ゲスト
(ka0000)
Viking clap!
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/02/20 19:00
- 完成日
- 2019/04/17 18:29
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●争いと勝利の歴史
『今年は10年に一度の“馬鹿騒ぎ”の年なのさ。良かったらちょっと手を貸してくれないかい?』
そんなユーディト・グナイゼナウ(kz0084)からの手紙を受け取ったイズン・コスロヴァ(kz0144)は久しぶりに交海都市ベルトルードに足を踏み入れた。
久しぶりに会ったユーディトはその年月を感じさせない若々しさを保ったまま、笑顔でイズンを迎え入れた。
「わざわざ来てもらって済まないね、実は……」
ユーディト曰く。
ベルトルードでは10年に1度の奇祭が行われる。それは太陽が海に沈む頃、全員が海賊――バイキング――の格好をして街を練り歩く。この時、手には斧と盾、そしてたいまつを持つのが正装だ。
夕陽に染まる海、影伸びる街、煌々と燃えるたいまつ、そして鎧の立てる金属音。それが港に向かって列を成す。
一度海に向かった一行は、沈む日を見送って漁港にある広場へと移動する。そこには木製の大きなバイキング船のレプリカが鎮座している。
そこにたいまつの火を投げ込み、船を燃やすのだ。
「……何故、燃やすのですか?」
「これはむかーしむかしに海賊に襲われたときにファミリーが一丸となって街を護ったっていう伝説から来てるのさ」
「……なるほど」
帝国唯一の海軍である第四師団が治めるこの街は、その昔から海を背負う荒くれ者達で賑わう場所としても知られていた。現に、師団長であるユーディトなども60代の華奢な老女にしか見えないが元は海賊上がりの荒くれ者筆頭と言って良い。
そんな彼らには帝国が『帝国』となる前からこの街に住み、築いてきた歴史があるのだろう。
その後は燃える船を眺めながら飲めや歌えや踊れやのどんちゃん騒ぎへと移行し、その騒ぎは鶏が鳴くまで続くのだ、とユーディトは笑う。
「あたしは祭りの主催側にいるから、イズンちゃんには申し訳無いけど警備とか頼めると有り難いのよ」
「分かりました」
以前、この地で甚大な物的被害を出しながらも人的被害は最小限に抑えて勝利した戦いがあった。
あの戦いからもうすぐ2年。復興が無事に進み、もうその爪痕は無いに等しい。それ故に今年の祭りは更に盛り上がるだろうとユーディトは微笑む。
「折角だから、ハンターにも声をかけてみよう。負けず嫌いな荒くれ者共と飲み比べ合戦なんてして貰えれば盛り上がることは間違いないし、そこでお金を落として貰えれば街は潤う。もちろん、手を貸してもらえるならこれほど心強いことはないからね」
ユーディトの言葉にイズンは苦笑を隠さず頷いた。
●ウィーアー!
太鼓がドン、ドン、と2度鳴ると、街頭に並んだ人々は「フゥ!」と声を上げて頭上に掲げていた両手を一つ鳴らす。最初はゆっくりと。そして徐々に速度を上げていく。
ドン、ドン、パン。……ドン、ドン、パン。…ドンドンパン、ドンドンパン。
バイキング・クラップと呼ばれるその手拍子を受けながら、鎧姿の街人達は吼え、盾を背負い、利き手に斧を持ち、反対の手にはたいまつを持って歩き始める。
小高い場所から見ればそれは流れる炎のように見えるだろう。
それは海に向かって流れ、そして一度港で停留する。太陽が沈み、遠くで狼が鳴き、夜の帳が降りた頃、炎は再び移動を始める。商港の倉庫街を抜け、漁港を背にしてその先にある広場へと。
空からは白い雪が舞い始めたが、彼らはそれを気にすることは無い。たいまつを手にした者は黙々と。それを見守る人々はかけ声と手拍子で。熱気と静かな興奮を湛えて“敵の船”へと向かう。
先頭を歩いていた男が叫んだ。
「ハリー! ハリー! ハリー!!」
それと同時にたいまつを手にしていた者達は一目散に船へと走り、手にしていたたいまつを投げ込んだ。
轟々と燃え盛る船を前に、人々は拳を振り上げ、各々に吼える。
そして、用意されていた杯を手に取ると一気にそれを煽り、勝利を祝い、これからの繁栄と幸いを願う。
雪と炎が踊る賑やかな祭りはこうして始まったのだった。
『今年は10年に一度の“馬鹿騒ぎ”の年なのさ。良かったらちょっと手を貸してくれないかい?』
そんなユーディト・グナイゼナウ(kz0084)からの手紙を受け取ったイズン・コスロヴァ(kz0144)は久しぶりに交海都市ベルトルードに足を踏み入れた。
久しぶりに会ったユーディトはその年月を感じさせない若々しさを保ったまま、笑顔でイズンを迎え入れた。
「わざわざ来てもらって済まないね、実は……」
ユーディト曰く。
ベルトルードでは10年に1度の奇祭が行われる。それは太陽が海に沈む頃、全員が海賊――バイキング――の格好をして街を練り歩く。この時、手には斧と盾、そしてたいまつを持つのが正装だ。
夕陽に染まる海、影伸びる街、煌々と燃えるたいまつ、そして鎧の立てる金属音。それが港に向かって列を成す。
一度海に向かった一行は、沈む日を見送って漁港にある広場へと移動する。そこには木製の大きなバイキング船のレプリカが鎮座している。
そこにたいまつの火を投げ込み、船を燃やすのだ。
「……何故、燃やすのですか?」
「これはむかーしむかしに海賊に襲われたときにファミリーが一丸となって街を護ったっていう伝説から来てるのさ」
「……なるほど」
帝国唯一の海軍である第四師団が治めるこの街は、その昔から海を背負う荒くれ者達で賑わう場所としても知られていた。現に、師団長であるユーディトなども60代の華奢な老女にしか見えないが元は海賊上がりの荒くれ者筆頭と言って良い。
そんな彼らには帝国が『帝国』となる前からこの街に住み、築いてきた歴史があるのだろう。
その後は燃える船を眺めながら飲めや歌えや踊れやのどんちゃん騒ぎへと移行し、その騒ぎは鶏が鳴くまで続くのだ、とユーディトは笑う。
「あたしは祭りの主催側にいるから、イズンちゃんには申し訳無いけど警備とか頼めると有り難いのよ」
「分かりました」
以前、この地で甚大な物的被害を出しながらも人的被害は最小限に抑えて勝利した戦いがあった。
あの戦いからもうすぐ2年。復興が無事に進み、もうその爪痕は無いに等しい。それ故に今年の祭りは更に盛り上がるだろうとユーディトは微笑む。
「折角だから、ハンターにも声をかけてみよう。負けず嫌いな荒くれ者共と飲み比べ合戦なんてして貰えれば盛り上がることは間違いないし、そこでお金を落として貰えれば街は潤う。もちろん、手を貸してもらえるならこれほど心強いことはないからね」
ユーディトの言葉にイズンは苦笑を隠さず頷いた。
●ウィーアー!
太鼓がドン、ドン、と2度鳴ると、街頭に並んだ人々は「フゥ!」と声を上げて頭上に掲げていた両手を一つ鳴らす。最初はゆっくりと。そして徐々に速度を上げていく。
ドン、ドン、パン。……ドン、ドン、パン。…ドンドンパン、ドンドンパン。
バイキング・クラップと呼ばれるその手拍子を受けながら、鎧姿の街人達は吼え、盾を背負い、利き手に斧を持ち、反対の手にはたいまつを持って歩き始める。
小高い場所から見ればそれは流れる炎のように見えるだろう。
それは海に向かって流れ、そして一度港で停留する。太陽が沈み、遠くで狼が鳴き、夜の帳が降りた頃、炎は再び移動を始める。商港の倉庫街を抜け、漁港を背にしてその先にある広場へと。
空からは白い雪が舞い始めたが、彼らはそれを気にすることは無い。たいまつを手にした者は黙々と。それを見守る人々はかけ声と手拍子で。熱気と静かな興奮を湛えて“敵の船”へと向かう。
先頭を歩いていた男が叫んだ。
「ハリー! ハリー! ハリー!!」
それと同時にたいまつを手にしていた者達は一目散に船へと走り、手にしていたたいまつを投げ込んだ。
轟々と燃え盛る船を前に、人々は拳を振り上げ、各々に吼える。
そして、用意されていた杯を手に取ると一気にそれを煽り、勝利を祝い、これからの繁栄と幸いを願う。
雪と炎が踊る賑やかな祭りはこうして始まったのだった。
リプレイ本文
●太陽が西へと傾き始めた頃
「あ、やっべ。斧忘れた……!?」
行進時間が迫り人の姿が減った簡易待機所の入口。頭を掻く神代 誠一(ka2086)にその後ろにいたクィーロ・ヴェリル(ka4122)が深い溜息を吐いた。
「誠一、君がやりたいって言ったのに忘れるってのはどうなんだい?」
相棒からの的確なツッコミを受けぐうの音も出ない誠一の横をすり抜け、待機所の奥へとクィーロは進むと一抱えほどの布包みを誠一に向かって差し出した。
「おー、流石! サンキュ、相棒」
「貸すだけだよ」
「分かってるよ!」
軽口を叩きながら手早く布包みを開き、片刃の斧を確認すると誠一は人好きのする笑顔をクィーロに向けた。
「ランプロンメイル、いいね、似合ってるよ」
「……落ち着かない」
一方で着慣れない鎧に身を包んだクィーロはその着心地の悪さに眉を寄せたのだった。
警備として集められた面々は第四師団兵舎の前庭に集められていた。
一人一人に一枚の赤いスカーフが渡される。
「これが警備係の証です。腕でも首でも腰でも、ポケットチーフの様にしても構いません。見える所に身につけて下さい。何か困ったことが起こったらコレを目印に声を掛け合って下さい。また、参加者にもその旨は告知されます」
イズン・コスロヴァ(kz0144)のサバサバとした動きを高瀬 未悠(ka3199)は憧れの眼差しでもって見つめている。その少し後ろでは、鞍馬 真(ka5819)が受け取ったスカーフの大きさを確かめていた。
「なお、終わった後は回収しますので、紛失したりしないようお気を付け下さい」
「……これって毎回使い回し? ニセモノが出たりしないの?」
キヅカ・リク(ka0038)が受け取ったスカーフを広げ、表裏とひっくり返して見つめながら思わず出た疑問を口にする。
「10年に一度で毎回形状を変えているそうですが……万が一ニセモノなどが出た場合には、直ちに第四師団が対処に当たりますのですぐにご連絡下さい」
……つまり、『逃げても海の果てまで探すし、捕らえたら何度でも海に沈める』という事だと気付いてキヅカと真は頬を引きつらせる。
「それでは皆さん、本日はよろしくお願いします」
イズンの声に「応」と声が上がり、各々動き始めた。真は目立つようにと首にスカーフを巻くと指定された地区へと向かう。
「さあ、私達も楽しくお仕事するわよ」
固まっていたキヅカの背を叩き、未悠が笑顔を向ける。思わず蹌踉けつつも体勢を整えたキヅカもそんな未悠に微笑みを返した。
●高く遠く太鼓の音がリズムを刻む
「おぉ、凄い人だな」
待機所を出て案内された通りに大通りへ向かうとその人の多さに誠一もクィーロも軽く目を剥いた。
みっしりと並ぶ人々のざわめき、見える斧の刃にぶつかる鎧の金属音。そして、人々の興奮を更に高めるたいまつの熱。
「誠一」
自分のたいまつに火を灯し、誠一へと向ける。
「ふふ、火の加護を……ってね」
「不死鳥からの火、か。御利益ありそうだな」
クィーロからの申し出に笑ってたいまつの先端を傾ける。
煌々と燃える先端に無垢な先端を傾けると、一際炎が大きくなり互いの顔を赤く染める。2人は無言のまま見つめてたいまつを起こせば、魂が二つに分かれる様に炎もまた二つに分かれ、それぞれの先端で揺れた。
「ふっふっふ……斧が必要な祭りたぁ、出ない訳にはいかねぇなあ!」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)が心底楽しそうな笑みを浮かべて“斧を両手”に構えた……そう、斧の二刀流。それも、一つは星神器と言われる特別な物だ。純白の斧は名を「ペルナクス」という。もう一方も長年相棒として戦場を駆け抜けてきた魔斧「モレク」であり、ボルディアがその柄を握ればしっくりとなじむ。
周囲は恐らく民間人なのだろう人々が着慣れない鎧に身を包み、その斧を背に、手に盾を持ち互いのパーソナルスペースを侵さない程度の間隔で立っている。
立派な太鼓腹の中年男性、最早鎧が歩いているのでは無いかと思われるほど華奢な青年、女性ヴァイキングを思わせるメイクと鎧だがその肌は日焼けを知らない様なやわらかな白さを見せる同世代の女性などなど。視線を下げれば5歳ぐらいだろうか? ボルディアの腰ほどの背丈の少年が手作りと思われる兜と木の柄に紙で誂えた斧を持って父親と思われる男性の腰布を握っている姿を見つけ、思わず頬が緩んだ。
「だが、一番斧と盾が似合うのはこの俺だああぁ!」
ボルディアが吼えるのとほぼ同時に、最初の太鼓の音が周囲に響き渡った。
「重いわ!」
おおよそ30分ほど経った頃だろうか、ドロテア・フレーベ(ka4126)が笑顔のまま悲鳴を上げた。
「厳靖さんも金目君もこんなのよく普段から装備できるわね?」
「わはは、そりゃ鍛えてっからなぁ!」
隣を歩く劉 厳靖(ka4574)が豪快に笑い、それでも太鼓の音に合わせて「フゥッ!」と叫ぶのは忘れない。
「金目君! 声、小さい!」
「えぇ!?」
ドロテアの指摘に金目(ka6190)が驚いた様に声を上げ、大きく息を吸い込むと「フゥッ!」と叫んだ。
太陽はいつの間にか重く垂れ込めた雲に遮られ、寒さが一気に増した。それでも鎧の重さとたいまつの熱、何より周囲の熱気にドロテアの首筋には薄らと汗が滲みはじめている。
沢山の人の熱気と手拍子の波のうねり。
『手拍子は誰にでもできる最初の楽器だ』という吟遊詩人の伯母の言葉を思い出しながら、ユリアン(ka1664)は手を叩く。
「あ、あそこに居るの、ドロテアのおねえはんです」
飲食店二階のテラス席の柵から身を乗り出すようにして浅黄 小夜(ka3062)が指差す。
「え、どこどこ? ……あ、ホントだ。厳靖さんも金目さんも居るね。おーい!」
ユリアンが声を上げて手を振るが、何しろ凄い人だし、叫んでるし、手拍子は鳴り響いているしでとても声は届かない様子。
ドロテアと厳靖、金目は時折何やら話し、笑い合っている。沿道の人と目が合ったらしいドロテアがたいまつを持つ手で器用に投げキッスを贈ると、厳靖に何やら苦言を呈されたらしく、少し不満げに頬を膨らませた後、仲介に入ったらしい金目を2人揃ってからかって、3人で笑っていた。
そんな3人を見守りながら小夜とユリアンもまた笑い合った。
(そうか、あの時からもう2年も、経つんだ……)
おおよそ2年前、この街を戦場とした戦いがあった。あの時はとにかく必死で戦って、結果勝利は治めたが、結局根本の解決とはならなかった事実に愕然としたのを覚えている。
「……小夜さん、下に降りて一緒に歩いてみようか」
ユリアンの提案に小夜は大きく首を盾に振って「はい!」と笑った。
行列はひたすらに海へ向かう。かつて、この土地を守り抜いたというヴァイキング達が見ていたであろう水平線をたいまつを持った“ヴァイキング”達も望む。
頭上の曇天とは違い、遠い水平線では雲が切れ、夕陽に空も海も染まっていた。
もうじき日が暮れる。空気はより一層冷たさを増し、風は頬を刺すような感覚を呼び起こす。
太鼓は止むこと無く響き、手拍子は大きくなる一方。“ヴァイキング”達は海に向かって吼える。『ここは俺達の土地だ』と、今から戦う“何か”を威嚇する様に。
●炎と雪が乱舞して
頬に何かが触れた。指先でそれを拭うと水。空を見上げれば細かな雪がチラリチラリと降り始めていた。
「降り始めましたか……」
ツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)がかざした手のひらで受け止めた雪がすぐに水滴に代わるのを見て小さく息を吐く。
「こちらB地区担当、アルトホーフェン。泥酔者同士による喧嘩の鎮圧完了」
『こちら中央。了解です。すぐに応援を向かわせます。場所の詳細を連絡願います』
喧嘩の内容はよくある「肩がぶつかったのに謝らなかった」を発端とする物だった。人が集まればその分外観や所作などを理由に軋轢が生じたりなどのトラブルがあるだろうと予想していたツィスカは冷静にそれに対処。その結果が物理的鎮圧になってしまったのは、まぁ、仕方が無い。
通話を終え、魔導スマートフォンのカメラ機能をオンにすると、すっかり伸びきっている男2名の顔を写真に収める。
ツィスカは短伝話、トランシーバーなどの魔導機械を電波増幅も用いて、警備担当間の連絡連携を密に取りながら任務に当たっていた。
「これで証拠はいいでしょう」
カメラを仕舞うと伸びた男達を縛り上げる。視界の端に幾つもの白い物がちらつき、顔を上げれば先ほどより雪の粒が大きくなっている様に思えた。
「これは、積もるでしょうか」
師団員達がツィスカの元へと走り寄ってきた。彼らに指示を与え、担架で運ばれていく男達を見送るとツィスカは再び巡回へ戻っていった。
海に向かって吼えていた“ヴァイキング”達は、太鼓の音に合わせて今度は広場の方へと移動していた。
友人もいるが、基本的にはこの街、この地域の住民達に囲まれて練り歩く。最初は呆気にとられて戸惑っていたが、太鼓の音、手拍子の音、一斉に上げる声。その一体感。余所者も受け入れてくれる懐の広さに金目はいつの間にか敬意すら抱いている。
いつの間にか降り始めた雪はすぐに溶け、冷たい風は熱気に包まれた“ヴァイキング”達には心地よくすら感じる中、太鼓の音が徐々に早くなった。
先頭が恐らく広場の入口に辿り着いたのだろう。「HURRY! HURRY!」と叫ぶ声と走り出す足音、鎧の音が行列の中程にいる金目の耳にも届く。
「行くぞ!」
「いよいよね!」
劉とドロテアも逸る気持ちを抑えられずに前を行く人々に合わせて走り出す。
広場に着くと、人混みの向こうには燃え始めた船が一艘、視界いっぱいに飛び込んで来た。
「たいまつを投げ入れるのはここからだ! そんでこれ以上先に行くと火傷するぜ!!」
聞き慣れた声に視線を向ければ、真っ先にたいまつを投げ込んだボルディアが巨大斧2本をかち合わせながら注意喚起をしている。
その姿を小さな“ヴァイキング”達が「かっけー」とか「すごーい」とか声を上げ手を叩き、おっかなびっくりながらも羨望の眼差しで見つめている。それに気付いたボルディアは嬉しそうに犬歯を光らせた。
「目ん玉かっぽじってよく見とけよ。こんなことできるやつ、他にそうそういねぇからな!」
「すげぇな、皆ボンガボンガたいまつ投げてやんの……それにボルちゃんたのしそーだーなー」
警備の為に広場に到着したキヅカがぽかんと光景に見入っていると「リク、この子迷子みたい」と背後から声がかかった。振り返ればお手製とみられる鎧に身を包んだ少女の手を引いた未悠の姿。
「誰と来たの? ……おとーちゃんか。よっし、おにーさんと一緒に探そうか」
そう言って少女を抱きかかえると、リクはジェットブーツで垂直に飛び上がった。
「ちょ、リク!! 飛ぶのずるいわよー!」
地上から未悠が非難の声を上げ、それから熱気に誘われる様に燃え盛る船へと視線を移した。
「あそこに居るの、ボルディアのおねえはん、です。あ、リクのおにいはん、も」
小夜が指さしユリアンの袖を引く。
2人は劉達を探しながら、途中途中で見つけた知人達に声を掛け再会を喜ぶ。熱い炎が戦場を思い出させる。だからこそ、生きて再び相見えることが出来た歓びを伝えていく。
「火はいいわよね、浄化されるような気分になるもの」」
たいまつを投げ入れ、誘導に従って少し離れたところから燃え盛る船を見つめて微笑むドロテアの横で、金目はここまでの道中と巻き上がる火の粉と雪を目の前にして、戦いの前の奇妙な興奮にも似た高揚感を感じていた。
隣には先輩と呼び慕う劉がいて、ドロテアがいて、金目はとても嬉しくて、楽しい。またこの街にこういう機会に訪れることが出来て、同じ光景を見ることが出来て、その幸福をヒシヒシと噛み締める。
「……さってと、たいまつも投げたし、飲みに行こうぜ!」
そんな2人の背を叩いて劉が笑い、ドロテアと金目は顔を見合わせて大きく頷いた。
●ヴァイキング達は飲めや歌えやの大騒ぎ
時間は少し遡り、陽が沈みたいまつが投げ入れられた頃。
ある居酒屋ではセクシーさを強調したディアンドル風の衣装に身を包んだ双子が忙しく働いていた。
「いらっしゃいませぇっ♪ こちらにどうぞぉっ♪」
長いツインテールを揺らした北条・真奈美(ka4064)の笑顔が輝く。
「……ご注文は以上で宜しいでしょうか?」
対照的に長い髪を後手で一つにしばった北条・佳奈美(ka4065)は淡々とした口調で表情を変えること無く冷静に注文を繰り返す。
「カナちゃぁんっ、奥のテーブルに2名様ご案内だよぉ♪」
佳奈美へと手を振る真奈美。そのたわわな胸元が手の動きと連動して大きく揺れる。殆どの男性客の視線はそこに釘付けだ。
「ようこそ、こちらへ」
(全く、面倒ね……)と心の中で悪態を吐いているが、表情には出さないクールビューティ佳奈美。くるりと踵を返すと豊かなヒップが来店客に向けられ、スカートの裾がふわりと揺れ、中が見えそうで……見えない!
「おねーさん美人だよね、ねぇ、ここ終わったら俺と一緒に飲まない?」
鎧に着せられた感満載の青年が空いた食器を下げようとした真奈美の手を取った。
「えっとぉ……」
「お客様、仕事の妨害となる行為はお控え下さい、ね」
ぴしゃりとその手を叩き落としたのは佳奈美。
「あ、俺、おねーさん、めっちゃ好みなんだけど……あれ? もしかして2人って姉妹? 双子? 俺達、双子なんだよ」
同じテーブルにいた別の青年が佳奈美に微笑みかける。確かに、日焼けの度合いが違うが顔つきはそっくりな2人だった。
――悪くない。
真奈美と佳奈美は顔を見合わせ、笑った。
「うふふぅ、お楽しみは後からだよぉ? ねぇ~カナちゃぁんっ♪」
「そうね、マナ姉」
そう言って真奈美は手にした食器を下げに行き、佳奈美は伝票に走り書きをすると青年の前に置いて次のテーブルへと向かって行った。
振られたかな、と顔を見合わせた青年達は残された伝票を見てガッツポーズを決めた。そこには『20時 店の裏』と書かれていたのだった。
「喧嘩、成敗!」
「「ぐあー!」」
先手必勝で大男を殴り飛ばした多由羅(ka6167)は襲いかかってきたもう1人の男の拳を受け流し、その勢いのままに投げ飛ばした。
イカの串焼きをもぐもぐと咀嚼していたレイア・アローネ(ka4082)は深い溜息を吐いた。多由羅に誘われて祭りに参加したのは良かった。沢山の簡易テントと出店が並ぶ様は壮観で、店先を冷やかすだけでも楽しかった。燃える船を眺めながら食べるじゃがいもパンは美味しかったし、多由羅が食べていた肉巻きパンを横から一口貰ったがそれも美味しかった。ところが暴れる酔っ払いを発見した途端、多由羅が目の色を変えて飛び込んで行ってしまい、それに巻きこまれる形となってしまったのだ。
「……にしても……結局こうなるんなら警備の仕事をしていても良かったのではないか? 全く……」
「スッゾゴルァ」的な台詞を吐きながら振り下ろされた斧を魔導剣の鞘で受け止めると、掌底を下顎へと叩き込んだ。
「警備として参加していれば報酬だって貰えたのに」
「……わかっていませんね。警備ではありません。喧嘩だから楽しいのではないですか」
男共をノシながら凄くイイ笑顔で答える多由羅。『火事と喧嘩は江戸の華』という言葉があるが、恐らく彼女はそれを地で行く性格のようだ。
……とはいえ、折角の祭りを血で汚すような無粋はせず、2人は拳と体術で男達をのしきった。
「そこの2人! 何をしているのですか!?」
騒ぎを聞きつけた警備係が走り寄ってくるのを見て、多由羅はレイアの手を取って逆方向へと走り出した。
「警備の方が来たようですね! ではあとはお任せしましょう!!」
「……ちょっ、多由羅……っ!?」
「待ちなさい!!」
制止の声を振り切って2人は走ると人混みの中に飛び込んだ。敢えて未だ人がごった返す広場の方へと移動して行く。
「……ふぅ、ここまでくれば大丈夫そうですね。さぁ、屋台巡りを再開しましょう」
満面の笑みでレイアを見る多由羅。レイアはその笑みに幾度目かのため息を吐いた後、諦めたように小さく笑った。
「……そういえば、美味しそうなパイを売っている店があったな……行くか」
「はい!」
はぐれないように、レイアの手を取った多由羅の心はまだ見ぬパイで占められたのだった。
一方で女子2人が喧嘩に巻きこまれているという通報を受けた真とツィスカが現場に到着した時、その女子2人と思われる人物は明後日の方向へと走り出したところだった。
「待ちなさい!!」
真は制止の声を張り上げるが、本気を出した2人はあっという間に人混みに紛れてしまい、見失ってしまった。
「鞍馬さん、どうしましょう?」
ツィスカが男達を縛り上げながら問うが、真は両肩を竦めて首を横に振った。
「……武器を用いた様子がない。この動きを見る限り巻きこまれた女性っていうのは手練のハンターだろうね。詳細は彼らが目を覚ましたら聞けばいいし、追うのは得策じゃ無いかな」
ツィスカが地面に伸びている8人の男達を見て「わかりました」と呟いた時だった。
「アニキッ!? お前ら、アニキに何しやがったー!?」
買い出しに行っていたとみられる男二人が、地面に荷物を投げ捨てるとツィスカに向かって斧を振り上げ迫る。
「いや、私達は警備の者で……」
間に割って入った真は軽やかに躱して話しかけるが、アルコールも入り、頭に血が上った男には言葉が通じないようだ。
「熱くなるのはわかるけど、少し頭を冷やして欲しいなあ」
真は流れるような動作で男の腕を取ると、素早くそれを捻り上げると同時に脚を払った。ただその動作だけで面白いほど男の両脚は宙に浮いて一回転すると地面へと倒れ伏す。次いで投げつけられた斧を魔導剣の鞘で払い落とすと斧を投げた男へと身を低くして駆け寄り、脚を払って倒すと腕を取り背後で捻り上げた。
――その間、僅か10秒。
「凄い」
思わずツィスカの口から感嘆の言葉が零れる。遠巻きに騒ぎを見ていた野次馬達からも拍手が沸き起こって、真は少し照れたように困ったように柳眉を寄せたのだった。
●宴は船が燃え落ちるまで続き
飲めや食えやと誠一とクィーロは気の置けない者同士だからこそ心からこの時間を楽しんでいた。
「いやー、食った飲んだぁ」
「ご馳走様、誠一。ホント、このお店正解だったね」
「んあ!? ご馳走様でしたーって、いやいやいや、お前も払えよ!!?
さり気なく、しかし大胆なクィーロの申し出に誠一の酔いも思わず吹き飛んだ。
「あー……斧2本重かったなー。誰かさんが忘れたからなー」
「や、斧……斧……って……。今。それを。ここで。言うのか」
真顔になって相棒を見つめる誠一。その目を真っ直ぐに受け止めて見つめ返すクィーロ。
「わーったよ、払う。俺が払うから。払えばいいんだろー」
がっくりと項垂れつつ代金を店主に支払い二人は店を出た。
ほぼ白い雪に覆われた外は驚くほど寒く、2人は思わず身震いして空を仰ぐ。しんしんと振り注ぐ雪は止むことを知りそうも無い。
「改めてご馳走様誠一。あ、次はあれなんかいいんじゃないかな?」
「……まだ飲むのか、食うのか……? 次は俺は払わんぞ」
「でもあのヴルスト美味しそうじゃない? ホットワインと絶対合うと思う」
普段のクィーロはこのような我が儘を言ったりはしない。あくまで、誠一だからこそ言える我が儘だ。それを知っている誠一は大袈裟にため息をついてみせると口の端を釣り上げた。
「……分かったよ、行く。行こうぜ」
2人揃って小走りになって店内へ。少し落ち着きを取り戻しつつある店内は暖かく、2人は開いている席に座るとホットワインを二つとヴルストの盛り合わせを頼んで席に着いた。
「お待たせしました」
笑顔と共に届けられたホットワインは綺麗な緋色に見えた。グラスを当ててもう一度乾杯すると誠一は息を吹きかけて温かいワインを少しだけ啜った。
「緋の鳥からの加護が君にありますように」
「んぁ? なんか言ったか?」
「いや、美味いな、と」
「……だな」
屈託の無い笑顔を浮かべる誠一を、少し眩しそうにクィーロは見つめた後、やわらかな笑みを浮かべたのだった。
「お待たせしました」
飛び込んで来た男性客にホットワインを提供すると、灯(ka7179)は手早く空いたテーブルを片付け奥へと戻った。最初はぎこちない動きだった灯だが、周囲の人たちの動きをよく見て学んだ結果、注文を取るついでに片付けを行なったり、注文を運ぶついでに杯が空いているお客に声をかけるなどの動きが自然に行えるようになっていた。
「灯ちゃん、時間だから上がって良いよ」
女将に声を掛けられて初めて自分がもう5時間近く働いていた事を知る。
「最初は随分気弱そうなお嬢さんが来たと思ったんだけど、しっかり働いてくれて助かったよ。忙しい中でも笑顔を忘れずに働いてくれたしね。本当に有り難うね」
自分の笑顔に自信が無かった灯としては、女将の言葉に目を見張って、首を横に振った。
「私こそ、お手伝い出来て良かったです」
笑顔で報酬を受け取った灯は、女将と抱き合って別れると、雪降る夜の街へと繰り出していった。
「エールはいかが?! ヴルストやサンドウィッチもあるよ!!」
船が燃える広場ではエリオ・アスコリ(ka5928)が背にはエールの樽を、前には首から提げた紐で腹とで大きなトレイを抱えて出張売り子として練り歩いていた。
「エリオのおにいはん!」
呼び声のした方に視線を向ければ小夜とユリアンが人混みを掻き分けながらやってくるのが見えた。
「やぁ、2人とも来てたんだ」
「エリオさんは……売り上げ好調みたいだね」
トレイの中が随分減っているのを見てユリアンが笑う。
事実、同じスタイルで売り子をしている中でエリオの売り上げは群を抜いて良い。何しろエリオは人混みをすり抜けるようにして歩き回るのは得意だったし、同盟仕込みの営業スマイルとトークは立派な武器だった。
「まぁね。1杯どう? 奢るよ?」
「いや、俺は……食べ物で何か貰おうかな」
「OK。じゃぁアップルパイがあるよ。小夜は林檎ジュースでいい?」
林檎ジュースを受け取って、小夜は「おおきに」と笑顔を向ける。
「劉さん達は一緒じゃ無いの?」
「この人混みだから、まだ合流出来てないんだ」
「なるほど……少なくともこの広場では見かけてないな……もうどっかの店に入っちゃったのかもね」
船に火が付いて3時間以上この広場を売り歩いていたがエリオも劉達3人を見ていないとなると、その線が濃厚だろう。
「やっぱりそうかな……あ、パイ有り難う。丁度小腹が空いてたから、助かったよ、お金は……」
「いいよ、僕の稼ぎから出しとく」
「おにいはんは、まだお仕事ですか? 一緒に回りませんか?」
小夜の問いにエリオは少しだけ得意げに笑う。
「この店1番の稼ぎ頭だからね。途中休憩は貰うけど、祭りが終わるまで働く予定だよ」
「そう、なんですか……頑張って下さい」
寂しい、残念という感情を隠さない小夜だが、それでも活き活きと働いているエリオを引き留めるような言葉は口にしなかった。
「うん。もし3人と逢えたら宜しく言っといて」
「はい、お伝えします、ね」
別れ、歩き出した2人を見送って、エリオはトレイの中身を補充しに店へと戻った。
「……あー、ここにいたの?」
そこには盛り上がっている劉とドロテア、そして普段以上に眠たそうにしている金目の姿があったのだった。
「高瀬殿、キヅカ殿、お疲れ様でした」
「あら、イズン!」
任務時間を終えた2人がスカーフを返しに来たところに通りかかったイズンが声を掛ける。
「もう勤務はお終い?」
キヅカの問いにイズンは「まさか」と首を横に振る。
「ユーディト様から“祭りが終わるまで”と言われておりますので」
「それじゃ、陽が昇っちゃうわ! えぇと、ちょっと待ってね」
未悠が鞄を開けると一つの紙包みをイズンへと差し出した。
「これは……?」
「アップルパイですって。エリオが売り子していて買ったのよ。良かったら夜食にでも食べて」
「……有り難うございます、では遠慮無く頂きますね。では、お二人ともお疲れ様でした、後はどうぞ祭りを楽しんでいって下さいね」
アップルパイを受け取ったイズンはふわりと微笑み、2人に頭を下げると去って行った。
「意外だな、イズンさん、甘い物が好きなんだね?」
小さな驚きを隠さず未悠を見ると……胸を押さえていた未悠が勢いよく顔を上げてキヅカの襟首を握った。
「こう、普段表情筋が動かない人の笑顔は破壊力が大きいと思わない!? 可愛い! 可愛いよねぇ!? ずるい!!」
「未悠落ち着いて!? 何を言っているのかわからないよ!?」
唐突に未悠に頭部を揺さぶられ続けたキヅカなのだった。
●梟が瞳を閉じ、鶏が鳴く頃
灯は雪の積もり始めた道を歩く。振り返れば、まだ煌々と燃える船だった物が見える。そしてその巨大な炎を中心に明かりの灯った店と家。
お祭り自体、故郷ではあまり経験したことがなかった灯にとってこの海賊達を模した人たち、出会ったことのないような人たち、驚くような音と熱気、その全てが新鮮だった。
クリムゾンウェストへ来て、驚くような体験を幾つもしてきた。だが、一つ行動するたびに、目の前の世界が広がるのが楽しいと思える。
そう思えるのはきっと、友人達のお陰だ。彼らと過ごす時間が嬉しい、楽しい。だが、同時に幸せは怖いことでもあるのだとも知った。
手の届くところにいてくれる優しい友人達。彼らがこの光景を見たなら何と評しただろうか。
「……寒っ」
風が雪を運び灯の頬を打つ。
「……帰ろう」
あの火の灯る街へ。そして暖かな部屋で美味しい物を食べて少しだけお酒を飲もう。
そう思い、灯は来た道を戻る。
そして、一軒の宿兼酒場の扉に手を掛けた。
「ここは俺の奢りだー!!」
劉の声に店内は悲鳴にも似た歓声に包まれた。
「だが、リク、テメーはダメだ!」
「何でだよ!?」
ギャイのギャイのと騒ぐ2人を横目で見つつ、未悠がヒソヒソとドロテアに訪ねる。
「コレで何軒目なの?」
「……んー……5件目?」
「うそっ!?」
「さあ、飲むわよ!」
手持ちの酒はもうとうに振る舞ったドロテアが、なみなみとエールが注がれたジョッキを片手に立ち上がり一気に呷っていく。
「うわぁ、いい飲みっぷりですねぇ」
ここまで劉とドロテアのペースに付き合ってきた金目がとろんとした目を更に細めながらパチパチと拍手を贈り、未悠はそれを呆気にとられながら見つめる。
「なんだか凄い、ですね」
「……そうだね」
ようやく劉たちと合流出来たユリアンと小夜はすっかり出来上がっている場のノリに若干置いてけぼりを喰らったまま、ホットミルクに口を付ける。
「よー、ユリアン飲んでるかー!?」
「厳靖さん、俺が飲めないこと知ってるくせに」
ガハハ、と笑って「そうだったな!」と手だけで謝る仕草をして、横から小突いてきたキヅカとじゃれ合いを始める。
手拍子が鳴り始め、その中心にはドロテアが居て優雅に舞い始めたのを見て小夜も慌てて手拍子を始めた。
「おー?! んだリク、テメーこんなところにいやghjkl」
「ちょ、ボルちゃん、呂律回ってないよ!? どんだけ飲んできたの?! ってか、痛い! 痛い!! 頭もげる!! やめてー! 髪引っ張らないでー!?」
乱入して来たボルディアに全力で頭を撫で繰り回され始めたリクを見て、場にいた一同が笑い出す。
「なんだか凄い盛り上がってるね……?」
真が顔を出せば小夜が嬉しそうに手を振り、真もそれに気付いて手を振り返す。
「劉さん、これ僕からの差し入れ」
扉の向こうから雪を払い落とすエリオが姿を現し、サンドウィッチ数個とエール樽をテーブルの上に置いた。
「おー、何? エリオ君の奢り!?」
「早終い。外が寒すぎてもう商売にならないんだよ」
外を見ればまだ船は燃え続けている。そして雪はもう5cm以上積もっただろう。
机の上で揺れる炎。暖かな部屋。熱に浮かされたような高揚感を受けてユリアンは机の上で両腕を組むと頬を乗せた。
耳を澄まして、拍手の音、人々の笑い声、食器のふれあう音、うねるような音の波に身を任せ、ぼんやりと手を伸ばす。
(……ああ楽しいね。)
「あれ? ユリアン? もう誰よ、ユリアンにお酒飲ませたの!?」
「えー、俺じゃないよ!?」
「おーい、酒もっthjl」
「ボルちゃんはこれ以上飲んじゃだめー!」
「おにいはん、風邪引かんように、せんと」
「あ、金目さんも寝ちゃってる」
「金目はいつもだし、オルさん傍にいるから問題ない」
「いや、ダメでしょ」
喧噪はまだ止まない。その賑やかさの中でユリアンと金目は穏やかな寝息を立て始めたのだった。
●火は鎮まり、陽は昇り、日常は続いていく
陽の明るさに灯が顔を上げると、灯の周囲には酒瓶がゴロゴロと転がっていた。
「……あ、れ?」
随分楽しく飲んだのは覚えている。周囲の人たちは優しく、お酒は美味しく、楽しい時間だった。だが、飲み過ぎて潰れた、というよりは慣れない接客業をした疲れと暖かな空気が眠気を誘ったのだろうと思う。何しろ目覚めはスッキリだし、未だかつて潰れたことが無い“うわばみ”なのだから。
店を後にして、灯はポソッと言葉を零した。
「……飲み過ぎた、な……」
宿代と酒代、両方を支払ったら昨日の報酬は全て消えただけではなくマイナスになっていた。
今回の体験と楽しい時間の代償はかなり高く付いてしまった灯なのだった。
「あ、やっべ。斧忘れた……!?」
行進時間が迫り人の姿が減った簡易待機所の入口。頭を掻く神代 誠一(ka2086)にその後ろにいたクィーロ・ヴェリル(ka4122)が深い溜息を吐いた。
「誠一、君がやりたいって言ったのに忘れるってのはどうなんだい?」
相棒からの的確なツッコミを受けぐうの音も出ない誠一の横をすり抜け、待機所の奥へとクィーロは進むと一抱えほどの布包みを誠一に向かって差し出した。
「おー、流石! サンキュ、相棒」
「貸すだけだよ」
「分かってるよ!」
軽口を叩きながら手早く布包みを開き、片刃の斧を確認すると誠一は人好きのする笑顔をクィーロに向けた。
「ランプロンメイル、いいね、似合ってるよ」
「……落ち着かない」
一方で着慣れない鎧に身を包んだクィーロはその着心地の悪さに眉を寄せたのだった。
警備として集められた面々は第四師団兵舎の前庭に集められていた。
一人一人に一枚の赤いスカーフが渡される。
「これが警備係の証です。腕でも首でも腰でも、ポケットチーフの様にしても構いません。見える所に身につけて下さい。何か困ったことが起こったらコレを目印に声を掛け合って下さい。また、参加者にもその旨は告知されます」
イズン・コスロヴァ(kz0144)のサバサバとした動きを高瀬 未悠(ka3199)は憧れの眼差しでもって見つめている。その少し後ろでは、鞍馬 真(ka5819)が受け取ったスカーフの大きさを確かめていた。
「なお、終わった後は回収しますので、紛失したりしないようお気を付け下さい」
「……これって毎回使い回し? ニセモノが出たりしないの?」
キヅカ・リク(ka0038)が受け取ったスカーフを広げ、表裏とひっくり返して見つめながら思わず出た疑問を口にする。
「10年に一度で毎回形状を変えているそうですが……万が一ニセモノなどが出た場合には、直ちに第四師団が対処に当たりますのですぐにご連絡下さい」
……つまり、『逃げても海の果てまで探すし、捕らえたら何度でも海に沈める』という事だと気付いてキヅカと真は頬を引きつらせる。
「それでは皆さん、本日はよろしくお願いします」
イズンの声に「応」と声が上がり、各々動き始めた。真は目立つようにと首にスカーフを巻くと指定された地区へと向かう。
「さあ、私達も楽しくお仕事するわよ」
固まっていたキヅカの背を叩き、未悠が笑顔を向ける。思わず蹌踉けつつも体勢を整えたキヅカもそんな未悠に微笑みを返した。
●高く遠く太鼓の音がリズムを刻む
「おぉ、凄い人だな」
待機所を出て案内された通りに大通りへ向かうとその人の多さに誠一もクィーロも軽く目を剥いた。
みっしりと並ぶ人々のざわめき、見える斧の刃にぶつかる鎧の金属音。そして、人々の興奮を更に高めるたいまつの熱。
「誠一」
自分のたいまつに火を灯し、誠一へと向ける。
「ふふ、火の加護を……ってね」
「不死鳥からの火、か。御利益ありそうだな」
クィーロからの申し出に笑ってたいまつの先端を傾ける。
煌々と燃える先端に無垢な先端を傾けると、一際炎が大きくなり互いの顔を赤く染める。2人は無言のまま見つめてたいまつを起こせば、魂が二つに分かれる様に炎もまた二つに分かれ、それぞれの先端で揺れた。
「ふっふっふ……斧が必要な祭りたぁ、出ない訳にはいかねぇなあ!」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)が心底楽しそうな笑みを浮かべて“斧を両手”に構えた……そう、斧の二刀流。それも、一つは星神器と言われる特別な物だ。純白の斧は名を「ペルナクス」という。もう一方も長年相棒として戦場を駆け抜けてきた魔斧「モレク」であり、ボルディアがその柄を握ればしっくりとなじむ。
周囲は恐らく民間人なのだろう人々が着慣れない鎧に身を包み、その斧を背に、手に盾を持ち互いのパーソナルスペースを侵さない程度の間隔で立っている。
立派な太鼓腹の中年男性、最早鎧が歩いているのでは無いかと思われるほど華奢な青年、女性ヴァイキングを思わせるメイクと鎧だがその肌は日焼けを知らない様なやわらかな白さを見せる同世代の女性などなど。視線を下げれば5歳ぐらいだろうか? ボルディアの腰ほどの背丈の少年が手作りと思われる兜と木の柄に紙で誂えた斧を持って父親と思われる男性の腰布を握っている姿を見つけ、思わず頬が緩んだ。
「だが、一番斧と盾が似合うのはこの俺だああぁ!」
ボルディアが吼えるのとほぼ同時に、最初の太鼓の音が周囲に響き渡った。
「重いわ!」
おおよそ30分ほど経った頃だろうか、ドロテア・フレーベ(ka4126)が笑顔のまま悲鳴を上げた。
「厳靖さんも金目君もこんなのよく普段から装備できるわね?」
「わはは、そりゃ鍛えてっからなぁ!」
隣を歩く劉 厳靖(ka4574)が豪快に笑い、それでも太鼓の音に合わせて「フゥッ!」と叫ぶのは忘れない。
「金目君! 声、小さい!」
「えぇ!?」
ドロテアの指摘に金目(ka6190)が驚いた様に声を上げ、大きく息を吸い込むと「フゥッ!」と叫んだ。
太陽はいつの間にか重く垂れ込めた雲に遮られ、寒さが一気に増した。それでも鎧の重さとたいまつの熱、何より周囲の熱気にドロテアの首筋には薄らと汗が滲みはじめている。
沢山の人の熱気と手拍子の波のうねり。
『手拍子は誰にでもできる最初の楽器だ』という吟遊詩人の伯母の言葉を思い出しながら、ユリアン(ka1664)は手を叩く。
「あ、あそこに居るの、ドロテアのおねえはんです」
飲食店二階のテラス席の柵から身を乗り出すようにして浅黄 小夜(ka3062)が指差す。
「え、どこどこ? ……あ、ホントだ。厳靖さんも金目さんも居るね。おーい!」
ユリアンが声を上げて手を振るが、何しろ凄い人だし、叫んでるし、手拍子は鳴り響いているしでとても声は届かない様子。
ドロテアと厳靖、金目は時折何やら話し、笑い合っている。沿道の人と目が合ったらしいドロテアがたいまつを持つ手で器用に投げキッスを贈ると、厳靖に何やら苦言を呈されたらしく、少し不満げに頬を膨らませた後、仲介に入ったらしい金目を2人揃ってからかって、3人で笑っていた。
そんな3人を見守りながら小夜とユリアンもまた笑い合った。
(そうか、あの時からもう2年も、経つんだ……)
おおよそ2年前、この街を戦場とした戦いがあった。あの時はとにかく必死で戦って、結果勝利は治めたが、結局根本の解決とはならなかった事実に愕然としたのを覚えている。
「……小夜さん、下に降りて一緒に歩いてみようか」
ユリアンの提案に小夜は大きく首を盾に振って「はい!」と笑った。
行列はひたすらに海へ向かう。かつて、この土地を守り抜いたというヴァイキング達が見ていたであろう水平線をたいまつを持った“ヴァイキング”達も望む。
頭上の曇天とは違い、遠い水平線では雲が切れ、夕陽に空も海も染まっていた。
もうじき日が暮れる。空気はより一層冷たさを増し、風は頬を刺すような感覚を呼び起こす。
太鼓は止むこと無く響き、手拍子は大きくなる一方。“ヴァイキング”達は海に向かって吼える。『ここは俺達の土地だ』と、今から戦う“何か”を威嚇する様に。
●炎と雪が乱舞して
頬に何かが触れた。指先でそれを拭うと水。空を見上げれば細かな雪がチラリチラリと降り始めていた。
「降り始めましたか……」
ツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)がかざした手のひらで受け止めた雪がすぐに水滴に代わるのを見て小さく息を吐く。
「こちらB地区担当、アルトホーフェン。泥酔者同士による喧嘩の鎮圧完了」
『こちら中央。了解です。すぐに応援を向かわせます。場所の詳細を連絡願います』
喧嘩の内容はよくある「肩がぶつかったのに謝らなかった」を発端とする物だった。人が集まればその分外観や所作などを理由に軋轢が生じたりなどのトラブルがあるだろうと予想していたツィスカは冷静にそれに対処。その結果が物理的鎮圧になってしまったのは、まぁ、仕方が無い。
通話を終え、魔導スマートフォンのカメラ機能をオンにすると、すっかり伸びきっている男2名の顔を写真に収める。
ツィスカは短伝話、トランシーバーなどの魔導機械を電波増幅も用いて、警備担当間の連絡連携を密に取りながら任務に当たっていた。
「これで証拠はいいでしょう」
カメラを仕舞うと伸びた男達を縛り上げる。視界の端に幾つもの白い物がちらつき、顔を上げれば先ほどより雪の粒が大きくなっている様に思えた。
「これは、積もるでしょうか」
師団員達がツィスカの元へと走り寄ってきた。彼らに指示を与え、担架で運ばれていく男達を見送るとツィスカは再び巡回へ戻っていった。
海に向かって吼えていた“ヴァイキング”達は、太鼓の音に合わせて今度は広場の方へと移動していた。
友人もいるが、基本的にはこの街、この地域の住民達に囲まれて練り歩く。最初は呆気にとられて戸惑っていたが、太鼓の音、手拍子の音、一斉に上げる声。その一体感。余所者も受け入れてくれる懐の広さに金目はいつの間にか敬意すら抱いている。
いつの間にか降り始めた雪はすぐに溶け、冷たい風は熱気に包まれた“ヴァイキング”達には心地よくすら感じる中、太鼓の音が徐々に早くなった。
先頭が恐らく広場の入口に辿り着いたのだろう。「HURRY! HURRY!」と叫ぶ声と走り出す足音、鎧の音が行列の中程にいる金目の耳にも届く。
「行くぞ!」
「いよいよね!」
劉とドロテアも逸る気持ちを抑えられずに前を行く人々に合わせて走り出す。
広場に着くと、人混みの向こうには燃え始めた船が一艘、視界いっぱいに飛び込んで来た。
「たいまつを投げ入れるのはここからだ! そんでこれ以上先に行くと火傷するぜ!!」
聞き慣れた声に視線を向ければ、真っ先にたいまつを投げ込んだボルディアが巨大斧2本をかち合わせながら注意喚起をしている。
その姿を小さな“ヴァイキング”達が「かっけー」とか「すごーい」とか声を上げ手を叩き、おっかなびっくりながらも羨望の眼差しで見つめている。それに気付いたボルディアは嬉しそうに犬歯を光らせた。
「目ん玉かっぽじってよく見とけよ。こんなことできるやつ、他にそうそういねぇからな!」
「すげぇな、皆ボンガボンガたいまつ投げてやんの……それにボルちゃんたのしそーだーなー」
警備の為に広場に到着したキヅカがぽかんと光景に見入っていると「リク、この子迷子みたい」と背後から声がかかった。振り返ればお手製とみられる鎧に身を包んだ少女の手を引いた未悠の姿。
「誰と来たの? ……おとーちゃんか。よっし、おにーさんと一緒に探そうか」
そう言って少女を抱きかかえると、リクはジェットブーツで垂直に飛び上がった。
「ちょ、リク!! 飛ぶのずるいわよー!」
地上から未悠が非難の声を上げ、それから熱気に誘われる様に燃え盛る船へと視線を移した。
「あそこに居るの、ボルディアのおねえはん、です。あ、リクのおにいはん、も」
小夜が指さしユリアンの袖を引く。
2人は劉達を探しながら、途中途中で見つけた知人達に声を掛け再会を喜ぶ。熱い炎が戦場を思い出させる。だからこそ、生きて再び相見えることが出来た歓びを伝えていく。
「火はいいわよね、浄化されるような気分になるもの」」
たいまつを投げ入れ、誘導に従って少し離れたところから燃え盛る船を見つめて微笑むドロテアの横で、金目はここまでの道中と巻き上がる火の粉と雪を目の前にして、戦いの前の奇妙な興奮にも似た高揚感を感じていた。
隣には先輩と呼び慕う劉がいて、ドロテアがいて、金目はとても嬉しくて、楽しい。またこの街にこういう機会に訪れることが出来て、同じ光景を見ることが出来て、その幸福をヒシヒシと噛み締める。
「……さってと、たいまつも投げたし、飲みに行こうぜ!」
そんな2人の背を叩いて劉が笑い、ドロテアと金目は顔を見合わせて大きく頷いた。
●ヴァイキング達は飲めや歌えやの大騒ぎ
時間は少し遡り、陽が沈みたいまつが投げ入れられた頃。
ある居酒屋ではセクシーさを強調したディアンドル風の衣装に身を包んだ双子が忙しく働いていた。
「いらっしゃいませぇっ♪ こちらにどうぞぉっ♪」
長いツインテールを揺らした北条・真奈美(ka4064)の笑顔が輝く。
「……ご注文は以上で宜しいでしょうか?」
対照的に長い髪を後手で一つにしばった北条・佳奈美(ka4065)は淡々とした口調で表情を変えること無く冷静に注文を繰り返す。
「カナちゃぁんっ、奥のテーブルに2名様ご案内だよぉ♪」
佳奈美へと手を振る真奈美。そのたわわな胸元が手の動きと連動して大きく揺れる。殆どの男性客の視線はそこに釘付けだ。
「ようこそ、こちらへ」
(全く、面倒ね……)と心の中で悪態を吐いているが、表情には出さないクールビューティ佳奈美。くるりと踵を返すと豊かなヒップが来店客に向けられ、スカートの裾がふわりと揺れ、中が見えそうで……見えない!
「おねーさん美人だよね、ねぇ、ここ終わったら俺と一緒に飲まない?」
鎧に着せられた感満載の青年が空いた食器を下げようとした真奈美の手を取った。
「えっとぉ……」
「お客様、仕事の妨害となる行為はお控え下さい、ね」
ぴしゃりとその手を叩き落としたのは佳奈美。
「あ、俺、おねーさん、めっちゃ好みなんだけど……あれ? もしかして2人って姉妹? 双子? 俺達、双子なんだよ」
同じテーブルにいた別の青年が佳奈美に微笑みかける。確かに、日焼けの度合いが違うが顔つきはそっくりな2人だった。
――悪くない。
真奈美と佳奈美は顔を見合わせ、笑った。
「うふふぅ、お楽しみは後からだよぉ? ねぇ~カナちゃぁんっ♪」
「そうね、マナ姉」
そう言って真奈美は手にした食器を下げに行き、佳奈美は伝票に走り書きをすると青年の前に置いて次のテーブルへと向かって行った。
振られたかな、と顔を見合わせた青年達は残された伝票を見てガッツポーズを決めた。そこには『20時 店の裏』と書かれていたのだった。
「喧嘩、成敗!」
「「ぐあー!」」
先手必勝で大男を殴り飛ばした多由羅(ka6167)は襲いかかってきたもう1人の男の拳を受け流し、その勢いのままに投げ飛ばした。
イカの串焼きをもぐもぐと咀嚼していたレイア・アローネ(ka4082)は深い溜息を吐いた。多由羅に誘われて祭りに参加したのは良かった。沢山の簡易テントと出店が並ぶ様は壮観で、店先を冷やかすだけでも楽しかった。燃える船を眺めながら食べるじゃがいもパンは美味しかったし、多由羅が食べていた肉巻きパンを横から一口貰ったがそれも美味しかった。ところが暴れる酔っ払いを発見した途端、多由羅が目の色を変えて飛び込んで行ってしまい、それに巻きこまれる形となってしまったのだ。
「……にしても……結局こうなるんなら警備の仕事をしていても良かったのではないか? 全く……」
「スッゾゴルァ」的な台詞を吐きながら振り下ろされた斧を魔導剣の鞘で受け止めると、掌底を下顎へと叩き込んだ。
「警備として参加していれば報酬だって貰えたのに」
「……わかっていませんね。警備ではありません。喧嘩だから楽しいのではないですか」
男共をノシながら凄くイイ笑顔で答える多由羅。『火事と喧嘩は江戸の華』という言葉があるが、恐らく彼女はそれを地で行く性格のようだ。
……とはいえ、折角の祭りを血で汚すような無粋はせず、2人は拳と体術で男達をのしきった。
「そこの2人! 何をしているのですか!?」
騒ぎを聞きつけた警備係が走り寄ってくるのを見て、多由羅はレイアの手を取って逆方向へと走り出した。
「警備の方が来たようですね! ではあとはお任せしましょう!!」
「……ちょっ、多由羅……っ!?」
「待ちなさい!!」
制止の声を振り切って2人は走ると人混みの中に飛び込んだ。敢えて未だ人がごった返す広場の方へと移動して行く。
「……ふぅ、ここまでくれば大丈夫そうですね。さぁ、屋台巡りを再開しましょう」
満面の笑みでレイアを見る多由羅。レイアはその笑みに幾度目かのため息を吐いた後、諦めたように小さく笑った。
「……そういえば、美味しそうなパイを売っている店があったな……行くか」
「はい!」
はぐれないように、レイアの手を取った多由羅の心はまだ見ぬパイで占められたのだった。
一方で女子2人が喧嘩に巻きこまれているという通報を受けた真とツィスカが現場に到着した時、その女子2人と思われる人物は明後日の方向へと走り出したところだった。
「待ちなさい!!」
真は制止の声を張り上げるが、本気を出した2人はあっという間に人混みに紛れてしまい、見失ってしまった。
「鞍馬さん、どうしましょう?」
ツィスカが男達を縛り上げながら問うが、真は両肩を竦めて首を横に振った。
「……武器を用いた様子がない。この動きを見る限り巻きこまれた女性っていうのは手練のハンターだろうね。詳細は彼らが目を覚ましたら聞けばいいし、追うのは得策じゃ無いかな」
ツィスカが地面に伸びている8人の男達を見て「わかりました」と呟いた時だった。
「アニキッ!? お前ら、アニキに何しやがったー!?」
買い出しに行っていたとみられる男二人が、地面に荷物を投げ捨てるとツィスカに向かって斧を振り上げ迫る。
「いや、私達は警備の者で……」
間に割って入った真は軽やかに躱して話しかけるが、アルコールも入り、頭に血が上った男には言葉が通じないようだ。
「熱くなるのはわかるけど、少し頭を冷やして欲しいなあ」
真は流れるような動作で男の腕を取ると、素早くそれを捻り上げると同時に脚を払った。ただその動作だけで面白いほど男の両脚は宙に浮いて一回転すると地面へと倒れ伏す。次いで投げつけられた斧を魔導剣の鞘で払い落とすと斧を投げた男へと身を低くして駆け寄り、脚を払って倒すと腕を取り背後で捻り上げた。
――その間、僅か10秒。
「凄い」
思わずツィスカの口から感嘆の言葉が零れる。遠巻きに騒ぎを見ていた野次馬達からも拍手が沸き起こって、真は少し照れたように困ったように柳眉を寄せたのだった。
●宴は船が燃え落ちるまで続き
飲めや食えやと誠一とクィーロは気の置けない者同士だからこそ心からこの時間を楽しんでいた。
「いやー、食った飲んだぁ」
「ご馳走様、誠一。ホント、このお店正解だったね」
「んあ!? ご馳走様でしたーって、いやいやいや、お前も払えよ!!?
さり気なく、しかし大胆なクィーロの申し出に誠一の酔いも思わず吹き飛んだ。
「あー……斧2本重かったなー。誰かさんが忘れたからなー」
「や、斧……斧……って……。今。それを。ここで。言うのか」
真顔になって相棒を見つめる誠一。その目を真っ直ぐに受け止めて見つめ返すクィーロ。
「わーったよ、払う。俺が払うから。払えばいいんだろー」
がっくりと項垂れつつ代金を店主に支払い二人は店を出た。
ほぼ白い雪に覆われた外は驚くほど寒く、2人は思わず身震いして空を仰ぐ。しんしんと振り注ぐ雪は止むことを知りそうも無い。
「改めてご馳走様誠一。あ、次はあれなんかいいんじゃないかな?」
「……まだ飲むのか、食うのか……? 次は俺は払わんぞ」
「でもあのヴルスト美味しそうじゃない? ホットワインと絶対合うと思う」
普段のクィーロはこのような我が儘を言ったりはしない。あくまで、誠一だからこそ言える我が儘だ。それを知っている誠一は大袈裟にため息をついてみせると口の端を釣り上げた。
「……分かったよ、行く。行こうぜ」
2人揃って小走りになって店内へ。少し落ち着きを取り戻しつつある店内は暖かく、2人は開いている席に座るとホットワインを二つとヴルストの盛り合わせを頼んで席に着いた。
「お待たせしました」
笑顔と共に届けられたホットワインは綺麗な緋色に見えた。グラスを当ててもう一度乾杯すると誠一は息を吹きかけて温かいワインを少しだけ啜った。
「緋の鳥からの加護が君にありますように」
「んぁ? なんか言ったか?」
「いや、美味いな、と」
「……だな」
屈託の無い笑顔を浮かべる誠一を、少し眩しそうにクィーロは見つめた後、やわらかな笑みを浮かべたのだった。
「お待たせしました」
飛び込んで来た男性客にホットワインを提供すると、灯(ka7179)は手早く空いたテーブルを片付け奥へと戻った。最初はぎこちない動きだった灯だが、周囲の人たちの動きをよく見て学んだ結果、注文を取るついでに片付けを行なったり、注文を運ぶついでに杯が空いているお客に声をかけるなどの動きが自然に行えるようになっていた。
「灯ちゃん、時間だから上がって良いよ」
女将に声を掛けられて初めて自分がもう5時間近く働いていた事を知る。
「最初は随分気弱そうなお嬢さんが来たと思ったんだけど、しっかり働いてくれて助かったよ。忙しい中でも笑顔を忘れずに働いてくれたしね。本当に有り難うね」
自分の笑顔に自信が無かった灯としては、女将の言葉に目を見張って、首を横に振った。
「私こそ、お手伝い出来て良かったです」
笑顔で報酬を受け取った灯は、女将と抱き合って別れると、雪降る夜の街へと繰り出していった。
「エールはいかが?! ヴルストやサンドウィッチもあるよ!!」
船が燃える広場ではエリオ・アスコリ(ka5928)が背にはエールの樽を、前には首から提げた紐で腹とで大きなトレイを抱えて出張売り子として練り歩いていた。
「エリオのおにいはん!」
呼び声のした方に視線を向ければ小夜とユリアンが人混みを掻き分けながらやってくるのが見えた。
「やぁ、2人とも来てたんだ」
「エリオさんは……売り上げ好調みたいだね」
トレイの中が随分減っているのを見てユリアンが笑う。
事実、同じスタイルで売り子をしている中でエリオの売り上げは群を抜いて良い。何しろエリオは人混みをすり抜けるようにして歩き回るのは得意だったし、同盟仕込みの営業スマイルとトークは立派な武器だった。
「まぁね。1杯どう? 奢るよ?」
「いや、俺は……食べ物で何か貰おうかな」
「OK。じゃぁアップルパイがあるよ。小夜は林檎ジュースでいい?」
林檎ジュースを受け取って、小夜は「おおきに」と笑顔を向ける。
「劉さん達は一緒じゃ無いの?」
「この人混みだから、まだ合流出来てないんだ」
「なるほど……少なくともこの広場では見かけてないな……もうどっかの店に入っちゃったのかもね」
船に火が付いて3時間以上この広場を売り歩いていたがエリオも劉達3人を見ていないとなると、その線が濃厚だろう。
「やっぱりそうかな……あ、パイ有り難う。丁度小腹が空いてたから、助かったよ、お金は……」
「いいよ、僕の稼ぎから出しとく」
「おにいはんは、まだお仕事ですか? 一緒に回りませんか?」
小夜の問いにエリオは少しだけ得意げに笑う。
「この店1番の稼ぎ頭だからね。途中休憩は貰うけど、祭りが終わるまで働く予定だよ」
「そう、なんですか……頑張って下さい」
寂しい、残念という感情を隠さない小夜だが、それでも活き活きと働いているエリオを引き留めるような言葉は口にしなかった。
「うん。もし3人と逢えたら宜しく言っといて」
「はい、お伝えします、ね」
別れ、歩き出した2人を見送って、エリオはトレイの中身を補充しに店へと戻った。
「……あー、ここにいたの?」
そこには盛り上がっている劉とドロテア、そして普段以上に眠たそうにしている金目の姿があったのだった。
「高瀬殿、キヅカ殿、お疲れ様でした」
「あら、イズン!」
任務時間を終えた2人がスカーフを返しに来たところに通りかかったイズンが声を掛ける。
「もう勤務はお終い?」
キヅカの問いにイズンは「まさか」と首を横に振る。
「ユーディト様から“祭りが終わるまで”と言われておりますので」
「それじゃ、陽が昇っちゃうわ! えぇと、ちょっと待ってね」
未悠が鞄を開けると一つの紙包みをイズンへと差し出した。
「これは……?」
「アップルパイですって。エリオが売り子していて買ったのよ。良かったら夜食にでも食べて」
「……有り難うございます、では遠慮無く頂きますね。では、お二人ともお疲れ様でした、後はどうぞ祭りを楽しんでいって下さいね」
アップルパイを受け取ったイズンはふわりと微笑み、2人に頭を下げると去って行った。
「意外だな、イズンさん、甘い物が好きなんだね?」
小さな驚きを隠さず未悠を見ると……胸を押さえていた未悠が勢いよく顔を上げてキヅカの襟首を握った。
「こう、普段表情筋が動かない人の笑顔は破壊力が大きいと思わない!? 可愛い! 可愛いよねぇ!? ずるい!!」
「未悠落ち着いて!? 何を言っているのかわからないよ!?」
唐突に未悠に頭部を揺さぶられ続けたキヅカなのだった。
●梟が瞳を閉じ、鶏が鳴く頃
灯は雪の積もり始めた道を歩く。振り返れば、まだ煌々と燃える船だった物が見える。そしてその巨大な炎を中心に明かりの灯った店と家。
お祭り自体、故郷ではあまり経験したことがなかった灯にとってこの海賊達を模した人たち、出会ったことのないような人たち、驚くような音と熱気、その全てが新鮮だった。
クリムゾンウェストへ来て、驚くような体験を幾つもしてきた。だが、一つ行動するたびに、目の前の世界が広がるのが楽しいと思える。
そう思えるのはきっと、友人達のお陰だ。彼らと過ごす時間が嬉しい、楽しい。だが、同時に幸せは怖いことでもあるのだとも知った。
手の届くところにいてくれる優しい友人達。彼らがこの光景を見たなら何と評しただろうか。
「……寒っ」
風が雪を運び灯の頬を打つ。
「……帰ろう」
あの火の灯る街へ。そして暖かな部屋で美味しい物を食べて少しだけお酒を飲もう。
そう思い、灯は来た道を戻る。
そして、一軒の宿兼酒場の扉に手を掛けた。
「ここは俺の奢りだー!!」
劉の声に店内は悲鳴にも似た歓声に包まれた。
「だが、リク、テメーはダメだ!」
「何でだよ!?」
ギャイのギャイのと騒ぐ2人を横目で見つつ、未悠がヒソヒソとドロテアに訪ねる。
「コレで何軒目なの?」
「……んー……5件目?」
「うそっ!?」
「さあ、飲むわよ!」
手持ちの酒はもうとうに振る舞ったドロテアが、なみなみとエールが注がれたジョッキを片手に立ち上がり一気に呷っていく。
「うわぁ、いい飲みっぷりですねぇ」
ここまで劉とドロテアのペースに付き合ってきた金目がとろんとした目を更に細めながらパチパチと拍手を贈り、未悠はそれを呆気にとられながら見つめる。
「なんだか凄い、ですね」
「……そうだね」
ようやく劉たちと合流出来たユリアンと小夜はすっかり出来上がっている場のノリに若干置いてけぼりを喰らったまま、ホットミルクに口を付ける。
「よー、ユリアン飲んでるかー!?」
「厳靖さん、俺が飲めないこと知ってるくせに」
ガハハ、と笑って「そうだったな!」と手だけで謝る仕草をして、横から小突いてきたキヅカとじゃれ合いを始める。
手拍子が鳴り始め、その中心にはドロテアが居て優雅に舞い始めたのを見て小夜も慌てて手拍子を始めた。
「おー?! んだリク、テメーこんなところにいやghjkl」
「ちょ、ボルちゃん、呂律回ってないよ!? どんだけ飲んできたの?! ってか、痛い! 痛い!! 頭もげる!! やめてー! 髪引っ張らないでー!?」
乱入して来たボルディアに全力で頭を撫で繰り回され始めたリクを見て、場にいた一同が笑い出す。
「なんだか凄い盛り上がってるね……?」
真が顔を出せば小夜が嬉しそうに手を振り、真もそれに気付いて手を振り返す。
「劉さん、これ僕からの差し入れ」
扉の向こうから雪を払い落とすエリオが姿を現し、サンドウィッチ数個とエール樽をテーブルの上に置いた。
「おー、何? エリオ君の奢り!?」
「早終い。外が寒すぎてもう商売にならないんだよ」
外を見ればまだ船は燃え続けている。そして雪はもう5cm以上積もっただろう。
机の上で揺れる炎。暖かな部屋。熱に浮かされたような高揚感を受けてユリアンは机の上で両腕を組むと頬を乗せた。
耳を澄まして、拍手の音、人々の笑い声、食器のふれあう音、うねるような音の波に身を任せ、ぼんやりと手を伸ばす。
(……ああ楽しいね。)
「あれ? ユリアン? もう誰よ、ユリアンにお酒飲ませたの!?」
「えー、俺じゃないよ!?」
「おーい、酒もっthjl」
「ボルちゃんはこれ以上飲んじゃだめー!」
「おにいはん、風邪引かんように、せんと」
「あ、金目さんも寝ちゃってる」
「金目はいつもだし、オルさん傍にいるから問題ない」
「いや、ダメでしょ」
喧噪はまだ止まない。その賑やかさの中でユリアンと金目は穏やかな寝息を立て始めたのだった。
●火は鎮まり、陽は昇り、日常は続いていく
陽の明るさに灯が顔を上げると、灯の周囲には酒瓶がゴロゴロと転がっていた。
「……あ、れ?」
随分楽しく飲んだのは覚えている。周囲の人たちは優しく、お酒は美味しく、楽しい時間だった。だが、飲み過ぎて潰れた、というよりは慣れない接客業をした疲れと暖かな空気が眠気を誘ったのだろうと思う。何しろ目覚めはスッキリだし、未だかつて潰れたことが無い“うわばみ”なのだから。
店を後にして、灯はポソッと言葉を零した。
「……飲み過ぎた、な……」
宿代と酒代、両方を支払ったら昨日の報酬は全て消えただけではなくマイナスになっていた。
今回の体験と楽しい時間の代償はかなり高く付いてしまった灯なのだった。
依頼結果
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相談とか、雑談とか。 浅黄 小夜(ka3062) 人間(リアルブルー)|16才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2019/02/20 08:06:05 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/02/20 18:09:29 |