ゲスト
(ka0000)
【羽冠】その日、王都語り
マスター:京乃ゆらさ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~6人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 3日
- 締切
- 2018/07/05 19:00
- 完成日
- 2018/10/01 06:23
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
王女だった娘は戴冠し、女王となった。
セドリック・マクファーソン(kz0026)は聖ヴェレニウス大聖堂でシスティーナ・グラハム(kz0020) が“光”に宣誓し、冠を授かる姿を招待客と共に見守りながら、大きく息を吐いた。
自分の役目は概ね終えた。
もちろんこれで肩の荷が下りたというほどさっぱりと教会に戻れるとは思っていない。間違いなく今後もしばらくは同じように王国の政務を担当しなければならないだろう。が、それはともかくとして自分が絶対に完遂せねばならなかった最も重要な仕事を終えることができたという達成感があった。
――想定していたより貴族らの力を削ぐことはできなかったが……王位にさえ就いていれば多少はどうにかなるだろう。
輝く王錫を手にして決然と宣言するシスティーナ女王陛下に拍手を送り、セドリックは一足早く王城へ戻った。
●戴冠記念日
城の中もまた普段と異なり、浮かれたような雑然とした雰囲気が漂っているが、それも当然かとセドリックは思う。
彼らは王がいないまま何年も出仕し続けた者たちだ。不安を抱えながら懸命に国に奉仕してきたことが報われたのだから、感動もひとしおであろう。今日ばかりはセドリックも注意することなく、ちょっとした雑務をいくつか処理した後で彼らの大半を帰宅させた。
今夜は城のホールで舞踏会が開かれる予定になっており、文官にも参加する者が大勢いる。またそれに参加はしなくとも、街に繰り出してお祭り騒ぎに興じたい者もいるだろう。戴冠を記念したこの騒ぎは三日だけ許可しているため、王都の人々はきっちりと三日三晩騒ぎ続けるはずだ。
――祭りの後始末を考えると頭が痛くなるが……。
セドリックは眉間を指で押さえ、四日後の苦労にため息をつく。とはいえ九年も待った戴冠、それを祝いたい気分を規制するというのもおかしな話であるし、自分自身そんな気分がないと言えば嘘になる。セドリックは自身が王政に関わることになった九年を思い返しながら執務室の清掃をし、部屋を出る。
すれ違う女官は舞踏会の準備で忙しそうだ。しかしセドリックはそちらには関わっていない。本来貴族関係は門外漢であり、しかも舞踏などまるで別世界の話だからだ。
王城を出ると、日は既に傾いていた。茜色に染まった王都を中心から眺め、何とも言い知れぬ感慨が胸をよぎる。
一週間前に歪虚に襲われた街とは思えない。被害を最小限に食い止められたおかげであり、前へ進もうという人々が意識的に笑おうとしている証でもあるのかもしれない。
「……祭り、か」
ふと思い立ち、セドリックは下町に繰り出してみることにした。目的もなく街を歩くなど普段なら絶対にしないが、今日くらいはそれもいいかと思った。
城や教会にいてもどうせ仕事にならないのだ。システィーナ女王陛下も舞踏会が終われば面会が続くため、何かをする余裕はない。それなら一人で酒でも舐めながらこの雰囲気に浸ってもいいだろう。
セドリックは自らにそう言い聞かせながら露店を冷やかして食べ歩く。
買うのは主にからい串ものだ。それもリアルブルーからの輸入品と思しき見慣れぬものではなく、昔からある見慣れたものの方がいい。別に忌避感があるわけではないが、食に関してはあまり冒険する気が起きない。王女……女王陛下ならば嬉々として挑戦するのかもしれないが。
――それも今後は難しくなるのであろうか。
陛下が気軽に街を出歩くわけにいかないし、口に入れるものにはより一層の警戒が必要になってくる。そう思うと少しばかり同情心も湧くが、それが“光”の思し召しであるのだから仕方があるまい。
とりとめもなくそんなことを考えながらしばらく散策したセドリックは、日が暮れた頃に目についた酒場に入ってみた。
薄暗い店内は外の喧噪から隔絶された静謐な空間だった。
からん、と小さく響いたグラスの音が聞こえるほど落ち着いている。ピンと張りつめた聖堂の空気に少しだけ似ていて、セドリックは我知らず「ほう」と感嘆の声を漏らしていた。
――良い店を引き当てたのかもしれんな。
店主であろうか――総白髪を撫で付けて後ろに流した老人が歓迎の意を示すように目を細め、無言で会釈してくる。その所作もまた矍鑠としていながら出しゃばっておらず、心地が良い。
セドリックはカウンターに座って適当に酒を頼むと、一つ息をついた。ほんのりと木の香りが鼻をくすぐる。
店内を見回せば小さなステージと、備え付けのオルガンがあった。今は誰も立っていないが、誰かが弾くこともあるのだろう。今夜誰かが立つのかは分からないが、それがなくとも十分楽しめそうな店だとセドリックは思う。
戴冠記念日の夜は長い。
この九年に思いでも馳せながら、ゆっくりと店を楽しむとしよう。
セドリック・マクファーソン(kz0026)は聖ヴェレニウス大聖堂でシスティーナ・グラハム(kz0020) が“光”に宣誓し、冠を授かる姿を招待客と共に見守りながら、大きく息を吐いた。
自分の役目は概ね終えた。
もちろんこれで肩の荷が下りたというほどさっぱりと教会に戻れるとは思っていない。間違いなく今後もしばらくは同じように王国の政務を担当しなければならないだろう。が、それはともかくとして自分が絶対に完遂せねばならなかった最も重要な仕事を終えることができたという達成感があった。
――想定していたより貴族らの力を削ぐことはできなかったが……王位にさえ就いていれば多少はどうにかなるだろう。
輝く王錫を手にして決然と宣言するシスティーナ女王陛下に拍手を送り、セドリックは一足早く王城へ戻った。
●戴冠記念日
城の中もまた普段と異なり、浮かれたような雑然とした雰囲気が漂っているが、それも当然かとセドリックは思う。
彼らは王がいないまま何年も出仕し続けた者たちだ。不安を抱えながら懸命に国に奉仕してきたことが報われたのだから、感動もひとしおであろう。今日ばかりはセドリックも注意することなく、ちょっとした雑務をいくつか処理した後で彼らの大半を帰宅させた。
今夜は城のホールで舞踏会が開かれる予定になっており、文官にも参加する者が大勢いる。またそれに参加はしなくとも、街に繰り出してお祭り騒ぎに興じたい者もいるだろう。戴冠を記念したこの騒ぎは三日だけ許可しているため、王都の人々はきっちりと三日三晩騒ぎ続けるはずだ。
――祭りの後始末を考えると頭が痛くなるが……。
セドリックは眉間を指で押さえ、四日後の苦労にため息をつく。とはいえ九年も待った戴冠、それを祝いたい気分を規制するというのもおかしな話であるし、自分自身そんな気分がないと言えば嘘になる。セドリックは自身が王政に関わることになった九年を思い返しながら執務室の清掃をし、部屋を出る。
すれ違う女官は舞踏会の準備で忙しそうだ。しかしセドリックはそちらには関わっていない。本来貴族関係は門外漢であり、しかも舞踏などまるで別世界の話だからだ。
王城を出ると、日は既に傾いていた。茜色に染まった王都を中心から眺め、何とも言い知れぬ感慨が胸をよぎる。
一週間前に歪虚に襲われた街とは思えない。被害を最小限に食い止められたおかげであり、前へ進もうという人々が意識的に笑おうとしている証でもあるのかもしれない。
「……祭り、か」
ふと思い立ち、セドリックは下町に繰り出してみることにした。目的もなく街を歩くなど普段なら絶対にしないが、今日くらいはそれもいいかと思った。
城や教会にいてもどうせ仕事にならないのだ。システィーナ女王陛下も舞踏会が終われば面会が続くため、何かをする余裕はない。それなら一人で酒でも舐めながらこの雰囲気に浸ってもいいだろう。
セドリックは自らにそう言い聞かせながら露店を冷やかして食べ歩く。
買うのは主にからい串ものだ。それもリアルブルーからの輸入品と思しき見慣れぬものではなく、昔からある見慣れたものの方がいい。別に忌避感があるわけではないが、食に関してはあまり冒険する気が起きない。王女……女王陛下ならば嬉々として挑戦するのかもしれないが。
――それも今後は難しくなるのであろうか。
陛下が気軽に街を出歩くわけにいかないし、口に入れるものにはより一層の警戒が必要になってくる。そう思うと少しばかり同情心も湧くが、それが“光”の思し召しであるのだから仕方があるまい。
とりとめもなくそんなことを考えながらしばらく散策したセドリックは、日が暮れた頃に目についた酒場に入ってみた。
薄暗い店内は外の喧噪から隔絶された静謐な空間だった。
からん、と小さく響いたグラスの音が聞こえるほど落ち着いている。ピンと張りつめた聖堂の空気に少しだけ似ていて、セドリックは我知らず「ほう」と感嘆の声を漏らしていた。
――良い店を引き当てたのかもしれんな。
店主であろうか――総白髪を撫で付けて後ろに流した老人が歓迎の意を示すように目を細め、無言で会釈してくる。その所作もまた矍鑠としていながら出しゃばっておらず、心地が良い。
セドリックはカウンターに座って適当に酒を頼むと、一つ息をついた。ほんのりと木の香りが鼻をくすぐる。
店内を見回せば小さなステージと、備え付けのオルガンがあった。今は誰も立っていないが、誰かが弾くこともあるのだろう。今夜誰かが立つのかは分からないが、それがなくとも十分楽しめそうな店だとセドリックは思う。
戴冠記念日の夜は長い。
この九年に思いでも馳せながら、ゆっくりと店を楽しむとしよう。
リプレイ本文
空から見る王都は眩い輝きに満ちていた。
――女王さんが愛されとるいう事やろな。
ええ日になりそうや。ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)は魔箒で王都上空へ飛翔すると、眼下の光景を写真に収めた。
●ヴァレンタイン邸
遠く街の喧噪が響く一室では、家主自らワインを開けてくれている。
きゅ、きゅとコルクの音が聞こえる中、クリスティア・オルトワール(ka0131)は鞄から包みを取った。
「こちらもどうぞ。露店で買い込んできました」
「すまないな、クリス。自ら蟄居したにもかかわらず、物寂しくもあった」
「あら、少しは息の抜き方を覚えましたか」
「というより俺の至らなさ故だろう」
「……エリオット様らしいですけれどね。街の様子をお教えしましょうか?」
「頼む。混乱は起きていないか?」
まず訊くのは治安か、全く。
「混沌の渦ですよ。皆楽しんでいます」
包みを広げると途端に鼻腔を刺激するタレや大蒜の香り。焼き鳥にガレット、芋の油茹で等の男性好みの物を中心に、甘い物も少々。室内はすっかり下町気分だ。
クリスティアがグラスを持ち、悩める青年のそれと軽く合せる。
「女王陛下のご即位に」「王国の未来に」
口元で傾けると、軽やかな風味が鼻に抜ける。
「エリオット様は戴冠式に参列されたのですか?」
「……この状況で俺が大聖堂に姿を見せる訳にいくまい」
答える彼の表情は変わらない。“まるで後悔も何もないように”。
実は一般人として秘かに参列できたのだろうか。街の祭りに参加しないのならせめて式は参列していてほしいとクリスティアは思う。
「女王陛下、ご立派でしたよ。これで終りではないですが、感慨深いものがあるのでは?」
「ああ。先王陛下より託された最後の任を終える事ができた気がする」
「お疲れ様でした」胸がざわめく。少しでも安心したくてクリスティアは言葉を重ねる。「けれど早く復帰しないと陛下も困りますよ」
「……まさかクリスから仕事をしろと急かされるとはな」
ふ、と微笑んだエリオットの晴れやかな表情に、クリスティアは釣られて頬を緩めた。
大丈夫だ。この男は燃え尽きて消えたり、しない。
「ふふ、そうですね。まさか私が仕事……あれ?」
何だか良い話風だったが、よくよく考えると酷い事を言われた気がする。さも普段の自分が堕落の道に誘っているかのような?
「さて、“戴冠式の話はよく解った”。街の話をしてくれ」
「“よく解りましたか、それはようございました”」
吹っ切れたように彼が料理を平らげていく。
その気持ちの良い食べっぷりに、クリスティアは息を吐いて苦笑した。
●マーロウ邸
その邸宅は閑静な住宅街に堂々と居座るようだった。
――流石は王国有数の貴族だぜ。
ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は馬車に乗せられながら、頬が引き攣るのを自覚した。金稼ぎの面ではグリーヴ家も相当なものだが、歴史の積み重ねを感じさせる財というのは一味違う。
――ま、俺様がじきに追い抜いてやるがな!
馬車を降り、豪奢な扉を潜る。執事の後に続けば、応接室に件の爺はいた。
「何用かね」
正面に座るマーロウは露骨に機嫌が悪そうに訊いてくる。が、敵意は見えない。
「とりあえず、記念日オメデトサンって事で」
ジャックが卓に酒瓶を置くと、マーロウは無造作に瓶を手に取った。ジャックはそれを眺めつつ、
「言ってやりてぇ事は色々あるが、俺様は忙しいからよ、これだけは伝えとくぜ」
「ならば早く言え」
「……俺ぁよ、アンタをすげぇ奴と思ってんだ。茨小鬼との戦、ヨーク丘陵でアンタを見かけた。最前線でよ、覚醒者でもねぇ爺を、だ。あん時の俺様の気持ち、解るか?」
「さてな」
「貴族ってなこうあるべきだって、そう思ったぜ。思わされた。だから」
すげぇと思ったし、憧れもした。だから。
「こうして無事に話せて嬉しいワケよ。ま、これからもヨロシクな」
「……ふん。今日お前が来た事は覚えておく」
憮然としたまま席を立つマーロウに、ジャックもまた腰を上げ「そういえば」と声をかけた。
「さっき渡したのはお子様も飲める“なんちゃって酒”だ。孫とヨロシクやってくれや、お爺ちゃん」
「……心遣いに感謝しよう」
舌打ちする爺。これが噂に聞くジジデレか。ジャックは妙に楽しくなってきて“いつもの宣言”をしてやる事にした。
「この国を輝かせんのはこの俺様だ! クソガキでもアンタでもねぇ、この俺様だ!」
「そうかね」マーロウは天井を見上げ、少しして振り向く。「……お前のような馬鹿者が穢れどもと戦っておる事は、嬉しく思う。いずれ狩猟にでも招待してやる」
適当に庭でも見ていけと言い残してマーロウが退室する。ジャックは大窓から庭へ下り、一つ頷いた。
――やっぱジジデレだな。ぎゃるげえで見たから間違いない。
●第三街区
「何しよん? 僕もご一緒してええ?」
背後から忍び寄ると、アルト・ハーニー(ka0113)は「ぬおっ!?」と野太い声を上げつつ腰を捻った。ラィルは苦笑し、
「何しよん? 食い歩き?」
「あぁ、それもあるが。折角の記念日だからお土産でも買おうかとな」
「僕も買い食いしながら写真撮ろ思てん。一緒してええ?」
「構わんぞ、と」
男二人で大通りを練り歩く。大騒ぎする人々の合間を少し進んでは立ち止まり、露店を梯子していく牛の歩みだ。見ず知らずの人とすれ違いざまにハイタッチなんかしたりして、妙に盛り上がる。
ふと歓声のした方を向けば道化らしき姿が見えた。しかも二人の道化が対峙している。
面白そうな気配濃厚だ。行くか。ラィルとアルトが顔を見合せるや、人だかりに飛び込んだ。
皐月=A=カヤマ(ka3534)は賑やかな通りをブラついていた。手には固いパンを器にした肉大盛り。かぶり付けば香ばしい匂いが鼻に抜ける。
――いける。しかし、んー。
屋台を梯子するか大道芸でも観るか。皐月は迷い、まずぼーっとする事にした。この騒がしさは嫌いじゃない。
そうして“その他大勢”感を楽しんでいると、眼前を厳めしいおっさんが横切った。袖と裾の長い服で両手に串を握り無言で歩く姿は違和感の塊である。だが皐月は男の正体に気付いてしまった。
セドリック大司教だ。
――大司教サマも案外楽しんでるんだな。
何となく安心し、皐月は背後から声をかけた。
「久しぶり、大司教サマ。特戦隊ん時はどーも」
「……カヤマ、か」
「うわ。よく覚えてんなー」
「諸君は印象に残りやすいと自覚した方がよい」
「いや大司教サマもじゃねーかな、それ。そんなナリで楽しそーにして」
「……楽しそうだったのか、私は?」
「まぁ」
二人してもぐもぐしながらぽつぽつ話す。
取るに足らない、他愛ない会話だ。串を食っては美味い美味いと言うだけの品評。怠惰の極みの如き時間がそこにはあった。
「でも大司教サマとこんな駄弁れると思わなかったなー」
串を掃除夫に渡し、皐月が両手を頭の後ろで組む。赤みがかっていた空は群青色が混じりつつある。
「私もまた“光”に縋る只人に過ぎぬ」
「光。いいよな、それ。俺、この世界の人間じゃねーけどさ、そーいう所いいなって思う。この国って」
「ふむ?」
興味を持ったようにこちらを向く大司教。皐月は今日初めて大司教と目を合せた。
「内情は色々あんのは解ってんだけどさ。皆あの王女……女王サマとか、光の教義とか、ああ好きなんだなって感じる。ここが好きで生きてんだなって。そーいうの、解りやすくて安心する」
「安心、か。歪虚溢れる時世においてなお光の御加護が翳らぬおかげであろうな。安寧が人を大らかにする」
「だったら今日、戴冠まで至れたのも良かったなって思う。安寧、齎してくれるんだろ?」
「最善は尽す。が、安寧とは社会平和の後に各々が自らの心に宿すものだ」
「お、おぉ……本場の説法だ」
皐月は笑う。
「まぁ、ひとまずおめでとうございます。で、夜もついてっていいかな」
「物好きな……勝手にしたまえ」
理解できないと首を振る大司教だが、その声音は下町に馴染んでいた。少なくとも、聖職者然とした装束よりは。
●ヴァレンタイン邸・二
「今日という日に」
グラスを掲げて乾杯を示し、クローディオ・シャール(ka0030)はワインを口に含む。馥郁たる香りを喉で味わいながら、やけにリラックスしている隊長を見た。
「何かありましたか?」
「今日という日が喜ばしくない訳がないだろう。そしてそんな日に俺を訪ねてくれる者がいる」
確かに道理だが、こうも気を抜いた彼は珍しい。クローディオは苦笑して話を続ける。
「戴冠式をこの目で見ました。――ようやく。やっとここまで、と。私でも感慨深いのですから、隊長はより思うのでしょうね。その隊長が」
「“式の様子は詳らかに知っている”。俺も同じ気分だ、クローディオ」
遮られた言葉に息を呑む。隊長は決まり悪そうな表情。クローディオは想像した考えが正しい事を知り、安堵の息を吐いた。
彼のような男が報われない事などあってはならない。
「派閥争いは完全に解決した訳ではありませんが、今後良い方向へ進んでいけると確信できるお姿でした」
「“そう聞いている”」
満足げな隊長の表情。ワインを呷ると、カッと胸が熱くなった。
――あぁ。
美味い。呼吸する度に何かが体を満たす。
「……隊長」
「何だ?」
目を瞑る。
「風の噂で聞きました。先の戦いの事。貴方はこの国になくてはならない存在であると、改めて実感しました」
隊長は無言を貫く。そんな男だからこそ、クローディオは尊崇の念を抱く。
「私は貴方のようになりたい。貴方のような男に。私の目標だ、貴方は、そう切に思う」
「俺も頼もしい戦友にそう評価してもらえる事を光栄に思う」
「また肩を並べて戦える日を待ち望んでいます」
「必ず」
背もたれに身を預けクローディオは額に手を当てる。たかが二杯で随分快く酔えた。
「……些か口が軽くなっているようですね、私は」
「忘れろと言われても忘れてやらんぞ」
冗談めかす隊長に、肩を竦めて返した。
●酒場
夜の帳を吹き飛ばすが如く今宵の王都は眠らない。
騎士団本部を直撃してゲオルギウスを連れ出したジャックが酒場の扉を開くと、薄暗い店内に二つの後ろ姿が見えた。爺と青年。どちらも見覚えがあるが、まずはこっちの爺が優先だ。半個室に座り、ジャックは強引に肩を組んだ。
「今日は飲もうぜ、爺! 少しくらいいいだろ?」
品書きも開かず適当に酒と肴を頼めば、爺が露骨に嘆息してみせた。
「それで、用件は何だ」
「固ぇ爺だな。ま、何だ、言いてぇ事は二つ!」
「早く言え」
「アンタ、この前の戦い、必死すぎんだよバカ野郎! ヒヤヒヤさせんな、団長がよ」
「……解っとる、阿呆」
「解ってんならいい。後ろでこそ輝く団長なんだからよ、アンタは」
薄暗闇の中、爺が渋面を作るのが判った。案外この爺も団長という職に悩んでいたのか。
次々運び込まれてくる品を平らげながら、ジャックは話を変える。
「で、本題なんだが、王都の各街区で避難訓練できねぇか。敵が最終的に狙うのはここしかない」
「人が多い。訓練で人死にが出かねん」
「だがやらねぇと被害が増える。上に提案してくれ」
「……避難場所からだ。訓練の前に場所を作らねば」
「そうだ、その手順を考えようぜ」
ジャックはにやりと笑い自分達を指差すと、ついで店内の二人と店の入口に指をやる。
「アンタと俺と、あいつらとでよ」
そこには皐月や大司教、来店直後のクローディオがいたのだった。
●舞踏会
絢爛な調度品が瞬き、優美な調べがホールに響く。
くるくると舞う者。料理に舌鼓を打つ者。煌びやかな装束を身に纏った彼らは一様に微笑を張り付けている。
街の喧噪とは隔絶された、ある種異様な空間だ。
――場違いとか気にしたら会う事もできないしねぇ。土産は侍女に渡したし顔を見られれば満足だが、折角なら……。
着慣れぬスーツで体裁を整えていたアルトは葡萄酒を呷ると、ええいままよと女王へ突撃した。一礼して手を差し出し、
「システィーナ女王様、よろしければ踊っていただけますか?」
「一曲でしたら、喜んで」
微笑んで手を取り、アルトにリードを許す彼女の所作は一端の女性と言うに相応しい。故に“一曲”なのだろうとアルトは肌で感じた。続けて踊れば邪推される。
跳ねるような音楽に身を任せ、アルトは自然と微笑を漏らした。
「何か?」
「いや。ああそうだ。街の人も楽しそうだったぞ、と。立場上“あっち”に参加するのは難しそうだから、話くらいはな」
幾つか街の出来事を言うと、女王はそれらを想像したように笑う。
「他にも教えて下さい」
「仰せのままに」
踊りに合せてアルトが片膝をつけば、女王は眉根を寄せながら微笑む芸当を見せた。
●深夜の密会
ひと気の少ない王城を見回しながら、クリスティアは侍女についていく。促されて部屋に入ると、小さな応接室のソファに陛下が座っていた。クリスティアは深々と頭を垂れる。
「システィーナ様のご即位、大変嬉しく思います。陛下をお傍で見てこられた方々にはより格別の思いがあるのでしょうね」
「でもオクレールさんは泣いてくれないのですよ」
「まぁ……では大司教様も?」
「えぇ。あの方の涙なんて想像もできません」
くすりと笑い合う。一通り近況等で場を温め、クリスティアは徐に切り出した。
「一つの区切りでございますし、労に報いる機を設けては如何でしょう。不要と仰られそうな方ばかりですが、陛下から示す事が大切かと」
「特別な事をした方が良いと思いますか?」
「はい。人手が必要であればハンターにご用命下さい」
「ふふ、そうしてお仕事をもらうのですね?」
笑みを深める女王に、クリスティアは悪戯っぽく目を細めた。
「お納め下さい、女王陛下」
冗談めかして言うラィルの眼前には、昼間撮った大量の写真が並んでいる。
祭りを楽しむ人々の光景。その一枚に女王が手を伸ばす。
「これは……」
「本当は録音もしたかったんやけどな」
「……ありがとうございます」
一枚一枚を宝石のように見つめる少女に、ラィルは一人芝居で写真を解説する。
そのうちふと侍従長の目が厳しい事に気付いた。長居しすぎたか。咳払いして紅茶を飲む。
「こういうんがあれば、挫けそうな時も励みになるんやないかな?」
「大切にします! でも、私が大変な時、貴方は助けてくれないんですか?」
にんまりと小首を傾げてくる女王。どーしよかなぁなどとふざけつつ、
「僕も頑張るけどな、けど人を助けるんは女王さんの役目やんか。きっとなれる思うで」
ラィルが目を合せると、彼女は何の衒いもなく頷いてみせる。
その表情はラィルにはひどく眩しく、女王の萌芽を確かに感じさせた。
<了>
その、眩さを前に。
――王女さんは前に進んだ。さて、僕は……。
胸の奥底に淀む疼痛を無視し、ラィルはそっと息を吐いた。
――女王さんが愛されとるいう事やろな。
ええ日になりそうや。ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)は魔箒で王都上空へ飛翔すると、眼下の光景を写真に収めた。
●ヴァレンタイン邸
遠く街の喧噪が響く一室では、家主自らワインを開けてくれている。
きゅ、きゅとコルクの音が聞こえる中、クリスティア・オルトワール(ka0131)は鞄から包みを取った。
「こちらもどうぞ。露店で買い込んできました」
「すまないな、クリス。自ら蟄居したにもかかわらず、物寂しくもあった」
「あら、少しは息の抜き方を覚えましたか」
「というより俺の至らなさ故だろう」
「……エリオット様らしいですけれどね。街の様子をお教えしましょうか?」
「頼む。混乱は起きていないか?」
まず訊くのは治安か、全く。
「混沌の渦ですよ。皆楽しんでいます」
包みを広げると途端に鼻腔を刺激するタレや大蒜の香り。焼き鳥にガレット、芋の油茹で等の男性好みの物を中心に、甘い物も少々。室内はすっかり下町気分だ。
クリスティアがグラスを持ち、悩める青年のそれと軽く合せる。
「女王陛下のご即位に」「王国の未来に」
口元で傾けると、軽やかな風味が鼻に抜ける。
「エリオット様は戴冠式に参列されたのですか?」
「……この状況で俺が大聖堂に姿を見せる訳にいくまい」
答える彼の表情は変わらない。“まるで後悔も何もないように”。
実は一般人として秘かに参列できたのだろうか。街の祭りに参加しないのならせめて式は参列していてほしいとクリスティアは思う。
「女王陛下、ご立派でしたよ。これで終りではないですが、感慨深いものがあるのでは?」
「ああ。先王陛下より託された最後の任を終える事ができた気がする」
「お疲れ様でした」胸がざわめく。少しでも安心したくてクリスティアは言葉を重ねる。「けれど早く復帰しないと陛下も困りますよ」
「……まさかクリスから仕事をしろと急かされるとはな」
ふ、と微笑んだエリオットの晴れやかな表情に、クリスティアは釣られて頬を緩めた。
大丈夫だ。この男は燃え尽きて消えたり、しない。
「ふふ、そうですね。まさか私が仕事……あれ?」
何だか良い話風だったが、よくよく考えると酷い事を言われた気がする。さも普段の自分が堕落の道に誘っているかのような?
「さて、“戴冠式の話はよく解った”。街の話をしてくれ」
「“よく解りましたか、それはようございました”」
吹っ切れたように彼が料理を平らげていく。
その気持ちの良い食べっぷりに、クリスティアは息を吐いて苦笑した。
●マーロウ邸
その邸宅は閑静な住宅街に堂々と居座るようだった。
――流石は王国有数の貴族だぜ。
ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は馬車に乗せられながら、頬が引き攣るのを自覚した。金稼ぎの面ではグリーヴ家も相当なものだが、歴史の積み重ねを感じさせる財というのは一味違う。
――ま、俺様がじきに追い抜いてやるがな!
馬車を降り、豪奢な扉を潜る。執事の後に続けば、応接室に件の爺はいた。
「何用かね」
正面に座るマーロウは露骨に機嫌が悪そうに訊いてくる。が、敵意は見えない。
「とりあえず、記念日オメデトサンって事で」
ジャックが卓に酒瓶を置くと、マーロウは無造作に瓶を手に取った。ジャックはそれを眺めつつ、
「言ってやりてぇ事は色々あるが、俺様は忙しいからよ、これだけは伝えとくぜ」
「ならば早く言え」
「……俺ぁよ、アンタをすげぇ奴と思ってんだ。茨小鬼との戦、ヨーク丘陵でアンタを見かけた。最前線でよ、覚醒者でもねぇ爺を、だ。あん時の俺様の気持ち、解るか?」
「さてな」
「貴族ってなこうあるべきだって、そう思ったぜ。思わされた。だから」
すげぇと思ったし、憧れもした。だから。
「こうして無事に話せて嬉しいワケよ。ま、これからもヨロシクな」
「……ふん。今日お前が来た事は覚えておく」
憮然としたまま席を立つマーロウに、ジャックもまた腰を上げ「そういえば」と声をかけた。
「さっき渡したのはお子様も飲める“なんちゃって酒”だ。孫とヨロシクやってくれや、お爺ちゃん」
「……心遣いに感謝しよう」
舌打ちする爺。これが噂に聞くジジデレか。ジャックは妙に楽しくなってきて“いつもの宣言”をしてやる事にした。
「この国を輝かせんのはこの俺様だ! クソガキでもアンタでもねぇ、この俺様だ!」
「そうかね」マーロウは天井を見上げ、少しして振り向く。「……お前のような馬鹿者が穢れどもと戦っておる事は、嬉しく思う。いずれ狩猟にでも招待してやる」
適当に庭でも見ていけと言い残してマーロウが退室する。ジャックは大窓から庭へ下り、一つ頷いた。
――やっぱジジデレだな。ぎゃるげえで見たから間違いない。
●第三街区
「何しよん? 僕もご一緒してええ?」
背後から忍び寄ると、アルト・ハーニー(ka0113)は「ぬおっ!?」と野太い声を上げつつ腰を捻った。ラィルは苦笑し、
「何しよん? 食い歩き?」
「あぁ、それもあるが。折角の記念日だからお土産でも買おうかとな」
「僕も買い食いしながら写真撮ろ思てん。一緒してええ?」
「構わんぞ、と」
男二人で大通りを練り歩く。大騒ぎする人々の合間を少し進んでは立ち止まり、露店を梯子していく牛の歩みだ。見ず知らずの人とすれ違いざまにハイタッチなんかしたりして、妙に盛り上がる。
ふと歓声のした方を向けば道化らしき姿が見えた。しかも二人の道化が対峙している。
面白そうな気配濃厚だ。行くか。ラィルとアルトが顔を見合せるや、人だかりに飛び込んだ。
皐月=A=カヤマ(ka3534)は賑やかな通りをブラついていた。手には固いパンを器にした肉大盛り。かぶり付けば香ばしい匂いが鼻に抜ける。
――いける。しかし、んー。
屋台を梯子するか大道芸でも観るか。皐月は迷い、まずぼーっとする事にした。この騒がしさは嫌いじゃない。
そうして“その他大勢”感を楽しんでいると、眼前を厳めしいおっさんが横切った。袖と裾の長い服で両手に串を握り無言で歩く姿は違和感の塊である。だが皐月は男の正体に気付いてしまった。
セドリック大司教だ。
――大司教サマも案外楽しんでるんだな。
何となく安心し、皐月は背後から声をかけた。
「久しぶり、大司教サマ。特戦隊ん時はどーも」
「……カヤマ、か」
「うわ。よく覚えてんなー」
「諸君は印象に残りやすいと自覚した方がよい」
「いや大司教サマもじゃねーかな、それ。そんなナリで楽しそーにして」
「……楽しそうだったのか、私は?」
「まぁ」
二人してもぐもぐしながらぽつぽつ話す。
取るに足らない、他愛ない会話だ。串を食っては美味い美味いと言うだけの品評。怠惰の極みの如き時間がそこにはあった。
「でも大司教サマとこんな駄弁れると思わなかったなー」
串を掃除夫に渡し、皐月が両手を頭の後ろで組む。赤みがかっていた空は群青色が混じりつつある。
「私もまた“光”に縋る只人に過ぎぬ」
「光。いいよな、それ。俺、この世界の人間じゃねーけどさ、そーいう所いいなって思う。この国って」
「ふむ?」
興味を持ったようにこちらを向く大司教。皐月は今日初めて大司教と目を合せた。
「内情は色々あんのは解ってんだけどさ。皆あの王女……女王サマとか、光の教義とか、ああ好きなんだなって感じる。ここが好きで生きてんだなって。そーいうの、解りやすくて安心する」
「安心、か。歪虚溢れる時世においてなお光の御加護が翳らぬおかげであろうな。安寧が人を大らかにする」
「だったら今日、戴冠まで至れたのも良かったなって思う。安寧、齎してくれるんだろ?」
「最善は尽す。が、安寧とは社会平和の後に各々が自らの心に宿すものだ」
「お、おぉ……本場の説法だ」
皐月は笑う。
「まぁ、ひとまずおめでとうございます。で、夜もついてっていいかな」
「物好きな……勝手にしたまえ」
理解できないと首を振る大司教だが、その声音は下町に馴染んでいた。少なくとも、聖職者然とした装束よりは。
●ヴァレンタイン邸・二
「今日という日に」
グラスを掲げて乾杯を示し、クローディオ・シャール(ka0030)はワインを口に含む。馥郁たる香りを喉で味わいながら、やけにリラックスしている隊長を見た。
「何かありましたか?」
「今日という日が喜ばしくない訳がないだろう。そしてそんな日に俺を訪ねてくれる者がいる」
確かに道理だが、こうも気を抜いた彼は珍しい。クローディオは苦笑して話を続ける。
「戴冠式をこの目で見ました。――ようやく。やっとここまで、と。私でも感慨深いのですから、隊長はより思うのでしょうね。その隊長が」
「“式の様子は詳らかに知っている”。俺も同じ気分だ、クローディオ」
遮られた言葉に息を呑む。隊長は決まり悪そうな表情。クローディオは想像した考えが正しい事を知り、安堵の息を吐いた。
彼のような男が報われない事などあってはならない。
「派閥争いは完全に解決した訳ではありませんが、今後良い方向へ進んでいけると確信できるお姿でした」
「“そう聞いている”」
満足げな隊長の表情。ワインを呷ると、カッと胸が熱くなった。
――あぁ。
美味い。呼吸する度に何かが体を満たす。
「……隊長」
「何だ?」
目を瞑る。
「風の噂で聞きました。先の戦いの事。貴方はこの国になくてはならない存在であると、改めて実感しました」
隊長は無言を貫く。そんな男だからこそ、クローディオは尊崇の念を抱く。
「私は貴方のようになりたい。貴方のような男に。私の目標だ、貴方は、そう切に思う」
「俺も頼もしい戦友にそう評価してもらえる事を光栄に思う」
「また肩を並べて戦える日を待ち望んでいます」
「必ず」
背もたれに身を預けクローディオは額に手を当てる。たかが二杯で随分快く酔えた。
「……些か口が軽くなっているようですね、私は」
「忘れろと言われても忘れてやらんぞ」
冗談めかす隊長に、肩を竦めて返した。
●酒場
夜の帳を吹き飛ばすが如く今宵の王都は眠らない。
騎士団本部を直撃してゲオルギウスを連れ出したジャックが酒場の扉を開くと、薄暗い店内に二つの後ろ姿が見えた。爺と青年。どちらも見覚えがあるが、まずはこっちの爺が優先だ。半個室に座り、ジャックは強引に肩を組んだ。
「今日は飲もうぜ、爺! 少しくらいいいだろ?」
品書きも開かず適当に酒と肴を頼めば、爺が露骨に嘆息してみせた。
「それで、用件は何だ」
「固ぇ爺だな。ま、何だ、言いてぇ事は二つ!」
「早く言え」
「アンタ、この前の戦い、必死すぎんだよバカ野郎! ヒヤヒヤさせんな、団長がよ」
「……解っとる、阿呆」
「解ってんならいい。後ろでこそ輝く団長なんだからよ、アンタは」
薄暗闇の中、爺が渋面を作るのが判った。案外この爺も団長という職に悩んでいたのか。
次々運び込まれてくる品を平らげながら、ジャックは話を変える。
「で、本題なんだが、王都の各街区で避難訓練できねぇか。敵が最終的に狙うのはここしかない」
「人が多い。訓練で人死にが出かねん」
「だがやらねぇと被害が増える。上に提案してくれ」
「……避難場所からだ。訓練の前に場所を作らねば」
「そうだ、その手順を考えようぜ」
ジャックはにやりと笑い自分達を指差すと、ついで店内の二人と店の入口に指をやる。
「アンタと俺と、あいつらとでよ」
そこには皐月や大司教、来店直後のクローディオがいたのだった。
●舞踏会
絢爛な調度品が瞬き、優美な調べがホールに響く。
くるくると舞う者。料理に舌鼓を打つ者。煌びやかな装束を身に纏った彼らは一様に微笑を張り付けている。
街の喧噪とは隔絶された、ある種異様な空間だ。
――場違いとか気にしたら会う事もできないしねぇ。土産は侍女に渡したし顔を見られれば満足だが、折角なら……。
着慣れぬスーツで体裁を整えていたアルトは葡萄酒を呷ると、ええいままよと女王へ突撃した。一礼して手を差し出し、
「システィーナ女王様、よろしければ踊っていただけますか?」
「一曲でしたら、喜んで」
微笑んで手を取り、アルトにリードを許す彼女の所作は一端の女性と言うに相応しい。故に“一曲”なのだろうとアルトは肌で感じた。続けて踊れば邪推される。
跳ねるような音楽に身を任せ、アルトは自然と微笑を漏らした。
「何か?」
「いや。ああそうだ。街の人も楽しそうだったぞ、と。立場上“あっち”に参加するのは難しそうだから、話くらいはな」
幾つか街の出来事を言うと、女王はそれらを想像したように笑う。
「他にも教えて下さい」
「仰せのままに」
踊りに合せてアルトが片膝をつけば、女王は眉根を寄せながら微笑む芸当を見せた。
●深夜の密会
ひと気の少ない王城を見回しながら、クリスティアは侍女についていく。促されて部屋に入ると、小さな応接室のソファに陛下が座っていた。クリスティアは深々と頭を垂れる。
「システィーナ様のご即位、大変嬉しく思います。陛下をお傍で見てこられた方々にはより格別の思いがあるのでしょうね」
「でもオクレールさんは泣いてくれないのですよ」
「まぁ……では大司教様も?」
「えぇ。あの方の涙なんて想像もできません」
くすりと笑い合う。一通り近況等で場を温め、クリスティアは徐に切り出した。
「一つの区切りでございますし、労に報いる機を設けては如何でしょう。不要と仰られそうな方ばかりですが、陛下から示す事が大切かと」
「特別な事をした方が良いと思いますか?」
「はい。人手が必要であればハンターにご用命下さい」
「ふふ、そうしてお仕事をもらうのですね?」
笑みを深める女王に、クリスティアは悪戯っぽく目を細めた。
「お納め下さい、女王陛下」
冗談めかして言うラィルの眼前には、昼間撮った大量の写真が並んでいる。
祭りを楽しむ人々の光景。その一枚に女王が手を伸ばす。
「これは……」
「本当は録音もしたかったんやけどな」
「……ありがとうございます」
一枚一枚を宝石のように見つめる少女に、ラィルは一人芝居で写真を解説する。
そのうちふと侍従長の目が厳しい事に気付いた。長居しすぎたか。咳払いして紅茶を飲む。
「こういうんがあれば、挫けそうな時も励みになるんやないかな?」
「大切にします! でも、私が大変な時、貴方は助けてくれないんですか?」
にんまりと小首を傾げてくる女王。どーしよかなぁなどとふざけつつ、
「僕も頑張るけどな、けど人を助けるんは女王さんの役目やんか。きっとなれる思うで」
ラィルが目を合せると、彼女は何の衒いもなく頷いてみせる。
その表情はラィルにはひどく眩しく、女王の萌芽を確かに感じさせた。
<了>
その、眩さを前に。
――王女さんは前に進んだ。さて、僕は……。
胸の奥底に淀む疼痛を無視し、ラィルはそっと息を吐いた。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/07/05 17:51:45 |