• 春郷祭1019

【春郷祭】演奏会で会いましょう

マスター:三田村 薫

シナリオ形態
イベント
難易度
易しい
オプション
  • relation
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
少なめ
相談期間
5日
締切
2019/05/21 07:30
完成日
2019/05/28 01:52

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●明るいことがしたいです
 教師ジェレミアは悩んでいた。自分も遭遇した嫉妬歪虚・アウグスタが方々で暴れているせいで、彼の学校の生徒、町の人間が大いに怯えているのである。
「はぁ……あの子、今何してるんだろ……この前も逃げちゃったしなぁ……」
 と、ため息を吐いているのは、ハロウィンでアウグスタに出会ってしまったリンダだ。先日はからくり屋敷に一緒に閉じ込められると言うなかなか危ない目に遭っていたが、持ち前の強気さでどうにか立ち直っている。
「リンダさん……」
「あの子、同じ所にまた来るって言うじゃない? また来るのかなぁ。馬鹿の一つ覚えって感じ」
「う、うん」
 リンダはなかなかたくましいようだった。
 とは言え、ここ最近のアウグスタの悪行三昧は目に余る。ハンターたちも都度対応しているようだが、何しろ彼女には大蜘蛛と言う足がある。馬車代わりにあちこち好きなところにいけるのだ。また、いつこの町に来るか知れたものではない。
「うーん」
 とは言え、落ち込んでばかりもいられない。ネガティブな感情は悪いことを呼ぶ。何か明るいことは……。
 そこで、彼は自分が歪虚に襲われた時に立てこもったのが音楽室だったことを思い出した。
「あー、音楽会とかやったらどうかな」
「音楽会?」
「うーん、荒んだ気分を吹き飛ばすために。丁度郷祭だしね。嫉妬王もやっつけたし、お祝い演奏会をしよう」
「それってアウグスタ来ちゃいそうじゃない? 王様の仇! って……あ、うーん、あの子そこまで考えなさそう。ていうかそんな気分じゃなさそう」
 先日からくり屋敷で落とし穴にはめられた後の反応を見ると、「楽しいことやってるから来ちゃった」と言うテンションにはならないだろう。
「そうだね。そこまで熱意はなさそうだ」
 そもそも、嫉妬王の言うことを聞いていたのだろうかあの娘……。
「まあ、歪虚もアウグスタだけじゃないし、ハンターさんに警備でもお願いしようか」
「先生ナイス! さすが伊達にハンターさんと会ってないわね」
「でしょう? もう先生すっかりハンター慣れしちゃったよ。はっはっは」
 ほとんど有事でのハンター慣れである。有事慣れはしたくないなぁと彼は思っている。

●折角だから演奏もしませんか?
 と、言うことでハンターオフィスに依頼が入った。最初は音楽会の警備だけ頼もうとしていたジェレミアだったが、ふと思いつき、
「折角だから、音楽好きのハンターさんも演奏で入ったりしないかな」
「あ、それ良い! 演奏者、スタッフ、警備を募集ってことにしようよ」
 リンダとジェレミアは、オフィスの受付で依頼の手続きを行なうのだった。

リプレイ本文

●準備
 レイア・アローネ(ka4082)はリコーダーを持って準備の手伝いをしているリンダを見付けると、とんとん、と肩を叩いた。リンダは振り返ると、それが先日自分を助けに来てくれたハンターの一人だとすぐにわかったらしい。
「あっ、こないだの。あんた、もう怪我は良いの?」
「ああ。すっかり良くなった。今日は警備に来てる。君は大丈夫か?」
「うん。あたし、立ち直りが早いんだ」
「安心したよ」
 彼女は演奏会に参加する友人のリラ(ka5679)を見付けると、手招きをした。
「リラ、紹介しよう。リンダだ。リンダ、こちらリラ。先日の現場にいたハンターの妹だ」
「あ、そうなんだ。こんにちは。あたしリンダ。ご家族にはお世話になりました」
 そう言ってぺこんと頭を下げる。
「あたしは今日演奏なんだけど、あんたは?」
「私も演奏ですよ」
 リラはそう言って、十字の持ち手がついたハンドベルを軽く鳴らして見せた。どことなく神々しい音がする。それから、彼女は知った顔を見付けたらしい。顔を上げて、屈託のない笑みを見せた。
「まあ、音楽会ですしね。居るとは思ったけれど」
 と、やって来たのは、ブリジット(ka4843)だった。彼女も奏者として出るようで、手には木目が美しいバイオリンがある。
「リラの友達なんだ? じゃあ一緒に打ち合わせ行こ! じゃあね、レイアまた後でね!」
「ああ、頑張ってこい。私は警備だが、余裕があれば見に来よう」
 レイアは三人を見送った。

●憧れの舞台へ
「Gacruxさん、大丈夫ですか?」
「はい、なんとか」
 央崎 遥華(ka5644)は、タンバリンを持って緊張の面持ちをしているGacrux(ka2726)に声を掛けた。戦闘では堂々としている彼が、小さな打楽器を持って所在なさげにしている姿は、どこか今日の平和さを感じさせる。
「あんたはギターですか」
「ええ、これね、こう言うところですごく使えるんです」
 ジャガーノートはサウンドホールなどに施された魔法により、騒音でかき消されるようなやわな音は出さない。名に恥じない音響だ。
「あんまり目立ち過ぎないようにするつもりではいますけど。皆で演奏するものですし。Gacruxさんはタンバリンですか?」
「ええ。腕や手を使う初歩的な奏法でいこうかと。体で覚える点では運動と似ていますからね」
 覚えてきた奏法でシャカタンシャカタン鳴らしてみせる。遥華がそれに合わせて軽くギターをつま弾いた。二人いれば合奏になる。
「ああ、やっぱり良いですねぇ。演奏には元々憧れがあったもので」
「Gacruxさんが緊張するなんて」
 遥華はくすりと笑った。Gacruxは酸っぱい物でも食べたような顔になり、
「いや、戦いと人前での演奏は別物ですよ……」
「そうですね。じゃあ、打ち合わせ行きましょうか」
「がっくん! 頑張ってね! 見てるよ!」
 打ち合わせに向かおうとするその背中に、鞍馬 真(ka5819)が声を掛けて送り出した。その真はと言うと、やって来た客に空席案内だ。
(世話好きの血が騒ぐね!)
「何かお困りごとはありませんか?」
 好青年から爽やかに声を掛けられると、それだけで人間サービスされたような気分になるものである。
「まあ、お気遣い頂いて……どこに座ったら良いのかしら」
「えーっと、あちらのお席が空いてますね。ご案内しますよ。どうぞこちらへ」
 お足元にご注意ください、そう気配りを見せながら案内する。動きやすいスラックスを穿いてきて正解だった。
「ありがとうねぇお兄ちゃん」
「また何かあったらお声がけください」

●Sorciere du melomane
(アイツのコトだ、郷祭──それも演奏会とくりゃ、もしかすっと……)
 警備を引き受けた大伴 鈴太郎(ka6016)はきょろきょろと当たりを見回した。薄紅色の頭を探している。
 同盟で活動していた馴染みの歪虚が姿を消し、しばらくが経とうとしていた。探そうか。そう思っていたその矢先、春郷祭で音楽会があるという。
 音楽狂と呼ばれた彼女なら、きっと。
 そう思って渡りに船と参加したのだが、今のところ当ては外れているらしい。
 特攻服の裾を翻す。請けた依頼は依頼として、きっちりこなすつもりでいるが……似たような面影を見付けると、ついそちらに目が向く。
「大伴、大丈夫か? 何か探し物か?」
 そこへ、通りかかった鳳凰院ひりょ(ka3744)が声を掛ける。
「えっ? あ、いや、なンでもねぇよ。人が多いなって」
「そうだな。人に見てもらう催しは、観客が多ければそれだけやる気にも繋がるしな」
「だな」
「では俺は向こうの方へ。何かあったら連絡させてもらう。よろしく頼む」
「おう。オレもなンかあったら連絡するからな」
 インカムをとんとんと叩いて見せて、ひりょを見送った。鈴太郎は彼の背中が見えなくなってから、彼とは反対の方向を巡回しに歩き出した。

●悩みと仲間と
 ルナ・レンフィールド(ka1565)は打ち合わせの段階で簡単に配置のアドバイスをしていた。音合わせも同時に行なう。都合がついた参加者がそれぞれに楽器を鳴らすと、客席の方からそわそわとした気配が伝わってきた。どうやら、楽しみにされているらしい。
「ところで、一つお願いがあるのですが」
 彼女は言った。その「お願い」というのは、今日一緒に参加したハンター有志、高瀬 未悠(ka3199)、エステル・クレティエ(ka3783)、ユメリア(ka7010)たちとの合奏をさせてもらえないかと言うこと。
「合間に一曲だけなら。時間でプログラム組んでいるので、そう何曲も、は難しいんです。すみません」
「いえ、構いません。それと、最後に合唱なんていかがでしょうか? 演奏は任せてください!」
「合唱かぁ。それは良いかもしれない。ただ、今日のために練習してきたから演奏したい人はいるかもしれませんね」
 と、言いつつも、話を聞いた職員はちょっと乗り気だ。
(……兄さま)
 エステルはちらりと後方を振り返った。兄のユリアン(ka1664)は、やって来た観客を席に案内している。自分と同じ、優しい青い瞳。優しい眼差し。
 演奏会に出るから聞きに来て欲しいとねだったところ、兄は了承して同じ依頼のスタッフの方で入ってくれた。自分の音を聞いて欲しい、という願いがそうさせた。
 客を案内し終えたユリアンが顔を上げた。目が合う。彼は微笑み掛けてくれた。エステルも、笑んで頷き返す。
(きっと聞いててくれる)
 そう思うと安心した。悩んでいることはたくさんあるけど、今日は置いておこう。

●舞台にて
 ディーナ・フェルミ(ka5843)は舞台で同じ出演者たちに挨拶している。
「演奏に参加するディーナ・フェルミと言うの、今日はよろしくお願いしますなの」
「アンタのこと知ってる。ハロウィンの時に来てくれたハンターでしょ? あたしリンダよ。今日はリコーダーなの。あんたは?」
「私はパーカッションなの」
 十字型の持ち手がついたハンドベルをりんりんと鳴らしてみせる。他にも、学校側で用意されたいくつかの打楽器を担当するつもりでいた。シンバルは生徒が張り切っている。
「ふーん。何かオルガンとかの方が弾けそうだけどね」
「一応司祭だから、鍵盤楽器は弾けるけど、学校の発表会なら学校の子が弾いた方がいいかなって思ったの。次に得意なのは聖歌になっちゃうし」
「あー、うん。練習してるからね。鍵盤と聖歌なの? すっごい両極端ね」
「ふう、こんなものですかねぇ」
 星野 ハナ(ka5852)が打楽器を運んで来る。重たいものは、一般人なら成人でもキツイものがあるが、ハンターならこれこの通りである。
「ああ、ハナさん助かるよ。ありがとう」
 ジェレミアが眉を下げながら礼を言う。
「星野さんありがとうございますなの」
「万が一奏者が腕傷めちゃったら駄目じゃないですかぁ。ここはスタッフの私たちに任せてくださいぃ」
 よっこいしょ、と所定の位置にドラムを置く。生徒たちは、最初の方ですでにハナから大きい楽器は任せるようにと言われているので大人しくしているが、わらわらとハナのあとにくっついている。
「わ、私は警備に参加しようと思ったんですが……」
 サクラ・エルフリード(ka2598)がリュートと複合楽器バンドリオンを担いでおろおろしている。警備中に一人でこっそり弾くつもりだったのだろうか。どう見ても最初から合奏での参加者である。だから、誰も彼女の間違いに気付かなかった。
「ああ、あんたも楽器で参加ですか」
 ぎこちない微笑みを浮かべながら、自前のスーツに着替えたGacruxが声を掛けた。
「Gacruxさん……タンバリンなんですか……」
「ええ……」
 普段の彼ならば、もう少しここから軽妙なトークが続くのだが、どうも緊張しているようで、にっこりと口角を上げるだけである。サクラは察した様に、
「……緊張しているんですね……私も人前で歌うのはちょっと恥ずかしいとか思います……」

「ジェレミア先生、本日はよろしくお願いします」
 フィロ(ka6966)はそう言ってぺこん、とジェレミアに一礼した。彼に挨拶しにきた穂積 智里(ka6819)もその隣に立っている。
「私達が警備してますから、安心して楽しく演奏して来て下さいね」
「うんうん。ハンターさんたちがこんなに来てくれてるんだったら、皆安心。大船に乗ったつもりで演奏できるよ! よろしくお願いしますね」
「じゃあ私はこれで」
 智里は軽く頭を下げると、警備の持ち場へ向かっていった。

●開演
 指揮者がタクトを上げる。最初はバイオリンから始まった。ブリジッド、未悠も含めたグループが、息を合わせて弓を動かしている。弦の震えが、滑らかな音を作り出して広がって行く。楽器ごとの音色が互いに寄り添うように、「音楽」を作った。
 音楽には人を幸せにする力があると、そう確信している未悠は、幼い頃からバイオリンを仕込まれているため、その腕はなかなかのもの。
 遥華のギターがゆっくりとそれに合わせて、弾む様にメロディを添えた。ゴシックドレスのフリルが、弦を弾く度に揺れる。見ているだけでも楽しいし、何より遥華が楽しそうだから、観客達も自然笑顔になるようである。
 ディーナとGacruxは、ドラムとタンバリンで控えめにリズムを刻んだ。
(緊張しなくて大丈夫なの。一人で演奏するわけじゃないの。皆で演奏するから大丈夫なの)
(ええ……ええ……ありがとうございますディーナ……)
 慎重に演奏したおかげで、抑え目の音が全体のバランスを整えている。
 主旋律に、リラのハンドベルが合流した。ブリジッドが振り返る。二人は顔を見合わせて、にっこりと笑う。ブリジッドが、ハンドベルの音を包むようにビブラートをかけた。あくまで全体のバランスは崩さずに。

●ファーテリティ
 吹奏楽器も演奏を始めている。エステルの、星を思わせるすこし黄みがかった銀製のフルートが、高くも愛らしい音を転がすように奏でた。
 悩んでいることも、迷っているとこもたくさんあるけれど、今はそれを置いておこう。
 ふと顔を上げると、客席の兄と目が合った。兄もそれに気付いたようで、少し口角を上げて頷いて見せる。
 ちゃんと聴いてるよ。そう言われているようで。
(嬉しい)

 フィロも、リコーダーパートに混ざってオカリナを吹いていた。葉や稲穂などの模様が入ったオカリナは、農畜産品を扱う郷祭には相応しいだろう。素朴な音が、リコーダーと合わさって優しい音を作る。
(フィロさん、全然間違えないんだぁ……)
 リンダはリコーダーで自分のパートを吹きながらちらりと隣のオートマトンを見上げた。自分も暗譜しているけれど、うっかりど忘れしちゃったら怖いから、譜面台に楽譜を乗せている。
 けれど、自分よりうんと後に楽譜を見たはずのフィロは、すっかり頭に叩き込んだみたいで、迷うことなく、空いた穴を細い指で塞いだり開けたりしている。堅実な演奏だった。
(あたしも頑張んなきゃなぁ)
 リンダは目の前の譜面に集中した。

●うりぼう捕獲隊
 トラウィス(ka7073)と深守・H・大樹(ka7084)はゆったりと周辺を巡回していた。
「僕は歌や楽器はサッパリなんだよねー。あ、聴くのは好きだよ」
 と、言いながら、流れてくる音楽に耳を傾ける。トラウィスも同じように音楽は聞いているらしい。
 天気が良い。緑は青々としていて、目に心地良い。アンネマリーが提案した生け花の設置も、鉢植えを置くことで手が打たれた。後で花壇に植えるものに回そう、ということだ。
 特段、怪しい人物や歪虚はいないように思えた。その内、向こう側から赤い頭が見えてくる。同じく警備を引き受けた、ルベーノ・バルバライン(ka6752) だ。
「どうだ?」
「こっちは特に何もないよー。ね、トラちゃんくん」
「はい。平和です」
「そうか。それなら良いのだが」
 と、言っている間に、ルベーノのトランシーバーがジェレミアの声を受信した。
『えーっと、こちらジェレミア。あの、小さいものがうろうろしてるって言われたんだけど、誰か行けるかい?』
『小せぇのがウロウロ? く、くまごろッ──はちゃんとココにいるな』
 鈴太郎の焦ったような声が聞こえた。どうやら、相棒のサポートロボットが歩き回っていると思ったらしい。
『鳳凰院だ。すぐ向かう。どっちだ?』
「バルバラインだ。俺とトラウィス、大樹も行こう。アウグスタだろうが雑魔だろうが一匹も通さん……」
『あっ、待って今続報が入ったよ! うりぼうみたいだ』
「なにっ?」

「犬猫ならともかく、と思ったけれど、猪だとちょっと危ないね」
 うりぼうを捕まえに行く道すがら、大樹が言った。鈴太郎、レイア、智里は、全員が持ち場を離れるのはまずいと言うことで待機だ。鈴太郎に関しては、うりぼうが気になる様ではあった。
「悲劇を生むから野生動物と人は馴れ合っちゃいけないんだって本で読んだ」
「そうなのですね」
 友人の知識に、トラウィスは感心したように目を瞬かせた。
「狩猟料理の本だけど奥深かったよ」
「猪というのは害獣だ。畑を荒し、山を荒し、人里に下りては後ろから人に突撃して怪我を与える。増えすぎて良いことなど何もない。このまま食肉に卸して適当に育てたところで肉にするか、学校で育てて祭りの日に潰して猪鍋を皆に振る舞う、位しか考え付かんのだが」
 ルベーノが難しい顔で唸る。実際、大樹が知識を得たのも狩猟料理の本であるから、どちらかと言うとそう言う方向で動くことの方が多いのだろう。
「そっかぁ」
 大樹はちょっと残念そうだ。トラウィスがいなすように、
「大ちゃん様、先生に相談してみましょうか」
「うむ。ひとまず捕まえて、郷祭のスタッフや教職員に話を通すのが良かろう」
 やがて、三頭の小さな猪が見えた。それを相対しているのは、先行していたらしいひりょだ。アースウォールを立てて進行を邪魔している。フォーマルコートの裾が、不思議に輝きながらたなびいている。
「そっちに行ったぞ! 頼む!」
「任せろ!」
「トラちゃんくん、僕たちも行こうか」
「はい」
 身体能力の高いハンターが四人も掛かれば、捕獲はそれほど難しくなかった。あっという間に、うりぼうはそれぞれの腕に納まる。最初はじたばたしていたものの、やがて疲れたのか諦めたのか大人しくなった。
「くつろいでないか……?」
 ひりょが怪訝そうな目で見る。彼はそのままトランシーバーを取り出した。
「鳳凰院だ。うりぼうは三頭とも捕獲した」
『お疲れさん……やっぱオレも行きゃ良かった』
 鈴太郎はちょっと羨ましそうだった。

●Rock’n’roll
 さて、ここからはロックパートだ。ディーナが軽快なリズムを少し強めに叩く。Gacruxも無理はしないものの、やや早めにタンバリンを叩いた。
 玲瓏(ka7114)がサックスを高らかに吹き鳴らす。学生時代にオーケストラをしていたことがあるらしい。吹き方は忘れていないようだ。借り物でありながら、そうとは思わせない楽しげな演奏。聴かせるのではなく、祝い事なのだから、と楽しむつもりで来ている。
 サクラはその後ろで、バンドリオンを弾いた。ギターは遥華。ルナのリュートも、アップテンポで音を弾ませる。ハナがそれを見ながら音も立てずにノリノリで踊っている。観客は誰も気付かない。奏者は何人かにやりと笑った。
 ハンス・ラインフェルト(ka6750)が、三味線を持って前に出てきた。玲瓏が後ろに下がる。客席がわずかにざわめくと、ギターがサビ直前を盛り上げた。
「最近は三味線ロックが流行っているのですよ。都都逸や長唄よりあちらの方が私は好みですね」
 演奏前にそう語っていた彼は、三味線でロックパートを担当するつもりだったのだ。三味線が貸し出し用楽器の中に紛れ込んでいた理由は永遠の謎だ。誰かの置き土産かもしれない。
 ハンスは片袖を脱いでバチを高速で動かした。ギターともリュートともベースとも違う、低い独特の弦の音。繋いだ珠を鳴らすように、連なった音が舞台から飛び出した。
(あの日の朝)
 警備らしいハンターが視界に入った。それを見て思う。同じく警備に入っている筈の彼女のことを。
(何故私は忘れて彼女が忘れなかったか)
 彼女のことを忘れてしまったがために、手を組もうとした「知らない女」を邪険に振り払った。泣いて語る彼女の話を聞いて、自分が忘れてしまったことに気付いたのだが……。
(例え思い出しても、新たに思いを育むことになっても、彼女から教えられた関係には戻れまい)
 思考を断ち切るように、弦を弾く。
 拍手が轟いた。

●悪夢と音楽と
(ああ、これハンスさんですよね……ふふっ。こういう演奏会で三味線使いそうな人は他には居なさそうですから)
 智里は、少し離れた所でも聞こえる三味線の音に、一瞬だけ頬を緩めた。
 しばらく聞き惚れる。それから、眉をしかめてまた巡回に戻った。
 正月に悪夢を見て、互いに一番大事な相手を忘れた。自分は祖父母で、ハンスは自分だ。
 もし自分の一番が彼であれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
(忘れられないことが苦しくて。思い出して貰えないことが悲しくて)
 空を仰ぐ。
(どうしたらいいんだろう)
「あのう……」
 その時、声を掛けられて振り返る。見れば、顔色の悪い女性がどこか虚ろな目で智里を見ていた。
「どうしたんですか?」
「ちょっと体調が悪くて、どこかに休めるところはないでしょうか?」

「智里さん、お待ちしてました」
 アンネマリー・リースロッド(ka0519)は智里が連れてきた体調不良者を出迎えた。同じくスタッフの志鷹 都(ka1140)も一緒だ。彼女は怪我人を救護スペースへ連れて行く。白いドレスの上から白衣を纏った都は眩しくもある。
「具合はどうですか?」
「ちょっと目の前がぐらぐらしちゃって」
「今日は天気が良いからね。志鷹さん、何かいるものはある?」
 真が尋ねると、
「では、これを濡らしてきて頂けませんか」
 と、救護に使えると思って持参したバンダナを差し出した。
「すぐ戻るね」
 患者に、大丈夫だよ、と声かけをしてから、真は救護所を出て行った。アンネマリーは余ったプログラムでぱたぱたと扇いでいる。
「今日は天気が良いですからね。暑すぎたのかもしれません」
 ちょっと暑さにやられたようだ。水差しの水を飲ませる。やがて真が戻って来た。
「お待たせ」
「ありがとうございます。首に巻きましょうか」
 鼠径部、腋窩、首筋の冷却が有効とされているが、今に関しては首にバンダナを巻くのが丁度良さそうだ。
「ふええ……ありがとうございます……ちょっと楽になりました」
「折角ですから、聞いていってください。今演奏会しているんですよ」
 アンネマリーが扇ぎながら言った。
 ルナたちが提案した演奏が聞こえてくる。

●迷子
「どう? いたかい?」
 ユリアンは小声で、自分の肩に脚を掛けている少年に尋ねた。
「みえない……」
「太陽は見たら駄目だからね」
 受付の時に、困りごとがあればここにおいで、と伝えてあったのが良かったのか、席を離れて戻れなくなった子どもが助けを求めてやって来た。今にも泣きそうなのに、キャンディを渡して双眼鏡を持たせてやる。肩車をして親を探している、と言うわけだ。
「舞台がよくみえる……」
「そうか」
「すげー美人……」
「ママは探さなくて良いの?」
 どうやら、なかなかたくましい根性らしい。ユリアンはくすりと笑うと、少年と同じ面影のある大人を探し始めた。

●CCGGAAG
 ルナの提案により、プログラムの最後の曲で希望者は歌うことになった。ということでセットの変更が必要になる。ハナやユリアンが舞台に上がって不要なものを片付けている間に、場を持たせると言うことで小隊【組曲】のメンバーが演奏を披露した。
 エステルは、セット移動の手伝いに上がって来た兄を見る。ユリアンは軽く手を挙げた。こくりと頷いて見せると、ユリアンもにっこりと笑ってくれる。
 胴に三日月の描かれたリュートを、ルナが静かにかき鳴らし始める。未悠のバイオリン、エステルのフルート、ユメリアの歌がそれに続いた。この曲を提案したのはユメリアだ。セイレーンエコーで増幅された歌声を客席に届ける。

 詩人を止めたいという時もあった。
 生きてることすら。
 それが、かけがえのない友人たちの輝く笑顔と慈愛の言葉で救われた。
(ずっと寄り添ってくれてありがとう)
 友情と愛を込めて。ユメリアは歌い上げる。仲間たちと視線を交わしながら。

 ユメリアと同じ曲を提案していた未悠も、跳ねるように、笑うように、明るく楽しく奏でている。リアルブルーでは大人から子供まで幅広く知られている歌だ。可愛らしくて元気なこの曲が皆に音楽の楽しさを教えてくれますように
 演奏しながら音を重ねる幸せに微笑む。

 エステルは仲間達の音へ寄り添うように、フルートを鳴らしている。こんな時だから上手さに関係なく音を楽しみたくて参加した。
 今私は楽しい?
 きっと。
 指を動かす度に音が変わる。当たり前のことだけどそれが楽しい。
 後でもう一度兄に会いたい。

 ルナは持てる技術の全てを使ってリュートを奏でる。多くの異なる旋律の調和への願いを込めたリュートを。
 観客は、それが舞台転換の場つなぎであることを忘れたかのように聞き惚れていた。他の参加者も、手持ち無沙汰を感じずにいられたらしい。短い曲が終わると、また拍手が上がった。

●ユニゾン
 最後の曲は一部が合唱になるはずだったが、ここはエステルが更に提案をしている。
「ユニゾンのパートを作ってみたらと思います。ハーモニーも素敵ですけど。沢山の楽器が一つの音を揃えて出すのも素敵だろうなと」
 違いを重ねるのではなく、皆で同じ音を揃える。
「あたしやりたい。だって合唱だと他のパートに釣られちゃうから大変なんだもん」
 リンダや他の生徒の幾人かが賛同した。反対者は特におらず、最後の曲は、歌う者は斉唱となった。楽器の方は、パートごとに練習しているから、今から別のパートができるかと言うと難しいのだ。

 リラが歌い始めた。
(自由奔放を体現する様な彼女がまず歌いだし、私がそれに音を重ねる)
 ブリジッドがそれに手を添えるように自分の音を重ねた。リラの願いは「皆で手をつないで幸せになれます様に」。それを受け止め、一緒に叶えるため。

 ディーナも打楽器があったスペースで朗々と歌い上げる。Gacruxがその後ろでタンバリンを叩く。ここまでの間で大分コツを掴んだ。ディーナの分まで、というのはまだ無理だが、無難にリズムを刻む分には何も問題がない。
(俺も大分上達しましたね……)
 演奏会で、最初から最後まで同じ楽器をこなせたと言うのは達成感を得られるものだ。純粋に楽しいし、憧れていたから嬉しくもある。
(次回があればまたタンバリンで……いや別の楽器も楽しそうですね)

●閉幕
 時間的に少々押したが、これはどんな舞台にでもあり得る範疇で、ほぼ予定通りに演奏会は終了した。
「ありがとうございました。お気をつけて。天気が良いので水分補給してくださいね」
 真が笑顔で観客を見送る。郷祭はまだまだ続くのだ。次の会場に向かう者もいるだろう。先ほど救護した女性は、すっかり元気になって移動して行った。

「ありがとうございました!」
 エステルはフルートを持って、帰って行く観客たちに挨拶をして見送った。それから、片付けを手伝い始めている兄の傍に寄る。
「兄さま、どうだった?」
「よく頑張ってたよ」
 妹の頭をぽんと軽く撫でる。
「皆もお疲れ様」
 演奏者たちに拍手を送った。

「失敗したらどうしようと思っておりましたので……問題なく演奏出来て安堵しております」
 フィロはそう呟くと一礼した。
「フィロさん全然間違えないんだから。でも良かった。おかげであたしも頑張ったし」
 何故かリンダの方がご満悦である。

「懐かしさに惹かれて入りましたが、楽しかったですね」
 借りた楽器を返しながら、玲瓏は微笑んだ。
「うん、玲瓏さん楽しそうだった。また機会があったら来て下さい。お待ちしてますよ」
 ジェレミアが受け取りながら返す。
「ほんと皆楽しそうだったなぁ。僕も何か楽器やろうかなぁ」

「ブリジッド、お疲れ様」
 リラが無邪気に駆けてくる。ブリジッドは軽く拳を持ち上げた。リラもそれにこつん、と自分の手を合わせる。
「楽しかったですね」
「ええ、とても」
 音楽とは自由に、楽しくあるものだ。舞台を下りながら、友人同士は語らう。

 鈴太郎は、三々五々散っていく客たちを見送った。やはり目当ての姿はなく、小さく息を吐く。
「ま、そう簡単にゃ見つかンねぇさ。ったく、どこで何やってンだかよ……」
 初夏の風が、長い髪をなびかせる。
 思い出と一緒に。

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MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 探究せし雪の姫
    アンネマリー・リースロッド(ka0519
    エルフ|13才|女性|聖導士
  • 母のように
    都(ka1140
    人間(紅)|24才|女性|聖導士
  • 光森の奏者
    ルナ・レンフィールド(ka1565
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • シグルドと共に
    未悠(ka3199
    人間(蒼)|21才|女性|霊闘士
  • うら若き総帥の比翼
    ひりょ・ムーンリーフ(ka3744
    人間(蒼)|18才|男性|闘狩人
  • 星の音を奏でる者
    エステル・クレティエ(ka3783
    人間(紅)|17才|女性|魔術師
  • 乙女の護り
    レイア・アローネ(ka4082
    人間(紅)|24才|女性|闘狩人
  • 咲き初めし白花
    ブリジット(ka4843
    人間(紅)|16才|女性|舞刀士
  • 雷影の術士
    央崎 遥華(ka5644
    人間(蒼)|21才|女性|魔術師
  • 想いの奏で手
    リラ(ka5679
    人間(紅)|16才|女性|格闘士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 友よいつまでも
    大伴 鈴太郎(ka6016
    人間(蒼)|22才|女性|格闘士
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルト(ka6750
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士
  • 我が辞書に躊躇の文字なし
    ルベーノ・バルバライン(ka6752
    人間(紅)|26才|男性|格闘士
  • 私は彼が好きらしい
    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • ルル大学防諜部門長
    フィロ(ka6966
    オートマトン|24才|女性|格闘士
  • 重なる道に輝きを
    ユメリア(ka7010
    エルフ|20才|女性|聖導士
  • 平和な日々の思い出を
    トラウィス(ka7073
    オートマトン|24才|男性|機導師
  • 輝く星の記憶
    深守・H・大樹(ka7084
    オートマトン|30才|男性|疾影士
  • 風雅なる謡楽士
    玲瓏(ka7114
    人間(蒼)|18才|女性|聖導士

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アイコン 【打合せ】演奏会準備委員会
ルナ・レンフィールド(ka1565
人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2019/05/19 07:54:47
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/05/18 23:00:35