! サバイバルスキルをフル発揮して頑張っちゃうよ!」
ヴァイスの号令に腕まくりをしてテント用具を広げるざくろ。経験のないソードは見様見真似でテントを張って……案の定、上手くいかずに失敗した。一方、ルーサーの方はきちんとテントを張り終えた。この辺りの作業は旅の間にクリスとマリー、ハンターたちにみっちり仕込まれている。
「……俺は駄目だな。ルーサーが出来るような事すら、一人ではまともに出来やしない」
「そりゃ、この件に関してはルーサーの方が先達だからな。なに、今は出来なくてもこれから覚えて行けばいい。ルーサーだってやって来た事だ」
ヴァイスの言葉に、よろしく頼む、と頭を下げるソード。ヴァイスもまた設営のやり方を理論と共に一つずつ丁寧に教えていく……
キャンプの設営を終えると、夕食までの時間は自由時間となった。
シレークスはクリスを呼び止めると、冊子『滝行のススメ』を掲げ持ちながら、にっこりと笑みを浮かべて小首を傾げた。
「クリス、ほら、これなんて良いのではないでしょーか。この川の上流にも良い感じの滝を見つけてあります」
「え? え?」
いきなり営業スマイルでそのように迫られて、クリスは戸惑い、警戒して後退さった。
「た、滝行、ですか……? しかし、今になってなぜ、急に、そんな……(胡散臭い笑顔でそのようなことを)?」
「それは勿論、酒を抜……もとい、愛のお説教、いや、折檻の為でやがります!」
「折檻!?」
営業スマイルに影を落とし、本来の姿(ぇを取り戻したシレークスがクリスの肩をがっちり掴む。
「まーったく、私たちも随分と世話の焼ける娘たちと知り合ってしまったもんです。あらゆる意味で私たちを欺きながら、一人で何でもかんでも抱え込んで、相談もなく勝手に動いて、無茶ばかりしてくれて…… 今日という今日はよくよく言い聞かせねばなりません」
「そ、その節は本当に申し訳なく…… ですが、なぜ滝行なのですか?」
「決まってます! エロいからでやがります!」
「えろっ!?」
「さあさあ、この白い服に着替えて水に打たれるのが滝行の作法でやがります。その際、肌着や下着は身に着けないのが習わしです!(嘘」
心の底から笑顔を浮かべながら、強引にクリスを拉致して上流へと向かって行くシレークス。それを川岸で「?」マークで見送りながら、ヴァイスはルーサーとソードに釣りのレクチャーを再開する。
「とりあえず、まずはこの辺りで針に餌をつけて垂らしてみようか。ポイントの選び方とかキャストのやり方なんかはその後だ」
渡された袋を覗き込んだルーサーとソードは、中に入った魚の餌──蠢く虫たちを見てウッ、と顔をしかめて仰け反った。流石のルーサーもこれにはまだ免疫がなかった。オーサンバラまでの旅の時には食糧は町や村で買った保存食が多かったから……
一方、マリーは餌のミミズやら川虫を見てもまったく動じず、素手で摘んで針へと引っ掛けるとひょいと水面へ釣り糸を投げ垂らす。
「……す、凄いね、マリー。女の子ってこういうの苦手だと思ってた……」
「慣れよ、慣れ…… フォルティーユ村からの強行軍はずっとこんな感じだったし……」
なんか達観したというか悟り切った表情であらぬ方を見上げるマリー。それに比べて……とルーエルは背後の森を見やった。……彼の傍らにいたはずのレインの姿は消えていた。虫、というかそれの入った袋がヴァイスによって出された瞬間、彼女は悲鳴もなく弾ける様に森へと逃げ込んで…… 今は、木の陰からそっと、仇を見るような表情でこちらの様子を窺っている。
「なにさ! おねーさんだって包丁でおさかな捌けるんだからね!(←虫を食べたおさかなのワタを排除する一心で覚えた) お魚を自分で釣った事はないけどねっ! だって、虫だし! 虫だし!」
「落ち着いて、レインおねーさん! 虫を食べない川魚もいるから……って言うか、森は森で虫だらけだからっ!」
ふみゃーっ!? と悲鳴を上げて森から飛び出すレインを迎えに飛び出すルーエル。
「それでも料理できるだけすごいなぁ…… クリムゾンウェストに来てからこの方、いつも誰かに料理を作ってもらう生活だったから、料理だけは身につかなかったんだよなぁ。冒険家なのに」
毛を逆立てた猫の様に震えて怒りながらルーエルと戻って来たレインに、しみじみと感心するざくろ。そんな彼らに様々な魚採りの仕方を教えながら、ヴァイスはその光景を魔導カメラに写し取ってていく……
だいぶ日も傾きかけた、だが、夕方と呼ぶにはまだ早い時分──
のんびりとした釣りの時間を過ごしたサクラとルーサーは、夕食の支度に掛かった皆から少し離れた開けた場所で相対していた。最後に、『師匠』としてトレーニングの仕方をルーサーに伝授する為である。
「では、今日は、これまでに行ったトレーニングの復習と、狭い室内でも出来る筋トレのやり方を伝授しましょうか」
「はい、『師匠』!」
それは旅中、そして、オーサンバラに来てからも習慣となったいつもの光景。幾度となく繰り返された二人の時間── 故に、彼女が今、『厨房』ではなくここにいるのは、「サクラが包丁を持つと危ない」と追い出されたからでは、決してない(ぇ
ただ、これまでと違うのは……これがこのオーサンバラで最後のトレーニングになるということ。その事は両者共に分かっているはずだったが、その場には常と変わらず、激しくも穏やかな時間が淡々と流れていた。
「短時間でもいいので毎日続けてください。間を開けてしまうとサボり癖がついてしまいますからね。……あと、身体を鍛えるだけでなく勉強もしっかりしてください。頭でっかちでも脳筋でもダメですよ。誰かさんみたいになってしまいます」
夕暮れの時分まで訓練を続け、最後にサクラはそう言って講義を〆た。厨房の方から聞こえて来たシレークスのくしゃみが、カラスの鳴き声に混じって山林に木霊する。
「……ありがとうございました!」
立ち去るサクラにルーサーは頭を下げ続けた。
真っ赤な空の夕焼けに、夜の藍が色を差していた。
●
夜の闇が世界を覆い、満天の星空が山の端を影絵の様に浮かび上がらせる臥待月の宵。その星々の光をかき消す様な勢いで、キャンプ中央に設けられた焚火が盛大に炎を噴き上げた。……ただの焚火ではない。薪を井桁型に組み上げた、本格的な、文字通りのキャンプファイヤーだ。
「キャンプファイヤー…… それは親睦の儀式。この場にて我々は友情の火の誓いを立てるのじゃよ」
「レインおねーさんが何か言い出した!」
夕食が始まる。食材は、先程、ヴァイスに教えられながらルーサーやソードが捌いた魚。そして、なぜか切り分けられ、塩と香料が塗された大量の肉と野菜と──
「はい、ちょちょいとルー君を使いに出して、『ほら、皆に迷惑をかけたなー、なんて少しでも思っているならさー、ちょちょいと協力してくれないかなー』ってカールさんに用意してもらいました! だって、現地調達だとルー君、虫ばっか集めて来るし!」
一行は煌々と燃える火を囲んでごちそうを食べ、歌い、笑った。食後の時間、ざくろは電光楽器「パラレルフォニック」(ギターの様に構える鍵盤楽器。様々な音色が奏でられる)を構えて、リアルブルーのポップな歌謡曲から、クリムゾンウェストのダンサンブルな民族音楽を月と星と炎をバックに奏でた。ただ、サクラとヴァルナの二人は歌うことは頑なに拒んだ。
「「だって、恥ずかしいじゃないですか」」
そう同じ言葉で返した二人だったが、そのニュアンスは大分異なる。
「んー! 胸のモヤモヤが無い状態でのキャンプってのはやっぱり楽しいねぇ! 虫料理はギルティだけど!」
(……根に持つなぁ、虫)
一しきり宴を終えて。ざくろが奏でる静かなジャズとかバラードをBGMに、レインは大層ご満悦な表情で大きく伸びをした。
「そーいや、ルー君たちが最初にルーサー君と出会ったのって、こう言う野外だったんだっけ?」
「いえ、初めて会ったのは巡礼の旅の最中、小さな集落の小さな野辻で起こった馬車同士の事故現場でした。その内の1台にルーサーが乗ってて、事故で怪我をした婆や? から家まで送るよう頼まれたのです」
サクラの答えに、頷くヴァルナ。……そう言えば、あの時の『鴨嘴熊』はいったい何だったんだろう? 結婚式に現れた『大亀』といい、何か関係があるのだろうか……?
「その後、ルーサーが誘拐されそうになったり……」
「拗ねたルーサーを混浴温泉に引っ張り込んだり、船旅も経験したり」
「逃散民取締官を返り討ちにしたり。そのリーアさんが実は王都の諜報員だったり」
「フォルティーユ村に最初に立ち寄ったのもこの時だったね!」
皆で語り合いながら、ざくろがほぅと息を吐く。
「……色んなことがあったよね」
ざくろがしみじみ呟くと、なんとなく皆、無口になった。
無言で空や炎を見上げる。薪の爆ぜるバチッという音だけが静かな夜に時を刻む……
「……クリスたちはこれからどうするつもりです?」
シレークスが訊ねると、クリスがむぅと唸りながらも答えた。
「巡礼の旅が途中でしたからね。まずはそれを終わらせます。始まりの村トルティアへ戻って、王都の大聖堂で祝福を受けて……」
「その後は?」
「マリーの結婚式……のはずなんですけど、正直、どう話が転ぶのかは私には分かりません。もうだいぶ時間が経っていますし、お相手の分家の三男坊も王立学園を出て軍人になったそうですし……」
夜が更ける。一行は食事の後かたずけを翌日に回して早々に休むことにした。
明日は早い。キャンプを引き払い、一旦、オーサンバラの館に戻って……それから昼過ぎにはこの地を立つ。
各自が忙しく就寝準備に入る中、どこかそわそわしたソードがクリスを林の中に呼び出した。見掛けたレインがきゅぴ~ん! と乙女の勘で後を尾け……ざくろやサクラ、ユナイテルと言ったご同輩を見つけて無言でコクリと頷き合う。
茂みの陰からこっそりと二人の様子を窺う彼女たちの視線の先で、ソードが深く頭を下げた。恐らくクリスの正体が露見した際に言った暴言の謝罪をしているのだろう。
やがて、頭を下げ続けるソードに向かって、クリスが深く頭を下げた。こちらは告白してきたソードに謝絶をしたものだろう……
……クリスが立ち去った後もキャンプに戻らず、呆然と立ち尽くすソードの肩を、サクラが後ろからポムと叩いた。ビクッと振り返った彼に向かって、ユナイテルがサムズアップをしてみせる。
「人生の経験値が貯まりましたね。ああ、結果は言わずともお察ししますので」
「……強く生きてね。大丈夫、すぐに次のいい女性(ひと)が見つかるよ!」
「恋愛相談ならおねーさん、いつでも受け付けてるよ! 大丈夫っ、私の口はチョークより堅いって、呆れ顔のルー君にいつも褒められてるし!(……あれ? 褒められてる?)」
立て続けに畳みかけて来るざくろとレインに、ソードはクッと歯を鳴らして「リア充どもめ。爆発してしまえばいいのに」とか呟いてたり。
「クソッ。クリスめ、後悔させてやるからな」
ソードが握った拳を前に天を見上げて呟いた。
「ああ、後悔させてやる。男を磨いて、何処に出ても恥ずかしくない立派なジェントルマンになって……!」
そう誓いを立てるソードに、サクラは頷き、励ました。
「心を入れ替えて励むのであれば、まだワンチャンあるかもしれませんよ。……もっとも、私たちがそれを認めるかどうかはまた別の話ですけどね」
「さて、と……すべきことは済ませたし、そろそろ行くか」
表情を切り替え、ソードが告げる。その表情に先程までの緩んだものはどこにもない。
更に奥の裏の山。かつてサクラとルーサーが隠れ潜んでいた『待ち合わせ場所のキャンプ』の辺りに、『人馬共にその全身を薔薇の花と茨の蔦に覆われた騎士の化け物』の目撃情報が寄せられていた。……ソードの先代の守り役であった騎兵たちは、あの結婚式の日にニューオーサンからの追っ手を防いで、4人中3人が人外と化して死んだ。追撃を阻む為に己が全てを出し尽くして戦った結果だろう。壮年の騎兵──ヤングの父親だけが見つかっていなかった。彼は闇色の力の濫用によって人格を喪失し、欠落した生前の記憶に従って、今もルーサーを探して幽鬼の様に彷徨い続けている……
「歪虚は討たねばなりません。強ければ、尚更に。ならば所縁ある者の手でケリを付けるのがせめてもの手向けでしょう」
ユナイテルに頷き、ソードがかの地へ歩き出す。『討伐隊』としてついていくのは、ユナイテル、アデリシア、ヴァルナの3人──
「ご心配なく。少し『後片付け』をしてくるだけです。すぐに戻りますよ。……この地を離れる前に、片付けておくべきものはしっかり片付けてしまわないと」
気付いたクリスにそう言って寝るよう促すアデリシア。
……件のキャンプ跡地の近くに、かの彷徨える騎士はいた。
「強敵とは言え一騎のみ……包囲して追い詰めます」
ユナイテルの指示に従い、行動を開始するハンターたち。何の動きも見せていなかった茨騎士が、最初の一撃を受けた瞬間、狂った様に剣を振るい出す。
その一撃をアデリシアは腕で──籠手に浮かべたマテリアルの障壁で以って受け止めた。同時に、転倒もしくは落馬を狙って、盾でもって馬上の敵を思いっきりぶん殴る。バランスを崩して落ちかけた敵は……しかし、あり得ない体勢から『起き上がり小法師』の様な動きで馬上へ復帰した。見れば、人馬の身体から生えた茨の蔦が互いに身体に絡みつき、文字通りの人馬一体になっていた。
相手が体勢を立て直す前に魔力を乗せた一撃を叩き込もうとしていたアデリシアは、予想外の動きで身体を戻した敵にカウンターを合わせられた。咄嗟に受けた聖鎚の柄に甲高く響く金属音。跳ね飛ばされたアデリシアが地面に転がり、司教冠が地に落ちる。
「この剣の冴え── さぞ高名な使い手だったのでしょうが……!」
間に入って敵と切り結びながら、ユナイテル。本来なら蟹人間や岩人間よりも強力な敵であった茨の騎士は、しかし、この決戦の前までに消耗し切っていた。
やがて、アデリシアの聖鎚が騎士の鎧を砕き。そこへ茨の棘に絡まれるのも構わず手刀を突き入れたアデリシアが浄化の力を叩き込む。一瞬、騎士の動きが止まり、ヴァルナがすかさず魔力を帯びた龍槍を騎士の利き腕、その肩口へと突き入れる。
「ソード殿!」
ユナイテルの叫びに応じて、ソードが騎士の喉元に剣先を深く突き入れた。主の剣をその身に受けて、どうと地面に倒れる騎士。その口が最後に「サビーナ様……」と小さく動いて、止まった。その身体から歪虚の茨の部分が音もなく消失していき……残された穴だらけの肉体からは、しかし、ただ一滴の出血もなく、まるで乾いた老木の様で……
「……母の名だ」
それだけを呟いて、ソードは剣を鞘に納めた。
辛うじて残った人の部分を埋葬する時も、キャンプに戻る道中も…… ソードはただの一言も言葉を発することはなかった。
●
「私を悪辣な領主であると思うかね?」
翌朝。キャンプを終えて戻った館の執務室── 旅立ちの報告に来たルーエルが挨拶を終えて退室する際、ベルムドがそう訊ねてきた。
「……」
ルーエルは考えた。
円卓会議の出席権を持つ程の大貴族でありながら、家訓を守って片田舎の小さな館(あくまで比較対象は貴族である)に住む男。領地の隅々にまで役所を置いて治安を守り、ニューオーサンの街を拓いて、領民を飢えとは無縁なまでに経済を発展させた男。
同時に、秘密警察で領民を監視し、王都の監察官を追い返し、新領に重税を掛け、難民を追い詰め、その討伐を名目に周辺諸侯領へ進駐を果たして農地や新たな鉱山の開発権を手にした男──
「……僕には政治の話分かりません。確かに、貴方のやり方で救われた人も大勢いるのかもしれない。でも、それは他者を踏み台にした……誰かの涙を代償にしなければ成り立たないやり方です」
その答えにベルムドはニヤリと笑った。
「リアルブルーには自由と平等という理念があるそうだな。誰もが幸せになる権利を持つ、と── で、その『素晴らしいお題目』を生み出した青の世界の統治者たちは、全世界、全ての人類に対してその責任を果たしているのかね?」
執務室を出たルーエルをカールが見送った。正直、ルーエルにはありがたかった。つい先程まで、まるで深淵を覗いていたような気分だったから……
「……カールさんたち兄弟って、実は仲良いよね」
「親があんなだとどうしても、な」
玄関から出た庭先では、旅支度を終えたクリスやマリー、ハンターたちと、それを見送りに来た人々が集まっていた。
アデリシアはヤングに『茨の騎士』が持っていた私物を形見として手渡した。それだけで全てを察した青年は主とアデリシアを振り返り……「馬鹿野郎……」と呟きながら、二人に深く頭を下げる……
「ひとまず一件落着してほんと良かった…… アデリシアとサクラも無事に助け出すことができたしね」
そう告げるざくろにジッと見つめられ、アデリシアは照れたように視線を逸らしてシレークスに言う。
「いよいよ旅立ちですね。随分と長くここにいたような気がしますが」
「まだ解決してねーことは山程ありやがりますが……全ては光が導くがままに、です。人生、何がどう転ぶか分からねーもんですしね」
ポリポリと頭を掻きつつ、シレークス。その視線の先では、サクラがレインやルーエルたちと共にルーサーとの別れを惜しんでいた。
「……最初会った時とはまったく別人のようになりましたね、ルーサー」
「うんうん。ルーサー君も成長したよねぇ。それを言うならマリーちゃんもだけど!」
サクラとレインに褒められたルーサーの顔は……笑っていた。そこには「僕を一人にしないで」と泣いていた男の子の姿はない。
(少し子供から大人の男になってきましたかね……)
「でも、無理はしちゃダメだよ? 困ったら身近な大人を頼らなきゃね。暴走ブラザーズもその頃にはもう落ち着いて……いるといいなぁ」
頼もし気なサクラとどこか不安そうなレイン。そこへやって来たヴァイスが1封の封筒をルーサーに手渡す。
「これは……」
「写真だ。……リアルブルーの人間はこうして思い出を形にして残すそうだ」
そう説明を受けながら、ルーサーは中身を取り出し、目を見開いた。
そこに昨日のキャンプの様子が──思い出が映し出されていた。──背嚢を背にクリスと並んで道を歩くアデリシアとヴァルナ。共にテントを広げるヴァイス。川端で魚の餌を滅し尽くさんと構えるレインに、それを必死で宥めるルーエル。なぜか全身ずぶ濡れのせくしーしょっとに慌てるクリスと、まるで動じぬシレークス。焚火を前に静かに楽器を奏でるざくろに……夕陽を背景にトレーニングを積む自分とサクラ。そして、笑顔を浮かべたクリスとマリーのポートレート──
「何か辛いことや辛抱ならないことがあったら、これを見て旅路を思い出すといい。そうすればきっと大抵の事は乗り越えられる。あの時に比べればなんて事はない、ってな」
礼を言おうとしたルーサーは……しかし、続きを言うことが出来なくなった。写真を見た瞬間、ハンターたちと共にして来た旅の光景が次々と脳裏に浮かび上がって来たのだ。それに伴い、堰を切った様に感情が──涙となって少年の両目から溢れていた。
「す、すいませ……今度こそ泣かないって決めていたのに……心配を掛けないように、って、僕はもう大丈夫だから、って……皆が心を残さず旅立てるように、って、だのに、なんで……こんな……」
瞬間、感極まって涙を溢れさせるマリー。なによ、ルーサーの癖に、と文句を言いつつ、貰い泣き、しゃくり上げる。
未熟者だ、と嘆くルーサーを、マリーをサクラが両腕にギュッと抱き締めた。僕もまだまだ未熟者だよ、とルーエルは涙を指で拭ってルーサーに語り掛ける。
「ルーサー。今度何か勝負をしよう。なんでもいいよ、勉学でも、剣でも、乗馬でも…… その時まで僕も自分を磨き続けるつもりだから……その時はまた皆で一緒に遊ぼう」
「そうだよ。みんな、お別れするのが辛い気持ちだろうけど……これっきりもう会えないわけじゃないんだしさ!」
ざくろがにっかりと笑って、泣き咽ぶルーサーやマリーたちに笑い掛けた。出会いと別れは裏表。でも、生きてさえいれば、また会える。
「では、皆さん。そろそろ……」
ヴァルナの呼びかけに、一行は荷を担ぎ上げた。旅立つ者と、見送る者。両者が左右に分かれる。
「……頑張れよ、ルーサー」
「さよならは言いません。ルーサー……また会いましょう」
最後に頭を一つ撫で……握手を交わして、ヴァイスとサクラはその場を離れた。
門の所で振り返り、騎士の礼をするユナイテル。最早涙を止めようともせず、ルーサーは門まで飛び出していった。そして、離れていく一向に向かって、いつまでもいつまでも手を振り続けた。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/06/21 22:37:40 |
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相談所 サクラ・エルフリード(ka2598) 人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2018/06/21 22:45:21 |