【Serenade】花糸撫子-03

マスター:愁水

シナリオ形態
シリーズ(続編)
難易度
難しい
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
3~5人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
6日
締切
2019/05/18 22:00
完成日
2019/06/02 01:38

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 僕が突いた剣で。
 君の流した血で。

 あの日、あの瞬間――僕達の歯車は狂ったんだ。



**



 さあさあ、皆様お立ち会い――なんて、こんな口上でも述べればいいのかな。ねえ、白亜。

「――憶えているかな。蓄音機が夢の色を唄うと、この天幕に星が降り始め……そして、最後には必ず割れんばかりの拍手喝采が起こった」

 とびきりの満月。
 廃園した遊園地。
 その片隅で眠る、君と僕が出会った場所。

「それが今となっては……どうだい。長年雨風に打たれた天幕は、まるでお伽噺に出て来る老婆のように歪んでしまった。中に入って驚いただろう? 嘗ての色とりどりの光は塵埃に呑まれ、淀み、僕達が過ごした時間は跡形も無い」
「……本当にそうか?」

 煙管のように茫洋とした声は、火を入れたランタンの灯りが放つ天幕の中へ沈んでいく。

「想い出とは、色褪せぬものだろう。少なくとも、俺は此処でお前と出会い、掛け替えのない友を得た。俺の力になろうと常に自分の必要性を問うていた黒亜に歌を教え、幼い紅亜の拠り所となり、親のいない俺達に心を砕いてくれた。俺はお前を、心から信じていた」
「……信じて“いた”、か」

 僕が皮肉を零すと、白亜は沈鬱に目を伏せる。ああ……全く。白亜、君は本当に――……

「首に下げているのは、僕の認識票?」
「ああ」
「……何故だ、白亜」
「……」
「何故、君は……君は――」



 僕に殺されかけたという“真実”を、隠したんだ?



「僕は軍人として、人として、何より……君の親友として、あるまじき行いをした」

 あの日、堕落者討伐の任に当たっていた僕達の目の前に、堕落者の姉が現れた。……僕は、

「一般人に、刃を振り下ろしてしまった」
「……彼女は嘗ての弟を庇おうとしたんだ。あれは、間違いなく事故だった」
「そうだね……けれど、その後だ。呆けていた僕は彼女を介抱する君を背中から貫いた。何故だかわかる?」
「……」
「口を封じようとしたんだ。……恐ろしいだろ? 僕の身体は良心が動く前よりも早く、君を殺せと命じていたんだ」

 それは、本能なんかじゃない。

「……責める気はない。だから俺は、君に“会い”に来たんだ」

 只、親友から、自分自身から、逃げただけだ。

「銃を抜きに此処へ来たんじゃない。……わかるだろう」

 僕に視線を縫い付ける白亜の憂患な面差しは、昔よく見た“お兄ちゃん”のそれだった。

「……君が君自身の意志で僕との繋がりを辿ってきてくれたのなら嬉しかったんだけど、此処の情報を漏らしたのは篝火かな。君が彼女の餌食にならないでよかった。“パン屑”が役に立ったのなら嬉しいよ」
「……」
「クラルスは最期まで、琉架にしか興味がなかったようだね。僕達は元々馬が合うわけではなかったけど……それでも互いを否定しなかったのは、何処か共感できる部分があったからなのかもしれない」
「……」
「クラルスは、僕との生前の繋がりが原因で起こされたんだ。只、それだけだ。明確な意図なんてない。起きたらどう転ぶか、僕の時と同じように“気紛れ”で死に返されたんだ。僕は、」
「――リュネ」

 相槌も打たず静かに耳を傾けていた白亜が、押し殺しながら僕の名を呼んだ。

「紅亜は何処にいる」

 哀しみの湧出を妨げていない、その低い声で。

「……クゥちゃんは本当に大きくなったね」
「……」
「時間が止まっているのは、僕だけだ」
「リュネ……!」
「――クゥちゃんならいるじゃないか」

 白亜は瑠璃の眼を瞠り、弾かれたように右の薄闇を凝視した。

「紅亜……!?」

 淡い灯りに浮かぶ彼女のシルエットと、前触れも無く走る気配の熱。白亜が驚くのは無理も無い。

「無事か? 怪我はないか?」
「……」
「紅亜……?」
「白亜、隠さずに言っておくよ。クゥちゃんは僕についてきたんじゃない。僕が、攫ったんだ」

 クゥちゃんが息を潜めていたのは、

「――ッ!?」

 僕がそうしろと、命じたから。





「ほんと、手がかかる妹だよね」





 蹴り上げたレガースと薙ぎ払った刀身が、薄闇の中で火の花を散らした。
 クゥちゃんは受身を取りながら後退し、白亜と黒亜を見据える。その表情も、心も、僕が変えてしまった。

「クロ……」
「外で待機していてくれって言うからそうしてたけど、いい加減もう無理」
「クロ、紅亜は――」
「下がって、ハク兄。見てわかるでしょ。クーのやつ、様子が普通じゃない。察するに、マインドコントロールの類だろうね。……それより、さっきの話、本当なの?」

 ……白亜。君は……信頼する弟にも、愛する妹にも、真実を伏せて生きてきたんだね。

「ハク兄」
「本当だ」
「…………」
「……すまない」
「変だと思ってたんだよね。ハク兄が後ろから刺されたのも、この男が突然行方不明になったのも。でも、漸く腑に落ちたよ」

 黒亜は語尾を吐き捨てると、唇の隙間から鋭く息を吐いた。そして、水が油を弾くような無関心な様子で、僕に向けて顎を反った。

「……で、今更なに?」
「黒亜、久しぶりだね。まだ、歌を好きでいてくれて――」
「あのさ、何年も前に売った恩を返してもらいに来たのなら、超女々しい」
「全く……変わらないな。黒亜も白亜も本当に、変わらない」
「……“変わらない”?」

 黒亜の眼差しと口調に棘が刺さる。

「ハク兄はこの世で最も信頼していた親友に刺された」
「……」
「職も、婚約者も、手放した」
「……ッ」
「心身に残された傷痕の所為で、ハク兄はずっと苦しんでたのに……変わらない?」
「黒亜……僕は、」
「あんたの所為だろ。……兄さんの心を壊したのも、クーの願いを砕いたのも、全部……全部あんたの所為だろッ!!」
「――クロ! 待て!」

 血を逆上させた黒亜の耳に制止の声が届くはずもない。

 赦してもらえるとは思っていない。
 赦してもらおうとも思っていない。

 それでも、“諦めきれない”んだ。

「――ッ! 邪魔するなよ、クー!!」

 空気を断ち切るような音響が、先程よりも激しく耳の奥に突き刺さってくる。
 黒亜はぞんざいな言葉をクゥちゃんへ飛ばしながら、天幕の外へと牽制されて行った。

「……リュネ。紅亜を攫ったのは何故だ?」
「……」
「望みは何だ?」
「……」
「君に銃口を向けたくはない」
「……僕もだよ、白亜」

 君達は僕の家族だった。
 母親の手で遊園地に置き去りにされた僕を、助けてくれた。迎えてくれた。僕は――

「よう、久しぶりじゃねぇか。なあ? “クローバーのジャック”」
「獅紫……」
「邪魔して悪ぃが、一つ確認してぇんだわ。紅亜に術をかけてんのはお前か?」
「ああ」
「解く気はあるか?」
「……」
「……わかった。白亜。どうしてぇかは、お前が決めろ。いいな。……但し、あんま時間はねぇぞ」

 外で得物を交わす音がする。
 白亜の表情は、痛みに耐えているようだった。

「リュネ……」
「ねえ、白亜。誰にでも、表と裏があるんだよ」

 君は、優しすぎる。
 だから、僕は――……










「けど、白亜ならまた……僕を受け容れてくれるよね?」


リプレイ本文


 誰かの涙が、誰かの後悔が、どれ程に降ろうとも――。



**



 林檎が地面に落ちるように、白藤(ka3768)の意識も自然と彼に引き寄せられていた。

「白亜、お喋りする気はあるん?」

 雪曇りに染む流眄は、銀花の背――白亜(kz0237)へと問う。
 玄の灯りにも呑まれないその背中は、黙して佇み、応えていた。だからこそ、白藤は彼の判断に沿い、忍ばせた戦意を沈ませる。

「紅亜が大切で大好きな“お兄ちゃん”は、ほんまに目の前のアンタなんやろうか」

 代わりに浮き掛けたのは、昏い疑念。

「リュネ、あんたは何が原因で死んだんや?」

 紫月の双眸が緩慢に瞬き、白藤の思慮深い視線と交差する。

「病死か? それとも……誰かに、殺されたんやろうか」

 彼に対して断定出来る答えなど、何一つ持ち合わせていない。だからこそ、刃を収めて対話を為す。しかし、返ってきた言葉は空振りであった。

「残念、そのどちらでもないよ」

 リュネは何処か気を落とすかのように力の無い笑みを浮かべる。

「……やはり、そうか」

 白藤とは対照的に友の最期を察した白亜は、嘆息を漏らしながら俯いた。自分ならば、残された良心と純然たる思い出が罪の意識で穢れる前に、同じ事をするだろう。

「(白亜……?)」

 彼の佇まいから窺える動揺が気に掛かったが、時は刻一刻と確実に過ぎていく。白藤は、桜久世 琉架(kz0265)が見つけた認識票について問うた。

「最後に会ったわけでは……ないんよな?」
「……誰に?」
「琉架にや」
「……? 何故?」

 リュネの図り兼ねないという眼差しに、偽りはないように見えた。ならば、と、次なる思考が渦を巻く。

「女性が苦手な白亜に篝火、琉架に執着を持っとったクラルス……まるで、彼らをよく知る人物が人選しとるような、そんな愚考さえしてまうわ」
「貴女は先程から、何が言いたいんだ?」
「歪んだ執着心が裏で粘ついとるんやないかってことや。篝火が死ぬ直前に言うた“御親友にしてやられるのも癪”っちゅう言葉も気になるさかいな」
「篝火が? へえ……彼女、そんなことを。……ああ、だからか」

 リュネは一人、腑に落ちたように声を漏らすと、「では、逆に訊こうか」と肩を竦める。

「白亜が拉致された時、貴女達は一体何を手掛かりに居場所を特定したんだ?」
「何、って……、……っ!」

 そのチラシが瞬時に白藤の脳裏を過ぎっていく。

「そう、その“パン屑”は僕が残した。だから、御親友とは僕のことだろうね。パン屑にはパン屑を、か……全く。彼女らしいな」

 苦々しげに口の端を歪めていたリュネが、矢庭に――

「僕には貴女の本命がわからない」

 ふ、と、空虚な笑みを浮かべた。

「誰かの命を救いたいのか、誰かの心を支えたいのか……それとも、僕を殺したいのか」
「……」
「もし、僕を通して頭の歪虚のことを探ろうとしているなら、時間の無駄だからやめておいた方がいい。初めから貴女達は相手にもされていないよ。放任されている僕が言うんだ」
「思いつきで結んだ線が縺れても、解きに来るどころか見にも来んっちゅうわけか」

 リュネが瞬いて応えた。

「……言葉は難儀なもんでな」

 唇を噛み締めていた白藤は、張り詰める態度の裏を、そっ、と、剥がしていく。

「予想は出来ても“真実”やない。相手に自分で伝えへんと意味がない言葉も、意味もある」

 想いを紡いだ言葉に、必然の姿などない。

「ちゃんと伝えへんと間違って伝わることもあるんやで。……あんたの伝えそびれた言葉と、望みは……なんやろか」
「僕は、伝えたよ」
「……何をや。紅亜攫っといて、今更あんたの居場所が残っとるん思てんのか?」
「白亜に僕は殺せない。……白亜はきっと、僕を受け容れる。白亜のことは、貴女よりも知っているからね」
「……!! 何ぬかし――」
「あんたは堕落者。今までのことを水に流して仲良くしましょうって訳にはいかないでしょ」

 妹分の身を護れるよう、何時でも飛び出せる位置で控えていたロベリア・李(ka4206)の声音が、落ち着きを払った。だが、

「(いけない、つい口を挟んじゃったわね)」

 その心境故かバツが悪くなり、両の掌を向けながら一歩下がる。

「(一緒に背負うのか、潰れないように支えるのか。あんたが決めなさい、白藤。今隣に居るのはあんただからね。フォローなら任せて頂戴)」

 白亜が甘んじて斬られようとするのを白藤が庇う――そんなことは絶対にさせない。

「(それにしても……片方は逃げて、片方は真実を隠した……か。私には、白亜に何かを望んでるようにも見えるのよね)」

 ロベリアの目線が思案に沈む。

「(どんな形であれ、決着を付けてほしかったというようにも見えるけど――……“決着”?)」

 反復したほんの二文字に、違和感を覚えた。
 
 決着とは、終結。
 そう、物語の終わりだ。
 今も尚、戦意を示さないリュネは、何を以てして“めでたし”と希うのか。

 しかし、物語は動かない。釈然としないまま、ロベリアは首を振った。

「(攫った、とは言ってるけど……そんなことしなくても、紅亜は信じてついて行ったんじゃないかしら)」

 ロベリアは胸中でそう呟くと、白衣のポケットに手を入れて佇むシュヴァルツ(kz0266)へ涼しい眼差しを向けた。

「シュヴァルツ。その様子だと、この件のことは色々知ってたんじゃない?」

 彼は頷きもせず、視線だけを此方へ寄越す。肝の据わった佇まいに綻びは見られなかったが、唇の端を僅かに歪め、

「色々なんて烏滸がましいもんじゃねぇよ。只……出来の悪ぃ軍医やってるつもりはねぇからな。創傷を見て察することもあるって話よ」

 芯のある低い声で応えた。

「それなら、その時の白亜の様子も覚えてるでしょ。何で事実を伏せたのか」
「さあな。カウンセリングは無理強い出来ねぇんでよ。……まあ、誰かの心を傷つけるくれぇなら独りで苦しむヤツだ」
「……きっと、リュネを慕う紅亜の心を護りたかったのね。全く……。リュネが知らない想いも白亜から伝えてほしいけど」
「何がどう転ぼうがココまで来た以上、アイツがケジメをつけることだ。オレらに見て見ぬ振りさせてきたツケくらい、この場で払ってもらわねぇとな」
「おれ、ら……?」

 首を傾げながら言葉を拾うロベリアに、シュヴァルツがにっと笑う。

「何だかんだ言いつつ、付き合い良いだろ? まあ、今日もそうだが……信頼してなきゃついて来ねぇよ。アイツにも見届けようとする情があるんだろうな」




「赤頭巾を攫った白き花……染まる花の零した“後悔”と抱いた“切なる願い”は何じゃろうな」



 澄み切った月。
 青む下。
 花明かり色の“太陽”が駆け出すと同時、蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は《双牙》を唱え、《アンチボディ》と魔女の呪言――《夢幻蝶》でミア(ka7035)をカバーする。

「穢れていく自身と、名の通りに白き友との違いに嫉妬したか?」

 人の配置、動きの把握と不意打ちを警戒する為、マスクで暗視状態を維持していた蜜鈴は、位置取りにも注意を払っていた。そう――

「リュネが誠に白亜に伝えたかった言の葉とは……のう? 琉架」

 傍らの“黒蛇”へも。

「おんし、何ぞ知って居るのでは無いか?」

 外灯に寄り掛かり腕組みをする琉架の瞳は、変わらず交戦の動きを追っていた。

「琉架やシュヴァルツを疑いとう無い……が、何も知らぬと通すには少しばかり都合の良い立場に見えてのう? 此処まで来て彼等を落とした黒幕の姿が見えぬと云うも少々可笑しな話じゃ」

 互いの表情が反応を示すことはない。

「観劇を楽しむには渦中に居るが最も楽しめるであろう? すまぬな、子等と違うて疑う事が妾の役目じゃ」
「謝る必要はないよ」

 琉架は目線を外さぬまま、

「享楽的な性格は心得ているし、元より君達から信頼を得られるとは思っていないさ」

 気持ちを込めるでもなく、さらりと言ってのけた。

「歪虚の世界に片足を突っ込むような下卑た趣味も俺にはないよ。俺が此処で出来ることと言えば……“時間稼ぎ”の手伝いくらいだろうね」
「時間稼ぎ、じゃと?」
「束縛された兄が、やっと解放されるかもしれないんだ。弟としては正念場だろう」
「……なるほどのう。黒亜の真意はソレか」

 覚った唇から、溜息が尾を引く。

「人は死ねば終わりだ。次は無い。だから、黒亜には死なない程度に気張らせてあげよう。――っと、失礼。ミアちゃんと約束したのでね」
「ふ……ほんによく言う」

 蜜鈴は薄い苦笑を端整な顔に上らせながら、琉架の後へ続いた。










 兄と妹。
 叫び合う得物。

 その音はまるで、泣き声のようであった。



「(もし好きな人を傷つけたら、紅亜さんの”心”も傷つく。それは絶対にだめ)」

 翡翠の星とも見える耳飾りを煌めかせながら、物言わぬ姫に《ジャッジメント》を打ち込む灯(ka7179)

「今、一番頭を冷やさなければいけないのはあなた」

 灯は天幕を背に飛び退ってきた黒亜(kz0238)へ駆け寄ると、彼の頭をぽこんと叩いた。状況が状況なだけに、黒亜は眉を強烈に跳ね上げると、刃のように鋭い視線を突き刺してくる。灯はその眼光に呑まれぬよう、心を保ちながら言葉を搾り出した。

「お兄さんを支えたいのでしょう。護りたいなら傍に居なさい」

 以前、琉架が道を示してくれたように、

「護りたい人をきちんと見なさい」

 彼にも、同じように伝えたい。
 感情の波に呑み込まれず、彼が真実を見つけられるようにと願った。

 しかし、彼の反応は慮外なものであった。

「オレは、オレのやるべき事をやってる。だから“今”、“ココ”で兄妹喧嘩やってんだろッ!!」

 激越な口調に、灯は思わず驚目を瞠らせる。
 その時、視界の片隅で金属音が跳ね返った。灯を狙った紅亜(kz0239)の攻撃を、琉架の刀身が弾いたのだ。

「……琉架さ、」
「こちら側に紅亜ちゃんを引き付けておけば、少なくとも白亜達は意義のある時間を手にすることが出来る」
「はい」
「まあ、黒亜の場合、感情論に結果がついてきただけだがね」

 灯が視線を戻すと――

「紅亜……おんしは唯和去ルか? リュネの妹か? 白亜と黒亜の妹か? ……妾の知る紅亜は、その両方に手を伸ばす強き姫君で在った……して、おんしは誰じゃ?」

 紅亜に問い掛ける蜜鈴の後ろ姿があった。
 灯は返答を示さぬ紅亜を、沈痛な面持ちで見据える。

「(紅亜さん、私の知っているあなたは優しくてかわいい“白亜さんと黒亜さんの妹”。あなたは私達の大事な友達。あなたは、あなた達はもうリュネさんだけのものではない。白亜さんと手を繋ぐ白藤さん、ロベリアさんやシュヴァルツさん、琉架さんや私達が、あなた達をどれほど心配しているか)」

 そして灯は、視界に映った友の意志を察し――

「(抱きしめて救ってくれるのはきっと、ミアさんがしてくれる)」










 誰も、死んで欲しくない。
 ――“誰”も。



「(目が覚めたら全て終わっていた、なんてことにはしたくない)」

 《金剛》を掛けたミアが、交戦を続ける兄妹の間合いへ入る。

「(だから、ミア達がくーちゃんを解放したい)」

 自惚れと思われてもいい。



「迎えに来たよ、くーちゃん」



 何時かの月影の森で繋いだ手。

「もう、二度と置いてけぼりにはしないよ。くーちゃんを独りにはさせない」

 彼女が思い出せなくてもいい。
 会話が出来なくてもいい。
 目で見、耳で聞き、肌で感じることは出来るはずだ。

 ミアは唯和去ルとしての彼女ではなく、紅亜という彼女の感覚を信じた。

 黒亜と紅亜の間へ躍り出るミア。
 疾風に唸る脚。
 大切な友達へ差し伸べる手――。

 攻撃を受けようと、どんな結果になろうと、ミアは逃げるつもりなどなかった。例え、目の前で薔薇地の花弁が散ろうとも。

 ミアの脳天に衝撃が走り、視界がぐらりと揺れる。
 しかしそれは、ミアの代わりに臓腑を潰され、崩れ落ちる彼の身体を受け止めたからであった。

「なん、で……なんで……」

 ミアの膝がくず折れる。

「クロちゃ……どうして? どうして、ミアなんかを……」

 口の端から血を流す黒亜を胸に抱きながら、呆然と呟くミア。すると黒亜は、消え入りそうな声で一言――



「……ともだち……だから……」



 “彼女”の紅水晶の双眸が、やおらに揺れる。

 涙を堪えるように顔を固くし、唇の端を震わせる“友達”。

 かなしい。
 くるしい。
 いたい――。

 彼女の心の痛みが紅亜の胸の奥を走り抜けていく。



「……ミ……ア……」



 そして、“ともだち”を護った“兄”の姿を現に映した瞬間――



「…………ク、ロ?」










 “紅亜”の心は悲鳴を上げた。




「自分の手で決着を付けないのは、後悔するわよ」



 ロベリアの助言が空気に鞭を打つ。
 どんな形であれ、傷痕の残らない結果はない。ならば――



 その時、泣き声に似た悲鳴が響き渡った。
 弾かれたように白亜が天幕の外へ駆け出すと、両手で髪を鷲掴みにしながらしゃがみ込む紅亜の姿があった。

「紅亜!!」

 白亜の呼び声に罪悪感を滲ませた双眸が、天幕の入口へ向く。紅水晶に映る白藤、ロベリア、シュヴァルツ、そして――

「……お、にぃ……ちゃ……」
「クゥちゃ――」
「たす……け、て……





 ――はくあ、おにいちゃん……」

 子供のようにたどたどしい声が助けを求めていたのは、実の兄にであった。リュネの目許が一瞬、安堵に緩む。
 駆け寄った白亜は瞬時に状況を察すると、「大丈夫だ」と紅亜の頭を胸に寄せ、彼女の背中に腕を回す。そして、

「リュネ……俺は、お前の“意志”を受け容れよう」

 静謐な口調で語りかけた。

「……そうやってまた、君だけが傷つくのか?」
「俺はお前の親友であり、家族だからな」

 リュネは感傷の色を深く刻む。

「……心の何処かで、少し期待していたのかもしれない。もしかしたらまだ、僕の居場所が残っていて、昔のように――……身勝手だね、本当に。死ぬ前も、死んでからも、僕は自分のことしか考えていない。だから僕は、自分の手で剣を抜き、自分を終わらせたんだ。……でも、今度は違う。終わらせるのは、君に巣喰う“僕”だ。





 ――白亜。君達の笑顔や幸せを奪ってごめん。苦しめて、ごめん」

 腰に差した剣に手が触れる。

「もう、“変わって”いいんだ、白亜。君は、もう自分を殺さないでいいんだよ」

 白藤とロベリアが同時に銃を抜く。

「さよなら、白亜。……見届けてくれて、ありがとう」










 瑠璃の幕のような深い空に、銃声が響くことはなかった。
 真上に灯る月は、物言わなくなった首を唯冴えに、冴えに――弔っているようであった。















「リュネ……俺は、お前の後悔を軽くしてやることが出来たか……?」

 掬い上げた過去。
 救い上げた後悔。





 零れ落ちた“めでたし”は、誰かの嗚咽で幕を閉じた。


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参加者一覧

  • 天鵞絨ノ空木
    白藤(ka3768
    人間(蒼)|28才|女性|猟撃士
  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009
    エルフ|22才|女性|魔術師
  • 軌跡を辿った今に笑む
    ロベリア・李(ka4206
    人間(蒼)|38才|女性|機導師
  • 天鵞絨ノ風船唐綿
    ミア(ka7035
    鬼|22才|女性|格闘士
  • 花車の聖女
    灯(ka7179
    人間(蒼)|23才|女性|聖導士

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アイコン 【相談卓】救うべきモノは…
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009
エルフ|22才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2019/05/18 19:35:34
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/05/13 01:02:48