ゲスト
(ka0000)
【落葉】腑は異界から零れる
マスター:ゆくなが

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/11/29 19:00
- 完成日
- 2018/12/10 16:33
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
なんでもない日の午後だった。
薄曇りの空に、一条の黒い線が走った。よく観察していれば、その黒い線がラズビルナムの方から走ったことに気がついたであろう。
つまり黒い線とはソードオブジェクトのことである。それはこの街の中心にある広場に突き刺さった。幸いなことに、近くに人がいなかったので、ソードオブジェクトの下敷きになったり、その衝撃で吹き飛ばされて死傷したりした人間はなかった。
だが、周囲には凄まじい振動と轟音が走る。周辺住民はなんだなんだと様子を見に来た。
彼らはソードオブジェクトから異界が展開するのも見たであろう。
そして、その黒い穴から、ひとりの騎士が出てくるのも見たはずだ。
彼は黒い鎧を着て、腰には剣と短剣を帯びていた。その顔は精悍で、物語に出てくる騎士そのものだった。
黒い騎士はきょろきょろ周りを見渡す。
その騎士の様子を見て、ひとり男性が、騎士に近づいて問いかけた。
「どうなすったんです?」
「いや、急に知らない街に放り出されてしまったものでね。ここはなんという街か教えていただけないだろうか?」
男性は街の名を告げ、またこの街が帝都から近いことも説明した。
「帝都? ゾンネンシュトラール帝国とは……、失礼だがはじめて聞いた名だ」
「……お名前を伺っても?」
男性は続いて問う。
「これは名乗りが遅れて悪いことをした。我が名はエミル・ズィック。2代目辺境伯に仕える騎士だ」
武装したエミルであるが、その誠実な態度に敵意はなく、人々は警戒を解いた。
「エミルって……本当にあのエミルなんですか?」
ひとりが憧憬を視線に込めてきく。
2代目辺境伯に仕えた騎士エミルといえば、『不眠の騎士』とも呼ばれ、絶火の騎士として現代に名を残す英雄だった。6日間不眠不休で戦い続け、忠義の騎士として伝説を残している。彼は剣と短剣と使い、漆黒の鎧を愛用した。目前の騎士はまさしく伝承のままのエミルの姿をしていた。
英霊として過去の人間が再現されることもある。だから、彼らはエミルの再来をすぐに受け入れたのだった。
──だとしたら、あのソードオブジェクトはエミルと一体どんな関係があるのだろう?
ソードオブジェクトは黒い穴──異界を形成する。それに触れると記憶を無くすので、非覚醒者は接触しないようにと知らせが来ている。
だが、好奇心は走り出したら止まらない。
異界からはスケルトンが出現する場合もあるようだが、今回出て来たのは英雄エミルだ。もしかしたらこの異界は無害かもしれない……。
そんな風に考えた青年が異界へ手を伸ばすのをエミルが制止した。
「それには触らないほうがいい!」
毅然とした口調だった。周囲の空気が張り詰める。
「でも……その、中がどうなっているのか気になって……」
青年の言葉にエミルは眉根を寄せた。
「……私はここから出て来たらしいが、私にもこの内側のことは全くわからないんだ。気づいたらここにいた。……ただ」
エミルは今までの温和な態度からは考えられないほどの嫌悪感をあらわにして異界をにらんだ。
「この中には何か良くないものがある気がする」
「はあ……。でも、この中では過去の世界が再現されてるって噂があるんですよ。英雄であるエミルさんが出て来たモノなんです。きっと、あなたの素晴らしい戦果が再現されて……」
青年からその先の言葉は紡がれなかった。代わりに口からこぼれたのは鮮血。
そして、彼の腹には鋭い刃物が突き刺さっており、その持ち手は異界から突き出た黒い手が握っていた。
「下がれ!」
エミルは異界の近くにいた者たちをその膂力で無理やり引っ張って、自分の後ろに隠した。
青年を刺した腕は、ぬるぬると異界から脱皮するように全貌をあらわした。
それは質量を持った影のような存在だった。体も顔も黒く、詳しい正体が知れない存在である。
影は手にした鋭い──体は正体不明なくせにそれだけは鋭いナイフだとわかるものを振りかざしてエミルの背後にいる人間たちに襲いかった。
だが、その軌道はエミルが抜き放った剣で軌道を変えられる。
「走って逃げろ!」
エミルが呆然としている人々に呼びかける。
状況を認識した人間は悲鳴をあげて走り始めた。
だが、その中で、最初に刺された青年の弟らしき少年だけが、血を流す青年の元に駆け寄ろうとした。
「彼はもう死んでいる。君も早く逃げ……」
そう口にした時だった。異界から同じような影が続いて3体出現したのだ。そのどれもが手に鋭い刃物を持っており、自分たちが殺す側の存在なのだと誇示している。
「……すまないが君に頼みがある」
エミルが少年に言った。
「誰でもいい。戦える者を連れて来てくれ。恥ずかしい限りだが……4体のあの敵を倒す力は、私にはきっとない」
少年はその言葉だけで自分が重大な使命を託されていることを理解した。
「わかりました」
と、短く返事をすると、この街で1番の駿馬がいる厩へと走り出した。
だが、その道中、少年はあることに身震いしていた。目の前で行われた殺人でも、異界の出現でもない。なにより怖かったのはエミルの、影を睨む嫌悪に満ちた瞳だった。
●
帝都近隣の街から馬を走らせて来た少年が告げたのは以上の事実だった。
オフィスの職員が大急ぎで情報をまとめてハンターに伝える。
「まず、出現したエミルは英霊ではなく異界の住人……反影作戦であらわれたカレンデュラ(kz0262)のような存在だと考えられます。異界から出現するものは帝国の過去のいさかいを歪虚として再現される場合もあるようです。つまり、エミルは本物の『エミル・ズィック』ではなく、帝国に伝わる伝承を元に再現された『不眠の騎士エミル』と考えるのが正しいでしょう。同時に……」
職員はここで言葉を切った。
「現れた影は、2代目辺境伯時代に起こった連続殺人事件の再現でしょう。犯人は未だ特定されていませんが、鋭い凶器を使うという手口の同一性から『殺人鬼デミアン』として帝国に名を残しています。それが、人々の想像により複数の影になって異界から現れたと推測します」
影がデミアンの再現であるのなら、これからも人を殺すだろう。
ハンターに与えられた依頼は、異界の排除および影による殺人行為の抑制だ。
かくしてある街での惨劇がはじまったのだった。
薄曇りの空に、一条の黒い線が走った。よく観察していれば、その黒い線がラズビルナムの方から走ったことに気がついたであろう。
つまり黒い線とはソードオブジェクトのことである。それはこの街の中心にある広場に突き刺さった。幸いなことに、近くに人がいなかったので、ソードオブジェクトの下敷きになったり、その衝撃で吹き飛ばされて死傷したりした人間はなかった。
だが、周囲には凄まじい振動と轟音が走る。周辺住民はなんだなんだと様子を見に来た。
彼らはソードオブジェクトから異界が展開するのも見たであろう。
そして、その黒い穴から、ひとりの騎士が出てくるのも見たはずだ。
彼は黒い鎧を着て、腰には剣と短剣を帯びていた。その顔は精悍で、物語に出てくる騎士そのものだった。
黒い騎士はきょろきょろ周りを見渡す。
その騎士の様子を見て、ひとり男性が、騎士に近づいて問いかけた。
「どうなすったんです?」
「いや、急に知らない街に放り出されてしまったものでね。ここはなんという街か教えていただけないだろうか?」
男性は街の名を告げ、またこの街が帝都から近いことも説明した。
「帝都? ゾンネンシュトラール帝国とは……、失礼だがはじめて聞いた名だ」
「……お名前を伺っても?」
男性は続いて問う。
「これは名乗りが遅れて悪いことをした。我が名はエミル・ズィック。2代目辺境伯に仕える騎士だ」
武装したエミルであるが、その誠実な態度に敵意はなく、人々は警戒を解いた。
「エミルって……本当にあのエミルなんですか?」
ひとりが憧憬を視線に込めてきく。
2代目辺境伯に仕えた騎士エミルといえば、『不眠の騎士』とも呼ばれ、絶火の騎士として現代に名を残す英雄だった。6日間不眠不休で戦い続け、忠義の騎士として伝説を残している。彼は剣と短剣と使い、漆黒の鎧を愛用した。目前の騎士はまさしく伝承のままのエミルの姿をしていた。
英霊として過去の人間が再現されることもある。だから、彼らはエミルの再来をすぐに受け入れたのだった。
──だとしたら、あのソードオブジェクトはエミルと一体どんな関係があるのだろう?
ソードオブジェクトは黒い穴──異界を形成する。それに触れると記憶を無くすので、非覚醒者は接触しないようにと知らせが来ている。
だが、好奇心は走り出したら止まらない。
異界からはスケルトンが出現する場合もあるようだが、今回出て来たのは英雄エミルだ。もしかしたらこの異界は無害かもしれない……。
そんな風に考えた青年が異界へ手を伸ばすのをエミルが制止した。
「それには触らないほうがいい!」
毅然とした口調だった。周囲の空気が張り詰める。
「でも……その、中がどうなっているのか気になって……」
青年の言葉にエミルは眉根を寄せた。
「……私はここから出て来たらしいが、私にもこの内側のことは全くわからないんだ。気づいたらここにいた。……ただ」
エミルは今までの温和な態度からは考えられないほどの嫌悪感をあらわにして異界をにらんだ。
「この中には何か良くないものがある気がする」
「はあ……。でも、この中では過去の世界が再現されてるって噂があるんですよ。英雄であるエミルさんが出て来たモノなんです。きっと、あなたの素晴らしい戦果が再現されて……」
青年からその先の言葉は紡がれなかった。代わりに口からこぼれたのは鮮血。
そして、彼の腹には鋭い刃物が突き刺さっており、その持ち手は異界から突き出た黒い手が握っていた。
「下がれ!」
エミルは異界の近くにいた者たちをその膂力で無理やり引っ張って、自分の後ろに隠した。
青年を刺した腕は、ぬるぬると異界から脱皮するように全貌をあらわした。
それは質量を持った影のような存在だった。体も顔も黒く、詳しい正体が知れない存在である。
影は手にした鋭い──体は正体不明なくせにそれだけは鋭いナイフだとわかるものを振りかざしてエミルの背後にいる人間たちに襲いかった。
だが、その軌道はエミルが抜き放った剣で軌道を変えられる。
「走って逃げろ!」
エミルが呆然としている人々に呼びかける。
状況を認識した人間は悲鳴をあげて走り始めた。
だが、その中で、最初に刺された青年の弟らしき少年だけが、血を流す青年の元に駆け寄ろうとした。
「彼はもう死んでいる。君も早く逃げ……」
そう口にした時だった。異界から同じような影が続いて3体出現したのだ。そのどれもが手に鋭い刃物を持っており、自分たちが殺す側の存在なのだと誇示している。
「……すまないが君に頼みがある」
エミルが少年に言った。
「誰でもいい。戦える者を連れて来てくれ。恥ずかしい限りだが……4体のあの敵を倒す力は、私にはきっとない」
少年はその言葉だけで自分が重大な使命を託されていることを理解した。
「わかりました」
と、短く返事をすると、この街で1番の駿馬がいる厩へと走り出した。
だが、その道中、少年はあることに身震いしていた。目の前で行われた殺人でも、異界の出現でもない。なにより怖かったのはエミルの、影を睨む嫌悪に満ちた瞳だった。
●
帝都近隣の街から馬を走らせて来た少年が告げたのは以上の事実だった。
オフィスの職員が大急ぎで情報をまとめてハンターに伝える。
「まず、出現したエミルは英霊ではなく異界の住人……反影作戦であらわれたカレンデュラ(kz0262)のような存在だと考えられます。異界から出現するものは帝国の過去のいさかいを歪虚として再現される場合もあるようです。つまり、エミルは本物の『エミル・ズィック』ではなく、帝国に伝わる伝承を元に再現された『不眠の騎士エミル』と考えるのが正しいでしょう。同時に……」
職員はここで言葉を切った。
「現れた影は、2代目辺境伯時代に起こった連続殺人事件の再現でしょう。犯人は未だ特定されていませんが、鋭い凶器を使うという手口の同一性から『殺人鬼デミアン』として帝国に名を残しています。それが、人々の想像により複数の影になって異界から現れたと推測します」
影がデミアンの再現であるのなら、これからも人を殺すだろう。
ハンターに与えられた依頼は、異界の排除および影による殺人行為の抑制だ。
かくしてある街での惨劇がはじまったのだった。
リプレイ本文
血の雨が降る中を、黒い人影──殺人鬼の再現が歩いていた。
影は足音を立てず、次の獲物に向かっていく。
1人殺し、2人殺し、3人、4人、5人、6人……
●
広場で、黒い影と対峙するのも、また黒い鎧を着た騎士──エミルだった。
エミルは、胸の奥底からせり上がる嫌悪感に耐えていた。
でも、その理由がエミル本人には全くわからない。
考えてみても、答えに辿り着くには何か重要なピースが欠けている気がした。
しかし、エミルはそんな思考を振り払う。
今はあの影を止めることが先決だ。
あれは民を害するものだ。敵だ。なら、殺しても構わない。
それだけは確かなことのように思えた。
●
「不用意に外へ出るな! 屋内へ退避し、戸締りをするんだ!」
凛とした声が響く。
声の主はアウレール・V・ブラオラント(ka2531)。彼は馬で街を駆けて民衆に呼びかける。出歩く者がいて押し入る事はないと考えたのだ。
混乱していた人々は、毅然としたアウレールの言葉に従い、カーテンを閉め、扉に錠を落とす。また、行き場に迷っている人を家に招き入れて、見知らぬ人同士共に隠れたりもした。混乱した人々を落ち着かせ、正しい行動に導くということにおいて、アウレールの判断は最適解だったろう。
「そちらはどうだ?」
民衆が落ち着きを取り戻しつつあるのを確認してから、アウレールは耳に装着した魔導パイロットインカムで連絡を取った。
『血の跡を見つけたよ。それに死体もいくつかね』
こたえたのはフワ ハヤテ(ka0004)である。
「死体はどちらの方向に向かって倒れている?」
フワは死体の倒れている方向から影の行き先を推理し、アウレールへ伝える。
『例の影とやら、随分派手にやってるみたいだね。死体の隠蔽なんか考えちゃいない』
「見つけやすくはあるが……犠牲が出ているのも事実、か……」
『影に追いついたら、足止めはしておくよ。きっとボクの方が早く追いつくだろうからね』
フワは街を見下ろしていた。
なぜなら、彼はマジックフライトで空を飛び、上空から影を探していたからである。
空からなら、人の流れに足止めされることもないし、建物という障害物も問題にならない。
街に到着してすぐ、フワは3方に分かれて空中から影の捜索と追跡を提案した。ハンターは2人1組で、影の追跡に当たっている。
「ここにもオブジェクトが飛んでくるとはね。にしても……」
フワは広場の方を見た。
「敵だけが出てくるという訳でもないんだね。成程、これは実に興味深いじゃないか」
この騒ぎの元凶たるソードオブジェクトは広場に刺さっている。
「あっちの方はどうなっているのかね……」
●
エミルの攻撃を、影は前方へ回転して躱そうとする。
その影の視界に1枚の符が飛んできて桜吹雪に変貌した。
影の動きが一瞬硬直する。
それをエミルは見逃さず、影を一太刀斬り裂いた。
影は地面に手をついて、横へ地面を転がり、エミルと、そして新しく現れた者たちから距離を取る。
だが、影が態勢を立て直すより早く、その腕に、五芒星が突き刺さる。
「──捉えた」
五芒星に向かって、東條 奏多(ka6425)が影へ一気に距離を詰める。
素早く2度白刃が閃いた。それは残像さえ残すような神速の斬撃だ。
「君たちは……」
エミルは広場にやってきたハンター、Uisca Amhran(ka0754)と奏多を交互に見た。
その視線を正面から受けて、Uiscaはこう告げた。
「私はアラベラ・クララの友人です。エミルさん、貴方に助太刀しますっ」
●
「ソードオブジェクトも厄介だが……街中に放たれた凄腕の殺人鬼……最悪だな……!」
レイア・アローネ(ka4082)が苦々しく言う。
帝都でもソードオブジェクトが都市部に直撃することを想定していなかったわけではない。ただ、異界から殺人鬼の再現が現れるなど、誰が想像しただろうか。
レイアは上空から夢路 まよい(ka1328)に導かれ戦馬で街路を駆けている。
『こちらまよい。影を発見したよ』
トランシーバーからまよいの声が聞こえてきた。これは組んでいるレイア以外にも影発見の報告をするためのものだ。
『レイア、聞こえている?』
「無論だ」
『影はレイアから東にまっすぐ行ったところにいるよ』
「周囲に人は?」
『いないね』
「わかった私もすぐに行く」
『先に足止めだけしておくよ』
「ああ……無茶はするなよ」
『オッケー。じゃあ、後でね』
通信を終了させ、レイアは東の方を見る。
そこには建物が屹立していた。道に沿って進むとするなら、大幅な迂回をしなくてはならないだろう。
「お前はここで待っていてくれ」
戦馬から降りて、レイアは建物の側面を駆け上って行った。壁歩きを発動したのだ。道をショートカットして、レイアはまよいの元へ走って行く。
まよいの灰の髪や服が、なびいていた。
それは街を吹き抜ける風のせいばかりではない。覚醒によるまよい特有の変化だった。
「異界は異界の中でやっててくれればまだいいのに」
紫の光が収束する。
まよいは今も空中にいる。
影は、空中にいて手出しのできないまよいより、別の獲物を探そうと駆け出した。
しかし、まよいの方が早い。
「全てを無に帰せ……ブラックホールカノン!」
重力魔法が、集束魔によって範囲を限定されて、影のみを押しつぶした。これでは前に進むことすら困難だ。
「人死が出るのは迷惑だからね。ここで倒させてもらうよ」
さらなる魔法がまよいによって紡がれる。
●
「行けLo+、今ざくろ達の絆は結ばれた!」
天高く、機械化怪鳥「Lo+」が空を舞う。
時音 ざくろ(ka1250)がファミリアズアイを発動して、Lo+と視覚を共有する。
高所からの捜索で、早速ざくろが異変を見つけた。
「ここから、北東へ行ったところに、人が逃げ惑ってる……多分、影がいるんだと思う」
ざくろの声もまた、魔導パイロットインカムで伝達される。
それをトランシーバーで受けたコーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は駿馬を、そちらの方向へ進むよう手綱を切る。
駿馬の躍動に合わせて、コーネリアの金髪が揺れる。
(伝説の殺人鬼がどうしたというのだ?)
今度の敵がたとえ帝国に名を残す伝説の殺人鬼だったとしても、コーネリアは全く問題にしていない。
歪虚は理由もなく人々を殺戮する存在であり、影が──デミアンが何者だったにせよ今さら驚くはずもない。
「そいつが歪虚の眷属なら有無を言わさず地獄に叩き落とすまでだ」
何があろうと絶対に歪虚を滅ぼさねばならない理由がコーネリアにはあるのだ。
コーネリアが進んで行くと、次第に逃げ惑う人々とすれ違うようになってきた。
『影を見つけたよ!』
ざくろからの通信と同時に、コーネリアの右手で悲鳴が聞こえた。
「こちらも位置を把握した」
『ざくろもすぐに向かうね!』
悲鳴の上がった方へコーネリアが馬を進める。
通りの真ん中には黒い影、足元には血だまり。
「ここからすぐに逃げろ! 歪虚がいる! 南へ向かう道に敵はいないので、そちらへ行くんだ!」
コーネリアがやってきた方向へ、人々は逃げ出して行く。
逃げる獲物を追いかけようとする影。だが、その足を弾丸が貫いた。
「忌々しい歪虚め。貴様はここで終わりだ」
コンバージェンスによりマテリアルが収束されたフローズンパニッシャーによる射撃だ。
「生憎私も殺しのプロだ。本気でこの私を殺したいのなら、貴様自身も殺される覚悟で来るんだな?」
銃口が影の頭を捉え、発射される弾丸。
だが、影は横に飛んでそれを避けて、コーネリアへ疾駆する。
近接戦闘の距離となった。
影のナイフがコーネリアの肩に突き刺さる。
コーネリアは鉄爪に武器を変更し、青龍翔咬波で影を貫いた。
●
「アラベラの……?」
エミルが、Uiscaの言葉を繰り返した。また、Uiscaと奏多が、少年の呼んできてくれた戦える者なのだと理解した。
「気になることはいろいろあるが、俺たちはこの騒ぎを収めるために来た。人を守ることがハンターの仕事だからな」
奏多が言う。
「あんたはどうだ? 人を守る意志があるのなら、共闘できると思うんだが」
「ああ……そうだな。目的は同じだ」
エミルがこたえ、奏多と並んで構えた。
「共に戦おう」
「……エミルさん、聞いておきたいことがあります」
Uiscaは2つのことをエミルに問いかけた。
「あの影に見覚えは……?」
「全くないな」
「では、殺人鬼デミアンという名に聞き覚えは……?」
「殺人鬼か……そんな事件もあったね。結局犯人は捕まらなかっただろう。私が、そう、戦場でのみ生きることを決意する前にあった事件だったか」
エミルは思い出すように語った。だが、その顔が急に曇った。
「そういえば、どうして私は戦場でのみ過ごすことを決めたんだっけ……?」
Uiscaはエミルの言葉を分析もしていたが、エミル自身も観察していた。
今、こうして顕現しているエミルは負のマテリアルで構成されていた。英霊ではない。だが、敵対もしていない。カレンデュラ(kz0262)という前例もある。顔つきからも邪悪な感じはしなかった。人を守りたい意志、共闘しようとする思いは本物だろう。
Uiscaがエミルの短剣と影のナイフを見比べていた時、あることに気が付いた。
(エミルさんは右で剣を持ち、左で短剣を握っている)
(あの影も──左でナイフを握っているのですね……)
影が滑るように走り出した。
狙うのは奏多だ。殺人鬼としての本能が負のマテリアルによる再現たるエミルより、人間である者を優先したのだろう。
ナイフが閃いた。
それはただの刺突に見えた。
いつも通り、回避行動に入る奏多──行動に全く落ち度はない。
だが、そのナイフが物理的にあり得ない動きをして軌道を変えたのだ。
「──!?」
──これは避けられない。
奏多の頭脳がその答えを弾き出す。
ナイフが命中する刹那、白い障壁がその行く手を阻んだ。
「私がみんなを守るよっ」
Uiscaが【龍壁】龍想即興曲を奏でたのだ。
白い障壁は、ナイフがぶつかった衝撃で燐光を残しながら消滅した。
幾分鈍ったナイフであるが、それは深く奏多の脚を切り裂いた。
「……これ以上の犠牲は出させません」
祈りを捧げるUisca。謡われた【龍魂】白龍纏歌により、奏多の傷が癒える。
起きた現象を奏多は分析する。
おそらく、あれは殺人伝承による能力強化の一種だ。優れた殺戮技巧により獲物を一瞬で刈り取る技術。後出しじみた攻撃軌道の変更。
(さっきの傷はかなり深かった……同じ攻撃を2度受ければ立ってはいられないだろう)
(だが……2度目はあるのだろうか?)
●
フワは発見した影を、集束魔を用いたグラビティーフォールで縫い付けた。
フワは建物の上に立っている。
地上にいる影のナイフが届く距離ではない。影は忌々しそうにフワへナイフを振るうが虚しく空をきるばかり。
「キミの距離で戦うつもりはないよ。接近戦は不得手なのさ」
マジックフライトの節約という理由もあるが、わざわざ敵に優位になる位置で戦う必要などどこにもないのだ。
影がつけた血の跡を辿るように、アウレールもやって来た。その顔は澄んでいる。
だが、対照的に覚醒によりアウレールの周囲にできた陽炎の如き揺らめきは、決して彼が無感情でないことを示している。
「今を生きる者に誰かが殺められたとき、その死と罪と罰とは因果の延長、道理の枠内だと思う」
血の跡を辿って来た、ということは、そこに転がった死体も必然見たであろう。
「では、過去の存在に殺められたとしたら?」
伝説の再現である影は黙してアウレールの言葉をきいている。
「既に終わった相手は、罪と罰という結果を負えない。ならばこの理不尽な死は何処へ行くのだろう。宙ぶらりんの魂は如何して癒されるのだろう」
アウレールの手に握られるのは、『苦境』を意味する剣。
「だから──塵は塵に。物語の終章は、書き換えられてはいけないのだ」
ソウルエッジが発動され、魔を断つ力が剣に流し込まれる。同時に、Schwalbeを影へと進ませる。
同時に、影もまた、フワのグラビティフォールによる重力の鎖を打ち払った。
足音もなく、アウレールに向かって突進していく。
「殺し足りないのだろう、活きの良い獲物が此処にいるぞ」
アウレールの自ら攻撃を誘うような言葉につられてか、影はナイフを振るった。
盾でアウレールは攻撃を受け流した。ナイフに撫でられた部分から火花が上がる。
それは、ただの防御ではない。攻防一体の近接格闘術、万夫不当の孤城。
その反射の域まで落とし込まれた反撃は膨大なオーラを迸らせて、影の体を貫いた。
万夫不当の孤城から、カウンターバースト、さらに魔法剣強制解除によるリバースエッジでの追撃である。
大ダメージにより霞む影を、重力が押しつぶす。
「逃げられるとまた見つけるのに苦労するからね。大人しく潰れていてくれないかな」
フワがグラビティフォールを再度発動したのだ。もちろん集束魔によって、対象は限定されている。
いよいよ影は追い詰められた。
「軍人は抵抗する敵とナイフで戦う術を仕込まれている筈だが……此奴はどうかな、戦場のテーブルマナーに心得は? ……もっとも、丸腰の市民に振るった時点でマナー違反だが」
アウレールは、再度ソウルエッジを発動する。
「自分が殺される側に回る気分は如何なのだろうな」
影たちは、すでにハンターによって全て発見済みだ。全員が速やかに戦闘に入っている。
もはや、この街において影は絶対的な殺す側ではないのだ。
●
鮮血が零れた。そして、影の体が斬りつけられた。
影が血を流すはずもない。ならば、それは生者のものだ。
「……なかなか、やるじゃないか」
言葉を紡ぐのはレイアだ。彼女は脇腹に深い傷を負っている。ナイフの軌道を無理やり変更させる一撃必殺の影の技による負傷だった。
「長引かせるのは、まずいか……」
傷が深いことはレイア自身が何よりわかっている。
「いや……元より、一気に勝負をつけるつもりだった、な」
ダメージを負ったレイアだが、咄嗟に発動したカウンターアタックにより、影もまた傷ついている。
「こんなところでもたもたはしていられないよね」
まよいはマジックフライトで、影の攻撃範囲に入らないよう空を飛び続けている。
「そういうわけで、お返し!」
マッジクアローが命中し、衝撃により影の体が揺れる。
「まあ、攻撃し続ければ倒せるよね?」
「お前を倒して、私たちは先に進む!」
レイアの武器は2振りだ。それらがそれぞれ閃いた。
続けざまに振るわれる攻撃の回避は困難だ。頭を削ぎ取られ、腕を斬られる影。
「そして、3撃めだ!」
アスラトゥーリによるオーラを飛ばす3撃目の攻撃。
飛ばされた衝撃波は影を貫いて、その後ろまで飛んで、ようやく減衰した。
そして、レイアの顔面目掛けて、影はナイフで刺突を放つ。
レイアは、横へ避けて、影の左側面に回り込む。また、回り込むためのステップを次の攻撃への支点にして、2刀、影の腹を断つように振り抜いた。
●
「さっきの軌道を変える技……2度目はないと思います」
「ああ、俺もそう思う」
Uiscaの言葉に奏多が同意した。
デミアンは殺人こそ犯したが、猟奇趣味者ではない。遺体に弄ばれた形跡はなく、鋭い刃物で殺されているだけだった。おそらく、その伝承が結実した技──字の如く一撃必殺の殺戮技巧の顕現、というのが2人が出した結論だった。
Uiscaが【龍獄】黒龍擁く煉獄の檻で影を串刺しにする。
動けない敵を、エミルが剣で叩き斬る。
奏多の連撃が影を分割する。
仕返しとばかりに振るわれたナイフが奏多の腕を斬った。
「先ほどの攻撃に比べたら、このくらい、なんてことないな……!」
刀が振るわれ、影の胴を2回斬りつけた。
龍の爪や牙が影の脚を食い破る。
影が膝をついた。
が、未だ左手のナイフは健在。
エミルが剣で一撃、さらに短剣で影の喉を斬り裂いた。
奏多の刀が影の左腕を刎ねる。ナイフを持った左手が高く飛ぶ。
「これで終わりだ」
最後はひと突き、顔に刀を貫通させた。
解けるように、影の体が消えていく。飛んで行った左腕も、地面に墜落する前に音もなく消えて行った。
「こちら広場班。影を討伐しました。エミルさんも無事です」
Uiscaは通信機で伝達する。
「どこか、救援の必要な班は?」
奏多も問いかける。
『こちら、ざくろ』
ざくろの声がした。
『ちょっとピンチなんだ……助けに来て欲しい!』
1番早く討伐されたのは広場の影だった。3人がかりだったし、エミルがハンターの来る前に影の体力を削いでいたことなどが要因だ。
「ざくろさんの元に向かいましょう、エミルさんも一緒に」
「わかった」
3人は広場を後にした。
●
フワの放ったマジックアローが影の首筋に突き立った。
「うまい具合に当たったね」
次から次へと殺到する矢に影は為す術もない。
ナイフを振るう相手といえば、眼前のアウレールであるが、万夫不当の孤城によるカウンターで返され影の傷は深い。
ノートゥングが振り抜かれ、影の脚を斬った。
そして、その傷をものともせず、さらに影は深くアウレールの懐に潜り込む。
下から突き上げるような斬撃に備え、アウレールが盾を体に引きつけ、防御を固める。
だが、影のナイフの切っ先が歪んだ。
蛇のように盾の内側に潜り込み、鎧の隙間から肉を斬り裂いた。
ナイフはまだ突き刺さったまま、アウレールの体を引き裂こうともがいている。
「──それが命取りだ」
盾による防御はできなかったが、それでも万夫不当の孤城は顕在だ。ノートゥングが影を叩き斬った。
続いて、フワのマジックアローが影を撃つ。
「連べ打ちだね」
グラビティフォールによる重力の縛鎖は切れない。
殺到する魔法の矢。着弾による衝撃に体を揺さぶられるままにされ、命中した箇所から影の体は消えて行った。もう形を保つことすら困難なのだろう。
何本もの矢が降り注いだ後に、影の体はひとひらも残らない。
塵は塵に帰ったのだ。
●
影の攻撃をレイアは巧みに躱していく。
「この程度、見切ってやるさ」
黒髪がなびく。ナイフを避けるため、屈んだ体勢から二刀流が繰り出される。
続いて飛んで来るのはまよいのマジックアローだ。墜落しないために、影を中心に旋回して高度と距離を保っている。
「手も足もでないって感じだね。ま、容赦なんてしないけど」
まよいのマジックアローが影の脚を吹き飛ばした。
影の体勢が揺らぐ。
「もらった──!」
それを見逃すレイアではない。
十字に斬り込んで、アスラトゥーリで追撃を放つ。
影はそれでもレイアを殺そうとナイフを振りかざしたが、限界がきた。掲げたナイフから儚く塵に還元されていく。
●
少し前に時間は遡る。
コーネリアと影が、目にも留まらぬ近接戦闘が繰り広げていた所へ、ざくろがジェットブーツを噴射させて現れた。
「ごめんね、遅くなって!」
ざくろはジェットブーツで威力の上がった刺突を浴びせ、影をコーネリアから引き剥がす。
「コーネリア、下がって。その傷だと万が一がある。前衛はざくろに任せて」
乱入したざくろに向けて影が攻撃したが、それは障壁に阻まれる。
「この殺人鬼、お前の好きにはさせない……超機導パワーオン、弾け跳べ!」
攻性防壁に影が弾かれた。体には雷電が纏わり付いて行動を阻害する。
距離の空いた敵へざくろがすかさずデルタレイを放つ。
「……」
が、ざくろの体からは血が流れている。攻性防壁をくぐり抜けるように影の刃が到達していたのだ。
「でも、引き下がるわけにはいかないから」
ざくろが赤い瞳で影を見据えた。
そして現在。
Uisca、奏多、エミルがざくろとコーネリアの元に駆けつけた。道中、Uiacaがまだ息のある被害者がいないかと思ったが、どれも死んでいた。
ざくろにもコーネリアにも深い傷がある。
味方が押されていると判断した奏多は、コールジャスティスを発動する。傷が少し癒え、重ねて発動されたUiscaの【龍魂】白龍纏歌が完全に2人を回復させる。
「ありがとう、助かったよ」
コールジャスティスによって威力を増した武器を構えてざくろが言った。
「一思いに殺してやろう」
コーネリアが銃の弾倉を再装填する。
影がナイフで斬りかかる。
それをざくろは躱して、デルタレイを発射。
奏多の連撃が敵を斬りつけ、Uiscaの【龍獄】黒龍擁く煉獄の檻が影の脚を縫い止める。
「その汚れた体、食い破ってくれる」
構えた銃の銃口から、射撃と同時に赤い稲妻状の閃光が走った。高速回転する弾丸はドリルのように影の体を食い破る。
「これ以上殺せると思うな、これ以上生き延びられると思うな、ただ、粛々と死ね」
銃声が弾倉の許す限り発射される。
それでも振るわれたナイフは、Uiscaの龍壁に阻まれながらも、ざくろの腕を斬り裂いた。
「そうだね。ざくろたちは、前に進むんだ」
ざくろが剣を上段に構える。さらに、武器へマテリアルが流し込まれ、剣が巨大になる。
「超重斬、縦一文字斬り!」
そうして振り下ろされた剣は影を頭から真っ二つにした。
右半身と左半身が地面に崩折れて、塵として大気中に霧散する。
「終わり、だね」
この頃には、他の班も影を討伐し終わっていたので、広場で集合することにした。
●
奏多がエミルにハンターや異界について説明する。
「ソードオブジェクトを破壊しないことにはこの話は終わらない。あの影が再び現れないとも限らない」
「……私は過去になったのか」
エミルが呟く。過ぎ去った時間を思って。
「我々はこの街に生きる人々の今を守りに来た」
アウレールは、言葉を紡いだ。
「貴方も奴らもこの異界も、どうしようもなく異分子なんだ」
「あの中に影の元凶があるとしたら、私たちはあの中に入ってその元凶を破壊しなければならないと思うんです」
と、Uisca。
エミルが異界に向ける瞳には嫌悪が滲み出ている。
「忘れたい何かがあの中にあるのですか……?」
エミルはこたえなかった。きっと、こたえられなかった。
「過去を再現されているということは、中で何かが起こっている最中かもしれないしね」
フワが言う。異界の中は突入して見るまでわからない。
Uiscaが式符を発動し、式神を作り出した。
「エミルさん、私たちはこの異界を破壊しなくてはなりません……よろしいですか」
「……ああ、そうだな。過去の存在が現在を歪めてはならないだろう」
理屈ではエミルもわかっていた。けれど、このせり上がる思いはなんだというのか。
エミルはハンターたちを止めるようなことはしなかった。だから、Uiscaは式神を異界の中へ入れて様子を伺うことにする。
式神が異界へ突入する。視覚を共有しているUiacaが中を覗き込む。
「中は……暗いですね」
式神を進ませるUisca。
「あれは、影? それに人が倒れて……いえ死んでいます」
状況的に、影に殺されたものとみて間違いない。
影は式神に気がついたらしく、びっくりしたような動きをして逃げ出した。
Uiscaも式神で追おうとするが、その時、術式が解除されてしまった。
異界の中と外では空間に断絶のある場合がある。断絶により、式神を維持できる距離でなくなってしまったのだ。これより先に行くにはハンター自身で進む他ないだろう。
レイアが進み出た。影との戦闘で出来た傷はUiscaが癒してある。
「貴方が辺境伯を守り通したように、私達も守らねばならないものがある」
異界へ体を沈めていく。続いて、まよいも追いかける。
「何があったか知らないけど、異界を潰しにいかないといけないのは変わらないからね。じゃ、先に行ってるよ」
ふわふわとスカートをなびかせて、まよいも異界へ消えていった。
「エミル、ざくろはこれ以上人々が傷つくのを放っておけない、だから行かせて貰うよこの中に」
と、ざくろも異界へ歩み出る。
コーネリアも進んでいく。振り向いて、エミルに言葉を投げかけた。
「危険なのは誰もが承知だ、それだけの覚悟でやっている。それにこの中にあの腐れ殺人鬼の根源があるとすれば、お前だって歯がゆいだろう? ……どうするかはお前の自由だがな」
凛とした姿が異界へ飲み込まれた。
続いて、フワ、奏多も突入する。
「……思う所があるなら貴方もついて来るがいい。目を背けていても清算は終わらない」
そう言って、アウレールも進んで行った。
「……」
沈黙するエミルの傍に、Uiscaが残っている。エミルだけを残して異界へ行くのは心配だからだ。
「──そうだな、私も行こう。影がいるなら、倒さなければならないし……それに、私がここに呼ばれた理由がわかるかもしれない」
「貴方がそう言うのなら、止めません。一緒に行きましょう」
こうして、全員が異界へ突入したのだった。
●
異界の中は暗かった。
進むと、スポットライトが当たるように、一部だけが照らし出され、そこには血を流した死体がある。傷口から影の仕業なのは明らかだ。
影が逃げた方向に行くと、暗闇の中にまた光の当たる場所があり、やっぱりそこには死体がある。殺されたばかり、という感じだ。
側に立っている影は呆然としていて、ハンターを見つけると再び逃げ出した。
フワがグラビティフォールを放つも、躱されてしまう。
影の逃げ足は速かった。
そのようにして、次々とハンターたちは死体を発見した。
「異界の中では過去が再現されているんだよね?」
影を追いかけながらフワが推理するように言う。
「だったら──これはどの時代の再現……、いや、誰の過去なのかな?」
「……殺人鬼デミアンが実際に起こした殺人現場の再現、か」
フワの問いに奏多がこたえた。
「うん。そんな感じがするんだよね」
デミアンは13人を殺害している。であるなら、合計で13の現場が再現されるはずで、残りは──。
前方に再び光が見えた。
だが、ハンターたちが死体を確認する前に、女性の声が聞こえた。
「何者です? 背後から襲いかかるとは──まあ、妾は後ろ姿でも目立ってしまうから仕方ありませんけど!」
女性が影と対峙していた。面識のある者なら、その女性がアラベラ・クララ(kz0250)であることに気がついたはずだ。
アラベラの方はハンターに気が付かつかず、そして、おや、と首を傾げた。
「君は……エミル、では?」
アラベラが影に問うた。
その時、ナイフを持った影の──正体不明たらしめていた影が取り払われた。
そこにある顔は、紛れもなくエミル・ズィックのものである。
「問いたいことは色々ありますが……あ、ちょっと、待ちなさい!」
エミルは汗をだらだら流してアラベラの前から逃げ出した。
ハンターも影を──エミルを追いかける。
再び連続する殺人現場。
そして辿り着いた13番目の現場には死体と、泣いているエミルと、ソードオブジェクトがあった。
「殺したくはなかったんです」
「思えば、私は昔から人間を殺すことばかり考えていました」
「でも、人殺しは悪いことです」
「ですが、北方に行けば、戦場があります」
「そこでは亜人と戦っていて、彼らだったら殺しても構いません」
「私は殺人衝動を慰めるために、騎士へ志願しました」
「戦場で、たくさん亜人を殺しました」
「殺すほどに私は褒め称えられました」
「なのになぜ、私は未だに人間を殺したくてたまらないのでしょう」
「辺境伯には誠実に仕えたつもりです。だって、私に殺人衝動の使い道を──戦場を与えてくださったのですから」
「殺したくはなかったんです」
「でも、こんなにも人間を……戦場ですらない場所で殺してしまった」
「私は戦場から出るべきではない」
「戦場でなら殺しが容認される。ならば私は、戦場にのみ在り、人を殺さないよう、四六時中戦闘行為をすることで、自分を縛り付けなくてはならない」
「私の殺人は、『デミアン』の仕業となった」
「でも、私は知っている。私の罪を知っている。これは許されることではない」
「私は正しく生きたかった。善良に生きたかった。だが、私の本質はどうしようもない悪だった」
「おぞましいでしょう? これがお前の正体だ。キレイな外見に隠された、グロテスクな腑の真実だ」
泣いているエミル・ズィックは、呆然と立ちすくむ『不眠の騎士エミル』を見た。その瞳には、自身が後世に善良な騎士だったと伝えられていることの安堵と、未だ自分の罪が暴かれず罰せられていないことへの憤りがあった。
それきり、エミル・ズィックは口を噤んだ。
ハンターたちは、ソードオブジェクトを破壊する。
エミルはただ、過去の、真実の自分を見つめていた。
●
異界は排除された。被害は最小限に抑えられたであろう。
エミルはまだ、真実を受け止めきれていないらしい。
エミルとデミアンが同一人物とする伝承はない。よって、伝承の再現たるエミルには、自分が殺人鬼である記憶はないのだ。伝承として残っている、善良な部分しか彼には存在しない。
「エミルさん」
そんな彼にUiscaが声をかけた。
「アラベラさんの所に一緒にいきませんか?」
異界由来のものは母体である異界が排除されてしまえば消える定めだ。だが、それにはタイムラグがあることもあり、エミルもまだ消える兆しを見せない。
時間はまだ、あるのだ。
影は足音を立てず、次の獲物に向かっていく。
1人殺し、2人殺し、3人、4人、5人、6人……
●
広場で、黒い影と対峙するのも、また黒い鎧を着た騎士──エミルだった。
エミルは、胸の奥底からせり上がる嫌悪感に耐えていた。
でも、その理由がエミル本人には全くわからない。
考えてみても、答えに辿り着くには何か重要なピースが欠けている気がした。
しかし、エミルはそんな思考を振り払う。
今はあの影を止めることが先決だ。
あれは民を害するものだ。敵だ。なら、殺しても構わない。
それだけは確かなことのように思えた。
●
「不用意に外へ出るな! 屋内へ退避し、戸締りをするんだ!」
凛とした声が響く。
声の主はアウレール・V・ブラオラント(ka2531)。彼は馬で街を駆けて民衆に呼びかける。出歩く者がいて押し入る事はないと考えたのだ。
混乱していた人々は、毅然としたアウレールの言葉に従い、カーテンを閉め、扉に錠を落とす。また、行き場に迷っている人を家に招き入れて、見知らぬ人同士共に隠れたりもした。混乱した人々を落ち着かせ、正しい行動に導くということにおいて、アウレールの判断は最適解だったろう。
「そちらはどうだ?」
民衆が落ち着きを取り戻しつつあるのを確認してから、アウレールは耳に装着した魔導パイロットインカムで連絡を取った。
『血の跡を見つけたよ。それに死体もいくつかね』
こたえたのはフワ ハヤテ(ka0004)である。
「死体はどちらの方向に向かって倒れている?」
フワは死体の倒れている方向から影の行き先を推理し、アウレールへ伝える。
『例の影とやら、随分派手にやってるみたいだね。死体の隠蔽なんか考えちゃいない』
「見つけやすくはあるが……犠牲が出ているのも事実、か……」
『影に追いついたら、足止めはしておくよ。きっとボクの方が早く追いつくだろうからね』
フワは街を見下ろしていた。
なぜなら、彼はマジックフライトで空を飛び、上空から影を探していたからである。
空からなら、人の流れに足止めされることもないし、建物という障害物も問題にならない。
街に到着してすぐ、フワは3方に分かれて空中から影の捜索と追跡を提案した。ハンターは2人1組で、影の追跡に当たっている。
「ここにもオブジェクトが飛んでくるとはね。にしても……」
フワは広場の方を見た。
「敵だけが出てくるという訳でもないんだね。成程、これは実に興味深いじゃないか」
この騒ぎの元凶たるソードオブジェクトは広場に刺さっている。
「あっちの方はどうなっているのかね……」
●
エミルの攻撃を、影は前方へ回転して躱そうとする。
その影の視界に1枚の符が飛んできて桜吹雪に変貌した。
影の動きが一瞬硬直する。
それをエミルは見逃さず、影を一太刀斬り裂いた。
影は地面に手をついて、横へ地面を転がり、エミルと、そして新しく現れた者たちから距離を取る。
だが、影が態勢を立て直すより早く、その腕に、五芒星が突き刺さる。
「──捉えた」
五芒星に向かって、東條 奏多(ka6425)が影へ一気に距離を詰める。
素早く2度白刃が閃いた。それは残像さえ残すような神速の斬撃だ。
「君たちは……」
エミルは広場にやってきたハンター、Uisca Amhran(ka0754)と奏多を交互に見た。
その視線を正面から受けて、Uiscaはこう告げた。
「私はアラベラ・クララの友人です。エミルさん、貴方に助太刀しますっ」
●
「ソードオブジェクトも厄介だが……街中に放たれた凄腕の殺人鬼……最悪だな……!」
レイア・アローネ(ka4082)が苦々しく言う。
帝都でもソードオブジェクトが都市部に直撃することを想定していなかったわけではない。ただ、異界から殺人鬼の再現が現れるなど、誰が想像しただろうか。
レイアは上空から夢路 まよい(ka1328)に導かれ戦馬で街路を駆けている。
『こちらまよい。影を発見したよ』
トランシーバーからまよいの声が聞こえてきた。これは組んでいるレイア以外にも影発見の報告をするためのものだ。
『レイア、聞こえている?』
「無論だ」
『影はレイアから東にまっすぐ行ったところにいるよ』
「周囲に人は?」
『いないね』
「わかった私もすぐに行く」
『先に足止めだけしておくよ』
「ああ……無茶はするなよ」
『オッケー。じゃあ、後でね』
通信を終了させ、レイアは東の方を見る。
そこには建物が屹立していた。道に沿って進むとするなら、大幅な迂回をしなくてはならないだろう。
「お前はここで待っていてくれ」
戦馬から降りて、レイアは建物の側面を駆け上って行った。壁歩きを発動したのだ。道をショートカットして、レイアはまよいの元へ走って行く。
まよいの灰の髪や服が、なびいていた。
それは街を吹き抜ける風のせいばかりではない。覚醒によるまよい特有の変化だった。
「異界は異界の中でやっててくれればまだいいのに」
紫の光が収束する。
まよいは今も空中にいる。
影は、空中にいて手出しのできないまよいより、別の獲物を探そうと駆け出した。
しかし、まよいの方が早い。
「全てを無に帰せ……ブラックホールカノン!」
重力魔法が、集束魔によって範囲を限定されて、影のみを押しつぶした。これでは前に進むことすら困難だ。
「人死が出るのは迷惑だからね。ここで倒させてもらうよ」
さらなる魔法がまよいによって紡がれる。
●
「行けLo+、今ざくろ達の絆は結ばれた!」
天高く、機械化怪鳥「Lo+」が空を舞う。
時音 ざくろ(ka1250)がファミリアズアイを発動して、Lo+と視覚を共有する。
高所からの捜索で、早速ざくろが異変を見つけた。
「ここから、北東へ行ったところに、人が逃げ惑ってる……多分、影がいるんだと思う」
ざくろの声もまた、魔導パイロットインカムで伝達される。
それをトランシーバーで受けたコーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は駿馬を、そちらの方向へ進むよう手綱を切る。
駿馬の躍動に合わせて、コーネリアの金髪が揺れる。
(伝説の殺人鬼がどうしたというのだ?)
今度の敵がたとえ帝国に名を残す伝説の殺人鬼だったとしても、コーネリアは全く問題にしていない。
歪虚は理由もなく人々を殺戮する存在であり、影が──デミアンが何者だったにせよ今さら驚くはずもない。
「そいつが歪虚の眷属なら有無を言わさず地獄に叩き落とすまでだ」
何があろうと絶対に歪虚を滅ぼさねばならない理由がコーネリアにはあるのだ。
コーネリアが進んで行くと、次第に逃げ惑う人々とすれ違うようになってきた。
『影を見つけたよ!』
ざくろからの通信と同時に、コーネリアの右手で悲鳴が聞こえた。
「こちらも位置を把握した」
『ざくろもすぐに向かうね!』
悲鳴の上がった方へコーネリアが馬を進める。
通りの真ん中には黒い影、足元には血だまり。
「ここからすぐに逃げろ! 歪虚がいる! 南へ向かう道に敵はいないので、そちらへ行くんだ!」
コーネリアがやってきた方向へ、人々は逃げ出して行く。
逃げる獲物を追いかけようとする影。だが、その足を弾丸が貫いた。
「忌々しい歪虚め。貴様はここで終わりだ」
コンバージェンスによりマテリアルが収束されたフローズンパニッシャーによる射撃だ。
「生憎私も殺しのプロだ。本気でこの私を殺したいのなら、貴様自身も殺される覚悟で来るんだな?」
銃口が影の頭を捉え、発射される弾丸。
だが、影は横に飛んでそれを避けて、コーネリアへ疾駆する。
近接戦闘の距離となった。
影のナイフがコーネリアの肩に突き刺さる。
コーネリアは鉄爪に武器を変更し、青龍翔咬波で影を貫いた。
●
「アラベラの……?」
エミルが、Uiscaの言葉を繰り返した。また、Uiscaと奏多が、少年の呼んできてくれた戦える者なのだと理解した。
「気になることはいろいろあるが、俺たちはこの騒ぎを収めるために来た。人を守ることがハンターの仕事だからな」
奏多が言う。
「あんたはどうだ? 人を守る意志があるのなら、共闘できると思うんだが」
「ああ……そうだな。目的は同じだ」
エミルがこたえ、奏多と並んで構えた。
「共に戦おう」
「……エミルさん、聞いておきたいことがあります」
Uiscaは2つのことをエミルに問いかけた。
「あの影に見覚えは……?」
「全くないな」
「では、殺人鬼デミアンという名に聞き覚えは……?」
「殺人鬼か……そんな事件もあったね。結局犯人は捕まらなかっただろう。私が、そう、戦場でのみ生きることを決意する前にあった事件だったか」
エミルは思い出すように語った。だが、その顔が急に曇った。
「そういえば、どうして私は戦場でのみ過ごすことを決めたんだっけ……?」
Uiscaはエミルの言葉を分析もしていたが、エミル自身も観察していた。
今、こうして顕現しているエミルは負のマテリアルで構成されていた。英霊ではない。だが、敵対もしていない。カレンデュラ(kz0262)という前例もある。顔つきからも邪悪な感じはしなかった。人を守りたい意志、共闘しようとする思いは本物だろう。
Uiscaがエミルの短剣と影のナイフを見比べていた時、あることに気が付いた。
(エミルさんは右で剣を持ち、左で短剣を握っている)
(あの影も──左でナイフを握っているのですね……)
影が滑るように走り出した。
狙うのは奏多だ。殺人鬼としての本能が負のマテリアルによる再現たるエミルより、人間である者を優先したのだろう。
ナイフが閃いた。
それはただの刺突に見えた。
いつも通り、回避行動に入る奏多──行動に全く落ち度はない。
だが、そのナイフが物理的にあり得ない動きをして軌道を変えたのだ。
「──!?」
──これは避けられない。
奏多の頭脳がその答えを弾き出す。
ナイフが命中する刹那、白い障壁がその行く手を阻んだ。
「私がみんなを守るよっ」
Uiscaが【龍壁】龍想即興曲を奏でたのだ。
白い障壁は、ナイフがぶつかった衝撃で燐光を残しながら消滅した。
幾分鈍ったナイフであるが、それは深く奏多の脚を切り裂いた。
「……これ以上の犠牲は出させません」
祈りを捧げるUisca。謡われた【龍魂】白龍纏歌により、奏多の傷が癒える。
起きた現象を奏多は分析する。
おそらく、あれは殺人伝承による能力強化の一種だ。優れた殺戮技巧により獲物を一瞬で刈り取る技術。後出しじみた攻撃軌道の変更。
(さっきの傷はかなり深かった……同じ攻撃を2度受ければ立ってはいられないだろう)
(だが……2度目はあるのだろうか?)
●
フワは発見した影を、集束魔を用いたグラビティーフォールで縫い付けた。
フワは建物の上に立っている。
地上にいる影のナイフが届く距離ではない。影は忌々しそうにフワへナイフを振るうが虚しく空をきるばかり。
「キミの距離で戦うつもりはないよ。接近戦は不得手なのさ」
マジックフライトの節約という理由もあるが、わざわざ敵に優位になる位置で戦う必要などどこにもないのだ。
影がつけた血の跡を辿るように、アウレールもやって来た。その顔は澄んでいる。
だが、対照的に覚醒によりアウレールの周囲にできた陽炎の如き揺らめきは、決して彼が無感情でないことを示している。
「今を生きる者に誰かが殺められたとき、その死と罪と罰とは因果の延長、道理の枠内だと思う」
血の跡を辿って来た、ということは、そこに転がった死体も必然見たであろう。
「では、過去の存在に殺められたとしたら?」
伝説の再現である影は黙してアウレールの言葉をきいている。
「既に終わった相手は、罪と罰という結果を負えない。ならばこの理不尽な死は何処へ行くのだろう。宙ぶらりんの魂は如何して癒されるのだろう」
アウレールの手に握られるのは、『苦境』を意味する剣。
「だから──塵は塵に。物語の終章は、書き換えられてはいけないのだ」
ソウルエッジが発動され、魔を断つ力が剣に流し込まれる。同時に、Schwalbeを影へと進ませる。
同時に、影もまた、フワのグラビティフォールによる重力の鎖を打ち払った。
足音もなく、アウレールに向かって突進していく。
「殺し足りないのだろう、活きの良い獲物が此処にいるぞ」
アウレールの自ら攻撃を誘うような言葉につられてか、影はナイフを振るった。
盾でアウレールは攻撃を受け流した。ナイフに撫でられた部分から火花が上がる。
それは、ただの防御ではない。攻防一体の近接格闘術、万夫不当の孤城。
その反射の域まで落とし込まれた反撃は膨大なオーラを迸らせて、影の体を貫いた。
万夫不当の孤城から、カウンターバースト、さらに魔法剣強制解除によるリバースエッジでの追撃である。
大ダメージにより霞む影を、重力が押しつぶす。
「逃げられるとまた見つけるのに苦労するからね。大人しく潰れていてくれないかな」
フワがグラビティフォールを再度発動したのだ。もちろん集束魔によって、対象は限定されている。
いよいよ影は追い詰められた。
「軍人は抵抗する敵とナイフで戦う術を仕込まれている筈だが……此奴はどうかな、戦場のテーブルマナーに心得は? ……もっとも、丸腰の市民に振るった時点でマナー違反だが」
アウレールは、再度ソウルエッジを発動する。
「自分が殺される側に回る気分は如何なのだろうな」
影たちは、すでにハンターによって全て発見済みだ。全員が速やかに戦闘に入っている。
もはや、この街において影は絶対的な殺す側ではないのだ。
●
鮮血が零れた。そして、影の体が斬りつけられた。
影が血を流すはずもない。ならば、それは生者のものだ。
「……なかなか、やるじゃないか」
言葉を紡ぐのはレイアだ。彼女は脇腹に深い傷を負っている。ナイフの軌道を無理やり変更させる一撃必殺の影の技による負傷だった。
「長引かせるのは、まずいか……」
傷が深いことはレイア自身が何よりわかっている。
「いや……元より、一気に勝負をつけるつもりだった、な」
ダメージを負ったレイアだが、咄嗟に発動したカウンターアタックにより、影もまた傷ついている。
「こんなところでもたもたはしていられないよね」
まよいはマジックフライトで、影の攻撃範囲に入らないよう空を飛び続けている。
「そういうわけで、お返し!」
マッジクアローが命中し、衝撃により影の体が揺れる。
「まあ、攻撃し続ければ倒せるよね?」
「お前を倒して、私たちは先に進む!」
レイアの武器は2振りだ。それらがそれぞれ閃いた。
続けざまに振るわれる攻撃の回避は困難だ。頭を削ぎ取られ、腕を斬られる影。
「そして、3撃めだ!」
アスラトゥーリによるオーラを飛ばす3撃目の攻撃。
飛ばされた衝撃波は影を貫いて、その後ろまで飛んで、ようやく減衰した。
そして、レイアの顔面目掛けて、影はナイフで刺突を放つ。
レイアは、横へ避けて、影の左側面に回り込む。また、回り込むためのステップを次の攻撃への支点にして、2刀、影の腹を断つように振り抜いた。
●
「さっきの軌道を変える技……2度目はないと思います」
「ああ、俺もそう思う」
Uiscaの言葉に奏多が同意した。
デミアンは殺人こそ犯したが、猟奇趣味者ではない。遺体に弄ばれた形跡はなく、鋭い刃物で殺されているだけだった。おそらく、その伝承が結実した技──字の如く一撃必殺の殺戮技巧の顕現、というのが2人が出した結論だった。
Uiscaが【龍獄】黒龍擁く煉獄の檻で影を串刺しにする。
動けない敵を、エミルが剣で叩き斬る。
奏多の連撃が影を分割する。
仕返しとばかりに振るわれたナイフが奏多の腕を斬った。
「先ほどの攻撃に比べたら、このくらい、なんてことないな……!」
刀が振るわれ、影の胴を2回斬りつけた。
龍の爪や牙が影の脚を食い破る。
影が膝をついた。
が、未だ左手のナイフは健在。
エミルが剣で一撃、さらに短剣で影の喉を斬り裂いた。
奏多の刀が影の左腕を刎ねる。ナイフを持った左手が高く飛ぶ。
「これで終わりだ」
最後はひと突き、顔に刀を貫通させた。
解けるように、影の体が消えていく。飛んで行った左腕も、地面に墜落する前に音もなく消えて行った。
「こちら広場班。影を討伐しました。エミルさんも無事です」
Uiscaは通信機で伝達する。
「どこか、救援の必要な班は?」
奏多も問いかける。
『こちら、ざくろ』
ざくろの声がした。
『ちょっとピンチなんだ……助けに来て欲しい!』
1番早く討伐されたのは広場の影だった。3人がかりだったし、エミルがハンターの来る前に影の体力を削いでいたことなどが要因だ。
「ざくろさんの元に向かいましょう、エミルさんも一緒に」
「わかった」
3人は広場を後にした。
●
フワの放ったマジックアローが影の首筋に突き立った。
「うまい具合に当たったね」
次から次へと殺到する矢に影は為す術もない。
ナイフを振るう相手といえば、眼前のアウレールであるが、万夫不当の孤城によるカウンターで返され影の傷は深い。
ノートゥングが振り抜かれ、影の脚を斬った。
そして、その傷をものともせず、さらに影は深くアウレールの懐に潜り込む。
下から突き上げるような斬撃に備え、アウレールが盾を体に引きつけ、防御を固める。
だが、影のナイフの切っ先が歪んだ。
蛇のように盾の内側に潜り込み、鎧の隙間から肉を斬り裂いた。
ナイフはまだ突き刺さったまま、アウレールの体を引き裂こうともがいている。
「──それが命取りだ」
盾による防御はできなかったが、それでも万夫不当の孤城は顕在だ。ノートゥングが影を叩き斬った。
続いて、フワのマジックアローが影を撃つ。
「連べ打ちだね」
グラビティフォールによる重力の縛鎖は切れない。
殺到する魔法の矢。着弾による衝撃に体を揺さぶられるままにされ、命中した箇所から影の体は消えて行った。もう形を保つことすら困難なのだろう。
何本もの矢が降り注いだ後に、影の体はひとひらも残らない。
塵は塵に帰ったのだ。
●
影の攻撃をレイアは巧みに躱していく。
「この程度、見切ってやるさ」
黒髪がなびく。ナイフを避けるため、屈んだ体勢から二刀流が繰り出される。
続いて飛んで来るのはまよいのマジックアローだ。墜落しないために、影を中心に旋回して高度と距離を保っている。
「手も足もでないって感じだね。ま、容赦なんてしないけど」
まよいのマジックアローが影の脚を吹き飛ばした。
影の体勢が揺らぐ。
「もらった──!」
それを見逃すレイアではない。
十字に斬り込んで、アスラトゥーリで追撃を放つ。
影はそれでもレイアを殺そうとナイフを振りかざしたが、限界がきた。掲げたナイフから儚く塵に還元されていく。
●
少し前に時間は遡る。
コーネリアと影が、目にも留まらぬ近接戦闘が繰り広げていた所へ、ざくろがジェットブーツを噴射させて現れた。
「ごめんね、遅くなって!」
ざくろはジェットブーツで威力の上がった刺突を浴びせ、影をコーネリアから引き剥がす。
「コーネリア、下がって。その傷だと万が一がある。前衛はざくろに任せて」
乱入したざくろに向けて影が攻撃したが、それは障壁に阻まれる。
「この殺人鬼、お前の好きにはさせない……超機導パワーオン、弾け跳べ!」
攻性防壁に影が弾かれた。体には雷電が纏わり付いて行動を阻害する。
距離の空いた敵へざくろがすかさずデルタレイを放つ。
「……」
が、ざくろの体からは血が流れている。攻性防壁をくぐり抜けるように影の刃が到達していたのだ。
「でも、引き下がるわけにはいかないから」
ざくろが赤い瞳で影を見据えた。
そして現在。
Uisca、奏多、エミルがざくろとコーネリアの元に駆けつけた。道中、Uiacaがまだ息のある被害者がいないかと思ったが、どれも死んでいた。
ざくろにもコーネリアにも深い傷がある。
味方が押されていると判断した奏多は、コールジャスティスを発動する。傷が少し癒え、重ねて発動されたUiscaの【龍魂】白龍纏歌が完全に2人を回復させる。
「ありがとう、助かったよ」
コールジャスティスによって威力を増した武器を構えてざくろが言った。
「一思いに殺してやろう」
コーネリアが銃の弾倉を再装填する。
影がナイフで斬りかかる。
それをざくろは躱して、デルタレイを発射。
奏多の連撃が敵を斬りつけ、Uiscaの【龍獄】黒龍擁く煉獄の檻が影の脚を縫い止める。
「その汚れた体、食い破ってくれる」
構えた銃の銃口から、射撃と同時に赤い稲妻状の閃光が走った。高速回転する弾丸はドリルのように影の体を食い破る。
「これ以上殺せると思うな、これ以上生き延びられると思うな、ただ、粛々と死ね」
銃声が弾倉の許す限り発射される。
それでも振るわれたナイフは、Uiscaの龍壁に阻まれながらも、ざくろの腕を斬り裂いた。
「そうだね。ざくろたちは、前に進むんだ」
ざくろが剣を上段に構える。さらに、武器へマテリアルが流し込まれ、剣が巨大になる。
「超重斬、縦一文字斬り!」
そうして振り下ろされた剣は影を頭から真っ二つにした。
右半身と左半身が地面に崩折れて、塵として大気中に霧散する。
「終わり、だね」
この頃には、他の班も影を討伐し終わっていたので、広場で集合することにした。
●
奏多がエミルにハンターや異界について説明する。
「ソードオブジェクトを破壊しないことにはこの話は終わらない。あの影が再び現れないとも限らない」
「……私は過去になったのか」
エミルが呟く。過ぎ去った時間を思って。
「我々はこの街に生きる人々の今を守りに来た」
アウレールは、言葉を紡いだ。
「貴方も奴らもこの異界も、どうしようもなく異分子なんだ」
「あの中に影の元凶があるとしたら、私たちはあの中に入ってその元凶を破壊しなければならないと思うんです」
と、Uisca。
エミルが異界に向ける瞳には嫌悪が滲み出ている。
「忘れたい何かがあの中にあるのですか……?」
エミルはこたえなかった。きっと、こたえられなかった。
「過去を再現されているということは、中で何かが起こっている最中かもしれないしね」
フワが言う。異界の中は突入して見るまでわからない。
Uiscaが式符を発動し、式神を作り出した。
「エミルさん、私たちはこの異界を破壊しなくてはなりません……よろしいですか」
「……ああ、そうだな。過去の存在が現在を歪めてはならないだろう」
理屈ではエミルもわかっていた。けれど、このせり上がる思いはなんだというのか。
エミルはハンターたちを止めるようなことはしなかった。だから、Uiscaは式神を異界の中へ入れて様子を伺うことにする。
式神が異界へ突入する。視覚を共有しているUiacaが中を覗き込む。
「中は……暗いですね」
式神を進ませるUisca。
「あれは、影? それに人が倒れて……いえ死んでいます」
状況的に、影に殺されたものとみて間違いない。
影は式神に気がついたらしく、びっくりしたような動きをして逃げ出した。
Uiscaも式神で追おうとするが、その時、術式が解除されてしまった。
異界の中と外では空間に断絶のある場合がある。断絶により、式神を維持できる距離でなくなってしまったのだ。これより先に行くにはハンター自身で進む他ないだろう。
レイアが進み出た。影との戦闘で出来た傷はUiscaが癒してある。
「貴方が辺境伯を守り通したように、私達も守らねばならないものがある」
異界へ体を沈めていく。続いて、まよいも追いかける。
「何があったか知らないけど、異界を潰しにいかないといけないのは変わらないからね。じゃ、先に行ってるよ」
ふわふわとスカートをなびかせて、まよいも異界へ消えていった。
「エミル、ざくろはこれ以上人々が傷つくのを放っておけない、だから行かせて貰うよこの中に」
と、ざくろも異界へ歩み出る。
コーネリアも進んでいく。振り向いて、エミルに言葉を投げかけた。
「危険なのは誰もが承知だ、それだけの覚悟でやっている。それにこの中にあの腐れ殺人鬼の根源があるとすれば、お前だって歯がゆいだろう? ……どうするかはお前の自由だがな」
凛とした姿が異界へ飲み込まれた。
続いて、フワ、奏多も突入する。
「……思う所があるなら貴方もついて来るがいい。目を背けていても清算は終わらない」
そう言って、アウレールも進んで行った。
「……」
沈黙するエミルの傍に、Uiscaが残っている。エミルだけを残して異界へ行くのは心配だからだ。
「──そうだな、私も行こう。影がいるなら、倒さなければならないし……それに、私がここに呼ばれた理由がわかるかもしれない」
「貴方がそう言うのなら、止めません。一緒に行きましょう」
こうして、全員が異界へ突入したのだった。
●
異界の中は暗かった。
進むと、スポットライトが当たるように、一部だけが照らし出され、そこには血を流した死体がある。傷口から影の仕業なのは明らかだ。
影が逃げた方向に行くと、暗闇の中にまた光の当たる場所があり、やっぱりそこには死体がある。殺されたばかり、という感じだ。
側に立っている影は呆然としていて、ハンターを見つけると再び逃げ出した。
フワがグラビティフォールを放つも、躱されてしまう。
影の逃げ足は速かった。
そのようにして、次々とハンターたちは死体を発見した。
「異界の中では過去が再現されているんだよね?」
影を追いかけながらフワが推理するように言う。
「だったら──これはどの時代の再現……、いや、誰の過去なのかな?」
「……殺人鬼デミアンが実際に起こした殺人現場の再現、か」
フワの問いに奏多がこたえた。
「うん。そんな感じがするんだよね」
デミアンは13人を殺害している。であるなら、合計で13の現場が再現されるはずで、残りは──。
前方に再び光が見えた。
だが、ハンターたちが死体を確認する前に、女性の声が聞こえた。
「何者です? 背後から襲いかかるとは──まあ、妾は後ろ姿でも目立ってしまうから仕方ありませんけど!」
女性が影と対峙していた。面識のある者なら、その女性がアラベラ・クララ(kz0250)であることに気がついたはずだ。
アラベラの方はハンターに気が付かつかず、そして、おや、と首を傾げた。
「君は……エミル、では?」
アラベラが影に問うた。
その時、ナイフを持った影の──正体不明たらしめていた影が取り払われた。
そこにある顔は、紛れもなくエミル・ズィックのものである。
「問いたいことは色々ありますが……あ、ちょっと、待ちなさい!」
エミルは汗をだらだら流してアラベラの前から逃げ出した。
ハンターも影を──エミルを追いかける。
再び連続する殺人現場。
そして辿り着いた13番目の現場には死体と、泣いているエミルと、ソードオブジェクトがあった。
「殺したくはなかったんです」
「思えば、私は昔から人間を殺すことばかり考えていました」
「でも、人殺しは悪いことです」
「ですが、北方に行けば、戦場があります」
「そこでは亜人と戦っていて、彼らだったら殺しても構いません」
「私は殺人衝動を慰めるために、騎士へ志願しました」
「戦場で、たくさん亜人を殺しました」
「殺すほどに私は褒め称えられました」
「なのになぜ、私は未だに人間を殺したくてたまらないのでしょう」
「辺境伯には誠実に仕えたつもりです。だって、私に殺人衝動の使い道を──戦場を与えてくださったのですから」
「殺したくはなかったんです」
「でも、こんなにも人間を……戦場ですらない場所で殺してしまった」
「私は戦場から出るべきではない」
「戦場でなら殺しが容認される。ならば私は、戦場にのみ在り、人を殺さないよう、四六時中戦闘行為をすることで、自分を縛り付けなくてはならない」
「私の殺人は、『デミアン』の仕業となった」
「でも、私は知っている。私の罪を知っている。これは許されることではない」
「私は正しく生きたかった。善良に生きたかった。だが、私の本質はどうしようもない悪だった」
「おぞましいでしょう? これがお前の正体だ。キレイな外見に隠された、グロテスクな腑の真実だ」
泣いているエミル・ズィックは、呆然と立ちすくむ『不眠の騎士エミル』を見た。その瞳には、自身が後世に善良な騎士だったと伝えられていることの安堵と、未だ自分の罪が暴かれず罰せられていないことへの憤りがあった。
それきり、エミル・ズィックは口を噤んだ。
ハンターたちは、ソードオブジェクトを破壊する。
エミルはただ、過去の、真実の自分を見つめていた。
●
異界は排除された。被害は最小限に抑えられたであろう。
エミルはまだ、真実を受け止めきれていないらしい。
エミルとデミアンが同一人物とする伝承はない。よって、伝承の再現たるエミルには、自分が殺人鬼である記憶はないのだ。伝承として残っている、善良な部分しか彼には存在しない。
「エミルさん」
そんな彼にUiscaが声をかけた。
「アラベラさんの所に一緒にいきませんか?」
異界由来のものは母体である異界が排除されてしまえば消える定めだ。だが、それにはタイムラグがあることもあり、エミルもまだ消える兆しを見せない。
時間はまだ、あるのだ。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/11/28 22:05:09 |
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作戦相談 東條 奏多(ka6425) 人間(リアルブルー)|18才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2018/11/29 09:45:22 |