ゲスト
(ka0000)
【空蒼】カメラ越しに燃える森
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/07/18 22:00
- 完成日
- 2018/07/22 18:23
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
少女が拳銃の引き金を引く。
炎が物質化し光が伸びVOIDの群れを貫く。
愛嬌たっぷりに微笑む様は、まるで物語の主人公だ。
清楚な少女が何かを叫んでいる。
特殊効果だとしたらあまりにも現実感がありすぎる光が、彼女を中心に溢れて強化人間を照らす。
聖女というコメントが無数に書き込まれていた。
●密林の基地司令部
「司令、取材の申し込みです」
申し訳なさそうな顔をする広報担当士官を見て、基地司令が果てしなく重いため息をつく。
「断るわけには」
「複数の高官と政治家から配慮を求められています。任務の障害にならない範囲でという言質は得られていますが」
司令は胃に痛みを感じながらプリントアウトを受け取る。
レポーター、カメラマン、大重量の各種撮影機材。
戦場取材にしては大規模すぎる人と物の受け入れを求める書類だった。
「映画でも撮るつもりか」
「撮れるものなら撮りたいでしょうなぁ。むしろ私が撮りたい」
謹厳実直な務めぶりで知られる参謀が思わず本音をもらす。
こう見えても大の映画好きで、何よりハンター達のファンなのだ。
「糞、マスコミに総掛かりで責められるよりはマシだが」
胃薬を噛み砕いてミネラルウォーターで飲み下す。
「司令、歩兵部隊からの報告です」
大型ディスプレイに荒い映像が映し出される。
VOIDの地球侵攻前なら歩兵用装備でも美しい画像になっただろうが、狂気の影響で通信障害が多発する今ではこれでもマシな方だ。
「えくらばりあー!」
浄化術が発動して映像が安定する。
時代錯誤にもほどがある服装の少女が、メイスと振り回して吼えている。
「歪虚めっさーつ!」
金髪の斜め後ろからレーザーが突き刺さる。
たっぷりの負マテリアルを含んでいるので高速には程遠く、しかしその分威力は通常レーザーより強烈だ。
「そこかぁっ」
全身消し炭になってもおかしくないはずなのに、多少髪が焦げた程度でスキップするような足取りで突撃する。
微かに漂う燐光が精霊の加護なのか何かの術なのか、機械文明の住人である軍人達には分からなかった。
「見ての通り掃討は順調です。報告書も届いてますよね」
歩兵部隊の長の顔は見えないが声は聞こえる。
声と同時に微かに画面が揺れるように見えるのは気のせいだろうか。
「いやー、VOIDの影響がないのはいいですな。弾が当たること当たること」
巨大眼球とクラゲを混ぜて昆虫要素を加えたVOIDが、大量の銃弾を浴びてねじ曲がる。
ハンターが使う武器ほどには対歪虚戦闘に最適化されていない。
だがリアルブルーの工業力があれば物理で圧倒できる。
「あの子うちの子にできませんか。希少技能持ちで移民申請通るでしょ」
根っ子に蹴躓いて聖職者が倒れた。
鼻息荒く立ち上がろうとするが体力切れのようで上体も起こせない。
「気持ちは分かるが止めておけ。崑崙がブチ切れる」
「それは残念」
兵士が駆け寄り自発的に聖職者を守る。
淑女と騎士、あるいは聖者と聖騎士にも見える構図だが、直接戦えなくなった聖堂教会司祭は不満顔だ。
少し幼さの残る顔から急に甘さが消えた。
裂帛の気合いと共に防御結界を発動。
無数の負属性レーザーが結界に当たりせめぎあう。
「大型狂気を視認しました。撤退してもいいですかね?」
「許可する。客人はくれぐれも」
「ハッハッハ、うちの若いのが死んでも死なせませんよ」
予め命令されていた通りに、兵士達が遮蔽物に紛れる込むようにして逃げ出した。
最も体力のある兵士が暴れる聖職者を俵担ぎして素晴らしい速さで基地へ向かっている。
「後詰めがあるってのは有り難いね」
時間を稼げば異世界の友軍が来てくれる。
ロッソ級の救援という奇跡を祈る必要もないし、部下を捨て石にする必要も無い。
「平和ボケしそうだ」
気配を消した歩兵部隊指揮官の顔に、ほろ苦い笑みが浮かんでいた。
●兵舎
高濃度プロテイン入りのジョッキが瞬く間に空になる。
「おかわり!」
プロテインのひげをつけて要求するのはイコニア・カーナボン。
異世界かつ異教の聖職者だ。
「お、おう」
「姫さんそれ以上腹に入らねぇだろ」
うまれも信仰も違っても戦友にはなれる。
命を救われ救った兵士達は親身な態度で気遣っている。
「暴飲暴食にはパーティーで慣れているんです」
中途半端な地位があると面倒なんですよねと語る彼女は目が死んでいた。
「ふふふ、これで筋肉が」
これだけ熱心に鍛えてこの体格なら遺伝的にこれが限界だろ、という本音は胸の中にしまっておく兵士達。
「なあ姫さん」
がさつに見えても軍医でもある兵士が小声で話しかける。
「強化人間についてなんだけどよ、なんとかならねぇか?」
他の兵士も神妙な顔になる。
若すぎる兵士が暴走して処刑されるのも、暴走に巻き込まれてた殺されるのも拒否したい。
しかし彼等の知識では打開策が見つからず、医学ではなく法術の専門家に助けを求めたのだ。
「私も助けもなれるならなりたいんですけど」
ナイフとフォークで不味いレーションを食べながら小さくうなる。
「何故か会わせてくれないんですよね。他世界の文化的禁忌に触れないよう気をつけているつもりなんですけど……私何かやっちゃいました?」
どれだけ穏やかに見えても反歪虚で凝り固まった狂信者だ。
歪虚要素がある人間に会わせればどうなるか、事情を知る基地司令達は深く憂慮していた。
●救援依頼
「リアルブルーからの救援依頼です」
地球出身者にとってはなじみ深い、狂気の小型VOIDが熱帯雨林を移動している。
「みなさんの活躍で現地戦力は健在ですので」
カメラの位置が大きく横にずれる。
巻き貝型の中型VOIDを通り過ぎ、大型狂気である鉄クラゲに目玉を大幅増量した異形で停止する。
「今回お願いするのはこれの討伐になります」
一歩進むごとに足役の目玉が潰れ、巨体の向きが変わり足役が別の目玉に変わる。
潰れた目玉の欠片と体液は地面に吸い込まれ、深刻な歪虚汚染領域を拡大させていく。
十数の負属性レーザーが空に放たれ百数十メートルは離れていた鳥群を滅ぼす。
そして全てのレーザーが束ねられ、超遠距離を飛んでいたUAVを消し飛ばし中継を途絶えさせた。
「これがある限り現地戦力は近寄れません。サルバトーレ・ロッソ級であれば撃破可能でしょうが……」
僻地での攻防で地球の切り札は切れないということだ。
「現地部隊は全面的にハンターの指示に従うそうです。……よろしくお願いします」
●
カメラの向こうには数千万から数億の視聴者がいる。
VOIDに対する恐怖、覚醒者に対する期待、強化人間に対する懸念が渦巻き入り交じり、巨大な熱がうまれようとしていた。
炎が物質化し光が伸びVOIDの群れを貫く。
愛嬌たっぷりに微笑む様は、まるで物語の主人公だ。
清楚な少女が何かを叫んでいる。
特殊効果だとしたらあまりにも現実感がありすぎる光が、彼女を中心に溢れて強化人間を照らす。
聖女というコメントが無数に書き込まれていた。
●密林の基地司令部
「司令、取材の申し込みです」
申し訳なさそうな顔をする広報担当士官を見て、基地司令が果てしなく重いため息をつく。
「断るわけには」
「複数の高官と政治家から配慮を求められています。任務の障害にならない範囲でという言質は得られていますが」
司令は胃に痛みを感じながらプリントアウトを受け取る。
レポーター、カメラマン、大重量の各種撮影機材。
戦場取材にしては大規模すぎる人と物の受け入れを求める書類だった。
「映画でも撮るつもりか」
「撮れるものなら撮りたいでしょうなぁ。むしろ私が撮りたい」
謹厳実直な務めぶりで知られる参謀が思わず本音をもらす。
こう見えても大の映画好きで、何よりハンター達のファンなのだ。
「糞、マスコミに総掛かりで責められるよりはマシだが」
胃薬を噛み砕いてミネラルウォーターで飲み下す。
「司令、歩兵部隊からの報告です」
大型ディスプレイに荒い映像が映し出される。
VOIDの地球侵攻前なら歩兵用装備でも美しい画像になっただろうが、狂気の影響で通信障害が多発する今ではこれでもマシな方だ。
「えくらばりあー!」
浄化術が発動して映像が安定する。
時代錯誤にもほどがある服装の少女が、メイスと振り回して吼えている。
「歪虚めっさーつ!」
金髪の斜め後ろからレーザーが突き刺さる。
たっぷりの負マテリアルを含んでいるので高速には程遠く、しかしその分威力は通常レーザーより強烈だ。
「そこかぁっ」
全身消し炭になってもおかしくないはずなのに、多少髪が焦げた程度でスキップするような足取りで突撃する。
微かに漂う燐光が精霊の加護なのか何かの術なのか、機械文明の住人である軍人達には分からなかった。
「見ての通り掃討は順調です。報告書も届いてますよね」
歩兵部隊の長の顔は見えないが声は聞こえる。
声と同時に微かに画面が揺れるように見えるのは気のせいだろうか。
「いやー、VOIDの影響がないのはいいですな。弾が当たること当たること」
巨大眼球とクラゲを混ぜて昆虫要素を加えたVOIDが、大量の銃弾を浴びてねじ曲がる。
ハンターが使う武器ほどには対歪虚戦闘に最適化されていない。
だがリアルブルーの工業力があれば物理で圧倒できる。
「あの子うちの子にできませんか。希少技能持ちで移民申請通るでしょ」
根っ子に蹴躓いて聖職者が倒れた。
鼻息荒く立ち上がろうとするが体力切れのようで上体も起こせない。
「気持ちは分かるが止めておけ。崑崙がブチ切れる」
「それは残念」
兵士が駆け寄り自発的に聖職者を守る。
淑女と騎士、あるいは聖者と聖騎士にも見える構図だが、直接戦えなくなった聖堂教会司祭は不満顔だ。
少し幼さの残る顔から急に甘さが消えた。
裂帛の気合いと共に防御結界を発動。
無数の負属性レーザーが結界に当たりせめぎあう。
「大型狂気を視認しました。撤退してもいいですかね?」
「許可する。客人はくれぐれも」
「ハッハッハ、うちの若いのが死んでも死なせませんよ」
予め命令されていた通りに、兵士達が遮蔽物に紛れる込むようにして逃げ出した。
最も体力のある兵士が暴れる聖職者を俵担ぎして素晴らしい速さで基地へ向かっている。
「後詰めがあるってのは有り難いね」
時間を稼げば異世界の友軍が来てくれる。
ロッソ級の救援という奇跡を祈る必要もないし、部下を捨て石にする必要も無い。
「平和ボケしそうだ」
気配を消した歩兵部隊指揮官の顔に、ほろ苦い笑みが浮かんでいた。
●兵舎
高濃度プロテイン入りのジョッキが瞬く間に空になる。
「おかわり!」
プロテインのひげをつけて要求するのはイコニア・カーナボン。
異世界かつ異教の聖職者だ。
「お、おう」
「姫さんそれ以上腹に入らねぇだろ」
うまれも信仰も違っても戦友にはなれる。
命を救われ救った兵士達は親身な態度で気遣っている。
「暴飲暴食にはパーティーで慣れているんです」
中途半端な地位があると面倒なんですよねと語る彼女は目が死んでいた。
「ふふふ、これで筋肉が」
これだけ熱心に鍛えてこの体格なら遺伝的にこれが限界だろ、という本音は胸の中にしまっておく兵士達。
「なあ姫さん」
がさつに見えても軍医でもある兵士が小声で話しかける。
「強化人間についてなんだけどよ、なんとかならねぇか?」
他の兵士も神妙な顔になる。
若すぎる兵士が暴走して処刑されるのも、暴走に巻き込まれてた殺されるのも拒否したい。
しかし彼等の知識では打開策が見つからず、医学ではなく法術の専門家に助けを求めたのだ。
「私も助けもなれるならなりたいんですけど」
ナイフとフォークで不味いレーションを食べながら小さくうなる。
「何故か会わせてくれないんですよね。他世界の文化的禁忌に触れないよう気をつけているつもりなんですけど……私何かやっちゃいました?」
どれだけ穏やかに見えても反歪虚で凝り固まった狂信者だ。
歪虚要素がある人間に会わせればどうなるか、事情を知る基地司令達は深く憂慮していた。
●救援依頼
「リアルブルーからの救援依頼です」
地球出身者にとってはなじみ深い、狂気の小型VOIDが熱帯雨林を移動している。
「みなさんの活躍で現地戦力は健在ですので」
カメラの位置が大きく横にずれる。
巻き貝型の中型VOIDを通り過ぎ、大型狂気である鉄クラゲに目玉を大幅増量した異形で停止する。
「今回お願いするのはこれの討伐になります」
一歩進むごとに足役の目玉が潰れ、巨体の向きが変わり足役が別の目玉に変わる。
潰れた目玉の欠片と体液は地面に吸い込まれ、深刻な歪虚汚染領域を拡大させていく。
十数の負属性レーザーが空に放たれ百数十メートルは離れていた鳥群を滅ぼす。
そして全てのレーザーが束ねられ、超遠距離を飛んでいたUAVを消し飛ばし中継を途絶えさせた。
「これがある限り現地戦力は近寄れません。サルバトーレ・ロッソ級であれば撃破可能でしょうが……」
僻地での攻防で地球の切り札は切れないということだ。
「現地部隊は全面的にハンターの指示に従うそうです。……よろしくお願いします」
●
カメラの向こうには数千万から数億の視聴者がいる。
VOIDに対する恐怖、覚醒者に対する期待、強化人間に対する懸念が渦巻き入り交じり、巨大な熱がうまれようとしていた。
リプレイ本文
●中継される伝説
特大の狼を駆るエルフがズームアップされる。
女の盛りというには若く、しかし物憂げな表情が男女を問わず感情を刺激する。
特徴的なのは外見だけではない。
黄金のガントレットで包まれた繊手が2メートル近い刃を軽々と振るい、人類を散々悩ませてきたVOIDを一太刀で斬り捨てる。
「何というか、見世物にされてる気分ね」
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)がぼやく。
基地に設置された特大のカメラから、数万どころではない視線を感じる。
「またしてもやってきました密林探検隊! 敵は前と同じVOIDですね」
灰に近い銀の毛を持つイェジドが鋭角で向きを変える。
それに騎乗するソフィア =リリィホルム(ka2383)は、メイクもばっちり決めて実況中継風に情報伝達中だ。
「ソフィアさん私も行きます!」
この元気な声は聖堂教会の司祭。
覚醒者としての格はソフィアに迫るが戦闘には向いていない。
「イコニアさんは留守番だな、あとから活躍できると良いな。ハハッ!」
悪意の一切無い言葉が司祭の企みを容赦なくを潰す。
声の主である仙堂 紫苑(ka5953)は北西にかなり離れた場所にいるはずだが、戦場にVOIDがいるのに妙にはっきり声が聞こえた。
「ちょ」
司祭の声が不自然に途切れて別人の声に変わる。
「我々は基地から1キロ地点に移動し、可能な範囲でその場を維持します」
精霊による翻訳は無い。リアルブルー軍人の声だった。
「ああ、頼む」
紫苑の機体は、小型VOIDひしめく戦場を無人の野の如く南下していく。
いつでもハンターと通信して連携できるという現実が勇気を与えているようで、リアルブルーの歩兵部隊もCAM部隊も予想より良い動きをしていた。
CAMより小柄でCAMより速いイェジドが先に緑に到達する。
「リアルブルーでもこういう場所があるなんてね」
ユーリは真剣な表情だ。
緑と緑の間から、ひしめきあう小型狂気の存在を強烈に感じる。
本能的な不快感が心身に届くが、それで動きが鈍るような生温い鍛え方はしていない。
刃による衝撃波で進路上の小型3体を潰し、僅かに開いた空間へイェジドを滑り込ませる。
「行くよ、ズィル!」
ソフィアとそのイェジドも後に続き、リアルブルーのカメラは絶好の被写体を逃してしまうのだった。
●鉄壁の飛龍兵
負のマテリアルで構成された光がワイバーンを狙う。
光速には全く及ばない速度しかなくても、リアルブルーの戦闘機を落とすには十分だ。
カメラ越しに見るリアルブルー人は、軍事知識があればあるほどワイバーンとその乗り手の死を確信してた。
「よく飛びやがる」
岩井崎 旭(ka0234)が舌打ちを1つ。
暗い青の鱗を持つワイバーンは、特に緊張することもなく進路を変えて負属性レーザーをやり過ごした。
「見つけるのは簡単だったけどよ」
視線は大型狂気に向けたまま、周辺視で熱帯雨林を認識する。
痕跡を消そうと努力はしたようだが、通常の大型狂気より一回り大きなVOIDは大量の木々を踏みつぶして目立ちすぎる痕跡を残している。
「何か」
嫌な予感がする。
予感は量と密度を増して確信に変わる。
旭は、予感のみを根拠に全力回避を命じた。
身体を回転させる不規則な動きは、旭を上回る回避能力をワイバーンに与える。
何台も設置されたカメラ全てが旭達を見失う。
大型狂気が殺意を濃くして瞳に力を込める。
巨大な痕跡の途中から大量の水蒸気が沸き上がる。
白い蒸気の隙間から、熱帯雨林の緑の汚水じみて濁った負属性レーザーが10本以上見えた。
「全部持ってけ! 耐えられる、速度だけは落とすな!」
言い終える前にレーザーとの距離が0に。
大量のレーザーが逃げ場を奪う。
1本だけなら運が特に悪くない限り回避可能な攻撃だ。
しかしこれだけ数が多いと旭自身でも避けきれない。
ワイバーンの鱗をレーザーが焼く。
最初の極太レーザーと比べれば弱いとはいえ装甲を貫く程度の威力はある。
負の力が鱗と肉を焼こうとする。
術と絆でワイバーンと繋がった旭が生命力を注いで防ぐ。
半ばを回避し半ばに耐えきった時には、ワイバーンは無事でも旭本人の消耗が深刻になっていた。
「すまねぇ」
「いえ、お陰様で敵戦力の詳細が判明しました。追跡は私が行いますので」
エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)が一瞬口を閉じ、茶目っけのある態度に切り替える。
「私達が倒してしまう前に戻って来て下さいね」
「飛んで戻ってくるさ」
旭は心の強さを示すように微笑み、治癒術だけは強力な司祭の元へと飛んだ。
「さて」
エラはただでさえ術行使に向いていない空中で高度な術を使う。
失敗する可能性もあったが無事発動し、身の丈以上に大きなハンマーがエラを守るように浮かんでワイバーンと共に飛ぶ。
眼下に見えるのは巨大な眼球の集合体だ。
もとは別の姿をしていたものが、増え続ける眼球に覆い尽くされ異なる性質を得たのだ。
VOIDの意識がエラにも向く。
旭を一方的に撃退したのに、旭の背に恐怖の視線を向けているようだ。
「以前のようにはいきませんね」
前回の戦いでは、VOIDはハンターの力を見誤り接近するまでレーザーを使わなかった。
だから旭達の圧倒的白兵戦能力で死の直前まで追い詰められた訳だが、恐怖に駆られて全力を出している今、遠距離戦闘ではVOIDに分があった。
レーザーが再び放たれる。
数は同じく十数本。
エラのワイバーンの身のこなしは優れてはいるが旭のワイバーンと同程度であり、同じ光景が繰り返されるかと思われた。
剥き出しの眼球4つが上下左右に細かく揺れる。
羽の幻影が視覚に叩き込まれたのだ。
4本のレーザーを構成する負マテリアルが徐々に広がり破壊力を失い消滅しても残り12本。
「訓練通りに」
いつも通りの主の声が、ワイバーンの平常心を維持させる。
躱すのは不可能と直感的に判断。
慣れ親しんだ盾状の手甲で全ての負属性レーザーを受け止める。
手甲の性能は驚くほど高い。
大部分の威力は受けられた時点で失われ、少量残存する威力も対大型VOID向けに整えられた防具を打ち抜くことができない。
「白兵戦ではまた条件が違いそうですね」
そうつぶやくエラだが、この距離を保つなら安全に偵察出来ることを確信した。
「こちらエラです」
転移前に崑崙基地経由で渡された地図情報を思い出し、眼球大型VOIDとエラの現在地を報告する。
「はい、お待ちしています」
通信が繋がる程度には近くまで来ているようだ。
エラは特に行動を変えることなく、中型以下による奇襲も十分警戒した上で目標を観察。
足に当たる眼球が潰れ、大型VOIDの体がじりりと後ろにずれた。
鉄製にも見える眼球が赤く染まる。
恐怖に支配されたレーザー連撃が今度はエラを狙うが、浮遊するハンマーと暗緑と金の盾の二重防御にほぼ無力化される。
纏う装甲はワイバーンのそれよりさらに強力であり、エラの体を揺らすことすらできない。
「今から合流します」
ワイバーンが大きく向きを変える。
レーザー発振の間隔が短くなり、豪雨を連想させるレーザーがエラとワイバーンを襲う。
近隣基地のCAM小隊なら10秒で全滅する威力があるのにワイバーンが多少疲れる程度のダメージにしかならない。
「依頼達成は確実。問題は……」
風もないのに蠢く森を見る。
「VOIDをどの程度減らせるか」
中型に限っても数十、小型を含めれば4桁に迫るVOIDがこの地域を支配していた。
●リアル&ファンタジー
軽快な音がいきなり止んだ。
20以上の穴が開いた中型狂気が倒れて地面に体液を垂れ流す。
重機関銃に小さな手が触れる。
その手は120を超える銃弾を持ち、もう1方の手は重機関銃を単体で支えているのにどちらも揺れすらしない。
彼女はエルバッハ・リオン(ka2434)。
銀髪から覗く長耳が種族を主張する、クリムゾンウェスト在住のハンターである。
「お願いですから前には出ないでくださいね」
「あははそんなことするわけないじゃないですかー」
何度目になるか分からない会話を繰り返す。
北に展開中の歩兵部隊……イコニアお守り部隊の南下がぴたりと止まる。
どうやらまた部隊を掌握したようだ。
「AI、メディカルチェック」
基地所属のCAM隊から、トランシーバー越しに男の声が聞こえる。
小柄な少女が巨大剣ならぬ重機関銃を軽々振り回すのを見れば、己の正気を疑いたくなるのも無理はない。
黒いイェジドが顔をあげた。
胸元だけ紅い毛がゆらりと揺れる。
「援護」
「了解だエルフ殿!」
CAM隊がガトリングガンにより弾幕を張り中型2体目を釘付けにする。
エルバッハが予めダメージを与えていたので、無傷は無理でもこのまま押し切れそうだ。
「多いですね」
片手を機関銃から離し双眼鏡を目に当てる。
巨大な緑から中型と小型の大群が途切れることなく現れ続けていた。
う゛ぉん、と空気が押し退けられる音が2連続で響く。
通常の矢と比べて明らかに太い矢が、特に速度の速い巻き貝型狂気を撃ち抜き合計4つの穴から体液を噴出させる。
「全員安定剤をうて。バイタルが狂いかけているぞ」
自身も精神安定剤を使う小隊長の目にママチャリが映っている。
戦場の主であるかのように堂々、しかも軽快な走りだ。
薬が効いてきたのに現実感が失われていく気がした。
「そこ、動きが鈍ってる。狂気にあてられたなら基地まで後退。そうでないならしっかりする!」
八原 篝(ka3104)は、前籠に入れた通信機越しに事実上の命令を伝え、巨大弓に分類される弩砲を構えた。
「もう1隊下げた方がいいかもしれないわね」
通信機に届かない音量の声だ。
バリスタの弦を引く動きにあわせ、刻まれた紋様に沿い光が移動し埋め込まれた鉱石の上で踊る。
篝と契約した精霊や、篝に力を貸す精霊が、篝という大当たりを引いたことに喜んでいるのかもしれない。
引き金を引く。
今度の狙いは中型ではなくCAM小隊の退路を塞ごうとした小型狂気隊。
リアルブルー軍人の目では残像も見えない速度の連射を行う。
普通に考えれば狙いが狂って矢を無駄にするだけのはずなのに、篝の射撃術とマテリアル運用術が暴れ馬以上の兵器を見事に乗りこなす。
小型の中では最精鋭だった1隊が、全て矢に押しつぶされた上で貫かれた。
「篝さん」
複数の通信機を経由してイコニアと繋がる。
ハンターを前にはしゃいでいる声と似ているが根本的に違う。薄皮1枚下に、理性と感情双方による歪虚への殺意がある。
「東端の倉庫に弱い反応があります」
「強化人間ではないCAM隊をもう1体基地に向かわせる」
「はい、私はこの場を維持して狂気の阻止をします」
彼女のいう歪虚の中にはVOID以外も含まれているのは確実だ。
篝の指示に従いデュミナス4機が基地へ戻っていく。
CAM隊1つ抜けた穴を埋めるだけでなく周辺地域に対する攻撃も行い、篝は周囲のVOIDを一掃した。
「そっちに行った!」
エルバッハの耳に、熱帯雨林の奥に侵攻して直接は聞こえないはずの声が届いた。
巨大な緑の端が弾け、何かに……ハンターに追い立てられるようにして狂気の群れが溢れ出す。
「支援する」
爆発の中で1本だけ無事だった木が向きを変えた。
紫苑のR7、白銀のHUDOがVOIDの大集団を追いつつデルタレイを連発する。
一度に3つの光が放たれ敵戦力の中核を射貫く。
そのうちの3体が、死にはしないが深刻なダメージを受けて平坦な地面を体液で汚す。
「こちらエルバッハ。南方1キロに大型狂気を確認」
これまでの戦いで全身が赤熱しているので遠くからでも見間違えようがない。
時折斜め上に放たれるレーザーも事前情報より2割ほど強そうで、放たれる度に眼球の1つまたはいくつかがひび割れ負マテリアルとも蒸気ともつかないものが噴き出す。
「まずは」
ファイアーボールを1発。
小型の小集団を挽き潰して接近中の中型2つが内側に向け凹んで破裂。
体液をまき散らすこともできずに負マテリアルに戻って拡散する。
「次に」
マテリアルを普段以上に練り上げる。
6つ展開した術に適量ずつ注いで火球を出現させ、近くまで迫ってきた狂気の群れ全体を見る。
「よし」
大気が震え出す。
黒いイェジドが緊張で汗を流す。
精霊の恐れと期待が入り交じった意識が、1人のエルフだけに集中する。
「発動後後退」
イェジドがうなずくタイミングで、外見だけはファイアーボールに近い炎が地面に触れた。
真白い光が全てを覆い尽くす。
イェジドは一目散に北に向かって駆け出し、物理的にも魔術的にも高圧の爆風が地面ごと狂気を砕いていく。
虫クラゲな小型狂気は欠片も残らない。
中型も、特に頑丈なな個体はデルタレイで傷つけられているため圧力に耐えきれず砕かれ破片も爆風の中で消滅する。
イェジドが鮮やかに反転。
再びエルバッハが南を見ると、薄いクレーターとVOIDのいない土地があった。
●目玉怪獣と森の中
生木を裂くような音が連続する。
そのたびに大量の虫と命を木から振り落としながら、灰銀のイェジドが緑の中を跳んでいく。
「ユーリさんっ、逆から交差機動いけますかっ」
「ダメージを覚悟すればいけるわ。この程度の森なら駆け回ることはできるけど」
雷獣じみた外見のオリーヴェが咆哮を叩き付ける。
土に紛れて機会を伺っていた無数の小型狂気が、びくりと震えてほぼ無力化される。
「敵いっぱいだよねーっ」
ソフィアが上体を伏せる。
灰銀のイェジドも倒木の上に着地した上で主に倣い全身を伏せる。
直後、木々の隙間を縫うように10近いレーザーがソフィアの上半身があった場所を貫く。
躱されてもレーザーは止まらない。
気が焼け臭いと煙が目と鼻を襲う。
「このっ、死ね」
カメラもマイクも遠いのだからあざとい猫を被る必要はない。
銃口から炎を放ち、巨大すぎて壁にしか感じられない眼球塊を貫いた。
凄まじい手応えだ。
小さな竜なら死体も残らない威力があったはずだが、未だ膨大な生命力が残っているのも同時に感じる。
「ズィル!」
神経と筋が焼き切れそうな勢いで立ち上がり跳躍。
先程とは異なる方向から4つのレーザーが飛んできて、うち1発が灰銀のイェジドの脇腹を焼いた。
焦げる臭いと煙が増す。
ハンターよりもVOIDが混乱してソフィア達を見失う。
「放って置いても自滅するだろうけど」
大型狂気は狂乱している。
己が逃げているか攻めているかも分からず、己の全てを迎撃につぎ込んでいる。
何もない空中に向けるならともかく、地対地攻撃でレーザーを使うなら熱帯雨林全てが障害物になるのを理解していない。
だから特定のハンターに集中攻撃しても4分の3ほどが外れるか罪も無い木を燃やすだけで終わる。
「こうした場所を荒らされるのはいただけないかな」
VOIDにより大きな被害を受けてはいるが、故郷と違った形で生命力に満ちた森だ。
地面の狂気にも枝だから垂れ下がる蔓にも我が身を触れさせず、ユーリは鮮やかな斬撃を繰り出す。
無音、無色の衝撃波が緑の隙間をすり抜けVOIDに到着。
圧倒的な威力は表面装甲を貫通しても衰えず、内側を切り裂き砕いて反対側の装甲を半ば砕いてようやく止まる。
「大型VOIDがチャージ開始。一旦後退を推奨」
エラの囁くような声に従い斜め後ろへ跳躍。
わずかに後れてソフィアが下がってきたタイミングで極太レーザーが地面と水平に飛んでくる。
進路上の木々が一瞬で黒焦げになり燃え上がる。
熱と煙は戦場をますます戦場を混乱に導く。
「ようやくなの」
どしんと。
R7エクスシアが小型狂気を踏みつぶして足を止めた。
ドリル2つとマテリアルソード1つを携えた白兵戦闘特化機だ。
通常の戦場では活躍場面が限られ過ぎる機体だが、今この場所こそがその限られた場面だ。
内側から熱せられすぎ、歪みひび割れた眼球がR7を凝視する。
HMDに悲鳴の如きエラー表示が浮かぶ。
イニシャライズフィールドは全力展開しているのに全く足りない。
それでも、この程度の狂気ではディーナ・フェルミ(ka5843)を冒すことなどできはしない。
「突っ込んでダーッを頑張るの!」
焼けた草木を踏み砕いて進軍が始まる。
巨大狂気は煮えたぎる恐怖と殺意をレーザーに変えまき散らす。
距離が近いため遮蔽物となる木は少なく、R7の巨体が高速で熱せられ内側のパーツがいくつも火を吹いた。
「たぁっ」
R7を五段階ほど上回る力がコクピットで炸裂した。
壊れた装甲はそのままに、予備の回路が奇跡的な組み合わせで機体の性能を維持する。
亀裂は亀裂で奇妙なほどぴたりと嵌まり、装甲も万全な状態に限りなく近い。
全て、ディーナの強力な法術が引き起こした現象だ。
VOIDの鉄眼球が橙色に。
表面は完全に溶けて涙のよう。
地は焼かれ上昇気流が生じ、連射されるレーザーがディーナの鎧を惨たらしく焼き溶かす。
「ダーッ!」
ディーナにとっては何の変哲も無いフルリカバリー。
精霊の存在感の薄い薄れたリアルブルーにおいては限りなく奇跡に近い。
巨大眼球群が向きを変えた。
異様に頑丈でも攻撃はしてこない……正確にはする余裕のないディーナ機から離れて、圧倒的に弱くしかし数は多い人間の気配へ向かう。
3つの光が巨体の右端中央左端に着弾。
巨体が災いしてデルタレイの全攻撃力を受け止めているのに、大型狂気はまだ健在だ。
「時間経過で減る生命力の方が多そうです」
エラは超効率化デルタレイを連発しながら、歩く度に砕ける眼球を見下ろした。
「そっちはダメだ、ここに留まってもらう」
不敵な声が響くと同時に、清冽な気配が眼球群の前に現れる。
気配は左右に広がり、薄くしか見えないのに堅固な何かがはっきりと感じられた。
「ハハハッ! また随分と敵が多いな! 物量で圧してくる全面攻勢か、その逆かな?」
それは光の翼だ。
中心にあるのは白銀のHUDO。
盾も使っていないのに負属性レーザーも束ねた極太レーザーも全く寄せ付けない。
熱帯雨林を端から壊していた中型以下も、HUDOに従う巨大壁を乗り越えることができずに事実上その場に釘付けにされる。
「ご覧下さい、今ハンターとVOIDが……」
大出力の電波を各機と各トランシーバーが傍受する。
基地周辺のVOID相当は完了し、戦地という意識が薄い撮影スタッフがこちらにカメラを向けている。
「ここで確実に仕留めにいくよ。それに、手負いの時ほど油断するなってね」
ユーリは態度で無視することを宣言。
オリーヴェの咆哮に耐えた眼球群に近づき細く息を吐いた。
まずは桜花爛漫。
刃による幻影が大量の眼球を惑わせる。
もちろんそれは序の口だ。
稲妻を思わせる力が白い肌から蒼姫刀を覆い威力を数割跳ね上げ、そこまで万全に準備をした上で基本の突きをVOIDへ叩き込む。
重く速く鋭い刃が、3つの眼球を貫きVOIDの中枢を傷つけた。
「倒せはするけど」
オリーヴェが斜め後ろへ加速。
わざと身を乗り出したユーリが片面4つのレーザーを誘発させ、負マテリアルを障壁で弾くことでレーザー全てを霧散させた。
「相変わらず射撃口多い! めんどい!」
地面から雷が迸り前回した眼球の奥を焼く。
眼球群が猛烈に震えて、一部の半壊眼球が本体から外れて落ちて地面で砕けて消滅する。
「っと、ここは通さないから!」
カメラの視界に入る寸前、ソフィアの顔つきが別人レベルで変わった。
動きに魅せる要素が加わっても戦闘能力は落ちない。本人がちょっとだけ気疲れするだけだ。
「残り10秒」
VOIDにとっての絶望的な壁であり、危機感の足りないリアルブルー人の盾である光翼が急速に薄れていく。
気付いたVOID群が殺到する1呼吸前に、HUDOとは別のR7が鉄眼球群に突っ込んだ。
「待てなのっ」
可愛らしい声にVOIDは捕食者の気配を感じた。
R7は得物を振り上げはしない。
自分よりずっと大きなものと戦うとき何が有効か、中のディーナはよく知っている。
「身を置いてけ!」
マテリアル製のドリルが高速回転。
法術による波が渦を巻いてドリルを隠し、そのままドリルごと巨大目玉に突き込まれる。
衝撃が突き抜ける。
レーザー発振機能の酷使で傷ついた眼球全てに衝撃が到達。
小型VOIDなら一部しかくらわないセイクリッドフラッシュの威力全てに直撃された。
「っ」
反撃が来る。
片面4つと頭頂部2つの眼球が全力でレーザー。
巧みではあるものの盾としては単なる高性能程度のドリルと、厚くはあるが飛び抜けて分厚いわけでもない装甲では防ぎきることはできない。
ディーナな回復に専念せざるをえなくなり、大型狂気は改めて基地へ進もうとして新たな光壁に阻まれる。
「悪ぃ待たせた!」
地上数十メートルから旭が飛び降りた。
本能的な迎撃のレーザーが旭のみを襲う。
スキルによる飛行中なため回避も受けも通常時より拙い。
しかし装甲と盾の厚みが致命的な傷を防ぐ。
ロジャックと名付けられたワイバーンが闘志を燃やす。
主には劣るものの、野生のそれとは桁の違うマテリアルが光の槍となり上空から降り注ぐ。
鉄目玉群へのダメージは並程度だがダメージはそもそもついでだ。
光の槍に紛れた旭が、地上への激突の一瞬前に巨大化して鋭い斬撃を2度送り込む。
巨大鉄クラゲと眼球群を繋ぐ箇所が限界を超え、負マテリアルが充填されたままの眼球が10以上転がり出て緑の中に消えた。
元のサイズに戻る。
器用に魔斧を構え直し。
空挺兵並の技術と覚醒者の身体能力で衝撃を受け流す受け身で着地する。
体が安定して動きの切れが段違いに。
単発のレーザーではかすりもしなくなる。
眼球に隠れていた触手が広がる。
巨体と重量という最大の武器が、旭に向かって牙を剥く。
「へっ」
だが影すら踏めない。
地上で近距離の白兵戦なら、このVOIDが1戦で全てを出し尽くしても旭に届かない。
VOIDは、何も見えない光翼の向こうに新たな脅威を感じた。
何か怖い物が来る。
来るのが分かっているのに避けられない。
「イコニアさんが暴走しないといいのですが」
エルバッハが大きく振りかぶって、投げた。
形は炎色の軟式ボールだが中身は魔法式手榴弾、しかも分厚い装甲を抜ける型以上だ。
健在な鉄眼球2つと剥き出しになった本来の表皮が抉れ、体液未満の負マテリアルがどろりと零れる。
光の束が地面すれすれから上空へと直進する。
途中にあった鉄とも肉ともつかないVOIDでは壁にもならずに焼け焦げた穴ができる。
数は減っても威力はむしろ強くなったレーザーが敵対者を狙う。
だが当たらない。
敵対者の溢れるマテリアルが炎状になって四肢を彩り、凜々しくも可愛らしい顔を照らす。
イェジドごとくるりと向きを変えると、ソフィアの灰銀色の髪がきらきらと輝いた。
「勝利のポーズで決めたいけどっ」
仰角を下げるて引き金を引く。
直線型の範囲攻撃で通常の5倍以上のダメージを与えたのにVOIDはまだ耐えている。
イェジドが地面を蹴る。
ソフィアと共に光翼の向こうに消えた半秒後。
障害物が燃え尽きた戦場を負のレーザーが埋め尽くした。
「ハハッ! 参ったな」
紫苑は己のおかれた状況に諧謔を感じ取る。
目の前のVOIDの成れの果てに対し、紫苑もHUDOも1発も発砲していない。
なのにVOIDの侵攻を食い止めているのは紫苑とHUDOだ。
光翼を展開するブラストハイロゥが、戦闘全てに強い影響を与えていた。
斧が鉄眼球を砕き術が核を削る。
レーザーが負と熱を撒き散らしても、クリムゾンウェストで無数の修羅場を潜ったハンターを止めることなどできはしない。
「これで止めぇ!」
最後の光の束がVOIDを貫く。
無数のひびの入った眼球が砕ける。
大型狂気の全体が崩れ、上昇気流に乗り消えていった。
「手の空いてる部隊はあるか? これより掃討戦に移行する」
光翼が消え、HUDOがレールガンを構え紫苑が宣言する。
基地周辺からは雄叫びが、TV前の無数のリアルブルー人からは歓声があがる。
歓声の中に嫉妬とそれ以上の欲が含まれていることに、本人達はまだ気付いていない。
「歯ごたえはいいけど消化できそうにないの」
すっかり安全地帯となった元熱帯雨林から、ディーナが基地を眺めている。
ゴーレムが、一度も使われていない砲口を特定の方向へ向けている。
社会的にも精神的にも追い詰められた強化人間達は、小さなことが原因で破滅的な行動をとる可能性大だった。
特大の狼を駆るエルフがズームアップされる。
女の盛りというには若く、しかし物憂げな表情が男女を問わず感情を刺激する。
特徴的なのは外見だけではない。
黄金のガントレットで包まれた繊手が2メートル近い刃を軽々と振るい、人類を散々悩ませてきたVOIDを一太刀で斬り捨てる。
「何というか、見世物にされてる気分ね」
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)がぼやく。
基地に設置された特大のカメラから、数万どころではない視線を感じる。
「またしてもやってきました密林探検隊! 敵は前と同じVOIDですね」
灰に近い銀の毛を持つイェジドが鋭角で向きを変える。
それに騎乗するソフィア =リリィホルム(ka2383)は、メイクもばっちり決めて実況中継風に情報伝達中だ。
「ソフィアさん私も行きます!」
この元気な声は聖堂教会の司祭。
覚醒者としての格はソフィアに迫るが戦闘には向いていない。
「イコニアさんは留守番だな、あとから活躍できると良いな。ハハッ!」
悪意の一切無い言葉が司祭の企みを容赦なくを潰す。
声の主である仙堂 紫苑(ka5953)は北西にかなり離れた場所にいるはずだが、戦場にVOIDがいるのに妙にはっきり声が聞こえた。
「ちょ」
司祭の声が不自然に途切れて別人の声に変わる。
「我々は基地から1キロ地点に移動し、可能な範囲でその場を維持します」
精霊による翻訳は無い。リアルブルー軍人の声だった。
「ああ、頼む」
紫苑の機体は、小型VOIDひしめく戦場を無人の野の如く南下していく。
いつでもハンターと通信して連携できるという現実が勇気を与えているようで、リアルブルーの歩兵部隊もCAM部隊も予想より良い動きをしていた。
CAMより小柄でCAMより速いイェジドが先に緑に到達する。
「リアルブルーでもこういう場所があるなんてね」
ユーリは真剣な表情だ。
緑と緑の間から、ひしめきあう小型狂気の存在を強烈に感じる。
本能的な不快感が心身に届くが、それで動きが鈍るような生温い鍛え方はしていない。
刃による衝撃波で進路上の小型3体を潰し、僅かに開いた空間へイェジドを滑り込ませる。
「行くよ、ズィル!」
ソフィアとそのイェジドも後に続き、リアルブルーのカメラは絶好の被写体を逃してしまうのだった。
●鉄壁の飛龍兵
負のマテリアルで構成された光がワイバーンを狙う。
光速には全く及ばない速度しかなくても、リアルブルーの戦闘機を落とすには十分だ。
カメラ越しに見るリアルブルー人は、軍事知識があればあるほどワイバーンとその乗り手の死を確信してた。
「よく飛びやがる」
岩井崎 旭(ka0234)が舌打ちを1つ。
暗い青の鱗を持つワイバーンは、特に緊張することもなく進路を変えて負属性レーザーをやり過ごした。
「見つけるのは簡単だったけどよ」
視線は大型狂気に向けたまま、周辺視で熱帯雨林を認識する。
痕跡を消そうと努力はしたようだが、通常の大型狂気より一回り大きなVOIDは大量の木々を踏みつぶして目立ちすぎる痕跡を残している。
「何か」
嫌な予感がする。
予感は量と密度を増して確信に変わる。
旭は、予感のみを根拠に全力回避を命じた。
身体を回転させる不規則な動きは、旭を上回る回避能力をワイバーンに与える。
何台も設置されたカメラ全てが旭達を見失う。
大型狂気が殺意を濃くして瞳に力を込める。
巨大な痕跡の途中から大量の水蒸気が沸き上がる。
白い蒸気の隙間から、熱帯雨林の緑の汚水じみて濁った負属性レーザーが10本以上見えた。
「全部持ってけ! 耐えられる、速度だけは落とすな!」
言い終える前にレーザーとの距離が0に。
大量のレーザーが逃げ場を奪う。
1本だけなら運が特に悪くない限り回避可能な攻撃だ。
しかしこれだけ数が多いと旭自身でも避けきれない。
ワイバーンの鱗をレーザーが焼く。
最初の極太レーザーと比べれば弱いとはいえ装甲を貫く程度の威力はある。
負の力が鱗と肉を焼こうとする。
術と絆でワイバーンと繋がった旭が生命力を注いで防ぐ。
半ばを回避し半ばに耐えきった時には、ワイバーンは無事でも旭本人の消耗が深刻になっていた。
「すまねぇ」
「いえ、お陰様で敵戦力の詳細が判明しました。追跡は私が行いますので」
エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)が一瞬口を閉じ、茶目っけのある態度に切り替える。
「私達が倒してしまう前に戻って来て下さいね」
「飛んで戻ってくるさ」
旭は心の強さを示すように微笑み、治癒術だけは強力な司祭の元へと飛んだ。
「さて」
エラはただでさえ術行使に向いていない空中で高度な術を使う。
失敗する可能性もあったが無事発動し、身の丈以上に大きなハンマーがエラを守るように浮かんでワイバーンと共に飛ぶ。
眼下に見えるのは巨大な眼球の集合体だ。
もとは別の姿をしていたものが、増え続ける眼球に覆い尽くされ異なる性質を得たのだ。
VOIDの意識がエラにも向く。
旭を一方的に撃退したのに、旭の背に恐怖の視線を向けているようだ。
「以前のようにはいきませんね」
前回の戦いでは、VOIDはハンターの力を見誤り接近するまでレーザーを使わなかった。
だから旭達の圧倒的白兵戦能力で死の直前まで追い詰められた訳だが、恐怖に駆られて全力を出している今、遠距離戦闘ではVOIDに分があった。
レーザーが再び放たれる。
数は同じく十数本。
エラのワイバーンの身のこなしは優れてはいるが旭のワイバーンと同程度であり、同じ光景が繰り返されるかと思われた。
剥き出しの眼球4つが上下左右に細かく揺れる。
羽の幻影が視覚に叩き込まれたのだ。
4本のレーザーを構成する負マテリアルが徐々に広がり破壊力を失い消滅しても残り12本。
「訓練通りに」
いつも通りの主の声が、ワイバーンの平常心を維持させる。
躱すのは不可能と直感的に判断。
慣れ親しんだ盾状の手甲で全ての負属性レーザーを受け止める。
手甲の性能は驚くほど高い。
大部分の威力は受けられた時点で失われ、少量残存する威力も対大型VOID向けに整えられた防具を打ち抜くことができない。
「白兵戦ではまた条件が違いそうですね」
そうつぶやくエラだが、この距離を保つなら安全に偵察出来ることを確信した。
「こちらエラです」
転移前に崑崙基地経由で渡された地図情報を思い出し、眼球大型VOIDとエラの現在地を報告する。
「はい、お待ちしています」
通信が繋がる程度には近くまで来ているようだ。
エラは特に行動を変えることなく、中型以下による奇襲も十分警戒した上で目標を観察。
足に当たる眼球が潰れ、大型VOIDの体がじりりと後ろにずれた。
鉄製にも見える眼球が赤く染まる。
恐怖に支配されたレーザー連撃が今度はエラを狙うが、浮遊するハンマーと暗緑と金の盾の二重防御にほぼ無力化される。
纏う装甲はワイバーンのそれよりさらに強力であり、エラの体を揺らすことすらできない。
「今から合流します」
ワイバーンが大きく向きを変える。
レーザー発振の間隔が短くなり、豪雨を連想させるレーザーがエラとワイバーンを襲う。
近隣基地のCAM小隊なら10秒で全滅する威力があるのにワイバーンが多少疲れる程度のダメージにしかならない。
「依頼達成は確実。問題は……」
風もないのに蠢く森を見る。
「VOIDをどの程度減らせるか」
中型に限っても数十、小型を含めれば4桁に迫るVOIDがこの地域を支配していた。
●リアル&ファンタジー
軽快な音がいきなり止んだ。
20以上の穴が開いた中型狂気が倒れて地面に体液を垂れ流す。
重機関銃に小さな手が触れる。
その手は120を超える銃弾を持ち、もう1方の手は重機関銃を単体で支えているのにどちらも揺れすらしない。
彼女はエルバッハ・リオン(ka2434)。
銀髪から覗く長耳が種族を主張する、クリムゾンウェスト在住のハンターである。
「お願いですから前には出ないでくださいね」
「あははそんなことするわけないじゃないですかー」
何度目になるか分からない会話を繰り返す。
北に展開中の歩兵部隊……イコニアお守り部隊の南下がぴたりと止まる。
どうやらまた部隊を掌握したようだ。
「AI、メディカルチェック」
基地所属のCAM隊から、トランシーバー越しに男の声が聞こえる。
小柄な少女が巨大剣ならぬ重機関銃を軽々振り回すのを見れば、己の正気を疑いたくなるのも無理はない。
黒いイェジドが顔をあげた。
胸元だけ紅い毛がゆらりと揺れる。
「援護」
「了解だエルフ殿!」
CAM隊がガトリングガンにより弾幕を張り中型2体目を釘付けにする。
エルバッハが予めダメージを与えていたので、無傷は無理でもこのまま押し切れそうだ。
「多いですね」
片手を機関銃から離し双眼鏡を目に当てる。
巨大な緑から中型と小型の大群が途切れることなく現れ続けていた。
う゛ぉん、と空気が押し退けられる音が2連続で響く。
通常の矢と比べて明らかに太い矢が、特に速度の速い巻き貝型狂気を撃ち抜き合計4つの穴から体液を噴出させる。
「全員安定剤をうて。バイタルが狂いかけているぞ」
自身も精神安定剤を使う小隊長の目にママチャリが映っている。
戦場の主であるかのように堂々、しかも軽快な走りだ。
薬が効いてきたのに現実感が失われていく気がした。
「そこ、動きが鈍ってる。狂気にあてられたなら基地まで後退。そうでないならしっかりする!」
八原 篝(ka3104)は、前籠に入れた通信機越しに事実上の命令を伝え、巨大弓に分類される弩砲を構えた。
「もう1隊下げた方がいいかもしれないわね」
通信機に届かない音量の声だ。
バリスタの弦を引く動きにあわせ、刻まれた紋様に沿い光が移動し埋め込まれた鉱石の上で踊る。
篝と契約した精霊や、篝に力を貸す精霊が、篝という大当たりを引いたことに喜んでいるのかもしれない。
引き金を引く。
今度の狙いは中型ではなくCAM小隊の退路を塞ごうとした小型狂気隊。
リアルブルー軍人の目では残像も見えない速度の連射を行う。
普通に考えれば狙いが狂って矢を無駄にするだけのはずなのに、篝の射撃術とマテリアル運用術が暴れ馬以上の兵器を見事に乗りこなす。
小型の中では最精鋭だった1隊が、全て矢に押しつぶされた上で貫かれた。
「篝さん」
複数の通信機を経由してイコニアと繋がる。
ハンターを前にはしゃいでいる声と似ているが根本的に違う。薄皮1枚下に、理性と感情双方による歪虚への殺意がある。
「東端の倉庫に弱い反応があります」
「強化人間ではないCAM隊をもう1体基地に向かわせる」
「はい、私はこの場を維持して狂気の阻止をします」
彼女のいう歪虚の中にはVOID以外も含まれているのは確実だ。
篝の指示に従いデュミナス4機が基地へ戻っていく。
CAM隊1つ抜けた穴を埋めるだけでなく周辺地域に対する攻撃も行い、篝は周囲のVOIDを一掃した。
「そっちに行った!」
エルバッハの耳に、熱帯雨林の奥に侵攻して直接は聞こえないはずの声が届いた。
巨大な緑の端が弾け、何かに……ハンターに追い立てられるようにして狂気の群れが溢れ出す。
「支援する」
爆発の中で1本だけ無事だった木が向きを変えた。
紫苑のR7、白銀のHUDOがVOIDの大集団を追いつつデルタレイを連発する。
一度に3つの光が放たれ敵戦力の中核を射貫く。
そのうちの3体が、死にはしないが深刻なダメージを受けて平坦な地面を体液で汚す。
「こちらエルバッハ。南方1キロに大型狂気を確認」
これまでの戦いで全身が赤熱しているので遠くからでも見間違えようがない。
時折斜め上に放たれるレーザーも事前情報より2割ほど強そうで、放たれる度に眼球の1つまたはいくつかがひび割れ負マテリアルとも蒸気ともつかないものが噴き出す。
「まずは」
ファイアーボールを1発。
小型の小集団を挽き潰して接近中の中型2つが内側に向け凹んで破裂。
体液をまき散らすこともできずに負マテリアルに戻って拡散する。
「次に」
マテリアルを普段以上に練り上げる。
6つ展開した術に適量ずつ注いで火球を出現させ、近くまで迫ってきた狂気の群れ全体を見る。
「よし」
大気が震え出す。
黒いイェジドが緊張で汗を流す。
精霊の恐れと期待が入り交じった意識が、1人のエルフだけに集中する。
「発動後後退」
イェジドがうなずくタイミングで、外見だけはファイアーボールに近い炎が地面に触れた。
真白い光が全てを覆い尽くす。
イェジドは一目散に北に向かって駆け出し、物理的にも魔術的にも高圧の爆風が地面ごと狂気を砕いていく。
虫クラゲな小型狂気は欠片も残らない。
中型も、特に頑丈なな個体はデルタレイで傷つけられているため圧力に耐えきれず砕かれ破片も爆風の中で消滅する。
イェジドが鮮やかに反転。
再びエルバッハが南を見ると、薄いクレーターとVOIDのいない土地があった。
●目玉怪獣と森の中
生木を裂くような音が連続する。
そのたびに大量の虫と命を木から振り落としながら、灰銀のイェジドが緑の中を跳んでいく。
「ユーリさんっ、逆から交差機動いけますかっ」
「ダメージを覚悟すればいけるわ。この程度の森なら駆け回ることはできるけど」
雷獣じみた外見のオリーヴェが咆哮を叩き付ける。
土に紛れて機会を伺っていた無数の小型狂気が、びくりと震えてほぼ無力化される。
「敵いっぱいだよねーっ」
ソフィアが上体を伏せる。
灰銀のイェジドも倒木の上に着地した上で主に倣い全身を伏せる。
直後、木々の隙間を縫うように10近いレーザーがソフィアの上半身があった場所を貫く。
躱されてもレーザーは止まらない。
気が焼け臭いと煙が目と鼻を襲う。
「このっ、死ね」
カメラもマイクも遠いのだからあざとい猫を被る必要はない。
銃口から炎を放ち、巨大すぎて壁にしか感じられない眼球塊を貫いた。
凄まじい手応えだ。
小さな竜なら死体も残らない威力があったはずだが、未だ膨大な生命力が残っているのも同時に感じる。
「ズィル!」
神経と筋が焼き切れそうな勢いで立ち上がり跳躍。
先程とは異なる方向から4つのレーザーが飛んできて、うち1発が灰銀のイェジドの脇腹を焼いた。
焦げる臭いと煙が増す。
ハンターよりもVOIDが混乱してソフィア達を見失う。
「放って置いても自滅するだろうけど」
大型狂気は狂乱している。
己が逃げているか攻めているかも分からず、己の全てを迎撃につぎ込んでいる。
何もない空中に向けるならともかく、地対地攻撃でレーザーを使うなら熱帯雨林全てが障害物になるのを理解していない。
だから特定のハンターに集中攻撃しても4分の3ほどが外れるか罪も無い木を燃やすだけで終わる。
「こうした場所を荒らされるのはいただけないかな」
VOIDにより大きな被害を受けてはいるが、故郷と違った形で生命力に満ちた森だ。
地面の狂気にも枝だから垂れ下がる蔓にも我が身を触れさせず、ユーリは鮮やかな斬撃を繰り出す。
無音、無色の衝撃波が緑の隙間をすり抜けVOIDに到着。
圧倒的な威力は表面装甲を貫通しても衰えず、内側を切り裂き砕いて反対側の装甲を半ば砕いてようやく止まる。
「大型VOIDがチャージ開始。一旦後退を推奨」
エラの囁くような声に従い斜め後ろへ跳躍。
わずかに後れてソフィアが下がってきたタイミングで極太レーザーが地面と水平に飛んでくる。
進路上の木々が一瞬で黒焦げになり燃え上がる。
熱と煙は戦場をますます戦場を混乱に導く。
「ようやくなの」
どしんと。
R7エクスシアが小型狂気を踏みつぶして足を止めた。
ドリル2つとマテリアルソード1つを携えた白兵戦闘特化機だ。
通常の戦場では活躍場面が限られ過ぎる機体だが、今この場所こそがその限られた場面だ。
内側から熱せられすぎ、歪みひび割れた眼球がR7を凝視する。
HMDに悲鳴の如きエラー表示が浮かぶ。
イニシャライズフィールドは全力展開しているのに全く足りない。
それでも、この程度の狂気ではディーナ・フェルミ(ka5843)を冒すことなどできはしない。
「突っ込んでダーッを頑張るの!」
焼けた草木を踏み砕いて進軍が始まる。
巨大狂気は煮えたぎる恐怖と殺意をレーザーに変えまき散らす。
距離が近いため遮蔽物となる木は少なく、R7の巨体が高速で熱せられ内側のパーツがいくつも火を吹いた。
「たぁっ」
R7を五段階ほど上回る力がコクピットで炸裂した。
壊れた装甲はそのままに、予備の回路が奇跡的な組み合わせで機体の性能を維持する。
亀裂は亀裂で奇妙なほどぴたりと嵌まり、装甲も万全な状態に限りなく近い。
全て、ディーナの強力な法術が引き起こした現象だ。
VOIDの鉄眼球が橙色に。
表面は完全に溶けて涙のよう。
地は焼かれ上昇気流が生じ、連射されるレーザーがディーナの鎧を惨たらしく焼き溶かす。
「ダーッ!」
ディーナにとっては何の変哲も無いフルリカバリー。
精霊の存在感の薄い薄れたリアルブルーにおいては限りなく奇跡に近い。
巨大眼球群が向きを変えた。
異様に頑丈でも攻撃はしてこない……正確にはする余裕のないディーナ機から離れて、圧倒的に弱くしかし数は多い人間の気配へ向かう。
3つの光が巨体の右端中央左端に着弾。
巨体が災いしてデルタレイの全攻撃力を受け止めているのに、大型狂気はまだ健在だ。
「時間経過で減る生命力の方が多そうです」
エラは超効率化デルタレイを連発しながら、歩く度に砕ける眼球を見下ろした。
「そっちはダメだ、ここに留まってもらう」
不敵な声が響くと同時に、清冽な気配が眼球群の前に現れる。
気配は左右に広がり、薄くしか見えないのに堅固な何かがはっきりと感じられた。
「ハハハッ! また随分と敵が多いな! 物量で圧してくる全面攻勢か、その逆かな?」
それは光の翼だ。
中心にあるのは白銀のHUDO。
盾も使っていないのに負属性レーザーも束ねた極太レーザーも全く寄せ付けない。
熱帯雨林を端から壊していた中型以下も、HUDOに従う巨大壁を乗り越えることができずに事実上その場に釘付けにされる。
「ご覧下さい、今ハンターとVOIDが……」
大出力の電波を各機と各トランシーバーが傍受する。
基地周辺のVOID相当は完了し、戦地という意識が薄い撮影スタッフがこちらにカメラを向けている。
「ここで確実に仕留めにいくよ。それに、手負いの時ほど油断するなってね」
ユーリは態度で無視することを宣言。
オリーヴェの咆哮に耐えた眼球群に近づき細く息を吐いた。
まずは桜花爛漫。
刃による幻影が大量の眼球を惑わせる。
もちろんそれは序の口だ。
稲妻を思わせる力が白い肌から蒼姫刀を覆い威力を数割跳ね上げ、そこまで万全に準備をした上で基本の突きをVOIDへ叩き込む。
重く速く鋭い刃が、3つの眼球を貫きVOIDの中枢を傷つけた。
「倒せはするけど」
オリーヴェが斜め後ろへ加速。
わざと身を乗り出したユーリが片面4つのレーザーを誘発させ、負マテリアルを障壁で弾くことでレーザー全てを霧散させた。
「相変わらず射撃口多い! めんどい!」
地面から雷が迸り前回した眼球の奥を焼く。
眼球群が猛烈に震えて、一部の半壊眼球が本体から外れて落ちて地面で砕けて消滅する。
「っと、ここは通さないから!」
カメラの視界に入る寸前、ソフィアの顔つきが別人レベルで変わった。
動きに魅せる要素が加わっても戦闘能力は落ちない。本人がちょっとだけ気疲れするだけだ。
「残り10秒」
VOIDにとっての絶望的な壁であり、危機感の足りないリアルブルー人の盾である光翼が急速に薄れていく。
気付いたVOID群が殺到する1呼吸前に、HUDOとは別のR7が鉄眼球群に突っ込んだ。
「待てなのっ」
可愛らしい声にVOIDは捕食者の気配を感じた。
R7は得物を振り上げはしない。
自分よりずっと大きなものと戦うとき何が有効か、中のディーナはよく知っている。
「身を置いてけ!」
マテリアル製のドリルが高速回転。
法術による波が渦を巻いてドリルを隠し、そのままドリルごと巨大目玉に突き込まれる。
衝撃が突き抜ける。
レーザー発振機能の酷使で傷ついた眼球全てに衝撃が到達。
小型VOIDなら一部しかくらわないセイクリッドフラッシュの威力全てに直撃された。
「っ」
反撃が来る。
片面4つと頭頂部2つの眼球が全力でレーザー。
巧みではあるものの盾としては単なる高性能程度のドリルと、厚くはあるが飛び抜けて分厚いわけでもない装甲では防ぎきることはできない。
ディーナな回復に専念せざるをえなくなり、大型狂気は改めて基地へ進もうとして新たな光壁に阻まれる。
「悪ぃ待たせた!」
地上数十メートルから旭が飛び降りた。
本能的な迎撃のレーザーが旭のみを襲う。
スキルによる飛行中なため回避も受けも通常時より拙い。
しかし装甲と盾の厚みが致命的な傷を防ぐ。
ロジャックと名付けられたワイバーンが闘志を燃やす。
主には劣るものの、野生のそれとは桁の違うマテリアルが光の槍となり上空から降り注ぐ。
鉄目玉群へのダメージは並程度だがダメージはそもそもついでだ。
光の槍に紛れた旭が、地上への激突の一瞬前に巨大化して鋭い斬撃を2度送り込む。
巨大鉄クラゲと眼球群を繋ぐ箇所が限界を超え、負マテリアルが充填されたままの眼球が10以上転がり出て緑の中に消えた。
元のサイズに戻る。
器用に魔斧を構え直し。
空挺兵並の技術と覚醒者の身体能力で衝撃を受け流す受け身で着地する。
体が安定して動きの切れが段違いに。
単発のレーザーではかすりもしなくなる。
眼球に隠れていた触手が広がる。
巨体と重量という最大の武器が、旭に向かって牙を剥く。
「へっ」
だが影すら踏めない。
地上で近距離の白兵戦なら、このVOIDが1戦で全てを出し尽くしても旭に届かない。
VOIDは、何も見えない光翼の向こうに新たな脅威を感じた。
何か怖い物が来る。
来るのが分かっているのに避けられない。
「イコニアさんが暴走しないといいのですが」
エルバッハが大きく振りかぶって、投げた。
形は炎色の軟式ボールだが中身は魔法式手榴弾、しかも分厚い装甲を抜ける型以上だ。
健在な鉄眼球2つと剥き出しになった本来の表皮が抉れ、体液未満の負マテリアルがどろりと零れる。
光の束が地面すれすれから上空へと直進する。
途中にあった鉄とも肉ともつかないVOIDでは壁にもならずに焼け焦げた穴ができる。
数は減っても威力はむしろ強くなったレーザーが敵対者を狙う。
だが当たらない。
敵対者の溢れるマテリアルが炎状になって四肢を彩り、凜々しくも可愛らしい顔を照らす。
イェジドごとくるりと向きを変えると、ソフィアの灰銀色の髪がきらきらと輝いた。
「勝利のポーズで決めたいけどっ」
仰角を下げるて引き金を引く。
直線型の範囲攻撃で通常の5倍以上のダメージを与えたのにVOIDはまだ耐えている。
イェジドが地面を蹴る。
ソフィアと共に光翼の向こうに消えた半秒後。
障害物が燃え尽きた戦場を負のレーザーが埋め尽くした。
「ハハッ! 参ったな」
紫苑は己のおかれた状況に諧謔を感じ取る。
目の前のVOIDの成れの果てに対し、紫苑もHUDOも1発も発砲していない。
なのにVOIDの侵攻を食い止めているのは紫苑とHUDOだ。
光翼を展開するブラストハイロゥが、戦闘全てに強い影響を与えていた。
斧が鉄眼球を砕き術が核を削る。
レーザーが負と熱を撒き散らしても、クリムゾンウェストで無数の修羅場を潜ったハンターを止めることなどできはしない。
「これで止めぇ!」
最後の光の束がVOIDを貫く。
無数のひびの入った眼球が砕ける。
大型狂気の全体が崩れ、上昇気流に乗り消えていった。
「手の空いてる部隊はあるか? これより掃討戦に移行する」
光翼が消え、HUDOがレールガンを構え紫苑が宣言する。
基地周辺からは雄叫びが、TV前の無数のリアルブルー人からは歓声があがる。
歓声の中に嫉妬とそれ以上の欲が含まれていることに、本人達はまだ気付いていない。
「歯ごたえはいいけど消化できそうにないの」
すっかり安全地帯となった元熱帯雨林から、ディーナが基地を眺めている。
ゴーレムが、一度も使われていない砲口を特定の方向へ向けている。
社会的にも精神的にも追い詰められた強化人間達は、小さなことが原因で破滅的な行動をとる可能性大だった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
質問卓 仙堂 紫苑(ka5953) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/07/16 18:47:19 |
|
![]() |
相談卓 エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142) 人間(リアルブルー)|30才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/07/18 19:00:19 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/07/14 18:34:30 |