• 血断

【血断】終末の79

マスター:三田村 薫

シナリオ形態
イベント
難易度
難しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/06/08 12:00
完成日
2019/06/17 01:59

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●エスカトロジー
 邪神からの提案と、それに伴う未来予想がクリムゾンウェストに知られ、人々は惑っている。
 一つ、邪神を封印する。
 一つ、邪神を討伐する。
 一つ、邪神に恭順する。

 戦うことになれば、甚大な被害が出るだろう。ハンターになった孫は死ぬかもしれないし、ハンターを志す妹は体の一部を失うかもしれないし、ハンターに復帰した父は死体すら残らないかもしれない。

 そんなことを考えすぎて迷走した人々もあった。世界の終わりを確信した人たちだ。

「皆死ぬのですよ」

 だから、一緒に終わりを待ちましょうね。

 そう言って、表面上はひどく穏やかに生活している人々は、結論を待って落ち着かない町の中で明らかに浮いていた。まるで邪神なんていないかのように振る舞うようにも見える。だが、誰も責められなかった。いや、責めた人もあった。けれども、彼らは穏やかに微笑むばかり。
「争いごとはよくありません。終わりの日まで、平和に暮らしたいじゃありませんか」

 一緒に頑張ろう、で頑張れない人はいるのだ。

●破滅が歌ってやってくる
 「終わり」はすぐにやって来た。彼らの言うものとは少し違ったけれど。
 それは巨大な竜でもなければ、神でもない。ただの女の子だったから。

 身長百五十七センチ。桃色の髪に桃色の瞳。カラフルな衣装に貼り付けたような笑顔。

 彼女を知る者は言うだろう。

 あれこそが災厄の十三魔が一人、ナナ・ナイン(kz0081)である、と。

●ハンターオフィスにて
「タイミングが悪いよなぁ! 今帰って来なくたって良いじゃんか!」
 ハンターオフィスの職員・C.J.(kz0273)は頭をがりがりと掻きながら概要を説明した。
「いや、もう戻って来ちゃったもんはしょうがねぇ……ナナそのものが歩く爆弾みたいなところがある。それで急いで欲しいのはもちろんなんだけど、彼女が出た町、終末思想に染まって、終わりを受け入れてしまった集団があってね。どうもその人たちが無抵抗に殺されているらしいんだ。いくら受け入れててもそんなの許して良いはずがない」
 ナナ・ナインは、「殺せる奴から殺していく」タイプだ。抵抗された方が張り合いがあるとか、いかにして戦略的に殺そうか考えると燃えるとか、そう言う天邪鬼なところは一切ない。
 死を受け入れて殺されるのであれば、ナナは喜んでその集団から殺していくだろう。
「ただ、過去の報告書読む限りだと、すぐに殺せない相手がたくさん出ると退屈になって帰って行くみたい。撃退ならそこが狙い目かな……どっちにしろ防御は固めていってくれ。気をつけてね」

●命を捨てて歌い出せ
 祈っている人の胸を、ナナの細い手が 貫いた。誰も止めに入らないし、誰も泣いたりしない。自分にもたらされる「終わり」を、頭を垂れて待つばかりだ。
 終わりを受け入れている人々は皆、歌をうたっている。祈りの歌だ。何を祈ると言うのか。安らかな終わりを、穏やかな眠りを祈っているのだろうか。

 だが、逃げ出している人たちは違う。次々と、知った顔が殺されていくのを見て、叫んでいる、泣いている。けれど誰も助けに行けない。逃げる人たちは皆、死にたくない人たちばかりだから。

「ねえ☆ 何歌ってるの☆」

 返事も聞かずにナナは一人の首をもぎ取った。貼り付けた様な笑みが、血に染まっていく。趣味の悪いくす玉の様に、血液を垂れ流している。倒れた首から下が血と一緒に吐き出すものは、今日食べたものだろうか。終末を待ち続けて食べたものは何だったのだろう。

「ノーフェースだったらどんな脚本にするのかな~☆ どこ行っちゃか知らないけど☆」

 喧噪に取り巻かれた歌が、少しずつ小さくなっていく。歌う人が死んでいく。

 蝋燭を一本ずつ消して、少しずつ暗くするように。

 鐘を鳴らすように、落ちた頭が石畳を叩く鈍い音が大きく聞こえた。

リプレイ本文


 カナタ・ハテナ(ka2130)がエクウスに乗って到着した時には、既に広場は血の海だった。ざっと見て、残っている生存者は三十人程度だろうか。カナタはパルム・ド・ノエルを取り出す。ナナの注意を惹くつもりだが、果たして上手く行くかどうか。
「ナナどん頑張ってるの。しかしここらでちと、おやつタイムなんてどうじゃ? 差し入れの美味しいケーキなのじゃ」
 一般人たちとは反対側にケーキを放り出す。差し入れ、という言葉に反応したのか、ナナは血まみれの顔をくるりとカナタに向けた。
「ナナのファンなの☆」
「四年ぶりになるがやることは変わってないのぉ。だがカナタのことは覚えておらなんだ」
 のんびりと昔話をしている暇はない。カナタは月光のバイオリンを肩に乗せた。弓を当て、にゃんにゃん猫子守唄を奏でる。それを聞くや、ナナの動きが微妙に強ばったのをカナタは見た。効いている。
 そこに、人の気配が飛び込んだ。一人はシェリル・マイヤーズ(ka0509)。ナイトカーテンで姿を隠していた彼女は、赤いワイヤーウィップをナナに軽く引っかけた。生命力を吸って強化すると言うウィップ。シェリルの命がナナを縛った。
「久しぶり……ナナ……。そっちじゃなくてさ……私と跳ぼうよ……」
 そのまま、手近な人形に手裏剣を投げる。紐付けたマテリアルでそちらに跳ぶと同時に、ナナを引っ張った。
「誰だっけ☆」
「まあ、覚えてないだろうけどな」
 もう一人はアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)だ。シェリルとはまた違ったタイプの身軽な動きでナナに接近する。
「そのまま押さえててくれ」
「了解」
 だが、単にウィップで引っ張っただけでは少し足りなかった様だ。ナナに向かって高速で迫り、すれ違いざまに斬り倒すつもりだったアルトの華焔を、ナナはすんでのところで回避した。お返しと言わんばかりに回し蹴りを放つが、アルトは自分の刀を避けたナナの動きからそれを予測していた。経験則からくる「なんとなく」は的中し、ナナの踵は、側転に似た回避行動を取ったアルトの前を素通りした。
「やはり簡単には当てさせてくれないな。借りは返させてもらうぞ」
「借り? 何かあったっけ☆」
「誰とどんな因縁があったのか、まったく覚えていないようですね……」
 サクラ・エルフリード(ka2598)は、ルーンソードを掲げた。青白い剣が発光する。コール・ジャスティスだ。ナナを範囲に収め、彼女への攻撃は、正義の執行は強力な物になる。

 鞍馬 真(ka5819)は到着するや、祈り続ける一般人たちのと戦場の間に立った。反ったブーツのつま先以外が血で汚れる。
(死にたがりだろうが何だろうが、それでも助けるのが私達の役目だ)
「ヤルダバオート」
 カ・ディンギルを高く掲げ、結界を張る。これでナナやナナ人形の狙いが逸れれば良い。
 その時だった。向こう側の建物の影で何かが光った。マテリアルの光だ。恐らく、魔術師のエアルドフリス(ka1856)だろう。

 次の瞬間、そこから真のいるところをぶち抜くように紫電の大蛇が疾走した。


 避難住民たちにナナの撃退を約束したエアルドフリスは、建物を遮蔽物にしてエクステンドキャストを行使していた。
(ナナは鳴りを潜めていた筈だがそうは問屋が卸さんか。此処で片付けりゃ後顧の憂いが減るともいえるな)
「師匠、今ならそこから狙える」
 助手のユリアン(ka1664)から伝話が入っている。アルトとシェリルがナナの周りを飛び回って牽制しているのだ。
「もう少し……」
 サクラのルーンソードが青く光り、真の星神器が結界を作る。その頃合いで準備が整った。
「行くぞ……グングニル──奔れ!」
 手元の魔法陣から、魔力が紫電となって迸る。一直線上にいたナナ、アルト、シェリル、真、そしてその更に後ろにいたシガレット=ウナギパイ(ka2884)と祈り続ける人々も巻き込んだかのように見えたが、この魔法は狙いたい相手とそうでないものを識別できる。
 続いて、爆発。何も知らない人間が見れば、エアルドフリスが仲間もろともナナを爆撃したように見える凄まじい光景だが、仲間たちや一般人は無傷である。
「ユリアン、どうだ? やったか?」
「避けたのか当たったのかまでは見えなかったけど、まだ立ってるね」
「そうか……」


「んもう! あのグングニルでも避けたんだか耐えたんだかってほんとめんどくさいですぅ!」
 星野 ハナ(ka5852)は箒に乗ったまま一定距離を保って札を切った。
「通常攻撃でもそこそこ強いって勘弁してほしいですぅ。さっさと退場しちゃえですよぅ」
 五色光符陣。多少回避が高くてもそれを妨害できる術だが、ナナはひょいとそれを避けた。
(もし、ナナの攻撃がスキルならぁ……黒曜封印符で封印しちゃうんですけどぉ)
 問題は、どうやってそれを見抜くかである。彼女は注意深くナナの様子を見守った。

 何故か装備を所々粘液で汚したセレスティア(ka2691)は真にアンチボディを施した。ナナが一般人を狙うのならば、戦場と祈りの集団、その境目にいる真は確実に狙われる。背後にいたシガレットはホーリーヴェールを自らに施したようだ。光の防御壁が見える。
「ありがとう。ところでそれ、どうしたの?」
 真はセレスティアに付着した粘液に首を傾げた。彼女は困った様に微笑み、
「ちょっと運んで頂いた時に……」
「やっぱり、こっちのことチラチラ見てんなぁ……」
 シガレットがライトブロッカーの力場を展開させながら眉間に皺を寄せる。彼の言うとおり、ナナは一般人を狙っているようで、視線を何度もこちらに向けている。それを、アルトとシェリルが妨害している形だ。シガレットは、近づいてくる人形をジャッジメントで縫い留める。
 道すがら、純然たる殺意を燃やしたカイン・A・A・マッコール(ka5336)が、その周りでうろうろしているナナ人形たちの群れに、三メートルを越す太刀を持って飛び込んだ。
「ナナ・ナインか」
 以前に手ひどくやられてことを彼は覚えている。それは別にどうでも良い。今回の目的は追い返すこと。
(一撃ぐらいぶん殴れれば御の字だけども)
 刀身から柄まで、つむじからつま先まで、呪詛を刻んで呪詛に浸る。重量をものともせず、カインは祢々切丸を振り回した。

 殺せ。
 殺せ。
 殺せ!

 殺意の乗った一撃。斬魔刀は黒い風になってナナ人形を破壊した。


 一方、ナナは牽制するアルトとシェリルを振り払って一般人たちに迫ろうと駆けだした。
「行ったぞ!」
 アルトが声を張る。
「大丈夫!」
 真が返す。彼は奥歯を噛みしめて、カオスウィースを構えた。
(来い……!)
「邪魔☆」
 ナナの手刀が突き出された。剣で受け止めると同時に、アンチボディのオーラがその衝撃を軽減する。
「……えー? なんで死なないの☆」
 アンチボディがなければ即死だった。
「未来を諦めないからですっ」
 セレスティアが横から喝破した。ナナの顔がぐるりと彼女を向く。
「なにそれつまんなーい☆ あなたから殺しちゃうぞ☆」

「ナナ・ナイン……しばらく見なかったけど、そういうとこ変わってないね」
 その時、空から少女の声がした。マジックフライトで飛んできた夢路 まよい(ka1328)だ。彼女はエクステンドレンジで射程を伸ばし、アースウォールをシガレットの隣に立てた。
「これでちょっとは大丈夫かな?」
「助かった!」
 シガレットが空を仰いで頷いた。
「待たせた!」
 リュー・グランフェスト(ka2419)が真の隣に立った。これで、事実上四枚の壁ができたことになる。リューは超覚醒を行なっていた。
「リューくん」
 この戦いが終わればリューは内側からの大怪我を負う。従兄弟の覚悟に、セレスティアも構えた。
「これ以上誰も死なせねぇ!」
 リューは覇者の剛勇で周囲の仲間たちに勇気の加護をもたらした。
「その通りです!」
 応えるように駆けつけたのはUisca Amhran(ka0754)だ。彼女も同じく超覚醒状態だ。守護者としてここに立っている。彼女は、ナナを挟んでリューと反対側に立った。
「最初に貴女の犠牲になった妹さんにかわり、私が貴女を止めるっ」
 心技体、鋼の如し。輝くマテリアル障壁を纏う。ナナはかくん、と首を傾げた。
「誰だっけ☆」
 それが妹のことなのかイスカのことなのかは判別が付かないが、少なくとも彼女はナナの気を惹いたようである。
 まよいが空からその様子を見て呟いた。
「惨劇はここで終幕にできればいいけれど」
 フィロ(ka6966)が飛び込んだ。星神器・角力が彼女の色を得ている。
 白虎神拳。相手の意識を奪う一撃。
 鎧徹し。頑健なる鎧すら儚く感じるほどの一撃。
 鹿島の剣腕が、その両方を繰り出すことを可能にしている。
 しかし、ナナはそのどちらも受けなかった。ダンスにも似たステップから回避する。その動きから振り向きざまに手刀を放った。
 だが、フィロもそれを無防備に受けるわけではない。ライトブロッカーで受け止めた。その瞬間、凄まじい気迫がフィロの体を巡ったことに、ナナは気付いただろうか?
 金剛不壊。一発逆転を狙った気功の技術。ナナがフィロを殴れば殴るほど、後に返されるダメージは大きくなる。
「皆さん無事ですか!」
 穂積 智里(ka6819)がマテリアルを前衛に流し込んだ。多重性強化だ。ナナを牽制しているアルトとシェリル。太刀を引きずるカイン。今しがた強かに殴られたフィロ。住民の盾になっているリュー。そしてナナの気を惹いているイスカに。

 星輝 Amhran(ka0724)は霧塵で姿を隠したまま合流した。妹・イスカの傍に寄る。
(御先祖の因縁に決着をつけるときかのぅ……)
 イスカの攻撃に合わせて蛇咬を使えれば一番良い。この異様な回避力には、それが最適だと知っている。カサリズマを構えながら、チャンスを狙う。
 光の波動に乗って、猫の幻影が浮かんで消えた。カナタの猫波だ。ナナは振り返るが、若干距離のあるカナタにはカウンターを取りやめたようだ。
「余裕だな」
 アルトは立体攻撃から散華のコンボでナナに斬りかかる。これはナナも避け損ねた。衣装の端が切れている。
「もうっ☆ お気に入りの衣装なんだぞ☆」
「そうだと思ったよ」
 軽口を返しながら、アルトはナナからの殴打をかわした。シェリルが手裏剣を投げる。背後からの攻撃だったが、ナナは首を傾けてそれを避けた。ヒット&ランの原則を守って、シェリルはすぐに距離を取る。
(このナイフを持って仕掛けても二回に一回……いや、三回か四回に一度当てられるか、というところか)
 カナタの子守歌は効いている。デフテロレプトの力を借りた立体攻撃を使えば更に回避は半分にできる。四分の一の回避でも当たらないことがある……。
(やれやれ。借りは簡単に返させてはもらえない、か)
 だが、ナナから借りを作ることもなくなった。もう、あの頃の自分たちではない。
 現在、攻撃に膝を折った者はいない。


「師匠、ごめん、そこのナナ……」
 避難路に近い、そう言おうとしたその瞬間。
 イスカたちと渡り合うナナがこちらを向いたのを、ユリアンは見た。
 目が合った、様な気がした。
 気のせいかと思ったが、それと同時にナナは首を傾げる。口が動いた。

 だ
 れ
 ☆

「──!?」
 背中に寒いものが走る。「誰」とは言うが、人を人とせず、ただの「殴れば死ぬモノ」として扱うような、そんな人の尊厳を踏みにじるような、そんな蹂躙の気配がその視線から伝わってくる。喋る肉袋から喋らない肉袋にしてやる。そう宣告されたような。
「ユリアン? 大丈夫か?」
 伝話からエアルドフリスの声がする。それで彼は我に返った。
「大丈夫。それより師匠、そこのナナ、避難路に近い」
「わかった──退け!」
 エアルドフリスは邪気を吹き飛ばすように、腹から声を出す。雨音が激しくなり、礼装が濡れそぼった。蛍の様に青い燐光が、激しく飛び交い、やがて収束してナナや人形に向かって飛んで行く。ナナに向かった一本は回避された。
「よく見てるじゃあないか!」
「うん、そうだね」
 ユリアンは頷いた。
「よく見てる」


 話は少し前に遡り、避難誘導のチームが現場に到着したところから。
“Grazie mille!”
 レオーネ・ティラトーレ(ka7249)は、テンタクル・ローパーで自分を運んでくれた神楽(ka2032)に礼を述べた。ローパーが分泌する粘液でツナギはべとべとだが、それについて陽気なコメントをするには、状況は切迫している。
「良いってことっす!」
「神楽さん、ありがとうございました」
 セレスティアも、粘液を払い落としながら戦闘組合流した。
「お願い! あの人たちを助けて!」
 ディーナ・フェルミ(ka5843)は自分にすがりついた住民の一人を抱きしめた。サルヴェイションで、気持ちを落ち着かせる。
「北東の公民館が避難場所のようです! ディーナ、誘導を頼みますよ!」
 Gacrux(ka2726)は馬の手綱を引いて声を張り上げた。ディーナはその視線を受けて頷いて見せる。
「さ、こっちなの。公民館、一緒に行こう?」
 ショッキングな光景を目の当たりにして動けなくなっている人たちを宥めながら、ゆっくりと出発する。シガレットが真の後ろに陣取ってライトブロッカーを構え、ホーリーヴェールを施す姿が、彼女の位置から見えた。
 レオーネがGacruxに駆け寄った。
「公民館へ死傷者の受け入れ態勢を整えてもらう必要がある」
「そうですね。そちらは任せます」
 頷くと、彼はラナンキュラスを高く掲げた。花の名をした、緑の刃を持つ槍は、一層輝きを増した。コール・ジャスティスだ。
 この派手な演出が功を奏した。あれはなんだとざわめく住民の中に、馬で歩を進める。そして叫んだ。
「落ち着いて避難行動を行なってください! こちらのことは我々に任せて! あなたたちにできることは、自分の命を守ること!」
 終末に現れた騎士の如き振る舞い。手甲にはめられた鬼の口からは炎に似たマテリアルが吹き出し、レザーパンツには髑髏の模様が浮いている。そしてこの口上である。この派手さがまた注目を惹く方に働いた。
「あなたの隣人を助けてくれ。あなたのことは別の隣人が助けてくれるだろう」
 レオーネがそれに続けた。
「そして、俺達ハンターはその全てを守る!」
「その通り! こちらは我々に任せて、あなたたちは今隣にいる人々と公民館を目指してください!」
 わっと声が上がった。一斉にGacruxに背を向け、公民館へ向かっていく。レオーネはその内の一人に声を掛けた。自分も連れて行ってもらいたい、と。
「わかりました。こっちです」
「ありがとう」

 Gacruxは、走り出した避難民に向かって行く人形の間に割り込んだ。殴り掛かってくるのを受け止めて、ラナンキュラスを一振り。人形は一刀の下に粉砕された。
「これ以上怪我人なんて出させないの!」
 ディーナもまた、寄ってくる人形にセイクリッドフラッシュを浴びせた。光に目がくらんでいる内に、連れている人の背中を押して離脱する。
「さ、急ぐの!」
 グングニルの紫電が爆走してきたのはその瞬間だった。


「あちらはGacruxが上手くやってくれているようね」
 到着した高瀬 未悠(ka3199)が逃げていく住民たちの様子を見てほっと呟いた。傍らにいるユメリア(ka7010)も頷き、
「ええ、あとはこちらですね。ナナの方も、皆さんが押さえてくださっていますし」
 ここから見える、シガレット、真、セレスティア、リューの背中が頼もしい。そこにまよいのアースウォールが追加され、いくら災厄の十三魔と言えど、おいそれとこちらに進撃することは難しいであろう守りが展開されている。
 ユメリアは自分の体を強く縛るアルタ・レグルの力を借りて、プルガトリオを人形が集まっている辺りに撃ち込んだ。未悠もレセプションアークで届く範囲の人形を焼き払う。

 一緒に着いたレオナ(ka6158)は、Forfeda……相性の良い樹木の精霊に祈り、符の効果を上乗せした上で、防御結界Eadhaを展開した。これで、ナナ人形が襲いかかって来ても時間稼ぎができる。
 その上で、彼女はトランペットを高らかに吹き鳴らした。祈り、歌い続ける人たちの旋律に合わせて。未悠とユメリアも、希望を乗せた歌詞を歌い上げる。
 神々しいトランペットの音に、遂にお迎えが来たかと数人が顔を上げた。
 十色 エニア(ka0370)が革靴を鳴らして近づいて来る。大きな鎌、妖しげなマスカレードマスク、踊り子の如き衣装……Gacruxとは違う意味で、この世の存在とは思えない、美しい出で立ち。
「貴方達の死亡予定今日じゃないから。余計な仕事増やさないでくれる?」
 彼は開口一番そう告げた。大鎌が死神に見えるだろと言うことでの言葉だが、これが心を揺さぶるのに効いたらしい。
「ど、どう言う……」
 未悠とユメリアはそのまま替え歌を続行。隣の人が顔を上げることで、釣られて顔を上げる。そうしてエニアたちは注目を受けた。ちらり、と戦場の方へ目をやる。
 猫の鳴き声がした。その幻影が浮かんでは消える。それにナナが振り返り、アルトが衣装を切り裂いた。
「見て!」
 レオナが大仰にそれを示す。
「見て、こんなのが終わりなわけないわ。これではいつもと変わらない。見て、終わりがぼこぼこにされているでしょう?」
「姉さま!」
 イスカが合図する。姿を隠したままのキララは鞭を振るった。龍獄が打ち込まれる。回避しようとしたナナの足に、鞭が巻き付いた。龍爪、龍牙が、災厄のアイドルに襲いかかる。
「世界の終りまで、愛する人とともに過ごしましょう。今日は温かな我家へ帰りましょう。ほら、死神もこう言っていることだし」
「そうそう。死神の言うことはちゃんと聞いといた方が良いよ。予定日以外に死んじゃって、ちゃんと連れて行けるかわからないからね」
「あれが本当に終わりであるならば、こうやって止められたりしないわ。そうでしょう? 本物の終わりを待ちたくはない?」
「生きる事を諦めないで! 未来はまだ決まってない! 私達が貴方達の明日を守るから……お願い、生きて!!」
 未悠が悲痛とも言える声で懇願する。
「ええ……そんな……」
 ナナを終わりだと信じ込んでいた人々はすっかり困惑している。あと一押しだ。この段階でも耳を貸さない者は、神楽がローパーで運び出している。
「死を覚悟するのはいいっすけどアンタ達が死ぬと悲しむ人がいるんすよ。死ぬならその人達を悲しませないようその人達の後に死ぬっす」
 その時、彼のトランシーバーにGacruxから通信が入った。
「手伝いを申し出てくれている住民がいますがどうしますか?」
「引き渡すんで外で待ってて欲しいっす!」
「あと、エニアの死神発言とレオナのお使いじみた説得でちょっと心が動いてるから誰か説得してくれ!」
 シガレットからの通信に、Gacruxは頷いた。
「俺が行きましょう」
「私は荷馬車を借りてきます。Gacruxさんお願いします」
 レオナはそう言って、Gacruxと交替して広場を出て行った。


「未悠さん、そっちはどう?」
 ユリアンは自分も避難誘導に向かいながら、未悠と連絡を取った。
「もう少しって所ね。Gacruxの誘導で一気に人が流れたから、そちらの方をお願い」
「了解」
 ユリアンは人の流れが滞っている方へ向かった。最初の内は、公民館への避難が周知されていなかったが、ハンターたちの誘導によって一気に流れたのだ。
 銃声がした。レオーネがナナ人形の一体を撃ち抜いたのだ。ユリアンは人形を背後から精霊刀で斬り捨てる。
「レオーネさん、状況は?」
「体の弱い人から優先的に避難してもらってる状態だ! 人形は大体戦場の方で釘付けみたいだが、いくつかはこちらにも来ているな。シニョリーナ・ディーナが怪我人を中心に面倒を見てくれている」
「なるほど。了解した」
「一部では混乱してどっちに行ったかわからない人もいる。そっちのカバーを頼む」
「わかった」
 ユリアンは頷くと、壁歩きで建物の壁を伝って行った。なるほど、確かに公民館とは違う方向に流れた人の集団が見える。情報が錯綜しているのだろう。公民館と、他の施設が伝言している内に入れ替わったりしたのかもしれない。
 ホイッスルを吹く。澄んだ音は衆目を集めるのに充分だ。
「避難場所は公民館です! 足下に注意して。怪我人は?」
「こっちは大丈夫!」
「気をつけて!」
 それからユリアンが向かったのはディーナの方だった。確かに、怪我人を見付けてはフルリカバリーをかけているようだ。それが済むと、泣いている人を抱きしめてサルヴェイション。
「ディーナさん、大丈夫?」
「大丈夫なの! でもショッキングな場面を見ちゃったショックが、今になって出てきちゃった人もいるの。ユリアンさんも手伝ってほしいの」
「もちろん。大丈夫ですか?」
 もう立つ気力もないらしい人に肩を貸す。その人は吐き気を堪えるような顔でユリアンを見上げた。
「僕たちも死にますか?」
「大丈夫。ハンターが足止めをしています」
 声を掛けながら歩調を合わせて公民館を目指した。

「手伝いを申し出てくれた。何かしてもらうか?」
「運び出し手伝ってほしいっす!」
 レオーネは手伝いを申し出た住民を連れてきた。Gacruxも、別の住民を連れている。彼は住民たちに言った。
「隣人の為に行動する、あんたたちの勇気には脱帽します。でも、どうか自分の命も大事にしてください」
 神楽から引き渡された人を受け取る。
「俺は一旦説得に回ります。そろそろレオナが借りた馬車が来る。それに乗せましょう」
「了解した」
 レオーネはリロードしながら頷いた。Gacruxは馬に乗ったまま、広場の集団に歩み寄る。
「あんたたちを迎えに来たのはあれじゃありません。俺たちですよ。ほら、終わりなら、俺たちですらひれ伏していますから。俺はあれにひれ伏すつもりはありませんね」
 そこに、レオナが借りた荷馬車で戻ってきた。彼女は馭者台から叫ぶ。
「さあ! 本当に来る終わりの日のためにこの馬車に乗るのです!」
「彼女の言うとおりです! ドゥームズ・デイは、今日ではない!」
「今日はまだ生きて!」
「あなたの背中を、笑顔を待つ人がいる。生きたいと願えば、彼らの、あなたの力になる。自分から捨てないで!」
 未悠とユメリアも口々に言う。勢いに押されたのか、座り込んでいた人々は立ち上がり、馬車に向かって一人、また一人と走り出した。

「私はナナの方に行ってくる。あとはお願いね」
 エニアは大鎌を担ぐと、戦場の方へ合流しに駆けだした。自力避難が始まりそうなのを見て、避難側に合流するシガレットと目が合う。彼は星神器の魔導書・ゲネシスを開いていた。その後ろからは、ナナ対応の戦力が足りていると判断した真が避難を手伝うために続いている。シガレットはエニアを見るや、
「頼んだ!」
「任せて!」


 ナナが段々不機嫌になっていくのを、ハンターたちは肌で感じ取っていた。
(そうですよねぇ。殴っても殴ってもハンターは死なないですしぃ)
 ハナは五色光符陣を放つ。避けにくい攻撃魔法だが、それでも当たらない時は当たらない。
(殺し放題の一般人はどんどん運び出されておる)
 カナタはフィロにフルリカバリーを施した。金剛不壊で受ける都合、フィロにはダメージが溜まりやすい。イスカの仰ぎし福音、サクラのフィーリングスフィア、リューの覇者の剛勇、智里の強化の効果もあり、メンバーの回復が追いつかないという事態は避けられている。
(人形のことはどう思ってるのかな? これもどんどん倒されてるけど)
 まよいはフォースリングで数を増やしたマジックアローで人形を狙い撃ちにしていく。避難の方に向かった人形は、そちらの担当が足止めして破壊していた。
 カインが斬魔刀による渾身撃を振り下ろした。ナナは横に動いて避けると、手刀で反撃に出る。その動きを見切ったカインは鎧の頑丈な部分で受けた。そのまま、富貴花を持った拳を固めて右フックを見舞う。顎先を狙ったが、ナナは上半身を反らして回避した。いや、わずかに掠めた。
 その桃色の瞳にこもる殺気が、苛立ちが強まったように、カインには見えた。
 再び、イスカが龍獄を放つ。キララもそれに合わせて蛇咬を放った。ナナの腕に絡んだ鞭が身動きを妨害する。打ち込まれる闇色の楔の勢いを増すように、イスカは叫んだ。
「誰も死なせたりしないっ」
「これ以上は見過ごせません。お帰り下さい、ナナナイン様」
 フィロの鎧徹しが炸裂した。自分が殴って与えたダメージが、そのまま自分に返ってくる。「面白くない」の最たるものだった。
「散々好き放題して、面白くない、なんて言わないよね、ナナ」
 そこにエニアが合流した。収束魔で対象を絞り、ナナにだけ有効な吹雪が吹き荒れる。それが晴れると同時に、長い触手が伸びた。神楽のテンタクル・ローパーか? 違う。
「アイドルの触手攻め! これはいいっすよ!」
 神楽本人だ。幻影の触手で絡め取ったナナに向けて、自分用にカスタマイズした魔導カメラのシャッターを切る。ナナは不意に下を向いた。
「……い」
「ん? どうしたナナどん」
「つまんない」
 ナナはバッと顔を上げる。表情は貼り付けられた笑みのまま。彼女は駄々をこねる子供の様に喚いた。

「つまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんない!!!!!」

 すううううー………と、息を吸い込む気配がする。それにいち早く気付いたのはキララだった。
「音撃じゃ!」
「来る……気をつけて……」
 シェリルも警戒を促す。ハンターたちは皆、身構えた。
「させません!」
 サクラが言い切った。同時に開かれる、ナナの口。

 音の刃による攻撃は、目の前にいたアルトやシェリルにすら傷を付けなかった。その後方にいたサクラが、ラストテリトリーで一手に引き受けていたからだ。ナナカマドを前に出し、音の刃を受け止めている。

 不気味な沈黙が下りた。天使が通った、などと言える生ぬるい沈黙ではない。それを破ったのもまたナナだった。
「ナナ、帰る!」
 完全にかんしゃくを起こした子供だ。呆気に取られているハンターたちを尻目に、彼女はその場を立ち去った。

 ナナ・ナインは現れる度にハンターの胴体をぶち抜いて重傷者を大量に出していく。
 だが、今回は一人も倒れることはなかった。多少のダメージはあるものの、回復スキルを持った者たちが癒して回る。
「まったく……」
 アルトがナナの逃走方向を見て目を細めた。
「本当に嵐みたいなヤツだったな……」


 戦闘終了の連絡を受けたGacruxは、遺体の片付けを手伝った。多くは胸や腹に受けた裂傷がそのまま致命傷になっている。表情は穏やかだ。
「人々の不安な心にナナは呼ばれたのかもしれませんね」
「そうかもしれねぇなァ……」
 シガレットも、痛ましい傷の遺体を見て眉間に皺を寄せながら、完全に閉じていないまぶたを指先でそっと降ろした。


 智里とフィロは、逃げずにいた一団の内、怪我をした者への応急処置を手伝った。
「智里様、包帯はこちらです」
「フィロさんありがとうございます」
「消毒いたしますね」
 町から提供された救急箱で簡単な処置を行なう。智里はされるがままになっているその人へ、言った。
「私達、明けない夜はないって教えられて生きています。貴方達が生き延びてくれると思うから私達は戦えます。貴方達が誰かの力になってること知って下さい」
 返事は、ない。


「私は……抗うことをやめた訳じゃないんだ……」
 公民館で動けないでいる住民を隣に、シェリルはそう呟いた。
 邪神への対応。その先の未来を見せられたら良い。その気持ちで今日も戦っている。
「ナナ……次こそは届かせるから……」

依頼結果

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MVP一覧

  • 猫の守り神
    カナタ・ハテナka2130
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリードka2598
  • 淡光の戦乙女
    セレスティアka2691
  • 遊演の銀指
    レオナka6158

重体一覧

  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhranka0754
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェストka2419

参加者一覧

  • 【ⅩⅧ】また"あした"へ
    十色・T・ エニア(ka0370
    人間(蒼)|15才|男性|魔術師
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • 【魔装】の監視者
    星輝 Amhran(ka0724
    エルフ|10才|女性|疾影士
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • 夢路に誘う青き魔女
    夢路 まよい(ka1328
    人間(蒼)|15才|女性|魔術師
  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師
  • 大悪党
    神楽(ka2032
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • 猫の守り神
    カナタ・ハテナ(ka2130
    人間(蒼)|12才|女性|聖導士
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 淡光の戦乙女
    セレスティア(ka2691
    人間(紅)|19才|女性|聖導士
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • 紫煙の守護翼
    シガレット=ウナギパイ(ka2884
    人間(紅)|32才|男性|聖導士
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • シグルドと共に
    未悠(ka3199
    人間(蒼)|21才|女性|霊闘士
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 遊演の銀指
    レオナ(ka6158
    エルフ|20才|女性|符術師
  • 私は彼が好きらしい
    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • ルル大学防諜部門長
    フィロ(ka6966
    オートマトン|24才|女性|格闘士
  • 重なる道に輝きを
    ユメリア(ka7010
    エルフ|20才|女性|聖導士
  • セシアの隣で、華を
    レオーネ・ティラトーレ(ka7249
    人間(蒼)|29才|男性|猟撃士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/06/05 07:47:03
アイコン 【相談卓】79、終末論者対策室
ユメリア(ka7010
エルフ|20才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2019/06/08 11:17:01