ゲスト
(ka0000)
【王国始動】思い出の高原
マスター:京乃ゆらさ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/06/23 19:00
- 完成日
- 2014/07/01 08:03
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
謁見の間には、数十名の騎士が微動だにすることなく立ち並んでいた。
ピンと張り詰めた空気が、足を踏み入れた者を押し潰そうとでもしているかのようだ。
「これが歴史の重みってやつかね」
軽く茶化して薄笑いを浮かべる男――ハンターだが、その口調は精彩を欠いている。
頭上には高い天井にシャンデリア。左右の壁には瀟洒な紋様。足元には多少古ぼけたように見える赤絨毯が敷かれており、その古臭さが逆に荘厳さを醸し出している。そして前方には直立する二人の男と――空席の椅子が二つ。
どちらかが玉座なのだろう。
グラズヘイム王国、王都イルダーナはその王城。千年王国の中心が、あれだ。
椅子の左右に立つ男のうち、年を食った聖職者のような男が淡々と言った。
「王女殿下の御出座である。ハンター諸君、頭を垂れる必要はないが節度を忘れぬように」
いくらか軽くなった空気の中、前方右手の扉から甲冑に身を包んだ女性が姿を現した。そしてその後に続く、小柄な少女。
純白のドレスで着飾った、というよりドレスに着られている少女はゆっくりと登壇して向かって右の椅子の前に立つと、こちらに向き直って一礼した。
「皆さま、我がグラズヘイム王国へようこそ」
落ち着いた、けれど幼さの残る声が耳をくすぐる。椅子に腰を下ろした少女、もとい王女は胸に手を当て、
「はじめまして、私はシスティーナ・グラハムと申します。よろしくお願いしますね。さて、今回皆さまをお呼び立てしたのは他でもありません……」
やや目を伏せた王女が、次の瞬間、意を決したように言い放った。
「皆さまに、王国を楽しんでいただきたかったからですっ」
…………。王女なりに精一杯らしい大音声が、虚しく絨毯に吸い込まれた。
「あれ? 言葉が通じなかったのかな……えっと、オリエンテーションですっ」
唖然としてハンターたちが見上げるその先で、王女はふにゃっと破顔して続ける。
「皆さまの中にはリアルブルーから転移してこられた方もいるでしょう。クリムゾンウェストの人でもハンターになったばかりの方が多いと思います。そんな皆さまに王国をもっと知ってほしい。そう思ったのです」
だんだん熱を帯びてくる王女の言葉。
マイペースというか視野狭窄というか、この周りがついてきてない空気で平然とできるのはある意味まさしく貴族だった。
「見知らぬ地へやって来て不安な方もいると思います。歪虚と戦う、いえ目にするのも初めての方もいると思います。そんな皆さまの支えに私はなりたい! もしかしたら王国には皆さま――特にリアルブルーの方々に疑いの目を向ける人がいるかもしれない、けれどっ」
王女が息つく間すら惜しむように、言った。
「私は、あなたを歓迎します」
大国だからこその保守気質。それはそれで何かと面倒があるのだろう、と軽口を叩いた男はぼんやり考えた。
「改めて」
グラズヘイム王国へようこそ。
王女のか細く透き通った声が、ハンターたちの耳朶を打った。
◆◆
深夜、私室。
今回のオリエンテーションに関する諸々の雑事や、いつもの座学をようやく終え、目をこすりながらノビをしたシスティーナ・グラハムは、逸る心を抑えて傍に置いてあった資料にゆっくりと手を伸ばした。
それは、このオリエンテーションに来てくれたハンターたちの氏名が記載されたリストだった。氏名だけの情報に過ぎないそれが、とても輝いているように見える。
ただ名前を見るだけなのに、なんとなく緊張した。それを持ってベッドの脇まで歩き、深呼吸して腰を下ろすと、宝物に触れるように――もとい、まさしく宝物に触れる為に、慎重に目を落とした。
ゆっくりと噛み締めるように、一人一人の名前を口に出して読んでは、どんな人なのかなと想像してみる。
そこには、ハンターたちの迸る何かが垣間見える気がした。彼らは今、どこにいるだろう。王国にいるのか、それとももう帰ってしまったのか。楽しく寛ぐことができたのか、それとも……何らかのトラブルに巻き込まれてしまったか。
トラブルに巻き込んでしまうことがあれば、申し訳なく思う。でも。
――でも、それもまた今の王国の一面……。
他国の間者など相手ならともかくとして、ハンター相手に隠してもいずれ分かる、仕方のないことだ。今のありのままの王国を見てもらうしか、ない。
「楽しんで、もらえたかな……」
独りごちた時、ふと頭の片隅に何かが過ぎった。それは――
「ヒカヤ高原っ」
――私のお気に入りの場所も紹介してみよう。あそこならきっと今も美しいはず……!
そうしてシスティーナは早速段取りを整えるべく、侍従長マルグリッド・オクレールを呼び出したのだった。
0時を回った、真夜中に。
『グラズヘイム王国北東部、ヒカヤ高原で茶葉を摘んできてほしい』
そんな依頼がハンターオフィスに掲載されたのは次の日のことだった。
曰く、ヒカヤ高原の茶葉で淹れた紅茶は独特の風味があって美味しい。
曰く、家に備蓄してあった在庫が少なくなってきた為、至急補充したい。
曰く、でも雑魔が出るかもしれなくて怖いからお願いしたい。などなど。
まるで言い訳のように並べ立てられた詳細文。極めつけは最後に書かれたこの文章だった。
『案内役にオクレールという人をつけます。オクレールさんと呼んであげてくださいね。また、うまく摘むことができたらその場でお茶会をしてもいい、とオクレールさんに言っておきますので、楽しみにしていてください。
依頼人 匿名希望』
……。その依頼を目にした男女のハンターが苦虫を噛み潰したような苦笑と共に眉を顰めた。
「あやしい」
「まぁ依頼として通ってるってこたぁ一応ヤバいことではないんじゃね?」
「うーんそうなのかなぁ」
釈然としないまま別の依頼文を眺め始める女ハンター。男の方もまた多少気になりつつも別の――特に存分に戦闘できる依頼を探し始めたのだった……。
ピンと張り詰めた空気が、足を踏み入れた者を押し潰そうとでもしているかのようだ。
「これが歴史の重みってやつかね」
軽く茶化して薄笑いを浮かべる男――ハンターだが、その口調は精彩を欠いている。
頭上には高い天井にシャンデリア。左右の壁には瀟洒な紋様。足元には多少古ぼけたように見える赤絨毯が敷かれており、その古臭さが逆に荘厳さを醸し出している。そして前方には直立する二人の男と――空席の椅子が二つ。
どちらかが玉座なのだろう。
グラズヘイム王国、王都イルダーナはその王城。千年王国の中心が、あれだ。
椅子の左右に立つ男のうち、年を食った聖職者のような男が淡々と言った。
「王女殿下の御出座である。ハンター諸君、頭を垂れる必要はないが節度を忘れぬように」
いくらか軽くなった空気の中、前方右手の扉から甲冑に身を包んだ女性が姿を現した。そしてその後に続く、小柄な少女。
純白のドレスで着飾った、というよりドレスに着られている少女はゆっくりと登壇して向かって右の椅子の前に立つと、こちらに向き直って一礼した。
「皆さま、我がグラズヘイム王国へようこそ」
落ち着いた、けれど幼さの残る声が耳をくすぐる。椅子に腰を下ろした少女、もとい王女は胸に手を当て、
「はじめまして、私はシスティーナ・グラハムと申します。よろしくお願いしますね。さて、今回皆さまをお呼び立てしたのは他でもありません……」
やや目を伏せた王女が、次の瞬間、意を決したように言い放った。
「皆さまに、王国を楽しんでいただきたかったからですっ」
…………。王女なりに精一杯らしい大音声が、虚しく絨毯に吸い込まれた。
「あれ? 言葉が通じなかったのかな……えっと、オリエンテーションですっ」
唖然としてハンターたちが見上げるその先で、王女はふにゃっと破顔して続ける。
「皆さまの中にはリアルブルーから転移してこられた方もいるでしょう。クリムゾンウェストの人でもハンターになったばかりの方が多いと思います。そんな皆さまに王国をもっと知ってほしい。そう思ったのです」
だんだん熱を帯びてくる王女の言葉。
マイペースというか視野狭窄というか、この周りがついてきてない空気で平然とできるのはある意味まさしく貴族だった。
「見知らぬ地へやって来て不安な方もいると思います。歪虚と戦う、いえ目にするのも初めての方もいると思います。そんな皆さまの支えに私はなりたい! もしかしたら王国には皆さま――特にリアルブルーの方々に疑いの目を向ける人がいるかもしれない、けれどっ」
王女が息つく間すら惜しむように、言った。
「私は、あなたを歓迎します」
大国だからこその保守気質。それはそれで何かと面倒があるのだろう、と軽口を叩いた男はぼんやり考えた。
「改めて」
グラズヘイム王国へようこそ。
王女のか細く透き通った声が、ハンターたちの耳朶を打った。
◆◆
深夜、私室。
今回のオリエンテーションに関する諸々の雑事や、いつもの座学をようやく終え、目をこすりながらノビをしたシスティーナ・グラハムは、逸る心を抑えて傍に置いてあった資料にゆっくりと手を伸ばした。
それは、このオリエンテーションに来てくれたハンターたちの氏名が記載されたリストだった。氏名だけの情報に過ぎないそれが、とても輝いているように見える。
ただ名前を見るだけなのに、なんとなく緊張した。それを持ってベッドの脇まで歩き、深呼吸して腰を下ろすと、宝物に触れるように――もとい、まさしく宝物に触れる為に、慎重に目を落とした。
ゆっくりと噛み締めるように、一人一人の名前を口に出して読んでは、どんな人なのかなと想像してみる。
そこには、ハンターたちの迸る何かが垣間見える気がした。彼らは今、どこにいるだろう。王国にいるのか、それとももう帰ってしまったのか。楽しく寛ぐことができたのか、それとも……何らかのトラブルに巻き込まれてしまったか。
トラブルに巻き込んでしまうことがあれば、申し訳なく思う。でも。
――でも、それもまた今の王国の一面……。
他国の間者など相手ならともかくとして、ハンター相手に隠してもいずれ分かる、仕方のないことだ。今のありのままの王国を見てもらうしか、ない。
「楽しんで、もらえたかな……」
独りごちた時、ふと頭の片隅に何かが過ぎった。それは――
「ヒカヤ高原っ」
――私のお気に入りの場所も紹介してみよう。あそこならきっと今も美しいはず……!
そうしてシスティーナは早速段取りを整えるべく、侍従長マルグリッド・オクレールを呼び出したのだった。
0時を回った、真夜中に。
『グラズヘイム王国北東部、ヒカヤ高原で茶葉を摘んできてほしい』
そんな依頼がハンターオフィスに掲載されたのは次の日のことだった。
曰く、ヒカヤ高原の茶葉で淹れた紅茶は独特の風味があって美味しい。
曰く、家に備蓄してあった在庫が少なくなってきた為、至急補充したい。
曰く、でも雑魔が出るかもしれなくて怖いからお願いしたい。などなど。
まるで言い訳のように並べ立てられた詳細文。極めつけは最後に書かれたこの文章だった。
『案内役にオクレールという人をつけます。オクレールさんと呼んであげてくださいね。また、うまく摘むことができたらその場でお茶会をしてもいい、とオクレールさんに言っておきますので、楽しみにしていてください。
依頼人 匿名希望』
……。その依頼を目にした男女のハンターが苦虫を噛み潰したような苦笑と共に眉を顰めた。
「あやしい」
「まぁ依頼として通ってるってこたぁ一応ヤバいことではないんじゃね?」
「うーんそうなのかなぁ」
釈然としないまま別の依頼文を眺め始める女ハンター。男の方もまた多少気になりつつも別の――特に存分に戦闘できる依頼を探し始めたのだった……。
リプレイ本文
空は高く、朝の日差しは優しく大地を照らす。草原の中の畦道をガタゴト進む2台の馬車は、平穏そのものだった。
「ええ日やなぁ~、絶好のぴくにっく日和いうやつや」
「っすねー。んぐんぐ、っぷはー! このオレジューうめー! 100パーっすかこれ!?」
馬車内、のんびり欠伸するラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)と、菓子を貪りジュースで流し込む神楽(ka2032)。スコーンをぽいぽい口に放り込む神楽をラィルは眺め、喉の奥で笑う。
ええ日やなぁ。もう一度呟いた。
「レディ・オクレール、いえオクレールさんとお呼びするよう依頼にありましたか」
葵 涼介(ka0581)が大体腕の長さ程か、黒く細長いケースを撫でつつ御者席に声をかける。
「あとどれ程で到着しますか?」
「もう1時間もないかと。お昼過ぎには……」
礼を告げてケースに目を落す涼介。
「ヒカヤ高原、か」都筑 新(ka0582)が足元に置いた一抱えありそうなバッグに注意して「なかなか綺麗なトコみたいじゃねえか」
「景色もさることながら快い風が吹き抜けるそうだ。それにヒカヤ茶葉は一部に人気ときた。避暑に最適だな」
「ほう。詳しいのか、あんた」
新が訊くと、男――ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は胸を反らし口角を上げた。
「ふはははは! 俺様の手にかかればこの程度の情報、造作もない! そしてそんな瑣末にして貴重な情報を商売に繋げるのがこの俺様の力……崇めてもいいんだぜ?」
「あーそうかい」「やんややんやージャックサマ素敵~」
鼻白む新と囃し立てるラィルである。マヘル・ハシバス(ka0440)がくすと微笑した。
「馬車に揺られて避暑地に行くなんて、転移前は考えもしませんでしたね。ここの茶葉に関して特別な摘み方等はあるんですか?」
「知らん」
一転して口を噤むジャック。マヘルがかくんと小首を傾げた。ジャックはじっと景色を眺め続ける。なんとなく察したか、涼介が秘かに笑みを零しつつ、女性2人に話を振った。
「オクレールさんにマヘルちゃん、到着するまで摘採についてご教授いただいてもいいかな? 事前に知識くらいは持っておきたいからね」
●紅玉蝶
「んほおおおお空気うめーっす! 景色やべーっす! 山たけーっす! すーはーすーはー! くんかくんか! テンション上がってきたああああ! ぅやっほー! ぅやっ……うっ……」
到着早々、馬車から飛び出すや全力で飛び跳ねていた神楽。一際高く跳んだ神楽が着地すると、一瞬にして菩薩の如き静謐さと共に正座へ移行した。
きょとん。マヘルが「何だろう」なんて思った瞬間、その視線の先で正座した神楽の口から噴水が噴き上がった。
「っ!?!?」「あー女性陣は向こう行っとってなー」
咄嗟にマヘルの体の向きを変え背を押すラィル。一方神楽のげr……噴水は7、8、9秒して漸く収まり、神楽は力を出し尽したように倒れた。
「かし……くいすぎた……」
「汚ねえ噴水だ」「後で埋めておけよ。俺様の取引先になるかもしれねぇ大事な土地だからな」
スタスタと茶畑に向かう新とジャックである。
早くも世間の荒波を知った神楽が、噴水いやもう吐瀉物の傍に横たわったまま呟いた。
「よのなかきびしいっす……」
30分後。
神楽も何とか復活し、いざ広大な高原の一角にある茶畑へ向かう一行。マヘル、涼介、ラィルが管理人に聞いた話を報告する。
曰く、最近蝶の雑魔が棲みついてしまいろくに摘採できない、など。
「ですから摘採は雑魔の排除後か、慎重に距離を取りなが……」
「ぬあああなんか綺麗な蝶発見っす! 新種!? 新種じゃね!? 俺捕まえてくるっす! 捕まえたらアレ神楽蝶って名付けるっす!」
「あっ……」
そんな長ったらしい話を、聞く訳がない男がいた。皆の三下神楽である。
マヘルが見つめる先で神楽が早速蝶に近付く。紅玉――まさにルビーの如く紅く透き通った羽を震わせ、やや上昇する小型の蝶。逃がしてたまるかと神楽が手を伸ばすや、両手で捕まえ――!
『――■■!!』
「ウあァアいエェ!? りんぷ、鱗粉、あびぇ、しび、ひビレりゅっしゅ!?」
「ああ……」「しゃーないなぁ」
心配そうなマヘルと、苦笑して小剣を手に駆けていくラィル。マヘルが遅れてデバイスに力を込めた。
ジャックが戦斧の柄を握り直し、叫ぶように言い捨てた。
「オクレ――ル、俺様が潰し終るまで下がってろ!」
「数は……6体か?」
摘採より先に突然戦闘になった状況で、まず全体を把握する涼介。そんな涼介の脇を抜け、新がさっさと1体へ肉薄する。
「さぁて、試してみるか」
「シン、気をつけろ! 蝶だか蛾だか知らないが、さっきの鱗粉……」
「めんどくせえ、俺が全部引き付ければ後は何とかしてくれるだろ、リョウ」
答えも聞かず1体目の蝶に斬りかかる新。蝶がふわりと躱して羽を高速で震わせると、音もなく不意に眩暈が襲ってきた。可聴域を超えた音波。新の姿勢が傾ぎ、しかしそのまま新は駆け抜ける。2体目、3体目の蝶の傍を同じように駆けて新は注意を引く。
――やりすぎだ、馬鹿。
涼介が新の足跡を辿るように駆けて1体目の蝶に追いつくや、真後ろから両断し、幼馴染に忠告した。
「間違って茶樹を踏みつけるなよ!」
悔しい、でもびくんびくんと痺れて倒れる神楽の横で、交差気味に踏み込むや小剣を薙ぐラィル。
パッと羽の一部が散って紅の残滓が広がる。姿勢を崩す蝶。ラィルが素早く横にズレるや、そこにジャックが突っ込んだ。
「愛玩用に売れるかもしれねぇな」
力強く踏み込むと、ジャックは大上段から戦斧を振り下す。跡形もなく蝶が散った。
「雑魔じゃなければ、だが」
後でコレの元の棲息地でも調べるか、と独りごちるジャック。
漸く痺れが消え、立ち上がった神楽は口に入った土を吐き、短剣を構えた。蝶は――残り2体か。涼介と新の動きが早い。神楽もそちらへ向かわんとした時、突如1体が弾け飛んだ。
「できた……!」
茶畑の端で魔導銃を正面に構えたマヘルだった。魔力光の残滓が陽光に煌く。
「か、かっけーっす姐さん!」
「い、いえ……」
赤面して俯き、マヘルは胸に手を当て目を瞑った。
命中した快感と、簡単に眼前の存在を消せてしまう力への、仄かな――?
マヘルが深呼吸して、顔を上げた。
「残り1体、慎重に排除して……早く摘採を始めましょう」
「オクレールさんも待っとるしなぁ。今日はのんびりしよ思て来てん僕」
ラィルが何かから目を逸らすように、へらっと笑った。
●ヒカヤ茶葉
確認できた全ての紅玉蝶を退治して管理人に伝えると、彼は大喜びで頭を下げた。ラィルが「ええんよ」と笑い、軽く話を振った。
「おっちゃんはずっとここで働いとるん? こんなええトコの管理いうたら大変なんとちゃう?」
「ええもう、品質管理には細心の注意を払っとるんですわ。最高の品を届けたいですからなぁ」
「そら雑魔なんか出て気が気でなかったやろなぁ。頑張ってな」
『最高の』ね。ラィルが頭の中で反芻し、そんな自分に苦笑した。
――しょくぎょーびょーいうやつやな。
早く摘採してお茶会しないと勿体ない、と気分を変えるように茶畑に飛び込んだ。
「んほお!? 葉っぱ苦いっす! やべーっす! お茶にしないとやっぱヤバいんで皆サン注意っすよ!」
「ここには生で茶葉を食べるような人は約1名除いていないんだけどね」
騒ぎ回る神楽に嘆息する涼介。新がテキトーに枝を折りかけ、思い直してオクレールに問いかけた。
「新芽ってのはどういうのなんだ?」
「葉が開ききっていない……あぁ、あちらのハシバス様のものをご覧いただければ」
オクレールの視線の先ではマヘルが実に細やかに先端近辺の葉を選んで摘んでいた。
手摘みでしかもよく見て選んでいくという気の遠くなる作業を、マヘルは没頭するように続ける。柔らかい部分を指で摘み、1本ずつ折っていく。草と土の匂いが快かった。
「……想像よりキツイな」
新がフラフラと蝶の如く彷徨う。神楽がそれに釣られて周りを見た。
「あっ、ちょ、うっわ川ある! 川あるっすよ! うおおお水綺麗! 俺水浴びしてくるっす!」
叫びながら飛び跳ねていく神楽に、マヘルも苦笑しかない。涼介がすっとマヘルに体を寄せ、葉を摘んだ。
「全く騒がしい。それにしても上手いねマヘルちゃん。繊細で優しい摘み方を見ると心が洗われるようだ」
「そうですか?」
「教えてくれないかな。摘み方と、あと君の事も」
一拍置き、マヘルが鉄壁の微笑で返した。
ジャックは茶畑の周りを観察し、屈んで近くの茶葉を摘む。匂いを嗅ぐが、よく解らなかった。高原だけでなく茶葉の善し悪しに関する本も読んでくればよかったか。
「しかし」
ヒカヤ茶葉に一部の熱狂的信者がいるのは事実。しかも高原は過ごしやすい。
ジャックが360度のパノラマを見渡し、涼しい空気を吸う。北東、ネヴァ山に程近い高原で、周囲から隔絶された空間のようだ。茶畑以外の草木も適度に揃えられており、何より青空が近い。
地平線まで広がっていそうな緑の絨毯は、何故か寝転がりたくなる魅力を秘めていた。
「あ~ジャックがサボっとるで皆~」
「ハ、俺様が参加するとてめぇが摘採する分がなくなるから遠慮してたんだ。だが言われたからには本気出さねぇとな。フッ、褒めてもいいんだぜ?」
意気揚々とジャックが参戦し、わいわいと摘採していく。
――そうして昼過ぎに始めた筈の作業だが、時間は見る間に過ぎ、気付けば日が傾き始めていたのだった。
●ヒカヤ高原の夜
籠いっぱいの茶葉を一行は見つめ、息をついた。
全員分合せて5kgいくかどうかといった程度だろう。量自体はかなり少ない。が、マヘルとオクレールの指導もあって丁寧な作業だった。次の摘採にも何の影響もない、管理人大満足の摘み方だ。
「依頼人にはこれで急場を凌いでもらって、その間に量を補充できれば……」
マヘルの銀糸が夕焼けに照らされ茜色に輝いて見える。風に靡く髪を押え、体を解すように腕と首を回した。
橙の空はどこまでも穏やかで、北東の山は焚火を熾したように真っ赤だった。
オクレールが管理人と共に馬車から何やらデカい物を下すと、ゴロゴロと白い布のかかったソレを引いてきた。
「皆様、本日はありがとうございます。おかげで依頼人もヒカヤ茶葉に飢えずに済みます。つきましてはお礼も兼ねてお茶……いえ夕食でもいかがでしょう」
布を捲るとそこにはキャンプセットのような様々な野営道具が揃っていた。鍋や皿、マッチ等があり、また謎の小箱まである。オクレールが小箱から何やら小さな球のような物を取り出すや、神楽がぽかんと開けていた口にソレを放り込んだ。
「!?」一瞬何が起きたか解らない顔をしていた神楽が、次には喜色満面飛び跳ねた。「うおぉあめーっす! うめー! あとほんのりつめてー!」
ひたすらまっすぐ味を表現する神楽に、オクレールも苦笑を隠せない。
「ヒカヤ紅茶もありますので、ぜひ皆様もお試し下さいませ」
「んぁ? 紅茶て在庫切れかけ……?」
足りない茶葉を採りに来たその場で、その紅茶が振舞われる。あまりに当然すぎる疑問を口にしかけたラィルだが、人差し指を立て自分の口元に当てるオクレールを見て口を噤んだ。
世の中には、暴いても誰も幸せにならない嘘や建前がある。ジャックがふっと瞑目して笑った。ラィルが腕を捲る。
「……っしゃ、僕もなんや手伝おか! 僕なぁ、実はアップルパイ持ってきてん! ご飯の後で皆で食べよ思て!」
「私もクッキーを……」
「おっと、それはぜひとも堪能しないと後悔するね」
マヘルのクッキー宣言に涼介が食いつく。そんな幼馴染を見て新が「またこいつは」などと呟き、嘆息して言った。
「俺は料理でも手伝おう。多少は戦力になる筈だ」
茜色に染まる高原の真ん中で、シートに座った一行が料理に舌鼓を打つ。
風がざぁっと草原の絨毯を駆け抜けていく。草花の濃密な香りが辺りを満たし、食卓を彩る。夕日は次第に地平線に沈み始め、オクレールがランタンを3つ灯した。
世界に自分達しかいないのではないかという錯覚が、快かった。
「魚うめーっす!」
「包み焼きな」
フォークで白身をほぐすと、アツアツの脂が地に落ちた。じゅるりと出汁ごと啜るように口に入れると、口の中で脂と香料の風味が溢れ、鼻に抜ける。
美味い。しみじみと感じた。
「あっちの川で獲ったんだよな?」
「水浴びのついでっす!」
「茶葉摘まんと魚獲るて」
ドヤ顔の神楽にツッこむラィルである。ジャックはふむ、と頭の備忘録に記録する。
「本格的に観光企画をブチ上げたくなってきたな」
「ご容赦下さいませ」
やんわり窘めるオクレール。
そろそろ料理もなくなってきた頃、オクレールは焚火で温めた湯で紅茶を淹れた。
マヘルがカップを並べ、そこにオクレールがティーポットから注いでいく。正式な作法ではないが、それでも濃厚な香りが辺りに広がった。
花――ハーブのような香りだろうか。あるいは木か花の蜜の匂いと言おうか。自然の草花の息吹を感じさせる香りだった。
「さて、どんなものか」
ジャックがカップに口をつけると、クイッと一息に飲み干す。瞬間、鼻腔を花の蜜の如き仄かな甘みが突き抜けた。
マヘルはゆっくりと嚥下していく。
「ストレートが……良いんでしょうね、これは」
「ええ」
独特な、けれど贅沢に自然を凝縮したような風味。目を瞑り、じっと浸っていたくなる味だった。
どれ程そうしていたか。マヘルが気付いた時には、既に2人はソレを構えていた。
涼介はフルートを、新はサックスを。黒いケースの中はそれだったのかとマヘルが得心するのを待っていたように、2人は目を合せ、半秒の狂いもなく同時に奏で始めた。
包み込むような淡い旋律と、高原に響き渡る音色。2つの音が時に重なり、時に上下に分かれ、時に追っかけ時に追われて、音を刻む。
マヘルは深呼吸して空を仰ぐ。地平線の赤と、満天の夜空。一番星が一際瞬いて見えた。そして周りで淡く煌く星々。リアルブルーとは違う星の並びだけれど、星は同じように輝いている。ただそれだけで、何故か安心した。
「……懐かしくなるな、故郷の空が」
フルートから口を離し、涼介が独りごちた。
「リクエストは、レディ?」
「お気に召すままに」
「なら、俺様が最高の歌を披露してやろう」
ジャックが勢いよく立ち上がって胸を張る。ぱち、と焚火の中で小枝が爆ぜた。
高原の夜はゆっくり更けていく。終る事のない暖かな喧騒は、いつまでも続いていた……。
<了>
翌日。
王城へ帰還したオクレールは、システィーナ・グラハムの私室へ直行した。そしてノックに応じて扉を開けた王女に、演劇の一幕のように片膝をつき、3つの小さな花束を捧げて『依頼人』への伝言を口にした。
『楽しいひと時をありがとう』
「ええ日やなぁ~、絶好のぴくにっく日和いうやつや」
「っすねー。んぐんぐ、っぷはー! このオレジューうめー! 100パーっすかこれ!?」
馬車内、のんびり欠伸するラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)と、菓子を貪りジュースで流し込む神楽(ka2032)。スコーンをぽいぽい口に放り込む神楽をラィルは眺め、喉の奥で笑う。
ええ日やなぁ。もう一度呟いた。
「レディ・オクレール、いえオクレールさんとお呼びするよう依頼にありましたか」
葵 涼介(ka0581)が大体腕の長さ程か、黒く細長いケースを撫でつつ御者席に声をかける。
「あとどれ程で到着しますか?」
「もう1時間もないかと。お昼過ぎには……」
礼を告げてケースに目を落す涼介。
「ヒカヤ高原、か」都筑 新(ka0582)が足元に置いた一抱えありそうなバッグに注意して「なかなか綺麗なトコみたいじゃねえか」
「景色もさることながら快い風が吹き抜けるそうだ。それにヒカヤ茶葉は一部に人気ときた。避暑に最適だな」
「ほう。詳しいのか、あんた」
新が訊くと、男――ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は胸を反らし口角を上げた。
「ふはははは! 俺様の手にかかればこの程度の情報、造作もない! そしてそんな瑣末にして貴重な情報を商売に繋げるのがこの俺様の力……崇めてもいいんだぜ?」
「あーそうかい」「やんややんやージャックサマ素敵~」
鼻白む新と囃し立てるラィルである。マヘル・ハシバス(ka0440)がくすと微笑した。
「馬車に揺られて避暑地に行くなんて、転移前は考えもしませんでしたね。ここの茶葉に関して特別な摘み方等はあるんですか?」
「知らん」
一転して口を噤むジャック。マヘルがかくんと小首を傾げた。ジャックはじっと景色を眺め続ける。なんとなく察したか、涼介が秘かに笑みを零しつつ、女性2人に話を振った。
「オクレールさんにマヘルちゃん、到着するまで摘採についてご教授いただいてもいいかな? 事前に知識くらいは持っておきたいからね」
●紅玉蝶
「んほおおおお空気うめーっす! 景色やべーっす! 山たけーっす! すーはーすーはー! くんかくんか! テンション上がってきたああああ! ぅやっほー! ぅやっ……うっ……」
到着早々、馬車から飛び出すや全力で飛び跳ねていた神楽。一際高く跳んだ神楽が着地すると、一瞬にして菩薩の如き静謐さと共に正座へ移行した。
きょとん。マヘルが「何だろう」なんて思った瞬間、その視線の先で正座した神楽の口から噴水が噴き上がった。
「っ!?!?」「あー女性陣は向こう行っとってなー」
咄嗟にマヘルの体の向きを変え背を押すラィル。一方神楽のげr……噴水は7、8、9秒して漸く収まり、神楽は力を出し尽したように倒れた。
「かし……くいすぎた……」
「汚ねえ噴水だ」「後で埋めておけよ。俺様の取引先になるかもしれねぇ大事な土地だからな」
スタスタと茶畑に向かう新とジャックである。
早くも世間の荒波を知った神楽が、噴水いやもう吐瀉物の傍に横たわったまま呟いた。
「よのなかきびしいっす……」
30分後。
神楽も何とか復活し、いざ広大な高原の一角にある茶畑へ向かう一行。マヘル、涼介、ラィルが管理人に聞いた話を報告する。
曰く、最近蝶の雑魔が棲みついてしまいろくに摘採できない、など。
「ですから摘採は雑魔の排除後か、慎重に距離を取りなが……」
「ぬあああなんか綺麗な蝶発見っす! 新種!? 新種じゃね!? 俺捕まえてくるっす! 捕まえたらアレ神楽蝶って名付けるっす!」
「あっ……」
そんな長ったらしい話を、聞く訳がない男がいた。皆の三下神楽である。
マヘルが見つめる先で神楽が早速蝶に近付く。紅玉――まさにルビーの如く紅く透き通った羽を震わせ、やや上昇する小型の蝶。逃がしてたまるかと神楽が手を伸ばすや、両手で捕まえ――!
『――■■!!』
「ウあァアいエェ!? りんぷ、鱗粉、あびぇ、しび、ひビレりゅっしゅ!?」
「ああ……」「しゃーないなぁ」
心配そうなマヘルと、苦笑して小剣を手に駆けていくラィル。マヘルが遅れてデバイスに力を込めた。
ジャックが戦斧の柄を握り直し、叫ぶように言い捨てた。
「オクレ――ル、俺様が潰し終るまで下がってろ!」
「数は……6体か?」
摘採より先に突然戦闘になった状況で、まず全体を把握する涼介。そんな涼介の脇を抜け、新がさっさと1体へ肉薄する。
「さぁて、試してみるか」
「シン、気をつけろ! 蝶だか蛾だか知らないが、さっきの鱗粉……」
「めんどくせえ、俺が全部引き付ければ後は何とかしてくれるだろ、リョウ」
答えも聞かず1体目の蝶に斬りかかる新。蝶がふわりと躱して羽を高速で震わせると、音もなく不意に眩暈が襲ってきた。可聴域を超えた音波。新の姿勢が傾ぎ、しかしそのまま新は駆け抜ける。2体目、3体目の蝶の傍を同じように駆けて新は注意を引く。
――やりすぎだ、馬鹿。
涼介が新の足跡を辿るように駆けて1体目の蝶に追いつくや、真後ろから両断し、幼馴染に忠告した。
「間違って茶樹を踏みつけるなよ!」
悔しい、でもびくんびくんと痺れて倒れる神楽の横で、交差気味に踏み込むや小剣を薙ぐラィル。
パッと羽の一部が散って紅の残滓が広がる。姿勢を崩す蝶。ラィルが素早く横にズレるや、そこにジャックが突っ込んだ。
「愛玩用に売れるかもしれねぇな」
力強く踏み込むと、ジャックは大上段から戦斧を振り下す。跡形もなく蝶が散った。
「雑魔じゃなければ、だが」
後でコレの元の棲息地でも調べるか、と独りごちるジャック。
漸く痺れが消え、立ち上がった神楽は口に入った土を吐き、短剣を構えた。蝶は――残り2体か。涼介と新の動きが早い。神楽もそちらへ向かわんとした時、突如1体が弾け飛んだ。
「できた……!」
茶畑の端で魔導銃を正面に構えたマヘルだった。魔力光の残滓が陽光に煌く。
「か、かっけーっす姐さん!」
「い、いえ……」
赤面して俯き、マヘルは胸に手を当て目を瞑った。
命中した快感と、簡単に眼前の存在を消せてしまう力への、仄かな――?
マヘルが深呼吸して、顔を上げた。
「残り1体、慎重に排除して……早く摘採を始めましょう」
「オクレールさんも待っとるしなぁ。今日はのんびりしよ思て来てん僕」
ラィルが何かから目を逸らすように、へらっと笑った。
●ヒカヤ茶葉
確認できた全ての紅玉蝶を退治して管理人に伝えると、彼は大喜びで頭を下げた。ラィルが「ええんよ」と笑い、軽く話を振った。
「おっちゃんはずっとここで働いとるん? こんなええトコの管理いうたら大変なんとちゃう?」
「ええもう、品質管理には細心の注意を払っとるんですわ。最高の品を届けたいですからなぁ」
「そら雑魔なんか出て気が気でなかったやろなぁ。頑張ってな」
『最高の』ね。ラィルが頭の中で反芻し、そんな自分に苦笑した。
――しょくぎょーびょーいうやつやな。
早く摘採してお茶会しないと勿体ない、と気分を変えるように茶畑に飛び込んだ。
「んほお!? 葉っぱ苦いっす! やべーっす! お茶にしないとやっぱヤバいんで皆サン注意っすよ!」
「ここには生で茶葉を食べるような人は約1名除いていないんだけどね」
騒ぎ回る神楽に嘆息する涼介。新がテキトーに枝を折りかけ、思い直してオクレールに問いかけた。
「新芽ってのはどういうのなんだ?」
「葉が開ききっていない……あぁ、あちらのハシバス様のものをご覧いただければ」
オクレールの視線の先ではマヘルが実に細やかに先端近辺の葉を選んで摘んでいた。
手摘みでしかもよく見て選んでいくという気の遠くなる作業を、マヘルは没頭するように続ける。柔らかい部分を指で摘み、1本ずつ折っていく。草と土の匂いが快かった。
「……想像よりキツイな」
新がフラフラと蝶の如く彷徨う。神楽がそれに釣られて周りを見た。
「あっ、ちょ、うっわ川ある! 川あるっすよ! うおおお水綺麗! 俺水浴びしてくるっす!」
叫びながら飛び跳ねていく神楽に、マヘルも苦笑しかない。涼介がすっとマヘルに体を寄せ、葉を摘んだ。
「全く騒がしい。それにしても上手いねマヘルちゃん。繊細で優しい摘み方を見ると心が洗われるようだ」
「そうですか?」
「教えてくれないかな。摘み方と、あと君の事も」
一拍置き、マヘルが鉄壁の微笑で返した。
ジャックは茶畑の周りを観察し、屈んで近くの茶葉を摘む。匂いを嗅ぐが、よく解らなかった。高原だけでなく茶葉の善し悪しに関する本も読んでくればよかったか。
「しかし」
ヒカヤ茶葉に一部の熱狂的信者がいるのは事実。しかも高原は過ごしやすい。
ジャックが360度のパノラマを見渡し、涼しい空気を吸う。北東、ネヴァ山に程近い高原で、周囲から隔絶された空間のようだ。茶畑以外の草木も適度に揃えられており、何より青空が近い。
地平線まで広がっていそうな緑の絨毯は、何故か寝転がりたくなる魅力を秘めていた。
「あ~ジャックがサボっとるで皆~」
「ハ、俺様が参加するとてめぇが摘採する分がなくなるから遠慮してたんだ。だが言われたからには本気出さねぇとな。フッ、褒めてもいいんだぜ?」
意気揚々とジャックが参戦し、わいわいと摘採していく。
――そうして昼過ぎに始めた筈の作業だが、時間は見る間に過ぎ、気付けば日が傾き始めていたのだった。
●ヒカヤ高原の夜
籠いっぱいの茶葉を一行は見つめ、息をついた。
全員分合せて5kgいくかどうかといった程度だろう。量自体はかなり少ない。が、マヘルとオクレールの指導もあって丁寧な作業だった。次の摘採にも何の影響もない、管理人大満足の摘み方だ。
「依頼人にはこれで急場を凌いでもらって、その間に量を補充できれば……」
マヘルの銀糸が夕焼けに照らされ茜色に輝いて見える。風に靡く髪を押え、体を解すように腕と首を回した。
橙の空はどこまでも穏やかで、北東の山は焚火を熾したように真っ赤だった。
オクレールが管理人と共に馬車から何やらデカい物を下すと、ゴロゴロと白い布のかかったソレを引いてきた。
「皆様、本日はありがとうございます。おかげで依頼人もヒカヤ茶葉に飢えずに済みます。つきましてはお礼も兼ねてお茶……いえ夕食でもいかがでしょう」
布を捲るとそこにはキャンプセットのような様々な野営道具が揃っていた。鍋や皿、マッチ等があり、また謎の小箱まである。オクレールが小箱から何やら小さな球のような物を取り出すや、神楽がぽかんと開けていた口にソレを放り込んだ。
「!?」一瞬何が起きたか解らない顔をしていた神楽が、次には喜色満面飛び跳ねた。「うおぉあめーっす! うめー! あとほんのりつめてー!」
ひたすらまっすぐ味を表現する神楽に、オクレールも苦笑を隠せない。
「ヒカヤ紅茶もありますので、ぜひ皆様もお試し下さいませ」
「んぁ? 紅茶て在庫切れかけ……?」
足りない茶葉を採りに来たその場で、その紅茶が振舞われる。あまりに当然すぎる疑問を口にしかけたラィルだが、人差し指を立て自分の口元に当てるオクレールを見て口を噤んだ。
世の中には、暴いても誰も幸せにならない嘘や建前がある。ジャックがふっと瞑目して笑った。ラィルが腕を捲る。
「……っしゃ、僕もなんや手伝おか! 僕なぁ、実はアップルパイ持ってきてん! ご飯の後で皆で食べよ思て!」
「私もクッキーを……」
「おっと、それはぜひとも堪能しないと後悔するね」
マヘルのクッキー宣言に涼介が食いつく。そんな幼馴染を見て新が「またこいつは」などと呟き、嘆息して言った。
「俺は料理でも手伝おう。多少は戦力になる筈だ」
茜色に染まる高原の真ん中で、シートに座った一行が料理に舌鼓を打つ。
風がざぁっと草原の絨毯を駆け抜けていく。草花の濃密な香りが辺りを満たし、食卓を彩る。夕日は次第に地平線に沈み始め、オクレールがランタンを3つ灯した。
世界に自分達しかいないのではないかという錯覚が、快かった。
「魚うめーっす!」
「包み焼きな」
フォークで白身をほぐすと、アツアツの脂が地に落ちた。じゅるりと出汁ごと啜るように口に入れると、口の中で脂と香料の風味が溢れ、鼻に抜ける。
美味い。しみじみと感じた。
「あっちの川で獲ったんだよな?」
「水浴びのついでっす!」
「茶葉摘まんと魚獲るて」
ドヤ顔の神楽にツッこむラィルである。ジャックはふむ、と頭の備忘録に記録する。
「本格的に観光企画をブチ上げたくなってきたな」
「ご容赦下さいませ」
やんわり窘めるオクレール。
そろそろ料理もなくなってきた頃、オクレールは焚火で温めた湯で紅茶を淹れた。
マヘルがカップを並べ、そこにオクレールがティーポットから注いでいく。正式な作法ではないが、それでも濃厚な香りが辺りに広がった。
花――ハーブのような香りだろうか。あるいは木か花の蜜の匂いと言おうか。自然の草花の息吹を感じさせる香りだった。
「さて、どんなものか」
ジャックがカップに口をつけると、クイッと一息に飲み干す。瞬間、鼻腔を花の蜜の如き仄かな甘みが突き抜けた。
マヘルはゆっくりと嚥下していく。
「ストレートが……良いんでしょうね、これは」
「ええ」
独特な、けれど贅沢に自然を凝縮したような風味。目を瞑り、じっと浸っていたくなる味だった。
どれ程そうしていたか。マヘルが気付いた時には、既に2人はソレを構えていた。
涼介はフルートを、新はサックスを。黒いケースの中はそれだったのかとマヘルが得心するのを待っていたように、2人は目を合せ、半秒の狂いもなく同時に奏で始めた。
包み込むような淡い旋律と、高原に響き渡る音色。2つの音が時に重なり、時に上下に分かれ、時に追っかけ時に追われて、音を刻む。
マヘルは深呼吸して空を仰ぐ。地平線の赤と、満天の夜空。一番星が一際瞬いて見えた。そして周りで淡く煌く星々。リアルブルーとは違う星の並びだけれど、星は同じように輝いている。ただそれだけで、何故か安心した。
「……懐かしくなるな、故郷の空が」
フルートから口を離し、涼介が独りごちた。
「リクエストは、レディ?」
「お気に召すままに」
「なら、俺様が最高の歌を披露してやろう」
ジャックが勢いよく立ち上がって胸を張る。ぱち、と焚火の中で小枝が爆ぜた。
高原の夜はゆっくり更けていく。終る事のない暖かな喧騒は、いつまでも続いていた……。
<了>
翌日。
王城へ帰還したオクレールは、システィーナ・グラハムの私室へ直行した。そしてノックに応じて扉を開けた王女に、演劇の一幕のように片膝をつき、3つの小さな花束を捧げて『依頼人』への伝言を口にした。
『楽しいひと時をありがとう』
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
---|
面白かった! | 8人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
- システィーナのお兄さま
ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
お茶会相談卓 神楽(ka2032) 人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2014/06/22 16:08:30 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/06/19 00:53:53 |