ゲスト
(ka0000)
【血断】絶え間無い戦慄に、問う
マスター:凪池シリル
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
任務を終えて帰還する。転移門を通ると、ふっと僅に力が抜けると共に、見慣れたリゼリオの景色が広がっていて。
「いっ……てぇ……」
そこで気持ちが緩んだのか、伊佐美 透は全身の傷に苦痛の呻きを漏らした。
この場で倒れこむわけにも行かない。残った気力を総動員してふらつく身体を動かすと、座れる場所を見つけてへたりこむように身を預ける。
常人ならざる肉体だ。ここまで傷付いても、放っておいてもかなりの早さで勝手に治る。最低限の止血といった処置は戻る前に済ませてあって、だからこれ以上治癒の手を煩わせる気にもなれなかった。最早怪我することなど日常で……それでも、完治するまで痛いものは痛い。
……行ってきたのはまたも、世界結界の綻びから襲撃してきた歪虚の討伐だった。現場となった村は前に行った町より避難の熟練度が高くはなく……狼狽え逃げ遅れる人々をとにかく庇い続けていたらここまでになっていた。
名誉の為に言うと同行した人たちは優秀だった。あれほど混迷とした状況でよくぞ敵だけを十分な効率で殲滅してくれたものだと思う。彼らの活躍があったからこそ重体になるには至らずに事態を終わらせることが出来た。
……今回は。
敵の攻撃。村人に向かう数。庇いながらなんとなく、まあ死にはしないだろう、と意識していた自覚はある。そのまま。ああ、これ以上は死ぬな、と思ったら、自分はどうしていたのか。
──また叶えたい夢がある、自分は。
分からない。これまで何度か、思わず命を、夢を賭けるようなこともそういえばあった。だけど結局、相手を、状況を選んでの事だった気も、する。
……あまりにも今更なのかも知れないが。今、この世界で。こんな世界で、夢を願うということはどういう事だったのだろう。これまではただひたすら願い、走り続けてきた、それでも何となくどうにかなってきたけれども。
この世界。こんな世界、だ。
世界結界の綻びから現れる敵に対してはどうしても出現してからの出撃になる。……どんなに急いでも、現場にたどり着くまでに犠牲は出ていた。
エバーグリーンにも行った。滅び行く世界。手伝ってもらっても彼らの故郷はもう救いようが無いのか、と思いながらオートマトンを回収した。
その他、各地の戦いも僅ながら関わった。いくつもの光景を見た。
嗚呼、
悲しい。
悲しい。
悲しい、な。
──……なのに俺はまだ、自分の事ばかり考えるのか。
全身の痛みを思い出した。傷が包帯に擦れる。空気を感じる度に痛みが走る。軽く身じろぎすれば打たれた筋肉が悲鳴を上げて、血が流れる不快な感触が肌を這った。苦しい。けど、その程度がなんだというのだ。今もこの世界の何処かで起きていることに比べて、そんなもの。
同時に二つの事が浮かんだ。
まだ足りない。もっと差し出せ。今、それでも夢を叶えるとはそう言うことだ。何もかもを犠牲にして踏みにじって進め。友情のつもりでいた何かすらも。
もう止めよう。やはり今はそんな場合では無いのだ。個のことは己も他人も含め全てさておけ。世界を正しくするそれまでは。今は皆そうあるべきだ。
どちらにも何処か納得する部分はあって、でもどちらも足りないと思った。何に。
(……アイツに応えるには)
ああ、結局そこに辿り着くのか。何かに苦しみ、己から離れていった戦友のこと。中途半端な身で、それでも何とかやってこれたように見えたのはその存在があったからだ。それを置き去りにしたまま進むのは……あんまりじゃないか。
答えなきゃいけないと思う。ただ拒絶されるならそれは受け入れるべきものだろう。だけどもし……苦しんでいるのなら、それには、向き合いたい。それは、俺の役目じゃないのか。
……そのためには。
自分は今、何を覚悟し、示せばいいのか。
ただきっと何とかなる、同じ気持ちだ、と言うだけでは駄目な気がしていた。半端に手を伸ばして結局振り払うような事にはなりたくない。望まないいざが起こったとき、自分は本当にどうするのか。それを見つめて。認めて。彼に伝えられる答えとはなんなのか。
苦痛に滲む視界で、ぼんやりとオフィスの様子を眺めていた。
夢のためだといって自分がずっと目を反らしてきた物がここにあるのだろうか。
今更でも、今からでも、向き合ってみようか。
世界は何を求めているのか。
ハンターになるとはどういう事だったのか。
……己はそれでも、何を想う?
ふらり、時間がたって少し楽になった身体で立ち上がると、資料室へと歩き始めた。いろんな人の考えが知りたい。姿が見たいと思った。今、どんな皆はどんな思いで戦い続けているのか。他人に答えを教えてもらうものでも無いだろうが……己の中を探り出すための何かをそこに見付けられないかと思った。
「いっ……てぇ……」
そこで気持ちが緩んだのか、伊佐美 透は全身の傷に苦痛の呻きを漏らした。
この場で倒れこむわけにも行かない。残った気力を総動員してふらつく身体を動かすと、座れる場所を見つけてへたりこむように身を預ける。
常人ならざる肉体だ。ここまで傷付いても、放っておいてもかなりの早さで勝手に治る。最低限の止血といった処置は戻る前に済ませてあって、だからこれ以上治癒の手を煩わせる気にもなれなかった。最早怪我することなど日常で……それでも、完治するまで痛いものは痛い。
……行ってきたのはまたも、世界結界の綻びから襲撃してきた歪虚の討伐だった。現場となった村は前に行った町より避難の熟練度が高くはなく……狼狽え逃げ遅れる人々をとにかく庇い続けていたらここまでになっていた。
名誉の為に言うと同行した人たちは優秀だった。あれほど混迷とした状況でよくぞ敵だけを十分な効率で殲滅してくれたものだと思う。彼らの活躍があったからこそ重体になるには至らずに事態を終わらせることが出来た。
……今回は。
敵の攻撃。村人に向かう数。庇いながらなんとなく、まあ死にはしないだろう、と意識していた自覚はある。そのまま。ああ、これ以上は死ぬな、と思ったら、自分はどうしていたのか。
──また叶えたい夢がある、自分は。
分からない。これまで何度か、思わず命を、夢を賭けるようなこともそういえばあった。だけど結局、相手を、状況を選んでの事だった気も、する。
……あまりにも今更なのかも知れないが。今、この世界で。こんな世界で、夢を願うということはどういう事だったのだろう。これまではただひたすら願い、走り続けてきた、それでも何となくどうにかなってきたけれども。
この世界。こんな世界、だ。
世界結界の綻びから現れる敵に対してはどうしても出現してからの出撃になる。……どんなに急いでも、現場にたどり着くまでに犠牲は出ていた。
エバーグリーンにも行った。滅び行く世界。手伝ってもらっても彼らの故郷はもう救いようが無いのか、と思いながらオートマトンを回収した。
その他、各地の戦いも僅ながら関わった。いくつもの光景を見た。
嗚呼、
悲しい。
悲しい。
悲しい、な。
──……なのに俺はまだ、自分の事ばかり考えるのか。
全身の痛みを思い出した。傷が包帯に擦れる。空気を感じる度に痛みが走る。軽く身じろぎすれば打たれた筋肉が悲鳴を上げて、血が流れる不快な感触が肌を這った。苦しい。けど、その程度がなんだというのだ。今もこの世界の何処かで起きていることに比べて、そんなもの。
同時に二つの事が浮かんだ。
まだ足りない。もっと差し出せ。今、それでも夢を叶えるとはそう言うことだ。何もかもを犠牲にして踏みにじって進め。友情のつもりでいた何かすらも。
もう止めよう。やはり今はそんな場合では無いのだ。個のことは己も他人も含め全てさておけ。世界を正しくするそれまでは。今は皆そうあるべきだ。
どちらにも何処か納得する部分はあって、でもどちらも足りないと思った。何に。
(……アイツに応えるには)
ああ、結局そこに辿り着くのか。何かに苦しみ、己から離れていった戦友のこと。中途半端な身で、それでも何とかやってこれたように見えたのはその存在があったからだ。それを置き去りにしたまま進むのは……あんまりじゃないか。
答えなきゃいけないと思う。ただ拒絶されるならそれは受け入れるべきものだろう。だけどもし……苦しんでいるのなら、それには、向き合いたい。それは、俺の役目じゃないのか。
……そのためには。
自分は今、何を覚悟し、示せばいいのか。
ただきっと何とかなる、同じ気持ちだ、と言うだけでは駄目な気がしていた。半端に手を伸ばして結局振り払うような事にはなりたくない。望まないいざが起こったとき、自分は本当にどうするのか。それを見つめて。認めて。彼に伝えられる答えとはなんなのか。
苦痛に滲む視界で、ぼんやりとオフィスの様子を眺めていた。
夢のためだといって自分がずっと目を反らしてきた物がここにあるのだろうか。
今更でも、今からでも、向き合ってみようか。
世界は何を求めているのか。
ハンターになるとはどういう事だったのか。
……己はそれでも、何を想う?
ふらり、時間がたって少し楽になった身体で立ち上がると、資料室へと歩き始めた。いろんな人の考えが知りたい。姿が見たいと思った。今、どんな皆はどんな思いで戦い続けているのか。他人に答えを教えてもらうものでも無いだろうが……己の中を探り出すための何かをそこに見付けられないかと思った。
リプレイ本文
そうして。報告書が彼の手に取られていく。
●
東方の地での戦い。
出現した歪虚、雑魔の数は多く、兵士、あるいはハンターたちは必死の形相でそれに相対している……中で。
「ヒャッハー、俺様ちゃんに死地を見せてみろじゃんよ、このやろう」
一際突出して活躍する者が居た。ゾファル・G・初火(ka4407)。死地と呼ぶべき戦場で、いつもの通り元気に暴れる姿。
透ですらその名に覚えがあると思い出した──激戦地に好んで現れる死神のようなハンター。
戦地の一部で悲鳴が上がる。現れた骸骨武者、一際大きなその威容に付近の者が思わず退く中、彼女はむしろ俺様ちゃんのために道を開けてご苦労、とばかりに嬉々として突っ込んでいく。放たれる、荒々しいだけの渾身の一撃が巨大な敵の身体をごっそりと粉砕する。
「あれ……水野様の所の居候……だろ?」
「箸の上げ下げも億劫がるようなぐうたら娘を何故……と思っていたが……」
普段の彼女を知るらしい兵士が、呆れとも感嘆ともつくようなかすれた声を上げた。
彼女は死地を楽しむ。
だが。居候の彼女は時に、水野家と敵対する勢力の輩に絡まれたりすることもあった。そんな時はと言えば、殺さず峰打ちに済ませてやっている一面もある。
それが、殺すことでは無く、楽しく戦うのが一番という余裕の表れだと知るものは、少ない。
●
エバーグリーンでの回収依頼。
一つのオートソルジャーに近づく狂気を事もなげに叩き潰す。窮地を救いに来たかのように現れたハンターに自動兵器が顔を向けると、男は表情を変えもせずただそれに召喚マーカーを張り付け、別の場所へ向かう。
トリプルJ(ka6653)はそうして、オートマトンボディの眠るポッドを開けて同じように召喚マーカーを張り付けていった。そこに躊躇いや迷いのようなものは無い。
三界を巻き込んで戦う邪神戦争。三界の全勢力をもって当たるのは当然だろう、だから兵器を漁りにエバーグリーンへ行く。実際にはほぼ二界の勢力しか居ないとかは大したことではない、と。
このまま邪神戦争の余波で滅ぶかもしれないなら、持ち出せるものは多い方が良い。
使える物は使えるだけ手に入れられる方が良い──道具に感情も選択権がある訳がない。
その姿から感じるのは確固たる意志だった。
──ただただ負けられない闘いのために。
ニガヨモギで辺境を蹂躙されないために。
月と共に今度こそリアルブルーに帰るために。
その為に彼は立ち止まらずに依頼をこなし続ける。それ以外を見ずに走り続けるしか今できることはない、と。
どんどん次の依頼を受けて前に進まなければ。……彼は今も戦い続ける。
●
次は息詰まるCAMの攻防戦。出現した敵は強大で、十数の人間が一体のそれに相対しながらもそこには悲壮感が漂っている。
その中で、あくまで冷静に対処を続けているアニス・テスタロッサ(ka0141)の戦いぶりは際立つ。
功績は誰もが認めるところだったのだろう。どうにか退けたというその戦いの中、報告書は彼女の彼女で締めくくられていた。
──エンジェルダストに関する個人的所感
実際に対峙した所感においては、存在さえ把握できているのであれば対処不可能な相手ではない。
現行機種でも十分に対応可能と考える。
無論、各員の練度が一定水準以上であればという前提となる。
むしろ目下の問題は、前述の戦闘時も問題があった全体の練度の一時的低下である。
強化人間達がハンターに転向したことにより数的には十分な戦力確保ができつつあると思われるが、練度は別物である。
同盟などではハンターによる軍学校での講義の依頼なども出ており、このような事例を生かした練度の底上げが急務であると考える。
……以上
彼女の報告が各地のどこかで動きを生むのかもしれない。つまりこれが、ハンターというものの存在意義の一つと言えるのかもしれない。強敵と相対しつつ、生還できるという事。
……彼女のように冷静に仕事が出来る自信は、透には無いが。
●
迷わず仕事に邁進し、結果を出すハンターたちの姿。その戦果は……やはり、今必要なことのみを見つめるその精神にあるのだろうか。
また一つの報告書を手にする。そこにある戦いは……泥沼の持久戦、そんな様相を呈していた。
「向こうの防壁が落ちたぞ!?」
「はい。そこは切り捨てるしかないと判断しました。撤退は完了してます」
「大丈夫なのか!? 更に踏み込まれた形だぞ!?」
初月 賢四郎(ka1046)の応答は淡々としている。理解している。ここを切り抜けても、その後の復旧は危ういものになるだろう。それでも……まず生き延びねば何もならない。
──理想はあれど現実は非情だ。
裏方として必要かつ可能なことを淡々と実施し、本人は何も感ずる所は無いと嘯くが……。
「おや、こんにちは」
呼びかけに、透はぎょっとして顔を上げた。その声は正に賢四郎のものだったからだ。
「お互い、生きていればいつか会えますよ。顔を合わせるとはいかずともね」
話を聞き、賢四郎は透にそう告げる。
「一方の残した手紙とか、そういうのに生きてれば出会える……とね。顔を合わせるだけが再会じゃないでしょう」
「……。俺は、贅沢を言い過ぎていますかね」
……成程、迷わず切り捨てた者の背中に彼はそう思うか。
「どうでしょうね。言えるのは、自分の解とは違う……とだけ。──じゃ、生きてたらまた何処かで」
●
……全てのハンターたちが割り切って目の前だけを見て戦えている訳でもない。
──槍の一撃が、敵を屠る。
ブツリという感触とともに、細長い奇妙な姿をした歪虚の胴体が貫かれ、消滅していく。
槍を突き立てたその姿勢のまま、イツキ・ウィオラス(ka6512)は思う。
何処に赴き、何と闘おうとも。抱く想いは変わらない。
歪虚を討ち、悪夢を断ち切る。
……が。こんな風に、ふと、疑問が過る事もある。
美しい銀の毛並みのイェジドが彼女のそばに音もなく寄り添った。
「……エイル」
それは、常に彼女の傍らに在り、支え続けて来てくれた存在。
過った想いをさらけ出すように、揺れる瞳をイツキはエイルへと向けた。
戦い続ける、敵を屠る。其れだけで、何かが変わるのだろうか。何かを、変える事が出来るのだろうか、と。
……何かを変えたい。それは、ずっと抱いていた想いだ。
種としての在り方。個としての在り方。
──漠然としていて、曖昧な、幼い子供の理想。
其の為に強くなって、外の世界を知った。
(けれど――私は、まだ、何も変えられてはいない)
結局、彼女は何かを変えたのか。
(わからない。けれど、闘いの先にしか未来はない)
地に向けたままの槍を持ち直すと、ふと呟いた。
「【血断】、ですか」
邪神を討つ決意を秘めたであろう、其の言葉。
「血は、連綿と続く命の系譜。血は、己と言う存在の証明──果たして、邪神が冠するこの言葉は、何を、意味しているのでしょうね」
思い返すのは、いつかこの槍を託されたときの、約束。
『想い結び、約束を紡いで絆を成す』
握りしめて、確かめて──
「私の歩みが、この軌跡が、約束を果たす事を願って。今は、ただ、悪夢を断ち続けましょう」
そうして彼女はまた、歩き始める。
●
オペレーション・ブラッドアウト。その開幕戦。
ユリアン(ka1664)はそこで、共闘する元強化人間達をよく見ていた。
士気を保てば緻密に編み上げられた様な足並みは、リアルタイムに伝わる通信を使い慣れているのもあるだろうが、個が先立ちがちなハンターが見習う所なのかもしれない……と。
その戦い中で、やはり元強化人間である少年少女の上げた声に、ユリアンはまた反応していた。
(……格好良くなんて、ないんだ)
彼は噛みしめる。
力の及ばない所は戦場の僅かな隙間を埋めるべくと動くけれど、その背はがら空きに近く──一人と一頭で駆け抜ける。
格好いいと言うのなら行く末を知りながら行動に移した彼等彼女等だと、その空隙は語っているように、感じられた。
戦いを振り返り、彼はこう締めくくる。
自分の力の限界と己が立つ場の見極めと。補う事を役目とするなら伝え聞き、意識を貼り巡らせる事が大事だろうと。
……解ってはいるけれど、実践は難しい、とも。
それでも、意識を外に向け動いて模索するのみか、と、彼はまた戦場に赴く。
同じ戦場で。
いつものように作戦を立て、いつものように前に立つ。
──前へ。
進め、誰よりも速く。
──伸ばせ。
この手を、誰よりも遠く。
そうして戦い抜いた戦場を、終えてから、様々な想いが押し寄せたのか暫く立ち尽くすキヅカ・リク(ka0038)の姿が映し出されている。
休まず戦い続けた。立ち止まる余裕なんてなかった。……そうしてしまえばもう進めなくなってしまいそうで。
思い出される。救援に行った先の塹壕。
増援が来たことの喜びの顔が彼一人ということで軽い絶望に変わる。
(まぁ普通はそうだよね)
そんな事を想いつつ、力を行使する。
自分がどう思われようがそれは良かった。それでも伸ばしたこの手は届いたのだから。
思い出される。一人の新米ハンターを庇った時の事。
庇った彼にその子は泣きそうな声を上げた。
(まぁ普通は耐えられない)
──それでも此処で立っている。
決して忘れることのないあの日。あの子。その願いがこの胸で熱を放つから。
今の自分を信じてみようと思えるから。
──だから進め、誰もが諦めたその先へ、と。
●
次の報告書はまエバーグリーン。
捜索中に狂気との遭遇、交戦。
その最後。オートソルジャーと共に闘っていたメアリ・ロイド(ka6633)が……高瀬 康太への攻撃を庇う。
「大丈夫、まだ死なねぇよ。……庇わなくても良いのは分かってたんですが、勝手に身体が動いちゃいました」
怒られるだろうか。不合理の極みだろう。でも怪我しているところを見たくなかったと。
──まだ生きねば。今は致命的でないといっても、自分が先に死ぬ可能性はあることを理解する。
「今から貴方に酷く酷で不合理な事を、言ってしまう私、を許さなくて、いいです」
心残りがある。身勝手な、言えなかった言葉。
「……私は、康太さんに恋をしている。この気持ちは、貴方が死んでも忘れてなんかやらない」
これだけは、やはり伝えないといけない、と。
「貴方への恋を抱いたまま幸せに生きる。ごめんな忘れてやれなくて」
そうして、彼女はそこで気絶して。
「……戦時下の軍人にその程度の心構えで恋などただの迷惑です。二度と戦場で僕の近くに立つな」
康太は、冷たく吐き捨てた。
……怪我しそうなだけで勝手な行動を取るほど動揺して、死んでも幸せに生きるなどという言葉の何処に説得力がある。
その核が拗らせるまでの厳格な軍人である彼にとって。何もかもが苛立つものだった。庇われたことも。戦場をその感情で荒らしたことも。目の前の様も。
──彼女の告白は。彼が、やはり戦場でその感情は害悪なのだと強く認識した瞬間に行われたのだ。
報告書を閉じて。
透に出来ることは、俯いて頭を押さえて……忘れるよう努めることだった。
ここから何かを考える……ことなど、出来ようか。辛い話も見ることになるとは思っていたが、こういう方向は覚悟の外だった。
すいませんでしたと一度だけ心の中で謝って、逃避するように、次の報告書に没頭することにする。
●
列をなし襲い来る雑魔の群れに、最前にいるハンターが鎚を振るう。肉を叩き潰す音。柄を握りしめる手ごたえすら伝わってきそうな強烈な一撃が襲ったのは、彼女に向かう一体では無く、横を抜けようとしたそれだった。
ディーナ・フェルミ(ka5843)は最前線でハンマーを振るっている。
……薬師になる為に旅を始めた、その旅の始まりのころには、ハンマーで敵を叩く感触にビクビクしていたという。
今の彼女は、敵を叩き潰して壁になるのが当然だと、それが聖導士の使命だと確信し揺るぎないように思えた。
回復することで戦線が長く維持できるような、そういう依頼を多く選ぶ。
壁になることに意味がある。
敵を叩き潰すことに意味がある。
──彼女の後ろにはいつも守るべき人がいる。
いつか月とリアルブルー人がこの世界から居なくなるのだとしても、それぞれの世界を守るために今は只戦おうと言うのだろう。
戦果を積み上げ、前に進む。
……戦いを終え、帰還する彼女。ふと立ち止まり、二つの月を見上げるところで、その報告書は終わっていた。
もうすぐ邪神戦争が始まる。
終わった後には何をしよう。
辺境で布教しながら旅しても良い。
だからディーナは今も、苛烈な依頼を探している。
●
──何時からだろうな、俺の在り方が定まったのは。
村の付近に開いていた結界の綻びからはなおも敵が湧き出している。対応する一人はアーサー・ホーガン(ka0471)。
突進し、敵を薙ぎ散らす。
と、傍にいた一人が偶々彼の死角に入った討ち漏らしの一体に止めを刺した。
……『仲間と助け合って、敵を倒す』のは、自覚してなかっただけで転移前からあった。
今ではこうして容易く倒せる小型狂気、それにも手古摺っていたあの頃に自然に芽生えたものだ。
それが、クリムゾンウェストでの戦いを通して確固たる物になって行ったんだろう。
やがてシェオルが村の目前まで迫ると、アーサーは村人を守るべく躊躇わずに行動した。防御力を高めるマテリアルは一瞬煌めき敵の目を引く。人を憎むシェオルはそのままアーサーに誘引されていった。
これもまた、過去から持ち合わせていた気質だった。『民間人を守る』のは、元を辿れば軍人としての義務感。
だが今は義務だけと言えば違うともはっきりと分かる。
(力を得てリアルブルーに帰還して、故郷を守ることが現実味を帯びたからかね)
確かめたその意志に呼応するように、彼の手にする純白の槍、そのマテリアルの彩りが彼の魂の色をますます強めていく。
必滅の光がシェオルを貫いていく。滅びゆく敵、その前に立つ、その様。
ずっと、頼もしい男だとは思っていた。だが……これほどの安定感だったろうか。
揺ぎ無い一つの柱をそこに感じる──何時からだ? 傍で何度か見ていたはずの透にも良くは分からない。
──もっともそれは、本人も「はっきり何時とは言えねぇか」と苦笑するものなのだが。
●
「伊佐美 透さん……だったか?」
不意にかけられた声に、透は慌てて振り向く。居たのはアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)だった。
「確かリアルブルーで一度あったよな。その状態で報告書を読み漁るとは熱心だな」
「あ、いえ違うんです、これは今偶々……すみません」
どこか恐縮して透は応じる。……流れでそのまま、己が何をしていたのかも話すことになった。
「どんな思いで戦い続けているのか、か──逆に聞いてみてもいいだろうか? 戦いをやめていい理由ってあるかな?」
「……」
幾つも思い浮かぶ。それが、ハンターとしてはおかしいことだと言われた気がして答えられない。
「ああ、もし気を悪くさせたら済まない。私はこちらの世界出身だからか……いや、違うな、私がそんなに頭がよくないからだろうな」
透の反応に、アルトはポツリと語り出す。己の戦う理由を。
「そうだな、駆け出しのころの依頼で、人が心から笑った顔が綺麗だなと思ったんだ。戦うことしか取り柄がなかったから、そういった笑顔をまた見るために戦おうと思った」
明るい声。顔。だがそれが直後、曇る。
「だけど、それは力がないと無理だということも直後にほかの依頼で知った。……とある街が歪虚に包囲され、住民事逃げ出すことになったんだが」
依頼主はそこの領主女の子。
結果は、住民はそれなりに逃がせれたが、彼女は大切な人を失い、さらに彼女自身もアルトの目の前で歪虚の群れに飲まれたと。
「弱かったから、助けれなかった」
「……」
聞きながら透が思い出すのは、先日の町の無惨な様子だった。
「だから、そこからずっと強くなるために戦い続けた。誰よりも強くなろうと思った。私が強くなければ救える命が増えると思ったから──また誰かの笑顔が見れると思ったから」
……誰よりも強く。アルトならばまさにそれは過言とは言えないだろう。それは、彼女だから出来たのか。それとも……彼女は力を得られるハンター全ての可能性で……だからハンターとは、そうあるべきなのか。あらゆる悲劇を防ぐために、ただ強くなる、それだけを考えている……べき。
「そうだな、結論付ければ私は私が見たいもののために戦ってる、要は自分のためだな」
「そう……ですかね」
締め括られたアルトの言葉に、透は話への礼を述べつつも、頷きはどこか曖昧だった。
●
そんな会話の影で、また一つの存在がハンターオフィスへと帰還を果たしていた。
「痛たた……」
百鬼 一夏(ka7308)が怪我の痛みに顔をしかめたのは、仲間と別れて十分に距離を離してから、こっそりとだった。
「ポーション買い足さなきゃ……」
呟き、ふらふらと歩く。視線は俯きがちだ。
村に現れた敵を退治する単純な依頼だったのに随分と怪我をした。
原因に自覚はある。攻撃力を重視してきた彼女は避けるのも受けるのもまだ実力不足なのだと。
「もうちょっと防御も考慮した方がいいのかなぁ……」
口にしてみるも、頭では同時に、でも火力も捨てたくない、と考えている。
目指す理想にぶつかってくる現実。それでも己の道を行くのか、受け入れて曲がることが必要なのか。
一夏はそうして、答えを探して己を見つめ直す。
……私は怖がりで。
本当は戦場にたつ勇気もない弱虫で。
それでもどうして戦うのか──あの時先輩に助けてもらったこの命を無駄にしたくないから。
核となる想い一つを掴むと、思考の底から戻ってくる。
火力を重視する。どうして? ──怖がりで弱虫だからこそ、一般人が襲われた時の恐怖がよくわかるから。だから一刻も早く敵を倒して安心させたいんだ。
「うん。やっぱり私はこのまま行こう!」
そうして彼女は、俯いていた顔を上げて歩き出す。
もっと強く。
もっと早く。
敵を倒して大切な人を守る。
「目指すは一撃粉砕!」
オフィスに元気で……物騒な言葉が響いた。
そんなすれ違いがあったことに気付かずに、次の報告書が捲られる。
●
晴天に雷鳴が轟く。
群れる雑魔が吹き散らされていく。
雷光に見えたのはマテリアルを吸収し蒼く煌く刃の残像であったし、雷轟に聞こえたのは爆ぜるような踏み込みと共に繰り出される高速の刺突が生み出したものだった。
倒れ伏す雑魔たちの前に立つのはユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)。まだ在る無数の敵は彼女へと殺到し、彼女はそれらを斬り伏せ、盾で凌ぎ、傷付きながらも戦い続ける──
敗北もある。挫折に膝を折る姿もあった。数えきれない強敵と刃を交え──それでも彼女は尚も戦場を駆け抜ける。
……心身ともに傷付き、武器を取る手も重たそうに帰還する姿もあった。力の抜けたその手が再び武器を取り、引き摺り歩くようなその足を再び戦場へ向かわせるのは何なのだろう。
──そこには彼女に優しくかけられる声があった。支えようと差し伸べられる腕があった。共闘に感謝する声、必要としてくれる存在……。
己がどうやってそこに在るのか。それを確かめて、彼女は決意を新たにすべく口にする。
「敗北したのなら、挫折を知ったのなら、無力さを知ったのなら。それを糧に立ち上がればいい。更に強くなって、その時の自分を超えればいい」
願いは、大切な者達と共に生きる明日を切り拓くこと。
蒼姫刀と、大精霊から授かった盾を手に取る彼女の姿から、必ず成し遂げるという意志が立ち昇っていた。
●
大切な者。共に歩む者。過酷な環境の中でその存在の意味はやはり大きい。
だからこそ……と、透は溜息を吐く。次の報告書は……。
「じゅっ」
気の抜けた声に思わず振り向いた者は、次の瞬間激しい光に視界を塗り潰された。
炎が収まった後に立つのは、アルマ・A・エインズワース(ka4901)ただ一人。
……さっきまでそこに居た雑魔は全て焼き尽くされた。彼の機導術──その、馬鹿げたほどの威力。
振り向きもせず。アルマはそのまま敵軍に向かって術を叩き込み続ける。
大群、とオフィスで説明された敵はそうしてやがて全て消失した。
「シオンー」
アルマは元気良く振り向くと、すぐそこに居た仙堂 紫苑(ka5953)に柔らかく飛び付いた──彼とてただ己の能力に胡座をかいて『振り向きもせず』戦っていた訳ではない。
「おつかれさまですっ。いいかんじですー?」
「お疲れアルマ、まあいつも通りだったな」
対する紫苑の返事は何処か曖昧だ。アルマとの火力の差は分かっている。その中で……まあ、何とか頑張れただろうか。
「星神器もようやく馴染んできたかな」
紫苑はそう言って、手にした天秤を掲げて見せる。
話す二人に近づく者は居ない。彼らを見る者はどこか遠巻きだった。同じ、強大な力を持つハンターでさえ。
アルマは笑う。都合が良い。覚えておけば良い。やがて魔王として孵るだろうこの姿を……──
「シオンはいつも一緒にいてくれるですけど、どこまで一緒にきてくれるです?」
ふと。
笑顔のまま。
紫苑にだけ聞こえる声で、アルマは訪ねる。
「もう腐れ縁みたいなモンだろ、行くとこまで行くさ。ハハハッ」
笑って答える紫苑に。
「……わふぅ。東方でいっぱいいなくなってしまったので、ちょっとさみしいです……」
アルマは、嫌がらないかな、と躊躇いながらもぎゅう、と抱きつく。
その事を、彼が拒絶することは無かったが。
「一緒に生き残れたらと思うです。……その後も一緒だったら、嬉しいですー」
続けてアルマがそう言うと、紫苑はやおらアルマの尖った耳を引っ張った。
「生き残れば、じゃなくて生き残る、だろっ」
「おみみはひっぱったらだめですー!?」
そうして、じたばたと騒ぐアルマに。紫苑は優しく呟くように言った。
「東方な。領地をくれる代わりに復興の手伝いをするって話らしいからな。考えてみようと思う」
アルマの顔が再び輝く。
「わふ! ぼく、シオンだいすきですーっ」
そうやって、互いの絆を確かめ合う会話の中に。行動を制限、強制するような受け答えはない。
そこまで求められていたらとっくにこの関係は終わっていると、紫苑には分かっているのだ。
●
「私は依頼を受けた。ハンターなのだから当たり前だろう、だと?」
レイア・アローネ(ka4082)は傍らの存在に話しかけている。
「いや、話を最後まで聞いてくれ。その依頼人というのはパルムだったんだ……あの子は歪虚に襲われていた、そこを私が助ける依頼を受けた……パルムの言葉がわかるのか、だと? ははは、何を言ってるんだ。判るわけがないだろう──ああっ! まて帰らないでくれ」
『それ』の言葉とて彼女には分からないはずなのだが、呆れた気配は伝わったのだろう。もぞりと動くそれを慌てて彼女は呼び止めた。
「コホン、まあそんな訳で私はパルムを助け雑魔を倒して植林に協力した。パルムの様な小さく可愛いものも戦いに参加している……あの子はしなければいけない事を自ら選んでした。それを積み重ねれば世界の一つや二つ救う事ができるさ」
咳払いをしてまた話し続けたレイアに、『それ』はやはり訝し気に身体を揺すっていた。『それ』とて彼女の言葉が正確にわかるわけでは無い。……それでも、彼女の興味が今、一心に己に向けられていることだけは分かった。
「助けたパルムがあまりに可愛くて食べてしまいたいと言ったら逃げられた。照れてたのだろうか。……いつかまた逢いたいな。それにはまずこの世界を守らないと」
そこで彼女は『それ』に目を向ける。視界に映しながらも遠くを見ていたような瞳を、はっきり、目の前の存在に向けて。
「──って事で。その後に契約したのがお前という訳だ」
過去語りは終わり、漸く傍らの存在自身の──まだ名付けていないポロウ──話になる。
「あれがあって何となく可愛いものが欲しくなったんだよな」
いや既にいるワイバーンも可愛いのだが……というのは、さておき。
「……名前をつけなければな。……ポルン……というのはどうだろう」
どうやらそれが、彼女が今日会いに来た本題らしい。
「──これから私と共に戦ってくれるか? ポルン」
力強い羽ばたきの音一つ残して、書かれていたことはそこで終わる。
戦いの最中、一人のハンターと幻獣の出会いの話。
……多分、一応。
●
見上げるシェオルの肩越しに、グラウンド・ゼロの空が見えて、Gacrux(ka2726)は目を細める。
(俺はこの空の色はきらいではありませんがね……彼女と過ごした日々を思い出せるから)
何かを、誰かを想うその様は、戦いに影響をもたらしていた。シェオル型を相手取る彼には、濃い疲労の色が見える。
それはただ世界を守るという戦いだけでは無く、同時に何かに繋がる道を探している様で……だが、それは決して他人が伺い知れるものでは無いのだろうと、漠然と感じた。
槍を振るう。ぶつかり、弾かれる。表情に苦悩が浮かぶ──闇路の中を手探りで這っている気分だ、と。
それでも、武器を握りなおし立ち向かう──俺は俺の答えを探すしかない、と。
そうした道行きで幸いにも気付く点もあるのだろう。そうして、拾い集めた気付きの片鱗を、彼自身の確信に変えていく。……それしかないと。
「……最大の敵は俺自身の心だ。邪神は力で圧してくるが、焦りや不安はこの心が生み出しているのだから」
咆哮を上げるシェオル、押しつぶすような一撃を受けながら、槍を一閃させる。迷いを断ち、意志を強く保つような、祈りの呟きと共に。
●
──そうして。その報告書にたどり着く。
無数の敵があふれ出てくるような死地。その敵陣へ向けて飛び込んでいく龍崎・カズマ(ka0178)の姿──。
吸い寄せられるように向かっていく、どこか空虚の漂うそれは……。
(流されるままに死地に来ている。それだけの価値があるのかさえ分からないのにな)
思考を浮かべながら。彼の腕は動き続ける。刀を振るい、敵を切り裂く。そうする間、別の敵の牙が爪が、彼の身に食い込んでいく。
(考えてみれば俺はなぜ戦うことを選んだのか)
流れる血。痛みを感じないわけでは無い。
(そもそもただ生きること、生き延びることだけを望むのであれば、有名どころの敵なんて避けるのが当然だ)
この世の中には己以外にも強いものなどざらにいる。己でなければならない理由などどこにもない。
それこそ生きるだけならばこれら雑魔を駆除するだけでも十分に役に立てるのだ。
知恵比べ、力比べをしなければならない理由などどこにもないではないか──。
全ての敵が眼前からいなくなって、彼は目を閉じる。
(──ああ、わかっている)
何故それでも彼がかつてあり続けたか。
「彼女の隣に立ちたかったのだ」
彼は呟く。
「一人ではないのだと伝えたかったのだ」
彼は立つ──独り。
その姿は。
あまりにも。
あまりにも……──。
●
「……っ!」
痛みに顔を顰めるように、透は息を漏らす。皆戦っている。背負っている。それを……。
そうして。
そんな彼を、星野 ハナ(ka5852)は遠目で確認した。
ああ、居るなあと。
それだけで、近づくことはしない。生きてりゃそれで良いと思う、辺境で、彼の相棒に告げた言葉は嘘ではないと言うように。
●
透の傍で足を止めたのは。
今日も依頼を終え、オフィスへとやって来た鞍馬 真(ka5819)だった。
あれ、と顔を上げて片手を上げる透に、真がまずしたことは無言でロザリオを掲げることだった。
「……怪我。我慢は良くないよ」
癒しの術が透の傷を塞いでいく。
「……有難う」
そう言いながら透の視線は君が言うかな、と言いたげだったが、自覚があるが故に真はそれを流した。
「何か探し物?」
そうして、真は透の隣に座り尋ねる。
「言い得て妙だな──うん、何かを探してる」
透は苦笑して答えて、手短に己の行動の理由を……迷いを、真に正直に告げた。
「……ずっと思っていたんだけどさ」
真はまず静かに述べた。
「私は、自分の夢や願いを優先することを自分勝手だとは思わない。ハンターは戦うための機械じゃない。時には願いを優先するのも当然のことだよ──だから……きみ自身の願いを、使命で押し潰さないで」
真の言葉に、透は複雑な笑みを浮かべた。そう言ってもらえると救われる気持ちは確かにあって……だけど。
透の視線は再び、読みかけていた報告書へと落とされる。
そこには、彼らも参加した依頼の……彼らの知らなかった部分が書かれていた。
●
歪虚に襲われた街を、高瀬 未悠(ka3199)は進んでいく。
人々の姿が映る。恐怖に、痛みに呻く者。それでも声を上げ助け合う人々。
……そして、もう声も出せない──。
助けなきゃ。一秒でも早く。一人でも多く。
そんな彼女の目前で、また一人が動かなくなる。
──嗚呼、私はまた、失った。
見開かれた瞳から。失われていく光から。痛いほどの叫びが見える。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい……!!
私が遅かったから、弱いから、貴方達を死なせてしまった──!
その無力感も、絶望も、気が狂いそうな罪悪感も、彼女は死ぬまで忘れるつもりは無いのだろう。
それでも彼女は止まらない。それでも守らなきゃ、救わなきゃと。
自分の弱さに飲まれるな、甘えるな。
私は大丈夫。
まだ動ける。
まだ守れる。
まだ救える。
守りたい。救いたい……!!
悲痛な叫びを、彼女は見せなかった。押し込めた。押し潰した。一人でも救うためにと。
この惨劇の元凶たる歪虚が滅んでいく。仲間が、倒してくれた……なのに腕の中でまた命が消えていく。
報告書は。温もりの残る亡骸を抱きしめる彼女の姿で終わっていた。
悔しさに。哀しさに。視界を歪ませる、彼女の。
●
配布された召喚マーカーが全て無くなったのを確認して。
天王寺茜(ka4080)は、エバーグリーンの光景をしかと見渡していた。
この世界を訪れるのは久しぶりだ。前回はリアルブルーに戻る方法を探すため、ゲートを探す目的からの訪問だった。
……そこであるオートマトンの少女と「友人」になり、彼女にとって「ハンター」であることの意味が変わり始めた。
──元いた世界に戻るためでなく、新しく広がった世界を守るための手段に。
滅びの近付く、乾いた風の吹く世界。そこに立ち尽くす彼女の姿は、岐路を前にする旅人を思わせた。
今の彼女にとってここは……どちらでもない場所だ。生まれ育った蒼い世界でも、わずか数年を過ごした紅い世界でもない、場所。
そこで、帰りたい「世界」とは、どちらなのだろうと、迷っている。
その選択に迷うぐらい、紅い世界で出会った人々、嬉しいこと悲しいことが多すぎた。
時間が過ぎていく。「決断」する日が近づいていく。
──そのことを忘れないために、この蒼と紅の間にある緑の世界で、想いを残す。
彼女はずっと、エバーグリーンを見つめていた。
風の音。どこからか聞こえるまだ居る自動兵器。まだ消えていないこの世界が奏でるものを。
●
同じエバーグリーン。
フィロ(ka6966)もまた、頬を撫でる風に、想いを馳せる。
エバーグリーンに行くたびに、
自分の、
自分達の罪と罰を感じる、と。
……人の友として望まれ生まれ、それなのに人を守れず世界は滅んだ。
大精霊の存在があるゆえにギリギリで命脈を保ち、大精霊がこの邪神戦争で喪われればきっとそれと共に喪われる世界。
自動兵器に、目覚めぬオートマトンに、召喚マーカーを張り付けていく。これが今の彼女の任務。人に望まれて、行う事。
迷うことなど無い。なのに、人も仲間も守れなかった後悔は、澱のように心の中に沈んでいく。
目を閉じるオートソルジャーを、オートマトンを、その顔をそっと撫ぜる。。
──今度こそ世界を守るために、起動されたオートソルジャーは喜んで尖兵になるだろう。今度こそ人を守って人より早く死ねる。
おかしいのは、フルメンテナンスが必要なのは、きっと私の方なのだ──と。
立ち止まれば背中から絡みついてきそうな何かを振り払うように彼女は歩み続けた。オフィスへと帰還してくると真っ直ぐにカウンターに向かう。
「回収作業は無事に進んでおります。次の回収依頼がありましたら、それをお願いします」
彼女はまた……エバーグリーンへ。
●
「……」
色んな人が居た。迷わず戦い続ける人、戦いながら何かを掴んだ、掴みかけている人、そして……まだ、揺れる人。
「──私は皆の夢を、未来を、終わらせたくない」
そうして、真も何かの足しになればと、己の事も話し始めた。
「目的や願いは人それぞれだけど、世界が滅べば全てが終わってしまう。夢を、未来への希望を持たない私だからこそ、世界の未来を繋ぐ手伝いがしたい。それが、私の今の思いだよ」
透は、黙って聞いている。彼も、掴んでいる側かと。
「だから私は──例え全てを差し出すことになっても、全力で戦い続ける」
だけど……。
「全てを差し出すことになっても、か」
透はそうして、呟くように言い返した。
「でも、君が居なくなったら俺は辛い。……寂しいよ」
「……。別に、好き好んで消えようってわけじゃないよ?」
慌てて真が言う、それはそうだろう。そうならないように努力するのは前提で──それでも、裏切ることは無いと口に出せるのは、そこまでだ。
そんな彼を。否定したい気持ちも、受け入れたい気持ちも、ある。
……なんだろう。今の会話で、何か見付かりそうな気はした。
透の瞳のその光を、真は認めて。
「どうか、きみらしい答えが見つかりますように」
ただそれだけを、願った。
●
オキクルミ(ka1947)は今、ハンターオフィスを見上げ、一人物思いに耽っている。
手が離せないことがあってずっと離れていて、ようやく少し手が空いて。
……もう帰ってこなくてもよかったのかも知れないと、そんな風にも思ったけど。
助けたい子がいた。
とても頑張っていてとても苦しんでいて。
きっと泣きたい位に辛いだろうに歯を食いしばって頑張っていた……そんな子。
──だから帰ってきたんだ。
たとえ今更でも、なんでって言われても。
泣かないその子の代わりに泣くために。ほんの少しでも助けになれるように。
……願わくはキミを守る盾となれる事を。
この毀れた涙も千切れた言葉も、いつかキミと歩く路となれますように。
「──なんてねっ!」
そこまで考えて、気持ちに一区切りつけると、彼女は明るい声を上げてオフィスへと乗り込んでいく。
「ずっとシリアスしてると擦り切れちゃうから息抜きもちゃんとしないね!」
深刻な想いを吹き飛ばすように明るい声を上げると、彼女は、そうして……絶賛深刻な顔をしている透と、視線がかち合った。
「ほらそこのおに~さんもさ、なんならボクと飲みに行こうよ! 奢っちゃうよ?」
「は? え?」
突然の声かけに、透の反応は当然困惑だった。
「いやすみません、女性と急にそういうのはちょっと」
そうして、性格というか職業柄の危機感だろう。咄嗟に透はそう返して。
これは脈がないかな、と冗談めかして去っていく彼女に……つくづくハンターとは色々な人が居るなと、透は思い知る。
色んな迷いを見た。
色んな理由を見た。
色んな決断を。
その全てが。理解できたわけじゃない。納得できたわけじゃない。誰にとっても、誰かがそうなんだろう。どんな決断だって、分かり合える人とそうでない人が居て。
見出だす。
だとするならば──
求める決断の形は──
●
東方の地での戦い。
出現した歪虚、雑魔の数は多く、兵士、あるいはハンターたちは必死の形相でそれに相対している……中で。
「ヒャッハー、俺様ちゃんに死地を見せてみろじゃんよ、このやろう」
一際突出して活躍する者が居た。ゾファル・G・初火(ka4407)。死地と呼ぶべき戦場で、いつもの通り元気に暴れる姿。
透ですらその名に覚えがあると思い出した──激戦地に好んで現れる死神のようなハンター。
戦地の一部で悲鳴が上がる。現れた骸骨武者、一際大きなその威容に付近の者が思わず退く中、彼女はむしろ俺様ちゃんのために道を開けてご苦労、とばかりに嬉々として突っ込んでいく。放たれる、荒々しいだけの渾身の一撃が巨大な敵の身体をごっそりと粉砕する。
「あれ……水野様の所の居候……だろ?」
「箸の上げ下げも億劫がるようなぐうたら娘を何故……と思っていたが……」
普段の彼女を知るらしい兵士が、呆れとも感嘆ともつくようなかすれた声を上げた。
彼女は死地を楽しむ。
だが。居候の彼女は時に、水野家と敵対する勢力の輩に絡まれたりすることもあった。そんな時はと言えば、殺さず峰打ちに済ませてやっている一面もある。
それが、殺すことでは無く、楽しく戦うのが一番という余裕の表れだと知るものは、少ない。
●
エバーグリーンでの回収依頼。
一つのオートソルジャーに近づく狂気を事もなげに叩き潰す。窮地を救いに来たかのように現れたハンターに自動兵器が顔を向けると、男は表情を変えもせずただそれに召喚マーカーを張り付け、別の場所へ向かう。
トリプルJ(ka6653)はそうして、オートマトンボディの眠るポッドを開けて同じように召喚マーカーを張り付けていった。そこに躊躇いや迷いのようなものは無い。
三界を巻き込んで戦う邪神戦争。三界の全勢力をもって当たるのは当然だろう、だから兵器を漁りにエバーグリーンへ行く。実際にはほぼ二界の勢力しか居ないとかは大したことではない、と。
このまま邪神戦争の余波で滅ぶかもしれないなら、持ち出せるものは多い方が良い。
使える物は使えるだけ手に入れられる方が良い──道具に感情も選択権がある訳がない。
その姿から感じるのは確固たる意志だった。
──ただただ負けられない闘いのために。
ニガヨモギで辺境を蹂躙されないために。
月と共に今度こそリアルブルーに帰るために。
その為に彼は立ち止まらずに依頼をこなし続ける。それ以外を見ずに走り続けるしか今できることはない、と。
どんどん次の依頼を受けて前に進まなければ。……彼は今も戦い続ける。
●
次は息詰まるCAMの攻防戦。出現した敵は強大で、十数の人間が一体のそれに相対しながらもそこには悲壮感が漂っている。
その中で、あくまで冷静に対処を続けているアニス・テスタロッサ(ka0141)の戦いぶりは際立つ。
功績は誰もが認めるところだったのだろう。どうにか退けたというその戦いの中、報告書は彼女の彼女で締めくくられていた。
──エンジェルダストに関する個人的所感
実際に対峙した所感においては、存在さえ把握できているのであれば対処不可能な相手ではない。
現行機種でも十分に対応可能と考える。
無論、各員の練度が一定水準以上であればという前提となる。
むしろ目下の問題は、前述の戦闘時も問題があった全体の練度の一時的低下である。
強化人間達がハンターに転向したことにより数的には十分な戦力確保ができつつあると思われるが、練度は別物である。
同盟などではハンターによる軍学校での講義の依頼なども出ており、このような事例を生かした練度の底上げが急務であると考える。
……以上
彼女の報告が各地のどこかで動きを生むのかもしれない。つまりこれが、ハンターというものの存在意義の一つと言えるのかもしれない。強敵と相対しつつ、生還できるという事。
……彼女のように冷静に仕事が出来る自信は、透には無いが。
●
迷わず仕事に邁進し、結果を出すハンターたちの姿。その戦果は……やはり、今必要なことのみを見つめるその精神にあるのだろうか。
また一つの報告書を手にする。そこにある戦いは……泥沼の持久戦、そんな様相を呈していた。
「向こうの防壁が落ちたぞ!?」
「はい。そこは切り捨てるしかないと判断しました。撤退は完了してます」
「大丈夫なのか!? 更に踏み込まれた形だぞ!?」
初月 賢四郎(ka1046)の応答は淡々としている。理解している。ここを切り抜けても、その後の復旧は危ういものになるだろう。それでも……まず生き延びねば何もならない。
──理想はあれど現実は非情だ。
裏方として必要かつ可能なことを淡々と実施し、本人は何も感ずる所は無いと嘯くが……。
「おや、こんにちは」
呼びかけに、透はぎょっとして顔を上げた。その声は正に賢四郎のものだったからだ。
「お互い、生きていればいつか会えますよ。顔を合わせるとはいかずともね」
話を聞き、賢四郎は透にそう告げる。
「一方の残した手紙とか、そういうのに生きてれば出会える……とね。顔を合わせるだけが再会じゃないでしょう」
「……。俺は、贅沢を言い過ぎていますかね」
……成程、迷わず切り捨てた者の背中に彼はそう思うか。
「どうでしょうね。言えるのは、自分の解とは違う……とだけ。──じゃ、生きてたらまた何処かで」
●
……全てのハンターたちが割り切って目の前だけを見て戦えている訳でもない。
──槍の一撃が、敵を屠る。
ブツリという感触とともに、細長い奇妙な姿をした歪虚の胴体が貫かれ、消滅していく。
槍を突き立てたその姿勢のまま、イツキ・ウィオラス(ka6512)は思う。
何処に赴き、何と闘おうとも。抱く想いは変わらない。
歪虚を討ち、悪夢を断ち切る。
……が。こんな風に、ふと、疑問が過る事もある。
美しい銀の毛並みのイェジドが彼女のそばに音もなく寄り添った。
「……エイル」
それは、常に彼女の傍らに在り、支え続けて来てくれた存在。
過った想いをさらけ出すように、揺れる瞳をイツキはエイルへと向けた。
戦い続ける、敵を屠る。其れだけで、何かが変わるのだろうか。何かを、変える事が出来るのだろうか、と。
……何かを変えたい。それは、ずっと抱いていた想いだ。
種としての在り方。個としての在り方。
──漠然としていて、曖昧な、幼い子供の理想。
其の為に強くなって、外の世界を知った。
(けれど――私は、まだ、何も変えられてはいない)
結局、彼女は何かを変えたのか。
(わからない。けれど、闘いの先にしか未来はない)
地に向けたままの槍を持ち直すと、ふと呟いた。
「【血断】、ですか」
邪神を討つ決意を秘めたであろう、其の言葉。
「血は、連綿と続く命の系譜。血は、己と言う存在の証明──果たして、邪神が冠するこの言葉は、何を、意味しているのでしょうね」
思い返すのは、いつかこの槍を託されたときの、約束。
『想い結び、約束を紡いで絆を成す』
握りしめて、確かめて──
「私の歩みが、この軌跡が、約束を果たす事を願って。今は、ただ、悪夢を断ち続けましょう」
そうして彼女はまた、歩き始める。
●
オペレーション・ブラッドアウト。その開幕戦。
ユリアン(ka1664)はそこで、共闘する元強化人間達をよく見ていた。
士気を保てば緻密に編み上げられた様な足並みは、リアルタイムに伝わる通信を使い慣れているのもあるだろうが、個が先立ちがちなハンターが見習う所なのかもしれない……と。
その戦い中で、やはり元強化人間である少年少女の上げた声に、ユリアンはまた反応していた。
(……格好良くなんて、ないんだ)
彼は噛みしめる。
力の及ばない所は戦場の僅かな隙間を埋めるべくと動くけれど、その背はがら空きに近く──一人と一頭で駆け抜ける。
格好いいと言うのなら行く末を知りながら行動に移した彼等彼女等だと、その空隙は語っているように、感じられた。
戦いを振り返り、彼はこう締めくくる。
自分の力の限界と己が立つ場の見極めと。補う事を役目とするなら伝え聞き、意識を貼り巡らせる事が大事だろうと。
……解ってはいるけれど、実践は難しい、とも。
それでも、意識を外に向け動いて模索するのみか、と、彼はまた戦場に赴く。
同じ戦場で。
いつものように作戦を立て、いつものように前に立つ。
──前へ。
進め、誰よりも速く。
──伸ばせ。
この手を、誰よりも遠く。
そうして戦い抜いた戦場を、終えてから、様々な想いが押し寄せたのか暫く立ち尽くすキヅカ・リク(ka0038)の姿が映し出されている。
休まず戦い続けた。立ち止まる余裕なんてなかった。……そうしてしまえばもう進めなくなってしまいそうで。
思い出される。救援に行った先の塹壕。
増援が来たことの喜びの顔が彼一人ということで軽い絶望に変わる。
(まぁ普通はそうだよね)
そんな事を想いつつ、力を行使する。
自分がどう思われようがそれは良かった。それでも伸ばしたこの手は届いたのだから。
思い出される。一人の新米ハンターを庇った時の事。
庇った彼にその子は泣きそうな声を上げた。
(まぁ普通は耐えられない)
──それでも此処で立っている。
決して忘れることのないあの日。あの子。その願いがこの胸で熱を放つから。
今の自分を信じてみようと思えるから。
──だから進め、誰もが諦めたその先へ、と。
●
次の報告書はまエバーグリーン。
捜索中に狂気との遭遇、交戦。
その最後。オートソルジャーと共に闘っていたメアリ・ロイド(ka6633)が……高瀬 康太への攻撃を庇う。
「大丈夫、まだ死なねぇよ。……庇わなくても良いのは分かってたんですが、勝手に身体が動いちゃいました」
怒られるだろうか。不合理の極みだろう。でも怪我しているところを見たくなかったと。
──まだ生きねば。今は致命的でないといっても、自分が先に死ぬ可能性はあることを理解する。
「今から貴方に酷く酷で不合理な事を、言ってしまう私、を許さなくて、いいです」
心残りがある。身勝手な、言えなかった言葉。
「……私は、康太さんに恋をしている。この気持ちは、貴方が死んでも忘れてなんかやらない」
これだけは、やはり伝えないといけない、と。
「貴方への恋を抱いたまま幸せに生きる。ごめんな忘れてやれなくて」
そうして、彼女はそこで気絶して。
「……戦時下の軍人にその程度の心構えで恋などただの迷惑です。二度と戦場で僕の近くに立つな」
康太は、冷たく吐き捨てた。
……怪我しそうなだけで勝手な行動を取るほど動揺して、死んでも幸せに生きるなどという言葉の何処に説得力がある。
その核が拗らせるまでの厳格な軍人である彼にとって。何もかもが苛立つものだった。庇われたことも。戦場をその感情で荒らしたことも。目の前の様も。
──彼女の告白は。彼が、やはり戦場でその感情は害悪なのだと強く認識した瞬間に行われたのだ。
報告書を閉じて。
透に出来ることは、俯いて頭を押さえて……忘れるよう努めることだった。
ここから何かを考える……ことなど、出来ようか。辛い話も見ることになるとは思っていたが、こういう方向は覚悟の外だった。
すいませんでしたと一度だけ心の中で謝って、逃避するように、次の報告書に没頭することにする。
●
列をなし襲い来る雑魔の群れに、最前にいるハンターが鎚を振るう。肉を叩き潰す音。柄を握りしめる手ごたえすら伝わってきそうな強烈な一撃が襲ったのは、彼女に向かう一体では無く、横を抜けようとしたそれだった。
ディーナ・フェルミ(ka5843)は最前線でハンマーを振るっている。
……薬師になる為に旅を始めた、その旅の始まりのころには、ハンマーで敵を叩く感触にビクビクしていたという。
今の彼女は、敵を叩き潰して壁になるのが当然だと、それが聖導士の使命だと確信し揺るぎないように思えた。
回復することで戦線が長く維持できるような、そういう依頼を多く選ぶ。
壁になることに意味がある。
敵を叩き潰すことに意味がある。
──彼女の後ろにはいつも守るべき人がいる。
いつか月とリアルブルー人がこの世界から居なくなるのだとしても、それぞれの世界を守るために今は只戦おうと言うのだろう。
戦果を積み上げ、前に進む。
……戦いを終え、帰還する彼女。ふと立ち止まり、二つの月を見上げるところで、その報告書は終わっていた。
もうすぐ邪神戦争が始まる。
終わった後には何をしよう。
辺境で布教しながら旅しても良い。
だからディーナは今も、苛烈な依頼を探している。
●
──何時からだろうな、俺の在り方が定まったのは。
村の付近に開いていた結界の綻びからはなおも敵が湧き出している。対応する一人はアーサー・ホーガン(ka0471)。
突進し、敵を薙ぎ散らす。
と、傍にいた一人が偶々彼の死角に入った討ち漏らしの一体に止めを刺した。
……『仲間と助け合って、敵を倒す』のは、自覚してなかっただけで転移前からあった。
今ではこうして容易く倒せる小型狂気、それにも手古摺っていたあの頃に自然に芽生えたものだ。
それが、クリムゾンウェストでの戦いを通して確固たる物になって行ったんだろう。
やがてシェオルが村の目前まで迫ると、アーサーは村人を守るべく躊躇わずに行動した。防御力を高めるマテリアルは一瞬煌めき敵の目を引く。人を憎むシェオルはそのままアーサーに誘引されていった。
これもまた、過去から持ち合わせていた気質だった。『民間人を守る』のは、元を辿れば軍人としての義務感。
だが今は義務だけと言えば違うともはっきりと分かる。
(力を得てリアルブルーに帰還して、故郷を守ることが現実味を帯びたからかね)
確かめたその意志に呼応するように、彼の手にする純白の槍、そのマテリアルの彩りが彼の魂の色をますます強めていく。
必滅の光がシェオルを貫いていく。滅びゆく敵、その前に立つ、その様。
ずっと、頼もしい男だとは思っていた。だが……これほどの安定感だったろうか。
揺ぎ無い一つの柱をそこに感じる──何時からだ? 傍で何度か見ていたはずの透にも良くは分からない。
──もっともそれは、本人も「はっきり何時とは言えねぇか」と苦笑するものなのだが。
●
「伊佐美 透さん……だったか?」
不意にかけられた声に、透は慌てて振り向く。居たのはアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)だった。
「確かリアルブルーで一度あったよな。その状態で報告書を読み漁るとは熱心だな」
「あ、いえ違うんです、これは今偶々……すみません」
どこか恐縮して透は応じる。……流れでそのまま、己が何をしていたのかも話すことになった。
「どんな思いで戦い続けているのか、か──逆に聞いてみてもいいだろうか? 戦いをやめていい理由ってあるかな?」
「……」
幾つも思い浮かぶ。それが、ハンターとしてはおかしいことだと言われた気がして答えられない。
「ああ、もし気を悪くさせたら済まない。私はこちらの世界出身だからか……いや、違うな、私がそんなに頭がよくないからだろうな」
透の反応に、アルトはポツリと語り出す。己の戦う理由を。
「そうだな、駆け出しのころの依頼で、人が心から笑った顔が綺麗だなと思ったんだ。戦うことしか取り柄がなかったから、そういった笑顔をまた見るために戦おうと思った」
明るい声。顔。だがそれが直後、曇る。
「だけど、それは力がないと無理だということも直後にほかの依頼で知った。……とある街が歪虚に包囲され、住民事逃げ出すことになったんだが」
依頼主はそこの領主女の子。
結果は、住民はそれなりに逃がせれたが、彼女は大切な人を失い、さらに彼女自身もアルトの目の前で歪虚の群れに飲まれたと。
「弱かったから、助けれなかった」
「……」
聞きながら透が思い出すのは、先日の町の無惨な様子だった。
「だから、そこからずっと強くなるために戦い続けた。誰よりも強くなろうと思った。私が強くなければ救える命が増えると思ったから──また誰かの笑顔が見れると思ったから」
……誰よりも強く。アルトならばまさにそれは過言とは言えないだろう。それは、彼女だから出来たのか。それとも……彼女は力を得られるハンター全ての可能性で……だからハンターとは、そうあるべきなのか。あらゆる悲劇を防ぐために、ただ強くなる、それだけを考えている……べき。
「そうだな、結論付ければ私は私が見たいもののために戦ってる、要は自分のためだな」
「そう……ですかね」
締め括られたアルトの言葉に、透は話への礼を述べつつも、頷きはどこか曖昧だった。
●
そんな会話の影で、また一つの存在がハンターオフィスへと帰還を果たしていた。
「痛たた……」
百鬼 一夏(ka7308)が怪我の痛みに顔をしかめたのは、仲間と別れて十分に距離を離してから、こっそりとだった。
「ポーション買い足さなきゃ……」
呟き、ふらふらと歩く。視線は俯きがちだ。
村に現れた敵を退治する単純な依頼だったのに随分と怪我をした。
原因に自覚はある。攻撃力を重視してきた彼女は避けるのも受けるのもまだ実力不足なのだと。
「もうちょっと防御も考慮した方がいいのかなぁ……」
口にしてみるも、頭では同時に、でも火力も捨てたくない、と考えている。
目指す理想にぶつかってくる現実。それでも己の道を行くのか、受け入れて曲がることが必要なのか。
一夏はそうして、答えを探して己を見つめ直す。
……私は怖がりで。
本当は戦場にたつ勇気もない弱虫で。
それでもどうして戦うのか──あの時先輩に助けてもらったこの命を無駄にしたくないから。
核となる想い一つを掴むと、思考の底から戻ってくる。
火力を重視する。どうして? ──怖がりで弱虫だからこそ、一般人が襲われた時の恐怖がよくわかるから。だから一刻も早く敵を倒して安心させたいんだ。
「うん。やっぱり私はこのまま行こう!」
そうして彼女は、俯いていた顔を上げて歩き出す。
もっと強く。
もっと早く。
敵を倒して大切な人を守る。
「目指すは一撃粉砕!」
オフィスに元気で……物騒な言葉が響いた。
そんなすれ違いがあったことに気付かずに、次の報告書が捲られる。
●
晴天に雷鳴が轟く。
群れる雑魔が吹き散らされていく。
雷光に見えたのはマテリアルを吸収し蒼く煌く刃の残像であったし、雷轟に聞こえたのは爆ぜるような踏み込みと共に繰り出される高速の刺突が生み出したものだった。
倒れ伏す雑魔たちの前に立つのはユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)。まだ在る無数の敵は彼女へと殺到し、彼女はそれらを斬り伏せ、盾で凌ぎ、傷付きながらも戦い続ける──
敗北もある。挫折に膝を折る姿もあった。数えきれない強敵と刃を交え──それでも彼女は尚も戦場を駆け抜ける。
……心身ともに傷付き、武器を取る手も重たそうに帰還する姿もあった。力の抜けたその手が再び武器を取り、引き摺り歩くようなその足を再び戦場へ向かわせるのは何なのだろう。
──そこには彼女に優しくかけられる声があった。支えようと差し伸べられる腕があった。共闘に感謝する声、必要としてくれる存在……。
己がどうやってそこに在るのか。それを確かめて、彼女は決意を新たにすべく口にする。
「敗北したのなら、挫折を知ったのなら、無力さを知ったのなら。それを糧に立ち上がればいい。更に強くなって、その時の自分を超えればいい」
願いは、大切な者達と共に生きる明日を切り拓くこと。
蒼姫刀と、大精霊から授かった盾を手に取る彼女の姿から、必ず成し遂げるという意志が立ち昇っていた。
●
大切な者。共に歩む者。過酷な環境の中でその存在の意味はやはり大きい。
だからこそ……と、透は溜息を吐く。次の報告書は……。
「じゅっ」
気の抜けた声に思わず振り向いた者は、次の瞬間激しい光に視界を塗り潰された。
炎が収まった後に立つのは、アルマ・A・エインズワース(ka4901)ただ一人。
……さっきまでそこに居た雑魔は全て焼き尽くされた。彼の機導術──その、馬鹿げたほどの威力。
振り向きもせず。アルマはそのまま敵軍に向かって術を叩き込み続ける。
大群、とオフィスで説明された敵はそうしてやがて全て消失した。
「シオンー」
アルマは元気良く振り向くと、すぐそこに居た仙堂 紫苑(ka5953)に柔らかく飛び付いた──彼とてただ己の能力に胡座をかいて『振り向きもせず』戦っていた訳ではない。
「おつかれさまですっ。いいかんじですー?」
「お疲れアルマ、まあいつも通りだったな」
対する紫苑の返事は何処か曖昧だ。アルマとの火力の差は分かっている。その中で……まあ、何とか頑張れただろうか。
「星神器もようやく馴染んできたかな」
紫苑はそう言って、手にした天秤を掲げて見せる。
話す二人に近づく者は居ない。彼らを見る者はどこか遠巻きだった。同じ、強大な力を持つハンターでさえ。
アルマは笑う。都合が良い。覚えておけば良い。やがて魔王として孵るだろうこの姿を……──
「シオンはいつも一緒にいてくれるですけど、どこまで一緒にきてくれるです?」
ふと。
笑顔のまま。
紫苑にだけ聞こえる声で、アルマは訪ねる。
「もう腐れ縁みたいなモンだろ、行くとこまで行くさ。ハハハッ」
笑って答える紫苑に。
「……わふぅ。東方でいっぱいいなくなってしまったので、ちょっとさみしいです……」
アルマは、嫌がらないかな、と躊躇いながらもぎゅう、と抱きつく。
その事を、彼が拒絶することは無かったが。
「一緒に生き残れたらと思うです。……その後も一緒だったら、嬉しいですー」
続けてアルマがそう言うと、紫苑はやおらアルマの尖った耳を引っ張った。
「生き残れば、じゃなくて生き残る、だろっ」
「おみみはひっぱったらだめですー!?」
そうして、じたばたと騒ぐアルマに。紫苑は優しく呟くように言った。
「東方な。領地をくれる代わりに復興の手伝いをするって話らしいからな。考えてみようと思う」
アルマの顔が再び輝く。
「わふ! ぼく、シオンだいすきですーっ」
そうやって、互いの絆を確かめ合う会話の中に。行動を制限、強制するような受け答えはない。
そこまで求められていたらとっくにこの関係は終わっていると、紫苑には分かっているのだ。
●
「私は依頼を受けた。ハンターなのだから当たり前だろう、だと?」
レイア・アローネ(ka4082)は傍らの存在に話しかけている。
「いや、話を最後まで聞いてくれ。その依頼人というのはパルムだったんだ……あの子は歪虚に襲われていた、そこを私が助ける依頼を受けた……パルムの言葉がわかるのか、だと? ははは、何を言ってるんだ。判るわけがないだろう──ああっ! まて帰らないでくれ」
『それ』の言葉とて彼女には分からないはずなのだが、呆れた気配は伝わったのだろう。もぞりと動くそれを慌てて彼女は呼び止めた。
「コホン、まあそんな訳で私はパルムを助け雑魔を倒して植林に協力した。パルムの様な小さく可愛いものも戦いに参加している……あの子はしなければいけない事を自ら選んでした。それを積み重ねれば世界の一つや二つ救う事ができるさ」
咳払いをしてまた話し続けたレイアに、『それ』はやはり訝し気に身体を揺すっていた。『それ』とて彼女の言葉が正確にわかるわけでは無い。……それでも、彼女の興味が今、一心に己に向けられていることだけは分かった。
「助けたパルムがあまりに可愛くて食べてしまいたいと言ったら逃げられた。照れてたのだろうか。……いつかまた逢いたいな。それにはまずこの世界を守らないと」
そこで彼女は『それ』に目を向ける。視界に映しながらも遠くを見ていたような瞳を、はっきり、目の前の存在に向けて。
「──って事で。その後に契約したのがお前という訳だ」
過去語りは終わり、漸く傍らの存在自身の──まだ名付けていないポロウ──話になる。
「あれがあって何となく可愛いものが欲しくなったんだよな」
いや既にいるワイバーンも可愛いのだが……というのは、さておき。
「……名前をつけなければな。……ポルン……というのはどうだろう」
どうやらそれが、彼女が今日会いに来た本題らしい。
「──これから私と共に戦ってくれるか? ポルン」
力強い羽ばたきの音一つ残して、書かれていたことはそこで終わる。
戦いの最中、一人のハンターと幻獣の出会いの話。
……多分、一応。
●
見上げるシェオルの肩越しに、グラウンド・ゼロの空が見えて、Gacrux(ka2726)は目を細める。
(俺はこの空の色はきらいではありませんがね……彼女と過ごした日々を思い出せるから)
何かを、誰かを想うその様は、戦いに影響をもたらしていた。シェオル型を相手取る彼には、濃い疲労の色が見える。
それはただ世界を守るという戦いだけでは無く、同時に何かに繋がる道を探している様で……だが、それは決して他人が伺い知れるものでは無いのだろうと、漠然と感じた。
槍を振るう。ぶつかり、弾かれる。表情に苦悩が浮かぶ──闇路の中を手探りで這っている気分だ、と。
それでも、武器を握りなおし立ち向かう──俺は俺の答えを探すしかない、と。
そうした道行きで幸いにも気付く点もあるのだろう。そうして、拾い集めた気付きの片鱗を、彼自身の確信に変えていく。……それしかないと。
「……最大の敵は俺自身の心だ。邪神は力で圧してくるが、焦りや不安はこの心が生み出しているのだから」
咆哮を上げるシェオル、押しつぶすような一撃を受けながら、槍を一閃させる。迷いを断ち、意志を強く保つような、祈りの呟きと共に。
●
──そうして。その報告書にたどり着く。
無数の敵があふれ出てくるような死地。その敵陣へ向けて飛び込んでいく龍崎・カズマ(ka0178)の姿──。
吸い寄せられるように向かっていく、どこか空虚の漂うそれは……。
(流されるままに死地に来ている。それだけの価値があるのかさえ分からないのにな)
思考を浮かべながら。彼の腕は動き続ける。刀を振るい、敵を切り裂く。そうする間、別の敵の牙が爪が、彼の身に食い込んでいく。
(考えてみれば俺はなぜ戦うことを選んだのか)
流れる血。痛みを感じないわけでは無い。
(そもそもただ生きること、生き延びることだけを望むのであれば、有名どころの敵なんて避けるのが当然だ)
この世の中には己以外にも強いものなどざらにいる。己でなければならない理由などどこにもない。
それこそ生きるだけならばこれら雑魔を駆除するだけでも十分に役に立てるのだ。
知恵比べ、力比べをしなければならない理由などどこにもないではないか──。
全ての敵が眼前からいなくなって、彼は目を閉じる。
(──ああ、わかっている)
何故それでも彼がかつてあり続けたか。
「彼女の隣に立ちたかったのだ」
彼は呟く。
「一人ではないのだと伝えたかったのだ」
彼は立つ──独り。
その姿は。
あまりにも。
あまりにも……──。
●
「……っ!」
痛みに顔を顰めるように、透は息を漏らす。皆戦っている。背負っている。それを……。
そうして。
そんな彼を、星野 ハナ(ka5852)は遠目で確認した。
ああ、居るなあと。
それだけで、近づくことはしない。生きてりゃそれで良いと思う、辺境で、彼の相棒に告げた言葉は嘘ではないと言うように。
●
透の傍で足を止めたのは。
今日も依頼を終え、オフィスへとやって来た鞍馬 真(ka5819)だった。
あれ、と顔を上げて片手を上げる透に、真がまずしたことは無言でロザリオを掲げることだった。
「……怪我。我慢は良くないよ」
癒しの術が透の傷を塞いでいく。
「……有難う」
そう言いながら透の視線は君が言うかな、と言いたげだったが、自覚があるが故に真はそれを流した。
「何か探し物?」
そうして、真は透の隣に座り尋ねる。
「言い得て妙だな──うん、何かを探してる」
透は苦笑して答えて、手短に己の行動の理由を……迷いを、真に正直に告げた。
「……ずっと思っていたんだけどさ」
真はまず静かに述べた。
「私は、自分の夢や願いを優先することを自分勝手だとは思わない。ハンターは戦うための機械じゃない。時には願いを優先するのも当然のことだよ──だから……きみ自身の願いを、使命で押し潰さないで」
真の言葉に、透は複雑な笑みを浮かべた。そう言ってもらえると救われる気持ちは確かにあって……だけど。
透の視線は再び、読みかけていた報告書へと落とされる。
そこには、彼らも参加した依頼の……彼らの知らなかった部分が書かれていた。
●
歪虚に襲われた街を、高瀬 未悠(ka3199)は進んでいく。
人々の姿が映る。恐怖に、痛みに呻く者。それでも声を上げ助け合う人々。
……そして、もう声も出せない──。
助けなきゃ。一秒でも早く。一人でも多く。
そんな彼女の目前で、また一人が動かなくなる。
──嗚呼、私はまた、失った。
見開かれた瞳から。失われていく光から。痛いほどの叫びが見える。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい……!!
私が遅かったから、弱いから、貴方達を死なせてしまった──!
その無力感も、絶望も、気が狂いそうな罪悪感も、彼女は死ぬまで忘れるつもりは無いのだろう。
それでも彼女は止まらない。それでも守らなきゃ、救わなきゃと。
自分の弱さに飲まれるな、甘えるな。
私は大丈夫。
まだ動ける。
まだ守れる。
まだ救える。
守りたい。救いたい……!!
悲痛な叫びを、彼女は見せなかった。押し込めた。押し潰した。一人でも救うためにと。
この惨劇の元凶たる歪虚が滅んでいく。仲間が、倒してくれた……なのに腕の中でまた命が消えていく。
報告書は。温もりの残る亡骸を抱きしめる彼女の姿で終わっていた。
悔しさに。哀しさに。視界を歪ませる、彼女の。
●
配布された召喚マーカーが全て無くなったのを確認して。
天王寺茜(ka4080)は、エバーグリーンの光景をしかと見渡していた。
この世界を訪れるのは久しぶりだ。前回はリアルブルーに戻る方法を探すため、ゲートを探す目的からの訪問だった。
……そこであるオートマトンの少女と「友人」になり、彼女にとって「ハンター」であることの意味が変わり始めた。
──元いた世界に戻るためでなく、新しく広がった世界を守るための手段に。
滅びの近付く、乾いた風の吹く世界。そこに立ち尽くす彼女の姿は、岐路を前にする旅人を思わせた。
今の彼女にとってここは……どちらでもない場所だ。生まれ育った蒼い世界でも、わずか数年を過ごした紅い世界でもない、場所。
そこで、帰りたい「世界」とは、どちらなのだろうと、迷っている。
その選択に迷うぐらい、紅い世界で出会った人々、嬉しいこと悲しいことが多すぎた。
時間が過ぎていく。「決断」する日が近づいていく。
──そのことを忘れないために、この蒼と紅の間にある緑の世界で、想いを残す。
彼女はずっと、エバーグリーンを見つめていた。
風の音。どこからか聞こえるまだ居る自動兵器。まだ消えていないこの世界が奏でるものを。
●
同じエバーグリーン。
フィロ(ka6966)もまた、頬を撫でる風に、想いを馳せる。
エバーグリーンに行くたびに、
自分の、
自分達の罪と罰を感じる、と。
……人の友として望まれ生まれ、それなのに人を守れず世界は滅んだ。
大精霊の存在があるゆえにギリギリで命脈を保ち、大精霊がこの邪神戦争で喪われればきっとそれと共に喪われる世界。
自動兵器に、目覚めぬオートマトンに、召喚マーカーを張り付けていく。これが今の彼女の任務。人に望まれて、行う事。
迷うことなど無い。なのに、人も仲間も守れなかった後悔は、澱のように心の中に沈んでいく。
目を閉じるオートソルジャーを、オートマトンを、その顔をそっと撫ぜる。。
──今度こそ世界を守るために、起動されたオートソルジャーは喜んで尖兵になるだろう。今度こそ人を守って人より早く死ねる。
おかしいのは、フルメンテナンスが必要なのは、きっと私の方なのだ──と。
立ち止まれば背中から絡みついてきそうな何かを振り払うように彼女は歩み続けた。オフィスへと帰還してくると真っ直ぐにカウンターに向かう。
「回収作業は無事に進んでおります。次の回収依頼がありましたら、それをお願いします」
彼女はまた……エバーグリーンへ。
●
「……」
色んな人が居た。迷わず戦い続ける人、戦いながら何かを掴んだ、掴みかけている人、そして……まだ、揺れる人。
「──私は皆の夢を、未来を、終わらせたくない」
そうして、真も何かの足しになればと、己の事も話し始めた。
「目的や願いは人それぞれだけど、世界が滅べば全てが終わってしまう。夢を、未来への希望を持たない私だからこそ、世界の未来を繋ぐ手伝いがしたい。それが、私の今の思いだよ」
透は、黙って聞いている。彼も、掴んでいる側かと。
「だから私は──例え全てを差し出すことになっても、全力で戦い続ける」
だけど……。
「全てを差し出すことになっても、か」
透はそうして、呟くように言い返した。
「でも、君が居なくなったら俺は辛い。……寂しいよ」
「……。別に、好き好んで消えようってわけじゃないよ?」
慌てて真が言う、それはそうだろう。そうならないように努力するのは前提で──それでも、裏切ることは無いと口に出せるのは、そこまでだ。
そんな彼を。否定したい気持ちも、受け入れたい気持ちも、ある。
……なんだろう。今の会話で、何か見付かりそうな気はした。
透の瞳のその光を、真は認めて。
「どうか、きみらしい答えが見つかりますように」
ただそれだけを、願った。
●
オキクルミ(ka1947)は今、ハンターオフィスを見上げ、一人物思いに耽っている。
手が離せないことがあってずっと離れていて、ようやく少し手が空いて。
……もう帰ってこなくてもよかったのかも知れないと、そんな風にも思ったけど。
助けたい子がいた。
とても頑張っていてとても苦しんでいて。
きっと泣きたい位に辛いだろうに歯を食いしばって頑張っていた……そんな子。
──だから帰ってきたんだ。
たとえ今更でも、なんでって言われても。
泣かないその子の代わりに泣くために。ほんの少しでも助けになれるように。
……願わくはキミを守る盾となれる事を。
この毀れた涙も千切れた言葉も、いつかキミと歩く路となれますように。
「──なんてねっ!」
そこまで考えて、気持ちに一区切りつけると、彼女は明るい声を上げてオフィスへと乗り込んでいく。
「ずっとシリアスしてると擦り切れちゃうから息抜きもちゃんとしないね!」
深刻な想いを吹き飛ばすように明るい声を上げると、彼女は、そうして……絶賛深刻な顔をしている透と、視線がかち合った。
「ほらそこのおに~さんもさ、なんならボクと飲みに行こうよ! 奢っちゃうよ?」
「は? え?」
突然の声かけに、透の反応は当然困惑だった。
「いやすみません、女性と急にそういうのはちょっと」
そうして、性格というか職業柄の危機感だろう。咄嗟に透はそう返して。
これは脈がないかな、と冗談めかして去っていく彼女に……つくづくハンターとは色々な人が居るなと、透は思い知る。
色んな迷いを見た。
色んな理由を見た。
色んな決断を。
その全てが。理解できたわけじゃない。納得できたわけじゃない。誰にとっても、誰かがそうなんだろう。どんな決断だって、分かり合える人とそうでない人が居て。
見出だす。
だとするならば──
求める決断の形は──
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/03/28 13:23:41 |