• 幻想

さよならしたら 僕はどうなるだろう

マスター:凪池シリル

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
8日
締切
2019/05/07 07:30
完成日
2019/05/13 22:00

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 ようやっと時間が取れて、ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)はノアーラ・クンタウに戻ると、想の様子を見にきていた。やはりというか、虚ろな顔で置物のように座るだけだが。ヴェルナーにしても、浮かぶ言葉はどれも何の意味もないと口に出す前に消えていくばかりだった。
 そこに、ノックの音がする。
「……おや」
 入ってきた人物に、ヴェルナーは目を細める。
 チィ=ズヴォー。先の作戦に参加していた戦士だ。
 ──伊佐美さんが治療を受けてる部屋なら、先ですよ。
 深手を負い過ぎて転移門を使うのは危険と判断されたものも一度ここに運び込まれている。彼の用事とすればそれだろうと、言いかけた言葉をヴェルナーは辛うじて押し留めた。そこに真っ直ぐ向かえる気になれなかったから、先にここに寄ったのだろうとぎりぎりで察しがついたからだ。
「想に、話ですか?」
「その……やっぱり、謝りてえと、謝らなきゃならねえと、思ったんでさあ」
 チィは俯いて切り出した。
「手前どもは……あれはどうなんだ、って、すぐに思ったんでさあ。やっぱり、誰も何にも言わねえから、なんて言い訳してねえで、さっさと出してやってれば……」
「──結果論ですね」
 チィの謝罪に、しかしヴェルナーはきっぱりとしたとした声で割り込んだ。
「立場が対等な者同士で、誰かが提案したことに対し強硬な態度を取るのはそれはそれで危険です。それにより意思疎通が崩壊し、初めからまともに全体が機能しなくなることも有り得た。……部隊と違い、個々が強力ゆえにそれぞれが先導を取りうるハンターが集団戦を行う際の難しい面が出てしまったという事でしょう……話は、それだけですか?」
「……。もう一つ。謝りてえことがありまさあ」
 まだあるでしょうと促す視線に、白状するようにチィは言った。
「……戦う前。偉そうなこと言って、悪かったでさあ。お前さまの気持ちなんて、手前どもは全く分かっちゃいなかったでさあ。でも」
 やっと、本当にわかった気がする。
 想が遺跡に一人取り残されていたのが──自分が助かるために大切な人の命が削られていくのを感じるのがどんな気持ちか。
 自分にはまだやるべきことがあると分かっていても。
 そうまでして助けられた命を無駄にしてはならないと分かっていても。
「それでもっ! こう思うのが止められねえでさあっ! 『死ねばいいのに』って! あの時……透殿が退却するまではここに残してくだせえよって……一緒に死ぬならそれでいいからって!!」
 吐き出すように言うと、チィは耐え切れなくなったように嗚咽を漏らし始めた。
 そこで……。
「想、どうしました」
 これまで、完全に色彩を失っていた想の表情に、そこでわずかに変化が生まれていた気がした。そして、押し黙っていた彼が口を開く。
「彼の気持ちは……確かに、俺が感じたものと一緒だと思います。……じゃあなぜ……俺と彼の状態はこんなにも違うのでしょう」
 確かに。想は今静かだ。それは落ち着いているのではない、止まってしまっているということ。翻ってチィは、同じく深く傷つきながらも、その心はまだ強く揺れ動いている。
「それを想殿に聞かせるのは……あまりにも酷でさぁよ……」
 チィがそう言うと、
「……今の俺に、これ以上傷付けるようなことがあるんですかね?」
 想はむしろ面白がるように返した。ヴェルナーは頷く。
「チィさん。貴方の考えを聞かせてあげてください」
 傷つくならそれで。それでも、心に響く部分がまだあるという事だ。危険な賭けではあったが、それでも何の意味もない慰めの言葉よりは可能性があると、ヴェルナーはそう判断した。
「それでも……これまでのことが……過るんでさあ……。苦しくて……情けなくて……もうそばに居られねえって思うのに……楽しかったことも、上手くいったこともたくさんあって……本当にそれが、こんな、これだけで終わっちまうのかって! そんな……」
 儚い物語ばかりの世界じゃなくてもいいじゃないか。
 ──成程確かにそれは想には酷な話だ。その『積み重ね』が想にはない。それは今すぐにはどうしようもないことだ。
 そうして。チィは。ついに決心したという顔で、恐る恐るヴェルナーを見た。
「ヴェルナー……殿。透殿……は……」
 血を吐くような声で、問われた内容に。
「……少なくとも命はとりとめる、と聞いています」
 偽りも慰めも無く、ヴェルナーは答えた。
「『少なくとも命は』?」
「……覚醒者としての力は失う可能性はあるそうです」
「そう……ですかい」
 パタリと。チィの全身の力が抜けた。そして
「それはそれで……有りなのかもしれねえでさぁねえ……」
 それは。どこかさっぱりとした声だった。
 だってそれはつまり彼がハンターとしての責務から解放されることじゃないか。自分の身勝手な願いからも。なんだか……それならそれで。いっそ割り切れる気はした。心の整理に時間はかかるだろうが。
「……」
 想はそんなチィを見ている。虚ろではない、焦点を定めて、はっきりと見ている。
「想。この際、考えることはありません。浮かぶ事を言いなさい。彼にここまで言わせたのですから」
「……分かって、るんです。彼らに悪気はなかった。俺の実力も分からないんだし……護るために、ああしてくれたって」
「ええ」
「……でも、俺……それでも、共に、闘いたかった。誰かの、隣に、立ちたかったって……そう……思ってたんだなって……」
「ええ」
「でも今は……怖いです。戦場のあの音が……不安です。俺にはもう出来ないって……失敗するから、怖くて、今戦いたいのかって言われたら……いやです」
 想の言葉に、ヴェルナーはゆっくり頷いた。
「いいと思いますよ」
「え?」
「別にもう戦わなくていいです。そうですね、戦い以外で、誰かと共に生きる道を探しに行くのも一つの答えでしょう。そうだ、恋人でも探したらどうですか?」
「…………は?」
 まったくピンとこない顔で、想はヴェルナーを見た。
「マスター。マスターはまた俺に戦わせようと、叱咤しに来たのではないのですか。今は一人でも力が必要だ、また立ち上がって、あの『女王』を倒しに行けって……」
「成程挫けた心を持ち直して、因縁に決着を付けに行く。それが美しい、本来の物語でしょうね傍から見れば」
 だけど実際それに関わる者にはそれぞれの心があるのだ。これが正しいと言われたって苦しいものは苦しいのだ。当たり前じゃないか。
 だったらいいじゃないか。ここで皆肩の荷を下ろしてビターエンドだって。それはそれで、その人の物語だろう。
 外野の意見は要らない。選べばいいのは、当事者と、関わるという事の覚悟と責任を弁える者だけだ。

 ……また誰か、ここを訪れる気配がした。きっとここで、物語を選びに来た誰かが。
 どうなってもいい。ただ物語なら、きちんと締めくくりはつけよう。

リプレイ本文

 戦後の傷跡を集めたような砦に、幾人かのハンターが駆けつけて支援を申し出ていた。
「大丈夫ですよ。ゆっくり休んでください」
 エステル・ソル(ka3983)が発生させる眠りの雲が苦痛に呻くものを休息へと導いていく。
 ユメリア(ka7010)は己が練り上げた癒しの空間、その中心で、癒しの音色をかき鳴らす。
 大伴 鈴太郎(ka6016)は、看護師を目指す身として、せっかく来たのだからと手伝いに回っていた。
「救援、ありがとうございます。本当に、本当に助かりました」
 鞍馬 真(ka5819)は回復術と応急手当てに回りながら、傷付く者たちに感謝とねぎらいの言葉をかけて。ユグディラのシトロンと共に、術や治療で身体を癒すだけでなく、言葉や振る舞いで傷付き疲れた人の心も癒したいと、立ち止まらず、笑顔で明るく前向きに振る舞って……──。
 ──知っている顔がたくさん落ち込んでいる。
「……。わふ、わふーっ」
 そんな光景を目にしながら、アルマ・A・エインズワース(ka4901)は『いつも通り』の声を上げた。
「お怪我大丈夫です? 触っても平気です? じゃあ、ぎゅーってするです」
 ユグディラのリゲルと共に、アルマは比較的軽傷の者との交流に回る。話しかけたり、くっついたり、リゲルを撫でてもらったり。
「わふふ。だって、みんな沈んでるです。僕までぺしょーっとしてたら、たいへんです!」
 アルマはそれにくすくすと、屈託なく笑ってみせる。
「……僕、『駄犬』ですから!」

 外で働く者も居た。軽傷だからと気遣って外に居る者や外で働く者、傷ついた幻獣などにエステルの連れて来たペガサス、パールが癒しの風を、活力の雨をその翼から浴びせかけている。
 次々に救援物資が運ばれてくる現場では、メアリ・ロイド(ka6633)のオートソルジャー、メルキセデクが黙々と力仕事を手伝っている。
 そんな場所に、また一つ近付いてくるものがあった。



 やってきた魔導トラックに確認のためにヴェルナーが近付くと、星野 ハナ(ka5852)が顔を出した。支援に感謝し、礼儀の挨拶を交わすと、ハナがふと気が付いたように確認してきた。
「そう言えばちょっと攻撃魔法とか使わせてもらいますけどぉ。どこなら問題ないですかねえ」
 怪我人や働き詰めの人間があちこちに眠る気配を察してハナが聞くと、ヴェルナーが怪訝な目を向ける。
「やだなあちょっとチィさんと模擬戦でもしようってだけですよぅ。悩んだ時は殴り合い? が1番ですからぁ」
「私なら悩んでいるときに余計に痛い思いはしたくありませんかね……それに、模擬戦、ですか。貴女がやることが今の彼にとって良い結果になるかは懸念を覚えますが」
 分かっていない顔のハナに、ヴェルナーは告げる。
「術師と剣士。得意分野が明確に違う者同士の模擬戦は条件をどうするか、相当上手く考えないと禍根を残します。……まして実力で言えば貴女の方がはっきりと上で、彼は今己の不甲斐なさに深く落ち込んでいる。やり方を間違えれば励ますどころかむしろ傷口に塩を塗ることになりかねないかと……どのように相手するつもりなのですか?」
「え? えっとですねえ……」
 ハナが聞かれた通り、模擬戦になった際に己が取るつもりだった戦術をヴェルナーに告げる。
 説明を終える頃、ヴェルナーの表情は完全に能面になっていた。
「ダブルキャストから……地縛符と、五色光符陣。星野さん」
「はい」
「目的は彼を励ますこと?」
「ええ」
「己の無力に悩む人間に模擬戦を申し出る、そこまでは解ります。しかし、そこから近接戦闘を得意とする彼を完全に封殺するような戦術で行けるつもりなのはそうですね、控えめに言って、正気を疑います。お聞きしますが貴女はそれで闘狩人である彼がどのような対策を取れると想定したのですか?」
 勝手にいい感じの結果になってくれるとでも思っていたのか。具体性をもって起こした行動に対してはそれに相応しい結果が起こる、それは変わらない。都合良く事象や確率ががねじ曲がったりはしない。
「地縛符は不可視の結界。先手を取って間合いを詰めることが出来なかったら、仕掛けられたことも分からず得意な間合いに入ろうとしたところで動きを止められ、貴女は逆に魔法攻撃も同時に行える。地縛符が効果を発揮するのは一度きりですが、再度移動しようとしても貴女は攻撃の手を止めることなく再設置する……となれば彼は刀の射程に持ち込むことすら出来ずに一方的に蹂躙される──その戦術はそれを狙った構成でないなら一体どんな意図なんです? 狙えば狙った通りの結果になる、それは当然想像しておくべきことでは?
 私が対策として思いつくのは、そうですね。符切れのタイミングまで耐える、ですが。『重傷を考慮してお互い三手までにする』、ですか……であれば、それも叶いませんね?」
 ヴェルナーは冷ややかにハナを見ていた。
「邪推ですか? ですが悪気がないなら余計に恐ろしいですね。己の持つ力の強大さの自覚、それを振るう結果がどうなるかへの想像と思慮があまりに足りません。貴女が実力差も得意分野の違いも考えずに全力で叩きのめそうとした、その相手は己の無力感に『死にたい』とまで口にした人間ですよ?」
 ……ついでのように、新しく得た能力の実験台にしていい相手ではない。それが目的なら、今語った予測で満足して欲しい。
 こう感じざるを得ない。それで本当に真剣に考えたのか。自分が向かう相手を──それから、今ここにどんな想いの者が集うのか。
「──お引き取り下さい。どんな場面だろうが自分はいつでも全力で言いたいように言う、やりたいようにやるそれしか出来ない奴なんだというのであれば、それを拒絶する者、場所があるという事が、その生き様の代償です」



 戻ってきたヴェルナーを最初に見つけたのはアルマだった。
「わふー! ヴェルナーさん、お疲れモードです?」
 何時ものようにわふーっ! っとわんこタックルをかましに行き……ヴェルナーは相手に出来ないという様子で、するりとそれを避ける。
「……」
 そのままの調子でふざけようとしたアルマが一瞬停止する。ああ、今本当に余裕が無いのだなと察せてしまうほどに今のヴェルナーはどよん、としたものを背負っていたからだ。
「……わるいこいました? どっかんしてくるです?」
「……」
 アルマの言葉に、ヴェルナーはしばし宙に視線をさ迷わせて思考して。
「ああいえ……やっぱり、その方が後の処理が大変になりかねないと判断するだけの理性は残っていました。残念ながら」
 罰するようなものではない。別に本気で意図してこの場に居る者の想いを台無しにすることを目論まれたわけでは無いだろう。方針までは良い、ただやり方が致命的に不味いだけの──ただの失敗なのだから。
「あの、ヴェルナーさん、なんだか本当に大変そうだけど大丈夫ですか? 私にも出来ることがあれば……」
 そこに通りかかった真が、やはり見かねたように声をかけてきた。他人が大変なのを見ているだけで胃に穴を開けそうな青年に、ヴェルナーは苦笑する。
「これはあくまで私見ですが。『普通は想像もしえないような事態』が起こったときは、立場がフリーのハンターよりは、『何処まで持ち込まれたら最終決着なのか』がはっきりしている組織の者が対処する方が良いかと。貴方方は、そうして我々の対処をどう評価するか、それだけを考えて貰えれば結構です。阻止できないこと、解決出来ないことにもどかしい思いもさせるでしょうが、そこに無力感や責任感を感じることは一切ありません。……それでもどうしても、というならばそう、そのように、気にかけて頂くこと、労って頂くこと、それが何よりですよ」
「……分かりました。その、お疲れ様です」
「ええ。お二人のお気持ちは受け取っていますよ。存分に。……対応しようと申し出てくれたことを逆に迷惑に思うわけでもないですよ? それを利用して上手く解決できそうなときは、遠慮なくそうします」
 それで、この話は終わりだ。仕切り直して、それぞれの話を始めよう。



 人々が行き交う砦の中、何名かが想の元を訪れている。
「まずは想さん……こんな事を言うのも不謹慎ですが、貴方だけでも何とか生き延びられた事、善き事と思います」
 そう切り出したツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)の言葉に、想は俯いて「すみません……」と虚ろな声で言った。己を責める想に、その言葉は今の想には「多くの者が傷付き倒れているのによりによって己がおめおと無事でいる」ことを強く意識させた。
「我らがどんなに己が持ち得る総てをぶつけても、絶望を退ける事は出来なかった事……その言い訳はしようがありません。その上で話がしたい……想さんが何を思って、私達と一緒に闘う道を選んだのか。
 護られている間にも、いつか恩人達と一緒に戦っていく為の自分へと変わっていく為にも出来得る事は沢山あったはずです。想さんなりの恐怖の心があるなら、それを踏まえて己を見つめ直す事だって出来たでしょうに……」
 想の気持ちを聞き出そうと質問を重ねるツィスカだったが、想はそれに対し、「やっぱり自分が悪いのだ、己は欠陥品なのだ」という思いを深めていく。あの時の想いをを語るどころか益々心を閉ざし、「すみません」「やっぱり俺が間違ってたんですよね」を繰り返すのみだった。
「……功を焦って飛び出して。あの時、想さんさえも助けられなかった事だって有り得た話なんです」
「……」
 その時に「すみません」の言葉が止まったのは、想にはそれが何の事だか分からなかったからだ。戦闘中の話ならば、想は飛び出してなどいない。というか、それが物理的に不可能だったのが彼の置かれていた状況だ。ハンターのゴーレムが作った土壁の中で、共に戦いたいから出してくれと最後まで言えずじっとして、そしてそんな己に絶望し制御を失った。それが彼視点のあの戦いの認識で、覚えているのはそこまでだ。
「あの音というのが何なのかは知りません。ですがそれに負けて絶望したともなれば……何故出来ない事は出来ないとあの時言わなかったのですか?」
 それに答えたのはメアリだった。
「戦場のど真ん中で、見えずに音だけ。そういう話だと思いますよ」
 ……彼女は想像してみたのだ。Gnomeが作り出す壁の高さは3m。それが2m四方で隙なく四方を囲まれた。伸び上がっても背中が壁に付くまで下がっても一切何も見ることが出来ない空間の中に独り、敵か味方の物かも分からない絶え間ない砲弾の音を、巨大な虫が大量に這い回る音を聞いていた。
 そんな中で、お前以外の人間は闘い続けているのだと聞かされ続けた。
 自分がその立場だったらと真剣に想像してみたら。
「──孤独感、疎外感、閉塞感で貴方の心が追い詰められてるのに気づけず、本当に申し訳なかった」
 メアリはそう感じた。
 戦場で、ただ守られるだけの側にされる者、その気持ちを、先日別の人に教えてもらっていたのに。分かったつもりで、それはつもりだった。
 そして、一緒に戦おうと言いながら実際の所自身の戦闘に手一杯で、想の状態確認や想の気持ちに寄り添えなかった事を悔いた。
「……あの状態でも暫く耐えて結界を維持し続けていた貴方に対して感謝しかありません。もっと早く結界が途絶えていたら、敵の数も減っていない状態で動けなくなり死傷者が多数出ていたでしょう」
 だからメアリは、あの時の想をむしろ評価した。
 それは過剰な擁護だろうか。
 ……だが。
 想はあの時、あの場の誰のことも知らなかった。どれくらい強いのか、どのように闘うのか、イメージ出来なかったのだ。
 自分で確かめることが出来ない、光景も想像できない状態で、危機を伝えられても、自分からは能動的な行動が起こせない。
 逃げ出せない義務を負いながらそこにかかる負担一切を他人に委ねることを物理的に強制されていることに、後ろめたさもみじめさも覚えるなと。
 それは言うほど簡単に、誰もが出来て当たり前の事だろうか?
「──そう。あの戦いで、私たちは怠惰王を倒しました。それが結果です」
 割り込んだのはまた別の声だった。フィロ(ka6966)は視線が己に集まったのを確認すると、深く一礼する。
「想様、貴方が会話できぬほど深く閉じこもられているのではないかと案じておりました。貴方をお守りすることができず、本当に申し訳ありませんでした」
「……守れなかったなんて。俺が……」
 想はフィロの言葉を否定しようとする。実際、守れなかったのか、と言われれば。守勢に回ったハンターたちの多くは良く動いていた。ニガヨモギが発生するあの時点までは、想の位置は護りきれていたのだ。だから、悪いのは──
「貴方をお守りできませんでしたが、私達は怠惰王を倒しました。ほぼ最良の結果であったと考えます」
 そんな想の言葉を遮って、フィロが決然と言う。
「あの陣形であったからこそ長く虫の女王を押さえ、怠惰王が倒れるまでの時間を稼げました。その戦果がはっきりしている以上、また同じ戦いを繰り返したとしても同じ戦術を執るべきと私は考えます」
 あの戦いの目的はなんだったのだ?
 怠惰王を倒すこと、だ。
 ならば。
 皆は想のことを知らなかった。だからあの状況を彼が気に病むことが分からなかった。
 想は皆のことを知らなかった。だから側で闘っていたものはあと少しで攻勢を凌ぎきりつつあったのにそれを信じきれなかった。
 ……だから、あんな結果になってしまった?
 いいや。
「それでも私達は怠惰王を倒した。その結果が全てです。想様は彼の方々の願いをきちんと果たしました。それ以上を望むのは、私はお互いの思い上がりだと考えます」
 ──そう見ることも、出来る。
「邪神の侵攻により残された世界群はあと僅か。私達が負ければ三界が滅びます。結果が出せれば、それは成功なのです。完全に分かりあう時間がなかった私達がそれでも怠惰王を降した。それは誇るべき結果だと私は思います」
 このように評価することも、出来る。
 もう一度言う。あの戦場の目的は何だったのか。怠惰王を倒すこと。あの戦域の役割はなんだったのか。想を護ることだ──【怠惰王を倒せるまで】。
 ……ちゃんと、果たしている。
 それは、『ニガヨモギを復活させた=失敗』と己を責めていた想には確かに見落としていた視点。……だが。
 しかし、彼は直後、振り払うように首を強く振った。
「いえ……じゃあやっぱり、俺のせいです! 皆さんはあの方法でちゃんと俺を護ってくれたんだから……やっぱり制御に失敗した俺が悪いんです……!」
 それでもやはり。あの護り方が正しかった、あれしか無かったと言われれば、想は己を責めるしかない。
「俺のせいで……沢山の人が傷つきました。チィさんと……それから、マスターの大切なご友人までもが、そこに……!」
 その事を、責めずに居られない。
 ここに居るハンターたちが来るまで、彼はずっと一人考え続けていた。責め続けていた。己はどうすれば良かったのか。どう──在れば良かったのか。
 自分で考えてはいけなかった。望んではいけなかったなら。
「やり直せるなら……今度こそちゃんと与えられた役割だけを考えます。……ニガヨモギをどうにかするためだけの、置物に、なりますから……」
 自分が、ただの装置なら、良かったんだと。
 ──独り考える間、彼はそこまで思い詰めていた。
 皆、一旦言葉を失い、室内に重い空気が流れる。
 ……そこに、ノックの音がした。
 ひょい、と顔を出したのはユメリアだった。それに続いて、茶とクッキーを手にしたユリアン(ka1664)も。
「……あれ、沢山集まってるね。足りるかな」
 雰囲気を、敢えて読まずにユリアンは明るい声を出した。
「少し、話す時間をもらっていいかな、って。お茶を飲みながらでも……そう思ったんだけど」
 彼はそうして、持参した茶と茶請けを示したが、思ったより想の元へと人が集まっていたことに困惑する。
「ヴェルナー様に確認し、皆の分を用意して参りましょう」
 フィロが、丁度良いという風に声をかけ、一礼する。
「想様、貴方の知らないことはまだあります。皆様もまだまだ話したいことがありそうですから……良いタイミングの申し出です。お茶を淹れて一度休憩にいたしましょう」
 そう言ってフィロが出ていくと、成り行きに戸惑う想に、ユメリアが微笑みかけた。
「この傷つき苦しむ人は、誰のせい? 想様、ご自身によるものだと思いますか? それともあの時、数少ない聖導士であった私のせいでしょうか」
 ここまで彼女は、砦内の人々の治療に、慰安に回っていた。スキルで、歌で、会話で、香りで。様々な方法で──彼らの苦痛に向き合ってきた。その言葉。
「答えはすべてイエスで、すべてノーです。それを決めるのは、個々人によって違うから。結論は自分の中にしかない」
 その言葉には、想は俯いたままだった。結論を自分で決めろというのならば、今の想が出す答えは迷わず一択だ。自分が悪い。そんな彼に、ユメリアは躊躇わず近付いていく。
「でも、今は結果ですか? 物語の終着点ですか? もし胸に光が消えぬなら、または忸怩たるものがあるなら、『結果』ではなく『過程』です」
 そうして、ユメリアは想の手をしっかりと握った。
「あなたは生きている。私も生きている。『今』は変わらず現在進行形です」
 そのぬくもりを、今、互いがここに居ることを感じてもらうために。
 ──さあ。後ろを振り返るのはここまでだ。ここから、これからの話を始めよう。お茶とクッキーを摘まみながら。



 その頃。
 鈴は、透の元を見舞いに訪れていた。
「トール。久し振りだな。大変だったみてーだけど、一先ず安心したよ」
 話しかける彼女の前で横たわる透の、その呼吸は苦しげではあっても安定しているように見えた。
「……オレはさ。トールが身勝手とは思わねぇ。譲れねぇコトの為なら、胸張って我がままになりゃイイじゃんか」
 静かに語る彼女は、しかし分かっている。自分には以前彼と偶然行き会ったあれからのことは詳しくは分からないし、今更出張ることでも無いのだろうと。
 だから。
「──オレが惚れたヤツはさ、」
 これは、彼女自身の心にけじめをつける、その為に。
「知らねぇ世界に飛ばされても、自分の夢を諦めず必死にしがみついてた、そーゆーカッケー男だったぜ。……だから、オレは好きになったコト後悔してねンだ」
 ……透の指先が、僅かに動いたかもしれない。
「つって、振られてから告白とかカッコつかねーけどさ」
 構わず彼女は続ける。彼の意識が無かったとしても、有ったとしてもどちらでも……いい。
「あ、でもコレだきゃ言っとくかンな!? 何が幸せかはオレ自身が決めンだ! 幸せにして欲しいなんて微塵も思っちゃいねーよ。大伴 鈴をナメんじゃねーぞ! ──なんてな」
 ただ彼と向き合って、真っ直ぐ彼を見て言えれば、それで。
「……なぁ、トール。テメーは傷だらけにした夢を持ち帰って、それで胸張ってけンのかよ? 進む道が違えば、ツラ合わせっコトがなくなるヤツ、もしかもう一生会えねぇヤツもいるかしンねぇけどさ……ツルんでなくたってダチであるコトに変わりはねぇよ。そう在る為に、時にはケリつけなきゃいけねーコトもあンだろ」
 これを、伝えに来たと。
「ひとつ……コレはオレの我儘だけど、トールはずっとカッケーままでいてくれっと嬉しいな」
 これでやりたいことは済んだと、立ち上がろうと、して。
「待っ……て……」
 絞り出すように、透から声がした。
 何故彼女が、自分が彼女の気持ちに応えられないと知っているのか。それはどうでも良い。チィや真が勝手に言うとも思えないから、ただの何かの偶然なんだろう。でも、それじゃあ。
「君の……言葉の……通りなら。俺が……君とも……つけなきゃいけない……けじめが、あるだろ……」
 それでも、彼女が知ったその想いは、透が彼女に向けて、向き合って、伝えたわけじゃない。……その全てを、きちんと話せていない。
「もう、少し……付き合って、くれるか。こんな……様で。時間……かかるけど」
 そうして彼はゆっくりと話し始めた。
 何が幸せかは君が決めるというけど、実際自分の隣で幸せになるというのはそんな単純では無いという事。やはりある時期までは秘匿しなければ仕事に影響が出る。その上で必要なら他人と濃密に絡んだりキスしたりもする。ファンに愛想を振りまきにも行く。
「……。一度……付き合ったことのある女性からは……『やっぱり嫌だ』、と……言われたよ……」
 せめて役を選んでくれないかと言われて透の気持ちははっきりとNoだった。迷惑をかけたくないという以上に、自分にやらせてくれるという役には何でも挑戦したいという気持ちが強かった。
「話し……合ったよ。そうして彼女……言ってくれたよ。『分かった──【我慢する】』って」
 でも。それは結局。
「駄目に……なった。彼女が、じゃない……俺が、我慢させてることに……耐えられなく、なった……」
 結局別れた。そして、もう自分から誰かを好きだと言ってはいけないと思った。
「……と、まあ……ここまでが、前振り。……こんな、阿呆の自分語りは……どうでも、よくて……」
 そこまで言って透は、苦痛に喘ぎながらも微笑んで、茶化すように声を変えて、不意に言った。
「君に伝えて……おきたいのは。だから君は……何も悪く、ない……。君は、素敵な、女の子、だよって……」
「──……え」
「俺が、出会えたのは……。故郷を破壊されて、傷ついて……それでも、その傷を……誰かへの優しさに変えられた……そういう、健気で可愛い、女の子、だったよ……」
 透じゃなくたって。君が思っている以上に、とっくに君の周りは、君が素敵な女の子だと分かってる。
 そういう意味で。
 君は確かに、幸せになれる。
 自分で、幸せになれる。その通りだ。
 ──ここで進む道が違っても、一生会えなくなっても、互いが望む在り方で居られるよう。
 そう君が望むなら、これは伝えるべき言葉。けじめ。伝えきって、気力が尽きて透はそこで気絶して。

 やがて、その言葉をしっかり噛み締めてから、鈴は立ち上がる。彼女が進むべき場所へと向けて。



「わぅ? わふー」
「……。手前どもに、なんか用ですかい?」
 アルマがじっと子犬のような顔で視線を送っていると、チィはまだ力の無い笑みを浮かべて返した。そのまま暫く、互いに真っ直ぐ視線を合わせる形になって。
「……えへ」
 耳を揺らして、アルマは笑った。
「透さんの相棒さんです? はじめましてですー」
「ああ……透殿の知り合いなんですかい。そいつぁ、初めまして」
 元々「来る者は拒まない」部族だ。きちんと挨拶すれば応じてくる。
「僕でよければお話聞くです? わんこだと思ってくださいですー」
 パタパタと駆け寄りアルマがチィの隣に腰掛けると、チィは少し考えて……それから小さく息を吐き出してから、そうして。
「想殿は……どうなっていやすかねえ」
 チィがそう切り出すと、瞬間アルマの顔は不機嫌なものに変わった。
「さあ。なんでか一杯集まってたから大丈夫じゃないですか? もう狭いお部屋に寄り集まってぎゅーぎゅーでしたよー」
 アルマが浮かべるのは怒りと失望で、プイ、と顔を横に背けるが──本気でアルマが怒っているときは、むしろ笑う。そのことを初対面のチィが知るわけもないが、様子を覗きに行ったのだろう、その事からおぼろげに察する。
「まあ……想殿がどうこうってえのより……闘う前に、手前どもは想殿に大見得切っちまった所がありやしてですね……」
 これは異なる世界が手を取り合った、その意味を守る戦いだと。自分を鼓舞する言葉だったが──想にも伝えたかったのは、事実だ。
「そう言った挙句の果てが……あの様でさぁ。だからもう……本気で分からなくなっちまったんでさあ」
 その戦いで、一番大事にしたい絆が傷付いた。その結果に。
「わふふ。透さん、大事にされてるです。チィさんも、大事にされてるです」
 それを聞いて、アルマはくすくすと笑うように言った。
「大事、は幸せですー。透さんはチィさんが大事だから頑張って守ったです!」
 チィが思わずまじまじとアルマの顔を見ると、アルマはそれを意識して急速に表情をへらりと笑う駄犬の顔から真面目な物へと変化させた。
「……大事なら、ちゃんと伝えるです。傍にいられたら、今度は君が透さんを守れるですよ?」
「いや……でも、これは、手前ども……だけが……」
「わがままでも何でもどうしてほしいかちゃんと言わないとだめです! もっと後悔するです!」
「……」
「見てる未来が違っても、落とし所見つけるのは相棒さんなら一緒に、です。離れても相棒じゃなくなるわけじゃないです」
 強い口調でそこまで言って……そうして、アルマの顔がまた変わっていく。
「……僕にも、相棒さんいますから」
 優しい顔で。分かるよ、とアルマがその表情だけで伝えると。
「そう……でさあね。手前どもにも……分かって、やした……」
 本当は。言われなくても分かっていたのだと。認めて、チィはアルマに弱弱しくだが、微笑み返す。
「手前どもが何をしてえか。透殿に何を聞かなきゃならねえのか……もう、あの時、分かりかけて、いやした。それを……勢いを、他人に借りようとするなって、あの結果はきっとそういう事でさあね」
 言って。チィは廊下の先、向かうべき場所へと視線を向ける。



 いつの間にかエステルもやってきて、想がいた部屋、そこに置かれていたテーブルをどうにかして隙なく囲うような大所帯になっている。そのテーブルには、お茶会の準備。
「ごめん 俺オートマトンの事良く知らなくて、味や香りは解る? 好みに合うと良いんだけど」
「あ……はい」
 ユリアンの問いに想が口を開くと、ユメリアがそれをきっかけに会話を再開させる。
「私は生きている限り、傷ついた誰かをそのままにしたくありません。そして結末は必ず、その人の思い描いたものになるようにしたい。その……過程として今があると思っています。
 想様はどんな願いがありますか? どんな願いをでもいい。願いなんて具体的でなくても、気持ちを吐き出してくれるだけでもいい。あなたの想いの果てまで、最後まで寄り添います」
「望みを捨てきれない所があるなら、一つずつ出来る事をやっていけばいい。ヴェルナー殿の助言を受け入れるのであれば、多くの邂逅を通じて出来る事を示して下さい。想さんの気持ち、覚悟が固まった時に戻られた暁には、共に並べる日を心待ちに致します」
「出来ることを……示せ、ですか……」
 ユメリアに続いてツィスカがそう言うと、想は教師に補習課題を出された学生のようにしゅん、と肩を縮めてしまった。ツィスカが流石に顔を顰めて、なぜこうなるのでしょう、という視線を皆に向ける。そんなに私怖いですか、と。
 ユリアンが苦笑した。……勿論、彼女の役目もバランスさえ取れていれば必要なのだ。歩み寄り、甘やかすだけで見つける答えもまた安易なものになるだろう。
「そんな、難しく考えなくていいんだよ。ツィスカさんも、想──って呼んで良いかな?──に、期待するから言うんだよ」
 そう言って、ユリアンは一つずつ理解するようにゆっくりと頷いた。
(うん……彼は目覚めたばかりで積み重ねが無かった……)
 だから、遅すぎるかもしれないけれど、初めましてからもう一度。
 あの時伝えられなかった事をもういちど。
 その為に、ユリアンはここに来た。
「依頼で遠い過去の夢を渡って、俺は話はしなかったけど君の父さんの姿も見た。師匠の事もあったし、縁を少し感じたから。想は直接父さんとは話は? 何かを見たり感じたりした記憶は?」
「……俺は……ずっと眠っていましたから。でも……カプセルの向こうで、誰かからずっと話しかけられていた記憶は……有ります」
「あの時俺が見たのは、絶望の表情を見せない覚悟を決めた人たちだった。それは想に託せたからだろうし、揺れる心を持っているのも、人の心を知るためじゃないかって俺は勝手に思っている」
「……でも、それでも……。それが原因で失敗したんじゃ、俺はその願いすら踏みにじったことに……なりませんか」
 想のその言葉に応えたのはエステルだった。
「彼らが願った未来は、ここが終わりじゃないです。いいえ、始まってすらいないのです」
「……え」
「彼らが願ったのは、想いを託したのは、この先の未来です。辺境から歪虚が居なくなって、人々が怯えずに生きて行けるようになって、笑顔で幸福な未来を生きて行けるようにと、それが彼らの心からの願いです」
 そこまで言って、エステルはそっと視線を伏せる。
「後悔は……有りますよね。わたくしの大切な人も意識がありません。あの時、止められても一緒に行けばと今も後悔しています。あの人が居ない明日が来るのが、とてもとても怖いです」
「……っ!」
 意識がない、という言葉に、彼女が言うのが誰のことかを察して、想はまた心の奥に痛みを覚えた。そんな彼の前で、エステルは伏せた視線を颯爽と上げてみせた。
「でもわたくしは無かったことにはしません。亡くなった多くの人も取り返しのつかない過ちも──どう活かすかは今を生きているわたくしたち次第なのです。彼らが目指した未来に必ず辿り着いて見せます」
 語る彼女を、想はまだ、ただ眩しそうに見るばかりだ。
 再びユリアンが話し始める。
「経験が、自信をつけてくれる筈が……初陣が至らなくて申し訳ない。ちゃんと伝えられなくて、ごめん」
「いえ……」
「旅……か。俺も……まぁ、色々あって一時期依頼を受けずに旅をしてたから、悪くはないと思う」
 そうしてユリアンは、視線を一度窓の外へと向けた。
「でも、これが答えだって青空が見える様な事は俺は無かったな。各地での出来事が少しずつ重なって……そろそろ帰らなきゃって……。
 今も無力感や虚無感はある。抱えながら、奮い立たせながら戦う時がある。想は……これから帰る場所を見つけ作るのかもしれないね」
 想の視線がまた揺れる。貴重な、経験からの話。説得力があるとともに迷いも増す。
「想さん、出来ない事ばかり数えていると臆病になります」
 エステルがまた声をかけてきた。
「でも出来ることは、どんなに小さなことでも必ずあります。例え荷物運び一つでも。もし誰かの助けになりたいと思うのなら……今から始めてみませんか?」
「私達は意志ある道具。人に仕えたい欲求があります。貴方は嘗ての主達の願いを叶え、新しい理解ある主を得た。戦わずとも彼の方に仕える手段はあります。兵站を学び戦略文書を学び主が安らぐ手段を学ぶ。それで良いと私は思います」
 エステルの言葉を機に、同じオートマトンとして、フィロがそう口にした。
「……もしかして、想さんも感じてませんか? きっとそっちじゃない、って」
 そこで、メアリが口を挟む。
「私も考えたんです、戦いから遠ざける選択肢も。その方が幸せでは、とも。でも……別の道を提案させて下さい」
 メアリがそれを思ったのは。ここに来る前にはっきりと、偶々、ヴェルナーたちと行っている会話を聞いてしまったからか。
「……一緒に戦いませんか。今度こそ、隣で対等に、同じ立場で。今戦わない道を進んだら、想さんの心に永遠に解消しないしこりが残る。ヴェルナーさんに自由になる選択肢を提示された時の、貴方の様子を見てそんな気がしたんです」
 言われて、想の視線がはっきりと泳いだ。……打ちのめされて、諦めかけながら。それでもそれは、彼が初めに、自分から口にした願いだったのだ。
「戦いを怖いと思って居る所に酷な提案ですよね。でも提案するからには、1人で戦わせるような事は誓ってしない。先輩のハンターとして、想さんの戦場への恐怖を払拭するような戦いぶりができる自信があります。一緒に戦って、敵に勝つ強い覚悟も。それが今できる私の全てです。想さんと一緒に戦いたい」
 メアリがそこまで言うと、またユリアンがそこに加わって来た。
「……うん。俺も、それが一番に言いたいかな──一人じゃないって」
 はっきりと、想の表情に変化が生まれた。初めて、俯き続けていた顔を上げて、皆の顔、一人一人を見回す。
「どうして想に関わろうとしたかって思うかな? ……旅の前後で気に掛けてくれた人に返す意味もある。そうやって巡るんだ。想いや縁が」
 メアリが頷いた。
「私が貴方を放っておけないのは……名前を知った時からすでに仲間なのと、昔のネガティブな自分を見ているような気がするからです」
 ユリアンが、メアリが、交互に声をかける。
「私の、私たちの手を取ってまた一緒に戦っていただけるかは想さんに委ねます」
「だから、さ。旅を選ぶなら道連れになるし、ラファルと空にも連れて行ける──どう選んでも、声は掛けるよ」
 歩み出したい彼に、手を差し伸べる。
「あの時、見えなくて不安なら仲間が奏でる音楽に耳を傾けてって言おうと思ったんだ。俺も何時も助けられたんだよ。確かメロディーは……」
 そうしてユリアンは、示すようにハーモニカを奏で始めた。
 それは……感動する程の音色でもない。下手でもないが、趣味程度の腕前……だろう。
 いや、たとえもっと上質な音楽が、あの戦場で聴けていたとしても。残念ながら、彼の、視界を塞がれていたという不安を払拭するものではなかったと思う。やはりそれは、見えない、知らない人が奏でる、初めての音に過ぎないから。
 ──だからこそ今、想はユリアンの奏でる音に耳を傾けている。
 これは、ここから積み重ねる、ここから意味を始める音。
 失敗した。遠回りした。それでも彼らはこうして漸く、出会った。今度こそ、きちんと顔を合わせて。
 意味は、ここから始まる。三界の者がここに集う……──
 三界。
「……想様。このこともお話したく思います。負ければ三界は滅ぶ。でも、例え勝ってもエバーグリーンは消えるのです」
 そこで、フィロが静かに語り始めた。
「生みたいという願いが世界を作り、生まれた感謝の祈りが大精霊を生かす。エバーグリーンにはもうオートマトンやオートソルジャーしか居ません。邪神戦争が終わる頃には、大精霊に僅かなりとも感謝を捧げるべき存在は、全て人を守って絶えていることでしょう。祈りを失い大精霊が消えれば世界も消える。例え邪神に勝っても、エバーグリーンは今度こそ本当に消えるのです」
「そう……なんですか」
「……崑崙に居ると思われる私達の大精霊、ベアトリクス・アルキミア。彼の方に会い、想様が大精霊を継げれば或いは。優しい過去を、未来にできるかもしれません」
 フィロのその言葉には、想は首を横に振った。
「それは……無理だと思います」
 想がホナの力に耐えられるのは、あくまでそれ用に特化して調整を受けたという面が大きい。大精霊の力に耐えられるような器ではない。だが……。
「でも、俺はその滅びを、寂しいと、思います。何か出来ないのか……せめて報いることは出来ないか、関わって、みたい」
 見つめる視線、全てを感じながら、想は漸く、自分の言葉で想いの欠片を口にした。
 ユメリアがそれを受け止めるように微笑み、前に出る。
「……おめでとうございます想様。向き合うべき道が見えたのですね」
 ──その灯火に、祝福を。



 そうして、彼らはそれからも、連日砦の人たちの治療や手伝いに駆けずり回りながら過ごして。
「……まだ、無理に返事はしなくて大丈夫だよ」
 透が話せるようになったころ。真が彼の元を訪れていた。
「まずは……あの時来てくれてありがとう。本当に助かった」
 それは真の心からの礼だったが、透はそれに顔を曇らせる。
 透のそんな様子に、真は一度呼吸してから切り出した。
「……薄々気付いていると思うけど。きみは、覚醒者としての力を失うかもしれないって」
 伝える。真っ直ぐ見ようと、覗き込むように窺った透の顔に、それほど驚きは浮かばなかった。
 正面から視線を受け止めて、真は普段通り冷静に、
「でも、今は、命だけでも助かって、良かったと、」
 いたかった、けど。
「喜ぶべき、なのに」
 途中からその言葉は既に、嗚咽が混じり始めていた。
「……私は、嫌なんだ。きみの隣で、戦えなく、なるかもしれない、なんて」
 言葉とともに、ボロボロと涙が零れていく。
 駄目だ。分かってるのに。こんな、自分勝手な、我儘。困らせるって。
「私にとって、戦友としての、透の存在は、それだけ、大きく、て」
 止められない。溢れてしまう。想いが。見せないようにしていた筈の弱さまで。
「いやだ。いやだよ。いなく、ならないで……」
 それ以上は言葉にならなくて、真はただ泣きじゃくった。
 嗚咽の声が、小さな部屋に響いて──そして重なっていた。
 いつの間にか。それとも初めから。泣き声は、一つじゃなかった。
「ごめん……ごめん!」
 苦痛で、涙で、苦しい呼吸から、絞り出すように透が言う。
「俺……だって。俺の方こそ。本当、に、もう……会えない、かと、思っててっ……!」
 すべてを曝け出した真の前に、透もまた、ありのままに溢れる想いを、叫ぶように零す。
「分かってた……分かってたんだ──! あの時、チィが……君が、一番苦しむことしてる、って……!」
 許してほしいと思う訳じゃない。分かってほしいと思う訳じゃない。
 彼が。ずっと誰かのために自分の思いを殺して戦ってきた彼が。ただただ素直な言葉を、想いをぶつけてきて。それに対してどんな言葉が返せるというのだ──ただただ、こちらの素直な気持ちを返す以外に。
「戦いながら……やめた方がいいのか……逃げた方がいいのか、思った……! 何度も……! でも……初めから俺も参加してればよかったんだって……その後悔に、耐えられなくて……!」
 俺じゃなくてもいいじゃないか。助けようとするより……手出ししない結果の絶望を俺が受け止める方が、彼らにとってはマシなんじゃないか。悩みながら……でも、逃げられなかった。何度考え直しても、ああいう風にしかできなかった。
 それで。
「だから……君がもう、去ってしまっても……仕方ない、って、……思おうと、して、だけど……」
 ──また会えて、来てくれて、本当に嬉しかった。
 そこまで言うと、あとはただ二人、泣き続けた。零れる想いのまま、嗚咽を上げ続けた。



 エステルはその時、ようやっと時間が取れたヴェルナーと話していた。
「わたくしはニガヨモギを体験しました。だからわかります」
 ほぅ? と、ヴェルナーは、興味深そうにエステルの言葉の先を待つ。
「バタルトゥさんが生きているのは……生きることを諦めなかったからです」
 紅茶のカップを両手で包んで、エステルは揺れる水面に映る己の顔をじっと見ながら、エステルは言う。
「すぐに戻ると、あの人は約束しました。だから、絶対に、戻ってきます。約束を……守る人だから」
 震える声。泣きそうな顔が見えて、ぎゅっとそれをこらえた。
「怠惰王が倒されているかもわからない状況でバタルトゥさんが貴方に情報を託したのは、貴方なら対抗策を考え出し、辺境に平和を導くと信じていたからです──だから貴方もバタルトゥさんを信じて下さい」
 それを聞きながら。ヴェルナーもまた、紅茶のカップを、彼は取っ手を片手で持ち、しかし同じように水面を、そこに映る己を見ている。
「あの人は必ず、目を覚まします。その時は辺境の平和で迎えましょう」
 彼女の言葉に、ふっと、ヴェルナーは息を漏らす。
「信じる……それだけで思う通りになるほど、分かりやすい世では無いですがね……。ですが、事を為すにはまず意志がなければ始まらないのは、確かです。それに……」
 ヴェルナーは肩を竦めた。
「今、必要とされているのは、そうなのでしょうね。信じ、諦めない。それが……」



 ……無限に溢れるんじゃないかと思っていた気持ちも、涙も、それでもいつか収まって。
「……ごめん。一番辛いのは透なのに、私が泣いてる場合じゃないよね」
 そうして真は、ゆっくりと顔を上げて、無理矢理微笑んで透に向き直る。
「私はまだ諦めてないけど。それでももし、……──」
 真が言いかけると。透は片手を上げて、真の眼前で掌を広げて、それを制止した。その仕草を、目を、見て。
 ……ああ、そうか。
 きみがそういうつもりなら、この先の言葉は下手に言うべきじゃない。
 真は言葉を切って、代わりに歌を紡ぎ始めた。癒しの力を込めた歌を。
 その傷には効かないとしても。それでも友人に安息を。その苦痛が少しでも和らぐように。そして……どうか、今、これからも戦う彼に、力を。
 続く歌声に全身を傾けながら、透は一度拳を強く握る。
 深く、意識を沈めて。透は契約した精霊の力が弱まっているのを、離れて行きそうなのを確かに感じていた。それでも。
 思い返せばいつも心配ばかり、迷惑ばかりかけていた。いつも傍に居てくれて、そうしてまた、苦しめた。……それでもまだ、共に戦いたいと言ってくれたから。
(……俺もだよ)
 想いを、望むものに向けて、必死に伸ばす。友の歌を感じながら。



「わふ。これはもう僕、出る幕ない感じです?」
 真が出てきた、その背を見送ったアルマが、何か納得して呟く。
「まあなんか手前どもも、もうちょいあとにしやすかねい。……アルマ殿、暇ならもうちょい話しねえですかい? アルマ殿の相棒の話も聞きてえでさあ」
「わふっ? 沢山ありますですよ? どれにしましょうかー。あ、そしたらあっちの皆さんともお話しするです?」
 ……連日のハンターたちの活動により。
 疲弊と悲しみの底にあった砦の空気は、それでも少しずつでも活気を取り戻しつつ、ある。

 そうして。








「透殿」
「ああ……うん。随分久しぶりに思えるな」
 透とチィが、今、向かい合って会話していた。
「……ずっと、一人で考えてやした。そんで、聞きてえ事が……聞かなきゃいけねえことが、ありやす」
 透はリアルブルーに帰る。何があっても、そうだろう。ここまで、ずっとその一心だったというのなら。
「教えて下せえ。それなら……透殿にとってこの世界は。──手前どもとのこの五年間は、一体何だったんですかい?」
 虚無だと、ただの脇道だとは思ってない。でも、曖昧ではない、確かな物がそこにあると、互いに認め合いたい──出会った意味が、間違いのないものであるならば。
 チィの問いに、透は思わずという風にははっと笑い出した。
「……お前は本当に、俺が悩んでるもんの答えをそうやって、スパッと出してくるんだよなあ」
 透もずっと一人で考えていた。蒼の世界に帰る。そのために捨てるものがあるとしても、きっと自分はそうしてしまうだろう。でも、全てを仕方ない、と諦めるだけじゃなくて。
「気付いたんだ。それでも、お前にだけは、分かってほしいって。いや、分かってくれなくていい、お前に向かって、堂々と答えられる言葉を、答えを、探さなきゃいけないんだって」
 一人で探したそれはどれも何か違う、何か足りないと思っていた。けど。
「【この五年間とはなんだったのか】──そうか。それが、俺がこの世界に、お前に出さなきゃいけない答えだ」

 さあ。
 二人の決断を。

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  • 鞍馬 真ka5819
  • 天使にはなれなくて
    メアリ・ロイドka6633

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参加者一覧

  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ラファル
    ラファル(ka1664unit003
    ユニット|幻獣
  • 部族なき部族
    エステル・ソル(ka3983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    パール
    パール(ka3983unit004
    ユニット|幻獣
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    リゲル
    リゲル(ka4901unit003
    ユニット|幻獣

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    シトロン
    シトロン(ka5819unit004
    ユニット|幻獣
  • アウレールの太陽
    ツィスカ・V・A=ブラオラント(ka5835
    人間(紅)|20才|女性|機導師
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    トウホウチャヤケンギョウ
    東方茶屋兼業トラック(ka5852unit001
    ユニット|車両
  • 友よいつまでも
    大伴 鈴太郎(ka6016
    人間(蒼)|22才|女性|格闘士
  • 天使にはなれなくて
    メアリ・ロイド(ka6633
    人間(蒼)|24才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    メルキセデク
    メルキセデク(ka6633unit002
    ユニット|自動兵器
  • ルル大学防諜部門長
    フィロ(ka6966
    オートマトン|24才|女性|格闘士
  • 重なる道に輝きを
    ユメリア(ka7010
    エルフ|20才|女性|聖導士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
鞍馬 真(ka5819
人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2019/04/29 16:32:03
アイコン 出発までの控室。
エステル・ソル(ka3983
人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2019/05/01 19:39:38
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/04/30 00:26:55