• 空蒼

【空蒼】船出 ~暗転を告げる声~

マスター:猫又ものと

シナリオ形態
イベント
難易度
難しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2018/07/16 07:30
完成日
2018/07/26 22:33

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 聞こえてくるのは、庭にいる鳥の声。
 風が吹き込む度に揺れる草木。
 そして、ベッドで眠る子供達。

 強化人間研究施設『アスガルド』――以前ならば、子供達の活気が溢れる宿舎だったのだが、強化人間失踪事件の発生以来、昏睡状態が続いている。
 アスガルドを支配するのは暗い雰囲気と沈黙。
 職員達が目覚める事を願いながら、今日も子供達の体調管理に勤しんでいる。
「今日も変化なし、か」
 一人呟く職員。
 聞く者は誰もいない。目の前にいる子供達は、一向に目覚める気配もない。
 今日もまた一日が過ぎていく。
 それは、徒労を感じさせるには十分過ぎる。
 職員は眠る子供達の手をそっと握る。
「この子達が目覚めてくれれば……え?」
 突然、手に走る激痛。
 それは握った子供の手が強く握り返されている。
 覚醒――?
 職員は、慌てて子供の顔に視線を移す。
「これは!?」
 確かに子供の目は開いていた。
 だが。
 それは子供らしい無垢な瞳ではない。憎悪と憤怒に満ちあふれていた。


 大規模宇宙ステーション『ニダヴェリール』は、ついに完成した。
 ハンターからの要望を取り入れ、再出発となったニダヴェリールはフランスのノルマンディにて除幕式を迎える。
 ムーンリーフ財団総帥のトモネ・ムーンリーフは、人類の希望としてニダヴェリールを全世界に伝えたいと除幕式を敢行した。
 ――それは、新たな門出を迎えるのに相応しいものとなる筈だった。
「ユーキ、これはどういうことだ!!?」
「申し訳ありません、総帥。警護に当たっていた強化人間達が暴走を始めました。ニダヴェリールは完全に包囲されている模様です」
「何故だ……!! 慈恵院の呪法の影響を考えて強化人間達のチェックを行ったのではなかったのか……!?」
 補佐役であるユーキ・ソリアーノの報告に、顔を覆うトモネ。
 ムーンリーフ財団、総力を上げてのニダヴェリールの除幕式。
 トモネはその場に、沢山の強化人間を配備する決定を下した。
 強化人間失踪事件を受けて各国から問い合わせが殺到している状況で、強化人間の安全性を訴えかける意味もあったのだが――残念なから、完全に裏目に出てしまった。
「私の判断に誤りがあったことは認める。その責は負おう」
「いいえ、総帥。その判断を支持したのは私です」
「……ありがとう、ユーキ。私は最後で構わん。招待客を一刻も早く避難させよ」
「畏まりました」
「……ユーキ」
「何でしょう、トモネ様」
「……私は結局、総帥の器ではなかったのだろうな。強化人間の危険性を感じながらも、彼らを見捨てることが出来なかった。……あの子達は、『私と同じ』だから」
 ――トモネもまた、孤児だった。
 明日も知れぬ身だったところをムーンリーフ財団の前総帥に拾われ、血も繋がらぬ少女に沢山の愛情と教育を与えてくれた。
 アスガルドを作ったのも、自分と同じ境遇の子供達を救えると思ったからだったのだが。
 それも、子供故の甘い考えだったのかもしれない。
「立派な総帥となり、父上から受けた大恩に報いたかったのに……」
「いいえ。トモネ様は頑張っていらっしゃいます。前総帥も、トモネ様の成長をお喜びでいらっしゃいました」
「こんな結果になっているのに喜ばれている筈がなかろう……!!」
 青い大きな瞳を涙で濡らすトモネ。ユーキは眼鏡越しに彼女を見つめる。
 トモネは純朴で優しい少女だ。
 醜い権力争いの中で咲く、真っ白い花のようだった。
 だから。だから私は――。
「総帥。失礼致します」
 トモネの手を引くユーキ。彼女を抱え上げるとそのまま一室に押し込み、外から鍵をかけた。
「ユーキ!!? 何をする!! ここを開けろ!!」
「……トモネ様。ここにいれば安全です。どうぞこちらにいらしてください。私は勤めを果たして参ります」
「何のつもりだ!! ユーキ!! 開けろと言うのが聞こえないのか!!」
「どうぞご無事で、My Lord。ユーキは、離れていても……いつも貴女を思っております」
「……ユーキ。どこへ行くのだ……? 戻って来てくれるな? 私にはお前しかいないのだ……」
 扉を叩き、縋りつくトモネ。
 ユーキはそれに無言を返し、扉の前で深く腰を折ると、振り返らずに歩き出す。


 会場の警備に当たっていたハンター達は、モニターに映った赤毛の青年に目を丸くした。
「……イェルズ?! 何やってんだ」
「違いますよ! 俺ここにいますし!」
「じゃああいつは……!!」
 ハンターの声に慌てて答えるイェルズ・オイマト(kz0143)。
 彼らはモニターに注視する。
『はーい。どうもー! 謎のイケメン歪虚、SC-H01です! えっと、この宇宙ステーション、俺の上司がめっちゃ気に入ったらしいんで、貰って行きますね☆』
 とても軽いノリでとんでもないことを言い出すSC-H01に面食らうハンター達。それを見ていたイェルズがプルプルと震える。
「はぁ!!? 俺の顔してイケメンとか言うな恥ずかしいだろバカーーーーー!!!」
「お前ツッコむとこそこなの?!」
「イェルズうるさい! ちょっと静かにしてな!!」
『大人しく渡してくれれば何もしない、って言いたいところだったんですけどね。彼ら、もう暴れ始めちゃってるんですよね。こればっかりは俺のせいじゃないんで諦めてください。じゃ、俺も頑張るんで皆さんも頑張ってくださいね!』
 にっこりと笑って後方を指差すSC-H01。そこには銃を手に暴れている子供達の姿があった。
「……ニーナ?」
「杏とユニスもいる。どういうことだ……?!」
「……なんてことだ。こうしちゃいられない。強化人間達を止めるぞ!」
 あちこちから聞こえ出した悲鳴。ハンター達は走り出す。
 これ以上の悲劇を食い止める為に。


「こちら八重樫。レギ、聞こえるか?」
「……こちらレギ。聞こえています」

 ――コロセ。コロシテシマエ。
 どこからか聞こえてくる、濃密な呪いの言葉。

「ドリスキルと連絡がつかん。俺達はラズモネ・シャングリラに……」

 ――スベテヲコワセ。コワセ。
 ガンガンと響く叫び。頭が痛くてどうにかなりそうだ。

「くそ……! 何なんだ……!」
「レギ? おい、大丈夫か……?」

 ――コロセ、コロセ。コロセコロセコロセ……!
 絶望を、殺戮を。負の感情を爆発させろと囁く声が。
 煩くて煩くて、自分の頭に銃を当てたくなる程で――。

『……力については、そんなすぐには割り切れないだろうけど。何のために身につけたのか。それを忘れなければ大丈夫だよ』
 ああ、そうだ。僕は――僕の『力』は……。

「とにかくお前はハンター達と一緒にトモネと招待客の保護に当たってくれ」
「……作戦了解しました」

リプレイ本文

 それはどこからの声なのか。
 己の内なるものか。
 それとも――名も知らぬ存在の呼び声か。

 それは、白い布がインクを吸ったように、じわりじわりと広がって――世界を、混乱へと導いていく。


「……うん。わかりやすい……。これで良い……」
「うん! よく似合ってるよー!」
 ぐっと親指を立てるエリ・ヲーヴェン(ka6159)にこくこくと頷くシアーシャ(ka2507)。
 頭に可愛らしく巻かれたリボンに、イェルズが死んだ魚のような目を仲間達に向ける。
「あの、別に頭じゃなくてもいいんじゃないですかね」
「何言ってんの! リボンはいいものだよ!!」
「まあその……イェルズさん、頑張れ」
 イェルズの呟きに炸裂するジュード・エアハート(ka0410)のズレたツッコミ。氷雨 柊羽(ka6767)の同情の眼差しが更に笑いを……いやいや、悲しみを誘う。
 彼らが何をしているかというと、イェルズ・オイマト(kz0143)に目印となるものをつけている。
 敵であるSC-H01と同じ見た目であるというのは仲間達としても分かりにくい。
 何よりSC-H01がイェルズのフリをして近づいてくる可能性もある。
 そういった事態を防ぐ為の手段という訳だ。
 その様子を眺めていたルシオ・セレステ(ka0673)が笑いを堪えつつイェルズに声をかける。
「イェルズ、左袖を切ってみたらどうだい?」
「左袖ですか?」
「そう。そうすればこれが見えるだろう?」
 そう言って、イェルズの義手を指差すルシオ。
 そこには蛇と月の文様があって……。
「……皆で創った腕、しっかり見せるんだよ。皆にもシバにもね。蛇と月の加護があらんことを」
「はい! そうします!」
 頷いて、左袖を切り始めるイェルズ。それを覗き込んで、シアーシャが笑顔になる。
「新しい義手、強そうだしかっこいいね!」
「はい! なんだか強くなったような気になってます」
「あたし、あんまり強くないけど……みんなと力を合わせたらきっと何とかなるよね! イェルズさん、一緒にカバーし合おうね!」
「はい! よろすくお願いします!」
 にこにこと笑い合う2人。ジュードがつんつん、とイェルズの肩をつつく。
「ジュードさん、どうかしました?」
「イェルズさん、アイツの……SC-H01の居場所判る?」
「ハイ???」
「偽物さん、イェルズさんと同じ見た目だし、呼び合ったりしないかなーなんて……」
「そうそう! 双子は呼び合ったりするらしいし!」
 困惑するイェルズ。
 柊羽とジュードの言葉にようやく意図を理解して考え込む。
「うーん……よく分かんないですね」
「そっかー。まあでも、勘でいいから教えてよ」
「うん。当たるかもしれないし」
「分かりました」
 素直に頷くイェルズ。そんな適当で良いのか? と思うが悲しいかな誰も突っ込みがいない。
 その横では鳳凰院ひりょ(ka3744)が難しい顔をしていた。
「連絡ついたか?」
「……いや。反応なしだ」
「参ったな。ユーキであればトモネの居場所が分かると思ったんだが……」
 ため息をつく八島 陽(ka1442)。
 ひりょは会場近くに到着するや、ずっとユーキへの通信を試みていた。
 いくら会場が混乱しているとはいえ、通信状態は悪くない。
 それなのに、ここまで連絡が取れないなんて……。
 ――嫌な予感がする。
「トモネが心配だ。早く見つけ出さないと……」
「ユーキさんはトモネさんのお付きの方でしたよね。一緒にいらっしゃるんじゃないでしょうか」
「だったらなおのこと、連絡がつかないのはマズいな……」
 唇を噛むひりょ。確認するような羊谷 めい(ka0669)の言葉。
 続いた陽の呟きに、仲間達の間に嫌な沈黙が流れる。
「ふむ。ここは順番に探していくしかないですね」
「場内はとても混乱しているようです。気を付けていきましょう」
 南條 真水(ka2377)とアシェ-ル(ka2983)に頷くアウレール・V・ブラオラント(ka2531)。
 仲間達を見渡しながら口を開く。
「避難誘導は私達が。ボルディア達は強化人間達を抑えてくれ」
「わーってるよ」
「随分機嫌が悪いのう、ボルディアや」
 ぶっきらぼうに返したボルディア・コンフラムス(ka0796)を一瞥する紅薔薇(ka4766)。
 ボルディアはムスッとしたまま続ける。
「……なあ。ここまで手の込んだことをする首謀者の『悪意』が、この程度で終わると思うか?」
「おぬしはどう思っておるんじゃ」
「……そんな訳ねぇだろ。これは序の口だ」
「うむ。なれば、阻止せねばのう。敵の思う壺にさせるのでは面白くない」
「わたくし、強化人間の皆さんを守りたいです……!」
「あぁ。その為に来たんだ。踏ん張りな」
 目に涙をいっぱいに溜めるエステル・ソル(ka3983)。彼女の青い髪をくしゃくしゃと撫でて、ボルディアは走り出す。


「ちょっとこれはマズいんじゃないですかね……!?」
 弓月・小太(ka4679)の悲鳴に近い声。
 大規模宇宙ステーション『ニダヴェリール』の除幕式会場はまさに混乱の最中だった。
 乱戦……いや、逃げ惑う招待客や要人達を追い回し、襲いかかる――これは一方的な暴力だ。
 その暴力はそこかしこで起きていて――その様子を刻令ゴーレムの肩の上から眺めていたフワ ハヤテ(ka0004)は短くため息をつく。
「うんうん、世の中そう上手くはいかないよね。知っているとも。……皆。特にCAMに乗っている人は気を付けるんだよ。人も強化人間も入り乱れていて、うっかりしたら踏んでしまいそうだ」
「わーってるよ! パーフェクトな俺様がそんなドジ踏む訳ねーだろうが!」
「そうです! 当たらなければどうということはないのです!」
 ジャック・J・グリーヴ(ka1305)とルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)の語気強い言葉。
 クレール・ディンセルフ(ka0586)も短く了解、と答えると、トランシーバーを口元に当てる。
「こちらカリスマリス・コロナから各コンフェッサーカスタムへ! 皆状況は聴いた!? こちらでは暴走機とそうじゃないものの区別がつかない! 暴走していない子は降りて固まって逃げて! ……降りなきゃ撃つしかないの。すぐ動いて!」
 返事の代わりに聞こえて来たのは耳を劈く悲鳴。うめき声。
「ねえ。お願いだから……お願いだから逃げて……! 私の話を聞いて!」
 クレールの絞り出すような呟き。
 ――コンフェッサーカスタムの操縦者である強化人間達は苦しんでいるのだろうか。
 そうでなければ、こんな痛々しい叫びは……だったら一刻も早く止めないと。
 ここまで来たらやるしかない。――分かっている。分かっているけど。
「これ以上は殺させない! ……!」
 歯を食いしばるクレール。言葉は最後まで続かず操縦桿を握る手が震える。
 覚悟を決めてきたはずなのに、こんな……!
「クレールさん、人には向き不向きというものがあります。……どうぞ、無理をしないでください」
「……ありがとうございます。でもここでやらなかったら、もっと後悔するから……!」
 ――迷うなクレール。迷えば犠牲者が増える……!
 ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)の声に応えるように飛び出して行く赤いオファニム。
 その背を見送って、ユーリは広がる地獄に目線を移す。
 ――迷いがあるのは仕方のないことだ。
 何かを想うからこそ決められない。
 でも、私は。彼らが尊いと思うからこそ。
 これ以上、その魂を穢れさせない為に、この惨劇を終わらせる為に……。
 だから……憎んでくれて構わない
 死した時は、私がその祈りも願いも魂も持っていく――。
「オリーヴェ、回避は任せたわよ!」
 主の声に一鳴きする青白い毛並みのイェジド。1人と1匹は一体となってコンフェッサーカスタムに狙いを定める。
 ダインスレイブからライフルで狙撃を繰り返している小太。緊張で滲む汗をぬぐいながら、短電話を手に取る。
「こちら小太ですぅ。逃げ惑う人が入り乱れていて、いつか当ててしまいそうですぅ。気を付けてはいるんですがぁ……!」
「こちらアウレール。了解した。何とかしよう。……小太。なるべく人に影響の出ないコンフェッサーの上部を狙ってくれ」
「はい! 了解しましたぁ! 大丈夫ですぅ! 多分!!」
 頼りない返事をする小太に苦笑するアウレール。拡声器を手にする。
「そこの赤いドレスの君!」
「えっ……?」
「そう、君だ。そのままこちらへ。まっすぐ歩け! 走るなよ! その後ろの彼もだ!」
 アウレールの突然の指示。混乱の最中、深く考えることもできないのか。言われたままに動き始める。
 すると、その後方を闇雲に走っていた者達もそれに続き始めた。
「わ。アウレールさんすごいですぅ」
「集団心理というやつだな。オルテンシア、怪我人の手当てを頼む」
「にゃ!!」
 感動する小太に事もなげに答えるアウレール。金色の毛並みのユグディラが優しい旋律の曲を演奏し始めたのを確認すると、列の最後尾へと走る。
 ハヤテのゴーレムが敵を阻むように壁を作り続けてくれている。
 いくら強化されたCAMといえども、この壁を簡単には壊せまい。
 これで避難誘導の流れは出来た。
 あとはこの流れをひたすら守り続ければいい。
 ――優先順位の基準は常に『最大多数の生存』だ。
「小太! 避難の列を狙うコンフェッサーを優先して狙撃してくれ!」
「はーい! わかりましたぁ!!」
 頷く小太。
 ――強化人間達とはあまり関わったことがないけれど。皆、自分の年とさして変わらぬ子達ばかりだと聞いた。
 命を奪うのは簡単だけれど。出来ることなら、この先も生きて欲しいと思うから……。
「人の挙動も少し落ち着きましたし、この距離からなら狙撃できるでしょうかぁ」
 ライフルを構えるダインスレイブ。一発づつ、着実に手足を狙って狙撃していく。
 その時、短電話から受信を知らせる音が鳴り響いた。
「こちら神楽っす! 今要人と思しき人を保護したっす! 足を怪我しているようなのでこのまま……うおあ!? ちょっ。俺戦う気ねーっすよ!! たっけて~っす!」
 響く神楽(ka2032)の悲鳴。
 ドミニオンで身動きの取れない招待客の元に向かい、カーゴスペースに収容して安全地帯へ運ぶことを繰り返している彼。
 招待客の身の安全を優先し、不戦に徹している為、狙われると逃げ回ることしか出来ず……。
 そこに周囲にマテリアルを漲らせたド派手な金色のコンフェッサーが滑り込んだ。
「おいおい。何してんだっつーの! お前の相手は俺様だぁ!」
「ああっ。ジャックさん助かったっす!!」
「ジャック様って呼べ! お前、猿のクセして平民共を助けて回ってるしな。俺様も手を貸すっての」
「サンキューっす。俺もなかなかいいとこあるっす。褒めてくれてもいいっすよ?」
「うっせえバーカ。とっとと客連れてけ!!」
 軽口を叩き合うジャックと神楽。ハヤテはそんな状況でもしっかり仕事をこなしている辺り流石だし、面白いよねえ……と思いながら神楽に声をかける。
「神楽くん、この後ろ通るといい。流れ弾にも当たらないよ」
「うお! 助かるっす!」
 ゴーレムが黙々と立て続けている壁を盾にして進む神楽。
 会場内は相変わらず混乱が続いているが、それでも、少しづつ招待客の間に救助の手が伸びていく。


「……酷い。何でこんなこと……!」
 顔を覆う岩井崎 メル(ka0520)。
 目の前に広がる散乱した機材。床に広がる血。あちこちから人々のうめき声が聞こえてくる。
 報道関係者が固まっているところに手榴弾が投げ込まれたのだろう。報道関係者に死傷者が沢山出ているような状況だった。
 メルは比較的怪我の軽い人たちを助け起こすと、声をかけて手当てを始める。
「あの、大丈夫?」
「ああ、何とかな。ありがとう。助かった」
「こんな時にごめんね。カメラをお借りしたいんだけどいいかな?」
「ん? 襲撃で壊れちまったものが大半だが……一体何に使うんだ?」
「あの。伝聞での混乱や疑心暗鬼を『ありのままを放映する』事で僅かでも恐怖を緩和できないかと思って……」
 使命感に満ちた瞳を向けるメル。カメラマンは少し迷って、躊躇いがちに口を開く。
「人の悲喜を報道して飯食ってる俺達が言うのも何だが……ありのままを放映するのは悪いこととは思わない。けど、あんたが狙ってる効果が出る保証はどこにもない」
「それは……」
「……あんた、報道関係者じゃないんだろう? 予想外の方向に向かった時、自分を責めずにいられるか?」
 その言葉に目を見開くメル。
 強化人間に対しての姿勢も身体を張って示す事で、反感や嫌悪を抑えられると信じていた。
 ――だが、そうならなかった場合は?
 混乱した人々の恐怖と憎悪や反感はどこへ向かうのか。
 ハンターは『救世主』だ。リアルブルーで活動していく上で問題にはならないだろう。
 だが、破壊と恐怖を齎した強化人間達は……?
 人々が拒絶の方向に向かえば、正義の名を借りた差別や非人道的な行為が横行する。
 一度そうなれば守り切ることが出来なくなる――。
「人は情報を受け取りたいように受け取るもんね。……私、その後のことを考えてなかった」
「そういうことだな。で、だ。ここでとれる手段はだな。マスコミの十八番、印象操作ってやつだ」
「……えっ? あ、編集していいとこだけを流すってこと?」
「そうそう。それなら、あんたの狙った効果が期待できるかもしれん」
「中継じゃなくて録画か……。それってズルい気がするけどな」
「いつの世も正しいことだけで回ってる訳じゃない。……地球統一連合議会もそうだっただろ」
 肩を竦めるカメラマンにこくりと頷くメル。
 そうだ。地球統一連合議会とVOIDの繋がり。強化人間技術がVOID由来であること……それも全て、報道で流れてきたものだ。
 必要なのは情報と、そして自分達の意図を正しく伝える手段だ。その為なら録画でも構わないのかもしれない。
 カメラマンは無事な機材をかき集めると、メルに使い方を教えてくれた。
「色々教えてくれてありがとう。ごめんね、怪我してるのに無理させて……」
「いいってことよ。仲間も助けて貰ったからな。嬢ちゃん、くれぐれも無理すんなよ」
「ありがとう。お兄さんもお大事にね」
「おう、生きてたらまた会おうぜ」
「うん。あ、ちょっと待って。脱出口まで送るよ。今すごい混乱してるから」
 ドミニオンアンサーの操縦席に戻り、カメラを置くメル。ちょっと……いや大分狭くなるが何とかなるだろう。
 操縦桿を握ると、ドミニオンアンサーの腕で怪我人を抱えてゆっくり歩き出した。


『こっちに逃げて来てる招待客の中にはいないっすね』
「……そうか。分かった。引き続きトモネとユーキを捜索する。ああ、こっちに逃げ遅れた招待客が机の下から動けなくなってる。誘導を頼みたい」
『了解したっす! これから向かうっす』
 神楽との通信を切ったひりょ。
 強化人間達を躱しながら結構進んで来た筈なのだが、トモネもユーキもどこにいるのだろう。
 早く見つけてやらないと……。
 ひりょはそのまま仲間達に通信を送る。
「こちらひりょ。先ほど見つけた招待客の保護を依頼した。陽と真水は何か分かったか?」
「こちら陽。マテリアルレーダーを使ってみたが駄目だ。避難客も強化人間も全部拾っちまう」
「はいはーい。真水さんですよー。ホー之丞に探して貰ってるですけど今のところ手掛かりなしですね」
「トモネはともかくユーキが見つからないのはどういうことだ……?」
 陽と真水からの返信に顔を顰めるひりょ。めいは少し考えてから口を開く。
「……除幕式の進行的に、トモネさんの挨拶はまだでしたよね。もしかしたら、控室みたいなところにいらっしゃるのかも」
「そうだな。もっと奥に進んでみるか」
 ひりょの言葉に頷くめい。ふと、アシェールの顔色が悪い気がして首を傾げる。
「……アシェールさん、どうかしました?」
「えっ? いえ。なんでもないです!」
 慌てて取り繕う彼女。
 ――向かう先々で遭遇する強化人間達。
 その年端もいかぬ姿を見ていると、どうしても先日、巨大潜水艦の中で見た光景を思い出してしまう。
 シールドの動力源に利用され、死んでいった子供達の姿は、アシェールの心に傷を残すには十分過ぎた。
 背中に柔らかい温もりを感じて振り返るアシェール。めいが、背中を優しくさすってくれていて――。
「あ、手当てっていうほどでもないんですけど、ちょっと気分良くなるかなって……。あの、無理はしないでくださいね」
「はい。ありがとうございます。早くトモネさん達見つけてあげましょう!」


「白、そのまま壁を作り続けよ! エステルもじゃ!」
「はいです!! サフィーさんも紅水晶を使いながらお客さんを誘導してくださいです!」
 白い象の頭を持つ刻令ゴーレムに命じる紅薔薇。
 それに応えるように土壁を作り上げるエステル。こくりと頷いたユキウサギが招待客の方へ走っていく。
 アウレール達によって作られている避難ルート。エステルと紅薔薇のゴーレムはそれを守るような形で壁を作っていた。
 これがあれば敵の射線を封じることが出来る。
 強化人間達が混乱し、闇雲に撃って来ても壁が防いでくれる。
 何より、物理的な『盾』というのは、逃げ惑うだけだった人々に大きな安心を与えた。
 壁歩きを使い壁の上に上がる紅薔薇。そのまま招待客を追う強化人間向けて跳躍する。
「……おぬしに恨みはないが実験台になっておくれ。――斬魔剣!」
 紅薔薇の短い叫び。祈りによって形作られた光の刀身が強化人間を貫く。
「ふむ。効かぬか……。やはり狂気の感染の類ではないということかの」
 呟く彼女。確かに当たったのに。暴走をやめる気配がない強化人間。
 強化人間達の力が歪虚に由来するものなのだとしたら……彼らは歪虚と契約状態にある可能性がある。
 ――そうなると、実に厄介だ。
 いつ本格的に歪虚化するか知れない『歪虚の卵』が沢山いるということになる。
「面倒なことをしてくれよったのう……」
「ヴァン、あいつらを止めろ! くれぐれも手出すなよ!!」
「グォ!!」
 ボルディアの声に応えるイェジド。燃え盛る炎のような毛並みのそれは、周囲を威圧する雄叫びをあげる。
 その咆哮に立ち竦む強化人間達。
 ボルディアはそれを見逃さず、一気に距離を詰める。
「うぉりゃあああ!!」
 素手で強化人間の頭を掴み、床に叩き付けるボルディア。
 ――何しろ生身でCAMと渡り合える彼女だ。武器を使って攻撃したらうっかり殺しかねないという配慮ではあったのだが……十分エグいことになっている。
「ボルディアや。もうちょっと優しくできんのかえ?」
「これでも優しくしてるんだって!!」
「ふむ。おぬしの『優しい』は随分過激なんじゃのう」
「あぁ!!? 紅薔薇に言われたくねーっつの!!」
 紅薔薇に言い返すボルディアにでっかい冷や汗を流すエステル。
 エステルから見ればどっちもどっちなのであるが、流石にそれを言うのも憚られて……ふと、レギ(kz0229)の顔色が真っ青なことに気が付いて慌てて駆け寄る。
「レギさん、お顔さんが真っ青です。具合悪いですか?」
「だ、大丈夫……」
 言ったそばから顔を歪めるレギ。
 他の強化人間達は暴走しているが、彼は今のところ正気を保っているようで……もしかしたら、暴走しそうな衝動と必死で戦っているのかもしれない。
 エステルは苦しそうにしているレギに慌てつつも一生懸命声をかける。
「レギさん。傷つける為ではなく守る為にという意識を持ち続けてくださいです。レギさんが負のマテリアルに抵抗し続け、打ち勝てば、それが強化人間さんを救う希望になります……!」
 強い依代を求め、最後にはハンターに敗れて消えて行ったあの人は負のマテリアルは攻撃に向いていると言っていた。それが正しいのであればきっと、正のマテリアルは守ることに向いているはずだから……。
 そう必死で続けたエステル。レギはどこか焦点の合っていない目を彼女に向ける。
「……ごめんなさい。声が遠くて……」
「レギさん……! 気を強く持ってください!」
 ――エステルが何を言っているのか分からない。
 頭に響く声が煩すぎて聞き取れない。
 ……頭が、痛い。
 頭を抱えるレギ。ふと後ろから髪を撫でられて振り返るとアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)とリューリ・ハルマ(ka0502)が立っていた。
「レギ君、お待たせ。約束通り、おねーさんたち来たよ」
「ごめんねー。途中でコンフェッサーの足折ってたら遅くなっちゃった!」
「あの。そんな簡単にコンフェッサーの足って折れるです?」
「うん? 動きを止めるには部位破壊が一番だからね」
 アルトのズレた返答に本日二度目のでっかい冷や汗を流すエステル。
 生身でCAMと渡り合える人達が沢山いる。ハンターってすごい……。
 そこまで考えて我に返るエステル。2人はレギと仲が良かったと思い至って慌てて口を開く。
「リューリさん、アルトさん! レギさんすごく具合悪そうです……!」
「えっ。そうなの? そういえば顔色真っ青だよね。どっか痛い?」
「……でも正気は保てているみたいだね。大丈夫か?」
「……アルトさん」
「うん? どうした?」
「いえ、アルトさんの顔を見たら少し、頭痛が収まりました」
「こんな時まで口説き文句? その調子なら大丈夫そうだね」
「いやあの、本当なんですけど……」
 生気のない顔で続けるレギ。
 何故なのだろう。
 この間もそうだったが……アルトの顔を見たら少し、頭に響き渡る声が遠のいた気がする。
 そんな2人のやり取りを見て、リューリとエステルが目を輝かせる。
「これってアルトちゃんの天使パワーかな?」
「ううん。きっと愛の力です! 愛の力は人を救うです!!」
「もう、バカなこと言ってないで強化人間達を止めるよ!」
「「はーい」です」
 アルトの声に素直に返事をするリューリとエステル。
 ……僕の天使さんが一緒なら、きっと大丈夫。
 頭が痛いのは続いていたけれど。動けない訳ではない。
 ……仲間達を、止めなくちゃ。
 レギは頷いて、仲間達の後を追う。


 会場内は已然混沌としていた。
 ――もちろん、救出しに来た時には既に手遅れだった、という場合も少なくはなかったけれど……招待客の救出は続いているし、彼が増えることはない為、助ければ助けただけ減っていく。
 ただ、強化人間達が減ることはない。時間がたつ毎に増援部隊がやって来る為だ。
「一体どれだけの強化人間を生み出したって言うの……!?」
 叫ぶクレール。向かい来るコンフェッサーをライフルで狙撃し、目にも止まらぬ動きで薙ぎ払い、立て続けに撃破。それを続けている。
 戦闘の合間にコロナから降りて、コンフェッサーのハッチをこじ開け、強化人間を確保しに行く。それの繰り返し。
 コンフェッサーの操縦席にいるのは、皆自分より幼い少年少女達で、クレールは見る度泣きたくなった。
 皆、夢もあっただろう。強化人間となって――将来への希望もあったはずだ。
 それなのに――。
 彼らと戦うことに慣れる日なんて来ない。来ない方がいい。
 ――忘れるな。この光景を目に、心に刻みつけろ。
 『かたきは とる』
 あの日の誓いを違えるな。
 強化人間という哀れなモノを生み出した首謀者を、私は絶対に許さない。必ず、この刃を届かせて、この子達の万分の一でも苦しみを返してやる。
 応報すべし。武器はそのために存在する。一撃でも、必ず斬ってやる……!
「本当なら顔突き合わしてじっくり話してぇんだけどよ……」
 黄金のコンフェッサーの中で呟くジャック。
 そもそもCAMに乗っていたら対面して会話するというのは難しい。
 だが、それを解決する手段がある。そう、マテリアルラインだ。
 強化人間達の乗っているCAMに繋げられるかは謎だったが……ジャックは目の前にいるコンフェッサーカスタムに狙いを定める。
「おい! 強化人間のクソヤロウども聞こえるか!? ジャック様だ! 俺様はなぁ、てめぇらに聞きたいことがある!」
 返って来るのは遠くで聞こえる悲鳴。怒声……。ジャックは構わず続ける。
「てめぇらは何で強化人間になった? こんな得体のしれないものになろうと思ったんだ。相当の理由があんだろ?」
 ――返答があるなんて思ってはいなかった。が、言葉が止まらない。
 ジャックは握りこぶしをモニターにぶつける。
「てめぇら、最初っから利用されてたんだよ!! 悔しくねぇのか? こうやって他人に背中押されて暴走までしてよ! 悔しかったら自分の感情で動けよ!! それを俺様にぶつけてみせろおおお!!」
 耳が割れんほどの叫び。応えるものはなく――。
「オイ! なんか言えてめーら無視すんじゃねえええええええ!!」
「ちょっとジャックさん無茶苦茶ですよー! 煽ってどうするんですかー!!」
 ジャックの叫びに応えたルンルン。コンフェッサーを操り、巧みに強化人間達のCAMをいなしていく。
 ――ルンルンは過去、最悪な形で夢に破れたことがある。
 強化人間の子供達も夢を持って強化人間になったのだとしたら……きっと、ルンルンと同じような絶望的な気持ちになっているのかもしれない。
 その気持ちは、痛いほど良く分かる。分かるけれど……。
「だからって……ううん。だからこそ、力のない一般の皆さんを傷つけるのはダメなのですよ!! ルンルン、今回は心に刃を置いちゃいますからね! ズバッと切れちゃいますよー!!」
 コンフェッサーで可愛らしくポーズを取ったルンルン。
 ルンルン忍法で頑張っちゃう☆ ……って、マテリアルバルーンで目くらましをしてるだけですよね?
「ジャックさんの言いたいことは分かるんですけど……まだ10歳前後の子供が大半ですもの。状況に流された子が殆どだと思いますよ」
 そう言いながら、イェジドに跨りコンフェッサーに迫るユーリ。
 死角から一気に踏み込み、蒼白い雷光を纏った刀で一気にコンフェッサーカスタムの足を両断する――!
「意識の手綱を手放すな。神経を研ぎ済ませろ。恐怖を超越しろ……そして、目を逸らすな。お前達の敵はここに居るぞ」
「そりゃーよー。生身でCAMに太刀打ちできる人間がいるとかあいつらからしたら恐怖でしかねーわな」
「やだー。ユーリさんこわーい」
「ちょっと!! ジャックさんもルンルンさんもまじめにやってくださいます!!?」
「俺様はいつでも真面目だっつーの!!」
「ルンルンも真面目な忍者ですよ☆」
 ジャックとルンルンの切り返しにため息をつくユーリ。彼らの気迫に不利を感じたか、強化人間達はじわじわと後退を始めていた。


 混乱が続く除幕式の会場。
 ルシオは招待客はもちろん、除幕式にスタッフとして配備されていた一般人のスタッフの避難誘導を行いながら、アスガルドで出会った少女達……杏とユニスを探していた。
 ――歪虚に、堕落者になってしまったら、もう。倒すしかない。
 分かってはいる。でも……あの子達はまだ『人』だ。
 人が生み出した子達なのだ……。
 このまま捨て置くなんて出来る訳がない。
 希望がある限りは手を伸ばす――。
 そんなことを考えながら怪我した人たちに癒しを施すルシオ。
 後方から悲鳴が聞こえてきて振り返る。
「どうした?」
「ハンターさん! 向こうに強化人間が……!」
「分かった。私達が対応しよう。皆はなるべく壁沿いに、避難ルートを通って行くんだよ」
 ルシオの言い聞かせるような声に頷く招待客。
 仲間達に、強化人間の出現ポイントを知らせようとして……ルシオは目を見開いた。
「杏……! ユニス!!」
 視界に入る男の子のように短くした黒髪。人形のような長い銀色の髪――間違いない。あの子達だ!
「レオーネ! あの子達を追ってくれ! 決して傷つけてはいけないよ。いいね?」
 淡い金色の毛並みを持つイェジドに命じる彼女。
 レオーネは主を先導するかのように走り出す。
「杏! ユニス! 待つんだ!」
 少女達の背を必死に追うルシオ。名を呼ばれた少女達はビクリとして振り返った。
「……誰? 誰かあたしたちを呼んだ?」
「敵。全部敵だよ……。ころさなきゃ」
「うん。そうだね。殺さなくちゃね」
「沢山沢山殺したら、先生たち褒めてくれるかな……」
 聞こえてくる杏とユニスの会話。生気のない瞳。
 ……やっと、やっと起きてくれた。会いたかった。
 でも――こんな形で会いたかった訳じゃない……!
 ルシオは叫び出しそうになりながら、努めて冷静に彼女たちに声をかける。
「杏、ユニス。私だよ。ルシオだ。分かるかい……?」
 サルヴェイションをかけてみたが効いた様子はない。
 ルシオに憎しみで澱んだ目を向ける2人。彼女たちが手にした銃の銃口はこちらを狙っている。
 それでも。あきらめずに声をかけ続ける。
「……また会えて嬉しいよ。一緒に歌った歌を覚えているかな?」
 ――そうだ。歌。歌ならこの子達に届くかもしれない。
 アスガルドで歌った歌を口ずさむルシオ。
 その歌に、杏とユニスの目に微かに光が戻る。
「……ルシオ先生? どこ?」
「先生、先生……! 頭が痛いの……!」
「ああ、私が分かるのかい? 良かった……。もう大丈夫だよ。怖いなら目を閉じておいで。私はここにいるから」 銃を取り上げながら言うルシオ。
 助けを求めるように縋って来る子供達があまりにも可哀想で……ルシオは2人をぎゅっと抱きしめる。
「アスガルドでの訓練を最初から、教えて欲しい。誰に、何を教わった? 力を得るために何をされた?」
「わかんない。強化人間は、手術みたいのをして……寝てる間に終わってた」
「訓練は……えっと……。先生、先生。頭が割れるみたいに痛いよ……もうやだ……」
「……苦しいのに色々聞いてすまなかった。沢山我慢もしたね」
「わたし達、がんばったのよ」
「敵を、たくさん倒したの」
「そうか。その話はまた後にしよう。……一緒に、帰ろう」
 ――連れ帰ったところで、彼女たちが再び暴走しないとは限らない。
 それでも、連れて帰らないという選択肢はない。
 ……もうこんな目に遭わせない為に、考えなくては……。
 涙をぽろぽろと零す杏とユニスの背を、ルシオは撫で続けた。


 襲い来る強化人間達と対峙するハンター達。
 リューリとエステルがファントムハンドやアイスボルト強化人間を捕まえ、アルトがコンフェッサー・カスタムの手足を斬撃でおもちゃのようにもいでいく。
 仲間達を射撃で援護していたレギの動きが不意に止まった。
「う……ぐ……」
「レギさん? どうしたです?」
「うわああああああああああああ!!!」

 ――コロセ、コロセ。コロセコロセコロセ……!
 濃密な呪いの言葉。湧き出る憎しみの感情が止まらない。

「レギ君……!」
「……ダメだ! 今僕に近づかないで……!! 離れてください……自分でも抑えられない……!」
 近づいて来ようとするエステルとリューリを手で制止するレギ。
 彼の身体から黒いオーラが立ち昇り、澄んだ青の瞳が鮮やかな赤に変化している。
 ――マズい。このままでは……!
 息を飲むエステル。リューリはアックスを仕舞うと、レギに対して両手を広げて見せる。
「……!? リューリさん、何を……?」
「レギ君なら大丈夫かなって。そんな感情に負けて、私を攻撃したりしないよね?」
 あっけらかんというリューリ。
 武器をしまったりして、僕が暴走したらどうする気なんだこの人は……!
 そう言おうとしたが、口がうまく回らない。
 ふと見ると、アルトも武器を仕舞っていた。
「アルトさんまで……」
「……今まで、強化人間の暴走は原因が不明だった。けど今君は何をされてるかが分かる。違うか?」
「何をされているのか、と聞かれると……分からないですけど、頭の中にゾッとするような声が響いてて……」
「ほら、分かってるじゃないか。その声を聞いても、君は暴走してない。……その声には、憎しみの感情には勝てるんだよ。レギ君」
 大切で譲れないものを強く思い浮かべるんだ。
 家族の想い出、守りたいモノ、好きな人……その大切なものを壊そうとするものを。
 『Vaffanculo!』って叫んで追い出すんだ――。
 そう続けたアルト。レギは目を見開いて、彼女を見つめる。
「……今ようやく分かりました。僕が大切なのは――」
 レギの声をかき消す強烈なハウリング音。
 機能しているスピーカーから、ボルディアの声が聞こえてくる。

「俺はボルディア・コンフラムス。ハンターではなく、1人の人間として、これを聞いている強化人間共全員に伝える。絶対に絶望するな。そして死ぬな!」
「テメェ等が何百回暴走しようが、そン時は俺がブン殴って全員正気に戻してやる」
「忘れるな。諦めるな。お前達は一人じゃないんだ……!!」

 ボルディアの、魂のこもった咆哮。
 それは除幕式の会場に響いて――あちこちからどよめきと困惑の声が聞こえる。
「あはは。ボルディアさん言い切っちゃったね。大丈夫かな」
「わたくしはいいと思います! とても素敵な言葉です!!」
「ハンターとしてではなく1人の人間として、と言っていたし、誤魔化しようはあるだろう」
 困ったような笑みを浮かべるリューリに、ぐっと握りこぶしを作るエステル。淡々というアルトに、レギが歩み寄る。
「……アルトさん」
「ん? 何?」
「暴走しないように努力はします。が、絶対とは言えません。もし今後、僕が暴走するようなことがあれば……その時は、僕を殺してください」
「レギ君、何言ってるの……!?」
 紫色の目を丸くするリューリ。アルトはずいっと近づいてレギの顔を覗き込む。
「ん、目は青く戻ってるね。これなら大丈夫かな。……指示を頼むね。レギ君。おねーさんの本気を見せてあげるよ」


 招待客は大分減っているが、強化人間達が減る気配はない。
 響く悲鳴。怒声。魂がえぐられるような咆哮――。
 敵味方入り交じった混戦状態の中を、フィルメリア・クリスティア(ka3380)は突き進んでいた。
 探しているのは1人の少女。
 甘えん坊なあの子。混乱し、怯えていた姿を思い出す。
 ――恐怖に怯えるからこそ、排除したくなるのも分かる。
 それでも、こんなことが出来るとは思っていなかった。
 ……否。こんなことをしなければならない程に憎悪に染められているのだとしたら。
 もう、心を失っているかもしれない。
 ――私の事も分からなくなっているかもしれない。
 それでも。私はあの子の『ママ』だから……諦める訳にはいかない。
 襲いかかる強化人間の子供達を躱し、時に武器を奪いながら。走って、走って――。
 フィルメリアの視界の端に映ったのは、小さな身体に似合わぬ物々しいナイフを手にした少女……。
「ニーナ……!」
「ああああああ!!」
「ニーナ! 私よ!」
 叫ぶフィルメリア。ニーナの憎悪に満ちた瞳。
 彼女は構えているナイフも気にせずに少女を抱きしめる。
「……ニーナ。聞こえる?」
 返事の代わりにフィルメリアの腕に突き立てられたナイフ。肉が割かれる痛みも気にせず、抱く力を強める。
 この子に殺されるなら本望だけれど……まだ死ねない。この子達に、もっと親としての愛情を注いであげたい。
 ――大丈夫よ、いい子ね。貴女の内から響く声に、負けないで……。
 子守唄のように繰り返される言葉。
 そこに聞こえて来たボルディアの声――。
 滴り落ちる赤に染まる服をぼんやりと見ていたニーナが目を見開いた。
「……フィルメリアまま?」
「……ニーナ? 私が分かるの?」
「あ、あ……。ままを傷つけちゃった……どうしよう」
「大丈夫よ。これくらい怪我のうちに入らないわ。……心配してくれるのね。優しい子」
「まま。ずっと声が聞こえるの。怖い声。すごく頭が痛いの……。嫌だよ。怖いの……」
「……ママがついてるから大丈夫。ちょっとお休みなさい、ね?」
 そう囁いて、ニーナを気絶させるフィルメリア。
 再び暴走しないとも分からぬ状況。彼女を恐怖から逃がすにはこれしか方法がない。
 フィルメリアは虚空を睨むと、氷のような微笑を浮かべた。
「……こんな優しい子を酷い目に遭わせた首謀者……どこにいるのかしら。必ず落とし前をつけさせてあげるわ」


 並ぶ豪華な調度品。除幕式に使われた会場も綺麗だったけれど、ここにあるものはそれより更に上質なものであると分かる。
 真っ白いソファーの上に、黒い服を着た赤毛の青年が、長い足を組んで座っていた。
「あれ。君達こんなところまで来たんですか? 勝手に入ってきたらダメですよ
「君こそ主賓室にいるなんて、随分いい趣味してるんだね」
「そうでしょう? 俺、今日は主賓みたいなものですからね。大規模宇宙ステーション『ニダヴェリール』の強奪イベントの……人類の希望の象徴であるものを奪うなんて最高に楽しいと思いませんか?」
「……本当にいい趣味してるね、君」
「ありがとうございます。で、俺に何か用ですか?」
「うん。俺は君に興味があるので、ちょっと遊んでね?」
 くすくすと笑うSC-H01に、笑みを返すジュード。口角は上がっているが、目は笑っていない。
「ハハッ! はじめまして! 貴方とっても強そうね?」
「はい! 初めまして! 俺礼儀正しい人大好きです! ええ、俺はシュレティンガー様の秘蔵っ子だし強いですよ!」
「そう! それは良かったわ!」
 言うなり、渾身の槍を見舞うエリ。SC-H01はそれを跳躍で躱し、槍がソファを貫通する。
「ハハッ。自分で秘蔵っ子とかいうからどれだけバカなのかと思ったけど、強いのは間違いなさそうね?」
「いきなり暴力は良くないですよ。俺、今日は戦う気ないのにな」
「へえ? 君の愛しの上官殿は君に何て命令をしたんだい?」
「んー。今日の仕事はもう終わってるんですけど……何かは見てのお楽しみですかね。もうちょっとで見られると思いますから」
 ジュードの問いににこにこしながら答えるSC-H01。アシェールはあゆみ出ると、ぺこりと頭を下げた。。
「こんにちは、SC-H01さん。ねえ、強化人間のみんなが暴れてるの、俺のせいじゃない、諦めてって言ってたけど……どうしてみんなこうなっちゃったの? 何か知ってる?」
「強化人間ですか? そりゃあそうなるように作られたからですよ」
「そうなるように作られたって、どういうこと?」
 その声に振り返るSC-H01。イェルズに気が付いて目を輝かせる。
「やあ! 君が俺のオリジナルか! 初めまして……って、何その恰好。俺のオリジナルそういう趣味なの? いやだわー。流石に引くわー」
 イェルズの頭についているリボンを見てドン引きするSC-H01。イェルズはぷるぷるしながら言い返す。
「違うよ! これはお前と見分ける為に仕方なくつけてるんだよ!! っていうか、人の姿コピーするなんて何考えてんだよ! いい迷惑なんだけど!!」
「ん? 俺にそんなこと言われてもなあ。俺も好きでこの姿になった訳じゃ……いや、好きでなったのかな??」
「……それはどういうことだい?」
 イェルズさんが2人いるみたいで気持ち悪い……という気持ちを隠しながら問いかける柊羽。赤毛の歪虚はんー……と声を出しながら考え込む。
「シュレティンガー様は俺を作る時、『外見は指定しないで素体に任せた』って言ってたんですよ。素体に任せてこの姿になったんだとしたら、『俺』はこの姿になりたかったのかなーって」
「素体っていうけど、一体イェルズさんの何処を使ったのさ?」
「ん? これですよ、こ・れ」
 柊羽の剣呑な目線を笑顔で受け止めるSC-H01。指で、左の眼を指し示す。
「……イェルズさんの左目を使ったの!!?」
「そうです。ここだけオリジナルなんですよー。あはは」
 からからと笑う赤毛の歪虚。シアーシャは、カーーーッと頭に血が上っていくのを感じて、直剣を薙ぎ払った。
「ちょっと! あなたね! イェルズさんが左目喪ってどんだけ苦労したと思ってんの!?」
「そんなの俺の知ったこっちゃないですしー。ところで、ハンターさんっていきなり斬りかかる風習でもあるんですか?」
「そんなことはない筈なんだけど……君が軽率に怒らせるからじゃないかな。ところで君、随分色々と喋ってくれてこちらは助かるけど、そんなに喋って上司に叱られないのかい?」
「別に、俺は基本好きにしてて良いって言われてますし。言っちゃダメなことも特にないですし」
 へえ、と呟くジュード。
 ……SC-H01は酷く幼い。外見こそイェルズの形なので青年に見えるが、話している印象は10歳前後の男の子だ。
 生まれてきたばかりだから幼いのか、それとも元々そういう性格なのか……。
 ひとまず、こんなになんでもベラベラと喋る幼子にはシュレティンガーも重要な情報は与えていないだろう。
 ……きっと、何が重要なのかも理解しないだろうし、こいつは。
「もう1つ聞きたいのだけど。貴方の血は何色? 私とっても興味がアルわ!!!」
「SC-H01さん! ムカついたから一発殴らせて!」
「えー。どうしようかなー」
 エリとシアーシャの無茶振りに考えながら大剣に手をかけるSC-H01。
 同じく大剣に手を伸ばしたイェルズに合わせて弓を構える柊羽。
 走る緊張。一触即発の雰囲気を壊したのは、モニターから流れてきたのんびりとした声だった。
「SC-H01。ありがとね。もう戻ってきていいよー!」
「あ。はーい! すみません。シュレティンガー様に呼ばれたので俺帰りますね!」
「もう帰っちゃうんだ。残念。ああ、そうそう。SC-H01って呼びにくいから、呼び易い名前貰ってきてよ」
 別れを惜しむジュード。続いた言葉に、SC-H01がぷうっと頬を膨らませる。
「えー。これ、シュレティンガー様がつけてくれた名前なんですけど」
「いや、絶対製造番号でしょこれ。名前じゃないって」
 全力でツッコむ柊羽に、SC-H01は無邪気に笑う。
「そうなのかなー。一応シュレティンガー様に話してみますね。それじゃ、また会いましょう」
「SC-H01-。もういいー? 回収するよー?」
 聞こえて来るシュレティンガーの声。赤毛の歪虚はひらひらと手を振ると、音もなく消え去った。


「うーん。結局強化人間については良く分からなかったなぁ」
 真水の呟き。彼女はユーキやトモネの探索に加わりながらポロウの目などを通して、強化人間のデータを集めていたのだが、思うような結果には繋がらなかった。
 戦闘をしかけて来るような強化人間は雄叫びをあげるばかりで人らしい言葉は話さなかったし。
 後で救助された強化人間達から聞いた方がいいデータが取れそうな気がする。
 そんなことをしながら探索を続けた結果、ハンター達はトモネとユーキが使っていたという控室までやってきていた。
「トモネさん! いらっしゃいますか……? いらしたら声をあげてください!」
 人気のない控室。めいの呼びかけに応えるように、ドンドン! と何かを叩く音がする。
 更に奥に進むと、ひりょが重厚な扉を見つけた。
「……トモネ? そこにいるのか?」
「……ひりょ? ひりょなのか?」
「ああ、俺だ。良かった。無事か……?」
「無事だが……ユーキにカギをかけられてドアが開かんのだ」
「分かった。トモネ、ちょっと下がってろ。今鍵を開ける」
 言うなり、プラヴァーの腕を振るう陽。掌底が見事に決まり、扉が吹っ飛ぶ。
「陽! 乱暴にもほどがある! トモネが怪我したらどうするんだ!」
「開いたんだから文句いいっこなしだ」
 ひりょの抗議を受け流す陽。
 飛び出してきたトモネは声もなくひりょに縋りつく。
 トモネの身体が小刻みに震えていて――怖かったのだろうか。
 そのまま抱き止めるひりょ。めいが少女の背を優しく撫でる。
「ずっとここにいたんですか……? 怖かったでしょう。もう大丈夫ですよ」
「助けに来るのが遅くなってすまない。……怪我はないか?」
 こくりと頷くトモネ。その目は泣き続けていたせいかすっかり腫れている。
 いくらトモネが少女とはいえ、ここまで取り乱すのはおかしい。
 ひりょは子供をあやすように極力冷静に声をかける。
「……一体何があった。教えてくれるか?」
「ひりょ、陽……。ユーキが……」
「ユーキがどうかしたのか?」
「まさか一緒じゃないのか?」
「……どこへ行ったか分からぬのだ。私をここに押し込めた後、勤めを果たすと言って……どこかへ行ってしまった……」
「何だって……? トモネ。まさかとは思うが……ユーキはニダヴェリールを制御する場所と制御法を知っているか?」
「ああ、勿論じゃ。万が一の時はユーキが指揮を執れるようにしてあるゆえ」
 陽の頭の中に、パチリとパズルが嵌ったような感覚が起きる。
 正直、外れて欲しかった予想。
 だがもう、これ以外に可能性がない……!
「……ユーキの居場所が分かったぞ。今から行って間に合うかどうか分からんが……」
「ユーキは!? ユーキはどこにいるんだ!?」
「恐らくニダヴェリールだろう。ユーキは……」
 縋りついてくるトモネを受け止めつつ答える陽。
 その言葉は、突如として聞こえて来た声にかき消された。
「SC-H01。ありがとね。もう戻ってきていいよー!」
「シュレティンガー!?」
 その声に振り替えるハンター達。
 会場の各所に置かれるも、報道各局が襲撃され砂嵐を映すばかりだったモニターに、にやけた笑いを浮かべた少年が映る。
「はい。どーもー☆ シュレティンガー君です! ハンター諸君。ご苦労さまだったねえ。この大規模宇宙ステーションは僕がいただいていくね!!」
「……SC-H01さんの上司はシュレティンガーで間違いなさそうですね」
「君たちも頑張ってたと思うよォ? でも僕にはさ、楽しい協力者いるからね~!」
 アシェールの呟き。画面の中でクスクスと笑うシュレティンガー。
 その後方に控えているのは――端正な顔に眼鏡をかけた男。
 見慣れた姿にトモネとひりょが目を見開く。
「……ユーキ?」
「ユーキが何でシュレティンガーと一緒にいるんだ」
「あいつが内通者だったんだろう」
「そんなバカな! ユーキはトモネの家族みたいな男だぞ!?」
 トモネを想うからこそ……信じたくないのか、頭を振るひりょ。陽は淡々と続ける。
「……分かってる。でも、ユーキが内通していたとするなら、これまでの事件が全部説明がつくんだ。何故最初にアスガルドの子供達だけが暴走したのか。何故今回の除幕式に、後ろ暗い噂のある強化人間達をわざわざ配置したのか……。……この一連の事件は偶然じゃない。起こるべきして起きたってことだ」
「なるほど。外道にも劣るってやつですね。あのユーキって男は」
「そんな……! そんなの酷すぎます……!」
 ふう、とため息をつく真水。めいが大きな目に涙を浮かべる。
 ――強化人間達がハンターを憎むのであれば、それを受け入れようと思っていた。
 それが力を持つものの責任だとも思ったし。
 同時に、彼らが守るべき、守りたかったものを、自らの手で壊して行く様を見ているのが辛くて――。
 みんなと同じように、日々を過ごしていたのに。
 これがすべて最初から仕組まれていたことだったというのか?
 そして……トモネにも、こんな試練を与えるというのか?
 正直、強化人間の子供達に殺されてもいいとも思っていたけど。
 生きて、強くならなくては。
 彼らの平和な生活を壊したあいつに一矢報いるまでは……!!
「トモネさん……」
 その映像があまりにも衝撃的だったのか。茫然自失になるトモネを必死に抱きしめるアシェール。
 第二の親のように慕っていた人が自分を裏切っていたなんて……そんな事実、こんな小さな子には重すぎる。
 せめて、せめてこれ以上見なくていいようにとローブで視界を覆う。
「ユーキ……。どうして……!? 何でお前がこんなことをする!? トモネを守るんじゃなかったのか!!? 俺にもっと強くなれと言ったのはこういう事態も想定しての事だったのか……?」
 叫ぶひりょ。その問いも、シュレティンガーの甲高い笑い声でかき消される。
 モニターに映る光景……ニダヴェリールが飛び去って行く様子を、ハンター達も、助けられた招待客もただただ茫然と見つめていた。


 その後、要らぬ詮索や攻撃を受けぬよう、周囲に気づかれないようにしながら保護されたトモネ。
 部屋の隅でうずくまっている少女に、神楽は声をかける。
「……ここで諦めたら強化人間が生きる道が閉ざされるっす。まだまだ取れる手はあるっすよ」
「………」
「例えば皆が言うように強化人間も被害者だと世論に訴えるとか、治療法が見つかるまで強化人間を匿う場所を用意したりとか……あんたにしかできないことが沢山あるっすよ」
「……ユーキが……」
「ん? なんっすか?」
「私がこれまで総帥として働けていたのは、ユーキがいたからだ。ユーキを失ってしまった今……私はもう……」
「……少し、そっとしておいてやろう。今回の件はさすがにヘヴィーだ」
「仕方ないっすね……」
 陽に制止され、唇をかむ神楽。
 ――大事なものを失い、抜け殻のようになっているトモネを、黙って見つめていた。


 ニダヴエリール除幕式の強化人間暴走事件は、死傷者を出しながらも、事態を鎮圧することに成功した。
 そして、メルと真水は事件が終わった後、ハンターズソサエティのナディアの元へ訪れていた。
「……これが、今回の事件の録画したものだよ。どうやって使うかは、ナディアさんにお任せするよ」
「そうかえ。受け取っておこう」
「ただ、一つ使うのに条件があるの」
「なんじゃ?」
「強化人間達が暮らしにくくなるような使い方はしてほしくないの。一番いいのは、彼らも被害者だったっていう風にもっていけたらいいなって思うんだけど、私にはそこまで手が届かないから……」
「ふーむ……。そうじゃな。そう上手くいくかどうかは分からんし、そもそも使うかどうかの保証もできんが。使う場合はメルの希望を優先しよう」
「ありがとう……!」
「ナディネッティ総長ちゃん。強化人間のクリムゾンウェストの移住について検討して欲しいのだ。……リアルブルーにはもう彼らの居場所はない。ここでしか穏やかには暮らせないとおもう。もちろん、事態の収拾と暴走の抑止手段の確立が前提の話だよ」
「……それはそもそも妾だけでは決められぬ話じゃな。関係各所との話し合い、調整が必要なことじゃ。ひとまず話としては預かろう」
「うん。よろしくお願いするのだ」


 アスガルドの強化人間の暴走から端を発した事件は、世界を大きなうねりへと飲み込んで行く。
 強化人間の鎮圧には成功したが、大規模宇宙ステーション『ニダヴェリール』とラズモネ・シャングリラが奪われ、トモネの世話役であるユーキ・ソリアーノの裏切りも発覚し……ハンター達の心に、大きな石を投げ込む結果となったのだった。

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MVP一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムスka0796
  • 真実を見通す瞳
    八島 陽ka1442
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラントka2531

重体一覧

参加者一覧

  • THE "MAGE"
    フワ ハヤテ(ka0004
    エルフ|26才|男性|魔術師
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ノーム」
    H・G(ka0004unit001
    ユニット|ゴーレム
  • 龍奏の蒼姫
    ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239
    エルフ|15才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    オリーヴェ
    オリーヴェ(ka0239unit001
    ユニット|幻獣
  • 空を引き裂く射手
    ジュード・エアハート(ka0410
    人間(紅)|18才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    クリム
    クリム(ka0410unit002
    ユニット|幻獣
  • 元気な墓守猫
    リューリ・ハルマ(ka0502
    エルフ|20才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    イスト
    イスト(ka0502unit002
    ユニット|幻獣
  • 「ししょー」
    岩井崎 メル(ka0520
    人間(蒼)|17才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ドミニオンアンサー
    DMk4(m)Answer(ka0520unit003
    ユニット|CAM
  • 明日も元気に!
    クレール・ディンセルフ(ka0586
    人間(紅)|23才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    カリスマリス・コロナ
    カリスマリス・コロナ(ka0586unit002
    ユニット|CAM
  • Sanctuary
    羊谷 めい(ka0669
    人間(蒼)|15才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ショコラ
    ショコラ(ka0669unit004
    ユニット|幻獣
  • 杏とユニスの先生
    ルシオ・セレステ(ka0673
    エルフ|21才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    レオーネ
    レオーネ(ka0673unit001
    ユニット|幻獣
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    イェジド
    ヴァーミリオン(ka0796unit001
    ユニット|幻獣
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴ(ka1305
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    レゾネイター・マーク・ソル
    レゾネイターMk-S(ka1305unit004
    ユニット|CAM
  • 真実を見通す瞳
    八島 陽(ka1442
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    マドウアーマー「プラヴァー」
    魔導アーマー「プラヴァー」(ka1442unit005
    ユニット|魔導アーマー
  • 大悪党
    神楽(ka2032
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    マドウガタドミニオン
    魔導型ドミニオン(ka2032unit003
    ユニット|CAM
  • ヒースの黒猫
    南條 真水(ka2377
    人間(蒼)|22才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ホーノジョウ
    ホー之丞(ka2377unit002
    ユニット|幻獣
  • 力の限り前向きに!
    シアーシャ(ka2507
    人間(紅)|16才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ファリガ
    ファリガ(ka2507unit001
    ユニット|幻獣
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    オルテンシア
    オルテンシア(ka2531unit002
    ユニット|幻獣
  • 東方帝の正室
    アシェ-ル(ka2983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    カジディラ
    カジディラ(ka2983unit004
    ユニット|幻獣
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ソフィア
    ソフィア(ka3109unit002
    ユニット|幻獣
  • 世界より大事なモノ
    フィルメリア・クリスティア(ka3380
    人間(蒼)|25才|女性|機導師
  • うら若き総帥の比翼
    ひりょ・ムーンリーフ(ka3744
    人間(蒼)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ユグディラ
    ユグディラ(ka3744unit001
    ユニット|幻獣
  • 部族なき部族
    エステル・ソル(ka3983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    サファイア
    サフィー(ka3983unit002
    ユニット|幻獣
  • 百年目の運命の人
    弓月・小太(ka4679
    人間(紅)|10才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    ダインスレイブ
    ダインスレイブ(ka4679unit003
    ユニット|CAM
  • 不破の剣聖
    紅薔薇(ka4766
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士
  • ユニットアイコン
    ハク
    白(ka4766unit003
    ユニット|ゴーレム
  • 忍軍創設者
    ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784
    人間(蒼)|17才|女性|符術師
  • 狂乱の貴婦人
    エリ・ヲーヴェン(ka6159
    人間(紅)|15才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ヴェイン
    ヴェイン(ka6159unit001
    ユニット|幻獣
  • 白銀のスナイパー
    氷雨 柊羽(ka6767
    エルフ|17才|女性|猟撃士

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アイコン 相談卓
ひりょ・ムーンリーフ(ka3744
人間(リアルブルー)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2018/07/16 01:37:38
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/07/14 15:40:28