ゲスト
(ka0000)
朽ちた遺志よ、安らかに
マスター:えーてる

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/12/24 12:00
- 完成日
- 2014/12/28 17:41
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
いつか誰かが、それを守ろうとしてここで戦い、そこで朽ち果てた。
最早全ては闇の中へ消え、ここにあるのは取り残された残骸に過ぎない。
はっきりしている事柄は一つ。「かつてそうあったものは、今もそうあろうとしている」。
その遺志が、どれほど狂ってしまったとしても……それだけをただ願って。
最早事態を把握するだけの知能はなく。
残された意志は残酷な結末の後に形を成し。
全てが朽ち果て、悲鳴と理不尽の底に沈んでゆき。
大地に還った骸の上で、がらんどうの怒りを乗せて。
その身が、単なる悪に成り果てたとしても。
『ここは通さない』
――それだけを、ただ願って。
●
「やりきれない……話ですね」
イルムトラウト・イトゥリツァガ(kz0067)は資料を放って溜息を吐いた。
どうかしたのか、という同僚の言葉に首を横に振って返すと、珈琲に角砂糖を一つ入れた。
快いものばかりを見ていられる仕事ではない。そんなことは分かっている。珈琲を掻き混ぜながら、イルムは明瞭な意識で事の全てを反芻した。
とある村と主街道に繋がるただ一つの林道。そこに座し、村へと向かう者全てを排除する、鎧の歪虚。
人の想念が負のマテリアルによって形を得ること、或いはそれが物品に宿ることは、珍しい話ではない。
全てが全てそうではなく、ただ自然と澱んだマテリアルから生まれ出るヴォイドもいるけれど――少なくとも、今回の件に関係するであろう事柄の断片を、イルムは見つけてしまった。
かつて誰かを守ろうとした物の末路。
それが村であったのか、個人であったのか、敵はヴォイドだったのか、人だったのか、獣だったのか、イルムには分からない。
或いは村が現存していれば、何かが起きただろうか。村を襲う者を尽く排除し、守護者のような位置に立っただろうか。それのことを知る者が、何かを思っただろうか。
そんなことはない。悲劇だけが待っていたに違いないのだ。
だからこれは、きっと一番まともな結末だ。
そこは別段珍しくもない、優秀な魔術師が一人住んでいるだけの、何処にでもある人間の村であった。だが。
――土砂災害により、村は一夜にして土の中に消えた。
残されたのは、魔術師が作り上げた魔法生物が一つ。村を守ろうと動き続けたスケルトンも、本当ならば動くことはなく、道端で朽ち果てるはずだった。
「けれど、放置された年月が、土壌に満ちた死の気配が、それを歪虚に落としてしまった……」
何が起きたかも知らぬまま。或いは主とすら切り離された状態で、それは佇んでいるのだろう。
それでも、守るために作られたそれが、守ろうとしたものの継嗣を傷つけることはないのだ。
それが守ろうとしたものは、全て等しく土の中。
最早全ては終わった事。意思無き物のたった一つの志だけが、現在にまで残響している。
「誰も救われず、誰も傷つかず、既に終わった事柄だけが尾を引いていて……こんな話は遠慮したいものですが」
それでも誰かが傷つくよりはいいと、イルムは信じていたかった。
――珈琲を一気に飲み干して、書類を纏める。
土地の浄化の手筈は整えた。これが終わればすぐにでも始められるだろう。きっとこのまま放置しておけば、故人の尊厳すらも歪虚に侵されてしまう。
「お願いします。どうか、終わらせてきてください」
口の中で転がった言葉をぐっと飲み込んで、イルムは受付に立った。
説明を待つ彼らをじっと見つめて、資料を脇に置き、いつも通りの無表情で、彼女はお決まりの言葉を口にした。
「それでは、依頼の概要を説明させて頂きます」
リプレイ本文
●
便宜的に人格を仮定しよう。
彼は空洞の眼窩に光を灯して、それを見た。
己を動かすものがかつての物と違うと感じ、魔法生物であった彼は主の命により剣を取る。
やってくる五人と、遠くに三人。
便宜的に人格を仮定するならば。
彼は矜持をもって、誇り高く剣を振りかざした。
自然とそれに三年前の過去を重ね、悲しみと怒りを同時に覚える。
それでも堕ちた果てに狂うことなくそうあるスケルトンに、ジョージ・ユニクス(ka0442)は斧剣の柄を握りしめた。
彼の業を解放する。鎧の裏で、少年は決意を固めた。
「それじゃ、終わっちまった村を健気に守る哀れな亡霊騎士を、ブッ殺してやるとすっか?」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)は両拳を打ち付けた。
「俺らにできんのは、コイツの身体も無念も何もかも、完膚なきまでに粉々にしてやる程度、だろ?」
その境遇に思う所はある。だが放置は出来ない。隻腕の剣士・ダラントスカスティーヤ(ka0928)の答えは変わらない。彼は小さく頷いて、ボルディアの問を肯定した。
「何時も通りにやるだけだ」
声のない少女・メイ=ロザリンド(ka3394)も、祈るように組んだ両手を離すと、スケッチブックに小さく一言を書き記した。
『少しでも安らぎを……』
各々の反応を眺めて、ウィルフォード・リュウェリン(ka1931)がにやりと口の端を歪めた。
「僕にとって感傷的感覚は不要のものだ。だが、埋もれた村には興味があるな」
スケルトンは、元は魔術師が作った魔法生物だったという。どのような術なのか。魔術師の多い村であったのか、魔術書等は残っていないのか……。
「だがその前に、スケルトンだな」
覚醒と共に駆け出した五人を認識し、歪虚に堕ちた嘗ての守護者は弾丸のように飛び出した。
風のように駆ける鎧姿の骨を見て、アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)はおかしそうに笑った。
街道から離れた位置の林道。奇襲を仕掛ける側である三人は、身を潜めながら様子を伺っている。
とはいえ、アルヴィンは隠れられているとは思っていない。気付かれている事を想定していた。現状、正面組より村に遠いため、こちらを狙うつもりはないようだが。
「死シテ尚も護るベキモノ……か。中々に浪漫がアルネ?」
彼が笑いながら振り返ると、エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)が憂鬱な顔で息を吐いた。
(私、悪役になるのは嫌なんだけど)
開かれた戦端を遠目に見て、少女は微かに俯いた。
これは既に終わった物語。終わった劇の後始末。
現実を教えないことが、あれにとって良い事なのかは分からない。村がとうの前に滅びたことを教えぬまま倒せば……。
(抱いた感情は、多分絶望ね)
――教えてから倒しても同じことだ。彼に残るのは、役目を果たせなかったという事実だけ。
視線を上げたエヴァの隣で、陽炎(ka0142)は舌で言葉を転がす。
「守る為に生まれて、守る為に存在し続けて……きっと、これからもずっとそうするつもりなんだろ?」
機械の刀を手に、彼は静かに時を待つ。
「でももう、いいんだよ? 君は最後まで守り抜いたんだから」
ボルディアの太刀とスケルトンの盾が打ち合ったのを機に、二十秒を数え始めた。
●
スケルトンは盾を構えた。ウィルフォードがボルディアの剣に炎を付与。メイの光の魔術を骨の剣士は肩で受け、ボルディアの太刀を盾で阻む。
ジョージの斧が剣に逸らされ、合わせてダラントの剣が盾を弾かんと振り上げられると、これを一歩下がり回避。
返す刀で剣が閃き、ボルディアが足払いを食らう。
「ぬおっ!?」
体勢が崩れた所へ一閃、胴を薙ぐ一撃が彼女を浅く傷つける。
かなりの使い手であることを三人は瞬時に理解した。
なおも盾を構える相手にジョージとダラントは一瞬視線を交わし、まずはダラントが打ちかかり盾を塞ぐ。振りかぶられた可変斧は魔術の炎を纏い、しかしがら空きの右胴を狙った一撃は鋭く振られた剣と打ち合い止められた。
骨の剣士は両の得物を押しのけざまに振り払うようにして二人を斬りつける。ダラントは飛び退き、ジョージは鎧でそれを受けた。鎧越しの衝撃にたたらを踏むジョージ。
ボルディアは立ち上がって口の端を釣り上げた。
「強えな」
メイのヒールを受けて、ジョージは可変斧を剣へと切り替え上段に構える。挑みかかるボルディアに合わせてダラントが牽制の一撃を振りぬき、丁度二十秒。
「今だ!」
彼の叫びと共に、側面の茂みから火矢の魔術が放たれる。
エヴァの狙いすました一射は不意をつけば足を粉砕しただろうが――骨の剣士は一振りで消し飛ばし、エヴァを一瞥した。
(気付かれてた……!)
だが続いて飛びかかる陽炎の振動刀がその視線を遮る。陽炎が勢いのまま鍔迫り合いに持ち込んだところへ、ジョージの大振りな一撃がスケルトンの脚部を狙う。
それを盾で強引に防いだ骨の剣士。体勢が崩れる――。
「皆さん!」
ジョージが叫ぶ前に、もうアルヴィンは光の法術を放っていた。
後頭部……盾も剣も届かない位置。関節の可動範囲外を熱と衝撃がぶち抜いた。更にメイの法術が膝関節へとぶつけられる。
「幾ラ何でモ」
「そこは防ぎづらかろう!」
ウィルフォードの強力な火矢が更に膝を打ち抜き、脚甲を破壊する。
それを受けてスケルトンは狙いを後衛へと変更した。明らかにウィルフォードを狙って踏み出された一歩、だが。
「おうありがとよ! これでテメェの村まで一直線だぜ!」
ボルディアが村へ向けて駆け出すなり、スケルトンは踵を返して飛び出した。勢いからの足払いを、ボルディアは飛び越えてかわす。
「二度目はねぇよ!」
――その着地を狙って骨の剣士は更に足払いを繰り出し、ボルディアを転倒させた。
「ってぇ……三度目ってか」
ジョージとダラントが連携して骨の剣士を押さえ込む間に、ボルディアは立ち上がる。
「ああ、そうだ。痛ぇよなあ苦しいよなぁ辛ぇよなぁ! こいよ、テメェの恨みも怒りも悲しみも、全部受け止めてやるからよぉ!」
その挑発をどう受け取ったか。二人を振り払うと、踏み込みざまにボルディア目掛けて一閃を放つ。
そこへ陽炎が割り込んだ。骨の体という空洞だらけの胴体へと、鉄パイプを噛ませるように突き立てる。鎧と骨とが噛み合って動きを阻害するが、骨の剣士はそれを膂力で強引に圧し曲げ、ボルディアへ一閃を放った。
「っつぅ……!」
「ボルディアさん、下がって!」
庇うべく走りだすジョージの横で、陽炎はパイプを持つ手に力を込めた。
「っ……もう動くなって、言ってるだろ!!」
ぐんっと押し込んだパイプが折れるが、その衝撃で鎧が少しねじ曲がる。組み付く陽炎を引き剥がすように強烈な一撃をねじ込んで彼を転倒させると、そのまま振り返ってダラントの剣を鎧で払った。
そこを狙い澄ましたエヴァの火矢が後頭部に直撃する。
(よし……!)
エヴァの一撃は確かな手応えを感じさせたが、剣士はまだまだ健在だ。
●
一進一退の攻防が続く。
「強い……本当に……」
「相当ダネ、技術も膂力モ」
メイとアルヴィンは揃って、ボルディアに回復術を掛ける。
もう数度の打ち合いで、既にアルヴィンは回復術を使い果たそうとしていた。
ウィルフォードが陽炎の剣に炎を掛ける。これでファイアエンチャントは打ち止めだ。
「素晴らしいな。ますます興味が湧いてきた……その技は生まれつきか? 歪虚となって得たものか?」
四人の前衛を最小限のダメージで捌き切り、隙あらば痛烈な一撃を返す骨の剣士をウィルフォードは笑いながら観察する。
前衛と暫く打ち合った後、それは回復を行うアルヴィン目掛けて踏み出した。
アルヴィンは冷静に足運びを見極め、後ろ手に引かれた剣が薙ぎ払われると見て、杖で受ける体勢を作りつつ後ろへ飛ぶ。
が、その剣はアルヴィンの予想を外し、突きを放つ。
「おおっト――!」
肩を突き刺す剣先。防護の法術と下がっていたことが功を奏した。でなければ貫かれていただろう。
「スゴいネ! 僕程度ジャ見切れヤしなイ!」
続く踏み込みからの一閃――これは割り込んだボルディアが叩き落とす。
「それ以上はさせるかよ!」
あくまで隙間を縫うように、エヴァは火矢で脚部を狙う。更にアルヴィンの膝裏狙いのホーリーライトも合わさるが、跳躍してスケルトンは回避する。
「ではこんなのはどうだろうか!」
意趣返しにと、着地を狙ったウィルフォードの強大な火矢が足を撃ちぬいた。脚鎧の砕けた部分への一撃にたたらを踏む相手へと陽炎が挑む。
「てえいッ!」
盾を殴りつけるかのような拳を、スケルトンは盾を構えて防ごうとする。だが、それをフェイントにして身を沈めた陽炎は、その振動刀で弧を描く切り上げを放った。
恐るべきは、そのフェイントにすら盾を合わせる骨の剣士の反応速度。袈裟の反撃を深く受けた陽炎だが、決して刀を離すことはしない。
「陽炎さん、下がって!」
「まだ、だ……ッ!」
振動刀が盾を削り取り――断ち割った。
「ぐぅっ!?」
だが、続く一撃で陽炎は吹き飛ばされた。
「陽炎さん!」
地を転がる陽炎へ、メイは必死に回復術を紡ぐ。ヒール、もう一度ヒール。
ダラントも己の傷を癒やし、剣を構え直す。
骨の剣士は両手で剣を握り直した。攻勢の構えに一同に緊張が走る。
両手持ちから振りかぶる剣士を前に、ジョージはその可変武器を剣へと変えて、大上段に振りかぶった。エヴァの最後の付与術が、彼の剣を赤く染める。
「お前は一人で何を護りたい……!」
回避を捨てて受けたスケルトンの一閃が鎧を切り裂き、それでも、ジョージは前へ。
全力の一撃を。
「答えろぉ――!!」
回避の間に合わない一瞬。赤い一閃は鎧越しに肋骨の数本を切り飛ばした。
骨の剣士は吹き飛び、鎧と刺さったパイプが雑音と共に砕け、骨格だけの姿になる。
深く肉を斬られたジョージは胸を押さえ、荒い息を整えながら、また剣を振り上げた。
何故なら盾も鎧も失っても、それがゆらりと立ち上がる。
炯々と昏い眼孔の奥に光を灯したまま、骨だけの両手で剣を握りいっそう鋭く構えを取って。
そして彼とその問いに向けて、それはゆっくりと答えた。
ただ一度、首を横に振るだけで。
「――え」
それは言葉ではなかった。当然、骨だけの身では喋れない。
けれど声無き会話をよく知る者が、この場に二人。
……唖者の二人には、エヴァには、メイには、それがどういう答えなのか分かってしまった。
「膝をつけば、失われるものがある」
ダラントは呟いた。
メイは神楽鈴の紐をぐっと握りしめて、答えを口にした。
「それは……つまり……」
●
便宜的に人格を仮定するならば。
その身を動かす力が主のものでないことくらい、彼は初めから理解していた。
かつて脆弱な自分の、その背に願われたもの。
決して優れた術ではなく、理不尽に抗うにはあまりにか細い。
きっとそんなことは百も承知で願われた。
ここは通さない――それだけをただ願って創りだされたのだから。
ここで立ち塞がるのをやめたならば、この身に残響するモノが、道半ばで折れてしまう。
そんなことは認められない。
彼の背にあったのは、無垢な願いだった。
判別も出来ぬ誰かを守ってくれという、真摯な祈りであったのだ。
たとえそれが、とうに朽ちた志だったとしても。
たとえその道の果てに砕かれる志だったとしても、それが道半ばで折れることだけは、許してはいけない。
最早、事態を把握するだけの知能はなく。
残された意志は残酷な結末の後に形を成し。
全てが朽ち果て、悲鳴と理不尽の底に沈んでゆき。
大地に還った骸の上で、がらんどうの怒りを乗せて。
その身が、単なる悪に成り果てたとしても。
『ここは通さない』
朽ちた遺志よ、安らかに。
彼はそれだけを、ただ願って――。
●
「――お役目御免だ、もう休むがいいさ」
●
エヴァは土砂に埋もれた街を見て、重い息を吐きだした。これは掘り起こすのさえも難しい。土砂に砕かれ転がる屋根、腐り落ちた木々、タンスにベッド。村の大部分は、恐らくこの斜面にしか見えない土の中にある。
一縷の望みも救いもなく、終わりだけが唐突に訪れ、瓦礫と土砂の中で全ては混濁して朽ちていく。
それでも形を知るためにと手を土に差し入れたエヴァは、こつんとそれに触れた。
わずかに土から顔を出していたのは、かつて誰かが使っていたのだろう、お世辞にも良い物とは言えない――。
ぼろぼろになった木の杖。
元々、土砂災害の危険はあったらしい。
大雨の降る直前、山火事で村上の森が焼け落ちた。森は水を貯めこむ天然のダムであり、突然多くが失われると、雨が続くだけで土砂崩れを起こすことがある。
ウィルフォードは調べたことを一応、と言わんばかりに皆に伝え、後は興味なさげにふらりと消えた。彼のお目当てはにしていたものはなかったらしい。
それを聞き、ひとまずの埋葬を終えたジョージは、遠く離れた場所で坂のようになった廃墟を一人眺めていた。
あれは間違いなく強敵であり、掛け値なしの剣士であり、そして道を全うした。
結論、魔法生物が意思をもつわけがない。全ては仮定の上。歪虚は滅ぼすべき敵であり、言うなれば今回の敵は、故人の遺志を弄んだ大敵である。
「純粋な一念……僕と何が違う……?」
それでも、ジョージは己の胸の内を比べて、その苦い味を噛み締めた。
ボルディアは浄化の儀には参加しなかった。
汚染を浄化する必要はまぁ、分かる。
ただ畢竟、死を悼むのは自己満足でしかない。それで救われた気になるつもりはなかった。
「なら俺は、ずっとアイツの事を憶えておく方を選ぶね」
この胸の不快感を抱えたまま。
浄化の儀。
小規模でも長く負の思念を溜め込んだこの土地は、歪虚を生むに足るだけの負のマテリアルが澱んでいた。
神官や巫女が祈り、精霊の力を借りて少しずつ土地の穢れを払っていく。
「最後まで彼と向き合いたい、守護者として誇るべき名もない彼と」
という陽炎の申し出は快く受け入れられ、彼は神楽鈴を手に舞っていた。
「ヒトの記憶にアル限り、魂の煌きは消えナイ」
アルヴィンは、それらを見ながら呟いた。
『どうしてアルヴィンさんはこちらに?』
メイがスケッチブックを掲げると、彼はいつも通りに柔らかく微笑んだ。
「ドウシテこうなったノカ、彼の辿った軌跡の欠片を知り……」
そして、視線を村の隅に向けた。
そこには小さな墓が一つあった。
盛った土に木の杖を立てただけの簡素な墓だ。これを作った隻腕の戦士は始終何も語らず、最後に絵を一つ飾って去っていった。
日常を送る小さな村と、それを見守る骨の魔法生物と、杖を持った魔術師が描かれていた。
「ソノ煌きを覚えてオク為にネ」
便宜的に人格を仮定しよう。
彼は空洞の眼窩に光を灯して、それを見た。
己を動かすものがかつての物と違うと感じ、魔法生物であった彼は主の命により剣を取る。
やってくる五人と、遠くに三人。
便宜的に人格を仮定するならば。
彼は矜持をもって、誇り高く剣を振りかざした。
自然とそれに三年前の過去を重ね、悲しみと怒りを同時に覚える。
それでも堕ちた果てに狂うことなくそうあるスケルトンに、ジョージ・ユニクス(ka0442)は斧剣の柄を握りしめた。
彼の業を解放する。鎧の裏で、少年は決意を固めた。
「それじゃ、終わっちまった村を健気に守る哀れな亡霊騎士を、ブッ殺してやるとすっか?」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)は両拳を打ち付けた。
「俺らにできんのは、コイツの身体も無念も何もかも、完膚なきまでに粉々にしてやる程度、だろ?」
その境遇に思う所はある。だが放置は出来ない。隻腕の剣士・ダラントスカスティーヤ(ka0928)の答えは変わらない。彼は小さく頷いて、ボルディアの問を肯定した。
「何時も通りにやるだけだ」
声のない少女・メイ=ロザリンド(ka3394)も、祈るように組んだ両手を離すと、スケッチブックに小さく一言を書き記した。
『少しでも安らぎを……』
各々の反応を眺めて、ウィルフォード・リュウェリン(ka1931)がにやりと口の端を歪めた。
「僕にとって感傷的感覚は不要のものだ。だが、埋もれた村には興味があるな」
スケルトンは、元は魔術師が作った魔法生物だったという。どのような術なのか。魔術師の多い村であったのか、魔術書等は残っていないのか……。
「だがその前に、スケルトンだな」
覚醒と共に駆け出した五人を認識し、歪虚に堕ちた嘗ての守護者は弾丸のように飛び出した。
風のように駆ける鎧姿の骨を見て、アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)はおかしそうに笑った。
街道から離れた位置の林道。奇襲を仕掛ける側である三人は、身を潜めながら様子を伺っている。
とはいえ、アルヴィンは隠れられているとは思っていない。気付かれている事を想定していた。現状、正面組より村に遠いため、こちらを狙うつもりはないようだが。
「死シテ尚も護るベキモノ……か。中々に浪漫がアルネ?」
彼が笑いながら振り返ると、エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)が憂鬱な顔で息を吐いた。
(私、悪役になるのは嫌なんだけど)
開かれた戦端を遠目に見て、少女は微かに俯いた。
これは既に終わった物語。終わった劇の後始末。
現実を教えないことが、あれにとって良い事なのかは分からない。村がとうの前に滅びたことを教えぬまま倒せば……。
(抱いた感情は、多分絶望ね)
――教えてから倒しても同じことだ。彼に残るのは、役目を果たせなかったという事実だけ。
視線を上げたエヴァの隣で、陽炎(ka0142)は舌で言葉を転がす。
「守る為に生まれて、守る為に存在し続けて……きっと、これからもずっとそうするつもりなんだろ?」
機械の刀を手に、彼は静かに時を待つ。
「でももう、いいんだよ? 君は最後まで守り抜いたんだから」
ボルディアの太刀とスケルトンの盾が打ち合ったのを機に、二十秒を数え始めた。
●
スケルトンは盾を構えた。ウィルフォードがボルディアの剣に炎を付与。メイの光の魔術を骨の剣士は肩で受け、ボルディアの太刀を盾で阻む。
ジョージの斧が剣に逸らされ、合わせてダラントの剣が盾を弾かんと振り上げられると、これを一歩下がり回避。
返す刀で剣が閃き、ボルディアが足払いを食らう。
「ぬおっ!?」
体勢が崩れた所へ一閃、胴を薙ぐ一撃が彼女を浅く傷つける。
かなりの使い手であることを三人は瞬時に理解した。
なおも盾を構える相手にジョージとダラントは一瞬視線を交わし、まずはダラントが打ちかかり盾を塞ぐ。振りかぶられた可変斧は魔術の炎を纏い、しかしがら空きの右胴を狙った一撃は鋭く振られた剣と打ち合い止められた。
骨の剣士は両の得物を押しのけざまに振り払うようにして二人を斬りつける。ダラントは飛び退き、ジョージは鎧でそれを受けた。鎧越しの衝撃にたたらを踏むジョージ。
ボルディアは立ち上がって口の端を釣り上げた。
「強えな」
メイのヒールを受けて、ジョージは可変斧を剣へと切り替え上段に構える。挑みかかるボルディアに合わせてダラントが牽制の一撃を振りぬき、丁度二十秒。
「今だ!」
彼の叫びと共に、側面の茂みから火矢の魔術が放たれる。
エヴァの狙いすました一射は不意をつけば足を粉砕しただろうが――骨の剣士は一振りで消し飛ばし、エヴァを一瞥した。
(気付かれてた……!)
だが続いて飛びかかる陽炎の振動刀がその視線を遮る。陽炎が勢いのまま鍔迫り合いに持ち込んだところへ、ジョージの大振りな一撃がスケルトンの脚部を狙う。
それを盾で強引に防いだ骨の剣士。体勢が崩れる――。
「皆さん!」
ジョージが叫ぶ前に、もうアルヴィンは光の法術を放っていた。
後頭部……盾も剣も届かない位置。関節の可動範囲外を熱と衝撃がぶち抜いた。更にメイの法術が膝関節へとぶつけられる。
「幾ラ何でモ」
「そこは防ぎづらかろう!」
ウィルフォードの強力な火矢が更に膝を打ち抜き、脚甲を破壊する。
それを受けてスケルトンは狙いを後衛へと変更した。明らかにウィルフォードを狙って踏み出された一歩、だが。
「おうありがとよ! これでテメェの村まで一直線だぜ!」
ボルディアが村へ向けて駆け出すなり、スケルトンは踵を返して飛び出した。勢いからの足払いを、ボルディアは飛び越えてかわす。
「二度目はねぇよ!」
――その着地を狙って骨の剣士は更に足払いを繰り出し、ボルディアを転倒させた。
「ってぇ……三度目ってか」
ジョージとダラントが連携して骨の剣士を押さえ込む間に、ボルディアは立ち上がる。
「ああ、そうだ。痛ぇよなあ苦しいよなぁ辛ぇよなぁ! こいよ、テメェの恨みも怒りも悲しみも、全部受け止めてやるからよぉ!」
その挑発をどう受け取ったか。二人を振り払うと、踏み込みざまにボルディア目掛けて一閃を放つ。
そこへ陽炎が割り込んだ。骨の体という空洞だらけの胴体へと、鉄パイプを噛ませるように突き立てる。鎧と骨とが噛み合って動きを阻害するが、骨の剣士はそれを膂力で強引に圧し曲げ、ボルディアへ一閃を放った。
「っつぅ……!」
「ボルディアさん、下がって!」
庇うべく走りだすジョージの横で、陽炎はパイプを持つ手に力を込めた。
「っ……もう動くなって、言ってるだろ!!」
ぐんっと押し込んだパイプが折れるが、その衝撃で鎧が少しねじ曲がる。組み付く陽炎を引き剥がすように強烈な一撃をねじ込んで彼を転倒させると、そのまま振り返ってダラントの剣を鎧で払った。
そこを狙い澄ましたエヴァの火矢が後頭部に直撃する。
(よし……!)
エヴァの一撃は確かな手応えを感じさせたが、剣士はまだまだ健在だ。
●
一進一退の攻防が続く。
「強い……本当に……」
「相当ダネ、技術も膂力モ」
メイとアルヴィンは揃って、ボルディアに回復術を掛ける。
もう数度の打ち合いで、既にアルヴィンは回復術を使い果たそうとしていた。
ウィルフォードが陽炎の剣に炎を掛ける。これでファイアエンチャントは打ち止めだ。
「素晴らしいな。ますます興味が湧いてきた……その技は生まれつきか? 歪虚となって得たものか?」
四人の前衛を最小限のダメージで捌き切り、隙あらば痛烈な一撃を返す骨の剣士をウィルフォードは笑いながら観察する。
前衛と暫く打ち合った後、それは回復を行うアルヴィン目掛けて踏み出した。
アルヴィンは冷静に足運びを見極め、後ろ手に引かれた剣が薙ぎ払われると見て、杖で受ける体勢を作りつつ後ろへ飛ぶ。
が、その剣はアルヴィンの予想を外し、突きを放つ。
「おおっト――!」
肩を突き刺す剣先。防護の法術と下がっていたことが功を奏した。でなければ貫かれていただろう。
「スゴいネ! 僕程度ジャ見切れヤしなイ!」
続く踏み込みからの一閃――これは割り込んだボルディアが叩き落とす。
「それ以上はさせるかよ!」
あくまで隙間を縫うように、エヴァは火矢で脚部を狙う。更にアルヴィンの膝裏狙いのホーリーライトも合わさるが、跳躍してスケルトンは回避する。
「ではこんなのはどうだろうか!」
意趣返しにと、着地を狙ったウィルフォードの強大な火矢が足を撃ちぬいた。脚鎧の砕けた部分への一撃にたたらを踏む相手へと陽炎が挑む。
「てえいッ!」
盾を殴りつけるかのような拳を、スケルトンは盾を構えて防ごうとする。だが、それをフェイントにして身を沈めた陽炎は、その振動刀で弧を描く切り上げを放った。
恐るべきは、そのフェイントにすら盾を合わせる骨の剣士の反応速度。袈裟の反撃を深く受けた陽炎だが、決して刀を離すことはしない。
「陽炎さん、下がって!」
「まだ、だ……ッ!」
振動刀が盾を削り取り――断ち割った。
「ぐぅっ!?」
だが、続く一撃で陽炎は吹き飛ばされた。
「陽炎さん!」
地を転がる陽炎へ、メイは必死に回復術を紡ぐ。ヒール、もう一度ヒール。
ダラントも己の傷を癒やし、剣を構え直す。
骨の剣士は両手で剣を握り直した。攻勢の構えに一同に緊張が走る。
両手持ちから振りかぶる剣士を前に、ジョージはその可変武器を剣へと変えて、大上段に振りかぶった。エヴァの最後の付与術が、彼の剣を赤く染める。
「お前は一人で何を護りたい……!」
回避を捨てて受けたスケルトンの一閃が鎧を切り裂き、それでも、ジョージは前へ。
全力の一撃を。
「答えろぉ――!!」
回避の間に合わない一瞬。赤い一閃は鎧越しに肋骨の数本を切り飛ばした。
骨の剣士は吹き飛び、鎧と刺さったパイプが雑音と共に砕け、骨格だけの姿になる。
深く肉を斬られたジョージは胸を押さえ、荒い息を整えながら、また剣を振り上げた。
何故なら盾も鎧も失っても、それがゆらりと立ち上がる。
炯々と昏い眼孔の奥に光を灯したまま、骨だけの両手で剣を握りいっそう鋭く構えを取って。
そして彼とその問いに向けて、それはゆっくりと答えた。
ただ一度、首を横に振るだけで。
「――え」
それは言葉ではなかった。当然、骨だけの身では喋れない。
けれど声無き会話をよく知る者が、この場に二人。
……唖者の二人には、エヴァには、メイには、それがどういう答えなのか分かってしまった。
「膝をつけば、失われるものがある」
ダラントは呟いた。
メイは神楽鈴の紐をぐっと握りしめて、答えを口にした。
「それは……つまり……」
●
便宜的に人格を仮定するならば。
その身を動かす力が主のものでないことくらい、彼は初めから理解していた。
かつて脆弱な自分の、その背に願われたもの。
決して優れた術ではなく、理不尽に抗うにはあまりにか細い。
きっとそんなことは百も承知で願われた。
ここは通さない――それだけをただ願って創りだされたのだから。
ここで立ち塞がるのをやめたならば、この身に残響するモノが、道半ばで折れてしまう。
そんなことは認められない。
彼の背にあったのは、無垢な願いだった。
判別も出来ぬ誰かを守ってくれという、真摯な祈りであったのだ。
たとえそれが、とうに朽ちた志だったとしても。
たとえその道の果てに砕かれる志だったとしても、それが道半ばで折れることだけは、許してはいけない。
最早、事態を把握するだけの知能はなく。
残された意志は残酷な結末の後に形を成し。
全てが朽ち果て、悲鳴と理不尽の底に沈んでゆき。
大地に還った骸の上で、がらんどうの怒りを乗せて。
その身が、単なる悪に成り果てたとしても。
『ここは通さない』
朽ちた遺志よ、安らかに。
彼はそれだけを、ただ願って――。
●
「――お役目御免だ、もう休むがいいさ」
●
エヴァは土砂に埋もれた街を見て、重い息を吐きだした。これは掘り起こすのさえも難しい。土砂に砕かれ転がる屋根、腐り落ちた木々、タンスにベッド。村の大部分は、恐らくこの斜面にしか見えない土の中にある。
一縷の望みも救いもなく、終わりだけが唐突に訪れ、瓦礫と土砂の中で全ては混濁して朽ちていく。
それでも形を知るためにと手を土に差し入れたエヴァは、こつんとそれに触れた。
わずかに土から顔を出していたのは、かつて誰かが使っていたのだろう、お世辞にも良い物とは言えない――。
ぼろぼろになった木の杖。
元々、土砂災害の危険はあったらしい。
大雨の降る直前、山火事で村上の森が焼け落ちた。森は水を貯めこむ天然のダムであり、突然多くが失われると、雨が続くだけで土砂崩れを起こすことがある。
ウィルフォードは調べたことを一応、と言わんばかりに皆に伝え、後は興味なさげにふらりと消えた。彼のお目当てはにしていたものはなかったらしい。
それを聞き、ひとまずの埋葬を終えたジョージは、遠く離れた場所で坂のようになった廃墟を一人眺めていた。
あれは間違いなく強敵であり、掛け値なしの剣士であり、そして道を全うした。
結論、魔法生物が意思をもつわけがない。全ては仮定の上。歪虚は滅ぼすべき敵であり、言うなれば今回の敵は、故人の遺志を弄んだ大敵である。
「純粋な一念……僕と何が違う……?」
それでも、ジョージは己の胸の内を比べて、その苦い味を噛み締めた。
ボルディアは浄化の儀には参加しなかった。
汚染を浄化する必要はまぁ、分かる。
ただ畢竟、死を悼むのは自己満足でしかない。それで救われた気になるつもりはなかった。
「なら俺は、ずっとアイツの事を憶えておく方を選ぶね」
この胸の不快感を抱えたまま。
浄化の儀。
小規模でも長く負の思念を溜め込んだこの土地は、歪虚を生むに足るだけの負のマテリアルが澱んでいた。
神官や巫女が祈り、精霊の力を借りて少しずつ土地の穢れを払っていく。
「最後まで彼と向き合いたい、守護者として誇るべき名もない彼と」
という陽炎の申し出は快く受け入れられ、彼は神楽鈴を手に舞っていた。
「ヒトの記憶にアル限り、魂の煌きは消えナイ」
アルヴィンは、それらを見ながら呟いた。
『どうしてアルヴィンさんはこちらに?』
メイがスケッチブックを掲げると、彼はいつも通りに柔らかく微笑んだ。
「ドウシテこうなったノカ、彼の辿った軌跡の欠片を知り……」
そして、視線を村の隅に向けた。
そこには小さな墓が一つあった。
盛った土に木の杖を立てただけの簡素な墓だ。これを作った隻腕の戦士は始終何も語らず、最後に絵を一つ飾って去っていった。
日常を送る小さな村と、それを見守る骨の魔法生物と、杖を持った魔術師が描かれていた。
「ソノ煌きを覚えてオク為にネ」
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質問スレッド イルムトラウト・イトゥリツァガ(kz0067) 人間(リアルブルー)|25才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2014/12/24 07:57:39 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/12/22 20:34:35 |
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作戦相談シヨー! アルヴィン = オールドリッチ(ka2378) エルフ|26才|男性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2014/12/24 07:56:08 |