ゲスト
(ka0000)
【幻想】目を閉じれば 遠い日の記憶
マスター:凪池シリル

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~4人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/02/23 15:00
- 完成日
- 2019/03/03 10:27
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「やあ……調子、どうなんだ?」
見舞い……という言葉はこの場合適切なのだろうか。先日、怠惰の大感染に巻き込まれ救出されたチィ=ズヴォーは、改めて伊佐美 透が彼の元を訪れたその時、少なくとも身体的には壮健に見えた。
「ん、まあ、なんともねぇでさあ。一旦影響を抜けちまえば特には何とも残らねえみてえですねい」
軽く腕を曲げ伸ばししてみせながらチィは答える。その挙動やそれまでの所作に不自然さは無かった。
「なんともない……か」
確かめるようにその言葉を復唱して、透はそれから、一呼吸して尋ねた。
「あの時……お前が言ったあれは……どういうことなんだ? 今は?」
怠惰の大感染──ニガヨモギの影響を抜けたその後、チィは透に「辺境の戦いには関わるな」と告げた。相棒としてやってきた存在のその言葉、数年の関わりを経ても初めて見るような態度と言葉に……一度、時間を置くことを選んだ。
そうして、怠惰の影響は無いと確かめてから……改めて、尋ねる。
チィは苦笑した──ほんの少し、ぎこちなさを伴って。
「透殿は、ニガヨモギには近づくべきじゃねえでさぁ。……大事なもんを、自分自身でどうでもいいってなるありゃあ……それが生涯をかけようってなもんであればあるほど、後で『歪虚のせいだ』なんて済ませられるもんじゃねえでしょう?」
言われたそれは……確かに、透にとって怖じ気づく話ではあった。結局諦められない夢なのだろうと認めた筈の、願い続けていたものを、強制的にとはいえ「どうでもいい」と思ってしまった感覚はどんなものなのだろう。その後で……正気にもどったら。
「お前……は、どうなんだ? 大丈夫なのか?」
「手前どもは別に。んな気にするようなもんも持ってねえし仕方ねえもんを引きずるガラでもねえでさあ」
「……じゃあ、それ以外で何かあったか?」
「──……」
咄嗟に何かを言おうとして。数秒の沈黙を挟んでしまったところでもう失敗を悟ったのだろう。諦めて一度口を閉じて……開き直す。
「……何でそう思いやした?」
「お前の言うことは……正しいよ。話を聞いてる限りじゃ俺はニガヨモギには触れない方が良いんだろう……けど。それでも……お前は、他人の行動を決めようとする奴じゃないだろ。助言はしても」
信頼を込めて伝えたつもりのそれに。チィはひくりと小さく表情と肩を動かした。一瞬の痛みをこらえるかのように。
……開いている傷口に直に触れてしまったかのようなばつの悪さを、そこに感じた。
「……そう、でさあねえ。勿論手前どもに透殿のやることを止める権利はねえでさあ。あくまで、手前どもがそう願うってだけの話でさあ」
返すチィもどこか決まり悪そうではあった。
──……何なんだろう、これは。まるで分からない。こんな……
「こんな手前どもは、知らねえって感じですかい?」
「……っ!」
「……手前どももでさあ」
チィは、ゆっくりと首を振りながら言った。
「手前ども自身、んな手前どもは生まれて初めて知りやしたよ……だから、すまねえですが、多分手前どもには、今は時間が必要なんだと思いまさあ……」
静かに告げるチィに、透は少しの驚きと共に表情を平静に戻すと、自分に認めさせるように、聞いた。
「──その時間に、俺は居ない方が良さそうなのか?」
その問いに、チィは目を閉じて暫ししてから。
「……すまねえでさあ」
それだけを、答えて。
「……分かった。今ハンターがすべきことは沢山あるし……俺は一旦そっちに行くよ。ただ……なんと言われようがやっぱり、お前の危機と聞いたらじっとはしていられないと、思う」
●
……そうして、今回の辺境の戦いに対する備えには透は参加しないことになった。
もとより、今回の任務は神霊樹ライブラリからの調査。何があっても夢のようなもので、肉体的な危険はない。
ただ……──
(そんで調べるのがここってのもなんてぇか……因果ですかねぃ……)
チュプ神殿。
この時代の幻獣王から、この神殿を『研究施設』へと明け渡すこと、彼らはそのために拠点であるここを放棄し、囮となるべく別の砦へと向かうことを聞いた一行は、そこから二手に行動を分けることにした。
一つは、共にムネマサ砦で戦い、その戦いを追体験すると共に情報を聞き出すこと。
そしてもう一つは、このままチュプ神殿で待ち続けて、やってくる研究者から彼らが講じようとしていた『対策』を探り出すことだ。
チュプ神殿に何度か立ち入り構造を知っているだろうというチィは、こちらに残るべきだと言われ……断るとも言えず、彼はこちら側に残った。
(ここに来る研究者……ですかい。どんな……どこの世界の人たち、なんですかねぃ)
ここには複数の世界に跨がる技術が利用されている。もしかしたら、その、複数の世界の技術者が手を取り合っていた場面に出くわすのかもしれない。それを、今の自分はどんな心地で見るのだろう。何を見ることになるだろう。
異なる技術体系を築く者同士が協力してここを造り上げた。……その発見の切欠を見出だしたその時に、チィと透も居合わせていた。
その時のことを思い出す──間違いなくあの時は二人、笑い合っていた。
ほんの少し前のことのはずだ。今遡って見ているここの記憶と比べたらほんの僅か前。
それが……──
想いを巡らせるうちに、周囲が騒がしくなってきた。
「……たどり着いたぞ! チュプ神殿だ!」
「っ! ……王は本当に、ここを我らに……」
「感傷に浸る暇は無いぞ。それだけ私たちの研究が最後の希望だと言うことだ」
「ええ……そうですね。貴殿方のおかげで、あれの出力には間違いなく向上が見られました。更に効果を上げさえすれば……あれは対抗手段になりうるはず!」
聞こえてくる声に、ハンターたち一行は一度息をひそめ、耳を澄ませた。
ここで……彼らが完成させかけた対抗策、その詳細が分かるかもしれない。聞き漏らしてはならない。
「貴殿方の協力には、本当に感謝します。理不尽な状況から、力を、知恵を貸してくださったこと、本当に感謝しきれません」
「何、半分くらいは技術者のサガってやつさ。知ってみりゃあこっちの世界の技術も興味深い……何より、お前さんらの熱意さ。プロジェクトってなあ結局、一緒にやるやつ次第ってな!」
異世界から来たらしいその技術者は、危機的状況にも関わらず朗らかに声を張り上げる。
「だからいいんだよもう! 俺はこっちの世界が気に入った! ここに骨埋める覚悟は、とっくに出来てらあ!」
……息を潜めて。
身体を縮めて。
彼らの言葉を、聞く。
手を取り合った彼らに訪れる結末は、滅びだ。共に生きようとした結果、共に死ぬ。
……そこから、貴方たちは何を掬い上げるだろう。
見舞い……という言葉はこの場合適切なのだろうか。先日、怠惰の大感染に巻き込まれ救出されたチィ=ズヴォーは、改めて伊佐美 透が彼の元を訪れたその時、少なくとも身体的には壮健に見えた。
「ん、まあ、なんともねぇでさあ。一旦影響を抜けちまえば特には何とも残らねえみてえですねい」
軽く腕を曲げ伸ばししてみせながらチィは答える。その挙動やそれまでの所作に不自然さは無かった。
「なんともない……か」
確かめるようにその言葉を復唱して、透はそれから、一呼吸して尋ねた。
「あの時……お前が言ったあれは……どういうことなんだ? 今は?」
怠惰の大感染──ニガヨモギの影響を抜けたその後、チィは透に「辺境の戦いには関わるな」と告げた。相棒としてやってきた存在のその言葉、数年の関わりを経ても初めて見るような態度と言葉に……一度、時間を置くことを選んだ。
そうして、怠惰の影響は無いと確かめてから……改めて、尋ねる。
チィは苦笑した──ほんの少し、ぎこちなさを伴って。
「透殿は、ニガヨモギには近づくべきじゃねえでさぁ。……大事なもんを、自分自身でどうでもいいってなるありゃあ……それが生涯をかけようってなもんであればあるほど、後で『歪虚のせいだ』なんて済ませられるもんじゃねえでしょう?」
言われたそれは……確かに、透にとって怖じ気づく話ではあった。結局諦められない夢なのだろうと認めた筈の、願い続けていたものを、強制的にとはいえ「どうでもいい」と思ってしまった感覚はどんなものなのだろう。その後で……正気にもどったら。
「お前……は、どうなんだ? 大丈夫なのか?」
「手前どもは別に。んな気にするようなもんも持ってねえし仕方ねえもんを引きずるガラでもねえでさあ」
「……じゃあ、それ以外で何かあったか?」
「──……」
咄嗟に何かを言おうとして。数秒の沈黙を挟んでしまったところでもう失敗を悟ったのだろう。諦めて一度口を閉じて……開き直す。
「……何でそう思いやした?」
「お前の言うことは……正しいよ。話を聞いてる限りじゃ俺はニガヨモギには触れない方が良いんだろう……けど。それでも……お前は、他人の行動を決めようとする奴じゃないだろ。助言はしても」
信頼を込めて伝えたつもりのそれに。チィはひくりと小さく表情と肩を動かした。一瞬の痛みをこらえるかのように。
……開いている傷口に直に触れてしまったかのようなばつの悪さを、そこに感じた。
「……そう、でさあねえ。勿論手前どもに透殿のやることを止める権利はねえでさあ。あくまで、手前どもがそう願うってだけの話でさあ」
返すチィもどこか決まり悪そうではあった。
──……何なんだろう、これは。まるで分からない。こんな……
「こんな手前どもは、知らねえって感じですかい?」
「……っ!」
「……手前どももでさあ」
チィは、ゆっくりと首を振りながら言った。
「手前ども自身、んな手前どもは生まれて初めて知りやしたよ……だから、すまねえですが、多分手前どもには、今は時間が必要なんだと思いまさあ……」
静かに告げるチィに、透は少しの驚きと共に表情を平静に戻すと、自分に認めさせるように、聞いた。
「──その時間に、俺は居ない方が良さそうなのか?」
その問いに、チィは目を閉じて暫ししてから。
「……すまねえでさあ」
それだけを、答えて。
「……分かった。今ハンターがすべきことは沢山あるし……俺は一旦そっちに行くよ。ただ……なんと言われようがやっぱり、お前の危機と聞いたらじっとはしていられないと、思う」
●
……そうして、今回の辺境の戦いに対する備えには透は参加しないことになった。
もとより、今回の任務は神霊樹ライブラリからの調査。何があっても夢のようなもので、肉体的な危険はない。
ただ……──
(そんで調べるのがここってのもなんてぇか……因果ですかねぃ……)
チュプ神殿。
この時代の幻獣王から、この神殿を『研究施設』へと明け渡すこと、彼らはそのために拠点であるここを放棄し、囮となるべく別の砦へと向かうことを聞いた一行は、そこから二手に行動を分けることにした。
一つは、共にムネマサ砦で戦い、その戦いを追体験すると共に情報を聞き出すこと。
そしてもう一つは、このままチュプ神殿で待ち続けて、やってくる研究者から彼らが講じようとしていた『対策』を探り出すことだ。
チュプ神殿に何度か立ち入り構造を知っているだろうというチィは、こちらに残るべきだと言われ……断るとも言えず、彼はこちら側に残った。
(ここに来る研究者……ですかい。どんな……どこの世界の人たち、なんですかねぃ)
ここには複数の世界に跨がる技術が利用されている。もしかしたら、その、複数の世界の技術者が手を取り合っていた場面に出くわすのかもしれない。それを、今の自分はどんな心地で見るのだろう。何を見ることになるだろう。
異なる技術体系を築く者同士が協力してここを造り上げた。……その発見の切欠を見出だしたその時に、チィと透も居合わせていた。
その時のことを思い出す──間違いなくあの時は二人、笑い合っていた。
ほんの少し前のことのはずだ。今遡って見ているここの記憶と比べたらほんの僅か前。
それが……──
想いを巡らせるうちに、周囲が騒がしくなってきた。
「……たどり着いたぞ! チュプ神殿だ!」
「っ! ……王は本当に、ここを我らに……」
「感傷に浸る暇は無いぞ。それだけ私たちの研究が最後の希望だと言うことだ」
「ええ……そうですね。貴殿方のおかげで、あれの出力には間違いなく向上が見られました。更に効果を上げさえすれば……あれは対抗手段になりうるはず!」
聞こえてくる声に、ハンターたち一行は一度息をひそめ、耳を澄ませた。
ここで……彼らが完成させかけた対抗策、その詳細が分かるかもしれない。聞き漏らしてはならない。
「貴殿方の協力には、本当に感謝します。理不尽な状況から、力を、知恵を貸してくださったこと、本当に感謝しきれません」
「何、半分くらいは技術者のサガってやつさ。知ってみりゃあこっちの世界の技術も興味深い……何より、お前さんらの熱意さ。プロジェクトってなあ結局、一緒にやるやつ次第ってな!」
異世界から来たらしいその技術者は、危機的状況にも関わらず朗らかに声を張り上げる。
「だからいいんだよもう! 俺はこっちの世界が気に入った! ここに骨埋める覚悟は、とっくに出来てらあ!」
……息を潜めて。
身体を縮めて。
彼らの言葉を、聞く。
手を取り合った彼らに訪れる結末は、滅びだ。共に生きようとした結果、共に死ぬ。
……そこから、貴方たちは何を掬い上げるだろう。
リプレイ本文
研究員の会話は専門的な話が多く、そのほどんどはそのままでは理解できない。それでも、あとで誰かが分かるかもしれない、と鞍馬 真(ka5819)は聞こえた内容をそのまま、極力暗記して持ち帰ろうとする。
「ここから直接、あいつに組み込まれたホナが増幅できるんだな?」
そして。そうして漏れ聞く中にも、引っかかるものは確かにあった。
(『あいつ』に『組み込まれた』、な……)
万歳丸(ka5665)は無意識に、フィロ(ka6966)の方へと──オートマトンである彼女の方へと視線を向けた。
研究者たちはそのまま去っていく。万歳丸は潜めた声で言った。
「さっきの、エバーグリーンの技師だよな。だったら『あれ』とやらはエバーグリーン由来の『装置』……オートマトン的なもの、いや……オートマトン、そのものかもしれねえな」
「あれ、という事は、目的の物は近くには無いのかもしれませんが……」
万歳丸の言葉に頷きながら、言ったのはユリアン(ka1664)だった。
偵察に向かう前に、彼らは幾つかの予測を立てる。やがてそれも出尽くすと。
「武運を祈るぜ!」
直接彼らに近づこうとするユリアンに、万歳丸は明るく声をかけた。それにユリアンはしかし、どこか重々しく頷く。
彼らの様子は駄目元で矢鱈目鱈足掻くという様子ではなく、成果にある程度の方向性と自信が見えていた。だからこそ。
──何故使われなかった?
間に合わなかったのか。この先、ここで何が起こるのか……。
「真実は痛みの向こうだと言うのならば……──」
決意するように、ユリアンが呟く。
それと共に、彼の存在が薄く掠れていく。存在を悟られぬようスキルを使用すると、彼は研究者が消えた方へと向かっていった。
ユリアンは思いきって近付き、彼らの資料を覗きこむ。
(やっぱり……オートマトン!)
推察も元に、ユリアンはそこにある図面のシルエットから察した。
そうする間にも研究者の作業は続いている。
「まずはこっちで、増幅が上手くいくか直接確認しよう」
その言葉と共に取り出されたものは、『怠惰の感染』の対策に使った結界石だった。これが……ホナ、なのか。
「隠れて耳を欹てても、知らない技術は確認できません。想像だけで補完しては、大きな間違いを犯すかもしれません。彼らに直接話を聞こうと思います」
待機していたフィロの言葉に、異を唱えるものは居なかった。皆同じ思いはあったのだろう、
「チィ様、少しお力をお貸し願えますか」
そうしてフィロは不意に、チィに手を差し伸べる。
キョトンとしたまま、それでも差し出されるまにチィがその手を取り二人が歩き始めると、万歳丸と真も立ち上がった。
ふと、
「……鬼とかこの辺に居たのか?」
懸念を呟くも、答えられるものは居ない。ぶっつけ本番にかけるしかなさそうだった。
「エバーグリーンから転移したオートマトンのフィロと申します。精霊様の導きを受け、この地を知る部族の方にここまで連れてきていただきました。私にできることがあるならば、是非協力させていただきたいと思います」
フィロがまず、星神器を示しつつの丁寧な挨拶。
「おっす! 俺ァ万歳丸! 未来の大英雄よ!」
続いて、万歳丸が声を張り上げると、彼らはは目を丸くした。
「こっちがやべェって聞いて東方から出てきたンだが、ぶン殴ろうとすりゃ死ぬって聞いてなァ」
やはりというか、フィロにはともかく万歳丸には戸惑いの視線が向けられた。
「……まァ、力仕事なら得意中の得意だかンよ、手伝わせてくれ!!」
声を張り上げると共に、覚醒。
研究者の一人が視線を向ける。
万歳丸は笑顔を返した。
「ええと……」
困惑を込めた呟きが聞こえる。
そちらに笑顔を向けた。
言いたいこと、聞きたいこと、色々ありそうな雰囲気に、万歳丸は。
ただひたすら、笑顔で押しきった。
……。
…………。
………………。
空気が硬直する。
「……あの」
笑顔をやめるわけにもいかない万歳丸に代わりそれを打ち破ったのは真だった。
「私たちは……私たちもまた、滅びに抗うためにここに来ました」
真が選んだのは、ある程度は正直に話すという方法だった。勿論、未来から来た、貴方たちはこれから滅ぶ……などとは言えるはずもないが。
やがて。
研究者の一人──風体からしてリアルブルー人に思えた──が言った。
「……いいじゃねえかよ。身元確認とかやってる場合じゃねえ。悪意があるなら踏み込まれた時点で敗けだ。ならいっそ利用しようぜ。急ぐにこしたこたねえんだ」
言って男は順にフィロに、真に、チィに、そして万歳丸に視線を向けた。
万歳丸はやはり会心の笑顔で頷いてその心意気に応えた。
進む作業、一行はそれを手伝いながらつぶさに見つめていた。
ハンターたち一行の視線は今、「試しで増幅したというホナ」、それが組み込まれた装置に向かっている。
「……聞いても宜しいでしょうか。それは……オートマトンに組み込んで使用するものですか?」
フィロが問いかける。
「そうだ。精霊を動力とするオートマトンの回路技術を応用して、これのマテリアル特性を変換、展開し大感染にも抵抗しうる結界を展開する。……オートマトン技術だからな。移動やオンオフの制御を含め、いっそオートマトンとして作ってしまおうというのが我らの研究だ」
説明にフィロが頷くと、今度は真が口を開いた。
「……その開発は、三世界の技術者皆で……?」
作業に混ざりながら真が抱いたのは、情報だけではなく、その想いを持ち帰りたいという気持ちだった。
──危機的状況で手を取り合った異界の人達。彼らが繋げようとした希望を、想いを、そのまま。
「そうです。ここに居る全ての技術者が居なければ、この成果は為し得ませんでした」
また別の研究者が答える。基礎技術はクリムゾンウェストのマテリアルとエバーグリーンのオートマトン。だが、行き詰まりを感じた時、自世界の技術に囚われず柔軟に大胆に両世界の技術を組み合わせる発想は、多くはリアルブルー技術者が出したものだという。次第に熱っぽく互いの交流、その成果について語る技術者たち、そこには暖かなものが流れている……──。
「チィ様」
そんな話を聞きながら、フィロはずっと握り続けてきたチィの手をまた握り直した。
「風に水が混れば暴風雨となり、熱砂が混じれば砂嵐となります。そもそも、他の何かが動きださなければ、風と言う動きは産み出されません。自由闊達、何者にも囚われないように見えて実は最も他者の影響を受ける、それが風なのですよ、チィ様」
「……。いや、手前どもは……」
「自分の命より重い願いに強欲になり傲慢になる、それは人として当然です。人の悩みは人の間でしか解決しません。チィ様、決して1人にならず、人の間でお悩みなさいませ」
そこまで告げると、フィロはにこっと笑って手を離した。
装置の稼働は、目論見通りにいっているようだった。研究者たちに動揺の様子は無い。……失敗ではないのなら、この後に何が起こるのか……。
フィロが離れ、一人になったチィに、万歳丸が近づいていった。
「ニガヨモギ。ありゃァ……キチィよな」
雑談という風に彼はチィに話しかける。
……彼もまた、ニガヨモギを体験し、すんでのところで生還した経験を持つ。
未来の大英雄になるという夢。彼の経歴から、悲願とも言える想いを込めていた筈のそれすら面倒になったという"苦味"……。
「……確かにニガヨモギは夢を奪うが、リアルブルーの相棒を遠ざけたのは……本当にそれだけか?」
「……」
「……俺にはアンタの方が辛そうに見えるぜ」
肯定も否定もしないチィに、万歳丸は肩を竦める。
「ひょっとするとそれは、アンタの信条と違うかもしンねェが……人間、生きて交わりゃ新しい欲の一つや二つできるさ」
そこには同調めいた響きがあった。彼もまた、抱くつもりのなかった欲をそこに抱えているのだろうか。
チィがそれになにか答えようとして。
新たに、慌ただしく駆け込んでくる者が居た。
伝令のために駆けつけてきた男は上がりきった息で、必要なことだけを伝える。
「──王の軍が、落ちた」
それは。
間もなくここが怠惰軍に攻め込まれるだろうことを意味していた。
ニガヨモギが──来る。
「【最後】まで残ろうぜ」
万歳丸が、チィの肩を組んで声をかける。何が起きたのか──見届けるために。
「……怠惰軍の到着はあとどれ程ですか?」
研究者は、存外落ち着いた男に問う。男はそれを答えて……。
「……そっか。なら間に合うな」
そして三世界の研究者たちはやはり、どこかさっぱりした声でそう言った。
彼らもまた、この結果を覚悟した上での決死隊だったのだ。
「王はそれでも脱出を間に合わせたくてあんたらを寄越したのかな。俺たちは最後まで見守らねえとだが……」
研究者の一人が、ハンターたちを見る。そして。
「お待ちください」
フィロが静かに進み出た。机の上に置かれたままの、もう一つのホナを見て。
「オートマトンがあれば、それは稼働させられるのですか?」
彼らの滅びは避けられない。だが、ここに彼らの成果の一端でも示せるかもしれない。と。
「……あいつは、これの為に特別調整されたボディだ。他のオートマトンじゃちゃんと動くかも分からねえしそれ以上に、多分嬢ちゃんのボディがぶっ壊れる。……それも想像して言ったか? まさか」
フィロは静かに佇んでいる。オートマトン、の予測が為されたところで、必要ならば自己停止しての動力提供も想定していた──どうせここで死んでも夢なのだ、ならば。
これはもう過ぎ去った出来事。幻。それでも、彼らの想いに。熱意に。応えたいと思うのは、無意味な感傷だろうか?
彼女の覚悟を感じて、研究者が彼女へと目を向ける。
フィロは頷き、横たわった。
ガクンと。
全身が重たくなる。力が抜けていく──立っていようという意志が、奪われていく。
正のマテリアルを発することの出来ない歪虚はこの神殿の深部まで辿り着く道を開けない。だが、上部からニガヨモギが押し寄せて居るのだろうと知れた。
そして今。フィロの全身から燐光が発せられている。
「あ……あ、あああああっ……!」
回路という回路が負荷に軋みを上げ、苦痛に叫ぶ。既にあちこちが火花を上げていた。長くはもたない。
「やはり……足りない……」
倒れ伏しながら、技術者が呟く。フィロは唇を噛んだ。苦痛にではない。間もなくこの身が朽ちる恐怖ではなく、今口惜しいのは……。
「かはははは! やりやがった! あんたら、やりやがったぜ!」
彼女の想いを次ぐように、万歳丸が声を上げた。
「聞け! 俺は一度ニガヨモギを食らった事がある……こんなんじゃねえ! こんなんじゃなかった! あんたらは、やり遂げたんだ!」
身体の力は奪われる……だが心は侵されない。覚醒者であればまだ動ける。その結果を、彼らは知る。
「貴方たちの想いは……努力は、無駄には、ならない……無駄には、しません、決して!」
そうして真もまた、叫ぶ。
これは過去の残像。
ここで何をしようが、起きたことは変わらない。
この結果を、本来の彼らが知るよしはなく。
その声が、実際に彼らに届いたことになるわけでもない。
それでも。
叫ばすには、いられなくて。
彼らの言葉に、研究者が浮かべたその顔は……──
フィロの身体が、爆散した。
真なるニガヨモギが、彼らに襲いかかる。
(……どうでもいい、か)
塗りつぶされていく意識の中でユリアンは思う。
諦めは何時だって彼の心の底にあるものだった。
自分でなくたっていい。勤めを果たすのも何かを守るのも。
幾らでも力も心もある人が溢れている──ここで見た研究者たちの姿はそんな、嫉妬めいた想いを改めて浮き上がらせもした。
それでも何か少しでも出来る事をと望みをかけ足掻こうとして。
……やはりそれも、どうでも良くなった。
(ああ、やっぱりそうなのか)
そのことに、ただ、諦めが募る。
あとはただ、観察だった。冷めた気持ちで、自分の身に起きている症状を観察する。
執着も我慢も全て崩れ去っていく。それは心の綻びをするすると解かれる様でもあって。
(どうでもいいと言う感情だって強制的に外から付与ものじゃないと思うのだけど、どうなんだろうな……)
疑問。それを追及するのも煩わしい。思っては微睡みに流されていく。
心のカタチが歪み崩れていくその過程を、次に繋げる為に見つめ焼き付け。
やがてその意思も消えて──生きる気力はそこで尽きる。
真は己がニガヨモギを受けてどうなるかは、大体想像がついていた。
いつもどこかで感じている空虚さ。それに伴う消えたい、死にたいという衝動。
だけど、その衝動から彼を救ってくれる存在があった。友の、仲間の存在。ハンターとしての使命感。
友との日々を。助けた人の笑顔を。救えなかった無念を。抗うための、その記憶を。
……思い出そうとする、その事もまた、『面倒な』ことなのだと知る。
そうして、手を伸ばそうとした記憶は彼方へと遠ざかっていく。
そうなって。
彼は死に、あっさりとその身を委ねた。
──「生きることを諦めさせる」なんて、私にぴったりじゃないか。
目を覚ました。
覚めないはずの眠りから。
過去の記憶の遡行より、彼らは戻ってきた……──
ニガヨモギの体験を終えて、真はチィへと近付いていく。どこか諦めや慣れといったものを感じさせる穏やかさが彼の微笑にはあった。
「私は、予想通りのことを感じた訳だけど……きみは、何を感じたの?」
友人からの問いに、チィは……ずっと、抱えきれなかったのだろう。吐き出すように答えた。
「別に、ずっと分かってた筈なんでさあ。透殿がリアルブルーに帰ることは。いつまでもハンターとして戦う必要なんざねえって事は」
分かっていて、だからこそ限られた時間出来るだけ、共に居たいと願った。自分からそう言った。筈なのに。
噛み締める。
フィロの言葉を。悩み? 違う。悩みなどない。どうしたらいいかなど分かっている。
万歳丸の言葉を。欲? 違う。これは望みじゃない。これは叶ってはいけないものだ。
「これは願いじゃねえ。堕落でさあ。手前どもは、ズヴォー族の戦士としても堕落しやした」
フィロの言う通り、風は変化を司る物だ。だが今の己には。分かっていると言いながら、今が変わることを拒絶する思いがあった──あるがままを受け入れて、それを是とし対応してきた人生で初めて。よりにもよって、大切な存在が叶えようとしている夢を犠牲にするような形で。
「きみは……」
「……分かってまさあ。ちゃんと、終わりにしねえと」
無かったことに。気付かれないように、終わりを。負担にならないように。求める彼の心に、なんと言えるのだろうか。
「ここから直接、あいつに組み込まれたホナが増幅できるんだな?」
そして。そうして漏れ聞く中にも、引っかかるものは確かにあった。
(『あいつ』に『組み込まれた』、な……)
万歳丸(ka5665)は無意識に、フィロ(ka6966)の方へと──オートマトンである彼女の方へと視線を向けた。
研究者たちはそのまま去っていく。万歳丸は潜めた声で言った。
「さっきの、エバーグリーンの技師だよな。だったら『あれ』とやらはエバーグリーン由来の『装置』……オートマトン的なもの、いや……オートマトン、そのものかもしれねえな」
「あれ、という事は、目的の物は近くには無いのかもしれませんが……」
万歳丸の言葉に頷きながら、言ったのはユリアン(ka1664)だった。
偵察に向かう前に、彼らは幾つかの予測を立てる。やがてそれも出尽くすと。
「武運を祈るぜ!」
直接彼らに近づこうとするユリアンに、万歳丸は明るく声をかけた。それにユリアンはしかし、どこか重々しく頷く。
彼らの様子は駄目元で矢鱈目鱈足掻くという様子ではなく、成果にある程度の方向性と自信が見えていた。だからこそ。
──何故使われなかった?
間に合わなかったのか。この先、ここで何が起こるのか……。
「真実は痛みの向こうだと言うのならば……──」
決意するように、ユリアンが呟く。
それと共に、彼の存在が薄く掠れていく。存在を悟られぬようスキルを使用すると、彼は研究者が消えた方へと向かっていった。
ユリアンは思いきって近付き、彼らの資料を覗きこむ。
(やっぱり……オートマトン!)
推察も元に、ユリアンはそこにある図面のシルエットから察した。
そうする間にも研究者の作業は続いている。
「まずはこっちで、増幅が上手くいくか直接確認しよう」
その言葉と共に取り出されたものは、『怠惰の感染』の対策に使った結界石だった。これが……ホナ、なのか。
「隠れて耳を欹てても、知らない技術は確認できません。想像だけで補完しては、大きな間違いを犯すかもしれません。彼らに直接話を聞こうと思います」
待機していたフィロの言葉に、異を唱えるものは居なかった。皆同じ思いはあったのだろう、
「チィ様、少しお力をお貸し願えますか」
そうしてフィロは不意に、チィに手を差し伸べる。
キョトンとしたまま、それでも差し出されるまにチィがその手を取り二人が歩き始めると、万歳丸と真も立ち上がった。
ふと、
「……鬼とかこの辺に居たのか?」
懸念を呟くも、答えられるものは居ない。ぶっつけ本番にかけるしかなさそうだった。
「エバーグリーンから転移したオートマトンのフィロと申します。精霊様の導きを受け、この地を知る部族の方にここまで連れてきていただきました。私にできることがあるならば、是非協力させていただきたいと思います」
フィロがまず、星神器を示しつつの丁寧な挨拶。
「おっす! 俺ァ万歳丸! 未来の大英雄よ!」
続いて、万歳丸が声を張り上げると、彼らはは目を丸くした。
「こっちがやべェって聞いて東方から出てきたンだが、ぶン殴ろうとすりゃ死ぬって聞いてなァ」
やはりというか、フィロにはともかく万歳丸には戸惑いの視線が向けられた。
「……まァ、力仕事なら得意中の得意だかンよ、手伝わせてくれ!!」
声を張り上げると共に、覚醒。
研究者の一人が視線を向ける。
万歳丸は笑顔を返した。
「ええと……」
困惑を込めた呟きが聞こえる。
そちらに笑顔を向けた。
言いたいこと、聞きたいこと、色々ありそうな雰囲気に、万歳丸は。
ただひたすら、笑顔で押しきった。
……。
…………。
………………。
空気が硬直する。
「……あの」
笑顔をやめるわけにもいかない万歳丸に代わりそれを打ち破ったのは真だった。
「私たちは……私たちもまた、滅びに抗うためにここに来ました」
真が選んだのは、ある程度は正直に話すという方法だった。勿論、未来から来た、貴方たちはこれから滅ぶ……などとは言えるはずもないが。
やがて。
研究者の一人──風体からしてリアルブルー人に思えた──が言った。
「……いいじゃねえかよ。身元確認とかやってる場合じゃねえ。悪意があるなら踏み込まれた時点で敗けだ。ならいっそ利用しようぜ。急ぐにこしたこたねえんだ」
言って男は順にフィロに、真に、チィに、そして万歳丸に視線を向けた。
万歳丸はやはり会心の笑顔で頷いてその心意気に応えた。
進む作業、一行はそれを手伝いながらつぶさに見つめていた。
ハンターたち一行の視線は今、「試しで増幅したというホナ」、それが組み込まれた装置に向かっている。
「……聞いても宜しいでしょうか。それは……オートマトンに組み込んで使用するものですか?」
フィロが問いかける。
「そうだ。精霊を動力とするオートマトンの回路技術を応用して、これのマテリアル特性を変換、展開し大感染にも抵抗しうる結界を展開する。……オートマトン技術だからな。移動やオンオフの制御を含め、いっそオートマトンとして作ってしまおうというのが我らの研究だ」
説明にフィロが頷くと、今度は真が口を開いた。
「……その開発は、三世界の技術者皆で……?」
作業に混ざりながら真が抱いたのは、情報だけではなく、その想いを持ち帰りたいという気持ちだった。
──危機的状況で手を取り合った異界の人達。彼らが繋げようとした希望を、想いを、そのまま。
「そうです。ここに居る全ての技術者が居なければ、この成果は為し得ませんでした」
また別の研究者が答える。基礎技術はクリムゾンウェストのマテリアルとエバーグリーンのオートマトン。だが、行き詰まりを感じた時、自世界の技術に囚われず柔軟に大胆に両世界の技術を組み合わせる発想は、多くはリアルブルー技術者が出したものだという。次第に熱っぽく互いの交流、その成果について語る技術者たち、そこには暖かなものが流れている……──。
「チィ様」
そんな話を聞きながら、フィロはずっと握り続けてきたチィの手をまた握り直した。
「風に水が混れば暴風雨となり、熱砂が混じれば砂嵐となります。そもそも、他の何かが動きださなければ、風と言う動きは産み出されません。自由闊達、何者にも囚われないように見えて実は最も他者の影響を受ける、それが風なのですよ、チィ様」
「……。いや、手前どもは……」
「自分の命より重い願いに強欲になり傲慢になる、それは人として当然です。人の悩みは人の間でしか解決しません。チィ様、決して1人にならず、人の間でお悩みなさいませ」
そこまで告げると、フィロはにこっと笑って手を離した。
装置の稼働は、目論見通りにいっているようだった。研究者たちに動揺の様子は無い。……失敗ではないのなら、この後に何が起こるのか……。
フィロが離れ、一人になったチィに、万歳丸が近づいていった。
「ニガヨモギ。ありゃァ……キチィよな」
雑談という風に彼はチィに話しかける。
……彼もまた、ニガヨモギを体験し、すんでのところで生還した経験を持つ。
未来の大英雄になるという夢。彼の経歴から、悲願とも言える想いを込めていた筈のそれすら面倒になったという"苦味"……。
「……確かにニガヨモギは夢を奪うが、リアルブルーの相棒を遠ざけたのは……本当にそれだけか?」
「……」
「……俺にはアンタの方が辛そうに見えるぜ」
肯定も否定もしないチィに、万歳丸は肩を竦める。
「ひょっとするとそれは、アンタの信条と違うかもしンねェが……人間、生きて交わりゃ新しい欲の一つや二つできるさ」
そこには同調めいた響きがあった。彼もまた、抱くつもりのなかった欲をそこに抱えているのだろうか。
チィがそれになにか答えようとして。
新たに、慌ただしく駆け込んでくる者が居た。
伝令のために駆けつけてきた男は上がりきった息で、必要なことだけを伝える。
「──王の軍が、落ちた」
それは。
間もなくここが怠惰軍に攻め込まれるだろうことを意味していた。
ニガヨモギが──来る。
「【最後】まで残ろうぜ」
万歳丸が、チィの肩を組んで声をかける。何が起きたのか──見届けるために。
「……怠惰軍の到着はあとどれ程ですか?」
研究者は、存外落ち着いた男に問う。男はそれを答えて……。
「……そっか。なら間に合うな」
そして三世界の研究者たちはやはり、どこかさっぱりした声でそう言った。
彼らもまた、この結果を覚悟した上での決死隊だったのだ。
「王はそれでも脱出を間に合わせたくてあんたらを寄越したのかな。俺たちは最後まで見守らねえとだが……」
研究者の一人が、ハンターたちを見る。そして。
「お待ちください」
フィロが静かに進み出た。机の上に置かれたままの、もう一つのホナを見て。
「オートマトンがあれば、それは稼働させられるのですか?」
彼らの滅びは避けられない。だが、ここに彼らの成果の一端でも示せるかもしれない。と。
「……あいつは、これの為に特別調整されたボディだ。他のオートマトンじゃちゃんと動くかも分からねえしそれ以上に、多分嬢ちゃんのボディがぶっ壊れる。……それも想像して言ったか? まさか」
フィロは静かに佇んでいる。オートマトン、の予測が為されたところで、必要ならば自己停止しての動力提供も想定していた──どうせここで死んでも夢なのだ、ならば。
これはもう過ぎ去った出来事。幻。それでも、彼らの想いに。熱意に。応えたいと思うのは、無意味な感傷だろうか?
彼女の覚悟を感じて、研究者が彼女へと目を向ける。
フィロは頷き、横たわった。
ガクンと。
全身が重たくなる。力が抜けていく──立っていようという意志が、奪われていく。
正のマテリアルを発することの出来ない歪虚はこの神殿の深部まで辿り着く道を開けない。だが、上部からニガヨモギが押し寄せて居るのだろうと知れた。
そして今。フィロの全身から燐光が発せられている。
「あ……あ、あああああっ……!」
回路という回路が負荷に軋みを上げ、苦痛に叫ぶ。既にあちこちが火花を上げていた。長くはもたない。
「やはり……足りない……」
倒れ伏しながら、技術者が呟く。フィロは唇を噛んだ。苦痛にではない。間もなくこの身が朽ちる恐怖ではなく、今口惜しいのは……。
「かはははは! やりやがった! あんたら、やりやがったぜ!」
彼女の想いを次ぐように、万歳丸が声を上げた。
「聞け! 俺は一度ニガヨモギを食らった事がある……こんなんじゃねえ! こんなんじゃなかった! あんたらは、やり遂げたんだ!」
身体の力は奪われる……だが心は侵されない。覚醒者であればまだ動ける。その結果を、彼らは知る。
「貴方たちの想いは……努力は、無駄には、ならない……無駄には、しません、決して!」
そうして真もまた、叫ぶ。
これは過去の残像。
ここで何をしようが、起きたことは変わらない。
この結果を、本来の彼らが知るよしはなく。
その声が、実際に彼らに届いたことになるわけでもない。
それでも。
叫ばすには、いられなくて。
彼らの言葉に、研究者が浮かべたその顔は……──
フィロの身体が、爆散した。
真なるニガヨモギが、彼らに襲いかかる。
(……どうでもいい、か)
塗りつぶされていく意識の中でユリアンは思う。
諦めは何時だって彼の心の底にあるものだった。
自分でなくたっていい。勤めを果たすのも何かを守るのも。
幾らでも力も心もある人が溢れている──ここで見た研究者たちの姿はそんな、嫉妬めいた想いを改めて浮き上がらせもした。
それでも何か少しでも出来る事をと望みをかけ足掻こうとして。
……やはりそれも、どうでも良くなった。
(ああ、やっぱりそうなのか)
そのことに、ただ、諦めが募る。
あとはただ、観察だった。冷めた気持ちで、自分の身に起きている症状を観察する。
執着も我慢も全て崩れ去っていく。それは心の綻びをするすると解かれる様でもあって。
(どうでもいいと言う感情だって強制的に外から付与ものじゃないと思うのだけど、どうなんだろうな……)
疑問。それを追及するのも煩わしい。思っては微睡みに流されていく。
心のカタチが歪み崩れていくその過程を、次に繋げる為に見つめ焼き付け。
やがてその意思も消えて──生きる気力はそこで尽きる。
真は己がニガヨモギを受けてどうなるかは、大体想像がついていた。
いつもどこかで感じている空虚さ。それに伴う消えたい、死にたいという衝動。
だけど、その衝動から彼を救ってくれる存在があった。友の、仲間の存在。ハンターとしての使命感。
友との日々を。助けた人の笑顔を。救えなかった無念を。抗うための、その記憶を。
……思い出そうとする、その事もまた、『面倒な』ことなのだと知る。
そうして、手を伸ばそうとした記憶は彼方へと遠ざかっていく。
そうなって。
彼は死に、あっさりとその身を委ねた。
──「生きることを諦めさせる」なんて、私にぴったりじゃないか。
目を覚ました。
覚めないはずの眠りから。
過去の記憶の遡行より、彼らは戻ってきた……──
ニガヨモギの体験を終えて、真はチィへと近付いていく。どこか諦めや慣れといったものを感じさせる穏やかさが彼の微笑にはあった。
「私は、予想通りのことを感じた訳だけど……きみは、何を感じたの?」
友人からの問いに、チィは……ずっと、抱えきれなかったのだろう。吐き出すように答えた。
「別に、ずっと分かってた筈なんでさあ。透殿がリアルブルーに帰ることは。いつまでもハンターとして戦う必要なんざねえって事は」
分かっていて、だからこそ限られた時間出来るだけ、共に居たいと願った。自分からそう言った。筈なのに。
噛み締める。
フィロの言葉を。悩み? 違う。悩みなどない。どうしたらいいかなど分かっている。
万歳丸の言葉を。欲? 違う。これは望みじゃない。これは叶ってはいけないものだ。
「これは願いじゃねえ。堕落でさあ。手前どもは、ズヴォー族の戦士としても堕落しやした」
フィロの言う通り、風は変化を司る物だ。だが今の己には。分かっていると言いながら、今が変わることを拒絶する思いがあった──あるがままを受け入れて、それを是とし対応してきた人生で初めて。よりにもよって、大切な存在が叶えようとしている夢を犠牲にするような形で。
「きみは……」
「……分かってまさあ。ちゃんと、終わりにしねえと」
無かったことに。気付かれないように、終わりを。負担にならないように。求める彼の心に、なんと言えるのだろうか。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/02/22 00:32:52 |
|
![]() |
相談場所 万歳丸(ka5665) 鬼|17才|男性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2019/02/22 23:59:49 |