【操縁】Sorriso

マスター:風亜智疾

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/01/14 19:00
完成日
2019/01/27 01:56

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


『あるところに、足のわるい子狐が住んでいました。
 子狐はいつもおうちの中から、たのしそうなみんなの姿を見ていました。

 あるとき、やさしいどうぶつたちが、子狐をあそびにさそいました。
「いっしょに、外に出てあそぼうよ」
 けれど子狐はおうちの中から出てきません。
「わたしは足がわるいから、みんなといっしょにあそべないの」
 なんどもみんなはあそぼうと言ってくれました。
 それでも子狐はおそとに出てはきませんでした』


 つきりと胸に痛みを覚えて、ヴェロニカ・フェッロは絵筆を置いた。
 新しい絵本を描き始めてはいたが、それは今までの自分を振り返る旅路のようなもので。
 それは自分の中の汚い部分もさらけ出すような、そんな行為だった。
 ただ、それでも描かなければならないと思ったのだ。
 全てが終わったのだとオフィスから連絡を受けて、その時のことを聞いた今だからこそ描かなければと。
 ヴェロニカにとっては、この絵本を描きあげることと、ハンターたちを労うこと。
 それが、本当の終わりだと思っているから。


『ある日のこと。
 とてもとても強いあらしがやってきました。
 金の小麦をまきあげてやってきたあらしは、子狐のおうちもおそいます。
 足のわるい子狐は、ひとりおうちの中でふるえるばかりです。
 しんぱいしたどうぶつたちは、あらしの中子狐のおうちへやってきました。
「子狐さん、みんなでいっしょにいよう」
「そうすれば、こわくないよ」
「みんなとなら、さみしくないよ」
 けれど子狐はこういうのです。
「足がわるくて、とびらを開けにいけないの」
「わたしはひとりでだいじょうぶ」
 だけど、子狐が泣いていることをみんなみんな、知っていたのです』


「……まだ描いていたのか。いい加減休んだらどうだ」
「えぇ、もう少し」
 遠方から戻って来ていたディーノ・オルトリーニに声を掛けられて、ヴェロニカは小さく息を吐いた。
 差し出されたカップを受け取り、一口啜ると眉を寄せた。
「壊滅的な味がするわ」
「ヴェラが入れるものと一緒にするな」
 恐らく紅茶だっただろう渋い味の飲み物を飲みつつ、ふとヴェロニカはちらりとディーノを見やる。
「……お嬢って呼ばないのね」
「まぁ……もうそう呼ぶ必要もないだろう」
 同じように渋い味の飲み物を口に運び片眉を器用に跳ね上げたディーノに、ヴェロニカは笑った。


『「子狐さん、こわいときはたすけてって言って」
 どうぶつたちはあらしの中、いっしょうけんめい子狐へはなしかけます。
「きみは、ひとりでこわくないの?」
「こわいときは、ちゃんと言わないとだめだよ」
 しくしく泣いている子狐も、ほんとうはこわいのです。
 ほんとうは一人はいやで、いっしょにあそべなくても、いっしょにいたかったのです
「みんなでいれば、こわくないよ。子狐さん」
「さあ、とびらをあけて」
 あらしの中、いっしょうけんめい手をのばしてくれるどうぶつたち。
 その心やさしいすがたに、子狐は泣きながらおうちのドアをあけました。
 そこには、びちゃびちゃにぬれながらも笑う、どうぶつたちがいました。』


 愛猫の鳴き声と、絵筆を置くのは同時だった。
 綺麗な紐で括られた新しい絵本にタイトルをつけて、ヴェロニカは傍に置いた木の枝を持つ。
「さぁ、絵本を届けに行った後、買い物をしてオフィスに行かなくちゃね」
 その声と同時にすくっと立ったディーノは、自分が荷物持ち確定なのを長年の付き合いから知っている。
 が、首を小さく傾げた。
「なんでオフィスに」
「決まっているでしょう? 依頼を出すためよ」

 ――私を救ってくれたみんなへ。日の当たる庭で、一緒にお茶会をしませんか?――

リプレイ本文

――さぁ、総ての縁を、紡ぎましょう。

■『あさひ』射す
 朝一。もう何度か通ったヴェロニカの家の扉の前で、浅緋 零(ka4710)は数度深呼吸する。
 脳裏に、胸に広がる最後の戦い。あの時のあの瞬間が、もう何度も繰り返されていた。
 まさか真っ先に自分が。
 可能性がゼロだとは思っていない。同じ戦場に立つのだから、それは誰にだって起こりうることだったはずなのに。
 零れ落ちそうになった瞬間を思い出すと、今でも息が詰まる。怖いと、ただただ思う。
 自分が倒れた時。自分の命が零れ落ちそうになった時。それを繋ぎ留められた時。
 大切な仲間が、せんせいが倒れた時。目を覚まさず、ぐったりと背負われたその姿も。
 悪夢のような現実が、そこに広がっていたのを鮮明に覚えている。
(……だから。だから、どうか)
 心を落ち着けるように、胸に手を当てる。深呼吸を何度も繰り返す。
 ノックの前に、そっとノブに手を伸ばし回してみる。開かない。
 何度も怒られて、やっと覚えてくれたのだろうか。そう思うと少しだけ安心する。
 ノックして、奥から声が響く。それに声を返せば、不規則だけれどいつもより早い足音が近づいてくる。
(ころんじゃうよ、ヴェラ)
 勢いよく開く扉。きっと今の自分は寝不足で酷い顔をしているかもしれない。
 それでも小さく笑って。笑って、次の瞬間。
 まろぶように飛び出してきた年上の親友が、全身をぶつけるようにして零へと抱き着いた。
「……ただいま、ヴェラ」
 自分に回された腕が、縋り付くように寄せられた頬が、震えている。濡れている。
「おかっ……レイっ……レイ、レイ!!」
 大丈夫も、ゴメンも、ありがとうも、怖いも、良かったも。
 何をどう言葉に紡げばいいのか、零には分からなかったけれど。
「生きていてくれてありがとう、レイ。おかえりなさいっ……!!」
 全ての思いを込めて告げた零の帰還の言葉に、ヴェロニカはまるで子供のように泣きながら、頷いて抱きしめ続けていた。
 朝日射す玄関先で、二人は暫くの間そのままだった。

■『れい』せいな彼女の参戦
 零と一緒に家の中へと戻ったヴェロニカが、目元の腫れを引かせるべく濡れタオルで冷やした終えた頃。
 再び来客のノックが響いた。出迎えたその先にいたのは、レイレリア・リナークシス(ka3872)だった。
「本日はお茶会にお招きいただき、ありがとうございます」
 微笑みつつやってきたレイレリアが持参したのは様々なジャム。
 目を輝かせるヴェロニカに、お茶会だけでなく夜の食事の提案までしているあたり、恐らくレイレリアはお泊り組だ。
 でもまずは、お茶会の準備を始めましょう!

 クッキーはもちろん、サンドウィッチにカナッペ。
 男性陣にはそれだけじゃあ足りないだろうからとディーノが提供してきた干し肉を使って手早く煮込み料理を。
「ところでディーノ。この干し肉は何肉?」
「……食える」
「当たり前でしょう!!」
 などという、ディーノとヴェロニカのやりとりを聞きつつ笑ったり。
 家の中を動き回る時にヴェロニカが手にしようとした木の枝に気付いた零が、少し呆れたように息を吐き。
「それ、どこで拾ってきた……の?」
「これ? 確か買い物に行く途中に通った……」
「ヴェロニカ様。まさかとは思いますがそれは」
「杖にいいかしら、って」
 レイレリアまでも呆れたようにため息を一つ。ちなみにこの間、ディーノは一切口を挟まなかった。
「ヴェロニカ様、それはただの枝ですから」
「……折れたら、危ない……から、ちゃんとしたの、買おう……ね?」
「う……」
 一緒に買いに出かけるのもいいだろう。
 なにせ二人の前にいる彼女と来たら、他人のことばかりで自分には無頓着なのだから。

 それからも、庭のハーブを積んでくると軽装で出ようとするヴェロニカにレイレリアが
「外はまだ寒いのですから。きちんと防寒されて下さい」
 とマフラーを巻いてみたり。
「そういえば……庭の手入れ、ちゃんと手、足りてる……?」
 どうせならと鍋の様子をディーノに見張らせて三人で庭先に出て様子を見てみたり。
 落ちていた種を拾った零が、花を育てるコツを聞いてみたり。
 冬でも逞しく根を張るハーブの庭は、どことなく暖かい空気を纏っている。
「おはよう、いい朝だね」
「シン、いらっしゃい!」
 そんな中、やはり性分なのだろう。招かれたというのに手伝いを、と早めにやってきたのは鞍馬 真(ka5819)だった。

■きみの『しん』じつ
 庭先の簡単な枯れ葉集めをディーノと共に行いながら、真はふと思う。
 おそらくお茶会が始まれば、なかなか彼と二人で話をする機会はないかもしれない。
「……なんだかね、休むのは落ち着かないんだ」
 手にした枯れ葉を一か所に集めつつ、ディーノは小さく視線を向ける。
 言葉少なく、それでも時に言葉をくれる彼にだからこそ、零せることもあるだろう。
「誰もがこうやって笑い合える世界になれば良いよね」
 家の中からは、女性陣の楽し気な笑い声が響いてくる。
 時折年下の零に窘められているヴェロニカの声も聞こえてくるが、聞かないふりをしてあげるのが優しさかもしれない。
 そんな声を聞きつつ、ふと真は自分の手のひらを見つめる。
 小さい手だ。自分の願いを叶えるためには到底足りない大きさの手だ。
 その手を、繰り返される戦場を渡るたびに思う。
 自分はまだまだ、それを為すには力不足だと。
「どれだけ経験を積んでも武器を鍛えても技術を学んでも。大精霊と契約を結んですら、全然足りない」
 だから立ち止まってはいられない。いたくない。いてはいけない、そう思う。
 休んでいる暇があるならば戦えと。早く次の依頼に入って、もっと上へ、もっと強くなって誰かを助けないと、と。
「……そう、思うんだよ」
 楽しくなるはずのお茶会の前に、こんな無粋な話をしてごめんねと。
 そう笑う真へ、ふと一息間を開けて声が返ってくる。
「……お前は誰を救いたい」
 低く錆びつくような問いかけに、心が軋んだ気がした。
 どこか冷たく光る赤い瞳が、真を捉えて離さない。
「人一人が救えるものなど、どれだけ力をつけたとしても知れたものだ」
 いつもと違う雰囲気を纏うディーノを見て、真は何を思うのだろう。
「振える剣が2本あろうが、お前の体は常に一つ」
「ディーノさん?」
 双方手を止め、向かい合うその間に吹く風は、何を運ぶのだろうか。
「……言っておく。お前が『行った』行動に悔いを覚えるのは構わん。だが」
 震えているのは、どちらの拳だっただろう。
「それ以外で後悔するのは優しさでも謙虚さでもない。……味方への信頼を、自らが疑うのと同義だ」
 痛みを覚えたのは。どちらの胸だっただろう。

 物が足りないと買い出しに行かされたディーノを見送って、ヴェロニカは立ち尽くす真へと小さく笑いかけた。
「ごめんなさいね。いつも言葉が極端すぎるのよ。ディーノって」
「あ、ううん。そんなことはないよ」
 咄嗟に口から出た真の言葉に、ヴェロニカはでも。と言葉を紡ぐ。
「きっとね。みんな悔しかったり、怖かったりしたの。私も同じね」
 戦場に立っていない自分が怖がるのはおかしなことだろうか?
 そう首を傾げた彼女に慌てて首を横に振れば、つまりはそういうことなのだと言われてしまう。
「例えば、そうね。私が杖も誰の助けも求めずに、どこか遠くへ出かけるとするでしょう?」
 みんなはどう思うかしら。真はどう思うかしら。
 問われて真は考える。考えて、こう答える。
「無理をせずに、誰かの手を借りていいんだよ」
「同じ言葉を、貴方に贈るわ。シン」
「え?」
 首を傾げ、ヴェロニカを見やる。彼女はただただ微笑んで、くるりと背を向けて部屋の中へと戻ってしまった。

「ヴェロニカ様、よろしかったのですか?」
 庭先で佇む真を見て、レイレリアが声を潜めて問いかける。それでも彼女は微笑んだまま頷くのだ。
「だいじょうぶ。シンはきっと、ちゃんと見つけられるから」
 たとえ立ち止まっても、自分が求める真実を、必ず。
 信じて見守り続けるのも、仲間の仕事なのだと。
 彼女は笑う。

■皆様、お集まりで
 昼前。お茶会が始まるほんの少し前についたのは、クィーロ・ヴェリル(ka4122)と神代 誠一(ka2086)の二人だった。
「ほら誠一、ノックくらいは君がしなよ」
「いやノックは誰がしても同じだろ」
「いいからほら」
「押すなってうわっ!?」
 背を押された誠一の前を、勢いよく扉が通り過ぎた。
 内側から開け放たれた扉の向こう。仁王立ちして俯いていたのはヴェロニカだ。
「…………」
 無言が痛い。扉が当たらなくてよかった。いやそうではなく。
「えっと……ただいま?」
 正解はどれだろう。なんて、考える必要も本当はなかった。
 苦笑気味で誠一が告げた言葉は、正しくそうだったのだから。
 次の瞬間。
 扉の向こうの二人に向かって、まるで体当たりするかのように飴色の髪を揺らして彼女は飛び込んだ。
「おかえりなさいっ、セーイチ、クィーロ!」
 危なげなく支える双翼の腕の中で。
 まだ昼前だというのに、本日二度目、絵本作家は号泣することになるのだった。

「……せんせい」
「仕方ありません。きっと不可抗力でしょう」
 先に来ていた零が困ったように再度ヴェロニカの目元を冷やし、レイレリアも小さく苦笑する。
 ぐずるように零の服を握りしめるヴェロニカの姿に、庭から戻った真も小さく笑みを一つ。
「……今度はなんだ」
 そこに買い物から戻ったディーノと。
「こんにちは……と、これは一体?」
「いやうん、素直になったのはいいことだよね」
「ティロ、ちょっと楽しんでないか?」
 偶然玄関先で鉢合わせた鳳城 錬介(ka6053)とルスティロ・イストワール(ka0252)を加えて。
 本日のお茶会メンバーは勢揃いとなった。

■『ほうじょう』なる香りと共に
 持ち寄ったお菓子や飲み物と、準備していた食べ物と飲み物。
 全てをテーブルやラグマットの上、庭に続く窓辺へと置いて。
 念の為。ヴェロニカが飼っている愛猫の口に入ったらまずいものだけ目の届くところにしっかりと。
 ゆったりと、時は始まった。
「改めて、今日はお招きありがとう」
「こちらこそ、早々に見苦しいところを見せちゃったわ。焼き菓子ありがとう、クィーロ」
 目元は少し腫れたままだけれど、笑顔を取り戻したヴェロニカがクィーロお手製の焼き菓子を口に運んでいる。
 自由気ままに、お茶を飲む者もいれば、早くも酒に手を出すディーノのような者もいる。
 楽しく笑い合える時間を共有できれば、それでいい。
 今日の茶会は、それが目的なのだから。
「鳳城さん、相棒と零を助けてくれてありがとう」
「本当、零を助けてくれて有難う。俺もおかげで帰ってこれた」
「お役に立てたならよかった。その後、お加減いかがですか?」
「今は、だいじょうぶ」
「そういえば。俺が早く目覚めたのもレンスケのおかげだったな。礼を言う」
「いえ、俺は自分に出来ることをしたまでですから」
 面々は様々なことを思い出す。
 思い出すことは、これから先を歩くためのステップだ。
 痛みも、覚えることはあるけれど。
 かけがえのない糧になる日がきっと来る。

「ルスティロ、私は報告書でしか聞かされていないの。是非、貴方の口から物語を聞きたいわ」
「もちろん! 代わりにヴェロニカさんの描いたお話、読んでみても、良いかな?」
 お茶で喉を潤しつつ、ルスティロが語るのはふたつの『物語』。
 飛び立っていく青い鳥と、過ぎ去っていく金の嵐の物語。
 そこに、詳しく内容を聞きたいと寄ってきた錬介とレイレリアが混ざる。
「そしてね、みんなが傷ついたその時に鞍馬さんが――」
「最後はすごかったよ! みんなの力が一つになってね。二つの翼が羽ばたいたのさ!」
 辛い道もあった。生かしたいと思う命もあった。生かせない悲しみもあった。
 解き放つ命と、奪われた思いもあった。
 だけれど物語はこうでなければならない。
 絵本作家のヴェロニカだって、吟遊詩人のルスティロだって、願うことはただひとつ。
 ハッピーエンドなのだから。
「そういえばヴェロニカさん。一つ気になっていたことがあるんですが」
「あら、何かしらレンスケ」
 首を傾げるヴェロニカに、少しうずうずした気持ちを抑えつつ錬介は話しかけた。
「今までの絵本の動物には、モデルになった人が存在すると聞きまして」
 そう。彼女が描く物語に出てくる動物たちは、総て彼女が関わってきた仲間たちがモチーフだ。
「そうよ。灰色オオカミに狸、長い耳のウサギに、子猫。白いイタチにコノハズクに緋色の鳥……」
 指折り数えるその動物たちはすべて、今この場にいる人たちがモチーフ。
「ちなみに私は子狐よ。今回絵本で初参加ね」
 肩をすくめた彼女に向けて、錬介はいよいよ気になっていたことを尋ねてみる。
「俺は動物に例えると何になるのでしょうか?」
 きょとん。
 思わず目を丸くしたヴェロニカが、少しだけ肩を震わせて笑ったのは何故だろう?
「あの、ヴェロニカさん?」
「そうね。レンスケはまだ読んでいないものね」
 そう言うと、彼女は絵本の元絵になっただろう原稿を数枚めくって、彼に見えるように掲げた。
「みんなを癒し、守った貴方のイメージは、この子よ」
 そこにいたのは。
 真っ白くて大きな体で嵐から皆を守る、一匹の目元の優しいシロクマだった。
「しろくま」
「シロクマですね」
「ちょっとやそっとじゃ動じなさそうだね!」
「ヴェラ……レンスケは、シロクマ?」
「そう。心優しくてみんなをどっしりと守る。そんなシロクマさんよ」
 森の仲間がまたひとり増えた。
 そんな瞬間を見届けて、真は笑みを零した。
「……長かったね。辛いことばかりだったと思うけど、嵐が止んで、良かった」
「まぁ他人事みたいに! 嵐を止ませたのはイタチも一緒だって、一体いつになったら覚えてくれるのかしら! もう!」
 むっと頬を膨らませたヴェロニカが、ずいと両手を伸ばす。
「あっ」
 みんなが目を見開いたその先で。
 ぐいーっと。ヴェロニカが真の頬を引っ張っていた。
「まぁまぁ。陳腐な悪夢は終劇。ラストは笑顔で大団円じゃないとね」
 クィーロが苦笑しつつそう言えば、少し頬を膨らませたまま真へと「忘れないでね!」とぴしゃり言い放つ。
「これからも迷うことや苦しむことがあると思うけど、その時はちゃんと、我慢しないで助けを呼んでね? ヴェロニカさん?」
 告げられた言葉に膨らんだ頬を元に戻し、ふうわりと綻ぶように彼女は笑った。
「えぇもちろん。だって、伸ばした手はちゃんと掴んでくれるんでしょう?」
 あの時のような、人形のように無表情な彼女ではない。
 ころころと表情を変える、多彩な色彩の持ち主であるヴェロニカが、そこにいた。

■『かぜ』にはご注意を
 お茶会が進み、絵本や物語を楽しんでいるメンバーから離れて。
 大人組は少し早めの飲酒タイムを始めていた。
 メンバーは誠一、クィーロ、そしてディーノだ。
「大人はあっちでどうかな?」
 提案したのはクィーロで、用意されていたお酒と三人分のグラスを器用に揺らしつつ庭先へと誘う。
 庭先に座り、軽く三人でグラスを合わせ。
「ディーノさんとこうしてちゃんと話すことは余りなかったかな?」
「確かに……最近俺はあまりこっちにいなかったからな」
「結果を待つばかりってのも辛かったんじゃないか?」
 誠一の言葉に、中年の男は小さく肩を竦めてあっさりと言葉を返す。
「いや。お前たちを信頼していたからな。そうでもない」
「あっさり言ってくれるなー」
「それだけ信じていた、と素直に受け取ってくれ」
「そうだよ、誠一。素直じゃないんだから」
「うっせ」
 笑い合って酒を飲む日がくればいいと思ってから、ここまで確かに長かった。
 最良か、と問われればまだ分からないし煮え切らない部分もあるだろう。
 飲み込むには時間がかかる痛みだってある。
 それでも、終わったのだと。
 ひとつの物語は確かに今、終わったのだと。そう実感出来る時間だった。
「ところでさ、前に一度あったの覚えてる? ほら、ハンター同士で闘う」
「あぁ、あの祭りか……」
 一瞬三人の脳裏に、笑顔で青筋を立てたオフィスの医療班メンバーが過った。いや、うん。やりすぎたのは認めるが。そこじゃない。
「もし機会があれば、一度手合わせして貰いたいかな? って」
「……冴えん中年親父だぞ」
「またまた」
「あ、ずる! 俺もお前と久しくやり合ってねーのに!」
「加減を覚えるのにはいいかもしれんが、お前たちは本気でやり合うだろう」
「「当然」」
 息の合った双翼に、灰色狼は大きく溜息を吐いた。

 近く仕事が入っているから、あまり酒は入れられないとディーノが退席して。
 クィーロと誠一は二人で庭を眺めつつ語り合う。
「なぁ。今更だけど、俺のこと背負って帰ってくれて有難うな」
 その言葉をそのまま取るのなら、それはあの日。あの金糸のジャルージーとの最終決戦の時のことを言うのだろう。
 けれどその言葉には万感の思いが込められているような気がして。
 クィーロは小さく笑った。
「ふふ、本当に今更だね。そんなこと気にしなくていいのに」
 二人で連携を考えるのも楽しかった。作戦を練るのだって楽しかった。
 楽しいことだけではなかったのも、互いに知っている。
 どれだけ思い悩み悔やみ立ち止まり血を吐いたのか。互いに知っている。
 でもだからこそ。
「日の目を見なかったやつについては、またいつか、な」
「いいじゃない。日の目を見なくたって、僕たちの心に残ってるならそれでも」
「嫌だ。実戦で試してこそだろ」
「強情っぱり」
「お互い様」
 笑って再度グラスを合わせ、酒を呑む。
 庭先で冬の寒さに耐えて咲く花や、春を待つ蕾たちが揺れている。
 それを眺めつつ、ふとクィーロは口を開いた。
「ねぇ、誠一。これはエピローグかな? それともプロローグ? どっちだと思う?」
「ゴホッ!!!」
 唐突に振られたその言葉に、酒がおかしなところに入った誠一が思い切り咳き込んだ。
「ちょっと、セーイチ大丈夫? 風邪じゃないでしょうね?」
「お酒が入って体が温かくなっても、気温は低いままなんだから気を付けてね」
 慌てて立ち上がろうとするヴェロニカや、困ったように笑う真。
 そんな室内の様子を片手で制して、誠一はぼそりと呟いた。
「そんなの俺が聞きてぇよ」
 ぼやくような口調に、今度こそクィーロは楽しそうに小さく声をあげて笑った。

 ――僕はプロローグだって思うよ。何のっていうのは野暮だから聞かないようにね?

 きっと君も、分かっているんだろうけれど。

■『かみ』のみぞしる
 夕暮れ。
 一人庭先に降りて景色を眺めている誠一を見つけ、ヴェロニカが庭に降りてきた。
 お茶会の片づけをしようとしたけれど、食器を悉く零やレイレリア、真たちに持っていかれてしまったのは内緒だ。
「まだ外は寒いわよ?」
「うん……まぁ、ちょっと」
 向かい合って逡巡。それでもありのままをと、誠一は腰元に結わえていたものを解いて掌に乗せた。
「……約束。これでも、果たせたことにはなるだろうか」
 それは、真白だった約束の導。彼女の思いを乗せたリボン。
 預かってから今まで、沢山の戦場を一緒に駆けてきた。
 そのたびに少し汚れては綺麗にして、また共に駆けていたのだけれど。
 自分の足で歩くことすら出来ずに帰還した、あの日。
 悔しさも、過去の痛みもある。けれど何よりも。
 出会ってからあの日までずっと、彼女の髪に結わえられていた大切なリボンだと知っているから。
 血で汚れてしまったそれに、胸が痛んだ。
 それでもありのままを。誠実な想いには誠実さを返そうと。そうして持ってきたのだけれど。
「……馬鹿ね、セーイチ。今日一日貴方、この家にいたのよ?」
 気づかないはずないでしょう、と。ヴェロニカは笑う。
「本当はね、色も形も、関係はないのよ。それが導としてあり続けるのなら。貴方の帰り道を示すものであり続けるのなら、私は構わないの」
 だって何よりも大切なものを、誠一はちゃんと持って帰ってきたのだから。
 それは、ヴェロニカにとって何よりもかけがえのない、大切なみんなの命。
「私が怒るはずないって、本当は分かってたんじゃない?」
 誠一は小さな笑みで答えを返す。
 分かっていた。心のどこかに抱えた怯えが、それを完全に信じさせることを許さなかったとしても。
 掌のリボンを見つめ、誠一は思う。
 ヴェロニカ・フェッロという眼前の彼女と初めて出会った、あの日からのことを。
 4年前。花を見られたらと、足を引きずってでもオフィスに依頼を出しに来たという絵本作家に出会った6月を。
 あの場所に行けたら。あの花が見られたら。
 そう願った彼女だったからこそ、みんなで話し合ったうえで一緒に連れて行った。
 持ち帰ってくるだけでもいいと言われていた、あの依頼。
 けれど誠一には、そこにヴェロニカの本当の願いがあったと。そんな気がしていたから。
 掌のリボンを握りしめる。顔を上げる。相変わらず、彼女は誠一の前では泣き虫だ。
「俺は“君の本当の依頼”に応えられた?」
「……ありがとう、セーイチ。私に『外』をくれた人」
 外に出たい。色を知りたい。世界を知りたい。その全てを、言葉だけでなく行動で示してくれた人。
 人並みの、総てをくれる人。
 泣きながら、それでも彼女は満面の笑みを浮かべた。
「私を泣かすのが上手なのは、セーイチのいいところ、なのかしら?」
「どうだろう。ヴェラはどう思う?」
「そうやって交わすのが、私の好きな人のずるいところなのは、確かね」
 空には月が昇り始めた。星影は静かに風と踊る。
 春を待つ蕾が花開くまで、あと――。

■『トワ』に続け
(カーバンクル。ここに来るまでにたくさんの哀しいことがあったね)
 ヴェロニカの綴った新しい絵本を読み返しつつ、ルスティロは思う。
「きっと僕は、この瞬間の為に……この物語を護る為に戦ってきたんだろうって、そう思うんだ」
 彼女自身はもちろんのこと、青い鳥となったトトーや、巻き込まれてしまった教団の人々。
 そして村の住民たちも。沢山哀しいことはあった。失われたものもあったけれど。
 それでも、物語が明るい結末へ進むたび、ルスティロは確かに『護れたもの』を感じ取れたのだ。
「とても、素敵な絵本だね」
「ありがとう、ルスティロ」
 足音は聞こえていたから驚きはしない。
 少し目が腫れているのは、また泣いてしまったからなのだろう。
 今度は一体誰のせい。なんて、そんな野暮なことは聞かないけれど。
「貴方が、これを描いてくれて……本当に、嬉しい」
 きっとこの絵本は、誰かの背中を押す勇気になるだろう。
「ルスティロがそう言ってくれるのは、とても嬉しいけれど」
 でも忘れないで、と。ヴェロニカは笑いながら告げて、絵本を手に家の中へと帰っていく。
 それを聞いて一瞬、目を丸くしたあと。
 ルスティロは笑みが零れて仕様がなかった。
 嬉しくて、嬉しくて。
 帰路に就くその足が、つい柘榴色の光を帯びて、空の道を駆けてしまうのも仕方がなかった。
「ねぇカーバンクル。戻ったらまたお話を書こう? 今日はなんだか、書かずにいられない気持ちなんだ!」

『貴方もその《物語》を描いた一人だってこと。忘れないでね? 長い耳のウサギさん』

 ――忘れないよ。絶対。

■夜更けて
 本日のお泊り組は零とレイレリアの2人。
 女の子たちのお泊り会は、レイレリアお手製のアイリッシュシチューを美味しく頂いて、ホットココアにマシュマロを乗せてみたりして。
「以前にも泊まらせていただきましたが、お泊り会のようなことはあまりしたことがありませんでしたので」
 この雰囲気がこそばゆいというか、なんというか、少しドキドキして楽しいのだとそう言ったレイレリアに、ヴェロニカと零は顔を見合わせ。
「レイレリアって、綺麗っていうイメージの方が強いのだけれど」
「可愛い、よね……」
「あの、あまり揶揄うのは……」
 女の子が三人集まればそれはもう。会話の内容は色々と広がって。
 あそこのお店のケーキが美味しかったから今度是非、とか。
 最近アクセサリ作りをしてないから、今度みんなでやろう、とか。
 最近読んでいる小説の感想とか。
 どんな人が好きか、タイプか、とか。
 まぁ約一名、その後どうなっているのか、とか。
 笑いつつ約束しつつ揶揄いつつ咳き込みつつ。
 咳き込んだ相手に「またいつぞやのハーブの如く無理をしてはいけませんよ?」とか言ってみたりとか。
 今日ばかりはベッドではなく、リビングに布団を寄せて敷いて顔を寄せ合って笑って。
 あまり遅くなっては体に障るからと、お姉さんのようなレイレリアの言葉を合図に、ヴェロニカを真ん中にしてその両隣に零とレイレリアが陣取って。
「また、みんなでこうやってお茶を飲んで、ゆっくり時間を過ごしましょうね」
 そんな、小さな約束一つ。
 身を寄せ合って、今夜だけは眠れない悪夢も払いのけて。
 そうしてゆっくり、夢の中へ。
 静かに響く両隣の吐息が、規則正しく響くその空気に。
 絵本作家は静かに涙を零し、微笑みながら、眠りについた。

 ・
 ・
 ・
 ・

『どうぶつたちは身をよせあって、金のあらしをのりこえます
 こわがりな子狐の手をにぎるのは心やさしいこねこです。
 大きんな緋の鳥は、狸からへんしんした鷲といっしょにつばさを広げて怖い景色をさえぎります。
 詩をうたってきかせてくれるのは耳の長いうさぎ。
 こもりうたをうたうのはコノハズク。
 家のあちこちに開いた穴をすぐになおしてくれるのは、白いイタチ。
 そして、今にもふきとんでしまいそうなとびらを守ってくれるのは、やさしいシロクマです。
「みんなでいっしょにがんばろう」
「だいじょうぶ、もうすぐあらしはいなくなるよ」

「ほら、みてごらん」
 長い夜が、おわりました。
 おそろしい金のあらしはすぎさったのです。
 そらには、たのしそうな青い鳥が二羽、とんでいました。
「もうこわくないよ」
「さぁ、みんなといっしょに、おそとであそぼう」
 手をひかれて、子狐ははじめて、おそとにでます。

 そこには、つゆにぬれるくさや、あさやけのにおい。
 うつくしくゆれるはなや、かがやくあさひがありました。
 はじめて目にするそとに、子狐はなきだしました。
 どうぶつたちはびっくりです。
 おろおろしているどうぶつたちに、子狐はいいました。

「わたしを、すくってくれて、ありがとう」

 空にはにじがかかり、ひかりの花がさくじかん。
 どうぶつたちはいつまでも、たのしくあそびました。
 ひがくれても、おうちにかえっても、またあしたのやくそくといっしょに。』

 そっと絵本を閉じて、彼女は想う。
 奏でられた音は寂しくても。演じられた物語はつらくても。
 操られた想いは切なくても。縁が切れることは、決してなかったのだと。

 総ての縁は続いていく。
 これからも、ずっと。



END

依頼結果

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参加者一覧

  • 英雄を語り継ぐもの
    ルスティロ・イストワール(ka0252
    エルフ|20才|男性|霊闘士
  • その力は未来ある誰かの為
    神代 誠一(ka2086
    人間(蒼)|32才|男性|疾影士
  • 六水晶の魔術師
    レイレリア・リナークシス(ka3872
    人間(紅)|20才|女性|魔術師
  • 差し出されし手を掴む風翼
    クィーロ・ヴェリル(ka4122
    人間(蒼)|25才|男性|闘狩人
  • やさしき作り手
    浅緋 零(ka4710
    人間(蒼)|15才|女性|猟撃士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 流浪の聖人
    鳳城 錬介(ka6053
    鬼|19才|男性|聖導士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/01/13 18:19:16
アイコン 雑談交流卓
神代 誠一(ka2086
人間(リアルブルー)|32才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2019/01/14 17:14:27