ゲスト
(ka0000)
【碧剣】陰惨なる狂気の庭で
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/07/10 07:30
- 完成日
- 2018/08/09 21:06
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「おろろろろろろろ」
イェスパーの情けない嗚咽が寝室内に木霊した。イェスパーはパルムの端くれである。嘔吐のようだが、いや、限りなく嘔吐のように聞こえるが、実際には何も出てきてはいない。
演技のようにも見えず、ハンターは苛立たしげに見下ろしていたが、
「や、そ、そうは言っても何も……や、勿論、マイアシが把握していたことくらいは知っていたが……がっ!」
ヨレヨレと机の上でへたり込むイェスパーは、キノコヘッドをやつれさせながら荒く息を吐く。
「…………ふ、辛い。宿で臨む二日酔いがこれほどとは……これぞ宿の粋、それすなわちシュクスイ……や、なんでもない! なんでもないぞ! えー、あー、知ってることであったな!?」
視線に射抜かれて身を竦ませたイェスパーは、ふう、と一つ息を吐く。
「アイツは……シュリは、我輩が知る碧剣の持ち主とは違うように見えてなあ……核であったのだろう宝玉が無いことを抜きにしても……そう、だなあ……」
ぬぬ、と唸る。
「興味、だなあ……我輩の……文豪たる何かが……魂が……叫ぶのよなあ……絶叫しておるのだ……」
瞑目したまま、自問自答するイェスパーは、
「コヤツは、"あの御方"のように一つ大きな、……ん……?」
そのまま、小首を傾げて、呟いた。
「あの御方……はて……我輩何を……?」
事態が動いたのは、その時のことだった。
●
雪の中、シュリ・エルキンズがたどったであろう走り抜けたであろう足跡を辿る。
すぐに、森に入った。冬の森とはいえ、異常なまでの静けさだ。足跡のみならず吐息ですらも大きく聞こえるほど。音という音を雪が吸い込んでいるかのよう。
驢馬に跨ったエステル・マジェスティもそこにいた。
「………………解った!」
彼女のものとは思えぬほどの豊かな声量であった。ただ、声には焦りと、怯えが混じっている。
「僕たちは、シュリに気を取られすぎていた。歪虚の狙いを、見落としていた」
「狙い……は、村人だったのでは?」
「……それは、きっとそう。でも、それは今回もそうだったかは、別。シュリは一年間、歪虚を追い続けていた。それこそ、寝る間もないほどに。僕たちはその痕跡を俯瞰して、シュリにたどり着いた。……あの村を囮にして」
目眩を覚え、驢馬の手綱を握る手と鞍を挟む足に力を込める。
「けど、それは、歪虚たちにとっても、そうだった」
エステルの背筋に、冷たいものが走る。
シュリが追う歪虚にとって、あの村への襲撃はただの囮、捨て石だった。
シュリに狩られながら長い時間を費やして、あれだけの数を揃えた上で――なお。
「あの村は、シュリを引きつけるための餌だった。シュリの手が回らないうちに何人かを連れ去ることはできたかもしれないし、狙いはシュリそのものだったかもしれない……けど」
思い返されるのはシュリの現状、碧剣の性能だった。それに晒され続けてきて、あの手勢でシュリを殺しきれると確信していたとは思えない。
加えてもう一つ、材料があった。
「あの日の襲撃は僕たちが知っていたものと明らかに違った。足並みの揃わない襲撃は、明らかにおかしかった。前は包囲しながら戦術的に必要な手を打ってきたのに、今回はまっすぐにむかってくるだけ。本命は、他にあった」
エステル達の介入が無く、あの場にいたのがシュリだけだったら、このことに気づくことができただろうか。
――恐らく、出来なかっただろう。シュリが追い、狩り続けてきたのは獣に毛が生えた程度の立ち回りしかしなかった。であれば、現状を予見することは不可能に近い。
「……だから、多分、もう」
推察を喋れと、そう言われたばかりだ。考えを詳らかにするのは慣れていない。悲劇の予感と、意見を話すことへの不安を感じながらも、告げる。
「北の村は――手遅れだと、思う」
●
「…………………………ッ!」
シュリ・エルキンズは硬直していた。口の端から、無自覚に震える吐息がこぼれ続ける。
恐らく、もともとは先程まで滞在していた村と同様の規模のものなのだろう。雪に覆われながらも、最低限の備えとして、塀や物見台があったと見える。
ああ、かつては村だったのだろう。しかし、今シュリの眼の前にあるのは――。
「ううう…………ッ!」
『茨』、だった。
巨大な、人の背丈ほどの太さを有する茨が、村を圧壊させていた。
かつて逃げ出すことになった状況とは明らかに違う状況が、そこにあった。いや。それなら、良い。それだけならば、まだよかった。
"今ならまだ、追える"のだから。あの日とは違う。まだ、救うことができる。
碧剣が伝えてくる歪虚の気配は散逸している。目的を達成した歪虚が、この場から撤退しているのだ。
けれど、シュリは動けなかった。
「ぐ………………ッ!」
茨に取り付き、剣を振るう。その先から、響く声があった。
泣き叫び、咽び泣く、子供の泣き声だった。絶叫する女の声だった。
「うわああああああああ、来ないで、来ないで……!!!」「お母さん……!」「イヤアアァァァ……!」
「ううううう……ッ!!!」
周到に罠に掛けられたことはもう解っていた。その上でなお、手を打たれた。
――僕が、至らないから……ッ!
其処は、悪意に塗れた地獄だった。けれど、剣を振るうことは止められない。
――はやく。
はやく、と。願う。ハンターたちの到着が、今は待ち遠しい。
「おろろろろろろろ」
イェスパーの情けない嗚咽が寝室内に木霊した。イェスパーはパルムの端くれである。嘔吐のようだが、いや、限りなく嘔吐のように聞こえるが、実際には何も出てきてはいない。
演技のようにも見えず、ハンターは苛立たしげに見下ろしていたが、
「や、そ、そうは言っても何も……や、勿論、マイアシが把握していたことくらいは知っていたが……がっ!」
ヨレヨレと机の上でへたり込むイェスパーは、キノコヘッドをやつれさせながら荒く息を吐く。
「…………ふ、辛い。宿で臨む二日酔いがこれほどとは……これぞ宿の粋、それすなわちシュクスイ……や、なんでもない! なんでもないぞ! えー、あー、知ってることであったな!?」
視線に射抜かれて身を竦ませたイェスパーは、ふう、と一つ息を吐く。
「アイツは……シュリは、我輩が知る碧剣の持ち主とは違うように見えてなあ……核であったのだろう宝玉が無いことを抜きにしても……そう、だなあ……」
ぬぬ、と唸る。
「興味、だなあ……我輩の……文豪たる何かが……魂が……叫ぶのよなあ……絶叫しておるのだ……」
瞑目したまま、自問自答するイェスパーは、
「コヤツは、"あの御方"のように一つ大きな、……ん……?」
そのまま、小首を傾げて、呟いた。
「あの御方……はて……我輩何を……?」
事態が動いたのは、その時のことだった。
●
雪の中、シュリ・エルキンズがたどったであろう走り抜けたであろう足跡を辿る。
すぐに、森に入った。冬の森とはいえ、異常なまでの静けさだ。足跡のみならず吐息ですらも大きく聞こえるほど。音という音を雪が吸い込んでいるかのよう。
驢馬に跨ったエステル・マジェスティもそこにいた。
「………………解った!」
彼女のものとは思えぬほどの豊かな声量であった。ただ、声には焦りと、怯えが混じっている。
「僕たちは、シュリに気を取られすぎていた。歪虚の狙いを、見落としていた」
「狙い……は、村人だったのでは?」
「……それは、きっとそう。でも、それは今回もそうだったかは、別。シュリは一年間、歪虚を追い続けていた。それこそ、寝る間もないほどに。僕たちはその痕跡を俯瞰して、シュリにたどり着いた。……あの村を囮にして」
目眩を覚え、驢馬の手綱を握る手と鞍を挟む足に力を込める。
「けど、それは、歪虚たちにとっても、そうだった」
エステルの背筋に、冷たいものが走る。
シュリが追う歪虚にとって、あの村への襲撃はただの囮、捨て石だった。
シュリに狩られながら長い時間を費やして、あれだけの数を揃えた上で――なお。
「あの村は、シュリを引きつけるための餌だった。シュリの手が回らないうちに何人かを連れ去ることはできたかもしれないし、狙いはシュリそのものだったかもしれない……けど」
思い返されるのはシュリの現状、碧剣の性能だった。それに晒され続けてきて、あの手勢でシュリを殺しきれると確信していたとは思えない。
加えてもう一つ、材料があった。
「あの日の襲撃は僕たちが知っていたものと明らかに違った。足並みの揃わない襲撃は、明らかにおかしかった。前は包囲しながら戦術的に必要な手を打ってきたのに、今回はまっすぐにむかってくるだけ。本命は、他にあった」
エステル達の介入が無く、あの場にいたのがシュリだけだったら、このことに気づくことができただろうか。
――恐らく、出来なかっただろう。シュリが追い、狩り続けてきたのは獣に毛が生えた程度の立ち回りしかしなかった。であれば、現状を予見することは不可能に近い。
「……だから、多分、もう」
推察を喋れと、そう言われたばかりだ。考えを詳らかにするのは慣れていない。悲劇の予感と、意見を話すことへの不安を感じながらも、告げる。
「北の村は――手遅れだと、思う」
●
「…………………………ッ!」
シュリ・エルキンズは硬直していた。口の端から、無自覚に震える吐息がこぼれ続ける。
恐らく、もともとは先程まで滞在していた村と同様の規模のものなのだろう。雪に覆われながらも、最低限の備えとして、塀や物見台があったと見える。
ああ、かつては村だったのだろう。しかし、今シュリの眼の前にあるのは――。
「ううう…………ッ!」
『茨』、だった。
巨大な、人の背丈ほどの太さを有する茨が、村を圧壊させていた。
かつて逃げ出すことになった状況とは明らかに違う状況が、そこにあった。いや。それなら、良い。それだけならば、まだよかった。
"今ならまだ、追える"のだから。あの日とは違う。まだ、救うことができる。
碧剣が伝えてくる歪虚の気配は散逸している。目的を達成した歪虚が、この場から撤退しているのだ。
けれど、シュリは動けなかった。
「ぐ………………ッ!」
茨に取り付き、剣を振るう。その先から、響く声があった。
泣き叫び、咽び泣く、子供の泣き声だった。絶叫する女の声だった。
「うわああああああああ、来ないで、来ないで……!!!」「お母さん……!」「イヤアアァァァ……!」
「ううううう……ッ!!!」
周到に罠に掛けられたことはもう解っていた。その上でなお、手を打たれた。
――僕が、至らないから……ッ!
其処は、悪意に塗れた地獄だった。けれど、剣を振るうことは止められない。
――はやく。
はやく、と。願う。ハンターたちの到着が、今は待ち遠しい。
リプレイ本文
●
遠景に、かつて村であったろうそれを目にして、臓腑を掴まれたような心地がした。八原 篝(ka3104)は努めて呼吸を整える。
「来たぞ! 一旦南下しろ! 生存者の漏れがねぇか全員で捜すぞ!」
シュリ・エルキンズへと向けて発されたカイン・シュミート(ka6967)の声が拡声器越しに響く。振り返った少年は、言葉の途中で表情をこわばらせた。
――来てしまった。
篝の悔悟が、眼前にあった。
『浚われた大勢の人を、あなただけでどうやって助けるつもりなの?』
それは、少女がシュリ・エルキンズに向けた言葉だった。それが少年に自分たちと同じ方向を見せるための、方便へと変わってしまった瞬間だった。
いや。彼女自身も、想定していたことだった。それだけに――ああ、なんと苦い。
「茨……」
ぽつりと、龍華 狼(ka4940)の呟きが落ちる。少なからず事情を理解しているヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)が、その横顔を伺うように問う。
「あの茨……死者の声を偽造したりは、していたかの?」
「"あの時"は、そんなことは。あの声は、一種類だけで……」
――違う茨なら、ともかく。
その言葉を、狼は荒れ狂う感情の波ごと飲み込んだ。こんな茨が、他にあってたまるか。
――まさかこんなとこでまた会うとはな。
遠く、茨に呑まれた村の前に、シュリがいる。狼にとっては厭な光景だ。絡みついた何かが、痛みを呼ぶ。
届いたカインの声に俯いたまま答えない少年のもとに、一同はじきにたどり着いた。
「村人の救出をします。同行を」
「……それ、は」
マッシュ・アクラシス(ka0771)の冷然とした言葉に、シュリは目を見開いた。そこに透ける感情を、マッシュは切り捨てる。碧剣という不確定要素に加え、行き過ぎた自己犠牲を看過する愚を犯すことはしない。
「私の目的は、貴方にあります。貴方が"離れるのであれば"、この村の生存者は放棄します」
「…………!」
大きく見開かれたシュリの瞳に、紛れもない絶望が塗りつけられる。それをしたのは自分だとこの上なく自覚しながらも、マッシュは――、
「協力を」
切り捨てた。
「ち、が……」
「シュリ、お前自身を含めた全ての命を救う為に周り見て力を使え」
そこに、カインが言葉を添える。
「生きてと願った先人のお陰で生きてるなら周囲見ろ。……じゃねぇと力を持ってもそれだけで、弱いままだ」
その言葉に、少年の表情がどう変じたかは、わからない。俯いたまま、ただ。
「………………」
食いしばられた歯が軋む音が、雪原に響く。その背が、小さく揺れた。
「何のためにその力を手に入れたんですか。……今度こそ、救うためでしょう」
狼の蹴りだった。
「急ぎましょう」
蹴った少年はそのまま足を止めるでもなく、走っていく。その背はまるで、何かに追われるように。
なし崩し的に、シュリはその背を追った。一同も、それに続く。
●
ハンターたちはシュリが切り開いた茨から、内部へと浸透した。最も声が近い西方へ往く。
――存外、精神の変調は、無い……?
やや焦燥しているが、指示に従うシュリを観察していたアルルベル・ベルベット(ka2730)は、そう評価した。些か拍子抜けしているのも事実だったが――それだけに、覚悟が定まる。
少年の心を、これ以上磨り減らしたくは、ない。
故に、人影を確認し、それが"敵"だと断定できた瞬間、彼女は機導術を編んでいた。瞬後には、光条がそれを貫く。物言わぬ人影はそのまま、霞むように消えていった。
「……精神汚染、か……」
目視した瞬間、心が不自然にざわついた。覚醒者であればこそ耐えられたが、常人であればどうなるか解らない。
「歪虚そのものは脅威ではない、が」
「……悲鳴が聞こえる内に、急ぎましょう」
アルルベルの言葉に、篝。
「村には悪いが……緊急事態じゃしな」
ヴィルマは言いながら、最も近い声に見当をつけると、炎球で道を遮る太い茨を払う。特に抵抗なく散った領域に、マッシュや狼、シュリが飛び込んでいき、更に道を切り開いていく。時折、小ぶりな茨がハンター達を絡みつこうとするが、篝の矢がそれを払う。一団となったハンターを留めるには茨の存在は障害としてあまりに脆い。
――手数の問題、か。順調に見えるが……。
しかし、とカインは"敵"の思惑を思う。置いていかれた人々と、歪虚たち。それが分散している現状は、決して予断を許しえない。ましてや、こちらはその意図を汲みきれていないのだから。
けれど。救うと、強調したのだ。他ならぬ、シュリの説得のために。
カインの視線の先で茨が散った直後、女性の悲鳴がよく届くようになった。「あそこだ!」同時に、シュリの声が響く。そのまま真っ先に飛び込んでいく後を、マッシュと狼が追走。
「罠かもしれないから待っ……ああくそっ!」
悪態を吐く狼は、すばやくマッシュと視線を交わす。絶叫し悲鳴をあげる村人は、どう見ても生者そのものだ。ならば先にと、女性のもとへと向かう歪虚の元へと走る。
「生きているようじゃな」
「そうね」
ぽつと呟いたヴィルマに、篝は思わず苦い顔をする。ヴィルマが想定している状況の悪辣さに、忌避感が先に湧いた。これまでと、この状況を鑑みれば無理筋ではない。
とまれ、生者と断定できれば、道行きを急ぎたいハンターたちとしては取り得る手段は一つだ。ヴィルマは再び魔術を紡ぐと、ためらうことなく茨を灼いた。多少家屋をけずる形になろうとも、最短を往くべき時だった。
続く篝は茨が消え、同時に大穴が穿たれた家屋の屋上へとすばやく登り上る。周囲を見渡すが、視界は大小様々な茨に遮られたままだ。
「そうは問屋がおろさないってわけ……」
複雑に絡み合う茨は、まるで遊園地の迷路のようだった。ハンターも壁を破ることで短縮化を図っているが、天井を抑えられているので効率化にも限界がある。恣意的に手数が消費される中、ヴィルマが示した道を先に開いておくべく篝は矢を放つと、同じ場所にアルルベルが炎を放ち――拓いた。
「敵影多数!」
その先を見据えた篝が張った声に、前衛達が即応。シュリが茨から引き出した村人の介助をカインにまかせ、マッシュと狼は少女たちが拓いた道に突入する。先頭はその身を壁とするマッシュだ。
「――――ッ!」
歪虚達の中に狼とマッシュは飛び込んでいく。とくに狼はマッシュから施されたガウスジェイルをこれ幸いと、より深く踏み込んでいった。
激しく、鋭い呼気と同時、斬撃が歪虚を刻んだ。斬る。切る。刻む。分断されたヒトの形が、霞となって消えていく。少年の傍らで、攻撃を惹きつけたマッシュが自らに群がる歪虚を一刀のもとに払い捨てた。
「……ふむ」
この手応えの軽さは、何だ?
連携もない上に、脆弱にすぎる。茨に囚われたニンゲン程度であれば如何ともしようが、覚醒者――こと、"シュリ・エルキンズ"を相手取るとなればあまりに不足している。
思索は、ヴィルマの炎球が茨へと打ち込まれると同時に断ち切られる。カインが、傍らに寄っていた。
「パイセン」
傍らには、救出した二人の女性。大きく目を見開いたまま、ブツブツと何事かを呟いている。カインも浄化術を用いたようだが――歪虚による精神汚染だけではないか。
――無理もねえ。
此処で起こった悲劇は、狂気に触れるに足るものだろう。
「……俺はここで。先に二人を連れて外にいくわ」
「ええ」
カインの言葉に、ご無事で、とも告げなかった。この程度の相手に遅れを取るハンターがいるかも疑わしいほどだ。
「待って!」
先を急ごうとするハンター達を、篝が止めた。その視線は、"南を向いている"
。
「南東、茨が動いて……」
その、直後のことだった。
「いや」
遠景から届いた声は。
「厭、厭、いや、イヤ…………ッ!」
すぐに、絶叫へと変わった。
●
「振り回されてる……っ!」
南側から侵入して、時計回りに救出作業開始したところに、反対側での救難者の声。
もちろん、他にも要救助者の声は響く。火急か否かという点が肝要だ。当然、急ぐしか無い。
ヴィルマもまた、全力疾走していた。
「これは、シュリ狙いの罠じゃと、思っていたが」
「……確かに、効率的では、ない」
応じるアルルベルもまた、それを考慮していた。だが、この場所における敵の脅威度の低さがそうではないと告げている。どこかに隠し玉がある可能性は否定できないが。
二人の視線の先で、狼が次元斬で人型をまとめて切り捨てている。シュリよりも長い間合い故に、結果としてシュリを救出や通路開放に専念させることが出来ている。それは、いい。いいのだが。
「ただ……シュリが独りだったら、助けられなかった」
「うむ」
アルルベルの想定に、ヴィルマも頷くほかない。ハンターがこの場にいなければ、手が足りず、一人ずつ生きていた村人たちが殺されていくさまを目の当たりにすることになっただろう。最初の一人か二人を救って、それで終わりだったとしてもおかしくない。
「罠じゃないとすれば、なんじゃ?」
「敵が得たものは、シュリからの逃走と――」
言いながら、アルルベルは光条を放つ。またひとつ、影が消えた。由は知らずとも、ヒトガタのそれを。
「――この村の住人だけ、か」
「変わりはなかったか?」
「とくに、なにも」
村人と、篝から押し付けられた毛布類を抱えて脱出したカインはエステルと合流すると、預けていたペットを受け取った。すぐさま、ファミリアズアイを発動し、モフロウのルルディを空へ飛ばす。共有された視界の中で見下ろせば、茨の隙間からハンター達の同行がみてとれる。要救助者の位置や、ハンター達の所在をすばやく確認。自分が要救助者の回収に赴くにあたってのアタリをつける。
――遠くまで広がる足跡一つ無い雪景色が、いやに印象に残った。
「悪いが」
「……見ておく。僕のことは、良い」
「うむ! 我輩もな!!」
ハンター達の回収速度が、速い。救助した村人を連れて行くのは無理があると判断したカインに、村の光景を目に焼き付けるように見つめ続けるエステルとイェスパーが頷いた。
後ろ髪を引かれつつも、カインは先程頭に叩き込んだ状況図を踏まえつつ、無線機へと告げる。
「シュリに言って西の茨を切り開かせろ! そこで回収する!」
無線に叩き込みつつ、急ぐ。
●
回収は順調だった。茨が動くことによって多方向へと引っ張られはするものの、殲滅速度や道を拓くだけの実力、回収効率の点から、確認できる範囲では一人の村人も漏らすことなく救助できた。
……もはや、人の声は果てた。残るのは茨と、ハンターと――。
狼は、どこか茫としたシュリに言葉を投げる。
「後は僕たちがやっておきます。シュリさんは……」
「いや……僕も、残るよ」
かぶりを振ったシュリ。剣を引きずるようにしておもむろに進み出した――その手を、引き止める手があった。アルルベルだ。
「……長旅だったんだ。私たちがいる時くらい、休むべきだろう」
「大丈夫、ですから」
――相変わらず、気が効かねーなぁコイツ。
頑迷なシュリの様子に、狼は慨嘆をこぼす。残っているのは――おそらく、あの村にゆかりの有る骸ども。なにも手を汚すことはないと銭にもならぬ気遣いを見せたところで、これだ。
そこに。
「……君は、優しいんだね」
「あ?」
「大丈夫だよ……分かってるから」
シュリは少年の赤い短髪を撫でると、進み始めた。歪虚の所在を把握しているためか、その歩みには迷いはなかった。
「ばっ……ち、ちげ……ちがいますよ!」
その背を、顔を赤らめて追いかける狼。痛ましげに目を細めるアルルベルも――他のハンター達も、それに続く。
――それらの"後始末"は静かに行われ。
時間とともに茨は自然と消えていき――日が傾こうという頃にはただ、滅び寂れた村が残るのみであった。
●
「貴方が此処に至った道が間違いであると断じるつもりはありません」
村の名残を遠景に眺めるシュリに、マッシュはそう言葉を投げた。
「……我々はその剣の届く範囲でしか人を救えず、その手は小さい。しかし、何かの為に死んでも良いと思うことは極めて推奨しません」
少年と同じものを眺めながらも、その瞳は凍りついているかのよう。
「死しては、何者にも成れはしないのですから」
「……それは」
歪虚にならなれるでしょう……とは、言えなかった。今まさにあの日の”始末”をつけたばかりだったから。
「どれ程の後悔を背負おうと、生き延びる事です。剣ではなく人として生きるのであれば、そうあれかしと」
それは、少年を正そうとする言葉だった。
――そこまでは。
「お願いします」
「マッシュ、さん……?」
マッシュは、そう結んだのだった。それがどういう心の動きによるものか、シュリには解らなかった。ただ、狼狽して言葉を継げずにいると、
「……一緒に救おうではないか。伸ばせる手が増えるだけ、その分助けられる」
ヴィルマが、そう言った。少年の背に手を触れながら、朽ちた村を見て。
「シュリ、我らは"そなたも"救いたいのじゃ。生きて帰るのも次に繋がる。それを、忘れるな」
それは、どこまでも優しく。この場にいる人々を姿勢を顕す、魔法のような言葉だった。シュリが、何かに言葉を痛めているのは解る。その痛みの一部は、彼女もよく知るところだ。身を裂くほどの後悔の味は。
少年は、遠景を眺めた。村の向こう。雪に覆われた山や森。固く目をつぶった少年は、最後にこう継げたのだった。
「……僕も戻ります。王都に」
●
「戦ってる時のシュリの様子だ?」
「しずかに」
耳打ちするように問うたエステルに、村人たちに目を配っていたカインはしばし考え込むと。
「焦っちゃいたが、普通だったな。パイセンとやってた時みたいな感じだ」
「同意だ。明らかな変調は見受けられなかった」
周囲に獣型歪虚の気配がないか探っていたアルルベルが、質問の意図を汲み取るように応じる。
「そう。……なんで、だろう」
エステルの疑問に、答えられる者はいない。エステル自身も思考がうまくまとまらず、それ以上話は膨らまなかった。
エステルは滅びた村を見た。人の痛みを、見た。
それが、どうにも少女の心を乱してしまうのだった。
●
その日、少年は心に茨を抱くこととなった。
抗弁すればよかった。けれど、それは出来なかった。
眼前の人間を救うのだという行為の甘さに――身を沈めてしまった。
"今、歪虚の主を追わなければ、見失ってしまう"
そう言えたら、違っていただろうか。解らない。ただ。
……生きろ、と。そう言われてしまった。
力の使い方を、正された。自分がこれまで、何も得ていないのだと、思い知らされた。
だから。
その日、少年は自分の心に、嘘を吐いた。
そしてその日、碧剣に身を捧げた少年の一年が、終わりを迎えたのだった。
遠景に、かつて村であったろうそれを目にして、臓腑を掴まれたような心地がした。八原 篝(ka3104)は努めて呼吸を整える。
「来たぞ! 一旦南下しろ! 生存者の漏れがねぇか全員で捜すぞ!」
シュリ・エルキンズへと向けて発されたカイン・シュミート(ka6967)の声が拡声器越しに響く。振り返った少年は、言葉の途中で表情をこわばらせた。
――来てしまった。
篝の悔悟が、眼前にあった。
『浚われた大勢の人を、あなただけでどうやって助けるつもりなの?』
それは、少女がシュリ・エルキンズに向けた言葉だった。それが少年に自分たちと同じ方向を見せるための、方便へと変わってしまった瞬間だった。
いや。彼女自身も、想定していたことだった。それだけに――ああ、なんと苦い。
「茨……」
ぽつりと、龍華 狼(ka4940)の呟きが落ちる。少なからず事情を理解しているヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)が、その横顔を伺うように問う。
「あの茨……死者の声を偽造したりは、していたかの?」
「"あの時"は、そんなことは。あの声は、一種類だけで……」
――違う茨なら、ともかく。
その言葉を、狼は荒れ狂う感情の波ごと飲み込んだ。こんな茨が、他にあってたまるか。
――まさかこんなとこでまた会うとはな。
遠く、茨に呑まれた村の前に、シュリがいる。狼にとっては厭な光景だ。絡みついた何かが、痛みを呼ぶ。
届いたカインの声に俯いたまま答えない少年のもとに、一同はじきにたどり着いた。
「村人の救出をします。同行を」
「……それ、は」
マッシュ・アクラシス(ka0771)の冷然とした言葉に、シュリは目を見開いた。そこに透ける感情を、マッシュは切り捨てる。碧剣という不確定要素に加え、行き過ぎた自己犠牲を看過する愚を犯すことはしない。
「私の目的は、貴方にあります。貴方が"離れるのであれば"、この村の生存者は放棄します」
「…………!」
大きく見開かれたシュリの瞳に、紛れもない絶望が塗りつけられる。それをしたのは自分だとこの上なく自覚しながらも、マッシュは――、
「協力を」
切り捨てた。
「ち、が……」
「シュリ、お前自身を含めた全ての命を救う為に周り見て力を使え」
そこに、カインが言葉を添える。
「生きてと願った先人のお陰で生きてるなら周囲見ろ。……じゃねぇと力を持ってもそれだけで、弱いままだ」
その言葉に、少年の表情がどう変じたかは、わからない。俯いたまま、ただ。
「………………」
食いしばられた歯が軋む音が、雪原に響く。その背が、小さく揺れた。
「何のためにその力を手に入れたんですか。……今度こそ、救うためでしょう」
狼の蹴りだった。
「急ぎましょう」
蹴った少年はそのまま足を止めるでもなく、走っていく。その背はまるで、何かに追われるように。
なし崩し的に、シュリはその背を追った。一同も、それに続く。
●
ハンターたちはシュリが切り開いた茨から、内部へと浸透した。最も声が近い西方へ往く。
――存外、精神の変調は、無い……?
やや焦燥しているが、指示に従うシュリを観察していたアルルベル・ベルベット(ka2730)は、そう評価した。些か拍子抜けしているのも事実だったが――それだけに、覚悟が定まる。
少年の心を、これ以上磨り減らしたくは、ない。
故に、人影を確認し、それが"敵"だと断定できた瞬間、彼女は機導術を編んでいた。瞬後には、光条がそれを貫く。物言わぬ人影はそのまま、霞むように消えていった。
「……精神汚染、か……」
目視した瞬間、心が不自然にざわついた。覚醒者であればこそ耐えられたが、常人であればどうなるか解らない。
「歪虚そのものは脅威ではない、が」
「……悲鳴が聞こえる内に、急ぎましょう」
アルルベルの言葉に、篝。
「村には悪いが……緊急事態じゃしな」
ヴィルマは言いながら、最も近い声に見当をつけると、炎球で道を遮る太い茨を払う。特に抵抗なく散った領域に、マッシュや狼、シュリが飛び込んでいき、更に道を切り開いていく。時折、小ぶりな茨がハンター達を絡みつこうとするが、篝の矢がそれを払う。一団となったハンターを留めるには茨の存在は障害としてあまりに脆い。
――手数の問題、か。順調に見えるが……。
しかし、とカインは"敵"の思惑を思う。置いていかれた人々と、歪虚たち。それが分散している現状は、決して予断を許しえない。ましてや、こちらはその意図を汲みきれていないのだから。
けれど。救うと、強調したのだ。他ならぬ、シュリの説得のために。
カインの視線の先で茨が散った直後、女性の悲鳴がよく届くようになった。「あそこだ!」同時に、シュリの声が響く。そのまま真っ先に飛び込んでいく後を、マッシュと狼が追走。
「罠かもしれないから待っ……ああくそっ!」
悪態を吐く狼は、すばやくマッシュと視線を交わす。絶叫し悲鳴をあげる村人は、どう見ても生者そのものだ。ならば先にと、女性のもとへと向かう歪虚の元へと走る。
「生きているようじゃな」
「そうね」
ぽつと呟いたヴィルマに、篝は思わず苦い顔をする。ヴィルマが想定している状況の悪辣さに、忌避感が先に湧いた。これまでと、この状況を鑑みれば無理筋ではない。
とまれ、生者と断定できれば、道行きを急ぎたいハンターたちとしては取り得る手段は一つだ。ヴィルマは再び魔術を紡ぐと、ためらうことなく茨を灼いた。多少家屋をけずる形になろうとも、最短を往くべき時だった。
続く篝は茨が消え、同時に大穴が穿たれた家屋の屋上へとすばやく登り上る。周囲を見渡すが、視界は大小様々な茨に遮られたままだ。
「そうは問屋がおろさないってわけ……」
複雑に絡み合う茨は、まるで遊園地の迷路のようだった。ハンターも壁を破ることで短縮化を図っているが、天井を抑えられているので効率化にも限界がある。恣意的に手数が消費される中、ヴィルマが示した道を先に開いておくべく篝は矢を放つと、同じ場所にアルルベルが炎を放ち――拓いた。
「敵影多数!」
その先を見据えた篝が張った声に、前衛達が即応。シュリが茨から引き出した村人の介助をカインにまかせ、マッシュと狼は少女たちが拓いた道に突入する。先頭はその身を壁とするマッシュだ。
「――――ッ!」
歪虚達の中に狼とマッシュは飛び込んでいく。とくに狼はマッシュから施されたガウスジェイルをこれ幸いと、より深く踏み込んでいった。
激しく、鋭い呼気と同時、斬撃が歪虚を刻んだ。斬る。切る。刻む。分断されたヒトの形が、霞となって消えていく。少年の傍らで、攻撃を惹きつけたマッシュが自らに群がる歪虚を一刀のもとに払い捨てた。
「……ふむ」
この手応えの軽さは、何だ?
連携もない上に、脆弱にすぎる。茨に囚われたニンゲン程度であれば如何ともしようが、覚醒者――こと、"シュリ・エルキンズ"を相手取るとなればあまりに不足している。
思索は、ヴィルマの炎球が茨へと打ち込まれると同時に断ち切られる。カインが、傍らに寄っていた。
「パイセン」
傍らには、救出した二人の女性。大きく目を見開いたまま、ブツブツと何事かを呟いている。カインも浄化術を用いたようだが――歪虚による精神汚染だけではないか。
――無理もねえ。
此処で起こった悲劇は、狂気に触れるに足るものだろう。
「……俺はここで。先に二人を連れて外にいくわ」
「ええ」
カインの言葉に、ご無事で、とも告げなかった。この程度の相手に遅れを取るハンターがいるかも疑わしいほどだ。
「待って!」
先を急ごうとするハンター達を、篝が止めた。その視線は、"南を向いている"
。
「南東、茨が動いて……」
その、直後のことだった。
「いや」
遠景から届いた声は。
「厭、厭、いや、イヤ…………ッ!」
すぐに、絶叫へと変わった。
●
「振り回されてる……っ!」
南側から侵入して、時計回りに救出作業開始したところに、反対側での救難者の声。
もちろん、他にも要救助者の声は響く。火急か否かという点が肝要だ。当然、急ぐしか無い。
ヴィルマもまた、全力疾走していた。
「これは、シュリ狙いの罠じゃと、思っていたが」
「……確かに、効率的では、ない」
応じるアルルベルもまた、それを考慮していた。だが、この場所における敵の脅威度の低さがそうではないと告げている。どこかに隠し玉がある可能性は否定できないが。
二人の視線の先で、狼が次元斬で人型をまとめて切り捨てている。シュリよりも長い間合い故に、結果としてシュリを救出や通路開放に専念させることが出来ている。それは、いい。いいのだが。
「ただ……シュリが独りだったら、助けられなかった」
「うむ」
アルルベルの想定に、ヴィルマも頷くほかない。ハンターがこの場にいなければ、手が足りず、一人ずつ生きていた村人たちが殺されていくさまを目の当たりにすることになっただろう。最初の一人か二人を救って、それで終わりだったとしてもおかしくない。
「罠じゃないとすれば、なんじゃ?」
「敵が得たものは、シュリからの逃走と――」
言いながら、アルルベルは光条を放つ。またひとつ、影が消えた。由は知らずとも、ヒトガタのそれを。
「――この村の住人だけ、か」
「変わりはなかったか?」
「とくに、なにも」
村人と、篝から押し付けられた毛布類を抱えて脱出したカインはエステルと合流すると、預けていたペットを受け取った。すぐさま、ファミリアズアイを発動し、モフロウのルルディを空へ飛ばす。共有された視界の中で見下ろせば、茨の隙間からハンター達の同行がみてとれる。要救助者の位置や、ハンター達の所在をすばやく確認。自分が要救助者の回収に赴くにあたってのアタリをつける。
――遠くまで広がる足跡一つ無い雪景色が、いやに印象に残った。
「悪いが」
「……見ておく。僕のことは、良い」
「うむ! 我輩もな!!」
ハンター達の回収速度が、速い。救助した村人を連れて行くのは無理があると判断したカインに、村の光景を目に焼き付けるように見つめ続けるエステルとイェスパーが頷いた。
後ろ髪を引かれつつも、カインは先程頭に叩き込んだ状況図を踏まえつつ、無線機へと告げる。
「シュリに言って西の茨を切り開かせろ! そこで回収する!」
無線に叩き込みつつ、急ぐ。
●
回収は順調だった。茨が動くことによって多方向へと引っ張られはするものの、殲滅速度や道を拓くだけの実力、回収効率の点から、確認できる範囲では一人の村人も漏らすことなく救助できた。
……もはや、人の声は果てた。残るのは茨と、ハンターと――。
狼は、どこか茫としたシュリに言葉を投げる。
「後は僕たちがやっておきます。シュリさんは……」
「いや……僕も、残るよ」
かぶりを振ったシュリ。剣を引きずるようにしておもむろに進み出した――その手を、引き止める手があった。アルルベルだ。
「……長旅だったんだ。私たちがいる時くらい、休むべきだろう」
「大丈夫、ですから」
――相変わらず、気が効かねーなぁコイツ。
頑迷なシュリの様子に、狼は慨嘆をこぼす。残っているのは――おそらく、あの村にゆかりの有る骸ども。なにも手を汚すことはないと銭にもならぬ気遣いを見せたところで、これだ。
そこに。
「……君は、優しいんだね」
「あ?」
「大丈夫だよ……分かってるから」
シュリは少年の赤い短髪を撫でると、進み始めた。歪虚の所在を把握しているためか、その歩みには迷いはなかった。
「ばっ……ち、ちげ……ちがいますよ!」
その背を、顔を赤らめて追いかける狼。痛ましげに目を細めるアルルベルも――他のハンター達も、それに続く。
――それらの"後始末"は静かに行われ。
時間とともに茨は自然と消えていき――日が傾こうという頃にはただ、滅び寂れた村が残るのみであった。
●
「貴方が此処に至った道が間違いであると断じるつもりはありません」
村の名残を遠景に眺めるシュリに、マッシュはそう言葉を投げた。
「……我々はその剣の届く範囲でしか人を救えず、その手は小さい。しかし、何かの為に死んでも良いと思うことは極めて推奨しません」
少年と同じものを眺めながらも、その瞳は凍りついているかのよう。
「死しては、何者にも成れはしないのですから」
「……それは」
歪虚にならなれるでしょう……とは、言えなかった。今まさにあの日の”始末”をつけたばかりだったから。
「どれ程の後悔を背負おうと、生き延びる事です。剣ではなく人として生きるのであれば、そうあれかしと」
それは、少年を正そうとする言葉だった。
――そこまでは。
「お願いします」
「マッシュ、さん……?」
マッシュは、そう結んだのだった。それがどういう心の動きによるものか、シュリには解らなかった。ただ、狼狽して言葉を継げずにいると、
「……一緒に救おうではないか。伸ばせる手が増えるだけ、その分助けられる」
ヴィルマが、そう言った。少年の背に手を触れながら、朽ちた村を見て。
「シュリ、我らは"そなたも"救いたいのじゃ。生きて帰るのも次に繋がる。それを、忘れるな」
それは、どこまでも優しく。この場にいる人々を姿勢を顕す、魔法のような言葉だった。シュリが、何かに言葉を痛めているのは解る。その痛みの一部は、彼女もよく知るところだ。身を裂くほどの後悔の味は。
少年は、遠景を眺めた。村の向こう。雪に覆われた山や森。固く目をつぶった少年は、最後にこう継げたのだった。
「……僕も戻ります。王都に」
●
「戦ってる時のシュリの様子だ?」
「しずかに」
耳打ちするように問うたエステルに、村人たちに目を配っていたカインはしばし考え込むと。
「焦っちゃいたが、普通だったな。パイセンとやってた時みたいな感じだ」
「同意だ。明らかな変調は見受けられなかった」
周囲に獣型歪虚の気配がないか探っていたアルルベルが、質問の意図を汲み取るように応じる。
「そう。……なんで、だろう」
エステルの疑問に、答えられる者はいない。エステル自身も思考がうまくまとまらず、それ以上話は膨らまなかった。
エステルは滅びた村を見た。人の痛みを、見た。
それが、どうにも少女の心を乱してしまうのだった。
●
その日、少年は心に茨を抱くこととなった。
抗弁すればよかった。けれど、それは出来なかった。
眼前の人間を救うのだという行為の甘さに――身を沈めてしまった。
"今、歪虚の主を追わなければ、見失ってしまう"
そう言えたら、違っていただろうか。解らない。ただ。
……生きろ、と。そう言われてしまった。
力の使い方を、正された。自分がこれまで、何も得ていないのだと、思い知らされた。
だから。
その日、少年は自分の心に、嘘を吐いた。
そしてその日、碧剣に身を捧げた少年の一年が、終わりを迎えたのだった。
依頼結果
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 八原 篝(ka3104) 人間(リアルブルー)|19才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2018/07/10 01:11:40 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/07/06 07:30:39 |