• 血断

【血断】パイルアップ・スタック

マスター:凪池シリル

シナリオ形態
イベント
難易度
やや難しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/01/31 09:00
完成日
2019/02/09 07:50

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 オペレーション・ブラッドアウト。状況開始まであと──
 集まる一行は皆固唾を飲んで、その時を待ち構えている。
 今ここに集まるのは作戦の中でも開幕、先鋒を担うべく集まった面々。
 すべきことは、端的に言えば極めて単純だった。出現する敵を、出てくる端から、その数、体勢が整わないうちに兎に角削り落とせ。
 出現する敵に完全に予測がついているわけでは無い。おそらく大量の狂気は出るだろう。だが、未知の敵も現れるだろう。多分、小型の物から順次現れるのではないか、と考えられてはいるが。
 それを踏まえて、皆それぞれに準備していた。大量に出てくる小型狂気を蹴散らすために。そのうち出るだろう大型の強力な個体に対応するために。あるいは、未知の敵に何をされても対応できるように。
 ある者はCAMに乗り、ある者は幻獣に寄り添い、そしてある者は生身で。
「……予定では、もうすぐだね」
 機導師のリッキィが、傍らにいる疾影士のシュンに語りかける。
「君はこの戦い、何が重要と考える?」
 問われて、シュンは考えを纏めるその間、ぐるりと周囲の者たちへと視線を巡らせる。
「見誤らねえこと、かな。てめえの力がどんな局面で必要で、どれほどのもんなのか。いざって時に既に消耗してたらしょーもねえ。力を使いこなせず抱えて死ぬのは話にならねえ」
「……成程。うん。そうだね」
 答えにゆっくり頷くリッキィの、否定はしないが別解があるという態度に、シュンは視線でそれを問う。
「私は、そうだね。どこまで信じるかだな。自分が必要となるその状況。その前に立つ者。その後を引き受けてくれる人。どこまで信じて託し、どこまで自分が請け負うと覚悟するのか。その見極めだ」
 そこまで言って、リッキィは最後に、「無論」、と前置きして、真っ直ぐにシュンの視線を覗き込む。
「何を信じるかと言えば、隣で、共に闘う者も、だね」
 にこり微笑んで言うと、シュンは照れくささを誤魔化すように一つ舌打ちして。
「……俺の力が何のために必要かって言ったら、まずお前を守るために決まってんだろ」
 視線を逸らしてポツリと言った。リッキィは頷く。
「うん。──……それは何より、信じてるよ」

 布陣する人員の中には、リアルブルーの残存戦力、月の転移と共に新たにハンターとなった者も数多くいた。
 彼らも、少なくとも小型狂気相手には一人一人が十分な戦力になるはずだった。特に元強化人間であったり軍系の者は、集団統率力や狂気相手への慣れという点では単純な精霊との契約の強さという点では測れない部分もあるだろう。
 高瀬 康太(kz0274)も今は、元居た統一宇宙軍の者たちと合流し、共に闘う構えだ。
「敵の中心と思われるのはやはり、狂気型、ですか。お馴染み、等と親しみのあるような言い方はしたくありませんが……しかし、我らがここに来た意義を見せるとき、ではあるのでしょうね」
 友軍に言って聞かせるように、しっかりとした声で康太は告げる。
 合わせて、いかにも軍人らしく、これまでの恨み辛み、あるいは武勇伝などを語り合い士気を高め合い──やがて。そんな軽口、無駄口、無駄ではない口すらも詰まるほどに、場に緊張が満ちていく。
 ミシリと。
 何もない空に、避けるような音を聞いただろうか?
 現れてくる。歪なクラゲじみた姿。それを一層禍々しくする一つ目。懐かしむ──ほど、最後に見たのはそれほど前でもなかっただろうか。
 そして、それはそんな暖かみのある言葉で表すような感情ではない。
 ──……そう、それは。
(何、だ?)
 あっという間に数を増やしつつある小型狂気たち。それらが『出てきている』、その空間。見通すことは出来ないその先に……。
(何が……居るんだ。何が出てくる?)
 言いようのない感覚を覚えて、康太は銃を握りなおす。
 それはひどく、身体の内側から馴染むような。
 だが決して懐かしみたくなどない感覚。
「……五月蠅い」
 湧き上がる何かを抑えるように、低く。
「今更怯えも立ち止まりも、迷いもするか……人類を守るために、VOIDは討つ! 今も昔も、僕が戦場に立つ理由はそれだ!」
 それから力強く、叫ぶ。
 一斉射撃の号令。
 オペレーション・ブラッドアウト。戦端はここに、開かれた。

リプレイ本文

 その刻が迫って。ベースから、先陣を切る面々が前線に向かい歩き始める。
 赤い空。乾いた荒野。汚染地域グラウンド・ゼロ。生命の存在を否定するかのような景色、空気。それを感じながら、抗うように歩を進め、顔を上げる。
「オペレーション・ブラッドアウト……いよいよ作戦が始まるんだね」
 ユウ(ka6891)が呟く。そっと腕を伸ばし寄り添うのは生まれたときから共に歩んできたワイバーンのクゥだ。彼女の指先がその首筋をそっと撫でると、クゥはまるで兄が妹を安心させようと微笑むかのように目を細めた。
 一人と一匹、そうして並んで征く先を見つめる。
「ここで敵をなるべく減らしておきたいですね」
 ユウの想いを継ぐようにして、そう口にしたのは夜桜 奏音(ka5754)だった。
 その傍でさらに、トリプルJ(ka6653)が豪快に笑い飛ばして見せる。
「初戦で気負って大被害なんて洒落にならんぜ。フォローするのが先にクリムゾンウェストに飛ばされてきた先達の役目ってヤツだろ」
 彼の態度に、周囲のハンターたちには思い出したように息を吐いて、肩の力を抜こうとする者も居た。
 そうして各々戦いへの気持ちを高めていく中、鞍馬 真(ka5819)は康太へと近づいていく。
 ……彼とは以前ひと悶着あって。その際は怒りからガンを飛ばしただけで、それきり、話す機会は無かった。
 直接居合わせたわけでは無かったが、強化人間を斬った真は、彼の仲間を殺したとも言えるのだろう……そのことに、負い目もある。
 でも今は、仲間であることを喜ぼう。そう思って、
「共に戦えることを嬉しく思うよ」
 そう、声をかけて。
「……皮肉にも聞こえますけどね」
 康太は、そう答えた。嫌味を感じるそれはつまり、『真が』知る康太の態度だった。思わず何とも言えない顔になる。ああ、やっぱり、そういう奴でもあるんだな、と。
 あの時ほど腹が立たないのは、棘が向かう先が己だからだろうか。そうして冷静に見れば、真と彼の実力差を認めている上での、憧憬と克己心からの反発であることは、今は多少は理解できる。
「ですが今は余計なことは考えずに、己の最善を尽くしますよ──そちらも武運を」
 それでも、蟠りを少しはどうにかしたい気持ちは向こうにもあったのだろう。少し声を抑えて康太は言うと、返事は無用と真の元を離れていく。
 そんな風に、気持ちを高めたり緊張をほぐしたりしながら待ち構えて……その時を、迎える。
「先輩風を吹かせたいところだが、敵は待ってくれそうに無いな」
 レイオス・アクアウォーカー(ka1990)が言った。
「まーた、ど正面からわらわらと……それ陽動の時も結構見たんで飽きてきた」
 一点、染み出してきたと思いきや次々と姿を現す小型狂気に、うんざりと呟くのはキヅカ・リク(ka0038)である。
 近衛 惣助(ka0510)の機体、ダインスレイブの長光が唸りを上げる。カスタムした頭部の照準器が調整音をたて、距離からの狙いを定めようとする。惣助の意志を代弁するかのように。
 前哨戦。本戦前に可能な限り敵戦力を漸減する。その為に。
(──こいつの砲撃で片っ端から片付けてやる)
 それは、惣助だけではない、誰にもわかっている、この場ですべきこと。程よい緊張が場に満ちていくのを感じて、リクは整えるように一つ息を吐いた。
「……面倒だけれどやるしかない、か」
 諦めるような一声。そののちに、自身が連れる刻令ゴーレム「Gnome」には自陣を守るための法術地雷を前線後方に等間隔に敷いておくように命じると、彼自身は前に出る。
「……いっちょ暴れますか」
 突入。彼だけではなく、決意を秘めてこの戦場に集まったハンターたち、次々と。
 接敵しようとするハンターたちに狂気の群れも押しあがってくる。熱線が次々と放たれる、理解していても、数は暴力だった。密集する光線の束、降り注いでくるそれに、新参だろうハンターたちは思わず足を止めて盾を掲げた。……契約したのは比較的最近、とはいえ。流石に戦場未経験という程未熟なものはこの場にはいない。いきなり士気崩壊、等ということは無いが、大規模戦闘の迫力は彼らを慎重にする。
 足を止めずに近寄れるのはやはりベテランの者たちだった。ある者は避ける隙など無さそうな光線の群れ、しかし統率の取れていないそれの僅かなタイミングのズレを見極めて避けて見せる。またある者は鍛え上げた防御力で弾き飛ばしながら前に出る。
 そして……──
「一斉射撃! 押し返せ!」
 戦場のあちこちで。分隊を率いる者たちだろう、兵士の号令が響き渡った。射線を集中するとはこういうことだと、まさに避けようもない弾丸の雨が狂気たちに押し寄せ押し戻す。
「新人ハンターでも元軍関係者は動きが違うな」
 レイオスが頼もしげに言った。
 ユリアン(ka1664)はグリフォンに跨り、抱くようにその首筋に手を添えて告げる。
「力、技術……足らないものは幾らでもある。でも、それでも──ラファル、行こう」
 呼びかけに、ラファルが羽ばたく。俯瞰視点から状況を把握するために。
 この時点。現れるのはひたすらに小型狂気の群れ・群れ・群れ。
 逆に言えばそれだけの今、やるべきことは今のうちに、どれほどこれを削れるか……──

 ──第一スタック、状況開始。

「クラゲだかタコとか、毎回似たような歪虚ばかりで味がないねぇ」
 向かい来る大量の敵を真正面から見据えて、龍宮 アキノ(ka6831)は心底つまらなそうにつぶやく。
「あたしの研究も滞ってるし、少しは楽しませてほしいもんだよ」
 堕杖「エグリゴリ」が掲げられる。黒きスペルアンカーから描かれるのは光の三角。頂点から生み出される光が小型狂気を一体ずつ撃ち抜いていく。
「じゃあ……まずは、行ってくるね、クゥ」
 愛龍に告げて、ユウが駆ける。雑魚しか見えない今、幻獣には力を温存しておいてもらおうというのだろう。彼女の指輪がちかりと瞬いた。小さなそこに収められた精密な機械が稼働すると彼女の身体が加速する。密集する敵の群れを、まるで実体が無いかのように彼女の身体が通り抜けていく。擦り抜けたというのは無論錯覚で、卓越した彼女の身体技能によるものだ。当然、質量を失ってなどいない。進みざま振るわれる刃はその進路上に居た狂気をすべて切り裂いていく。その直進は、食らい付く竜の咢を思わせた。
 別の一翼で、ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)が群れ来る狂気たちの前で鮮やかにその身を宙に踊らせていた。
「月面宙返り……からの連続装填乱れ打ち☆タンク忍法タイリンバズーカ!」
 高らかな声に彼女の刻令ゴーレム、ニンタンク『大輪牡丹』が機導の咆哮を上げる。高性能レンジファインダーで照準を合わせた炸裂弾が狂気の群れを纏めて飲み込んでいく。高威力の弾丸が横移動しながら次々と撃ち落としていくその様は、狂気の外見もあって往年の名作ゲーム、その有名な射撃方を思わせなくもなかった。なお感情のない狂気相手に彼女の月面宙返りに何の意味があったかは不明である。
「ルンルン忍法戌三全集陣!」
 砲撃の効果を確認すると、更に彼女自身も符術で攻撃に参加する。五色の光が降り注ぎ狂気たちの目を眩ませる。
「レグルス、私たちも行こう」
 真がイェジドに跨り広範囲となる戦場を駆け抜ける。熱線が、触手がその道行きを狙うのを巧みに躱しあるいは弾き、飛び込んでいくのはより多くの狂気が密集するその場所だった。幾多のおぞましい眼球が真へと向けられる。それが避けようもない熱線の雨となる前に、唸る風切り音と共に真が手にした大鎌がそれを薙ぎ払っていった。
 上手くポイントを狙ったため、あまりに効率よく敵を巻き込む真の薙ぎ払いは、すなわち仕留めきれない狂気が一斉に彼を標的にするという事でもあった。暴風の中を生き残り、あるいは運よくその攻撃を避け、あるいは余波の風圧に煽られた歪虚が彼に群がっていく──
「グレン、あっちだ。援護に行くぞ」
 そうした、集られた前衛を援護すべく身構えていたヴァイス(ka0364)が、やはりイェジドを駆り真の元へと近づいていく。
「巻き込みに注意を!」
 その気配に、大鎌を再び振りかざして真。
「問題ない」
 紅の獣の背に跨り、距離を保ったままヴァイスが片手を掲げる。そこに嵌められた銀の指輪がマテリアルを増幅すると、五つの魔法の矢が生み出され真の攻撃で弱った狂気に止めを刺していく。
 そうした、範囲攻撃の討ち漏らしの掃討を役割と課したのは上空で戦況を見ていたユリアンもだ。グリフォンと共に仲間と元へ向かうと、弱った敵を一体一体確実に仕留め、動く敵の数を減らしていく。
 果敢に攻め上がる歴戦のハンターたち。だが、やはりこの場の誰もがそのように立ち回れるわけでは無い。敵味方入り乱れる戦場は混迷しており、周囲が敵だらけの前衛は、今敵の数が増えているのか減っているのかなど分かりはしないだろう。取り囲まれるプレッシャーに、すでに息を上げ始める者も居る。
「出来る限りこちらで削って行けるといいのですが……。これだけ数が多いなら考えないでも当たりそうですが……」
 見まわしながら呟くのはサクラ・エルフリード(ka2598)だ。祈りの言葉は漆黒の杭と化し、包囲に強張るハンターの眼前の敵数体を縫い留める。移動を阻まれ、その歪虚に引っかかり固まる敵集団に、更に光の衝撃波を生み出し叩き込んでいく。密集地に向かったわけでは無いとはいえ、確かに考えずに撃っても何かしらは巻き込む状況ではあった。
「……止めを!」
 まとめてダメージを与え弱らせた個体を叩いてもらうよう、周囲に要請した。新規勢力のハンターたちが各々に武器を振るう──そうした顔ぶれが集まる位置に彼女は向かっていた。その数に息を呑んでいた面々も、己の一撃でそれが霧散していくのを見れば勢いを取り戻す。
 まだ多くの新規勢力が活動する今の状態に、己の力を最大限生かすより彼らの援護をすべく動いていたのは彼女だけではなかった。
 レイオスがR7エクスシア、トライアンフに乗り前線に出る。
「防御陣地なんて言えないが、これで少しはマシだろ?」
 展開されるのは射線と移動を敵のみ妨害する光の翼。……確かに、それが広がる範囲は戦場に対して十分な広さとは言えない。回り込んでくる敵も勿論次から次へと現れる。それでも、背中を預けられる場所があるのは大きいだろう。
 その、エクスシアの加護に一度だけ視線を送り、それからトリプルJは別の場所を見据える。
「今手薄なのは……あっちか」
 姿勢を低くしてイェジドに跨り、自軍の薄い場所へと向かっていく。広い戦場で加勢に行く場所はいくつか条件づけていた。
 自軍の薄い場所。新規ハンターの多い位置──特にR7を使用していない元強化人間が多い戦場。
 駆け抜け、或いは通信からそれを把握すると、無尽に戦場を走り回りながら敵を攻撃していく。他の者と違っていたのは、新人と見られるハンターに対しては気付かれぬように撃破に協力していた点だろう。悟られぬよう背後の敵を抑え込み駆け抜け様に一撃を与えては止めの機会は譲る。知らぬまま、敵を仕留めた彼らは自信と戦意を回復していく。
 入り乱れる前衛から一歩引き、中距離での射撃が飛び交うそこが、敵の発生地点と友軍の拠点を分ける境界線だ。狂気は数でそこを押しあがろうとし、ハンターたちはそれを射線で押し留め押し返す。
 固まって射撃を加えるハンターたちに向けて、狂気も熱線で撃ち返すが、しかしその全ては有効打とならない。
 神楽(ka2032)が刻令ゴーレム「Gnome」に命じて掘らせた塹壕がそこに在る。
「陣地作成は神楽土建にお任せっす! どんなのがいいか教えるっす!」
 呼びかければ中衛から後衛として参加する生身のハンターたちからあちこちに要請の声が上がった。そのまま通信を保ち、彼らとの連携網をも構築していく。塹壕作成と、新規勢力と従来のハンターたちの情報連携。神楽の立ち回りはそうした物で、この場における意味は大きかった。
 簡易な塹壕を協力して築いていく中、一端が敵に押し上げられ作業が困難になる。
「済まねえけどこっちに戦力回してほしいっす! 邪魔な敵を吹き飛ばしてくれっす!」
 その神楽が連絡を取る先はエラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)だ。神楽が新規勢力との通信に注力するならば、エラは全体の通信と情報の把握に徹底していた。攻撃は刻令ゴーレム『七竃』に任せ、自身はその傍で情報支援に重点を置いて行動している。
 大規模戦闘で無線から流れてくる情報は猛烈な渦も同然だった。ただ受け止めるだけでは即座にぐしゃぐしゃにかき混ざるそれをエラはまず脳内で三つの支流に分ける。左右翼と中央に3分割した友軍位置。どこからの情報か? 内容……敵群の分布や密度、突破状況。神楽の支援要請は右舷。敵占有位置や激戦区を踏まえ向かわせるチームを選別し連絡を取り、誘導する。今回は……。
『じゃ、キヅカさんちょっと頑張ってきてください』
『そっちが押されてるのね把握ー』
 急ぎやってきたのがリク一人だったことに、今にも攻め落とされそうな塹壕で身を縮めるハンターたちはどう思っただろうか。……そして、直後、放たれた火炎放射が押し寄せる狂気を纏めて焼き払っていったことに。
「呆けてないでこの機に押し返すっすよ!」
 神楽の号令に我に返ったハンターたちが塹壕から射撃を再開すると、迫りくる群れは急速に密度を薄めていく。暫く後に状況クリアの報告が齎されると、エラも思い出したように魔法の矢で上空を漂う敵を叩き落とした。
 とはいえ全体の状況はまだまだ一息つこうというには程遠い。
『次は戦場中央付近ですね』
『へいへい……走らせすぎじゃない?』
『敵の分布の多い処をご所望とのことでしたので』
 淡々と指示を出すエラに文句を言いながら走るリク。
 その間にも情報はエラの元へと流れ続けている。
「サリエル、敵の出現状況はどう?」
『指定ポイントを確認。敵分布状況の変化を表示します』
 戦線後方に位置したR7エクスシア、キルケーに乗り込む央崎 遥華(ka5644)が搭載したサポートロボットに問いかける。レーダーやホロサイトと共に表示内容をチェックし、エラに状況を連携しつつガトリングで周囲を掃射する。
 ……敵が出現する範囲は広い。中でも特に多く涌き出てくるポイントのようなものは無いか。遥華が探るのはそこだった。いきなりこちらの本陣に現れるほど自由に出現できるというわけでも無いらしい。出現できる位置は決まっているようだが……その範囲で、ここぞという場所は掴めない。バラバラに出現しては、こちらの同行に応じて波打つように位置を変える。
 ……ならば今はまだ、力を温存する時、か。
 己を、周囲を鼓舞すべく回線を開く。
『脚が震えて動けないと思ったら思い出しなさい! 「良かったまだ脚が透けてない」ってね!』
 叫ぶと共に、弾丸の雨がまた一体の狂気を打ち砕く。その間も、コンソールに浮かぶホログラフィックはうねり変化し続けていた。
 入り乱れる目まぐるしい戦況を、更に後方から見据え、アニス・テスタロッサ(ka0141)がぼやく。
「殴り合い続ける長丁場とか冗談じゃねぇっつの……」
 オファニム、レラージュ・ベナンディに乗り込む彼女が位置取るのは機体性能と射程を活かした完全アウトレンジ。弾幕が押し留める戦線を見据え、側面や上を回り込んでくる敵をプラズマライフルが撃ち落とす。
 ……これだけの敵の数だ。どれ程身体能力に優れ守りを固めようとも、敵自身思いもかけぬ隙を突かれたり偶々鎧の隙間に当てられたりといった消耗は避けられない。確実に己を長期運用するなら最も賢い選択ではあった。
 その精度と火力があれば一気に畳み掛けることも出来ただろう。だが彼女は今あくまでも、一体一体を確実に落とすことに集中していた。手を抜いているのではない。まだ全力を出すのはここではないというだけ。
「潰しても湧いてくるとか、ゴキブリと変わんねぇな……」
 二体。浮き上がった敵を同時に撃ち抜きながら、吐き捨てる。
 その声が聞こえたわけでは無いのだろうが。
 同じく後方に位置するCAM、魔導型デュミナスのコックピットではジーナ(ka1643)が前だけを見据え、告げる。
「要は選んで撃ち落としていけばいい」
 ──私とバレルなら出来る。それだけの話だ。
 後半は声にせずに決意をすると握りしめるトリガーを引く。ミサイルランチャーが口を開き、撃ちだされたそれが標的を目指して突き進んでいく。複数の敵を同時に標的とするのは高度な演算が必要となり本来は何度も行える技ではない……が、開幕からジーナがそれを惜しむ気配はなかった。機体にかかる負担は彼女自身の生体マテリアルで補う。長期戦への備えは、戦いが始まる前から準備済みだ。狙うは敵最前列、前に出ようとする個体。爆発に飲み込まれる敵を通信で連携した味方が追撃する。高さと射程を生かした攻撃が、仲間に敵を近づけさせない。
 別翼でまたCAMから発砲音。敵陣地で榴弾が炸裂し敵を纏めて吹き飛ばしていった。
 アニスと対照的に、このタイミングを己の主目的と定めたのが惣助だった。彼の長光が姿勢を再び制御し、精密な射撃を行うためにしっかりと固定する。
「機体固定完了……座標よし……砲撃開始!」
 徹甲榴弾が再び放たれる。惜しまぬ苛烈な砲撃が次々に敵を飲み込んで行く。砲撃機体としては前線近くに位置する彼の元に殺到しようとする狂気の群れも現れたが、貫通徹甲弾に纏めて飲み込まれていった。

 この状況で有効なのは、とにかく一度に多くの敵に、高い威力を叩き込むこと。人手を無駄なく活用することだ。二つの点を、今参戦する者たちはきちんと、バランス良く抑えられているようだった。強力な力を持つハンターがスポットで活躍し、広く分布する新人を支え地道に削り落としていく。そうして敵の総数を減らす中……敵の前進を留めている主力は、元強化人間兵の統率された射撃だった。
 組織力の高いリアルブルーの兵力が敵を包囲し、その中で強力なハンターたちが暴れまわる。……それは、そう、反影作戦の頃には確立されていた二世界の共同戦線の姿だった。
 ……ふと、過る。これが本来の形だった。強化人間の構想だったのだ。ハンターとは個の力では及ばない、だがこうした大規模な戦いでは作戦を大きく変えうるほどに作用する集団。これが。彼らの──
 筈だった。
 思わず……そう想いを過らせた者がどれ程いただろう。
 それがどうして……と、そのまま遡る記憶の時を進ませたものが。
 まるでそれに呼びこまれるかのようだった。何もない空間から、ぬう、と、それまでとは違うものが突き出てくる。闇を纏う、腕。その手にどこかで見たシルエットの巨剣。順に染み出してくる。肩が、胸が……──その個体が放つ、これまでとは違う重圧が。
 並の雑魔や歪虚とは異なる理で生み出されたそれを目にして。
「──……シェオル型か!」
 声を上げたのは誰だったか。

 ──ここからが、第二スタック。

 真っ先に動いたのは、この時が来るだろうと待ち構えていた夢路 まよい(ka1328)だった。大魔法を使うべくその魔力を収束していく。
 予め話は合わせていたのだろう。エラが七竃への命を変更した。それまで味方の範囲攻撃に重ねて殲滅速度を上げていた炸裂弾の砲撃、連続装填を命じ精度を下げてばら撒かせる。まよいの準備が完了するまでの穴埋めだ。
 まよいは練り上げる魔力をどこまで高めるか戦場を見据える。が、味方をも巻き込む術だ。ゆっくり準備させてもらう暇は無さそうだった。虚空より突如出現するという状況に加え……降り立つなり、気配で分かった。この敵の──人間へと向ける、憎悪に。それはぬるりと全身を顕現させ終えると、まっしぐらに、最も近くにいる人間へ向かい突き進んでいく!
「……っ! 天空に輝ける星々よ、七つの罪を焼き尽くす業火となれ……ヘプタグラム!」
 近寄り切られる前にまよいは魔術を発動させた。空に浮かぶ七つの頂点を持つ巨大な星の魔法陣、そこから生み出せる七つの火球がシェオルとその周辺の狂気を炎に包む。随伴するユグディラ、トラオムの歌によってその威力は幻獣の魔力も上乗せされていた。七竃の砲撃も受けていた狂気たちはこれで焼き滅ぼされた。密集していた戦場に一度空白が生まれる程の破壊力……だが、シェオルはまだそこに立っている。
 敵味方識別せずに薙ぎ払えるような攻撃を行えるのはこの機のみだった。姿を現したシェオル全て、真っ先にまずは人間の存在を感知しては猛接近する。
 大剣が降り上げられ、叩きつけられる。走る衝撃にいくつもの悲鳴が上がった。
「そのでかいのには近づくんじゃねぇぞ。お前らは引き続き小型の方をやってくれ」
 軍の者たちに告げるアニスの声は明らかに先ほどより本気度が上がっていた。狙撃を向けるとシェオルが反応する。だがその動きも演算で予測されていたのだろう、放たれた弾丸は吸い込まれるようにシェオルの肩を叩きよろめかせる。
 別の一体へはエラから情報支援を受けたリクがバイクで駆けつけて味方をその攻撃から庇える位置に立ちふさがる。
 次々とハンターたちは新手へと意識を向ける。
『一旦ここは任せるわ。しっかりね』
『ああ。任せて姉さん』
 温存のために下がる遥華に代わるように、央崎 枢(ka5153)が魔導型ドミニオン、ウォルフ・ライエに搭乗して前に出る。人型機は、枢の動きさながらに俊敏な動きで戦場を駆け抜け、密集し占有される空間もものともせずに突っ切りシェオルの元まで迫る。速さに翻弄され迎撃の間も整わぬうちに、手にした拳銃が敵を撃ち抜く。
 北谷王子 朝騎(ka5818)もここから参戦。占術により吉とした方角より戦場に突入すると、機先を制することに成功する。腕に装着したグローブの機械が稼働し、朝騎のマテリアルから符を生成する。舞い上がる符は雷撃と化し五体の狂気を一度に焼き貫いていく。それに反応し殺到する狂気が、触手を彼女に向けて伸ばしてくる。刺突、殴打、絞め上げ。そして熱線攻撃。それらの攻撃を盾で弾き落としながら彼女は戦場を前進していく。
 ユウもシェオルの元へと向かわねばと、眼前の狂気を斬り伏せると一度自陣へと振り返る。
 ……分かっていたとばかりにクウが彼女のもとへと飛来していた。熱線を掻い潜りやってくる兄と合流しようと、彼女の足が地を蹴る。そのまま足は地面を離れ、空を駈けて龍の元へ。上空で一人と一匹が再会し、そのままユウはクウに跨がって戦場を見下ろす。ファイアブレスで仲間が居ない場所を焼き払いながら……彼女は、新たな敵をはっきりと見た。
 闇に覆われ浮かび上がる、少年のようなシルエット。顔は、はっきりとした輪郭は分からない。その事が逆に、どこかで見た誰かを想像させる。そして……その身を覆う闇を見つめていると、不安な気持ちがせり上がってくる。
 近寄るな。恐ろしい。失敗作。処分しろ、早く! どうして。もうやめて──
「これは……」
 ユウが呟くと同時に。一体のシェオルの前の空間が一瞬、陽炎のように揺れた。地面をちろちろと黒い闇が這い、その場の空気が明らかに変質していく。
「ああああああああっ!?」
 そこに居たハンターの一人が、頭を抱えて呻きを上げた。次の瞬間、見境を無くしたかのように暴れまわり始める!
「え、え……嘘……だ。そん、な、これは……」
 その様子に。動揺したのは攻撃された者だけではない。その範囲を逃れ、端からその様を目の当たりにする者だった。
 ……その姿には。その感情には覚えがあった──元、強化人間だったものには。
 混乱が。士気崩壊が。数体のシェオル型の周辺で巻き起こる。ユウは一先ず、上空から確認できた位置を報告する。
 異変に勿論、近くに居たハンターたちは対応を始めている。
「そう簡単には食らわないですよ」「でちゅよ!」
 奏音が、朝騎がそれぞれ、霊符の力で周囲の仲間に向けられたもの共々汚染の侵食を弾き返し、そのままシェオルへと返す。……暴れまわるという性質上、安全は確保できないが、汚染空間を広げられることは暫くこれで防げる筈だ。
 ……だが、汚染空間自体はそのままでも、ある。その場に居るものへの侵食は続く。
 ルンルンが符術を用いてその一つを浄化するが、同じ空間は他の場所にも出現していた。
「コイツはオレがやる。邪魔が入らないようサポートを頼む」
 レイオスの機体が前進し、今度はバッドステータスから護るための結界が展開される。
 ジェネレーターで増幅されたそれは通常より高い効果を発揮するが、それでも新人に対しては万全とは言い切れないか。それも分かっているのだろう、下がって小型狂気の相手を任せるよう声をかけることも忘れない。同じように、エクスシアを駆るものたちはあちこちでイニシャライズオーバーを発動させる。
 枢は味方に襲いかかろうとする一人を機体で軽くタックルして弾き飛ばす。苦悶を上げて転がる相手に僅かに顔を歪めて、それでも冷静に救援を求める。やがてヴァイスに護衛されながらサクラが駆けつけ、神の祝福をもって正気に返らせる。
「怪我した人は集まってくださいね……。纏めて回復させて貰います……」
 サクラは次いでそう声をかける。見回す顔触れ、負傷の激しい彼らの表情には、シェオルが出てくる前までの優勢に忘れていた疲労が色濃く滲み出していた。
 ……思い出したのは、疲労だけではない者も居るのだろう。
 逃れ得た筈の地獄がまた目の前にある。理性を失うことへの。仲間を害することへの。それからの、迫害への。心が悲鳴をあげ、優勢に忘れていた疲労と苦痛が襲いかかる。
 展開した癒しの空間に、傷は癒えていく。だが。
「トラウマ……魔法で回復させられるならよいのですが……」
 呟かずには居られなかった。だが、だからこそ、彼女が嘆き、俯いている暇はない。今は……少しでも戦力の減少を防がねばならない。
 彼女が次に視線を送るのは随伴するユグディラだった。
「ヤエ、忙しいですけどそちらも回復お願いしますね……」
 優しく声をかけると、猫は頭の上で片手を挙げて応えた。
 また一つのシェオルの前では、静かな歌声が響く。真の歌う星影の唄。気持ちを静め悪意から守るための曲……だが。
(……気分が悪い)
 大鎌を二刀に持ちかえ、シェオルに対峙しながら真はその気持ちを認めていた。それが纏う闇を見つめていると、感じる。入り交じった感情は恐らく強化人間が向けられた負の感情なのだ。そう、あらゆる負の感情──後悔も、その一つ。殺さなくてはいけないのか? 何故殺さなければいけなかった?
(でも今は、私の個人的な感情は関係無い)
 感じながら、剣先は鈍らない。邪魔する雑魚を薙ぎ払い、二刀でシェオルを一気に攻め立てる。
(手を鈍らせるな。成すべきことを成すんだ)
 それでも、思い出すことも止まらない。戦いながら己に課し続ける必要があった。平常心を保つことを。だって。
 ──それでも、自分はまだマシな方なのだろうと。
 別の戦域では。トリプルJが声を張り上げていた。
「無理すんじゃねぇ! 邪神との本戦はこれからだ! お前たちが命かけなきゃならねえ戦場はここじゃねえ! 立て直すぞ!」
 顔色を、力を失うハンターたちに、トリプルJは呼び掛ける。……無理なら、退却を選べ、と。
「俺達が命賭けて戦わにゃならんのはこれからだ! 邪神戦争の本戦はまだ先なんだ! 俺達がここで瓦解したら次の戦闘で本隊をフォローする部隊が居なくなる! 無理すんじゃねぇ! 仲間を守って撤退しろ!」
 へたりこんだ一人の眼前に迫る敵がトリプルJの元に引き寄せられる。彼の連れるイェジドが数名のハンターを庇うように立ちはだかった。一人が気を取り直したのか、隣の仲間の腕を引いてしっかり立ち直らせる。新人ハンターたちはまだ戸惑うように互いに顔を見合わせていた。
 別の場所で。やはり初めから新人ハンターと共に戦い続けてきたフィロ(ka6966)が言葉をかけていた。
「これは緒戦です。何よりも大事なのは、私達が必要以上に損耗せず、敵に消耗を強いることです。邪神との戦いはこれからです、退き時を見誤ってはいけません」
 トリプルJよりは、優しく。だが混迷の戦場に掻き消されることのない。信念を込めた、尽くされた言葉。
「皆さまの力はこれから必要です。次の戦闘の支援は、皆さまの御助力にかかっています」
 フィロが、熱線に脚をやられ動けない者を背負い上げ後退を開始すると、何人かがその姿に決意を後押しされたのか、自陣に向けて移動を開始する。
 熱線を、触手を掻い潜る。シェオルの強力な一撃は率先して前に出た者が受け止めるが、遠間からもその衝撃は察せられた。敵が密集して迂回を余儀なくされる場も少なくない。傷付いた身体にそれは楽な道行きではない。崩れ落ちた四肢を、心を立て直せない者も居た。
「緒戦からハードな敵に新人達の子守ですか……一体何人生き残れるやら……」
 鹿東 悠(ka0725)がR7エクスシア、Azraelのコックピットで誰にも聞こえぬように嘯く。
「一先ず緒戦で負ける訳にはいきませんからね。ヤらせて貰いましょう」
 その顔に邪悪なまでの笑みが浮かぶ。悠のマテリアル操作を機体がトレースすると、Azraelからも炎のごときオーラが立ち上ぼり。周囲、無数の狂気の眼球が。人間を執拗に狙っていたシェオルが。一斉に彼の方を向く。
「相変わらず面白いくらいに釣れる」
 鋼鉄の兵の脚に、胴に、腕に、まとわりつこうと異形の群れが飛びかかる。それを、機銃が叩き落とす。囲まれまいと鋼鉄の兵は戦場を駆け巡った。黒い塊となった狂気の群れがそれを追う。
「来い、一匹残らず掃除してやる」
 ソウルトーチの効果はこの場において。間違いなく絶大ではあった。さして知能のない狂気たちは、視線を引かれるままに敵意を確認するままに誘引される。
 ……され過ぎる。
 この技の難点は、発動させたら効果時間が切れるまで解除が出来ない、ということだ。この規模の戦闘であればリスクも非常に大きい。そのリスクに見合うだけの機を、それで産み出せたかと言うと……結果から言えば、やや厳しい。注視自体には高い効果があっただけに、組織的、計画的に運用できていれば大きな戦果を出せたかも知れないが、機を活かせる攻撃の準備が周囲には不足していた。本作戦に参加する者はは全体的には防衛、温存の意識が強かったのだ。
 シェオル型に集中するか新人の援護を優先している中で咄嗟には援護に向かえないものが多い中、悠の機体に集まる敵を、捌ききるのは難しかった。集中砲火を受けないよう動き回ってはいたが、動いた先にも多数の敵がいる。追う敵は引き離されるが、向かった先にいる方はこれ幸いにと機体にまとわりついていく。
 苛烈な戦いが始まった。銃弾に弾き返されながらも惹かれるままに狂った前進を続け潰れた身体を機体に押し付ける狂気たち。腕を振るい跳躍し移動しながら振りほどくAzrael。向かう先にも固まって蠢く歪虚どもに、蹴りこむように飛び込み、反動を付けてまた移動する。その間にも撃つ! 叩き潰す! 薙ぎ斬る!
 血風巻き上がる戦場。そこにあるのは、愉悦に満ちた闘争心だろうか。否。その様に現れるのは剥き出しの生への執着だった。この地獄のような状況で、世界で、それでも生き延びる。彼自身は意識していないが、血走ったその目で彼は冷静にここを乗り切るための術を計算し続けていた。敵は何処に居る、味方は何処から来ている、どこが動かせる!
 判断は迫られ続ける。時にはリロードの暇もない。それも本望とばかりに刀を振るい、か細い活路を抉じ開け続ける。
「弾がない程度で喚くな。弾は無くともまだ刃物がある、まだ拳がある」
 その凄絶な闘いを。
「諦めなきゃ何でも使って生き残れるんだよ!」
 一喝を。
 目の当たりにしたものたちが感じる震えは、どんな感情に依るものだっただろう。
 最終的に彼は、最後までは戦線には居られなかった。だがこの瞬間、敵の分布を大きく片寄らせた、その事に意味はある。
 ユリアンがラファルと共に負傷者の元へと翔ぶ。ラファルのキャリアーならば動けない者も乗せて運べる。……そしてそれは、暴れる者を前線において、縛り上げたり気絶させてでも、という選択肢を与える存在でもあった。
「良いんだ。全部見なくても、立ち向かわなくても。その為に皆いるんだから」
 俯く者たちに。暴れる者たちに。彼は手を伸ばす。
 ……だが、空を行く、負傷者を乗せたグリフォンはこの場において格好の標的でもあった。ユリアンは自らの生命力もリンクさせて相棒を守る……が。
 ……自らの言葉が自らに刺さるのを、彼は自覚していた。生き延びろ、そのために退けと言いながら、自分は命を投げ出すように戦っている。
 ……そう、するのは。してしまうのは。
(命を大事に戦い抜く事が償いに繋がる事だって言うのも解ってる、けど……)
 ──他の誰かは生きていて欲しいよ
 想いは、しかし、願うだけでは足りない。
 運ぶ力はあっても、護る力が不足している。多数の小型狂気たちが、全方位から狙いを付けてくる状況。彼やラファルは勿論、キャリアーに運ばれる者たちもこのままでは流れ弾に晒されるだろう。
 そんな戦場で。複数の行動不能者を護るなど。
(どうすればいい……どうすれば!)
 俯くユリアンに、ラファルが高く鳴いた。
 あれを見ろと言わんばかりのそれに、顔を上げる。
 ……一匹のイェジドが、彼らの元に向かってきていた。
 空を行くのは敵に目をつけられやすい。だが逆に、キャリアーを積んだグリフォンの姿はその目的も味方に分かりやすく伝えていた。撤退するなら支援しようと準備していた者が駆けつけてくれる。そしてその彼が手に掲げる物は。
 ──星神器カ・ティンギル!
「お前ら……──!」
 気付き、最初に声を上げたのはトリプルJだった。
「見えるか! 塹壕まで走る力が残ってねえやつはまずあれを目指せ!」
 指し示し、叫ぶと共に、彼のイェジドが吠え猛る。周囲をビリビリと震わせるほどの咆哮に、狂気たちがたじろぐ。
「今のうちに行け! お前らが苦しめられた分は、こいつでおあいこだ! 震えてでもいい、生きるために進め!」
 叫ぶ彼の元に今一人。癒せないかと連れてこられた者の不浄をその身で引き受けながら、トリプルJは叱咤する。
「参りましょう。大丈夫、星の護りは貴殿方と共に……」
 フィロが言うと、彼女の連れるユキウサギの祈りと共に雪のような白い光が舞い降りる。防御の結界を、フィロは今共に行く者たちに惜しみ無く与えた。
 一斉に、各所のハンターたちが退却の支援に動く。
「タンク忍法カチカチ山の術」
 ルンルンが告げると共に、大輪牡丹が火炎弾を放つ。通れば長くその身を灼く炎の空間に、下がるハンターたちの背後から迫る狂気の進行が鈍る。
「ここは通行止めなんだからっ」
 ルンルン自身ははその先にあるシェオル型を見据え、符を構えいざとなれば足止めの術を備えている。
 戦闘開始より、後方からダインスレイブに搭乗して支援射撃に徹していた門垣 源一郎(ka6320)は、温存していた徹甲弾をここで積極的に活用する。左右二門の砲台から惜しみ無く連続発射、精度より範囲を意識したそれは殲滅よりも牽制目的なのだろう。
 まよいは乱戦という状況に主力をマジックアローに切り替えている。魔術具の力も借り、詠唱を工夫して二重に発動させると一度に十本の矢を生み出して見せた。彼女自身の魔力の高さで威力も十二分なそれは迫り来る狂気たちを次々墜とす。
 奏音の白龍の息吹は特にこの状況において絶大な効果を生んでいた。一直線、長い範囲で敵の攻撃を向けなくさせるこの術はまさに白龍の願いの通り今は安寧への道程をこの過酷な戦場に作り出す。
 真とユリアンが十分に近づくと、真の掲げる純白の杖が真の魂の色に耀く。大魔術が発動した。敵意を持つものの攻撃は悉く理を曲げられ明後日の方向に逸れていき、共に歩むものには護りの加護が与えられる。戦線ど真ん中に作ることの出来る安全地帯。完璧ではないし、時間制限はあるが。
 一気にあちこちで動き始めた状況に、エラが目を血走らせながら情報を整理し、待避する者と保護する者たちに指示を飛ばす。
『ユリアンさん、鞍馬さん、ポイント指定しますのでそっちに向かって……あ、ユリアンさんは今の向きから30度右に進路修正。負傷者が居ます拾って。サクラさんもちょっと範囲回復に来てああここの敵が邪魔かそこの人蹴散らしといて何そっちも動けない? そっからなら足つかんででも引きずってけ! 無敵のヤルダバオートが何とかしてくれんよキシャー!』
 ……情報の活用について、彼女一人が背負いすぎた面はあった。広範囲の乱戦なのだ。通信を活かすならば一人一人がもう少し意識するべきだった。悠やユリアンの件もそうだが、もっと「自分がこれから何をしようとしているのか」を意識的に情報網に乗せていればより互いの行動が活かせたという場面はあっただろう。乗り切れたのは、エラがそれも見越して助力を求めていたからだ。軍は勿論通信兵の使い方というものを熟知している。
 退却するものが、それを支援するものが大魔術の結界に集合する。サクラが纏めて癒すと、真と共に動く結果が生きているうちに自陣に向かって走り始める。敵が湧き出す最前線を抜け、だが複数が纏めて移動するそこに狂気の群れがしつこく追いすがる。
 やがて、
 ヤルダバオートも、切れて。
「こっちすよぉ! あと少しっす! 頑張って走るっすよー!」
 塹壕から、神楽が声を張り上げる。
 その声に応じるように、塹壕から覗かせた銃口が向かい来る彼らの後方の敵を精密に狙撃する。
 精度も、威力も上がっていた。神楽の身体から祖霊の力が立ち上っている。それが、彼と共に闘う周囲のハンターたち全てに影響している。
 いや。
 共有しているのは、祖霊の力だけだろうか。
「諦めんな! 絶対護る! 走れ!」
「まだまだこれからだろぉ! こんなところで死ぬな!」
 生き延びる。
 生き延びさせる。
 そのために、皆で戦う。
 想い、まさに……シンクロナイズ。
 共鳴は届き、走る皆も信じて振り向かず一心に塹壕を目指す。
 触手を伸ばす狂気は届く寸前で叩き落とされ、押し返されて距離を開けていき。リクのゴーレムが設置していた罠がここで効果を発揮した。前進を阻まれもたついたその隙に、負傷者をその背に、その肩に支えたものが次々と塹壕に転がり込んでいく。
 まよいが後衛の回復にと後退させていたトラオムが、そこで彼らを癒した。
 かくて危機的状況に陥った者の多くは生還し、崩れかけた士気も立ち直り……さて、ここでめでたしめでたし、だろうか。
 退却を選ばせた。初戦を生き延びた。これからの彼らに必要なものは、それだけだっただろうか。
 メアリ・ロイド(ka6633)が告げる。エクスシア、サンダルフォンのコックピットから。
「貴方達はもう暴走なんかしない。あの時でさえ、抗ったんだ」
 ……それでもなお、戦線に留まることを選んだ元強化人間たちへ!
「これは狂気汚染によるバッドステータス、解除できます」
 そして、そんな彼らに必要なものは、まずしっかりその認識を与えることだった。もう望まぬ戦いをすることにはならない。前線で戦いながらでも十分に対策可能なのだ、これは。
「高瀬さん達元強化人間の心を攻めようっていうんならな、私がその絶望をぶっ壊す」
 さらに、宣告と共に、サンダルフォンに搭載されたソニックフォン・ブラスターから歌が流れ始めた。予めメアリが蓄音石に録音しておいた──いつかのライブで皆で歌った曲。
 意志に乗せるようにサンダルフォンの両肩がプラズマの輝きを帯びる。声と、歌と、光と。それらで彩られた一撃がシェオルに叩き込まれる様は、見るものを高揚させ戦場の意識を塗り替えた。
 ──生き延びるための術は理解した。ここからは更に、勝利し、乗り越えるための戦いを!
 アキノが汚染地帯に近付き、手にした杖を突き立てる。浄化術が発動し、汚染を取り除いていく。
「強化人間なんて紛い物の力に翻弄されて、君もさぞ悔しかろう」
 アキノは近くの強化人間の背中をポンと叩きながら声をかけて回る。
「ここで生き抜こうという確固たる意志が無きゃどんなに手を差し伸べようと君は助からない」
 声かけは、康太にも行われた。しっかりおし、坊やと言いたげな視線に多少なりとも反発は覚えたが……それすらも、今この地を踏みしめる為の活力になる。
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)は、静かに内心で独りごちていた。
(悩んで立ち止まって答えを出して、また立ちはだかって……狂気ってのぁ、まるで人生の問題そのものだな)
 味方の位置を気にして、敵陣外縁部で振るい続けた武器の柄を、しっかり握り直して──心を見つめ直す。
(まあいいさ)
 巨大な武器が唸りをあげる。無造作に振り回すだけのそれが多くの敵を巻き込み、彼女の姿も相まって巨大な紅蓮の炎が暴れていような錯覚を見るものに感じさせる。業炎の残像が止むと、彼女の相棒、イェジドのヴァーミリオンがまだ生き残っていた敵のうち一体を踏み潰した。
(何度でも立ちはだかるなら、何度でも答え続けるだけだ──人間ってのぁ、前に進むようにしかできてねぇンだよ!)
 抉れた敵陣、その向こうの敵をその場に留めさせようと言うように彼女はその場で武器を振るい続ける。一心不乱。その威力を警戒して、回り込む敵もポツポツと現れるが……。
「いつだったか言ったな。"たとえお前等が何度狂っても、俺が全員ブン殴って元に戻してやる"って」
 彼女はそれに気配を感じるだけで視線も向けずに居ると、周囲の強化人間に向けてただ一度だけ声をかけた。
「アレは取り消すぜ。その代わり、"背中は任せる"」
 ……もう彼らは守られるだけの存在じゃない。自分の意思で自分の人生を勝ち取った戦士たちだ。ならばもう保護者気分は失礼だろうと。
「──支援射撃!」
 応えるように、号令が響いた。ボルディアを回り込もうとする敵を、その左右に展開させた狙撃部隊が撃ち落とす。彼女は前だけを見て戦う。
 気付けば眼前に迫る、シェオル──否。
「そっちに追い込んだ。まとめてやっちまえ」
 アニスの声。ボルディアを狙ってやって来たのではない。アニスの狙撃により、ボルディアの範囲攻撃内に追い込まれていたのだ。
 あちこちで、シェオルが打ち倒され始める──辛い過去に、打ち勝つように。
 強力なハンターたちがシェオルに専任したのもあるが、そのために狂気の相手を努めた者たちの功績も少なくはない。
 これが。この場で戦う者たちの、【今】だ。暴走の危険が知られていなかった頃に戻ったのではない。その頃があり、辛酸の時を生き延び、そしてここで戦う──今の在り方。ならば……。
 想う先。シェオルよりも更に一回り大きな「脚」が、窮屈そうに虚空から姿を現す。
 小型狂気が絡み合うようなその姿には見覚えがあった。
 更に巨大な敵の出現を、誰もが理解して。
「こっちはまだ体力有り余ってンだ! まだまだ付き合って貰うぜぇ、狂気ィ!」
 ボルディアが高らかに言った。
 怯える者は、もう居ない。

 ──そして決戦の、第三スタックとなる。

「大物が出てきたか。突っ込まれると不味いな」
 静かに、現れた大型歪虚を見据えてレイオスが呟く。彼はまだ、残るシェオルに意識を集中していてすぐにそちらへは向かえない。
「ルンルン忍法花占い」
 初動から各符術で状況に対応し続けたルンルンはそろそろ限度を迎えつつあった。それでも何かの役に立とうと、占術で味方を支援する。
 これまで魔法での護衛に徹していたヴァイスがここで率先して大型狂気へと向かっていた。手にした大鎌が、彼のマテリアルによって美しい蒼い炎を纏う。踏み込む一撃に込められるのは敵を貫き徹すという強い意志。縦に降り下ろされた刃からまっすぐ走る一撃の威力が巨体を貫通していく。
 アキノが離れた距離から大型狂気に杖を向ける。一直線に構築された術式陣は次の瞬間氷柱を生み、直線状の敵全てを穿っていく。
 作戦時間を考えれば、ここが最後の山場だと皆理解しているのだろう。これまで我慢していた分とばかりに、あちこちで派手な攻撃が巻き上がり始めた。
 ユリアンがラファルの状態を確かめて再び前線に舞い戻ろうと乗り込むと、塹壕で回復を終えた者たちに振り返る。
「……もし、また戦場に出たいのであれば、運びますよ」
 言葉に。瞬きを繰り返す前線から目を離せないという風に見つめ続けていた少女が、ぽつりと言った。
「格好いいね。……ねえ、私たちが憧れたハンターさんたちは、格好いいねえっ!」
 傍らの少年に語りかける、その元強化人間の少女に、見覚えがある者も、この場には居ただろう。
「あんなことになっちゃったけどさあっ! 私たちが目指してたものは、その気持ちは、間違いなんかじゃないんだよねえっ!」
 ……もう、そこに届くだろう未来は終わりを告げられてしまったけど。どこか泣きそうな声で言いながら、少女は前に出る。
「そう……だね。届く前に終わってしまうとしても……僕たちはあの輝きになり得たんだ! だから……闘おう! そして生き延びてみせよう! 胸を張って、その未来を描けるように!」
 少年が少女の隣に並び、ラファルのキャリアーに乗り込む。彼らの声は通信に乗っていて。多くの声が飛び交う中、それでも耳に留まったものは居て。
 ……康太は、そこまで純粋にハンターを見られないことも自覚している。戦いに身を捧げ続けていたのに巡り合わせでここまでの差が生まれていることに、複雑な想いは未だにある。それを──だが、認めようと思った。見据えようと思った。やはり……想像してみるくらいは、許されたいと思ってしまったから。この先己がどんな兵士になり得るかを。ありのまま、正確に……己が終わりを遂げたその後、誰かに想像してみてもらえるだろうか、と。
 さあ、目を見開け。見定めろ。この力に、この世界にどんな可能性があるのかを──これからは、より深く。
 さあ、見せつけろ。積み重ねろ。この物語に一筋でも爪痕を。一歩でも足跡を。記されなくなったその先の未来をも浮かび上がらせて見せるほどに。
 ──終わらせるための戦いが、ここから始まるのだから。
(難も転じて福と成せ、か……言い得てますねぇ。新人達の勢い如何では勝率が幾分か上がる、か?)
 戦線を下がり見に徹することにした悠が思う。大型の一体の動きを注視し、レーザーソードを発生させていない方の腕を掲げるのを見るとその方向へと急ぎ注意喚起を促す。
「紫電を纏え、バレル!」
 その一体に狙いを定めていたジーナが朗々と声を上げ、マテリアルエンジンとプラズマライフルを直結させる。高度なマテリアル操作を制し、鮮やかな紫電をライフルから瞬かせながらも状態を安定させる。スラスターを吹かせ悠から警告された方角から急ぎ離脱すると、傾けた姿勢のままライフルを大型に向け、放つ。
 また別の場所で、ボルディアの姿が膨れ上がった。
 ――雄々しく燃えよ、我が子らよ
 祖霊をその身に宿しその力が実体を持つ幻影となって彼女の身を巨大化させる。さらに伸びる範囲攻撃が、敵を盛大に薙ぎ払う。
 リクは、巨体が振り回すレーザーソードの一撃から、危機に遭う仲間の一人を庇っていた。
「キヅカさん!」
 庇われた相手が悲鳴を上げる。強烈な一撃に、これまでこうして庇い続けて受けていた細かな傷が一気に開いたのだろう。鎧の下からあちこちで血が噴き出してくる。
「もう……良いです、無理しないで……」
「あー……うん、そろそろ危ないかな確かに」
 自分などのためにその命を失わせてはならないと怯える相手に、リクは事もなげにそう呟いて。その傷が、あっという間に塞がっていく。
「あの剣が届かないところまでは下がった方がいいよ」
 呆気にとられた相手はその言葉に頷くしか出来なくて。下がるのを見届けた後、リクはまた誰かを守るために大型の元へ飛び込んでいった。
 戦線に舞い戻り復帰者をキャリアーからおろしたユリアンとラファルは、いよいよ互いの持てる全ての力を発揮させる。騎乗した状態での、想いを、呼吸を合わせた同時攻撃。ユリアンの刀。ラファルの獣爪。双つの軌跡が弧を描く──さながら双つの三日月のように。
 フィロも。ここにきて惜しんできたすべての力を解放して猛攻に転じた。彼女の指先から手首までを覆うそれはやはり、彼女の魂の色に輝く星神器。その力、鹿島の剣腕を発動させると、各種技を駆使した攻撃の嵐が周囲の敵に襲い掛かる。
 そして──朝騎もまた、一人の少女を頑健な盾で庇って見せると、相手が安堵した隙にスカートを捲り上げて言うのだった……「そんなパンツで大丈夫か?」
 ……もはや数は多くないもののシェオル型は残っている。大型狂気の攻撃も苛烈極まりない。それでも、ここまで来て最早敢えて細かく記すことなど無かった。対策は取ってある。状況を監視する者が居て、それを回す通信網もある。彼らの意識はもはや、それぞれが全力を奮う事だけだった。傷付きながらも、その身の動く限り。持てる力を、己らしく。
 メアリは機体と自身の感覚を一体化させて、戦場で死力を尽くす。無数の狂気の攻撃、大型のレーザー砲に晒されながら極限の撃ち合いを続ける。彼女と感覚をリンクさせた機体からは、鋼鉄の身でありながら負けられないという気迫がアリアリと感じられた。……その、負けられない、理由。
(私は天使のなり損ないだけど、似たようなものにはなれたかな)
 天使の名を冠した機体の中で願う、理由の一つは。
(一緒に帰りましょう康太さん)
 ……そして、もう一つは。
 前線で暴れ続ける機体が、その感情に触れて一度振り向いた。
 その視線がメアリ自身からのの物であることに、源一郎は気付いていただろう。
 この戦いに参じるにあたり彼女からの要請があったため、源一郎はこの戦いの間ずっと、彼女と彼女の守りたい仲間を援護可能な位置を維持し続けていたのだから。
 ダインスレイブを用意したのはそれが理由だった。普段の装備は一人で戦うには適しているが仲間を守るには向かない。
 だが、それが無くとも元より、地球がらみであれば彼個人としても戦う理由はある。
 ──人としての感情の最後の一欠片を凍結された地球に置き去りにしてしまった。
 失った思い出の跡だけが人らしい感情の拠り所だった。
 ゆえに地球を守る事、邪神と対峙する事は全てにおいて優先される。
 結局、彼が戦場に立つ理由はそれなのだと、少なくとも自覚の上では彼はそう思っている。
 ……戦う事しか能が無い自分が、命を効率よく使うには今この戦場を置いて他にない、と。
 メアリのサンダルフォンの動きは時を追うごとに彼女と一体感を増していき、熱さを帯びていく。
 大して彼の機体の機体の動きは終始スマートだった。そのコックピットに座する彼の表情も、動かない。
「やることが分かりやすい。結構なことだ」
 近隣の戦線を広く見て劣勢な場所を優先的に援護する。狙撃銃で、一体ずつ敵を処理する。
 ……やはり、最後まで。己の配置には、彼女の要請に応えることを配慮しながら。
 遥華もまた、ここで再び戦線へと上がっていた。
 大型のレーザー剣の射程に入らないよう注意しながら、機体より己のマテリアルの動きをトレースさせて魔法を撃ちだす。狙いはまず氷の矢でレーザー兵器を阻害できないかという事だったが……これは効力を発揮しなかった。
 さらにキルケーの身から魔力が練り上げられる。大型の足元の大地が隆起し襲い掛かるのを、身を捩じってそれが避けたそこに、氷柱が襲い掛かる! 左腕から氷がその巨体に張り付いて、弾ける、体勢を立て直す、その動きに……。
『入った! アイツは今動きが鈍ってる! 畳みかけて!』
 自身も魔砲を掲げながら、周囲に向けて行動阻害が入ったことを告げて攻め時だと示す。
 枢のウォルフ・ライエが疾る! やはり期待とは思えぬその軌道で、動きの鈍ったそれに一気に肉薄する。
 CAMブレードが高く掲げられる。枢のマテリアルをトレースしてその刃は瞬間、赤い光を帯びる。
「これが――絶望からの“夜明け”だ」
 横薙ぎの、鋭い一撃は。それが描く赤い軌跡は。地平線から朝日が昇る様を、確かに思わせた。
「光となって散れ!!」
 光の筋を追うように、その場にいた者が一斉に攻撃を加える。
 夜明けを、共に迎えようと。

 奮戦の後。やがて作戦時間の終了が告げられる。敵の討伐状況については、事前の期待をやや上回った、というところだろうか。
 しかし。味方戦力の消耗の少なさについては、いい意味で予想を裏切られたと、報告には特筆されることとなる。

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MVP一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムスka0796
  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエka1664
  • 大悪党
    神楽ka2032
  • 世界は子供そのもの
    エラ・“dJehuty”・ベルka3142
  • 想いと記憶を護りし旅巫女
    夜桜 奏音ka5754

  • 鞍馬 真ka5819
  • 天使にはなれなくて
    メアリ・ロイドka6633
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJka6653

重体一覧

参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ノーム」
    刻令ゴーレム「Gnome」(ka0038unit009
    ユニット|ゴーレム
  • 赤黒の雷鳴
    アニス・テスタロッサ(ka0141
    人間(蒼)|18才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    オファニム
    レラージュ・アキュレイト(ka0141unit003
    ユニット|CAM

  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    グレン
    グレン(ka0364unit001
    ユニット|幻獣
  • 双璧の盾
    近衛 惣助(ka0510
    人間(蒼)|28才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    ナガミツ
    長光(ka0510unit004
    ユニット|CAM
  • 粛々たる刃
    鹿東 悠(ka0725
    人間(蒼)|32才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    アズラエル
    Azrael(ka0725unit001
    ユニット|CAM
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    イェジド
    ヴァーミリオン(ka0796unit001
    ユニット|幻獣
  • 夢路に誘う青き魔女
    夢路 まよい(ka1328
    人間(蒼)|15才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    トラオム
    トラオム(ka1328unit001
    ユニット|幻獣
  • 勝利への開拓
    ジーナ(ka1643
    ドワーフ|21才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    バレル
    バレル(ka1643unit001
    ユニット|CAM
  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ラファル
    ラファル(ka1664unit003
    ユニット|幻獣
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    レイオス・アクアウォーカー(ka1990
    人間(蒼)|20才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    トライアンフ
    トライアンフ(ka1990unit003
    ユニット|CAM
  • 大悪党
    神楽(ka2032
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ノーム」
    刻令ゴーレム「Gnome」(ka2032unit002
    ユニット|ゴーレム
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ヤエ
    ヤエ(ka2598unit004
    ユニット|幻獣
  • 世界は子供そのもの
    エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142
    人間(蒼)|30才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ナナカマド
    七竃(ka3142unit004
    ユニット|ゴーレム
  • 祓魔執行
    央崎 枢(ka5153
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ウォルフ・ライエ
    ウォルフ・ライエ(ka5153unit002
    ユニット|CAM
  • 雷影の術士
    央崎 遥華(ka5644
    人間(蒼)|21才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    キルケー
    キルケー(ka5644unit001
    ユニット|CAM
  • 想いと記憶を護りし旅巫女
    夜桜 奏音(ka5754
    エルフ|19才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    ゼフィール
    ゼフィール(ka5754unit001
    ユニット|幻獣
  • 忍軍創設者
    ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784
    人間(蒼)|17才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    ニンタンクタイリンボタン
    ニンタンク『大輪牡丹』(ka5784unit002
    ユニット|ゴーレム
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎(ka5818
    人間(蒼)|16才|女性|符術師

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    レグルス
    レグルス(ka5819unit001
    ユニット|幻獣

  • 門垣 源一郎(ka6320
    人間(蒼)|30才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ダインスレイブ
    ダインスレイブ(ka6320unit003
    ユニット|CAM
  • 天使にはなれなくて
    メアリ・ロイド(ka6633
    人間(蒼)|24才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    サンダルフォン
    サンダルフォン(ka6633unit001
    ユニット|CAM
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJ(ka6653
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    イェジド
    イェジド(ka6653unit002
    ユニット|幻獣
  • 好奇心の化物
    龍宮 アキノ(ka6831
    人間(蒼)|26才|女性|機導師
  • 無垢なる守護者
    ユウ(ka6891
    ドラグーン|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    クウ
    クウ(ka6891unit002
    ユニット|幻獣
  • ルル大学防諜部門長
    フィロ(ka6966
    オートマトン|24才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    ユキウサギ
    ユキウサギ(ka6966unit002
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
鬼塚 陸(ka0038
人間(リアルブルー)|22才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2019/01/28 00:14:15
アイコン 相談卓
エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142
人間(リアルブルー)|30才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2019/01/31 05:19:27
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/01/30 01:03:00