ゲスト
(ka0000)
【東幕】憤怒溶岩
マスター:赤山優牙

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/09/26 07:30
- 完成日
- 2018/10/08 19:46
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
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オープニング
●天ノ都―龍尾城―大広間
元武家の堕落者、突撃将軍“拷陀”が構築した拠点を奪取した幕府軍は浄化に追われていた。
幾度となく浄化を行っても汚染が繰り返される状況をハンターが調査に行ったその日、拠点中央に突如として火口が出現。
負のマテリアルに汚染された溶岩が溢れ出したのだ。
龍尾城の大広間には武家が集合していた。
既に戦の準備が出来ている者、着の身着のまま慌てて来た者、様々だ。
「南方大陸は噴火により滅んだとか……」
「この地もそうなってしまうのか」
「転移門が無事なうちに少しでも同胞を逃がすべきだ」
そんな声も聞こえてくる。
憤怒火口から溶岩が流れ出し、見張りの話によるとその後、大きな噴火があったという。
その噴火ですら、まだ“本番”ではない可能性があるのだ。
南方大陸を滅ぼした噴火は超大規模なものであり、文明は一瞬にして滅ぼされたらしい。それが事実であれば、今、話し合っている暇は無いかもしれない。
「まずは状況を確認しましょう」
冷静に宣言したのはエトファリカ征夷大将軍である立花院 紫草(kz0126)だった。
拠点があった辺りは元々、火山活動があった場所ではない。噴火とは無縁だった以上、そして、憤怒歪虚が構築した拠点である事を考慮すれば、憤怒歪虚の術式だと紫草は推測していた。
東方全土を一瞬にして灰燼と化すような術式があれば、先の憤怒王復活の際に使っていただろう。
大広間の端に控えていた武士が発言する。
「物見の報告によると、負のマテリアルに汚染された溶岩から、多数の憤怒歪虚や雑魔が出現しているとか」
その情報に広間に再びどよめきが起こる。
ここまで大きな犠牲を払って、弱体化させてきた憤怒勢力が盛り返す事を意味するからだ。
「……こ、これは、幕府の責任だ!」
事の重大さに気が付いた公家の一人が叫ぶ。
全員の視線が集中した。その者は、公家の代表ともいえる左大臣 足柄天晴の代理……らしい。
「先の憤怒王復活にしても然り、今回も拠点の浄化を朝廷に任せておけばよかったものを!」
「言わせておけば、符遊びしているもやしに言われたくないのぉ!」
血気盛んな武士の一人が言い返した。
「そういう貴公は、戦場ではいつも後ろだな」
公家寄りの武家である者からの言葉に、広間の中で騒ぎが起こる。
幕府と公家の関係は亀裂が入ったままだ。公家から見れば、今回の一件、幕府の落ち度に映るのだろう。
この状況では一丸となって何かを成す事は出来ない――紫草は心の中でそう呟いた。
思い返せば、滅亡の危機に瀕していた昔が懐かしい。あの時は全員が一つだった。生きるのも死ぬのも。
ふぅと小さくため息を漏らしてから、紫草は立ち上がると、力いっぱい、床を叩き踏む。
突然の大きな音に一瞬、大広間が静まり、その音の主が大将軍が発したものと分かると、全員が畏まった。
「先も言った通り、まずは状況の確認です」
内も外も厄介な事ですと思いながら紫草は宣言したのだった。
●憤怒火口に近い村
溢れ出た溶岩から雑魔や歪虚が形作られ、翼を持つ存在は飛び立ち、手や足があるものは大地を疾走する。
東方広くに散らばっていく憤怒。そんな中、憤怒火口に程近い村は危機に瀕していた。
「避難を急げ! もうすぐ、そこに迫っているぞ!」
幕府軍の武士が叫んだ。
押し寄せる溶岩を止める手段はなく、村は飲み込まれようとしていた。
その行く手を新たに出現した憤怒が邪魔をしてくる。
「もう一踏ん張りだ。応援は必ず来る!」
槍を振り回し、迫る雑魔を牽制する。
いつまで保つか分からない。だが、避難が完了するまで逃げ出す訳にもいかない。
100人程の小さい村の半数程は逃げ延びたが、足の遅い者や高齢者、怪我人病人の避難は遅れているのだ。
「も、もうダメです。うちらも逃げましょう!」
「馬鹿者! 見捨てていけるものか!」
弱音を吐く部下に武士は怒る。
民を守るのが武家の役目なのだ。ここで逃げようならば、これまでの戦いで死んでいった者達に、顔向けできない。
その時、流れてくる溶岩の動きが緩やかになった。原因が何か分からないがチャンスではあるはずだ。
「よし! 一隊は我に続け! 憤怒を押し返すぞ!」
武士は穂先を高々と掲げた。
奮戦を続ける武士の一団を高台の上で、一人の美女が眺めていた。
狐耳のようにぴょんと立っている髪型が特徴的な人型の憤怒歪虚“狐卯猾(こうかつ)”であった。
「早くしないと全滅しちゃうわよ。全く、人間はとろいんだから」
冷めた目でそう呟いた。
そして、サッと手をかざして負のマテリアルを操る――溶岩の流れを一時的に止めていた結界が解かれ、再び溶岩が流れ出す。
「おまけにやってきそうなのはハンターじゃない。てっきり、幕府軍かと思えば……」
遠くの方からハンター達が向かってくるのが見えた。
恐らく、動きの遅い幕府軍よりも早く対応できるからだろう。
「……全く仕方ないわね。でも、いいわ。行う事は同じだから」
予定と若干違うが、行う事は同じだ。
愚かな人間共に憤怒との戦いが終わっていない事を知らせるのだ。
「そうでしょう、“元”憤怒王の蓬生お兄さん」
ニヤリと狐卯猾は笑った。
元武家の堕落者、突撃将軍“拷陀”が構築した拠点を奪取した幕府軍は浄化に追われていた。
幾度となく浄化を行っても汚染が繰り返される状況をハンターが調査に行ったその日、拠点中央に突如として火口が出現。
負のマテリアルに汚染された溶岩が溢れ出したのだ。
龍尾城の大広間には武家が集合していた。
既に戦の準備が出来ている者、着の身着のまま慌てて来た者、様々だ。
「南方大陸は噴火により滅んだとか……」
「この地もそうなってしまうのか」
「転移門が無事なうちに少しでも同胞を逃がすべきだ」
そんな声も聞こえてくる。
憤怒火口から溶岩が流れ出し、見張りの話によるとその後、大きな噴火があったという。
その噴火ですら、まだ“本番”ではない可能性があるのだ。
南方大陸を滅ぼした噴火は超大規模なものであり、文明は一瞬にして滅ぼされたらしい。それが事実であれば、今、話し合っている暇は無いかもしれない。
「まずは状況を確認しましょう」
冷静に宣言したのはエトファリカ征夷大将軍である立花院 紫草(kz0126)だった。
拠点があった辺りは元々、火山活動があった場所ではない。噴火とは無縁だった以上、そして、憤怒歪虚が構築した拠点である事を考慮すれば、憤怒歪虚の術式だと紫草は推測していた。
東方全土を一瞬にして灰燼と化すような術式があれば、先の憤怒王復活の際に使っていただろう。
大広間の端に控えていた武士が発言する。
「物見の報告によると、負のマテリアルに汚染された溶岩から、多数の憤怒歪虚や雑魔が出現しているとか」
その情報に広間に再びどよめきが起こる。
ここまで大きな犠牲を払って、弱体化させてきた憤怒勢力が盛り返す事を意味するからだ。
「……こ、これは、幕府の責任だ!」
事の重大さに気が付いた公家の一人が叫ぶ。
全員の視線が集中した。その者は、公家の代表ともいえる左大臣 足柄天晴の代理……らしい。
「先の憤怒王復活にしても然り、今回も拠点の浄化を朝廷に任せておけばよかったものを!」
「言わせておけば、符遊びしているもやしに言われたくないのぉ!」
血気盛んな武士の一人が言い返した。
「そういう貴公は、戦場ではいつも後ろだな」
公家寄りの武家である者からの言葉に、広間の中で騒ぎが起こる。
幕府と公家の関係は亀裂が入ったままだ。公家から見れば、今回の一件、幕府の落ち度に映るのだろう。
この状況では一丸となって何かを成す事は出来ない――紫草は心の中でそう呟いた。
思い返せば、滅亡の危機に瀕していた昔が懐かしい。あの時は全員が一つだった。生きるのも死ぬのも。
ふぅと小さくため息を漏らしてから、紫草は立ち上がると、力いっぱい、床を叩き踏む。
突然の大きな音に一瞬、大広間が静まり、その音の主が大将軍が発したものと分かると、全員が畏まった。
「先も言った通り、まずは状況の確認です」
内も外も厄介な事ですと思いながら紫草は宣言したのだった。
●憤怒火口に近い村
溢れ出た溶岩から雑魔や歪虚が形作られ、翼を持つ存在は飛び立ち、手や足があるものは大地を疾走する。
東方広くに散らばっていく憤怒。そんな中、憤怒火口に程近い村は危機に瀕していた。
「避難を急げ! もうすぐ、そこに迫っているぞ!」
幕府軍の武士が叫んだ。
押し寄せる溶岩を止める手段はなく、村は飲み込まれようとしていた。
その行く手を新たに出現した憤怒が邪魔をしてくる。
「もう一踏ん張りだ。応援は必ず来る!」
槍を振り回し、迫る雑魔を牽制する。
いつまで保つか分からない。だが、避難が完了するまで逃げ出す訳にもいかない。
100人程の小さい村の半数程は逃げ延びたが、足の遅い者や高齢者、怪我人病人の避難は遅れているのだ。
「も、もうダメです。うちらも逃げましょう!」
「馬鹿者! 見捨てていけるものか!」
弱音を吐く部下に武士は怒る。
民を守るのが武家の役目なのだ。ここで逃げようならば、これまでの戦いで死んでいった者達に、顔向けできない。
その時、流れてくる溶岩の動きが緩やかになった。原因が何か分からないがチャンスではあるはずだ。
「よし! 一隊は我に続け! 憤怒を押し返すぞ!」
武士は穂先を高々と掲げた。
奮戦を続ける武士の一団を高台の上で、一人の美女が眺めていた。
狐耳のようにぴょんと立っている髪型が特徴的な人型の憤怒歪虚“狐卯猾(こうかつ)”であった。
「早くしないと全滅しちゃうわよ。全く、人間はとろいんだから」
冷めた目でそう呟いた。
そして、サッと手をかざして負のマテリアルを操る――溶岩の流れを一時的に止めていた結界が解かれ、再び溶岩が流れ出す。
「おまけにやってきそうなのはハンターじゃない。てっきり、幕府軍かと思えば……」
遠くの方からハンター達が向かってくるのが見えた。
恐らく、動きの遅い幕府軍よりも早く対応できるからだろう。
「……全く仕方ないわね。でも、いいわ。行う事は同じだから」
予定と若干違うが、行う事は同じだ。
愚かな人間共に憤怒との戦いが終わっていない事を知らせるのだ。
「そうでしょう、“元”憤怒王の蓬生お兄さん」
ニヤリと狐卯猾は笑った。
リプレイ本文
●
泥状の溶岩を被った人型の憤怒歪虚が倒れ込んだ侍に岩棒を振り落とした瞬間だった。
「……どうやら、間に合ったようだね」
凛々しい女性の声が侍の耳に入ってきた。
恐る恐る目を開くと、そこには赤い髪が腰まで伸びた女性が――自転車に乗っていた。
侍は知らないが、その女性の名はアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)という。
法術刀を一振りし、歪虚を切り伏せた。
「ここは私達に任せて住民の避難を」
そう呼び掛けて、アルトは再び自転車で敵の群れの中へと突貫していった。
疾影士の力と自転車の組み合わせで驚くべき一早くアルトは駆け付けたのだ。
そして、次に戦場に到着したのは八島 陽(ka1442)だった。
機導師としての能力を発揮しつつ、魔力を宿した木製のソリで川を飛び、一直線に向かってきたのだ。
「オレ達が歪虚と戦い、避難時間を稼ぎます」
カードバインダーを装着している腕を高々と掲げる。
マテリアルで創られた符が宙に放たれる。
「六行の天則に従い、清き風よ、貫く雷となり、魔を滅せよ! 風雷陣!」
バインダーのスキルアシストにより5本に増えた稲妻が憤怒歪虚を直撃していった。
村の南側の一角、星野 ハナ(ka5852)が魔導バイクで到着する。
「箒とバイクの全力移動なら迂回しても僅かな差だと思いますけどぉ……」
周囲の状況を確認しながらハナは呟く。
川を渡ろうとしたハンター達の姿が見えない。だが、待っている場合でもない。
「とにかく、やってみるですぅ」
牡丹と灯篭が描かれた符を6枚宙に散らしつつ、符術を行使する。
浄化結界を張って、ゆっくりと流れてくる溶岩に対して使ったのだ。
効果の程は分からない。だが、負のマテリアルを浄化する事はできた。ハナは次に浄化地点に向かって走り出した。
村に到着したユリアン(ka1664)は後ろに乗っていた劉 厳靖(ka4574)と共に馬から降り、村人らと退避する傷ついた武士に薬と共に馬を託した。
「まだ……逃げ遅れがいる……」
「大丈夫。誰も見捨てないし、ここに敵は来させない。助けも直ぐ来る」
安心させる言葉を掛けつつ、武器を構えるユリアン。
「厳靖さん、ここから歩きで大丈夫ですか?」
「あぁ……気づいたか、あの高台の歪虚」
厳靖が指さした高台の上に強力な負のマテリアルを放つ歪虚が居た。
あの歪虚も放置しておく訳にはいかないだろう。
「一先ず、避難を優先しましょう。事態が落ち着いてきたら、厳靖さんだけでも」
「まぁ、任せとけ。何とかするさ」
二人のハンターは互いに頷きつつ、襲い掛かってくる憤怒に駆け出すのであった。
穂積 智里(ka6819)とハンス・ラインフェルト(ka6750)の二人も高台の歪虚に気が付いていた。
「私は溶岩の進行を遅らせに行きますけど……ハンスさんは?」
智里の言葉にハンスは聖罰刃を高台へと向ける。
「避難誘導より戦闘の方が性に合いますから」
「大怪我しないで戻って来て下さい」
「えぇ……それでは、マウジー、また後で」
彼女の背中を軽く叩き、ハンスは高台へと向かう。
その後ろ姿を見送りながら、智里は堕杖を確りと握り締める。
流れてくる溶岩を浄化する術を彼は持ち合わせていない。であれば、彼の分まで憤怒溶岩を止めるだけだ。
「それでは、私も行きます」
智里は強い決意と共にマテリアルを集中させた。
数日前からの嵐で川が増水していた。その影響で、流れも激しく、岩や流木も流れており、とてもではないが、魔法を使って川の上を通過するのは空でも飛ばない限り無理があった。
結局、橋まで迂回しなければならなかったが、先行したハンター達に大きく遅れる事は無かった。
「溶岩がこんなところまで……いえ、今は村人さんを助けるのが優先です!」
エステル・ソル(ka3983)が村の惨状を見て声を挙げる。
負のマテリアルに汚染された溶岩がゆっくりとだが、確実に移動していた。
それが木材で建てられた家に到着すると、瞬く間に火が広がる。それだけでは収まらず、時折、溶岩の中から憤怒が出現するのだ。
「此処はまだ、憤怒の残滓で危うい儘なのね」
無謀にも飛び掛かってきた雑魔を二つの剣で斬り伏せるアリア・セリウス(ka6424)。
雑魔はそれで倒せたが、溶岩の動きは止まらない。
「思った以上に戦線が広がっているのでしょうか?」
「その様子のようね」
心配するエステルにアリアは頷く。
電源を入れっぱなしの通信機からは仲間の声が響いていた。
敵と戦闘中の者、溶岩を浄化する者、避難誘導する者と様々だった。
鳳城 錬介(ka6053)も溶岩に達していた。既に能力を使い果たした魔箒を背負いつつ、浄化魔法を唱える。
「これは……骨が折れそうです」
溶岩の流れは止まらない。
しかし、浄化しなければ、憤怒が出現するのだ。
幸いなのは溶岩から出現する雑魔がハンター達にとってそれほど脅威では無いという事だろうか。
蒼機刀を振るって雑魔を倒した龍崎・カズマ(ka0178)が疾影士の力で宙を駆け、眼下に流れる溶岩を観察する。
「こんなもんを見るからに、地下には憤怒の何かがあるんだろうか」
「東方は長らく憤怒の支配地域が広がっていたそうですから、汚染されていても不思議ではないですよね」
聖導士らしい推測を述べる錬介。
「厄介な事だな……歌術では溶岩自体の動きは変わらないようだ」
カズマは錬介の横に降り立つ。
溶岩の動きが止まらない以上、出現してくる憤怒を倒して時間を稼ぐしかないようだ。
(噴出孔は遠いか……出来れば確認したかったが)
心の中でカズマは呟く。もっとも、彼が噴火口へ行かなくて正解だった出来事が起こる訳ではあるのだが。
「真白殿やユリアン殿、厳靖殿は先に到着しているだろうか」
魔導バイクを走らせながら七葵(ka4740)が独り言を口にする。
長距離移動だと移動力の違いが大きな差となった。また、目的地である村でも、避難する人が多い北側と、溶岩が寄せている南側でも距離が離れていた。
それ故、七葵はまだ街道を走っていたのだ。
「こんな所にも憤怒か」
降魔刀を抜きつつ、すれ違いざまに泥状の溶岩を被った人型の歪虚を斬りつけた。
はぐれたのか、それとも何かを狙っているのか……。
「橋に先回りするつもりだったか?」
油断なく刀を構えた所で、後ろから輝羽・零次(ka5974)の威勢の良い声が響く。
大地を強く踏みしめて、間合いを詰める縮地瞬動という格闘士の技があるが、それを使いながら拳にマテリアルを込める。
「どだらあぁぁぁ!」
気合と共に放った拳は憤怒の胴体の一部を吹き飛ばした。
拳をガツンと打ち付けて、村の方角を睨む。
「よし、あと半分くらいか!?」
どうやら、彼も移動力が不足していたようだ。
しかし、二人が戦場到達するのが遅れたのは全くのミスにはならなかった。回り込んだ憤怒を倒す事が出来たからだ。
●
魔斧を振り回し、狐の形をした憤怒雑魔を吹き飛ばすボルディア・コンフラムス(ka0796)。
岩石の胴体がボロボロに崩れて消えていく。
「チッ……こいつも憤怒かぁ? ほんっとしつけぇな毎度毎度!」
避難の途中だというのに敵が執拗に追い縋ってくるのだ。
その都度、ボルディアを振り回し、敵を寄せ付けない。
「テメェ等の相手は避難終わってからゆっくりしてやるよ、待ってやがれ!」
ドンと斧を地面に立てて、中指を溶岩に向けた。
そんな言葉が通じるかどうかはともかく、頼もしい一言に村人に安堵の表情が浮かぶ。
「みんな頑張って。でも、慌てずに……余力ある人は子供やお年寄りに手かして」
声を掛けて回っているのは時音 ざくろ(ka1250)だ。
結界を張ったり、身体で盾となって確実に村人達の背を守っている。
「人々に危険が迫っているのに放ってなんて置けないもん。絶対、みんな無事に避難させるんだ!」
ざくろと同じように村人を安心させるようレオン(ka5108)もまた、呼び掛けながら避難誘導を続けていた。
兎に角、老人や子供、怪我人などが多くて足が遅い。
子供が泣けば、その泣き声を聞いて憤怒が迫ってくるし、老人は転んだだけでも大きな怪我にもなりかねない。
「慌てないで落ち着いてください。大丈夫、守りますから」
「川が渡れそうになかったら、橋を通る事になるかな?」
ざくろの問いにレオンは頷きながら答える。
「そうなると思います。溶岩に向かった仲間達が時間を稼いでいる間が勝負ですね」
だが、戦線が広いのか、討ち漏らしが出ているようだ。
岩狐雑魔の群れが建物の影から飛び出してきた。
「これ以上先には進ませないよ!」
天竜寺 詩(ka0396)の声が響き、同時にマテリアルで造られた無数の闇の刃が岩狐の雑魔共を貫いていく。
貫かれた敵は空間に縛られているように身動きが取れなくなった。
「よし、よくやった!」
ボルディアが豪快に斧を振り回し、雑魔共を粉砕する。
「村人を無事逃がす為にもここで歪虚達を食い止めないと!」
詩は殿に立つと、更に別方向から迫る雑魔の群れに対して別の術を唱え始める。
次に放たれたのは一直線に伸びるマテリアルの光線。
それらはただの攻撃魔法ではない。敵に行動混乱をもたらす力を持った魔法なのだ。
たちまち同士討ちが始まる。
「ここは任せて」
「おう!」
力強く返事をすると、ボルディアは片手で斧を持ったまま、空いた手で足を怪我した村人を軽々と担ぐのであった。
村の北側近くでもハンター達が避難誘導にあたっていた。
「歩けない方はこの台車に乗って下さい」
村人から提供された大きめの台車に仲間の馬を繋いだヘルヴェル(ka4784)が呼び掛ける。
これで、少しは移動が楽になるだろうか。
「馬に直接乗ることが出来なくとも、台車があればなんとかなりそうだな」
台車を牽くこととなった自身の馬の横でレイア・アローネ(ka4082)が言った。
最初は何人か馬に乗れればと思ったが、ヘルヴェルからの提案を受けての事だ。訓練されている馬というのも意味があったようだ。
「私は先行して避難誘導路の安全を確認してきます」
「任せた。私の方は村人達を誘導しよう」
レイアは真剣な眼差しで告げると、魔導剣を抜き放った。
先程から、ちらほらと雑魔の姿も見えているからだ。機を伺っているようにも見える。
それらを誘き出す為か、銀 真白(ka4128)が体内のマテリアルを燃やす。
「この様な場所で火山だと……エトファリカボードより始まった歪虚の狙いとはこれだったのか?」
そんな疑問を発しながら、ソウルトーチによって顔を出した雑魔に弓矢を放った。
憤怒火口の場所――拷陀が構築した拠点――周辺は、活火山地帯ではない。
活火山は本来、もっと南、憤怒本陣などがある、所謂“龍の背骨”の一角だ。明らかに今回の火山は歪虚の企みだろう。
「憤怒に怠惰……ほんに忙しい者共じゃのう……」
怪我人に回復魔法を掛けつつ、蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は憤怒火口のある方角を見つめる。
火口より黒灰色の煙が立ち上っていた。
「問題は火口を如何にして塞ぐか……なれど、今は救うべき民の命より優先するべき事では無いのう」
噴火に関する事は頭の隅に追いやった。今は一人でも多くの者を救うのが先決なのだから。
幾本かの矢を放った真白が再び矢を番える。
「これは……キリがないか」
思ったよりも憤怒の出現が多いようだ。避難民を連れながら撤退戦を行うしか他はない。
蜜鈴はスッと前に出ると怪しい包帯が巻き付いている腕で宙に魔法陣を描く。
「誓の盾、堅牢なる檻、その身を以て全てを受け止め、迫る災いより愛し子を護れ」
刹那、地表より風を纏った枝葉が土と共に出現すると、一枚の土壁を形成した。
ちょうど建物と建物の間を塞ぐ。
「今のうちに下がるか。離れるなよ!」
レイアの台詞に各々が返事をして、ハンター達は村人らと共に避難を開始するのであった。
村の外縁部にあった薬師の家を借りて、志鷹 都(ka1140)は負傷者の手当を行っていた。
「私に出来ることは少ないけれど。一緒に頑張ろうね」
訓練された馬を撫でながら、合図を送ると、傷ついた老人を乗せて、ゆっくりと馬が進みだした。
頭の良い子だ。きっと、街道を進んで他の仲間と合流できるだろう。
「重傷者から優先して回復魔法を掛けていきます。ご協力をお願いします」
都のおっとりとした口調は、しかし、戦場のような状態の中で、勝手を許さない力強さも感じられた。
痛みで苦しい表情の侍は彼女の言葉に頷きながら、別の気絶している村人に腕先を向けるのであった。
●
歪虚や雑魔の群れに襲われている避難の一団を見つけ出し、ユリアンは一陣の風のように村の中を駆ける。
羽根の残影と共に精霊刀を振り抜き、雑魔を斬り裂いた。
「真白さん!」
「ユリアン殿!」
囲みの一角を切り崩すが、新手の存在に気が付いた雑魔が逆襲してくる。
数体同時の攻撃を避けつつ、際どい所で、真白が放った矢が岩狐の頭を貫いた。
その一瞬の隙を見逃さず、一気に真白との距離をユリアンは詰める。
「憤怒の出現が多い状況ですね……七葵さんは?」
辺りを見渡し、よく真白と一緒にいる侍の姿を探すが――見当たらない。
「この先で避難路を確保しているかと」
「前線は抑えているはずだから、回り込んで来た分ですか……思った以上に状況は不味いですね」
ユリアンの読みに真白は頷いた。
「前衛をお願い出来ますか?」
「勿論ですよ。敵の盾や武器を狙って無力化していきます」
奇声を発しながら向かってくる憤怒にユリアンは精霊刀を構え、真白は矢を番えた。
戦いは避難民だけではなく、溶岩が流れる先端部分でも繰り広げられていた。
圧倒的な数に膨れ上がった岩狐共に対し、八島がアイシクルコフィンを放つ。
次々に凍てつきながら砕け散っていく岩狐だが、後ろから次々に飛び出してくるのだ。
「これは、相当な量の敵がいるようだね」
八島は冷静に分析した。ハンター達が浄化術を行使していてもこの状況なのだ。
憤怒火口から一体、どれだけの歪虚や雑魔が出現しているのか、想像するのは容易かった。
「溶岩を広く押し留められればいいかと思ったが、限度があったか」
スキルを使い切ったカズマが蒼機刀を巧みに操り、敵を倒していきながら言う。
八島による機導浄化術は有効だったが、溶岩の動きは止まらなかった。後から後から溢れ出るように新手が出現する。
「折角、浄化できた場所も、それを乗り越えて汚染された溶岩が出てくるようだしな」
「ジリジリと後退するようですかね」
背負っていた弓を構えながら八島がカズマに尋ねた。
「目的は避難だからね」
要は避難が完了するまで憤怒を抑えておけばいいのだから。
「五方の理を持って、千里を束ね、東よ、西よ、南よ、北よ、ここに光と成れ! 五色光符陣!」
符術を行使しながらハナは周囲の状況を見渡す。
溶岩の際で奮戦していたが、流石に溶岩の流れ自体には逆らう事はできなかった。
それに回り込んでいる敵も厄介な事、この上ない。
アリアが背後や側面に回った敵を倒し続けているからなんとかなっているものの、一人では危なかっただろう。
「村を放棄するよう……ですね」
振り返ったハナの目には燃え盛る村の建物が映っていた。
「気を落とす事はないわよ。命があれば再建は可能なのだから」
励ますようにアリアが告げる。
人と明日が喪われなければ、終わりではない。戦い続ける意味はあるのだ。
「己が為ではなく、誰が為にと――誇りを二つの剣に宿して」
瞳を見開き、アリアは左右の手に持った剣にマテリアルを流す。
そして、次に迫って来た憤怒に対して切り掛かった。
「私が殿を務めます」
「お言葉に甘えさせて貰いますぅ」
可愛げな声で言いながら、ハナはアリアを術で援護した。
大魔法を放って出来た穴も、続々と流れる憤怒溶岩に飲み込まれてしまい、村へと流れてくる向き自体を変える事は出来なかった。
それでも、出現していた憤怒は倒せているのでエステルの労力は全く無駄ではないが。
「歪虚の動きを鈍くすることを優先します」
彼女は紫色の光を伴う重力波を発生させる魔法を唱える。
隕石を降らせる魔術ほどではないが、それでも十二分な範囲に魔法が広がった。
幾体もの敵の足が遅くなるが、中には掛からなかった憤怒もいる。そちらに対しては智里が冷静に機導術を放って対処していた。
「どうやら、戦線が下がっているようですね」
通信機から入ってくる情報を頼りにできるのは大きい。
もし、連絡がつかなかったら、最悪、囲まれる可能性だってある訳なのだから。
「わたくし達も合わせて下がった方がよろしいでしょうか?」
「その方が安全ですし、戦線を合わせる必要はあると思うのです」
戦場で慌ただしいのに、物腰穏やかなエステルの問いに智里がそう答えた。
それでなくとも術士二人なのだ。無理は禁物だ。
(ハンスさん……)
高台を見上げる。あちらはどうなったのだろうか。
心配そうな表情の彼女に何かを察し、エステルは静かに頷いた。
「きっと、大丈夫ですよ。さぁ、囲まれる前にわたくし達も行きましょう」
外縁部の薬師の家の扉を開けて、血と泥で汚れた錬介の顔が出した。
「ここにももうすぐ敵が来ます。避難を」
回り込んだ憤怒が退路を塞ぐように動いているのだ。
高度な作戦……というよりかは、マテリアルを求めて迫ってくるようにも思える。
「ちょうど、最後の方を治療し終わった所です」
都が血で濡れた手を桶で洗っていた。
出来れば片付けまでしたかったが、ここまでのようだ。家主は負傷者と共に裏口から脱出している。
「お待たせしました、錬介さん」
いつでも手が届く所に置いてあった杖と盾を手に取り、都は表口から出る。
外には心優しき鬼が聖盾剣を構えて憤怒を迎え撃っていた。
武器を振り回して憤怒を退けると錬介は振り返る。
「いえ、それほどでも。それでは、ここで一度、逆襲しておきますか」
「はい」
二人の聖導士が同時に同じ魔法を行使する。
壁のように迫ってくる幾体もの憤怒を黒い刃が貫いていった。
移動が出来なければ追撃は止まる。
なおも連続してプルガトリオを唱えながら、都と錬介は街道に向かって後退を始めた。
前線に残っているハンターも少なくなってきた。
白巫女の力で善戦していた詩を囲んでいた敵を、アルトは通りすがりながら殲滅する。
「既に後退が始まってるよ」
アルトの忠告に頷きながら、詩は高台を見上げた。
そこには強力な歪虚が居たからだ。縁から離れたのか、今はもう姿を見る事はできないが。
(東方の平和の為に、絶対あの狐女を倒さなきゃ。それに……)
グッと拳を握った。
「虚博の仇を討ってあげないと。そんな義理はないんだけどね」
「懐かしいな……何か思う所があるのかい?」
「分からないけど、そんな気がするの」
首を振りながら詩は言った。
胸の中で広がる妙な緊張感。その雰囲気を察しアルトも高台を見上げた。
憤怒火口までは距離があって遠いので観察はできそうになかった。多くの敵を血祭りにあげた以上、長居も必要ない。
「今から高台を登るよりかは避難する村人の背を守った方がいいだろう」
「仇は必ず取るからね」
二人のハンターは街道を走り出したのであった。
●
川に架かる橋を守れたのは、偶然にも初動で出遅れた七葵と零次の存在もあった。
避難する村人らが安全に渡り切るまで、二人の憤怒との戦いは続いていた。
「岩を飛ばされる前に先手必勝だ」
七葵が構えた刀からマテリアルの刃で空間を切り裂く。
敵味方の見境がない技ではあるが、味方に当たる心配がなければ、十分な威力を持つ。
生き残った岩狐が苦し紛れに岩を飛ばしてくるが、七葵は苦もなく避けた。
「数だけは多いな」
「親玉がいねーなら、手当たり次第って事かよ!」
零次は相変わらず拳を繰り出していた。
憤怒が間近に迫っていると分かると、村人らの緊張も高まる。
だが、幾ら焦っても、橋を一般に大人数は渡れない。
七葵の視界の中で、幼い子供が転ぶ。颯爽と駆け付けると子供を素早く抱き上げた。
「このまま一気に橋を渡る。目を閉じて掴まっておけ」
覚醒者の力であれば欄干を走る事も不可能ではないはずだ。
「援護するぜ」
子供を抱えて走り出した七葵を邪魔すべく立ち塞がった憤怒に対し、零次が拳を叩き込むのであった。
橋に続く街道にレイアが仁王立ちしていた。
街道を通って押し寄せる憤怒歪虚を通さない覚悟だ。
「大丈夫だ、我々が皆を守り抜く」
不安そうに橋を渡る順番待ちをしている村人を安心させるように、笑顔を向けるレイア。
その言葉は気休めではない。闘狩人としての力を持つ彼女だからこその言葉だった。
「俺も立たせて貰いますよ」
聖剣と盾を構えてレオンがレイアの横に並んだ。
避難完了まで時間を稼ぐ。二人なら不可能ではないだろう。
「橋の状況はどうだ?」
「ざくろと蜜鈴が上手くやっているようだ」
橋をチラっと振り返る。
ざくろと蜜鈴が人を抱えて空を飛んでいた。
どうしても歩けない重傷者も居るからだ。
「生きる事が最優先じゃ……然りと治してやれぬですまぬ」
急いでいるので回復魔法はそこそこに、蜜鈴が空を飛ぶ。
魔法で飛べる時間は限られているが、川を渡る分は問題ないようだ。マジックフライトの魔法の最大の特徴は他者にも掛けられる事だろう。
「一気に川を越えるから、安心して」
微笑を浮かべるざくろ。
アルケミックフライトは別の機導術を使用していなければ使えなかったが、蜜鈴の魔法の力を借りる事で意図して事は出来た。
「なに、こちらも助かっておるのじゃ」
「敵の遠距離攻撃は、ざくろが受け持つから」
憤怒の中には岩や炎を飛ばしてくる存在もいたが機導術による防御膜を張って防いでいたのだ。
重傷者は川を渡れた。後は足の遅い村人達だ。
蜜鈴は眼下に友の姿を見ていた。
バイクに足腰の弱い老人を乗せて、その脇に立つヘルヴェルは橋を渡る。
「速度が遅くなっても歩くより早いですから」
慌てさせないように穏やかに告げるヘルヴェル。
橋からは回り込んで来た憤怒が川岸に集まっている姿が確認できた。
「流石に、川には入れないようですね」
急流な川の流れはハンター達だけに不利になっているようではないみたいだ。
「ざまぁねぇな」
岸にずらりと並ぶ間抜けな憤怒を眺めるボルディア。
橋さえ渡り切ってしまえば、その後の心配はないというものだ。
「よし! 俺にしっかり掴まれ!」
斧を対岸に投げると空いた手で子供を両肩に乗せて、老人を左右の手それぞれで掴み担ぎ上げる。
豪快極まった状態でボルディアは歩き出したのであった。
憤怒溶岩に襲われた村人らは、ハンター達の活躍もあり無事に避難が完了した。
また、帰路の最中、ハンター達は憤怒火口が大噴火を起こしたのを目撃するのであった。
おしまい。
●
狐卯猾に最初に接触したのは、レイオス・アクアウォーカー(ka1990)とハンスだった。
狐耳のような髪がピクっと動き、不敵な笑みを浮かべている狐卯猾。
「部下も連れずにそんな所で高みの見物とは、良い御身分だな女狐」
レイオスは進み出ながら言葉を続ける。
「それとも、拷陀を見殺しにしたから部下に愛想を尽かされたか?」
「見殺しなんて人聞きが悪いわ。あれは死にたがっていたのよ」
「五芒星の術式のやり直しか? 今度は溶岩で憤怒王モドキを作るのか?」
なるべく情報を引き出そうとするか、それは見抜かれていたようだ。
「会話に徹するか、戦うのか、まずは仲間同士で決めたら?」
返してきた狐卯猾の台詞。
直後、マテリアルの刃が狐卯猾を空間ごと、斬り裂いた。
「貴女を倒せば、溶岩は引きますかね」
ハンスが放ったものだった。だが、狐卯猾には掠りもしなかった。
蓬生と比べれば近接戦は劣るようだが、それでも高次元にあるのは当然の事のようだ。
「ふぅ……やっと登れました……わぅっ!? あの時の嫌な子です! また紫草さんの邪魔をするのですね!」
アルマ・A・エインズワース(ka4901)が急な坂を上ってきて開口一番に叫ぶ。
がるるると全身の毛が逆立っているような反応のアルマに狐卯猾が笑った。
「大将軍の邪魔……そうね。その通りよ、そこのハンター。教えてあげるわ、憤怒王である蓬生お兄さんの企みを」
憤怒王の名前が出てきた事にレイオスとハンスの二人は油断なく武器を構えた。
憤怒火口の件はやはり、憤怒王が関わっているのだろうか。
だが、アルマはベーと舌を出した。
「狐卯猾さんの嘘つきぃー!!」
「嘘ってお前……」
言い掛けたハンスの台詞を遮ってアルマは続ける。
「お兄ちゃんのお友達は、そんな事、絶対しないです! 僕もお喋りしたんで、わかるんですもん! そーやって、僕らと蓬生さんを喧嘩させるつもりです!」
ビシっと狐卯猾を指さすアルマ。
やや間を置いてから、高笑いする狐卯猾。しかし、それも束の間、急に黙り込むと冷たい視線をアルマに向けた。
「……勘のいい犬は嫌いだよ」
「つまり、俺達を通じて、この一連の事件の首謀者が蓬生だと幕府に伝えようとしたのか」
状況の推移を見守っていたレイオスの言葉に狐卯猾が諦めたように両腕を天に向けた。
「手間になっちゃったわね。許さないから!」
猛烈な負のマテリアルの竜巻が一帯を包む。
受け続ければ危険だが、ハンター達も黙って立っている訳ではない。ハンス、レイオスの必殺の一撃が放たれると、超強力なアルマの機導術が続いた。
「我慢比べよ!」
「そうとは限りませんよ」
鞍馬 真(ka5819)が星神器『カ・ディンギル』を手に高台へと登ってきた所だった。
彼は村で歪虚や雑魔を葬っていたが、高位歪虚が高台に居る事を目撃して登って来たのだ。
真の持つ独特のマテリアルオーラを帯びた杖を観察し、狐卯猾が言う。
「……来たわね、守護者――ガーディアン――」
一目で戦況が危ういと感じた真は星神器を掲げた。
星神器の力を解放した方が良いと判断したからだ。
「断絶の理、万象全てに通じる門は決して開かず、明らかにされず至れ、ヤルダバオート!」
星神器がハンター達を包む超強力な概念結界を展開した。
その力は、味方に強固な守りを与え、敵には認識を阻害する呪いを付与する事が出来る。
狐卯猾の炎の竜巻は放たれ続けるが――悉く、ハンターには当たらなかった。
「今です。結界が維持されている間に!」
真の呼び掛けに、ハンター達は頷くと高威力な攻撃を叩き込む。
攻撃手段を失った狐卯猾はあっという間に劣勢に追い込まれた。
「ま、まさかっ!」
狐卯猾は吹き飛ぶと地面に伏した。
同時に概念結界が消え去り、真は大きく息を吐く。極めて強力な力だが、使用回数に限りがあるからだ。
無事に倒せて良かったと思った直後の事だった。
「どういう事だ!?」
驚くハンスの言葉。
誰もがそれは思った。倒したと思った狐卯猾が負のマテリアルを発しながら塵と化すと寄り集まって姿形を形成したからだ。
「この歪虚は不死身なのですか!?」
「狐卯猾さんは明らかに変です!」
真とアルマの二人も驚きを隠せなかった。
「以前、守護者の力は見させて貰っているから対策は万全よ」
ニヤリと笑うと狐卯猾は炎の竜巻と負のマテリアルの波動で一帯を包んだ。
こうなってしまうとさっきの戦いのようにはいかない。
刀を振り抜きながらハンスが言った。
「そろそろ、痛み分けで引いていただけるとありがたいのですが、ねッ」
「私だけ死ぬのはズルいと思わないかしら?」
攻防一体の力の前の前に攻め切れないハンターらを嘲ながら、炎球の魔法を幾重にも唱え始める。
「寒気がするマテリアルとは別なのか……」
その力の正体を見極めようとしたレイオスだったが、魔術師ではない彼には理解困難だった。
そうこうするうちに幾重にも重なり巨大化した炎球がハンター達に叩きつけられ、次々に倒れるハンター達。
その一撃は堅い守りを持つアルマですら容易に耐えられるものは無かった。
「わ、わふー!」
最後まで立っていたアルマだったが、ドサリと崩れ落ちる。
「これで全滅ね」
誰もが地面に倒れて虫の息だ。
トドメを刺そうと歩みだした狐卯猾だったが、その足がピタリと止まった。
視線の先に別のハンターが高台を登って来たからだ。
よっこらせとおっさん臭い言葉で最後の坂を登り、姿を現したのは厳靖だった。
「あー。なんか取り込み中にすまねぇな」
厳靖が惨状に憶する事なく軽い口調で言った。
警戒心剥き出しで狐卯猾は唐突に現れたおっさんを見つめる。
「……全くよ、何か用?」
「いや、なに、お前さんの目的を聞こうと思ったんだが、この有り様じゃよ……」
新手を黙らせようと狐卯猾は腕を掲げたが、その腕が無造作に落下した。
まだ“馴染んで”いないようだ。上手く力が扱えていないのだ。所詮は取り込んだ力というべきか。
「…………」
落ちて消え去った腕を見つめる狐卯猾に厳靖は懇願するように言う。
「お前さんもそんな様子だし、見逃してくれねぇかねぇ」
「……っま、そっちがそういうなら聞いてあげるわ。感謝しない。私が寛大であった事にね」
唇が触れ合うと思う程、厳靖に近付いてから狐卯猾は告げた。
そして、振り返りつつ流し目を向けながら、唐突に消え去ったのであった。
たっぷりと十は数えてから、厳靖はため込んだ息を吐き出した。
かなり危なかっただろう。敵にも敵の都合があったようだが……。
「さてと、ポーションぐらいは持ってるだろうな。流石に俺一人でおまえら全員は運べねーからよ」
苦笑いを浮かべる厳靖であった。
泥状の溶岩を被った人型の憤怒歪虚が倒れ込んだ侍に岩棒を振り落とした瞬間だった。
「……どうやら、間に合ったようだね」
凛々しい女性の声が侍の耳に入ってきた。
恐る恐る目を開くと、そこには赤い髪が腰まで伸びた女性が――自転車に乗っていた。
侍は知らないが、その女性の名はアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)という。
法術刀を一振りし、歪虚を切り伏せた。
「ここは私達に任せて住民の避難を」
そう呼び掛けて、アルトは再び自転車で敵の群れの中へと突貫していった。
疾影士の力と自転車の組み合わせで驚くべき一早くアルトは駆け付けたのだ。
そして、次に戦場に到着したのは八島 陽(ka1442)だった。
機導師としての能力を発揮しつつ、魔力を宿した木製のソリで川を飛び、一直線に向かってきたのだ。
「オレ達が歪虚と戦い、避難時間を稼ぎます」
カードバインダーを装着している腕を高々と掲げる。
マテリアルで創られた符が宙に放たれる。
「六行の天則に従い、清き風よ、貫く雷となり、魔を滅せよ! 風雷陣!」
バインダーのスキルアシストにより5本に増えた稲妻が憤怒歪虚を直撃していった。
村の南側の一角、星野 ハナ(ka5852)が魔導バイクで到着する。
「箒とバイクの全力移動なら迂回しても僅かな差だと思いますけどぉ……」
周囲の状況を確認しながらハナは呟く。
川を渡ろうとしたハンター達の姿が見えない。だが、待っている場合でもない。
「とにかく、やってみるですぅ」
牡丹と灯篭が描かれた符を6枚宙に散らしつつ、符術を行使する。
浄化結界を張って、ゆっくりと流れてくる溶岩に対して使ったのだ。
効果の程は分からない。だが、負のマテリアルを浄化する事はできた。ハナは次に浄化地点に向かって走り出した。
村に到着したユリアン(ka1664)は後ろに乗っていた劉 厳靖(ka4574)と共に馬から降り、村人らと退避する傷ついた武士に薬と共に馬を託した。
「まだ……逃げ遅れがいる……」
「大丈夫。誰も見捨てないし、ここに敵は来させない。助けも直ぐ来る」
安心させる言葉を掛けつつ、武器を構えるユリアン。
「厳靖さん、ここから歩きで大丈夫ですか?」
「あぁ……気づいたか、あの高台の歪虚」
厳靖が指さした高台の上に強力な負のマテリアルを放つ歪虚が居た。
あの歪虚も放置しておく訳にはいかないだろう。
「一先ず、避難を優先しましょう。事態が落ち着いてきたら、厳靖さんだけでも」
「まぁ、任せとけ。何とかするさ」
二人のハンターは互いに頷きつつ、襲い掛かってくる憤怒に駆け出すのであった。
穂積 智里(ka6819)とハンス・ラインフェルト(ka6750)の二人も高台の歪虚に気が付いていた。
「私は溶岩の進行を遅らせに行きますけど……ハンスさんは?」
智里の言葉にハンスは聖罰刃を高台へと向ける。
「避難誘導より戦闘の方が性に合いますから」
「大怪我しないで戻って来て下さい」
「えぇ……それでは、マウジー、また後で」
彼女の背中を軽く叩き、ハンスは高台へと向かう。
その後ろ姿を見送りながら、智里は堕杖を確りと握り締める。
流れてくる溶岩を浄化する術を彼は持ち合わせていない。であれば、彼の分まで憤怒溶岩を止めるだけだ。
「それでは、私も行きます」
智里は強い決意と共にマテリアルを集中させた。
数日前からの嵐で川が増水していた。その影響で、流れも激しく、岩や流木も流れており、とてもではないが、魔法を使って川の上を通過するのは空でも飛ばない限り無理があった。
結局、橋まで迂回しなければならなかったが、先行したハンター達に大きく遅れる事は無かった。
「溶岩がこんなところまで……いえ、今は村人さんを助けるのが優先です!」
エステル・ソル(ka3983)が村の惨状を見て声を挙げる。
負のマテリアルに汚染された溶岩がゆっくりとだが、確実に移動していた。
それが木材で建てられた家に到着すると、瞬く間に火が広がる。それだけでは収まらず、時折、溶岩の中から憤怒が出現するのだ。
「此処はまだ、憤怒の残滓で危うい儘なのね」
無謀にも飛び掛かってきた雑魔を二つの剣で斬り伏せるアリア・セリウス(ka6424)。
雑魔はそれで倒せたが、溶岩の動きは止まらない。
「思った以上に戦線が広がっているのでしょうか?」
「その様子のようね」
心配するエステルにアリアは頷く。
電源を入れっぱなしの通信機からは仲間の声が響いていた。
敵と戦闘中の者、溶岩を浄化する者、避難誘導する者と様々だった。
鳳城 錬介(ka6053)も溶岩に達していた。既に能力を使い果たした魔箒を背負いつつ、浄化魔法を唱える。
「これは……骨が折れそうです」
溶岩の流れは止まらない。
しかし、浄化しなければ、憤怒が出現するのだ。
幸いなのは溶岩から出現する雑魔がハンター達にとってそれほど脅威では無いという事だろうか。
蒼機刀を振るって雑魔を倒した龍崎・カズマ(ka0178)が疾影士の力で宙を駆け、眼下に流れる溶岩を観察する。
「こんなもんを見るからに、地下には憤怒の何かがあるんだろうか」
「東方は長らく憤怒の支配地域が広がっていたそうですから、汚染されていても不思議ではないですよね」
聖導士らしい推測を述べる錬介。
「厄介な事だな……歌術では溶岩自体の動きは変わらないようだ」
カズマは錬介の横に降り立つ。
溶岩の動きが止まらない以上、出現してくる憤怒を倒して時間を稼ぐしかないようだ。
(噴出孔は遠いか……出来れば確認したかったが)
心の中でカズマは呟く。もっとも、彼が噴火口へ行かなくて正解だった出来事が起こる訳ではあるのだが。
「真白殿やユリアン殿、厳靖殿は先に到着しているだろうか」
魔導バイクを走らせながら七葵(ka4740)が独り言を口にする。
長距離移動だと移動力の違いが大きな差となった。また、目的地である村でも、避難する人が多い北側と、溶岩が寄せている南側でも距離が離れていた。
それ故、七葵はまだ街道を走っていたのだ。
「こんな所にも憤怒か」
降魔刀を抜きつつ、すれ違いざまに泥状の溶岩を被った人型の歪虚を斬りつけた。
はぐれたのか、それとも何かを狙っているのか……。
「橋に先回りするつもりだったか?」
油断なく刀を構えた所で、後ろから輝羽・零次(ka5974)の威勢の良い声が響く。
大地を強く踏みしめて、間合いを詰める縮地瞬動という格闘士の技があるが、それを使いながら拳にマテリアルを込める。
「どだらあぁぁぁ!」
気合と共に放った拳は憤怒の胴体の一部を吹き飛ばした。
拳をガツンと打ち付けて、村の方角を睨む。
「よし、あと半分くらいか!?」
どうやら、彼も移動力が不足していたようだ。
しかし、二人が戦場到達するのが遅れたのは全くのミスにはならなかった。回り込んだ憤怒を倒す事が出来たからだ。
●
魔斧を振り回し、狐の形をした憤怒雑魔を吹き飛ばすボルディア・コンフラムス(ka0796)。
岩石の胴体がボロボロに崩れて消えていく。
「チッ……こいつも憤怒かぁ? ほんっとしつけぇな毎度毎度!」
避難の途中だというのに敵が執拗に追い縋ってくるのだ。
その都度、ボルディアを振り回し、敵を寄せ付けない。
「テメェ等の相手は避難終わってからゆっくりしてやるよ、待ってやがれ!」
ドンと斧を地面に立てて、中指を溶岩に向けた。
そんな言葉が通じるかどうかはともかく、頼もしい一言に村人に安堵の表情が浮かぶ。
「みんな頑張って。でも、慌てずに……余力ある人は子供やお年寄りに手かして」
声を掛けて回っているのは時音 ざくろ(ka1250)だ。
結界を張ったり、身体で盾となって確実に村人達の背を守っている。
「人々に危険が迫っているのに放ってなんて置けないもん。絶対、みんな無事に避難させるんだ!」
ざくろと同じように村人を安心させるようレオン(ka5108)もまた、呼び掛けながら避難誘導を続けていた。
兎に角、老人や子供、怪我人などが多くて足が遅い。
子供が泣けば、その泣き声を聞いて憤怒が迫ってくるし、老人は転んだだけでも大きな怪我にもなりかねない。
「慌てないで落ち着いてください。大丈夫、守りますから」
「川が渡れそうになかったら、橋を通る事になるかな?」
ざくろの問いにレオンは頷きながら答える。
「そうなると思います。溶岩に向かった仲間達が時間を稼いでいる間が勝負ですね」
だが、戦線が広いのか、討ち漏らしが出ているようだ。
岩狐雑魔の群れが建物の影から飛び出してきた。
「これ以上先には進ませないよ!」
天竜寺 詩(ka0396)の声が響き、同時にマテリアルで造られた無数の闇の刃が岩狐の雑魔共を貫いていく。
貫かれた敵は空間に縛られているように身動きが取れなくなった。
「よし、よくやった!」
ボルディアが豪快に斧を振り回し、雑魔共を粉砕する。
「村人を無事逃がす為にもここで歪虚達を食い止めないと!」
詩は殿に立つと、更に別方向から迫る雑魔の群れに対して別の術を唱え始める。
次に放たれたのは一直線に伸びるマテリアルの光線。
それらはただの攻撃魔法ではない。敵に行動混乱をもたらす力を持った魔法なのだ。
たちまち同士討ちが始まる。
「ここは任せて」
「おう!」
力強く返事をすると、ボルディアは片手で斧を持ったまま、空いた手で足を怪我した村人を軽々と担ぐのであった。
村の北側近くでもハンター達が避難誘導にあたっていた。
「歩けない方はこの台車に乗って下さい」
村人から提供された大きめの台車に仲間の馬を繋いだヘルヴェル(ka4784)が呼び掛ける。
これで、少しは移動が楽になるだろうか。
「馬に直接乗ることが出来なくとも、台車があればなんとかなりそうだな」
台車を牽くこととなった自身の馬の横でレイア・アローネ(ka4082)が言った。
最初は何人か馬に乗れればと思ったが、ヘルヴェルからの提案を受けての事だ。訓練されている馬というのも意味があったようだ。
「私は先行して避難誘導路の安全を確認してきます」
「任せた。私の方は村人達を誘導しよう」
レイアは真剣な眼差しで告げると、魔導剣を抜き放った。
先程から、ちらほらと雑魔の姿も見えているからだ。機を伺っているようにも見える。
それらを誘き出す為か、銀 真白(ka4128)が体内のマテリアルを燃やす。
「この様な場所で火山だと……エトファリカボードより始まった歪虚の狙いとはこれだったのか?」
そんな疑問を発しながら、ソウルトーチによって顔を出した雑魔に弓矢を放った。
憤怒火口の場所――拷陀が構築した拠点――周辺は、活火山地帯ではない。
活火山は本来、もっと南、憤怒本陣などがある、所謂“龍の背骨”の一角だ。明らかに今回の火山は歪虚の企みだろう。
「憤怒に怠惰……ほんに忙しい者共じゃのう……」
怪我人に回復魔法を掛けつつ、蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は憤怒火口のある方角を見つめる。
火口より黒灰色の煙が立ち上っていた。
「問題は火口を如何にして塞ぐか……なれど、今は救うべき民の命より優先するべき事では無いのう」
噴火に関する事は頭の隅に追いやった。今は一人でも多くの者を救うのが先決なのだから。
幾本かの矢を放った真白が再び矢を番える。
「これは……キリがないか」
思ったよりも憤怒の出現が多いようだ。避難民を連れながら撤退戦を行うしか他はない。
蜜鈴はスッと前に出ると怪しい包帯が巻き付いている腕で宙に魔法陣を描く。
「誓の盾、堅牢なる檻、その身を以て全てを受け止め、迫る災いより愛し子を護れ」
刹那、地表より風を纏った枝葉が土と共に出現すると、一枚の土壁を形成した。
ちょうど建物と建物の間を塞ぐ。
「今のうちに下がるか。離れるなよ!」
レイアの台詞に各々が返事をして、ハンター達は村人らと共に避難を開始するのであった。
村の外縁部にあった薬師の家を借りて、志鷹 都(ka1140)は負傷者の手当を行っていた。
「私に出来ることは少ないけれど。一緒に頑張ろうね」
訓練された馬を撫でながら、合図を送ると、傷ついた老人を乗せて、ゆっくりと馬が進みだした。
頭の良い子だ。きっと、街道を進んで他の仲間と合流できるだろう。
「重傷者から優先して回復魔法を掛けていきます。ご協力をお願いします」
都のおっとりとした口調は、しかし、戦場のような状態の中で、勝手を許さない力強さも感じられた。
痛みで苦しい表情の侍は彼女の言葉に頷きながら、別の気絶している村人に腕先を向けるのであった。
●
歪虚や雑魔の群れに襲われている避難の一団を見つけ出し、ユリアンは一陣の風のように村の中を駆ける。
羽根の残影と共に精霊刀を振り抜き、雑魔を斬り裂いた。
「真白さん!」
「ユリアン殿!」
囲みの一角を切り崩すが、新手の存在に気が付いた雑魔が逆襲してくる。
数体同時の攻撃を避けつつ、際どい所で、真白が放った矢が岩狐の頭を貫いた。
その一瞬の隙を見逃さず、一気に真白との距離をユリアンは詰める。
「憤怒の出現が多い状況ですね……七葵さんは?」
辺りを見渡し、よく真白と一緒にいる侍の姿を探すが――見当たらない。
「この先で避難路を確保しているかと」
「前線は抑えているはずだから、回り込んで来た分ですか……思った以上に状況は不味いですね」
ユリアンの読みに真白は頷いた。
「前衛をお願い出来ますか?」
「勿論ですよ。敵の盾や武器を狙って無力化していきます」
奇声を発しながら向かってくる憤怒にユリアンは精霊刀を構え、真白は矢を番えた。
戦いは避難民だけではなく、溶岩が流れる先端部分でも繰り広げられていた。
圧倒的な数に膨れ上がった岩狐共に対し、八島がアイシクルコフィンを放つ。
次々に凍てつきながら砕け散っていく岩狐だが、後ろから次々に飛び出してくるのだ。
「これは、相当な量の敵がいるようだね」
八島は冷静に分析した。ハンター達が浄化術を行使していてもこの状況なのだ。
憤怒火口から一体、どれだけの歪虚や雑魔が出現しているのか、想像するのは容易かった。
「溶岩を広く押し留められればいいかと思ったが、限度があったか」
スキルを使い切ったカズマが蒼機刀を巧みに操り、敵を倒していきながら言う。
八島による機導浄化術は有効だったが、溶岩の動きは止まらなかった。後から後から溢れ出るように新手が出現する。
「折角、浄化できた場所も、それを乗り越えて汚染された溶岩が出てくるようだしな」
「ジリジリと後退するようですかね」
背負っていた弓を構えながら八島がカズマに尋ねた。
「目的は避難だからね」
要は避難が完了するまで憤怒を抑えておけばいいのだから。
「五方の理を持って、千里を束ね、東よ、西よ、南よ、北よ、ここに光と成れ! 五色光符陣!」
符術を行使しながらハナは周囲の状況を見渡す。
溶岩の際で奮戦していたが、流石に溶岩の流れ自体には逆らう事はできなかった。
それに回り込んでいる敵も厄介な事、この上ない。
アリアが背後や側面に回った敵を倒し続けているからなんとかなっているものの、一人では危なかっただろう。
「村を放棄するよう……ですね」
振り返ったハナの目には燃え盛る村の建物が映っていた。
「気を落とす事はないわよ。命があれば再建は可能なのだから」
励ますようにアリアが告げる。
人と明日が喪われなければ、終わりではない。戦い続ける意味はあるのだ。
「己が為ではなく、誰が為にと――誇りを二つの剣に宿して」
瞳を見開き、アリアは左右の手に持った剣にマテリアルを流す。
そして、次に迫って来た憤怒に対して切り掛かった。
「私が殿を務めます」
「お言葉に甘えさせて貰いますぅ」
可愛げな声で言いながら、ハナはアリアを術で援護した。
大魔法を放って出来た穴も、続々と流れる憤怒溶岩に飲み込まれてしまい、村へと流れてくる向き自体を変える事は出来なかった。
それでも、出現していた憤怒は倒せているのでエステルの労力は全く無駄ではないが。
「歪虚の動きを鈍くすることを優先します」
彼女は紫色の光を伴う重力波を発生させる魔法を唱える。
隕石を降らせる魔術ほどではないが、それでも十二分な範囲に魔法が広がった。
幾体もの敵の足が遅くなるが、中には掛からなかった憤怒もいる。そちらに対しては智里が冷静に機導術を放って対処していた。
「どうやら、戦線が下がっているようですね」
通信機から入ってくる情報を頼りにできるのは大きい。
もし、連絡がつかなかったら、最悪、囲まれる可能性だってある訳なのだから。
「わたくし達も合わせて下がった方がよろしいでしょうか?」
「その方が安全ですし、戦線を合わせる必要はあると思うのです」
戦場で慌ただしいのに、物腰穏やかなエステルの問いに智里がそう答えた。
それでなくとも術士二人なのだ。無理は禁物だ。
(ハンスさん……)
高台を見上げる。あちらはどうなったのだろうか。
心配そうな表情の彼女に何かを察し、エステルは静かに頷いた。
「きっと、大丈夫ですよ。さぁ、囲まれる前にわたくし達も行きましょう」
外縁部の薬師の家の扉を開けて、血と泥で汚れた錬介の顔が出した。
「ここにももうすぐ敵が来ます。避難を」
回り込んだ憤怒が退路を塞ぐように動いているのだ。
高度な作戦……というよりかは、マテリアルを求めて迫ってくるようにも思える。
「ちょうど、最後の方を治療し終わった所です」
都が血で濡れた手を桶で洗っていた。
出来れば片付けまでしたかったが、ここまでのようだ。家主は負傷者と共に裏口から脱出している。
「お待たせしました、錬介さん」
いつでも手が届く所に置いてあった杖と盾を手に取り、都は表口から出る。
外には心優しき鬼が聖盾剣を構えて憤怒を迎え撃っていた。
武器を振り回して憤怒を退けると錬介は振り返る。
「いえ、それほどでも。それでは、ここで一度、逆襲しておきますか」
「はい」
二人の聖導士が同時に同じ魔法を行使する。
壁のように迫ってくる幾体もの憤怒を黒い刃が貫いていった。
移動が出来なければ追撃は止まる。
なおも連続してプルガトリオを唱えながら、都と錬介は街道に向かって後退を始めた。
前線に残っているハンターも少なくなってきた。
白巫女の力で善戦していた詩を囲んでいた敵を、アルトは通りすがりながら殲滅する。
「既に後退が始まってるよ」
アルトの忠告に頷きながら、詩は高台を見上げた。
そこには強力な歪虚が居たからだ。縁から離れたのか、今はもう姿を見る事はできないが。
(東方の平和の為に、絶対あの狐女を倒さなきゃ。それに……)
グッと拳を握った。
「虚博の仇を討ってあげないと。そんな義理はないんだけどね」
「懐かしいな……何か思う所があるのかい?」
「分からないけど、そんな気がするの」
首を振りながら詩は言った。
胸の中で広がる妙な緊張感。その雰囲気を察しアルトも高台を見上げた。
憤怒火口までは距離があって遠いので観察はできそうになかった。多くの敵を血祭りにあげた以上、長居も必要ない。
「今から高台を登るよりかは避難する村人の背を守った方がいいだろう」
「仇は必ず取るからね」
二人のハンターは街道を走り出したのであった。
●
川に架かる橋を守れたのは、偶然にも初動で出遅れた七葵と零次の存在もあった。
避難する村人らが安全に渡り切るまで、二人の憤怒との戦いは続いていた。
「岩を飛ばされる前に先手必勝だ」
七葵が構えた刀からマテリアルの刃で空間を切り裂く。
敵味方の見境がない技ではあるが、味方に当たる心配がなければ、十分な威力を持つ。
生き残った岩狐が苦し紛れに岩を飛ばしてくるが、七葵は苦もなく避けた。
「数だけは多いな」
「親玉がいねーなら、手当たり次第って事かよ!」
零次は相変わらず拳を繰り出していた。
憤怒が間近に迫っていると分かると、村人らの緊張も高まる。
だが、幾ら焦っても、橋を一般に大人数は渡れない。
七葵の視界の中で、幼い子供が転ぶ。颯爽と駆け付けると子供を素早く抱き上げた。
「このまま一気に橋を渡る。目を閉じて掴まっておけ」
覚醒者の力であれば欄干を走る事も不可能ではないはずだ。
「援護するぜ」
子供を抱えて走り出した七葵を邪魔すべく立ち塞がった憤怒に対し、零次が拳を叩き込むのであった。
橋に続く街道にレイアが仁王立ちしていた。
街道を通って押し寄せる憤怒歪虚を通さない覚悟だ。
「大丈夫だ、我々が皆を守り抜く」
不安そうに橋を渡る順番待ちをしている村人を安心させるように、笑顔を向けるレイア。
その言葉は気休めではない。闘狩人としての力を持つ彼女だからこその言葉だった。
「俺も立たせて貰いますよ」
聖剣と盾を構えてレオンがレイアの横に並んだ。
避難完了まで時間を稼ぐ。二人なら不可能ではないだろう。
「橋の状況はどうだ?」
「ざくろと蜜鈴が上手くやっているようだ」
橋をチラっと振り返る。
ざくろと蜜鈴が人を抱えて空を飛んでいた。
どうしても歩けない重傷者も居るからだ。
「生きる事が最優先じゃ……然りと治してやれぬですまぬ」
急いでいるので回復魔法はそこそこに、蜜鈴が空を飛ぶ。
魔法で飛べる時間は限られているが、川を渡る分は問題ないようだ。マジックフライトの魔法の最大の特徴は他者にも掛けられる事だろう。
「一気に川を越えるから、安心して」
微笑を浮かべるざくろ。
アルケミックフライトは別の機導術を使用していなければ使えなかったが、蜜鈴の魔法の力を借りる事で意図して事は出来た。
「なに、こちらも助かっておるのじゃ」
「敵の遠距離攻撃は、ざくろが受け持つから」
憤怒の中には岩や炎を飛ばしてくる存在もいたが機導術による防御膜を張って防いでいたのだ。
重傷者は川を渡れた。後は足の遅い村人達だ。
蜜鈴は眼下に友の姿を見ていた。
バイクに足腰の弱い老人を乗せて、その脇に立つヘルヴェルは橋を渡る。
「速度が遅くなっても歩くより早いですから」
慌てさせないように穏やかに告げるヘルヴェル。
橋からは回り込んで来た憤怒が川岸に集まっている姿が確認できた。
「流石に、川には入れないようですね」
急流な川の流れはハンター達だけに不利になっているようではないみたいだ。
「ざまぁねぇな」
岸にずらりと並ぶ間抜けな憤怒を眺めるボルディア。
橋さえ渡り切ってしまえば、その後の心配はないというものだ。
「よし! 俺にしっかり掴まれ!」
斧を対岸に投げると空いた手で子供を両肩に乗せて、老人を左右の手それぞれで掴み担ぎ上げる。
豪快極まった状態でボルディアは歩き出したのであった。
憤怒溶岩に襲われた村人らは、ハンター達の活躍もあり無事に避難が完了した。
また、帰路の最中、ハンター達は憤怒火口が大噴火を起こしたのを目撃するのであった。
おしまい。
●
狐卯猾に最初に接触したのは、レイオス・アクアウォーカー(ka1990)とハンスだった。
狐耳のような髪がピクっと動き、不敵な笑みを浮かべている狐卯猾。
「部下も連れずにそんな所で高みの見物とは、良い御身分だな女狐」
レイオスは進み出ながら言葉を続ける。
「それとも、拷陀を見殺しにしたから部下に愛想を尽かされたか?」
「見殺しなんて人聞きが悪いわ。あれは死にたがっていたのよ」
「五芒星の術式のやり直しか? 今度は溶岩で憤怒王モドキを作るのか?」
なるべく情報を引き出そうとするか、それは見抜かれていたようだ。
「会話に徹するか、戦うのか、まずは仲間同士で決めたら?」
返してきた狐卯猾の台詞。
直後、マテリアルの刃が狐卯猾を空間ごと、斬り裂いた。
「貴女を倒せば、溶岩は引きますかね」
ハンスが放ったものだった。だが、狐卯猾には掠りもしなかった。
蓬生と比べれば近接戦は劣るようだが、それでも高次元にあるのは当然の事のようだ。
「ふぅ……やっと登れました……わぅっ!? あの時の嫌な子です! また紫草さんの邪魔をするのですね!」
アルマ・A・エインズワース(ka4901)が急な坂を上ってきて開口一番に叫ぶ。
がるるると全身の毛が逆立っているような反応のアルマに狐卯猾が笑った。
「大将軍の邪魔……そうね。その通りよ、そこのハンター。教えてあげるわ、憤怒王である蓬生お兄さんの企みを」
憤怒王の名前が出てきた事にレイオスとハンスの二人は油断なく武器を構えた。
憤怒火口の件はやはり、憤怒王が関わっているのだろうか。
だが、アルマはベーと舌を出した。
「狐卯猾さんの嘘つきぃー!!」
「嘘ってお前……」
言い掛けたハンスの台詞を遮ってアルマは続ける。
「お兄ちゃんのお友達は、そんな事、絶対しないです! 僕もお喋りしたんで、わかるんですもん! そーやって、僕らと蓬生さんを喧嘩させるつもりです!」
ビシっと狐卯猾を指さすアルマ。
やや間を置いてから、高笑いする狐卯猾。しかし、それも束の間、急に黙り込むと冷たい視線をアルマに向けた。
「……勘のいい犬は嫌いだよ」
「つまり、俺達を通じて、この一連の事件の首謀者が蓬生だと幕府に伝えようとしたのか」
状況の推移を見守っていたレイオスの言葉に狐卯猾が諦めたように両腕を天に向けた。
「手間になっちゃったわね。許さないから!」
猛烈な負のマテリアルの竜巻が一帯を包む。
受け続ければ危険だが、ハンター達も黙って立っている訳ではない。ハンス、レイオスの必殺の一撃が放たれると、超強力なアルマの機導術が続いた。
「我慢比べよ!」
「そうとは限りませんよ」
鞍馬 真(ka5819)が星神器『カ・ディンギル』を手に高台へと登ってきた所だった。
彼は村で歪虚や雑魔を葬っていたが、高位歪虚が高台に居る事を目撃して登って来たのだ。
真の持つ独特のマテリアルオーラを帯びた杖を観察し、狐卯猾が言う。
「……来たわね、守護者――ガーディアン――」
一目で戦況が危ういと感じた真は星神器を掲げた。
星神器の力を解放した方が良いと判断したからだ。
「断絶の理、万象全てに通じる門は決して開かず、明らかにされず至れ、ヤルダバオート!」
星神器がハンター達を包む超強力な概念結界を展開した。
その力は、味方に強固な守りを与え、敵には認識を阻害する呪いを付与する事が出来る。
狐卯猾の炎の竜巻は放たれ続けるが――悉く、ハンターには当たらなかった。
「今です。結界が維持されている間に!」
真の呼び掛けに、ハンター達は頷くと高威力な攻撃を叩き込む。
攻撃手段を失った狐卯猾はあっという間に劣勢に追い込まれた。
「ま、まさかっ!」
狐卯猾は吹き飛ぶと地面に伏した。
同時に概念結界が消え去り、真は大きく息を吐く。極めて強力な力だが、使用回数に限りがあるからだ。
無事に倒せて良かったと思った直後の事だった。
「どういう事だ!?」
驚くハンスの言葉。
誰もがそれは思った。倒したと思った狐卯猾が負のマテリアルを発しながら塵と化すと寄り集まって姿形を形成したからだ。
「この歪虚は不死身なのですか!?」
「狐卯猾さんは明らかに変です!」
真とアルマの二人も驚きを隠せなかった。
「以前、守護者の力は見させて貰っているから対策は万全よ」
ニヤリと笑うと狐卯猾は炎の竜巻と負のマテリアルの波動で一帯を包んだ。
こうなってしまうとさっきの戦いのようにはいかない。
刀を振り抜きながらハンスが言った。
「そろそろ、痛み分けで引いていただけるとありがたいのですが、ねッ」
「私だけ死ぬのはズルいと思わないかしら?」
攻防一体の力の前の前に攻め切れないハンターらを嘲ながら、炎球の魔法を幾重にも唱え始める。
「寒気がするマテリアルとは別なのか……」
その力の正体を見極めようとしたレイオスだったが、魔術師ではない彼には理解困難だった。
そうこうするうちに幾重にも重なり巨大化した炎球がハンター達に叩きつけられ、次々に倒れるハンター達。
その一撃は堅い守りを持つアルマですら容易に耐えられるものは無かった。
「わ、わふー!」
最後まで立っていたアルマだったが、ドサリと崩れ落ちる。
「これで全滅ね」
誰もが地面に倒れて虫の息だ。
トドメを刺そうと歩みだした狐卯猾だったが、その足がピタリと止まった。
視線の先に別のハンターが高台を登って来たからだ。
よっこらせとおっさん臭い言葉で最後の坂を登り、姿を現したのは厳靖だった。
「あー。なんか取り込み中にすまねぇな」
厳靖が惨状に憶する事なく軽い口調で言った。
警戒心剥き出しで狐卯猾は唐突に現れたおっさんを見つめる。
「……全くよ、何か用?」
「いや、なに、お前さんの目的を聞こうと思ったんだが、この有り様じゃよ……」
新手を黙らせようと狐卯猾は腕を掲げたが、その腕が無造作に落下した。
まだ“馴染んで”いないようだ。上手く力が扱えていないのだ。所詮は取り込んだ力というべきか。
「…………」
落ちて消え去った腕を見つめる狐卯猾に厳靖は懇願するように言う。
「お前さんもそんな様子だし、見逃してくれねぇかねぇ」
「……っま、そっちがそういうなら聞いてあげるわ。感謝しない。私が寛大であった事にね」
唇が触れ合うと思う程、厳靖に近付いてから狐卯猾は告げた。
そして、振り返りつつ流し目を向けながら、唐突に消え去ったのであった。
たっぷりと十は数えてから、厳靖はため込んだ息を吐き出した。
かなり危なかっただろう。敵にも敵の都合があったようだが……。
「さてと、ポーションぐらいは持ってるだろうな。流石に俺一人でおまえら全員は運べねーからよ」
苦笑いを浮かべる厳靖であった。
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最終発言 2018/09/25 23:00:12 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/09/23 10:32:31 |
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【行動指針】 龍崎・カズマ(ka0178) 人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2018/09/25 23:25:42 |