My fate

マスター:ことね桃

シナリオ形態
イベント
難易度
難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2019/05/19 07:30
完成日
2019/06/01 22:18

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●死の匂い漂う女との記憶

 ――雨が降る。

 あたしはあの日、昔仲間だったハンターに脇腹を斬り裂かれていた。
 槍で突かれた太腿からもしとどに血が流れるばかり。
 なのに5月の雨は少し冷たく意地悪だ。あたしの体温を少しずつ奪っていく。
「も……おわり……か、な」
 薄れゆく意識の中で自分とは一体何だったのだろうと思う。
 呑んだくれの父と過ごした貧しく不遇な少女時代。
 コミックのような幻想世界に跳ばされてもその立場は変わらず――
 歪虚という敵と戦うための力も意思もあったのに、誰にもそれを理解されなかった。
 どうやらあたしはヒトの思いや痛みがわからないらしい。
 実際、依頼がうまくいかなくて苛立った時……八つ当たりで路地裏住まいの老人を殺したり
 ……依頼中に錯乱した救助対象が邪魔で絞め落としたこともある。

 でもそんなこと、些細なことじゃないの。
 あたしはいつ殺されてもおかしくない状況で戦ってきた。何度も大きな怪我を負ったこともある。
 それでも生きて来られたのはあたしが特別で……一般人が死ぬのはただ、精霊に選ばれない弱者だから。
 それに歪虚を倒すのは私達の使命じゃないの?
 とるに足らない人間を守るより、あたし達が早く歪虚を倒した方が……この世界にとって幸せなんじゃないの?

 そう思いながら猛烈な眠気に襲われた時――
 黒いベルトでできた奇妙な服の女があたしの前でしゃがみ込んだ。
 頭にはすっぽりと黒いフードを被っている。
(これが死神ってやつ? あたしを迎えに来たってワケ?)
 視線だけ女に目をやると、彼女はあたしにこう言った。
「私は不変の剣妃オルクス。……あなたはハンターねぇ? 正のマテリアルの匂いがする」
「……!」
 あたしは武器を手にしようとした。でももう手が冷え切っていて動かない。
「見たとこ死にかけてるようだけどぉ……どうしたのぉ? 仲間に見捨てられたぁ?
 それとも仲間割れでもして殺されかけたのかしらぁん♪」
 どことなく楽しそうにオルクスはあたしの頬を触れる。
 そうしているうちにあたしの涙の跡に気づいたのだろう。
 彼女はあたしを抱きしめると――「辛いのねぇ。私の力を分けてあげる、あなたが望むなら」と囁いた。
「憎いでしょう、あなたを泣かせた奴のこと……
 私と契約するならあなたは永遠に変わらぬ美貌と力を手に入れられるわぁ。
 今まで泣いた分、幸せになれるのよぉ。ね、悪い話じゃないと思うの。私達、良い友達になれると思うし、ね?」
 そう言う彼女の瞳は優しくて……あたしは思わず頷いた。
 そしてオルクス……いや、オルちゃんはあたしにたくさんの幸せをくれた――。


●夢から醒めて

 それはエリザベート(kz0123)が天蓋付きのベッドで惰眠を貪っている時のことだった。
 突然執事長が「失礼します」と私室の扉を開け、恭しく一礼する。
「どうしたのよ、爺や。まだ食事の時間じゃないじゃないの……」
 エリザベートが深紅のベビードールを脱ぎ捨て、ドレスを纏う。
 しかし執事長は苦虫を噛み潰したかのような顔で俯いたまま宣告した。
「お嬢様、ハンター達がこの城に攻め入っております。
 現在オウレル殿とスケルトン隊が前衛に立ち、執事も戦闘に参加しておりますが……状況は厳しいと」
「なんですって?」
「メイド達の支援もありますが、このままでは他の執事はもちろんのこと、
 私とメイド長も戦闘に出なければなりません。お嬢様、バルーン改の起動と……
 仕立屋ならびに掃除屋の力も必要になるやもしれませぬ」
「そう、でもそれだけのハンターがいるということは下僕候補がわざわざ来てくれたってことじゃない。
 あたしも出るわ、アイアンメイデンを準備して」
「はっ!」
 凛然とした顔で足早に去っていく執事長。
 エリザベートは舌なめずりをし、階下から聞こえる刃と悲鳴にぞくりと身を震わせた。
 今の悲鳴はハンターのもの? それともあたしの手駒?
 いずれにせよ。

(ああ、あたしはこの日のために今まで生きていたのかもしれない。
 オルちゃんを追うのは簡単だったのに……それでも生きながらえたのは。
 あの日の茶会はきっと、あたしと殺し合う価値のある相手を探すためにやったんだ)

 エリザベートは真っ白な肩を抱いて笑みをこぼした。
 恐れなどない。ただ絶望的な戦いに向かう時の絶頂感、それだけで十分だった。
 例え少女期に憧れたあの貴婦人のような破滅に向かったとしてもかまわない。

 ――かつてハンガリーには女性の血を貪り類まれな美貌を保った貴婦人がいたという。
 もっともその罪は重ねるごとに明るみになり、
 最期には食事を差し入れるための窓しかない部屋に閉じ込められ無残に死んだというが……私はそうはならない。
 全てを破滅させ服従させるか、薔薇のように呆気なく散るか、それだけだ。

「ハンターども……あんた達が悪い魔女のあたしを殺して英雄になるのか、
 それともあんた達があたしに敗れて無残な玩具や尖兵になるのか勝負といこうじゃない。
 あたしはもうあの惨めなイロナじゃない、
 剣妃オルクスに力を賜りし自由で高貴で邪悪な吸血姫エリザベートなんだから……!」

 鎖をじゃらりと鳴らし、ヒールの音も高らかに――エリザベートは戦場へ往く。
 誰かの運命を断つために。そして己が宿命の結末をつけるために。

リプレイ本文

●古城を駆ける

 帝国南部に聳え立つ吸血姫エリザベート(kz0123)の居城。そこに踏み入ったハンター達はスケルトン達を蹴散らしながら奥へ奥へと進んでいた。
 しかし城内の罠が執事長とメイド長の手により全て作動されており、侵攻が容易ではない。
 そこでシガレット=ウナギパイ(ka2884)は奇妙な茶会の参加者が収集した情報と地図を手に罠の操作盤を探し出した。
「なるほど、こいつを止めればいいんだな」
 スイッチを逆方向に操作すると、すぐさま通路の罠が動きを止める。
「これでここは安全だな。さ、先へ進もうか」
 シガレットが顎をしゃくると一行は再び後退する敵を追い始める。その中でアーサー・ホーガン(ka0471)が彼にちらりと視線を送った。
「よう、お前はエリザベートやらと会ったことがあるんだよな」
「ああ、随分前のことになるがなァ」
「となると、数年越しの決着になるわけか。俺はパーティーの主賓のために、精々賑やかすとするぜ」
 相手はヒトを取り込む巨大兵器から、使いようによっては一国を滅ぼすことも可能な生物兵器。そして得体の知れない多くの死体と剣妃オルクスの眷属――つまり獲る首に事欠かない激戦地だ。
 逆境にこそ燃える気質のアーサーが颯爽と駆ける。シガレットも次の戦場の罠を解除するために走り出した。
 そこで悔しそうに顔を歪めたオウレルが前線の執事達へ指示を出す。
「ここはもう駄目だ、お嬢様が兵器を揃えられた大広間へ下がるぞ! 僕が殿を務める、お前達はお嬢様への警護を第一にしろ!」
「……!」
 エリザベート直属の騎士オウレルの命に執事達は疑うことなくサーベルを構えたまま後退を始める。
 とはいえ――実のところオウレルは既に人の心を取り戻しており、ハンター達と内通済だ。彼は最前線でハンターに徹底抗戦する素振りを見せつつ、敵味方全員を決戦の地へ誘導しているに過ぎない。
(ああ、もう少しだ。頼むぞ、皆!)
 オウレルは前に前に進むハンターの刃を剣で受け流しつつ、彼らを消耗させないように意識しながら見事に殿を演じる。
 最終決戦まであと少しだ。


●麗しき血戦の地

 オウレルを追い、辿り着いた大広間。そこは豪奢な大理石の床と深紅のカーペット、そしてステンドグラスから射しこむ光が何とも美しい空間だった。
 しかし今、ここには無数の死者と恐るべき兵器がずらりと並んでいる。そしてその最奥でエリザベートが不敵に笑い、結晶を纏わせたアイアンメイデンを肩に担いでいた。
「あの方を討伐すれば帝国の集団失踪事件が解決するのですよね? ならば私のやることは前に進むのみですっ!」
 フィロ(ka6966)がグローブ状の星神器「角力」にマテリアルを送り込み、一気に地面を蹴り上げた。道を塞ぐ執事の顎を鋭く蹴り飛ばす様は普段のたおやかさから想像もつかないほど力強い。
 アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)も道を切り開くべく駆け出した。
「エリザベート、お前と戦うのは何度目だったかな? 煮え湯を飲まされたり飲ませたりしたな。だが、いい加減この縁も終わりにしようか。……お前の『己』を通しきった部分だけは認めている」
 城に踏み入った時点で自らの生体マテリアルを代償とする超覚醒を発動させた彼女の厳かな声。それはエリザベートへある種の敬意を表している。
 そしてアルトは踏鳴を発動させ、超人的な速度で一気に敵陣を斬り裂いた。――その恐るべき業の名は散華。執事、メイド、そしてバルーン改の脚の付け根から次々と漆黒の血が噴き出す。彼女はエリザベートへの道を塞ぐもの全てを試作法術刀「華焔」で断っていく。
 その頃、アルマ・A・エインズワース(ka4901)は相棒にして参謀の仙堂 紫苑(ka5953)と婚約者のフリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)に眉尻を下げて一言告げた。アルマもまた、超覚醒を発動させている。
「後で倒れると思うんで……シオン、フリーデさん、よろしくです」
「ああ、存分にやれ。終わったら肩ぐらいは貸してやる」
 隣で静かに笑う相棒。アルマはそんな彼を心強く思い、迷うことなく自らの腕にマテリアルを集中させた。
(僕の最も頼れる参謀と大好きなひとが傍にいる。だからきっと大丈夫です、負ける気はしません!)
 アルマが大精霊の力を借りて放ったものは「覇者の剛勇」。紫苑、フリーデ、シェリル・マイヤーズ(ka0509)、近衛 惣助(ka0510)、アウレール・V・ブラオラント(ka2531)、澪(ka6002)へ大いなる守護の力を与えていく。そしてオウレルにも惜しみなく力を分け与えたのは彼なりの信頼の証だ。
 一方、バルーン改にまっすぐに立ち向かうのは鞍馬 真(ka5819)。
(エリザベートは因縁のある人に任せるよ。私の役目は、そのために道を切り開くことなのだからね)
 彼は駆け寄る死体を踏み台に軽々と跳び越え、壁を蹴り、時には巨大な死体の懐をすり抜け。剣を無暗に振るうことなくバルーン改のもとへ瞬時に到着した。
「暴食らしい直線的な動きだね、それでは私を止めることはできないよ」
 そう言って彼はスケルトン達の動きを躱しながら二振りの剣を抜き放つ。彼の戦いはここからが本番だ。
 こうして次々と大広間へ集まるハンター達。その中には守護者の姿も少なくはない。その脅威を感じながらエリザベートはなお高飛車に笑う。
「ハハッ、いいじゃん。あんた達全員あたしの奴隷にしてやる。そしてオルちゃんを殺した奴は全員地獄送り、ついでに人類皆殺し……まずは死にな、赤いのッ!!」
 破滅的な笑みを浮かべ、指先から血色の結晶槍を射出するエリザベート。
 それをアルトは冷静に軽く身を引き、躱した。超覚醒で引き上げられた感覚――それは考えなしに放たれた魔法の軌道など容易に読めるほど鋭くなっている。
「威力は十分だが精度は今ひとつ。お前、揺れているな?」
「言ってくれんじゃん、赤いの。いつもあたしの邪魔しやがってさ……!」
 紅い目が爛々と輝くも、その声はいつもの感情的なものではなく昏い喜びに満ちていた。いつもと様子が、違う。
 だがエリザベートと今まで縁のなかったボルディア・コンフラムス(ka0796)にとってはそんな事は無関係だ。
「お~お~……こりゃまた趣味の悪い召使だな。ま、全部薙ぎ払っちまえば問題ねぇよな!?」
 ボルディアは大斧の形をした星神器「ペルナクス」を紅蓮に染め、執事3体とバルーン改が警戒している地点に飛び込むと豪快に烽火連天を放った。烈しく燃えるマテリアルの炎がまるで獰猛な獣の爪の如く歪虚達を……いや、彼女を取り巻く空間全てを抉る。
「……!」
 もの言わぬ執事3体の手足が喰い千切られたかのように燃え尽きる。バルーン改は体についた無数の顔のひとつが完全に潰されたことで、残りの顔がぎゃあぎゃあと喚きだした。そして次の瞬間――。
 どぉん!
 何か巨大な物が弾ける音がしたかと思いきや、漆黒の弾丸がハンター側に落ちてきた。
「危ないッ!!」
 咄嗟にオウレルがボルディアを突き飛ばす。ボルディアが後方に倒れ込むのと同時に弾丸が空中で解けてネット状に広がり、オウレルと彼につくスケルトン達を包み込んだ。
「お前、なんてことを!」
「大丈夫です! こいつは人間を拉致するための兵器、ある程度壊れれば僕達は排出されますからっ!」
 そう叫びつつバルーン改の体内に格納されるオウレル達。その様にエリザベートが肩を震わせた。
「そうか……そういうことか。こいつらがここまで易々と乗り込んできたのはあんたが手引きしていたんだね、オウレル? 今まで妙に従順だったのはそのための演技だったってワケか……ふふふ」
 エリザベートが僅かに見せた動揺。それをマリィア・バルデス(ka5848)は見逃さない。
 新式魔導銃「応報せよアルコル」を肩に構え、リトリピューションで後方に控えるメイド達を強襲するマリィア。まさかこの距離で狙われるは考えてもいなかったのだろう、6体のメイドが防御態勢をとれぬまま光の雨に打たれ身体を硬直させる。
(どれがメイド長だなんて私にはわからない。それなら全て撃つ以外にない)
 硬直したメイドを守るように警戒を始める他のメイドと死体たち。マリィアは「早急に決める!」とすかさずライフルに銃弾を込め、再び得物を構えた。
 それと時を同じくして、リュー・グランフェスト(ka2419)が最悪の生物兵器「掃除屋」に向けて大きく床を蹴り出した。生憎「竜貫」を忘れてきたのが痛恨の極みだが、彼にはそれを上回る業も力もある。
 駆ける彼の両手には星神器エクスカリバーとカオスウィースという二振りの剣が握られていた。
「禍々しき毒っ、お前には早々に散ってもらう! 散華!!」
 まずは深く踏み込んで星の如き輝きを散らしながら掃除屋へ怒涛の二連撃を叩き込む。そして流れるような動作で剣先から放つマテリアルは星を喰らう光の竜「星竜」と化し、掃除屋に襲い掛かる。
 掃除屋は巨大な血色のスライムだ。剣撃にはある程度耐えられるも、煌めく光に噛みつかれればぼろりと表面が焼きつき崩れ始める。そこにマリィアの支援射撃がすかさず入り、硬くなった表皮を削り取った。掃除屋が怯んだ隙にリューが態勢を整える。
 その頃アウレールもアルトやアルマと同じく超覚醒により身体能力を高く引き上げており、一気に攻め上がっていた。権能『聖輝秤量裁定の剣』の業を聖祈剣「ノートゥング」に込めた彼はバルーン改とその周辺の執事とメイドに破滅的な威力の斬撃を振り下ろす。すると先ほどボルディアの一撃を受けた3体の執事が跡形もなく消え失せた。
 それと同時にオウレルがネットごとバルーン改の腹部から吐き出される。エリザベートが確認するように低い声でゆっくりと問うた。
「……オウレル、あんたもあたしを裏切るのね?」
「僕は帝国軍第二師団の軍人だ。帝国に牙を剥く歪虚と戦うのが僕の責務。それは身体が歪虚へ変容しても変わらない!」
 網を斬り裂き立ち上がるオウレルを見下ろし、静かに睨むエリザベート。そこにアウレールが鋭い視線を投げかけた。
「貴女はノブレスオブリージュという言葉を知っているか」
「はぁ? それよりこの前来た時と随分感じが違うじゃない。それが本当のあんたってワケ? イケメン次期侯爵殿」
「ああ、私は相手によって態度を適切に使い分けるのでな。いいか、ノブレスオブリージュは真の貴族と金満クソ野郎との違いだ。城やドレスや権力じゃない。いくらか弱くても気に入らなくても、人を守る為に力を使う。その義務を果たすべく私は此処に来た」
「つまりあんたはあたしを金満クソ女で敵だからぶち殺すってワケね。……オッケー、それならこっちも思いっきり冷酷にイケる」
「そうだ、これでいい。これがいい。仲良く茶会なんて本当はお互い柄じゃないだろう?」
「ああ、そうよ。あたしは気の強い男をあらゆる意味で圧し折ってやるのが好きなの。あはッ、全く願ったり叶ったりじゃないッ!」
「それは何よりだ。鎧の正装に刃のカップで血を啜り合うのが戦場の作法だからな!」
 エリザベートがアウレールに向かいアイアンメイデンを振り回し始める。
 と、その時。
「宝術と符術を交えるとこんなこともできちゃうんですよぉ! 焼き切ってぇ、五色光符陣ッ!!」
 可憐な一声と同時に掃除屋が『ギシャアアッ!』と悲鳴を上げる。巨体が「く」の字に曲がり、地べたに頭を押し付けて悶絶した。
 ――掃除屋の向こうに立っているのは星野 ハナ(ka5852)。彼女の体の周りには無数のマテリアル結晶が輝き、指には無数の符が挟まれている。
(ダブルキャストで五色光符陣を2連発、おまけにストーンサークルで威力マシマシ! 「これ」に劣らずエグいですねぇ、私ってばぁ)
 もっともスライムは形状を自在に変える謎多き歪虚だ。全てを焼き払うまで油断はできない。ハナは残りの符を数え、もう一手放ったら再び数を揃えねばと冷静に考えた。
 その隣でフリーデの黒い雷が真っすぐにバルーン改や執事達を穿つ。
 そこで敵前衛が怯んだ隙にディーナ・フェルミ(ka5843)が星神器ウコンバサラに真珠の如く輝く白を纏わせた。
「猛烈な毒と死の匂い……こんなのを外に出したら絶対にいけないの。力を貸して、トールハンマーっ!!」
 雷神の力を授かった彼女はあらゆる負の力を振り払い、邪なる者の動きを阻害する刃を構える。この猛毒の塊を打ち払うのは聖導士たる己が役目だと。
 その頃、サクラ・エルフリード(ka2598)はカーテンの陰に隠れる巨大なデッサン人形を見つけると自身の華奢な身体に溢れる筋力を滾らせた。
「後ろに隠れていようと私の筋肉に耐えられますか……? マッスルトーチの魅力に……!」
 本能のみで動くゾンビやスケルトン達には効果がないが、知恵ある者の脳にははっきりと刻み込まれる肉体美の光。すると人形だけではなく執事のひとりもピクリと反応を示し、彼女の肉体に目を留めた。一際年齢の若い少年の姿をした執事だ。
「……っ、一介のゾンビの身でありながら私にの光に目を留めるとは……皆さん! 少年の執事が執事長ですっ……!」
「了解しました、サクラ様! 執事長殿の動きを止めてみせます!」
 ユメリアがすかさずプルガトリオを唱える。しかし相手もさるもの、他の執事が彼女の闇の刃で足を封じられる中で軽やかに回避してみせた。
「おやおや、見破られては仕様もありませんな。次の手を考えねば」
 愛らしい声でどこかおどけるように言う執事長。
 彼は傍にいるカイン・A・A・マッコール(ka5336)へレイピアを突き出すも、カインは超々重鞘「リミット・オーバー」で受け流し、執事長へカウンターアタックを見舞った。
「俺はエリザベートやお前らのことなど知らない。単にアルマに借りを返しに来ただけだからな。だが……これだけは知っている。敵は全部殺してしまえばいいと!」
 地に膝をついた執事長に容赦なく斬魔刀「祢々切丸」で渾身撃を叩き込むカイン。
「殺せ。殺せ。殺せ……!」
 呪詛のような呟き。カインは今や戦鬼と化していた。
すると頭の潰れた執事長が慌てて憑依先を変えようと核を抱いたまま霊魂を抜く。
(……っ、霊魂相手じゃ物理攻撃は効かねえか)
 カインが舌打ちし、銃を抜く。そして銃口を抜け殻となった少年執事の喉元に突きつけると彼はにやりと嗤った。
「なぁ、お前らはどうせ一度はあの世に行っている身だろ。それなら最期に最高の馳走を味わえよ!」
 一方で南護 炎(ka6651)はユメリアの魔法で足を止めた執事に斬りかかった。一之太刀でその逞しい腕に力を漲らせ、気息充溢で体内のマテリアルを丹田に集中。そして刀を構える。
「エリザベートまでの道を開けてもらうぜ。それにこれ以上あの幽霊爺さんをのさばらせるわけにもいかないからな! ……終之太刀ッ!!」
 彼が全力で駆けながら放った刃に死体達は受け身をとることも許されず、千々に切り刻まれた。――執事は残り4体。
 そこにアーサーが槍状の星神器「アンティオキア」にソウルエッジの力を宿し、できる限りエリザベートへの道が拓けるように得物を前方へ振り下ろした。
「俺が道を拓く。お前達は先へ進めっ! アンフォルタスの槍!!」
 神殺しの槍が強烈なマテリアルを放ち、死体を突き崩していく。後方に控えていたメイド達も金切り声を発しながらマテリアルの奔流に身体ごとかき消されていった。
 だが一体のメイドが炎を纏ったフライパンをサクラに叩きつけるように投げつける。
 それを腹に受けたサクラは低く呻くも、メイドの動きの俊敏さに強い違和感を感じた。
「……っ、貴女がメイド長ですか……?」
「ええ、左様で」
「しかし私はどのメイドにも」
「憑依できる身」
「変幻自在のこの技で」
「お嬢様をお守りします」
 次々とメイド達が口を開く。これではどれが本物なのかわからない。それならばと紫苑が星神器「アヌビス」を振りかざす。
「それは逆に言えば全員倒せば仕舞いということだろう? さて、この戦いに波濤を起こせるかな? やってみるか」
 バルーン改と死者達を多く巻き込むよう「死者の掟」を発動させる。
 生憎エリザベートや仕立て屋と掃除屋を巻き込むことはできなかったが――バルーン改の無数の顔が硬直し、メイド達も包丁やフライパンを構えたまま動きが止まった。
「……よし、効いたか。初手は大切ですよ、初手こそね」
 これでバルーン改の人間捕獲弾の脅威は一時的に封じられたと言える。
 そこでシェリルが瞬脚とナイトカーテンを併用し、エリザベートに向けて一気に走り出す。
(……始まりはあの小屋……。あの時謡った子守唄を今、貴女に捧げる。あの場所でおっこちた私の心……今ここで拾い上げるの……)
 姿を隠した以上は敵に気づかれてはいけない。ただ、救うべき人を導くため彼女は前進するだけだ。
(オウレルのお兄さん……行くよ!)
 その頃、シガレットは「……悪意ってヤツを絵にしたらこんな感じになるのかねェ」と呻くように言って、大広間を眺めた。いずれにせよ、ここで足を止めるわけには行かない。
(エリザベートから今までにない悪意と愉悦を感じる……嫌な予感がするぜ。こいつは吶喊した仲間達を支えなきゃならんなァ)
 そこで彼は銀嶺のペダルを踏み込むとアーサーが切り開いた道を一直線に駆けた。
「エリザベート、久しぶりだなァ。今日こそ決着をつけようじゃないか!」
「へェ、ゴツいのも来たんだ? でもあたしの前に出てきたからには真っ当にこの城から出られるとか夢見ないでよね? ……さぁ、あんた達もぼうっとしてないで反撃しな! 皆殺しの時間だよッ!!」
 その声を合図に身体の自由が利く執事やメイドらが一斉に攻撃を始める。
 アルトやアウレール、シガレットに包丁を突き立てるべく飛び掛かるメイド。もっとも易々と攻撃を受ける彼らではない。むしろ攻撃がこちらに集まるほど優位に戦えようとアルトは不敵に笑った。
 サクラに仕立屋が奇声を上げて太い縫い針を3連続で発射する。とはいえサクラもマッスルトーチを発動している以上は覚悟の上だ。守りを固めながら斬り返すタイミングを見計らう。
 真やボルディアには執事達が無言のままレイビアを水平に構え突撃した。
「くっ、躱すのは容易だけど……」
「どれが頭なんだかわかんねーのが面倒だなッ!」
 そして掃除屋は身体を赤々と輝かせると猛毒を周囲に吐き出した。ディーナは雷神の加護により毒を吸うことことはなかったが、突然のことでそれを吸引してしまったハナとリューが胸に痛みを感じると同時に喉から大量の血があふれ出した。
「……っ! ぐっ……ごほっ」
 口を押さえてもなお零れだす血。まるで体の芯が腐ってしまったような痛みにふたりは息を荒げた。
 それを見た十色 エニア(ka0370)は一刻も早く首魁たるエリザベートを倒さねばと切り開かれた道を駆ける。
「ようやく、終われるの……今までの戦いを終わらせなきゃいけないのッ!」
 アブソリュートゼロがエリザベートに届くまでまだ距離がある。ならば少しでも敵の力を削がなければ……!
 エニアはブリザードの術式を唱えるとバルーン改に無数の氷のマテリアルを叩きつけた。
 それと時同じくしてコーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)がヘビーガトリング「イブリス」からナイトメアサンダーでバルーン改の脚を狙う。するとアルトが斬りつけた脚に命中し、見事付け根からぼろりともげ落ちた。
『グウアアアッ!!?』
 どしんと尻を落とし、藻掻くバルーン改。しかしそれだけで安堵するコーネリアではない。
「まだ動く余力があるか。それにこの兵力、何やら決死戦も覚悟と見える。ならば望み通り地獄をプレゼントしてやろう」
 弾丸をリロードしながら彼女は鋭い目でバルーン改とエリザベートを睨んだ。
 一方、惣助はエリザベートに向けて走り出した。シェリルはエリザベートと決着をつけるつもりでいる。それならば自分は援護し、彼女が無事に帰還できるよう援護するまでだ。
(シェリル……無理はするなよ!)
 彼女の姿は見えないが、それでも前方にいる敵を撃つことでシェリルの助けになるだろうと眼前のメイドの肩を撃ち抜く。フライパンが転げ落ちるのを視界の端で捉えるも、彼は油断することなく走り続ける。
 その後方でツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)も魔導銃「アクケルテ」でバルーン改を撃ちつつ、アウレールを目指す。
(アウレール殿、アルマさん、フリーデ殿。私も前線でお役目を果たします。……焦りも恐れもしない。ただ引き金を引くだけです)
 勝利至上主義者の彼女の胸には目標とする人物と共に戦える喜びが広がるばかりだ。
 だが彼女とは逆に沈んだ顔の少女もいる。濡羽 香墨(ka6760)は馬を走らせながら今もなおこの戦いに迷いを感じていた。
(……戦うのは嫌だけど。倒さなくちゃいけないから)
 そこに銀嶺に乗った澪が追いつき「大丈夫?」と問うた。
「……ん。この前はあんなだったけど。やるしかないから」
「香墨……貴女の正義に私は同調する。必ず決着を」
「わかってる。澪、力を貸して」
 エリザベートは今まで多くのヒトの血を啜った巨悪だ。例えひとときの人間らしさを垣間見ただけで赦せる存在ではない。
 ――そう何度も自分に言い聞かせ、香墨は馬を走らせる。
 その頃、百鬼 一夏(ka7308)が執事の頭を白虎神拳で砕いた。
「私の因縁の時に仲間が道を切り開いてくれた。だから今日は私が仲間の道を切り開きましょう! 皆をエリザベートに届ける拳の道を作りますよ!」
 一夏の声は明るく溌溂としていて、仲間を勇気づける力に満ちている。ハンター達が「ああ!」と応じる声にエリザベートは――不愉快そうに唇を歪めた。


●よみがえる怒りと苦痛

 次第にむせかえるほどの負のマテリアルと毒が溢れていく大広間。そこでユメリアは聖杖「アルペジオ」と掲げてピュリフィケーションを発動させると、ハナとリューの体から毒素を消した。
「想いが果たされるまで私が護ってみせます。想いはつながることで無限に広がる。エリザベート様……感じますか!」
 ユメリアはオフィスでエトヴェシュ・イロナの記録を確認している。歪虚討伐のためにあらゆる暴力を行使し、そして孤独に破滅していった少女の記録を。
「想い……? あんた達の頭ン中に広がるお花畑のことォ? そんなの知るわけないじゃんッ!!」
 アイアンメイデンに結晶を纏わせ振り回すエリザベート。アウレールはそれをギリギリで躱すも、オウレルとフリーデに結晶が直撃し薙ぎ倒される。
 アルマはフリーデの脚に結晶が突き刺さったのを見た瞬間、胸に湧き上がる怒りのまま叫んだ。
「フリーデさんっ!? よくも僕のフリーデさんに! ねえ、そんなことをして楽しいんですか? ……『イロナ』さん!」
「……!! その名で呼ぶなッ!」
 床を強く蹴りアルマに向けてエリザベートが突進する。
 その瞬間、香墨が「入った!」と呟き聖槍を構えた。エリザベート、バルーン改、そしてその周辺にいる死体4体にコール・ジャスティスの術式を完成させ、正義執行の影響下に置く。
「攻めるなら……今」
「濡羽さん、助かります。さぁ、アルマ。お前の思うがままに動いてやれ。それが奴の最大の脅威になるだろうさ」
「わかってるです、シオン! さぁ、イロナさん僕と遊びましょうよ!」
「あたしは、あたしは、吸血姫エリザベートだああッ!! イロナじゃないッ!!!」
 錯乱しながらアイアンメイデンを振りかぶるエリザベート。だがそれよりもアルマの腕から無数の氷柱が発現する方が早かった。
「ぐっ……!」
 エリザベートのドレスが裂け、脚や腕から黒い血が飛び散る。そして彼女の後方に聳えるバルーンも地を轟かせるような悲鳴を上げた。
 しかしバルーンもさるもの、その痛みで体の自由を取り戻したのか人間捕獲弾を発射しようと銃口を天に向ける。
 紫苑が銃口の先を見るや「8時の方向、前方へ逃げろっ!!」と叫ぶ。咄嗟にアーサーと一夏が大きくステップし、網を辛うじて躱した。
「くっ、面倒なのが復活しやがったな」
「でも私だって何の策もなく前に出るほど馬鹿じゃないです! 敵が大きく傷ついているなら今のうちに打つべしですよっ!!」
「ああ、そうだな!」
 一夏が青龍翔咬波をバルーン改の傷を抉るように解き放つ。アーサーは彼女の背を守るように、執事の攻撃をいなすと返す刃でその腕を断ち切る。
 そしてアルトはメイド達とバルーン改の周囲を華焔による散華で斬り裂きながらエリザベートに肉迫し――そのまま宙に浮いた右足首を切断した。
「がッ!? クソがあああっ!!」
 エリザベートが即座に血の結晶で足首を繋ごうとするものの、落ちていく足には到底間に合わない。赤い石になった足は地面に落ちると硝子のように割れ、消滅した。
 それが大きな衝撃となったのか、エリザベートが落下し地に膝をつく。
「どうやらますます揺れているようじゃないか、どうしたんだ? 先ほどまでの覚悟は」
「赤いの……てめえ、絶対殺す……奴隷にもしてやらない……この場で肉塊にしてやる……!」
「それは光栄だな。どちらかが潰れるまでの殺し合い、受けて立とうじゃないか」
 エリザベートが少しでも同行者達から離れるよう、大きく後方へ跳ぶアルト。
 次いで何もないはずの空間から炎のように揺らめく刃が出現し、エリザベートの背に向けて振り下ろされた。
「うあっ!!?」
 黒い血が迸る。ナイトカーテンが解除され、シェリルが姿を現した。
 そこに惣助の支援射撃も加わりエリザベートの右太腿を撃ち抜く。
「会うのは3年半ぶりってとこか、まだ生きていたとは驚きだな。早々で悪いが、部下ともども殲滅させてもらうぞ」
「……!」
 咄嗟に血の結晶で歪な義足を創り、アイアンメイデンを構えるエリザベート。しかしその時――。
「連弾っ、結晶の盾を打ち破って! アブソリュートゼロっ!!」
 エニアが高い集中力で練り上げた土と水のマテリアルを放ち、エリザベートの体の自由を阻害した。
「よし、今のうちに周りの連中もぶちのめすぜぇっ! なぁお前、このホールじゃ窮屈だろ? 俺が楽にしてやろうじゃねぇか!」
 ボルディアが再び烽火連天を放つとバルーン改の脚が次々と潰れていく。奴にはもはやこの巨体を支える力さえない。だが、それでも。
『ぐおおおおおおおッ!!』
 無数の顔が唸りを上げ、周囲に毒を噴く。それは鼻の奥を痺れさせるほどの強烈な臭い――それを吸ってしまった真とシェリルが猛烈な痛みに悶えた。
 だがそこですかさずゴッドブレスを発動し毒を拭い去るサクラ。
「回数に限度はありますが、ある程度はいろいろ回復できますので言ってください……」
 その一方でリューとハナ、そしてディーナは掃除屋へ一斉攻撃を仕掛けた。
 リューが再び散華と星竜で体を抉り、ハナが五色光符陣を2連発。掃除屋は身体の大半が消滅するも、それでもなお毒素を放とうと赤い光を宿す。
「……思ったより丈夫なようですねぇ」
「うん。でもこの子を倒せば皆が集中して戦えるようになるの! だから私が前で戦って癒して、後ろにいる人を守るの。壁であることに聖導士の意味があるのっ!!」
 ウコンバサラにフォースクラッシュの力を宿し、最上段から掃除屋を殴りつけるディーナ。赤い体がべっとりと床に広がり、立ち上がることもままなくなる。そこに。
「可能な限り支援する。好き勝手はさせないさ!」
 潰された掃除屋にとどめとばかりにマリィアと惣助の支援射撃を喰らわせる。掃除屋は床にへばりついたまま力尽き、塵となった。
 続いて金切り声を発したのは仕立屋だ。彼は元々戦闘向きではない歪虚であり「逃げられないから抵抗する」程度の意識しか持たぬため純粋な殺意を向けられた途端、とてつもない恐怖に襲われるようだ。
「ほら、お前は嫉妬歪虚なんだろう? せめてそれらしく俺を妬んで憎悪を向けてみろよ!」
「ヒ、ヒィイイイイイイッ! オタスケクダサイオジョウサマアアアア!」
 巨大な鋏を振り回すもカインに深手を与えることは叶わず、むしろ一方的に祢々切丸の渾身撃を喰らい肩を砕かれる仕立屋。
 もはやエリザベートへの忠義よりも自分の身かわいさだけで戦っているようだ。
 シガレットが魔杖「ランブロス」を構えながらエリザベートに憐れみを込めた目を向ける。
「なぁ、エリザベート。下僕と仲間は全く違うぞ? お前の下僕達は皆バラバラじゃねェか。……それはお前が今まで下僕達を使い捨ててきたからなんだぜ」
「……っ、うるさいっ! ハンターズソサエティだってハンターを鉄砲玉にしてんじゃないか! あたしはそうやって何度も死にかけながら歪虚をぶっ殺して、ぶっ殺して、ぶっ殺して! でもソサエティの都合が悪くなれば犯罪者扱いだッ!! こいつらとお前ら、何が違うって言うんだよ!!!」
「違いますよ、エリザベートさん。……歪虚を倒すのは、目的じゃないんです。人を守る、ただの手段なんです。確かに僕らは戦いという非日常に身を置いていますが、それでも心があるから。だから苦しい状況でも助け合ってヒトを救い、救われるんじゃないですか」
 エリザベートを静かに諫めるアルマ。だがエリザベートは聞く耳持たずといった様で鎖をじゃらりと鳴らす。
「だったら何だって言うんだよ……歪虚と戦えないただの人間を守ってやったのはあたしだ……。それなのに家族も同級生もハンターも連中もあたしを誰ひとり認めちゃくれなかった。だったら全員を従属させるしかあたしを認めさせる手段なんてねえだろぉおおおおっ!!」
 ぶん、と風をきるアイアンメイデン。そこでフィロが「なりません!」と瞬時に怪力無双を発動させ、アイアンメイデンを抑え込もうと両手を構える。
しかしその勢いを殺すことはできず、フィロはアイアンメイデンを掴んだもののそのまま空中に放られ壁に背を打ちつけた。
「くぅ……っ!」
「ほらほら、さっさとあたしに傅いて赦しを乞いなよ! そしたら綺麗な状態で執事やメイドにしてやるからさぁ!!」
 エリザベートがアイアンメイデンから毒を噴出させ、豪快に振り回す。炎、コーネリア、ツィスカ、シガレット、澪、アルマが次々と突き倒され、その毒に視界が大きく揺らいだ。幸いアルマと澪は覇者の剛勇、シェリルはサクラのゴッドブレスの守護により毒の吸引が防がれたもののその傷は決して軽いものではない。
 シガレットはファーストエイドを絡め、癒しの祈りを捧げた。
「くそっ、もう止めらんねェのか……仕方ねえ、ゴッドブレス!」
 辛うじて姿を確認できた炎、コーネリア、ツィスカの視力を回復させ、一歩後退するシガレット。次も毒による攻撃が止まないのであれば他の癒し手と連携して解除を試みるしかない。
 だからこそ真はバルーン改の毒放出を止めるべく、魔導剣カオスウィースに破邪の力を宿した。
 二刀流で巨躯を斬り裂き、続けて刃に鮮やかな蒼を宿らせると破邪の力を全て刃に乗せる。
「蒼炎華の力を全てこの刃に……安らかに眠れ、蒼葬ッ!!」
 破壊力を極めたオーラが一気に放出される。
 それを受けたバルーン改が一気に膨張する。当然ハンター達は警戒し、身構えたが。
 バルーン改が『ヴォォオオオオオ……』と低く呻くと顔のひとつひとつが崩れ落ち――そして全てが崩壊する。ぐしゃ、と潰れる巨大な岩の塊。ヒトを喰らい毒を放つ怪物の消滅にサクラは安堵し、傷ついた仲間のもとへ走りだした。
 マリィアはその破滅の瞬間を見届けるとライフルにクイックリロードで弾を充填した。
「貴女達ももとは無辜の民だったのだろうけど。それでもこの地の未来のために永遠に眠ってもらう!」
 再び降り注ぐ光の雨。執事より耐久性の劣るメイド達は今までのダメージの蓄積もあり、フライパンや包丁を構えたまま次々と灰の塊となって消えていった。
「調理器具は人のために使うもの。命を繋ぐために使うもの。それを武器にしてしまった貴女達は私の銃に勝てない。絶対に」
 そう言って再び銃に弾を込めるマリィア。まだ執事やメイドの生き残りがいる限りその腕を止めることは許されない。
 ツィスカはアウレールがエリザベートの背後に着いたのを確認すると、咄嗟にアイコンタクトをとった。僅かにタイミングをずらし、交差するよう敵を穿たんと。
(良いだろう、一気に叩くぞ)
(了解です、アウレール殿!)
 ツィスカはエリザベートの気を惹くべく、可憐な声を高らかに発した。
「倒すべき敵、そしてその取り巻きを見失うほど私は愚かではありませんよ。貫きなさい、機導砲!」
 アクケルテから放出される一条の光。それは結晶の盾で防がれるも、次の瞬間にアウレールがノートゥングと聖盾剣「アレクサンダー」を構え、エリザベートの鎖へ連撃を加える。そして体内のマテリアルをオーラに変え、エリザベートの胴と腕を突き抜けるようにそれを放った。
「うああああっ!」
 理外の神剣により鎖が千切れ、手首も皮一枚で辛うじて繋がっているだけの状態にされたエリザベートが悲鳴を上げる。
 そこに辛うじて動ける生き残りの執事とメイドが一気に駆け寄った。そこにコーネリアのナイトメアサンダーが容赦なく降り注ぎ、炎が「全員倒す、憑依なんてさせないぜっ!!」と叫ぶや一之太刀と気息十溢を掛け合わせた終之太刀で掃討する。
 ――そして残ったのは執事とメイドが一体ずつ。澪が「目の自由が効かなくても、斬れる」と呟き、次元斬でメイド長の宿るメイドを切り刻んだ。
「ギャアアアッ!」
 悲鳴を上げて崩れる死体。たちまち霊体が抜ける様をみとめた紫苑はしたたかに笑うとアヌビスを突き出した。
 もうマテリアルは十分に腕に集められている。それを紅蓮の炎に変え、メイド長の霊体を焼き切った。
 とはいえメイド長の核は余所にあるらしい。焦げついた身体をふらつかせながらもまだ存在している。全く厄介なものだ、と紫苑は再びマテリアルを体内に巡らせた。


●怨嗟と忠誠

 執事長がメイド長を守るように立ちふさがり、レイピアを構える。
「私どもは今は亡き主人オルクス様からお嬢様の御身を守るよう命じられ、この地におります」
『ならば最期までお嬢様のために戦うことこそが私どもを創ってくださったオルクス様へのご恩返しとなりましょう……』
 もはや彼らは言葉を繋ぐいくつもの身体を持たない。だからこそようやく、本心を口にした。
「爺や、婆や……あんた達……!」
 そう、エリザベートの下僕は純粋な死体以外オルクスが手配したものに過ぎない。執事長、メイド長、仕立屋、掃除屋。そしてオウレルの洗脳もオルクスによるもの。
 辛うじてバルーンだけは開発したが、それもオルクスの力を借りてやっと形になったものだ。
 ――つまり上下関係の強い暴食においてまともな下僕をひとつも作れなかった高位歪虚エリザベートはいわゆる「欠陥品」。そんな彼女を見捨てずに守り、育ててくれたのがオルクスだった。
 だからこそ彼女の形見のひとつを失ってはいけないとエリザベートがちぎれかけた腕を結晶で繋ぎとめ、再び鎖を握る。鎖は少しばかり短くなっただけだ。振り下ろすことに問題はない。
「爺や、婆や、あんた達のことはあたしが護ってやる」
 既に満身創痍のエリザベート。力を抜けば足が砕け、腕も落ち、消滅しそうなほど消耗しているはずなのに。
「……歪虚になったことは褒められませんが、あなたの救いとなった。では詩人としてその生涯に立ち向かわせていただきます。イロナ様の人生も無駄ではなかったことを」
 再びユメリアがが癒しの祈りを発動し、澪とシガレットの目を治癒させる。
 それと時同じくして仕立屋が甲高い断末魔を上げて木屑となり、宙に消えた。カインが渾身撃を繰り出し、傷を抉っていくうちに核を刃が破砕したようだ。
「……どうもやる気のねぇ歪虚だったな。生前はよほどへたれな針子か何かだったのか?」
 鼻をならして祢々切丸を肩にかけるカイン。しかしその体には無数の切り傷が刻まれている。おそらくはあの大鋏で体を斬られながらも構わず仕立屋の動きを止め続けていたのだろう。
 だがそれを見たエリザベートは眉を吊り上げるとカインとの間に立つボルディアに「邪魔だぁああっ!!」と叫びアイアンメイデンを全開にし、無数の針を仕込んだ棺を叩きつけた。ボルディアは咄嗟に受け身をとるものの逞しい肉体に次々と針が突き刺さる。そしてふわりと一瞬宙に浮いたかと思えば、次の瞬間床を砕かんばかりの勢いで叩きつけられ全身に激痛が奔った。
「ぐああああっ!?」
 アイアンメイデンから転げ落ちるボルディア。その姿は無残にも血に塗れている。
「まだ。たおれちゃだめ……!」
 香墨が四彩の十字架を握りアンチボディの祈りの言葉を囁く。するとボルディアが意識を取り戻し、まだ浅い傷の残る体に紅火血の力を宿した。肌に浮く血が炎の如きマテリアルに変化し、傷を癒していく。
「サンキュ。あいつ、マジでやべーな。ちっこいくせに随分な腕力じゃねえか……燃えてきたぜ!」
 ボルディアが斧を握り直し、エリザベートを追う。そのエリザベートの突進を一瞬だけ、フリーデの黒雷が迸り食い止めた。
 そこでリューが澪や炎達に視線を送る。
(澪、そして皆……俺の力をここで放つぞ)
(リュー、力を貸してくれるの?)
 こくりと頷くリュー。彼はエクスカリバーを翳すと厳かな祈りを込めて高らかに宣言した。
「オルクスの落とし子……今日ここで摘み取る! 騎士王の剣よ。分け与えの権能をいまここに! 『ナイツ・オブ・ラウンド』!!」
 戦場に光が溢れ、澪、炎、シェリル、フィロ、ツィスカの傷を癒す。そしてリューと同等の力が彼女たちに与えられた。
 ナイトカーテンで姿を消していたシェリルが漲る力を感じながらエリザベートの左足を斬りつける。エリザベートはぐらりと態勢を崩しかけるも――それでも血の結晶で傷を塞いでシェリルを突き飛ばした。
 そこでエニアが覚悟を決め、エリザベートの前に立ち塞がると彼女の目を強い視線で見据えた。
「最後まで踊りましょう、エリザベート。私とともに!」
「何、わけのわかんないことを……!」
 彼が行使した業の名はテンプテーション。無意識下に相手の視線を自分にあわせるようコントロールするという、大きな危険性を孕む業だ。しかし短期でこの歪虚を仕留めるタイミングは今しかない。
 フィロは鹿島の剣腕を発動するや、九想乱麻で力を一層高め白虎神拳を二度エリザベートの横っ面に叩き込んだ。
(エリザベート様、貴女が心を負に濁らせることがなければ……。良き君主には自然と人々が集い、互いに尽くしあうことで心も満たされるものです。次の生が巡ることあらば、今度は清らかな心でお会いできますように!)
 エニアの力で視界を奪われているエリザベートは神速の拳を躱すこと叶わず、態勢を大きく崩す。
 そこにツィスカが再度アウレールと息を合わせる。アクケルテで高加速射撃で怯ませたところに、アウレールが3度にわたる斬撃を繰り出しエリザベートの左腕を根元から斬り落とした。
『「お嬢様あっ!!」』
 執事長達が咄嗟にレイビアを突き出しエニアの腹部を突く。――しかしそこはエニアの執念だ。血が噴き出す腹を押さえながらエリザベートを見つめ続ける。
(ここで目を離しちゃ駄目、必ず決着をつけると決めたんだから……! これ以上の犠牲者を出さないために!!)
 今までどれだけの人間がエリザベートによって玩具同然に弄ばれ、葬られてきたか。それをエニアはよく知っている。だからこそこの身がいくら傷つこうとも目を逸らさない。
 続いてメイド長も包丁を持ち、ガトリングを構えたコーネリアに斬りかかる。コーネリアはフローズンパニッシャーで迎撃するも、メイド長の刃が左肩に突き刺さった。
「ぐうっ……!」
 しかしメイド長も冷気で体の動きが鈍くなり――その胸元から鉛色の小石がころりと落ちた。
『……!』
 慌てて拾おうとするメイド長。だがアーサーはそれを見逃さなかった。鉛色のそれからはっきりとした負のマテリアルが漂っていたのだから。
 彼はメイド長のぎこちない指先が小石に届く前に爪先で小石を蹴り、槍をまっすぐに叩きつける。すると小石は呆気なく崩れ去り――執事長がレイビアを落とし真っ黒な血を吐き出した。
「……お嬢様……!」
 執事長の霊体が大きく揺らいだかと思いきや、宙にふつりと姿を消した。どうやらあれは執事長の核だったようだ。
「なるほど、核を互いに持ち合えばバックアップになるというわけか。それならば!」
 紫苑が再びファイアスローワーで抜け殻の執事に炎を纏わせる。ほぼ無抵抗の執事から灰色の小石が焼け落ちるとマリィアがすかさずハウンドバレットで2回小石を弾き、空中に砂粒として消し飛ばした。
『オルクス様、お嬢様……!』
 呆気なくメイド長も消失し、残るは隻腕となったエリザベートのみ。
 しかしこの期に及んでエリザベートは嗤う。
「ふふふ……誰もいなくなっちゃった。もうオルちゃんの匂いがするものはどこにもいない……だったらもう好き勝手やってもいいよねぇ? どうなっても、知らないよ?」
 負のマテリアルを練り上げ、体に血の結晶を纏わせていくエリザベート。その姿にはかつて高貴な美に憧れ、ヒールひとつ壊されただけで怒っていた頃の面影はない。
 ただ、彼女が今まで啜ってきた血と怨嗟が力となり結晶体の腕と脚を造り上げていく。
「ったく、面倒くせえ奴だなァ。そんなに大事な僕なら端から大事にしてりゃこんなことになんなかったんじゃねーのッ!!?」
 ボルディアの砕火がエリザベートの頭と足に叩きつけられる。
 続いてアルトが「力馬鹿とまともに付き合うつもりなどない、散れ!」と散華を放ち、右足をざくりと斬り落とした。しかしどのみち結晶体で補うのだろうと、攻撃を惹きつけるべく後方へステップを踏む。
 そこで一夏が「私もまだまだ行きますよー!」と青龍咬翔波でエリザベートの背に己が気を放った。
 ぐらりと傾くエリザベートの体。
 澪が「先日はどうも、エリザベート。……今日で終わらせる」と疾風剣で斬りつける。
(エリザベートは難敵、チャンスは多くないはず。だから、リューの力を借りたこの一閃に全てを賭ける!)
 そう、ここで手を止めてはいけない。彼女は風と火のマテリアルを刃に宿し、全力でそのオーラをエリザベートに振り下ろす。
「……火鳥風月!!」
 レースとフリルで飾った豪奢なドレスがビッと音を立てて裂け、黒い血肉が漏れ出す。本来ならとうに消滅してもおかしくないほどのダメージだ。
 しかし負のマテリアルは次第に形を成し――アイアンメイデンに無数の死者の怨念が宿り膨張する。
 このままでは――!
「修祓陣ッ!」
 紫苑ができるだけ多くの仲間を守れるように駆け、光の結界を作る。
 ハナも万が一のために呪詛返しできるよう、指先に5枚の符を挟んだ。
 アルマは仰ぎし福音を放ち、多くの仲間に守護の力を与える。
 続けて真も星神器「カ・ディンギル」を翳し、力を解き放った。
「皆を守るために力を貸して。……ヤルダバオート!」
 しかしそれでもなお、前に立つ男がいる。炎はリューから与えられた力を放つには今しかないと判断し、再び刀を構えた。
(俺はかつて剣魔に纏わりつく怨念を断ち切った。ならば今回も――!)
 彼の想いに応じるようにサクラがプルガトリオを放ち、エリザベートの足を地面に縫い留める。そこに惣助とマリィアの支援射撃が続き、エリザベートの体が揺らいだ。
 その瞬間、炎が駆けだす。
「年貢の納め時だぜ、エリザベートッ! お前の過去に何があったとしても、犯した罪を正当化できるわけじゃない!」
 そして炎の隣で共に駆けるは――彼が尊敬してやまないリューの姿があった。
「ああ、そうだ。オルクスの遺した闇を今こそ――祓う!」
「グランフェストさんっ! ここは共に!」
「交差する刃でッ!!」
 炎が一之太刀と気息充溢を掛け合わせた終之太刀でアイアンメイデンも巻き込んで空間を斬り裂き、リューが二刀流でエリザベートの胸を十字に斬ると――最後は星竜でアイアンメイデンとエリザベートを呑み込む。そのエネルギーの奔流についにエリザベートが力尽き――負のマテリアルがふつりと切れた。
「……はぁっ、一時はどうなるかと思ったよっ」
 ずっとエリザベートを惹きつけ続けたエニアが胸に手をあてへたり込む。あのアイアンメイデンに負のマテリアルが臨界点に達した時、おそらくはこの地が崩壊しかねない力が放出されたはずだ。
 もちろん仲間達の守護の魔法によりその場は無事でも――この地域一帯が負のマテリアルに汚染されるほどの影響が出たかもしれない。
 皆の無事を確認すると彼は微笑み、空に向かって手を伸ばした。
「皆、やっと終わったよ……」
 今まで犠牲になった民間人や軍人達の顔が思い浮かぶ。少しでも彼らが安堵してくれるといいな……とエニアは心から思った。


●吸血姫の最期

「……やっぱり悪い魔女は正義の騎士達にぶっ殺される運命か……」
 四肢を失い体に細かいヒビが入り始めるエリザベート。胸の大きな穴からもぼろりと石化した皮膚が崩れ落ちる。そこに香墨がそっと歩み寄った。
「……あなたは。どうしたかったの?」
「決まってんじゃん……あたしを友達と認めてくれたオルちゃんの仇をとりたかったんだよ……あたしに初めて優しくしてくれたオルちゃんを奪った奴を許せるわけ、ない……!」
 血を吐くように喉からしぼり出される声に香墨は強い胸の痛みを感じた。
(エリザベートにとっては。オルクスが。私にとっての。澪だった……)
 崩れた腕に手をかけ、香墨が祈る。
「あっち側に行っても。……行ったら。幸せでありますよう」
「馬鹿だね、あんた。なんであたしの冥福なんか祈るんだよ。歪虚は憎まれてぶち殺されてあんた達はハッピーエンド。それで十分だろ!? 優しくなんかするんじゃねえよ!! でなきゃ……なんであたしは!」
 エリザベートが嗚咽を漏らす。死者の彼女は涙を持たない。けれどその声は明らかに香墨の祈りに心を揺らしていた。
 そして顔も少しずつ崩れ出す。紅の華やかな色が落ちると純朴な少女の顔に変貌した。
「……それが貴女の本当の顔、なんだね。今まで抱えた孤独を塗り潰すために一生懸命自分を飾り付けて……きっと、辛かったよね」
 シェリルがエリザベート――いや、イロナの顔を両手で包み込んだ。惣助がシェリルの背を静かに見つめる。
 そこでユメリアが「イロナの生き様は同じ心境の人達の救いとなります。貴女の想い、私が謳い継ぎましょう」と告げて救済の詩を一節しめやかに歌いあげた。
 エニアが歌に合わせ、死者へ手向ける舞踏をしなやかに披露する。
「……魂がオルクスの元へ運ばれるよう、踊るくらいはしてあげる」
 魂の導き手がこの哀れな魂を正しき道へ導いてくれるように。
 そしていよいよイロナの顔に大きな亀裂が入った時――シェリルは首だけになった彼女を強く抱きしめた。
「生まれ変わって出会うことがあったら……たくさん話そう……イロナ!!」
 その声に力尽きたイロナの唇から最後の吐息と共に『あんた達ともっと早く出会えていたら……』と返され――全てが砕け散った。
 そして今までの戦いで古城も深刻なダメージを受けていたのだろう。大きく揺れ始める。
「……っ! 皆さん、避難を!」
 超覚醒の終了とともに膝をついたアルトへ肩を貸すフィロ。
 シガレットは地図を片手に「一番近い脱出路はこっちだ! 罠も解除済だ。皆、足を止めずに走れ!!」と大声で誘導を始める。
 その時、苦痛に呻く者がいた。
「くっ、こんな時に。……やはり不便なものだな、この身体は!」
 極端な生体マテリアルの減退。アウレールが力を失った体を大きく震わせる。そこでツィスカが彼の脇に腕を通し、しっかりと身体を支えた。
「アウレール殿を支えるのは私の役目。これぐらいはさせてください」
「ツィシィ」
「アウレール殿は帝国の民を守るべく守護者としてひとつの役目を全うされました。その志に私は敬意を込め、軍人として、ひとりの人間として、感謝致します」
「……うむ、ならばしばらく力を貸してもらおうか」
「ふふっ、遠慮は無用です」
 凛と前を向いて一歩一歩確実にふたりが歩んでいく。その姿にかつての遠慮がちな距離はなかった。
 一方アルマも超覚醒が解けた瞬間に猛烈な脱力感に襲われ、足をふらつかせた。そこに紫苑が約束どおり肩を貸す。
「これが超覚醒の反動か。これ以上ないほどの力だが身体への影響も大きいようだな」
「わうぅ……まさかこんなに生体マテリアルがなくなるなんて思ってもみませんでした……もう空っぽですぅ、僕……」
「何甘えたこと言ってるんだ、早く逃げないと天井に潰されるぞ?」
 紫苑に背中を叩かれ、やっとアルマが歩き始める。しかし衰弱が激しく足元が覚束ない。そんな中、突然壁の一部が崩れ落ちてきた。
「っ!」
 咄嗟に腕を翳し、アルマを庇う紫苑。だがそこに雷光が奔り壁を粉砕した。
「……フリーデさん!」
『天井が落ちるのなら私の雷で砕いてやる。絶対に生きて帰るぞ、全員でな』
 こくりと頷くアルマと紫苑。
 そして全員が外壁の階段を下りた時――古城が崩れ落ちるのを目の当たりにした。
 アウレールが呟く。
「……さらばフロイライン、来世は貴族になれると良いな」
 その隣でアルマは悲しげに「くぅん」と子犬のように鼻を鳴らした。
(イロナさん、最期は寂しそうでした……彼女にも愛し愛された人がいれば違ったのでしょうか。本当は貴族になるより……誰かに認められて、愛されたかったのかもしれません)
 そこで彼は気づいた。自分の愛するひとも同じような境遇にあったことに。戦うことでしか自分に価値を見出せなかった悲哀――アルマはそのひとの手に指を絡めた。
『……心配するな。歪虚の魂は消滅するにしても、それでも奴は最後に救われたのだ……多くの言葉とぬくもりに。私がお前や多くのハンターに支えられてきたように……奴も孤独からようやく解放されたのだよ。それはきっと……祝福するべきことだ』
 フリーデの手には相変わらず体温というものがない。しかしアルマの熱でやわらかな温かさを宿していた。


●離別

 ハンター達がオフィスに報告するべく帰還を始めた頃、オウレルが皆に背を向け、歩き始めた。
 それに気づいたシェリルが「お兄さん!」と叫んだ。オウレルの足が、止まる。
「……前にも言ったけれど、僕は歪虚だ。存在するだけで負のマテリアルを広めてしまう。だから邪神の決戦まで僻地に潜み力を蓄えるつもりだ」
「……そう。昔のお兄さんは虚ろな私に似ていた。今は強くなったね……。筋を通して、まっすぐに前を見つめて……」
「君は虚ろなんかじゃない。僕に生きる意味と力をくれたんだから。……この力があれば帝国を邪神から守る刃のひとつになれる。それが罪深い僕のたったひとつの命の使い道だ」
 その言葉にシェリルは彼の強さを感じるとともに、彼に「生きよう」と言えない苦しみに苛まれた。オウレルは近い未来に実の姉に誅される。それはひどく苦労をかけた家族に唯一報える手段だからだ。
 だから彼の死は止められない。止める権利がない。けれど。
「こっそりでも仲間に会えたらいい。個人として……とか。……どうか、希望がありますように……私は、諦めが悪いから……ね。必要なら血もあげる。だから……!」
 シェリルがそう言って彼の手に華奢な手を重ねると、その手が優しくほどかれた。
「僕は恩人の血を啜るほど図々しい男じゃないよ。……それよりも、今までありがとう。月並みな言葉だけど、どうか僕の分も生きて。幸せになって。君には大切な人がたくさんいるんだろう? それなら皆の笑顔を守るためにも……ね」
 こうして寂しげな笑みだけを残して――吸血鬼型歪虚オウレルは夕闇の中に姿を消していった。

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  • 【ⅩⅧ】また"あした"へ
    十色・T・ エニアka0370
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムスka0796
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェストka2419
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラントka2531
  • 紫煙の守護翼
    シガレット=ウナギパイka2884
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニka3109
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワースka4901

  • 鞍馬 真ka5819
  • 大局を見据える者
    仙堂 紫苑ka5953

重体一覧

  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラントka2531
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニka3109
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワースka4901

参加者一覧

  • 【ⅩⅧ】また"あした"へ
    十色・T・ エニア(ka0370
    人間(蒼)|15才|男性|魔術師
  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガン(ka0471
    人間(蒼)|27才|男性|闘狩人
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • 双璧の盾
    近衛 惣助(ka0510
    人間(蒼)|28才|男性|猟撃士
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 紫煙の守護翼
    シガレット=ウナギパイ(ka2884
    人間(紅)|32才|男性|聖導士
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 非情なる狙撃手
    コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561
    人間(蒼)|25才|女性|猟撃士
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • アウレールの太陽
    ツィスカ・V・A=ブラオラント(ka5835
    人間(紅)|20才|女性|機導師
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 大局を見据える者
    仙堂 紫苑(ka5953
    人間(紅)|23才|男性|機導師
  • 比翼連理―瞳―
    澪(ka6002
    鬼|12才|女性|舞刀士
  • 覚悟の漢
    南護 炎(ka6651
    人間(蒼)|18才|男性|舞刀士
  • 比翼連理―翼―
    濡羽 香墨(ka6760
    鬼|16才|女性|聖導士
  • ルル大学防諜部門長
    フィロ(ka6966
    オートマトン|24才|女性|格闘士
  • 重なる道に輝きを
    ユメリア(ka7010
    エルフ|20才|女性|聖導士
  • ヒーローを目指す炎娘
    百鬼 一夏(ka7308
    鬼|17才|女性|格闘士

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アルマ・A・エインズワース(ka4901
エルフ|26才|男性|機導師(アルケミスト)
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2019/05/18 16:32:55
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/05/18 17:31:11
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シェリル・マイヤーズ(ka0509
人間(リアルブルー)|14才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2019/05/18 18:58:43