ゲスト
(ka0000)
【空蒼】獅子鬼
マスター:電気石八生

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/07/03 09:00
- 完成日
- 2018/07/08 07:00
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●独白
頭の中で誰かがわめくんだ。
今の俺は“俺”じゃない。足りない、足りない、ぜんぜん足りてない。俺には必要なんだよ、“俺”であるためのあれが。
不安、恐怖、猜疑、憤怒、悲哀……いろんなものがごちゃまぜになった衝動に突き上げられるまま、ここまで来た。俺はあれがあるなんて知らなかったんだ。でも誰かはきっと知ってた。
ああ、誰かは神様なのかもな。“俺”に苛まれてのたうつしかなかった俺をあれのところへ導く神様。いや悪魔か? いやいやちがう。誰かは俺を救うために俺を痛めつけた。絶対必要なことだったから。そう、神の試練だったんだ。
はは。俺は試練をクリアして、あれを見つけたぞ。もうなにも怖くない。怒りも悲しみも疑いもなにもない。
俺はあれと重なって、世界で唯一パーフェクションな“俺”になる。
俺は“俺”で、神様になるんだ。
早く早く早く早く早く――
●起動
秋葉原。
“クール”系サブカルチャーの震源地として名高いこの街では今、駅周辺の表通りを車両通行止めにしての一大コスプレイベントが開催されていた。
「あいっかわらずアキバは騒がしいわねぇ。そのわりに筋肉成分皆無なんだけどぉ」
禿頭痩せマッチョのアフリカン・オネェであるところのゲモ・ママは、ファンタジーやSFや学園系……色も形もとりどりな衣装に身を包み、本体ならぬレンズにバッテリーケーブルが繋がった望遠レンズの前でポーズをとる人々を見やり、苦笑する。
「ママーっ! いらっしゃーい!」
と、高い声が弾けて。
いつものミニスカふりふりエプロンドレスではなく、黒を基調にしたナイロン系素材製のミニスカワンピースをまとい、ツインテールをリボンならぬ銀のファー製シュシュで結んだ天王洲レヲナが駆け寄ってきた。
ちなみに“彼女”ではなく“彼”である。そう、ハンターオフィス秋葉原支部の名物受付嬢たるレヲナは、まごうことなき男の娘なのだった。
だからなのだろう。まごうことなきオネェのママと、年齢を越えた友情を育んだりなんだりしてしまっているのは。
「あらぁ~、レヲ蔵ってばイメチェン? つか、フリルねぇと目立つわねぇ」
「え? え? なになに? 僕のかわいさモロ出しー?」
レヲナはママのまわりをくるくる巡り、コケティッシュにポージングするが。
「なんか膨らみとかくびれとか張り出しとか、もれなく皆無ってのが。よく言ったら潔し?」
「あー」
ママの苦い言葉にがっくり肩を落とすレヲナであった。
お互い、先ほどのやりとりは丸っとなかったことにして。
「で、レヲ蔵なにそのかっこ?」
あらためてママが問えば、レヲナはふんすと意気込んで。
「キャンギャルだよー♪ あれの!」
会場の奥からコスプレイヤーたちを見守るかのように立つ巨体を指した。
「CAM?」
黒き装甲で鎧われた全長8メートルの人型は、確かな重厚を備えながらも鋭利さを際立たせている。
そして特徴的なのは、頭頂からまっすぐ伸び出した角状のアンテナと、頭部を覆う金属繊維の“銀鬣”だ。
「強化型コンフェッサー“獅子鬼(ししおに)”! 最近強化人間がらみで物騒なこと起きてるからってことで、地球統一連合軍が現場に緊急投入決めた試作機だよ」
コンフェッサーは強化人間専用CAMだ。これをあえて鎮圧に投入し、強化人間はけして悪しきものではないことをアピールすることつもりであるようだ。
「ちなみにあの鬣が放熱ユニットとマテリアルバリア発生装置になってて、高機動で超安全! ここでお披露目になったのはまあ、みんなにアピールしよーって僕が申請したからなんだけどね」
レヲナがぺたんこな胸をぐいーっと反らした。まあ、彼は受付嬢であるよりも先に地球統一連合政府の監視者なわけなので、誇りたい気持ちはわかる。
しかしそれにしてもコスプレイベントでお披露目とは……趣味が先行しすぎだろう。
が、ママはまるで聞こえていない顔で“獅子鬼”の鬣を凝視、ぶつぶつと。
「ふっさふさじゃねぇのよぉ……CAMのくせにナマイキよぉ……アタシ剃ってるだけなんだけどぉ……」
なにやら妬んだりするのにいそがしくて、説明なんぞなにも聞いちゃいなかった。
が。
「レヲ蔵、今日って起動セレモニーとか、普通の人にCAM搭乗体験とか、そういうイベントもやってるわけ?」
「え? そんな予定ないけど」
「じゃあ、アレってどういうことよ?」
“獅子鬼”の胸部ハッチが開かれ、ひとりの男がおぼつかない足取りで乗り込んでいく。そして。
ようやく不穏に気づいて悲鳴をあげて逃げ出す人々を追い、“獅子鬼”が踏み出した。
「アレの武装は!?」
「まだついてないよ! すごいパンチとすごいキックだけ!」
そんだけありゃ十二分じゃねぇのよ! ママは覚醒の証であるラメ入り緑アフロをわさわさ揺らしながら跳び出した。
「そのへんにいるハンター捕まえてきて! 緊急出動よぉ!」
駆け出すレヲナを背中で見送り、振り下ろされた“獅子鬼”のパンチ、その下にいたコスプレイヤーを抱えて跳んだママは思考する。
警備ザルじゃねぇのよ! てか、コレ持ってきた軍はどこにいんのよ!?
ってのはともかく、コレが動かせるってことは強化人間ってことよね。でも、パイロットスキルはそれほどじゃない。ぎこちねぇもんねぇ、動きの端々ってやつが。で、武装がねぇからイッパツで一般人皆殺しもムリ。だからって、アタシひとりでやり合える相手でもねぇんだけど。
だからって、あきらめたり死んだりしてる場合じゃねぇわよね。普通の人たち護るのがハンターなんだから。
「アタシとすぐぶっ飛んでくるハンターが抑えるし護るし終わらせるから、みんな必死こいて逃げなさぁい!!」
頭の中で誰かがわめくんだ。
今の俺は“俺”じゃない。足りない、足りない、ぜんぜん足りてない。俺には必要なんだよ、“俺”であるためのあれが。
不安、恐怖、猜疑、憤怒、悲哀……いろんなものがごちゃまぜになった衝動に突き上げられるまま、ここまで来た。俺はあれがあるなんて知らなかったんだ。でも誰かはきっと知ってた。
ああ、誰かは神様なのかもな。“俺”に苛まれてのたうつしかなかった俺をあれのところへ導く神様。いや悪魔か? いやいやちがう。誰かは俺を救うために俺を痛めつけた。絶対必要なことだったから。そう、神の試練だったんだ。
はは。俺は試練をクリアして、あれを見つけたぞ。もうなにも怖くない。怒りも悲しみも疑いもなにもない。
俺はあれと重なって、世界で唯一パーフェクションな“俺”になる。
俺は“俺”で、神様になるんだ。
早く早く早く早く早く――
●起動
秋葉原。
“クール”系サブカルチャーの震源地として名高いこの街では今、駅周辺の表通りを車両通行止めにしての一大コスプレイベントが開催されていた。
「あいっかわらずアキバは騒がしいわねぇ。そのわりに筋肉成分皆無なんだけどぉ」
禿頭痩せマッチョのアフリカン・オネェであるところのゲモ・ママは、ファンタジーやSFや学園系……色も形もとりどりな衣装に身を包み、本体ならぬレンズにバッテリーケーブルが繋がった望遠レンズの前でポーズをとる人々を見やり、苦笑する。
「ママーっ! いらっしゃーい!」
と、高い声が弾けて。
いつものミニスカふりふりエプロンドレスではなく、黒を基調にしたナイロン系素材製のミニスカワンピースをまとい、ツインテールをリボンならぬ銀のファー製シュシュで結んだ天王洲レヲナが駆け寄ってきた。
ちなみに“彼女”ではなく“彼”である。そう、ハンターオフィス秋葉原支部の名物受付嬢たるレヲナは、まごうことなき男の娘なのだった。
だからなのだろう。まごうことなきオネェのママと、年齢を越えた友情を育んだりなんだりしてしまっているのは。
「あらぁ~、レヲ蔵ってばイメチェン? つか、フリルねぇと目立つわねぇ」
「え? え? なになに? 僕のかわいさモロ出しー?」
レヲナはママのまわりをくるくる巡り、コケティッシュにポージングするが。
「なんか膨らみとかくびれとか張り出しとか、もれなく皆無ってのが。よく言ったら潔し?」
「あー」
ママの苦い言葉にがっくり肩を落とすレヲナであった。
お互い、先ほどのやりとりは丸っとなかったことにして。
「で、レヲ蔵なにそのかっこ?」
あらためてママが問えば、レヲナはふんすと意気込んで。
「キャンギャルだよー♪ あれの!」
会場の奥からコスプレイヤーたちを見守るかのように立つ巨体を指した。
「CAM?」
黒き装甲で鎧われた全長8メートルの人型は、確かな重厚を備えながらも鋭利さを際立たせている。
そして特徴的なのは、頭頂からまっすぐ伸び出した角状のアンテナと、頭部を覆う金属繊維の“銀鬣”だ。
「強化型コンフェッサー“獅子鬼(ししおに)”! 最近強化人間がらみで物騒なこと起きてるからってことで、地球統一連合軍が現場に緊急投入決めた試作機だよ」
コンフェッサーは強化人間専用CAMだ。これをあえて鎮圧に投入し、強化人間はけして悪しきものではないことをアピールすることつもりであるようだ。
「ちなみにあの鬣が放熱ユニットとマテリアルバリア発生装置になってて、高機動で超安全! ここでお披露目になったのはまあ、みんなにアピールしよーって僕が申請したからなんだけどね」
レヲナがぺたんこな胸をぐいーっと反らした。まあ、彼は受付嬢であるよりも先に地球統一連合政府の監視者なわけなので、誇りたい気持ちはわかる。
しかしそれにしてもコスプレイベントでお披露目とは……趣味が先行しすぎだろう。
が、ママはまるで聞こえていない顔で“獅子鬼”の鬣を凝視、ぶつぶつと。
「ふっさふさじゃねぇのよぉ……CAMのくせにナマイキよぉ……アタシ剃ってるだけなんだけどぉ……」
なにやら妬んだりするのにいそがしくて、説明なんぞなにも聞いちゃいなかった。
が。
「レヲ蔵、今日って起動セレモニーとか、普通の人にCAM搭乗体験とか、そういうイベントもやってるわけ?」
「え? そんな予定ないけど」
「じゃあ、アレってどういうことよ?」
“獅子鬼”の胸部ハッチが開かれ、ひとりの男がおぼつかない足取りで乗り込んでいく。そして。
ようやく不穏に気づいて悲鳴をあげて逃げ出す人々を追い、“獅子鬼”が踏み出した。
「アレの武装は!?」
「まだついてないよ! すごいパンチとすごいキックだけ!」
そんだけありゃ十二分じゃねぇのよ! ママは覚醒の証であるラメ入り緑アフロをわさわさ揺らしながら跳び出した。
「そのへんにいるハンター捕まえてきて! 緊急出動よぉ!」
駆け出すレヲナを背中で見送り、振り下ろされた“獅子鬼”のパンチ、その下にいたコスプレイヤーを抱えて跳んだママは思考する。
警備ザルじゃねぇのよ! てか、コレ持ってきた軍はどこにいんのよ!?
ってのはともかく、コレが動かせるってことは強化人間ってことよね。でも、パイロットスキルはそれほどじゃない。ぎこちねぇもんねぇ、動きの端々ってやつが。で、武装がねぇからイッパツで一般人皆殺しもムリ。だからって、アタシひとりでやり合える相手でもねぇんだけど。
だからって、あきらめたり死んだりしてる場合じゃねぇわよね。普通の人たち護るのがハンターなんだから。
「アタシとすぐぶっ飛んでくるハンターが抑えるし護るし終わらせるから、みんな必死こいて逃げなさぁい!!」
リプレイ本文
●到着
「すぅ」
細くねじり上げた空気を丹田へ落とし込み。
「ふっ」
体内にマテリアルとして巡らせた“出し殻”を吹き捨てて前へ踏み出す。
踏み出した足は、何十歩分あるかも知れない距離をただの一歩で踏み越え、強化型コンフェッサー“獅子鬼”の足元へ踏み込み。
「しぃっ!」
思いきり上へ跳び、オーバーハンドライトフックで“獅子鬼”の装甲を打ちつけて。
「いっ――たああああああああい!!」
あっさり弾き返され、甲高く絶叫した。
しょうがないんである。なにせ“獅子鬼”の装甲は異様に硬いし、ゲモ・ママは狂おしいほどオネェだし。
『足りない足りない足りない足りない』
“獅子鬼”はママに目もくれず、外部スピーカーから濁ったつぶやきを垂れ流しながら南へ進む。足元に停まる車を石ころのように蹴り飛ばし、影に隠れていたコスプレイヤーをそのまま踏み潰し――
『ねぇ、こんにちはぁ』
唐突に投げかけられた“獅子鬼”の脚が止まり、声の出所を探してモニターアイが右へ、左へ、そして下へ。
『僕、秋葉原はたまに遊びに来るくらいだからさぁ。昔迷子になったことあるんだよねぇ。君はよく来るの?』
魔導アーマー「プラヴァー」、機体名“ベルン”の内よりのんびりと、桜崎 幸(ka7161)が語りかける。
『神が俺を導いた。だから俺は“俺”になれた』
“獅子鬼”は振り上げた足を“ベルン”へと踏み下ろす。
『天気の話とかのほうがよかったかなぁ?』
スペルスラスターを噴かして踏みつけをかわし、幸は首を傾げたが。“獅子鬼”のターゲットを一般人からこちらに移せたので、とりあえずはよしとする。
『悪魔が“俺”を試練に落とすのか? 神の試練をすでに越えた“俺”を――大丈夫だ。“俺”はもう、無力な俺じゃないんだから』
『なんでやねんじゃーん!!』
と、駆け込んできた巨体が棒立ちの“獅子鬼”にショルダータックル。重い鋼が打ち合い、こすり合う凄絶なる悲鳴を撒き散らした。
『う――ああ――』
突き飛ばされる形になった“獅子鬼”は2、3、4歩、自らの足跡をたどって後退し、動きを止める。脳が揺れる。パーフェクションな“俺”の頭が、どうしてかき乱されなきゃいけないんだ?
その間にドミニオンシリーズの第5弾たる「ガルガリン」――愛称“ガルちゃん”から跳び降りたゾファル・G・初火(ka4407)が愛機の前で仁王立ち。
「カモン、ガルちゃん!!」
ぱちぃん! 指を鳴らしてみせてから、いそいそコクピットへと戻っていった。
「えーと、もしもしゾフちゃん? なにそれアンタ?」
『え? ロボットアニメっぽくてかっこよくね? だってさー、試作機が暴走って超お約束シーンに登場すんだぜ? ここはきっちり決めとかねーと』
意味わかんねぇわぁ。緑アフロを抱えるママだったが、気配を感じて振り向けば。
「遅くなったな、ママ――エーギル噛むんじゃない」
相棒のポロウ“エーギル”に嘴の先で髪をかじられつつ駆けつけたメンカル(ka5338)がオネェの右肩を叩き。
「リアルブルーに使えそうな物を買いに来ただけなんだが……面倒事に巻き込まれたな」
キャリコ・ビューイ(ka5044)が無表情を添えた。
「メンちゃんと、初めましての子! いいわねぇ……若いくせに渋ぃわぁ……」
キャリコに不審な視線を絡みつかせるママ。
「キャリコ・ビューイだ。……メンカル、ここはどうするのが正解なんだ? 俺の中のなにかが速やかに目の前のアフロを排除しろとささやくんだが」
「狙うなら首より足首だ。いや、アレの弱点でもある足首を狙うのが先か」
ふたりのやりとりにママがきょとんと小首を傾げ。
「え? “獅子鬼”の弱点って足首なのぉ?」
ふたりの後ろから顔をのぞかせた天王洲レヲナが、ママとは逆のほうに小首を傾げて。
「え? それって常識デスケド?」
「聞いてねぇわよ!?」
「あ、南の橋のへんに“獅子鬼”の搭載艦が碇泊してるんだけど、あそこまで行かれると武器とか全部そろっちゃうっていうのも常識だよ?」
アンタの常識アタシの非常識ぃいいいいい!! ママの咆吼を背に、アイコンタクトを交わしたメンカルとキャリコが“獅子鬼”へと向かう。
南の橋に“獅子鬼”を着かせれば、秋葉原は焦土と化す。レヲナから告げられた言葉を、幸は胸の内で復唱した。そして。
「パイロットの人って軍の人ぉ?」
『最近ちょっと調子悪くって、予備役に回ってた兵士だよ。マジメすぎるせいで昇進試験とかも落ちちゃったのが悪かったかも』
幸の問いに、ママのトランシーバーを通してレヲナが答える。
心が弱っていたところになにかを撃ち込まれて、結果的に暴走したということか。
「“獅子鬼”って軍が持ってきたんだよねぇ? 守備してた人たちは?」
『ごめん、軍機だよ』
幸は静かにかぶりを振った。いくつの命が失われたのかはわからないが。
「止めるよ。これ以上、なにも失わないように」
マテリアルエンジンを噴かして重い一歩を刻む“ガルちゃん”。
その脇に並んだ魔導トラックの運転席から、ひょこっと狐中・小鳥(ka5484)が顔を出し。
「隠れてる人がケガしたら困りますー! 気をつけてくださいねっ!」
『わかってんよ。さっきのはほら、大事な登場シーンだったじゃん? 俺様ちゃんだってほら、ちゃーんと計算とかしてんだぜ?』
わかっているならよし。小鳥は“ガルちゃん”を追い越し、侵入角を計算しながら炎上する車両をバンパーで押し退けて。
「はーい、【輸送し隊】参上だよ♪ 歩ける人はすぐ後ろに乗って! 歩けない人はいるかな? かな?」
危険区域に閉じ込められ、声も上げられずにいる一般人を探す。
『神は俺に告げた。“俺”はパーフェクション、神なんだ』
“獅子鬼”はうるさげに、つま先で割り砕いたアスファルトの破片をトラックへ蹴り込んだが――重装化とフルアーマー化を重ねたトラックの装甲はこれを容易く弾く。
「神様に神様だーって言ってもらったとか、それ神様じゃないんじゃない?」
“獅子鬼”の十数メートル後方にトラックを停め、小鳥は運転席から跳び降りた。
「お迎え開始! みなさんサポートよろしくです!」
「――せっかくのお祭りなのに!」
イヴ(ka6763)は“隠者の紫”の名を与えたR7エクスシアが伝える戦場の様子を見やり、奥歯を噛み締めた。
リアルブルーの“聖地”で開催されたコスプレイベントということで、標準装備(?)の金髪エルフ耳をそのまま使えるライトノベルヒロインのコスプレを披露していた彼女である。作り物ではけして醸し出せない本物感に多くのカメコが集まった。これをきっかけにリアルブルーで芸能人デビューなんてこともないとは言えなくもないが、それよりも。
強化人間のポジティブアピールだったはずの場で強化人間が暴走する……そのことがもたらすだろう社会不安と、強化人間へのヘイトクライムの激化が辛い。
せめて事情や動機を解明し、事後対策をしなければ。
「あーもー! せっかくのお祭りなのにーっ!」
ついつい溢れだしてしまう私情はともあれ。Mライフル「イースクラW」で“獅子鬼”の動きを牽制、小鳥の救助活動とメンカル、キャリコの接近をサポートするイヴであった。
●誤算
隠れるホーの結界でその身を鎧い、炎上する車両やアスファルトの亀裂を飛び越えたエーギル。その背から跳んだメンカルはナイトカーテンによる潜伏とアクセルオーバーによる加速で一気に“獅子鬼”へと迫る。
「キャリコ、まずは俺がしかける。合わせられるか?」
トランシーバーへささやけば、後ろから追ってきていたキャリコが『カウントダウン開始』。
「カウントするのはいいが、ズレたら指差して笑ってやるからな」
指先のノック音で送られてくるカウントを脳内で数字に置き換え、メンカルは残り4カウントで“獅子鬼”の足元へ取り付いた。もちろん気づかれてはいない。昔からかくれんぼは得意なんでな。
3カウント――流線を描くがゆえに下側は大きく開いた“獅子鬼”の左脚部装甲内へ潜り込み。
2カウント――携帯してきたマテリアル式手投げ弾「Iron mango」を、“獅子鬼”の右足が踏み出す先へと転がした。
一方。あと1カウントというところで、キャリコが道端の車両から踏み出して“獅子鬼”に手を挙げてみせ。
「こっちだ」
メインカメラがこちらへ向いた瞬間、魔導銃「アクケルテ」からペイント弾を発射した。構えは「カップ&ソーサー」、撃つごとにグリップしなおす必要があり、連続射撃には向かないやりかただ。しかし、左右のバランスを考えず、利き手で狙いを定められるメリットがある。そう、狙い澄ましたただ一発を撃ち込むなら、これこそが最適だ。
狙い過たず、ペイント弾は“獅子鬼”の顔面へ撃ち込まれる――寸前、鬣から展開するマテリアルバリアに阻まれ、フライパンに投じられた生肉さながら濁った音をたてて蒸発。同時に“獅子鬼”の蹴りがキャリコへ振り込まれた。
「っ!」
キャリコは危ういところでマルチステップ、蹴りを回避して駆け、ビル壁へ足をかけた。
考えてみれば当然か。バリアがメインカメラを守らないはずはない。
それよりもあの反射能力だ。いくらパイロットが強化人間で、機体が専用機だとしても、ありえない動き。まるで人機が繋がっているかのように……
キャリコは分析を止め、ビルの壁面を這い上る。弾倉に残ったペイント弾は3発。
――最低でもあと3回は試せるわけだ。
キャリコが魔導銃を抜き撃つのと同時、メンカルは“獅子鬼”の足から滑り出ていた。そして。
「ゼロ」
プラズマボムを発動して起爆指示。
果たしてマテリアルの果実が爆ぜ、装甲の内に押し詰められた爆風が足首関節を打ち据えたが。
『爆発は控えめに! 隠れてる人がいるかもだから!』
レヲナの声がキンキンとトランシーバーを揺らす。
装甲が破壊されれば爆風を撒き散らすことになる。この難しい相手に手心まで加えなければならんとは……。
と、息をついた瞬間、肚は据わった。
敵の弱点が明白である以上、やれることはいくらでもある。
「爆弾以外の手段を用い、足元への攻撃を継続する。“合わせ”はその都度、だな」
今日の相棒であるキャリコに告げたメンカルは、もう1体の相棒へ惑わすホーの発動を指示し、鋭い視線を“獅子鬼”、そのわずかに変型した右脚へ向けた。
「メンカルさんたちが離脱したよ! 足止め再開!」
イヤリング「エピキノニア」に声を投げつつ、“獅子鬼”の横合に“隠者の紫”を回り込ませたイヴは銀鬣をターゲッティング、ライフル弾を撃ち込んだ。機体に乗せたスキルトレースのパッシブが命なき機体を彼女自身と化し、的確に狙撃をヒットさせるが。
でも効かないかー!
バリアに包まれた鬣はそよぎもせず、健在。
できればこのまま後方へ抜けてしまいたかったところだが、小鳥が救助活動を終えて移動するまで振り向かせるわけにはいかない。なにもかもがもどかしい。
「ぶっ飛ばしちゃダメって、それ超めんどくせーんだけど!?」
“獅子鬼”の正面に陣取ってその猛攻を受け止める“ガルちゃん”の内、ゾファルが顔をしかめた。
ぶった斬るのもダメ、こかすのもダメ、殺すのもまあまあダメ。
よーするにガチで殴り合うしかねーんだろ? だったら!
『おいライオン丸――の中の奴、歯ぁ食いしばっとけよ! 俺様ちゃんのケンカは半端ねーぞ!?』
“ガルちゃん”のデュアルカメラがゾファルの眼光をそのままに映し、威嚇する。もちろんスキルを使っていない“獅子鬼”に効果はないが、大事なのはこちらに目を向けさせることだからかまわない。
そして“ガルちゃん”は繰り出された“獅子鬼”の拳を分厚い肩でブロックし、「喧嘩上等」を書きつけた右脚でローキックを打つ。しかしそれは、“ガルちゃん”の出力と質量を考えればありえないほど軽い一撃だ。
果たして。前面及び上方からの攻撃への防御に特化した“獅子鬼”の脚部装甲、その流線に沿わせて、蹴り込んだ右足を踏み下ろす。
果たしてできあがった構図は、2体のCAMによるプロムナードポジションだ。
『足止めすりゃいいんだろっ!!』
出力をマックスに叩き込まれたマテリアルエンジンが轟と吼え、“ガルちゃん”は“獅子鬼”の腕を抱え込む形で斬艦刀「天翼」の切っ先をアスファルトへ突き立て、固定した。
と。
「熱っ」
“ガルちゃん”のコクピット内温度が急上昇する。もちろん機体の不調のせいではない。
『ゾファルさん急いで離れて!』
イヴの高い声がトランシーバーから弾けた。
『あ、まわり壊さないように気をつけてね!』
「無茶言うじゃん……!」
斬艦刀を引き抜く勢いに乗せ、コクピットをカバーしつつ“ガルちゃん”を前進、“獅子鬼”から距離を取る。
「これ、マジでやべーやつじゃん!」
もっとも“獅子鬼”から近い場所にあった膝頭と指先に沸き立つ水ぶくれを見下ろし、ゾファルは犬歯を剥きだした。
『“俺”を真のパーフェクションに……行かなきゃ……』
赤く滾っていた。“獅子鬼”の銀鬣が。
CAMの装甲を焼き、さらには内部のパイロットまで浸透するマテリアルの熱をまとい、“獅子鬼”が前進を再開する。
「赤くて熱くて超やばい!!」
イヴは鬣にライフル弾を撃ち込んだが、バリアに阻まれ、弾はひしゃげて下へ落ちた。
『ゾフちゃん、イヴ吉ぃ! それ“獅子鬼”の放熱だってぇ! あんま絡みついてっと蒸し焼きんなっちゃうわよぉ!!』
小鳥と共に一般人の救出にあたっていたママが、レヲナからの伝言を通信で伝えてきた。
「放熱ってことはつまり熱がぶわーってなってて……よくわかんない!」
イヴは直感タイプの天才肌ゆえ、知力はちょっとアレなんだった。
『ってアレじゃん!? なんかこう、アレってことじゃん!?』
そして言わずもがなのゾファルである。
『アレなんだね! なんだかわかんないけどなんだかすごいね!』
たまらないほど素直な小鳥も、よくわからない顔をしきりとうなずかせたりして。
『放熱システムがうまく機動してねぇってことよぉ! メンちゃんキャーちゃんと連動してオーバーヒートさせちまいなー!』
ママの甲高い声を置き去り、“獅子鬼”が南へ踏み出した。頼りない足取りをオートバランサーの補助で確かな1歩に換え、もう1歩、もう1歩。
オーバーヒート狙いは後の課題ってことで、とにかくまだ救助が終わってないとこに行かれたらまずいよねぇ。
“ガルちゃん”のサポートポジションから“ベルン”を翻させ、その進行方向へ割り込ませた幸はスペルウォールを発動させる。
とはいえ壁の高さは2メートル。CAMならばひと跨ぎできるレベルのものである。が、ほんの少しでもいい。時間を稼ぐことができれば――
「僕ひとりじゃ何秒か足止めするのが精いっぱいかもしれないけど。ここにいるのは僕だけじゃないから」
これ以上、皆が暮らす街を壊させたくない。それ以上に、この場にある誰も死なせたくない。だからこそ幸は少しだけ無理してかっこつけ、魔導エンジンに決意の火を点す。
「あっちにみんないるから、いっしょに避難だよ♪ だよ♪」
“獅子鬼”の後方約100メートル、コスプレ会場の事務テントの前に乗せてきた避難者を降ろした小鳥はにっこり促した。
彼女はハンターと【輸送し隊】を兼業するアイドル。人の心を癒やし、奮わせるために自分がなにをすべきか本能レベルで理解している。
だから。地獄のどん底でだって最高の笑顔を決められる。
小鳥のふんわり感に恐怖を薄れさせた人々が、指示に従って移動を開始した。
「気をつけてねー♪」
手を振って見送った小鳥はトラックに跳び乗って反転、戦場へと駆け戻る。
「問題はここからよねぇ」
助手席のママが顔をしかめて行き先を確かめた。すなわち、今現在“獅子鬼”があり、そのまわりで遅延活動に手を尽くしているハンターたちのCAMがある戦域を。
「瓦礫はないけど、燃えてる車はどかさないとですね。みんなのお邪魔になっちゃわないように!」
迷うことなくアクセルを踏み込んだ小鳥は魔導トラックを鉄火場へ突っ込ませ、ハンドルを切ってドリフトターン。幸のスペルウォールを跨ぎにかかった“獅子鬼”から要救助者のいる道路の隅を隠して。
「はーい、【輸送し隊】だよ♪ ケガした人とか歩けない人はいるかな? かな? みーんないっしょにお持ち帰りだよー♪」
かろやかな声音で注目を集め、気配を探る。
「ママさん、誘導よろしくです!」
「オッケーよぉ!」
そして自身はクレーンツールアームを操作し、避難の邪魔になりそうな車両やアスファルト塊をどかしにかかった。
大胆にして精妙なアーム捌きで次々に障害をクリアしていくが、ここは戦場のまっただ中。もっと早くと心の奥から焦りが突き上げる。
しかし小鳥はその顔をゆるっと笑ませ、助けを待つことしかできない人々へやわらかく語りかけるのだ。
「後ろの人、もうちょっとだけ動かないでがんばってね。ん、プロフェッショナルの腕、ばっちり見せちゃうんだよー♪」
●仕掛
耳から射し込まれたノイズが脳を突き、“俺”のパーフェクションを泡立たせる。
だからいやなんだ。この世界はいつだって俺を戦場へ追い立てて追い込んで追い詰める。そして嗤うんだ。「ハンターもどき」だって。
でも“俺”はもう「もどき」なんかじゃない。だって“俺”はパーフェクション。パーフェクションなんだから。
ハンターの攻撃を受ける“獅子鬼”がぶつぶつと垂れ流す声に、幸は考える。
攻撃を加えれば反応はする。しかし、鬣の熱はともかく“獅子鬼”自身の反撃は散漫で、すぐに勢いを失ってしまう。まさに心ここにあらずな有様だ。
結局のところ、あのパイロットは突き動かされているのだろう。強化人間という存在が負わされた不幸に。そして常にハンターと比べられ、貶められる中で刻みつけられた劣等感に。それを晴らすことに取り憑かれていればこその無関心ということだ。
その気持ちがわかるなんて絶対言えないけど、僕はそれでも、君に不幸なまま死んでほしくないよ。だって僕の名前は幸だから……ってことはないんだけどねぇ。
魔導アーマーの全高は3メートル弱。思いきり体を倒し込めば“獅子鬼”の足首にも攻撃が届く。いや、スペルウォールを跨ぎ越えようとしている“獅子鬼”相手なら、体を倒す必要もない。
“ベルン”を壁の際まで前進させた幸は、アームに握らせた魔導鋸槍「ドレーウング」を下から突き上げた。高速回転する丸刃は装甲の隙間に滑り込み、先にメンカルが傷つけた右足首を削って激しい火花を散らす。
『ノイズ……うるさい、うるさいうるさいうるさい!! “俺”を揺らすなぁあああああ!!』
“獅子鬼”の踵が槍を押し込みつつ“ベルン”へ突き下ろされた。
鬣の切れ端が、削られた装甲の欠片が、剥き出された幸の体を焼き、裂く。このままなら“ベルン”ごと踏み割られるだろうし、押し退けたり空振りさせたりすれば“獅子鬼”が倒れ、小鳥が救出している一般人に予想外の被害をもたらすかもしれない。だから不用意なリアクションは取れない。でも。
さっき言ったよねぇ? ここにいるのは僕だけじゃないって。
『っと!』
“ベルン”に意識を捕らわれ、視界を狭めていた“獅子鬼”の背後から“ガルちゃん”がクリムゾンウェスタンラリアット、その腕を“獅子鬼”の延髄へ巻きつかせた。
転倒こそ逃れたものの踏みつけを空振った“獅子鬼”は、すぐに拘束を振りほどこうとするが。
『そんなもんで吹っ飛ぶ重さじゃねーじゃん!?』
白兵戦でどつき合う、ただそれだけのために増設増強を繰り返してきた“ガルちゃん”である。その重量をもって腰を落とせば、高機動型ごときを逃そうはずはない。
『マジあっちい!』
ただし、“獅子鬼”の鬣が放出する熱にどれだけ耐えられるかの勝負はあるが。
『煮えない程度にキープよろしくー!』
言いながら、イヴはライフル弾を鬣に撃ち込んだ。
『クソあっちい!!』
上昇する熱にゾファルがわめくのは申し訳ないが置いておいて、小鳥へ回線を繋ぎ。
「こちらイヴ! 今どんな感じ!?」
『あとちょっと……と、もうちょっとです!』
「終わったら南の橋のほうに抜けて! そっちのほうが近いから!」
『了解です!』
よし。イヴは気合を込めて“隠者の紫”を駆り、“獅子鬼”の後方へ回り込んだ。
『ねぇ、あなたの言うパーフェクションってなんなの? CAMに乗ったらパーフェクト? ちがうよね? 真のパーフェクションじゃないんだもんね。それは普通の兵士用CAMだよ! パーフェクション用の機体いっしょに探すから、それはこっちに返してよ!』
振り向かせるのと落ち着かせるのを兼ねて呼びかけてみるが、“獅子鬼”はかぶりを振るばかりである。
『あそこにあるんだ……神が言った。パーフェクションな“俺”が真のパーフェクションになるには、あそこに行かなきゃいけない』
行く。行く。行く。繰り返し、“ガルちゃん”に掴まれていることも忘れて歩きだそうとする。
言葉じゃ止まんないか! でもこれ以上行かせらんないし!
マテリアルカートリッジを換装、リロードをすませたイヴはゾファルに「“獅子鬼”にこっち向かせるよ! 5、4、3、2、1――」。
イヴのカウントをトランシーバー越しに聞きながら、キャリコは壁面から一気に跳び降りた。
角度を変えながらペイント弾を撃ち込んでみたが、一発たりとも届かなかった。しかし、その徒労とひきかえにいくつかのデータを得てもいる。
『脚の装甲が壊れたら“獅子鬼”も軽くなる! それだけ動きよくなるから気をつけてね!』
レヲナに言い含められていたが、それも問題にはなるまい。ようは装甲を剥がさず足首を壊せばいい。もしくはあの鬣をオーバーヒートさせる時間が稼げれば。
――魔導焙烙玉が使えないのは痛いな。俺たちの仕事を誰かに手伝ってもらわなければならないことになった。
それでも。為すべきを為すのが兵士の仕事だ。
キャリコは落下の衝撃をアスファルトへ転がって逃し、その勢いで思いきり上体を倒し込んで“獅子鬼”の足元へ駆け込んだ。
“獅子鬼”はダメージをノイズと認識して反応する。ゆえにまわりから攻撃を加えられている現状、ただ移動するキャリコに意識を振り向けることはまずありえない。それはこれから数十秒の未来も同様のはず。なにせキャリコは、わずかにも“獅子鬼”を傷つけたりしないのだから。
結果論だが、回避力のアップと視界の確保を保証する装甲パージが行われていないのは幸いだ。あとは先に幸がしかけてダメージを負わせた右足を地に着けたままでいてもらえれば……
「少しの間でいい、“獅子鬼”の右足を地面に固定したい」
横に流した視線でメンカルを捕らえ、低く語れば、メンカルもまた『わかった』、それだけを返して動き出した。
メンカルは竜尾刀「ディモルダクス」を抜き放つ。鞭のようにも使える剣だが、引っかけて“獅子鬼”を揺るがせるにはこちらの体重が足りなさすぎた。
あと何ポンド足せばいいのかもわからんしな。
メンカルは“獅子鬼”の右足が下ろされたと同時に加速。
降り落ちる鬣の切れ端を転がってかわして“獅子鬼”の左足へとスライディングで滑り込み。
ここだ!
「エーギル、スキル解除!」
エーギルが展開していた惑わすホーをカットさせておいて、装甲の隙間へ、翠炎が成す蛇頭の幻影まといし竜尾刀の切っ先を突き込んだ。
と、びくり。“獅子鬼”の体が跳ねる。まるで自らの足へ噛みつかれたかのごとく、反射的に。
だとしたら子蛇の甘噛み程度の痛みだろうが。
“獅子鬼”が足を上げ、メンカルを見下ろした。憎悪や憤怒ならぬ、とまどいを浮かべて。
“ガルちゃん”に捕らわれたまま“獅子鬼”が踏み下ろしてきた左足は、メンカルの残像を踏むばかり。
その踏みつけの左へと回り込んだメンカルは、口の端を吊り上げてみせる。
「俺だってたまには悪戯のひとつやふたつしたくなる。おまえみたいな手合いへは特にな」
かくれんぼは終了。次は追いかけっこの時間だ。
『ゼロじゃん!』
メンカルへ向かわせないよう“獅子鬼”を掴んだまま、“ガルちゃん”が斜めに体を傾けた。
『こっち向けー!』
イヴの狙撃が“獅子鬼”の後頭部を包む鬣に弾け、数センチ――もしかすれば数ミリ、その頭部が前へのめった。
『“俺”がずれる……俺に成り果てる……“俺”を、邪魔する悪魔……』
「悪魔を気取るほど厚顔じゃないがな」
メンカルが“獅子鬼”の左足を鞭と化した竜尾刀で打つ。ヒット&アウェイは保ちつつ、“獅子鬼”の視界に留まり続けて。
その意図を見抜けぬまま、“獅子鬼”は左の蹴りを打ち続けた。そう、軸として右足をアスファルトにつけたまま。
「急がなくていいんだよ♪ ゆっくりせぇのっ」
“獅子鬼”の注意が完全に逸れたのを確かめた小鳥は、脚を挟まれていた一般人をトラックの荷台に引き上げ、手早く簡易ベッドの上にベルトでその体を固定した。
「元気な人は落っこちないようにしっかりつかまってね!」
言い置いて運転席へ向かい、ハンドルを握る。
「これで全部よぉ!」
続いて跳び込んできたママにうなずいた小鳥はシフトレバーをローに入れて発車、アクセルを踏み込んだ。
「少しスピード出していくんだよ!」
ターボブーストで加速したトラックは“獅子鬼”やハンターたちを置き去りにし、南へ……どうやら“獅子鬼”が目ざしているらしい橋の向こうへ向かう。
「ほかに逃げ遅れた人はいないかな?」
「自分で逃げられる人はみんな避難完了してる。取り残されちゃった人は、アンタのがんばりでバッチリ回収できたわ」
乗り捨てられた車両を、乗せたケガ人に負担をかけぬようエンジンブレーキで減速しながらかわし、小鳥は再度アクセルを踏む。
しかける時間は充分に稼いでもらった。
キャリコは“獅子鬼”の右足首へ巻き付けた紐の張り具合を確かめ、軍用ツールボックスをしまう。
応急処置用の防水テープを縒って作っただけの紐だが……1秒なんて贅沢は言わない。数瞬保ってさえくれればそれでいい。
「こちらビューイ。ワイヤートラップの準備が完了した。紐を引っぱってくれる奴が必要だがな。……俺は現在位置からの離脱後、メンカルと合流して撹乱と誘導を試みる」
●轟然
小鳥が離脱し、キャリコのしかけが完了したことで、枷は解かれた。
「これで思いっきりやれんじゃん!!」
口の端を吊り上げたゾファルが、“獅子鬼”の正面を塞ぐ“ガルちゃん”に斬艦刀を構えさせた。切っ先を高く、斜めに傾げさせたその崩し八相は、防御など考えず、ただフルスイングで斬り下ろすためのもの。
『足元にメンカルさんとビューイさんがいるんだからね!』
ゾファルにツッコんでおいて、イヴは“獅子鬼”の背後に位置させた“隠者の紫”、そのある箇所に貼り付けた白薔薇のデカールへ鋼の指を触れた。発見困難なこの薔薇には、見つけて触れた者の願いを叶えるというジンクスを与えている。位置を知るイヴに効力はないだろうが、それでも。
『……真の……パーフェクション……ノイズが……揺れる揺れる揺れる!!』
“獅子鬼”が激しく頭を振り、“ガルちゃん”へ突っ込んだ。
『おおっ!』
組みつかせるよりも早く、体ごと打ちつけるように斬艦刀を振り込む“ガルちゃん”。スイングの遠心力を吸い込んだ刃の翼が偽りの優美を振り捨て、風を裂く野太い雄叫びをあげて“獅子鬼”の鬣に激突する。
対して赤熱した鬣はバリアの反発力で斬艦刀を弾こうとするが……“ガルちゃん”の装甲がマテリアルの熱で焼かれ、塗装を泡立たせても。幾度となく拳で打ち据えられても。その刃だけはびくとも動かない。
『根性、気合、やせ我慢だぜぇ!!』
思いきり刃を引き下ろし、鬣を引き裂いた。
「ここ!」
ゾファルの攻めに呼応し、換装したマシンガン「コンステラ」の弾をフルオートで鬣へ叩き込むイヴ。
ダメージを与えるほど、バリアの発生時間を延ばすほど鬣は熱を帯びる。量が損なわれれば、当然放熱量を維持するために鬣は赤熱を加速させ、オーバーヒートへと近づくはず。それを理屈ではなく、勘で察したがゆえの“手数”であった。
止まらない、止めない! 撃ち続けるよ!
主人の危機を察して飛び込んできたエーギルの足に掴まり、“獅子鬼”の左足をかわしたメンカルは、着地と同時にナイトカーテンを発動、エーギルに距離を取るよう指示して駆ける。
と。その脇を“獅子鬼”のつま先がかすめていくのを見送り、眉をひそめた。
直撃はないが、認識阻害の効果が薄い。レーダーの力か、それとも。
「神懸かってでもいるのか?」
メンカルのかすかなつぶやきに、キャリコは淡々と返した。
「たとえあいつが神だろうと、従う気はない」
そうだ。たとえ“獅子鬼”が神だろうとも膝を屈してやるつもりはなかった。ましてや、人に討たれる程度の代物になど。
降り落ちてきた左足に我が身を削られながらも体勢を保ち、その足首へ白銀の銃口を突き立てる。
ペイント弾ならぬ“死”と謳われし弾がライフリングを伝って加速し、標的へねじ込まれたことを確かめもせず、キャリコは次の機を探るべくその場を後にした。
そのキャリコと同時、竜尾刀を突き込み、同様に離脱していたメンカルは、ふと薄笑みを漏らす。
神が人に討たれるなどめずらしい話でもあるまい。今日、そこにもう一篇が加えられるだけのことだ。
幸はメンカルとキャリコの陽動の裏、すなわち“獅子鬼”の右足側に位置取っていた。
“獅子鬼”の右足から伸び出した紐。人の力では引っぱったところでどうにもできない。激戦の中にある2機のCAMでは拾い上げる暇がない。しかし、人とそれほど変わらぬ全高、人ならぬ重量を備え、この機を狙ってきた“ベルン”なら――!
“ガルちゃん”の斬撃を払い、メンカルへ踏み出そうとする“獅子鬼”。
『させない!』
その足元に“隠者の紫”の威嚇射撃が弾けた。反射的な判断だったが、結果として“獅子鬼”の踏み出しを抑え、その場に釘づけることに成功する。
今! 幸はスペルスラスターを噴かし、“ベルン”を滑り込ませ、アームの先を紐の輪へ引っかけた。
「行くよぉ!」、引っぱる!
張り詰めた紐が“ベルン”をがくりと引き戻した直後、ぶつりと引きちぎれ。
足を引っぱられた“獅子鬼”が傾き、大きくたたらを踏む。
――転ばせられなかった!?
しかし。
「まだ終わりじゃないんだよ! だよ!!」
「いぃぃぃやぁぁぁ! 死ぬ死ぬ死んじゃう飛んで逝っちゃうからぁぁぁあああああ!!」
助手席にしがみついたママの絶叫の尾を引きながら“獅子鬼”に突っ込んだ小鳥の魔導トラック。しかしオートバランサーによって踏みとどまった“獅子鬼”の蹴りをくらい、ひしゃげた車体を斜めに弾かれた。
「たたた助かったぁ!?」
潰れたドアに押しつけられながらもママは安堵の息をついたが。
「まだまだー!」
小鳥はハンドルを切ってサイドブレーキをロック、車体を横に流すことで投げ出されたクレーンツールアームが“獅子鬼”の軸足を引っかけ。
「フェニックスチャージ!!」
炎を噴いて急加速したトラックが一直線を描いて駆け抜ける。
そして。
右足首に亀裂を刻んだ“獅子鬼”がついに、その両膝をアスファルトへ打ちつけた。
「エーギル、攪乱だ!」
メンカルの声を聞きつけたエーギルが、待機していた上空より舞い降り、翼を大きく広げて“獅子鬼”の視界を横切り反転、さらに横切った。惑わすホーはすでにエンプティだが、その翼にはまだ強い力が残されている。
左手でうるさげに払う“獅子鬼”。それはアスファルトについた両膝と右手を固定することに他ならない。
――だからこそ、この一閃を突き込める!
メンカルが体ごと竜尾刀の切っ先を、小鳥が刻んだ右足首の傷へ突き込んだ。が、なにかに引っかかり、奥まで届かない。
「そのままだ」
キャリコの魔導銃が竜尾刀をなぞるように撃ち込まれ、傷口へ食らいついた。弾はその高速回転をもって薄い傷をこじ開け、牙となって潜り込み、ついに、パギン――足首関節の一部を割り砕く。
あとはもう簡単な仕事だ。メンカルはキャリコが拓いた路に刃を通し、ひねりあげ、今度こそその関節を破壊した。
『右足首の破壊に成功した。上は頼む』
キャリコの通信にイヴは了解を告げ、“隠者の紫”へ腰だめに構えさせたマシンガンを撃ち込んだ。
片足動かなくなってる今しかないでしょ!
弱々しく顔を上げた“獅子鬼”の鬣を弾く10の弾丸。その“数”が鬣を燃え立たせ、ついにはどろりと溶け落とさせる。
アシストは完璧。この後は――
『仕上げはゾファルさんだよ!』
ちっ、最後までめんどくせーとこばっか任せてくれんじゃん!
“ガルちゃん”が“獅子鬼”へ大きく一歩を踏み出し、その重い機体を強く踏み止めた。誰に学んだわけではない、勘と経験に研ぎ上げられた踏み込みを為す。
『ハゲちまえー!!』
大上段から思いきり振り下ろした一打撃「星砕き」が残る鬣を引きちぎりながら“獅子鬼”の肩口へ食いつき、コクピット脇まで押し斬ってようやく止まった。
●予感
“獅子鬼”のコクピットハッチがガタガタと開き、内からパイロットがよろめき出してきた。
「“俺”が俺に……もう俺はパーフェクションじゃない……パーフェクション」
腰を探り、なにかをつかみ出す――
「確保して!」
ハッチを開けて身を乗り出していたイヴが、魔導銃「狂乱せしアルコル」でパイロットの手元を狙撃した。果たして弾け飛ぶ拳銃。
「おらぁ!」
“ガルちゃん”から跳び降りたゾファルが、跳び蹴りによるクリムゾンウェスタンラリアット――正しくはクリムゾン稲妻レッグラリアットか――をパイロットの喉へ叩き込み。
「確保したよぉ」
ゾファルより先に“ベルン”から降りていた幸とメンカルが、左右からパイロットの腕を拘束した。
「いったいなぜこのようなことを……エーギル、髪を噛むのは後にしろ」
パイロットの両手を先にも使ったテープで縛り、キャリコが息をつく。
「取り調べはこちらに任せてもらえるのか?」
それにかぶりを振ってみせたのは、どこからか姿を現わしたレヲナである。
「地球統一連合政府でやるよ。政治とかが絡んじゃう問題だしね」
レヲナは破壊された“獅子鬼”を見やり。
「足首の脆弱性とかはあれだけど、それより排熱だよね。あのままじゃ高機動戦もできないし、スキルも使えないもん」
ハンターたちの間に微妙な空気がわだかまる。今は機体を気にするときではないだろう?
「レヲ蔵ってばお仕事モードに入ってんじゃねぇわよぉっ!」
小鳥と共に戻ってきたママがキーっと高い声をあげる。
「あ、ごめーん♪ 僕ってば報告書作んなきゃだからー」
その言葉をさらうように、地球統一連合政府軍や消防、警察の車両が大挙して乗り込んできた。怪我人の搬送、火災の処理、瓦礫の撤去、機体の回収、そしてパイロットの連行等々が一気に展開する。
「あの人、どうなるのかな?」
小鳥の問いにレヲナは笑みを傾げ。
「落ち着いたら話聞くだけ。どうしてこんなことになったのかわかんなきゃ対策立てらんないから」
そしてレヲナは軍関係者に呼ばれ、そちらへ向かっていった。
「これで終わればいいんだけど」
ぽつりとイヴがこぼした、重い濁りを含んだ言葉。
誰もが思っていた。きっと、これで終わりには――
「湿っぽいのはここまでよぉ! オマケつきだけど任務は成功したし、せっかくのリアルブルーなんだし? パーっとお祝いしましょっ!!」
ママに背を押され、ハンターたちは現場を後にする。
四つん這いで動きを止めた“獅子鬼”と、予感のにおいとを置き去りにして。
「すぅ」
細くねじり上げた空気を丹田へ落とし込み。
「ふっ」
体内にマテリアルとして巡らせた“出し殻”を吹き捨てて前へ踏み出す。
踏み出した足は、何十歩分あるかも知れない距離をただの一歩で踏み越え、強化型コンフェッサー“獅子鬼”の足元へ踏み込み。
「しぃっ!」
思いきり上へ跳び、オーバーハンドライトフックで“獅子鬼”の装甲を打ちつけて。
「いっ――たああああああああい!!」
あっさり弾き返され、甲高く絶叫した。
しょうがないんである。なにせ“獅子鬼”の装甲は異様に硬いし、ゲモ・ママは狂おしいほどオネェだし。
『足りない足りない足りない足りない』
“獅子鬼”はママに目もくれず、外部スピーカーから濁ったつぶやきを垂れ流しながら南へ進む。足元に停まる車を石ころのように蹴り飛ばし、影に隠れていたコスプレイヤーをそのまま踏み潰し――
『ねぇ、こんにちはぁ』
唐突に投げかけられた“獅子鬼”の脚が止まり、声の出所を探してモニターアイが右へ、左へ、そして下へ。
『僕、秋葉原はたまに遊びに来るくらいだからさぁ。昔迷子になったことあるんだよねぇ。君はよく来るの?』
魔導アーマー「プラヴァー」、機体名“ベルン”の内よりのんびりと、桜崎 幸(ka7161)が語りかける。
『神が俺を導いた。だから俺は“俺”になれた』
“獅子鬼”は振り上げた足を“ベルン”へと踏み下ろす。
『天気の話とかのほうがよかったかなぁ?』
スペルスラスターを噴かして踏みつけをかわし、幸は首を傾げたが。“獅子鬼”のターゲットを一般人からこちらに移せたので、とりあえずはよしとする。
『悪魔が“俺”を試練に落とすのか? 神の試練をすでに越えた“俺”を――大丈夫だ。“俺”はもう、無力な俺じゃないんだから』
『なんでやねんじゃーん!!』
と、駆け込んできた巨体が棒立ちの“獅子鬼”にショルダータックル。重い鋼が打ち合い、こすり合う凄絶なる悲鳴を撒き散らした。
『う――ああ――』
突き飛ばされる形になった“獅子鬼”は2、3、4歩、自らの足跡をたどって後退し、動きを止める。脳が揺れる。パーフェクションな“俺”の頭が、どうしてかき乱されなきゃいけないんだ?
その間にドミニオンシリーズの第5弾たる「ガルガリン」――愛称“ガルちゃん”から跳び降りたゾファル・G・初火(ka4407)が愛機の前で仁王立ち。
「カモン、ガルちゃん!!」
ぱちぃん! 指を鳴らしてみせてから、いそいそコクピットへと戻っていった。
「えーと、もしもしゾフちゃん? なにそれアンタ?」
『え? ロボットアニメっぽくてかっこよくね? だってさー、試作機が暴走って超お約束シーンに登場すんだぜ? ここはきっちり決めとかねーと』
意味わかんねぇわぁ。緑アフロを抱えるママだったが、気配を感じて振り向けば。
「遅くなったな、ママ――エーギル噛むんじゃない」
相棒のポロウ“エーギル”に嘴の先で髪をかじられつつ駆けつけたメンカル(ka5338)がオネェの右肩を叩き。
「リアルブルーに使えそうな物を買いに来ただけなんだが……面倒事に巻き込まれたな」
キャリコ・ビューイ(ka5044)が無表情を添えた。
「メンちゃんと、初めましての子! いいわねぇ……若いくせに渋ぃわぁ……」
キャリコに不審な視線を絡みつかせるママ。
「キャリコ・ビューイだ。……メンカル、ここはどうするのが正解なんだ? 俺の中のなにかが速やかに目の前のアフロを排除しろとささやくんだが」
「狙うなら首より足首だ。いや、アレの弱点でもある足首を狙うのが先か」
ふたりのやりとりにママがきょとんと小首を傾げ。
「え? “獅子鬼”の弱点って足首なのぉ?」
ふたりの後ろから顔をのぞかせた天王洲レヲナが、ママとは逆のほうに小首を傾げて。
「え? それって常識デスケド?」
「聞いてねぇわよ!?」
「あ、南の橋のへんに“獅子鬼”の搭載艦が碇泊してるんだけど、あそこまで行かれると武器とか全部そろっちゃうっていうのも常識だよ?」
アンタの常識アタシの非常識ぃいいいいい!! ママの咆吼を背に、アイコンタクトを交わしたメンカルとキャリコが“獅子鬼”へと向かう。
南の橋に“獅子鬼”を着かせれば、秋葉原は焦土と化す。レヲナから告げられた言葉を、幸は胸の内で復唱した。そして。
「パイロットの人って軍の人ぉ?」
『最近ちょっと調子悪くって、予備役に回ってた兵士だよ。マジメすぎるせいで昇進試験とかも落ちちゃったのが悪かったかも』
幸の問いに、ママのトランシーバーを通してレヲナが答える。
心が弱っていたところになにかを撃ち込まれて、結果的に暴走したということか。
「“獅子鬼”って軍が持ってきたんだよねぇ? 守備してた人たちは?」
『ごめん、軍機だよ』
幸は静かにかぶりを振った。いくつの命が失われたのかはわからないが。
「止めるよ。これ以上、なにも失わないように」
マテリアルエンジンを噴かして重い一歩を刻む“ガルちゃん”。
その脇に並んだ魔導トラックの運転席から、ひょこっと狐中・小鳥(ka5484)が顔を出し。
「隠れてる人がケガしたら困りますー! 気をつけてくださいねっ!」
『わかってんよ。さっきのはほら、大事な登場シーンだったじゃん? 俺様ちゃんだってほら、ちゃーんと計算とかしてんだぜ?』
わかっているならよし。小鳥は“ガルちゃん”を追い越し、侵入角を計算しながら炎上する車両をバンパーで押し退けて。
「はーい、【輸送し隊】参上だよ♪ 歩ける人はすぐ後ろに乗って! 歩けない人はいるかな? かな?」
危険区域に閉じ込められ、声も上げられずにいる一般人を探す。
『神は俺に告げた。“俺”はパーフェクション、神なんだ』
“獅子鬼”はうるさげに、つま先で割り砕いたアスファルトの破片をトラックへ蹴り込んだが――重装化とフルアーマー化を重ねたトラックの装甲はこれを容易く弾く。
「神様に神様だーって言ってもらったとか、それ神様じゃないんじゃない?」
“獅子鬼”の十数メートル後方にトラックを停め、小鳥は運転席から跳び降りた。
「お迎え開始! みなさんサポートよろしくです!」
「――せっかくのお祭りなのに!」
イヴ(ka6763)は“隠者の紫”の名を与えたR7エクスシアが伝える戦場の様子を見やり、奥歯を噛み締めた。
リアルブルーの“聖地”で開催されたコスプレイベントということで、標準装備(?)の金髪エルフ耳をそのまま使えるライトノベルヒロインのコスプレを披露していた彼女である。作り物ではけして醸し出せない本物感に多くのカメコが集まった。これをきっかけにリアルブルーで芸能人デビューなんてこともないとは言えなくもないが、それよりも。
強化人間のポジティブアピールだったはずの場で強化人間が暴走する……そのことがもたらすだろう社会不安と、強化人間へのヘイトクライムの激化が辛い。
せめて事情や動機を解明し、事後対策をしなければ。
「あーもー! せっかくのお祭りなのにーっ!」
ついつい溢れだしてしまう私情はともあれ。Mライフル「イースクラW」で“獅子鬼”の動きを牽制、小鳥の救助活動とメンカル、キャリコの接近をサポートするイヴであった。
●誤算
隠れるホーの結界でその身を鎧い、炎上する車両やアスファルトの亀裂を飛び越えたエーギル。その背から跳んだメンカルはナイトカーテンによる潜伏とアクセルオーバーによる加速で一気に“獅子鬼”へと迫る。
「キャリコ、まずは俺がしかける。合わせられるか?」
トランシーバーへささやけば、後ろから追ってきていたキャリコが『カウントダウン開始』。
「カウントするのはいいが、ズレたら指差して笑ってやるからな」
指先のノック音で送られてくるカウントを脳内で数字に置き換え、メンカルは残り4カウントで“獅子鬼”の足元へ取り付いた。もちろん気づかれてはいない。昔からかくれんぼは得意なんでな。
3カウント――流線を描くがゆえに下側は大きく開いた“獅子鬼”の左脚部装甲内へ潜り込み。
2カウント――携帯してきたマテリアル式手投げ弾「Iron mango」を、“獅子鬼”の右足が踏み出す先へと転がした。
一方。あと1カウントというところで、キャリコが道端の車両から踏み出して“獅子鬼”に手を挙げてみせ。
「こっちだ」
メインカメラがこちらへ向いた瞬間、魔導銃「アクケルテ」からペイント弾を発射した。構えは「カップ&ソーサー」、撃つごとにグリップしなおす必要があり、連続射撃には向かないやりかただ。しかし、左右のバランスを考えず、利き手で狙いを定められるメリットがある。そう、狙い澄ましたただ一発を撃ち込むなら、これこそが最適だ。
狙い過たず、ペイント弾は“獅子鬼”の顔面へ撃ち込まれる――寸前、鬣から展開するマテリアルバリアに阻まれ、フライパンに投じられた生肉さながら濁った音をたてて蒸発。同時に“獅子鬼”の蹴りがキャリコへ振り込まれた。
「っ!」
キャリコは危ういところでマルチステップ、蹴りを回避して駆け、ビル壁へ足をかけた。
考えてみれば当然か。バリアがメインカメラを守らないはずはない。
それよりもあの反射能力だ。いくらパイロットが強化人間で、機体が専用機だとしても、ありえない動き。まるで人機が繋がっているかのように……
キャリコは分析を止め、ビルの壁面を這い上る。弾倉に残ったペイント弾は3発。
――最低でもあと3回は試せるわけだ。
キャリコが魔導銃を抜き撃つのと同時、メンカルは“獅子鬼”の足から滑り出ていた。そして。
「ゼロ」
プラズマボムを発動して起爆指示。
果たしてマテリアルの果実が爆ぜ、装甲の内に押し詰められた爆風が足首関節を打ち据えたが。
『爆発は控えめに! 隠れてる人がいるかもだから!』
レヲナの声がキンキンとトランシーバーを揺らす。
装甲が破壊されれば爆風を撒き散らすことになる。この難しい相手に手心まで加えなければならんとは……。
と、息をついた瞬間、肚は据わった。
敵の弱点が明白である以上、やれることはいくらでもある。
「爆弾以外の手段を用い、足元への攻撃を継続する。“合わせ”はその都度、だな」
今日の相棒であるキャリコに告げたメンカルは、もう1体の相棒へ惑わすホーの発動を指示し、鋭い視線を“獅子鬼”、そのわずかに変型した右脚へ向けた。
「メンカルさんたちが離脱したよ! 足止め再開!」
イヤリング「エピキノニア」に声を投げつつ、“獅子鬼”の横合に“隠者の紫”を回り込ませたイヴは銀鬣をターゲッティング、ライフル弾を撃ち込んだ。機体に乗せたスキルトレースのパッシブが命なき機体を彼女自身と化し、的確に狙撃をヒットさせるが。
でも効かないかー!
バリアに包まれた鬣はそよぎもせず、健在。
できればこのまま後方へ抜けてしまいたかったところだが、小鳥が救助活動を終えて移動するまで振り向かせるわけにはいかない。なにもかもがもどかしい。
「ぶっ飛ばしちゃダメって、それ超めんどくせーんだけど!?」
“獅子鬼”の正面に陣取ってその猛攻を受け止める“ガルちゃん”の内、ゾファルが顔をしかめた。
ぶった斬るのもダメ、こかすのもダメ、殺すのもまあまあダメ。
よーするにガチで殴り合うしかねーんだろ? だったら!
『おいライオン丸――の中の奴、歯ぁ食いしばっとけよ! 俺様ちゃんのケンカは半端ねーぞ!?』
“ガルちゃん”のデュアルカメラがゾファルの眼光をそのままに映し、威嚇する。もちろんスキルを使っていない“獅子鬼”に効果はないが、大事なのはこちらに目を向けさせることだからかまわない。
そして“ガルちゃん”は繰り出された“獅子鬼”の拳を分厚い肩でブロックし、「喧嘩上等」を書きつけた右脚でローキックを打つ。しかしそれは、“ガルちゃん”の出力と質量を考えればありえないほど軽い一撃だ。
果たして。前面及び上方からの攻撃への防御に特化した“獅子鬼”の脚部装甲、その流線に沿わせて、蹴り込んだ右足を踏み下ろす。
果たしてできあがった構図は、2体のCAMによるプロムナードポジションだ。
『足止めすりゃいいんだろっ!!』
出力をマックスに叩き込まれたマテリアルエンジンが轟と吼え、“ガルちゃん”は“獅子鬼”の腕を抱え込む形で斬艦刀「天翼」の切っ先をアスファルトへ突き立て、固定した。
と。
「熱っ」
“ガルちゃん”のコクピット内温度が急上昇する。もちろん機体の不調のせいではない。
『ゾファルさん急いで離れて!』
イヴの高い声がトランシーバーから弾けた。
『あ、まわり壊さないように気をつけてね!』
「無茶言うじゃん……!」
斬艦刀を引き抜く勢いに乗せ、コクピットをカバーしつつ“ガルちゃん”を前進、“獅子鬼”から距離を取る。
「これ、マジでやべーやつじゃん!」
もっとも“獅子鬼”から近い場所にあった膝頭と指先に沸き立つ水ぶくれを見下ろし、ゾファルは犬歯を剥きだした。
『“俺”を真のパーフェクションに……行かなきゃ……』
赤く滾っていた。“獅子鬼”の銀鬣が。
CAMの装甲を焼き、さらには内部のパイロットまで浸透するマテリアルの熱をまとい、“獅子鬼”が前進を再開する。
「赤くて熱くて超やばい!!」
イヴは鬣にライフル弾を撃ち込んだが、バリアに阻まれ、弾はひしゃげて下へ落ちた。
『ゾフちゃん、イヴ吉ぃ! それ“獅子鬼”の放熱だってぇ! あんま絡みついてっと蒸し焼きんなっちゃうわよぉ!!』
小鳥と共に一般人の救出にあたっていたママが、レヲナからの伝言を通信で伝えてきた。
「放熱ってことはつまり熱がぶわーってなってて……よくわかんない!」
イヴは直感タイプの天才肌ゆえ、知力はちょっとアレなんだった。
『ってアレじゃん!? なんかこう、アレってことじゃん!?』
そして言わずもがなのゾファルである。
『アレなんだね! なんだかわかんないけどなんだかすごいね!』
たまらないほど素直な小鳥も、よくわからない顔をしきりとうなずかせたりして。
『放熱システムがうまく機動してねぇってことよぉ! メンちゃんキャーちゃんと連動してオーバーヒートさせちまいなー!』
ママの甲高い声を置き去り、“獅子鬼”が南へ踏み出した。頼りない足取りをオートバランサーの補助で確かな1歩に換え、もう1歩、もう1歩。
オーバーヒート狙いは後の課題ってことで、とにかくまだ救助が終わってないとこに行かれたらまずいよねぇ。
“ガルちゃん”のサポートポジションから“ベルン”を翻させ、その進行方向へ割り込ませた幸はスペルウォールを発動させる。
とはいえ壁の高さは2メートル。CAMならばひと跨ぎできるレベルのものである。が、ほんの少しでもいい。時間を稼ぐことができれば――
「僕ひとりじゃ何秒か足止めするのが精いっぱいかもしれないけど。ここにいるのは僕だけじゃないから」
これ以上、皆が暮らす街を壊させたくない。それ以上に、この場にある誰も死なせたくない。だからこそ幸は少しだけ無理してかっこつけ、魔導エンジンに決意の火を点す。
「あっちにみんないるから、いっしょに避難だよ♪ だよ♪」
“獅子鬼”の後方約100メートル、コスプレ会場の事務テントの前に乗せてきた避難者を降ろした小鳥はにっこり促した。
彼女はハンターと【輸送し隊】を兼業するアイドル。人の心を癒やし、奮わせるために自分がなにをすべきか本能レベルで理解している。
だから。地獄のどん底でだって最高の笑顔を決められる。
小鳥のふんわり感に恐怖を薄れさせた人々が、指示に従って移動を開始した。
「気をつけてねー♪」
手を振って見送った小鳥はトラックに跳び乗って反転、戦場へと駆け戻る。
「問題はここからよねぇ」
助手席のママが顔をしかめて行き先を確かめた。すなわち、今現在“獅子鬼”があり、そのまわりで遅延活動に手を尽くしているハンターたちのCAMがある戦域を。
「瓦礫はないけど、燃えてる車はどかさないとですね。みんなのお邪魔になっちゃわないように!」
迷うことなくアクセルを踏み込んだ小鳥は魔導トラックを鉄火場へ突っ込ませ、ハンドルを切ってドリフトターン。幸のスペルウォールを跨ぎにかかった“獅子鬼”から要救助者のいる道路の隅を隠して。
「はーい、【輸送し隊】だよ♪ ケガした人とか歩けない人はいるかな? かな? みーんないっしょにお持ち帰りだよー♪」
かろやかな声音で注目を集め、気配を探る。
「ママさん、誘導よろしくです!」
「オッケーよぉ!」
そして自身はクレーンツールアームを操作し、避難の邪魔になりそうな車両やアスファルト塊をどかしにかかった。
大胆にして精妙なアーム捌きで次々に障害をクリアしていくが、ここは戦場のまっただ中。もっと早くと心の奥から焦りが突き上げる。
しかし小鳥はその顔をゆるっと笑ませ、助けを待つことしかできない人々へやわらかく語りかけるのだ。
「後ろの人、もうちょっとだけ動かないでがんばってね。ん、プロフェッショナルの腕、ばっちり見せちゃうんだよー♪」
●仕掛
耳から射し込まれたノイズが脳を突き、“俺”のパーフェクションを泡立たせる。
だからいやなんだ。この世界はいつだって俺を戦場へ追い立てて追い込んで追い詰める。そして嗤うんだ。「ハンターもどき」だって。
でも“俺”はもう「もどき」なんかじゃない。だって“俺”はパーフェクション。パーフェクションなんだから。
ハンターの攻撃を受ける“獅子鬼”がぶつぶつと垂れ流す声に、幸は考える。
攻撃を加えれば反応はする。しかし、鬣の熱はともかく“獅子鬼”自身の反撃は散漫で、すぐに勢いを失ってしまう。まさに心ここにあらずな有様だ。
結局のところ、あのパイロットは突き動かされているのだろう。強化人間という存在が負わされた不幸に。そして常にハンターと比べられ、貶められる中で刻みつけられた劣等感に。それを晴らすことに取り憑かれていればこその無関心ということだ。
その気持ちがわかるなんて絶対言えないけど、僕はそれでも、君に不幸なまま死んでほしくないよ。だって僕の名前は幸だから……ってことはないんだけどねぇ。
魔導アーマーの全高は3メートル弱。思いきり体を倒し込めば“獅子鬼”の足首にも攻撃が届く。いや、スペルウォールを跨ぎ越えようとしている“獅子鬼”相手なら、体を倒す必要もない。
“ベルン”を壁の際まで前進させた幸は、アームに握らせた魔導鋸槍「ドレーウング」を下から突き上げた。高速回転する丸刃は装甲の隙間に滑り込み、先にメンカルが傷つけた右足首を削って激しい火花を散らす。
『ノイズ……うるさい、うるさいうるさいうるさい!! “俺”を揺らすなぁあああああ!!』
“獅子鬼”の踵が槍を押し込みつつ“ベルン”へ突き下ろされた。
鬣の切れ端が、削られた装甲の欠片が、剥き出された幸の体を焼き、裂く。このままなら“ベルン”ごと踏み割られるだろうし、押し退けたり空振りさせたりすれば“獅子鬼”が倒れ、小鳥が救出している一般人に予想外の被害をもたらすかもしれない。だから不用意なリアクションは取れない。でも。
さっき言ったよねぇ? ここにいるのは僕だけじゃないって。
『っと!』
“ベルン”に意識を捕らわれ、視界を狭めていた“獅子鬼”の背後から“ガルちゃん”がクリムゾンウェスタンラリアット、その腕を“獅子鬼”の延髄へ巻きつかせた。
転倒こそ逃れたものの踏みつけを空振った“獅子鬼”は、すぐに拘束を振りほどこうとするが。
『そんなもんで吹っ飛ぶ重さじゃねーじゃん!?』
白兵戦でどつき合う、ただそれだけのために増設増強を繰り返してきた“ガルちゃん”である。その重量をもって腰を落とせば、高機動型ごときを逃そうはずはない。
『マジあっちい!』
ただし、“獅子鬼”の鬣が放出する熱にどれだけ耐えられるかの勝負はあるが。
『煮えない程度にキープよろしくー!』
言いながら、イヴはライフル弾を鬣に撃ち込んだ。
『クソあっちい!!』
上昇する熱にゾファルがわめくのは申し訳ないが置いておいて、小鳥へ回線を繋ぎ。
「こちらイヴ! 今どんな感じ!?」
『あとちょっと……と、もうちょっとです!』
「終わったら南の橋のほうに抜けて! そっちのほうが近いから!」
『了解です!』
よし。イヴは気合を込めて“隠者の紫”を駆り、“獅子鬼”の後方へ回り込んだ。
『ねぇ、あなたの言うパーフェクションってなんなの? CAMに乗ったらパーフェクト? ちがうよね? 真のパーフェクションじゃないんだもんね。それは普通の兵士用CAMだよ! パーフェクション用の機体いっしょに探すから、それはこっちに返してよ!』
振り向かせるのと落ち着かせるのを兼ねて呼びかけてみるが、“獅子鬼”はかぶりを振るばかりである。
『あそこにあるんだ……神が言った。パーフェクションな“俺”が真のパーフェクションになるには、あそこに行かなきゃいけない』
行く。行く。行く。繰り返し、“ガルちゃん”に掴まれていることも忘れて歩きだそうとする。
言葉じゃ止まんないか! でもこれ以上行かせらんないし!
マテリアルカートリッジを換装、リロードをすませたイヴはゾファルに「“獅子鬼”にこっち向かせるよ! 5、4、3、2、1――」。
イヴのカウントをトランシーバー越しに聞きながら、キャリコは壁面から一気に跳び降りた。
角度を変えながらペイント弾を撃ち込んでみたが、一発たりとも届かなかった。しかし、その徒労とひきかえにいくつかのデータを得てもいる。
『脚の装甲が壊れたら“獅子鬼”も軽くなる! それだけ動きよくなるから気をつけてね!』
レヲナに言い含められていたが、それも問題にはなるまい。ようは装甲を剥がさず足首を壊せばいい。もしくはあの鬣をオーバーヒートさせる時間が稼げれば。
――魔導焙烙玉が使えないのは痛いな。俺たちの仕事を誰かに手伝ってもらわなければならないことになった。
それでも。為すべきを為すのが兵士の仕事だ。
キャリコは落下の衝撃をアスファルトへ転がって逃し、その勢いで思いきり上体を倒し込んで“獅子鬼”の足元へ駆け込んだ。
“獅子鬼”はダメージをノイズと認識して反応する。ゆえにまわりから攻撃を加えられている現状、ただ移動するキャリコに意識を振り向けることはまずありえない。それはこれから数十秒の未来も同様のはず。なにせキャリコは、わずかにも“獅子鬼”を傷つけたりしないのだから。
結果論だが、回避力のアップと視界の確保を保証する装甲パージが行われていないのは幸いだ。あとは先に幸がしかけてダメージを負わせた右足を地に着けたままでいてもらえれば……
「少しの間でいい、“獅子鬼”の右足を地面に固定したい」
横に流した視線でメンカルを捕らえ、低く語れば、メンカルもまた『わかった』、それだけを返して動き出した。
メンカルは竜尾刀「ディモルダクス」を抜き放つ。鞭のようにも使える剣だが、引っかけて“獅子鬼”を揺るがせるにはこちらの体重が足りなさすぎた。
あと何ポンド足せばいいのかもわからんしな。
メンカルは“獅子鬼”の右足が下ろされたと同時に加速。
降り落ちる鬣の切れ端を転がってかわして“獅子鬼”の左足へとスライディングで滑り込み。
ここだ!
「エーギル、スキル解除!」
エーギルが展開していた惑わすホーをカットさせておいて、装甲の隙間へ、翠炎が成す蛇頭の幻影まといし竜尾刀の切っ先を突き込んだ。
と、びくり。“獅子鬼”の体が跳ねる。まるで自らの足へ噛みつかれたかのごとく、反射的に。
だとしたら子蛇の甘噛み程度の痛みだろうが。
“獅子鬼”が足を上げ、メンカルを見下ろした。憎悪や憤怒ならぬ、とまどいを浮かべて。
“ガルちゃん”に捕らわれたまま“獅子鬼”が踏み下ろしてきた左足は、メンカルの残像を踏むばかり。
その踏みつけの左へと回り込んだメンカルは、口の端を吊り上げてみせる。
「俺だってたまには悪戯のひとつやふたつしたくなる。おまえみたいな手合いへは特にな」
かくれんぼは終了。次は追いかけっこの時間だ。
『ゼロじゃん!』
メンカルへ向かわせないよう“獅子鬼”を掴んだまま、“ガルちゃん”が斜めに体を傾けた。
『こっち向けー!』
イヴの狙撃が“獅子鬼”の後頭部を包む鬣に弾け、数センチ――もしかすれば数ミリ、その頭部が前へのめった。
『“俺”がずれる……俺に成り果てる……“俺”を、邪魔する悪魔……』
「悪魔を気取るほど厚顔じゃないがな」
メンカルが“獅子鬼”の左足を鞭と化した竜尾刀で打つ。ヒット&アウェイは保ちつつ、“獅子鬼”の視界に留まり続けて。
その意図を見抜けぬまま、“獅子鬼”は左の蹴りを打ち続けた。そう、軸として右足をアスファルトにつけたまま。
「急がなくていいんだよ♪ ゆっくりせぇのっ」
“獅子鬼”の注意が完全に逸れたのを確かめた小鳥は、脚を挟まれていた一般人をトラックの荷台に引き上げ、手早く簡易ベッドの上にベルトでその体を固定した。
「元気な人は落っこちないようにしっかりつかまってね!」
言い置いて運転席へ向かい、ハンドルを握る。
「これで全部よぉ!」
続いて跳び込んできたママにうなずいた小鳥はシフトレバーをローに入れて発車、アクセルを踏み込んだ。
「少しスピード出していくんだよ!」
ターボブーストで加速したトラックは“獅子鬼”やハンターたちを置き去りにし、南へ……どうやら“獅子鬼”が目ざしているらしい橋の向こうへ向かう。
「ほかに逃げ遅れた人はいないかな?」
「自分で逃げられる人はみんな避難完了してる。取り残されちゃった人は、アンタのがんばりでバッチリ回収できたわ」
乗り捨てられた車両を、乗せたケガ人に負担をかけぬようエンジンブレーキで減速しながらかわし、小鳥は再度アクセルを踏む。
しかける時間は充分に稼いでもらった。
キャリコは“獅子鬼”の右足首へ巻き付けた紐の張り具合を確かめ、軍用ツールボックスをしまう。
応急処置用の防水テープを縒って作っただけの紐だが……1秒なんて贅沢は言わない。数瞬保ってさえくれればそれでいい。
「こちらビューイ。ワイヤートラップの準備が完了した。紐を引っぱってくれる奴が必要だがな。……俺は現在位置からの離脱後、メンカルと合流して撹乱と誘導を試みる」
●轟然
小鳥が離脱し、キャリコのしかけが完了したことで、枷は解かれた。
「これで思いっきりやれんじゃん!!」
口の端を吊り上げたゾファルが、“獅子鬼”の正面を塞ぐ“ガルちゃん”に斬艦刀を構えさせた。切っ先を高く、斜めに傾げさせたその崩し八相は、防御など考えず、ただフルスイングで斬り下ろすためのもの。
『足元にメンカルさんとビューイさんがいるんだからね!』
ゾファルにツッコんでおいて、イヴは“獅子鬼”の背後に位置させた“隠者の紫”、そのある箇所に貼り付けた白薔薇のデカールへ鋼の指を触れた。発見困難なこの薔薇には、見つけて触れた者の願いを叶えるというジンクスを与えている。位置を知るイヴに効力はないだろうが、それでも。
『……真の……パーフェクション……ノイズが……揺れる揺れる揺れる!!』
“獅子鬼”が激しく頭を振り、“ガルちゃん”へ突っ込んだ。
『おおっ!』
組みつかせるよりも早く、体ごと打ちつけるように斬艦刀を振り込む“ガルちゃん”。スイングの遠心力を吸い込んだ刃の翼が偽りの優美を振り捨て、風を裂く野太い雄叫びをあげて“獅子鬼”の鬣に激突する。
対して赤熱した鬣はバリアの反発力で斬艦刀を弾こうとするが……“ガルちゃん”の装甲がマテリアルの熱で焼かれ、塗装を泡立たせても。幾度となく拳で打ち据えられても。その刃だけはびくとも動かない。
『根性、気合、やせ我慢だぜぇ!!』
思いきり刃を引き下ろし、鬣を引き裂いた。
「ここ!」
ゾファルの攻めに呼応し、換装したマシンガン「コンステラ」の弾をフルオートで鬣へ叩き込むイヴ。
ダメージを与えるほど、バリアの発生時間を延ばすほど鬣は熱を帯びる。量が損なわれれば、当然放熱量を維持するために鬣は赤熱を加速させ、オーバーヒートへと近づくはず。それを理屈ではなく、勘で察したがゆえの“手数”であった。
止まらない、止めない! 撃ち続けるよ!
主人の危機を察して飛び込んできたエーギルの足に掴まり、“獅子鬼”の左足をかわしたメンカルは、着地と同時にナイトカーテンを発動、エーギルに距離を取るよう指示して駆ける。
と。その脇を“獅子鬼”のつま先がかすめていくのを見送り、眉をひそめた。
直撃はないが、認識阻害の効果が薄い。レーダーの力か、それとも。
「神懸かってでもいるのか?」
メンカルのかすかなつぶやきに、キャリコは淡々と返した。
「たとえあいつが神だろうと、従う気はない」
そうだ。たとえ“獅子鬼”が神だろうとも膝を屈してやるつもりはなかった。ましてや、人に討たれる程度の代物になど。
降り落ちてきた左足に我が身を削られながらも体勢を保ち、その足首へ白銀の銃口を突き立てる。
ペイント弾ならぬ“死”と謳われし弾がライフリングを伝って加速し、標的へねじ込まれたことを確かめもせず、キャリコは次の機を探るべくその場を後にした。
そのキャリコと同時、竜尾刀を突き込み、同様に離脱していたメンカルは、ふと薄笑みを漏らす。
神が人に討たれるなどめずらしい話でもあるまい。今日、そこにもう一篇が加えられるだけのことだ。
幸はメンカルとキャリコの陽動の裏、すなわち“獅子鬼”の右足側に位置取っていた。
“獅子鬼”の右足から伸び出した紐。人の力では引っぱったところでどうにもできない。激戦の中にある2機のCAMでは拾い上げる暇がない。しかし、人とそれほど変わらぬ全高、人ならぬ重量を備え、この機を狙ってきた“ベルン”なら――!
“ガルちゃん”の斬撃を払い、メンカルへ踏み出そうとする“獅子鬼”。
『させない!』
その足元に“隠者の紫”の威嚇射撃が弾けた。反射的な判断だったが、結果として“獅子鬼”の踏み出しを抑え、その場に釘づけることに成功する。
今! 幸はスペルスラスターを噴かし、“ベルン”を滑り込ませ、アームの先を紐の輪へ引っかけた。
「行くよぉ!」、引っぱる!
張り詰めた紐が“ベルン”をがくりと引き戻した直後、ぶつりと引きちぎれ。
足を引っぱられた“獅子鬼”が傾き、大きくたたらを踏む。
――転ばせられなかった!?
しかし。
「まだ終わりじゃないんだよ! だよ!!」
「いぃぃぃやぁぁぁ! 死ぬ死ぬ死んじゃう飛んで逝っちゃうからぁぁぁあああああ!!」
助手席にしがみついたママの絶叫の尾を引きながら“獅子鬼”に突っ込んだ小鳥の魔導トラック。しかしオートバランサーによって踏みとどまった“獅子鬼”の蹴りをくらい、ひしゃげた車体を斜めに弾かれた。
「たたた助かったぁ!?」
潰れたドアに押しつけられながらもママは安堵の息をついたが。
「まだまだー!」
小鳥はハンドルを切ってサイドブレーキをロック、車体を横に流すことで投げ出されたクレーンツールアームが“獅子鬼”の軸足を引っかけ。
「フェニックスチャージ!!」
炎を噴いて急加速したトラックが一直線を描いて駆け抜ける。
そして。
右足首に亀裂を刻んだ“獅子鬼”がついに、その両膝をアスファルトへ打ちつけた。
「エーギル、攪乱だ!」
メンカルの声を聞きつけたエーギルが、待機していた上空より舞い降り、翼を大きく広げて“獅子鬼”の視界を横切り反転、さらに横切った。惑わすホーはすでにエンプティだが、その翼にはまだ強い力が残されている。
左手でうるさげに払う“獅子鬼”。それはアスファルトについた両膝と右手を固定することに他ならない。
――だからこそ、この一閃を突き込める!
メンカルが体ごと竜尾刀の切っ先を、小鳥が刻んだ右足首の傷へ突き込んだ。が、なにかに引っかかり、奥まで届かない。
「そのままだ」
キャリコの魔導銃が竜尾刀をなぞるように撃ち込まれ、傷口へ食らいついた。弾はその高速回転をもって薄い傷をこじ開け、牙となって潜り込み、ついに、パギン――足首関節の一部を割り砕く。
あとはもう簡単な仕事だ。メンカルはキャリコが拓いた路に刃を通し、ひねりあげ、今度こそその関節を破壊した。
『右足首の破壊に成功した。上は頼む』
キャリコの通信にイヴは了解を告げ、“隠者の紫”へ腰だめに構えさせたマシンガンを撃ち込んだ。
片足動かなくなってる今しかないでしょ!
弱々しく顔を上げた“獅子鬼”の鬣を弾く10の弾丸。その“数”が鬣を燃え立たせ、ついにはどろりと溶け落とさせる。
アシストは完璧。この後は――
『仕上げはゾファルさんだよ!』
ちっ、最後までめんどくせーとこばっか任せてくれんじゃん!
“ガルちゃん”が“獅子鬼”へ大きく一歩を踏み出し、その重い機体を強く踏み止めた。誰に学んだわけではない、勘と経験に研ぎ上げられた踏み込みを為す。
『ハゲちまえー!!』
大上段から思いきり振り下ろした一打撃「星砕き」が残る鬣を引きちぎりながら“獅子鬼”の肩口へ食いつき、コクピット脇まで押し斬ってようやく止まった。
●予感
“獅子鬼”のコクピットハッチがガタガタと開き、内からパイロットがよろめき出してきた。
「“俺”が俺に……もう俺はパーフェクションじゃない……パーフェクション」
腰を探り、なにかをつかみ出す――
「確保して!」
ハッチを開けて身を乗り出していたイヴが、魔導銃「狂乱せしアルコル」でパイロットの手元を狙撃した。果たして弾け飛ぶ拳銃。
「おらぁ!」
“ガルちゃん”から跳び降りたゾファルが、跳び蹴りによるクリムゾンウェスタンラリアット――正しくはクリムゾン稲妻レッグラリアットか――をパイロットの喉へ叩き込み。
「確保したよぉ」
ゾファルより先に“ベルン”から降りていた幸とメンカルが、左右からパイロットの腕を拘束した。
「いったいなぜこのようなことを……エーギル、髪を噛むのは後にしろ」
パイロットの両手を先にも使ったテープで縛り、キャリコが息をつく。
「取り調べはこちらに任せてもらえるのか?」
それにかぶりを振ってみせたのは、どこからか姿を現わしたレヲナである。
「地球統一連合政府でやるよ。政治とかが絡んじゃう問題だしね」
レヲナは破壊された“獅子鬼”を見やり。
「足首の脆弱性とかはあれだけど、それより排熱だよね。あのままじゃ高機動戦もできないし、スキルも使えないもん」
ハンターたちの間に微妙な空気がわだかまる。今は機体を気にするときではないだろう?
「レヲ蔵ってばお仕事モードに入ってんじゃねぇわよぉっ!」
小鳥と共に戻ってきたママがキーっと高い声をあげる。
「あ、ごめーん♪ 僕ってば報告書作んなきゃだからー」
その言葉をさらうように、地球統一連合政府軍や消防、警察の車両が大挙して乗り込んできた。怪我人の搬送、火災の処理、瓦礫の撤去、機体の回収、そしてパイロットの連行等々が一気に展開する。
「あの人、どうなるのかな?」
小鳥の問いにレヲナは笑みを傾げ。
「落ち着いたら話聞くだけ。どうしてこんなことになったのかわかんなきゃ対策立てらんないから」
そしてレヲナは軍関係者に呼ばれ、そちらへ向かっていった。
「これで終わればいいんだけど」
ぽつりとイヴがこぼした、重い濁りを含んだ言葉。
誰もが思っていた。きっと、これで終わりには――
「湿っぽいのはここまでよぉ! オマケつきだけど任務は成功したし、せっかくのリアルブルーなんだし? パーっとお祝いしましょっ!!」
ママに背を押され、ハンターたちは現場を後にする。
四つん這いで動きを止めた“獅子鬼”と、予感のにおいとを置き去りにして。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談卓 桜崎 幸(ka7161) 人間(リアルブルー)|16才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/07/02 22:32:08 |
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![]() |
質問卓 ゾファル・G・初火(ka4407) 人間(リアルブルー)|16才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2018/07/02 22:40:32 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/06/27 23:02:31 |