• 落葉

【落葉】Letzte Bataillon

マスター:神宮寺飛鳥

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/11/22 19:00
完成日
2018/12/02 18:54

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 何が起きているのかさっぱりわからないまま、村人たちは異変におびえていた。
 突然、近くの山に何かが飛んできて、ドカンと大きな地鳴りがした。そして気付けば山には謎の黒いドームが出来ているときた。
 それだけならばよかったのだが、いつの間にか山からゾロゾロと雑魔が現れ、今まさに村を襲わんとしているのだ。
「帝国軍は来てくれないの!?」
「街まで馬を飛ばしても間に合わない! 一度村を離れるんだ!」
 帝国がいかに栄えた国家であっても、取りこぼしはある。
 小さな村には軍人など駐留していないし、ハンターオフィスもない。こうなると彼らは生まれ故郷を捨てて逃げるしかない――そう思われていた。
「異界発見! 野郎ども、一気に殲滅するぜ!」
 そこへどこからともなく馬に乗った一団が現れた。
 先陣を切る大男は馬上で長柄の武器を振り回し、あっさりとスケルトンを殲滅する。
「パーシヴァルとクルヴェナルはソードオブジェクトを破壊しろ! 残りの部隊はオレと一緒に村を守るぞ!」
 ぞろぞろと現れた不揃いな恰好の騎士たちが、交戦を開始すると、あっと言う間に村の安全は確保された。
「すげえ……あんたら帝国軍かい?」
「いんや? オレたちはただの、通りすがりの悪党だよ」
 ニィっと笑みを浮かべる大男。
 彼の名はヒルデブラント・ウランゲル。
 反政府組織「ヴルツァライヒ」のリーダーであった。


 帝国各地に突如として出現した「異界」への対応に追われる帝国軍。
 彼らは帝都や師団都市を中心に対策に乗り出す関係上、優先順位的に必ずどこかで犠牲が出るはずであった。
 しかし予想外に被害が出ない。それがヴルツァライヒの活躍によるものだと発覚したのは、数日後の事だ。
 彼らは帝国軍がカバーできないエリアに颯爽と現れ、次々にソードオブジェクトを撃破していった。
「いや、普通だろ。オレたちは革命を起こしたいのであって、この国を消したいわけでも国民を苦しめたいわけでもないんだからよ。困った時は助け合わねぇとな」
 と、首魁はあっけらかんと言い放つ。村を救うと礼も受け取らず、次の仕事があるからと去っていくのだと言う。


『あの人間、一体なんなのだ……わけがわからぬ』
 鋼鉄の腕が困惑した様子で愚痴る。
 十三魔のアイゼンハンダー……いや、ツィカーデという少女は、本来あの男とは相容れない。
 革命戦争の発端。国をひっくり返し、その混乱で多くの人々の命を奪った、歩く炎。生ける災禍。
 許せるはずもない。そう思っていた。
「わからない。でも、お陰で私にもチャンスがある」
 アイゼンハンダーは彷徨っていた。何を成すべきか、そして己が何者であるのかさえ曖昧だ。
 ただ、“過去を忘れる”という事だけはよくないと。許す、許さないという話ではない。“ダメ”だと、そう思った。
 そして不滅の剣魔クリピクロウズと――“闘う”ことを決めたのだ。

 矛盾ではない。

 クリピクロウズを仲間に引き入れるとしても、このままでは難しい。クリピクロウズがこの国を飲み込んでしまったら、自分では手の打ちようがなくなる。
 だから、自分に出来る範囲で彼女に近づくためには、闘いすら手段の一つに過ぎない。
 草原を駆ける足を止め、息をつく。
 視界の向こう、突き刺さったオブジェクトが展開する異界が広がっている。
 このオブジェクトから出現した雑魚は、ヴルツァライヒの兵力と紫電の刀鬼が対応してくれている。だからこうして、彼女と話ができる。
「クリピクロウズ殿。いくら貴殿が強力な歪虚であろうとも、こんな戦いは無謀すぎる」
 一時はいい。混乱は招ける。だが、帝国軍もハンターもこの事態をいずれ解決するだろう。
 何度も大きな戦いを経験し、彼らは強くなった。クリピクロウズ“一人”でどうにかできる相手ではない。
「私と一緒にハヴァマールさんのところに行きましょう」
「……なぜ?」
「貴女を助けたいのです」
「助かりたいと願っているのは……あなたの方でしょう?」
 目を細めながら少女は思う。ああ――その通りだと。
 助かりたかった。救われたかった。
 死体の頭は大事なこともすぐに忘れてしまう。終わらない悪夢の中にいるみたいだ。
「だとしても……私は貴女を助けたい。私は私が救われるために、何かを救いたいのです」
「そう……。悲しい……とても悲しい想いをしたのですね」
 幻のように揺らめくクリピクロウズは、アイゼンハンダーを迎え入れるように両腕を広げる。
「ならば、あなたも救いましょう。私は救いを与える為に存在する。何もかもを忘れて、安らかに終わりの時を待ちましょう?」
「それは……それは、救いではないのです」
 このままではダメだとわかっているのに。
 見殺しにしているだけだと知っていたのに。
 ああ、それでも……変えられなかった。何かをひっくり返してまで、それを願えなかった。
 願ったのはあの男だ。見殺しは沢山だと、革命を願ったのはあの男で……自分じゃない。
「私は………………何もしなかったんだ」
 怒りと後悔、その両方を飲み込んで、少女は歯を食いしばる。
「クリピクロウズ殿……貴女のそれは、救いではないのです。忘れてしまったら……大切な人を想うことさえ、もうできないんだっ!!」
「なぜ……思い出すの? 苦しむだけなのに……」
 理解できない。故に、クリピクロウズは異界より歪虚を生み出す。
「この地に刻まれた哀しみの記憶……忘れたくないというのなら、想い出して。その苦しみ、その嘆きを」
 出現したのはスケルトンではなかった。
 鎧の騎士、そして黒衣のエルフ。どちらも本物ではない、だが――。
『ナイトハルト殿に、オルクス殿だと……!? クリピクロウズと合わせて、四霊剣が三体!? ツィカーデ!』
「問題ないよ。所詮、ただの幻なんだ」
 鋼鉄の腕を構える少女の横顔は悲愴を湛えている。
 だが、瞳には確かな意志の炎を宿し、前を見ている。
「霧は……もう晴れたから」
 せめて後悔のないように。やれることを、精一杯がんばろう。
 そしたらきっと――この冷え切った身体にも、温かい何かが宿ると信じて。

リプレイ本文


 ヒトは連続性に支配された生き物だ。
 過去、現在、未来と繋がる時の中で、現在地を理解して初めて、自己という存在を認識できる。
 忘却の本質とは、前進を願う事にある。
 過去に囚われる事なく、忘れ、前に進んで欲しい――それはきっと、殆どのヒトにとって正しい願いだ。
 だが、全員ではない。
「戦う目的も、何故自分がここにいるのかも忘れ……それでも残ったものがソレの本質だってンなら、この感情はなんだ?」
 銃口の向こう、幽鬼のような女がドレスと長髪をたなびかせる。
「記憶が消えたって身体に刻まれた想いまで全部キレイさっぱり消えちまうわけじゃあない。例え想い出せなくても、ソイツの願いまでは消えない」
 真っ白な絨毯に零したコーヒーの染みは。
 いつ、なぜ、どうやって出来たのかを忘れても、きっと不快に思うだろう。
 何度でもそれを見て。何度でも繰り返し。何度でも首を傾げながら、きっと同じ答えに至る。
「誰が救ってくれと願った? 誰が干渉しろと頼み込んだ? エゴイストが……勝手に土足で踏み込んでくるな!」
「――だとしても」
 コミュニケーションは取れない類の怪物だ。それが、乾いた唇で言葉を紡ぐ。
「私は寄り添いたかった。癒せずとも、せめて傍にいて……受け止めてあげたかった」
「……受け止める? 受け止めるだって? ハッ! 笑わせるヨ! 銃口を向けたモンと向けられたモン、その関係性を抱擁とは呼ばない! 蜂の巣になった身体で何を受け入れるってんだ、えぇっ!?」
「できるわ」
 女は両腕を広げる。
「だって私は――不滅の怪物なのだから」
 怪物にしかできないことがある。
 その在り方でなければ表現できない愛情があるのだと。
「何度でも死にましょう。何度でも傷ついて、何度でも笑って。何度でも思い出して、何度でも記憶して……何度でもまた、誰かを愛しましょう」
 だとしてもやるべきことは何も変わらない。
 相容れぬものに人間がすることはいつだって一つだ。
 これまで彼らがずっとそうしてきたように。これまであなたがずっとそうしてきたように。
 記憶の有無は関係なく。
 ただ、引き金を引く事だけしかできないのだ。


「無理にあの二体を倒す必要はないんだ! 異界内に突入してソードオブジェクトを破壊するぞ!」
 キヅカ・リク(ka0038)が魔道バイクに跨って仲間に声をかける。
 異界はナイトハルトとオルクスを再現したエミュレーターと呼ばれる存在により防衛されているが、あの二体をまともに相手にしても仕方がない。
 異界とそこから生み出された存在は、発生源であるオブジェクトを破壊すれば消滅するのだ。
「まだあったのかよアレ……。まー、やるしかねぇのはわかっちゃいるがよ」
 アニス・テスタロッサ(ka0141)は面倒くさいという本音を隠そうともせずに溜息を零す。
 実際、オブジェクトの処理はけっこーめんどくさい。
「四霊剣のパチもんが二体か……あのクソッタレにはできればもう会いたくなかったヨ」
「確かに随分と豪勢なメンバーだ。けど、本物とやりあったことのある俺らに通じると思ってんなら甘いぜ!」
 フォークス(ka0570)の呟きにリュー・グランフェスト(ka2419)が星神器「エクスカリバー」を抜きながら答える。
「こっちも前より強くなってるんだ。悪いが一気に決めさせてもらうぜ!」
 ハンターはエミュレーターを足止めするメンバーと、その隙に異界内に突入するメンバーとに戦力を分散させる作戦だ。
 まずはヴァイス(ka0364)灼熱を発動。燃え盛るマテリアルのオーラでエミュレーターの注意を引き付ける。
 本物の四霊剣であれば高度な知性も相まってソウルトーチは通用しないだろう。
 だが、これはただ能力だけを再現された存在だ。ソウルトーチの陽動にきちんとかかるところを見て、ヴァイスの胸中は複雑だった。
(やはり模倣は模倣か……。だが、この地の悲しみの記憶として彼女の姿が現れるとは)
「よし、かかったな。ここは俺たちが時間を稼ぐ! キヅカたちはタイミングを見て異界へ突っ込め!」
 移動を開始した二体に拳銃を構えながら近衛 惣助(ka0510)が叫ぶと、キヅカら突入班は敵を迂回して異界への侵入を目指し始めた。
 二体のエミュレーターは特に何も問題がない限りは目についた敵を攻撃するが、異界を守るというオーダーも受けているため、侵入を試みる者がいればそちらにも注意が向く。
 その隙を逃さぬように、リューはエクスカリバーを掲げる。
「行くぞエクスカリバー! ナイツ・オブ・ラウンドだッ!!」
 眩い輝きがリューとその仲間たちの力を高めていく。
 オルクスが魔法で血の結晶を空中に浮かべ、キヅカ目掛けて発射する。これを惣助が銃撃で打ち払い、キヅカは回避に成功。
 続けてエクスカリバーの効果を受けたヴァイスとリューが更に魔法剣を使用し、ナイトハルトへ迫る。
 自己強化系の能力を最初に使用することから、ナイトハルトの迎撃が先に働いた。
 左右の剣で二人をそれぞれ切り払うが、ヴァイスや槍で、リューは鞘でこの攻撃を受ける。
 二人とも問題なく受け止めたが、ぶつかり合うマテリアルが衝撃派となって草原を揺らした。
「模倣体とは言え、この力……やはり侮れないな……!」
「ま、こっちに食いついてくれりゃあそれで作戦通りだ!」
 リューはすかさず身体を回し、エクスカリバーでカウンターアタックを放った。
 一方、オルクス側は再び超射程の魔法攻撃を構える。しかしその背後からナイトカーテンを纏ったヒース・R・ウォーカー(ka0145)が現れ、ネーベルナハトを繰り出した。
 槍はオルクスの腹を貫通したが、相手は吸血鬼。この程度のダメージは直ぐに復元してしまうだろう。
 攻撃の矛先がヒースへ移り、空中から次々に結晶の剣が降り注ぐが、ヒースは残像を残しながらこれをかいくぐっていく。
「なかなかどうして、愉しいものだねぇ」
 やはりヒースにとっても、クリピクロウズの提案は受け入れがたいものだ。
「忘れて楽になるよりも忘れずに抱えて最後まで歩き続ける。それを選んだのはボクだけじゃないようだ」
 これまでに沢山の戦いを乗り越え、問題を解決してきたハンターたちにとっては、ある意味当然のことかもしれない。
 ハンターには背負っているものがある。その荷物は簡単に降ろせるような軽いものではない。
「人間はみんな、過去を背負って生きていく……さてさて、お前はどうかな? アイゼンハンダー」
 キヅカとフォークスを乗せたバイクが異界に突入していくのを横目に、ヒースは再びオルクスへと遅いかかる。
(バイク……バイクか。まいったな、俺は走るしかねぇや)
 全力移動ですっ飛んでいく仲間にアニスは遅れてついていく。
 騎乗物で移動力を確保していないので、最高速度で突破を目指す者と同じ速度で移動することはできない。
 実はこの時点でハンターの作戦、「一丸となって突破」にはもう一つ遅延が生じていた。
 支援用歩行機械「CAPA」という移動手段を用意していた岩井崎 メル(ka0520)だが、彼女は突破行動や戦闘よりも前に、アイゼンハンダー(kz0109)への事情説明を行っていたのだ。
 エミュレーターに極力手を出さないようにすることと、そのエミュレーターに突っ込んでいこうとするアイゼンハンダーに声をかけることは、タイミング的に矛盾している。
 この点は先にヴァイスやリューが仕掛け、更に彼らの戦闘力が高かった結果、会話をする余力はあったので問題ではないが。
「ソードオブジェクト……成程、あの結界を作り出している要石のようなものか」
「あ……やっぱり異界とかソードオブジェクトとか知らなかったんだね……」
 そう。アイゼンハンダーは別にハンターの仲間ではないし、グラウンド・ゼロにも行っていない。
 やる気はあるが知識はほとんどないので、彼女に説明するというのはある意味では大事な行動だった。もちろん、その分だけ時間は食うことになるが。
「あのクリピクロウズ殿が本物ではないことはわかっていた。無論、四霊剣のお二人もだ。しかし、そうか……面妖だな、邪神の力というのは」
 今にも飛び掛かっていきそうだったところを抑えていなければ、他のハンターがアイゼンハンダーの初撃に巻き込まれたりしていたかもしれないので、わかってもらえてよかった。
(ツィカーデ。【闇光】の作戦以来かぁ……。ちょっと見ない間に強くなっちゃってさぁ)
 アイゼンハンダーは自分を覚えているだろうか? ふと、メルはそんなことを思案する。
 だが今は問わない。忘れていてもそうでなくても、ツィカーデという少女の本質は変わらないと思ったからだ。
「クリピクロウズと接触するなら、まずはあそこに飛び込まなきゃいけないよ」
「了解だ。ではそうしよう」
 素直な言葉だった。それは単に目的達成に必要な行動を取捨選択した結果なのかもしれない。
 だが――あえて疑ったり、いちいち確認を取らない彼女の態度に信頼にも似た奇妙な想いを感じ、メルは苦笑する。
「前だけ見てるんだね、ツィカーデ。だったら私も手伝うよ。身体だって張ってやるさ!」
「ん……? ああ。ありがとう……?」
 自分の変化には、きっと気づいていない。
 よくわからないといった様子で頷き、アイゼンハンダーが走り出す。
「はやっ!? やっぱ身体能力は十三魔かあ……!」
 紫電の刀鬼よりは遅いが、それにしたって馬にも負けない加速だ。遅れぬようにと、慌てて「CAPA」を走らせた。
 こうしてメルがアイゼンハンダーと共に移動を開始するまでの間にもアニスは走り続けていたし、エミュレーターとの戦いは続いていた。
 なので、結局のところ突入タイミングはキヅカ&フォークスとアニス&メル&アイゼンハンダーに二分されてしまったということになる。
「顔色は変わらなくても眼は変わったな。ちゃんとやるべき事を見つけられたようだねぇ」
 高速で走るアイゼンハンダーとヒースが言葉を交わせる時間は殆どなかった。
 だが、彼女へ攻撃しようとするオルクスを引き付け、ヒースはちらりと一瞥する。
「お前の出した答え、伝えてくるといい。頑張りなよ、ツィカーデ。ついでに鉄腕もねぇ」
 アイゼンハンダーもヒースを一瞥する。
 つい先日顔を合わせた相手だ。故に多くを語る必要はなかった。
 彼女は彼女の目的を、そして男は男の目的を果たすために、今は闘うだけなのだから。


「……っと。ここは……神殿かな?」
 バイクを停車させたキヅカが異界の中を眺める。
 二人は知らなかったが、ラズビルナムの突入作戦に参加していた者ならば気づいただろう。
 森の地下に広がっている迷宮のような異空間。この異界はその一部を切り取ったようなものだ。
「随分と前衛的な建造物だ。設計した奴のツラを拝んでみたいネ」
「罠とかは無さそうだけど……」
 異界内は思ったよりも明るい。そして通路の向こうには広場があり、そこに突き刺さるオブジェクトも確認できた。
 わざわざ探し回ったりする手間は必要ないが、そこにはクリピクロウズも待機している。
「今度は人間ですか……」
 無色な感情を乗せた言葉と共に、クリピクロウズは頭上に片手を伸ばす。
 すると大地に万華鏡にも似た文様の魔法陣が浮かび上がり、そこから無数のスケルトンが出現する。
「雑魚がおいでなすったか。とりあえず一本道だ、突っ切るんだろう?」
「ああ! クリピクロウズ……あいつには言ってやらなきゃならないことがある!」
 再びバイクのエンジンを唸らせる。
 一気に飛び出した二人は直線通路に立ちはだかるスケルトンを銃撃で吹き飛ばしながら広場へと突っ込んでいく。
「時季外れのTrick or Treatってか? 仮装行列にしちゃ骨しかいねぇみてぇだが」
 フォークスが粉砕したスケルトンを跳ね飛ばしながら広場に乗り込んだキヅカは、そのままオブジェクトへ突撃する。
 聖機剣に機導の炎を纏わせ、クリピクロウズごとすれ違いざまに薙ぎ払うが、その炎は地面から突き出した巨大な骨の手で防がれていた。
「なぜ……あえて相手の心の中に踏み込んでまで、その剣を振るうのですか?」
「決まってる。お前が僕たちの敵だからだ」
「敵……? 私が……?」
 クリビクロウズは首を横に振る。
「私は敵ではありません。そして、あなたは招かれざる客人でしょう? 共に在ろうとしないのなら、なぜ放っておけないのです?」
「決まってる。お前は僕たちから大切な物を奪うからだ!」
 クリビクロウズを抱くようにして、CAMほどのサイズのスケルトンが両腕を交差させる。
 無数の骨が彼女とオブジェクトを取り囲み、護ろうとしているのだ。
「お前、悲しいっていう事の本当の意味、解ってないよ。確かに辛い事ってしんどくて。いろんな感情に苛まれ、どうにもならないまま引きずっていくしかない。けど……」
 それでよかったのだ。
「この想いは罪なんかじゃない! この痛みは罰なんかじゃない……! あの日々は、確かにそこにあったっていう“証明”なんだ! 無くなって良いものなんかでも憐れまれるべきものなんかでもない。未来を繋ぐ為の可能性なんだ!」
「だから、それを奪う私は敵だと?」
 クリピクロウズは穏やかに問い返す。そして、
「いいえ、いいえ。ならばやはり、私はあなたの敵ではありません」
「……なんだって?」
 キヅカにとってこのクリピクロウズという歪虚は許容できない存在だ。
 だが、実際に対峙してみると――これまで何度も強敵と戦ってきたからこそ、はっきりと感じる。
 この歪虚に敵意はない。害意はない。純度100%の、中庸――。
「“奪わなくてもよい人”から、私は何も奪いません。あなたは強いひと。なら、戦わずにお帰りなさい。私はあなたを救えないのだから」
 思わず銃口が下がる。何をどういう意図で言っているのかわからない。
「私が救いたいのは――弱者。自分では前に進めないひと。どんなに足掻いても、それを忘れられない人に……私は忘却を捧げたい」
「――キヅカ! 日和ってんじゃないヨ!」
 声と共に銃声が響く。フォークスはリトリビューションを放ち、スケルトンらと同時にクリピクロウズやオブジェクトを同時に攻撃しようと狙う。
 だが、占有されたスクエアをまたぐことはできない。スケルトンは吹き飛ばしたが、大型の個体とクリピクロウズは無事だ。
「私が救いたいのは弱者。あなたは忘却が必要なひと? それとも――忘れる必要のない強者?」
「……まずい!」
 キヅカは直ぐに銃撃を行うが、やはり射線は封じられている。
 悠々と前進しながら、クリピクロウズは忘却の波動を放った。


「アイゼンハンダーも行ったか……なら、あとはこいつらの足止めだけだ」
 やはり異界内に敵の突入を許すというのは、エミュレーターにとっても問題なのだろう。
 ハンターの半数とアイゼンハンダーが異界に入ると、エミュレーターも追撃の動きを見せた。
 それを阻止するため、惣助は制圧射撃をしながら異界側に回り込む。
「悪いがそっちに行かせるわけにはいかないんでな」
 ヴァイスはオルクスに隣接すると、強かに七支槍を打ち付ける。
 逃れようとしても槍で移動を塞ぎ、距離を離さない。これはオルクスにとって得意な射程である遠距離攻撃を封じることにも繋がっていた。
 やむを得ずオルクスも血の剣を作り、二人は鍔迫り合いの格好となる。
「……強いな。だが、やはり本物とは違う」
 オルクスの能力はもっと多彩だったし、攻撃にも戦略があった。
 だが、エミュレーターは結局敵が存在する射程に合わせて攻撃してくるだけの機械的な存在だ。
「ある意味、納得だがな……」
 オルクスは既に滅びている。不変の剣魔は、最期には納得してその闇を晴らした。
 彼女が帝国の歴史に刻まれているというのなら、それは結局は伝承――。噂話、四霊剣としての脅威が形を成したもの。
(彼女そのものでは――ない!)
 迷いなく、ヴァイスは刺突一閃を放つ。それはオルクスの血の剣も砕き、胸を深々と貫通した。
「影とは言え、流石はナイトハルトだ。剣を交える相手としちゃ十分だぜ」
 一方、リューはナイトハルトと死闘を繰り広げていた。
 奇しくもこの二人の戦術は全く同じ。二刀流とそこから繰り広げる連続攻撃、そしてカウンターの応酬だ。
 わずか10秒の間に凄まじい回数の剣撃が何度も繰り返し大気を震わせる、極めて高度な攻防だ。しかし――。
「所詮は影! どれ程強くても、心のない相手じゃ物足りないな!!」
 エクスカリバーと鞘を交互に振るい、続けてその二つを交差させるように放つ第三の攻撃。
「行くぜ……紋章剣、星竜!」
 竜の幻影を伴う斬撃がナイトハルトの鎧に十字型の刀傷を作り、大きく吹き飛ばす。
「ダメ押しだ、こいつも持っていけ!」
 惣助はその攻撃に合わせて支援射撃を放つ。十字傷を更に抉り、鎧はひしゃげていく。
 だが、亡霊の騎士は再び立ち上がる。鎧の傷も徐々に塞がり、やがては完全回復するだろう。
「あいつは亡霊型だからねぇ。核を完全破壊しないと何度でも立ち上がるぞ」
 背後に回り込んでいたヒースが槍を繰り出すが、ナイトハルトはこれを素早く剣で打ち払う。
「再現体とは言え、やはり四霊剣か……流石だな」
 素早くリロードしながら惣助がごちる。
「鎧がもっと大きく損傷すれば、核を撃ち抜くこともできるかもしれんが……」
 さすがにそれは贅沢だろう。惣助もリューもヒースも、ナイトハルトを完全撃破する想定でここに来ていない。
 オルクスは結局はサポート、遠距離戦に向いている。それをインファイトに持ち込んだヴァイスが上手く抑えているので、時間稼ぎならあちらは一人で十分。
 だが、残り三人で攻撃してもナイトハルトが落とせない。
「くっそー、負けはしないが勝つのも難しいな……。四霊剣最強だけはあるぜ」
「オルクスは俺がこのまま押さえておく! そっちは三人でナイトハルトを頼む!」
 ヴァイスはアンチボディで自己回復しつつ、とにかくオルクスを逃がさないように戦う。
 密接した状態ではオールレンジ攻撃なども使えないので、このままならヴァイスもまず負けないだろう。
「オブジェクトの方に手伝いに行きたかったんだが……」
 チラチラと異界とナイトハルトを見比べながらリューは迷っていた。
 内部の戦力が不足した場合、オブジェクト破壊には自分の高い攻撃能力が必要になるだろう。
 だが、正直このナイトハルトは本当に強い。今三人でなんとか押えている敵をヒースと惣助だけで押えろというのは無理がある。
 かといってナイトハルトは魔法攻撃やBSなどをうまく駆使しないことには完全撃破は難しい。
「剣の勝負なら負けねぇのにー! すまねぇ、みんな、そっちには行けそうにないぜ……っ!」
「ナイトハルトは移動力も凄まじい! 油断すると一気に抜かれるぞ!」
 惣助が制圧射撃を仕掛けているが、それも足止めとしては十分ではない。
 結局ナイトハルトを異界内に行かせないためには、やはりどちらにせよ人手が必要だったのだ。


 銃声が轟き、そしてクリピクロウズの胸から血が噴き出した。
「……ありがとよ。お蔭で脳みそが一度クリアになった」
 冷や汗を流しながら吐き捨てるようにフォークスが呟く。
「どうして? あなたはそれを忘れた方がいいのに」
「……あァ? どうしてもこうしてもあるか! “忘れようとしたって忘れらんねぇモン”なんだよ、これはッ!!」
「忘れなければ、幸せになれないのに?」
「うるせェ! 忘れちまったら、それはもうあたいじゃないんだよ!」
 次の瞬間、広場にメルとアイゼンハンダーが飛び込んでくる。
「ごめんっ、遅れた! 二人とも無事!?」
「ちょっと意識失ってたけど、大丈夫。あいつはそんなに攻撃してこないから」
 キヅカの応答に安堵するメル。そして彼女が連れてきたアイゼンハンダーは、鋼鉄の義手を唸らせる。
「スケルトンが邪魔なのだな。私なら一気に殲滅できる……手を貸そう」
 巨大なスケルトンが振り下ろす拳を、アイゼンハンダーの拳が正面から迎撃する。
 十三魔とスケルトンでは勝負になるはずもなく、一撃で巨大スケルトンの腕は吹き飛んだ。
「どうして……強くあろうとするのですか? 強くあることだけが、命のすべてではないのに……」
 再びクリピクロウズが放つ波動が、ハンターの自由を奪う。
 行動混乱――。幻惑により攻撃対象が定まらなくなる状態だ。
「抵抗を高めていても一発で無効にはできないか……!」
 舌打ちするキヅカだが、一人だけこの状況でも攻撃できる者がいた。
「要するに射程外にいりゃいいんだろ? 俺は元々、こっちが専門だからな」
 アサルトライフル「フロガピレイン」の攻撃射程は、クリピクロウズの波動射程を大きく上回っている。
 メル、アイゼンハンダーとほぼ同時に異界に侵入したアニスは、広場には近づかずに狙撃ポイントについていた。
「ここから援護する。その間に立て直しな」
「サンキューテッサ! 20秒ちょうだい!」
 インカム越しにキヅカに声をかけ、アニスは引き金を引いた。
「時季外れのTrick or Treatってか? テメェ等にゃ菓子よりも鉛弾のがお似合いだ」
 ハウンドバレットは次々に小型スケルトンの頭蓋を吹き飛ばし無力化する。その間にキヅカは自分とフォークスのBSを浄化術で回復する。
「対策してても、やっぱり私の抵抗力じゃ無効化できないよね……でも、そもそも攻撃しなければいいんだよっ!」
 メルは行動混乱の最中にあったが、それでも迷わず真っすぐにクリピクロウズに走っていく。
 行動混乱を受け付けなかったアイゼンハンダーが巨大スケルトンを打ち払い、VOBのマテリアル噴射で一気に懐に入ったメルが行ったのは、攻撃ではなかった。
「私の暖かさを……受けなさいっ!」
「……え?」
 メルはそのままクリピクロウズの胸にダイブしたのだ。
「私はただ抱き着いただけ。これは攻撃じゃないよね?」
 だが、流石にこのままで放置という対応はないだろう。必ず何かしらのアクションを起こす筈で、それが敵の隙になる……そう思ったのだが。
 クリピクロウズはそのまま、普通にメルを抱きしめ返した。別に痛みはないし、むしろ暖かくてふわふわとしていて心地よいくらいだ。
(ええええええええええっ!? 普通に抱きしめ合ってるんですけど!?)
 本当にクリピクロウズに敵意はないのだ。それを嫌というほど感じさせられる。
「よくわからねぇがチャンスだろ。さっさと終わらせて帰ろうぜ」
「クリピクロウズを倒す必要はないんだ! 後ろのソードオブジェクトを狙え!」
 叫びながらキヅカがジェットブーツで跳躍し、そのまま空へ舞い上がる。
「下らないお遊びはもう沢山なんだヨ!」
 フォークスは小型のスケルトンも含め、サジタリウスの一撃で薙ぎ払っていく。
 続いてアニスもコンバージェンスで収束したマテリアルを高加速射撃に乗せ、オブジェクトに打ち込む。
「ここからなら邪魔されないだろ!」
 キヅカは上空から聖機剣を手に急降下する。
 オブジェクトの上から下まで薙ぎ払うように、ファイアスローワーを繰り出した。
 だが、攻撃がまだ足りない。バリアは粉砕されダメージも通っているが、ここで仕留められなければもう一度クリピクロウズの波動を受けるだろう。
「――下がれ、ハンター!」
 そこへまっすぐに駆け寄り、跳躍する影があった。アイゼンハンダーだ。
 フォークスのサジタリウスで出来た道を突っ切り、鋼鉄の拳をオブジェクトへと打ち込む。
 正真正銘、十三魔の全力の攻撃だ。次の瞬間オブジェクトの全体に亀裂が走り、そして粉々に砕け散った。
 要石を失えば異界は消滅する。そのルールにもれず、この神殿も幻のように消え去っていった。


「忘れることは、忘れずにいられるひとにとっては煩わしいだけ。でも……忘れなければ生きていけない弱いひとに、あなたたちは何を示せるのですか?」
 異界の消え去った草原に、クリピクロウズは空を見上げながら立っていた。
 異界を通じてこの場に現れていた彼女は、もうじき輪郭を失うだろう。その僅かな時の中で、優しく囁く。
「忘れずに生きろというのは……それは、強者の傲慢ではないのですか?」
「……わからない」
 何もしなければこんな想いをすることはなかった。
 キヅカは後悔していない。想いがあるからこそ、大切な物を忘れずにいられるから。
 例えそれが苦しみでしかなかったとしても、自分という存在と深く結びついたフォークスのような者もいる。
 想い出は人を強くし、良くも悪くも前進させる。だがそれに耐えられず、壊れてしまう弱者も確かに存在するのだ。
 それこそ、これまでに倒してきた歪虚のルーツではないのか?
 そんな弱さを――きっと強者(ハンター)は救えない。
「あなたは……一人では生きられない、歴史の敗者を守ろうというのですね」
 アイゼンハンダーが呟くと、クリピクロウズは穏やかに微笑む。
「あなたたちとお話しできてよかった。私とあなたたちとでは、相容れないとわかったから。でもそれは、哀しいことではないのよ。強いひとも弱いひとも、居てもいいの。ただ……交われないのなら、交わらなければいいだけなのだから」
 元々幻のようなものだ。だから、瞬く間に消えるだろう。
「さようなら、強いひと。どうかそのまま……あなたたちの強さを、どうか忘れないで」
 風が吹き、クリピクロウズは消えた。ハンターらはそれを複雑な心境で見送っていた。
「忘れずに生きることを選ぶのは強さ、か……。そう言われてしまうとねぇ」
 ヒースは肩を竦める。
「例え神でも心を踏みにじらせはしない! ……って思ってたんだが、あいつは踏みにじってるつもりがないんだなあ」
 リューが困ったようにつぶやくと、メルは自らの両手を見つめる。
「歪虚なのに、すごく温かかった……。なんだろう。多分全然分かり合えないんだろうけど……敵じゃないっていうか……変な感じだったな」
「実際の所、忘却というのも選択肢の一つなのかもしれないな。彼女の言う通り、人間は誰もが過去を背負って生きていけるほど強くない」
 惣助はヘルムを脱ぎ、額のバンダナを風に靡かせる。
「誰にも忘れるなというのは、きっと傲慢なんだろう。だが、俺たちは忘却を選べない。地球は今この時も、ファナティックブラッドごと凍結したままなんだからな。そうだろう、キヅカ?」
「……うん。僕もあいつの言ってる事は認められないよ」
 だが――確かに引っかかる。
 クリピクロウズの言葉は、今の帝国にとって他人ごとではないような気がして。
「忘れられた方が、忘れてもらった方がいい事もあるんだがな」
 ヴァイスはそうつぶやく。オルクスという伝承が人々から消え去るまで、彼女の苦行はまだ続く気がする。
 それを思うと、もう眠らせてやりたいと……忘れさせてやりたいという気持ちは、少しだけわかる気がした。
 変わっていく世界というのは、当然ながらそれについていけない人々を置き去りにする。
 歴史を刻むのは強者だが、その影で数え切れないほどの弱者が道半ばで倒れるだろう。
 忘れるなと願うことは、誰かに強くあれと祈ることだ。
 その末路が伝説の騎士やエルフの器だというのなら、クリピクロウズのやろうとしていることは本当に間違いなのだろうか?
「……それで、お前はどうするんだぁ?」
「わからない。ただ、このままでいいとも思えないから……私も行くよ」
 ヒースに背中を向けたまま応じ、アイゼンハンダーが呟く。
「今回は助かった……ありがとう」
 跳躍し、十三魔の少女は大きく距離を離す。
 草原を走り去る姿を見送り、ハンターたちも反対の方向に歩き去って行った。

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参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 赤黒の雷鳴
    アニス・テスタロッサ(ka0141
    人間(蒼)|18才|女性|猟撃士
  • 真水の蝙蝠
    ヒース・R・ウォーカー(ka0145
    人間(蒼)|23才|男性|疾影士

  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 双璧の盾
    近衛 惣助(ka0510
    人間(蒼)|28才|男性|猟撃士
  • 「ししょー」
    岩井崎 メル(ka0520
    人間(蒼)|17才|女性|機導師
  • SUPERBIA
    フォークス(ka0570
    人間(蒼)|25才|女性|猟撃士
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/11/17 23:15:13
アイコン 作戦相談所
ヒース・R・ウォーカー(ka0145
人間(リアルブルー)|23才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2018/11/21 22:31:36