ゲスト
(ka0000)
トワのワルツをキミと
マスター:のどか

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/02/15 19:00
- 完成日
- 2019/03/02 00:43
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
○オープニング
●
同盟領「霧の山」の屋敷から姿を消した災厄の十三魔ジャンヌ・ポワソン(kz0154)。
その同行を掴んだ報がソサエティに流れ込んで来たとき、意見は大きく2つに割れた。
1つは「すぐに追撃し討伐するべき」という意見。
いずれ再び害をなす可能性があるのならば、今こそが討伐の絶好の機会である――というもの。
そしてもう1つは「ただちに実害がなければ今は静観するべきである」という意見。
今は他にもっと知恵や戦力を割くべき案件が山積みである。
これまでの彼女の立場上、今後も自らの意思で人類の驚異となる可能性は低い。
であるならば、みすみす逃すことにはなるが、ここは静観すべきである――というもの。
どちらも根本は世界の行く末を憂いてのこと。
だが彼女と、彼女を連れるアルバートの予想進路の計算結果が出たとき、静観の意見は取り下げざるをえなかった。
「グラウンド・ゼロ……かぁ」
依頼書を書くため資料をながめていたルミ・ヘヴンズドア(kz0060)は、その単語を前に小さなため息をつく。
1年前、あの地で沢山の出会いと別れがあった。
ルミ自身も、大きな再会とさよならがあった。
そして今、邪神に対抗するための重要な拠点として機能しているのがグラウンド・ゼロという場所だ。
そして、アルバートという歪曲が封印されていたのも――
ジャンヌらがこのままの進路を取れば、近いうちにたどり着くと予測されている。
「リグ・サンガマに目もくれないのなら、目的地は明白だよね。はぁー、なんでこう、面倒な方向に転んでいくのかなぁ」
ぼやいたところで事態は好転しない。
自分にできるのは送り出すハンターを最大限サポートすることだけだと理解して。
●
雪のちらつく平野に、1つの影が降り立つ。
いや、実際には2つか。
アルバートは残された片腕でジャンヌを抱えたまま、ひと心地つけるように息をつく。
そしてまた飛び上がろうと大きく息を吸い込んだとき、その背中を、ばたばたとジャンヌの足が蹴った。
「痛いわ……あなたの鱗、チクチクしてスリ金みたいなの」
その言葉にハッとして、アルバートは彼女を雪原に下ろす。
そして、恭しく膝を折った。
「失礼しましたジャンヌ。ご無礼、どうかご容赦を」
ジャンヌはペタリと座り込んだまま、頭を下げる竜人の姿を見る。
「本当に……アルバートなのよね」
「この身心はあの時のままに」
「身、はすっかり変わってしまっているような気がするけれど……」
大きなあくびをしながら、ジャンヌはどこまでも続く白い大地を見渡した。
「ところで、ここ、どこかしら」
アルバートは白い息を吐きながら答える。
「この雪原を越えた先に、我々の故郷が」
「故郷――」
その言葉に、ジャンヌはわずかに眉を下げる。
「私はずいぶんと眠っていたわ。あなたはずっと、生きていたのかしら」
「いいえ、私も――」
言いかけて、あの赤い大地の地下を思い出す。
なぜあんなところで魔術の鎖に繋がれていたのか……それだけが思い出せない。
他は何もかも、この想いすらも、思い出したというのに。
「――私も、どうやら眠っていたようです」
そう言葉を濁すしかなく、アルバートは心の中で悔しさを覚える。
するとジャンヌがじっと、彼のことを見つめていた。
「あなた……覚えてないの?」
その質問は心臓を丸裸にされるようなもので、アルバートは失念の後悔にうなだれた。
「申し訳ありません」
「……なら、それはきっと幸せなことだわ」
ジャンヌはべっとりと自分の身体を濡らす血液を指先で拭い取ると、何をするでもなく、ただぼんやりと眺める。
それ以上、彼女は記憶のことを話題に出さなかった。
「故郷まで今しばらくご辛抱を……できるだけ痛くないよう、努めます」
「なんだって、どこだっていいわ」
「え?」
「何もせず、何も必要とせず、誰からも必要とされない……そんな場所へ連れて行ってくれるのなら、それで」
「ジャンヌ……」
アルバートはわずかにうろたえて、差し出しかけた手を引きかけた。
だか他に選択肢がないことも確かで、彼は戸惑いながらも、彼女へ手を伸ばした。
その時、アルバートが雪原を振り向く。
ジャンヌを自らの背に隠すようにして、迫るマテリアルの感覚に鼻先をチリチリと焦がした。
「必ずあなたを護ります。騎士として。そして私という――俺という存在のすべてをかけて、あなたへもう一度、故郷の景色を」
失った記憶を欲し。
失った彼女を欲し。
失った故郷を欲す。
求めよ。
求めよ。
求めよ。
この旅路は、すべてを取り戻すためにある。
その先にこそ、真に求めるものを――その衝動の名は‘“強欲”なり。
●
同盟領「霧の山」の屋敷から姿を消した災厄の十三魔ジャンヌ・ポワソン(kz0154)。
その同行を掴んだ報がソサエティに流れ込んで来たとき、意見は大きく2つに割れた。
1つは「すぐに追撃し討伐するべき」という意見。
いずれ再び害をなす可能性があるのならば、今こそが討伐の絶好の機会である――というもの。
そしてもう1つは「ただちに実害がなければ今は静観するべきである」という意見。
今は他にもっと知恵や戦力を割くべき案件が山積みである。
これまでの彼女の立場上、今後も自らの意思で人類の驚異となる可能性は低い。
であるならば、みすみす逃すことにはなるが、ここは静観すべきである――というもの。
どちらも根本は世界の行く末を憂いてのこと。
だが彼女と、彼女を連れるアルバートの予想進路の計算結果が出たとき、静観の意見は取り下げざるをえなかった。
「グラウンド・ゼロ……かぁ」
依頼書を書くため資料をながめていたルミ・ヘヴンズドア(kz0060)は、その単語を前に小さなため息をつく。
1年前、あの地で沢山の出会いと別れがあった。
ルミ自身も、大きな再会とさよならがあった。
そして今、邪神に対抗するための重要な拠点として機能しているのがグラウンド・ゼロという場所だ。
そして、アルバートという歪曲が封印されていたのも――
ジャンヌらがこのままの進路を取れば、近いうちにたどり着くと予測されている。
「リグ・サンガマに目もくれないのなら、目的地は明白だよね。はぁー、なんでこう、面倒な方向に転んでいくのかなぁ」
ぼやいたところで事態は好転しない。
自分にできるのは送り出すハンターを最大限サポートすることだけだと理解して。
●
雪のちらつく平野に、1つの影が降り立つ。
いや、実際には2つか。
アルバートは残された片腕でジャンヌを抱えたまま、ひと心地つけるように息をつく。
そしてまた飛び上がろうと大きく息を吸い込んだとき、その背中を、ばたばたとジャンヌの足が蹴った。
「痛いわ……あなたの鱗、チクチクしてスリ金みたいなの」
その言葉にハッとして、アルバートは彼女を雪原に下ろす。
そして、恭しく膝を折った。
「失礼しましたジャンヌ。ご無礼、どうかご容赦を」
ジャンヌはペタリと座り込んだまま、頭を下げる竜人の姿を見る。
「本当に……アルバートなのよね」
「この身心はあの時のままに」
「身、はすっかり変わってしまっているような気がするけれど……」
大きなあくびをしながら、ジャンヌはどこまでも続く白い大地を見渡した。
「ところで、ここ、どこかしら」
アルバートは白い息を吐きながら答える。
「この雪原を越えた先に、我々の故郷が」
「故郷――」
その言葉に、ジャンヌはわずかに眉を下げる。
「私はずいぶんと眠っていたわ。あなたはずっと、生きていたのかしら」
「いいえ、私も――」
言いかけて、あの赤い大地の地下を思い出す。
なぜあんなところで魔術の鎖に繋がれていたのか……それだけが思い出せない。
他は何もかも、この想いすらも、思い出したというのに。
「――私も、どうやら眠っていたようです」
そう言葉を濁すしかなく、アルバートは心の中で悔しさを覚える。
するとジャンヌがじっと、彼のことを見つめていた。
「あなた……覚えてないの?」
その質問は心臓を丸裸にされるようなもので、アルバートは失念の後悔にうなだれた。
「申し訳ありません」
「……なら、それはきっと幸せなことだわ」
ジャンヌはべっとりと自分の身体を濡らす血液を指先で拭い取ると、何をするでもなく、ただぼんやりと眺める。
それ以上、彼女は記憶のことを話題に出さなかった。
「故郷まで今しばらくご辛抱を……できるだけ痛くないよう、努めます」
「なんだって、どこだっていいわ」
「え?」
「何もせず、何も必要とせず、誰からも必要とされない……そんな場所へ連れて行ってくれるのなら、それで」
「ジャンヌ……」
アルバートはわずかにうろたえて、差し出しかけた手を引きかけた。
だか他に選択肢がないことも確かで、彼は戸惑いながらも、彼女へ手を伸ばした。
その時、アルバートが雪原を振り向く。
ジャンヌを自らの背に隠すようにして、迫るマテリアルの感覚に鼻先をチリチリと焦がした。
「必ずあなたを護ります。騎士として。そして私という――俺という存在のすべてをかけて、あなたへもう一度、故郷の景色を」
失った記憶を欲し。
失った彼女を欲し。
失った故郷を欲す。
求めよ。
求めよ。
求めよ。
この旅路は、すべてを取り戻すためにある。
その先にこそ、真に求めるものを――その衝動の名は‘“強欲”なり。
リプレイ本文
●
雪がちらつく銀世界の中、よく通った視界の先に数機のCAMの巨影と、それに随行するハンター達の姿が見える。
同様にハンターたちにも雪原の先で気だるげに座るジャンヌ・ポワソン(kz0154)と、彼女の前で立ちはだかるアルバートの姿がはっきりととらえられていた。
「アルバート……ずいぶん、落ち着いているわね」
積雪を巻き上げながら走る魔導バイクの上で、リアリュール(ka2003)が眉をひそめた。
これまで何度となく向かい合った時の彼の荒々しさ。
暴走と言ってもいい数々の戦いとは違って、今の彼のたたずまいは落ち着いている。
その変化がジャンヌの存在によってもたらされているものであるならば、彼は望むものを手に入れたということなのだろうか。
「お姫様と騎士ってか……まるでこっちが悪役みたいだな」
先行するCAMたちから数歩遅れた位置で、ジャック・エルギン(ka1522)が奥歯を噛みしめる。
あちらにどんな事情があろうとも、こちらにも彼らを先へ行かせることができない事情がある。
事情が相反するものであるのなら、状況は衝突しかないのだ。
彼のユグティラ――エルバが水瓶のようなリュートを奏で始めると、ジャックの身体にエルバの力が流れ込む。
「初手から攻めるぜ。これ以上、アチコチ飛び回られるわけにゃいかねぇ……!」
構えた弓に、己の生体マテリアルを注ぎ込む――ソウルエッジ。
2体分の魔法エネルギーを纏った矢が、寒風を貫くように放たれた。
アルバートは前方の空中に隻腕を伸ばすと、その手に周囲から赤黒い負のマテリアルをかき集める。
粒子のような輝きは身の丈もある大剣の形になって固着すると、アルバートは盾のように刀身の「面」で構えて矢の衝撃を受け止めた。
いや、完全に止めたつもり――だった。
意に反して矢の衝撃が大剣を弾いて、アルバートの身体が大きくよろける。
「流石に前回のダメージが響いているようね」
マリィア・バルデス(ka5848)は走らせたままのバイクのハンドルに魔導銃の銃身を添え、上空に狙いを定める。
放たれた数多の弾丸はマテリアルを纏ったまま空で弾け、光のつぶてとなってアルバートらの頭上から降り注いだ。
「ジャンヌ、そこを動かないで」
アルバートは体勢を立て直しながら片翼を広げて、ジャンヌを覆う傘を作る。
自らも天に向かって大剣を掲げると、降り注ぐ光の雨をその身で一挙に引き受けた。
「庇う――のね。いいわ。それがあなたの“本当”ということなのね」
マリィアの冷めた瞳にほんのりと熱が浮かぶ。
後方から星神器「ブリューナク」を構えるソフィア =リリィホルム(ka2383)の銃口が、彼女のマテリアルで淡く輝いた。
周囲に霊剣が滞空する中で、その射線は真っすぐにアルバートからジャンヌまでを狙いに定めている。
放たれた銃弾。
アルバートは一歩も動くことなく、真正面から受け止める。
「そんな状態でも護りに行くか……殊勝なことじゃねえかよ」
口にしたのは彼の佇まいへのある種の称賛。
しかし、彼の瞳に宿る信念はソフィアにとって最も忌み嫌うべきものであり、思わず苦虫を噛み潰したように表情を歪める。
アルバートがジャンヌの盾となる様子を確認して、エルバッハ・リオン(ka2434)と百鬼 一夏(ka7308)が畳みかけるように銃砲火を放つ。
機関銃と魔導バズーカの重い一撃にさらされながら、アルバートはそれでも、決して動くことなくジャンヌの前に立ち続ける。
大剣を器用に使いこなし、直撃の銃弾や爆炎だけは防ぐものの、それ以外のものは身体や脚を無数に掠め、貫いていく。
「アルバートの討伐は絶対ですが、その勝機のことを考えれば――」
エルバッハの銃機関砲が向くのはアルバートを通したジャンヌの姿だ。
ジャンヌを狙えばアルバートが庇うのでは――というのは道中に語っていたマリィアの言葉だった。
事実はその通りに、彼が死力を賭してジャンヌを護るつもりなのだということは、この初めの一手で重々理解できた。
それでも、あくまで作戦の狙いはまずアルバート。
ジャンヌを狙うことは、彼を足止めするための方策だ。
「……よく守るわね」
ハンドルから手を離したリアリュールが、矢を弓に番える。
放たれた2射の矢をアルバートは真正面から受けるが、1本だけ、直撃の直前で不意に弧を描くように狙いがずれる。
「なっ……」
まっすぐ2本受け止めるつもりだったアルバートは咄嗟に対応が遅れ、彼の頭上を飛び越した矢は後ろに隠されたジャンヌの足を掠め、地面に突き刺さった。
「浅い」
敵の様子から手ごたえは感じない。
不安定なバイクの上と、アルバートの背と翼に隠れて、狙いが少しずれたか。
長射程の飛び道具を持たないのであろう彼らにとって、この距離は防戦に徹するしかない状況だ。
半ば一方的に、ハンター達の銃砲火がアルバートに降りかかる。
だが護りに意識のすべてを割ける分、アルバートの盾としての機能は十二分に発揮されている。
一方の護られるジャンヌは、彼の言いつけを守っているのか、ただ面倒なのか、惚けた様子でぼーっと成り行きを眺めていた。
機を作るには接近戦で意識を振り回すしかない。
それはハンター達も知っている。
「おバカさんですねアルバート! 傷が治るまで隠れていればよかったのに!」
装備の射程に入るや否や、コンフェッサー「ホットリップス」の片腕に装備したシールドを突き付ける一夏。
裏面の射出口から放たれたグレネードが弧を描き、敵の眼前で炸裂する。
強烈な爆炎から、アルバートは大剣と翼を最大限に使ってジャンヌを覆う。
炎と煙で一瞬視界が奪われた。
その一瞬は、距離を詰めるのには十分だ。
爆炎の中から小さな影が戦場に飛び出す。
大きく拳を振りかぶった姿のフィロ(ka6966)。
腕につけた星神器「角力」が、マテリアルの輝きに満ちる。
「どうぞお眠りください、ジャンヌ様」
アルバートをすり抜けるようにして、ジャンヌを捉えた彼女の瞳。
「ジャンヌ……!」
だが突き出された彼女の拳の前に、アルバートが捨て身で飛び込んだ。
白虎の爪牙のように鋭い一撃が彼の胸を穿ち、固い鱗にひびが入る。
「あなた様でも宜しいのですよ、アルバート様」
星神器が輝きを増し、追撃の一手が今度はアルバートを狙う。
アルバートは咄嗟に大剣で防ごうとするが、初撃の衝撃で反応が遅れ、2撃目をボディでもろに受け止めることとなった。
ダメージこそ致命的ではない。
だが、彼の認識を奪い去るには十分だ。
生々しい彼の傷口から飛び散った血のような液体が、フィロの身体を濡らす。
「そこよ」
バイクで大きく回り込んだマリィアの銃弾が、立て続けにアルバートの脚に刺さる。
フィロの後ろから巨体――斬艦刀を振り上げたガルガリンの姿が、頭上から影を差した。
「今回は死にそうな感じがBINBINするじゃんよ」
チリチリとうなじが焼ける想いのゾファル・G・初火(ka4407)は、刀身を思いっきり振り下ろす。
意識が散漫となったアルバートは対応することもできず、その分厚い刃の下敷きとなった。
吹きあがった積雪が、一面を真っ白に染める。
「おいおい、このくらいで終わりだっていうんじゃないよな?」
ゆっくりと斬艦刀を持ち上げる。
その下からアルバートがふらふらと起き上がる姿が見えた。
彼は焦点の定まらない瞳で、それでも殺意でもってはるか頭上の巨体を見上げる。
「うーん、いいね。そくぞくしちゃう」
カメラ越しに目のあったゾファルは小さく身震いしながら笑顔を浮かべた。
前衛のハンターが展開したうちに、後衛のハンター達もそれぞれの狙いやすい位置へと散開する。
包囲を行ったわけではないが、これである程度、敵のどのような動きにも対処できるはずだ。
「前にもこんなことがあったわ……確か、お城から追い出されて」
ふと、ジャンヌが大きなため息をついた。
思い返したのはほんの数年前の出来事。
言われるがままに自分の城を戦場に出し、結果として失った。
そして今回もまた、安住の地になるのかと思った霧の山の屋敷を手放すこととなった。
どうしてこんな目にあわなければならないの?
私が何をしたというの?
積もったやり場のない不満か、ため息とともに辺り一面に広まった。
「っ……これは」
真っ先に感じたのは、傍にいたフィロだった。
どんよりとした曇り空のように全身を包み込む倦怠感。
すぐにそれがジャンヌの力のせいであると理解するが、それを理解することすら次第に億劫になっていく。
「へへ……ヤバいじゃん」
ガルガリンのコックピットで、ゾファルもまたうなだれるように身体を丸めた。
ぼーっとする頭でモニターのジャンヌを見る。
全くもって彼女からは「殺される」気配を感じない。
感じないのに――ヤバいということだけは、直感で理解できた。
「イニシャライズフィールドを広域展開します」
エクスシア「ウィザード」の持つフィールドと距離のおかげで、前線の仲間よりもジャンヌの<憂鬱>を受けていないエルバッハは、すぐさまフィールドの広域展開を行った。
それは最も<憂鬱>のきつい前線の2人を包み込んで、彼女らの意識を徐々に覚醒させていく。
アルバートも彼女の力に目元を押さえてふらついていたが、こちらはフィロの白虎神拳の意識昏倒ともども自力で脱したのか、大きく頭を振って、戦意を新たにする。
それはほんの十数秒のやりとり。
だが、初手で押し込みかけたハンターの勢いは一度仕切り直されてしまった。
「そう簡単に……仕切り直させるかよ」
ソフィアの銃口が側面からジャンヌを捉える。
後ろに隠れたユグティラのケルンが狂詩曲を奏で、彼女の銃弾に力を与える。
「させ……るか!」
銃弾が放たれるより先に、アルバートが射線上に割り込む。
だがそれでいい。
そのままアルバートを狙うことになった銃弾は、大剣に防がれても確実に彼の足を止めた。
インファイトの距離でそれは大きな隙となる。
動けるようになったゾファルが、ガルガリンの操縦桿を引いた。
突き出されたバンカーシールドが、がら空きになったジャンヌを狙う。
この立ち位置で流石に防ぐのは不可能と感じたのか、アルバートはジャンヌを押し倒すように抱え込むと、そのまま地面を転がってぎりぎり、回避をしてみせた。
「いい反応じゃん」
どこか嬉しそうにコックピットで口笛を吹くゾファル。
「死に体みたいだけど、見た目通りだとは思ってないぜ。なんせそっちとこっちじゃ身体の作りってやつが違うからなあ」
現に腕一本の身でありながら、アルバートの動きには迷いがない。
それだけ、彼にとっては「それほど大事なことではない」ということ。
それにあの眼だ。
死に体でありながら、彼は生きてこの場を切り抜けることを微塵も疑っていない眼。
いや、それ以外に選択肢がないがための覚悟か。
起き上がったアルバートは手にした大剣を砕くと、代わりに槍を生成する。
作り上げた瞬間、ガルガリンめがけて勢いよく放り投げた。
ゾファルはバンカーシールドで切っ先を受け流す。
弾かれた槍が脚を掠めて、重厚な装甲をわずかに抉る。
「そう来なくっちゃ!」
空が激しく煌めいて、光の雨が降り注ぐ。
マリィアだ。
武器を放ってしまったアルバートは翼でそれを受け止める。
「蠅を嫌ってここまで来たのかしら。それとも騎士の誓いに殉じるのかしら」
ゆっくりと盾代わりにした翼を広げて、アルバートはマリィアを見据える。
この距離で、彼女の言葉が届いているわけではない。
だけどどこか探究心を持った彼女の瞳の訴えに、彼は答えずにはいられなかった。
「俺は彼女を護らなければならない。その想いだけは、目が覚めた時から変わらず、ずっと抱き続けていた俺の確かな感情だ」
それもまたマリィアの耳には届かない。
だが赤熱するように輝くアルバートの瞳が、言葉以上に語っていた。
バズーカを撃ち切った一夏が、空の砲身をホットリップスのハンガーにひっかけて前へと踏み出す。
デコイ代わりのマテリアルバルーンを放ち、自らはマテリアルフィストを放つ。
射出されたマテリアルネットが彼の手足をからめとり、光の楔にも蝕まれていた彼はその拳を真正面から受け止めることとなる。
丸太よりもまだ太いコンフェッサーの腕による衝撃。
それでもアルバートは耐えきってみせると、ネットをかき消す勢いの踏み込みと共に大剣を振った。
シールドで受け止めるホットリップス。
それでも伝わる衝撃に、コックピット内まで激しく揺れる。
「相変わらずのパワー……だけど、こっちだって成長してるんです!」
一夏は一端距離を取ると、バルーンに隠れるように移動しながらアルバートをかく乱する。
アルバートも見失わないよう視線で追い縋るが、意識をそちらに割けば、後衛ハンターの銃矢弾がそれを阻む。
「ジャンヌの力……今は良くても、これ以上は悪化させたくありませんね」
ウィザードのコックピットでジャンヌの様子をサブモニターでうかがいながら、エルバッハは呟く。
そのままメインモニターでアルバートを見据えると、機体に備えたデバイスを通して己のマテリアルを練り上げる。
「とりあえずドラゴン……火、ですかね。水から行ってみましょう」
天を仰いだ機体の頭上で、氷の矢が生成される。
矢を射るようなジェスチャーで放たれたそれはアルバートの翼を穿ち、砕けた。
「まあ、普通、ですか。では次の手です」
小さく頷いた彼女は、次の魔術を練り上げる。
「見た目よりも、戦意がねえ相手ってのがこんなに戦いにくいとはな……」
矢じりの先にうなだれるジャンヌの姿を捉えながら、ジャックはどことなくもやもやした気持ちにさいなまれていた。
そりゃ相手は歪虚だ。
倒さなければならない相手であることは理解している。
それでも無抵抗な相手に刃を向けるというのは、こう、気持ちの休まらないものがある。
いや、先ほどからじんわりと感じる倦怠感を想えば全くの無抵抗というわけではないのだが、おそらく彼女の様子からすればその自覚もないのだろう。
「だが、俺らにだって守らなきゃならないモンがある……せめて、ルチアとフランカのトコに送ってるやるぜ!」
放たれた矢はマテリアルの力で加速され、先ほどとは比類しない速度でジャンヌへと迫る。
当然防ごうとしたアルバートだったが、大剣の防御は間に合わず、腕にざくりと突き刺さった。
「そう言えば……ルチアもフランカも帰ってこないわ。どこへ行ったのかしら」
ふと、ジャンヌが言葉を漏らす。
「えっ、知らない……んですか?」
予想外の彼女の言葉に、思わず答えてしまった一夏。
しまった、と思って口を押さえるが既に遅く、ジャンヌが不思議そうにホットリップスを見上げていた。
「何を……?」
まずいと思ってさらに距離をあける。
だが予想に反して、彼女の<憂鬱>が強まるようなことはなかった。
「消えたわ。フランカも――報告によればルチアって子も」
代わりに答えたのはマリィア。
一夏から意識を逸らす目的だったが、それを聞いたジャンヌはゆっくりと目を見開いて、それからどこか寂しそうに目を伏せた。
「そう……」
感情が溢れるように、身体を覆う倦怠感がいくらか増した気がする。
ウィザードが張るフィールドの中で動けなくなるほどではないが、これぐらいの方がむしろ本質的な「気だるさ」として感じるもの。
「……まるで、赤ん坊が泣いてるみたいだな」
「えっ……?」
ジャックがふと呟いて、傍にいたリアリュールが彼を見る。
「ジャンヌの感染はあいつ自身の感情を周りに無理やり共有させるようなもんだ。まるで言葉を知らない赤ん坊が、何とか感情を伝えるために泣き叫んでるみたいじゃないか」
彼の言葉に、リアリュールの中の疑問はふつふつと膨らむ。
アルバートの求めるもの。
ジャンヌの求めるもの。
――何もいらない。なにも欲しくない。私は私のままでいい。それ以外、なにも。
<憂鬱>が赤ん坊の泣き声なら、あの時の言葉は……
考えるよりも先に、彼女はバイクを走らせた。
「鹿島の加護があるうちに決着をつけるのは、流石に難しいようですね」
輝きが弱まってきた星神器に、フィロは一度覚悟を決めなおす。
横薙ぎの大剣をパリィグローブで受け止め、弾き返す。
反動で体勢の崩れたアルバートへと、彼女は大きく踏み込んだ。
白虎神拳が結晶の大剣を砕いて彼の肩を突く。
骨格を伝う衝撃がアルバートを怯ませるが、彼は倒れることなく、足を大きく一歩踏み出して留まった。
「……お強いですね、本当に。そこまでして求めるものは一体なんなのでしょう」
「決まっている……失われたもの、すべてだ」
掠れる声でアルバートは語る。
ジャンヌを庇い攻撃を受け続けた今、全身の鱗はささくれのように逆立ち、血のようなマテリアル物質が雪の上に赤黒い円を描く。
そんな彼に弓を構えて、リアリュールは静かに問うた。
「そこまでして取り戻したい過去……いったい、何があったの? あなたはどうして……幽閉なんか」
アルバートは奥歯を噛みしめながら、絞り出すように答える。
「俺は彼女を護ると誓った……だが、護ることができなかった。俺が遠征をしている間に、彼女の城は――」
大剣を砕き、槍を手に取る。
突き出された一閃を、フィロは大きく飛びのいて回避した。
「だから俺は仇をとった。彼女を殺したあの歪虚を滅ぼすと決め、成し遂げた。この命と引き換えに……!」
「だったら……どうしてあなた自身が歪虚に?」
「それは……」
言葉と共に、アルバートの動きが止まる。
マリィアの銃弾とエルバッハのウィンドスラッシュが彼を襲い、彼は咄嗟に翼を盾にした。
「くっ……!?」
風の刃は大きく鱗を抉るように、彼の翼を引き裂く。
コックピットでエルバッハがボンと手を打った。
「なるほど、これが当たりでしたか」
「……ジャンヌ、少しずつ下がってください」
流石に劣勢を覚悟したのか、アルバートはジャンヌに願い出る。
だがジャンヌは動くような気配はなく、代わりにどこか戸惑ったような様子で彼を見上げ、呟いた。
「あなた、やっぱり……」
このまま安々逃がすようなことはしない。
すぐにマリィアがジャンヌの背後に回り、ソフィアも自分の立ち位置を変える。
「そうやって過去を振り返ることしかしねえ態度が気に食わねえんだ……!」
そう吐き捨て、彼女はブリューナクを構える。
「時間と同じように、壊れたものは戻らねえ。直したって、全く同じになんてならねえ。未来は創るしかねぇんだ……その気もないようなヤツに――」
銃弾は彼の腹部を貫通し、遠くの雪原に突き刺さる。
アルバートの脚元がふらつき、槍を杖代わりにして何とかとどまった。
「そうしてすべてを取り戻した先……何を求めるのかしら?」
「……なに?」
マリィアの言葉が静かに彼に突き刺さる。
「約束を果たす、失ったものを取り戻す……いいでしょう。当然の感情ね。だけどそれが果たされた後に、あなたの中に残るものは何?」
「俺の中に……残るもの?」
アルバートが戸惑いを見せる。
それはまるで、何を言われているのか分からない――とでも言いたいようだった。
「ジャンヌ……彼の言っている過去は本当なの?」
ふと、リアリュールが問いかける。
ジャンヌが時折見せる戸惑い――どうしても引っかかるその仕草がすべての謎の正体のような気がして、彼女の口から答えを聞きたかった。
しかしジャンヌは口を噤んでしまい、何も答えようとはしない。
その無言は肯定なのか、それとも答えることすらも怠惰なのか。
少なくとも答えは得られなかった。
「俺は……すべてを取り戻した先に、何を求めるんだ……?」
アルバートは身体を震わせながら、フラフラと辺りを辺りを見渡す。
マリィアに言われた言葉を自分の中でかみ砕こうとするその様子は、どこか危なげに思えた。
「おい、ヤバいんじゃないのか……?」
ジャックが矢を番えた。
アルバートが震える手で槍を砕き、代わりにロングソードを掴む。
そして赤熱してぎらついた瞳で、誰でもない虚空を見つめた。
――俺はただ、護り続ける。
爆ぜるように、アルバートが空へと飛びあがる。
「難しいことはよくわかんねーけど……俺様ちゃんはお前が強けりゃそれでいいんだけどな!」
ガルガリンの頭部カメラを通して、ゾファルは鋭い眼光による瞳術を放った。
常人であればすべからく萎縮してしまうような、飢え狂った眼光。
それに縛られてなお、アルバートは急降下するように彼女の機体へと迫った。
振り下ろされた刃をシールドで受け止める。
しかし力任せの刃は盾面を切るというよりは叩き割って、ガルガリンの腕を深く抉った。
むき出しになった腕部の内部フレームを見て、ゾファルは今日一番楽しそうに笑う。
そっちがその気ならと、自らの生体マテリアルを一挙に機体へと流し込んだ。
人機一体――彼女のマテリアルを纏ったガルガリンは、もはや彼女そのものだ。
再び弾丸のような速さで迫るアルバート。
彼女は一度距離を取ってから、大きく振りかぶった斬艦刀の上段一振りで打ち落とす。
激しい衝突音と共にアルバートは地面に打ち付けられた。
だが、すぐに飛び起きると武器を大剣に持ち替えて地上からガルガリンへと迫る。
大きく全身の回転を加えながら振われた一撃。
ゾファルは斬艦刀で受け止めるも、強烈な衝撃に機体が大きく弾かれる。
コックピット内も激しく揺れて、コンソールに頭を強く打ち付けてしまった。
「はっはっ! 殺気BINBIN感じるじゃん!!」
彼女は笑いながら、切れた額から垂れて来た血をペロリと舐める。
ああ、生きてるって味だ。
「ワリぃが、姫さんががら空きだぜ……!」
その隙に、高加速したジャックの矢がジャンヌめがけて放たれる。
アルバートは大剣をブーメランのように放り投げると、目にもつかぬ速さで飛翔するそれを的確に打ち落とした。
「嘘だろおい……!?」
フィロがアルバートへ距離を詰め、白虎神拳を突き出す。
彼は身を捩るようにしてそれを躱す。
「あなた様の生きる世界は、過去にしかないのですね」
「……過去も、今も、未来も変わりはしない。俺は彼女を護り続ける」
瞳術を振り払い、アルバートが新たに作り出した剣を突き出す。
鋭い突きがフィロを襲うが、彼女は先ほどと同じように拳で合わせようとする。
だが先ほど合わせるよりも速い刃の動きに、コンマ数秒、拳が遅れていた。
それは奇跡に近い一刀。
刃は確かにフィロの腹を深く貫いていた。
彼女が崩れ落ちると、アルバートは再び空へ飛びあがる。
一夏がバルーンを射出し、空からの景色をかく乱する。
「貴方はあんな状態のアルバートを見て、それでも憂鬱のままでいるって言うんですか!」
彼女の言葉にジャンヌは何も答えない。
その姿に、一夏も我慢の限界だった。
「それなら貴女は姫でいる資格なんてない! 騎士を持つ資格なんてない!」
護ろうとする彼の思いすら、ジャンヌの心を動かさないのか。
分からない、理解できない、理解したくもない。
エルバッハのウィンドスラッシュが急降下するアルバートを迎え撃つ。
風の刃に全身を幾重にも切り刻まれるが、それでも彼は避けることもせず、ただ最短距離でジャンヌのもとへと還ろうとする。
「プッツンした相手ほど厄介なものはないですね……」
エルバッハはコックピットの中で小さくため息をついた。
アルバートの進路には一夏のホットリップスが立ちはだかる。
マテリアルで輝く拳が鋭く突き出された。
「アルバート! 護る必要なんてないです! 彼女にはそんな資格――」
「――退け!」
空中ということもあってか、射出されたネットに捕らわれる中で、彼は再び真正面から拳を受け止めるほかない。
二者衝突。
一夏の放った拳の先には確かな手ごたえ。
次の瞬間、ホットリップスの拳が音を立てて砕け散った。
返しの刃――いや、剣ごと突きこまれた彼の鱗の拳がホットリップスの巨腕を砕いたのだ。
とはいえ、彼自身も衝突によるダメージを相応に受けている。
もはやぼろ雑巾のような姿に、全身は汚染物質の液体でぐっしょりとぬれそぼって地面に降り立った。
「そこまでして、何で……」
右こぶしの異常を告げる警告が鳴り響く中で、一夏は戸惑いを隠せずふるふると首を振る。
「……神すら過去は戻せない。そろそろ終わりにしましょう」
満身創痍のアルバートへマリィアの光の雨が降り注ぐ。
飛び上がり避けようとしたアルバートだったが、その翼を流星のような光が貫いた。
落下する彼の視界の先に、弓を構えるリアリュールの姿映る。
「想いも未練もまとめて……焼き尽くしてやるよ」
ソフィアのブリューナクから放たれた銃弾が、マテリアルの輝きとなって消失した。
直後、5つの太陽のごとき爆炎がアルバートとジャンヌの周囲を包み込む。
「過去と踊り……眠れ、永遠に。顕現せよ、紅き……太陽ッ!」
炎が弾ける。
炸裂した閃光が、銀世界をまばゆいほどに照らした。
光の先、戦場に立ち尽くすアルバートの姿。
鋼の鱗は焼けただれ、誰が見ても限界であった。
「……これで終いだ」
ソフィアの周囲を舞う霊剣が音もなくアルバートの胸の中央に突き刺さる。
同時にふっと、周囲を纏っていたプレッシャーのようなものが掻き消えたような気がした。
「――もう……いいじゃない」
「えっ……?」
弓を構えたまま、リアリュールは弾かれたように振り返った。
焼け焦げた服で、肌もすすけて薄汚れた姿のジャンヌが、立ち上がってアルバートを見つめていた。
フラフラと、それこそ歩きはじめの赤ん坊のようなおぼつかない足取りで静かに歩み寄る。
ハンター達が警戒を強める中で、彼女はアルバートの手を取った。
「私はここにいる……だからもう、いいじゃない」
その言葉にアルバートは驚いたように目を見開いた。
ふらりと力を失ったように、ジャンヌの方へと崩れる。
受け止めるジャンヌ。
彼女に支えられながらアルバートは震える声で呟いた。
「は……はは……そうか……世界からあなたを奪ったのは、他でもない――」
どこか物憂げなジャンヌの腕の中で、アルバートの表情が暗く沈む。
それがマテリアルとなって霧散していく、彼の最後の姿となった。
●
「なんだなんだ、終わりか! もうちょい、これからってところじゃんよ!」
コックピットの中で不満げに声を荒げたゾファルは、モニターの先で地面にへたり込むジャンヌを見た。
アルバートから流れた汚染物質でぐっしょりと髪や身体を濡らしたその姿は、雪原の白さに相まってどこか美しさをも感じさせる。
「まー、お楽しみはまだこれからだよな?」
ガルガリンの横にホットリップスが並ぶ。
一夏は失った片腕以外の駆動に支障がないことを確認すると、同じようにジャンヌを見下ろした。
「もう何もする必要はありません。あなたもここで眠るべきです」
「私は――」
ジャンヌが雪の降り注ぐ空を見上げると、細やかな金髪が肩から流れる。
「――私は何も望みやしない。だから、私に何も望まないで」
「それが彼に対する、あなたの答えなのかしら?」
尋ねたマリィアの声色には、どこか失望の念がちらつく。
するとリアリュールが強い口調で言い添えた。
「なら……あなたが至るべき場所は“無”でしかないわ。何も望まず、存在すらも捨て、世界に還ることでしかあなたの望みは果たされない」
あらゆる我欲に対する怠惰の末に訪れた、無欲という頂。
それが彼女が求める唯一の価値だというのであれば、存在していることこそが唯一最大の障害。
「望むのならば私たちが消してあげる。だけど……いや、もう遅いかもしれない。それでも、ひとつだけ教えて」
リアリュールは何かにすがるように、問いかけた。
「アルバートは、あなたにとってどういう存在だったの?」
「私にとって……」
ジャンヌの澄んだ青い瞳が、彼女を向く。
「私は私。彼は彼……じゃないの? だけどそうではなく、私にとっての……彼……?」
彼女の声が震えをおびた。
「ああ……ああ……そんなの、考えたこともない。私は私。他の誰でも、誰のモノでもない。彼は私じゃない。他の人、誰のモノでもない。だけと繋がるの? 私と彼、別と別の存在が……?」
「それが“情”……時に“愛”とも呼ばれるものよ」
「あ……い?」
マリィアの言葉に、ジャンヌは意を突かれたように首をかしげる。
それから震える肩を抱いて、自らに問いかけるように口を開いた。
「私と彼。繋がり。あい。他人と私。彼……あい? メイド達……ルチアも、フランカも、他のみんなも――パパも、ママも……繋がり、みんな、あい? それって、ああ……ああ……ああああ!!!」
突然、ジャンヌが叫んだ。
それは生まれて初めて彼女を襲う激情の波。
これまで“怠惰”していた感情というエネルギーが、一気の彼女の中に流れ込む。
「チッ……見てられねえ。終わらせるぞ!」
頭を抱えてわめき叫ぶ彼女を、ソフィアの銃弾が貫く。
パッと赤い花が胸元を濡らしたが、どれだけ人のなりに似ていようとも歪虚は歪虚――せき込むような嗚咽はあっても、致命傷に至った気配はない。
「すぐ済ませてやる。その苦しみも全部だ」
次いでジャックの矢が彼女の背中を射る。
続くようにハンターらの銃矢が、アルバートにもそうしたように、彼女へと注がれた。
爆炎、爆風、銃弾、衝撃。
雪と土とが舞い上がり、辺りを濛々とした煙に巻く。
「十三魔と聞いて楽しみにしてたんだがな……残念だぜ」
煙を突き破って飛び込んだゾファルのガルガリン。
振り上げた斬艦刀の先に、薄汚れて横たわるジャンヌの姿を捉える。
ゴウと音を立てて振り下ろされる、星をも砕くと謳う一刀。
その命中の直前に、彼女の視界いっぱいを突如として薄い“もや”が覆った。
「何……っ?」
振り下ろされた刃が地面を割る。
だが、そこにジャンヌの姿がない。
咄嗟に辺りを見渡す――いた。
地面にめり込んだ切っ先の隣に、ふらふらとよろめきながら彼女が立っていた。
「なんですか、この“もや”は……いや、それよりも今、何を?」
エルバッハの目には確かにゾファルの刃が彼女を捉えたように見えた。
だがその実、刃は命中せず、ジャンヌはそこに立っている。
立ったところなど「見ていない」のに?
ハンター達が警戒を強める中で、ジャンヌは咳き込みながら、ぽつりとつぶやく。
「そう……みんな、もう、いないのね……」
それはどこか寂し気な、強い憂いに満ちた声色だった。
だが彼女の憂いとは裏腹に、戦場を覆っていた倦怠感がふっと消え失せる。
同時にジャンヌの身体をぐっしょりと濡らしていた血のような汚染物質が、じゅるじゅると彼女の中へと沁み込んでいくのが見えた。
次の瞬間、ワインのように赤い霧が、一帯を濃く包み込んだ。
「何だぁ……!?」
突然のことにジャックは焦りを滲ませながら辺りを見渡す。
見えない、何も。
かろうじて数m先が視界に収まる程度で、それ以外は一面の赤。
足元のエルバを見下ろすと、彼もまた顔を真っ青にしながら恐怖に震えていた。
「このはらわたの煮えくりかえる感じ……この霧、負のマテリアルか? クソッ……!」
ソフィアは構えていた銃口を振り乱して、周囲を警戒する。
そんな時、何か赤く輝くものが視界の端に見えた気がして、彼女は咄嗟に飛びのいた。
音もなく飛来した赤い輝き――身の丈はある結晶の剣が、彼女の脚を掠めて地面に突き刺さる。
「これはアルバート……いや、だがあいつは確かに」
ふと、霧の向こうにすらりとした背丈の人影が見える。
今日のメンツであんな長身はいない。
だとしたら――
咄嗟に銃を構え、引き金を引く。
銃弾は確かに影を捉えていた。
しかし弾が影に触れたかと思った瞬間、ふっと姿がかき消えてしまった。
「ジャンヌはどこ……!?」
レーダーモニターに目を走らせた一夏は、そこに動体反応を見つける。
すぐ後ろ。
弾かれたように、残された片腕を後ろの地面へと叩きつけた。
が、すでにレーダーに反応はなく、代わりに機体がぐらりと大きく傾く。
「きゃっ……!」
音を立てて地面に崩れたホットリップス。
片膝から先が何者かに切断されている。
いつの間に?
直後に、ガガガッ、と期待を激しく揺らす数多の衝撃音。
機体の頭に、肩に、腕に、大きな両刃剣が突き立つ。
衝撃でぐわんぐわん揺れる頭を押さえながら、モニターを見た一夏。
その眼前、仰向けに倒れる機体の上にジャンヌが立っていた。
周囲の霧が集まり、ひとつとなって、上空に大きな剣が姿を現す。
最後の大きな衝撃の直前、一夏の見たジャンヌの瞳はまるで石のように感情を微塵も感じさせないものだった。
「みなさん、ウィザードの周囲に集まってください!」
外部スピーカーに乗ったエルバッハの声が響く。
彼女の機体の周囲、広域のイニシャライズフィールドに包まれた空間の中は霧がはじめの“もや”程度のものになっている。
そもそも、この霧の中で分散し続けることも危険だ。
ハンターらは急いで彼女の機体のもとを目指す。
「……っつう!?」
そんなジャックの腹を、突如として謎の痛覚が襲う。
見ると地面に突き立った赤い刃が、わき腹を抉るように地面に突き立っている。
「いつの間に……!?」
この角度、真正面からの攻撃。
だがこんなのが飛んで来たら流石に霧の中とは言え、気づかないはずがない。
だが現に、たった今、攻撃を受けた。
エルバが慌てて前奏曲を奏で、意識を失いかけたジャックの気力を保たせる。
「助かったぜ……くそっ、なんだってんだ」
ジャックは傷口を手で押さえながら、みんなのもとを急ぐ。
「ぞくぞくするじゃん。第二ラウンドって感じ?」
フィールドの中へと飛び込んだゾファルは、人機一体を発動させ神経を研ぎ澄ませる。
こっちの視界が良くなっても、相手もこのフィールドに入ってこない限りは姿は見えないまま。
「そこだ……!」
霧の中に影が浮かんだ瞬間、ガルガリンが飛び出した。
振りぬいた斬艦刀が影を断つ――手ごたえがない。
うなじに殺気を感じて、咄嗟に振り返る。
ジャンヌが、ガルガリンの背後に立っていた。
「離れて……!」
弓を構えたリアリュールが、番えた矢を放つ。
ゾファルに意識を向けていたジャンヌだったが、その姿がぱっと消えた。
「転移……!?」
いや、そんな気配はなかった。
まるで瞬きをする瞬間に消えてしまったかのように、彼女の姿が消失する。
「各自、近づきすぎず、離れすぎず、相互に周囲を護って! 何が起きているのか分からないけど……とにかく、生き残ることを考えて!」
マリィアが叫ぶと、ハンターらはすぐに相互警戒の取れる位置取りに別れる。
咄嗟の事で完ぺきではないにせよ、フィールドを張るウィザードを中心に、できる限り全方位に誰かの目が届くように。
「……来たぜ3時の方角だ!」
ジャックが叫ぶ。
片手で腹を、片手でバスタードソードを構えながら、霧の先に浮かんだ影を追う。
「待て、こっちもだ……!」
「何っ!?」
ゾファルが叫び、ジャックが振り返る。
別の方角で揺らめく人影。
だが目の前にも確かに――
「……うぐっ」
不意に、くぐもった声が響いた。
ソフィアの腹に突き立つ巨大な剣。
避けられなかった?
違う――ジャックと同じ“気づいたら”刺さっていた。
「クッソ……踊るなら俺様ちゃんとダンスを踊ってくれよぉぉ!!」
「ゾファル、駄目!」
マリィアの静止を振り切って、ガルガリンが霧の中へ飛び出す。
はたから見れば無謀な突撃――だが、その無謀こそが目的。
誰が狙われるか分からない、これが一番ヤバい。
だったらわざと狙いやすくしてやる。
バトルジャンキーなりの彼女の駆け引きだった。
だが彼女を差し置いて、剣が次に貫いたのは中央でフィールドを張るウィザードの脚部だった。
片足を切断され、機体が大きく傾く。
追い打つように2本、3本と、展開したマテリアルカーテンを貫いて、刃が機体のあちこちをバターのように切り刻む。
「戦場から倦怠感が消えて、その直後にこれ……彼女もまた、何らかの理由で能力が変化したということなのでしょうか」
エルバッハは機体の立て直しを放棄して、カメラやらセンサーやら、ありとあらゆる手段で状況の把握に努める。
とにかく、ひとつでも多く情報を残す。
しかし最後の1刀が降り注いで、ウィザードの胸部を深く貫いていた。
フィールドが消え、霧が次第に辺りを浸食し始める。
「ジャンヌ!」
ウィザードの傍に“現れた”ジャンヌへと、ジャックが駆ける。
「今さら分かったって遅いんだよ! 守りたいモンのために戦う俺たちの……アイツの覚悟が!」
マテリアルを纏った剣がジャンヌに迫る。
彼女はゆっくりとした動作で振り向くと、冷めた瞳で彼を見た。
「覚悟……それは分からないわ。だけど“あい”は分かる」
また消えるのか――そうだとしても、今はただまっすぐこの刃を振り下ろすことしかできない。
彼女はゆったりとした動作で身を翻したが、不意にその足元がふらついた。
驚いたように目を見開くジャンヌ。
ジャックの刃が、彼女の背中を袈裟に切り裂く。
「……っ!」
なんとか踏みとどまった彼女はドタドタと逃げるようにその場から離れる。
それからどこか疲れの見える表情でハンターらを一瞥し――最後にリアリュールを見て止まった。
濃くなっていく霧の中に彼女の姿が隠れていく。
「“無”……そうね。それがいいわ」
――私は、私だけの“無”が欲しい。
彼女の強大なマテリアルが遠のいていくのを感じる。
それが少なくともグラウンド・ゼロや龍園の方面でないことを理解すると、ハンター達は後を追うようなことをしなかった。
気配が遠ざかるにつれて赤い霧が次第に薄くなっていく。
やがて完全に霧が晴れたころ、彼らはようやく警戒を解いて張り詰めた緊張を解いた。
すぐさま動けなくなったCAMの中から一夏やエルバッハを救出する。
ソフィアやフィロと共に応急処置を済ませると、ユグティラたちによる前奏曲の大合奏が意識を繋いだ。
「“無”……だと? どこまで、人を馬鹿にすりゃ……げほっ! ごほっ!」
「喋らないで。身体、横にするわよ」
憤ったソフィアがむせると、マリィアがそっと彼女の身体を横に向ける。
「未来は誰にも分りません……だけど歪虚には過去しかなく……私たちには今しかない」
かすれた声で語るフィロは、顔に降り注ぐ粉雪の冷たさを感じながらそっと目を閉じた。
「ただ可能性が残されているだけ、オートマトンは……いえ、私たち人類はまだマシだと思うのです」
歪虚の存在目的が世間の推測の通りに世界を無に帰すことなのだとしたら、彼らの行きつく未来も無?
だとしたら彼ら個人の意思や願望も最終的には意味のないものとなってしまう。
その手段と目的の歪な矛盾――その答えを見つけ出すことは、今はまだできない。
雪がちらつく銀世界の中、よく通った視界の先に数機のCAMの巨影と、それに随行するハンター達の姿が見える。
同様にハンターたちにも雪原の先で気だるげに座るジャンヌ・ポワソン(kz0154)と、彼女の前で立ちはだかるアルバートの姿がはっきりととらえられていた。
「アルバート……ずいぶん、落ち着いているわね」
積雪を巻き上げながら走る魔導バイクの上で、リアリュール(ka2003)が眉をひそめた。
これまで何度となく向かい合った時の彼の荒々しさ。
暴走と言ってもいい数々の戦いとは違って、今の彼のたたずまいは落ち着いている。
その変化がジャンヌの存在によってもたらされているものであるならば、彼は望むものを手に入れたということなのだろうか。
「お姫様と騎士ってか……まるでこっちが悪役みたいだな」
先行するCAMたちから数歩遅れた位置で、ジャック・エルギン(ka1522)が奥歯を噛みしめる。
あちらにどんな事情があろうとも、こちらにも彼らを先へ行かせることができない事情がある。
事情が相反するものであるのなら、状況は衝突しかないのだ。
彼のユグティラ――エルバが水瓶のようなリュートを奏で始めると、ジャックの身体にエルバの力が流れ込む。
「初手から攻めるぜ。これ以上、アチコチ飛び回られるわけにゃいかねぇ……!」
構えた弓に、己の生体マテリアルを注ぎ込む――ソウルエッジ。
2体分の魔法エネルギーを纏った矢が、寒風を貫くように放たれた。
アルバートは前方の空中に隻腕を伸ばすと、その手に周囲から赤黒い負のマテリアルをかき集める。
粒子のような輝きは身の丈もある大剣の形になって固着すると、アルバートは盾のように刀身の「面」で構えて矢の衝撃を受け止めた。
いや、完全に止めたつもり――だった。
意に反して矢の衝撃が大剣を弾いて、アルバートの身体が大きくよろける。
「流石に前回のダメージが響いているようね」
マリィア・バルデス(ka5848)は走らせたままのバイクのハンドルに魔導銃の銃身を添え、上空に狙いを定める。
放たれた数多の弾丸はマテリアルを纏ったまま空で弾け、光のつぶてとなってアルバートらの頭上から降り注いだ。
「ジャンヌ、そこを動かないで」
アルバートは体勢を立て直しながら片翼を広げて、ジャンヌを覆う傘を作る。
自らも天に向かって大剣を掲げると、降り注ぐ光の雨をその身で一挙に引き受けた。
「庇う――のね。いいわ。それがあなたの“本当”ということなのね」
マリィアの冷めた瞳にほんのりと熱が浮かぶ。
後方から星神器「ブリューナク」を構えるソフィア =リリィホルム(ka2383)の銃口が、彼女のマテリアルで淡く輝いた。
周囲に霊剣が滞空する中で、その射線は真っすぐにアルバートからジャンヌまでを狙いに定めている。
放たれた銃弾。
アルバートは一歩も動くことなく、真正面から受け止める。
「そんな状態でも護りに行くか……殊勝なことじゃねえかよ」
口にしたのは彼の佇まいへのある種の称賛。
しかし、彼の瞳に宿る信念はソフィアにとって最も忌み嫌うべきものであり、思わず苦虫を噛み潰したように表情を歪める。
アルバートがジャンヌの盾となる様子を確認して、エルバッハ・リオン(ka2434)と百鬼 一夏(ka7308)が畳みかけるように銃砲火を放つ。
機関銃と魔導バズーカの重い一撃にさらされながら、アルバートはそれでも、決して動くことなくジャンヌの前に立ち続ける。
大剣を器用に使いこなし、直撃の銃弾や爆炎だけは防ぐものの、それ以外のものは身体や脚を無数に掠め、貫いていく。
「アルバートの討伐は絶対ですが、その勝機のことを考えれば――」
エルバッハの銃機関砲が向くのはアルバートを通したジャンヌの姿だ。
ジャンヌを狙えばアルバートが庇うのでは――というのは道中に語っていたマリィアの言葉だった。
事実はその通りに、彼が死力を賭してジャンヌを護るつもりなのだということは、この初めの一手で重々理解できた。
それでも、あくまで作戦の狙いはまずアルバート。
ジャンヌを狙うことは、彼を足止めするための方策だ。
「……よく守るわね」
ハンドルから手を離したリアリュールが、矢を弓に番える。
放たれた2射の矢をアルバートは真正面から受けるが、1本だけ、直撃の直前で不意に弧を描くように狙いがずれる。
「なっ……」
まっすぐ2本受け止めるつもりだったアルバートは咄嗟に対応が遅れ、彼の頭上を飛び越した矢は後ろに隠されたジャンヌの足を掠め、地面に突き刺さった。
「浅い」
敵の様子から手ごたえは感じない。
不安定なバイクの上と、アルバートの背と翼に隠れて、狙いが少しずれたか。
長射程の飛び道具を持たないのであろう彼らにとって、この距離は防戦に徹するしかない状況だ。
半ば一方的に、ハンター達の銃砲火がアルバートに降りかかる。
だが護りに意識のすべてを割ける分、アルバートの盾としての機能は十二分に発揮されている。
一方の護られるジャンヌは、彼の言いつけを守っているのか、ただ面倒なのか、惚けた様子でぼーっと成り行きを眺めていた。
機を作るには接近戦で意識を振り回すしかない。
それはハンター達も知っている。
「おバカさんですねアルバート! 傷が治るまで隠れていればよかったのに!」
装備の射程に入るや否や、コンフェッサー「ホットリップス」の片腕に装備したシールドを突き付ける一夏。
裏面の射出口から放たれたグレネードが弧を描き、敵の眼前で炸裂する。
強烈な爆炎から、アルバートは大剣と翼を最大限に使ってジャンヌを覆う。
炎と煙で一瞬視界が奪われた。
その一瞬は、距離を詰めるのには十分だ。
爆炎の中から小さな影が戦場に飛び出す。
大きく拳を振りかぶった姿のフィロ(ka6966)。
腕につけた星神器「角力」が、マテリアルの輝きに満ちる。
「どうぞお眠りください、ジャンヌ様」
アルバートをすり抜けるようにして、ジャンヌを捉えた彼女の瞳。
「ジャンヌ……!」
だが突き出された彼女の拳の前に、アルバートが捨て身で飛び込んだ。
白虎の爪牙のように鋭い一撃が彼の胸を穿ち、固い鱗にひびが入る。
「あなた様でも宜しいのですよ、アルバート様」
星神器が輝きを増し、追撃の一手が今度はアルバートを狙う。
アルバートは咄嗟に大剣で防ごうとするが、初撃の衝撃で反応が遅れ、2撃目をボディでもろに受け止めることとなった。
ダメージこそ致命的ではない。
だが、彼の認識を奪い去るには十分だ。
生々しい彼の傷口から飛び散った血のような液体が、フィロの身体を濡らす。
「そこよ」
バイクで大きく回り込んだマリィアの銃弾が、立て続けにアルバートの脚に刺さる。
フィロの後ろから巨体――斬艦刀を振り上げたガルガリンの姿が、頭上から影を差した。
「今回は死にそうな感じがBINBINするじゃんよ」
チリチリとうなじが焼ける想いのゾファル・G・初火(ka4407)は、刀身を思いっきり振り下ろす。
意識が散漫となったアルバートは対応することもできず、その分厚い刃の下敷きとなった。
吹きあがった積雪が、一面を真っ白に染める。
「おいおい、このくらいで終わりだっていうんじゃないよな?」
ゆっくりと斬艦刀を持ち上げる。
その下からアルバートがふらふらと起き上がる姿が見えた。
彼は焦点の定まらない瞳で、それでも殺意でもってはるか頭上の巨体を見上げる。
「うーん、いいね。そくぞくしちゃう」
カメラ越しに目のあったゾファルは小さく身震いしながら笑顔を浮かべた。
前衛のハンターが展開したうちに、後衛のハンター達もそれぞれの狙いやすい位置へと散開する。
包囲を行ったわけではないが、これである程度、敵のどのような動きにも対処できるはずだ。
「前にもこんなことがあったわ……確か、お城から追い出されて」
ふと、ジャンヌが大きなため息をついた。
思い返したのはほんの数年前の出来事。
言われるがままに自分の城を戦場に出し、結果として失った。
そして今回もまた、安住の地になるのかと思った霧の山の屋敷を手放すこととなった。
どうしてこんな目にあわなければならないの?
私が何をしたというの?
積もったやり場のない不満か、ため息とともに辺り一面に広まった。
「っ……これは」
真っ先に感じたのは、傍にいたフィロだった。
どんよりとした曇り空のように全身を包み込む倦怠感。
すぐにそれがジャンヌの力のせいであると理解するが、それを理解することすら次第に億劫になっていく。
「へへ……ヤバいじゃん」
ガルガリンのコックピットで、ゾファルもまたうなだれるように身体を丸めた。
ぼーっとする頭でモニターのジャンヌを見る。
全くもって彼女からは「殺される」気配を感じない。
感じないのに――ヤバいということだけは、直感で理解できた。
「イニシャライズフィールドを広域展開します」
エクスシア「ウィザード」の持つフィールドと距離のおかげで、前線の仲間よりもジャンヌの<憂鬱>を受けていないエルバッハは、すぐさまフィールドの広域展開を行った。
それは最も<憂鬱>のきつい前線の2人を包み込んで、彼女らの意識を徐々に覚醒させていく。
アルバートも彼女の力に目元を押さえてふらついていたが、こちらはフィロの白虎神拳の意識昏倒ともども自力で脱したのか、大きく頭を振って、戦意を新たにする。
それはほんの十数秒のやりとり。
だが、初手で押し込みかけたハンターの勢いは一度仕切り直されてしまった。
「そう簡単に……仕切り直させるかよ」
ソフィアの銃口が側面からジャンヌを捉える。
後ろに隠れたユグティラのケルンが狂詩曲を奏で、彼女の銃弾に力を与える。
「させ……るか!」
銃弾が放たれるより先に、アルバートが射線上に割り込む。
だがそれでいい。
そのままアルバートを狙うことになった銃弾は、大剣に防がれても確実に彼の足を止めた。
インファイトの距離でそれは大きな隙となる。
動けるようになったゾファルが、ガルガリンの操縦桿を引いた。
突き出されたバンカーシールドが、がら空きになったジャンヌを狙う。
この立ち位置で流石に防ぐのは不可能と感じたのか、アルバートはジャンヌを押し倒すように抱え込むと、そのまま地面を転がってぎりぎり、回避をしてみせた。
「いい反応じゃん」
どこか嬉しそうにコックピットで口笛を吹くゾファル。
「死に体みたいだけど、見た目通りだとは思ってないぜ。なんせそっちとこっちじゃ身体の作りってやつが違うからなあ」
現に腕一本の身でありながら、アルバートの動きには迷いがない。
それだけ、彼にとっては「それほど大事なことではない」ということ。
それにあの眼だ。
死に体でありながら、彼は生きてこの場を切り抜けることを微塵も疑っていない眼。
いや、それ以外に選択肢がないがための覚悟か。
起き上がったアルバートは手にした大剣を砕くと、代わりに槍を生成する。
作り上げた瞬間、ガルガリンめがけて勢いよく放り投げた。
ゾファルはバンカーシールドで切っ先を受け流す。
弾かれた槍が脚を掠めて、重厚な装甲をわずかに抉る。
「そう来なくっちゃ!」
空が激しく煌めいて、光の雨が降り注ぐ。
マリィアだ。
武器を放ってしまったアルバートは翼でそれを受け止める。
「蠅を嫌ってここまで来たのかしら。それとも騎士の誓いに殉じるのかしら」
ゆっくりと盾代わりにした翼を広げて、アルバートはマリィアを見据える。
この距離で、彼女の言葉が届いているわけではない。
だけどどこか探究心を持った彼女の瞳の訴えに、彼は答えずにはいられなかった。
「俺は彼女を護らなければならない。その想いだけは、目が覚めた時から変わらず、ずっと抱き続けていた俺の確かな感情だ」
それもまたマリィアの耳には届かない。
だが赤熱するように輝くアルバートの瞳が、言葉以上に語っていた。
バズーカを撃ち切った一夏が、空の砲身をホットリップスのハンガーにひっかけて前へと踏み出す。
デコイ代わりのマテリアルバルーンを放ち、自らはマテリアルフィストを放つ。
射出されたマテリアルネットが彼の手足をからめとり、光の楔にも蝕まれていた彼はその拳を真正面から受け止めることとなる。
丸太よりもまだ太いコンフェッサーの腕による衝撃。
それでもアルバートは耐えきってみせると、ネットをかき消す勢いの踏み込みと共に大剣を振った。
シールドで受け止めるホットリップス。
それでも伝わる衝撃に、コックピット内まで激しく揺れる。
「相変わらずのパワー……だけど、こっちだって成長してるんです!」
一夏は一端距離を取ると、バルーンに隠れるように移動しながらアルバートをかく乱する。
アルバートも見失わないよう視線で追い縋るが、意識をそちらに割けば、後衛ハンターの銃矢弾がそれを阻む。
「ジャンヌの力……今は良くても、これ以上は悪化させたくありませんね」
ウィザードのコックピットでジャンヌの様子をサブモニターでうかがいながら、エルバッハは呟く。
そのままメインモニターでアルバートを見据えると、機体に備えたデバイスを通して己のマテリアルを練り上げる。
「とりあえずドラゴン……火、ですかね。水から行ってみましょう」
天を仰いだ機体の頭上で、氷の矢が生成される。
矢を射るようなジェスチャーで放たれたそれはアルバートの翼を穿ち、砕けた。
「まあ、普通、ですか。では次の手です」
小さく頷いた彼女は、次の魔術を練り上げる。
「見た目よりも、戦意がねえ相手ってのがこんなに戦いにくいとはな……」
矢じりの先にうなだれるジャンヌの姿を捉えながら、ジャックはどことなくもやもやした気持ちにさいなまれていた。
そりゃ相手は歪虚だ。
倒さなければならない相手であることは理解している。
それでも無抵抗な相手に刃を向けるというのは、こう、気持ちの休まらないものがある。
いや、先ほどからじんわりと感じる倦怠感を想えば全くの無抵抗というわけではないのだが、おそらく彼女の様子からすればその自覚もないのだろう。
「だが、俺らにだって守らなきゃならないモンがある……せめて、ルチアとフランカのトコに送ってるやるぜ!」
放たれた矢はマテリアルの力で加速され、先ほどとは比類しない速度でジャンヌへと迫る。
当然防ごうとしたアルバートだったが、大剣の防御は間に合わず、腕にざくりと突き刺さった。
「そう言えば……ルチアもフランカも帰ってこないわ。どこへ行ったのかしら」
ふと、ジャンヌが言葉を漏らす。
「えっ、知らない……んですか?」
予想外の彼女の言葉に、思わず答えてしまった一夏。
しまった、と思って口を押さえるが既に遅く、ジャンヌが不思議そうにホットリップスを見上げていた。
「何を……?」
まずいと思ってさらに距離をあける。
だが予想に反して、彼女の<憂鬱>が強まるようなことはなかった。
「消えたわ。フランカも――報告によればルチアって子も」
代わりに答えたのはマリィア。
一夏から意識を逸らす目的だったが、それを聞いたジャンヌはゆっくりと目を見開いて、それからどこか寂しそうに目を伏せた。
「そう……」
感情が溢れるように、身体を覆う倦怠感がいくらか増した気がする。
ウィザードが張るフィールドの中で動けなくなるほどではないが、これぐらいの方がむしろ本質的な「気だるさ」として感じるもの。
「……まるで、赤ん坊が泣いてるみたいだな」
「えっ……?」
ジャックがふと呟いて、傍にいたリアリュールが彼を見る。
「ジャンヌの感染はあいつ自身の感情を周りに無理やり共有させるようなもんだ。まるで言葉を知らない赤ん坊が、何とか感情を伝えるために泣き叫んでるみたいじゃないか」
彼の言葉に、リアリュールの中の疑問はふつふつと膨らむ。
アルバートの求めるもの。
ジャンヌの求めるもの。
――何もいらない。なにも欲しくない。私は私のままでいい。それ以外、なにも。
<憂鬱>が赤ん坊の泣き声なら、あの時の言葉は……
考えるよりも先に、彼女はバイクを走らせた。
「鹿島の加護があるうちに決着をつけるのは、流石に難しいようですね」
輝きが弱まってきた星神器に、フィロは一度覚悟を決めなおす。
横薙ぎの大剣をパリィグローブで受け止め、弾き返す。
反動で体勢の崩れたアルバートへと、彼女は大きく踏み込んだ。
白虎神拳が結晶の大剣を砕いて彼の肩を突く。
骨格を伝う衝撃がアルバートを怯ませるが、彼は倒れることなく、足を大きく一歩踏み出して留まった。
「……お強いですね、本当に。そこまでして求めるものは一体なんなのでしょう」
「決まっている……失われたもの、すべてだ」
掠れる声でアルバートは語る。
ジャンヌを庇い攻撃を受け続けた今、全身の鱗はささくれのように逆立ち、血のようなマテリアル物質が雪の上に赤黒い円を描く。
そんな彼に弓を構えて、リアリュールは静かに問うた。
「そこまでして取り戻したい過去……いったい、何があったの? あなたはどうして……幽閉なんか」
アルバートは奥歯を噛みしめながら、絞り出すように答える。
「俺は彼女を護ると誓った……だが、護ることができなかった。俺が遠征をしている間に、彼女の城は――」
大剣を砕き、槍を手に取る。
突き出された一閃を、フィロは大きく飛びのいて回避した。
「だから俺は仇をとった。彼女を殺したあの歪虚を滅ぼすと決め、成し遂げた。この命と引き換えに……!」
「だったら……どうしてあなた自身が歪虚に?」
「それは……」
言葉と共に、アルバートの動きが止まる。
マリィアの銃弾とエルバッハのウィンドスラッシュが彼を襲い、彼は咄嗟に翼を盾にした。
「くっ……!?」
風の刃は大きく鱗を抉るように、彼の翼を引き裂く。
コックピットでエルバッハがボンと手を打った。
「なるほど、これが当たりでしたか」
「……ジャンヌ、少しずつ下がってください」
流石に劣勢を覚悟したのか、アルバートはジャンヌに願い出る。
だがジャンヌは動くような気配はなく、代わりにどこか戸惑ったような様子で彼を見上げ、呟いた。
「あなた、やっぱり……」
このまま安々逃がすようなことはしない。
すぐにマリィアがジャンヌの背後に回り、ソフィアも自分の立ち位置を変える。
「そうやって過去を振り返ることしかしねえ態度が気に食わねえんだ……!」
そう吐き捨て、彼女はブリューナクを構える。
「時間と同じように、壊れたものは戻らねえ。直したって、全く同じになんてならねえ。未来は創るしかねぇんだ……その気もないようなヤツに――」
銃弾は彼の腹部を貫通し、遠くの雪原に突き刺さる。
アルバートの脚元がふらつき、槍を杖代わりにして何とかとどまった。
「そうしてすべてを取り戻した先……何を求めるのかしら?」
「……なに?」
マリィアの言葉が静かに彼に突き刺さる。
「約束を果たす、失ったものを取り戻す……いいでしょう。当然の感情ね。だけどそれが果たされた後に、あなたの中に残るものは何?」
「俺の中に……残るもの?」
アルバートが戸惑いを見せる。
それはまるで、何を言われているのか分からない――とでも言いたいようだった。
「ジャンヌ……彼の言っている過去は本当なの?」
ふと、リアリュールが問いかける。
ジャンヌが時折見せる戸惑い――どうしても引っかかるその仕草がすべての謎の正体のような気がして、彼女の口から答えを聞きたかった。
しかしジャンヌは口を噤んでしまい、何も答えようとはしない。
その無言は肯定なのか、それとも答えることすらも怠惰なのか。
少なくとも答えは得られなかった。
「俺は……すべてを取り戻した先に、何を求めるんだ……?」
アルバートは身体を震わせながら、フラフラと辺りを辺りを見渡す。
マリィアに言われた言葉を自分の中でかみ砕こうとするその様子は、どこか危なげに思えた。
「おい、ヤバいんじゃないのか……?」
ジャックが矢を番えた。
アルバートが震える手で槍を砕き、代わりにロングソードを掴む。
そして赤熱してぎらついた瞳で、誰でもない虚空を見つめた。
――俺はただ、護り続ける。
爆ぜるように、アルバートが空へと飛びあがる。
「難しいことはよくわかんねーけど……俺様ちゃんはお前が強けりゃそれでいいんだけどな!」
ガルガリンの頭部カメラを通して、ゾファルは鋭い眼光による瞳術を放った。
常人であればすべからく萎縮してしまうような、飢え狂った眼光。
それに縛られてなお、アルバートは急降下するように彼女の機体へと迫った。
振り下ろされた刃をシールドで受け止める。
しかし力任せの刃は盾面を切るというよりは叩き割って、ガルガリンの腕を深く抉った。
むき出しになった腕部の内部フレームを見て、ゾファルは今日一番楽しそうに笑う。
そっちがその気ならと、自らの生体マテリアルを一挙に機体へと流し込んだ。
人機一体――彼女のマテリアルを纏ったガルガリンは、もはや彼女そのものだ。
再び弾丸のような速さで迫るアルバート。
彼女は一度距離を取ってから、大きく振りかぶった斬艦刀の上段一振りで打ち落とす。
激しい衝突音と共にアルバートは地面に打ち付けられた。
だが、すぐに飛び起きると武器を大剣に持ち替えて地上からガルガリンへと迫る。
大きく全身の回転を加えながら振われた一撃。
ゾファルは斬艦刀で受け止めるも、強烈な衝撃に機体が大きく弾かれる。
コックピット内も激しく揺れて、コンソールに頭を強く打ち付けてしまった。
「はっはっ! 殺気BINBIN感じるじゃん!!」
彼女は笑いながら、切れた額から垂れて来た血をペロリと舐める。
ああ、生きてるって味だ。
「ワリぃが、姫さんががら空きだぜ……!」
その隙に、高加速したジャックの矢がジャンヌめがけて放たれる。
アルバートは大剣をブーメランのように放り投げると、目にもつかぬ速さで飛翔するそれを的確に打ち落とした。
「嘘だろおい……!?」
フィロがアルバートへ距離を詰め、白虎神拳を突き出す。
彼は身を捩るようにしてそれを躱す。
「あなた様の生きる世界は、過去にしかないのですね」
「……過去も、今も、未来も変わりはしない。俺は彼女を護り続ける」
瞳術を振り払い、アルバートが新たに作り出した剣を突き出す。
鋭い突きがフィロを襲うが、彼女は先ほどと同じように拳で合わせようとする。
だが先ほど合わせるよりも速い刃の動きに、コンマ数秒、拳が遅れていた。
それは奇跡に近い一刀。
刃は確かにフィロの腹を深く貫いていた。
彼女が崩れ落ちると、アルバートは再び空へ飛びあがる。
一夏がバルーンを射出し、空からの景色をかく乱する。
「貴方はあんな状態のアルバートを見て、それでも憂鬱のままでいるって言うんですか!」
彼女の言葉にジャンヌは何も答えない。
その姿に、一夏も我慢の限界だった。
「それなら貴女は姫でいる資格なんてない! 騎士を持つ資格なんてない!」
護ろうとする彼の思いすら、ジャンヌの心を動かさないのか。
分からない、理解できない、理解したくもない。
エルバッハのウィンドスラッシュが急降下するアルバートを迎え撃つ。
風の刃に全身を幾重にも切り刻まれるが、それでも彼は避けることもせず、ただ最短距離でジャンヌのもとへと還ろうとする。
「プッツンした相手ほど厄介なものはないですね……」
エルバッハはコックピットの中で小さくため息をついた。
アルバートの進路には一夏のホットリップスが立ちはだかる。
マテリアルで輝く拳が鋭く突き出された。
「アルバート! 護る必要なんてないです! 彼女にはそんな資格――」
「――退け!」
空中ということもあってか、射出されたネットに捕らわれる中で、彼は再び真正面から拳を受け止めるほかない。
二者衝突。
一夏の放った拳の先には確かな手ごたえ。
次の瞬間、ホットリップスの拳が音を立てて砕け散った。
返しの刃――いや、剣ごと突きこまれた彼の鱗の拳がホットリップスの巨腕を砕いたのだ。
とはいえ、彼自身も衝突によるダメージを相応に受けている。
もはやぼろ雑巾のような姿に、全身は汚染物質の液体でぐっしょりとぬれそぼって地面に降り立った。
「そこまでして、何で……」
右こぶしの異常を告げる警告が鳴り響く中で、一夏は戸惑いを隠せずふるふると首を振る。
「……神すら過去は戻せない。そろそろ終わりにしましょう」
満身創痍のアルバートへマリィアの光の雨が降り注ぐ。
飛び上がり避けようとしたアルバートだったが、その翼を流星のような光が貫いた。
落下する彼の視界の先に、弓を構えるリアリュールの姿映る。
「想いも未練もまとめて……焼き尽くしてやるよ」
ソフィアのブリューナクから放たれた銃弾が、マテリアルの輝きとなって消失した。
直後、5つの太陽のごとき爆炎がアルバートとジャンヌの周囲を包み込む。
「過去と踊り……眠れ、永遠に。顕現せよ、紅き……太陽ッ!」
炎が弾ける。
炸裂した閃光が、銀世界をまばゆいほどに照らした。
光の先、戦場に立ち尽くすアルバートの姿。
鋼の鱗は焼けただれ、誰が見ても限界であった。
「……これで終いだ」
ソフィアの周囲を舞う霊剣が音もなくアルバートの胸の中央に突き刺さる。
同時にふっと、周囲を纏っていたプレッシャーのようなものが掻き消えたような気がした。
「――もう……いいじゃない」
「えっ……?」
弓を構えたまま、リアリュールは弾かれたように振り返った。
焼け焦げた服で、肌もすすけて薄汚れた姿のジャンヌが、立ち上がってアルバートを見つめていた。
フラフラと、それこそ歩きはじめの赤ん坊のようなおぼつかない足取りで静かに歩み寄る。
ハンター達が警戒を強める中で、彼女はアルバートの手を取った。
「私はここにいる……だからもう、いいじゃない」
その言葉にアルバートは驚いたように目を見開いた。
ふらりと力を失ったように、ジャンヌの方へと崩れる。
受け止めるジャンヌ。
彼女に支えられながらアルバートは震える声で呟いた。
「は……はは……そうか……世界からあなたを奪ったのは、他でもない――」
どこか物憂げなジャンヌの腕の中で、アルバートの表情が暗く沈む。
それがマテリアルとなって霧散していく、彼の最後の姿となった。
●
「なんだなんだ、終わりか! もうちょい、これからってところじゃんよ!」
コックピットの中で不満げに声を荒げたゾファルは、モニターの先で地面にへたり込むジャンヌを見た。
アルバートから流れた汚染物質でぐっしょりと髪や身体を濡らしたその姿は、雪原の白さに相まってどこか美しさをも感じさせる。
「まー、お楽しみはまだこれからだよな?」
ガルガリンの横にホットリップスが並ぶ。
一夏は失った片腕以外の駆動に支障がないことを確認すると、同じようにジャンヌを見下ろした。
「もう何もする必要はありません。あなたもここで眠るべきです」
「私は――」
ジャンヌが雪の降り注ぐ空を見上げると、細やかな金髪が肩から流れる。
「――私は何も望みやしない。だから、私に何も望まないで」
「それが彼に対する、あなたの答えなのかしら?」
尋ねたマリィアの声色には、どこか失望の念がちらつく。
するとリアリュールが強い口調で言い添えた。
「なら……あなたが至るべき場所は“無”でしかないわ。何も望まず、存在すらも捨て、世界に還ることでしかあなたの望みは果たされない」
あらゆる我欲に対する怠惰の末に訪れた、無欲という頂。
それが彼女が求める唯一の価値だというのであれば、存在していることこそが唯一最大の障害。
「望むのならば私たちが消してあげる。だけど……いや、もう遅いかもしれない。それでも、ひとつだけ教えて」
リアリュールは何かにすがるように、問いかけた。
「アルバートは、あなたにとってどういう存在だったの?」
「私にとって……」
ジャンヌの澄んだ青い瞳が、彼女を向く。
「私は私。彼は彼……じゃないの? だけどそうではなく、私にとっての……彼……?」
彼女の声が震えをおびた。
「ああ……ああ……そんなの、考えたこともない。私は私。他の誰でも、誰のモノでもない。彼は私じゃない。他の人、誰のモノでもない。だけと繋がるの? 私と彼、別と別の存在が……?」
「それが“情”……時に“愛”とも呼ばれるものよ」
「あ……い?」
マリィアの言葉に、ジャンヌは意を突かれたように首をかしげる。
それから震える肩を抱いて、自らに問いかけるように口を開いた。
「私と彼。繋がり。あい。他人と私。彼……あい? メイド達……ルチアも、フランカも、他のみんなも――パパも、ママも……繋がり、みんな、あい? それって、ああ……ああ……ああああ!!!」
突然、ジャンヌが叫んだ。
それは生まれて初めて彼女を襲う激情の波。
これまで“怠惰”していた感情というエネルギーが、一気の彼女の中に流れ込む。
「チッ……見てられねえ。終わらせるぞ!」
頭を抱えてわめき叫ぶ彼女を、ソフィアの銃弾が貫く。
パッと赤い花が胸元を濡らしたが、どれだけ人のなりに似ていようとも歪虚は歪虚――せき込むような嗚咽はあっても、致命傷に至った気配はない。
「すぐ済ませてやる。その苦しみも全部だ」
次いでジャックの矢が彼女の背中を射る。
続くようにハンターらの銃矢が、アルバートにもそうしたように、彼女へと注がれた。
爆炎、爆風、銃弾、衝撃。
雪と土とが舞い上がり、辺りを濛々とした煙に巻く。
「十三魔と聞いて楽しみにしてたんだがな……残念だぜ」
煙を突き破って飛び込んだゾファルのガルガリン。
振り上げた斬艦刀の先に、薄汚れて横たわるジャンヌの姿を捉える。
ゴウと音を立てて振り下ろされる、星をも砕くと謳う一刀。
その命中の直前に、彼女の視界いっぱいを突如として薄い“もや”が覆った。
「何……っ?」
振り下ろされた刃が地面を割る。
だが、そこにジャンヌの姿がない。
咄嗟に辺りを見渡す――いた。
地面にめり込んだ切っ先の隣に、ふらふらとよろめきながら彼女が立っていた。
「なんですか、この“もや”は……いや、それよりも今、何を?」
エルバッハの目には確かにゾファルの刃が彼女を捉えたように見えた。
だがその実、刃は命中せず、ジャンヌはそこに立っている。
立ったところなど「見ていない」のに?
ハンター達が警戒を強める中で、ジャンヌは咳き込みながら、ぽつりとつぶやく。
「そう……みんな、もう、いないのね……」
それはどこか寂し気な、強い憂いに満ちた声色だった。
だが彼女の憂いとは裏腹に、戦場を覆っていた倦怠感がふっと消え失せる。
同時にジャンヌの身体をぐっしょりと濡らしていた血のような汚染物質が、じゅるじゅると彼女の中へと沁み込んでいくのが見えた。
次の瞬間、ワインのように赤い霧が、一帯を濃く包み込んだ。
「何だぁ……!?」
突然のことにジャックは焦りを滲ませながら辺りを見渡す。
見えない、何も。
かろうじて数m先が視界に収まる程度で、それ以外は一面の赤。
足元のエルバを見下ろすと、彼もまた顔を真っ青にしながら恐怖に震えていた。
「このはらわたの煮えくりかえる感じ……この霧、負のマテリアルか? クソッ……!」
ソフィアは構えていた銃口を振り乱して、周囲を警戒する。
そんな時、何か赤く輝くものが視界の端に見えた気がして、彼女は咄嗟に飛びのいた。
音もなく飛来した赤い輝き――身の丈はある結晶の剣が、彼女の脚を掠めて地面に突き刺さる。
「これはアルバート……いや、だがあいつは確かに」
ふと、霧の向こうにすらりとした背丈の人影が見える。
今日のメンツであんな長身はいない。
だとしたら――
咄嗟に銃を構え、引き金を引く。
銃弾は確かに影を捉えていた。
しかし弾が影に触れたかと思った瞬間、ふっと姿がかき消えてしまった。
「ジャンヌはどこ……!?」
レーダーモニターに目を走らせた一夏は、そこに動体反応を見つける。
すぐ後ろ。
弾かれたように、残された片腕を後ろの地面へと叩きつけた。
が、すでにレーダーに反応はなく、代わりに機体がぐらりと大きく傾く。
「きゃっ……!」
音を立てて地面に崩れたホットリップス。
片膝から先が何者かに切断されている。
いつの間に?
直後に、ガガガッ、と期待を激しく揺らす数多の衝撃音。
機体の頭に、肩に、腕に、大きな両刃剣が突き立つ。
衝撃でぐわんぐわん揺れる頭を押さえながら、モニターを見た一夏。
その眼前、仰向けに倒れる機体の上にジャンヌが立っていた。
周囲の霧が集まり、ひとつとなって、上空に大きな剣が姿を現す。
最後の大きな衝撃の直前、一夏の見たジャンヌの瞳はまるで石のように感情を微塵も感じさせないものだった。
「みなさん、ウィザードの周囲に集まってください!」
外部スピーカーに乗ったエルバッハの声が響く。
彼女の機体の周囲、広域のイニシャライズフィールドに包まれた空間の中は霧がはじめの“もや”程度のものになっている。
そもそも、この霧の中で分散し続けることも危険だ。
ハンターらは急いで彼女の機体のもとを目指す。
「……っつう!?」
そんなジャックの腹を、突如として謎の痛覚が襲う。
見ると地面に突き立った赤い刃が、わき腹を抉るように地面に突き立っている。
「いつの間に……!?」
この角度、真正面からの攻撃。
だがこんなのが飛んで来たら流石に霧の中とは言え、気づかないはずがない。
だが現に、たった今、攻撃を受けた。
エルバが慌てて前奏曲を奏で、意識を失いかけたジャックの気力を保たせる。
「助かったぜ……くそっ、なんだってんだ」
ジャックは傷口を手で押さえながら、みんなのもとを急ぐ。
「ぞくぞくするじゃん。第二ラウンドって感じ?」
フィールドの中へと飛び込んだゾファルは、人機一体を発動させ神経を研ぎ澄ませる。
こっちの視界が良くなっても、相手もこのフィールドに入ってこない限りは姿は見えないまま。
「そこだ……!」
霧の中に影が浮かんだ瞬間、ガルガリンが飛び出した。
振りぬいた斬艦刀が影を断つ――手ごたえがない。
うなじに殺気を感じて、咄嗟に振り返る。
ジャンヌが、ガルガリンの背後に立っていた。
「離れて……!」
弓を構えたリアリュールが、番えた矢を放つ。
ゾファルに意識を向けていたジャンヌだったが、その姿がぱっと消えた。
「転移……!?」
いや、そんな気配はなかった。
まるで瞬きをする瞬間に消えてしまったかのように、彼女の姿が消失する。
「各自、近づきすぎず、離れすぎず、相互に周囲を護って! 何が起きているのか分からないけど……とにかく、生き残ることを考えて!」
マリィアが叫ぶと、ハンターらはすぐに相互警戒の取れる位置取りに別れる。
咄嗟の事で完ぺきではないにせよ、フィールドを張るウィザードを中心に、できる限り全方位に誰かの目が届くように。
「……来たぜ3時の方角だ!」
ジャックが叫ぶ。
片手で腹を、片手でバスタードソードを構えながら、霧の先に浮かんだ影を追う。
「待て、こっちもだ……!」
「何っ!?」
ゾファルが叫び、ジャックが振り返る。
別の方角で揺らめく人影。
だが目の前にも確かに――
「……うぐっ」
不意に、くぐもった声が響いた。
ソフィアの腹に突き立つ巨大な剣。
避けられなかった?
違う――ジャックと同じ“気づいたら”刺さっていた。
「クッソ……踊るなら俺様ちゃんとダンスを踊ってくれよぉぉ!!」
「ゾファル、駄目!」
マリィアの静止を振り切って、ガルガリンが霧の中へ飛び出す。
はたから見れば無謀な突撃――だが、その無謀こそが目的。
誰が狙われるか分からない、これが一番ヤバい。
だったらわざと狙いやすくしてやる。
バトルジャンキーなりの彼女の駆け引きだった。
だが彼女を差し置いて、剣が次に貫いたのは中央でフィールドを張るウィザードの脚部だった。
片足を切断され、機体が大きく傾く。
追い打つように2本、3本と、展開したマテリアルカーテンを貫いて、刃が機体のあちこちをバターのように切り刻む。
「戦場から倦怠感が消えて、その直後にこれ……彼女もまた、何らかの理由で能力が変化したということなのでしょうか」
エルバッハは機体の立て直しを放棄して、カメラやらセンサーやら、ありとあらゆる手段で状況の把握に努める。
とにかく、ひとつでも多く情報を残す。
しかし最後の1刀が降り注いで、ウィザードの胸部を深く貫いていた。
フィールドが消え、霧が次第に辺りを浸食し始める。
「ジャンヌ!」
ウィザードの傍に“現れた”ジャンヌへと、ジャックが駆ける。
「今さら分かったって遅いんだよ! 守りたいモンのために戦う俺たちの……アイツの覚悟が!」
マテリアルを纏った剣がジャンヌに迫る。
彼女はゆっくりとした動作で振り向くと、冷めた瞳で彼を見た。
「覚悟……それは分からないわ。だけど“あい”は分かる」
また消えるのか――そうだとしても、今はただまっすぐこの刃を振り下ろすことしかできない。
彼女はゆったりとした動作で身を翻したが、不意にその足元がふらついた。
驚いたように目を見開くジャンヌ。
ジャックの刃が、彼女の背中を袈裟に切り裂く。
「……っ!」
なんとか踏みとどまった彼女はドタドタと逃げるようにその場から離れる。
それからどこか疲れの見える表情でハンターらを一瞥し――最後にリアリュールを見て止まった。
濃くなっていく霧の中に彼女の姿が隠れていく。
「“無”……そうね。それがいいわ」
――私は、私だけの“無”が欲しい。
彼女の強大なマテリアルが遠のいていくのを感じる。
それが少なくともグラウンド・ゼロや龍園の方面でないことを理解すると、ハンター達は後を追うようなことをしなかった。
気配が遠ざかるにつれて赤い霧が次第に薄くなっていく。
やがて完全に霧が晴れたころ、彼らはようやく警戒を解いて張り詰めた緊張を解いた。
すぐさま動けなくなったCAMの中から一夏やエルバッハを救出する。
ソフィアやフィロと共に応急処置を済ませると、ユグティラたちによる前奏曲の大合奏が意識を繋いだ。
「“無”……だと? どこまで、人を馬鹿にすりゃ……げほっ! ごほっ!」
「喋らないで。身体、横にするわよ」
憤ったソフィアがむせると、マリィアがそっと彼女の身体を横に向ける。
「未来は誰にも分りません……だけど歪虚には過去しかなく……私たちには今しかない」
かすれた声で語るフィロは、顔に降り注ぐ粉雪の冷たさを感じながらそっと目を閉じた。
「ただ可能性が残されているだけ、オートマトンは……いえ、私たち人類はまだマシだと思うのです」
歪虚の存在目的が世間の推測の通りに世界を無に帰すことなのだとしたら、彼らの行きつく未来も無?
だとしたら彼ら個人の意思や願望も最終的には意味のないものとなってしまう。
その手段と目的の歪な矛盾――その答えを見つけ出すことは、今はまだできない。
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相談卓 ジャック・エルギン(ka1522) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/02/15 07:38:57 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/02/11 13:41:42 |