ゲスト
(ka0000)
【AP】過去より、現在に向けて
マスター:音無奏

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/04/07 22:00
- 完成日
- 2019/04/22 01:38
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
他人の事ならそいつがどんな決断をしたって構わない。
そうすると決めたのは気持ちを知りようもない他人で、決めたその道を歩くのも自分じゃない。
外野には推し量ることの出来ない葛藤があるのだろう、その気持ちを尊重するという名目の元、他人はいくらでも無関心になれる。
でもそれが自分の話になるとどうしてこうも心苦しくなるのか。
人間は衝動的で、刹那的。一時間前の自分の考えがさっぱり理解出来ないなんてこともざらにある。
一年もあれば最早別人と言ってもいいだろう、自分のはずなのに、自分と異なる考えを持っているのだ。
でも、いつだって後悔は先に立たない。過去にあるものは現在に手を伸ばす事が出来ず、ただ見送る事だけを許されている。
「どうしてそうなった」
過去の自分からの問いかけに、現在の自分は苦さを交えて押し黙る。
未熟ゆえだと、ずる賢い大人がするように煙に撒く事は簡単だったが、異なる考えを持つ自分がそれで納得するはずもない。
自分のはずなのに、なんでお前は違う。きちんと、そうした理由を言葉にしないといけないのだ。
「馬鹿な選択だったとは思うが、後悔はしていない」
仕方なかった、言葉にするとなんと拙い言い訳だろうか。
決断に使った時間は一秒か、それとも一年か。過去の自分も、今の自分も納得できる100点満点の答えがあったらきっと振り返るくらいはしただろう。
でも、そんな答えはいつだって見つからない、決断を迫られれば視野だって狭くなり、振り返れば馬鹿な選択をしている。
「崩れかけた状況を、一人で引き受けることで食い止めた。馬鹿だ、間違いない。でもその時の私はそれが出来ると思った」
「その結果がこれか」
「……ああ」
自分に詰られる夢とはなんとも心苦しい、うららかな春を目前にして見たい夢ではなかった。
やり直しの仮定をする気はない、自分の事だから、弱さも、決断も含めて受け止めないと自分は前に歩けない。
「傲慢さには相応の振る舞いがある、傲慢だった当時の私は、言動相応に力を示す必要があった、受け止めきれなかった対価を払うとしても」
「アホだな」
「……未来のお前の事だ、馬鹿め」
その『傲慢だった過去の自分』に言い放てば、未来を見た分思うところがあるのか、過去の自分は押し黙った。
「対価は払った、それに対して文句がないとは言わない、今見ても言いたい事だらけだ」
だが、とため息をついて現在の自分は言葉を続ける。
「傲慢が直った、枷をつける羽目になったのも私にはお似合いだ。今の仕事に不満がある訳でもない、だから、これでいい」
「……何のためにその姿を見せた」
「そりゃあ、昔の私に言いたい事なんて、『傲慢の果てにこうなる』以外ないからな」
クソみたいな夢だなと呟く過去の自分に、全くだと同意する現在の自分。
それ以上の詰り合いはない、どの道に自傷しかならないのだから。
…………。
「シャルルは、昔の話をするのを嫌がるよね」
「……そりゃあまぁ、昔の自分ってのは、自分のはずなのに、馬鹿で、愚かで、価値観が違う他人だからな」
そうすると決めたのは気持ちを知りようもない他人で、決めたその道を歩くのも自分じゃない。
外野には推し量ることの出来ない葛藤があるのだろう、その気持ちを尊重するという名目の元、他人はいくらでも無関心になれる。
でもそれが自分の話になるとどうしてこうも心苦しくなるのか。
人間は衝動的で、刹那的。一時間前の自分の考えがさっぱり理解出来ないなんてこともざらにある。
一年もあれば最早別人と言ってもいいだろう、自分のはずなのに、自分と異なる考えを持っているのだ。
でも、いつだって後悔は先に立たない。過去にあるものは現在に手を伸ばす事が出来ず、ただ見送る事だけを許されている。
「どうしてそうなった」
過去の自分からの問いかけに、現在の自分は苦さを交えて押し黙る。
未熟ゆえだと、ずる賢い大人がするように煙に撒く事は簡単だったが、異なる考えを持つ自分がそれで納得するはずもない。
自分のはずなのに、なんでお前は違う。きちんと、そうした理由を言葉にしないといけないのだ。
「馬鹿な選択だったとは思うが、後悔はしていない」
仕方なかった、言葉にするとなんと拙い言い訳だろうか。
決断に使った時間は一秒か、それとも一年か。過去の自分も、今の自分も納得できる100点満点の答えがあったらきっと振り返るくらいはしただろう。
でも、そんな答えはいつだって見つからない、決断を迫られれば視野だって狭くなり、振り返れば馬鹿な選択をしている。
「崩れかけた状況を、一人で引き受けることで食い止めた。馬鹿だ、間違いない。でもその時の私はそれが出来ると思った」
「その結果がこれか」
「……ああ」
自分に詰られる夢とはなんとも心苦しい、うららかな春を目前にして見たい夢ではなかった。
やり直しの仮定をする気はない、自分の事だから、弱さも、決断も含めて受け止めないと自分は前に歩けない。
「傲慢さには相応の振る舞いがある、傲慢だった当時の私は、言動相応に力を示す必要があった、受け止めきれなかった対価を払うとしても」
「アホだな」
「……未来のお前の事だ、馬鹿め」
その『傲慢だった過去の自分』に言い放てば、未来を見た分思うところがあるのか、過去の自分は押し黙った。
「対価は払った、それに対して文句がないとは言わない、今見ても言いたい事だらけだ」
だが、とため息をついて現在の自分は言葉を続ける。
「傲慢が直った、枷をつける羽目になったのも私にはお似合いだ。今の仕事に不満がある訳でもない、だから、これでいい」
「……何のためにその姿を見せた」
「そりゃあ、昔の私に言いたい事なんて、『傲慢の果てにこうなる』以外ないからな」
クソみたいな夢だなと呟く過去の自分に、全くだと同意する現在の自分。
それ以上の詰り合いはない、どの道に自傷しかならないのだから。
…………。
「シャルルは、昔の話をするのを嫌がるよね」
「……そりゃあまぁ、昔の自分ってのは、自分のはずなのに、馬鹿で、愚かで、価値観が違う他人だからな」
リプレイ本文
●クレール・ディンセルフ(ka0586)
未来があるだなんて、信じてなかった。
体を動かすにも肺は重く、生きているだけで体力を使う私は、慢性的に頭痛に悩まされている。
重力に引かれるように、少しずつ体が沈んでいくのを感じていた。私はこのまま少しずつ命を削られ続けて、成人より先に命尽きるのだろう。
夢の性質はなんとなくわかっていたけれど、は、と泣きそうになりながら口元に笑みを浮かべる。
残酷すぎる、思いっきりそう叫ぶほどの陽気さは私にはなかったけれど……。
「こんな私に、見せられる未来なんて……」
「ありますよ」
瞬間、光が差した。
嘘だと思っても視線は引き寄せられる、私だと言われても信じられないような、とても似た顔の柔らかい微笑みが最初に心を引く。
思わず茫となってしまったけれど、甲高く鉄を打ち付ける音が私の身を竦ませた、驚きに跳ねてしまったけれど、映像の私は見られている事に気づかないまま、作業に没頭している。
繰り返し振り下ろされる大きなハンマー、……嘘、そんな重そうなもの私に使える訳ないじゃない。
どうせ10秒でバテる、そう思った考えはすぐに打ち消された。
出来た、そんな喜びを胸に映像の私が笑う。
体ならず心まで病んだ私はそれを素直に受け止められなくて、恨みがましく懐疑的な目で見てしまう。
場面は転換し、大人数の食事風景の中に私がいる。賑やかな中に違和感なく溶け込んでて、私って意外と世話焼きなんだな、と思う横からそんなはずがないと首を横に振った。
続く光景にはもう言葉がない、魔法で作ったと思わしき派手なライトに、やたら大掛かりなステージ。観客にでも紛れてるのかと思えば私は思いっきりステージの上で、ひらひらした服を着て飛んで跳ねて手を振っていた。
……嘘。うそ、うそうそうそ……!
心に染みるものはあった、でもどうしてそれを認められよう。
夢なのだ、叶う保証なんてどこにもない、叶わなかったら摩耗した私の心は耐えられない、大体。
「私が、そこまで生きていられる訳ないじゃない……っ!」
慟哭と共に叫びが口をついていた。
完治を望む事すらおこがましいのに、生存? 未来?
久しく使っていなかった喉がしゃくりあげるような嗚咽を漏らし、予想外の動きをした肺が雑音混じりの呼吸を漏らす。
ほら、私の体はこんなにも出来損ないだ。
いつの間にか来ていた未来の私は複雑そうな顔を浮かべて、伸ばしかけた手を止めた。
これは見知らぬ子供ではない、責任を持たないといけない自分なのだ、そう言い聞かせるように。
「諦めるなッ!!」
自分に怒鳴られるとは思ってなくて、びくっと体が跳ねる。過去ではこんなにも澱んだ心の私が、どんな顔をして私を怒鳴りつけるのだろうと、ついつい見てしまう。
「お前は戦える! 身を捨てて戦えば叶う力がある!」
叫びは余りにも一方的だったから、戦ったのだと、心を削る思いをしながら叫び返した。
戦ったのだ、家族に迷惑をかけてまで。強くなりたいと立ち上がろうとして、でも一人では出来なかったから、家族が付き添ってくれた。
優しく支えてくれたけれど、引き止めたがっていたのはすぐに私にも伝わった。
無理しなくてもいい、休んでもいい、体を大事にして欲しい――。
失敗する度に労る言葉が胸に食い込んで、何が正しいのかすぐにわからなくなった。
涙一つ零すのにすら体調を削る、そんな自分の体が呪わしかった。
なのに未来の私は、生き延びた私はこうも身勝手に言うのだ。
「戦『った』じゃない、戦『っている』! 勝つまで戦いはずっと続く!!」
なんでそんな事を言うのだろう、望まれているかどうかも定かではないのに。うるさいうるさいうるさい、でも、勝てば終わるというのなら。
「……まずはお前に勝つ!」
黙って欲しかった、思い知らせてやりかった、私なのに、あんな。
殴り合いを始めた二人に呆れたと言わんばかりに、ユグディラが離れた場所で一つ鳴き声を上げた。
●ジュード・エアハート(ka0410)
和やかな映像を、状況を飲み込めないままに眺めていた。
映像は全て一組の男女が中心になっていて、彼らは色んな場所を訪れ、色んな景色を共に見ていた。
春先の賑やかな街に、青空の下の向日葵畑、夕暮れの海岸に、静かで美しい雪の下。
笑い合ったり、寄り添ったり、いつだってそう在れた訳じゃないけれど、寄り添って歩いていく彼らはとてもしあわせに見えた。
これが未来だというのなら、女性の姿をしているのがぼくなのか。
幸せな光景が心を刺す、暫く見ていると泣きそうになって、ちがう、と反射的に呟いてしまう。
ぼくにとても似た誰かは、したい事をして、行きたいところに行っていた。内側から溢れる強さと自信はぼくだと言われても信じがたい、ぼくをみじめにするなにかとすら思っていた。
「違う……そうじゃないんだよ」
映像に映っていた誰かがぼくに語りかける、声までぼくととても似ていたけれど、認めたくなくて、ふるふるとかぶりを振った。
「だって、ぼくはわるいこで、できそこないだ」
自分を責めるような言葉は、未来の僕までが顔を歪めていた、ぼくには知るよしもなかったけれど、傷は乗り越える事が出来ても、傷まなくなった訳じゃなかった。
「ぼくは、あんなじゆうにとびまわれない」
自分が駄目だと認めてしまうのは、卑屈で、とても楽だった。
たくさんのものを諦める必要があるけれど、期待と失望からも遠ざかる事が出来る、不出来なぼくにとって、それだけが心を護る術だった。
「君にはちゃんと出来るよ。……今はまだ、その理由を見つけられていないだけ」
未来の僕は辛抱強く語りかけてくる、理由? と尋ね返すと頷きが返った。
「俺の横に立つ人はね、俺の恋人。……俺が強くなりたいって思うきっかけの人」
「なんでぼくはおんなのひとの格好をしているの?」
「……それが俺らしいって思ったからかな」
彼の苦笑の意味がぼくにはわからない、自分相手に女装の理由を説明する気まずさなど、思い至りもしなかった。
「その人とね、歩いていきたいって思ったんだ。
だからそのために立ち上がる必要があった、でもその人も完璧ではないから、俺が座り込んで、お荷物になる訳にはいかなかった」
後になって知る事だけれど、願いを抱いて、初めて自分を変えたいと思った。
駄目な自分を仕方ないと諦めるんじゃなくて、そうじゃなくなりたいって思って行動する事が出来た。
「幸せになって良いんだよ。なれるんだよ。大好きな人が出来て、信じられないくらい強くなるんだよ」
実感はない、だってぼくにはまだ全然届かない未来の話だから。
でもその事を語る未来の僕はとてもキラキラしていたから、邪魔をしたくなくて、黙って話に耳を傾けた。
運命の人なの、と僕は唇に指を当てて笑う。それがどんなに素敵な人か教えてあげよっかと言って、映像の中で何が起きたかを語り始めた。
「可愛い」「好き」「かっこいい」「放っておけない」……。
時々ずるいといってぷんすこする事もあったのだけれど、それも好きなの? と尋ねたら、そうだよ、と言って頭を撫でられる。
「…………。ぼくは、あいされるの?」
「甘ったるいくらいに」
力強い肯定に安心したからか、夢は形をなくしてだんだんと薄れていった。
そういう人が現れるし、逃さないから大丈夫だよと声だけが響く。ぼくがそれを覚えていられるかはわからなかったけれど、或いは、いつか――。
●アルカ・ブラックウェル(ka0790)
お兄ちゃんの、お嫁様になると思っていた。
幼子目線でもお兄ちゃんは綺麗でかっこよくて、外に出たら女の子が群がってくると断言できる、或いは既にあったかもしれない。
結婚という言葉を知ってからは、自分こそがお兄ちゃんと結婚するのだと信じて疑わなかった。
だって、結婚は生涯の伴侶とするものだから、だったらわたしがその相手で何らおかしくはない。
お兄ちゃんはとても素敵だったから、わたしもそれを見合うようにいっぱい頑張った。
レディらしい所作を心がけ、言葉遣いも背伸びをしたのだと思う。
そうして、お兄ちゃんにこういうのだ。
『わたしは、あなたのお嫁様になるの』
お兄ちゃんはいつだって頷いてくれたから、お兄ちゃんもわたしと同じ気持ちなんだと思っていた。でもある日、彼はこういうのだ。
『ぼくらは、きょうだいなんだからムリだよ』
…………。
以来の日々を、泣いて過ごした。
どうやって日常を取り戻したかなんて覚えてないけれど、今夢に現れているのはあの時のボクなのだろう。
気力をなくし、腫れ上がった目は焦点が合っていない。痛ましくて、声をかけるのに少し覚悟は必要だったけれど、これも大切なボクだから、5歳の小さな体を抱き上げて語りかけた。
「君の今よりウンと未来の話……1017年11月18日、ボクとお兄ちゃんの19歳の誕生日にね。
ボクは故郷で結婚式を挙げたんだよ」
小さなわたしがかつて夢見た結婚式、お兄ちゃんの言う通りに、お兄ちゃんと結婚する事はなかったけれど、それでもボクは目いっぱいの幸福を抱えて、式を挙げる事が出来た。
「お兄ちゃんじゃないのね」
「……うん」
「お兄ちゃんの事は、好きじゃなくなったの? わたしの大切なもの、捨ててしまったの?」
「まさか」
じゃあなんで他の人と結婚したの? と、小さなわたしは無表情に悲しみを湛えながら問いかけてきた。
「――お兄ちゃんを縛り付けたくなかったから」
ボクが悲しみに沈んだままだったら、お兄ちゃんは間違いなく気に病むだろう。
自分の言ったことを翻す事はないだろうけれど、彼はきっと辛抱強く待ってしまう。ボクは、時間をかけてそれを理解して……きっと、受け入れた。
「お兄ちゃんは、変わらぬボクの『対』だよ、それは……お互い、恋い慕う人が出来た今でも変わらない」
小さなボクは少しだけ悲しみの色を深めたけれど、ボクの話を黙って聞いていた。
ボクはもう納得していたけれど、それは今小さなボクに強いる事ではない、話題を変えるようにして、未来の映像を示した。
「綺麗な婚礼衣装でしょ? 村の皆がボクと旦那様の為に仕立ててくれたんだ」
色々あったけれど、温かく迎えてくれた事に対しては今も感謝が溢れ出る。
父さんも母さまも皆お兄ちゃんも皆笑顔で……たくさんの祝福の中、ボクはかつてと違う夢にたどり着く事が出来た。
「幸せそうね」
「うん」
幸せだもの、と言ったら、小さなボクは拗ねたように、ふいとそっぽを向いた。
「あなた本当にわたし? 喋り方が変よ」
そこを突っ込むのかと苦笑してしまう。それはそうだろう、だって。
「……ボクは、わたしを続けられそうになかったから」
傷はなくなった訳じゃない、かつてのボクと共に、心の奥底に沈めて弔った。
形は変わってしまったけれど、お兄ちゃんは今もボクの唯一のパートナーだよと言い含めて、小さなボクを地面に優しく下ろした。
「行くの?」
「うん、迎えのイシルが来たから、戻らないと」
「……わたしの、ばか」
痛みを乗り越えてここまで来た、或いはやせ我慢にも見えるかもしれないけれど、この結末には後悔していない、だって多くの人が幸せと共に笑ってくれている。
小さなボクのやつあたりにくすりと笑うと、またねと別れを告げて背を向けた。
「わたしはっ……」
わたしはお兄ちゃんが好き、きっとそれは生涯変わらないから、叫びごと小さく小さくしまい込んだ。
またね、かつてのボク。叶わぬ恋をした、小さなわたし。
●ユリアン(ka1664)
強くて大きくて、かっこよかった。
ありきたりな表現だけれど、それが子供の目線から見た俺の父さんの姿だ。
年を経るに連れ、幼かった俺はもう少し多めに父さんの事を知っていった。
父さんは騎士というもので、騎士は皆を護るお仕事で、父さんを表現する言葉に「頼りになる」が増えた。
剣を握ったのは、単純な憧れからなのだろう。最初に無闇に他人に向けてはいけないと言い含められた事もあって、それを使ってどうこうしようとまでは思わなかった。
ただ、父さんのようになりたかっただけ。でも、その気持ちも更に年を重ねる事で変わっていった。
失望したとかそういう訳じゃない、父さんの事は相変わらず尊敬している。言うならば、俺は父さんのようにはなれなかった。
剣が振るえれば騎士になれる訳じゃない、強いだけで他人を救える訳でもない。
俺は何か勘違いしていたようだけれど、宮勤めの騎士は人間より先に国を優先する必要があった。
気遣いや謀略こそが必要な時もあって、少し成長した俺は人の間のしがらみを知った。反発を覚えたわけじゃないけれど、長くその中にいる事は出来なかった。
……きっと、俺は子供で、理屈を身に着けても大人になりきる事は出来なかったのだろう。
「ユリアン」
父さんに声をかけられて、俺の憧れはここまでだとなんとなしに悟った。小さく返事をして、平穏な話し合いの元、俺はかつての夢を手放した。
少し寂しさはあるけれど後悔はない、解き放たれた俺は一つの諦めと引き換えに、これから好きなところを目指せると思っていたから。
……そして、夢の中にいる。
一足先に、外の世界の事を大人になった俺と共に見ていた。
…………。
憧れがあった、果てのない外の世界へと。
それはきっと綺麗で美しくて、心地いいものだと根拠もなく信じていた。
どうしてそう思ってしまったのか、今考えても苦笑が浮かぶ。人間が絡む以上、世界は複雑でままならないと、出発前に知っていたはずなのに。
旅立ち前の俺には申し訳ないと思う、俺は強くもなければ要領の良さもなくて、父さんのような、誰かのヒーローにもなれなかった。
失敗を無数に繰り返した、命を取りこぼして、誰かを引き留める事が出来なくて、想いに届く言葉すら持ち合わせてなかった。
無力感を、歯がゆさを、これから何度も味あわせてしまう、それに対して結論を出せる結末にさえ、まだ辿り着けてない。
「ごめん……こんな未来で、ごめん」
子供の俺は何も言わず、幾許かの戸惑いをこめて俺の方を見ている。
かつての自分に胸を張れない事が情けない、何かの拍子で向き合えなくなりそうなのを、なけなしの精神力で踏みとどまった。
未来に保証はつけられなくて、でも。
「もう少し……もう少しだけ、頑張らせて欲しい」
挫折からは立ち直れず、俺は未だに顔をあげる事すらおぼつかない。とんでもなくみっともなかったけれど、ただ一つ、まだ諦めようとは思ってなかったのだ。
「最近、ようやく……もう少し頑張って生きないとって、思い始めたんだ」
吹けば飛びかねない願い、それすら一人では得られなかったものだけれど、だからこそ大切に大切に抱えている。
この願いを、抱えたまま育てて行ければと思う。羽の様に軽い自分の命が、剣と共にもう少し重くなれますように。
●エアルドフリス(ka1856)
空が燃える、思い出された記憶の炎が、思い出と傷を胸の内で燃やして行く。
焼き付くような痛みは覚えていたけれど、その痛みから自分を護るような事はしなかった。強がりの下に怯えを押し隠して、気分が悪いとだけ吐き捨てる、そうしてうっかり見上げてしまった夕暮れ空から視線を外し、帰路を急いだ。
……疲労のままに眠りにつく。
未来のためには学が必要で、生きるためには体とか精神とか、そういう色々なものを切り売りする必要があった。
辛くなかった訳じゃないけれど、追い込まれるかのようにそうしていた。だって辛くても、あの時の喪失には程遠い。その喪失に届くまで自分を痛めつけなければ、許されない気がしていた。
故郷を追われて4年ほどしか経っていないのに、まるで20年も生きてしまったかのように感じられる。
生き延びた事が呪わしくて、胸を焦がしながら、このまま息を止めてしまえばいいのにとすら思っていた。
泥のように眠り、夢を見ていた。
光に満ちた景色、談笑と共に流れる空気は平穏かつ和やかで、頭痛がするほどに眩い。
平穏なだけだったら、いつかのように俺には関係ないと目を背けられただろう。でも中心にいる人物から目が離せなかった、なんでお前が、よりによって。
穏やかで落ち着いた物腰、髪と肌と目と、俺と同じ色を持ちながら俺より年齢を重ねたそいつは、患者に優しく語りかけながら診察を進めていく。
薬草とカルテを横に、研究ノートをつけながら一日を過ごし、視界が薄暗くなってようやく時間に気づき、助手を帰す。
そして自分も片付けをした後に洒落た菓子屋を訪ね、黒髪の美しい人に迎えられるのだ。
感情を燻らせてる内に場面は転換する。
こいつはただ平穏の中に身を置いていた訳ではなく、それなりの頻度で戦いに赴いてもいたらしい。
魔術で歪虚を焼き払い、厳しい目つきで残骸を睨んでいたかと思えば、隣の仲間に何かを言われて、途端に照れくさい様子で相好を崩す。
奴らを滅ぼした力を得たのは喜ばしいのに、なんで、なんで。
「どうしてお前は笑っている!」
映像に向けて一方的に叫びを上げた、光の景色の中、溶け込む笑顔を見せる自分は自分じゃなくなったようでおぞましい。
かつての痛みは未だに俺を苛む、記憶するものがいなければ亡くしたものは消え去るも同然で、だからいくら辛くても多くのものを記憶しながら生きてきたのだ。
抱えたものは後悔と無念に満ちていて、彼らがそこで時を止めてしまった事が苦しい。
その事を覚えていたら、あんな風に笑えるはずがないのに。
だって、こうなったのもそもそも――。
「そんな風に笑う事が赦されると思ってるのか!? 皆死んだ、お前は誰も救えなかった、巫女のくせに!」
もうひとりの俺が姿を現す、映像の中と同じ年頃の姿で、悲嘆を叫ぶ俺を痛ましげに見つめていた。
…………。
自分を赦せないのは誰よりも自分自身、まったくもってその通りだった。
目の前にいるのは、生き延びて数年ほどの俺だろう。
痛みは生々しく、抱えたものに入れ込みすぎている。亡くしたものに贖罪を求めるべきじゃないのに、未熟な俺はそれを諦めきれずに彷徨っていた。
他人の事なんてどうでもいいとか言い出す師匠がいなければ、この状態から抜け出せたかどうかも怪しい。
この隔たりはどうしようもない、今に至る俺が歩いてきた道は言葉で言い尽くせるものではなくて、過去の俺の痛みは、過去の俺にしか乗り越えられない。
幾ら詰られようとも受け止めるしかなかった、あれは俺の悲嘆で、当時行き場のなくした悲しみだから。
でも、一つだけ伝えたい事があった。
幾ら悲しい事があったとしても、自分を同じように追い詰めるのは間違っている。自分を痛めつける必要なんてなくて、それは悲劇と何ら関係ない、エアが自身に犯した咎だった。
「……すまん。あんな風に自分を扱うもんじゃあなかった」
かつての自分を抱きしめる。これが夢で、過去に手が届かない事なんてわかりきっていた。
でも、エアはこの事を確かに悔いている、エアが果たせなかった悔悟を、夢でくらいは果たしたかった。
「……何を、言ってるんだ、お前」
一発ぶん殴られてもいいくらいだが、驚愕でそれどころじゃないのか、言葉だけが呟かれる。反抗されないのをいい事に、ずっと得られなかったもの、子供時代の埋め合わせをするように頭を撫でた。
かつてはずっと強がっていて、口にする事も出来なかったけれど、ずっとこういうものを望んでいた。
普通に受け入れて欲しかった、子供として扱われたかった、甘えさせて欲しかった。
失って、手放して、長く遠回りをしてからようやくその事を心に入れる事が出来た。
「忘れてない。俺はいつも、お前さんの痛みを憶えているさ」
忘れる訳がない、だって傷は未だに痛む。ただ、それを飲み込むだけの強さをもらったのだけれど、それは今伝える訳にはいかなかった。
「大丈夫だ。時間はかかる……でも、大丈夫なんだよ」
●アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)
日常が回る様子を、特に感慨もなく見つめていた。
元より感情の焼け落ちた身、ただでさえ感情を上手く表現出来なくなっているというのに、映像に何を思えというのか。
一つだけ心が動くとしたら、映像の中にはいつだって自分が映る。日常の中に紛れ込み、なんともないように笑っているけれど、自分だからか、こいつが異質だという事は良く理解していた。
「……なんで生きている?」
未来の映像を見る僕は、既に家族を失った後の僕だった。
ただその後の記憶がない、きっと事の直後、呆然としている合間にこの夢を見ているのだろう。
映る映像と同じ頃合いの、未来の僕だという人物は、困ったように笑いながら首を傾ける。
「死ネナカッタから?」
死ねなかった、そうなのか。望まれるだけの僕は、望んでくれる人がいなくなったらどうすればいいかわからなくて、わからなくなった僕は、追いつけば何かわかるだろうかと、後を追いたかったのだけれど。
…………。
起きたらすぐに知るだろうからと、少しだけ未来の事を教えてもらった。
一族を失った結果、僕は当主として祀り上げられる。やりたいかどうか、出来るかどうかではない、しないと一族もろとも路頭に迷うのだと、告げられる。
出来るかどうかについては考えるまでもなかった、出来ると断言できる。だって僕はそのように振る舞う事をずっと求められていたから、もう一度求められて、出来ない訳がなかった。
望んでくれる人を亡くしたら、違う人がまた僕に望む。……感情が追いつかない、死にたかったのに他人のために生きろと言われて、どうすればいいか、よくわからなかった。
「……ソウダネ、僕もかつてはソウ思ったんじゃないカナ」
未来の僕を見ればわかる、僕は彼らの望みを了承する。
一番大切な人たちではなかったけれど、どうでもいい人たちでもなかった。望まれるだけの僕は、どうやら彼らの望みを捨てられなかったらしい。
「……なんで死ななかったって、そう思うよ」
まだ望まれる前だから言えるのかもしれない、そんな今限りの気持ちを呟いて、皮肉げに顔を歪めた。
「ソウダネ――」
僕はきっと、また自分の望みより他人の望みを優先した。
そういう事じゃないだろうかと言われて、死んだ心が身じろぎするように痛んだ。
「クソ野郎」
かつての僕からの暴言に、未来の僕が目を白黒させる。
信じられないものを見たとばかりに、未来の僕は僕の顔をまじまじと見つめていた。
「10の願いのために、ただ一人の望みを見過ごしやがって、その願いを掬えるのはお前しかいなかったのに、僕が憤らなくて誰が憤るっていうんだ」
責めるような口調で言ったけれど、実のところ僕にだって感情は追いついていない。
ただ、未来の僕が口にした、ただ一人の望みが消えたという事だけが気にかかっていた。
未来の僕にとってはなんともない事なのだろう、過ぎたことで、諦めた事。でも今の僕にとっては違う、僕はまだそれをする前の僕だから、僕にしか僕を責め立てられなかった。
「――ソノ通りダケド、ウン、驚いてる」
僕だって驚いている、きっと今だけの、血迷いに似た感情だろう。
でも、抱いた気持ちをかけがえがないと思った、その気持を分け与えるのは他になくて、自分にこそ投げつけてやりたいと思っていた。
「……ソウダネ、僕は僕の望みを捻じ曲げて、生きてイル」
その事を忘れる事はないだろう。
死ねない事は変える事が出来なくて、僕は罪を増やしながら、生を歩き続ける。
殉じたかった人の中には、きっと僕が殺した僕も入っていた。ゴメンと、それしか言えない。
僕の幸せは過去と共にあった、今もそう思っている。
この身に受けるのは幸せではなく、日だまりのような心地よさ。一人で幸せになったりしない、ただ微睡みのように……心地いいと思うだけで。
●アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)
映像の中で、激しい剣戟が繰り広げられていた。
アルトが知る一般的な戦いではない、一つの刃を弾いてる間に三つが迫り、それを回転して払い除けた直後、間髪入れずに後ろから奇襲する敵を蹴り飛ばす、そんな一対多数の大乱闘だった。
数が多いと言っても相手が雑兵という訳ではない、これを見ているアルトにとって、一体一体が苦戦を強いられるような力の強い敵だ。
それを、未来のボクは十把一絡げで蹴散らしている。
呆れればいいのか、感心するべきなのか、――それとも、畏怖を抱くべきなのか。
不本意な正解を見つけてしまった気がして、映像を見ていたアルトはぶるりと体を震わせる、そして未来の自分だというアルトに問いかけるのだ。
「……強くなったねボク」
「そうだな、とても強くなったよ私」
言葉を返すボクの表情はとても穏やかで、でもその口調から決定的な隔たりを見てしまった気がして、ボクは気まずそうに目線を落とした。
未来のボクは研ぎ澄ました静かな雰囲気をしていて、ボクのはずなのにどこか近寄りがたい。でも彼女は未来のボクで、そうだと信じたかったから、ボクは彼女の傍に寄って袖を掴んだ。
「…………」
自身が相手のはずなのに、随分と緊張する。
あの映像のように虫けらとして振り払われないかどうか、臆病な気質が色んな想像をよぎらせたけれど、未来のボクは縋ってきた手を振り払う事なく、びくついた小さなボクの頭を撫でてくれて、それでようやく、ボクはこの自分を受け入れられる気がしてホッとした。
ふっと見せた彼女の笑みが、彼女本来の気質を教えてくれる、ただ、普段はそれ以上のもので覆い隠されてしまっているのだろう。
どうしてこうなっちゃったのか、圧倒的な強さを得てるはずなのに素直には喜べない気がして、ボクは彼女の横に座ってぽつぽつと問いかけた。
「未来のボクは――ここまで強くなる必要に迫られるのかな?」
「ああ、……少なくとも、私はそうしたいと思ったよ」
短い肯定、そっかと彼女に向けた笑みは困惑の色を帯びてしまっていた。
ボクに、強くなる理由はなかったはずなのだ。両親から戦闘訓練を受けてたけれど、家を継ぐ気はなかったし、名を挙げる気もなかった。死なずに済み、ご飯に困る事がなければいい、その程度に思っていた。
でも、未来のボクはそうじゃなくなって行くのだろう。
それがどんな遭遇なのか想像がつかなくて、一度鎮まったはずの不安がぶり返す。生と死が交差する戦場も、それを覚悟させるほどの痛みも、今のボクには覚悟が出来なくて、ただ震えるしかなかった。
家族以外には見せられなかったけど、ボクはこの通りに臆病で、泣き虫ですらあった。
それは未来のボクも知っているはずなのに、ボクは気遣いこそしても、慰めをしなかった。怖い目にあったの? という問いには首を横に振って、悔しかったと映像を見ながら呟いていた。
戦場に出て、死を突きつけられた。誰かが目の前で死ぬ度に、心のどこかが欠けていった。
「もっと強ければ助けられたんじゃないかって、何度も思ったよ」
強くなりたくて、強くなるしかなかった。可能性を諦める事はしたくなかったから、他の道は選べなかった。
……それが、未来の私が語る思い。
「『私』は後悔している?」
「してないよ、『ボク』」
「『私』は後悔してないんだね」
「強くなった事で得たものが沢山あるからな、『ボク』」
穏やかに語る顔を見つめると、彼女も笑い返してきた。
強さと成長と、色んなものを乗り越えた頼もしい笑みが、ボクの道行きの先に待っている。
「……そっか、それなら『ボク』も怖がらずに進むよ」
私から視線を外して、ボクはいずれたどり着くだろう戦場の映像を見つめる。
私はボクだから、ボクは私を信じるだろう。
「あぁ、『私』も止まらずに進もう」
ボクが私を是としたから、私はボクに恥じる事はしていないと信じて進む事が出来る。
……ボクに怯えられたらちょっとショックだったかも知れないけれど。
そんな事はなかったから、これはきっといい夢なのだ。
●高瀬 未悠(ka3199)
戦っている未来の自分を見ても然程意外性はなかった、そうだろうな、と思ったくらいだ。
未悠は過去の時点から戦いを続けていた。
傷を負うなら私であるべきで、痛みを受けるなら私であるべきで、守りを果たした瞬間、涙のように安堵が溢れる。
あなたが無事で良かったと、負い目にまみれた言葉が口を突いて出る。
相手の想いに考え至る事はなく、ただそれが正しいと思っていた、それで赦されると思い込んでいた。
罪深い私が傷つかず、他人が失われるだなんてどうして許す事が出来るだろう?
喘ぐようにして戦う自分を見て安堵していた、私は役割を果たし、見せられる光景までは贖罪を続けられているという事だから。
それを確認しただけでもう映像に意味はなく、過去の未悠は一人空間の隅で膝を抱えて座った。
――寂しいだなんて、思っていない。
友達や戦友や絆というのが眩しく尊いものである事は知っていたけれど、それに触れる強さがない事を、未悠はとても良くわかっていた。
未悠は弱いから、些細な拠り所できっと死にたくなくなってしまう。
それではダメなのだ、命を差し出す事は未悠の贖罪だから、それが出来ないと自分を許せなくなるから。
大丈夫、私は、私なら、気にかけられるような存在じゃない。
万が一悲しんでくれる人がいても、時が経てば忘れられる程度に違いなかった。
心は頑なに在り、言葉はなかった。映像の剣戟だけが響き、その事だけが安らぎを感じさせる。
自分には、そういう事しか出来ないから。
壊す事しか出来なくて、それ以外なら体しか盾に出来るものはなくて、心も体も癒やす事は出来ない。
だから。
『今癒やすわ!』
……何の聞き間違いだろうと思って、顔を上げた。
顔を上げて今更気づく、同じ戦っている自分だったのに、浮かべてる表情は随分と違う。
戦いに希望なんてなかった、託す願いがあって、祈りのような懺悔を抱えていて、後は死への距離だけを数えていた。
どれくらい持ちこたえられるか、自分がしていたのはそんな顔だったと思う。
映像の中の自分は、必ず生き抜くとばかりの、決意に満ちた顔をしていた。
「なんで、私……」
未悠の祈りに応えて、癒やしの力が溢れる。口々にかけられる礼の声に、未悠は微笑みで応え、再び構えを取る。
新たに得た力だと、説明されても私は理解出来なかっただろう。ただ出来ないと思っていた、命を繋ぎ止められている事が衝撃だった。
呆然としている間にも映像は流れていく、戦場から離れた場所、親友だと思わしき相手と親しげに過ごす様子にボロボロの心が軋む。自分が誰かと幸せに過ごす様子を、どう受け止めればいいのだろう。
映像の中の私は誰かとじゃれ合うのが嬉しそうで、はにかんで。親友たちの声に合わせて、柔らかい歌声を響かせる。
軋んだ心に温かな歌声が沁みた、声を重ね合わせ歌う事が幸せだと、未来の私は確かな足取りで前へと進んでいく。
前向きな心は他人を引っ張る力があるとでも言うべきなのだろうか、歌声は過去の未悠すら惹きつける。
未来の私の事はよくわからないけれど、この歌声が欠けたらきっと私は悲しい、――周囲の友人たちは? 悲しんでくれるって、信じてもいい……?
どう言えばいいかわからなくて、気がつけばしゃくりあげて泣いていた。
傷みから流れた涙だったけれど、流れた跡を優しい気持ちが包んでくれたから、悲しくはならなかった。
後ろから優しい腕が抱きしめてくれる、未来の未悠が大丈夫だよと、伝えてくれる。
『独りじゃないから変われたの』
歌声に引っ張られてか、普段よりは前向きにその言葉を受け入れる事が出来た。
希望があるって見せられてしまったのだ、未来を夢見てしまうなんて、自分らしくなかった。
『守って死ぬんじゃなくて守って生き抜くのよ』
言い聞かせるような言葉にうんと頷く、自分の側に大切な人はまだいなかったけれど、将来そういう絆を得るのだと未来が確約してくれた。
『大切な人達と未来を繋げるように』
きっと私は無闇に幸せだった訳じゃない、今の私の痛みも、未来の私は抱えている。
それでも尚、彼女は優しく笑えるようになった、その事をただ良かったと思った。
●マキナ・バベッジ(ka4302)
ぐちゃ、と。肉が潰れ血が吹き出す。
かつて命だったものが、目の前でただの骸と化していく。
手を伸ばしたいのに、映像だから届かない。
交流の記憶を見せられた後のこの仕打ちは、あんまりじゃないのかと僕は地を叩いた。
親しいかどうかは割とまちまちだった、深く心は交わさなかったかもしれないけれど、いずれにせよ悪い関係性ではなかった。
困ってたら助けたいと思ったし、思っただろう、なのに彼らの事件はいずれも僕の知らない場所で起きてしまい、僕の手が届かない場所で幕を下ろした。
その場に居合わせなかったから、彼らが何を思い、どうして世界に敵対したのかもわからない。
未来の僕の元に届いたのは、ただ彼らが討伐されたという報告だけ。
なんで、と懊悩する事しか出来ない。
届かない未来も、儘ならない運命も、全てが苦しいのに、その苦しさをどうにかする術が見つからない。
誰かを守りたくてハンターになったのに、未来の僕も、今の僕と同じように無力な子供のままだった。
嫌だと口にして、頭を左右に振りかぶって、でも世界は変わらず無情なままだ。
皆が殺されて、僕だけが生き残ってしまう。こんな思いをするくらいなら、最初から知り合いになるべきではなかったのか。
知人たちが骸と化す結末だって、面識がなければ飲み込める理不尽だったかもしれないのに。
膝をついたまま、想いを馳せた。
彼らと知り合わなかったもしもがどうなるか、空想の中で考えた。
……ああ、ダメだ、だってその仮定は意味がない。
知り合ったはずの人が、知らない事になるのは、彼らを失うのと何が違うというのか。
僕は彼らと知り合ってしまった時点で、もう前に進むしかなかったんだ。
「……ねぇ、僕」
あなたは悩んでいるのかな、だから過去の僕に何も言えなかった?
じゃあ、きっと強くなるべきなのは僕の方、あなたのスタート地点とも言える僕が、あなたに想いを伝えないといけないんだ。
「僕、逃げたくないし、諦めたくないよ」
知り合わない未来を考えて、嫌だと思った。手を掴めない事で後悔するかもしれないとしても、手を伸ばすのを諦めたくなかった。
「頑張りたいんだ、そのためにハンターになった」
見失ったものなら今あなたの目の前にある、弱くて無力で子供かもしれないけれど、この志だけは最初から持っていた。
「大丈夫だよ、僕……打たれ弱いかもしれないけど、しぶとさはそこそこあると思うから」
●アルマ・A・エインズワース(ka4901)
子供の頃に、両親を亡くした。
理由は覚えていない、兄に聞いても答えてくれなくて、どんなにしつこく問いただしても、背を向けられるばかりだった。
僕には言えないのだろうか、そんな事を考える内に心は沈んでいった。
沈黙と隔絶はまるで僕を疎んでるかのようで、そんな事はないと信じたかったのに、言葉をもらえないから僕の自信はどんどん零れ落ちていく。
振り払われる度に、何をしても無駄だという考えが積もっていった。誰も僕に関わりたくないし、僕と話したくもない。遠巻きに扱われる度に、何かをする勇気すら失われていった。
……そんな、放心一歩手前のまま、夢を見ている。
これは未来の僕だろうか、女顔なのは今とさして変わらず、意味合いは大分違うけれど、男性らしさに欠けているのも共通していた。
変わったところがあるとしたら、随分と背が伸びている。体格はとても男性に近づいているのに、飄々としたふるまいが性別の境界線を曖昧にしていた。
未来の光景で、僕は強い攻撃に吹き飛ばされていた。痛めつけられ、時には手が届かない事もあるのに、僕は諦める素振りがないどころか、むしろ挑発的に笑みすら見せる。
それをすごいなと思う横で、強く見える彼だっていつもそう在れた訳じゃない事を続けて見ていた。
精神的に傷を負えば、流石の彼だってしょげた様子を見せる。考え事をしているときの不機嫌にも見える顔は、今の僕にも良く似ていた。誰かのところに行けば、そこで悩んだり、いじけたり、でも彼は最終的に立ち上がって、走り出すのだ。
「……なんで?」
痛くないのか、辛くないのか、……逃げ出したいと思ったりしないのか。
こんな思いをしてまで前に進む意味はどこにあるのだろう。
「それはですね……辛いのと同じくらい、素敵な想い出だからですよー」
姿を見せた未来の僕は心を開くのを思わせる仕草でにぱっと笑った、ひと目で僕だとわかるのに、僕がこんな笑い方をするなんて実感がなくて、思わず観察するようにして見つめてしまう。
人の良さそうな笑み、ニコニコしてる事が多いけれど、時々そうじゃない事は知っている。
見た目を鵜呑みにするほどの可愛げはもう僕の時点でなくなっていて、でも僅かに残っていた、信じたい気持ちがあったから未来の僕に問いかけを投げた。
「……ねぇ、僕」
「はいっ」
元気に返事するところも僕とは違う、未来でこうなるなら仕方ないと諦めつつ、問いかけを投げた。
「僕は、笑えてる?」
「もちろんです!」
表面だけに見える問いは、僕同士だと違う意味合いになってくる。
僕は決して単純じゃない、表面がどうあれ、腹の中は探って見ないとわからない。だからその笑顔は心から得たものかどうか――そう問いかけて、未来の僕は『是』と答えたのだ。
「怖くないの?」
「全然って言ったら嘘ですけど。そんなの気にならない位、一緒に歩いてくれるお友達や素敵な仲間がたくさん見つかりますっ。相棒さんも!」
映像の方をちらりと見て、なんだか実感がなくて、そうなんだとだけ呟いた。
もうひとつの問いは口に出すのに暫し心構えが必要だった、でも、これを知らなければ僕は前に進めないという覚悟が背中を押す。
「……誰かに、愛して貰えるのかな」
「……。君は、確かに愛されていましたよ」
未来の僕の声は余りにも小さくて、自分に言い聞かせるような切なさで、だから僕は思わず聞き返す声を上げてしまう。
しかし未来の僕はふっと笑っただけで、必要以上に明るい声で僕の追求を押し留めた。
「何でもないですっ。彼女さんもできるです! 強くて、きれいで、優しくて。とっても素敵な人ですー」
「彼女さんって……」
三人称のアレではないだろう、映像の中にいるのかと思わず三度見したが、やはりここでも僕は何も教えてくれなかった。
……なんというか、面白くない。なんで何も教えてくれないの、と膨れた呟きは、或いは僕がずっと誰かに問いたかった事かもしれない。
僕がかつて抱いた不安を覚えているかどうかはわからないけれど、未来の僕は、屈んで目線を合わせると、優しい声色で未来を教えてくれた。
「何度も選んで、間違って、取り零して。それでも、手に一つ残って……これから君は、そんな風に歩いていくです」
口に出せばとんでもない人生だ、なのに未来の僕は、それを後悔はしていないと心から言う。
いっぱい失敗して、いっぱい取りこぼして、一つしか守れなかったけれど。
「でも、きっとそれが『幸せ』です。だって僕、幸せですもん」
●仙堂 紫苑(ka5953)
轟音が響き、土煙が映像を覆う。
映像までが揺れ動き、これは死んだかなと紫苑は思うも、未来の俺だという奴は仲間に引っ張り出されてなんとか生きている。
はぁ、と思わず漏らしてしまった息は呆れと感嘆が半々くらい、横から見ればどこか間抜けだとわかりつつも、思わず呟いた。
「すごいな」
「すごいか?」
呟きに応えたのは、今上映されている映像と大体同じ時期の俺だ。
今の俺と比べて変わっているのかどうか、成長しているのかどうか、外見だけを見比べても、自分ではイマイチよくわからない。
「でたらめなのは確かだな」
映像があっての感想だった、今の自分から見れば、未来の自分は随分と強くなった。
今の自分が同じ事をやったら、死は逃れても重傷は間違いないだろう。助けてもらったとはいえ、完全にかわせた訳ではあるまい。ならばきっとどこかが違う、装備か、経験か、戦闘技術かが。
「“今”の俺からしてみると、言うほど強くなってない気もするんだよな」
かつての自分からの評価を濁すように、未来の俺が抱くのは不満か、それとももっと別のものか、尋ねてみると、周囲はもっとすごいという返事が返った。
「たとえば――」
語られるのは、仲間だという人たちがどれほどすごいかという賛辞。時折無鉄砲への罵倒が混じってる気もするが、概ねは彼らの強さへの無邪気な憧れと、それに対するごく僅かな羨望。
「……仲間?」
そんなものを得るのか、想像がつかなくて笑うしかなくて、茶化すようにして未来の自分を揶揄する。
「一人で突っ込んで串刺しにされ、少しはマシになったか?」
その苦い記憶は既に持っていた、だからだろうか、自分が弱く、未来の自分を強いと感じてしまうのは。
「ハハッ……自虐だな? 協力と連携を覚えたさ、あと一人の無力さもな」
傷は痛く、複雑な心境だったが、前に進めたならそれでいいと思い直した。
過去はいずれ未来に追いつく、その時どう思うかなんて、その時わかるだろう。
映像の中で、自分は仲間だと思わしき人々と笑い合っていた。
お互いに支え、共に戦場を駆けた結果功績を残して、手にしたのは大精霊との契約、星神器ガーディアンウェポンと特注のパワードスーツ。
「良いだろ? 特注の一点物がずっと欲しかったんだからな」
自慢かよ、と自分にツッコんでしまい笑いが漏れる、でもまぁ――それがいつか届く未来だというのなら、正直に言って、悪くなかった。
「ハハハッ! 少しはこの先期待できそうだ!」
●メアリ・ロイド(ka6633)
未来の映像、それがどれほどのものだというのか。
抑圧と束縛は私をがんじがらめに縛り、私の手に届くものなんてたかが知れていた。
心は重く、絶望を決定づけるものだったら嫌だなと感じてしまう。
見るかどうかを最後まで逡巡して、決め手になったのは、姿を現したもう一人の自分が『見てください』と言った事だった。
……容姿を見るに、未来の私か。私の癖に随分と物好きな。
物静かな外見は今とさして変わってないように思える、外面がいい事が取り柄だったけれど、自分だからか、どこか違うものを感じていた。
言うならば、眼差しが違う。
他人に視線を注いでいたのは前からだけれど、暫し観察した後、すぐに引きこもるようにして視線を逸らしたり、俯いたりしていた。
他人に期待するものなど何もないと言わんばかりに。
でも、目の前の私はそういう素振りがない。それがどういう心境の変化か少し興味を惹かれたけれど、まずは見ろと言われた映像に注意を向けた。
頭上から降り注ぐ陽射し、誰に監視される事もなく、外を歩ける姿というだけでもう目を見張る。
行きたいと思っただけで好きに出かける事が出来、ケーキを買いにいったり、お茶をしたり、会いたいからという理由だけで誰かのところに出向いたりしていた。
「……なんだこれ」
無表情のままに、つい地が出てしまった、
なんで自由に出歩けるとか、なんで他人に近づけるとか、なんでそんな風に笑えるとか、言いたい事は色々あった。
「自由になっているのは私が違う場所に転移したからで、他人に近づけるのは猫を被る事を期待されてないからで、なんで笑えるかというと楽しいからです」
懇切丁寧な説明をしてくるあたり確かに私なのだと思い知らされる。
映像が格納庫を映すと未来の私はそちらに視線を向け、「大切な相方のサンダルフォンです」と付け加えてきた。
「……私ってこういう性格だったか?」
「少しはっちゃけてるのは否めません」
何よりも遠かった日常の欠片が次々と映る。
友達と会い、言葉を交わすと首を傾げて、かと思えば次の瞬間には笑って……まるで普通の女の子のようで。
気持ちをどう表現すればいいかなんて長らく忘れていたけれど、嬉しい、と思ってしまうのは止められなかった。
戦場の映像は驚きよりも困惑が先行する、マテリアルを巡る戦いについて説明してもらう一方で、本当に私が戦えるのか、みたいな事を考えてしまう。
続く映像については二人とも口を噤む。
盲目的に誰かの後ろをついていく姿、誰かを気にかけ続けて、その人へと走っていく姿。
「……恋だと思っていた一度目と、恋だと気づいた二度目です」
残念ながら、自分は自覚している通りに不器用で未熟だったらしい。
いっぱい間違えて、いっぱい空回りした。想いには未だ手が届いてなくて、二度目までもがまだ片思い中なのだという。
「私の口から片思いって言葉が出てくる事がまず不思議だが――」
それでもちゃんとまた人を好きになる事が出来たのだと、受け止めれば感慨も深かった。
未来の私は首を傾けて笑う、震える目元が少し無理してるようで、虚勢に敏感な私はすぐにその事に気づいて指摘する。
「……自分に嘘はつけませんか。ええ、私の好きな人の寿命は、もう後わずかなんです」
辛くてもその人に恋をした。
不安があるのだろう、なのにどうしたいかは私にも手に取るようにわかる。まだ過去に取り残されている私だから思う、自由に動いて、自由に決められるのはそれだけで得難くて。
「やめる気は無いし、諦めてもいないんだろう? だって、私なんだから」
未来の私は目を伏せて、はいと言って笑った。
きっと諦めが悪いのは昔から、抑圧されてた頃だって、密かに気持ちを燻らせていたのだから――。
●トリプルJ(ka6653)
軍人にとって、規律は至上他ならない。
手足は頭の命令通りに動くのが当たり前で、それが出来なければただの烏合の衆、どうして目的が果たせよう。
頭さえ健在ならば軍は動く、軍がいる限り希望はあって、それこそが俺の信じる理だった。
規律を保つために、色んな事をした。
上に立つ人間には規範となる振る舞いが求められる、学歴のある士官となれば殊更で、服装から言動まで、微に入ってそれを受け継いできた。
規律が保たれれば全て上手く行く、実際上手く行っていた、あの日まで。
…………。
どうしてだと憤りを抱えながら思う、規律を、理想を、何よりも信じていたはずなのに。
夢で見た未来の俺は、軍を辞めてハンターとかいう訳のわからない職業に就いていた。
規律の象徴である制服は脱ぎ去られ、代わりにカウボーイスタイルを派手に着崩した奇天烈な服装を着ている。
破廉恥なだけではなく、その後の素行も目を覆うほどの乱れっぷり、昼間から酒に煙草、とても他所に見せられるものではない。
制服は意外なほど几帳面に仕舞われていたが、それ以外の事が強烈すぎて、思わず声を荒げていた。
「なんて格好してるんだ、お前は!」
過去の自分からの叱責に、未来の俺はぽりぽりと頭をかく。
肉体に衰えはなく、表情にも後ろめたさはない。浮足立つ自分よりむしろ冷静さのある顔は、説得が面倒臭そうだなと物語っていた。
「軍じゃなくなったからな」
最短での提示、自分に未来を突きつけられ、思わず言葉を詰まらせてしまう。それだ――それこそが一番解せない部分だった。
「何故軍を辞めた、人を守る誓いすら忘れたのか!」
未来の自分がかつて志したものを裏切るなど信じたくなかった、向こうにも戦うべき敵、守るべき相手はいるだろうに、軍にいてもそれらは守れるはずで、いや、それこそが最善だと俺は信じたはずで、だからこそ何故だと俺を問い質したかった。
「いや、忘れてない。リアルブルーに戻ったら、兵卒だろうが予備役だろうが軍人に復帰する」
自分の天職は軍人だと、断言するから歯がゆくなる。だったら何故クリムゾンウェストでもそうしなかったのかと、血を吐くようにして問いかけた。
「出来なかったからだよ、軍は転移で機能不全に陥った」
人を守る誓いを抱いて、そのための希望として軍を信じた。でもその希望がずたずたにされた瞬間、誓いだけが手の中に残って、まだ手が伸ばせそうな相手がいたけれど、そのためにはかつての希望から手を離す必要があった。
捨て去った訳じゃない、大切にしまっている。一度手放すことを決めたのに軍の制服を着ていられるほど、ジェイは融通の効く性格じゃなかった。
「先任軍曹たちに示しが付くと思うのか……っ」
「どーだろぉなぁ。軍務さえきちんとやれりゃ、あの人たちは気にしなかった気もするがな」
どの道聞く相手もいなかったから、自分を信じるしかなかったのだと未来の俺は笑う。
あの戦いで、変わったものがいっぱいあった。
壊滅したLH044、危機的状況に陥った大勢の民間人と、それを守るため絶望的な戦いに身を投じた部隊。
かつての俺からしてみれば、今の俺が一番変わり果ててしまったと言うのだろう。
間違いない、価値観が根本的に違う。あの戦いを経験した俺は、規律や我慢で太刀打ち出来ないものがあると認めざるを得なかった。
幾ら俺が頑固でも、現実は目の前からポロポロ零れ落ちていったのだ、それを留めるためなら、こだわりを手放すくらいなんだというのか。
「ハンターになったのはな、それが一番力に近かったからだ」
もし別の未来があったのなら、ジェイは強化人間になっていたかもしれない。
それくらい戦う力を欲していた、誓いを忘れた試しなどなく、ずっと渇望し続けていた。
「その時に無駄な我慢も捨てようと思ったんだが……まぁ、お前にゃ納得いかんか」
断絶しているものがあるなら、話はここまで。
かつてのジェイはそれ以上何も言う事が出来ず、分かってるなら言わせるなとだけ吐き捨てた。
●ユメリア(ka7010)
映像を見上げる。
木の葉から陽射しが散って、その景色をきらきらと輝かんばかりに映し出す。
自分とは思えないほどの輝く笑顔、その笑顔は人間と共に在り、彼らに向けられていた。
…………。暫し見つめて、嗚呼と嘆きの声を上げた。愚かな私がまた過ちの道を辿りそうになっていたから、予想される未来に思わず目を伏せた。
知っていたはずなのに、人間は醜さを持つ生き物であり、自分は悪意に対して無知であると。
信じる事が危険で、また傷つくことになる可能性が高いと。
彼らが悪人だったとしよう、ユメリアには身を護る術がなくて、危惧した通りにまた傷を負うだろう。
でも、彼らがいい人でも駄目なのだ、ユメリアは人間を信じられず、接触するとしたら作り出した表面、彼らを欺いている事に近い。そして保身しか考えてない卑しい内心を明かす勇気など、ユメリアには持ち合わせていなかった。
引き返して欲しいとユメリアは嘆く、他人を悪と疑う事なんて本当はしたくなくて、他人を信じられない事、そうする事しかない自分をたまらなく悲しく感じてしまう。
――誰にも近づかない、そうすれば誰も傷つく事はなかっただろうに。
嘆くユメリアの元に、未来のユメリアが一歩踏み出して、微笑んだ。
不安を感じてたまらず後ずさってしまう、何かが変わったらしき未来の自分が、現在の自分まで変えてしまいそうで怖かった。
「怖がらないで」
大丈夫だから、と強く踏み込んだ自分が、手を引いて抱きしめてきた。
長らくこのような感触に触れてなかった、だって他人に深入りするのが怖かったから。
そんな弱さを拭い去ったかのように、未来の私は強い振る舞いが出来るようになっている。
映像の、あの人達のお陰なのだろうか。
「傷ついても、いいのです」
優しい歌が口ずさまれる、見てきたものは嘘じゃないと、痛みを乗り越え、明日を信じるかのような歌が響いた。
人は醜い部分を持つ、それはそうだろう、私自身ですらそんなところを抱えてるのだから。でも彼らは同時に優しさを持ち、美しさを持つ、それだけで値するのだと、未来の私は語っていた。
「……未来の私は、そういう風に思えるようになったのですね」
そう思わせてくれた人はどんな人? と問いかければ、未来の私は微笑んで、確固とした意志で愛を貫く花憐な君と、優しさと涼やかさで人を癒す、森の香りの君の事を教えてくれた。
夢が覚めたら名前などきっと忘れてしまう、でも香りならば、きっといつか運命として思い出されるだろう。
未来があるだなんて、信じてなかった。
体を動かすにも肺は重く、生きているだけで体力を使う私は、慢性的に頭痛に悩まされている。
重力に引かれるように、少しずつ体が沈んでいくのを感じていた。私はこのまま少しずつ命を削られ続けて、成人より先に命尽きるのだろう。
夢の性質はなんとなくわかっていたけれど、は、と泣きそうになりながら口元に笑みを浮かべる。
残酷すぎる、思いっきりそう叫ぶほどの陽気さは私にはなかったけれど……。
「こんな私に、見せられる未来なんて……」
「ありますよ」
瞬間、光が差した。
嘘だと思っても視線は引き寄せられる、私だと言われても信じられないような、とても似た顔の柔らかい微笑みが最初に心を引く。
思わず茫となってしまったけれど、甲高く鉄を打ち付ける音が私の身を竦ませた、驚きに跳ねてしまったけれど、映像の私は見られている事に気づかないまま、作業に没頭している。
繰り返し振り下ろされる大きなハンマー、……嘘、そんな重そうなもの私に使える訳ないじゃない。
どうせ10秒でバテる、そう思った考えはすぐに打ち消された。
出来た、そんな喜びを胸に映像の私が笑う。
体ならず心まで病んだ私はそれを素直に受け止められなくて、恨みがましく懐疑的な目で見てしまう。
場面は転換し、大人数の食事風景の中に私がいる。賑やかな中に違和感なく溶け込んでて、私って意外と世話焼きなんだな、と思う横からそんなはずがないと首を横に振った。
続く光景にはもう言葉がない、魔法で作ったと思わしき派手なライトに、やたら大掛かりなステージ。観客にでも紛れてるのかと思えば私は思いっきりステージの上で、ひらひらした服を着て飛んで跳ねて手を振っていた。
……嘘。うそ、うそうそうそ……!
心に染みるものはあった、でもどうしてそれを認められよう。
夢なのだ、叶う保証なんてどこにもない、叶わなかったら摩耗した私の心は耐えられない、大体。
「私が、そこまで生きていられる訳ないじゃない……っ!」
慟哭と共に叫びが口をついていた。
完治を望む事すらおこがましいのに、生存? 未来?
久しく使っていなかった喉がしゃくりあげるような嗚咽を漏らし、予想外の動きをした肺が雑音混じりの呼吸を漏らす。
ほら、私の体はこんなにも出来損ないだ。
いつの間にか来ていた未来の私は複雑そうな顔を浮かべて、伸ばしかけた手を止めた。
これは見知らぬ子供ではない、責任を持たないといけない自分なのだ、そう言い聞かせるように。
「諦めるなッ!!」
自分に怒鳴られるとは思ってなくて、びくっと体が跳ねる。過去ではこんなにも澱んだ心の私が、どんな顔をして私を怒鳴りつけるのだろうと、ついつい見てしまう。
「お前は戦える! 身を捨てて戦えば叶う力がある!」
叫びは余りにも一方的だったから、戦ったのだと、心を削る思いをしながら叫び返した。
戦ったのだ、家族に迷惑をかけてまで。強くなりたいと立ち上がろうとして、でも一人では出来なかったから、家族が付き添ってくれた。
優しく支えてくれたけれど、引き止めたがっていたのはすぐに私にも伝わった。
無理しなくてもいい、休んでもいい、体を大事にして欲しい――。
失敗する度に労る言葉が胸に食い込んで、何が正しいのかすぐにわからなくなった。
涙一つ零すのにすら体調を削る、そんな自分の体が呪わしかった。
なのに未来の私は、生き延びた私はこうも身勝手に言うのだ。
「戦『った』じゃない、戦『っている』! 勝つまで戦いはずっと続く!!」
なんでそんな事を言うのだろう、望まれているかどうかも定かではないのに。うるさいうるさいうるさい、でも、勝てば終わるというのなら。
「……まずはお前に勝つ!」
黙って欲しかった、思い知らせてやりかった、私なのに、あんな。
殴り合いを始めた二人に呆れたと言わんばかりに、ユグディラが離れた場所で一つ鳴き声を上げた。
●ジュード・エアハート(ka0410)
和やかな映像を、状況を飲み込めないままに眺めていた。
映像は全て一組の男女が中心になっていて、彼らは色んな場所を訪れ、色んな景色を共に見ていた。
春先の賑やかな街に、青空の下の向日葵畑、夕暮れの海岸に、静かで美しい雪の下。
笑い合ったり、寄り添ったり、いつだってそう在れた訳じゃないけれど、寄り添って歩いていく彼らはとてもしあわせに見えた。
これが未来だというのなら、女性の姿をしているのがぼくなのか。
幸せな光景が心を刺す、暫く見ていると泣きそうになって、ちがう、と反射的に呟いてしまう。
ぼくにとても似た誰かは、したい事をして、行きたいところに行っていた。内側から溢れる強さと自信はぼくだと言われても信じがたい、ぼくをみじめにするなにかとすら思っていた。
「違う……そうじゃないんだよ」
映像に映っていた誰かがぼくに語りかける、声までぼくととても似ていたけれど、認めたくなくて、ふるふるとかぶりを振った。
「だって、ぼくはわるいこで、できそこないだ」
自分を責めるような言葉は、未来の僕までが顔を歪めていた、ぼくには知るよしもなかったけれど、傷は乗り越える事が出来ても、傷まなくなった訳じゃなかった。
「ぼくは、あんなじゆうにとびまわれない」
自分が駄目だと認めてしまうのは、卑屈で、とても楽だった。
たくさんのものを諦める必要があるけれど、期待と失望からも遠ざかる事が出来る、不出来なぼくにとって、それだけが心を護る術だった。
「君にはちゃんと出来るよ。……今はまだ、その理由を見つけられていないだけ」
未来の僕は辛抱強く語りかけてくる、理由? と尋ね返すと頷きが返った。
「俺の横に立つ人はね、俺の恋人。……俺が強くなりたいって思うきっかけの人」
「なんでぼくはおんなのひとの格好をしているの?」
「……それが俺らしいって思ったからかな」
彼の苦笑の意味がぼくにはわからない、自分相手に女装の理由を説明する気まずさなど、思い至りもしなかった。
「その人とね、歩いていきたいって思ったんだ。
だからそのために立ち上がる必要があった、でもその人も完璧ではないから、俺が座り込んで、お荷物になる訳にはいかなかった」
後になって知る事だけれど、願いを抱いて、初めて自分を変えたいと思った。
駄目な自分を仕方ないと諦めるんじゃなくて、そうじゃなくなりたいって思って行動する事が出来た。
「幸せになって良いんだよ。なれるんだよ。大好きな人が出来て、信じられないくらい強くなるんだよ」
実感はない、だってぼくにはまだ全然届かない未来の話だから。
でもその事を語る未来の僕はとてもキラキラしていたから、邪魔をしたくなくて、黙って話に耳を傾けた。
運命の人なの、と僕は唇に指を当てて笑う。それがどんなに素敵な人か教えてあげよっかと言って、映像の中で何が起きたかを語り始めた。
「可愛い」「好き」「かっこいい」「放っておけない」……。
時々ずるいといってぷんすこする事もあったのだけれど、それも好きなの? と尋ねたら、そうだよ、と言って頭を撫でられる。
「…………。ぼくは、あいされるの?」
「甘ったるいくらいに」
力強い肯定に安心したからか、夢は形をなくしてだんだんと薄れていった。
そういう人が現れるし、逃さないから大丈夫だよと声だけが響く。ぼくがそれを覚えていられるかはわからなかったけれど、或いは、いつか――。
●アルカ・ブラックウェル(ka0790)
お兄ちゃんの、お嫁様になると思っていた。
幼子目線でもお兄ちゃんは綺麗でかっこよくて、外に出たら女の子が群がってくると断言できる、或いは既にあったかもしれない。
結婚という言葉を知ってからは、自分こそがお兄ちゃんと結婚するのだと信じて疑わなかった。
だって、結婚は生涯の伴侶とするものだから、だったらわたしがその相手で何らおかしくはない。
お兄ちゃんはとても素敵だったから、わたしもそれを見合うようにいっぱい頑張った。
レディらしい所作を心がけ、言葉遣いも背伸びをしたのだと思う。
そうして、お兄ちゃんにこういうのだ。
『わたしは、あなたのお嫁様になるの』
お兄ちゃんはいつだって頷いてくれたから、お兄ちゃんもわたしと同じ気持ちなんだと思っていた。でもある日、彼はこういうのだ。
『ぼくらは、きょうだいなんだからムリだよ』
…………。
以来の日々を、泣いて過ごした。
どうやって日常を取り戻したかなんて覚えてないけれど、今夢に現れているのはあの時のボクなのだろう。
気力をなくし、腫れ上がった目は焦点が合っていない。痛ましくて、声をかけるのに少し覚悟は必要だったけれど、これも大切なボクだから、5歳の小さな体を抱き上げて語りかけた。
「君の今よりウンと未来の話……1017年11月18日、ボクとお兄ちゃんの19歳の誕生日にね。
ボクは故郷で結婚式を挙げたんだよ」
小さなわたしがかつて夢見た結婚式、お兄ちゃんの言う通りに、お兄ちゃんと結婚する事はなかったけれど、それでもボクは目いっぱいの幸福を抱えて、式を挙げる事が出来た。
「お兄ちゃんじゃないのね」
「……うん」
「お兄ちゃんの事は、好きじゃなくなったの? わたしの大切なもの、捨ててしまったの?」
「まさか」
じゃあなんで他の人と結婚したの? と、小さなわたしは無表情に悲しみを湛えながら問いかけてきた。
「――お兄ちゃんを縛り付けたくなかったから」
ボクが悲しみに沈んだままだったら、お兄ちゃんは間違いなく気に病むだろう。
自分の言ったことを翻す事はないだろうけれど、彼はきっと辛抱強く待ってしまう。ボクは、時間をかけてそれを理解して……きっと、受け入れた。
「お兄ちゃんは、変わらぬボクの『対』だよ、それは……お互い、恋い慕う人が出来た今でも変わらない」
小さなボクは少しだけ悲しみの色を深めたけれど、ボクの話を黙って聞いていた。
ボクはもう納得していたけれど、それは今小さなボクに強いる事ではない、話題を変えるようにして、未来の映像を示した。
「綺麗な婚礼衣装でしょ? 村の皆がボクと旦那様の為に仕立ててくれたんだ」
色々あったけれど、温かく迎えてくれた事に対しては今も感謝が溢れ出る。
父さんも母さまも皆お兄ちゃんも皆笑顔で……たくさんの祝福の中、ボクはかつてと違う夢にたどり着く事が出来た。
「幸せそうね」
「うん」
幸せだもの、と言ったら、小さなボクは拗ねたように、ふいとそっぽを向いた。
「あなた本当にわたし? 喋り方が変よ」
そこを突っ込むのかと苦笑してしまう。それはそうだろう、だって。
「……ボクは、わたしを続けられそうになかったから」
傷はなくなった訳じゃない、かつてのボクと共に、心の奥底に沈めて弔った。
形は変わってしまったけれど、お兄ちゃんは今もボクの唯一のパートナーだよと言い含めて、小さなボクを地面に優しく下ろした。
「行くの?」
「うん、迎えのイシルが来たから、戻らないと」
「……わたしの、ばか」
痛みを乗り越えてここまで来た、或いはやせ我慢にも見えるかもしれないけれど、この結末には後悔していない、だって多くの人が幸せと共に笑ってくれている。
小さなボクのやつあたりにくすりと笑うと、またねと別れを告げて背を向けた。
「わたしはっ……」
わたしはお兄ちゃんが好き、きっとそれは生涯変わらないから、叫びごと小さく小さくしまい込んだ。
またね、かつてのボク。叶わぬ恋をした、小さなわたし。
●ユリアン(ka1664)
強くて大きくて、かっこよかった。
ありきたりな表現だけれど、それが子供の目線から見た俺の父さんの姿だ。
年を経るに連れ、幼かった俺はもう少し多めに父さんの事を知っていった。
父さんは騎士というもので、騎士は皆を護るお仕事で、父さんを表現する言葉に「頼りになる」が増えた。
剣を握ったのは、単純な憧れからなのだろう。最初に無闇に他人に向けてはいけないと言い含められた事もあって、それを使ってどうこうしようとまでは思わなかった。
ただ、父さんのようになりたかっただけ。でも、その気持ちも更に年を重ねる事で変わっていった。
失望したとかそういう訳じゃない、父さんの事は相変わらず尊敬している。言うならば、俺は父さんのようにはなれなかった。
剣が振るえれば騎士になれる訳じゃない、強いだけで他人を救える訳でもない。
俺は何か勘違いしていたようだけれど、宮勤めの騎士は人間より先に国を優先する必要があった。
気遣いや謀略こそが必要な時もあって、少し成長した俺は人の間のしがらみを知った。反発を覚えたわけじゃないけれど、長くその中にいる事は出来なかった。
……きっと、俺は子供で、理屈を身に着けても大人になりきる事は出来なかったのだろう。
「ユリアン」
父さんに声をかけられて、俺の憧れはここまでだとなんとなしに悟った。小さく返事をして、平穏な話し合いの元、俺はかつての夢を手放した。
少し寂しさはあるけれど後悔はない、解き放たれた俺は一つの諦めと引き換えに、これから好きなところを目指せると思っていたから。
……そして、夢の中にいる。
一足先に、外の世界の事を大人になった俺と共に見ていた。
…………。
憧れがあった、果てのない外の世界へと。
それはきっと綺麗で美しくて、心地いいものだと根拠もなく信じていた。
どうしてそう思ってしまったのか、今考えても苦笑が浮かぶ。人間が絡む以上、世界は複雑でままならないと、出発前に知っていたはずなのに。
旅立ち前の俺には申し訳ないと思う、俺は強くもなければ要領の良さもなくて、父さんのような、誰かのヒーローにもなれなかった。
失敗を無数に繰り返した、命を取りこぼして、誰かを引き留める事が出来なくて、想いに届く言葉すら持ち合わせてなかった。
無力感を、歯がゆさを、これから何度も味あわせてしまう、それに対して結論を出せる結末にさえ、まだ辿り着けてない。
「ごめん……こんな未来で、ごめん」
子供の俺は何も言わず、幾許かの戸惑いをこめて俺の方を見ている。
かつての自分に胸を張れない事が情けない、何かの拍子で向き合えなくなりそうなのを、なけなしの精神力で踏みとどまった。
未来に保証はつけられなくて、でも。
「もう少し……もう少しだけ、頑張らせて欲しい」
挫折からは立ち直れず、俺は未だに顔をあげる事すらおぼつかない。とんでもなくみっともなかったけれど、ただ一つ、まだ諦めようとは思ってなかったのだ。
「最近、ようやく……もう少し頑張って生きないとって、思い始めたんだ」
吹けば飛びかねない願い、それすら一人では得られなかったものだけれど、だからこそ大切に大切に抱えている。
この願いを、抱えたまま育てて行ければと思う。羽の様に軽い自分の命が、剣と共にもう少し重くなれますように。
●エアルドフリス(ka1856)
空が燃える、思い出された記憶の炎が、思い出と傷を胸の内で燃やして行く。
焼き付くような痛みは覚えていたけれど、その痛みから自分を護るような事はしなかった。強がりの下に怯えを押し隠して、気分が悪いとだけ吐き捨てる、そうしてうっかり見上げてしまった夕暮れ空から視線を外し、帰路を急いだ。
……疲労のままに眠りにつく。
未来のためには学が必要で、生きるためには体とか精神とか、そういう色々なものを切り売りする必要があった。
辛くなかった訳じゃないけれど、追い込まれるかのようにそうしていた。だって辛くても、あの時の喪失には程遠い。その喪失に届くまで自分を痛めつけなければ、許されない気がしていた。
故郷を追われて4年ほどしか経っていないのに、まるで20年も生きてしまったかのように感じられる。
生き延びた事が呪わしくて、胸を焦がしながら、このまま息を止めてしまえばいいのにとすら思っていた。
泥のように眠り、夢を見ていた。
光に満ちた景色、談笑と共に流れる空気は平穏かつ和やかで、頭痛がするほどに眩い。
平穏なだけだったら、いつかのように俺には関係ないと目を背けられただろう。でも中心にいる人物から目が離せなかった、なんでお前が、よりによって。
穏やかで落ち着いた物腰、髪と肌と目と、俺と同じ色を持ちながら俺より年齢を重ねたそいつは、患者に優しく語りかけながら診察を進めていく。
薬草とカルテを横に、研究ノートをつけながら一日を過ごし、視界が薄暗くなってようやく時間に気づき、助手を帰す。
そして自分も片付けをした後に洒落た菓子屋を訪ね、黒髪の美しい人に迎えられるのだ。
感情を燻らせてる内に場面は転換する。
こいつはただ平穏の中に身を置いていた訳ではなく、それなりの頻度で戦いに赴いてもいたらしい。
魔術で歪虚を焼き払い、厳しい目つきで残骸を睨んでいたかと思えば、隣の仲間に何かを言われて、途端に照れくさい様子で相好を崩す。
奴らを滅ぼした力を得たのは喜ばしいのに、なんで、なんで。
「どうしてお前は笑っている!」
映像に向けて一方的に叫びを上げた、光の景色の中、溶け込む笑顔を見せる自分は自分じゃなくなったようでおぞましい。
かつての痛みは未だに俺を苛む、記憶するものがいなければ亡くしたものは消え去るも同然で、だからいくら辛くても多くのものを記憶しながら生きてきたのだ。
抱えたものは後悔と無念に満ちていて、彼らがそこで時を止めてしまった事が苦しい。
その事を覚えていたら、あんな風に笑えるはずがないのに。
だって、こうなったのもそもそも――。
「そんな風に笑う事が赦されると思ってるのか!? 皆死んだ、お前は誰も救えなかった、巫女のくせに!」
もうひとりの俺が姿を現す、映像の中と同じ年頃の姿で、悲嘆を叫ぶ俺を痛ましげに見つめていた。
…………。
自分を赦せないのは誰よりも自分自身、まったくもってその通りだった。
目の前にいるのは、生き延びて数年ほどの俺だろう。
痛みは生々しく、抱えたものに入れ込みすぎている。亡くしたものに贖罪を求めるべきじゃないのに、未熟な俺はそれを諦めきれずに彷徨っていた。
他人の事なんてどうでもいいとか言い出す師匠がいなければ、この状態から抜け出せたかどうかも怪しい。
この隔たりはどうしようもない、今に至る俺が歩いてきた道は言葉で言い尽くせるものではなくて、過去の俺の痛みは、過去の俺にしか乗り越えられない。
幾ら詰られようとも受け止めるしかなかった、あれは俺の悲嘆で、当時行き場のなくした悲しみだから。
でも、一つだけ伝えたい事があった。
幾ら悲しい事があったとしても、自分を同じように追い詰めるのは間違っている。自分を痛めつける必要なんてなくて、それは悲劇と何ら関係ない、エアが自身に犯した咎だった。
「……すまん。あんな風に自分を扱うもんじゃあなかった」
かつての自分を抱きしめる。これが夢で、過去に手が届かない事なんてわかりきっていた。
でも、エアはこの事を確かに悔いている、エアが果たせなかった悔悟を、夢でくらいは果たしたかった。
「……何を、言ってるんだ、お前」
一発ぶん殴られてもいいくらいだが、驚愕でそれどころじゃないのか、言葉だけが呟かれる。反抗されないのをいい事に、ずっと得られなかったもの、子供時代の埋め合わせをするように頭を撫でた。
かつてはずっと強がっていて、口にする事も出来なかったけれど、ずっとこういうものを望んでいた。
普通に受け入れて欲しかった、子供として扱われたかった、甘えさせて欲しかった。
失って、手放して、長く遠回りをしてからようやくその事を心に入れる事が出来た。
「忘れてない。俺はいつも、お前さんの痛みを憶えているさ」
忘れる訳がない、だって傷は未だに痛む。ただ、それを飲み込むだけの強さをもらったのだけれど、それは今伝える訳にはいかなかった。
「大丈夫だ。時間はかかる……でも、大丈夫なんだよ」
●アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)
日常が回る様子を、特に感慨もなく見つめていた。
元より感情の焼け落ちた身、ただでさえ感情を上手く表現出来なくなっているというのに、映像に何を思えというのか。
一つだけ心が動くとしたら、映像の中にはいつだって自分が映る。日常の中に紛れ込み、なんともないように笑っているけれど、自分だからか、こいつが異質だという事は良く理解していた。
「……なんで生きている?」
未来の映像を見る僕は、既に家族を失った後の僕だった。
ただその後の記憶がない、きっと事の直後、呆然としている合間にこの夢を見ているのだろう。
映る映像と同じ頃合いの、未来の僕だという人物は、困ったように笑いながら首を傾ける。
「死ネナカッタから?」
死ねなかった、そうなのか。望まれるだけの僕は、望んでくれる人がいなくなったらどうすればいいかわからなくて、わからなくなった僕は、追いつけば何かわかるだろうかと、後を追いたかったのだけれど。
…………。
起きたらすぐに知るだろうからと、少しだけ未来の事を教えてもらった。
一族を失った結果、僕は当主として祀り上げられる。やりたいかどうか、出来るかどうかではない、しないと一族もろとも路頭に迷うのだと、告げられる。
出来るかどうかについては考えるまでもなかった、出来ると断言できる。だって僕はそのように振る舞う事をずっと求められていたから、もう一度求められて、出来ない訳がなかった。
望んでくれる人を亡くしたら、違う人がまた僕に望む。……感情が追いつかない、死にたかったのに他人のために生きろと言われて、どうすればいいか、よくわからなかった。
「……ソウダネ、僕もかつてはソウ思ったんじゃないカナ」
未来の僕を見ればわかる、僕は彼らの望みを了承する。
一番大切な人たちではなかったけれど、どうでもいい人たちでもなかった。望まれるだけの僕は、どうやら彼らの望みを捨てられなかったらしい。
「……なんで死ななかったって、そう思うよ」
まだ望まれる前だから言えるのかもしれない、そんな今限りの気持ちを呟いて、皮肉げに顔を歪めた。
「ソウダネ――」
僕はきっと、また自分の望みより他人の望みを優先した。
そういう事じゃないだろうかと言われて、死んだ心が身じろぎするように痛んだ。
「クソ野郎」
かつての僕からの暴言に、未来の僕が目を白黒させる。
信じられないものを見たとばかりに、未来の僕は僕の顔をまじまじと見つめていた。
「10の願いのために、ただ一人の望みを見過ごしやがって、その願いを掬えるのはお前しかいなかったのに、僕が憤らなくて誰が憤るっていうんだ」
責めるような口調で言ったけれど、実のところ僕にだって感情は追いついていない。
ただ、未来の僕が口にした、ただ一人の望みが消えたという事だけが気にかかっていた。
未来の僕にとってはなんともない事なのだろう、過ぎたことで、諦めた事。でも今の僕にとっては違う、僕はまだそれをする前の僕だから、僕にしか僕を責め立てられなかった。
「――ソノ通りダケド、ウン、驚いてる」
僕だって驚いている、きっと今だけの、血迷いに似た感情だろう。
でも、抱いた気持ちをかけがえがないと思った、その気持を分け与えるのは他になくて、自分にこそ投げつけてやりたいと思っていた。
「……ソウダネ、僕は僕の望みを捻じ曲げて、生きてイル」
その事を忘れる事はないだろう。
死ねない事は変える事が出来なくて、僕は罪を増やしながら、生を歩き続ける。
殉じたかった人の中には、きっと僕が殺した僕も入っていた。ゴメンと、それしか言えない。
僕の幸せは過去と共にあった、今もそう思っている。
この身に受けるのは幸せではなく、日だまりのような心地よさ。一人で幸せになったりしない、ただ微睡みのように……心地いいと思うだけで。
●アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)
映像の中で、激しい剣戟が繰り広げられていた。
アルトが知る一般的な戦いではない、一つの刃を弾いてる間に三つが迫り、それを回転して払い除けた直後、間髪入れずに後ろから奇襲する敵を蹴り飛ばす、そんな一対多数の大乱闘だった。
数が多いと言っても相手が雑兵という訳ではない、これを見ているアルトにとって、一体一体が苦戦を強いられるような力の強い敵だ。
それを、未来のボクは十把一絡げで蹴散らしている。
呆れればいいのか、感心するべきなのか、――それとも、畏怖を抱くべきなのか。
不本意な正解を見つけてしまった気がして、映像を見ていたアルトはぶるりと体を震わせる、そして未来の自分だというアルトに問いかけるのだ。
「……強くなったねボク」
「そうだな、とても強くなったよ私」
言葉を返すボクの表情はとても穏やかで、でもその口調から決定的な隔たりを見てしまった気がして、ボクは気まずそうに目線を落とした。
未来のボクは研ぎ澄ました静かな雰囲気をしていて、ボクのはずなのにどこか近寄りがたい。でも彼女は未来のボクで、そうだと信じたかったから、ボクは彼女の傍に寄って袖を掴んだ。
「…………」
自身が相手のはずなのに、随分と緊張する。
あの映像のように虫けらとして振り払われないかどうか、臆病な気質が色んな想像をよぎらせたけれど、未来のボクは縋ってきた手を振り払う事なく、びくついた小さなボクの頭を撫でてくれて、それでようやく、ボクはこの自分を受け入れられる気がしてホッとした。
ふっと見せた彼女の笑みが、彼女本来の気質を教えてくれる、ただ、普段はそれ以上のもので覆い隠されてしまっているのだろう。
どうしてこうなっちゃったのか、圧倒的な強さを得てるはずなのに素直には喜べない気がして、ボクは彼女の横に座ってぽつぽつと問いかけた。
「未来のボクは――ここまで強くなる必要に迫られるのかな?」
「ああ、……少なくとも、私はそうしたいと思ったよ」
短い肯定、そっかと彼女に向けた笑みは困惑の色を帯びてしまっていた。
ボクに、強くなる理由はなかったはずなのだ。両親から戦闘訓練を受けてたけれど、家を継ぐ気はなかったし、名を挙げる気もなかった。死なずに済み、ご飯に困る事がなければいい、その程度に思っていた。
でも、未来のボクはそうじゃなくなって行くのだろう。
それがどんな遭遇なのか想像がつかなくて、一度鎮まったはずの不安がぶり返す。生と死が交差する戦場も、それを覚悟させるほどの痛みも、今のボクには覚悟が出来なくて、ただ震えるしかなかった。
家族以外には見せられなかったけど、ボクはこの通りに臆病で、泣き虫ですらあった。
それは未来のボクも知っているはずなのに、ボクは気遣いこそしても、慰めをしなかった。怖い目にあったの? という問いには首を横に振って、悔しかったと映像を見ながら呟いていた。
戦場に出て、死を突きつけられた。誰かが目の前で死ぬ度に、心のどこかが欠けていった。
「もっと強ければ助けられたんじゃないかって、何度も思ったよ」
強くなりたくて、強くなるしかなかった。可能性を諦める事はしたくなかったから、他の道は選べなかった。
……それが、未来の私が語る思い。
「『私』は後悔している?」
「してないよ、『ボク』」
「『私』は後悔してないんだね」
「強くなった事で得たものが沢山あるからな、『ボク』」
穏やかに語る顔を見つめると、彼女も笑い返してきた。
強さと成長と、色んなものを乗り越えた頼もしい笑みが、ボクの道行きの先に待っている。
「……そっか、それなら『ボク』も怖がらずに進むよ」
私から視線を外して、ボクはいずれたどり着くだろう戦場の映像を見つめる。
私はボクだから、ボクは私を信じるだろう。
「あぁ、『私』も止まらずに進もう」
ボクが私を是としたから、私はボクに恥じる事はしていないと信じて進む事が出来る。
……ボクに怯えられたらちょっとショックだったかも知れないけれど。
そんな事はなかったから、これはきっといい夢なのだ。
●高瀬 未悠(ka3199)
戦っている未来の自分を見ても然程意外性はなかった、そうだろうな、と思ったくらいだ。
未悠は過去の時点から戦いを続けていた。
傷を負うなら私であるべきで、痛みを受けるなら私であるべきで、守りを果たした瞬間、涙のように安堵が溢れる。
あなたが無事で良かったと、負い目にまみれた言葉が口を突いて出る。
相手の想いに考え至る事はなく、ただそれが正しいと思っていた、それで赦されると思い込んでいた。
罪深い私が傷つかず、他人が失われるだなんてどうして許す事が出来るだろう?
喘ぐようにして戦う自分を見て安堵していた、私は役割を果たし、見せられる光景までは贖罪を続けられているという事だから。
それを確認しただけでもう映像に意味はなく、過去の未悠は一人空間の隅で膝を抱えて座った。
――寂しいだなんて、思っていない。
友達や戦友や絆というのが眩しく尊いものである事は知っていたけれど、それに触れる強さがない事を、未悠はとても良くわかっていた。
未悠は弱いから、些細な拠り所できっと死にたくなくなってしまう。
それではダメなのだ、命を差し出す事は未悠の贖罪だから、それが出来ないと自分を許せなくなるから。
大丈夫、私は、私なら、気にかけられるような存在じゃない。
万が一悲しんでくれる人がいても、時が経てば忘れられる程度に違いなかった。
心は頑なに在り、言葉はなかった。映像の剣戟だけが響き、その事だけが安らぎを感じさせる。
自分には、そういう事しか出来ないから。
壊す事しか出来なくて、それ以外なら体しか盾に出来るものはなくて、心も体も癒やす事は出来ない。
だから。
『今癒やすわ!』
……何の聞き間違いだろうと思って、顔を上げた。
顔を上げて今更気づく、同じ戦っている自分だったのに、浮かべてる表情は随分と違う。
戦いに希望なんてなかった、託す願いがあって、祈りのような懺悔を抱えていて、後は死への距離だけを数えていた。
どれくらい持ちこたえられるか、自分がしていたのはそんな顔だったと思う。
映像の中の自分は、必ず生き抜くとばかりの、決意に満ちた顔をしていた。
「なんで、私……」
未悠の祈りに応えて、癒やしの力が溢れる。口々にかけられる礼の声に、未悠は微笑みで応え、再び構えを取る。
新たに得た力だと、説明されても私は理解出来なかっただろう。ただ出来ないと思っていた、命を繋ぎ止められている事が衝撃だった。
呆然としている間にも映像は流れていく、戦場から離れた場所、親友だと思わしき相手と親しげに過ごす様子にボロボロの心が軋む。自分が誰かと幸せに過ごす様子を、どう受け止めればいいのだろう。
映像の中の私は誰かとじゃれ合うのが嬉しそうで、はにかんで。親友たちの声に合わせて、柔らかい歌声を響かせる。
軋んだ心に温かな歌声が沁みた、声を重ね合わせ歌う事が幸せだと、未来の私は確かな足取りで前へと進んでいく。
前向きな心は他人を引っ張る力があるとでも言うべきなのだろうか、歌声は過去の未悠すら惹きつける。
未来の私の事はよくわからないけれど、この歌声が欠けたらきっと私は悲しい、――周囲の友人たちは? 悲しんでくれるって、信じてもいい……?
どう言えばいいかわからなくて、気がつけばしゃくりあげて泣いていた。
傷みから流れた涙だったけれど、流れた跡を優しい気持ちが包んでくれたから、悲しくはならなかった。
後ろから優しい腕が抱きしめてくれる、未来の未悠が大丈夫だよと、伝えてくれる。
『独りじゃないから変われたの』
歌声に引っ張られてか、普段よりは前向きにその言葉を受け入れる事が出来た。
希望があるって見せられてしまったのだ、未来を夢見てしまうなんて、自分らしくなかった。
『守って死ぬんじゃなくて守って生き抜くのよ』
言い聞かせるような言葉にうんと頷く、自分の側に大切な人はまだいなかったけれど、将来そういう絆を得るのだと未来が確約してくれた。
『大切な人達と未来を繋げるように』
きっと私は無闇に幸せだった訳じゃない、今の私の痛みも、未来の私は抱えている。
それでも尚、彼女は優しく笑えるようになった、その事をただ良かったと思った。
●マキナ・バベッジ(ka4302)
ぐちゃ、と。肉が潰れ血が吹き出す。
かつて命だったものが、目の前でただの骸と化していく。
手を伸ばしたいのに、映像だから届かない。
交流の記憶を見せられた後のこの仕打ちは、あんまりじゃないのかと僕は地を叩いた。
親しいかどうかは割とまちまちだった、深く心は交わさなかったかもしれないけれど、いずれにせよ悪い関係性ではなかった。
困ってたら助けたいと思ったし、思っただろう、なのに彼らの事件はいずれも僕の知らない場所で起きてしまい、僕の手が届かない場所で幕を下ろした。
その場に居合わせなかったから、彼らが何を思い、どうして世界に敵対したのかもわからない。
未来の僕の元に届いたのは、ただ彼らが討伐されたという報告だけ。
なんで、と懊悩する事しか出来ない。
届かない未来も、儘ならない運命も、全てが苦しいのに、その苦しさをどうにかする術が見つからない。
誰かを守りたくてハンターになったのに、未来の僕も、今の僕と同じように無力な子供のままだった。
嫌だと口にして、頭を左右に振りかぶって、でも世界は変わらず無情なままだ。
皆が殺されて、僕だけが生き残ってしまう。こんな思いをするくらいなら、最初から知り合いになるべきではなかったのか。
知人たちが骸と化す結末だって、面識がなければ飲み込める理不尽だったかもしれないのに。
膝をついたまま、想いを馳せた。
彼らと知り合わなかったもしもがどうなるか、空想の中で考えた。
……ああ、ダメだ、だってその仮定は意味がない。
知り合ったはずの人が、知らない事になるのは、彼らを失うのと何が違うというのか。
僕は彼らと知り合ってしまった時点で、もう前に進むしかなかったんだ。
「……ねぇ、僕」
あなたは悩んでいるのかな、だから過去の僕に何も言えなかった?
じゃあ、きっと強くなるべきなのは僕の方、あなたのスタート地点とも言える僕が、あなたに想いを伝えないといけないんだ。
「僕、逃げたくないし、諦めたくないよ」
知り合わない未来を考えて、嫌だと思った。手を掴めない事で後悔するかもしれないとしても、手を伸ばすのを諦めたくなかった。
「頑張りたいんだ、そのためにハンターになった」
見失ったものなら今あなたの目の前にある、弱くて無力で子供かもしれないけれど、この志だけは最初から持っていた。
「大丈夫だよ、僕……打たれ弱いかもしれないけど、しぶとさはそこそこあると思うから」
●アルマ・A・エインズワース(ka4901)
子供の頃に、両親を亡くした。
理由は覚えていない、兄に聞いても答えてくれなくて、どんなにしつこく問いただしても、背を向けられるばかりだった。
僕には言えないのだろうか、そんな事を考える内に心は沈んでいった。
沈黙と隔絶はまるで僕を疎んでるかのようで、そんな事はないと信じたかったのに、言葉をもらえないから僕の自信はどんどん零れ落ちていく。
振り払われる度に、何をしても無駄だという考えが積もっていった。誰も僕に関わりたくないし、僕と話したくもない。遠巻きに扱われる度に、何かをする勇気すら失われていった。
……そんな、放心一歩手前のまま、夢を見ている。
これは未来の僕だろうか、女顔なのは今とさして変わらず、意味合いは大分違うけれど、男性らしさに欠けているのも共通していた。
変わったところがあるとしたら、随分と背が伸びている。体格はとても男性に近づいているのに、飄々としたふるまいが性別の境界線を曖昧にしていた。
未来の光景で、僕は強い攻撃に吹き飛ばされていた。痛めつけられ、時には手が届かない事もあるのに、僕は諦める素振りがないどころか、むしろ挑発的に笑みすら見せる。
それをすごいなと思う横で、強く見える彼だっていつもそう在れた訳じゃない事を続けて見ていた。
精神的に傷を負えば、流石の彼だってしょげた様子を見せる。考え事をしているときの不機嫌にも見える顔は、今の僕にも良く似ていた。誰かのところに行けば、そこで悩んだり、いじけたり、でも彼は最終的に立ち上がって、走り出すのだ。
「……なんで?」
痛くないのか、辛くないのか、……逃げ出したいと思ったりしないのか。
こんな思いをしてまで前に進む意味はどこにあるのだろう。
「それはですね……辛いのと同じくらい、素敵な想い出だからですよー」
姿を見せた未来の僕は心を開くのを思わせる仕草でにぱっと笑った、ひと目で僕だとわかるのに、僕がこんな笑い方をするなんて実感がなくて、思わず観察するようにして見つめてしまう。
人の良さそうな笑み、ニコニコしてる事が多いけれど、時々そうじゃない事は知っている。
見た目を鵜呑みにするほどの可愛げはもう僕の時点でなくなっていて、でも僅かに残っていた、信じたい気持ちがあったから未来の僕に問いかけを投げた。
「……ねぇ、僕」
「はいっ」
元気に返事するところも僕とは違う、未来でこうなるなら仕方ないと諦めつつ、問いかけを投げた。
「僕は、笑えてる?」
「もちろんです!」
表面だけに見える問いは、僕同士だと違う意味合いになってくる。
僕は決して単純じゃない、表面がどうあれ、腹の中は探って見ないとわからない。だからその笑顔は心から得たものかどうか――そう問いかけて、未来の僕は『是』と答えたのだ。
「怖くないの?」
「全然って言ったら嘘ですけど。そんなの気にならない位、一緒に歩いてくれるお友達や素敵な仲間がたくさん見つかりますっ。相棒さんも!」
映像の方をちらりと見て、なんだか実感がなくて、そうなんだとだけ呟いた。
もうひとつの問いは口に出すのに暫し心構えが必要だった、でも、これを知らなければ僕は前に進めないという覚悟が背中を押す。
「……誰かに、愛して貰えるのかな」
「……。君は、確かに愛されていましたよ」
未来の僕の声は余りにも小さくて、自分に言い聞かせるような切なさで、だから僕は思わず聞き返す声を上げてしまう。
しかし未来の僕はふっと笑っただけで、必要以上に明るい声で僕の追求を押し留めた。
「何でもないですっ。彼女さんもできるです! 強くて、きれいで、優しくて。とっても素敵な人ですー」
「彼女さんって……」
三人称のアレではないだろう、映像の中にいるのかと思わず三度見したが、やはりここでも僕は何も教えてくれなかった。
……なんというか、面白くない。なんで何も教えてくれないの、と膨れた呟きは、或いは僕がずっと誰かに問いたかった事かもしれない。
僕がかつて抱いた不安を覚えているかどうかはわからないけれど、未来の僕は、屈んで目線を合わせると、優しい声色で未来を教えてくれた。
「何度も選んで、間違って、取り零して。それでも、手に一つ残って……これから君は、そんな風に歩いていくです」
口に出せばとんでもない人生だ、なのに未来の僕は、それを後悔はしていないと心から言う。
いっぱい失敗して、いっぱい取りこぼして、一つしか守れなかったけれど。
「でも、きっとそれが『幸せ』です。だって僕、幸せですもん」
●仙堂 紫苑(ka5953)
轟音が響き、土煙が映像を覆う。
映像までが揺れ動き、これは死んだかなと紫苑は思うも、未来の俺だという奴は仲間に引っ張り出されてなんとか生きている。
はぁ、と思わず漏らしてしまった息は呆れと感嘆が半々くらい、横から見ればどこか間抜けだとわかりつつも、思わず呟いた。
「すごいな」
「すごいか?」
呟きに応えたのは、今上映されている映像と大体同じ時期の俺だ。
今の俺と比べて変わっているのかどうか、成長しているのかどうか、外見だけを見比べても、自分ではイマイチよくわからない。
「でたらめなのは確かだな」
映像があっての感想だった、今の自分から見れば、未来の自分は随分と強くなった。
今の自分が同じ事をやったら、死は逃れても重傷は間違いないだろう。助けてもらったとはいえ、完全にかわせた訳ではあるまい。ならばきっとどこかが違う、装備か、経験か、戦闘技術かが。
「“今”の俺からしてみると、言うほど強くなってない気もするんだよな」
かつての自分からの評価を濁すように、未来の俺が抱くのは不満か、それとももっと別のものか、尋ねてみると、周囲はもっとすごいという返事が返った。
「たとえば――」
語られるのは、仲間だという人たちがどれほどすごいかという賛辞。時折無鉄砲への罵倒が混じってる気もするが、概ねは彼らの強さへの無邪気な憧れと、それに対するごく僅かな羨望。
「……仲間?」
そんなものを得るのか、想像がつかなくて笑うしかなくて、茶化すようにして未来の自分を揶揄する。
「一人で突っ込んで串刺しにされ、少しはマシになったか?」
その苦い記憶は既に持っていた、だからだろうか、自分が弱く、未来の自分を強いと感じてしまうのは。
「ハハッ……自虐だな? 協力と連携を覚えたさ、あと一人の無力さもな」
傷は痛く、複雑な心境だったが、前に進めたならそれでいいと思い直した。
過去はいずれ未来に追いつく、その時どう思うかなんて、その時わかるだろう。
映像の中で、自分は仲間だと思わしき人々と笑い合っていた。
お互いに支え、共に戦場を駆けた結果功績を残して、手にしたのは大精霊との契約、星神器ガーディアンウェポンと特注のパワードスーツ。
「良いだろ? 特注の一点物がずっと欲しかったんだからな」
自慢かよ、と自分にツッコんでしまい笑いが漏れる、でもまぁ――それがいつか届く未来だというのなら、正直に言って、悪くなかった。
「ハハハッ! 少しはこの先期待できそうだ!」
●メアリ・ロイド(ka6633)
未来の映像、それがどれほどのものだというのか。
抑圧と束縛は私をがんじがらめに縛り、私の手に届くものなんてたかが知れていた。
心は重く、絶望を決定づけるものだったら嫌だなと感じてしまう。
見るかどうかを最後まで逡巡して、決め手になったのは、姿を現したもう一人の自分が『見てください』と言った事だった。
……容姿を見るに、未来の私か。私の癖に随分と物好きな。
物静かな外見は今とさして変わってないように思える、外面がいい事が取り柄だったけれど、自分だからか、どこか違うものを感じていた。
言うならば、眼差しが違う。
他人に視線を注いでいたのは前からだけれど、暫し観察した後、すぐに引きこもるようにして視線を逸らしたり、俯いたりしていた。
他人に期待するものなど何もないと言わんばかりに。
でも、目の前の私はそういう素振りがない。それがどういう心境の変化か少し興味を惹かれたけれど、まずは見ろと言われた映像に注意を向けた。
頭上から降り注ぐ陽射し、誰に監視される事もなく、外を歩ける姿というだけでもう目を見張る。
行きたいと思っただけで好きに出かける事が出来、ケーキを買いにいったり、お茶をしたり、会いたいからという理由だけで誰かのところに出向いたりしていた。
「……なんだこれ」
無表情のままに、つい地が出てしまった、
なんで自由に出歩けるとか、なんで他人に近づけるとか、なんでそんな風に笑えるとか、言いたい事は色々あった。
「自由になっているのは私が違う場所に転移したからで、他人に近づけるのは猫を被る事を期待されてないからで、なんで笑えるかというと楽しいからです」
懇切丁寧な説明をしてくるあたり確かに私なのだと思い知らされる。
映像が格納庫を映すと未来の私はそちらに視線を向け、「大切な相方のサンダルフォンです」と付け加えてきた。
「……私ってこういう性格だったか?」
「少しはっちゃけてるのは否めません」
何よりも遠かった日常の欠片が次々と映る。
友達と会い、言葉を交わすと首を傾げて、かと思えば次の瞬間には笑って……まるで普通の女の子のようで。
気持ちをどう表現すればいいかなんて長らく忘れていたけれど、嬉しい、と思ってしまうのは止められなかった。
戦場の映像は驚きよりも困惑が先行する、マテリアルを巡る戦いについて説明してもらう一方で、本当に私が戦えるのか、みたいな事を考えてしまう。
続く映像については二人とも口を噤む。
盲目的に誰かの後ろをついていく姿、誰かを気にかけ続けて、その人へと走っていく姿。
「……恋だと思っていた一度目と、恋だと気づいた二度目です」
残念ながら、自分は自覚している通りに不器用で未熟だったらしい。
いっぱい間違えて、いっぱい空回りした。想いには未だ手が届いてなくて、二度目までもがまだ片思い中なのだという。
「私の口から片思いって言葉が出てくる事がまず不思議だが――」
それでもちゃんとまた人を好きになる事が出来たのだと、受け止めれば感慨も深かった。
未来の私は首を傾けて笑う、震える目元が少し無理してるようで、虚勢に敏感な私はすぐにその事に気づいて指摘する。
「……自分に嘘はつけませんか。ええ、私の好きな人の寿命は、もう後わずかなんです」
辛くてもその人に恋をした。
不安があるのだろう、なのにどうしたいかは私にも手に取るようにわかる。まだ過去に取り残されている私だから思う、自由に動いて、自由に決められるのはそれだけで得難くて。
「やめる気は無いし、諦めてもいないんだろう? だって、私なんだから」
未来の私は目を伏せて、はいと言って笑った。
きっと諦めが悪いのは昔から、抑圧されてた頃だって、密かに気持ちを燻らせていたのだから――。
●トリプルJ(ka6653)
軍人にとって、規律は至上他ならない。
手足は頭の命令通りに動くのが当たり前で、それが出来なければただの烏合の衆、どうして目的が果たせよう。
頭さえ健在ならば軍は動く、軍がいる限り希望はあって、それこそが俺の信じる理だった。
規律を保つために、色んな事をした。
上に立つ人間には規範となる振る舞いが求められる、学歴のある士官となれば殊更で、服装から言動まで、微に入ってそれを受け継いできた。
規律が保たれれば全て上手く行く、実際上手く行っていた、あの日まで。
…………。
どうしてだと憤りを抱えながら思う、規律を、理想を、何よりも信じていたはずなのに。
夢で見た未来の俺は、軍を辞めてハンターとかいう訳のわからない職業に就いていた。
規律の象徴である制服は脱ぎ去られ、代わりにカウボーイスタイルを派手に着崩した奇天烈な服装を着ている。
破廉恥なだけではなく、その後の素行も目を覆うほどの乱れっぷり、昼間から酒に煙草、とても他所に見せられるものではない。
制服は意外なほど几帳面に仕舞われていたが、それ以外の事が強烈すぎて、思わず声を荒げていた。
「なんて格好してるんだ、お前は!」
過去の自分からの叱責に、未来の俺はぽりぽりと頭をかく。
肉体に衰えはなく、表情にも後ろめたさはない。浮足立つ自分よりむしろ冷静さのある顔は、説得が面倒臭そうだなと物語っていた。
「軍じゃなくなったからな」
最短での提示、自分に未来を突きつけられ、思わず言葉を詰まらせてしまう。それだ――それこそが一番解せない部分だった。
「何故軍を辞めた、人を守る誓いすら忘れたのか!」
未来の自分がかつて志したものを裏切るなど信じたくなかった、向こうにも戦うべき敵、守るべき相手はいるだろうに、軍にいてもそれらは守れるはずで、いや、それこそが最善だと俺は信じたはずで、だからこそ何故だと俺を問い質したかった。
「いや、忘れてない。リアルブルーに戻ったら、兵卒だろうが予備役だろうが軍人に復帰する」
自分の天職は軍人だと、断言するから歯がゆくなる。だったら何故クリムゾンウェストでもそうしなかったのかと、血を吐くようにして問いかけた。
「出来なかったからだよ、軍は転移で機能不全に陥った」
人を守る誓いを抱いて、そのための希望として軍を信じた。でもその希望がずたずたにされた瞬間、誓いだけが手の中に残って、まだ手が伸ばせそうな相手がいたけれど、そのためにはかつての希望から手を離す必要があった。
捨て去った訳じゃない、大切にしまっている。一度手放すことを決めたのに軍の制服を着ていられるほど、ジェイは融通の効く性格じゃなかった。
「先任軍曹たちに示しが付くと思うのか……っ」
「どーだろぉなぁ。軍務さえきちんとやれりゃ、あの人たちは気にしなかった気もするがな」
どの道聞く相手もいなかったから、自分を信じるしかなかったのだと未来の俺は笑う。
あの戦いで、変わったものがいっぱいあった。
壊滅したLH044、危機的状況に陥った大勢の民間人と、それを守るため絶望的な戦いに身を投じた部隊。
かつての俺からしてみれば、今の俺が一番変わり果ててしまったと言うのだろう。
間違いない、価値観が根本的に違う。あの戦いを経験した俺は、規律や我慢で太刀打ち出来ないものがあると認めざるを得なかった。
幾ら俺が頑固でも、現実は目の前からポロポロ零れ落ちていったのだ、それを留めるためなら、こだわりを手放すくらいなんだというのか。
「ハンターになったのはな、それが一番力に近かったからだ」
もし別の未来があったのなら、ジェイは強化人間になっていたかもしれない。
それくらい戦う力を欲していた、誓いを忘れた試しなどなく、ずっと渇望し続けていた。
「その時に無駄な我慢も捨てようと思ったんだが……まぁ、お前にゃ納得いかんか」
断絶しているものがあるなら、話はここまで。
かつてのジェイはそれ以上何も言う事が出来ず、分かってるなら言わせるなとだけ吐き捨てた。
●ユメリア(ka7010)
映像を見上げる。
木の葉から陽射しが散って、その景色をきらきらと輝かんばかりに映し出す。
自分とは思えないほどの輝く笑顔、その笑顔は人間と共に在り、彼らに向けられていた。
…………。暫し見つめて、嗚呼と嘆きの声を上げた。愚かな私がまた過ちの道を辿りそうになっていたから、予想される未来に思わず目を伏せた。
知っていたはずなのに、人間は醜さを持つ生き物であり、自分は悪意に対して無知であると。
信じる事が危険で、また傷つくことになる可能性が高いと。
彼らが悪人だったとしよう、ユメリアには身を護る術がなくて、危惧した通りにまた傷を負うだろう。
でも、彼らがいい人でも駄目なのだ、ユメリアは人間を信じられず、接触するとしたら作り出した表面、彼らを欺いている事に近い。そして保身しか考えてない卑しい内心を明かす勇気など、ユメリアには持ち合わせていなかった。
引き返して欲しいとユメリアは嘆く、他人を悪と疑う事なんて本当はしたくなくて、他人を信じられない事、そうする事しかない自分をたまらなく悲しく感じてしまう。
――誰にも近づかない、そうすれば誰も傷つく事はなかっただろうに。
嘆くユメリアの元に、未来のユメリアが一歩踏み出して、微笑んだ。
不安を感じてたまらず後ずさってしまう、何かが変わったらしき未来の自分が、現在の自分まで変えてしまいそうで怖かった。
「怖がらないで」
大丈夫だから、と強く踏み込んだ自分が、手を引いて抱きしめてきた。
長らくこのような感触に触れてなかった、だって他人に深入りするのが怖かったから。
そんな弱さを拭い去ったかのように、未来の私は強い振る舞いが出来るようになっている。
映像の、あの人達のお陰なのだろうか。
「傷ついても、いいのです」
優しい歌が口ずさまれる、見てきたものは嘘じゃないと、痛みを乗り越え、明日を信じるかのような歌が響いた。
人は醜い部分を持つ、それはそうだろう、私自身ですらそんなところを抱えてるのだから。でも彼らは同時に優しさを持ち、美しさを持つ、それだけで値するのだと、未来の私は語っていた。
「……未来の私は、そういう風に思えるようになったのですね」
そう思わせてくれた人はどんな人? と問いかければ、未来の私は微笑んで、確固とした意志で愛を貫く花憐な君と、優しさと涼やかさで人を癒す、森の香りの君の事を教えてくれた。
夢が覚めたら名前などきっと忘れてしまう、でも香りならば、きっといつか運命として思い出されるだろう。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
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