• 黒祀

【黒祀】あえかなる少女の願い

マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
少なめ
相談期間
4日
締切
2014/12/25 22:00
完成日
2014/12/31 18:52

このシナリオは2日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 ――システィーナ。……しの…………ティナ……。
 どこかから名前を呼ぶ声がして、私は周りを見回します。辺りは一面の草原と青空、商人の子なら喜んで走り回りそう。
 私は気付けば泉の畔に腰かけていました。手を伸ばして泉の水を掬おうとして、でもどうしてだか身体が動きません。
 ――だれですか? 姿を見せて、私を呼ぶあなた。
 呼びかけた言葉は思いのほか草原に響きます。何故だかこの場を乱してしまったような気がして、私はひどく申し訳ない気持ちになりました。
 どうしよう。その間にも私を呼ぶ声は続いています。思いきって立ち上がろうとして、やっぱりできませんでした。声は心なしか少しずつ遠くなっているようです。
 温かい風が吹き抜けて、髪が右に左になびきます。私は抑えようとしますが、身体が動かないので弄ばれるがままです。
 でもどういうわけか、それが嫌ではありません。何故なのかを考えて、仄かに香る匂いで分かりました。ヒカヤ紅茶の香り。もしかしたらここはヒカヤ高原なのかもしれません。ずっとずっと昔、子どもの頃に一度だけ行ったことがある所。お父さまと一緒に行った所です。
 その時には、私はここが『何』であるのか、気付いていました。
 泡沫の夢。であれば、あの声はきっとお父さまの声に違いありません。
 ――お父さま?
 問いかけると、それを合図にしたように声はぴたりと止まりました。夢であるのなら、もっと私に優しくてもいいのに。
 私は目を瞑り、高原の空気をゆっくりと吸い込みます。まるで春のように温かくて、もうちょっとだけここにいたくなりました。けれどそれはできません。
『まやかしは狂気 まやかしは慰め いたずらな風がひょいと吹けば 狂気は慰め 慰めは狂気になっちまう』のです。
 ゆっくりと瞼を開くと、周りは真っ暗闇になっていました。ヒカヤ紅茶の香りもしなくて、寒々しい雰囲気だけがあります。
 ……どうしてここはこんなに寒いのかな。
 最後にそんなことを思ったような、気がしました。

 ◆◆

「慰問に行きま……行き、たい、んです……」
 決然と言い放とうとして途中で弱気の虫に負けたようなその一言で、システィーナ・グラハム(kz0020)の巡啓は決定した。

●道中
 翌日、お忍びの――十数人規模の旅が始まった。巡啓と言っても流石に今は大々的に執り行う余裕はない。そこでお忍びとしてこの人数となったのだ。
 王都では既に半壊した建物の修復作業が開始されており、至る所からトンテンカンと乾いた音が高く響いている。システィーナは復興本部の天幕や現場に顔を出して労をねぎらい、王都を出る。
 乗車しているのはごく普通の馬車。商隊のような様相の一行は、故郷へ戻る集団に交じって街道沿いの村々を訪問しながら進む。
 ――彼らは今、どんな気持ちなのでしょう……。
 馬車から見たところ、疲弊した者もいれば笑顔を見せる者もいる。が、それだけで彼らのことが分かるわけがない。もっと直接話してみたいが、それは警護の観点から日に数回と限られていた。
 一行はたっぷり八日かけて西砦ハルトフォートに辿り着いた。
「状況はいかがでしょうか?」
「そうだのう」
 砦司令ラーズスヴァンが敬っているのかいないのか分からない調子で、呵呵大笑しながら被害の具合や避難民の様子などを話す。
 そして、システィーナが秘かに目的としていたことについても。
「ロブレー領の奴らにも戻ると言い張る奴がおってのう。ま、一旦戻って色々片付けるのは良いんだが、またそこに住むとなるとワシは賛成できんでな」
「そう、ですか……」
 困ったように頭を掻き毟るラーズスヴァン。システィーナもまた眉根を寄せて逡巡する。
 そして二日後、一行は帰途につく人々と共にロブレー領へ出発した。

 その村は、ベリアル配下のフラベル率いる小集団に襲撃された村だった。
 家屋は所々倒壊し、田畑も踏み荒らされている。囲っていたであろう家畜もおらず、また犠牲者の遺体もない。兵や若い男衆を中心とした先遣隊が既にある程度の作業を終わらせていた。
 とはいえ家屋の修繕はこれからで、帰ってきた人々もしばらくは仮設住宅で生活せねばならないだろう。
「慰霊祭は今夜行うのでしょうか?」
「そうですな。そちらの方は我々が進めておきましょう」
 聖堂教会の老司教が言う。
 システィーナの随行者たちは馬車から食糧を下ろす者や、生存者の名前を確認する者、村長らしき老人と打ち合わせをする者など様々に働き始めており、近くに残るのは侍従隊員だけ。
 せめて荷下ろしだけでも手伝いたい気持ちもあるが、むくつけき男衆や屈強な騎士がキビキビと蔵までリレーしているのを見ると逆に足を引っ張りそうな気配濃厚だった。
「私も慰霊祭の準備を手伝います」
「まさか! 王女殿下におかれましてはごゆっくりとお休みくださいますよう。馬車に揺られてさぞお疲れでしょう」
「いえ……。……はい、よろしくお願いしますね」
「全てお任せください」
『微笑を浮かべて』システィーナは馬車に戻る。

●鎮魂の火
 満天の星空が頭上に広がり、村人たちは食事と会話を楽しむ。
 村の広場らしき場所で開催された慰霊祭は、どこかしめやかに、けれど精一杯の元気で和やかに行われていた。そして広場の中心には、天を衝く聖なる炎。炎の傍で、老司教が慰霊と加護を願う祈祷を奏上していた。
 村人たちはその炎を見つめる為、気丈に顔を上げる。その力が今日を生きる糧となり、明日に繋がる道となる――そう老司教は言っていた。
 ――故郷……。
 彼らをこの地に戻していいものか。ほぼ確実に、今後も危険と隣り合わせの生活になるというのに?
 この目で見て、少しの間だけれども共に歩いてきた。彼らがこの地に戻る、その道を。でも思ったより話せなかった。触れ合えなかった。きっと、だから分からないのだ。この問題の答えが。
「お食事をご用意いたしましょうか」
「ありがとう。お願いします」
 侍従長マルグリッド・オクレールが、村人たちが口にしているものとは別の所から、料理を持ってくる。周りには侍従隊の面々。村人は容易に近付くことはできない。
 システィーナは聖炎の眩さから逃れるように、そっと目を背けた。

リプレイ本文

 慰霊祭より6時間前。
 食糧や日用品の荷下しを指示しつつ、Celestine(ka0107)。
「酷い有様。全て歪虚が?」
「ええ、ええ。命からがら逃げるんで精一杯でして」
「微力ながら私、復興をお手伝いさせていただこうかと思っております」
「そりゃ願ったりですが……」
 見るからに貴族然としたCelestine――セレスの申し出に、村長が恐縮する。
 申し出自体は純粋に嬉しい。が、国以外からの支援は領主との話がややこしくなりかねない。村長の目が泳ぐのを見て取ったセレスは、
「私が話を通しておきますわ。ですから物資や人手が足りない時はお気軽にご連絡を。家名に賭けて支援させていただきます」
 悪戯っ子のような微笑で完璧な礼をした。

「食糧は大きな問題ですし、畑は早急に使えるようにしたいですね」
 サクラ・エルフリード(ka2598)が荷を下す。受け取るのはシルウィス・フェイカー(ka3492)で、2人は最前線で荷下しを手伝っていた。
「明日にも土を均すべきでしょうか。とはいえ今日は久しぶりの村を楽しんでほしいですね……」
 今は離れたといえ、生まれ育った国。もっとできる事があったのではないかという苦い思いを飲み込み、シルウィスは重労働を繰り返す。
 サクラが畑の方を見やる。
「土が使えるのかが、問題かも?」
「それは私もあまり」
 土の判断は専門家に任せ、掘り起しや土運びに従事しようと決意する2人である。そこに通りかかったアクセル・ランパード(ka0448)が口を挟む。
「土には栄養と精霊の加護が何より必要ですから、相応の作業が必要でしょう」
「土もまた生きておるのですな」
「むー」
 老司教と2人で言われると説法の如く聞こえ、何故か悔しい。と、シルウィスが荷を次の人に渡そうとした時、ソレを見た。
「まずは、明日の為に英気を養いましょう」
 山と積まれた、食材の数々を。

●明暗
 夜。厳かな炎が夜空を衝き、煌々と辺りを照らす。ここからまっすぐ天へ昇れと、死者に示すように。
「それでお怪我を……」
「へ、カスリ傷よ。何たって俺ァ村の為に頑張ってんだ、怪我くれえ大した事ねえ」
「見せて下さい」
「だから別に」
「お願いします……」
 少女が泣きそうな表情で懇願する姿を前に、どんな男が拒絶できよう。村の男が居心地悪そうに顔を背け、腕を吊っていた布を外すと、少女は微笑して手を翳した。
 暖かな光が患部を包む。みるみる痛みが引いていくのに男が驚愕し、腕を動かそうと――
「暫くは安静に……」
 少女に釘を刺された。
「お、おう」
 少女は朗らかに微笑して男を送り出し、戻ってくる。システィーナ・グラハムはそれらを全て見届け、何とも言えない表情で少女――ロスヴィータ・ヴェルナー(ka2149)を迎えた。
「恐ろしい子……」
「?」
 小首を傾げるロスヴィータ。システィーナはそれに『微笑を返そうとし』、僅かに固くなったのを自覚した。
 仄かな、子供じみた思い。幾つかの感情が綯交ぜとなって調子を狂わせる。
 システィーナはすぐさまいつもの微笑で取り繕う。
「そういえば貴女はリアル……」
「王女さん、オクレールさん」と、それをラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)が遮る。「僕チョイ向こう行ってきてええかな?」
「え?」
「構いませんが、何かございましたか?」
「そらもう大切な、あれや。あのー……ご飯」
 嘆息して許可を出す侍従長。ラィルが礼を述べ、見る間に村人の輪の中に入っていく。
 システィーナがそれをじっと眺めていると、不意にこちらに来る人影を見つけた。侍従が止める。
「王女殿下。俺はジーン……ユージーンの知り合いのアクセル・ランパードと申します。少々お時間よろしいでしょうか?」
「ローランド様の。何でしょう?」
 侍従を下がらせる。アクセルは害意がない事を示すようにゆっくり片膝をつき、迸るように進言した。
「貴女は、俺や将兵のような者に死ねと命じるべきだ」

 ラィルは料理を摘みながらスルスルと人の間に入っていく。
「ぬお!? これええな! どーいう料理なん?」
「お目が高いね兄さん。そりゃここらの郷土料理ってやつでね、コトコト煮込んだ野菜スープにふんわり卵……あー、まぁここの食材を使えばもっと美味しいんだけどね!」
「ほなら来年も来るわ。そしたらホンモノが食べれるんやろ?」
「ぜひ!」
 カラカラ笑って村人と話すラィル。大雑把に一周回ってきた時には早くも村人の多くが彼を友人として受け入れつつあった。途中で彼に合せて輪が動くようになり始め、サクラも合流している。
 ――そろそろやろか。
 秘かに深呼吸し、ラィルが切り込んだ。
「こんな美味いモンあったらそらここで生きたい思うわなぁ」
「飯だけじゃねえ、水も美味いし大昔からご加護があるのさこの辺は! 俺達の爺様のもっともっと爺様が開墾してよ、それに鶏の飼料に悩んだとかで……」
 男がこの地方の伝承を楽しげに語る。その目は少年のそれで、少なくとも街暮しより牧歌的な生活の方が合いそうに見えた。
 ラィルは目を伏せ静かに話を聴く。憧憬。悔恨。白と黒が同時に胸を埋め尽す中、何かを堪えるように。
「……ええな。生きる意味いうか、大切な芯いうか、この村の根っこか」
「一度は逃げ出しちまったがな。二度と離れねえ。あの鶏を伝えていかねえと怒られちまうよ」
「鶏の飼育法を残したいのでしたら土地より貴方達の命の方が大切でしょう。危険な時は逃げて下さい……」
 流石に止めるサクラである。村の男が「いやここの水と土で獲れた作物が重要でなぁ」と猛烈に解説し始め、サクラが圧倒されるように後ずさった。
 誰か助け――最敬礼で尊い犠牲を見送る構えのラィルだ。サクラが冷や汗を流して口を開きかけたその時、誰かが救いの手を差し伸べた。
「素晴らしいやる気です。もし貴方が――」
 麗しいドレスに身を包んだ少女――セレスがサクラの手を取り、村の男に微笑みかける。
「本気でこの村の為に生きたいのでしたら、微力ながら私、支援させていただきたいのですが?」
「な、なんでい、あんた」
「それはいずれ。貴方のやる気と村の伝統料理に出資してもいいと、私はそう言っています。そちらの方が今は重要では?」
 試すようなセレスの言い分に、男はノった。
「上等だ。元より村に骨を埋めるつもりだったしよ、あんたが金をくれるなら渡りに船ってやつよ!」
「契約成立、ですわね」
 突然の復興計画前進に村人の歓声が広がった。セレス、そしてラィルは目を細めてそれを見つめる。女は楽しげに、男は羨ましげに。
「よかったなぁ! こら僕がホンモノ食べる日も近いで!」
「おうよ!」
「よっしゃ祭りや! 誰か歌でも音楽でもかき鳴らしてんか!」
「でしたら不肖の身ながら私が歌を」
 真っ先に挙手するセレスである。そして彼女は隣で何やらまごまごしていた少女の様子を見逃さなかった。
 繋いでいたサクラの手を掲げ、悪魔の提案を口にする。
「この子が演奏できるそうです。楽器は何をされていらして?」
「え、ハーモニカを少し……で、でも人前で演奏するのは全然……そ、それに私はあの炎に平和を祈るだけのつもり……」
「ハーモニカ。では優しく伸びやかな曲を。私が歌を合せますので。さ、早速一曲」「えっ」
 ええええええええええええええええええ!?
 サクラの悲鳴が木霊したが、今度は助けてくれる人はいなかった。

●王道
 その言葉は、宵闇に薄ら寒く響いた。跪いたアクセルは続ける。
「貴女の血肉は貴女自身のものでなく、故に死ぬ事は許されない。そして代りに死ぬのが将兵です。将兵を死なせて臣民を守るのが貴族の、王族の義務です」
 それは目を背ける事のできない事実で――背ける事は即ち臣民を殺す利敵行為であると。
 アクセルはじっとシスティーナの双眸を見つめたまま微動だにしない。村人の騒ぐ声が遠く聞こえ、独りの少女は悲しげに眉根を寄せた。
「解って……解っています、そんな……」
 でも、だからって今言わなくてもいいではないか。父を喪ってから初めての大きな戦で、何もできなくて、沢山の被害が出て。
 そんな事、解ってる。だからって辛いと思うのもいけない事なの?
「優しい世界だけを見ていていただきたい。でもそれはできないのです」
 誰も直接的に諫言する者はいなかった。大司教も侍従長も、優しくて厳しいから言わない。だから今、言われた。これは怠慢の罰だと、少女は思った。
「殿下の優しき御心は美徳です。それは捨てるべきではないし、貴女のままであるべきです。ヴィルヘルミナ・ウランゲルではない、システィーナ・グラハムが王の孤独に苛まれながら、私の為に死ねと命じなければなりません」
 呆れるほど冷酷で、悲しいほど慈愛に満ちた諫言だった。捕えられてもおかしくないのに、真摯に向き合っているが故に言ってくれる。それは、1つの誠実さだった。
 でも。
「俺達は貴女が貴女で居続ける限り、陰に日向に支えましょう」
「ありがとう、ございます……」
 誠実さは刃だ。少女にとってそれは、鋭すぎた。
 苦しくて、寂しくて、色んなものが溢れて張り裂けそうで。システィーナは『微笑を浮かべ』ようとして盛大に失敗した。
 侍従長がアクセルとの間に入り、青年の視線から少女を隠す。ロスヴィータが、自分が責められたように目を伏せ、おずおずとシスティーナの右手に触れた。
 びくりと幼子のように引っ込めようとするその手を両手で包み、自らの胸の前でかき抱く。大丈夫です。思いが全て伝わるように。
「私、ずっとお礼を言いたかったんです」
 システィーナは俯いたまま。ロスヴィータの宝石の如き瞳から一筋の雫が落ちる。
「ロッソを……正体の知れない私達を、受け入れようと声を上げて下さった事。嬉しかった。私の世界を繋ぎ止めてくれました」
「ぇ……?」
「だから、私はこの世界の為に戦おうと思いました。武器を使った事なんてなくて、立つだけで精一杯だったけれど……でもね、違うのかもしれないなぁって。私は武器をあまり使えないけれど、でも」
 ――世界を救う力のほんの小さな一欠にはなれる。
「その意味で言えば、システィーナ様はいっぱい戦っています。だって、私やロッソの人と繋がろうとしてくれたから」
 遠く、ハーモニカの音色と透き通るような歌声が響く。暖かくて、柔らかい音。
「私は……そんな……」
「できる事なら何でも手伝います。貴女が私に力をくれたように、力になりたいんです」
 ロスヴィータはひたすら自分の心から生まれた思いだけを紡ぐ。だから、何の疑念も思惑もなく少女に触れる事ができる。
 現実はいつだって過酷だ。でも、嗤われるくらい甘い理想があってもいい。辛い事だけでは、システィーナがシスティーナでいられないから。
「ありが……ござ……」
「おーい、王女さん! これオススメやて!」
 測ったようにラィルが村人の間から手招きすると、慌てて侍従隊が彼を抑え付けにかかる。
「あ、貴方という人はお忍びという言葉を理解しているのですか!?」
「知っとるで? 皆一緒にいう意味や」
 大声で侍従隊とやり合うラィル。ハーモニカと歌声が囃し立てるように調子を上げる。

●慰霊祭
 結局騒然とした村人達を侍従隊が落ち着かせ、ラィルが少人数を連れてシスティーナの許へ戻る事になった。多くの村人が注目する中、ラィルやシルウィスが料理を持ってくる。
 ラィルには侍従長の『手厚い護衛』付きだ。
「私と村の皆様で作った料理です。よければお召し上がり下さい」
「ふわとろ卵の独特の味付けが魅力なんよ。ホンモノはもっと美味しいらしいけどな」
「では、いただきますね」
 システィーナは昂った感情を抑えるように微笑して受け取り、それを口に含んだ。火傷しそうな熱さが新鮮すぎて味はよく判らない。が、温かい何かが胸に広がるような気がした。
「……温かい味がします。沁み渡るような」
「皆それが大切や言うとったで。王女さんにとってのヒカヤ紅茶みたいなもんやな」
 にやり、とラィル。言葉を噛み締めるように目を瞑った彼女に、シルウィスが遠慮がちに言う。
「姫さ……失礼、王女殿下。見たところどうも何か悩んでおいでのご様子。お答えはそのスープを飲むようには決められませんか?」
 こく。頷く王女の仕草にシルウィスは自然と笑みが零れた。
「それは悪い事ではありません。悩み、苦しんだ時間は決して無駄になりませんし、今まで考えた事は殿下の財産となっている筈です。しかし今は、為政者として道を示す時ではありませんか?」
「……えぇ、確かにそうです。けれど今も答えは見つかりません」
「普遍的な答えなどないかもしれません。それに大事なのは答えでなく――」
 意志を示す事。他でもない貴女の意志を。
「後悔する事なきよう。後悔さえしなければ、どんな答えでもきっと良い結果に繋がります。後悔が、最も辛いですから……」
 伏し目がちにシルウィス。システィーナはじっくり味わって完食すると、温かい思いに後押しされるように立った。
「皆さま、ありがとうございます。ランパード様も。私は忠臣に恵まれています」
 アクセルが頭を下げる。
「殿下、宜しければ皆の為に祈っては頂けないでしょうか?」
「勿論です。今の私には、それくらいしかできませんから……」
 今の、私には。
 システィーナが聖炎の方へ歩くと、群衆が左右に割れた。老司教が祈祷する傍で、王の娘が跪いて炎に祈る。生者の安寧と、死者の安らかな眠りを。
 たっぷり数分、聖典の一節を暗誦して立ち上がる。そして振り返り、村人に告げた。
 王都への避難――ではない。
 騎士団・聖堂戦士団が付近の町村含めて治安維持を行うという布告と、一刻も早く村を立て直しホンモノのスープを王都で作るようにという、命令だ。
「私の分だけではありません。騎士や司教様、街の人々の分もです。これは勅令です。破る事は私が許しません」
 精一杯胸を張るシスティーナ。直後、今夜一番の歓声が木霊した。

 ハーモニカの音色がかき消されそうで、しかし決して止まらない。
 2人の、もとい2人と村人達の音楽は夜空高く舞い上がり、いつまでも死者を見送る。
 彼らが迷う事の、ないように。

<了>

 夜半、慰霊祭は続く中、セレスとサクラは休憩がてらシスティーナの許を訪れた。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。私、辺境の――」
 セレスに続きサクラも低頭。システィーナが居住いを正し、その名を刻むように頷いた。
「よろしくお願いしますね」
「ん、ご気分晴れた様子です」
「ふふっ、少しだけ、ですけどね」
「今後も行動あるのみ、かもです。今日のように……」
 猫耳を付けたサクラが言うとどうも締まらない。システィーナはどう返すべきか考え――珍しく悪戯を思いついたように、言った。
「ではお二人の歌を最前列で聴かせていただきますね。これから二部が始まるんでしょう?」

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MVP一覧

  • システィーナのお友達
    ロスヴィータ・ヴェルナーka2149

重体一覧

参加者一覧

  • 暁風の出資者
    Celestine(ka0107
    エルフ|21才|女性|魔術師
  • 救世の貴公子
    アクセル・ランパード(ka0448
    人間(紅)|18才|男性|聖導士
  • システィーナのお兄さま
    ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929
    人間(紅)|24才|男性|疾影士
  • システィーナのお友達
    ロスヴィータ・ヴェルナー(ka2149
    人間(蒼)|15才|女性|聖導士
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 平穏を望む白矢
    シルウィス・フェイカー(ka3492
    人間(紅)|28才|女性|猟撃士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/12/22 02:54:26
アイコン 相談卓
アクセル・ランパード(ka0448
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2014/12/25 19:46:18