ゲスト
(ka0000)
人形繰り「別離」
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- シリーズ(新規)
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/01/23 09:00
- 完成日
- 2019/01/28 11:45
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「クリームヒルト様……」
そう切り出したのはベント伯だった。二人の間を挟む机には金庫の鍵や通帳などが丁寧に並べられている。それらをすべてクリームヒルトに押しやるようにした後、ベント伯は深く深く頭を下げた。
頭の包帯、襟の外から覗く痣など、前回の襲撃してきた暴漢の傷跡がまだ見える。
「クリームヒルト様。私はもうご一緒することはできません」
目に見える傷跡もひどいが、それは心にまで及んでいることは、こんな言葉を聞くよりもずっと前から薄々と感じていた。
「差し上げられるものはこれが全てです。私の罪状で一生を償う生活となっても構いませんが、どうかもうこれ以上、私と娘を縛るのはよしてくださいませんか」
横に座るメルツェーデスも膝の上で握りしめる手を震わせていた。それが恐怖によるものであるのは痛いほどに伝わってくる。
「お金はいらないわ。今までありがとうね」
クリームヒルトにはそう言って、親子が去っていく様子を見送るしかできなかった。
「それで、よ。こんな時に申し訳ないんだが……練魔院から声がかかってさ」
「……そう」
頭をかいたり、髭をいじったりしながら言葉を紡ぐレギンの様子は、言いにくい事をなんとか当たり障りのないように四苦八苦していることをうかがわせた。
クリームヒルトはそんなレギンの仕草を、苦笑して見届けると、ゆっくり首を縦に振った。
「自分のやりたい道だったんでしょう。その道が開けたのならわたしも嬉しいわ」
「ヴルツァライヒとの戦いするって言った矢先で、本当にすまねぇ」
「ヴルツァライヒといっても先帝との戦いでもあったように、全部が悪者じゃないのよ。戦うのはそれを扇動するごくごく一部よ。だから大丈夫。それよりレギン。あなたのおかげで魔導列車が、地方が連携する礎が作れたわ。ありがとう」
「オレこそ、一度は死んだ身なのにこんなにしてもらって。……なんかあったらすぐ駆けつけますから」
レギンは、はにかんだ笑顔で、何度もこっちに手を振っていった。
「最近色んな産業の再編が激しいみたいで……本当にすみません」
久々に訪れたミネアの言葉はなんとも歯切れが悪く、そして顔色もあまりよくなかった。
「お世話になっていた人々は大丈夫なの」
「はい……。服飾の方が儲かるっていうんで、ジャガイモ作らなくなっただけですし。そうなんですよね。故郷を守りたい、家族を守りたいっていう想いが柱なんですから、ジャガイモにこだわる理由ってないんですよね」
憔悴の色さえ見せるミネアの顔色からして、それでも随分と手を打ってきたに違いない。だが、それでもこんな報告に来たということは……。
「無理しなくていいのよ。ミネアも今までわたしの提案を形にしてくれて、地方の人々を幸せにしてくれたわ。あなたがいなければ、ミネアカンパニーがなければきっと苦しんだままこの世を去った人もいると思うわ」
その言葉に、ミネアはこらえきれずに大粒の涙をぼろぼろと溢れ出させて、膝の上に落とした。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「ううん。それよりあなたや従業員のことを考えましょう。なんとしても商会を持たせるんだと思わなくていいわ。今は働いた分の休暇をもらったと思って?」
クリームヒルトはそう言うとベント伯から譲り受けた現金の類はほとんどミネアに与えた。
「ギュントの言う『帝国全体が変わりつつあるのです』っていう言葉だけが心の支えよ。実際、良くなっていると思う」
クリームヒルトは気丈に締め切られた扉の向こうに話しかけた。
扉の向こう、与えられた部屋の主はテミスだった。彼女も暴漢の襲撃によって深い傷を負い、それは心にまで至ってしまった。彼女は自分を責め続けていた。
「みんないなくなっちゃったけど、誰のせいでもないわ。うん、むしろ成果なのよ。悪い事じゃないわ」
テミスに言い聞かせているのか、自分に言い聞かせているのか、段々分からなくなってきた。
帝国中、困ったことがあったらどこでも飛んでいけたのに、今では誰もいなくなった屋敷はとても広く感じて、その屋敷の端から端まで歩くまでもが果てしなく遠く感じる。
「人形使いと戦う、争いの根本を打ちはらう! なんて言ってたのにね」
頼りになる仲間はいっぱいいる。
だけど、どうしてだろう。何かが虚ろに感じる。
「……テミス。わたしはどうすればいいのかしら」
ふと、遥か昔、テミスの生家でブランド起こしをし始めた頃を思い出す。
あの時も同じような言葉を言ってた。だけど、今と違うのは……星のように瞬いていた希望が一つも見えないことだ。
「ごめん。ギュントとの打ち合わせだわ。行ってくるね。ご飯、ちゃんと食べるのよ」
その言葉を扉の向こうでテミスは静かに聞き、馬車が走る音が完全に消え去ると、彼女はそっと街の方向へと走った。
●
「人形使いのことを調べたい?」
「ヴルツァライヒと関連しているという存在の人形使いです。前はアミィという女性でしたが……もっと古くからいるとも聞きます。多分、その女性を指すのではなく、もっと概念の存在なんだと思います」
テミスはハンターオフィスでそう切り出した。
「人形使いは人間の行動を操ることができるなら、例えばずっと一緒にいた人の忠誠心を覆したり、村の産業を一気に乗り換えさせるような変化を起こすこともできるのではないかと」
偶然かもしれない。
帝国全体が変わりつつあるという言葉も間違ってはないかもしれない。
でも、それがいきなりクリームヒルト様を孤立無援にするような状態を引き起こせるのか。
「大切な人が踊らされるのなら、私は……看過できません」
「といってもねぇ」
職員が悩むのは無理もない。どうすればいいのか、何も知らないハンターにどう説明して、その力を適切に振るってもらえるか。今の現状では無暗が過ぎる。
「漠然とした思いだけなのは承知です。だから切っ掛けでもいい。何か、何かを掴めたらと思います」
そう切り出したのはベント伯だった。二人の間を挟む机には金庫の鍵や通帳などが丁寧に並べられている。それらをすべてクリームヒルトに押しやるようにした後、ベント伯は深く深く頭を下げた。
頭の包帯、襟の外から覗く痣など、前回の襲撃してきた暴漢の傷跡がまだ見える。
「クリームヒルト様。私はもうご一緒することはできません」
目に見える傷跡もひどいが、それは心にまで及んでいることは、こんな言葉を聞くよりもずっと前から薄々と感じていた。
「差し上げられるものはこれが全てです。私の罪状で一生を償う生活となっても構いませんが、どうかもうこれ以上、私と娘を縛るのはよしてくださいませんか」
横に座るメルツェーデスも膝の上で握りしめる手を震わせていた。それが恐怖によるものであるのは痛いほどに伝わってくる。
「お金はいらないわ。今までありがとうね」
クリームヒルトにはそう言って、親子が去っていく様子を見送るしかできなかった。
「それで、よ。こんな時に申し訳ないんだが……練魔院から声がかかってさ」
「……そう」
頭をかいたり、髭をいじったりしながら言葉を紡ぐレギンの様子は、言いにくい事をなんとか当たり障りのないように四苦八苦していることをうかがわせた。
クリームヒルトはそんなレギンの仕草を、苦笑して見届けると、ゆっくり首を縦に振った。
「自分のやりたい道だったんでしょう。その道が開けたのならわたしも嬉しいわ」
「ヴルツァライヒとの戦いするって言った矢先で、本当にすまねぇ」
「ヴルツァライヒといっても先帝との戦いでもあったように、全部が悪者じゃないのよ。戦うのはそれを扇動するごくごく一部よ。だから大丈夫。それよりレギン。あなたのおかげで魔導列車が、地方が連携する礎が作れたわ。ありがとう」
「オレこそ、一度は死んだ身なのにこんなにしてもらって。……なんかあったらすぐ駆けつけますから」
レギンは、はにかんだ笑顔で、何度もこっちに手を振っていった。
「最近色んな産業の再編が激しいみたいで……本当にすみません」
久々に訪れたミネアの言葉はなんとも歯切れが悪く、そして顔色もあまりよくなかった。
「お世話になっていた人々は大丈夫なの」
「はい……。服飾の方が儲かるっていうんで、ジャガイモ作らなくなっただけですし。そうなんですよね。故郷を守りたい、家族を守りたいっていう想いが柱なんですから、ジャガイモにこだわる理由ってないんですよね」
憔悴の色さえ見せるミネアの顔色からして、それでも随分と手を打ってきたに違いない。だが、それでもこんな報告に来たということは……。
「無理しなくていいのよ。ミネアも今までわたしの提案を形にしてくれて、地方の人々を幸せにしてくれたわ。あなたがいなければ、ミネアカンパニーがなければきっと苦しんだままこの世を去った人もいると思うわ」
その言葉に、ミネアはこらえきれずに大粒の涙をぼろぼろと溢れ出させて、膝の上に落とした。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「ううん。それよりあなたや従業員のことを考えましょう。なんとしても商会を持たせるんだと思わなくていいわ。今は働いた分の休暇をもらったと思って?」
クリームヒルトはそう言うとベント伯から譲り受けた現金の類はほとんどミネアに与えた。
「ギュントの言う『帝国全体が変わりつつあるのです』っていう言葉だけが心の支えよ。実際、良くなっていると思う」
クリームヒルトは気丈に締め切られた扉の向こうに話しかけた。
扉の向こう、与えられた部屋の主はテミスだった。彼女も暴漢の襲撃によって深い傷を負い、それは心にまで至ってしまった。彼女は自分を責め続けていた。
「みんないなくなっちゃったけど、誰のせいでもないわ。うん、むしろ成果なのよ。悪い事じゃないわ」
テミスに言い聞かせているのか、自分に言い聞かせているのか、段々分からなくなってきた。
帝国中、困ったことがあったらどこでも飛んでいけたのに、今では誰もいなくなった屋敷はとても広く感じて、その屋敷の端から端まで歩くまでもが果てしなく遠く感じる。
「人形使いと戦う、争いの根本を打ちはらう! なんて言ってたのにね」
頼りになる仲間はいっぱいいる。
だけど、どうしてだろう。何かが虚ろに感じる。
「……テミス。わたしはどうすればいいのかしら」
ふと、遥か昔、テミスの生家でブランド起こしをし始めた頃を思い出す。
あの時も同じような言葉を言ってた。だけど、今と違うのは……星のように瞬いていた希望が一つも見えないことだ。
「ごめん。ギュントとの打ち合わせだわ。行ってくるね。ご飯、ちゃんと食べるのよ」
その言葉を扉の向こうでテミスは静かに聞き、馬車が走る音が完全に消え去ると、彼女はそっと街の方向へと走った。
●
「人形使いのことを調べたい?」
「ヴルツァライヒと関連しているという存在の人形使いです。前はアミィという女性でしたが……もっと古くからいるとも聞きます。多分、その女性を指すのではなく、もっと概念の存在なんだと思います」
テミスはハンターオフィスでそう切り出した。
「人形使いは人間の行動を操ることができるなら、例えばずっと一緒にいた人の忠誠心を覆したり、村の産業を一気に乗り換えさせるような変化を起こすこともできるのではないかと」
偶然かもしれない。
帝国全体が変わりつつあるという言葉も間違ってはないかもしれない。
でも、それがいきなりクリームヒルト様を孤立無援にするような状態を引き起こせるのか。
「大切な人が踊らされるのなら、私は……看過できません」
「といってもねぇ」
職員が悩むのは無理もない。どうすればいいのか、何も知らないハンターにどう説明して、その力を適切に振るってもらえるか。今の現状では無暗が過ぎる。
「漠然とした思いだけなのは承知です。だから切っ掛けでもいい。何か、何かを掴めたらと思います」
リプレイ本文
●ガルカヌンクにて
「ごめんね」
高瀬 未悠(ka3199)はクリームヒルトを胸に抱いて、しばらくそのままでいた。
衆目の中で自分で自分に焼き印を押なんてこと、自分に置き換えてみれば胸が引き裂かれそう。それでも彼女はそれをやろうとした。みんなを助けるために。
そんな心の傷を見せようともせず、傷つき去っていく人々を微笑んで見送ったときいて、未悠はたまらなくなったのだ。
「辛い時はつらいと、悲しい時は泣いていいのよ?」
クリームヒルトはしばらく黙って未悠を抱きしめ返した後、頭を上げて微笑んだ。
「ありがとう。いっぱい元気出たわ」
「ええっ、もう少しゆっくりしてもいいのに」
「みんなが来てくれたもの。一人じゃないってわかっただけでも十分」
「強いなぁ……どうやったらそんな風になれるのか知りたいよ」
クリームヒルトの顔に嘘偽りのない輝きがあることを確認して、岩井崎 メル(ka0520)は呆れたような声を出した。呆れているのは声だけ。本当は、心底凄いと思っている。
ブリュンヒルデも。いつでも微笑めるその顔はどうやって作るのだろう。
そこまで考えて、メルは表情を作り直した。自分が悩んで人を笑顔にできるわけがない。私は私のできることをやるだけ!
作り終えたマトンのスープが入った鍋をどんと置く、テーブルの上には花柄のランチョンマットに、猫のスプーン。
「私なりの元気を出す方法はね、身も心も幸せで包んであげることだよ」
「美味しそうっ」
鍋の蓋が持ちあがると同時に漂う湯気と香気にルナ・レンフィールド(ka1565)がテミスの手を引っ張った。
「この料理は旦那様を無事に帰ってもらうために作った、私の得意料理だよ。食べれば元気が。元気がでれば強くも笑顔もなれるよね」
悩みもひとまず置いて、皆はひとまずテーブルについて手を合わせた。
「「いただきますっ」」
友達と並んで食べる温かい料理はクリームヒルトの頬を朱色に染めるほどだった。メルはその様子に笑顔を浮かべて、クリームヒルトに語り掛ける。
「そういえばクリームヒルトくん、新聞載ってたね。ヴルツァライヒの脅迫も跳ね除けた庶民議員の星、だって。魔導列車と合わせて紹介されてた」
「闇に葬られた、とかではなくて?」
リラ(ka5679)がふとスプーンを置いて確認した。人の噂にのぼっていい話ではないし、大衆操作はとことん強い人形使いがそんな話を上らせるわけがない。
「世界情勢と歪虚との戦いとかそんな話が多いけれど、でもクリームヒルトくんの話題はあったし、悪いものは一つもなかった」
メルも情報操作はされていると思っていたから、その点には十分注意していたのだから。
「帝国が変わりつつある……」
ギュントが言っていたらしい言葉をリラは反芻した。
●とある酒場
「脅迫されて協力していたなんて、言えるわけがないだろうってさ。清々した顔で言ってた」
賑やかな帝都の酒場。
一番奥のテーブルで紅茶に砂糖をどばどば入れながら、南條 真水(ka2377)はベント伯と面会した結果を報告した。
「ジャガイモの方を調べましたけれど、産業の整理はギュントが指導していたそうですわ。兵役についていた若者を地域に戻すと同時に、食料と、産業整理で忙しくなった紡績関係の仕事を渡したらしいですの」
「戦いは今、世界の命運をかけた歪虚との戦いの連続だもんね。覚醒できない一般の兵士が最前線を張ったところで路傍の石。口減らしと産業振興を同時に進行させたワケですよ。すごいなー」
音羽 美沙樹(ka4757)の報告に愛想よく笑ってソフィア =リリィホルム(ka2383)が説明した。
「ええとつまり……」
「血の絆には勝てなかったってこと。ある日兵隊になっていた子供が食べ物とお金を持って帰ってきて、『命を削らずに、お金をいっぱい稼げるんだけど、忙しすぎる』なんて言われたら、手伝いたくもなりますよね」
ソフィアの説明にミネアはようやく村に何があったかを知って、泣きそうな、安心したような、辛いような、馬鹿げた自分に怒りたくなるような、変な顔をした。
完全にギュントにしてやられた形だ。
「そんな顔しないで下さいよー。ジャガイモ持って右往左往していたミネアさんが、商会を率いているなんて、すごいなーって思ってたんですよ」
そんなソフィアのおべっか丸出しの言葉が突き刺さって、ミネアは唇をかんでへなへなとテーブルにへたり込んだ。
そんなミネアの耳元でソフィアはそっと囁く。
「全部お終い? 泣いて慰めてもらって、後は温情で食べてくだけ?」
「そんなことしないっ」
涙目でぎらりと見つめるミネアの目を見て、ソフィアはにやりと笑った。
「そうだ、自分に何がある?」
「商人として得てきた勘がある。素材を活かす知識もある。あたしの馬車は最高の馬車なのよ。東方にだって行ける。なにより、あたしをよりずっと強くしてくれる友達がいる!!」
食って掛かるようなミネアの勢いを真正面から受けて立ち、その鼻先まで近づくとソフィアはミネアの胸元のネクタイをぎゅっと握った。
「いいね、そうでなくっちゃ」
そのままソフィアはミネアのネクタイにもう片手を添えて、かるく締め直して身を整えた後、小切手をテーブルに置いた。
「800万。お前なら使いこなせるだろ。言っとくけど貸しでも施しでもないからな」
「倍にして返します」
生きる力に燃えてしゃんと背を伸ばしたミネアの言葉に美沙樹はくすりと笑った。
●ガルカヌンク
「ということはギュントが主導して、この状況を作り上げた?」
リラが小首をかしげるのに応じて真水は頷いた。
「黒幕はともかくとしてね。だって、ギュントの株は上がる。クリームヒルトさんがアミィやベント伯を脅して活動に協力させていたという事実も線引きできた。ミネアさんのはちょっと不幸な余波だけど、ベント伯の財産とソフィアさんの投資金をもらったんだから、マイナスにはなんないよね」
「ちょっとあの男、刺してきます」
無表情にすっくと立ち上がったテミスに、美沙樹もこくりと同意するのを見て、椅子から転げ落ちた真水がすがりついて喚いた。
「わー、ちょっと待て、待てってば! 殺人事件の立ち合いなんて、なりたくないぞ」
「そうです、落ち着いてください」
「だって、あの男は……解ってて人を不幸にしました」
ルナが押しとどめても、押しのけてでも突き進もうとする。
「それで誰が幸せになりませんよ」
ついには抱きしめる格好になって進行を止めるルナ。そしてリラがゆっくりと横に回って、微笑む。
「誰かの力になるっていうのは、誰かを傷つけることじゃありません。大切な人に向かって……笑うことです」
♪笑いましょう 素敵な笑顔は幸せの種 向けたぶんだけ芽吹くから
囁くように、子守唄のように、耳元で歌うリラに、ようやくテミスは勢いを止めた。
「笑顔は、私には……」
そして、
「……おーっす。シグルドとアミィがいなかったんす。ところでルナさんに手紙もらってきた……お、これはムフフショットチャンス?」
テミスが開けて出ようとした扉から神楽(ka2032)が顔を出し、間近のルナとテミスをみて、おもむろに魔導カメラを取り出した……ところをメルによって取り押さえられる。
「お手紙。あ、そうだアガスティアさんとギムレットさんに人形使いの事を知らないか、聞いたんです。これでもしかすると、色んな事がわかるかもしれませんっ」
ルナは手紙を受け取ると、場にいた全員に目配せをして、そしてゆっくり手紙の内容を読み上げた。
「ルナ様へ お手紙有難う。ギムレットだ。大事な話がある」
その言葉に皆が固唾をのんだ。
「実はアガスティアにプロポーズしたんだ」
……。
…… ……?
は?
「人形使いは帝国の必要悪ときいたくらいだ。よく知らくてすまない」
どっちが話の本筋だったか分からない手紙の文脈からして、多分、舞い上がっているタイミングで手紙を送ってしまったのだろうか。
みんなして困惑した顔を浮かべるこの空気に、緑の爽やかな空気がふっと吹き込むと、ぽかんとした空気が抜けて、みんなくすくすと笑い合った。
メルも、リラも、クリームヒルトも。
それからテミスも。
「大事な事、ありがとう。ギムレットさん、アガスティアさん……」
●酒場
酒場ではユメリア(ka7010)と未悠の歌声が響いていた。
満員の酒場の誰もが、客だけでなく給仕や店主すらも動きを止めさせるような力が彼女たちの歌声にあった。
♪行こう太陽の子よ 栄光の日に
光射す大地 もう一度手を取り合い 結束を力に変えようよ
「……ああ、懐かしいなぁ」
飲んでいた男がぽつりとそんなことを漏らすのを、アウレール・V・ブラオラント(ka2531)は聞き逃さなかった。随分昔の、軍歌だということはアウレールもなんとなくわかっていた。
そんな中、歌い終わったユメリアは聴衆に静かにお辞儀すると、未悠と手をつないだ手を上げて見せた。
「驚くかもしれませんが、彼女と出会ったのはまだ半年前なのです。私は森で生まれ遍歴を、高瀬さんは転移して戦いに身を投じていました。そんな私たちの歌は、いかがでしたか」
その問いかけに拍手が雨あられと返ってくると、未悠は少し照れ臭そうに笑って、それから静かに客の顔を見た。
「ここにいる人たちがシグルドが守りたい人達っていうことは知っているわ。前回もお会いしたわね」
未悠の記憶に残っている人たちがたくさんいた。知らない人もいたが、ここにいる人たちがどこかでつながっていることは勘が物語っていた。
「私も守りたいと思っている。でもね、人形使いがそれを壊そうとしているの。シグルドと、クリームヒルトと、帝国と、人々を。私は全部を守りたい」
その言葉にここにいる人々、フュルストは言葉を詰まらせた。
「グインという私の友人である詩人はこう言いました。人形使いは敵を作るために生まれた必要悪だと。意味しているところはわかりかねますが、たくさんの方々が敵同士にさせられたのでしょう。今こそ、手を取り合う時」
ユメリアがそっと出した手を拒む人間はいなかった。ユメリアはこの酒場の中心に位置して、渦のように引き込む力をもっていた。
「具体的にはなにをすればいい?」
「一つはミネアさん。この商人の女性なんですけれど、人形使いの罠にかかって不幸に合いました。新たな絆はその不幸を喜びのバネにしてくれると思うのです。その機会を与えてはいただけないでしょうか」
「この子、ミネアじゃないか。カンパニーを起こしたっていう」
「そうですの。ミネアさんにしか扱えない、希少な芋や果物、販路もありますわ」
驚く人々を煽るように美沙樹が口上を述べると、その注目度は一気に膨れ上がっていく。
「わ、あの、その……よ、よろしくお願いしまぁぁす」
もみくちゃにされるミネアを見て、ユメリアと美沙樹は微笑みあった。
「しかし参ったな。俺たちの正体を知ってて、こんな協力の呼びかけをされるとはね」
「月影の兄妹を守る気持ちを歌うのが一番だと思ったのよ」
未悠は笑うと、店主はますます苦笑いを浮かべて、店の奥へと案内した。
●酒場奥
「あ、こんなところにいたんすね」
神楽は呆れた声を出した。そこにはアミィもギュントもいるではないか。テーブルを囲んで年代物のワインを飲んでいるときた。
「……この構図、もしかしてグルっす? アミィを手元に置いて、ギュントに指示して、権力も財力もあるとなると……人形使いってシグルドのことだったっすかね」
その言葉にシグルドは嬉しそうに笑った。
「いいねぇ、60点。でも僕は人形使いじゃない」
「クリームヒルトくんから人払いをしたのは、彼女を守るため。それから庶民議員としてやりやすくする為、だね?」
メルの確認にギュントが頷いた。
そうだ、帝国が変わりつつあるというのは事実なのだ。だが寂しがらせるというのはいただけない。
「人形使いは歪虚ではないな」
アウレールは3人、特にアミィを見ながら確認した。歪虚特有の寒気はしない。
にこにこしているアミィを憐れむようにリラは言った。
「アミィさんも人形……だったということでしょうか」
「おお、良いセンいってる。どうしよ、とりあえずそっちの発表を聞こうか」
「本の城に住むエスカという女に頼んで帝国史を調べたところ、砦などの建築などが帝国のそれは短い期間で多くできていることが分かった。つまり大きな金の動きがあった。歪虚は駆逐されているから関係はないとはいわんが少ないのだろうな。つまり人形使いは歪虚ではない」
「逆を返せば、人間様の為に人形使いは存在するわけだよね。ユメリアさんやルナさんの情報である人形使いは必要悪。というのもつながるね」
アウレールに引き続き、真水が言葉をつないだ。
「ヴルツァライヒと人形使いの関係性を見れば、戦争屋だってことは推察はつきますわ。村の様子も見て回りましたが、ヴルツァライヒと名乗って活動の状況は、本当にバラバラ。つまり名前がヴルツァライヒとして反政府活動であればなんでもいい、くらいの大雑把さでしたわ」
「ヒルデブランドもよくあんなのの大半をまとめたよな。でなきゃまだグダグダうるせぇのが続いてるところだぜ」
美沙樹の推察にソフィアはぼそっと呟いた。
「シグルド……」
願うように、すがるように未悠がシグルドに声をかけた。
戦争をするために人形使いになって、もしくはアミィと組んで何かをしようとしていたとは思えない。
でも、それは思いたくないだけかもしれない。だから未悠は言葉をまった。
「手掛かりなしで、まあそこまでたどり着いたもんだ。満点には遠いけど十分及第点だ。ご褒美あげてもいいかな」
「じゃあ、オレ、アミィちゃん」
ぴょーんと跳んで抱き着く神楽をアミィは嫌いもせず、そのまま豊満な胸で抱き留めてくれた。
「反撃しないんすね」
「神楽っちってさ。わざとふざけたり、悪ぶってるところあるけど、根は真面目だよねー。神楽っちの力でシグルドに捕まったときのこと、気にしてる?」
ちらりと見えるアミィの目はむしろ遊び友達が来てくれたような喜びでいっぱいだった。
「褒美は人形使いってなにかを教えることっす」
「そのままの意味。道化士だよ。王様を唯一侮辱できる職業にして、万人からの笑われ者。お腹がすいたら自分の足にかじりつくような、ね」
その言葉にユメリアが頷いた。彼女にはそれがどういう意味か理解できていた。同じような職業だから。
「詩人と同じですね。王は忌憚なく物申す言葉に耳を傾けるために道化や詩人の皮肉を認めました」
「王様って自分を馬鹿にしてもいいって人形使いとか詩人に認めたの? うへ、すごいなあ。私なら無理だよ」
メルは周辺の聞き込みなどで、聞かされる愚痴にもうんざりするというのに。
「誰もかれもを認めるわけではありませんよ。大成した人か……王様がお認めになった方だけです」
「お姉さん、わかってるー」
アミィはくすくす笑うとアウレールの指を見てニンマリ笑った。
その視線に気づいたアウレールはしばらく怪訝な顔をして、ようやく思い至った。その手にはフュルストを揺さぶれるだろうと思って付けていた皇族のみが着用を許されると指輪を似せたものをつけていたからだ。
「その指輪を贋作でも、他の人が嵌めたらタダじゃすまない、って聞いてたと思うんだけどな」
シグルドは呆れたように笑ったが、同時に冷たいものが一同の間に走った。
「人形使いなんて、そう何人もぽんぽんいてたまるかとは思っていたんだ。どうやら推測は当たりのようで良かった」
真水は安堵したようなそう言いながらも、分厚い眼鏡の奥でシグルドから目を離さなかった。彼の手にも同じような指輪が光っている。
「内乱を起こすのが人形使い。そのコントロールを任される証が皇族の指輪。自分で自分の肉を食うような皮肉とはよく言ったものだよ。自分の国を壊してお金を得るなんて錬金術もいいところだ。ははは、悪夢は終わっていなかったよ……南條さん、ちょっとショック」
「それを見届けるのも、終止符を打つのも、僕の仕事だ」
シグルドの顔は普段に見せるいい加減な笑顔ではなかった。
物静かな顔はどこか厳かで、冷たく、優しく、そんな相反したものをすべて含むようであって、畏怖に近い感情を覚えたものだ。
ただ一人、未悠を除いて。
「ごめんね」
高瀬 未悠(ka3199)はクリームヒルトを胸に抱いて、しばらくそのままでいた。
衆目の中で自分で自分に焼き印を押なんてこと、自分に置き換えてみれば胸が引き裂かれそう。それでも彼女はそれをやろうとした。みんなを助けるために。
そんな心の傷を見せようともせず、傷つき去っていく人々を微笑んで見送ったときいて、未悠はたまらなくなったのだ。
「辛い時はつらいと、悲しい時は泣いていいのよ?」
クリームヒルトはしばらく黙って未悠を抱きしめ返した後、頭を上げて微笑んだ。
「ありがとう。いっぱい元気出たわ」
「ええっ、もう少しゆっくりしてもいいのに」
「みんなが来てくれたもの。一人じゃないってわかっただけでも十分」
「強いなぁ……どうやったらそんな風になれるのか知りたいよ」
クリームヒルトの顔に嘘偽りのない輝きがあることを確認して、岩井崎 メル(ka0520)は呆れたような声を出した。呆れているのは声だけ。本当は、心底凄いと思っている。
ブリュンヒルデも。いつでも微笑めるその顔はどうやって作るのだろう。
そこまで考えて、メルは表情を作り直した。自分が悩んで人を笑顔にできるわけがない。私は私のできることをやるだけ!
作り終えたマトンのスープが入った鍋をどんと置く、テーブルの上には花柄のランチョンマットに、猫のスプーン。
「私なりの元気を出す方法はね、身も心も幸せで包んであげることだよ」
「美味しそうっ」
鍋の蓋が持ちあがると同時に漂う湯気と香気にルナ・レンフィールド(ka1565)がテミスの手を引っ張った。
「この料理は旦那様を無事に帰ってもらうために作った、私の得意料理だよ。食べれば元気が。元気がでれば強くも笑顔もなれるよね」
悩みもひとまず置いて、皆はひとまずテーブルについて手を合わせた。
「「いただきますっ」」
友達と並んで食べる温かい料理はクリームヒルトの頬を朱色に染めるほどだった。メルはその様子に笑顔を浮かべて、クリームヒルトに語り掛ける。
「そういえばクリームヒルトくん、新聞載ってたね。ヴルツァライヒの脅迫も跳ね除けた庶民議員の星、だって。魔導列車と合わせて紹介されてた」
「闇に葬られた、とかではなくて?」
リラ(ka5679)がふとスプーンを置いて確認した。人の噂にのぼっていい話ではないし、大衆操作はとことん強い人形使いがそんな話を上らせるわけがない。
「世界情勢と歪虚との戦いとかそんな話が多いけれど、でもクリームヒルトくんの話題はあったし、悪いものは一つもなかった」
メルも情報操作はされていると思っていたから、その点には十分注意していたのだから。
「帝国が変わりつつある……」
ギュントが言っていたらしい言葉をリラは反芻した。
●とある酒場
「脅迫されて協力していたなんて、言えるわけがないだろうってさ。清々した顔で言ってた」
賑やかな帝都の酒場。
一番奥のテーブルで紅茶に砂糖をどばどば入れながら、南條 真水(ka2377)はベント伯と面会した結果を報告した。
「ジャガイモの方を調べましたけれど、産業の整理はギュントが指導していたそうですわ。兵役についていた若者を地域に戻すと同時に、食料と、産業整理で忙しくなった紡績関係の仕事を渡したらしいですの」
「戦いは今、世界の命運をかけた歪虚との戦いの連続だもんね。覚醒できない一般の兵士が最前線を張ったところで路傍の石。口減らしと産業振興を同時に進行させたワケですよ。すごいなー」
音羽 美沙樹(ka4757)の報告に愛想よく笑ってソフィア =リリィホルム(ka2383)が説明した。
「ええとつまり……」
「血の絆には勝てなかったってこと。ある日兵隊になっていた子供が食べ物とお金を持って帰ってきて、『命を削らずに、お金をいっぱい稼げるんだけど、忙しすぎる』なんて言われたら、手伝いたくもなりますよね」
ソフィアの説明にミネアはようやく村に何があったかを知って、泣きそうな、安心したような、辛いような、馬鹿げた自分に怒りたくなるような、変な顔をした。
完全にギュントにしてやられた形だ。
「そんな顔しないで下さいよー。ジャガイモ持って右往左往していたミネアさんが、商会を率いているなんて、すごいなーって思ってたんですよ」
そんなソフィアのおべっか丸出しの言葉が突き刺さって、ミネアは唇をかんでへなへなとテーブルにへたり込んだ。
そんなミネアの耳元でソフィアはそっと囁く。
「全部お終い? 泣いて慰めてもらって、後は温情で食べてくだけ?」
「そんなことしないっ」
涙目でぎらりと見つめるミネアの目を見て、ソフィアはにやりと笑った。
「そうだ、自分に何がある?」
「商人として得てきた勘がある。素材を活かす知識もある。あたしの馬車は最高の馬車なのよ。東方にだって行ける。なにより、あたしをよりずっと強くしてくれる友達がいる!!」
食って掛かるようなミネアの勢いを真正面から受けて立ち、その鼻先まで近づくとソフィアはミネアの胸元のネクタイをぎゅっと握った。
「いいね、そうでなくっちゃ」
そのままソフィアはミネアのネクタイにもう片手を添えて、かるく締め直して身を整えた後、小切手をテーブルに置いた。
「800万。お前なら使いこなせるだろ。言っとくけど貸しでも施しでもないからな」
「倍にして返します」
生きる力に燃えてしゃんと背を伸ばしたミネアの言葉に美沙樹はくすりと笑った。
●ガルカヌンク
「ということはギュントが主導して、この状況を作り上げた?」
リラが小首をかしげるのに応じて真水は頷いた。
「黒幕はともかくとしてね。だって、ギュントの株は上がる。クリームヒルトさんがアミィやベント伯を脅して活動に協力させていたという事実も線引きできた。ミネアさんのはちょっと不幸な余波だけど、ベント伯の財産とソフィアさんの投資金をもらったんだから、マイナスにはなんないよね」
「ちょっとあの男、刺してきます」
無表情にすっくと立ち上がったテミスに、美沙樹もこくりと同意するのを見て、椅子から転げ落ちた真水がすがりついて喚いた。
「わー、ちょっと待て、待てってば! 殺人事件の立ち合いなんて、なりたくないぞ」
「そうです、落ち着いてください」
「だって、あの男は……解ってて人を不幸にしました」
ルナが押しとどめても、押しのけてでも突き進もうとする。
「それで誰が幸せになりませんよ」
ついには抱きしめる格好になって進行を止めるルナ。そしてリラがゆっくりと横に回って、微笑む。
「誰かの力になるっていうのは、誰かを傷つけることじゃありません。大切な人に向かって……笑うことです」
♪笑いましょう 素敵な笑顔は幸せの種 向けたぶんだけ芽吹くから
囁くように、子守唄のように、耳元で歌うリラに、ようやくテミスは勢いを止めた。
「笑顔は、私には……」
そして、
「……おーっす。シグルドとアミィがいなかったんす。ところでルナさんに手紙もらってきた……お、これはムフフショットチャンス?」
テミスが開けて出ようとした扉から神楽(ka2032)が顔を出し、間近のルナとテミスをみて、おもむろに魔導カメラを取り出した……ところをメルによって取り押さえられる。
「お手紙。あ、そうだアガスティアさんとギムレットさんに人形使いの事を知らないか、聞いたんです。これでもしかすると、色んな事がわかるかもしれませんっ」
ルナは手紙を受け取ると、場にいた全員に目配せをして、そしてゆっくり手紙の内容を読み上げた。
「ルナ様へ お手紙有難う。ギムレットだ。大事な話がある」
その言葉に皆が固唾をのんだ。
「実はアガスティアにプロポーズしたんだ」
……。
…… ……?
は?
「人形使いは帝国の必要悪ときいたくらいだ。よく知らくてすまない」
どっちが話の本筋だったか分からない手紙の文脈からして、多分、舞い上がっているタイミングで手紙を送ってしまったのだろうか。
みんなして困惑した顔を浮かべるこの空気に、緑の爽やかな空気がふっと吹き込むと、ぽかんとした空気が抜けて、みんなくすくすと笑い合った。
メルも、リラも、クリームヒルトも。
それからテミスも。
「大事な事、ありがとう。ギムレットさん、アガスティアさん……」
●酒場
酒場ではユメリア(ka7010)と未悠の歌声が響いていた。
満員の酒場の誰もが、客だけでなく給仕や店主すらも動きを止めさせるような力が彼女たちの歌声にあった。
♪行こう太陽の子よ 栄光の日に
光射す大地 もう一度手を取り合い 結束を力に変えようよ
「……ああ、懐かしいなぁ」
飲んでいた男がぽつりとそんなことを漏らすのを、アウレール・V・ブラオラント(ka2531)は聞き逃さなかった。随分昔の、軍歌だということはアウレールもなんとなくわかっていた。
そんな中、歌い終わったユメリアは聴衆に静かにお辞儀すると、未悠と手をつないだ手を上げて見せた。
「驚くかもしれませんが、彼女と出会ったのはまだ半年前なのです。私は森で生まれ遍歴を、高瀬さんは転移して戦いに身を投じていました。そんな私たちの歌は、いかがでしたか」
その問いかけに拍手が雨あられと返ってくると、未悠は少し照れ臭そうに笑って、それから静かに客の顔を見た。
「ここにいる人たちがシグルドが守りたい人達っていうことは知っているわ。前回もお会いしたわね」
未悠の記憶に残っている人たちがたくさんいた。知らない人もいたが、ここにいる人たちがどこかでつながっていることは勘が物語っていた。
「私も守りたいと思っている。でもね、人形使いがそれを壊そうとしているの。シグルドと、クリームヒルトと、帝国と、人々を。私は全部を守りたい」
その言葉にここにいる人々、フュルストは言葉を詰まらせた。
「グインという私の友人である詩人はこう言いました。人形使いは敵を作るために生まれた必要悪だと。意味しているところはわかりかねますが、たくさんの方々が敵同士にさせられたのでしょう。今こそ、手を取り合う時」
ユメリアがそっと出した手を拒む人間はいなかった。ユメリアはこの酒場の中心に位置して、渦のように引き込む力をもっていた。
「具体的にはなにをすればいい?」
「一つはミネアさん。この商人の女性なんですけれど、人形使いの罠にかかって不幸に合いました。新たな絆はその不幸を喜びのバネにしてくれると思うのです。その機会を与えてはいただけないでしょうか」
「この子、ミネアじゃないか。カンパニーを起こしたっていう」
「そうですの。ミネアさんにしか扱えない、希少な芋や果物、販路もありますわ」
驚く人々を煽るように美沙樹が口上を述べると、その注目度は一気に膨れ上がっていく。
「わ、あの、その……よ、よろしくお願いしまぁぁす」
もみくちゃにされるミネアを見て、ユメリアと美沙樹は微笑みあった。
「しかし参ったな。俺たちの正体を知ってて、こんな協力の呼びかけをされるとはね」
「月影の兄妹を守る気持ちを歌うのが一番だと思ったのよ」
未悠は笑うと、店主はますます苦笑いを浮かべて、店の奥へと案内した。
●酒場奥
「あ、こんなところにいたんすね」
神楽は呆れた声を出した。そこにはアミィもギュントもいるではないか。テーブルを囲んで年代物のワインを飲んでいるときた。
「……この構図、もしかしてグルっす? アミィを手元に置いて、ギュントに指示して、権力も財力もあるとなると……人形使いってシグルドのことだったっすかね」
その言葉にシグルドは嬉しそうに笑った。
「いいねぇ、60点。でも僕は人形使いじゃない」
「クリームヒルトくんから人払いをしたのは、彼女を守るため。それから庶民議員としてやりやすくする為、だね?」
メルの確認にギュントが頷いた。
そうだ、帝国が変わりつつあるというのは事実なのだ。だが寂しがらせるというのはいただけない。
「人形使いは歪虚ではないな」
アウレールは3人、特にアミィを見ながら確認した。歪虚特有の寒気はしない。
にこにこしているアミィを憐れむようにリラは言った。
「アミィさんも人形……だったということでしょうか」
「おお、良いセンいってる。どうしよ、とりあえずそっちの発表を聞こうか」
「本の城に住むエスカという女に頼んで帝国史を調べたところ、砦などの建築などが帝国のそれは短い期間で多くできていることが分かった。つまり大きな金の動きがあった。歪虚は駆逐されているから関係はないとはいわんが少ないのだろうな。つまり人形使いは歪虚ではない」
「逆を返せば、人間様の為に人形使いは存在するわけだよね。ユメリアさんやルナさんの情報である人形使いは必要悪。というのもつながるね」
アウレールに引き続き、真水が言葉をつないだ。
「ヴルツァライヒと人形使いの関係性を見れば、戦争屋だってことは推察はつきますわ。村の様子も見て回りましたが、ヴルツァライヒと名乗って活動の状況は、本当にバラバラ。つまり名前がヴルツァライヒとして反政府活動であればなんでもいい、くらいの大雑把さでしたわ」
「ヒルデブランドもよくあんなのの大半をまとめたよな。でなきゃまだグダグダうるせぇのが続いてるところだぜ」
美沙樹の推察にソフィアはぼそっと呟いた。
「シグルド……」
願うように、すがるように未悠がシグルドに声をかけた。
戦争をするために人形使いになって、もしくはアミィと組んで何かをしようとしていたとは思えない。
でも、それは思いたくないだけかもしれない。だから未悠は言葉をまった。
「手掛かりなしで、まあそこまでたどり着いたもんだ。満点には遠いけど十分及第点だ。ご褒美あげてもいいかな」
「じゃあ、オレ、アミィちゃん」
ぴょーんと跳んで抱き着く神楽をアミィは嫌いもせず、そのまま豊満な胸で抱き留めてくれた。
「反撃しないんすね」
「神楽っちってさ。わざとふざけたり、悪ぶってるところあるけど、根は真面目だよねー。神楽っちの力でシグルドに捕まったときのこと、気にしてる?」
ちらりと見えるアミィの目はむしろ遊び友達が来てくれたような喜びでいっぱいだった。
「褒美は人形使いってなにかを教えることっす」
「そのままの意味。道化士だよ。王様を唯一侮辱できる職業にして、万人からの笑われ者。お腹がすいたら自分の足にかじりつくような、ね」
その言葉にユメリアが頷いた。彼女にはそれがどういう意味か理解できていた。同じような職業だから。
「詩人と同じですね。王は忌憚なく物申す言葉に耳を傾けるために道化や詩人の皮肉を認めました」
「王様って自分を馬鹿にしてもいいって人形使いとか詩人に認めたの? うへ、すごいなあ。私なら無理だよ」
メルは周辺の聞き込みなどで、聞かされる愚痴にもうんざりするというのに。
「誰もかれもを認めるわけではありませんよ。大成した人か……王様がお認めになった方だけです」
「お姉さん、わかってるー」
アミィはくすくす笑うとアウレールの指を見てニンマリ笑った。
その視線に気づいたアウレールはしばらく怪訝な顔をして、ようやく思い至った。その手にはフュルストを揺さぶれるだろうと思って付けていた皇族のみが着用を許されると指輪を似せたものをつけていたからだ。
「その指輪を贋作でも、他の人が嵌めたらタダじゃすまない、って聞いてたと思うんだけどな」
シグルドは呆れたように笑ったが、同時に冷たいものが一同の間に走った。
「人形使いなんて、そう何人もぽんぽんいてたまるかとは思っていたんだ。どうやら推測は当たりのようで良かった」
真水は安堵したようなそう言いながらも、分厚い眼鏡の奥でシグルドから目を離さなかった。彼の手にも同じような指輪が光っている。
「内乱を起こすのが人形使い。そのコントロールを任される証が皇族の指輪。自分で自分の肉を食うような皮肉とはよく言ったものだよ。自分の国を壊してお金を得るなんて錬金術もいいところだ。ははは、悪夢は終わっていなかったよ……南條さん、ちょっとショック」
「それを見届けるのも、終止符を打つのも、僕の仕事だ」
シグルドの顔は普段に見せるいい加減な笑顔ではなかった。
物静かな顔はどこか厳かで、冷たく、優しく、そんな相反したものをすべて含むようであって、畏怖に近い感情を覚えたものだ。
ただ一人、未悠を除いて。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談場所 ソフィア =リリィホルム(ka2383) ドワーフ|14才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2019/01/23 00:21:54 |
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クリームヒルトさんへの質問卓 神楽(ka2032) 人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2019/01/18 06:51:32 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/01/20 19:26:55 |