ゲスト
(ka0000)
雪見温泉はいかがですか?
マスター:石田まきば

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/01/26 09:00
- 完成日
- 2019/02/07 17:18
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●思惑
事後処理がすべて終わったと、そう言いきれはしないけれど。
それなりに事態が落ち着いてきたその日、ゾンネンシュトラール帝国第三師団シュラーフドルン師団長のカミラと、エルフハイム長老のユレイテルは、久しぶりの会談の機会を設けた。
「とりあえず、だ」
「……」
言葉で説明するのも、聞くのも。億劫になったとか、そんなわけではないけれど。
カミラが差し出すパンフレットを、無言で受け取るユレイテル。
それだけで意図は伝わった。なにせ『APV温泉のご案内』っておおきく書いてあるのだから。
「日程を合わせて、うちのも、そちらのも。なにがなんでも……強引だろうと休ませる方向で進めるからな」
巫女が休むなら、浄化術の護衛に出ていた帝国兵の休みもとりやすい。
巫女が出掛ける場所に、護衛達も出掛ければ、互いに休暇だろうと目は届きやすいし、安心もしやすい。
仕事と同じ面子ばかり揃うことにはなるけれど、一応は『普段と違う場所』『羽を伸ばすための場所』だ、どんなに少なく見積もっても、気分転換にはなるだろう。
「そうだな……」
過保護と言われるかもしれないが、しかし、これだけの体制を整えているからこそ安心して送り出せるというもの。
全員を一度には無理だ。いつぞやの合コンもどきと同じように、人数を分けて、しかし日程は集中させて……
ふと窓の外を見れば、雪がちらついている。
「更に寒くなるのか」
「積もるな、これは」
カミラも視線を遠くにやっている。
「雪かきの人員手配もしなくてはな……ああ、この調子なら、温泉に行く日は雪遊びも出来るんじゃないか」
「防寒用の支度を……雪遊び?」
首を傾げるユレイテルに、小さく目を見開くカミラ。
「知らないのか?」
「? ああ、森の中はさほど積もらないからな」
森の中は木々に遮られるためか、あまりたくさんの雪を見ることがない。外に出るようになってユレイテルもずいぶんと見慣れてきたつもりだが。巫女達はまだ外に出るようになって数年かそこらだ。天候の悪化が予想されるときは出るのも控えさせていた……つまり、真っ白な世界を見たことはないだろう。
温泉施設の近くならすぐに体を温める事も出来る場所だから、浄化の仕事で行くよりも安全に楽しめるだろう。
●季節イベントはじめました
「これで例の企画を実行できますね!」
オフィスの窓から寒空を見上げ、フクカンが笑顔を浮かべる。
「こうなったら早速準備をしませんと」
「今年も寒くなって……どうしたのかな?」
温かいお茶を飲んでいたシャイネが、フクカンの隣から画面をのぞき込む。
「雪像イベント?」
APV温泉で催しをする、その企画書らしい。
「へぇ♪ 期間は……あ、これなら丁度、僕も行く日だね」
「じゃあ現地で会えますね! 期間中は出張扱いで泊りがけなんです」
少しだけ俯くフクカン。
「タングラムさまのお世話ができなくなりますけど……これも私のお仕事ですし!」
にぱっと笑ってから、ふんすと両手を握り込む。
「ところでシャイネさんはどうしてですか?」
最近忙しくしてたのは知ってますけど。
「休み……なんだけど、他にもお休みをもらる子達の引率を、少しね。僕もそれなりにAPV温泉に行っているわけだからね♪」
「あ、巫女の皆さんですか?」
「そうだよ。帝国内が少しでも落ち着いてるうちにって、ね♪」
今日は、知り合いのハンターにも声をかけておこうかと思って来ていたんだよ?
●APV温泉概要~パンフレット(1019年版)より簡易的に抜粋~
【男湯】【女湯】【混浴】
設立当時に協力したハンター達の作成した設計図を元に作られており、仕切りや脱衣所の壁には、リアルブルーの頑丈な設計技術が取り入れられている。
風呂桶、取っ手のついた湯汲み桶、簡易椅子、石鹸など基本的なものは用意されている。
温泉マナーとして「着衣入浴の禁止」「タオルを湯船に付けるのは禁止」となっているが、【混浴】のみ、水着の着用やタオルを巻いての入浴が可能。
貫頭衣風の入浴着の貸出はある。
【足湯】
普段通りの着衣のままでも温泉を楽しめる。
足湯の形状や大きは様々。お一人様でも、カップルでも、大人数でも楽しめるようになっている。
足湯それぞれに簡易テーブルが備え付けられているので、飲食もしやすい。
基本的には、通年、温泉と同じ湯を流している。
夏期:温泉ではなく水を張っている区域を設け、避暑としての活用が可能。
冬期:生姜や柚子といった、体を温める効果のあるものを湯に入れている区域があり、温泉とは違った味わい(香り)が楽しめる。
幻獣達とも温泉を楽しめるよう、プール並に広い区画を新設。
大型のワイバーンなどでも大丈夫なように深くなっている箇所もあるため、幻獣達は全身入浴が可能。
【食事棟】
【足湯】の近く、ベンチに囲まれている建物。
建物自体は調理専用で、利用者への飲食物の販売カウンターがある。
温泉の熱い湯気を利用した蒸し料理を中心に提供している。
特に名物となっているのが「温泉芋」で、甘みが強く感じられると好評。
野菜やヴルスト、羊肉など食事向きのもの、甘い餡を入れた饅頭(季節によって餡が変わる)もある。
飲物は冷えたお酒やジュースを取り揃えている。(帝国の技術を駆使した魔導冷蔵庫が自慢)
冷えた羊乳や果実のジュース、濃い目の紅茶を湯上りに一杯が通、というポスターが貼られている。
飲物を入浴時に湯船へと持ち込むことが可能。
「持込桶」とスタッフに声をかければ、飲み物の容器が倒れにくい細工を施した専用の桶を貸してもらえる。
桶に一緒に入る程度の料理であれば一緒に持ちこめる。
【調理棟】
持ち込みでのご飲食を望まれるお客様向けとして、貸出可能なキッチンスペースを食事棟の隣に併設。
魔導コンロもあるが、温泉蒸気を利用する蒸し竈が常に使える状態になっている。
【大部屋棟】
仮眠、休憩用の施設。
温泉に近い場所にあり、湯上りの身体を冷ましたり歓談も可能。
寝椅子やソファー、簡易ベッドが並び、簡易的な仕切りを使うことで隣席のお客様からの視線を遮る仕様が基本。
天候不良時の食事処としての機能をもたせるため、折り畳み式のテーブルセットもある。
食事棟から屋根付きの専用通路があるので、移動時の心配もなくなった。
【宿泊棟】
大部屋棟よりも奥、温泉から少し離れているため、少し歩くことになる場所に建っているが、移動中に見える庭が整えられ散歩気分で楽しめる。
個室での宿泊を希望される方向けの別棟。部屋にはトイレと寝具といった程度の設備。
飲食物は基本的に各自で運んでもらう形だが、事前連絡があればスタッフによる手伝いが可能。
*簡易見取り図*
【男湯】【足湯】【大部屋棟】【宿泊棟】
【混浴】【足湯】【食事棟】【庭園】
【女湯】【足湯】【調理棟】
事後処理がすべて終わったと、そう言いきれはしないけれど。
それなりに事態が落ち着いてきたその日、ゾンネンシュトラール帝国第三師団シュラーフドルン師団長のカミラと、エルフハイム長老のユレイテルは、久しぶりの会談の機会を設けた。
「とりあえず、だ」
「……」
言葉で説明するのも、聞くのも。億劫になったとか、そんなわけではないけれど。
カミラが差し出すパンフレットを、無言で受け取るユレイテル。
それだけで意図は伝わった。なにせ『APV温泉のご案内』っておおきく書いてあるのだから。
「日程を合わせて、うちのも、そちらのも。なにがなんでも……強引だろうと休ませる方向で進めるからな」
巫女が休むなら、浄化術の護衛に出ていた帝国兵の休みもとりやすい。
巫女が出掛ける場所に、護衛達も出掛ければ、互いに休暇だろうと目は届きやすいし、安心もしやすい。
仕事と同じ面子ばかり揃うことにはなるけれど、一応は『普段と違う場所』『羽を伸ばすための場所』だ、どんなに少なく見積もっても、気分転換にはなるだろう。
「そうだな……」
過保護と言われるかもしれないが、しかし、これだけの体制を整えているからこそ安心して送り出せるというもの。
全員を一度には無理だ。いつぞやの合コンもどきと同じように、人数を分けて、しかし日程は集中させて……
ふと窓の外を見れば、雪がちらついている。
「更に寒くなるのか」
「積もるな、これは」
カミラも視線を遠くにやっている。
「雪かきの人員手配もしなくてはな……ああ、この調子なら、温泉に行く日は雪遊びも出来るんじゃないか」
「防寒用の支度を……雪遊び?」
首を傾げるユレイテルに、小さく目を見開くカミラ。
「知らないのか?」
「? ああ、森の中はさほど積もらないからな」
森の中は木々に遮られるためか、あまりたくさんの雪を見ることがない。外に出るようになってユレイテルもずいぶんと見慣れてきたつもりだが。巫女達はまだ外に出るようになって数年かそこらだ。天候の悪化が予想されるときは出るのも控えさせていた……つまり、真っ白な世界を見たことはないだろう。
温泉施設の近くならすぐに体を温める事も出来る場所だから、浄化の仕事で行くよりも安全に楽しめるだろう。
●季節イベントはじめました
「これで例の企画を実行できますね!」
オフィスの窓から寒空を見上げ、フクカンが笑顔を浮かべる。
「こうなったら早速準備をしませんと」
「今年も寒くなって……どうしたのかな?」
温かいお茶を飲んでいたシャイネが、フクカンの隣から画面をのぞき込む。
「雪像イベント?」
APV温泉で催しをする、その企画書らしい。
「へぇ♪ 期間は……あ、これなら丁度、僕も行く日だね」
「じゃあ現地で会えますね! 期間中は出張扱いで泊りがけなんです」
少しだけ俯くフクカン。
「タングラムさまのお世話ができなくなりますけど……これも私のお仕事ですし!」
にぱっと笑ってから、ふんすと両手を握り込む。
「ところでシャイネさんはどうしてですか?」
最近忙しくしてたのは知ってますけど。
「休み……なんだけど、他にもお休みをもらる子達の引率を、少しね。僕もそれなりにAPV温泉に行っているわけだからね♪」
「あ、巫女の皆さんですか?」
「そうだよ。帝国内が少しでも落ち着いてるうちにって、ね♪」
今日は、知り合いのハンターにも声をかけておこうかと思って来ていたんだよ?
●APV温泉概要~パンフレット(1019年版)より簡易的に抜粋~
【男湯】【女湯】【混浴】
設立当時に協力したハンター達の作成した設計図を元に作られており、仕切りや脱衣所の壁には、リアルブルーの頑丈な設計技術が取り入れられている。
風呂桶、取っ手のついた湯汲み桶、簡易椅子、石鹸など基本的なものは用意されている。
温泉マナーとして「着衣入浴の禁止」「タオルを湯船に付けるのは禁止」となっているが、【混浴】のみ、水着の着用やタオルを巻いての入浴が可能。
貫頭衣風の入浴着の貸出はある。
【足湯】
普段通りの着衣のままでも温泉を楽しめる。
足湯の形状や大きは様々。お一人様でも、カップルでも、大人数でも楽しめるようになっている。
足湯それぞれに簡易テーブルが備え付けられているので、飲食もしやすい。
基本的には、通年、温泉と同じ湯を流している。
夏期:温泉ではなく水を張っている区域を設け、避暑としての活用が可能。
冬期:生姜や柚子といった、体を温める効果のあるものを湯に入れている区域があり、温泉とは違った味わい(香り)が楽しめる。
幻獣達とも温泉を楽しめるよう、プール並に広い区画を新設。
大型のワイバーンなどでも大丈夫なように深くなっている箇所もあるため、幻獣達は全身入浴が可能。
【食事棟】
【足湯】の近く、ベンチに囲まれている建物。
建物自体は調理専用で、利用者への飲食物の販売カウンターがある。
温泉の熱い湯気を利用した蒸し料理を中心に提供している。
特に名物となっているのが「温泉芋」で、甘みが強く感じられると好評。
野菜やヴルスト、羊肉など食事向きのもの、甘い餡を入れた饅頭(季節によって餡が変わる)もある。
飲物は冷えたお酒やジュースを取り揃えている。(帝国の技術を駆使した魔導冷蔵庫が自慢)
冷えた羊乳や果実のジュース、濃い目の紅茶を湯上りに一杯が通、というポスターが貼られている。
飲物を入浴時に湯船へと持ち込むことが可能。
「持込桶」とスタッフに声をかければ、飲み物の容器が倒れにくい細工を施した専用の桶を貸してもらえる。
桶に一緒に入る程度の料理であれば一緒に持ちこめる。
【調理棟】
持ち込みでのご飲食を望まれるお客様向けとして、貸出可能なキッチンスペースを食事棟の隣に併設。
魔導コンロもあるが、温泉蒸気を利用する蒸し竈が常に使える状態になっている。
【大部屋棟】
仮眠、休憩用の施設。
温泉に近い場所にあり、湯上りの身体を冷ましたり歓談も可能。
寝椅子やソファー、簡易ベッドが並び、簡易的な仕切りを使うことで隣席のお客様からの視線を遮る仕様が基本。
天候不良時の食事処としての機能をもたせるため、折り畳み式のテーブルセットもある。
食事棟から屋根付きの専用通路があるので、移動時の心配もなくなった。
【宿泊棟】
大部屋棟よりも奥、温泉から少し離れているため、少し歩くことになる場所に建っているが、移動中に見える庭が整えられ散歩気分で楽しめる。
個室での宿泊を希望される方向けの別棟。部屋にはトイレと寝具といった程度の設備。
飲食物は基本的に各自で運んでもらう形だが、事前連絡があればスタッフによる手伝いが可能。
*簡易見取り図*
【男湯】【足湯】【大部屋棟】【宿泊棟】
【混浴】【足湯】【食事棟】【庭園】
【女湯】【足湯】【調理棟】
リプレイ本文
●足湯
ちいさな鈴の音が、ソナ(ka1352)の行く先を示してくれる。庭園の木々にかかる雪が帽子のように見えるなと眺めていたら、バーニャがぴょんと跳ねた証拠にひときわ大きな鈴の音。
「あっちから美味しそうなにおいがしますね」
庭園の中に入っていこうとするバーニャに伝えれば、一度ソナを見上げて、指さす先へとくるりと向いて。確かめるように鼻をひくつかせるその可愛らしさについ、微笑みが零れる。
温泉特有の強い匂いはあるけれど、その中に確かに混じる、土の恵みの香り……蒸されて、本来の甘みが増している野菜はきっと美味しいはず!
「!」
「足湯に浸かりながら、お食事もできるみたいだよ?」
ピンと耳がたっているから、バーニャの興味を惹けたとわかる。改めて手を繋ぎなおして、ソナは食事棟を目指した。
深く、ゆっくりと息を吐くユリアン(ka1664)。
(東方だと龍脈に通じてるって話だったかな)
マテリアルがじんわりと、足元から染みこんでくる気がして。
「不思議だね……」
少しずつ形作られていく雪像を眺めていれば、くつくつと笑い声がする。
「賑やかで良いこった」
盃を傾ける劉 厳靖(ka4574)も同じように。雪景色の中の知り合いの顔を眺めている。
「お前も呑むか?」
予備の盃ならあるぞ?
回数を重ねた分勝手も分かるというもので。シルヴェイラ(ka0726)が運んできた蒸し料理を摘むエルティア・ホープナー(ka0727)。雪を見たのはほんの短い時間で、今は魔導スマートフォンの説明書きを眺めている。
相変わらずな様子を隣から眺めながら、シーラは湯に浮かぶ丸い果実に視線を向けた。これも蒼界の思想、いや知識だろうか。
「たまにはこうやってのんびりするのも悪くないものだね、エア」
声をかければ、視線がシーラへと向かう。
「シーラ、私ね。蒼の地でスマートフォンで読書している人を見たの」
フリックを試しながら続ける。
「アレが羨ましかったのだけれど……紙の質感に勝たないわね……?」
シーラにも試すように勧める。
「でもコレなら遠慮なく読書が出来るのよね」
悩ましいと、シーラだからこそ見つけられる表情が告げている。
「紙の方が良いのは同意する。非効率かもしれないが、ね」
読んでいる実感を得られるからと続く。
「非効率……効率化……ええ、そうね……」
幻獣達と楽しめる足湯は、様々な種族に対応できるよう浅い場所もある。ソナに裾をあげてもらったバーニャが散歩気分で動き回れる広さもあるのだ。
食事を終えたソナも一緒になって、浅い湯の中を歩いてみる。腹ごなし気分もあるが、足湯の区画は見晴らしがいいこともあって、周囲の景色が見渡せるおかげで見るものにも困らない。
「?」
立ち止まったバーニャの視線を辿れば、広場のようになっている場所に、何人もの人たちが集まっているようで。
「……何か作っていますね?」
足が自然とそちらに向かう様子に気付いて、視線を近くしようと縁に一度腰掛ける。
「雪作っているみたい……雪像、でしたっけ」
転がる雪玉を見ながら、ポスターがあったことを思い出す。また、バーニャの耳がピンと立っている。
「私達も参加してみましょうか」
●雪遊び
「……着いてきてくれて、おおきに、竜胆」
光を跳ね返す真白の雪と、輝く薄蒼。眩し気に見上げて微笑みを向ける浅黄 小夜(ka3062)の隣から、小さく喉を鳴らすように声が返る。その視線の先に湯気が見えて、小夜は安堵の息を小さく零した。
(興味ないわけじゃない、なら。よかった)
あまり肯定の意思を示さない相棒との関係はまだ手探りだ。蒼の瞳に期待の光があるのかどうか、背伸びして覗き込もうとすれば、どうしたと問うように竜胆の顔が小夜の近くに寄った。
「温泉も、だけど。後のお楽しみ……竜胆のこと、もっと知りたい思うんよ」
瞳に籠もる感情が出にくいのか種の違いかはこれからも探っていくことにして。改めて今日の予定を伝える。仲良くなるには、お互いの呼吸をより添わせるところから。
「雪で竜胆……作りはったら、可愛いでしょう……?」
(こういう寒い時はあったか~い鍋!)
龍園での雪とともに藤堂研司(ka0569)が思い出すのは楽しく騒いだ思い出だ。
「よし、冷たい雪であたたかい鍋物を作るギャップ!」
これこそ今日の雪像にぴったりだ!
考えに満足した研司は気付いていない。ゆるりと首を傾げている竜葵の様子に。
「まずは下拵えから! 竜葵、手伝ってー!」
雪をかき集める研司を見て覚えた竜葵も、雪を掬い上げるようにして集め始めるのだった。
「雪像かぁ……スウス、何か作ってみよう?」
そう声をかけた深守・H・大樹(ka7084)に頷いてすぐ、スウスはリアンとリオンに身振りで伝えているらしい。
「ふたりも、雪運びを手伝って貰いたいんだ……って、あれ?」
しゃがみ込んで目線を合わせようとした大樹に軽く吠えることで答えた二頭は、スウスの示した先に我先にと駆けていく。
どうやらスウスの指示が大樹の言葉と同じだったらしい。雪ソリの定位置に辿り着いて、大樹の到着を待っている。
「ありがとう、今行くよ!」
楽しい時間になりそうな予感に、大樹の微笑みが零れた。
はじめはほんの小さな雪玉でも、転がせば転がすほど体積は増していく。
「まだだ……まだいける!」
転がしている自分自身か、それとも育っていく雪玉か。ボルディア・コンフラムス(ka0796)は気合を入れながら雪玉を転がしていた。
力の限り、そして雪が許す限り……
「冷たいのを楽しむのはいいけど、ずっとそのままにしてちゃ駄目だからね?」
手袋しなきゃ駄目だよと巫女達に注意しながら、キヅカ・リク(ka0038)はそつなく保護者をやっている。
そんなリクの保護者ぶりに姉気分が擽られている高瀬 未悠(ka3199)。
「手先が器用だと思ってたけど……すごく上手ね」
教え方も上手いようで、巫女達の手際も良くなっているのが分かる。
「作り終わったら、私にもアドバイスしてもらえる?」
本命は教わってからにするとして。承諾を貰えた未悠は、まずは皆の手伝いからと動き始めた。
魔導カメラの撮影データを確認ているのは鳳凰院ひりょ(ka3744)。
「リアルなのもいいが……ここはあえて可愛らしさをだな」
相棒のワイバーンに様々なポーズをとってもらい、細部も補完したデータは貴重な資料だ。愛着ある相棒の姿に頷きながら、魅力を引き出せる様手を加えていく。デフォルメを加えたことで、更に可愛らしい雰囲気が強調できるのだ。
(普段なら難しい向きも可能では?)
美術的な知識を総動員し始める。自分の目で見るだけでなく、あえてカメラで撮影して平面で確認したりとチェックにも余念がない。
大きな魔導ポットを運ぶ未悠、その後ろのミラが一歩進むごとに鈴が鳴っている。
歩くリズムに合わせ歌いながら、未悠が示す相手に籠から取り出したカップを渡す。
くるくるり、にゃぁっ♪
織り交ぜられる軽快なターンにあわせて、二つの鈴が響きあう。蜂蜜と果汁をお湯で割った飲み物を休憩代わりに配りながら、未悠とミラのちいさなパレードはもうしばらく続くのだ。
転がせなくなるまで大きく、それだけでかまくらが作れそうな雪玉を体に。もう一つの雪玉を乗せるために竜胆や竜葵たちワイバーンの手も借りて、その巨大雪だるまは完成した!
「いい眺めだな!」
顔を付けるついでにそのてっぺんまで登って、周囲を見渡すボルディア。仕切られた温泉の中までは覗けないことに安堵しつつ、色々な形の足湯や、他の皆の作った雪像が視点を変えて楽しめる。
(んー……階段付けるか?)
のぼれたのは身軽に動けるボルディアだからだ。一般客にもこの景色を楽しんでもらうなら、足場はしっかりしていた方が良いだろう。
「降りながら作るか!」
(あれっ?)
気付いたら巫女達と同数の雪玉が出来ている。そう、あまりの笑顔に誰も止められず、2個に留まらなかったのだ。
「とりあえず重ねようか!」
巫女達渾身の雪玉達(一部)を一か所にぶつけあって塊に。よし、これ身体ね!
残りの雪玉達はその上にどかぐしゃぎゅっぎゅっと……よし、歪だけどこれ頭で!
(これがキヅカ式雪だるまってことで)
しかし大事なその言葉を口にしていないので、巫女達はこれが正式な雪だるまだと思っているはずだ。
適当に拾った枝で顔(と言えばそう見える気がする)を作る。
「ハジャだしこんなもんでしょ」
バーニャよりも小さな雪ウサギをいくつか並べてみたソナの前で、バーニャはまだまだ雪と戯れたりない様子。
もう一度見渡してから、ひとつ頷いて。
「それじゃあ、踏み固めるのを手伝ってね?」
しっかりしたものを作りたいから。ソナの考えを聞いたバーニャがぴょんと跳ねた。
花やキノコといったファンシーな雪オブジェが皆の雪像を賑やかしている。ひとつひとつは単純な形だけれど、だからこそ簡単に可愛らしく作れる。未悠が作っていたのを見た巫女達が途中から参加し始めたので、十分な数を揃えるのにそう時間はかからないだろう。
手の空いたリクを確保して、ならばと未悠も本気の雪像作りに取り掛かった。
(必要なのは気合と集中力。でも一番大切なのは、愛!)
想いのたけを全て籠めて、作るのは勿論……!
「これこそ可愛いと格好いいの集大成だな」
完成した雪像を撮影していくひりょ。戻ったらモデルである相棒のワイバーンに見せて、どれだけ拘ったかを語るつもりで何枚もシャッター音が鳴っている。
「……このあとは皆の作品もだ」
自分のように相棒の姿を模した雪像が多いことはわかっている、それぞれに籠められた想いを知るためにも、一通り見学して……
「温まりながら、話を聞けたら楽しそうだ」
集めた雪を積み上げたら、リアンとリオン、スウスに上から踏み固めてもらう。全体を見て整えながら、大樹は作りたい雪像、家について考える。
(中までは難しいから、外観だけになるけど。パパさんとママさんのお家が作れるかな)
今だって簡単に思い描ける。想像しているだけでも、胸のあたりが温かく感じられる気がして。
「……冷たい雪なのに、不思議だね」
微かによぎる疑問に首を振れば、三頭がこちらを見上げている。
「あ、ごめん。落ち込んでるわけじゃないんだ」
育ててくれた義両親の家は今の自分にとって大事な場所のひとつ。勿論、共に過ごし、こうして心配してくれる彼等も今の自分の家族だ。
スウスに相談しながら形を作っていくと……なんだか、自分よりも手際がいいような気がする?
(やっぱりユキウサギって、専門家なのかな)
滑り台のついた雪のドーム。ソナとバーニャが離れた後も子供達に人気のようだ。うさぎの形の飾りもあって、見た目も可愛らしい仕上がり。
子供たちの歓声が聞こえる度に耳をぴくりとそちらに向けるバーニャに微笑みながら、ソナ達は再び足湯を楽しんでいる。今度はお饅頭と温かいお茶も一緒だ。雪に触れて冷えた身体をしっかりと温める。
「あの子達とも遊びたい?」
黒の瞳が輝く様子に、また笑みを深くして。
「食べ終わったら、もう一回行こう、ね」
きっちり固めた雪玉を削って作った鍋は渾身の力作。それを飾る展示台の如く炬燵をつくりあげ、中心に鍋を据えたところで研司の勢いが止まらなくなった。
「鍋は大勢で囲むものだしな!」
気付けば炬燵の周りに雪玉を積み上げていたし、自分達を模した雪像が増えていた。
その雪像の中でも竜葵と竜胆の分を作ったのは小夜だ。竜胆のミニチュアを作ってコツを掴んだ彼女は、研司と鍋の共同作業に勤しんだのだ。
「私は等身大で行きますよ!」
そう気合を入れて百鬼 一夏(ka7308)が完成させた雪像は、頭が3つある雪だるまだった。
皆がその正体に首を傾げる中、小夜が雪像をじっと見つめて、尋ねる。
「一夏のおねえはんの相棒て、確か……ポロウ?」
等身大、というところから一番近い大きさの幻獣を挙げた。
「はい、私の相棒ポロウです! 可愛く出来ました!」
曇りない夕日色の眼がきらきら輝く。ここまで自信満々だと突っ込む側に勇気が必要だと言うもの。そんな周囲の戸惑いは気にせず、小夜は改めて雪像を見つめる。
確かに真ん中のでっぱりを嘴だと考えて見なおせば。その雪玉が頭で。両側に並んだ雪玉は翼……っぽい? かも?
「大きく作るの大変でした、ね」
一夏の手に触れて確かめる。ほぅと息をはきかけて。
「そうかもですけど、愛情込めて雪、いっぱい集めました!」
「完成したわ! タイトルは『愛しの皇子様~Love! Love! Love! ~』よ!」
未悠が指し示す先には薔薇の花が咲き誇り花弁が舞い散っている、その中を微笑みを湛えて佇む帝国軍人……そう、シグルド!
勿論すべて雪である。リクの助言をもらった後ノンストップで完成にこぎつけたそれは執念、ではなく愛情の深さを示すように完成度がとても高い。
なにせ等身大である。未悠は己の記憶にあるすべてのシグルド像をもってして再現したのである!
周囲のファンシーなオブジェが視界に入っているはずなのに、そこだけ別世界で認識されるレベルである。なお周囲が感心している中、未悠は現在リクによって雪像シグルドと記念撮影中だ。
手袋越しでも、手が冷えているのが分かる。
「リクのお兄はん、おおきに……」
雪像と、相棒の竜胆と。揃って一緒の写真を撮ってもらった小夜はほうと手に息を吐きかける。隣で静かに待つ竜胆も寒くないだろうかと、そっと見上げて。
「近くに居るだけでも、温かい筈」
竜胆は入るだろうかと伺えば、ゆっくりと湯船に向かい進んでいる。溢れる湯の量を気にしたのか、湯の中に入る動きもゆっくりだ。その大きな体が確かに入りきれる大きさのだという事実に知らず声が漏れた。
「足湯……?」
ヒトが落ちないように手すりはもちろん、足を置きやすい高さの段差もあることを確認してから腰を落ち着かせた。座面が濡れないように排湯もしっかりしているらしい。
●男湯
全身浸かって呑むから気持ちよく酔えるんだ! がっしと厳靖に肩を組まれ、ユリアンは男湯へと連れ去られる。
「さっきと違うんだ」
持込桶の中のグラスに首を傾げれば、当たり前だと頷く厳靖。
「さっきの熱燗は身体を温めるためだがな、今度は中から冷やす!」
喉ごしがいいんだこれが。
「それ、悪酔いするんじゃ……?」
「これくらいで酔っちゃ漢じゃないな」
それはうわばみの厳靖だから言えることなのだが。
(自然に気をつかえるくらいにゃ、戻ってきたんだろうかねぇ)
雰囲気が変わったようにも見えるけれど。さて前の時は……思い出しながら、ユリアンの横顔を眺める厳靖。
「ま、少しはマシな顔つきになったじゃねーか。吹っ切れたか?」
「吹っ切れた、と言うか……諦めてるって方が近いかな」
下降を意味する言葉を口にはするけれど、その表情に悲壮感は浮かんでいない。
「俺自身の限界を見つけたって言いきるわけじゃないけど。どうしてもそれ以上の自分が思い浮かばなくて」
目指したいものに駆け寄って、辿り着いたとして。その先で何を為せるかが見えない時がある。
「でも、諦めたくないものもあるから……諦めたなりに、頑張るよ」
「戦が終わったら身を固めたりとか、しないの?」
しんみりとした空気を散らしたくて、新しい風を呼びこんだつもりのユリアン。
「ん? そうは行ってもなぁ、相手がいねーからな」
酒のせいだけじゃない笑みが厳靖の顔に浮かぶ。とっておきの肴を目にしたと言わんばかりで。
「お前さんの方こそ、どうなんだぁ?」
「俺は……んんっ! 柚子湯行こう!」
ザバァと立ち上がる。
「そろそろ喉も乾いたし、シャイネさんオススメの柚子茶飲みたいし?」
「柚子が好きすぎるだろ。そんなことよりさぁ。居るんだろ相手?」
「いや柚子の香りに包まれて寝たいなと思って……!」
●混浴
APV温泉の混浴には専用の脱衣所というのが存在しない。男湯と女湯、それぞれの脱衣所か等は入れるように通路でつないであるからだ。
「だから、ざくろは男だってばー!」
男性用の脱衣所がざわついたと思えば、時音 ざくろ(ka1250)の声が響き渡る。これはAPV温泉に彼が来訪する度毎回の事だ。施設の設立当時からよくあることなので従業員が態々
確認に来ることもない。なにせざくろは設立時に温泉の良さを熱く語った人物だ。従業員内で知らぬ者はいない、名誉従業員扱いなので!
「二十歳になっても間違われるなんて」
蒼界における成人を迎えているわけで、大人の魅力を身に着けている筈なんだけどなあ、などと思いながら妻達の待つ混浴へと向かうざくろ。
「お時ちゃん遅いですの!」
仁王立ちと見まごうほどに堂々と立つ八劒 颯(ka1804)が、ざくろが来たのに気付くとすぐに手招き迎え入れる。
「ってちょっと待って待って!? どうしてなにも着てないのっ?」
真っ赤な顔で慌てるざくろだって、タオルを手に持っている以外全く同じなのだが。
「はい?」
首を傾げる颯は心底不思議そうだ。
「タオル? 水着? なんでそれが必要なんですの?」
パンフレットも確かめている颯である。確かに混浴に限り着用が可能だと書かれていたが、別にそれは義務ではないのだ。
「お時ちゃんも言っていたではありませんの、日本式の温泉ならそれは譲れないって」
それに何も恥じることはないのだと、更に胸をはった。
(颯さんの話を考えれば、このタオルは要らないのでは……?)
しっかり巻いたタオルの裾をつまみ、外すべきか悩み始めるサクラ・エルフリード(ka2598)。
「ざくろは男だからいいの! ざくろは、その、奥さんの身体が他の人に見られるのが……その、やだなあ、なんて……とにかく、このタオルで隠して!」
聞こえてきたざくろの声でその一線は今守られた。とりあえず!
(確かに、人の目もあるからな)
思いはするものの、白山 菊理(ka4305)はそれを口に出すことはしない。一応ワンピースタイプの水着を着用しているが、きっと意味がなくなるだろうと予想が出来ているからだ。
(私も慣れてきたな……)
でも、それは別に悪いものではないと思っている。皆と共に過ごす時間が楽しく、自分の変化を受け入れている証拠なのだから。
「久しぶりにあれ、やってあげましょうか、ざくろん?」
自身の前に置いた椅子を指し示し誘うのはアルラウネ(ka4841)である。もう一方の手にはしっかりと石鹸が握られている。
そう、妻達による洗浄である!
「えっ……☆」
照れながらもいそいそと座るざくろ。
「それじゃあはじめるわね?」
アルラウネの合図にあわせて、颯が右腕、菊理が左腕に抱きつく。それを確認してから、アルラウネはざくろの正面へと回った。
「えっ? えっ!?」
驚きつつも、ざくろの視線はアルラウネの布面積が少ない胸元に向かっている。泡が増える度に水着も、肌も滑りやすくなっていく。
「後でしっかり返してもらうからね~♪」
既に泡は十分と水着を脱いだアルラウネが正面から迫る!
「全く、相変わらずですねぇ」
湯船の縁に腰かけて、舞桜守 巴(ka0036)はそっと自身を抱く。
大きな戦いが始まりそうだから、夫婦でゆっくりしよう、そう言って皆に声をかけたざくろと、自分と同じく嫁である仲間達を眺めながら物思いにふける。
確かに節目の時なのだろうと思う。世界にとっても、自分達……特に、自分達にとっても。
(今日は調子が良い日で良かった。そろそろ、動けなくなりそうですし……)
そっと自らの腹部に触れる。まだ目立たないが、確かにそこに在るいのち。
女性が好きなのは変わらないが、気付けばざくろという例外が出来て、皆と共に結婚して。こうして子を宿すことになるなんて。
(……感慨深いですわね)
果汁のコップを巴にと差し出すアデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)。
「……やはり、最後の最後に踏みとどまれるのは気力ですからね」
英気を養うというのも良いものですね、そのアデリシア自身は透明さが美しいとされている酒、その杯を傾けている。
「雪見酒というのも風流という奴です、ご相伴……は今は難しいでしょうから、気分だけでも」
体を温め過ぎず、冷やし過ぎず。何より水分摂取は大事な身でしょうから。
「これも美味しかったから……ざくろん、はい、あーん♪」
あえてざくろの顔の前に身を乗り出して、自分から遠い料理をとるアルラウネ。勿論谷間の強調は忘れていない。そもそも何も隠してないので、ざくろの視界は完全に肌色一色だ。
「はわ、はわわわ」
「はいっ☆ 美味しい~?」
慌てて開いた口にそっと一口分を入れて、にっこりと笑顔を向ける。
「はやておすすめのこっちも食べてですの!」
「これも美味かった、よかったらどうだ」
気付けば給仕合戦になっている。洗浄大会に引き続き、第二ラウンドといったところだろうか?
「美味しそうですね……私もいただきますね」
そこに混ざるまだ素面のサクラが、温泉の熱か皆の雰囲気か、むしろ両方にのぼせて近くにあったコップをあおる。
「あぁっサクラそれは!」
こくこく……ぷはぁ♪
「はふ……美味しいですね♪」
顔に赤みが増すサクラ。冷えた酒は通常よりまわるのがはやいのだ。そう、酒である!
「もっと熱くなって来ましたね……ざくろさんの言葉は嬉しいですけど、お湯の中ですし。タオル、これなら要らないですよね……♪」
するりとタオルを外し、適当に放る脱ぎ上戸のサクラ。そのままコップに次の酒を注ぎ始める。
「もう一杯……」
「まってサクラ! それ、ざくろも飲みたいな?」
だからくれない? 見つめてそう頼めば、満面の笑みでコップを押し付けてくるサクラ。間違いない、酔っ払いだ!
「ふぐっ!?」
気合で飲むのだ、漢気を見せるんだざくろ!
「ざくろさん、ちゃんと飲んでますか……ほら、ぐぐっと……」
「ぐっ……んむ~~!」
(これで気圧されるようではまだまだですね……)
羨ましそうな視線も、色が混じる視線も。全て気にせずに過ごす自分達に声をかけるような兵は居ないらしいとアデリシアは俯瞰する。
(まだまだアイドリング程度なのに……)
だからこそ楽しいのだけれど。
「菊理さんも、ほら、ぐぐっと……」
「酒は遠慮しておく。昼夜関係なく眠ってしまうからな……」
「なぁに~、きくりんは夜に供えておきたいんだ~?」
「なっ、そういうつもりでは……!」
咄嗟に否定の言葉を続けようとしたが、本当にそうだろうか? 自問が菊理の頭の中でくるくると回っている。
(夫婦での温泉旅行……なのだし……)
「サクラさん、その杯は私が受けましょう」
私はそれくらいじゃ酔いませんからとアデリシアが気を引く横で、アルラウネはまだ菊理を揶揄っている。
「恥じらいで隠すには今更だしね~。きくりんも脱いじゃえ~」
「そうですの、皆裸なのだから気にする方が無駄ですの!」
颯も加勢して、菊理の水着が風前の灯火!?
「程々にしなさいねー、のぼせてしまいますよ」
そこで待ったをかけた巴に、ざくろがそっと近寄る。
「そう言う巴が一番心配だよ。そろそろ上がろうか?」
「そうですね、長湯は良くないそうで……出来たら続きは、お部屋でなんて如何?」
「え、でも……巴は……」
「勿論、しーっかり見学させてもらいますからね?」
視るだけでもしっかり参加は出来るんですよ、なんて微笑みに、皆が息を飲んだ。
●女湯
「いつまでも入っていられそう……」
やはり温泉は冬がいいと思う灯(ka7179)が吐息を零す。
「去年も一緒に入ったニャスネ。確か初夏だったニャス?」
ミア(ka7035)が首を傾げるのにあわせて、波紋が広がっていく。
「お2人と出逢ったばかりの頃でしたね」
「ニャはは、前も今も、裸ん坊の付き合いニャスなぁ♪」
変わらず仲良しだとミアと灯が笑いあう。
(こんな可愛らしい子ら、見ただけで減るわ)
2人を見守る白藤(ka3768)は同意の相槌をしながらも周囲への警戒を忘れない。
(覗き死すべし慈悲はあらへん……うちが護らな)
胸内で気合を入れ直す。
「……あ」
「なんや灯、不審者か!」
「いえ? ちょっとゆだってきたかもしれません……?」
「結構時間たってるニャスな」
「出よか、急いで……は難しいか、うちが支えたる」
「ありがとうございます、白藤さん」
「冷たいミルク、楽しみニャス!」
ミアの声に、灯の表情が常に戻る。
「ええ……水分は大事ですよ」
「案外大丈夫そうやな?」
元気ならよかったわ。くすりと笑う白藤の先導で脱衣所へと戻っていく。
●足湯
熱中している間には気づかなかった心地よい疲労感が研司を包んでいる。
「どうよ竜葵! いいもんだろう!」
湯の中をゆっくりと進み竜胆の隣に落ち着いた相棒へと声をかける。どことなく緩んだ空気を感じて笑みが浮かんだ。
(リラックスできてるようで何より!)
竜葵も自分も。大きな戦いが備えているとわかっているからこそだ。
「足だけなのに、身体全部が温かくなりますね!」
小夜と同じように手を温めようとしていた一夏が、次第に温もっていく実感に驚いている。
「全身浸かって血行を良くするもんだが、こうして足からじんわり温めるのも良い文化でな……」
説明しながらも、自分の足元から順にマッサージを施すのは研司。一通りを終わらせたら、上半身をごろりと椅子に横たえた。無防備だとも言える。
「こうしてスイッチ切り替えて休むのも大事だよ、ね、小夜さん」
「……はい、そうやと思います」
説明に聞き入り、物知りな研司に内心で称賛を送っていた小夜は少しだけ反応が遅れる。
「疲れちゃったかな? そうだ、甘いもの貰ってくるか!」
饅頭がある筈と、勢いをつけて体を起こす研司。
「皆の分頼むなら手伝おう」
ひりょとリクも立ち上がる。
「竜葵ー、俺の分も小夜さん達、見といてくれ!」
ユキウサギがしっかり浸かれる深さなら、柴犬も十分に温まれる。
「スウスもリアンもリオンも……お湯加減どう?」
尋ねる大樹に返されるのは、ぐっと親指を立ててみせるスウスに、機嫌よく振られる二つの尻尾。そして勿論、尋ね返してくる三対の視線。
「僕? 丁度いいくらいだよ」
裸の付き合いには少し勇気が必要だというのもあるけれど。こうして彼等と一緒に楽しみたかったから選んだ足湯だ。
飲み物も美味しいしね、と笑い返せば、皆納得したようで。
「今日は楽しかったー」
改めて言葉に出せば、思っていたよりのんびりした声になった。
(帰ったら、どんなふうに伝えようかな)
今は隣に居ないけれど。友達の隣も、家族の傍や、家と同じで大樹にとっては大事な場所だ。このあたたかい気持ちをお土産話にしようと、微笑みながら考えはじめる。
(お土産も売っていたし、それも買って……)
その様子を、三頭も楽しげに見守っていた。
●食事棟
「ふむ、湯上りに一杯のぅ」
ポスターに書かれた通の文字にどこか心をくすぐられる。ネフィルト・ジェイダー(ka6838)が注文するのは林檎ジュースだ。きゅっと身体に芯が通るような冷たさはあるが、身体が冷えると言うほどでもない。
「にしし、いい具合に腹が刺激されたようじゃの」
意識を向けた分だけ、食事棟から流れて来る美味しそうな匂いが鼻腔を擽った。
「苺餡があるニャス! こっちは林檎ニャスな、芋も……流石帝国ニャス」
「二人に着せるんなら……ミアこっち来ぃ? このカフェオレっぽい色のやつあててくれる?」
饅頭と、貸し出し用の上着選びに夢中な2人に微笑んでから、灯は見つけたばかりの、小物が並ぶ棚に近寄る。きらりと光ったように見えたものの正体が気になった。
萌黄色の一つ星、小さな星達をちりばめて象られた星、翼のように連なった白の双星。木彫りに彩色されたお守りは同じものがなくて。
(白藤さんと、ミアさん……なら、3つ目のこれが私でしょうか)
閃いてすぐに購入。後で手渡すつもりだから、小袋に入れて貰う。
「灯のはこれでええ?」
赤の一着をもってきた白藤も小物に気付く。自分用は百合のような白だ。
「土産物? 折角やし3人でお揃いの何かが欲しいなぁ」
「お饅頭も買ったニャス♪」
ミアも揃って小物を見つめる。
髪でも服でも使えそうなピン。揃いの形として選んだのは小花で、色は各自で好きに選んだ。
瑠璃の青を、柘榴の赤を、翡翠の緑を。ひとつのピンに、小花は双つ。
「知った声が聞こえたと思ったのじゃが?」
首を傾げるネフィルト。入れ違いだったらしい。
(じゃが何の餡か、情報は手に入ったのぅ)
どれにしようと悩んで、迷って……
「うむ、迷うなら全て試せばいいのじゃな!」
饅頭はそう大きいものではないし、他のメニューはスタッフに言えば量の調整も出来るとのこと。足りなければ、その時はおかわりすればいいのだ。
「温泉の後といったら牛乳! ……え、置いてるのは羊乳?」
驚いている研司がまさにいい例だ。牛乳を求めて羊乳を渡されるハンター達の姿がそこかしこで見られる。
「確かに王道だな……え、牛乳じゃないのか?」
ひりょも驚いている。蒼界出身者は特に、牛乳になじみ深いせいで反動が強い。
「キヅカさんに聞いたんだけどな?」
周囲を見渡すが、誰も布教者であるキヅカの姿を見つけられない。
「まあいいか! フルーツ羊乳にトライするからな!」
羊乳に果汁、加工前の果物を手に調理棟へと研司は向かっていく。
そんな牛乳間違いの宣教師ことリクが何をしていたかというと……男湯で泳いでいた。
清掃の為に一度閉まる間際、その30分前。貸し切り状態である。誰の目もないので平泳ぎだって余裕である。
(あー、これはいくつになってもやめられないね!)
数度の往復を終えて、全身の力を抜きぷかりと浮かぶ。勿論仰向けだ。
スタッフに退出の声を掛けられるまで、リクは全身で湯を堪能していた。
●女湯
「あ゛~……いいなぁ~……」
盃片手についつい声が漏れる。すぐ傍に浮かべた持込桶の中にはおかわり用の徳利もまだ並んでいる。
「お酒だけだと悪酔いするらしいわよ?」
心配した未悠から差し出されるのは温泉芋だ。
「だぁ~いじょうぶだって、でもツマミになりそうだし貰っとく、ありがとな~」
既に酔いかけの口調だが動きはまだ素面だ。
(いつか一緒に来たいわ……)
泊まりの温泉旅行と言えばやはり新婚旅行だろうか? 湯上りのうなじ、浴衣姿に漂う大人の……
「きゃ~~~っ!」
駄目だと思いつつも繰り広げられた妄想によって未悠、ノックアウト!
「キヅカさんに教わったので完璧です!」
一夏も布教された一人だ。羊乳だろうと気にせず、作法に則って腰に手を当てるポーズも完璧。
足湯でじんわり温めるのも良かったけれど、全身温かさに包まれたあとの格別な一杯。
「お風呂で解された身体にきゅぅっと染みわたります!」
一気飲みも良かったけれど、もう一杯、今度はじっくり味わおうかな?
●足湯
「ふぅん……?」
飽きもせずパンフレットを読むていで、J・D(ka3351)は周囲を眺めている。
見取り図を見ながら、観光代わりだとすべての施設を回っているので、実際はもうパンフレットなんて必要がないのだ。
ただサングラスの奥の視線と意識がパンフレットに向いているのだと示す小道具として便利なので、そのまま重用している。それも今日この場限りだろうけれど。
(一声かけてやりゃァ良かったか)
見知った顔も知らない顔も行き交っている。賑わいの中、ここに来たら喜んだかもしれない少女の顔を思い浮かべる。時々飯を共にする程度の仲と言えばそれまでだが。
(このあたりは好きそう……か?)
単に自分が旨いと思うだけかもしれない。傍らのテーブルから温泉芋を摘み、軽く首を傾げる。
「もっと甘いものがいいのかねェ」
女子だから、と言ってしまえば単純な理由だが。
「饅頭なら幾つかあったのじゃよ?」
空いた席……浸かる足湯を探す中。聞こえた声につい答えるネフィルト。
「ほらこの通り、苺に林檎に……まさかの芋だけで二種類じゃ」
楽し気なネフィルトにJ・Dも相槌をうった。助言者の存在はありがたい。
「温泉芋でも結構甘いが、まさかの芋餡。もう一種類は……甘藷だっけか?」
「店の者はそう言ってたのぅ」
デフォルメされた焼き印のおかげで中の餡を間違う事もない。
「成程なァ、助かる。土産用があるなら、纏めて買ってみるとするかね」
「喜んでもらえることを祈っておるよ」
●宿泊棟
「早速ー……女子バナナ!」
バナナ1本をマイク代わりに、残りの房はおやつに。ミアが笑顔で声をあげる。
「恋バナ?」
「じゃあしーちゃんから恋バナニャス!」
早速バナナが向けられる。
「あんまえぇ恋愛してへんかったし……」
「今の理想でもいいと思うニャス♪」
「せやなぁ、浮気せん人……やろか」
その無理やり笑ったようなその目で過去が少し感じとれる。灯とミアが白藤の両側からそっと身を寄せる。
「気になる人がいるんです」
打ち明けるように灯が紡ぐ言葉。
「でも……生き急いでいるように見える彼に尋ねたいだけなのかも」
その瞳が捉える世界はどんなものなのか。それを隣で、近くで見る許可が欲しいだけかもしれない。それを恋と呼んでいいのか自信がない。
「二人の恋は実ると思うニャスよ♪」
大切な2人への願いに続けて、自分の理想を語る。
「只一緒にいられればいいとか、好きな人が幸せになってくれたらそれでいいとか、そういうのはイヤニャス」
互いに互いのものになって、隣に居るのを当たり前にして。自分が幸せにしたい。照れたように笑って。
「ミアは、我儘なんニャス」
「好きな人が笑ろてくれたら素敵やね」
2人の未来を祈ってこぼれ出た言葉に気恥ずかしくなる。
「ああ、もぉ……欲深いなってまうから、ここまで!」
もう寝よ、な?
「ねぇシーラ」
振り向けば、頁を捲る手が止まっている。視線を辿れば窓の外、空へと向かっていた。本でも、幼馴染の自分でもなく。既に居ない男のための青色に小さく胸が痛む。
「私、物語は好きだけど……現実を捻じ曲げてまで紡ぎたいとか、そう思っているわけじゃないの」
「わかっているさ」
それだけ彼の存在が大きかったことに驚きはするけれど。
(いけないな……)
嫉妬なんて馬鹿げている。
未だ空を見上げているエアはシーラの様子に気付くことなく続けている。
「それでも、彼にはもっと早く会いたかったわ」
驕るつもりではなく、事実として。可能性はそこに在ったと思えたから。
「……もっと違う物語を、一緒に紡げたかもしれないもの」
エアの視線が本に戻り、栞を挟んでから表紙を撫ぜる。本という、体裁を整えられた物語。丁寧に綴じられた装丁を確認してから、シーラへと向き直る。
「シーラも一緒にやってくれるでしょう?」
そこに男の存在が在っても無くても。自分が一緒だということは変わらないその言葉にシーラの痛みは引いていく。
(本当に、馬鹿げていたな)
改めて想像をしてみれば、確かに。趣味に没頭する2人の世話を、自分は変わらずしているのだろう。手間は増えるだろうけれど、それでも。
「ああ、楽しいものかもね」
●翌朝
「英気を搾りきりましたからね。ざくろさんの朝食は、より精のつくものを選ばないといけないでしょう」
昨日見た品書きを思い出すアデリシアを筆頭に、妻達の肌はつやっつやに輝いていた。
ざくろ? そこでしなびてますが何か?
●後日
雪だるま(?)をバックに、巫女達の写真を渡された某長老の一言。
「せめて目は珈琲豆にしてくれ」
小物の売り上げ報告を聞いた長老の一言。
「むしろそのままネットショップに格上げを依頼するか……?」
各種饅頭を渡された顔役から一言。
「なんで酒じゃねーんですか?」
土産の饅頭と手料理のトレードに応じた師団長の一言。
「蒸したてが食べたい、次の休みはいつだ!」
ちいさな鈴の音が、ソナ(ka1352)の行く先を示してくれる。庭園の木々にかかる雪が帽子のように見えるなと眺めていたら、バーニャがぴょんと跳ねた証拠にひときわ大きな鈴の音。
「あっちから美味しそうなにおいがしますね」
庭園の中に入っていこうとするバーニャに伝えれば、一度ソナを見上げて、指さす先へとくるりと向いて。確かめるように鼻をひくつかせるその可愛らしさについ、微笑みが零れる。
温泉特有の強い匂いはあるけれど、その中に確かに混じる、土の恵みの香り……蒸されて、本来の甘みが増している野菜はきっと美味しいはず!
「!」
「足湯に浸かりながら、お食事もできるみたいだよ?」
ピンと耳がたっているから、バーニャの興味を惹けたとわかる。改めて手を繋ぎなおして、ソナは食事棟を目指した。
深く、ゆっくりと息を吐くユリアン(ka1664)。
(東方だと龍脈に通じてるって話だったかな)
マテリアルがじんわりと、足元から染みこんでくる気がして。
「不思議だね……」
少しずつ形作られていく雪像を眺めていれば、くつくつと笑い声がする。
「賑やかで良いこった」
盃を傾ける劉 厳靖(ka4574)も同じように。雪景色の中の知り合いの顔を眺めている。
「お前も呑むか?」
予備の盃ならあるぞ?
回数を重ねた分勝手も分かるというもので。シルヴェイラ(ka0726)が運んできた蒸し料理を摘むエルティア・ホープナー(ka0727)。雪を見たのはほんの短い時間で、今は魔導スマートフォンの説明書きを眺めている。
相変わらずな様子を隣から眺めながら、シーラは湯に浮かぶ丸い果実に視線を向けた。これも蒼界の思想、いや知識だろうか。
「たまにはこうやってのんびりするのも悪くないものだね、エア」
声をかければ、視線がシーラへと向かう。
「シーラ、私ね。蒼の地でスマートフォンで読書している人を見たの」
フリックを試しながら続ける。
「アレが羨ましかったのだけれど……紙の質感に勝たないわね……?」
シーラにも試すように勧める。
「でもコレなら遠慮なく読書が出来るのよね」
悩ましいと、シーラだからこそ見つけられる表情が告げている。
「紙の方が良いのは同意する。非効率かもしれないが、ね」
読んでいる実感を得られるからと続く。
「非効率……効率化……ええ、そうね……」
幻獣達と楽しめる足湯は、様々な種族に対応できるよう浅い場所もある。ソナに裾をあげてもらったバーニャが散歩気分で動き回れる広さもあるのだ。
食事を終えたソナも一緒になって、浅い湯の中を歩いてみる。腹ごなし気分もあるが、足湯の区画は見晴らしがいいこともあって、周囲の景色が見渡せるおかげで見るものにも困らない。
「?」
立ち止まったバーニャの視線を辿れば、広場のようになっている場所に、何人もの人たちが集まっているようで。
「……何か作っていますね?」
足が自然とそちらに向かう様子に気付いて、視線を近くしようと縁に一度腰掛ける。
「雪作っているみたい……雪像、でしたっけ」
転がる雪玉を見ながら、ポスターがあったことを思い出す。また、バーニャの耳がピンと立っている。
「私達も参加してみましょうか」
●雪遊び
「……着いてきてくれて、おおきに、竜胆」
光を跳ね返す真白の雪と、輝く薄蒼。眩し気に見上げて微笑みを向ける浅黄 小夜(ka3062)の隣から、小さく喉を鳴らすように声が返る。その視線の先に湯気が見えて、小夜は安堵の息を小さく零した。
(興味ないわけじゃない、なら。よかった)
あまり肯定の意思を示さない相棒との関係はまだ手探りだ。蒼の瞳に期待の光があるのかどうか、背伸びして覗き込もうとすれば、どうしたと問うように竜胆の顔が小夜の近くに寄った。
「温泉も、だけど。後のお楽しみ……竜胆のこと、もっと知りたい思うんよ」
瞳に籠もる感情が出にくいのか種の違いかはこれからも探っていくことにして。改めて今日の予定を伝える。仲良くなるには、お互いの呼吸をより添わせるところから。
「雪で竜胆……作りはったら、可愛いでしょう……?」
(こういう寒い時はあったか~い鍋!)
龍園での雪とともに藤堂研司(ka0569)が思い出すのは楽しく騒いだ思い出だ。
「よし、冷たい雪であたたかい鍋物を作るギャップ!」
これこそ今日の雪像にぴったりだ!
考えに満足した研司は気付いていない。ゆるりと首を傾げている竜葵の様子に。
「まずは下拵えから! 竜葵、手伝ってー!」
雪をかき集める研司を見て覚えた竜葵も、雪を掬い上げるようにして集め始めるのだった。
「雪像かぁ……スウス、何か作ってみよう?」
そう声をかけた深守・H・大樹(ka7084)に頷いてすぐ、スウスはリアンとリオンに身振りで伝えているらしい。
「ふたりも、雪運びを手伝って貰いたいんだ……って、あれ?」
しゃがみ込んで目線を合わせようとした大樹に軽く吠えることで答えた二頭は、スウスの示した先に我先にと駆けていく。
どうやらスウスの指示が大樹の言葉と同じだったらしい。雪ソリの定位置に辿り着いて、大樹の到着を待っている。
「ありがとう、今行くよ!」
楽しい時間になりそうな予感に、大樹の微笑みが零れた。
はじめはほんの小さな雪玉でも、転がせば転がすほど体積は増していく。
「まだだ……まだいける!」
転がしている自分自身か、それとも育っていく雪玉か。ボルディア・コンフラムス(ka0796)は気合を入れながら雪玉を転がしていた。
力の限り、そして雪が許す限り……
「冷たいのを楽しむのはいいけど、ずっとそのままにしてちゃ駄目だからね?」
手袋しなきゃ駄目だよと巫女達に注意しながら、キヅカ・リク(ka0038)はそつなく保護者をやっている。
そんなリクの保護者ぶりに姉気分が擽られている高瀬 未悠(ka3199)。
「手先が器用だと思ってたけど……すごく上手ね」
教え方も上手いようで、巫女達の手際も良くなっているのが分かる。
「作り終わったら、私にもアドバイスしてもらえる?」
本命は教わってからにするとして。承諾を貰えた未悠は、まずは皆の手伝いからと動き始めた。
魔導カメラの撮影データを確認ているのは鳳凰院ひりょ(ka3744)。
「リアルなのもいいが……ここはあえて可愛らしさをだな」
相棒のワイバーンに様々なポーズをとってもらい、細部も補完したデータは貴重な資料だ。愛着ある相棒の姿に頷きながら、魅力を引き出せる様手を加えていく。デフォルメを加えたことで、更に可愛らしい雰囲気が強調できるのだ。
(普段なら難しい向きも可能では?)
美術的な知識を総動員し始める。自分の目で見るだけでなく、あえてカメラで撮影して平面で確認したりとチェックにも余念がない。
大きな魔導ポットを運ぶ未悠、その後ろのミラが一歩進むごとに鈴が鳴っている。
歩くリズムに合わせ歌いながら、未悠が示す相手に籠から取り出したカップを渡す。
くるくるり、にゃぁっ♪
織り交ぜられる軽快なターンにあわせて、二つの鈴が響きあう。蜂蜜と果汁をお湯で割った飲み物を休憩代わりに配りながら、未悠とミラのちいさなパレードはもうしばらく続くのだ。
転がせなくなるまで大きく、それだけでかまくらが作れそうな雪玉を体に。もう一つの雪玉を乗せるために竜胆や竜葵たちワイバーンの手も借りて、その巨大雪だるまは完成した!
「いい眺めだな!」
顔を付けるついでにそのてっぺんまで登って、周囲を見渡すボルディア。仕切られた温泉の中までは覗けないことに安堵しつつ、色々な形の足湯や、他の皆の作った雪像が視点を変えて楽しめる。
(んー……階段付けるか?)
のぼれたのは身軽に動けるボルディアだからだ。一般客にもこの景色を楽しんでもらうなら、足場はしっかりしていた方が良いだろう。
「降りながら作るか!」
(あれっ?)
気付いたら巫女達と同数の雪玉が出来ている。そう、あまりの笑顔に誰も止められず、2個に留まらなかったのだ。
「とりあえず重ねようか!」
巫女達渾身の雪玉達(一部)を一か所にぶつけあって塊に。よし、これ身体ね!
残りの雪玉達はその上にどかぐしゃぎゅっぎゅっと……よし、歪だけどこれ頭で!
(これがキヅカ式雪だるまってことで)
しかし大事なその言葉を口にしていないので、巫女達はこれが正式な雪だるまだと思っているはずだ。
適当に拾った枝で顔(と言えばそう見える気がする)を作る。
「ハジャだしこんなもんでしょ」
バーニャよりも小さな雪ウサギをいくつか並べてみたソナの前で、バーニャはまだまだ雪と戯れたりない様子。
もう一度見渡してから、ひとつ頷いて。
「それじゃあ、踏み固めるのを手伝ってね?」
しっかりしたものを作りたいから。ソナの考えを聞いたバーニャがぴょんと跳ねた。
花やキノコといったファンシーな雪オブジェが皆の雪像を賑やかしている。ひとつひとつは単純な形だけれど、だからこそ簡単に可愛らしく作れる。未悠が作っていたのを見た巫女達が途中から参加し始めたので、十分な数を揃えるのにそう時間はかからないだろう。
手の空いたリクを確保して、ならばと未悠も本気の雪像作りに取り掛かった。
(必要なのは気合と集中力。でも一番大切なのは、愛!)
想いのたけを全て籠めて、作るのは勿論……!
「これこそ可愛いと格好いいの集大成だな」
完成した雪像を撮影していくひりょ。戻ったらモデルである相棒のワイバーンに見せて、どれだけ拘ったかを語るつもりで何枚もシャッター音が鳴っている。
「……このあとは皆の作品もだ」
自分のように相棒の姿を模した雪像が多いことはわかっている、それぞれに籠められた想いを知るためにも、一通り見学して……
「温まりながら、話を聞けたら楽しそうだ」
集めた雪を積み上げたら、リアンとリオン、スウスに上から踏み固めてもらう。全体を見て整えながら、大樹は作りたい雪像、家について考える。
(中までは難しいから、外観だけになるけど。パパさんとママさんのお家が作れるかな)
今だって簡単に思い描ける。想像しているだけでも、胸のあたりが温かく感じられる気がして。
「……冷たい雪なのに、不思議だね」
微かによぎる疑問に首を振れば、三頭がこちらを見上げている。
「あ、ごめん。落ち込んでるわけじゃないんだ」
育ててくれた義両親の家は今の自分にとって大事な場所のひとつ。勿論、共に過ごし、こうして心配してくれる彼等も今の自分の家族だ。
スウスに相談しながら形を作っていくと……なんだか、自分よりも手際がいいような気がする?
(やっぱりユキウサギって、専門家なのかな)
滑り台のついた雪のドーム。ソナとバーニャが離れた後も子供達に人気のようだ。うさぎの形の飾りもあって、見た目も可愛らしい仕上がり。
子供たちの歓声が聞こえる度に耳をぴくりとそちらに向けるバーニャに微笑みながら、ソナ達は再び足湯を楽しんでいる。今度はお饅頭と温かいお茶も一緒だ。雪に触れて冷えた身体をしっかりと温める。
「あの子達とも遊びたい?」
黒の瞳が輝く様子に、また笑みを深くして。
「食べ終わったら、もう一回行こう、ね」
きっちり固めた雪玉を削って作った鍋は渾身の力作。それを飾る展示台の如く炬燵をつくりあげ、中心に鍋を据えたところで研司の勢いが止まらなくなった。
「鍋は大勢で囲むものだしな!」
気付けば炬燵の周りに雪玉を積み上げていたし、自分達を模した雪像が増えていた。
その雪像の中でも竜葵と竜胆の分を作ったのは小夜だ。竜胆のミニチュアを作ってコツを掴んだ彼女は、研司と鍋の共同作業に勤しんだのだ。
「私は等身大で行きますよ!」
そう気合を入れて百鬼 一夏(ka7308)が完成させた雪像は、頭が3つある雪だるまだった。
皆がその正体に首を傾げる中、小夜が雪像をじっと見つめて、尋ねる。
「一夏のおねえはんの相棒て、確か……ポロウ?」
等身大、というところから一番近い大きさの幻獣を挙げた。
「はい、私の相棒ポロウです! 可愛く出来ました!」
曇りない夕日色の眼がきらきら輝く。ここまで自信満々だと突っ込む側に勇気が必要だと言うもの。そんな周囲の戸惑いは気にせず、小夜は改めて雪像を見つめる。
確かに真ん中のでっぱりを嘴だと考えて見なおせば。その雪玉が頭で。両側に並んだ雪玉は翼……っぽい? かも?
「大きく作るの大変でした、ね」
一夏の手に触れて確かめる。ほぅと息をはきかけて。
「そうかもですけど、愛情込めて雪、いっぱい集めました!」
「完成したわ! タイトルは『愛しの皇子様~Love! Love! Love! ~』よ!」
未悠が指し示す先には薔薇の花が咲き誇り花弁が舞い散っている、その中を微笑みを湛えて佇む帝国軍人……そう、シグルド!
勿論すべて雪である。リクの助言をもらった後ノンストップで完成にこぎつけたそれは執念、ではなく愛情の深さを示すように完成度がとても高い。
なにせ等身大である。未悠は己の記憶にあるすべてのシグルド像をもってして再現したのである!
周囲のファンシーなオブジェが視界に入っているはずなのに、そこだけ別世界で認識されるレベルである。なお周囲が感心している中、未悠は現在リクによって雪像シグルドと記念撮影中だ。
手袋越しでも、手が冷えているのが分かる。
「リクのお兄はん、おおきに……」
雪像と、相棒の竜胆と。揃って一緒の写真を撮ってもらった小夜はほうと手に息を吐きかける。隣で静かに待つ竜胆も寒くないだろうかと、そっと見上げて。
「近くに居るだけでも、温かい筈」
竜胆は入るだろうかと伺えば、ゆっくりと湯船に向かい進んでいる。溢れる湯の量を気にしたのか、湯の中に入る動きもゆっくりだ。その大きな体が確かに入りきれる大きさのだという事実に知らず声が漏れた。
「足湯……?」
ヒトが落ちないように手すりはもちろん、足を置きやすい高さの段差もあることを確認してから腰を落ち着かせた。座面が濡れないように排湯もしっかりしているらしい。
●男湯
全身浸かって呑むから気持ちよく酔えるんだ! がっしと厳靖に肩を組まれ、ユリアンは男湯へと連れ去られる。
「さっきと違うんだ」
持込桶の中のグラスに首を傾げれば、当たり前だと頷く厳靖。
「さっきの熱燗は身体を温めるためだがな、今度は中から冷やす!」
喉ごしがいいんだこれが。
「それ、悪酔いするんじゃ……?」
「これくらいで酔っちゃ漢じゃないな」
それはうわばみの厳靖だから言えることなのだが。
(自然に気をつかえるくらいにゃ、戻ってきたんだろうかねぇ)
雰囲気が変わったようにも見えるけれど。さて前の時は……思い出しながら、ユリアンの横顔を眺める厳靖。
「ま、少しはマシな顔つきになったじゃねーか。吹っ切れたか?」
「吹っ切れた、と言うか……諦めてるって方が近いかな」
下降を意味する言葉を口にはするけれど、その表情に悲壮感は浮かんでいない。
「俺自身の限界を見つけたって言いきるわけじゃないけど。どうしてもそれ以上の自分が思い浮かばなくて」
目指したいものに駆け寄って、辿り着いたとして。その先で何を為せるかが見えない時がある。
「でも、諦めたくないものもあるから……諦めたなりに、頑張るよ」
「戦が終わったら身を固めたりとか、しないの?」
しんみりとした空気を散らしたくて、新しい風を呼びこんだつもりのユリアン。
「ん? そうは行ってもなぁ、相手がいねーからな」
酒のせいだけじゃない笑みが厳靖の顔に浮かぶ。とっておきの肴を目にしたと言わんばかりで。
「お前さんの方こそ、どうなんだぁ?」
「俺は……んんっ! 柚子湯行こう!」
ザバァと立ち上がる。
「そろそろ喉も乾いたし、シャイネさんオススメの柚子茶飲みたいし?」
「柚子が好きすぎるだろ。そんなことよりさぁ。居るんだろ相手?」
「いや柚子の香りに包まれて寝たいなと思って……!」
●混浴
APV温泉の混浴には専用の脱衣所というのが存在しない。男湯と女湯、それぞれの脱衣所か等は入れるように通路でつないであるからだ。
「だから、ざくろは男だってばー!」
男性用の脱衣所がざわついたと思えば、時音 ざくろ(ka1250)の声が響き渡る。これはAPV温泉に彼が来訪する度毎回の事だ。施設の設立当時からよくあることなので従業員が態々
確認に来ることもない。なにせざくろは設立時に温泉の良さを熱く語った人物だ。従業員内で知らぬ者はいない、名誉従業員扱いなので!
「二十歳になっても間違われるなんて」
蒼界における成人を迎えているわけで、大人の魅力を身に着けている筈なんだけどなあ、などと思いながら妻達の待つ混浴へと向かうざくろ。
「お時ちゃん遅いですの!」
仁王立ちと見まごうほどに堂々と立つ八劒 颯(ka1804)が、ざくろが来たのに気付くとすぐに手招き迎え入れる。
「ってちょっと待って待って!? どうしてなにも着てないのっ?」
真っ赤な顔で慌てるざくろだって、タオルを手に持っている以外全く同じなのだが。
「はい?」
首を傾げる颯は心底不思議そうだ。
「タオル? 水着? なんでそれが必要なんですの?」
パンフレットも確かめている颯である。確かに混浴に限り着用が可能だと書かれていたが、別にそれは義務ではないのだ。
「お時ちゃんも言っていたではありませんの、日本式の温泉ならそれは譲れないって」
それに何も恥じることはないのだと、更に胸をはった。
(颯さんの話を考えれば、このタオルは要らないのでは……?)
しっかり巻いたタオルの裾をつまみ、外すべきか悩み始めるサクラ・エルフリード(ka2598)。
「ざくろは男だからいいの! ざくろは、その、奥さんの身体が他の人に見られるのが……その、やだなあ、なんて……とにかく、このタオルで隠して!」
聞こえてきたざくろの声でその一線は今守られた。とりあえず!
(確かに、人の目もあるからな)
思いはするものの、白山 菊理(ka4305)はそれを口に出すことはしない。一応ワンピースタイプの水着を着用しているが、きっと意味がなくなるだろうと予想が出来ているからだ。
(私も慣れてきたな……)
でも、それは別に悪いものではないと思っている。皆と共に過ごす時間が楽しく、自分の変化を受け入れている証拠なのだから。
「久しぶりにあれ、やってあげましょうか、ざくろん?」
自身の前に置いた椅子を指し示し誘うのはアルラウネ(ka4841)である。もう一方の手にはしっかりと石鹸が握られている。
そう、妻達による洗浄である!
「えっ……☆」
照れながらもいそいそと座るざくろ。
「それじゃあはじめるわね?」
アルラウネの合図にあわせて、颯が右腕、菊理が左腕に抱きつく。それを確認してから、アルラウネはざくろの正面へと回った。
「えっ? えっ!?」
驚きつつも、ざくろの視線はアルラウネの布面積が少ない胸元に向かっている。泡が増える度に水着も、肌も滑りやすくなっていく。
「後でしっかり返してもらうからね~♪」
既に泡は十分と水着を脱いだアルラウネが正面から迫る!
「全く、相変わらずですねぇ」
湯船の縁に腰かけて、舞桜守 巴(ka0036)はそっと自身を抱く。
大きな戦いが始まりそうだから、夫婦でゆっくりしよう、そう言って皆に声をかけたざくろと、自分と同じく嫁である仲間達を眺めながら物思いにふける。
確かに節目の時なのだろうと思う。世界にとっても、自分達……特に、自分達にとっても。
(今日は調子が良い日で良かった。そろそろ、動けなくなりそうですし……)
そっと自らの腹部に触れる。まだ目立たないが、確かにそこに在るいのち。
女性が好きなのは変わらないが、気付けばざくろという例外が出来て、皆と共に結婚して。こうして子を宿すことになるなんて。
(……感慨深いですわね)
果汁のコップを巴にと差し出すアデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)。
「……やはり、最後の最後に踏みとどまれるのは気力ですからね」
英気を養うというのも良いものですね、そのアデリシア自身は透明さが美しいとされている酒、その杯を傾けている。
「雪見酒というのも風流という奴です、ご相伴……は今は難しいでしょうから、気分だけでも」
体を温め過ぎず、冷やし過ぎず。何より水分摂取は大事な身でしょうから。
「これも美味しかったから……ざくろん、はい、あーん♪」
あえてざくろの顔の前に身を乗り出して、自分から遠い料理をとるアルラウネ。勿論谷間の強調は忘れていない。そもそも何も隠してないので、ざくろの視界は完全に肌色一色だ。
「はわ、はわわわ」
「はいっ☆ 美味しい~?」
慌てて開いた口にそっと一口分を入れて、にっこりと笑顔を向ける。
「はやておすすめのこっちも食べてですの!」
「これも美味かった、よかったらどうだ」
気付けば給仕合戦になっている。洗浄大会に引き続き、第二ラウンドといったところだろうか?
「美味しそうですね……私もいただきますね」
そこに混ざるまだ素面のサクラが、温泉の熱か皆の雰囲気か、むしろ両方にのぼせて近くにあったコップをあおる。
「あぁっサクラそれは!」
こくこく……ぷはぁ♪
「はふ……美味しいですね♪」
顔に赤みが増すサクラ。冷えた酒は通常よりまわるのがはやいのだ。そう、酒である!
「もっと熱くなって来ましたね……ざくろさんの言葉は嬉しいですけど、お湯の中ですし。タオル、これなら要らないですよね……♪」
するりとタオルを外し、適当に放る脱ぎ上戸のサクラ。そのままコップに次の酒を注ぎ始める。
「もう一杯……」
「まってサクラ! それ、ざくろも飲みたいな?」
だからくれない? 見つめてそう頼めば、満面の笑みでコップを押し付けてくるサクラ。間違いない、酔っ払いだ!
「ふぐっ!?」
気合で飲むのだ、漢気を見せるんだざくろ!
「ざくろさん、ちゃんと飲んでますか……ほら、ぐぐっと……」
「ぐっ……んむ~~!」
(これで気圧されるようではまだまだですね……)
羨ましそうな視線も、色が混じる視線も。全て気にせずに過ごす自分達に声をかけるような兵は居ないらしいとアデリシアは俯瞰する。
(まだまだアイドリング程度なのに……)
だからこそ楽しいのだけれど。
「菊理さんも、ほら、ぐぐっと……」
「酒は遠慮しておく。昼夜関係なく眠ってしまうからな……」
「なぁに~、きくりんは夜に供えておきたいんだ~?」
「なっ、そういうつもりでは……!」
咄嗟に否定の言葉を続けようとしたが、本当にそうだろうか? 自問が菊理の頭の中でくるくると回っている。
(夫婦での温泉旅行……なのだし……)
「サクラさん、その杯は私が受けましょう」
私はそれくらいじゃ酔いませんからとアデリシアが気を引く横で、アルラウネはまだ菊理を揶揄っている。
「恥じらいで隠すには今更だしね~。きくりんも脱いじゃえ~」
「そうですの、皆裸なのだから気にする方が無駄ですの!」
颯も加勢して、菊理の水着が風前の灯火!?
「程々にしなさいねー、のぼせてしまいますよ」
そこで待ったをかけた巴に、ざくろがそっと近寄る。
「そう言う巴が一番心配だよ。そろそろ上がろうか?」
「そうですね、長湯は良くないそうで……出来たら続きは、お部屋でなんて如何?」
「え、でも……巴は……」
「勿論、しーっかり見学させてもらいますからね?」
視るだけでもしっかり参加は出来るんですよ、なんて微笑みに、皆が息を飲んだ。
●女湯
「いつまでも入っていられそう……」
やはり温泉は冬がいいと思う灯(ka7179)が吐息を零す。
「去年も一緒に入ったニャスネ。確か初夏だったニャス?」
ミア(ka7035)が首を傾げるのにあわせて、波紋が広がっていく。
「お2人と出逢ったばかりの頃でしたね」
「ニャはは、前も今も、裸ん坊の付き合いニャスなぁ♪」
変わらず仲良しだとミアと灯が笑いあう。
(こんな可愛らしい子ら、見ただけで減るわ)
2人を見守る白藤(ka3768)は同意の相槌をしながらも周囲への警戒を忘れない。
(覗き死すべし慈悲はあらへん……うちが護らな)
胸内で気合を入れ直す。
「……あ」
「なんや灯、不審者か!」
「いえ? ちょっとゆだってきたかもしれません……?」
「結構時間たってるニャスな」
「出よか、急いで……は難しいか、うちが支えたる」
「ありがとうございます、白藤さん」
「冷たいミルク、楽しみニャス!」
ミアの声に、灯の表情が常に戻る。
「ええ……水分は大事ですよ」
「案外大丈夫そうやな?」
元気ならよかったわ。くすりと笑う白藤の先導で脱衣所へと戻っていく。
●足湯
熱中している間には気づかなかった心地よい疲労感が研司を包んでいる。
「どうよ竜葵! いいもんだろう!」
湯の中をゆっくりと進み竜胆の隣に落ち着いた相棒へと声をかける。どことなく緩んだ空気を感じて笑みが浮かんだ。
(リラックスできてるようで何より!)
竜葵も自分も。大きな戦いが備えているとわかっているからこそだ。
「足だけなのに、身体全部が温かくなりますね!」
小夜と同じように手を温めようとしていた一夏が、次第に温もっていく実感に驚いている。
「全身浸かって血行を良くするもんだが、こうして足からじんわり温めるのも良い文化でな……」
説明しながらも、自分の足元から順にマッサージを施すのは研司。一通りを終わらせたら、上半身をごろりと椅子に横たえた。無防備だとも言える。
「こうしてスイッチ切り替えて休むのも大事だよ、ね、小夜さん」
「……はい、そうやと思います」
説明に聞き入り、物知りな研司に内心で称賛を送っていた小夜は少しだけ反応が遅れる。
「疲れちゃったかな? そうだ、甘いもの貰ってくるか!」
饅頭がある筈と、勢いをつけて体を起こす研司。
「皆の分頼むなら手伝おう」
ひりょとリクも立ち上がる。
「竜葵ー、俺の分も小夜さん達、見といてくれ!」
ユキウサギがしっかり浸かれる深さなら、柴犬も十分に温まれる。
「スウスもリアンもリオンも……お湯加減どう?」
尋ねる大樹に返されるのは、ぐっと親指を立ててみせるスウスに、機嫌よく振られる二つの尻尾。そして勿論、尋ね返してくる三対の視線。
「僕? 丁度いいくらいだよ」
裸の付き合いには少し勇気が必要だというのもあるけれど。こうして彼等と一緒に楽しみたかったから選んだ足湯だ。
飲み物も美味しいしね、と笑い返せば、皆納得したようで。
「今日は楽しかったー」
改めて言葉に出せば、思っていたよりのんびりした声になった。
(帰ったら、どんなふうに伝えようかな)
今は隣に居ないけれど。友達の隣も、家族の傍や、家と同じで大樹にとっては大事な場所だ。このあたたかい気持ちをお土産話にしようと、微笑みながら考えはじめる。
(お土産も売っていたし、それも買って……)
その様子を、三頭も楽しげに見守っていた。
●食事棟
「ふむ、湯上りに一杯のぅ」
ポスターに書かれた通の文字にどこか心をくすぐられる。ネフィルト・ジェイダー(ka6838)が注文するのは林檎ジュースだ。きゅっと身体に芯が通るような冷たさはあるが、身体が冷えると言うほどでもない。
「にしし、いい具合に腹が刺激されたようじゃの」
意識を向けた分だけ、食事棟から流れて来る美味しそうな匂いが鼻腔を擽った。
「苺餡があるニャス! こっちは林檎ニャスな、芋も……流石帝国ニャス」
「二人に着せるんなら……ミアこっち来ぃ? このカフェオレっぽい色のやつあててくれる?」
饅頭と、貸し出し用の上着選びに夢中な2人に微笑んでから、灯は見つけたばかりの、小物が並ぶ棚に近寄る。きらりと光ったように見えたものの正体が気になった。
萌黄色の一つ星、小さな星達をちりばめて象られた星、翼のように連なった白の双星。木彫りに彩色されたお守りは同じものがなくて。
(白藤さんと、ミアさん……なら、3つ目のこれが私でしょうか)
閃いてすぐに購入。後で手渡すつもりだから、小袋に入れて貰う。
「灯のはこれでええ?」
赤の一着をもってきた白藤も小物に気付く。自分用は百合のような白だ。
「土産物? 折角やし3人でお揃いの何かが欲しいなぁ」
「お饅頭も買ったニャス♪」
ミアも揃って小物を見つめる。
髪でも服でも使えそうなピン。揃いの形として選んだのは小花で、色は各自で好きに選んだ。
瑠璃の青を、柘榴の赤を、翡翠の緑を。ひとつのピンに、小花は双つ。
「知った声が聞こえたと思ったのじゃが?」
首を傾げるネフィルト。入れ違いだったらしい。
(じゃが何の餡か、情報は手に入ったのぅ)
どれにしようと悩んで、迷って……
「うむ、迷うなら全て試せばいいのじゃな!」
饅頭はそう大きいものではないし、他のメニューはスタッフに言えば量の調整も出来るとのこと。足りなければ、その時はおかわりすればいいのだ。
「温泉の後といったら牛乳! ……え、置いてるのは羊乳?」
驚いている研司がまさにいい例だ。牛乳を求めて羊乳を渡されるハンター達の姿がそこかしこで見られる。
「確かに王道だな……え、牛乳じゃないのか?」
ひりょも驚いている。蒼界出身者は特に、牛乳になじみ深いせいで反動が強い。
「キヅカさんに聞いたんだけどな?」
周囲を見渡すが、誰も布教者であるキヅカの姿を見つけられない。
「まあいいか! フルーツ羊乳にトライするからな!」
羊乳に果汁、加工前の果物を手に調理棟へと研司は向かっていく。
そんな牛乳間違いの宣教師ことリクが何をしていたかというと……男湯で泳いでいた。
清掃の為に一度閉まる間際、その30分前。貸し切り状態である。誰の目もないので平泳ぎだって余裕である。
(あー、これはいくつになってもやめられないね!)
数度の往復を終えて、全身の力を抜きぷかりと浮かぶ。勿論仰向けだ。
スタッフに退出の声を掛けられるまで、リクは全身で湯を堪能していた。
●女湯
「あ゛~……いいなぁ~……」
盃片手についつい声が漏れる。すぐ傍に浮かべた持込桶の中にはおかわり用の徳利もまだ並んでいる。
「お酒だけだと悪酔いするらしいわよ?」
心配した未悠から差し出されるのは温泉芋だ。
「だぁ~いじょうぶだって、でもツマミになりそうだし貰っとく、ありがとな~」
既に酔いかけの口調だが動きはまだ素面だ。
(いつか一緒に来たいわ……)
泊まりの温泉旅行と言えばやはり新婚旅行だろうか? 湯上りのうなじ、浴衣姿に漂う大人の……
「きゃ~~~っ!」
駄目だと思いつつも繰り広げられた妄想によって未悠、ノックアウト!
「キヅカさんに教わったので完璧です!」
一夏も布教された一人だ。羊乳だろうと気にせず、作法に則って腰に手を当てるポーズも完璧。
足湯でじんわり温めるのも良かったけれど、全身温かさに包まれたあとの格別な一杯。
「お風呂で解された身体にきゅぅっと染みわたります!」
一気飲みも良かったけれど、もう一杯、今度はじっくり味わおうかな?
●足湯
「ふぅん……?」
飽きもせずパンフレットを読むていで、J・D(ka3351)は周囲を眺めている。
見取り図を見ながら、観光代わりだとすべての施設を回っているので、実際はもうパンフレットなんて必要がないのだ。
ただサングラスの奥の視線と意識がパンフレットに向いているのだと示す小道具として便利なので、そのまま重用している。それも今日この場限りだろうけれど。
(一声かけてやりゃァ良かったか)
見知った顔も知らない顔も行き交っている。賑わいの中、ここに来たら喜んだかもしれない少女の顔を思い浮かべる。時々飯を共にする程度の仲と言えばそれまでだが。
(このあたりは好きそう……か?)
単に自分が旨いと思うだけかもしれない。傍らのテーブルから温泉芋を摘み、軽く首を傾げる。
「もっと甘いものがいいのかねェ」
女子だから、と言ってしまえば単純な理由だが。
「饅頭なら幾つかあったのじゃよ?」
空いた席……浸かる足湯を探す中。聞こえた声につい答えるネフィルト。
「ほらこの通り、苺に林檎に……まさかの芋だけで二種類じゃ」
楽し気なネフィルトにJ・Dも相槌をうった。助言者の存在はありがたい。
「温泉芋でも結構甘いが、まさかの芋餡。もう一種類は……甘藷だっけか?」
「店の者はそう言ってたのぅ」
デフォルメされた焼き印のおかげで中の餡を間違う事もない。
「成程なァ、助かる。土産用があるなら、纏めて買ってみるとするかね」
「喜んでもらえることを祈っておるよ」
●宿泊棟
「早速ー……女子バナナ!」
バナナ1本をマイク代わりに、残りの房はおやつに。ミアが笑顔で声をあげる。
「恋バナ?」
「じゃあしーちゃんから恋バナニャス!」
早速バナナが向けられる。
「あんまえぇ恋愛してへんかったし……」
「今の理想でもいいと思うニャス♪」
「せやなぁ、浮気せん人……やろか」
その無理やり笑ったようなその目で過去が少し感じとれる。灯とミアが白藤の両側からそっと身を寄せる。
「気になる人がいるんです」
打ち明けるように灯が紡ぐ言葉。
「でも……生き急いでいるように見える彼に尋ねたいだけなのかも」
その瞳が捉える世界はどんなものなのか。それを隣で、近くで見る許可が欲しいだけかもしれない。それを恋と呼んでいいのか自信がない。
「二人の恋は実ると思うニャスよ♪」
大切な2人への願いに続けて、自分の理想を語る。
「只一緒にいられればいいとか、好きな人が幸せになってくれたらそれでいいとか、そういうのはイヤニャス」
互いに互いのものになって、隣に居るのを当たり前にして。自分が幸せにしたい。照れたように笑って。
「ミアは、我儘なんニャス」
「好きな人が笑ろてくれたら素敵やね」
2人の未来を祈ってこぼれ出た言葉に気恥ずかしくなる。
「ああ、もぉ……欲深いなってまうから、ここまで!」
もう寝よ、な?
「ねぇシーラ」
振り向けば、頁を捲る手が止まっている。視線を辿れば窓の外、空へと向かっていた。本でも、幼馴染の自分でもなく。既に居ない男のための青色に小さく胸が痛む。
「私、物語は好きだけど……現実を捻じ曲げてまで紡ぎたいとか、そう思っているわけじゃないの」
「わかっているさ」
それだけ彼の存在が大きかったことに驚きはするけれど。
(いけないな……)
嫉妬なんて馬鹿げている。
未だ空を見上げているエアはシーラの様子に気付くことなく続けている。
「それでも、彼にはもっと早く会いたかったわ」
驕るつもりではなく、事実として。可能性はそこに在ったと思えたから。
「……もっと違う物語を、一緒に紡げたかもしれないもの」
エアの視線が本に戻り、栞を挟んでから表紙を撫ぜる。本という、体裁を整えられた物語。丁寧に綴じられた装丁を確認してから、シーラへと向き直る。
「シーラも一緒にやってくれるでしょう?」
そこに男の存在が在っても無くても。自分が一緒だということは変わらないその言葉にシーラの痛みは引いていく。
(本当に、馬鹿げていたな)
改めて想像をしてみれば、確かに。趣味に没頭する2人の世話を、自分は変わらずしているのだろう。手間は増えるだろうけれど、それでも。
「ああ、楽しいものかもね」
●翌朝
「英気を搾りきりましたからね。ざくろさんの朝食は、より精のつくものを選ばないといけないでしょう」
昨日見た品書きを思い出すアデリシアを筆頭に、妻達の肌はつやっつやに輝いていた。
ざくろ? そこでしなびてますが何か?
●後日
雪だるま(?)をバックに、巫女達の写真を渡された某長老の一言。
「せめて目は珈琲豆にしてくれ」
小物の売り上げ報告を聞いた長老の一言。
「むしろそのままネットショップに格上げを依頼するか……?」
各種饅頭を渡された顔役から一言。
「なんで酒じゃねーんですか?」
土産の饅頭と手料理のトレードに応じた師団長の一言。
「蒸したてが食べたい、次の休みはいつだ!」
依頼結果
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雑談卓 浅黄 小夜(ka3062) 人間(リアルブルー)|16才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2019/01/26 08:48:00 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/01/23 11:09:27 |