ゲスト
(ka0000)
seufzend
マスター:石田まきば

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2019/02/21 09:00
- 完成日
- 2019/03/03 21:35
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●before Valentine's Day
一年のなかでも、人々の恋愛模様に変化が訪れやすいこの日、シャイネは例年通りに広場へと向かっていた。
勿論、知り合いに出会ったら渡すチョコレートの用意もしてある。
けれど、そんな余裕があるのだろうか?
自分の事ではなく、見知った者達の顔を思い浮かべる。
世界は今慌ただしいのが当たり前のようになっていて、それこそのんびりと過ごす時間は貴重なのだろうと思う。
自分だって、調査やら何やら……少し前に、大きな山場を迎えていたのだ。今はいくらか落ち着いているが、休暇を貰っているに過ぎないのだけれど。
「……ねえ、愛しい君」
相棒である、魔導デバイス型の弓にそっと語りかける。
「なんだか久しぶりに、君だけと過ごす時間のような気がするね?」
言葉にしたら、なんだか余計に気になってしまうもの。
「……一通り詩い終わったら、丁度いい樹でも探そうか」
日々の手入れはしていたけれど、ただ、運命の君だけのために使う時間をとりたいと思ったのだ。
誰の邪魔もしない、そして誰の目も気にしない場所がいい。リゼリオの公園でも広場でもいい、高い樹があればきっと落ち着いた時間が過ごせるだろう。
「それまで、いい子で待っていてくれるかな♪」
丁寧に包んで、何度も何度も、変な皺がないかを確認して。
「これで、今年のプレゼントは完璧ですね!」
必要以上に元気いっぱいな声をあげて、ふんすと気合を入れるのはフクカン。そんな彼の前にあるテーブルには、幾つもの包みが積み上がっている。
(結局、ひとつに絞りきれませんでした)
これまで、店で見かける度に気に入って買い求めた、女性用の装飾品の数は多いのである。何年あの人の補佐として過ごしてきたか。その年月を語るほどの数のため、簡単に数えることはできない。
ただ、渡して喜んでもらえるかどうかがわからなくて、大好きなあの人の身を飾るに値するのか自信が無くて。
なにより、どうやって渡していいかわからなかったのだ……緊張して、呂律も回らなくて、仕事以外では顔を真直ぐ見つめることも出来なくて。
結局は、あの人の好むような飲み物や食べ物を、いつもの置き場所に混ぜ込むだけで毎年のイベントを無難に過ごしてきたけれど。
「男らしい告白、って……どうやってやるんでしょう!?」
改めて首を傾げてみる。
どうにか、呼び出したその時間までに答えを見つけなくてはならない。
(さて、今年はどうするかな)
二月の師団長デーは勿論バレンタインにあわせてスケジュールを組むのがカミラにとって毎年の恒例である。
スイートポテトをチョコレートがけにしてみたり、芋の薄切りを揚げたものに塩を振って、やはりチョコレートがけにしてみたり。
(この時期にしか作らない分、同じものが続いても誰も怒りはしないんだがな)
しかし、折角のイベントだ、部下達にはいつもより美味いものを味わってほしいと思うのだ。
なお、敬愛する陛下へのチョコレートはまた別枠で準備しているのは常識であったりする。
「そういえば」
ちらとよぎるのは知人……立場上友人と呼んでもよいのか判断がつけにくい者達。知り合ったハンターの顔がいくつか浮かぶ。印象の強い者の顔は特に鮮明だなと苦笑した。
時間があったらリゼリオに行くのもいいな等と考える。そろそろ、休みをとっても良いだろうから。
「……多めに作っておくか」
行けるかは別として。余っても、自分の間食用にすればいい。適当な言い訳を唇にのせた。
「そろそろ休暇をとってもよろしいのではありませんの?」
パウラの淹れた茶を飲んでいたユレイテルに、そう進言したのはフュネである。チラリと視線を向けた先でパウラが何度も首を縦に振っているので、どうやら随分と周囲に心配をかけているらしい。
「……良いタイミングがみつからなくてな」
休みたくないわけじゃないのだと苦し紛れにしか聞こえない声音で答える。
「大長老……いえ、長老会の筆頭である貴方が休まなければ、私達も休みたいと言えませんのよ」
ユレイテル本人が認めないためにそう呼ばれてはいないのだが、フュネの失言を聞くに、本人がいないところで、彼は大長老と呼称されているようだ。
(休んでも、あまり休んだ気になれないのだが……)
それを言ってもきっと、意味はないのだろう。だから口には出さない。
「……近々、一日休みをもらうとしよう。だから、フュネ殿も」
「わたくしは、できましたら別の日にさせていただきたいですわ」
食い気味に遮られた。首を傾げる長老に、パウラがそっと伝える。
「……その、ユレイテル様とフュネ様が、お付き合いなさってると言う噂が、出回っているんです」
なんだ、それは。
見開いた眼を強引に瞬きすることで元に戻す。
「あー……なんだ、色々と頼ってばかりいたのが悪かったのかもしれないな、すまない」
「仕方がないのは解っておりますわ。確かにわたくしは使い勝手の良い立ち位置なのでしょうから」
それが今後も続くのだと分かっていると、暗に含められている。
「……バレンタインというのは、恋人たちの行事だと聞いておりますの。ですから、その日に是非お休みをとっていただきたいのですわ」
その日、明確に別行動をとることで、噂を否定してほしいということなのだろう。
「了解した。現状予定はないが……」
続けるか迷った言葉を、ユレイテルは飲み込んだ。
(フュネ殿には、誤解されたくない相手が居るのか)
同じ言葉が自分に返ってきて、返答に困るのもどうかと思ったので。脳裏に浮かぶ相手は居るのだが、それは勿論フュネではない。
「適当に出かけてくるとしよう」
とりあえず、適当な言葉で場を濁しておいた。
●世界が血断を迫っても
声を潜めて見回せば
行き交う人たちの賑やかな声
楽しい空気を吸い込めるけれど、君は焦っていないかな?
耳を傾けて落ち着けば
途切れることがない忙しない足音
ゆっくり呼吸をしてみればいい、気付けることがあるかもね
目を閉じて意識をより深く
胸の音を感じ取れるほどの奥へ
世の中も柵も脱ぎ捨てた先で、君が見つけたものは何?
繊細な感情を包むのは
建前? 常識? 良心?
どんな言葉で呼ぶのかは君次第
その全てを拭いさったその先にある心の内側を、どうか覗き込んで
ゆるぎない唯一を見失わないで
それがどんなモノであっても
君にとっての神聖な唯一だから
一年のなかでも、人々の恋愛模様に変化が訪れやすいこの日、シャイネは例年通りに広場へと向かっていた。
勿論、知り合いに出会ったら渡すチョコレートの用意もしてある。
けれど、そんな余裕があるのだろうか?
自分の事ではなく、見知った者達の顔を思い浮かべる。
世界は今慌ただしいのが当たり前のようになっていて、それこそのんびりと過ごす時間は貴重なのだろうと思う。
自分だって、調査やら何やら……少し前に、大きな山場を迎えていたのだ。今はいくらか落ち着いているが、休暇を貰っているに過ぎないのだけれど。
「……ねえ、愛しい君」
相棒である、魔導デバイス型の弓にそっと語りかける。
「なんだか久しぶりに、君だけと過ごす時間のような気がするね?」
言葉にしたら、なんだか余計に気になってしまうもの。
「……一通り詩い終わったら、丁度いい樹でも探そうか」
日々の手入れはしていたけれど、ただ、運命の君だけのために使う時間をとりたいと思ったのだ。
誰の邪魔もしない、そして誰の目も気にしない場所がいい。リゼリオの公園でも広場でもいい、高い樹があればきっと落ち着いた時間が過ごせるだろう。
「それまで、いい子で待っていてくれるかな♪」
丁寧に包んで、何度も何度も、変な皺がないかを確認して。
「これで、今年のプレゼントは完璧ですね!」
必要以上に元気いっぱいな声をあげて、ふんすと気合を入れるのはフクカン。そんな彼の前にあるテーブルには、幾つもの包みが積み上がっている。
(結局、ひとつに絞りきれませんでした)
これまで、店で見かける度に気に入って買い求めた、女性用の装飾品の数は多いのである。何年あの人の補佐として過ごしてきたか。その年月を語るほどの数のため、簡単に数えることはできない。
ただ、渡して喜んでもらえるかどうかがわからなくて、大好きなあの人の身を飾るに値するのか自信が無くて。
なにより、どうやって渡していいかわからなかったのだ……緊張して、呂律も回らなくて、仕事以外では顔を真直ぐ見つめることも出来なくて。
結局は、あの人の好むような飲み物や食べ物を、いつもの置き場所に混ぜ込むだけで毎年のイベントを無難に過ごしてきたけれど。
「男らしい告白、って……どうやってやるんでしょう!?」
改めて首を傾げてみる。
どうにか、呼び出したその時間までに答えを見つけなくてはならない。
(さて、今年はどうするかな)
二月の師団長デーは勿論バレンタインにあわせてスケジュールを組むのがカミラにとって毎年の恒例である。
スイートポテトをチョコレートがけにしてみたり、芋の薄切りを揚げたものに塩を振って、やはりチョコレートがけにしてみたり。
(この時期にしか作らない分、同じものが続いても誰も怒りはしないんだがな)
しかし、折角のイベントだ、部下達にはいつもより美味いものを味わってほしいと思うのだ。
なお、敬愛する陛下へのチョコレートはまた別枠で準備しているのは常識であったりする。
「そういえば」
ちらとよぎるのは知人……立場上友人と呼んでもよいのか判断がつけにくい者達。知り合ったハンターの顔がいくつか浮かぶ。印象の強い者の顔は特に鮮明だなと苦笑した。
時間があったらリゼリオに行くのもいいな等と考える。そろそろ、休みをとっても良いだろうから。
「……多めに作っておくか」
行けるかは別として。余っても、自分の間食用にすればいい。適当な言い訳を唇にのせた。
「そろそろ休暇をとってもよろしいのではありませんの?」
パウラの淹れた茶を飲んでいたユレイテルに、そう進言したのはフュネである。チラリと視線を向けた先でパウラが何度も首を縦に振っているので、どうやら随分と周囲に心配をかけているらしい。
「……良いタイミングがみつからなくてな」
休みたくないわけじゃないのだと苦し紛れにしか聞こえない声音で答える。
「大長老……いえ、長老会の筆頭である貴方が休まなければ、私達も休みたいと言えませんのよ」
ユレイテル本人が認めないためにそう呼ばれてはいないのだが、フュネの失言を聞くに、本人がいないところで、彼は大長老と呼称されているようだ。
(休んでも、あまり休んだ気になれないのだが……)
それを言ってもきっと、意味はないのだろう。だから口には出さない。
「……近々、一日休みをもらうとしよう。だから、フュネ殿も」
「わたくしは、できましたら別の日にさせていただきたいですわ」
食い気味に遮られた。首を傾げる長老に、パウラがそっと伝える。
「……その、ユレイテル様とフュネ様が、お付き合いなさってると言う噂が、出回っているんです」
なんだ、それは。
見開いた眼を強引に瞬きすることで元に戻す。
「あー……なんだ、色々と頼ってばかりいたのが悪かったのかもしれないな、すまない」
「仕方がないのは解っておりますわ。確かにわたくしは使い勝手の良い立ち位置なのでしょうから」
それが今後も続くのだと分かっていると、暗に含められている。
「……バレンタインというのは、恋人たちの行事だと聞いておりますの。ですから、その日に是非お休みをとっていただきたいのですわ」
その日、明確に別行動をとることで、噂を否定してほしいということなのだろう。
「了解した。現状予定はないが……」
続けるか迷った言葉を、ユレイテルは飲み込んだ。
(フュネ殿には、誤解されたくない相手が居るのか)
同じ言葉が自分に返ってきて、返答に困るのもどうかと思ったので。脳裏に浮かぶ相手は居るのだが、それは勿論フュネではない。
「適当に出かけてくるとしよう」
とりあえず、適当な言葉で場を濁しておいた。
●世界が血断を迫っても
声を潜めて見回せば
行き交う人たちの賑やかな声
楽しい空気を吸い込めるけれど、君は焦っていないかな?
耳を傾けて落ち着けば
途切れることがない忙しない足音
ゆっくり呼吸をしてみればいい、気付けることがあるかもね
目を閉じて意識をより深く
胸の音を感じ取れるほどの奥へ
世の中も柵も脱ぎ捨てた先で、君が見つけたものは何?
繊細な感情を包むのは
建前? 常識? 良心?
どんな言葉で呼ぶのかは君次第
その全てを拭いさったその先にある心の内側を、どうか覗き込んで
ゆるぎない唯一を見失わないで
それがどんなモノであっても
君にとっての神聖な唯一だから
リプレイ本文
●届いた想い
「お買い上げありがとうございます」
行きつけの店、その店長に手伝いを頼まれた高瀬 未悠(ka3199)は店頭でチョコレートを売っている。
「素敵なバレンタインになりますように♪」
心の底からの笑顔。それは未悠の想いが受け入れられたからこそ。
(夢みたいだとも思うの)
道は険しいと覚悟の上で伝え続けていた気持ちだ。
(ちゃんと、全て覚えてる)
もたらされた言葉も、温もりも……すぐ傍で聴いた、自分と競うほどに早くなっていた鼓動も。
(貴女の幸せを願っているわ)
行き交う人々の隙間から視えた友人、その横顔に気付いて。彼女に向けた言葉は飲み込む。
「お待たせしました。リボンはこちらから選んでくださいね」
今は一人でも多くの人に、幸せの道標となるチョコレートを。
終業時間に近づくほど、鼓動が逸る。
会えたら嬉しいと、店の地図を添えた手紙を彼はどんな顔で受け取っただろう。
(たとえ貴方が難しくても……)
逸る心が貴方の元に私の足を向けさせる筈。
まだ仕事中だ。一度落ち着こうと目を閉じた未悠の耳に届けられる、静かな笑い声。
「笑顔で迎えてくれると思ったのにね?」
不意うちだ。大好きな貴方は本当に、狡い!
●穏やかな時間
ソナ(ka1352)はバスケットを抱え直しながら、これから向かう予定の丘を指さす。
「今日は綺麗な景色を見ながらお昼にしようね。お弁当も、丘も逃げないから」
それまでの時間はおいしく食べるための準備運動、なんて続けてみる。ぴょんと跳ねて、バーニャの歩みがソナに揃った。
(よかった)
途中のお買い物だって、一緒に過ごす大切な時間だ。最近は特に、共に過ごす機会が減っていたから。今を楽しんでくれているのがわかり嬉しくなる。
「それじゃあ改めて、出発!」
手を繋ぎ、店が多く並ぶ街道を進みはじめる。
道なりに連なる店に立ち寄っていく。
(ブローチなんてどうかしら?)
陽射しを反射してきらめいた先に目を向ける。並んだ品々が見えるようにバーニャを抱き上げて、どれが気に入りそうか様子を伺った。
「バーニャは何色が好き?」
今日の記念に買っていこうと伝えれば、瞳の黒がより深くなったようで。視線が定まるのを待ちながら、ソナも最初に気になったひとつを手に取って、バーニャの服やポーチにあててみる。ステンドグラスのように、虹色の花弁が一輪になったもの。服の色を気にせずいつでも使えそうだ。
「これかしら?」
バーニャの視線が留まる度に手に取り、あてていく。白い小花が集まり、柳のような花枝を思わせるもの。ポーチのワンポイントに向きそうだ。濃い色の服でも映えるかもしれない。
雫型の菫青石に泡の様に小さく丸い水宝玉がいくつも寄り添ったものには、バーニャの耳がピンと立った。ケープにあてる間もじっとソナの目を見て来るので、特に気に入ったらしい。
「これが一番みたいね。他には何かあるかしら」
普段使いとして便利なリボンを数種類見繕う。留守番の皆の分もと考えはじめたらひとつに決めるのが難しい。
「帰ってから切り分けて使うので、この一巻きそのままいただけますか?」
赤みの鈍い、けれど柔らかな雰囲気を持つ黄色を指さした。
景色の良い場所を選びシートを拡げて、新鮮な野菜のサラダを中心にしたランチが並んだ。
食後のミルクとお茶までをゆっくり楽しめば、こっくりとバーニャが船をこぎはじめている。
(だいぶ暖かくなってきました……)
大きめの膝掛を取り出し、バーニャを抱き寄せて。ソナは樹の幹に背を預けた。
澄んだ青空から降り注ぐ、柔らかな日差し。
「……おやすみなさい」
●女将
緋毛氈をかけていない、それだけで東方らしさはぐんと減る。席が長椅子で、商品はお盆での提供といった部分はいつも通りの茶屋だけれど。
「大人も子供も楽しめる、あまぁいエッグノッグですよぉ」
星野 ハナ(ka5852)の呼び声が気になったのか、親子連れの少女が足をとめる。父親の方に酒入りを勧めれば、酒なしとあわせて二つずつのお買い上げ。半分は家族用らしい。
(あんな旦那さんはいいですねぇ)
将来の婿殿に求める条件、なんてそれかけた意識を戻しつつ、再び客寄せの声をあげる。なにせ大抵の店がチョコを扱っている。チョコの香りが強い街中で、においでの勝負は難しい。
「うちのお店のも買ってくれるならぁ、持込み休憩OKですぅ」
食べる場所に困った様子の客にそう声をかける。
「飲み物とぉ……チョコクッキーならお持ち帰りも出来ますよぉ。デザートにチョコかけミニクロカンブッシュなんてどうですかぁ?」
ホットチョコレートを勧めかけたが、手持ちの品と食べあわせが悪そうだ。方針を変えて品書きを示した。
「フレンチトーストチョコソースかけですねぇ、わかりましたぁ、座ってお待ちくださぁい☆」
●かいこう
「どうしてお一人で歩いてましたの」
「それは、どうして一人でスイーツ充してるのか聞いていいってことだよね?」
「……せっかくのスイーツが途中でしたわね」
「すみませーん、この」
キヅカ・リク(ka0038)は金鹿(ka5959)の皿を示そうとしたが、メニューの正式名称がわからない。盛り合わせなのはわかるのだが。
「鹿ちゃん、それの名前なんていうの?」
「……ごくん。季節のフルーツとショコラのマリアージュプレート~春望む苺~ですわね」
「それと珈琲、お願いします」
長ったらしくて復唱する気も起きなかった。
「ところで、鹿ちゃんって本名なの?」
「唐突ですわね」
「仕事中じゃ聞けないし」
「確かに。別に隠しているわけでもありませんから、お話してさし上げますわ」
「名って、初めのいただきものでしょう?」
贈り物、柵、道……呼び方は他にもあるでしょうが。七光とまではいかずとも、その言葉は縁となって、形なくとも切れぬもの。
「私は、名が持つ親の影響にも、家がもたらす環境にも頼らず。己の力のみを試してみたかったんですの」
ひとつ、呼吸を挟む。
「六條 小毬、自ら名付けて金鹿。二つとも、等しく私の名ですわ」
鹿も毬も、地を跳ねる存在。
今は小鹿のように頼りのない足でも、いつか……私自身が望んだあるべき姿に。
「願掛けに近い……誓約のようなものですわね」
紅茶を一口、喉を潤して首を傾げる。
「改めて名乗るのもなんだか面映ゆく……キヅカさんも何かございませんの?」
(食い扶持繋ぐ為にハンターになったんだよなあ……まあ今は、ちゃんと願いもあるけど)
顧みながら、見合いそうな話題を探るリク。恥ずかしい話ってことでいいだろうか?
「……昔、学校の下駄箱でラブレター入っててさ。もう期待と緊張の中呼び出された場所に行ったわけ」
憧れの視線も潤んだ瞳もそこには無くて、どこまでも驚きの視線しか見つからない。
「実は下駄箱違いでさ。隣の人と入れ間違えたっていうオチ」
「……お気の毒でしたわね」
「僕の緊張とときめきを返せーって奴だよね」
残った珈琲を飲み干して、いい時間だと互いに席を立つ。
「折角だし奢るよ」
「では……お礼になるかわかりませんが、この焼き菓子を差し上げますわ」
「何、鹿ちゃん手作り?」
「自分用に買ったものですわ」
「だよねー、知ってた!」
●穏やかに
「ふぇ? わたくしではなくて……スノウさんですか?」
占い師が言うには、出会いの気配があるそうで。エステル・ソル(ka3983)の呆けた声とともに、スノウが頭を傾げる。
み?
「それ、は……素敵です! スノウさん、誰ですか?」
既に会っているかもしれません!
「心当たりはあるのですか、誰なのですかーー?!」
みぃぃ!?
気が逸るエステルに詰め寄られ慌てたスノウはバスケットから抜け出す。
みっ!?
「逃がしませんのです!」
しかし、迷子防止のためのリボンリードが逃走を阻んだ。
「機嫌を直してくださいー」
チョコが食べられない代わりに、スノウの皿には特別に用意したお魚ランチを盛り付けて。食べ始める様子を確認してから、エステルも食事を開始する。
(久しぶりのゆっくりした時間なのです……)
また前へ進むため、英気を養うための時間。景色を眺めようと視線を巡らせた先に見つけたのは、チョコの香りを伴うカップル。
(いいなぁ……わたくしのチョコも、ちゃんと届いたでしょうか?)
どんな顔で食べてくれているのだろう。想像するだけでも、幸せな気分に包まれた。
●いつか
「はにゃぁ、色々並んでますねぇ……!」
喧騒に目を輝かせる氷雨 柊(ka6302)の感情そのままに足は先へ先へと向かっていく。
(まぁ、楽しめそうだが……とりあえず)
今にも駆け出しそうな勢いの柊に目元を和ませながらも、クラン・クィールス(ka6605)は手を伸ばす。
ぎゅっ
柊の手と重ね、繋ぐ。迷子にさせるつもりはないし、何より大切な温もりだ、傍にいてほしい。
「さ、行くか」
これで大丈夫。その意味を込めて視線を向ければ、立ち止まった柊が見上げてきている。
「……あ、えと」
頬に赤みが増しているような。
「どうかしたか?」
熱が出たのかと、額をあわせようとクランが身を寄せる。
「大丈夫ですっ、おてて繋いでますねぇっ」
弾かれたように視線と、身体を前に向けて。柊が道の先を示す。
「さあ、行きましょうーっ」
歩みを再開した恋人の歩調にあわせて、クランも歩き出した。
(どうして、見つめられないのですかぁ……っ)
頬に残る熱を感じ取りながら、柊は先ほど視界に入った恋人の唇を思い出す。
酒に酔った際の行動を、柊は覚えていない。知らない筈の温もりが唇を温めるように、頬の熱を高めていくようで。
どうにか別の事を考えようと視線を巡らせた。
「……あ」
チョコの香りが溢れる中、見つけたのはアクセサリーの並ぶ露店。中でもその一角、二つずつ並ぶカップル向けの商品が目を惹いた。
「えっと、その……」
恋人を伺えば、小さく首を傾げられる。その目元は優しく、次の言葉を待ってくれている。
「お、お揃いとか……ダメですかねぇ?」
「そう、だな」
考える間も、どこか不安げな柊の視線を感じる。安心させるように微笑めば、彼女の表情がはにかむように緩む。
「構わないよ、好きに選ぶといい」
「それじゃあ……」
早速選び始める柊のセンスは信頼している。待ちながら陳列棚へと視線を向ければ、指輪が特に多いようで。
(結婚、か)
考えずにはいられない。共に歩むなら、今もこうして傍に、すぐ隣に居る彼女と……
「これとかどうでしょうー?」
「っ」
やはり柊が差し出すのもペアリングだ。
(柊は、どう考えているんだろうな……)
目を細め、リングを見つめる。青と紫を混ぜ込んだ色の石が飾られている。
「クランさん?」
「……あ、あぁいや、何でも無い。……それにするか」
●私の光
「どうやったら、手渡せるかな……」
座りやすい枝に腰かけ、手の中の包みを眺める。それはシェリル・マイヤーズ(ka0509)自身が想いを込めたチョコレート。
出来るなら、直接。
忙しいとわかっているから、難しいと分かってしまう。
手紙と一緒に送ればいいとわかっているけど、無事に届くか分からなくて、躊躇ってしまう。
いっそ、この想いを伝えていいのかも分らなくなってくる。
「どうして皇子様なんて好きになっちゃったのか……な……」
でも、確かに想いは存在している。
「……恋って、厄介だね……」
本当に僅かな時間だけれど、彼と出会い、共に過ごした思い出が色褪せることはないし、今も思い出すだけで身体の中が温かくなるのだから。
「おや、先客みたいだね」
「……シャイネ」
座りやすい場所を勧めれば、感謝の言葉が返る。
「……カッテに渡してもらえたり……する?」
ほんの思い付きで、チョコを差し出す。ダメ元ではあるけれど、僅かな期待に縋ってみることにする。
「時間がかかってもいいのかい?」
確かめてくる言葉に、しっかりと頷く。いつか直接伝えたい想いを、確かに繋いでいくため。手段は選んでいられないから。
●その一歩
「街ブラってたのしいよね~」
エスコートしてくれるグラディート(ka6433)、その微笑みに頬を染めながら、雲雀(ka6084)は決意を固めている。
「ひばりちゃん。これも美味しいよ?」
「あむっ?」
差し出された一口サイズのトリュフが口の中でほろりと溶けて。広がっていく幸せな甘さに雲雀の頬が緩む。
「ひばりは……ディの事が……好きです」
胸の内で想うだけで頬が熱くなる。その言葉を伝えているのだ、自分の声が震えているのがわかる。
(でも、今日は告げるって決めたのです)
恥ずかしさに負けてなんていられない。狐型のチョコも嬉しかったけれど、あの時くれた薔薇が、こうして勇気を出す最後の一押しになった。
「結婚を前提とした御付き合いを……その、希望します!」
「僕も大好きだよ???」
態度で示し続けていたというのもあるけれど。そんな自分に対応する雲雀の気持ちは真っ赤な顔に出ていたから。互いに気持ちが伝わっていると、そのつもりで過ごしていたのだ。
(もしかして、秘密にしてるつもりだったのかな)
そんなところも可愛いな、なんて想いを言葉にする前に、ディは顔を雲雀へと近づける。真っ赤な顔を隠すこともせず、ディの目を真直ぐ見つめようとして全力で構えている彼女は、だからこそとても無防備で。その艶々で柔らかそうな唇なんて、隙だらけだ。
ちゅっ♪
(それも僕にだけだと思うけどね♪)
言葉でも確かめた両想いの記念日で、婚約記念日だから。いつもより念入りに唇を触れあわせる。雲雀が確かな関係を求めているというなら、断るなんて選択肢、ディにあるはずがない。
「んん……! ……!?」
これ以上熱くも赤くもならないと、そう思っていた雲雀にもたらされた口付けは今までの優しいものとは少し違うように感じて。
(ディ、これ以上……は……)
受け入れてもらえたのは解ったけれど、出来たら言葉でも、もう少し……思考さえも途切れさせてしまう程の奔流に、意識が薄れていく。
「あれ? って、ひばりちゃん?!」
頭の後ろに手を回していたディが慌てて抱き上げれば、くったりとされるがままの雲雀。
「これで音を上げちゃうくらいかわいい子には、もう少し練習も必要かな♪」
今日のお持ち帰りは、僕、手加減できるかなぁ。そんな呟きを零しながら、ディは帰路を辿るのだった。
●理由
誘う言葉もいつも通り、気軽に出かける時のものと同じだった。
(期待はしてなかったけれど……)
ニーナ・ハル(ka4925)はおめかしする手を止められなかった。
チョコも準備はしてみたけれど、思い直して隠してきた。それはやっぱり英断だったななんて思いながら、J・D(ka3351)の言葉を待つ。
(なんで眉が下がってるのかねぇ)
温泉土産を渡す為に呼び出したのだ。態々悪いなと告げた途端がっかりされると戸惑ってしまう。
「日付に深ェ意味はねえ」
更に眉が下がっ……いや、上がった?
「日頃の感謝を伝えていい日……でもあった筈だ」
いつも飯やらつきあわせてるからその分だと続ければ、小さな溜息が返される。仕方ないと言わんばかりの表情はむしろこっちの担当だろうとツッコミたいくらいだ。
(大人として、それはやっちゃぁいかんだろうよ)
己を律して平静を保つ。意識して繕おうとする時点で随分と振り回されているのだが、J・Dにその自覚はなかった。
「饅頭やら甘いモンもあったが、消え物は日持ちがなぁ」
子ども扱いのままだと思いながらも期待半分で見れば、黄蝶の羽が揺れている。思っていた以上に可愛らしい簪に、ニーナは目を瞬かせた。
「付け方はわかるか? 売り子に訊いたんで教えられるが」
「じゃぁ、J・Dさんが付けて下さい」
いつもより丁寧に纏めた髪を解いて、背を見せる。
(少しは意識してもらいたいし……)
喜びで緩みそうな自分の表情を隠すのにも丁度いいと思ったから。
(こいつァ想定外だ)
止める間もなく流れ落ちる髪に目を奪われる。言葉で説明できると、予定していた台詞が防がれてしまった。
(確かに試しもしたけどなァ)
土産物を汚すわけにもいかないし、練習相手が居るわけでもない。売り子に教わるまま、簪のかわりに小枝、髪のかわりに馬の鬣で繰り返し会得はした。だがそれは説明するために必要だったからであって、こんな風に実際に触れる予定は無かった。仕方ないと呟いてから、手を伸ばす。
(絹糸みてェで鬣たァ大違ェだ。こンな無法者に触らせて良い代物じゃァあるめえに)
無防備が過ぎる。ませた様子を見せたかと思えば、危なっかしくもあり……放っておけやしない。
少しの揺れでも指の間から零れていく髪を拾い上げていく。いつもきっちりと結い上げられ、動きに合わせてよく弾む髪は本来こんなに繊細なものだったのかと驚かされる。
「どうも上手くいかねえ……悪ィ、もう少し待ってくれ」
「私はゆっくりで大丈夫ですよ?」
「こら。動くとまた髪が逃げるじゃねェか」
はじめからやり直すことにする。長く触れる訳にはいかないとわかっているが、手早さばかりを気にして痛がらせてもいけない。より慎重にと集中しなおすJ・Dは、ニーナの表情に気付けない。
「サテ、どうにか形にゃァなったが」
触れていた手の温もりに名残惜しさを覚えながら、ニーナはJ・Dの視線を求めてゆっくり振り返る。
「どうですか?」
「ああ、似合ってるよ。こいつを見た時、ニーナに合う色だと思ったんでなァ」
嬉しくて笑顔になるのを止められない。
「こちとらの目利も、ちったあアテになるかもだ」
「ありがとうございます!」
褒められたことは勿論だけど、茶化すようなお嬢ちゃんではなく、名前で呼ばれたことも。
「それじゃぁ……もう一度お願いしますね?」
「やっと付けたってェのに、もう外すのか?」
「私、覚えてませんし。毎回J・Dさんが付けてくれるなら大丈夫ですけど♪」
「っ……わかった、もう一回だけな」
「練習も、しっかり付き合ってくださいね?」
●君の影を
鈴蘭の茂るその丘は、リゼリオの景観を楽しむことができる。
「色々と様変わりしたものじゃのう。この街も、エルフハイムもじゃ」
互いの近況よりも周囲の様子を口にしてしまうのは共に、変化を求めて生きているから。
(じゃが、今日はそれだけで終わらせるつもりは無いのじゃ)
イーリス・クルクベウ(ka0481)は深く、内に秘めた言葉を掬い上げるために息を整えた。
エルフとしては僅かな時間であっても。久しぶりの彼の姿に、どうしても緊張が滲みそうで。
「イーリス?」
紫の瞳に映る己の表情を、直視できない。
髪に飾った鈴蘭とは別に、懐に忍ばせているのは歯車のヘアピン。勢いが欲しいと、服の上から触れる。
「出来ればこれが長く続くように、そしてその年月をお主と過ごしてゆきたいものじゃ」
緑の視線を紫に絡めれば、頬の熱が強くなる。
「ユレイテル、愛しておるぞ」
見開かれた紫がわずかに滲んだように見えて。先に言われてしまったと、呟きが零れてくる。
「私は……君の傍なら、休めると思う」
君の時間が欲しい。出来るだけでもいい。手が届く、隣に居てくれないか?
「肩書も仕事も増えたが、それでも」
君との時間を作るから。
照れた顔が耳に触れそうなほど近付いて、愛の言葉を囁いた。
●通う心
ぐいっ
「えっ?」
挨拶の為に視線を合わせただけなのに、気付けば鞍馬 真(ka5819)の視界が高くなっている。
「カートゥル?」
返事ではなく、飛び立つ前のいつもの合図が返される。急いでいる様子ではないにしても強引なそれに、拒否することはできないと感じた真は素直にその身を落ち着けた。
遮るものの無い視界には、地平線もそのまま映し出される。次第に紅く染まっていく空色を仰ぎ見ながら、無意識に吐息が零れた。
詰まっていた息をはっと吐き出せたように、どこかすっきりとした感覚に戸惑う。自分は、そんなに根を詰めていただろうか?
(……気付いてなかっただけなのかもしれないね)
集中すると他の事が見えなくなるみたいに、実際の視界も、心の視界も。きっと、狭くなっていたのだろう。
(確かに、最近は働き詰めだったから)
休んでる暇なんてあるはずが無いと思っていた。なにより、変化していく状況の中で立ち止まっている自分が想像できない。
ぐんっ
自重を含む笑みを小さく零したところで、カートゥルの体勢が変わった。
他者の存在というものは、真にとって、自分が鞍馬真であるための要素であり、一つのトリガーである。
しかしカートゥルが選んだのは、他に誰もいない静かな湖畔だ。
人目があるからこそ真は鞍馬真であろうとするのだと、だからこそ働き続けるのだと。休むためには他の誰かからも離すべきだと本能で感じとっているのかもしれない。
実際、今のように。真は自分達幻獣相手には、常より緩んだ表情を見せるのだから。
「な、なんかさ。凄く強引だったけど……気遣ってくれたんだよね?」
頷く様に顔を寄せるカートゥルの、その鱗を撫でるようにして真が抱きしめる。
「えっ、ちょっとくすぐったい……?」
もぞもぞと動くカートゥルを見れば、真のにおいをかいでいるようで。
「何か違う? ……ああ、お菓子を作っていたからかな」
特有の甘い香りは作っているうちに鼻が慣れてしまって、もう自分じゃわからないやと言いながら、未だ続くくすぐったさに耐えきれず笑いだす。
「……ああ、もう。疲れたから……今だけは、寄りかかってぼーっとしてても良いかな?」
ひとしきり笑った後。するりと零れた『疲れた』の一言に、カートゥルが丸まるように身を伏せた。
「……ありがとう、カートゥル。お前は本当に優しい子だね」
●心音
「ねぇシーラ? たまにはいつもと違う事をしてみましょう?」
朝食を終えてすぐにそう告げたエルティア・ホープナー(ka0727)の目的地は郊外の森。取り出したノーチソーンに息を吹き込み確かめるように音階をかけあがれば、シルヴェイラ(ka0726)の爪弾く竪琴も同じように追いかけてくる。
(懐かしい……)
小さい頃何度も繰り返した曲。頭の中で眠らせていた楽譜をなぞっていく。シーラの音は当然のようにぴたりと重なり、ときに山彦のように追ってくる。
(エアから読書以外の行動が出るのは珍しいね。それも楽器とは……)
確かに小さな頃の遊び道具のひとつだった。
(だが、たまにはいい)
言葉とは違って、己が秘める感情そのままに表現できる気がするから。それはヒトによっては煮え切らないと言われそうなものかもしれないし、自分自身苦笑するしかないのだが。簡単に己を曲げるつもりもなく……常に傍に寄り添う、その想いのままに奏でていく。
音色に身を委ねるため閉じていた瞼を開けば、こちらの様子を伺う小さなもの達が視界に映り込んでくる。
(もう少し、貴方達の物語を、真実を見せてちょうだい?)
本にあるように、小さな彼等の自然な姿をこの目で見たい、そう思ってここに来たのだから。
温かな日差しの中、二重奏が静かに、広がっていく。
「気は済んだかい」
小動物や、精霊達。彼等の様子を書き留め終わった頃合いを見計らってエアに声をかける。
「ええ。経験に勝る知識は無いわね……」
ほぅとちいさな吐息を零して。
「シーラ……私、貴方の奏でる音色、好きよ?」
思ったそのままに向けられたのだろう言葉に小さく目を見開く。この日に、その意図とは違うものだとしても。
「貴方の淹れてくれた珈琲と同じで、とても優しいもの」
「……優しいのは、エアの方だと思うよ」
不思議そうに見上げて来る様子に微笑みを返す。
「今朝は……いや、昨晩かな? ごちそうさま。嬉しかったよ。なによりも、ね」
寝室の前に置かれていたチョコレートの話を持ち出せば、驚いたように眉があがる。
「だが、次は手渡しで貰いたいかな」
「……食べたの?」
すこし焦げてしまったのに。そう呟くエアの声音に喜色が混じっている。
「勿論。残さず食べるに決まっているだろう……ありがとう」
君の傍に居られる日々に。
●交
湖面にも星空が映り込み、星明りだけで充分に明るい。
視界に映るカップルがぎこちなく寄り添う様子に、以前の自分達を思い出す。夫婦の距離感が当たり前になった今は懐かしい。
カップに残ったホットチョコレートを飲み干したヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)に、隣に座るヨルムガンド・D・L(ka5168)が尋ねる。
「おかわり注ごうか」
「もう少し後がよいのじゃ」
「そうだね、注いだら冷め始めるし」
「ヨルガこそ、我が注いであげるのじゃよ?」
「ん……俺も後でいいかな」
自分のカップは既に空だ。空と湖、其々で光る星はあくまでも背景で。自分だけの大切な人を見つめる時間を重視する。
「一度片付けるかのぅ」
カップをしまう妻の仕草をぼんやりと、けれど熱を持って見つめる。
(……うん、幸せなんだ)
こうして二人きりの時間が過ごせることが、とても。過酷な戦いが続いているせいか、明日には穏やかな時間に終わりが来るかもしれないなんて、つい悪い妄想をしてしまう。
(デートの度、そんなことを思ってる)
分かっていてもやめられない。悪い妄想は気を引き込むこともあるけれど。同時に、その時間がすべて無駄に出来ない程大事なものだって実感が伴うから。
(穴はあかぬと分かっているのじゃが)
夫の視線が自分にあるのを感じる。はじめの頃はもっと動揺していたけれど。それが愛情ゆえのものだと知っている今は、照れはあっても、それなりに普通に過ごせるようになったと思う。
(穏やかな時間というのはよいものじゃ)
こんな、当たり前の時間がずっと続くように。夫と二人で過ごす時間をもっととれるように。……平和を守るために戦っているのだと、そう思う。
水筒もしまったところで夫の方へと顔をあげる。きっとまだこちらを見ているのだろうと分かっているから、予感もあった。
視線と同時に唇が重なる。
「「……」」
ヨルガの腕がヴィルマを捉える。降ろされた前髪を慣れた手つきでかきあげ、揃った対の青を視線で愛でる。
「よそ見している暇なんてないよ、ヴィルマ」
繰り返される口付けの合間に紡がれる言葉に誘われるまま、視線も合わせ続ける。
「今でも、我は変らず……ヨルガに恋をしておるのじゃ」
途切れ途切れに、乱されていく呼吸の中でそう返せば、更に重ねられていく。いつも甘い味の、口付け。
●前奏が、終わる
「あの店も寄ってみようか?」
そわそわとした視線に気づかれてしまったようで。ユリアン(ka1664)が先に店へと足を向けてくれる。ルナ・レンフィールド(ka1565)は綻ぶように笑顔を浮かべた。
「はいっ! 行きましょう、ユリアンさん!」
「時間はあるんだから、気にしなくてもいいと思うな」
くすりと笑うその表情は、本当に……ずるい。頬が少し熱いから。赤くなっているんだと思う。
「……早く見たいと思ったんですっ」
頬を膨らませたい気持ちを抑えていえば、腕を差し出されてしまって。
「そんなに気になるものがあったんだ?」
じゃあ行かないとね。誘われるままに、自分の手を添えた。
(間違いは多分無い筈……)
はやめの夕食にと選んだカフェは、前に妹に引き摺られ、訪れた事がある場所。
(ばれてるかもしれないけどね)
今、楽しそうに過ごしてくれるのが大事だから、態々尋ねたりはしない。
「また、新しいフレーズが浮かぶんです」
「聞かせてもらえる時が楽しみだね」
「持ち上げられちゃうと、期待外れだった時が怖いじゃないですか」
「そんなことないよ。ルナさんの音楽はいつも、やさしい音に溢れてる」
助けられてる。そう思う時だってあるのだから。
「……っ」
「え、俺今変なこと言っちゃった?」
「私こそ……っ! そうだ、これ」
目の前に、若草色の小箱が差し出される。チョコとは別の香りに少し戸惑うが、カードから香るもののようで。
(もしかして、俺のイメージ……かな?)
ラッピングの予想はあくまでも脳内に留めたまま、受け取る。
「いつもありがとうございます!」
「こちらこそ、だよ。いつも、ありがとう」
眼差しに誘われるままに封を解いて、一口。
(腕が上がってる)
チョコの仕上がりも、ラッピングもだけれど。
「……素直に凄いと思う」
なにより、彼女の今日の装い。可愛いと、簡単には言えなくて。
星明りを頼りに降り立った先は湖のほとり。
「ラファル、ありがとう……帰りも頼みから、ゆっくりしてて」
テイクアウトで揃えた食事を差し出すユリアンの声を聞きながら、ルナはミューズをぎゅっと抱きしめる。
気を抜くと、幻想的な風景に視線だけでなく意識までもが捉われてしまいそうだ。
(どうするか……今、決めなくちゃ)
想いを伝えるか、このままを望むか。
「……!」
ほんの一瞬、流れた星の一筋。ルナのいる場所に向かい落ちてきたような煌めきに胸が温まる。
(そう、だよね……負けていられない)
恋を叶えた友の顔が浮かぶ。応援してくれている友に背を押されたような気さえして。
「ミューズ」
そっと降ろし、Suiteを抱えた。
穏やかな音から始まった旋律が、徐々に熱を帯びていく。
(そう感じる程には……俺は)
気付かないままでは居られなくなった。
爪弾くその手が温かい事も。
ステップでリズムをとる彼女が護られるだけの存在じゃない事も。
広がる歌声に込められた想いが友人の兄に向ける感謝とは少し違う事も。
(今までの距離が心地よかった)
そのままでいられると勝手に思い込もうとして。近すぎたことに気付くのが遅れた。
(もう少し、引いた方が良いと思ったところだった……のに)
星が湖面に描く曲を辿って、演奏に籠めた想いをそのまま、紫にも灯して、正面から見つめる。
「ユリアンさん、私、貴方の力になりたい」
それが小さい力だとしても。
「貴方の隣を一緒に歩みたい……貴方と同じ景色を見たい……私は、貴方が好きです!」
すぐに受入れて貰えるとは思っていない。けれど言わないままでは、隣を望むことも出来ないのだと気付いたから。
だって、今も。親友にするのと同じように、私の頭を撫でるから。
「ありがとう、ごめん……」
明確な言葉が出てこないことに、戸惑ったまま、ただやわらかな彼女の髪を撫でる。
(迷惑でも、嫌でもない……困惑が近い、かな?)
自分の中の何か。
(想いをくれる彼女に、俺は何が出来るだろう。何が残せるだろう?)
離れることを前提にした思考が脳内を巡り始める。
留まれないと自身を認識しながらも、残すと言う意思がある時点で執着の証拠だ。けれどその想いに、正しく名付ける自信が、今のユリアンにはない。
「……これは、宣戦布告なんです!」
迷いに満ちた青の瞳を見上げれば、微かだけれど、熱が含まれている。それをいつか引き出せると信じて。
「受けて立つ、けど」
困った様に微笑むその仕草はやっぱりずるい。けれど、心が好きだと叫ぶのだもの。
「俺は……時間は多分必要だし。面倒な男だし。お勧めはしないと言っておくよ」
「ふふふ。負けませんよ?」
想いを認めてくれただけ、今はそれでいい。
「私、こう見えて諦めが悪いんです」
「……無理はしちゃ駄目だよ、絶対にね」
それを貴方が言うなんて、やっぱり、ずるい。
●幸せの展望
舞桜守 巴(ka0036)の歩幅に合わせて寄り添う時音 ざくろ(ka1250)。
「辛くなったらすぐに言ってね」
「今朝から何度目ですか。大丈夫ですよ」
微笑めば、夫にも笑みが浮かぶ。
(心配性なのは悪い事ではありませんけど)
あんまり自分にばかり構っていては、一緒の二人に悪いようにも思うのだ。優先してもらえるのは嬉しいけれど、巴は嫁仲間の事も大事に思っている。
「今日は大人しめに過ごしますよ?」
巴さんを推すつもりですからね。視線を読み取ったアデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)が先回りして配慮を見せる。
「確かに羨ましいけどね~? 押しのけてまで、かわってほしいわけじゃないわ」
アルラウネ(ka4841)も頷いて。
「それにね~、ざくろん?」
「なっなぁにっ?」
空いた腕にアルラウネが抱きつけば、すぐに真っ赤になる。やわらかな感触を自ら擦り寄せて。
「いつもより少し遅めに繰り出すってのも、新鮮よね?」
近い距離で微笑めば見とれる夫。
「ざくろさん……ここで巴さんを支える腕の力を抜いてはいけませんよ?」
後ろから囁きかけるアデリシアの声。
「っ! 巴、ふらついてない?」
「でも、あくまでもやさしくですからね?」
焦って力みがちな部位にサッと触れて、解すようにサポートするアデリシア。
「ふふふ……少しくらい平気ですよ」
「巴さんは特に、身体を冷やしてはいけませんから」
湖畔に着いてすぐに毛布を広げ、巴の肩にかけるアデリシア。
「皆、こっちがいいわよ~」
腰かけられる場所を見つけたアルラウネの呼び声。ざくろが巴を抱き上げる。
「疲れてきたんじゃない?」
巴自身、己の身体の変化に戸惑いがあり、内心ではあまり動きたくなかった。
(でも動かない、というのもよくありませんから)
無理なスケジュールにならないよう、皆も合わせてくれていたから口には出さなかったのだけれど。疲労という形となって外に出てしまっていたのか。
そっと降ろされて、すぐ隣に座る夫。
「ありがとうございます」
「巴、可愛い……ざくろはね、当たり前のことをしてるだけだよ」
「そろそろいいかしらね? これは私から~」
こっそりと購入していたチョコを配るアルラウネ。
「皆で作るのとは別に、渡したいなって思ったのよね」
夫の分だけは、目の前でラッピングを解いていく。
期待と熱が籠もったざくろの視線に微笑み返して、二つのふくらみ、その谷間に一粒だけ転がして。
「さあざくろん、溶けちゃう前に召し上がれ~♪」
「い、いただきます……っ」
体温で溶けはじめている分、濃厚な甘さと香りが広がっていく。
「凝った渡し方ですか」
笑顔を浮かべながら眺めていれば、カップが差し出される。
「巴さんのやりやすい方法が一番ですよ?」
身体を温めてくれるお茶ですよと笑うアデリシア。
「それに、今は健やかに過ごすべきです」
「そうだよ……! 巴はとにかく自分を大事にして?」
「あら、ざくろさん。もういいんですか?」
「残りは帰ってからにするものね~」
「アルラってば! ……折角来たんだもん、皆で星空が見たいな」
四人は改めて、互いを求めて寄り添いあう。
「星空も綺麗だけど。ざくろにとって、皆はもっと綺麗で大切な宝物だよ」
ざくろが紡ぐ言葉に三人が耳を傾ける。
「戦いは大変になると思うけど……皆も。お腹の子も。絶対ざくろが護るから。一緒に幸せな未来を……つくろう?」
それぞれの瞳に瞳を合わせて、身体を労わるだけでなく、全てを支えるように抱き締めて。愛情を籠めた口付けを贈る。
「ざくろ、アデリシアとアルラとも赤ちゃん欲しいな」
緊張による頬の赤みと共に、希う。
「欲張りね……まぁそういうのも嫌いじゃないけれど」
すぐに微笑むアルラウネに、アデリシアも続く。
「受けて立ちましょう、早速帰宅後からですか?」
「ふふふ、妊婦の前でそれを言う度胸は立派ですねぇ?」
「巴っ!? ざくろ、巴と赤ちゃんが出来たおかげで、そう思ったんだよ!?」
慌てる夫の唇に、つんと人差し指をあてる。
「冗談ですよ、私も見たいですから」
赤ちゃんも……出来るまでも。全部見せて下さいね?
「うん、頑張るからっ!」
「……これからは、誰かしら満足に動けない人がいることになるかもね~」
アルラウネの表情は明るい。アデリシアも同じで。
「子供が出来るのは神の思し召し。いつになるかはわかりませんが……出来ることは決まっていますよ」
だって私達のざくろさんですし。
「私も、ちゃんと育児のローテーションを考えておきますからね」
「お買い上げありがとうございます」
行きつけの店、その店長に手伝いを頼まれた高瀬 未悠(ka3199)は店頭でチョコレートを売っている。
「素敵なバレンタインになりますように♪」
心の底からの笑顔。それは未悠の想いが受け入れられたからこそ。
(夢みたいだとも思うの)
道は険しいと覚悟の上で伝え続けていた気持ちだ。
(ちゃんと、全て覚えてる)
もたらされた言葉も、温もりも……すぐ傍で聴いた、自分と競うほどに早くなっていた鼓動も。
(貴女の幸せを願っているわ)
行き交う人々の隙間から視えた友人、その横顔に気付いて。彼女に向けた言葉は飲み込む。
「お待たせしました。リボンはこちらから選んでくださいね」
今は一人でも多くの人に、幸せの道標となるチョコレートを。
終業時間に近づくほど、鼓動が逸る。
会えたら嬉しいと、店の地図を添えた手紙を彼はどんな顔で受け取っただろう。
(たとえ貴方が難しくても……)
逸る心が貴方の元に私の足を向けさせる筈。
まだ仕事中だ。一度落ち着こうと目を閉じた未悠の耳に届けられる、静かな笑い声。
「笑顔で迎えてくれると思ったのにね?」
不意うちだ。大好きな貴方は本当に、狡い!
●穏やかな時間
ソナ(ka1352)はバスケットを抱え直しながら、これから向かう予定の丘を指さす。
「今日は綺麗な景色を見ながらお昼にしようね。お弁当も、丘も逃げないから」
それまでの時間はおいしく食べるための準備運動、なんて続けてみる。ぴょんと跳ねて、バーニャの歩みがソナに揃った。
(よかった)
途中のお買い物だって、一緒に過ごす大切な時間だ。最近は特に、共に過ごす機会が減っていたから。今を楽しんでくれているのがわかり嬉しくなる。
「それじゃあ改めて、出発!」
手を繋ぎ、店が多く並ぶ街道を進みはじめる。
道なりに連なる店に立ち寄っていく。
(ブローチなんてどうかしら?)
陽射しを反射してきらめいた先に目を向ける。並んだ品々が見えるようにバーニャを抱き上げて、どれが気に入りそうか様子を伺った。
「バーニャは何色が好き?」
今日の記念に買っていこうと伝えれば、瞳の黒がより深くなったようで。視線が定まるのを待ちながら、ソナも最初に気になったひとつを手に取って、バーニャの服やポーチにあててみる。ステンドグラスのように、虹色の花弁が一輪になったもの。服の色を気にせずいつでも使えそうだ。
「これかしら?」
バーニャの視線が留まる度に手に取り、あてていく。白い小花が集まり、柳のような花枝を思わせるもの。ポーチのワンポイントに向きそうだ。濃い色の服でも映えるかもしれない。
雫型の菫青石に泡の様に小さく丸い水宝玉がいくつも寄り添ったものには、バーニャの耳がピンと立った。ケープにあてる間もじっとソナの目を見て来るので、特に気に入ったらしい。
「これが一番みたいね。他には何かあるかしら」
普段使いとして便利なリボンを数種類見繕う。留守番の皆の分もと考えはじめたらひとつに決めるのが難しい。
「帰ってから切り分けて使うので、この一巻きそのままいただけますか?」
赤みの鈍い、けれど柔らかな雰囲気を持つ黄色を指さした。
景色の良い場所を選びシートを拡げて、新鮮な野菜のサラダを中心にしたランチが並んだ。
食後のミルクとお茶までをゆっくり楽しめば、こっくりとバーニャが船をこぎはじめている。
(だいぶ暖かくなってきました……)
大きめの膝掛を取り出し、バーニャを抱き寄せて。ソナは樹の幹に背を預けた。
澄んだ青空から降り注ぐ、柔らかな日差し。
「……おやすみなさい」
●女将
緋毛氈をかけていない、それだけで東方らしさはぐんと減る。席が長椅子で、商品はお盆での提供といった部分はいつも通りの茶屋だけれど。
「大人も子供も楽しめる、あまぁいエッグノッグですよぉ」
星野 ハナ(ka5852)の呼び声が気になったのか、親子連れの少女が足をとめる。父親の方に酒入りを勧めれば、酒なしとあわせて二つずつのお買い上げ。半分は家族用らしい。
(あんな旦那さんはいいですねぇ)
将来の婿殿に求める条件、なんてそれかけた意識を戻しつつ、再び客寄せの声をあげる。なにせ大抵の店がチョコを扱っている。チョコの香りが強い街中で、においでの勝負は難しい。
「うちのお店のも買ってくれるならぁ、持込み休憩OKですぅ」
食べる場所に困った様子の客にそう声をかける。
「飲み物とぉ……チョコクッキーならお持ち帰りも出来ますよぉ。デザートにチョコかけミニクロカンブッシュなんてどうですかぁ?」
ホットチョコレートを勧めかけたが、手持ちの品と食べあわせが悪そうだ。方針を変えて品書きを示した。
「フレンチトーストチョコソースかけですねぇ、わかりましたぁ、座ってお待ちくださぁい☆」
●かいこう
「どうしてお一人で歩いてましたの」
「それは、どうして一人でスイーツ充してるのか聞いていいってことだよね?」
「……せっかくのスイーツが途中でしたわね」
「すみませーん、この」
キヅカ・リク(ka0038)は金鹿(ka5959)の皿を示そうとしたが、メニューの正式名称がわからない。盛り合わせなのはわかるのだが。
「鹿ちゃん、それの名前なんていうの?」
「……ごくん。季節のフルーツとショコラのマリアージュプレート~春望む苺~ですわね」
「それと珈琲、お願いします」
長ったらしくて復唱する気も起きなかった。
「ところで、鹿ちゃんって本名なの?」
「唐突ですわね」
「仕事中じゃ聞けないし」
「確かに。別に隠しているわけでもありませんから、お話してさし上げますわ」
「名って、初めのいただきものでしょう?」
贈り物、柵、道……呼び方は他にもあるでしょうが。七光とまではいかずとも、その言葉は縁となって、形なくとも切れぬもの。
「私は、名が持つ親の影響にも、家がもたらす環境にも頼らず。己の力のみを試してみたかったんですの」
ひとつ、呼吸を挟む。
「六條 小毬、自ら名付けて金鹿。二つとも、等しく私の名ですわ」
鹿も毬も、地を跳ねる存在。
今は小鹿のように頼りのない足でも、いつか……私自身が望んだあるべき姿に。
「願掛けに近い……誓約のようなものですわね」
紅茶を一口、喉を潤して首を傾げる。
「改めて名乗るのもなんだか面映ゆく……キヅカさんも何かございませんの?」
(食い扶持繋ぐ為にハンターになったんだよなあ……まあ今は、ちゃんと願いもあるけど)
顧みながら、見合いそうな話題を探るリク。恥ずかしい話ってことでいいだろうか?
「……昔、学校の下駄箱でラブレター入っててさ。もう期待と緊張の中呼び出された場所に行ったわけ」
憧れの視線も潤んだ瞳もそこには無くて、どこまでも驚きの視線しか見つからない。
「実は下駄箱違いでさ。隣の人と入れ間違えたっていうオチ」
「……お気の毒でしたわね」
「僕の緊張とときめきを返せーって奴だよね」
残った珈琲を飲み干して、いい時間だと互いに席を立つ。
「折角だし奢るよ」
「では……お礼になるかわかりませんが、この焼き菓子を差し上げますわ」
「何、鹿ちゃん手作り?」
「自分用に買ったものですわ」
「だよねー、知ってた!」
●穏やかに
「ふぇ? わたくしではなくて……スノウさんですか?」
占い師が言うには、出会いの気配があるそうで。エステル・ソル(ka3983)の呆けた声とともに、スノウが頭を傾げる。
み?
「それ、は……素敵です! スノウさん、誰ですか?」
既に会っているかもしれません!
「心当たりはあるのですか、誰なのですかーー?!」
みぃぃ!?
気が逸るエステルに詰め寄られ慌てたスノウはバスケットから抜け出す。
みっ!?
「逃がしませんのです!」
しかし、迷子防止のためのリボンリードが逃走を阻んだ。
「機嫌を直してくださいー」
チョコが食べられない代わりに、スノウの皿には特別に用意したお魚ランチを盛り付けて。食べ始める様子を確認してから、エステルも食事を開始する。
(久しぶりのゆっくりした時間なのです……)
また前へ進むため、英気を養うための時間。景色を眺めようと視線を巡らせた先に見つけたのは、チョコの香りを伴うカップル。
(いいなぁ……わたくしのチョコも、ちゃんと届いたでしょうか?)
どんな顔で食べてくれているのだろう。想像するだけでも、幸せな気分に包まれた。
●いつか
「はにゃぁ、色々並んでますねぇ……!」
喧騒に目を輝かせる氷雨 柊(ka6302)の感情そのままに足は先へ先へと向かっていく。
(まぁ、楽しめそうだが……とりあえず)
今にも駆け出しそうな勢いの柊に目元を和ませながらも、クラン・クィールス(ka6605)は手を伸ばす。
ぎゅっ
柊の手と重ね、繋ぐ。迷子にさせるつもりはないし、何より大切な温もりだ、傍にいてほしい。
「さ、行くか」
これで大丈夫。その意味を込めて視線を向ければ、立ち止まった柊が見上げてきている。
「……あ、えと」
頬に赤みが増しているような。
「どうかしたか?」
熱が出たのかと、額をあわせようとクランが身を寄せる。
「大丈夫ですっ、おてて繋いでますねぇっ」
弾かれたように視線と、身体を前に向けて。柊が道の先を示す。
「さあ、行きましょうーっ」
歩みを再開した恋人の歩調にあわせて、クランも歩き出した。
(どうして、見つめられないのですかぁ……っ)
頬に残る熱を感じ取りながら、柊は先ほど視界に入った恋人の唇を思い出す。
酒に酔った際の行動を、柊は覚えていない。知らない筈の温もりが唇を温めるように、頬の熱を高めていくようで。
どうにか別の事を考えようと視線を巡らせた。
「……あ」
チョコの香りが溢れる中、見つけたのはアクセサリーの並ぶ露店。中でもその一角、二つずつ並ぶカップル向けの商品が目を惹いた。
「えっと、その……」
恋人を伺えば、小さく首を傾げられる。その目元は優しく、次の言葉を待ってくれている。
「お、お揃いとか……ダメですかねぇ?」
「そう、だな」
考える間も、どこか不安げな柊の視線を感じる。安心させるように微笑めば、彼女の表情がはにかむように緩む。
「構わないよ、好きに選ぶといい」
「それじゃあ……」
早速選び始める柊のセンスは信頼している。待ちながら陳列棚へと視線を向ければ、指輪が特に多いようで。
(結婚、か)
考えずにはいられない。共に歩むなら、今もこうして傍に、すぐ隣に居る彼女と……
「これとかどうでしょうー?」
「っ」
やはり柊が差し出すのもペアリングだ。
(柊は、どう考えているんだろうな……)
目を細め、リングを見つめる。青と紫を混ぜ込んだ色の石が飾られている。
「クランさん?」
「……あ、あぁいや、何でも無い。……それにするか」
●私の光
「どうやったら、手渡せるかな……」
座りやすい枝に腰かけ、手の中の包みを眺める。それはシェリル・マイヤーズ(ka0509)自身が想いを込めたチョコレート。
出来るなら、直接。
忙しいとわかっているから、難しいと分かってしまう。
手紙と一緒に送ればいいとわかっているけど、無事に届くか分からなくて、躊躇ってしまう。
いっそ、この想いを伝えていいのかも分らなくなってくる。
「どうして皇子様なんて好きになっちゃったのか……な……」
でも、確かに想いは存在している。
「……恋って、厄介だね……」
本当に僅かな時間だけれど、彼と出会い、共に過ごした思い出が色褪せることはないし、今も思い出すだけで身体の中が温かくなるのだから。
「おや、先客みたいだね」
「……シャイネ」
座りやすい場所を勧めれば、感謝の言葉が返る。
「……カッテに渡してもらえたり……する?」
ほんの思い付きで、チョコを差し出す。ダメ元ではあるけれど、僅かな期待に縋ってみることにする。
「時間がかかってもいいのかい?」
確かめてくる言葉に、しっかりと頷く。いつか直接伝えたい想いを、確かに繋いでいくため。手段は選んでいられないから。
●その一歩
「街ブラってたのしいよね~」
エスコートしてくれるグラディート(ka6433)、その微笑みに頬を染めながら、雲雀(ka6084)は決意を固めている。
「ひばりちゃん。これも美味しいよ?」
「あむっ?」
差し出された一口サイズのトリュフが口の中でほろりと溶けて。広がっていく幸せな甘さに雲雀の頬が緩む。
「ひばりは……ディの事が……好きです」
胸の内で想うだけで頬が熱くなる。その言葉を伝えているのだ、自分の声が震えているのがわかる。
(でも、今日は告げるって決めたのです)
恥ずかしさに負けてなんていられない。狐型のチョコも嬉しかったけれど、あの時くれた薔薇が、こうして勇気を出す最後の一押しになった。
「結婚を前提とした御付き合いを……その、希望します!」
「僕も大好きだよ???」
態度で示し続けていたというのもあるけれど。そんな自分に対応する雲雀の気持ちは真っ赤な顔に出ていたから。互いに気持ちが伝わっていると、そのつもりで過ごしていたのだ。
(もしかして、秘密にしてるつもりだったのかな)
そんなところも可愛いな、なんて想いを言葉にする前に、ディは顔を雲雀へと近づける。真っ赤な顔を隠すこともせず、ディの目を真直ぐ見つめようとして全力で構えている彼女は、だからこそとても無防備で。その艶々で柔らかそうな唇なんて、隙だらけだ。
ちゅっ♪
(それも僕にだけだと思うけどね♪)
言葉でも確かめた両想いの記念日で、婚約記念日だから。いつもより念入りに唇を触れあわせる。雲雀が確かな関係を求めているというなら、断るなんて選択肢、ディにあるはずがない。
「んん……! ……!?」
これ以上熱くも赤くもならないと、そう思っていた雲雀にもたらされた口付けは今までの優しいものとは少し違うように感じて。
(ディ、これ以上……は……)
受け入れてもらえたのは解ったけれど、出来たら言葉でも、もう少し……思考さえも途切れさせてしまう程の奔流に、意識が薄れていく。
「あれ? って、ひばりちゃん?!」
頭の後ろに手を回していたディが慌てて抱き上げれば、くったりとされるがままの雲雀。
「これで音を上げちゃうくらいかわいい子には、もう少し練習も必要かな♪」
今日のお持ち帰りは、僕、手加減できるかなぁ。そんな呟きを零しながら、ディは帰路を辿るのだった。
●理由
誘う言葉もいつも通り、気軽に出かける時のものと同じだった。
(期待はしてなかったけれど……)
ニーナ・ハル(ka4925)はおめかしする手を止められなかった。
チョコも準備はしてみたけれど、思い直して隠してきた。それはやっぱり英断だったななんて思いながら、J・D(ka3351)の言葉を待つ。
(なんで眉が下がってるのかねぇ)
温泉土産を渡す為に呼び出したのだ。態々悪いなと告げた途端がっかりされると戸惑ってしまう。
「日付に深ェ意味はねえ」
更に眉が下がっ……いや、上がった?
「日頃の感謝を伝えていい日……でもあった筈だ」
いつも飯やらつきあわせてるからその分だと続ければ、小さな溜息が返される。仕方ないと言わんばかりの表情はむしろこっちの担当だろうとツッコミたいくらいだ。
(大人として、それはやっちゃぁいかんだろうよ)
己を律して平静を保つ。意識して繕おうとする時点で随分と振り回されているのだが、J・Dにその自覚はなかった。
「饅頭やら甘いモンもあったが、消え物は日持ちがなぁ」
子ども扱いのままだと思いながらも期待半分で見れば、黄蝶の羽が揺れている。思っていた以上に可愛らしい簪に、ニーナは目を瞬かせた。
「付け方はわかるか? 売り子に訊いたんで教えられるが」
「じゃぁ、J・Dさんが付けて下さい」
いつもより丁寧に纏めた髪を解いて、背を見せる。
(少しは意識してもらいたいし……)
喜びで緩みそうな自分の表情を隠すのにも丁度いいと思ったから。
(こいつァ想定外だ)
止める間もなく流れ落ちる髪に目を奪われる。言葉で説明できると、予定していた台詞が防がれてしまった。
(確かに試しもしたけどなァ)
土産物を汚すわけにもいかないし、練習相手が居るわけでもない。売り子に教わるまま、簪のかわりに小枝、髪のかわりに馬の鬣で繰り返し会得はした。だがそれは説明するために必要だったからであって、こんな風に実際に触れる予定は無かった。仕方ないと呟いてから、手を伸ばす。
(絹糸みてェで鬣たァ大違ェだ。こンな無法者に触らせて良い代物じゃァあるめえに)
無防備が過ぎる。ませた様子を見せたかと思えば、危なっかしくもあり……放っておけやしない。
少しの揺れでも指の間から零れていく髪を拾い上げていく。いつもきっちりと結い上げられ、動きに合わせてよく弾む髪は本来こんなに繊細なものだったのかと驚かされる。
「どうも上手くいかねえ……悪ィ、もう少し待ってくれ」
「私はゆっくりで大丈夫ですよ?」
「こら。動くとまた髪が逃げるじゃねェか」
はじめからやり直すことにする。長く触れる訳にはいかないとわかっているが、手早さばかりを気にして痛がらせてもいけない。より慎重にと集中しなおすJ・Dは、ニーナの表情に気付けない。
「サテ、どうにか形にゃァなったが」
触れていた手の温もりに名残惜しさを覚えながら、ニーナはJ・Dの視線を求めてゆっくり振り返る。
「どうですか?」
「ああ、似合ってるよ。こいつを見た時、ニーナに合う色だと思ったんでなァ」
嬉しくて笑顔になるのを止められない。
「こちとらの目利も、ちったあアテになるかもだ」
「ありがとうございます!」
褒められたことは勿論だけど、茶化すようなお嬢ちゃんではなく、名前で呼ばれたことも。
「それじゃぁ……もう一度お願いしますね?」
「やっと付けたってェのに、もう外すのか?」
「私、覚えてませんし。毎回J・Dさんが付けてくれるなら大丈夫ですけど♪」
「っ……わかった、もう一回だけな」
「練習も、しっかり付き合ってくださいね?」
●君の影を
鈴蘭の茂るその丘は、リゼリオの景観を楽しむことができる。
「色々と様変わりしたものじゃのう。この街も、エルフハイムもじゃ」
互いの近況よりも周囲の様子を口にしてしまうのは共に、変化を求めて生きているから。
(じゃが、今日はそれだけで終わらせるつもりは無いのじゃ)
イーリス・クルクベウ(ka0481)は深く、内に秘めた言葉を掬い上げるために息を整えた。
エルフとしては僅かな時間であっても。久しぶりの彼の姿に、どうしても緊張が滲みそうで。
「イーリス?」
紫の瞳に映る己の表情を、直視できない。
髪に飾った鈴蘭とは別に、懐に忍ばせているのは歯車のヘアピン。勢いが欲しいと、服の上から触れる。
「出来ればこれが長く続くように、そしてその年月をお主と過ごしてゆきたいものじゃ」
緑の視線を紫に絡めれば、頬の熱が強くなる。
「ユレイテル、愛しておるぞ」
見開かれた紫がわずかに滲んだように見えて。先に言われてしまったと、呟きが零れてくる。
「私は……君の傍なら、休めると思う」
君の時間が欲しい。出来るだけでもいい。手が届く、隣に居てくれないか?
「肩書も仕事も増えたが、それでも」
君との時間を作るから。
照れた顔が耳に触れそうなほど近付いて、愛の言葉を囁いた。
●通う心
ぐいっ
「えっ?」
挨拶の為に視線を合わせただけなのに、気付けば鞍馬 真(ka5819)の視界が高くなっている。
「カートゥル?」
返事ではなく、飛び立つ前のいつもの合図が返される。急いでいる様子ではないにしても強引なそれに、拒否することはできないと感じた真は素直にその身を落ち着けた。
遮るものの無い視界には、地平線もそのまま映し出される。次第に紅く染まっていく空色を仰ぎ見ながら、無意識に吐息が零れた。
詰まっていた息をはっと吐き出せたように、どこかすっきりとした感覚に戸惑う。自分は、そんなに根を詰めていただろうか?
(……気付いてなかっただけなのかもしれないね)
集中すると他の事が見えなくなるみたいに、実際の視界も、心の視界も。きっと、狭くなっていたのだろう。
(確かに、最近は働き詰めだったから)
休んでる暇なんてあるはずが無いと思っていた。なにより、変化していく状況の中で立ち止まっている自分が想像できない。
ぐんっ
自重を含む笑みを小さく零したところで、カートゥルの体勢が変わった。
他者の存在というものは、真にとって、自分が鞍馬真であるための要素であり、一つのトリガーである。
しかしカートゥルが選んだのは、他に誰もいない静かな湖畔だ。
人目があるからこそ真は鞍馬真であろうとするのだと、だからこそ働き続けるのだと。休むためには他の誰かからも離すべきだと本能で感じとっているのかもしれない。
実際、今のように。真は自分達幻獣相手には、常より緩んだ表情を見せるのだから。
「な、なんかさ。凄く強引だったけど……気遣ってくれたんだよね?」
頷く様に顔を寄せるカートゥルの、その鱗を撫でるようにして真が抱きしめる。
「えっ、ちょっとくすぐったい……?」
もぞもぞと動くカートゥルを見れば、真のにおいをかいでいるようで。
「何か違う? ……ああ、お菓子を作っていたからかな」
特有の甘い香りは作っているうちに鼻が慣れてしまって、もう自分じゃわからないやと言いながら、未だ続くくすぐったさに耐えきれず笑いだす。
「……ああ、もう。疲れたから……今だけは、寄りかかってぼーっとしてても良いかな?」
ひとしきり笑った後。するりと零れた『疲れた』の一言に、カートゥルが丸まるように身を伏せた。
「……ありがとう、カートゥル。お前は本当に優しい子だね」
●心音
「ねぇシーラ? たまにはいつもと違う事をしてみましょう?」
朝食を終えてすぐにそう告げたエルティア・ホープナー(ka0727)の目的地は郊外の森。取り出したノーチソーンに息を吹き込み確かめるように音階をかけあがれば、シルヴェイラ(ka0726)の爪弾く竪琴も同じように追いかけてくる。
(懐かしい……)
小さい頃何度も繰り返した曲。頭の中で眠らせていた楽譜をなぞっていく。シーラの音は当然のようにぴたりと重なり、ときに山彦のように追ってくる。
(エアから読書以外の行動が出るのは珍しいね。それも楽器とは……)
確かに小さな頃の遊び道具のひとつだった。
(だが、たまにはいい)
言葉とは違って、己が秘める感情そのままに表現できる気がするから。それはヒトによっては煮え切らないと言われそうなものかもしれないし、自分自身苦笑するしかないのだが。簡単に己を曲げるつもりもなく……常に傍に寄り添う、その想いのままに奏でていく。
音色に身を委ねるため閉じていた瞼を開けば、こちらの様子を伺う小さなもの達が視界に映り込んでくる。
(もう少し、貴方達の物語を、真実を見せてちょうだい?)
本にあるように、小さな彼等の自然な姿をこの目で見たい、そう思ってここに来たのだから。
温かな日差しの中、二重奏が静かに、広がっていく。
「気は済んだかい」
小動物や、精霊達。彼等の様子を書き留め終わった頃合いを見計らってエアに声をかける。
「ええ。経験に勝る知識は無いわね……」
ほぅとちいさな吐息を零して。
「シーラ……私、貴方の奏でる音色、好きよ?」
思ったそのままに向けられたのだろう言葉に小さく目を見開く。この日に、その意図とは違うものだとしても。
「貴方の淹れてくれた珈琲と同じで、とても優しいもの」
「……優しいのは、エアの方だと思うよ」
不思議そうに見上げて来る様子に微笑みを返す。
「今朝は……いや、昨晩かな? ごちそうさま。嬉しかったよ。なによりも、ね」
寝室の前に置かれていたチョコレートの話を持ち出せば、驚いたように眉があがる。
「だが、次は手渡しで貰いたいかな」
「……食べたの?」
すこし焦げてしまったのに。そう呟くエアの声音に喜色が混じっている。
「勿論。残さず食べるに決まっているだろう……ありがとう」
君の傍に居られる日々に。
●交
湖面にも星空が映り込み、星明りだけで充分に明るい。
視界に映るカップルがぎこちなく寄り添う様子に、以前の自分達を思い出す。夫婦の距離感が当たり前になった今は懐かしい。
カップに残ったホットチョコレートを飲み干したヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)に、隣に座るヨルムガンド・D・L(ka5168)が尋ねる。
「おかわり注ごうか」
「もう少し後がよいのじゃ」
「そうだね、注いだら冷め始めるし」
「ヨルガこそ、我が注いであげるのじゃよ?」
「ん……俺も後でいいかな」
自分のカップは既に空だ。空と湖、其々で光る星はあくまでも背景で。自分だけの大切な人を見つめる時間を重視する。
「一度片付けるかのぅ」
カップをしまう妻の仕草をぼんやりと、けれど熱を持って見つめる。
(……うん、幸せなんだ)
こうして二人きりの時間が過ごせることが、とても。過酷な戦いが続いているせいか、明日には穏やかな時間に終わりが来るかもしれないなんて、つい悪い妄想をしてしまう。
(デートの度、そんなことを思ってる)
分かっていてもやめられない。悪い妄想は気を引き込むこともあるけれど。同時に、その時間がすべて無駄に出来ない程大事なものだって実感が伴うから。
(穴はあかぬと分かっているのじゃが)
夫の視線が自分にあるのを感じる。はじめの頃はもっと動揺していたけれど。それが愛情ゆえのものだと知っている今は、照れはあっても、それなりに普通に過ごせるようになったと思う。
(穏やかな時間というのはよいものじゃ)
こんな、当たり前の時間がずっと続くように。夫と二人で過ごす時間をもっととれるように。……平和を守るために戦っているのだと、そう思う。
水筒もしまったところで夫の方へと顔をあげる。きっとまだこちらを見ているのだろうと分かっているから、予感もあった。
視線と同時に唇が重なる。
「「……」」
ヨルガの腕がヴィルマを捉える。降ろされた前髪を慣れた手つきでかきあげ、揃った対の青を視線で愛でる。
「よそ見している暇なんてないよ、ヴィルマ」
繰り返される口付けの合間に紡がれる言葉に誘われるまま、視線も合わせ続ける。
「今でも、我は変らず……ヨルガに恋をしておるのじゃ」
途切れ途切れに、乱されていく呼吸の中でそう返せば、更に重ねられていく。いつも甘い味の、口付け。
●前奏が、終わる
「あの店も寄ってみようか?」
そわそわとした視線に気づかれてしまったようで。ユリアン(ka1664)が先に店へと足を向けてくれる。ルナ・レンフィールド(ka1565)は綻ぶように笑顔を浮かべた。
「はいっ! 行きましょう、ユリアンさん!」
「時間はあるんだから、気にしなくてもいいと思うな」
くすりと笑うその表情は、本当に……ずるい。頬が少し熱いから。赤くなっているんだと思う。
「……早く見たいと思ったんですっ」
頬を膨らませたい気持ちを抑えていえば、腕を差し出されてしまって。
「そんなに気になるものがあったんだ?」
じゃあ行かないとね。誘われるままに、自分の手を添えた。
(間違いは多分無い筈……)
はやめの夕食にと選んだカフェは、前に妹に引き摺られ、訪れた事がある場所。
(ばれてるかもしれないけどね)
今、楽しそうに過ごしてくれるのが大事だから、態々尋ねたりはしない。
「また、新しいフレーズが浮かぶんです」
「聞かせてもらえる時が楽しみだね」
「持ち上げられちゃうと、期待外れだった時が怖いじゃないですか」
「そんなことないよ。ルナさんの音楽はいつも、やさしい音に溢れてる」
助けられてる。そう思う時だってあるのだから。
「……っ」
「え、俺今変なこと言っちゃった?」
「私こそ……っ! そうだ、これ」
目の前に、若草色の小箱が差し出される。チョコとは別の香りに少し戸惑うが、カードから香るもののようで。
(もしかして、俺のイメージ……かな?)
ラッピングの予想はあくまでも脳内に留めたまま、受け取る。
「いつもありがとうございます!」
「こちらこそ、だよ。いつも、ありがとう」
眼差しに誘われるままに封を解いて、一口。
(腕が上がってる)
チョコの仕上がりも、ラッピングもだけれど。
「……素直に凄いと思う」
なにより、彼女の今日の装い。可愛いと、簡単には言えなくて。
星明りを頼りに降り立った先は湖のほとり。
「ラファル、ありがとう……帰りも頼みから、ゆっくりしてて」
テイクアウトで揃えた食事を差し出すユリアンの声を聞きながら、ルナはミューズをぎゅっと抱きしめる。
気を抜くと、幻想的な風景に視線だけでなく意識までもが捉われてしまいそうだ。
(どうするか……今、決めなくちゃ)
想いを伝えるか、このままを望むか。
「……!」
ほんの一瞬、流れた星の一筋。ルナのいる場所に向かい落ちてきたような煌めきに胸が温まる。
(そう、だよね……負けていられない)
恋を叶えた友の顔が浮かぶ。応援してくれている友に背を押されたような気さえして。
「ミューズ」
そっと降ろし、Suiteを抱えた。
穏やかな音から始まった旋律が、徐々に熱を帯びていく。
(そう感じる程には……俺は)
気付かないままでは居られなくなった。
爪弾くその手が温かい事も。
ステップでリズムをとる彼女が護られるだけの存在じゃない事も。
広がる歌声に込められた想いが友人の兄に向ける感謝とは少し違う事も。
(今までの距離が心地よかった)
そのままでいられると勝手に思い込もうとして。近すぎたことに気付くのが遅れた。
(もう少し、引いた方が良いと思ったところだった……のに)
星が湖面に描く曲を辿って、演奏に籠めた想いをそのまま、紫にも灯して、正面から見つめる。
「ユリアンさん、私、貴方の力になりたい」
それが小さい力だとしても。
「貴方の隣を一緒に歩みたい……貴方と同じ景色を見たい……私は、貴方が好きです!」
すぐに受入れて貰えるとは思っていない。けれど言わないままでは、隣を望むことも出来ないのだと気付いたから。
だって、今も。親友にするのと同じように、私の頭を撫でるから。
「ありがとう、ごめん……」
明確な言葉が出てこないことに、戸惑ったまま、ただやわらかな彼女の髪を撫でる。
(迷惑でも、嫌でもない……困惑が近い、かな?)
自分の中の何か。
(想いをくれる彼女に、俺は何が出来るだろう。何が残せるだろう?)
離れることを前提にした思考が脳内を巡り始める。
留まれないと自身を認識しながらも、残すと言う意思がある時点で執着の証拠だ。けれどその想いに、正しく名付ける自信が、今のユリアンにはない。
「……これは、宣戦布告なんです!」
迷いに満ちた青の瞳を見上げれば、微かだけれど、熱が含まれている。それをいつか引き出せると信じて。
「受けて立つ、けど」
困った様に微笑むその仕草はやっぱりずるい。けれど、心が好きだと叫ぶのだもの。
「俺は……時間は多分必要だし。面倒な男だし。お勧めはしないと言っておくよ」
「ふふふ。負けませんよ?」
想いを認めてくれただけ、今はそれでいい。
「私、こう見えて諦めが悪いんです」
「……無理はしちゃ駄目だよ、絶対にね」
それを貴方が言うなんて、やっぱり、ずるい。
●幸せの展望
舞桜守 巴(ka0036)の歩幅に合わせて寄り添う時音 ざくろ(ka1250)。
「辛くなったらすぐに言ってね」
「今朝から何度目ですか。大丈夫ですよ」
微笑めば、夫にも笑みが浮かぶ。
(心配性なのは悪い事ではありませんけど)
あんまり自分にばかり構っていては、一緒の二人に悪いようにも思うのだ。優先してもらえるのは嬉しいけれど、巴は嫁仲間の事も大事に思っている。
「今日は大人しめに過ごしますよ?」
巴さんを推すつもりですからね。視線を読み取ったアデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)が先回りして配慮を見せる。
「確かに羨ましいけどね~? 押しのけてまで、かわってほしいわけじゃないわ」
アルラウネ(ka4841)も頷いて。
「それにね~、ざくろん?」
「なっなぁにっ?」
空いた腕にアルラウネが抱きつけば、すぐに真っ赤になる。やわらかな感触を自ら擦り寄せて。
「いつもより少し遅めに繰り出すってのも、新鮮よね?」
近い距離で微笑めば見とれる夫。
「ざくろさん……ここで巴さんを支える腕の力を抜いてはいけませんよ?」
後ろから囁きかけるアデリシアの声。
「っ! 巴、ふらついてない?」
「でも、あくまでもやさしくですからね?」
焦って力みがちな部位にサッと触れて、解すようにサポートするアデリシア。
「ふふふ……少しくらい平気ですよ」
「巴さんは特に、身体を冷やしてはいけませんから」
湖畔に着いてすぐに毛布を広げ、巴の肩にかけるアデリシア。
「皆、こっちがいいわよ~」
腰かけられる場所を見つけたアルラウネの呼び声。ざくろが巴を抱き上げる。
「疲れてきたんじゃない?」
巴自身、己の身体の変化に戸惑いがあり、内心ではあまり動きたくなかった。
(でも動かない、というのもよくありませんから)
無理なスケジュールにならないよう、皆も合わせてくれていたから口には出さなかったのだけれど。疲労という形となって外に出てしまっていたのか。
そっと降ろされて、すぐ隣に座る夫。
「ありがとうございます」
「巴、可愛い……ざくろはね、当たり前のことをしてるだけだよ」
「そろそろいいかしらね? これは私から~」
こっそりと購入していたチョコを配るアルラウネ。
「皆で作るのとは別に、渡したいなって思ったのよね」
夫の分だけは、目の前でラッピングを解いていく。
期待と熱が籠もったざくろの視線に微笑み返して、二つのふくらみ、その谷間に一粒だけ転がして。
「さあざくろん、溶けちゃう前に召し上がれ~♪」
「い、いただきます……っ」
体温で溶けはじめている分、濃厚な甘さと香りが広がっていく。
「凝った渡し方ですか」
笑顔を浮かべながら眺めていれば、カップが差し出される。
「巴さんのやりやすい方法が一番ですよ?」
身体を温めてくれるお茶ですよと笑うアデリシア。
「それに、今は健やかに過ごすべきです」
「そうだよ……! 巴はとにかく自分を大事にして?」
「あら、ざくろさん。もういいんですか?」
「残りは帰ってからにするものね~」
「アルラってば! ……折角来たんだもん、皆で星空が見たいな」
四人は改めて、互いを求めて寄り添いあう。
「星空も綺麗だけど。ざくろにとって、皆はもっと綺麗で大切な宝物だよ」
ざくろが紡ぐ言葉に三人が耳を傾ける。
「戦いは大変になると思うけど……皆も。お腹の子も。絶対ざくろが護るから。一緒に幸せな未来を……つくろう?」
それぞれの瞳に瞳を合わせて、身体を労わるだけでなく、全てを支えるように抱き締めて。愛情を籠めた口付けを贈る。
「ざくろ、アデリシアとアルラとも赤ちゃん欲しいな」
緊張による頬の赤みと共に、希う。
「欲張りね……まぁそういうのも嫌いじゃないけれど」
すぐに微笑むアルラウネに、アデリシアも続く。
「受けて立ちましょう、早速帰宅後からですか?」
「ふふふ、妊婦の前でそれを言う度胸は立派ですねぇ?」
「巴っ!? ざくろ、巴と赤ちゃんが出来たおかげで、そう思ったんだよ!?」
慌てる夫の唇に、つんと人差し指をあてる。
「冗談ですよ、私も見たいですから」
赤ちゃんも……出来るまでも。全部見せて下さいね?
「うん、頑張るからっ!」
「……これからは、誰かしら満足に動けない人がいることになるかもね~」
アルラウネの表情は明るい。アデリシアも同じで。
「子供が出来るのは神の思し召し。いつになるかはわかりませんが……出来ることは決まっていますよ」
だって私達のざくろさんですし。
「私も、ちゃんと育児のローテーションを考えておきますからね」
依頼結果
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