ゲスト
(ka0000)
【Serenade】蛍袋-02
マスター:愁水

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~5人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2019/03/02 22:00
- 完成日
- 2019/03/14 01:59
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「――ちょっと。人が買い物行ってる間になんでいなくなるの」
天幕の天鵞絨を分け入り、黒亜(kz0238)は客席の階段を足早に下りながら、最前列に腰を掛ける白い背中へ、苛立たしげに言い放った。憔悴した青白い顔が、一拍置いて肩越しに振り返る。
「……ああ、クロか。書置きを残しただろう」
「見てない」
テーブルに目を向ける余裕すらなかったのだろう。強張った表情で息を切らせる黒亜からは、兄である彼――白亜(kz0237)を暫く探し回っていた様子が見て取れた。
「すまない。動物達の様子が気になってな」
「は? 世話ならクラウンに頼んだって言ったでしょ。……あのさ、少しでいいから自分の身体労ってくれない? シュヴァルツが力を尽くしてくれたけど、まだ本調子じゃないでしょ」
「心配しすぎだ」
白亜は、ふ、と、口角を上げる。しかし、その言に説得力はなかった。
篝火に拘束され、拷問を受けていたのはつい先日の事だ。加え、心身に消えない傷跡を残した親友が堕落者となり、妹の紅亜(kz0239)を攫った――。篝火が告げ示したことを事実とするならば、白亜の心に底知れぬ衝撃を与えたことだろう。
「紅亜は……無事だろうか」
白亜がぽつりと零す。それは黒亜に確認するというよりも、繰り返し頭に浮かんでいる言語を口にした、という様子であった。
「……楽観視はできないけど、少なくとも乱暴に扱われてるってことはないと思う。勿論、だからと言って救出を遅らせることなんかしないけど。アジトを移動されたら厄介だしね。……待ってて、って言ってもついてくる気でしょ」
「ああ。こればかりは譲れん」
茫と漂っていた視線が、揺るぎない意志を帯びて、弟の窺う眼差しへと絡む。
――兄の心は、折れないだろう。
一歩も、引くことはないだろう。
此処ぞという時、兄は一切妥協をしない。
「(……昔から、こういう人だよね)」
そうやって弟と妹を養い、護ってきたことを黒亜は知っている。護られていたことを、知っている。だから――
「いいよ。ハク兄の好きにしたらいい。何があっても、どんなことが起きても、ハク兄のことはオレが護るから」
淀みのない美しい声音で以て、“改めて”誓う。
その時――まるで、立てられた意を断切するかのように、天幕の割れ目から光が奔ってきた。
●
「状況は?」
「正門はとっくに突破された。五分前の情報じゃあ、司令部庁舎の方でやり合ってるってことだったが――」
近づいてくる喧騒から、ひとつふたつと悲鳴が響いてくる。
「……まあ、並みのヤツらじゃ止められるワケねーわな」
「日和っていないだけ、まだマシだよ」
行き交う人と張り詰めた空気の中を、桜久世 琉架(kz0265)とシュヴァルツ(kz0266)は世間話でもするかのように歩いて行く。
「先手を取られちまったな。真っ昼間から軍人の基地を叩きに来るたぁいい度胸してんじゃねーか」
「おや、じゃあ君が相手を努めるかい? 男相手でも色々と得意だろう?」
「先ずは巧みな弁舌で褒めてやれってか?」
「その後はお好きにどうぞ」
「アイツぁ趣味じゃねーわ」
「それは残念」
琉架は落ち着いた足取りで隊舎の階段を下りると、外から飛び交う不協和音の先――陽を差し込んだ半開きの扉に手を掛けた。
「足止めだと思うか?」
背後からトーンを低くしたシュヴァルツが息を潜める。
「さあね。まあ、そうであってもなくとも、俺にはどうでもいいことだよ。所詮、“彼”と顔を合わせれば――」
殺し合うのだから。
「おやおや、まあ。派手にやったねぇ。同盟軍も形無しじゃないか」
悠然と現れた琉架を目に映し、元軍人であるその堕落者は「漸く姿を見せましたか」と、半ば呆れたように応えた。
「貴方は悠々と構えていたのでしょうが、その間、彼等は職務を全うしていたのですよ」
血振りをした男の周りで、血溜まりの地面を点々と蹲る兵士達がいた。しかし、その傷は――
「全く……何が“全う”だい。致命傷一つ負っていない重傷が名誉の負傷にでもなるのかい? だとしたら、最近の“正義“は随分と安っぽいね」
堕落者が、忌々しげに目尻を吊り上げる。
「君の正義は中途半端なんだよ。俺を釣りたいが為に一般人を犬の餌にしておいて、彼等には情けをかけるのかい?」
「……」
「本当に……君は昔から、肝心な時に限って甘いね。俺だったら全員殺すよ?」
「私は、貴方とは違う。偽善の皮を被り、人の心を弄ぶ貴方とは……違うッ……!」
殺気を孕んだ視線が、強い意に揺れる。そう、元よりこれは――
「貴方は何時だって自由だった。人の情にも、自らの力にも縛られず、只々貴方は自由で……気紛れに人を傷つけ、気紛れに……優しくした」
只の、私情。
「とち狂っているくせに、強烈な光を見せつける。私の持ちうる正義とは程遠い、貴方自身が“見放した正義”だ」
唯の、心残り。
「おやおや、随分と饒舌じゃないか」
「心当たりがないとでも?」
「ないね」
「……だから貴方は、“独り”なのですよ」
「何を今更。生きるも死ぬも、何時だって独りだ。……所詮、力も正義も人生という喜劇に映し出された一片でしかないんだよ」
琉架は一瞬、留めることの出来ない朝焼けのような脆さで微笑んだ。だが、次の瞬間には、人を食ったような質を現す。まるで、剥がれ落ちた仮面を挿げ替えるかのように。
「そろそろいいかな。余計な手出しが入る前に始めようじゃないか。お喋りをする為に俺に会いに来たわけではないだろう」
「……そうですね。私は、私自身を、貴方を、質したかったのかもしれません。ですが、それも今となっては……」
彼は語る言の葉を、宿る心を散らすように、炯と一度、槍を薙ぎ払った。そして――
「自らの正義を断ったこと、後悔しながら死んでください」
堕落者クラルスは、どれ程焦がれても持ち得なかった“光”へ――悲しい“正義”へと、矛先を向けた。
「目を逸らすなよ、小僧。“もう一度”、俺の目を見ながら死ね」
「――ちょっと。人が買い物行ってる間になんでいなくなるの」
天幕の天鵞絨を分け入り、黒亜(kz0238)は客席の階段を足早に下りながら、最前列に腰を掛ける白い背中へ、苛立たしげに言い放った。憔悴した青白い顔が、一拍置いて肩越しに振り返る。
「……ああ、クロか。書置きを残しただろう」
「見てない」
テーブルに目を向ける余裕すらなかったのだろう。強張った表情で息を切らせる黒亜からは、兄である彼――白亜(kz0237)を暫く探し回っていた様子が見て取れた。
「すまない。動物達の様子が気になってな」
「は? 世話ならクラウンに頼んだって言ったでしょ。……あのさ、少しでいいから自分の身体労ってくれない? シュヴァルツが力を尽くしてくれたけど、まだ本調子じゃないでしょ」
「心配しすぎだ」
白亜は、ふ、と、口角を上げる。しかし、その言に説得力はなかった。
篝火に拘束され、拷問を受けていたのはつい先日の事だ。加え、心身に消えない傷跡を残した親友が堕落者となり、妹の紅亜(kz0239)を攫った――。篝火が告げ示したことを事実とするならば、白亜の心に底知れぬ衝撃を与えたことだろう。
「紅亜は……無事だろうか」
白亜がぽつりと零す。それは黒亜に確認するというよりも、繰り返し頭に浮かんでいる言語を口にした、という様子であった。
「……楽観視はできないけど、少なくとも乱暴に扱われてるってことはないと思う。勿論、だからと言って救出を遅らせることなんかしないけど。アジトを移動されたら厄介だしね。……待ってて、って言ってもついてくる気でしょ」
「ああ。こればかりは譲れん」
茫と漂っていた視線が、揺るぎない意志を帯びて、弟の窺う眼差しへと絡む。
――兄の心は、折れないだろう。
一歩も、引くことはないだろう。
此処ぞという時、兄は一切妥協をしない。
「(……昔から、こういう人だよね)」
そうやって弟と妹を養い、護ってきたことを黒亜は知っている。護られていたことを、知っている。だから――
「いいよ。ハク兄の好きにしたらいい。何があっても、どんなことが起きても、ハク兄のことはオレが護るから」
淀みのない美しい声音で以て、“改めて”誓う。
その時――まるで、立てられた意を断切するかのように、天幕の割れ目から光が奔ってきた。
●
「状況は?」
「正門はとっくに突破された。五分前の情報じゃあ、司令部庁舎の方でやり合ってるってことだったが――」
近づいてくる喧騒から、ひとつふたつと悲鳴が響いてくる。
「……まあ、並みのヤツらじゃ止められるワケねーわな」
「日和っていないだけ、まだマシだよ」
行き交う人と張り詰めた空気の中を、桜久世 琉架(kz0265)とシュヴァルツ(kz0266)は世間話でもするかのように歩いて行く。
「先手を取られちまったな。真っ昼間から軍人の基地を叩きに来るたぁいい度胸してんじゃねーか」
「おや、じゃあ君が相手を努めるかい? 男相手でも色々と得意だろう?」
「先ずは巧みな弁舌で褒めてやれってか?」
「その後はお好きにどうぞ」
「アイツぁ趣味じゃねーわ」
「それは残念」
琉架は落ち着いた足取りで隊舎の階段を下りると、外から飛び交う不協和音の先――陽を差し込んだ半開きの扉に手を掛けた。
「足止めだと思うか?」
背後からトーンを低くしたシュヴァルツが息を潜める。
「さあね。まあ、そうであってもなくとも、俺にはどうでもいいことだよ。所詮、“彼”と顔を合わせれば――」
殺し合うのだから。
「おやおや、まあ。派手にやったねぇ。同盟軍も形無しじゃないか」
悠然と現れた琉架を目に映し、元軍人であるその堕落者は「漸く姿を見せましたか」と、半ば呆れたように応えた。
「貴方は悠々と構えていたのでしょうが、その間、彼等は職務を全うしていたのですよ」
血振りをした男の周りで、血溜まりの地面を点々と蹲る兵士達がいた。しかし、その傷は――
「全く……何が“全う”だい。致命傷一つ負っていない重傷が名誉の負傷にでもなるのかい? だとしたら、最近の“正義“は随分と安っぽいね」
堕落者が、忌々しげに目尻を吊り上げる。
「君の正義は中途半端なんだよ。俺を釣りたいが為に一般人を犬の餌にしておいて、彼等には情けをかけるのかい?」
「……」
「本当に……君は昔から、肝心な時に限って甘いね。俺だったら全員殺すよ?」
「私は、貴方とは違う。偽善の皮を被り、人の心を弄ぶ貴方とは……違うッ……!」
殺気を孕んだ視線が、強い意に揺れる。そう、元よりこれは――
「貴方は何時だって自由だった。人の情にも、自らの力にも縛られず、只々貴方は自由で……気紛れに人を傷つけ、気紛れに……優しくした」
只の、私情。
「とち狂っているくせに、強烈な光を見せつける。私の持ちうる正義とは程遠い、貴方自身が“見放した正義”だ」
唯の、心残り。
「おやおや、随分と饒舌じゃないか」
「心当たりがないとでも?」
「ないね」
「……だから貴方は、“独り”なのですよ」
「何を今更。生きるも死ぬも、何時だって独りだ。……所詮、力も正義も人生という喜劇に映し出された一片でしかないんだよ」
琉架は一瞬、留めることの出来ない朝焼けのような脆さで微笑んだ。だが、次の瞬間には、人を食ったような質を現す。まるで、剥がれ落ちた仮面を挿げ替えるかのように。
「そろそろいいかな。余計な手出しが入る前に始めようじゃないか。お喋りをする為に俺に会いに来たわけではないだろう」
「……そうですね。私は、私自身を、貴方を、質したかったのかもしれません。ですが、それも今となっては……」
彼は語る言の葉を、宿る心を散らすように、炯と一度、槍を薙ぎ払った。そして――
「自らの正義を断ったこと、後悔しながら死んでください」
堕落者クラルスは、どれ程焦がれても持ち得なかった“光”へ――悲しい“正義”へと、矛先を向けた。
「目を逸らすなよ、小僧。“もう一度”、俺の目を見ながら死ね」
リプレイ本文
●
憂き世の空の漣が鳴く。
「“クラルス“……其の名の如く、明るく澄んだ殿御で在ったのじゃろうな……」
移ろう雲は、覚ゆる釣り鐘の如き白。
背に抱えた各々の正義。
思い描く命の在り方。
生きて欲しい――そう思う者ほど霞に薄れ、そう願う者ほど生に執着を示さない。其れはまるで、短夜の命だからこそ、宵に放つ蛍火が如き様。
「のう、琉架……お主の瞳に、明日は見えるか?」
**
土埃が舞い。
冬草が踊り。
黒蝶が飛ぶ――。
耳を澄ますと微かに聞こえるのは、
「あんたにも降らせたるわ」
――雨の音。
白藤(ka3768)の視線上を、冷気を帯びた弾丸《氷雨》が奔っていく。黒亜(kz0238)の牽制により、聞かざる敵――忌花去ルの死角へ着弾。細氷が飛散する。忌花去ルは苦悶の叫声を上げながら、その身を四方八方に回旋させた。死の色に染まった黒薔薇の棘が、白亜(kz0237)を庇った黒亜の肌に恨みを撒き散らす。
「黒亜ッ!!」
乱雑な軌道はそれに留まらず、愁眉を滲ませた白藤の太腿に、鮮赤の“茨”を咲かせていった。白藤は、ちっ、と、舌で口惜しい音を鳴らすが――
「……なに油断してんの? やる気あんの? 寝てんの? なら天幕行ってくれない? あんたが怪我するとハク兄をセーブさせなきゃいけないから大変なんだよね。オレの負担増やすのやめてくれる?」
一片の気後れもない生意気な口が、白藤の耳を小突いてきた。
「なん……!? 生意気やけどかわえぇな、とかゆうて欲しいんか?」
加え、さらりと心に引っ掛かる発言を聞いたような気がするが、追究している余裕はない。
「は? なに、足だけじゃなくて頭もやられたの?」
「んぐぅ……。……うちは、黒亜にも白亜にも、蜜鈴にも……無茶せんでほしいよってな」
そして、「……唯、護りたいんや」と、無意識に零し、胸元の蝶を撫ぜる白藤を仏頂面が一瞥する。
「オレについては余計な心配しなくていいから。なんかそこにいるドクダミでも煎じてそうな魔女が勝手に掩護してくるし」
「――ほう? そちの申すその魔女とは、妾のことかのう?」
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)の鶯舌が光を唱え、黒亜の傷を包んだ後、黒亜の白刃は疾風を曳き、忌花去ルの下半身を斬りつける。
「あんたじゃなかったら誰? “本物”が他にいるの?」
「ふふ、愉快な戯れ言が耳を擽っておるわ。然れど……黒亜もなかなか言うてくれる」
紅に冴えた美しい唇が、艶やかに弓を引いた。そして、忌花去ルを確と見定める。
「黒薔薇……命費える迄憎む……か? 将又、独占欲の現れか。そういえば蔦にも花言葉が在ったのう……ふふ、実に誠、クラルスの映し身の様じゃのう?」
しかし、叡智の一つを表す見ざるに続き、聞かざるの意は文字通り――不聞。
「なれど、話は聞かぬが己が言葉は聞けとは……随分と都合の良い口じゃな」
蜜鈴は、つい、と、顎を反らし、忌花去ルを半目に据えると、秋月の友の《牽制射撃》に合わせ、忌花去ルへ向けて“魔腕”なる掌を翳す。
「轟く雷、穿つは我が怨敵……一閃の想いに貫かれ、己が矮小さを識れ」
蜜鈴の射線上を、《雷霆》が轟音を放ちながら奔っていく。だが、前方から、映し鏡のような雷光が空気を裂いてきた。
「ふむ……忌花去ルの雷撃と妾の雷霆……相殺となるか押し負けるか、試してみようて」
蜜鈴と忌花去ルの間を互いの雷が衝突し、鬩ぎ合う。
――瞬間。
空間を真っ二つに引き裂くような烈しい振動が心臓に響いた。
「――此度の勝利、貰い受けるぞ」
忌花去ルは回避に転じようとするが、白藤の《威嚇射撃》がそれを許さない。黒薔薇から雷の華が散ると同時、白藤の放った鋭い“雨”が穿つ。
「(出来る限り攻撃の隙を無くさへんと、ジリ貧になってまう)」
滴っていく血を地面に吸わせながら、きり、と、歯を軋ませた。そして、少し遠くを見るような目つきをして、
「(クラルスの思いは、どこか焦がれた恋情のようやな……)」
あの日――対峙した堕落者のことを思い起こす。
「(まるで、自分をちゃんと見ろと言われとるみたいやな……なんて)」
そう、彼は只、望んでいただけなのかもしれない。だからこそ、目に映っているようで、するりと抜けていく“黒蛇”に焦がれ、執着し、固執した――。
「(うまく言葉には出来んけど、そんな気持ちになんて言葉を付ければえぇか迷うな)」
黒亜と白亜、白藤の波状攻撃。
蜜鈴の《水鏡》
時に攻防が乱れ、棘と雷が仲間の肌を刺していく。
だが、その戦いにも決定打が放たれた。
「ふ……魔女か。なれば、魔女らしく黒薔薇の姫君に氷の毒林檎を喰わしてやろうてな」
死角を作らせる為に魔箒で忌花去ルの周囲を飛行していた蜜鈴が、僅かな異を察知。案の定、雷撃の発生とは異なるタイミングで忌花去ルの口が開くが、《雹餓》の矢を口内へ穿ち、その発声を封じた。
忌花去ルの体勢が、がくんと大きく傾く。
「落とすよ」
黒亜は攻勢を強め、そして――
「うちのお姫様と王子様達には、もう手は出させへんで」
白藤の“最後の弾丸”が、チェックメイトを下した。
ブーツの爪先を、とん、と、地面へ下ろした蜜鈴の紅から、
「琉架は……己にも周囲にも固執せぬ殿御よな……」
と次いで、浅い吐息が漏れる。
「死に逝く時……その身は一人でも、繋いだ縁も想いも在れば、独りではないというに……なればこそ、儚く咲く花が……あ奴の光となれば良いのじゃがのう……」
誰にでも、心が還る場所は必ずあるはずなのだから。
「――いらない。あんたが使えば?」
「もう、偶には素直になっても罰は当たらへんよ? ……なあ、黒亜。兄弟って、自分が思っとるよりお互いを大事に想っとるんよね。だから、悲しい顔する人がおるんやって……忘れたらあかんよ? 勿論、うちも悲しいんやけどな」
白藤は突き返された応急処置のセットで、黒亜に手当てを施す。
「(うちにはもう……あらへんもんやから、羨ましい)」
護ってくれる兄も、血の繋がった大事な家族も。
だからこれ以上、失いたくない。
「大丈夫、あのこらは……うちを置いていかへん」
同じ空の下で戦う友を思い、白藤は息詰まるような切なさで青を仰いだのであった。
●
無茶をして勝てるなら、護れるのなら、そうするだろう。
それで上手くいくのなら苦労はしない。
だから、少しの“無理”は、赦してほしい。
「――ミアッ!!」
ロベリア・李(ka4206)が声を張り上げながら盾を突き出し、吹き飛ばされてきたミア(ka7035)の前に出る。《修祓陣》で防御の底上げを図り、剣の幻影で支援しているといえど、火力の頼りはミアと桜久世 琉架(kz0265)の二人。数が多いとは言えない。
「(全員を守り切るのが無理なら、前衛は修祓陣の効果に期待するしかないわね。……ごめんなさい。負担を強いるけど、こちらも出来る限りのことはするから)」
体勢を整えるミアの気配を背に感じたと同時――
「くッ……!!」
白光に噴く穂先が、盾の真中を突いてきた。まるで、両手が雷に打たれたかのように痺れる。が、直ぐさま《攻性防壁》を発動。
「物理的に胃に穴が開くのは覚悟しているけど、まだよ」
その衝撃を弾き飛ばした。
「全く……向こうからお出ましとはね。焦れたのかどうなのか真意は見えないけれど……流石にこうなった以上は踏み込むしかないか」
彼等の過去に触れ、関わる――そう決めたのだから。
身構える隙も与えず、琉架の一閃が堕落者の足を後退させる。その機を見計らい、安息を歌う鎮魂曲――《レクイエム》の旋律が、堕落者の耳を衝いた。
「ねえ、クラルスさん。私はあなたに尋ねたい」
彼――クラルス・レンフィールドが、静観するような目許でもって眼差しを向ける。
「あなたは……”生きている”琉架さんに伝えたかったのではないのですか。生きてほしい、と」
気丈な面差しで此方を見据えてくる、灯(ka7179)へ。
「あなたは”仲間”を殺せない。あなたは琉架さんに生きてほしいのですよね」
「……確かに、私の槍は正義を掲げる“軍人”を貫くものではありません。だからこそ、譲れないのですよ」
「……」
「貴女もそうなのではないですか?」
「え……?」
「私から奪われたくないものがあるから、己の世界から失いたくないものがあるから、この戦場に赴いたのではないですか?」
灯の左胸が、強く、大きく、ひと鳴きした。
土を蹴る音。
無機質が唸る音。
“黒刃”と“白刃”が空の下で火花を散らし、交錯する音。
「下がっていなさい」
――花一華の香る、彼の“声(オト)”
ミアは《金剛》を掛け直し、琉架の攻撃に合わせて拳を放つ。しかし、出過ぎた真似はしない。彼のペースを乱さぬよう、剣筋の流れを読む。
其処へ、花を散らす桜吹雪――ロベリアの《桜幕符》がクラルスの視界を妨げる。
肉を裂く音。
鮮やかな赤がしぶく音。
拳と盾が、穂先を弾く音。
「(私は……きちんと前を見て歩きたい)」
――心の奥で、囁く“声(オト)”
「みんなと――あなたと、生きたいの」
大切な人達を守る為、灯は胸の前で指を組み、祈りの力で友を癒していく。
「――で、クラルスだったわね。そろそろ言伝を預かっておきたいんだけど?」
「……はい?」
「ただ殺しに来ただけって訳でもないでしょ。それとも、琉架に殺してほしくて来たの?」
「何を期待されているのか知りませんが、私は全て、私の意志で行動しているだけですよ」
「――意志、ねぇ。君の場合、我儘を通しているだけだろう」
「気紛れに人を振り回すような貴方に言われたくないですね」
激しい交戦は続く。
一呼吸置く為、癒し手の光に身体を包まれながら、ミアは一度飛び退った。そして、琉架の姿を見つめながら、下唇をきゅっと噛む。
「(……琉架ちゃん。独りぼっちは、寂しいよ。“今”、寂しくなくても……きっと、わかる。わかる時が来る。ミアがそうだったから)」
独りで死ぬには、美しすぎるものが人生には多々ある。
「(あなたにも大切な人ができたらいいな。あなたの胸元の花を優しく包んでくれる光は、きっといるよ。琉架ちゃんの傍に、ちゃんといる)」
その光を、“希望”を、失わせはしない。
空気をたっぷりと肺に送り込み、ミアは勢いよく駆け出した。
クラルスの甲冑は所々が破損し、削がれた肉が覗いている。だが、その穂先が鈍ることはない。
絶技――“arcanum”が咆哮する。
ミアは受身を取りながら回避に努めるが、投げ込んでくるような連続突きは、一突き一突きが達人の域だ。
弾き、刺し、受け流し、切り裂き、避け――
穿つ。
悲鳴に似た灯の呼び声が聞こえたような気がした。
身体が酷く揺れ、前のめりになる。
腹腔の内部が熱い。まるで、血を煮られているような不快感がミアの意識を襲う。だが――呑まれない。
「あなたは、何を叫びたいの?」
毅然と面を上げたミアの瞳に、瞠目するクラルスが映った。
「何を苦しんでいるの?」
貫いた穂先を躊躇いなく喰い込ませ、槍の柄を掴んで彼を引き寄せる。ミアの腹から、赤い花が点々と地面に散っていた。
「何を悲しんでいるの?」
しかし、視線は真っ直ぐと絡み、互いの眼が瞳の奥を覗き込む。
「ねえ、あなたも生きているよ」
諭すように微笑みかけるミアの言葉に、クラルスは言葉が見つからなかった。
「あなたの心を震わせる人の目の前で、あなたの心を突き動かす人の世界で、今、あなたは生きているんだよ」
そんなことを言われるとは、予想だにしていなかったのだろう。
一粒の雫が波紋を広げるように、クラルスは当惑の眉を顰め、固く結んでいた唇を歪ませた。
「私……私、は……」
それは、堕落者の言葉ではなく、
「――……“生きて”いて……よかった……?」
一人の人間としての言葉であったのかもしれない。
ミアの意識が闇の底へ遠退いていくその瞬間――
「よくやった、ミアちゃん」
ミアの感覚に届いたのは、笑みを含んだ労いの声に、不意を衝かれ息を呑む音。
突き通した刃を薙いでしぶいた臭い。
そして、誰かの膝が崩れ落ちていく姿であった。
「苦しいかい? クラルス」
「……ふ……死して尚……煩う、とは……」
「苦しいということは、生きているということだ」
「――……」
「さようなら、クラルス。君は“苦しんで”死になさい」
「……ふ、ふふ……まったく……ほん、とうに……あなた、ら……し……い……」
黒蛇の見下ろす世界で、一人の男が、安らかな死に顔をしていた。
**
後には、晴れやかな青が残る。
「ミアちゃんの容態は?」
「危機は脱しました。今はシュヴァルツさんが看てくれています」
「そうかい。それはよかった」
「はい。……ねえ、琉架さん」
「ん?」
「あなたにとって、生きるも死ぬも”どちらでもいい”のなら、どうか……生きることを選んで欲しいの」
「……へえ? 何故?」
「生きることは笑う事、生きることは泣く事。生きることは悩み苦しんで、それでも一歩先の未来を大切に進んでいくことだと思うのです」
「……」
「死ぬことも生きることもあなたの中では平等。でも、クラルスさんはそう在ってほしくなかったんじゃないかな。私も……そう在ってほしくないんです。私達は、出逢ったのだから」
「そうだね。人生とは奇妙だ」
「ええ……本当に。あなたの正義はあなただけのもの。あなたがどんな正義を選ぼうが構いません。自由に、今のあなたのまま、思うままに生きてほしい。”生きる”ことに執着してほしいのです」
「俺一人が死んだところで、世界は何も変わらないよ」
「そんな――」
「只、俺一人が生きていることで、誰かの世界が変わるのなら……それも愉しいのかもね?」
彼は一瞬、頬に寂しい自嘲のようなものを浮かべて、微笑んだのであった。
憂き世の空の漣が鳴く。
「“クラルス“……其の名の如く、明るく澄んだ殿御で在ったのじゃろうな……」
移ろう雲は、覚ゆる釣り鐘の如き白。
背に抱えた各々の正義。
思い描く命の在り方。
生きて欲しい――そう思う者ほど霞に薄れ、そう願う者ほど生に執着を示さない。其れはまるで、短夜の命だからこそ、宵に放つ蛍火が如き様。
「のう、琉架……お主の瞳に、明日は見えるか?」
**
土埃が舞い。
冬草が踊り。
黒蝶が飛ぶ――。
耳を澄ますと微かに聞こえるのは、
「あんたにも降らせたるわ」
――雨の音。
白藤(ka3768)の視線上を、冷気を帯びた弾丸《氷雨》が奔っていく。黒亜(kz0238)の牽制により、聞かざる敵――忌花去ルの死角へ着弾。細氷が飛散する。忌花去ルは苦悶の叫声を上げながら、その身を四方八方に回旋させた。死の色に染まった黒薔薇の棘が、白亜(kz0237)を庇った黒亜の肌に恨みを撒き散らす。
「黒亜ッ!!」
乱雑な軌道はそれに留まらず、愁眉を滲ませた白藤の太腿に、鮮赤の“茨”を咲かせていった。白藤は、ちっ、と、舌で口惜しい音を鳴らすが――
「……なに油断してんの? やる気あんの? 寝てんの? なら天幕行ってくれない? あんたが怪我するとハク兄をセーブさせなきゃいけないから大変なんだよね。オレの負担増やすのやめてくれる?」
一片の気後れもない生意気な口が、白藤の耳を小突いてきた。
「なん……!? 生意気やけどかわえぇな、とかゆうて欲しいんか?」
加え、さらりと心に引っ掛かる発言を聞いたような気がするが、追究している余裕はない。
「は? なに、足だけじゃなくて頭もやられたの?」
「んぐぅ……。……うちは、黒亜にも白亜にも、蜜鈴にも……無茶せんでほしいよってな」
そして、「……唯、護りたいんや」と、無意識に零し、胸元の蝶を撫ぜる白藤を仏頂面が一瞥する。
「オレについては余計な心配しなくていいから。なんかそこにいるドクダミでも煎じてそうな魔女が勝手に掩護してくるし」
「――ほう? そちの申すその魔女とは、妾のことかのう?」
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)の鶯舌が光を唱え、黒亜の傷を包んだ後、黒亜の白刃は疾風を曳き、忌花去ルの下半身を斬りつける。
「あんたじゃなかったら誰? “本物”が他にいるの?」
「ふふ、愉快な戯れ言が耳を擽っておるわ。然れど……黒亜もなかなか言うてくれる」
紅に冴えた美しい唇が、艶やかに弓を引いた。そして、忌花去ルを確と見定める。
「黒薔薇……命費える迄憎む……か? 将又、独占欲の現れか。そういえば蔦にも花言葉が在ったのう……ふふ、実に誠、クラルスの映し身の様じゃのう?」
しかし、叡智の一つを表す見ざるに続き、聞かざるの意は文字通り――不聞。
「なれど、話は聞かぬが己が言葉は聞けとは……随分と都合の良い口じゃな」
蜜鈴は、つい、と、顎を反らし、忌花去ルを半目に据えると、秋月の友の《牽制射撃》に合わせ、忌花去ルへ向けて“魔腕”なる掌を翳す。
「轟く雷、穿つは我が怨敵……一閃の想いに貫かれ、己が矮小さを識れ」
蜜鈴の射線上を、《雷霆》が轟音を放ちながら奔っていく。だが、前方から、映し鏡のような雷光が空気を裂いてきた。
「ふむ……忌花去ルの雷撃と妾の雷霆……相殺となるか押し負けるか、試してみようて」
蜜鈴と忌花去ルの間を互いの雷が衝突し、鬩ぎ合う。
――瞬間。
空間を真っ二つに引き裂くような烈しい振動が心臓に響いた。
「――此度の勝利、貰い受けるぞ」
忌花去ルは回避に転じようとするが、白藤の《威嚇射撃》がそれを許さない。黒薔薇から雷の華が散ると同時、白藤の放った鋭い“雨”が穿つ。
「(出来る限り攻撃の隙を無くさへんと、ジリ貧になってまう)」
滴っていく血を地面に吸わせながら、きり、と、歯を軋ませた。そして、少し遠くを見るような目つきをして、
「(クラルスの思いは、どこか焦がれた恋情のようやな……)」
あの日――対峙した堕落者のことを思い起こす。
「(まるで、自分をちゃんと見ろと言われとるみたいやな……なんて)」
そう、彼は只、望んでいただけなのかもしれない。だからこそ、目に映っているようで、するりと抜けていく“黒蛇”に焦がれ、執着し、固執した――。
「(うまく言葉には出来んけど、そんな気持ちになんて言葉を付ければえぇか迷うな)」
黒亜と白亜、白藤の波状攻撃。
蜜鈴の《水鏡》
時に攻防が乱れ、棘と雷が仲間の肌を刺していく。
だが、その戦いにも決定打が放たれた。
「ふ……魔女か。なれば、魔女らしく黒薔薇の姫君に氷の毒林檎を喰わしてやろうてな」
死角を作らせる為に魔箒で忌花去ルの周囲を飛行していた蜜鈴が、僅かな異を察知。案の定、雷撃の発生とは異なるタイミングで忌花去ルの口が開くが、《雹餓》の矢を口内へ穿ち、その発声を封じた。
忌花去ルの体勢が、がくんと大きく傾く。
「落とすよ」
黒亜は攻勢を強め、そして――
「うちのお姫様と王子様達には、もう手は出させへんで」
白藤の“最後の弾丸”が、チェックメイトを下した。
ブーツの爪先を、とん、と、地面へ下ろした蜜鈴の紅から、
「琉架は……己にも周囲にも固執せぬ殿御よな……」
と次いで、浅い吐息が漏れる。
「死に逝く時……その身は一人でも、繋いだ縁も想いも在れば、独りではないというに……なればこそ、儚く咲く花が……あ奴の光となれば良いのじゃがのう……」
誰にでも、心が還る場所は必ずあるはずなのだから。
「――いらない。あんたが使えば?」
「もう、偶には素直になっても罰は当たらへんよ? ……なあ、黒亜。兄弟って、自分が思っとるよりお互いを大事に想っとるんよね。だから、悲しい顔する人がおるんやって……忘れたらあかんよ? 勿論、うちも悲しいんやけどな」
白藤は突き返された応急処置のセットで、黒亜に手当てを施す。
「(うちにはもう……あらへんもんやから、羨ましい)」
護ってくれる兄も、血の繋がった大事な家族も。
だからこれ以上、失いたくない。
「大丈夫、あのこらは……うちを置いていかへん」
同じ空の下で戦う友を思い、白藤は息詰まるような切なさで青を仰いだのであった。
●
無茶をして勝てるなら、護れるのなら、そうするだろう。
それで上手くいくのなら苦労はしない。
だから、少しの“無理”は、赦してほしい。
「――ミアッ!!」
ロベリア・李(ka4206)が声を張り上げながら盾を突き出し、吹き飛ばされてきたミア(ka7035)の前に出る。《修祓陣》で防御の底上げを図り、剣の幻影で支援しているといえど、火力の頼りはミアと桜久世 琉架(kz0265)の二人。数が多いとは言えない。
「(全員を守り切るのが無理なら、前衛は修祓陣の効果に期待するしかないわね。……ごめんなさい。負担を強いるけど、こちらも出来る限りのことはするから)」
体勢を整えるミアの気配を背に感じたと同時――
「くッ……!!」
白光に噴く穂先が、盾の真中を突いてきた。まるで、両手が雷に打たれたかのように痺れる。が、直ぐさま《攻性防壁》を発動。
「物理的に胃に穴が開くのは覚悟しているけど、まだよ」
その衝撃を弾き飛ばした。
「全く……向こうからお出ましとはね。焦れたのかどうなのか真意は見えないけれど……流石にこうなった以上は踏み込むしかないか」
彼等の過去に触れ、関わる――そう決めたのだから。
身構える隙も与えず、琉架の一閃が堕落者の足を後退させる。その機を見計らい、安息を歌う鎮魂曲――《レクイエム》の旋律が、堕落者の耳を衝いた。
「ねえ、クラルスさん。私はあなたに尋ねたい」
彼――クラルス・レンフィールドが、静観するような目許でもって眼差しを向ける。
「あなたは……”生きている”琉架さんに伝えたかったのではないのですか。生きてほしい、と」
気丈な面差しで此方を見据えてくる、灯(ka7179)へ。
「あなたは”仲間”を殺せない。あなたは琉架さんに生きてほしいのですよね」
「……確かに、私の槍は正義を掲げる“軍人”を貫くものではありません。だからこそ、譲れないのですよ」
「……」
「貴女もそうなのではないですか?」
「え……?」
「私から奪われたくないものがあるから、己の世界から失いたくないものがあるから、この戦場に赴いたのではないですか?」
灯の左胸が、強く、大きく、ひと鳴きした。
土を蹴る音。
無機質が唸る音。
“黒刃”と“白刃”が空の下で火花を散らし、交錯する音。
「下がっていなさい」
――花一華の香る、彼の“声(オト)”
ミアは《金剛》を掛け直し、琉架の攻撃に合わせて拳を放つ。しかし、出過ぎた真似はしない。彼のペースを乱さぬよう、剣筋の流れを読む。
其処へ、花を散らす桜吹雪――ロベリアの《桜幕符》がクラルスの視界を妨げる。
肉を裂く音。
鮮やかな赤がしぶく音。
拳と盾が、穂先を弾く音。
「(私は……きちんと前を見て歩きたい)」
――心の奥で、囁く“声(オト)”
「みんなと――あなたと、生きたいの」
大切な人達を守る為、灯は胸の前で指を組み、祈りの力で友を癒していく。
「――で、クラルスだったわね。そろそろ言伝を預かっておきたいんだけど?」
「……はい?」
「ただ殺しに来ただけって訳でもないでしょ。それとも、琉架に殺してほしくて来たの?」
「何を期待されているのか知りませんが、私は全て、私の意志で行動しているだけですよ」
「――意志、ねぇ。君の場合、我儘を通しているだけだろう」
「気紛れに人を振り回すような貴方に言われたくないですね」
激しい交戦は続く。
一呼吸置く為、癒し手の光に身体を包まれながら、ミアは一度飛び退った。そして、琉架の姿を見つめながら、下唇をきゅっと噛む。
「(……琉架ちゃん。独りぼっちは、寂しいよ。“今”、寂しくなくても……きっと、わかる。わかる時が来る。ミアがそうだったから)」
独りで死ぬには、美しすぎるものが人生には多々ある。
「(あなたにも大切な人ができたらいいな。あなたの胸元の花を優しく包んでくれる光は、きっといるよ。琉架ちゃんの傍に、ちゃんといる)」
その光を、“希望”を、失わせはしない。
空気をたっぷりと肺に送り込み、ミアは勢いよく駆け出した。
クラルスの甲冑は所々が破損し、削がれた肉が覗いている。だが、その穂先が鈍ることはない。
絶技――“arcanum”が咆哮する。
ミアは受身を取りながら回避に努めるが、投げ込んでくるような連続突きは、一突き一突きが達人の域だ。
弾き、刺し、受け流し、切り裂き、避け――
穿つ。
悲鳴に似た灯の呼び声が聞こえたような気がした。
身体が酷く揺れ、前のめりになる。
腹腔の内部が熱い。まるで、血を煮られているような不快感がミアの意識を襲う。だが――呑まれない。
「あなたは、何を叫びたいの?」
毅然と面を上げたミアの瞳に、瞠目するクラルスが映った。
「何を苦しんでいるの?」
貫いた穂先を躊躇いなく喰い込ませ、槍の柄を掴んで彼を引き寄せる。ミアの腹から、赤い花が点々と地面に散っていた。
「何を悲しんでいるの?」
しかし、視線は真っ直ぐと絡み、互いの眼が瞳の奥を覗き込む。
「ねえ、あなたも生きているよ」
諭すように微笑みかけるミアの言葉に、クラルスは言葉が見つからなかった。
「あなたの心を震わせる人の目の前で、あなたの心を突き動かす人の世界で、今、あなたは生きているんだよ」
そんなことを言われるとは、予想だにしていなかったのだろう。
一粒の雫が波紋を広げるように、クラルスは当惑の眉を顰め、固く結んでいた唇を歪ませた。
「私……私、は……」
それは、堕落者の言葉ではなく、
「――……“生きて”いて……よかった……?」
一人の人間としての言葉であったのかもしれない。
ミアの意識が闇の底へ遠退いていくその瞬間――
「よくやった、ミアちゃん」
ミアの感覚に届いたのは、笑みを含んだ労いの声に、不意を衝かれ息を呑む音。
突き通した刃を薙いでしぶいた臭い。
そして、誰かの膝が崩れ落ちていく姿であった。
「苦しいかい? クラルス」
「……ふ……死して尚……煩う、とは……」
「苦しいということは、生きているということだ」
「――……」
「さようなら、クラルス。君は“苦しんで”死になさい」
「……ふ、ふふ……まったく……ほん、とうに……あなた、ら……し……い……」
黒蛇の見下ろす世界で、一人の男が、安らかな死に顔をしていた。
**
後には、晴れやかな青が残る。
「ミアちゃんの容態は?」
「危機は脱しました。今はシュヴァルツさんが看てくれています」
「そうかい。それはよかった」
「はい。……ねえ、琉架さん」
「ん?」
「あなたにとって、生きるも死ぬも”どちらでもいい”のなら、どうか……生きることを選んで欲しいの」
「……へえ? 何故?」
「生きることは笑う事、生きることは泣く事。生きることは悩み苦しんで、それでも一歩先の未来を大切に進んでいくことだと思うのです」
「……」
「死ぬことも生きることもあなたの中では平等。でも、クラルスさんはそう在ってほしくなかったんじゃないかな。私も……そう在ってほしくないんです。私達は、出逢ったのだから」
「そうだね。人生とは奇妙だ」
「ええ……本当に。あなたの正義はあなただけのもの。あなたがどんな正義を選ぼうが構いません。自由に、今のあなたのまま、思うままに生きてほしい。”生きる”ことに執着してほしいのです」
「俺一人が死んだところで、世界は何も変わらないよ」
「そんな――」
「只、俺一人が生きていることで、誰かの世界が変わるのなら……それも愉しいのかもね?」
彼は一瞬、頬に寂しい自嘲のようなものを浮かべて、微笑んだのであった。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/02/24 21:29:48 |
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蛇と正義と、護るもの【相談卓】 ミア(ka7035) 鬼|22才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2019/03/02 00:59:23 |