ゲスト
(ka0000)
【空蒼】鬼哀
マスター:電気石八生

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/10/01 07:30
- 完成日
- 2018/10/05 18:01
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●役目
『例の患者の死因ですけど、高位VOIDの干渉があったことはまちがいない感じです』
まちがいないのかそんな感じなのか、あいまいに医師は告げる。
「誰が絡んでるのかはこっちでも確認してるわ。黙示騎士――って、リアルブルーじゃ通じないかもだけど」
ゲモ・ママ(kz0256)は、魔導短伝話ならぬリアルブルー製のスマホを通して言葉を返した。相手は送受信可能範囲内にいないし、なによりマテリアルの加護なき一般人だ。
もっとも、マテリアルの呪縛もないわけだけどねぇ。
ママは天王洲レヲナ(kz0260)を思う。
強化人間という存在が、精霊ならぬVOIDと契約し、負のマテリアルに目覚めたものであることはすでに知られた事実である。そしてレヲナは……
よりによってシュレディンガーの契約者だなんて。レヲ蔵、アンタほんっと、めんどくさい子だわ。
オネェなママと男の娘のレヲナ。有り様こそちがえど、ある意味ひとつの互助会に属しているふたりだ。それなりの交流を重ねてきたし、それなり程度ではくくれない情がある。
「干渉って、具体的な方法とかはわかってんの?」
喉元まで迫り上がった苦さを飲み下し、ママは医師へ問うた。
『普通に院内へ侵入された感じです。あのころは彼もずいぶん落ち着いてましたから、点滴じゃなく通常の食事を摂ってもらってたんですけど、その配膳のときにやられた感じで』
シュレディンガーは擬態を得意とするVOIDだ。細かな方法は知れないが、強化人間の放つ負のマテリアルに紛れて侵入したのだろう。舞台がクリムゾンウェストであればけして見逃されないやり口だ。
ただ、疑問がひとつ。
あの怠け者が自ら足を運んだ理由とはなんだ?
あ~も~! な~んかここまで出てきてんのにぃ!
胸中でキ~っとわめきちらしたママはなんとか声音を整えた。
「……アンタは無事? いつでもクチきくわよ?」
いつでもどこにでも脱出ルートを用意する。言外に告げたママに医師は苦笑し。
『この前までは逃げちゃう気まんまんだったんですけどね。でも、僕だって医者の端くれですから』
最後までこの地で医師として生き、死ぬ。その意志を示した。
そう。アンタ、そこまで肚据えてんのね。ママは見えぬことを知りながらうなずく。
「了解よ。お互い後悔しないようにしましょ」
レヲナを放っておかない。今度こそ決着をつける。
それがハンターの、そしてレヲナの友たる自分の役目なのだから。
●仕事
先日、秋葉原に現われた2体の獅子鬼の様は、途切れながら活動が続けられているSNSに幾度となく動画が投稿され、拡散され続けていた。
そして映像へ加えられた解説――強化人間とはVOIDなる怪物のしもべである――は人々の恐怖を煽り、それはやがて憎悪を芽吹かせ、当然のごとくに暴挙へと発展した。
人々は互いに互いを疑い、責め合い、ついには刃や銃を向け合って……標的とされた者は否応なくイクシード・アプリを起動させる。
魔女狩りが真の魔女を生み出す皮肉。
それを存分に味わい、踏み散らした“魔女”たちはやがて、ひとつところへ集まり来たる。父か母かは知らないが、自らに力を与えた者が示した先へ。
「はいみんなこんにちは~」
封鎖された秋葉原の駅前区画のただ中。シュレディンガーがぱんぱん、手を打って強化人間たちの目を集めた。
「みんなはもう人間の敵で~す。人間の手先になってる覚醒者って人たちのことなんとかしないと、真っ先に死んじゃうよ?」
強化人間たちはびくりと肩を跳ねさせる。あの映像で、ハンターというらしい覚醒者たちは強化人間となった人間をためらわずに殺し尽くした。
「そう! 殺さなきゃ殺される! だから~」
シュレディンガーが足元へ積まれたバックパックを示した。
「ひとりいっこ背負って~、ハンターが来たら僕の合図で突っ込んで~、どこでもいいからしがみついて~、外に出てるヒモ引っぱる。それだけの簡単なお仕事?」
言われるがままバックパックを背負う強化人間を見やり、シュレディンガーは自らの手入れしていない青髪を指ではらう。
「がんばって死んできてね~。みんなの散り様、なんとな~く憶えとかなくもないからさ」
殺されないために死ぬ。とんだ矛盾だったが……強化人間たちは誰ひとり疑問を口にすることなく、黙々と準備を整えていった。
「さて。あとは白獅子くんだねぇ。パーフェクションな働きヨロシクね~。あ、僕はもう働かないけど!」
後方に立ち尽くす白き試作改良型コンフェッサー“白獅子”、その鬣さながらの放熱ユニットに縁取られた頭部を返り見て、シュレディンガーは口の端を吊り上げた。
●銀糸
「スラスターの出力を上昇させたことで、“鬣”の放熱量も上げざるを得ませんでした。故にフィードバックもそれだけ増加します。痛覚を鈍磨させることも可能ですが、それではあなたを完全には発揮し得なくなりますので」
純銀の依代にその意志を預けた怠惰ゴヴニアは、白獅子のコクピットに据えられたレヲナへしとやかに語りかけた。
ゴヴニアの縒った銀糸はレヲナの全身に巡る神経と白獅子とを繋いでいる。
これはパイロットの神経を伝う電気信号を機体へ直接送り込み、迅速な機動をもたらすためのシステムであり、当初は両手に銀糸を食い込ませ、操縦の補助を為すだけのものだった。
しかし、パイロットをレヲナに変えた2機めの試験戦闘において、経験の高いハンターを相手取るにはそれ以上の機動が必要であることが知れたのだ。パーフェクションを為すためには、高品質のパイロットのすべてを機体と繋がなければ。
かくてシュレディンガーは獅子鬼の改良を担うゴヴニアへ要請し、ゴブニアはレヲナの全神経を獅子鬼に繋いだ。
今や白獅子こそがレヲナであり、レヲナこそが白獅子だった。アイドリングを保たれているエンジンの火が落ちれば、レヲナの心臓も止まる。
「形はどうあれ縁を繋いだあなたに、糸を残しましょう」
ゴヴニアは指先から1本の銀糸を伸ばし、すべての糸へ絡みつかせた後、レヲナの体の端に結び目を隠す。
その糸はレヲナを導く“望み”となろう。
「それが希望なのか絶望なのか、わたくしに知る術はないのですけれど」
と。虚ろなレヲナの面の内、唇がかすかに蠢き、4文字を象った。
「それに届くかも、対する者しだいでしょうね」
かくてハッチは閉ざされて。
闇だけが残された。
『例の患者の死因ですけど、高位VOIDの干渉があったことはまちがいない感じです』
まちがいないのかそんな感じなのか、あいまいに医師は告げる。
「誰が絡んでるのかはこっちでも確認してるわ。黙示騎士――って、リアルブルーじゃ通じないかもだけど」
ゲモ・ママ(kz0256)は、魔導短伝話ならぬリアルブルー製のスマホを通して言葉を返した。相手は送受信可能範囲内にいないし、なによりマテリアルの加護なき一般人だ。
もっとも、マテリアルの呪縛もないわけだけどねぇ。
ママは天王洲レヲナ(kz0260)を思う。
強化人間という存在が、精霊ならぬVOIDと契約し、負のマテリアルに目覚めたものであることはすでに知られた事実である。そしてレヲナは……
よりによってシュレディンガーの契約者だなんて。レヲ蔵、アンタほんっと、めんどくさい子だわ。
オネェなママと男の娘のレヲナ。有り様こそちがえど、ある意味ひとつの互助会に属しているふたりだ。それなりの交流を重ねてきたし、それなり程度ではくくれない情がある。
「干渉って、具体的な方法とかはわかってんの?」
喉元まで迫り上がった苦さを飲み下し、ママは医師へ問うた。
『普通に院内へ侵入された感じです。あのころは彼もずいぶん落ち着いてましたから、点滴じゃなく通常の食事を摂ってもらってたんですけど、その配膳のときにやられた感じで』
シュレディンガーは擬態を得意とするVOIDだ。細かな方法は知れないが、強化人間の放つ負のマテリアルに紛れて侵入したのだろう。舞台がクリムゾンウェストであればけして見逃されないやり口だ。
ただ、疑問がひとつ。
あの怠け者が自ら足を運んだ理由とはなんだ?
あ~も~! な~んかここまで出てきてんのにぃ!
胸中でキ~っとわめきちらしたママはなんとか声音を整えた。
「……アンタは無事? いつでもクチきくわよ?」
いつでもどこにでも脱出ルートを用意する。言外に告げたママに医師は苦笑し。
『この前までは逃げちゃう気まんまんだったんですけどね。でも、僕だって医者の端くれですから』
最後までこの地で医師として生き、死ぬ。その意志を示した。
そう。アンタ、そこまで肚据えてんのね。ママは見えぬことを知りながらうなずく。
「了解よ。お互い後悔しないようにしましょ」
レヲナを放っておかない。今度こそ決着をつける。
それがハンターの、そしてレヲナの友たる自分の役目なのだから。
●仕事
先日、秋葉原に現われた2体の獅子鬼の様は、途切れながら活動が続けられているSNSに幾度となく動画が投稿され、拡散され続けていた。
そして映像へ加えられた解説――強化人間とはVOIDなる怪物のしもべである――は人々の恐怖を煽り、それはやがて憎悪を芽吹かせ、当然のごとくに暴挙へと発展した。
人々は互いに互いを疑い、責め合い、ついには刃や銃を向け合って……標的とされた者は否応なくイクシード・アプリを起動させる。
魔女狩りが真の魔女を生み出す皮肉。
それを存分に味わい、踏み散らした“魔女”たちはやがて、ひとつところへ集まり来たる。父か母かは知らないが、自らに力を与えた者が示した先へ。
「はいみんなこんにちは~」
封鎖された秋葉原の駅前区画のただ中。シュレディンガーがぱんぱん、手を打って強化人間たちの目を集めた。
「みんなはもう人間の敵で~す。人間の手先になってる覚醒者って人たちのことなんとかしないと、真っ先に死んじゃうよ?」
強化人間たちはびくりと肩を跳ねさせる。あの映像で、ハンターというらしい覚醒者たちは強化人間となった人間をためらわずに殺し尽くした。
「そう! 殺さなきゃ殺される! だから~」
シュレディンガーが足元へ積まれたバックパックを示した。
「ひとりいっこ背負って~、ハンターが来たら僕の合図で突っ込んで~、どこでもいいからしがみついて~、外に出てるヒモ引っぱる。それだけの簡単なお仕事?」
言われるがままバックパックを背負う強化人間を見やり、シュレディンガーは自らの手入れしていない青髪を指ではらう。
「がんばって死んできてね~。みんなの散り様、なんとな~く憶えとかなくもないからさ」
殺されないために死ぬ。とんだ矛盾だったが……強化人間たちは誰ひとり疑問を口にすることなく、黙々と準備を整えていった。
「さて。あとは白獅子くんだねぇ。パーフェクションな働きヨロシクね~。あ、僕はもう働かないけど!」
後方に立ち尽くす白き試作改良型コンフェッサー“白獅子”、その鬣さながらの放熱ユニットに縁取られた頭部を返り見て、シュレディンガーは口の端を吊り上げた。
●銀糸
「スラスターの出力を上昇させたことで、“鬣”の放熱量も上げざるを得ませんでした。故にフィードバックもそれだけ増加します。痛覚を鈍磨させることも可能ですが、それではあなたを完全には発揮し得なくなりますので」
純銀の依代にその意志を預けた怠惰ゴヴニアは、白獅子のコクピットに据えられたレヲナへしとやかに語りかけた。
ゴヴニアの縒った銀糸はレヲナの全身に巡る神経と白獅子とを繋いでいる。
これはパイロットの神経を伝う電気信号を機体へ直接送り込み、迅速な機動をもたらすためのシステムであり、当初は両手に銀糸を食い込ませ、操縦の補助を為すだけのものだった。
しかし、パイロットをレヲナに変えた2機めの試験戦闘において、経験の高いハンターを相手取るにはそれ以上の機動が必要であることが知れたのだ。パーフェクションを為すためには、高品質のパイロットのすべてを機体と繋がなければ。
かくてシュレディンガーは獅子鬼の改良を担うゴヴニアへ要請し、ゴブニアはレヲナの全神経を獅子鬼に繋いだ。
今や白獅子こそがレヲナであり、レヲナこそが白獅子だった。アイドリングを保たれているエンジンの火が落ちれば、レヲナの心臓も止まる。
「形はどうあれ縁を繋いだあなたに、糸を残しましょう」
ゴヴニアは指先から1本の銀糸を伸ばし、すべての糸へ絡みつかせた後、レヲナの体の端に結び目を隠す。
その糸はレヲナを導く“望み”となろう。
「それが希望なのか絶望なのか、わたくしに知る術はないのですけれど」
と。虚ろなレヲナの面の内、唇がかすかに蠢き、4文字を象った。
「それに届くかも、対する者しだいでしょうね」
かくてハッチは閉ざされて。
闇だけが残された。
リプレイ本文
●間隙
「おつかれおつかれ~」
白き獅子鬼の後方よりシュレディンガーが顔をのぞかせ、へらへらと言う。
「今日の“白獅子”はね、強化人間みんなの夢が実現しちゃったほんとの本気なパーフェクションだよ~。すっごい速いから、がんばって追っかけてね~」
R7エクスシア“隠者の紫”を駆るイヴ(ka6763)が、戦場のやや後方より言葉を返す。
『わたしはあなたが嫌いじゃない。したことは胸くそ悪いが、流れる血は全面武力衝突よりずっと少なく済む。有能な怠け者で、理想の指揮官だ』
「お褒めにあずかり恐悦至極?」
人の悪い笑顔で小首を傾げるシュレディンガーに、イヴは隠者の紫の指先を突きつけて。
『だけど獅子鬼の操縦者を自分の手で殺さなきゃいけなかった。このゲームはもう、あなたにとってパーフェクションじゃない。ここは退いて仕切りなおしてくれないだろうか?』
返事は――苦笑だった。
「ま、あれは都合あったからしょうがなかったんだけどね~。で、今日も都合あるから、帰っちゃうわけにいかないんだ。……ってことで。勇者部隊、白獅子の前に進め~」
果たして、どこか頼りなげな足取りで強化人間が進み出た。
『強化人間7、出てきてるわよぉ!!』
ハンターたちの引率兼サポート役を担うゲモ・ママ(kz0256)がトランシーバーへがなりたてる。
「ママさんはビルっていうのの中に入んないようにしてね! 中にまだ強化人間いるかもだから! あ、でもいるかいないかはのぞいてほしい!」
イヴはイヤリング「エピキノニア」を通してママへ告げ、視認した7人へ向きなおった。
彼女のシュレディンガーへの言葉はブラフ。好意を餌に、少しでも頭の回転を鈍らせられればという意図からのものだ。
それには失敗したが、代わりに仮説の立証へ一段分近づけた。
――シュレディンガーは強化人間を操れる。でも、遠隔で命令を追加したりできないのかも。だとしたらレヲナさんを助けられるかもしれない! 確かめないと――
「……なにその小難しいヤツぅ」
ビル影でかぶりを振り、アフロをわっさわっささせるママに、カーミン・S・フィールズ(ka1559)が手を差し出した。
「ママ、こっちの世界のスマホ貸してくれる?」
「え? なにする気?」
渡しながら問えば、カーミンは口の端をかすかに上げて。
「記録するのよ」
先の戦いがプロパガンダに利用されたことは知っている。自分たちの側から撮影したところで、それがまた利用されないとも限らない。しかし、それでも。
この時間のありのままを世界へ問う。VOIDじゃなくて私たちが。結果はそう、歴史が評価してくれるでしょう。
アスファルトのところどころに空いた穴を避けながら到着した、“ゲー太”の名を持つ刻令ゴーレム「Gnome」へ新たな指示を与え、カーミンは動画撮影モードにしたスマホを自らの胸元にくくりつけた。
中空を旋回するポロウ“エーギル”の背で隠の徒を発動させたメンカル(ka5338)は、どこか浮ついた様子で立つ強化人間を厳しい眼で見下ろした。
武器を持たず、装備は背の袋のみ。考えてみるまでもない。あの中に爆発物を詰めている。戦場ではよくある手だが……問題は、強化人間たちが自らの意志でそれを選んだのかどうかだ。
強化人間化した者をその手にかけたことを悔やみはしない。追い詰められた結果とはいえ、それを選択した者には相応の責がある。
「おまえは白獅子へ向かう連中のサポートをしてくれ」
エーギルに言い残し、跳び降りた。
「高みの見物かよ、シュレディンガー」
すがめた両眼ボルディア・コンフラムス(ka0796)はぎちり、長く伸び出した犬歯を剥き出した。
気に入らない。へらへら嗤いながら人の命と心を弄ぶあのVOIDが。
テメェは絶対、ブッ殺す!!
しかし、今やるべきは黙示騎士討伐などではない。この場にある強化人間をひとりも死なせないことだ。
かくて彼女は白獅子へ向かう。
据えた心から紅蓮を噴き上げるボルディアへ応えるように、ワイバーンの“シャルラッハ”もまた紅鱗を輝かせた。
仁王立ち、白獅子の甲高いエンジン音に轟と低いエンジン音を重ねるのは、ゾファル・G・初火(ka4407)が搭乗したガルガリン“ガルちゃん”である。
『あーあー、強化人間ちゃん? おまえら抵抗しないで投降しろじゃーん』
強化人間たちからの応えはない。恐れと焦燥とを、互いの間にはしらせるばかりだ。
ま、黙示騎士までいやがんだし? いろいろ簡単じゃねーよな。
あっさりと説得を投げ出し、今度は白獅子へとモニターアイを向けて。
『そこのライオン丸はむしろ抵抗してほしいじゃん? そんで俺様ちゃんと遊んでくれじゃーん』
こちらも応えはなかったが、鬣の先に赤熱が灯ったことから出力の上昇が知れた。
パーフェクションな獅子鬼とのダンス。この重量級CAMのガルちゃんでついていけるものかどうか。きりきり舞いさせられたあげく、鉄くずに変えられるのかもしれない。
でも。そうでなくっちゃ、おもしろくねーよな?
桜崎 幸(ka7161)は戦場の端に魔導アーマー「プラヴァー」――“ベルン”を停め、飛び出す機を計っていた。
シュレディンガーは指揮するだけ? いや、パーフェクション状態の獅子鬼を観察してもいるのかな。天王洲さんっていう生体部品を使った実験の成果、後ろから……
気に入らない。そんなことをするシュレディンガーも、そんなことを思いついてしまう自分も。
僕が痛いのはいい。でも、誰かが傷つくのはいやだから――僕はあきらめない。
●分断
先陣を切ったカーミンは、なにも持っていないことを強化人間たちに示しながらその前に立ち、何気なく口を開いた。
「上っ面の説得でどうにかなるワケないのは知ってるわ」
強化人間たちは動かない。我慢しているわけではなく、なんというか、動くことを思いつかないような顔で。
言葉は聞こえているし、理解もしている。ただ聞く気はなさそう。
容易く制圧できそうな敵へ掴みかかってこないのは、つまるところ命令を待っているからなのだろう。たとえばそう、後ろにいるシュレディンガーの。
なら、そのときが来るまでもう少し引っぱらせてもらう。
「リアルブルーが大変なことになっているの、少しは知っているでしょう? この世界がどうなるのか――私は見届けるわ。あんたたちはどうするの?」
背にゲー太の駆動音を感じながら、彼女は静かに首を傾げ、返るはずのない答を待つふりをする。
前方の穴を跳び越えたベルンはローラーを出して加速、強化人間たちの脇を一気にすり抜けた。
「今なら行けるよ!」
「よし! シャル、援護頼むぜ!」
燃え立つオーラの尾を引いて駆けるボルディアが、上空のシャルラッハへ告げる。
シャルラッハは竜翼を拡げて空を裂き、未だ立ち尽くすばかりの白獅子の後方へと回り込んだ。
『もうちょっといい子にしててくれよ』
駆け込んできたガルちゃんが跳んだ。強化人間たちの頭上を越えて着地した瞬間、アスファルトは大きく揺れ、こらえきれずに無数の罅をはしらせる。
「っと、ちょい気ぃつけねーとじゃん」
などと反省しつつ、ゾファルはガルちゃんに斬艦刀「天翼」を引き抜かせた。右手と左手に天翼を握り込んだ二刀流、守りを捨てて攻め切るための決戦仕様である。
それを背中越しに確かめたボルディアは、なお駆けながら白獅子へと左手を伸べた。
助けるぜ、強化人間全員! わかってんだろうなレヲナ、おまえもその内だってよ!
赤熱した左腕から溢れだす炎の鎖。それは幻影でありながら実の重さをもつ縛めだ。
それが届くよりわずかに速く、シャルラッハのファイアブレスが鬣に覆われた白獅子の後頭部を打ち据える。
あの白獅子がレヲナと一体化しているなら、衝撃によって硬直することは避けられない。
すぐ引っくり返して引きずりだしてやるぜ!
炎鎖が白獅子の脚に絡みついたと見えた、その瞬間。
白獅子が忽然と消えた。
『上じゃん!』
ボルディアの後をカバーすべく一定の距離を開けていたからこそゾファルは見た。
足首と膝をわずかに落として溜めただけの白獅子が10メートルも跳ねる様を。スラスターなしであれかよ!
「来るよ!」
幸のたった3音の警告すら遅かった。
スラスターに点火した白獅子が回転し、半壊したビルを蹴ってボルディアへ降り落ちる。
事前にメンカルから指示を受けていたエーギルは惑わすホーを展開していたが、どれほど効果があるものか――
「っ!!」
果たして吹き飛ばされたボルディアだったが、とっさに体を丸めてアスファルトに転がり、蹴りつけられたダメージを逃して立ち上がる。
空気が焦げ臭ぇ。ってこた、鬣に傷入れるのはできてたわけだ。俺の手ぇ読んで、シャルのブレス我慢しやがったかよ。なら。
「どんだけ速くても届くってことだ」
白獅子の蹴りで崩れたビルが降り落ちてきた。
QSエンジンの助けで高められた機体性能を駆使し、瓦礫を避けながら白獅子を追う幸。その間に強化人間が巻き込まれていないかを確かめ、小さく息をついた。今のところは大丈夫だねぇ。
ボルディアを蹴った白獅子はシュレディンガーの近くへ戻りつつある。指示を聞き逃さないためだろうか? と。今考えなくてはならないのはレヲナのことだ。
天王洲さんと白獅子は繋がってる状態。もしかしたら、ダメージだけじゃなくて触れるだけでも感覚は伝わるのかな。神経を伝うのはただの電気信号だけど、そこに込めた思いは――
「だー、うるせーじゃーん!」
瓦礫の豪雨のただ中を装甲頼りで駆け抜けるガルちゃんの内、ゾファルは辟易と眉根をしかめた。
ちなみに、進行方向に白獅子はいない。しかし彼女には勝算があった。
律儀にご主人様んとこへ戻ってきてんだ。そこに貼りついてりゃ、何回だって逢えるよな? ってか押しかけちゃうじゃん、王子様だかお姫様!
案の定戻ってきた白獅子へ跳び込んだガルちゃんが、大上段から右の天翼を斬り下ろす。
これをバックステップでかわした白獅子は、左のガトリングでカウンターを撃ち込みつつ、右のガトリングをガルちゃんへ向けた。
そういう芸も仕込んできたかよ!
喧嘩上等を書きつけた右脚を上げてコクピット部分を守り、さらにはマテリアルカーテンを展開。ガトリングを受けきったガルちゃんが、その右足を踏み下ろすと同時に左の天翼を白獅子の頭部へ突き込んだ。
首をひねってやり過ごした白獅子の鬣、その先が風に散り。刃を伝う高熱がガルちゃんとゾファルを焼くが。
「まずはちょっぴり、いただきじゃん?」
戦場を半ばで塞いだビルを見やり、シュレディンガーはため息を漏らした。
「あ~、そういうこともあるかぁ」
シュレディンガーが最初に決めていたのはふたつ。ひとつはハンターが強化人間を潰しに来ないなら、見せ札且つ障壁として後半戦まで残しておくこと。もうひとつは、潰しに来るなら最初に突っ込ませること。
しかし、白獅子の機動で無駄死にさせてはつまらないし、かといって最後まで生き残らせてしまっては、ただただ無意味となる。
シュレディンガーにとってはただ思いついただけの遊びであれ、レヲナという手駒を晒してまで場を作った以上はもう少し楽しませてほしい。人と強化人間と覚醒者、三つ巴の抗争を。
「死なないうちにみんなゴーゴー! いちばん近くの敵にしがみついて攻撃だよ~!」
シュレディンガーの命令に背中を突かれたように、強化人間たちが走り出した。まずは目の前にあるカーミンへ。
あわやのところで後ろへ跳んだカーミン。
が、強化人間たちは体勢を崩しながらも執拗に追ってくる。
ええ、それでいいわ。
先頭を駆けていた強化人間が、足元に弾けた結界の光に捕らわれた。
カーミンの指示を受けたゲー太が今も設置し続けているCモード「bind」、そのひとつが起爆したのだ。
そして。続くひとりの手がカーミンを掴みかけて――空を切った。
「背中の荷物を切り離せ。中身は自爆用の爆弾だ」
影のごとくに強化人間の背後へ貼りつき、バックパックを掴んで拘束したメンカルである。
彼は差し込んだ竜尾刀「ディモルダクス」で両のショルダーストラップを切断、奪い取ったバックパックを後方へ投げた。
かくてアスファルトに接触した瞬間。それは跡形もなく爆ぜ消えた。
ハンターを相手取るにはたいした脅威にもならない爆弾。つまりは儚く散る強化人間の様と、それを蹂躙するハンターの悪評を拡げようという目論見か。
メンカルは胸の内で吐き捨て、口の端を引き絞った。
例外はあれ、俺はそいつが選択したことに口は出さん。だが、選ぶべき道を塞がれ、奪われた上での一択を選択とは認めん。だから。
「助けるぞ、全員」
伸びてきた手をくぐり抜けたカーミンは、隠し持っていたルージュナイフで片側のショルダーストラップを斬り、もう一方も斬り落としてバックパックを抜き取った。
「右に同じく、ね」
“タイム”――敵の時を止めて自らのものとするかのような、オリジナルスキルの発現である。
『隠れてた子ひとり捕まえたわぁ! バックパック捨てたらいいわけぇ!?』
ママに「建物崩れるから外に捨ててね!」と返したイヴは、まだ隠れながらこちらへ向かっているだろう強化人間に警戒しながら呼びかけた。
『敵に爆弾ぶつけるのが目的でしょう? だったらわたしにぶつけて! それであなたたちの仕事は終わり!』
プラズマライフル「イナードP5」を地に置き、隠者の紫の両手をかるく挙げさせる。
『死んじゃえばここで終わるだけだけど、生きてたら可能性は繋がる! だから投降して!』
もちろん、ここで散るつもりはない。だからこそ膝をつかずにコクピットを守っているのだ。すべては強化人間を救い、白獅子に捕らわれたレヲナを救うために。
「無理じゃないかな~! 捕まったら殺されるだけだしね~! 急いで爆発爆発~!」
後方からはやし立てるシュレディンガー。
『この人たちを死なせるのが目的!?』
イヴの鋭い声音にもなんのてらいもなく。
「そ~ですね~!」
それを聞いてなお強化人間は止まらない。法術地雷や物理的な拘束で縛められている者もなお、手近なハンターにしがみつこうともがく。
ここに至ってイヴは確信した。すべての原因はシュレディンガーの声だ。声が直接届くところにいなければ、あの黙示騎士は強化人間を操れない!
『――あなたの声が聞こえないところまで連れていけば、強化人間は助けられる!』
「バレた~! ピタリ賞のご褒美で~す」
強化人間のひとりが、ビル影から隠者の紫へ駆け寄って。
「させない!」
ハッチを蹴り飛ばして外へ転がり出たイヴが、強化人間のバックパックに苦無「四菱」をはしらせ、そのショルダーストラップを切断した。
「あなたは強化人間用の収容施設へ行くことになる。そこならもう、あなたを惑わす声は聞こえない。だからゆっくり休んでて」
●混戦
再びの炎檻はすでにサイドステップでかわされている。
そしてボルディアは、結果を確かめるより早く天駆けるものを発動、祖霊の力を変じた翼をはばたかせ、舞い上がっていた。
見てから動いてたのでは到底間に合わないということもあるが、先にゾファルがしかけた攻めの成功度から、足首狙いで追いかけるよりも鬣狙いに勝機ありと踏んだのだ。
「おらぁ!」
翼を支えに魔斧「モレク」を白獅子の頭部目がけてフルスイング。ただし軌道は、顎先をかする浅さに留めてある。
果たして白獅子は鬣の先を犠牲にし、わずかに顔を逸らして避けた。
そうだよなぁ、でっかく避けちまったら反撃がブレちまうもんな!
口の端を吊り上げたボルディアは、モレクの太い腹をガミル・ジラク・アーマーで鎧った体へ重ね、さらに強靱な筋肉に気を張り巡らせた。
襲い来るカウンターのガトリング弾を三段重ねの防御で受け止め。
「シャル!」
彼女の声に応え、白獅子の背後へ回り込んだシャルラッハが最後のファイアブレスを撃ち込んだ。
が、白獅子はボルディアへ撃ち込みながら体を沈めて回避、もう一方の腕でシャルラッハへのカウンター攻撃を開始した。
『遊び相手は俺様ちゃんじゃん!』
と、割り込んだのはガルちゃんの巨体。叩きつけてくる弾を弾道上へ置いた両の天翼で押し斬った。
普通に考えればただの無茶も、白獅子の射撃が正確であればこそ英断となる。調整は戦闘プログラムに任せ、ゾファルはガルちゃんを踏み込ませた。
『おらぁ!』
左の天翼を突き込み、その間に振りかざした右の天翼を袈裟斬りに斬り下ろす。当然、その間にガトリング弾を体中に食らうが――俺様ちゃん、ハナっから覚悟決めてんだよ!
二連撃で鬣を損なった白獅子の両手が、二刀を振り切って硬直したガルちゃんの胸部へ押し当てられた。
凄まじい衝撃が機体を突き上げる。並のCAMとは比べものにならぬほどに重いガルちゃんの足が、アスファルトから2メートルも浮き上がる。
『ゾファルさん!』
イヴの悲鳴が遠い。ゾファルは飛びかけていた意識を必死で引き戻し、喉を塞いでいた血の固まりを吐き落とした。
そっちも二刀流かよ!
「ゾファルさん、体勢を立てなおして!」
癒やそうとした幸へ、ゾファルはかぶりを振って。
『ガルちゃんのほう頼む。止まっちまったら止めらんねーじゃん』
ヒールをかけ終えた幸はベルンを跳躍させ、一時的に囮を担う。
機体の左腕を覆う琥珀色のアーマーはもう穴だらけで、あとどれほど保ってくれるか知れなかったが、かまっていられる余裕もなかった。ただでさえ少ない戦力を分断されているこの状況では。
強化人間たちは囮だったということだろう。白獅子に集中させないためだけの、捨て駒。
……使い捨てさせないよ、シュレディンガー。
「ママさん、状況は?」
『10人捕まえたわよぉ! でもまだ多分、全員じゃねぇわ。あとちょっとがんばって!』
戦闘開始から1分弱。自分たちはあの白獅子を相手取り、これから同じだけの時間を重ねられるのか?
「あきらめないって決めたから」
音として決意を刻む。
白獅子の鬣は確実に削がれているのだ。「あと少し」を積んで、かならずこの手を届かせてみせる。
「ボルディアさん、連携よろしくねぇ」
スペルスラスターを噴かして白獅子の蹴りの直撃を避けさせ、幸はさらにベルンを旋回、魔鎌「ヘクセクリンゲ」でその軸脚を巻き取った。
隠者の紫から降り、強化人間の探索へ向かったイヴは歯がみする。
シュレディンガーから引き出した情報はすでに仲間全員と共有済みだが、せっかくの正解を生かせる状況にないことがもどかしく、腹立たしい。
しかし、答え合わせのおかげで先は拓けた。それを頼りに、今はこの闇底を渡り抜けるだけだ。
シュレディンガーの企みなんて引っくり返してみせる! それで絶対助けるから! レヲナさんもあなたたちも絶対!
メンカルは辺りを窺い、静かに足を速めた。
いちばん怖いのは強化人間が全員拘束できているという状況になるか……どこまでも小賢しい。
ここまで来れば、シュレディンガーの主たる狙いが強化人間の自爆にないことは知れる。なにせ3人のハンターが白獅子に向かえないまま足止めを食っているのだから。
しかもこの策、先の戦いからしかけられていたのだろう。強化人間を殺させてハンターを陥れれば、心情的にも状況的にも「助ける」方向へ向けさせられる。そうなればより長く白獅子の優位を保てるし、こちらが焦れて強化人間を見捨てればプロパガンダに利用できるわけだ。
今はあいつの思いどおりに踊るよりなくとも、このまま踊り続けてはやらん。
不意に飛び出してきた11人めの強化人間をナイトカーテンの帳でいなし、一度距離をとったメンカルは、投具「コウモリ」を投じて一方のショルダーストラップを断ち斬った。
標的を見失い、あわてて辺りを見回す強化人間。
両者にそれだけの能力差があるということだが、だからといって気を抜くこともできはしない。
メンカルは息を絞って強化人間へすべり寄り、バックパックを引き抜いて投げ捨てた。
「VOIDの用意した末路を辿るか、俺たちが示した先へ託すか。次に目覚めたときあらためて選ぶんだな」
延髄に手刀を落として意識を奪うと同時、アスファルトの穴へ落ちたバックパックがくもぐった破裂音をあげた。
カーミンは、ゲー太の法術地雷で動きを止められた強化人間の拘束とバックパックを処理を進めつつ、息をついた。
最初に強化人間を動かさなかったのは、こちらの出方を見ていたってことよね。
こちらが選択肢をひとつに絞っていたのに対し、向こうは少なくともふたつを用意した上で臨んだ。その差がこの遅れを生んだわけだが……致命的なものではないはず。
シュレディンガーから下された命令は一度きりだ。だとすれば、強化人間がどこに配置されていたとしても、突撃にそこまでの時間差はつけられない。
「強化人間はもうほとんど残っていないはずよ。発見次第、私のほうへ追い立てて」
仲間に通信を飛ばし、カーミンはもう一度息をつく。
地雷原は完成している。あとは飛び込んできた獲物を絡め取るだけ。
だからもう少しだけ待っていて、ボルディア。
『っ!!』
灼熱がゾファルの腕をなめ、泡立てる。
指先の感覚はとうに消え、雪山に放り出されたかのように体が凍えて震えていた。
ガルちゃんの重量をもって白獅子を半壊したビルへと押し込み、回避しづらくしておいて、鬣を斬る。
それは成功し、失敗もしたが、その都度彼女と機体はガトリングや通しに打ち据えられ、命を削り落とされていった。
惑わすホーを発動しつつ白獅子にまとわりつき、その目を奪い続けているエーギルがガトリング弾にこすられて落下、あわやというところで羽ばたいて高度を取り戻す。
そのカバーをするようにサイドワインダー、白獅子に突っ込んだシャルラッハもまた、ガトリング弾をくらって大きく姿勢を崩す。獣盾「バスカヴィル」のおかげで致命傷には至っていないが、それも時間の問題だろう。
「こっち向きやがれぇ!!」
翼を畳んで急降下したボルディアが炎まといしモレクを轟と斬り下ろし、人の域を遙かに超えた膂力で斬り上げた。炎の顎をもって敵を噛み砕く“砕火”。
白獅子は体を横へ流して回避。そして炎牙の先に鬣を裂かれながら、左手を伸べてボルディアへ突きつけ……通しを放った。
「があああああああ!!」
体中から鮮血を吹き散らして弾け飛んだボルディアへ、追撃のガトリングが向けられる。
「天王洲さん!!」
伸ばされた白獅子の右腕を下から、聖盾剣「アレクサンダー」の縁で突き上げたのは幸。左のガトリングによるカウンターを盾部分で弾き、全力をもって押し上げるが……盾に守られていない末端部が、すさまじい勢いで穿たれ、損なわれていく。
その中で、幸はここまで守り抜いてきたベルンの右腕をじりじりと伸べる。
あと少しだけがんばって、ベルン。
あと少し。あと、ほんの少しで届くから。
しかしその手が届くことはなく、獅子鬼に蹴り飛ばされたベルンはアスファルトに転がり、跳ね、また転がった。
12人めの強化人間が持たされていたものはバックパックばかりではなかった。
「強化人間を発見した」
トランシーバーへささやきかけたメンカルが眉根を落とす。
なぜなら彼は瓦礫の塊を抱えていて、その移動を著しく制限されていたからだ。
「瓦礫を抱えることで時間差を作る。単純な手だが、な」
とても策と呼べるほどのものではなかったが、こちらが強化人間に構わず白獅子へ向かっていたなら、もしかすれば奇貨として機能していたのかもしれない。
『こっちは探索終了! 発見できなかったよ!』
『私のほうも空振りだけど、だとしたらそちらで最後?』
イヴとカーミンからの返信に息をつく。
ここまで貫いた俺たちの我儘、おまえたちにも付き合ってもらうぞ。
スキルでその身を隠したまま強化人間へ迫り、メンカルはディモルダクスをはしらせた。
「――確保完了。ママ、後は任せてもいいか? 俺たちはこれより警戒を継続しつつ、白獅子へ向かう」
●たなごころ
白獅子の三角跳びで、また一棟ビルが倒壊した。
モレクの腹で瓦礫を打ち返して飛ぶボルディアが、押し上げられるように高度を上げる。いや、実際押し上げられたのだ。白獅子の半ばからちぎれた鬣、その放熱によって。
「角刈りにはまだまだだけどよ、ざんぎりくれぇまでは刈れたな」
軽く言い放つ彼女だが、その体に灯った“紅火血”の赤熱は消えることなく、彼女の負った傷がどれほど深いものかを物語っていた。
『熱暴走まであとちょいってとこじゃん?』
こちらも軽く応えたゾファルだが、白獅子に貼りつき続けてきた彼女はガルちゃん共々、動いているのが不思議なほどの有様である。
「――ふたりとも、援護お願いできるかなぁ」
ベルンのエンジンの簡易チェックを済ませた幸がふたりを仰ぎ見る。
すでに回復スキルは仲間のために使い果たしている。加えてベルンは右腕を残してボロボロで、あと残されているのはアンチボディをかけた彼自身の体のみだ。
「どうせやるこたいっしょだからな。突っ込むぜ」
ボルディアが速度を上げて。
『そーゆーことじゃん』
ガルちゃんもまた、ギヂギヂときしむ両脚で踏み出していく。
『先に連絡済みだが、強化人間は全員捕らえたと思う。合流して白獅子を抑える』
メンカルの通信の言葉尻をカーミラからの通信が引き継ぎ。
『ボルディア、連動するから速度を少し落として……ハッチを開けて、眠れる王子様を起こすんでしょう?』
『レヲナさんの体のあちこちに銀色の糸が食い込んでるから! コクピットのハッチ開けても引き抜いたりしないようにね!』
隠者の紫を狙撃ポジションに膝立ちさせ、イナードP5の引き金を絞ったイヴが注意を添えた。
そして、幸だ。
彼は息を大きく吸い込んで、ぐっと止める。
ここまで自分とベルンの右腕を守ってきた。
この1回に僕の全部を賭けるよ。
ベルンと自らの右手を握り締め、幸はベルンを前進させる。
「エーギル、飛べるか?」
かすれた鳴き声で肯定の意を返してきたエーギルの背へ乗り、メンカルは空へ。
「白獅子の動きを知らせる」
鬣を損なっているとはいえ、まだ白獅子の速度は健在だ。その動きをいち早く仲間へガイドする観測手役がいれば、戦局を多少有利にできるはず。
メンカルは強化人間の結末にもハンターの集結にも興味を示さず、ただ後方に在るばかりのシュレディンガーを一瞥、視線を切り離した。
いずれ報いは受けてもらうぞ。
メンカルの指示を受けながら、ハンターたちは白獅子と対する。
『ガルちゃん、突貫じゃん!』
ガルちゃんの魔導エンジンが一瞬咳き込んだ後、野太い重低音を奏で始めた。
リズムをずらして斬り下ろしたふた振りの天翼は空を切り、それに合わせたボルディアの砕火も、スラスターを噴かして横へ跳んだ白獅子に置き去られた。
果たして前衛陣に撃ち返されるガトリング。
『かがんで!』
イヴの短い通信で察したゾファルがガルちゃんの身を縮め。
隠者の紫はその上を通してレイターコールドショットを撃ち込んだ。
白獅子の鬣の先が一瞬凍りつき、放熱に巻かれて蒸気を吹き上げた。鬣の欠片を振り落としながら、白獅子は不規則なスラスター移動で一旦距離を取りにかかる。
「足……はっやいわね」
後方よりその様を確認したカーミンは、スペルボウ「フェリメント」につがえた2本の魔矢「ラヴァストーン」を射放した。
見切りではなくて着実な回避。さすがに警戒しているということよね。
鬣を損なうには効果的な連係攻撃が必要で、それを為すにはあの足を止めなければならない。
でも、足だけじゃない。もっと深刻なのはあの反応速度。
カーミンの身体へ風に舞う花弁がごとくの軽さをもたらす“菖蒲”をもってしても、こちらの攻撃は直撃できず、あちらの反撃をかわしきれないほどの速さが白獅子にはあった。
結局のところ、多少なりとも効果を表わしている連続攻撃しかないということだ。
その多少を多々に変える手が必要ということよね。
ゲー太にCモード「bind」の設置を指示し、カーミンはボルディアへ通信を飛ばした。
「法術地雷を設置するわ」
『俺の炎檻もよけるヤツだぜ?』
「ええ。でも、ひとつならよけられたとしても、重ねればひとつくらいは――ということよ。私とあなたたちで」
仲間たちがなにかをしかけようとしている。
だったら、その時間を稼ぐのが僕の役目だよねぇ。
幸は身をかがめさせたベルンをローラーダッシュで白獅子の前に飛び込ませ、裏から肩をあてがったアレクサンダーでショルダータックル。
当然かわされる。でも、それでいい。仲間から目を逸らせられれば――その間に仲間がしかけを完成させて、一瞬でも白獅子の足を止めてくれれば。
「天王洲さん! あれだけ撃っておいて、まだ僕たちのことひとりも殺せてないよねぇ!」
あえて足を止め、アレクサンダーを掲げてみせた。
それは白獅子の目を向けさせるための挑発で、白兵で勝負をかけることのアピールだ。
さあ、賭けようか、僕。
幸はベルンをジグザグに突っ込ませ、白獅子の足首を狙う。
対して前蹴りで応戦する白獅子。
まともにくらったベルンは飛ばされ、なんとか踏ん張ろうとして失敗。両足のローラーを損なってさらに後じさった。
そして。
開いた間合をひと跳びで詰めた白獅子が、“通し”を放つべく左手をベルンに押しつけて。
「……絶対、その技でとどめを刺しにきてくれるって思ってたよ」
幸が薄笑んだ瞬間。
白獅子の足元でゲー太の設置した法術地雷が起爆した。
「誘導役を任せてしまったけど、正解だったわね」
カーミンのうそぶきをかき消したのはボルディアの咆哮。
「投げてよけられんなら、くっついちまえばいいってことだよなぁ!!」
急降下したシャルラッハの背から転がり落ちるように跳んだ彼女が、炎檻の鎖を白獅子の足首へ叩きつけ。
『でも! 今なら撃ってもよけられないよね!』
隠者の紫が撃ち込んだレイターコールドショットが白獅子の首筋へとまとわりついた。が、それは鬣を損なわせるための攻撃ではない。
これで何秒かだけ、振り向けなくなれば!
スラスターを全開で噴かし、縛めから逃れようとした白獅子がガヅン! 跳べぬまま落ちた。
『イヴッチ、パーフェクション援護じゃん!』
白獅子の胴を後ろから抱えたガルちゃんが腰を落とす。出力では白獅子が上だとしても、重量差と気合を乗せて重石と化した“機塊”は揺らがない。
かくてすべてが一を成し、そのときは来た。
「天王洲さん、いっしょに帰ろう」
幸がベルンの右手で白獅子の左手を掴み、その指を絡めた。直後、通しの超振動がベルンと幸を襲うが――その身が機体から振り落とされるよりも早く。眼窩からあふれ出した血がその目を塞ぐよりも早く。彼は願いと共にエレクトリックショットを送り込んだ。
避けようのない電流を神経へと流し込まれた白獅子あるいはレヲナが硬直する。
『超あっついチューで起こしてやろうと思ってたんだけどよ、それ、みんなにお任せじゃん』
ゾファルがぎちり、口の端を吊り上げた。
出力の高まりと共に熱量を上げる鬣、それがもたらすダメージを彼女は受け続けている。もうすぐガルちゃんは止まり、意志なき重石は振り捨てられるだろう。だから、その前に。
ゾファルはガルちゃんの両手で燃え立つ鬣を引っつかみ、弾みをつけて一気に引きちぎった。
見ろよ。ハゲハゲにしてやったじゃん?
後ろへ倒れゆくガルちゃんの内で意識を手放したゾファルはなお、笑んでいた。
「ハッチの強制開放を! コンフェッサーと同じ位置にあるはずだ!」
ゾファルの意志を無駄にしない。放熱を封じられ、自らの熱で動きを止めた白獅子の胸部へ降り立ったメンカルが探る。
そこへ白獅子の腕伝いに登ってきた幸が加わった数秒後……白きハッチが弾け飛び。
ハンターたちは天王洲レヲナとの再会を果たす。
●縁の糸
レヲナの全身に食い込み、おそらくは神経と結びつけられているのだろう銀糸が、鼓動に合わせて揺れる。
「こんなもんがパーフェクションかよ」
ボルディアが顔をしかめて吐き捨てた。確かに人機一体にはなるのだろうが、醜悪に過ぎる。
幸は半眼を虚空へ向けたまま座すばかりのレヲナへ語りかけた。
「天王洲さん、聞こえる? 迎えにきたよ」
反応はなかった。
ここからどうすればいいのかも、わからない。わかるのはただ、イヴの警告を思い出すまでもなく、引きちぎるのが最悪手だということだけだ。
『縁は糸。全に繋がる結び目はひとつきり』
と。ハンターたちのトランシーバーからふと忍び出た謎の声音は――
『――ゴヴニア! 鬣作った怠惰の声だよ! どこかに全部丸っと解決しちゃえるなにかがいっこだけあるっていうことだと思う!』
倒れたまま動かないガルちゃんのカバー、さらにまだあるかもしれない強化人間の奇襲に備えて位置取った隠者の紫の内より、イヴが仲間へ告げた。
縁。
鉱石を繰る怠惰を信じてやるつもりなどないが、ゴヴニアが奇妙なまでにこだわっているそれを裏切るとも思えなくて。
きっと試されてるんだ。レヲナさんと縁を結んだわたしたちは。
でも! こんなとこでなぞなぞとか、ほんっと戯れ好きだなあの怠惰! って、そうじゃなくて考えろ、考えろ考えろ考えろわたし!
『まとめたら縁の結び目ってことだよね。糸を繋ぐ? なんだろ? 糸だから髪の毛とか?』
イヴが必死で考え込む中、白獅子のコクピットに顔を突っ込んでいたボルディアがかぶりを振った。
「だめだ、頭と首のあたりにゃなんにもねぇ」
「銀の糸……シルバーリングを連想したが、手の指はど」
ガグン。メンカルの言葉が振動に断ちきられた。
「白獅子が動き出したわ!」
ゲー太と共にイヴの逆へ位置取り、強化人間の特攻に対する警戒及び白獅子に取りついた仲間のカバーに回ったカーミンが鋭く告げる。
コクピットに迫り来る白獅子の両手。自分ごとハンターを“通し”で滅殺するつもりだ。
「まだ動くのかよ!」
ボルディアはその身をコクピットから引き抜き、モレクを負った背でハッチを塞いだ。
しょうがねぇ。絶対守るって決めたんだからよ。
歯を食いしばったボルディアの背に、例えようのない衝撃が突き立った。
『っ!』
カーミンと連動して牽制攻撃をかけていたイヴが、意を決して白獅子の頭部へイナードP5を向けた。
いくら並などではあり得ない屈強を誇るボルディアでも、両手での“通し”を食らってなお不動を保てる保証はない。せめて片手分は引きつけなければ……しかし、カウンターを誘うには生半な攻撃では足りないのだ。しかし、仲間を傷つけ、レヲナ救出の機を失ってしまっては本末転倒。
果たして撃ち出した一撃は、狙い過たず白獅子のこめかみをこすり。
白獅子の右腕が跳ねるようにイヴを追ってガトリング弾を撃ち返した。横殴りの弾が執拗に隠者の紫の胸部の一点を叩き、擬似的な“通し”を為す。
奥の手なんだろうけど、威力自体はそこまでじゃない!
イヴは喉元へ迫り上がる金臭い塊を飲み下し、隠者の紫を前転、ガトリングの射線から逃す。
このまま引きつけるよ!
幸はレヲナの左手を探る。
メンカルも第一の候補に挙げたが、信念を貫いて難関に立ち向かう親指――ちがう。人差し指、中指、これもちがう。薬指もだめだ。
その間にも身を盾としてコクピットを守るボルディアは命を損ない、イヴとカーミンもまた傷ついている。
「焦んなよ。結び目っての、見逃しちまったらやべぇ」
ボルディアが目をすがめ、口の端を吊り上げた。
あとどれだけ耐えられるかを己に問うことはしない。全員助けるまで耐えんだよ!
一方、ボルディアの深く傷ついた背を見ながら、カーミンは静かに意を決していた。あと1本、左の小指になにもなかったなら……この弓でレヲナの糸を断ち、強引に終わらせる。
果たして、左の小指。
「――結び目!」
フェイクかもしれないとは思わなかった。願いも想いも頭から飛んでいた。
ただの無心で、幸がレヲナの小指の根元に隠されていた結び目を引き抜けば。
レヲナと白獅子とを繋いでいた縁の糸がばらりと抜け落ちて。
「おおっ!」
傷口から赤炎噴き上げるボルディアが、その熱き両手でレヲナの体を引き抜いた。
シュレディンガーの姿はいつの間にか消えていた。
「強化人間の搬送はもうすぐ来る応援にお任せするわ」
用意していたらしい簡易担架をふたつ組み立て、一方にゾファルを、もう一方にレヲナを乗せたママがハンターたちを促す。
「運んだげて。バカみたいなマネして踏んばった子と、アンタたちがバカみたいなマネしてまで助けた子よ」
現場を後にするハンターたちは一度だけ、白獅子を返り見る。
立ち上がることを永遠に禁じられた巨人は黙して語らず、ただ風ばかりが吹き抜けていった。
「おつかれおつかれ~」
白き獅子鬼の後方よりシュレディンガーが顔をのぞかせ、へらへらと言う。
「今日の“白獅子”はね、強化人間みんなの夢が実現しちゃったほんとの本気なパーフェクションだよ~。すっごい速いから、がんばって追っかけてね~」
R7エクスシア“隠者の紫”を駆るイヴ(ka6763)が、戦場のやや後方より言葉を返す。
『わたしはあなたが嫌いじゃない。したことは胸くそ悪いが、流れる血は全面武力衝突よりずっと少なく済む。有能な怠け者で、理想の指揮官だ』
「お褒めにあずかり恐悦至極?」
人の悪い笑顔で小首を傾げるシュレディンガーに、イヴは隠者の紫の指先を突きつけて。
『だけど獅子鬼の操縦者を自分の手で殺さなきゃいけなかった。このゲームはもう、あなたにとってパーフェクションじゃない。ここは退いて仕切りなおしてくれないだろうか?』
返事は――苦笑だった。
「ま、あれは都合あったからしょうがなかったんだけどね~。で、今日も都合あるから、帰っちゃうわけにいかないんだ。……ってことで。勇者部隊、白獅子の前に進め~」
果たして、どこか頼りなげな足取りで強化人間が進み出た。
『強化人間7、出てきてるわよぉ!!』
ハンターたちの引率兼サポート役を担うゲモ・ママ(kz0256)がトランシーバーへがなりたてる。
「ママさんはビルっていうのの中に入んないようにしてね! 中にまだ強化人間いるかもだから! あ、でもいるかいないかはのぞいてほしい!」
イヴはイヤリング「エピキノニア」を通してママへ告げ、視認した7人へ向きなおった。
彼女のシュレディンガーへの言葉はブラフ。好意を餌に、少しでも頭の回転を鈍らせられればという意図からのものだ。
それには失敗したが、代わりに仮説の立証へ一段分近づけた。
――シュレディンガーは強化人間を操れる。でも、遠隔で命令を追加したりできないのかも。だとしたらレヲナさんを助けられるかもしれない! 確かめないと――
「……なにその小難しいヤツぅ」
ビル影でかぶりを振り、アフロをわっさわっささせるママに、カーミン・S・フィールズ(ka1559)が手を差し出した。
「ママ、こっちの世界のスマホ貸してくれる?」
「え? なにする気?」
渡しながら問えば、カーミンは口の端をかすかに上げて。
「記録するのよ」
先の戦いがプロパガンダに利用されたことは知っている。自分たちの側から撮影したところで、それがまた利用されないとも限らない。しかし、それでも。
この時間のありのままを世界へ問う。VOIDじゃなくて私たちが。結果はそう、歴史が評価してくれるでしょう。
アスファルトのところどころに空いた穴を避けながら到着した、“ゲー太”の名を持つ刻令ゴーレム「Gnome」へ新たな指示を与え、カーミンは動画撮影モードにしたスマホを自らの胸元にくくりつけた。
中空を旋回するポロウ“エーギル”の背で隠の徒を発動させたメンカル(ka5338)は、どこか浮ついた様子で立つ強化人間を厳しい眼で見下ろした。
武器を持たず、装備は背の袋のみ。考えてみるまでもない。あの中に爆発物を詰めている。戦場ではよくある手だが……問題は、強化人間たちが自らの意志でそれを選んだのかどうかだ。
強化人間化した者をその手にかけたことを悔やみはしない。追い詰められた結果とはいえ、それを選択した者には相応の責がある。
「おまえは白獅子へ向かう連中のサポートをしてくれ」
エーギルに言い残し、跳び降りた。
「高みの見物かよ、シュレディンガー」
すがめた両眼ボルディア・コンフラムス(ka0796)はぎちり、長く伸び出した犬歯を剥き出した。
気に入らない。へらへら嗤いながら人の命と心を弄ぶあのVOIDが。
テメェは絶対、ブッ殺す!!
しかし、今やるべきは黙示騎士討伐などではない。この場にある強化人間をひとりも死なせないことだ。
かくて彼女は白獅子へ向かう。
据えた心から紅蓮を噴き上げるボルディアへ応えるように、ワイバーンの“シャルラッハ”もまた紅鱗を輝かせた。
仁王立ち、白獅子の甲高いエンジン音に轟と低いエンジン音を重ねるのは、ゾファル・G・初火(ka4407)が搭乗したガルガリン“ガルちゃん”である。
『あーあー、強化人間ちゃん? おまえら抵抗しないで投降しろじゃーん』
強化人間たちからの応えはない。恐れと焦燥とを、互いの間にはしらせるばかりだ。
ま、黙示騎士までいやがんだし? いろいろ簡単じゃねーよな。
あっさりと説得を投げ出し、今度は白獅子へとモニターアイを向けて。
『そこのライオン丸はむしろ抵抗してほしいじゃん? そんで俺様ちゃんと遊んでくれじゃーん』
こちらも応えはなかったが、鬣の先に赤熱が灯ったことから出力の上昇が知れた。
パーフェクションな獅子鬼とのダンス。この重量級CAMのガルちゃんでついていけるものかどうか。きりきり舞いさせられたあげく、鉄くずに変えられるのかもしれない。
でも。そうでなくっちゃ、おもしろくねーよな?
桜崎 幸(ka7161)は戦場の端に魔導アーマー「プラヴァー」――“ベルン”を停め、飛び出す機を計っていた。
シュレディンガーは指揮するだけ? いや、パーフェクション状態の獅子鬼を観察してもいるのかな。天王洲さんっていう生体部品を使った実験の成果、後ろから……
気に入らない。そんなことをするシュレディンガーも、そんなことを思いついてしまう自分も。
僕が痛いのはいい。でも、誰かが傷つくのはいやだから――僕はあきらめない。
●分断
先陣を切ったカーミンは、なにも持っていないことを強化人間たちに示しながらその前に立ち、何気なく口を開いた。
「上っ面の説得でどうにかなるワケないのは知ってるわ」
強化人間たちは動かない。我慢しているわけではなく、なんというか、動くことを思いつかないような顔で。
言葉は聞こえているし、理解もしている。ただ聞く気はなさそう。
容易く制圧できそうな敵へ掴みかかってこないのは、つまるところ命令を待っているからなのだろう。たとえばそう、後ろにいるシュレディンガーの。
なら、そのときが来るまでもう少し引っぱらせてもらう。
「リアルブルーが大変なことになっているの、少しは知っているでしょう? この世界がどうなるのか――私は見届けるわ。あんたたちはどうするの?」
背にゲー太の駆動音を感じながら、彼女は静かに首を傾げ、返るはずのない答を待つふりをする。
前方の穴を跳び越えたベルンはローラーを出して加速、強化人間たちの脇を一気にすり抜けた。
「今なら行けるよ!」
「よし! シャル、援護頼むぜ!」
燃え立つオーラの尾を引いて駆けるボルディアが、上空のシャルラッハへ告げる。
シャルラッハは竜翼を拡げて空を裂き、未だ立ち尽くすばかりの白獅子の後方へと回り込んだ。
『もうちょっといい子にしててくれよ』
駆け込んできたガルちゃんが跳んだ。強化人間たちの頭上を越えて着地した瞬間、アスファルトは大きく揺れ、こらえきれずに無数の罅をはしらせる。
「っと、ちょい気ぃつけねーとじゃん」
などと反省しつつ、ゾファルはガルちゃんに斬艦刀「天翼」を引き抜かせた。右手と左手に天翼を握り込んだ二刀流、守りを捨てて攻め切るための決戦仕様である。
それを背中越しに確かめたボルディアは、なお駆けながら白獅子へと左手を伸べた。
助けるぜ、強化人間全員! わかってんだろうなレヲナ、おまえもその内だってよ!
赤熱した左腕から溢れだす炎の鎖。それは幻影でありながら実の重さをもつ縛めだ。
それが届くよりわずかに速く、シャルラッハのファイアブレスが鬣に覆われた白獅子の後頭部を打ち据える。
あの白獅子がレヲナと一体化しているなら、衝撃によって硬直することは避けられない。
すぐ引っくり返して引きずりだしてやるぜ!
炎鎖が白獅子の脚に絡みついたと見えた、その瞬間。
白獅子が忽然と消えた。
『上じゃん!』
ボルディアの後をカバーすべく一定の距離を開けていたからこそゾファルは見た。
足首と膝をわずかに落として溜めただけの白獅子が10メートルも跳ねる様を。スラスターなしであれかよ!
「来るよ!」
幸のたった3音の警告すら遅かった。
スラスターに点火した白獅子が回転し、半壊したビルを蹴ってボルディアへ降り落ちる。
事前にメンカルから指示を受けていたエーギルは惑わすホーを展開していたが、どれほど効果があるものか――
「っ!!」
果たして吹き飛ばされたボルディアだったが、とっさに体を丸めてアスファルトに転がり、蹴りつけられたダメージを逃して立ち上がる。
空気が焦げ臭ぇ。ってこた、鬣に傷入れるのはできてたわけだ。俺の手ぇ読んで、シャルのブレス我慢しやがったかよ。なら。
「どんだけ速くても届くってことだ」
白獅子の蹴りで崩れたビルが降り落ちてきた。
QSエンジンの助けで高められた機体性能を駆使し、瓦礫を避けながら白獅子を追う幸。その間に強化人間が巻き込まれていないかを確かめ、小さく息をついた。今のところは大丈夫だねぇ。
ボルディアを蹴った白獅子はシュレディンガーの近くへ戻りつつある。指示を聞き逃さないためだろうか? と。今考えなくてはならないのはレヲナのことだ。
天王洲さんと白獅子は繋がってる状態。もしかしたら、ダメージだけじゃなくて触れるだけでも感覚は伝わるのかな。神経を伝うのはただの電気信号だけど、そこに込めた思いは――
「だー、うるせーじゃーん!」
瓦礫の豪雨のただ中を装甲頼りで駆け抜けるガルちゃんの内、ゾファルは辟易と眉根をしかめた。
ちなみに、進行方向に白獅子はいない。しかし彼女には勝算があった。
律儀にご主人様んとこへ戻ってきてんだ。そこに貼りついてりゃ、何回だって逢えるよな? ってか押しかけちゃうじゃん、王子様だかお姫様!
案の定戻ってきた白獅子へ跳び込んだガルちゃんが、大上段から右の天翼を斬り下ろす。
これをバックステップでかわした白獅子は、左のガトリングでカウンターを撃ち込みつつ、右のガトリングをガルちゃんへ向けた。
そういう芸も仕込んできたかよ!
喧嘩上等を書きつけた右脚を上げてコクピット部分を守り、さらにはマテリアルカーテンを展開。ガトリングを受けきったガルちゃんが、その右足を踏み下ろすと同時に左の天翼を白獅子の頭部へ突き込んだ。
首をひねってやり過ごした白獅子の鬣、その先が風に散り。刃を伝う高熱がガルちゃんとゾファルを焼くが。
「まずはちょっぴり、いただきじゃん?」
戦場を半ばで塞いだビルを見やり、シュレディンガーはため息を漏らした。
「あ~、そういうこともあるかぁ」
シュレディンガーが最初に決めていたのはふたつ。ひとつはハンターが強化人間を潰しに来ないなら、見せ札且つ障壁として後半戦まで残しておくこと。もうひとつは、潰しに来るなら最初に突っ込ませること。
しかし、白獅子の機動で無駄死にさせてはつまらないし、かといって最後まで生き残らせてしまっては、ただただ無意味となる。
シュレディンガーにとってはただ思いついただけの遊びであれ、レヲナという手駒を晒してまで場を作った以上はもう少し楽しませてほしい。人と強化人間と覚醒者、三つ巴の抗争を。
「死なないうちにみんなゴーゴー! いちばん近くの敵にしがみついて攻撃だよ~!」
シュレディンガーの命令に背中を突かれたように、強化人間たちが走り出した。まずは目の前にあるカーミンへ。
あわやのところで後ろへ跳んだカーミン。
が、強化人間たちは体勢を崩しながらも執拗に追ってくる。
ええ、それでいいわ。
先頭を駆けていた強化人間が、足元に弾けた結界の光に捕らわれた。
カーミンの指示を受けたゲー太が今も設置し続けているCモード「bind」、そのひとつが起爆したのだ。
そして。続くひとりの手がカーミンを掴みかけて――空を切った。
「背中の荷物を切り離せ。中身は自爆用の爆弾だ」
影のごとくに強化人間の背後へ貼りつき、バックパックを掴んで拘束したメンカルである。
彼は差し込んだ竜尾刀「ディモルダクス」で両のショルダーストラップを切断、奪い取ったバックパックを後方へ投げた。
かくてアスファルトに接触した瞬間。それは跡形もなく爆ぜ消えた。
ハンターを相手取るにはたいした脅威にもならない爆弾。つまりは儚く散る強化人間の様と、それを蹂躙するハンターの悪評を拡げようという目論見か。
メンカルは胸の内で吐き捨て、口の端を引き絞った。
例外はあれ、俺はそいつが選択したことに口は出さん。だが、選ぶべき道を塞がれ、奪われた上での一択を選択とは認めん。だから。
「助けるぞ、全員」
伸びてきた手をくぐり抜けたカーミンは、隠し持っていたルージュナイフで片側のショルダーストラップを斬り、もう一方も斬り落としてバックパックを抜き取った。
「右に同じく、ね」
“タイム”――敵の時を止めて自らのものとするかのような、オリジナルスキルの発現である。
『隠れてた子ひとり捕まえたわぁ! バックパック捨てたらいいわけぇ!?』
ママに「建物崩れるから外に捨ててね!」と返したイヴは、まだ隠れながらこちらへ向かっているだろう強化人間に警戒しながら呼びかけた。
『敵に爆弾ぶつけるのが目的でしょう? だったらわたしにぶつけて! それであなたたちの仕事は終わり!』
プラズマライフル「イナードP5」を地に置き、隠者の紫の両手をかるく挙げさせる。
『死んじゃえばここで終わるだけだけど、生きてたら可能性は繋がる! だから投降して!』
もちろん、ここで散るつもりはない。だからこそ膝をつかずにコクピットを守っているのだ。すべては強化人間を救い、白獅子に捕らわれたレヲナを救うために。
「無理じゃないかな~! 捕まったら殺されるだけだしね~! 急いで爆発爆発~!」
後方からはやし立てるシュレディンガー。
『この人たちを死なせるのが目的!?』
イヴの鋭い声音にもなんのてらいもなく。
「そ~ですね~!」
それを聞いてなお強化人間は止まらない。法術地雷や物理的な拘束で縛められている者もなお、手近なハンターにしがみつこうともがく。
ここに至ってイヴは確信した。すべての原因はシュレディンガーの声だ。声が直接届くところにいなければ、あの黙示騎士は強化人間を操れない!
『――あなたの声が聞こえないところまで連れていけば、強化人間は助けられる!』
「バレた~! ピタリ賞のご褒美で~す」
強化人間のひとりが、ビル影から隠者の紫へ駆け寄って。
「させない!」
ハッチを蹴り飛ばして外へ転がり出たイヴが、強化人間のバックパックに苦無「四菱」をはしらせ、そのショルダーストラップを切断した。
「あなたは強化人間用の収容施設へ行くことになる。そこならもう、あなたを惑わす声は聞こえない。だからゆっくり休んでて」
●混戦
再びの炎檻はすでにサイドステップでかわされている。
そしてボルディアは、結果を確かめるより早く天駆けるものを発動、祖霊の力を変じた翼をはばたかせ、舞い上がっていた。
見てから動いてたのでは到底間に合わないということもあるが、先にゾファルがしかけた攻めの成功度から、足首狙いで追いかけるよりも鬣狙いに勝機ありと踏んだのだ。
「おらぁ!」
翼を支えに魔斧「モレク」を白獅子の頭部目がけてフルスイング。ただし軌道は、顎先をかする浅さに留めてある。
果たして白獅子は鬣の先を犠牲にし、わずかに顔を逸らして避けた。
そうだよなぁ、でっかく避けちまったら反撃がブレちまうもんな!
口の端を吊り上げたボルディアは、モレクの太い腹をガミル・ジラク・アーマーで鎧った体へ重ね、さらに強靱な筋肉に気を張り巡らせた。
襲い来るカウンターのガトリング弾を三段重ねの防御で受け止め。
「シャル!」
彼女の声に応え、白獅子の背後へ回り込んだシャルラッハが最後のファイアブレスを撃ち込んだ。
が、白獅子はボルディアへ撃ち込みながら体を沈めて回避、もう一方の腕でシャルラッハへのカウンター攻撃を開始した。
『遊び相手は俺様ちゃんじゃん!』
と、割り込んだのはガルちゃんの巨体。叩きつけてくる弾を弾道上へ置いた両の天翼で押し斬った。
普通に考えればただの無茶も、白獅子の射撃が正確であればこそ英断となる。調整は戦闘プログラムに任せ、ゾファルはガルちゃんを踏み込ませた。
『おらぁ!』
左の天翼を突き込み、その間に振りかざした右の天翼を袈裟斬りに斬り下ろす。当然、その間にガトリング弾を体中に食らうが――俺様ちゃん、ハナっから覚悟決めてんだよ!
二連撃で鬣を損なった白獅子の両手が、二刀を振り切って硬直したガルちゃんの胸部へ押し当てられた。
凄まじい衝撃が機体を突き上げる。並のCAMとは比べものにならぬほどに重いガルちゃんの足が、アスファルトから2メートルも浮き上がる。
『ゾファルさん!』
イヴの悲鳴が遠い。ゾファルは飛びかけていた意識を必死で引き戻し、喉を塞いでいた血の固まりを吐き落とした。
そっちも二刀流かよ!
「ゾファルさん、体勢を立てなおして!」
癒やそうとした幸へ、ゾファルはかぶりを振って。
『ガルちゃんのほう頼む。止まっちまったら止めらんねーじゃん』
ヒールをかけ終えた幸はベルンを跳躍させ、一時的に囮を担う。
機体の左腕を覆う琥珀色のアーマーはもう穴だらけで、あとどれほど保ってくれるか知れなかったが、かまっていられる余裕もなかった。ただでさえ少ない戦力を分断されているこの状況では。
強化人間たちは囮だったということだろう。白獅子に集中させないためだけの、捨て駒。
……使い捨てさせないよ、シュレディンガー。
「ママさん、状況は?」
『10人捕まえたわよぉ! でもまだ多分、全員じゃねぇわ。あとちょっとがんばって!』
戦闘開始から1分弱。自分たちはあの白獅子を相手取り、これから同じだけの時間を重ねられるのか?
「あきらめないって決めたから」
音として決意を刻む。
白獅子の鬣は確実に削がれているのだ。「あと少し」を積んで、かならずこの手を届かせてみせる。
「ボルディアさん、連携よろしくねぇ」
スペルスラスターを噴かして白獅子の蹴りの直撃を避けさせ、幸はさらにベルンを旋回、魔鎌「ヘクセクリンゲ」でその軸脚を巻き取った。
隠者の紫から降り、強化人間の探索へ向かったイヴは歯がみする。
シュレディンガーから引き出した情報はすでに仲間全員と共有済みだが、せっかくの正解を生かせる状況にないことがもどかしく、腹立たしい。
しかし、答え合わせのおかげで先は拓けた。それを頼りに、今はこの闇底を渡り抜けるだけだ。
シュレディンガーの企みなんて引っくり返してみせる! それで絶対助けるから! レヲナさんもあなたたちも絶対!
メンカルは辺りを窺い、静かに足を速めた。
いちばん怖いのは強化人間が全員拘束できているという状況になるか……どこまでも小賢しい。
ここまで来れば、シュレディンガーの主たる狙いが強化人間の自爆にないことは知れる。なにせ3人のハンターが白獅子に向かえないまま足止めを食っているのだから。
しかもこの策、先の戦いからしかけられていたのだろう。強化人間を殺させてハンターを陥れれば、心情的にも状況的にも「助ける」方向へ向けさせられる。そうなればより長く白獅子の優位を保てるし、こちらが焦れて強化人間を見捨てればプロパガンダに利用できるわけだ。
今はあいつの思いどおりに踊るよりなくとも、このまま踊り続けてはやらん。
不意に飛び出してきた11人めの強化人間をナイトカーテンの帳でいなし、一度距離をとったメンカルは、投具「コウモリ」を投じて一方のショルダーストラップを断ち斬った。
標的を見失い、あわてて辺りを見回す強化人間。
両者にそれだけの能力差があるということだが、だからといって気を抜くこともできはしない。
メンカルは息を絞って強化人間へすべり寄り、バックパックを引き抜いて投げ捨てた。
「VOIDの用意した末路を辿るか、俺たちが示した先へ託すか。次に目覚めたときあらためて選ぶんだな」
延髄に手刀を落として意識を奪うと同時、アスファルトの穴へ落ちたバックパックがくもぐった破裂音をあげた。
カーミンは、ゲー太の法術地雷で動きを止められた強化人間の拘束とバックパックを処理を進めつつ、息をついた。
最初に強化人間を動かさなかったのは、こちらの出方を見ていたってことよね。
こちらが選択肢をひとつに絞っていたのに対し、向こうは少なくともふたつを用意した上で臨んだ。その差がこの遅れを生んだわけだが……致命的なものではないはず。
シュレディンガーから下された命令は一度きりだ。だとすれば、強化人間がどこに配置されていたとしても、突撃にそこまでの時間差はつけられない。
「強化人間はもうほとんど残っていないはずよ。発見次第、私のほうへ追い立てて」
仲間に通信を飛ばし、カーミンはもう一度息をつく。
地雷原は完成している。あとは飛び込んできた獲物を絡め取るだけ。
だからもう少しだけ待っていて、ボルディア。
『っ!!』
灼熱がゾファルの腕をなめ、泡立てる。
指先の感覚はとうに消え、雪山に放り出されたかのように体が凍えて震えていた。
ガルちゃんの重量をもって白獅子を半壊したビルへと押し込み、回避しづらくしておいて、鬣を斬る。
それは成功し、失敗もしたが、その都度彼女と機体はガトリングや通しに打ち据えられ、命を削り落とされていった。
惑わすホーを発動しつつ白獅子にまとわりつき、その目を奪い続けているエーギルがガトリング弾にこすられて落下、あわやというところで羽ばたいて高度を取り戻す。
そのカバーをするようにサイドワインダー、白獅子に突っ込んだシャルラッハもまた、ガトリング弾をくらって大きく姿勢を崩す。獣盾「バスカヴィル」のおかげで致命傷には至っていないが、それも時間の問題だろう。
「こっち向きやがれぇ!!」
翼を畳んで急降下したボルディアが炎まといしモレクを轟と斬り下ろし、人の域を遙かに超えた膂力で斬り上げた。炎の顎をもって敵を噛み砕く“砕火”。
白獅子は体を横へ流して回避。そして炎牙の先に鬣を裂かれながら、左手を伸べてボルディアへ突きつけ……通しを放った。
「があああああああ!!」
体中から鮮血を吹き散らして弾け飛んだボルディアへ、追撃のガトリングが向けられる。
「天王洲さん!!」
伸ばされた白獅子の右腕を下から、聖盾剣「アレクサンダー」の縁で突き上げたのは幸。左のガトリングによるカウンターを盾部分で弾き、全力をもって押し上げるが……盾に守られていない末端部が、すさまじい勢いで穿たれ、損なわれていく。
その中で、幸はここまで守り抜いてきたベルンの右腕をじりじりと伸べる。
あと少しだけがんばって、ベルン。
あと少し。あと、ほんの少しで届くから。
しかしその手が届くことはなく、獅子鬼に蹴り飛ばされたベルンはアスファルトに転がり、跳ね、また転がった。
12人めの強化人間が持たされていたものはバックパックばかりではなかった。
「強化人間を発見した」
トランシーバーへささやきかけたメンカルが眉根を落とす。
なぜなら彼は瓦礫の塊を抱えていて、その移動を著しく制限されていたからだ。
「瓦礫を抱えることで時間差を作る。単純な手だが、な」
とても策と呼べるほどのものではなかったが、こちらが強化人間に構わず白獅子へ向かっていたなら、もしかすれば奇貨として機能していたのかもしれない。
『こっちは探索終了! 発見できなかったよ!』
『私のほうも空振りだけど、だとしたらそちらで最後?』
イヴとカーミンからの返信に息をつく。
ここまで貫いた俺たちの我儘、おまえたちにも付き合ってもらうぞ。
スキルでその身を隠したまま強化人間へ迫り、メンカルはディモルダクスをはしらせた。
「――確保完了。ママ、後は任せてもいいか? 俺たちはこれより警戒を継続しつつ、白獅子へ向かう」
●たなごころ
白獅子の三角跳びで、また一棟ビルが倒壊した。
モレクの腹で瓦礫を打ち返して飛ぶボルディアが、押し上げられるように高度を上げる。いや、実際押し上げられたのだ。白獅子の半ばからちぎれた鬣、その放熱によって。
「角刈りにはまだまだだけどよ、ざんぎりくれぇまでは刈れたな」
軽く言い放つ彼女だが、その体に灯った“紅火血”の赤熱は消えることなく、彼女の負った傷がどれほど深いものかを物語っていた。
『熱暴走まであとちょいってとこじゃん?』
こちらも軽く応えたゾファルだが、白獅子に貼りつき続けてきた彼女はガルちゃん共々、動いているのが不思議なほどの有様である。
「――ふたりとも、援護お願いできるかなぁ」
ベルンのエンジンの簡易チェックを済ませた幸がふたりを仰ぎ見る。
すでに回復スキルは仲間のために使い果たしている。加えてベルンは右腕を残してボロボロで、あと残されているのはアンチボディをかけた彼自身の体のみだ。
「どうせやるこたいっしょだからな。突っ込むぜ」
ボルディアが速度を上げて。
『そーゆーことじゃん』
ガルちゃんもまた、ギヂギヂときしむ両脚で踏み出していく。
『先に連絡済みだが、強化人間は全員捕らえたと思う。合流して白獅子を抑える』
メンカルの通信の言葉尻をカーミラからの通信が引き継ぎ。
『ボルディア、連動するから速度を少し落として……ハッチを開けて、眠れる王子様を起こすんでしょう?』
『レヲナさんの体のあちこちに銀色の糸が食い込んでるから! コクピットのハッチ開けても引き抜いたりしないようにね!』
隠者の紫を狙撃ポジションに膝立ちさせ、イナードP5の引き金を絞ったイヴが注意を添えた。
そして、幸だ。
彼は息を大きく吸い込んで、ぐっと止める。
ここまで自分とベルンの右腕を守ってきた。
この1回に僕の全部を賭けるよ。
ベルンと自らの右手を握り締め、幸はベルンを前進させる。
「エーギル、飛べるか?」
かすれた鳴き声で肯定の意を返してきたエーギルの背へ乗り、メンカルは空へ。
「白獅子の動きを知らせる」
鬣を損なっているとはいえ、まだ白獅子の速度は健在だ。その動きをいち早く仲間へガイドする観測手役がいれば、戦局を多少有利にできるはず。
メンカルは強化人間の結末にもハンターの集結にも興味を示さず、ただ後方に在るばかりのシュレディンガーを一瞥、視線を切り離した。
いずれ報いは受けてもらうぞ。
メンカルの指示を受けながら、ハンターたちは白獅子と対する。
『ガルちゃん、突貫じゃん!』
ガルちゃんの魔導エンジンが一瞬咳き込んだ後、野太い重低音を奏で始めた。
リズムをずらして斬り下ろしたふた振りの天翼は空を切り、それに合わせたボルディアの砕火も、スラスターを噴かして横へ跳んだ白獅子に置き去られた。
果たして前衛陣に撃ち返されるガトリング。
『かがんで!』
イヴの短い通信で察したゾファルがガルちゃんの身を縮め。
隠者の紫はその上を通してレイターコールドショットを撃ち込んだ。
白獅子の鬣の先が一瞬凍りつき、放熱に巻かれて蒸気を吹き上げた。鬣の欠片を振り落としながら、白獅子は不規則なスラスター移動で一旦距離を取りにかかる。
「足……はっやいわね」
後方よりその様を確認したカーミンは、スペルボウ「フェリメント」につがえた2本の魔矢「ラヴァストーン」を射放した。
見切りではなくて着実な回避。さすがに警戒しているということよね。
鬣を損なうには効果的な連係攻撃が必要で、それを為すにはあの足を止めなければならない。
でも、足だけじゃない。もっと深刻なのはあの反応速度。
カーミンの身体へ風に舞う花弁がごとくの軽さをもたらす“菖蒲”をもってしても、こちらの攻撃は直撃できず、あちらの反撃をかわしきれないほどの速さが白獅子にはあった。
結局のところ、多少なりとも効果を表わしている連続攻撃しかないということだ。
その多少を多々に変える手が必要ということよね。
ゲー太にCモード「bind」の設置を指示し、カーミンはボルディアへ通信を飛ばした。
「法術地雷を設置するわ」
『俺の炎檻もよけるヤツだぜ?』
「ええ。でも、ひとつならよけられたとしても、重ねればひとつくらいは――ということよ。私とあなたたちで」
仲間たちがなにかをしかけようとしている。
だったら、その時間を稼ぐのが僕の役目だよねぇ。
幸は身をかがめさせたベルンをローラーダッシュで白獅子の前に飛び込ませ、裏から肩をあてがったアレクサンダーでショルダータックル。
当然かわされる。でも、それでいい。仲間から目を逸らせられれば――その間に仲間がしかけを完成させて、一瞬でも白獅子の足を止めてくれれば。
「天王洲さん! あれだけ撃っておいて、まだ僕たちのことひとりも殺せてないよねぇ!」
あえて足を止め、アレクサンダーを掲げてみせた。
それは白獅子の目を向けさせるための挑発で、白兵で勝負をかけることのアピールだ。
さあ、賭けようか、僕。
幸はベルンをジグザグに突っ込ませ、白獅子の足首を狙う。
対して前蹴りで応戦する白獅子。
まともにくらったベルンは飛ばされ、なんとか踏ん張ろうとして失敗。両足のローラーを損なってさらに後じさった。
そして。
開いた間合をひと跳びで詰めた白獅子が、“通し”を放つべく左手をベルンに押しつけて。
「……絶対、その技でとどめを刺しにきてくれるって思ってたよ」
幸が薄笑んだ瞬間。
白獅子の足元でゲー太の設置した法術地雷が起爆した。
「誘導役を任せてしまったけど、正解だったわね」
カーミンのうそぶきをかき消したのはボルディアの咆哮。
「投げてよけられんなら、くっついちまえばいいってことだよなぁ!!」
急降下したシャルラッハの背から転がり落ちるように跳んだ彼女が、炎檻の鎖を白獅子の足首へ叩きつけ。
『でも! 今なら撃ってもよけられないよね!』
隠者の紫が撃ち込んだレイターコールドショットが白獅子の首筋へとまとわりついた。が、それは鬣を損なわせるための攻撃ではない。
これで何秒かだけ、振り向けなくなれば!
スラスターを全開で噴かし、縛めから逃れようとした白獅子がガヅン! 跳べぬまま落ちた。
『イヴッチ、パーフェクション援護じゃん!』
白獅子の胴を後ろから抱えたガルちゃんが腰を落とす。出力では白獅子が上だとしても、重量差と気合を乗せて重石と化した“機塊”は揺らがない。
かくてすべてが一を成し、そのときは来た。
「天王洲さん、いっしょに帰ろう」
幸がベルンの右手で白獅子の左手を掴み、その指を絡めた。直後、通しの超振動がベルンと幸を襲うが――その身が機体から振り落とされるよりも早く。眼窩からあふれ出した血がその目を塞ぐよりも早く。彼は願いと共にエレクトリックショットを送り込んだ。
避けようのない電流を神経へと流し込まれた白獅子あるいはレヲナが硬直する。
『超あっついチューで起こしてやろうと思ってたんだけどよ、それ、みんなにお任せじゃん』
ゾファルがぎちり、口の端を吊り上げた。
出力の高まりと共に熱量を上げる鬣、それがもたらすダメージを彼女は受け続けている。もうすぐガルちゃんは止まり、意志なき重石は振り捨てられるだろう。だから、その前に。
ゾファルはガルちゃんの両手で燃え立つ鬣を引っつかみ、弾みをつけて一気に引きちぎった。
見ろよ。ハゲハゲにしてやったじゃん?
後ろへ倒れゆくガルちゃんの内で意識を手放したゾファルはなお、笑んでいた。
「ハッチの強制開放を! コンフェッサーと同じ位置にあるはずだ!」
ゾファルの意志を無駄にしない。放熱を封じられ、自らの熱で動きを止めた白獅子の胸部へ降り立ったメンカルが探る。
そこへ白獅子の腕伝いに登ってきた幸が加わった数秒後……白きハッチが弾け飛び。
ハンターたちは天王洲レヲナとの再会を果たす。
●縁の糸
レヲナの全身に食い込み、おそらくは神経と結びつけられているのだろう銀糸が、鼓動に合わせて揺れる。
「こんなもんがパーフェクションかよ」
ボルディアが顔をしかめて吐き捨てた。確かに人機一体にはなるのだろうが、醜悪に過ぎる。
幸は半眼を虚空へ向けたまま座すばかりのレヲナへ語りかけた。
「天王洲さん、聞こえる? 迎えにきたよ」
反応はなかった。
ここからどうすればいいのかも、わからない。わかるのはただ、イヴの警告を思い出すまでもなく、引きちぎるのが最悪手だということだけだ。
『縁は糸。全に繋がる結び目はひとつきり』
と。ハンターたちのトランシーバーからふと忍び出た謎の声音は――
『――ゴヴニア! 鬣作った怠惰の声だよ! どこかに全部丸っと解決しちゃえるなにかがいっこだけあるっていうことだと思う!』
倒れたまま動かないガルちゃんのカバー、さらにまだあるかもしれない強化人間の奇襲に備えて位置取った隠者の紫の内より、イヴが仲間へ告げた。
縁。
鉱石を繰る怠惰を信じてやるつもりなどないが、ゴヴニアが奇妙なまでにこだわっているそれを裏切るとも思えなくて。
きっと試されてるんだ。レヲナさんと縁を結んだわたしたちは。
でも! こんなとこでなぞなぞとか、ほんっと戯れ好きだなあの怠惰! って、そうじゃなくて考えろ、考えろ考えろ考えろわたし!
『まとめたら縁の結び目ってことだよね。糸を繋ぐ? なんだろ? 糸だから髪の毛とか?』
イヴが必死で考え込む中、白獅子のコクピットに顔を突っ込んでいたボルディアがかぶりを振った。
「だめだ、頭と首のあたりにゃなんにもねぇ」
「銀の糸……シルバーリングを連想したが、手の指はど」
ガグン。メンカルの言葉が振動に断ちきられた。
「白獅子が動き出したわ!」
ゲー太と共にイヴの逆へ位置取り、強化人間の特攻に対する警戒及び白獅子に取りついた仲間のカバーに回ったカーミンが鋭く告げる。
コクピットに迫り来る白獅子の両手。自分ごとハンターを“通し”で滅殺するつもりだ。
「まだ動くのかよ!」
ボルディアはその身をコクピットから引き抜き、モレクを負った背でハッチを塞いだ。
しょうがねぇ。絶対守るって決めたんだからよ。
歯を食いしばったボルディアの背に、例えようのない衝撃が突き立った。
『っ!』
カーミンと連動して牽制攻撃をかけていたイヴが、意を決して白獅子の頭部へイナードP5を向けた。
いくら並などではあり得ない屈強を誇るボルディアでも、両手での“通し”を食らってなお不動を保てる保証はない。せめて片手分は引きつけなければ……しかし、カウンターを誘うには生半な攻撃では足りないのだ。しかし、仲間を傷つけ、レヲナ救出の機を失ってしまっては本末転倒。
果たして撃ち出した一撃は、狙い過たず白獅子のこめかみをこすり。
白獅子の右腕が跳ねるようにイヴを追ってガトリング弾を撃ち返した。横殴りの弾が執拗に隠者の紫の胸部の一点を叩き、擬似的な“通し”を為す。
奥の手なんだろうけど、威力自体はそこまでじゃない!
イヴは喉元へ迫り上がる金臭い塊を飲み下し、隠者の紫を前転、ガトリングの射線から逃す。
このまま引きつけるよ!
幸はレヲナの左手を探る。
メンカルも第一の候補に挙げたが、信念を貫いて難関に立ち向かう親指――ちがう。人差し指、中指、これもちがう。薬指もだめだ。
その間にも身を盾としてコクピットを守るボルディアは命を損ない、イヴとカーミンもまた傷ついている。
「焦んなよ。結び目っての、見逃しちまったらやべぇ」
ボルディアが目をすがめ、口の端を吊り上げた。
あとどれだけ耐えられるかを己に問うことはしない。全員助けるまで耐えんだよ!
一方、ボルディアの深く傷ついた背を見ながら、カーミンは静かに意を決していた。あと1本、左の小指になにもなかったなら……この弓でレヲナの糸を断ち、強引に終わらせる。
果たして、左の小指。
「――結び目!」
フェイクかもしれないとは思わなかった。願いも想いも頭から飛んでいた。
ただの無心で、幸がレヲナの小指の根元に隠されていた結び目を引き抜けば。
レヲナと白獅子とを繋いでいた縁の糸がばらりと抜け落ちて。
「おおっ!」
傷口から赤炎噴き上げるボルディアが、その熱き両手でレヲナの体を引き抜いた。
シュレディンガーの姿はいつの間にか消えていた。
「強化人間の搬送はもうすぐ来る応援にお任せするわ」
用意していたらしい簡易担架をふたつ組み立て、一方にゾファルを、もう一方にレヲナを乗せたママがハンターたちを促す。
「運んだげて。バカみたいなマネして踏んばった子と、アンタたちがバカみたいなマネしてまで助けた子よ」
現場を後にするハンターたちは一度だけ、白獅子を返り見る。
立ち上がることを永遠に禁じられた巨人は黙して語らず、ただ風ばかりが吹き抜けていった。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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MVP一覧
重体一覧
- ゾファル怠極拳
ゾファル・G・初火(ka4407)
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
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相談卓! イヴ(ka6763) エルフ|21才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2018/10/01 02:41:32 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/09/28 06:59:55 |
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![]() |
質問卓 メンカル(ka5338) 人間(クリムゾンウェスト)|26才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2018/09/28 17:23:23 |