ゲスト
(ka0000)
【血断】黄昏の刻
マスター:近藤豊

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 7日
- 締切
- 2019/06/19 19:00
- 完成日
- 2019/06/24 07:59
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
選択は――下された。
それが如何様な物であろうとも、選ばれなかった未来は永遠に失われる。
何を救い、何を犠牲にするのか。
もう、決まってしまった。
定められた未来へ墜ちていくだけ。
喜びも悲しみも憎しみも。
すべてが引かれ、墜ちていく――。
「……これは」
いつもと異なる感覚に気付いたのは六大龍の一角、ナーランギであった。
それはほんの些細な事だ。風の流れがいつもと異なる。
それは吉報ではない。
黒く澱んだ何かが忍び寄る感覚だ。
「そうか……そう、来たか」
周囲の誰もいない中、ナーランギは一人呟く。
数多ある可能性の中から選び取られた未来。それは、あまりに唐突に、そして非情に突き付けられる。
「皆……すまぬ」
●
「た、大変だホー。敵が攻めてきたホー!」
ポロウのモフロウ博士が大きな翼をはためかせながら枝に止まる。
多くの幻獣が隠れ住む幻獣の森へ突如大規模な歪虚の侵攻が開始されたのだ。地上からは怠惰残党や堕天使型、上空には狂気の眷属が迫っている。
「え!? 森にはナーランギ様の結界があるっス。なんでここに……」
「その結界、既に破られているホー!」
大幻獣ツキウサギの問いにモフロウ博士は答える。
ナーランギの結界は防御よりも隠匿性を重視したものだった。近づかれても発見しにくくする特性だが、邪神の封印が綻び多数の歪虚が姿を現した事で歪虚側は幻獣の森発見の為に多くの軍勢を送り込んできたのだ。
人海戦術で迫られれば、隠匿性の効果は薄れる。
「キュー!」
大鼠の幻獣がサイクロプスの振り回した銃架で吹き飛ばされる。
悲鳴を上げた大鼠。大木に激突して地面へ落下。しばらく体を震わせていたが、間もなくその体の震えは止まる。そして、静かに息を引き取った。
その傍らでは上空へ逃れようとポロウの一団が一斉に飛び立った。
しかし、その動きを先読みしていた浮遊型狂気が接近。次々とレーザーで撃ち落とされていく。生い茂る森は上空からでは視界が悪い。上空へ飛び立つのを狂気の歪虚は待ち受けていたのだ。
歪虚にとって幻獣は豊富なマテリアルを持った餌に過ぎない。結界が綻べば、幻獣の大虐殺が発生するのは時間の問題であった。
「マズイっス! このままじゃみんな全滅するっス!
戦える者は歪虚を食い止めるっス。でも、逃げるとしても何処へ……」
「前に住んでた不思議な森があるホー。そこなら安全だホー」
博士が前に住んでいたのは四大精霊の一人イクタサ(kz0246)が住むシンタチャシだ。
距離はあるが、あそこならイクタサの力で幻獣を護る事ができるはずだ。
「分かったっス。博士はみんなをその森まで案内して欲しいっス。自分は少しでもみんなが逃げられる時間を稼ぐっス」
木製のハンマーを手に走り出すツキウサギ。
危険は承知の上だ。それでも幻獣達の退路を護らなければならない。
こうしている間にも武装したサイクロプスのアサルトライフルに銃弾で撃たれ、堕天使型の斬撃で幻獣達は倒されていく。混乱に見舞われる幻獣の森で、ツキウサギは仲間を護る為に必死で抵抗を試みていた。
気がかりはナーランギだ。今頃、どうしているのだろうか。
●
「…………」
ナーランギは静かに目を閉じていた。
遠くで聞こえる爆発音。
その中に混じって幻獣達の悲鳴が聞こえてくる。
あれは、リーリーの声か。逃げ場を失い、必死に助けを求めるが、誰も助けには来ない。いや、来られないのだ。誰もが生き延びる事に必死で、手を差し伸べる暇がないのだ。
やがて、そのリーリーの声も失われる。
リーリーがどうなったのか。それを想像するだけでナーランギの胸は痛む。
「黄昏の刻です、龍よ」
空から現れ、ナーランギの前にゆっくりと降り立つのは一機の歪虚CAM。
純白の機体に彩られた楽園への案内役だ。
「……そうか、お前が。歪虚となっていたか。今も夢見ているのか?」
「…………」
「歪虚でありながら夢想する憐れな存在。この森の大まかな位置を知っているのも納得だ」
「六大龍でありながら一時は楽園へ行く事も決意していた龍。見逃してきましたが、それも潮時です。あなたもこの森もすべて過去の物となる時が来たのです」
マスティマ型歪虚CAM『エンジェルダスト』と呼ばれる機体に乗るのは、歪虚ブラッドリー(kz0252)。
幻獣の森へ侵攻する為に地上は北と東から侵攻。さらに制空権を抑えるべく狂気の軍勢を配置した張本人だ。ブラッドリー自身も幻獣の森へスナイパーライフルを数発撃ち込んで結界を破壊していた。
「滅び行く定め。一度は逃れたと思ったが……いや、ここまで随分長く生きたか。
今や私にはお前に抗う術はない。結界が破られた今、私には何もできない」
「あの天使達には、本当に驚かされます。宇宙も、この神をも救おうとする。それは単なる傲慢なのか。それとも天使達に運命付けられた選択なのか」
言葉の合間に生まれる沈黙。その沈黙の裏で言葉にならない言葉が双方の間で交わる。それは当人達にしか分からない意志疎通。
アイコンタクトなのか。それとも――。
「彼らに……ハンター達の選択を受け入れてやる事はできぬか?」
長い沈黙の後にナーランギは口を開いた。
ハンター達が為し得ようとする選択は、あまりにも無謀かつ壮大だ。邪神の内部へ突入するだけではなく、ファーザーを説得して被害を最小限に抑える。
それは夢物語かもしれない。
しかし、それはただ滅びを待つよりも余程良い選択だ。
「………………」
ナーランギの問いに、ブラッドリーは沈黙を守った。
明確な回答を避けたのか。
だが、それでもナーランギには沈黙の意味が十分に伝わったようだ。
「そうか。それを選ぶか」
「はい」
「その道が怨嗟の深淵にあったとしてもか?」
「それが神の御遣いたる私の使命ですから」
エンジェルダストのスナイパーライフルがナーランギへ向けられる。
照準はナーランギの頭部。この距離なら外す事はあり得ない。
「考えは変わらぬか」
「残念ですが、神はそれを望まれておられません。すべては神の意のままに」
ブラッドリーは静かにナーランギを見据える。
「決意は固いか」
大型の亀『ロックイーター』に巻き付く巨大な蛇となっているナーランギだが、結界形成が得意であるが故にこの位置までブラッドリーに接近されては抵抗する術は、無い。
「憐れな。私も邪神の事は分からぬ。だが、自らを救えぬ者が他者を救えるはずはない」
「……あなたの言葉を使えば、それは『すべては運命』なのです」
「そうかもしれぬ。ならばせめて私がお前を見守るとしよう。それがお前に私ができる唯一の事だ。
……この森の幻獣達には本当にすまない事をした」
ナーランギは会話を止めて瞳を閉じた。
ブラッドリーは察したように引き金を引く。
ナーランギの頭部をスナイパーライフルの一撃が撃ち抜いた。
それが如何様な物であろうとも、選ばれなかった未来は永遠に失われる。
何を救い、何を犠牲にするのか。
もう、決まってしまった。
定められた未来へ墜ちていくだけ。
喜びも悲しみも憎しみも。
すべてが引かれ、墜ちていく――。
「……これは」
いつもと異なる感覚に気付いたのは六大龍の一角、ナーランギであった。
それはほんの些細な事だ。風の流れがいつもと異なる。
それは吉報ではない。
黒く澱んだ何かが忍び寄る感覚だ。
「そうか……そう、来たか」
周囲の誰もいない中、ナーランギは一人呟く。
数多ある可能性の中から選び取られた未来。それは、あまりに唐突に、そして非情に突き付けられる。
「皆……すまぬ」
●
「た、大変だホー。敵が攻めてきたホー!」
ポロウのモフロウ博士が大きな翼をはためかせながら枝に止まる。
多くの幻獣が隠れ住む幻獣の森へ突如大規模な歪虚の侵攻が開始されたのだ。地上からは怠惰残党や堕天使型、上空には狂気の眷属が迫っている。
「え!? 森にはナーランギ様の結界があるっス。なんでここに……」
「その結界、既に破られているホー!」
大幻獣ツキウサギの問いにモフロウ博士は答える。
ナーランギの結界は防御よりも隠匿性を重視したものだった。近づかれても発見しにくくする特性だが、邪神の封印が綻び多数の歪虚が姿を現した事で歪虚側は幻獣の森発見の為に多くの軍勢を送り込んできたのだ。
人海戦術で迫られれば、隠匿性の効果は薄れる。
「キュー!」
大鼠の幻獣がサイクロプスの振り回した銃架で吹き飛ばされる。
悲鳴を上げた大鼠。大木に激突して地面へ落下。しばらく体を震わせていたが、間もなくその体の震えは止まる。そして、静かに息を引き取った。
その傍らでは上空へ逃れようとポロウの一団が一斉に飛び立った。
しかし、その動きを先読みしていた浮遊型狂気が接近。次々とレーザーで撃ち落とされていく。生い茂る森は上空からでは視界が悪い。上空へ飛び立つのを狂気の歪虚は待ち受けていたのだ。
歪虚にとって幻獣は豊富なマテリアルを持った餌に過ぎない。結界が綻べば、幻獣の大虐殺が発生するのは時間の問題であった。
「マズイっス! このままじゃみんな全滅するっス!
戦える者は歪虚を食い止めるっス。でも、逃げるとしても何処へ……」
「前に住んでた不思議な森があるホー。そこなら安全だホー」
博士が前に住んでいたのは四大精霊の一人イクタサ(kz0246)が住むシンタチャシだ。
距離はあるが、あそこならイクタサの力で幻獣を護る事ができるはずだ。
「分かったっス。博士はみんなをその森まで案内して欲しいっス。自分は少しでもみんなが逃げられる時間を稼ぐっス」
木製のハンマーを手に走り出すツキウサギ。
危険は承知の上だ。それでも幻獣達の退路を護らなければならない。
こうしている間にも武装したサイクロプスのアサルトライフルに銃弾で撃たれ、堕天使型の斬撃で幻獣達は倒されていく。混乱に見舞われる幻獣の森で、ツキウサギは仲間を護る為に必死で抵抗を試みていた。
気がかりはナーランギだ。今頃、どうしているのだろうか。
●
「…………」
ナーランギは静かに目を閉じていた。
遠くで聞こえる爆発音。
その中に混じって幻獣達の悲鳴が聞こえてくる。
あれは、リーリーの声か。逃げ場を失い、必死に助けを求めるが、誰も助けには来ない。いや、来られないのだ。誰もが生き延びる事に必死で、手を差し伸べる暇がないのだ。
やがて、そのリーリーの声も失われる。
リーリーがどうなったのか。それを想像するだけでナーランギの胸は痛む。
「黄昏の刻です、龍よ」
空から現れ、ナーランギの前にゆっくりと降り立つのは一機の歪虚CAM。
純白の機体に彩られた楽園への案内役だ。
「……そうか、お前が。歪虚となっていたか。今も夢見ているのか?」
「…………」
「歪虚でありながら夢想する憐れな存在。この森の大まかな位置を知っているのも納得だ」
「六大龍でありながら一時は楽園へ行く事も決意していた龍。見逃してきましたが、それも潮時です。あなたもこの森もすべて過去の物となる時が来たのです」
マスティマ型歪虚CAM『エンジェルダスト』と呼ばれる機体に乗るのは、歪虚ブラッドリー(kz0252)。
幻獣の森へ侵攻する為に地上は北と東から侵攻。さらに制空権を抑えるべく狂気の軍勢を配置した張本人だ。ブラッドリー自身も幻獣の森へスナイパーライフルを数発撃ち込んで結界を破壊していた。
「滅び行く定め。一度は逃れたと思ったが……いや、ここまで随分長く生きたか。
今や私にはお前に抗う術はない。結界が破られた今、私には何もできない」
「あの天使達には、本当に驚かされます。宇宙も、この神をも救おうとする。それは単なる傲慢なのか。それとも天使達に運命付けられた選択なのか」
言葉の合間に生まれる沈黙。その沈黙の裏で言葉にならない言葉が双方の間で交わる。それは当人達にしか分からない意志疎通。
アイコンタクトなのか。それとも――。
「彼らに……ハンター達の選択を受け入れてやる事はできぬか?」
長い沈黙の後にナーランギは口を開いた。
ハンター達が為し得ようとする選択は、あまりにも無謀かつ壮大だ。邪神の内部へ突入するだけではなく、ファーザーを説得して被害を最小限に抑える。
それは夢物語かもしれない。
しかし、それはただ滅びを待つよりも余程良い選択だ。
「………………」
ナーランギの問いに、ブラッドリーは沈黙を守った。
明確な回答を避けたのか。
だが、それでもナーランギには沈黙の意味が十分に伝わったようだ。
「そうか。それを選ぶか」
「はい」
「その道が怨嗟の深淵にあったとしてもか?」
「それが神の御遣いたる私の使命ですから」
エンジェルダストのスナイパーライフルがナーランギへ向けられる。
照準はナーランギの頭部。この距離なら外す事はあり得ない。
「考えは変わらぬか」
「残念ですが、神はそれを望まれておられません。すべては神の意のままに」
ブラッドリーは静かにナーランギを見据える。
「決意は固いか」
大型の亀『ロックイーター』に巻き付く巨大な蛇となっているナーランギだが、結界形成が得意であるが故にこの位置までブラッドリーに接近されては抵抗する術は、無い。
「憐れな。私も邪神の事は分からぬ。だが、自らを救えぬ者が他者を救えるはずはない」
「……あなたの言葉を使えば、それは『すべては運命』なのです」
「そうかもしれぬ。ならばせめて私がお前を見守るとしよう。それがお前に私ができる唯一の事だ。
……この森の幻獣達には本当にすまない事をした」
ナーランギは会話を止めて瞳を閉じた。
ブラッドリーは察したように引き金を引く。
ナーランギの頭部をスナイパーライフルの一撃が撃ち抜いた。
リプレイ本文
――酷い。
それが、夢路 まよい(ka1328)の率直な感想だった。
視界の悪い森の中で逃げ惑う幻獣達。
それをアサルトライフルで追い立てる巨人達。
リーリーやイェジドのようにすべての幻獣が歪虚に対抗する術を持ってはいない。多くの幻獣は逃げ惑う以外に取るべき選択肢がなかった。
その結果、まよいの足元で既に息絶えた幻獣達の亡骸が転がっている。
「幻獣達がっ……こんなのって……」
既に倒れた小鳥の幻獣に手を伸ばすまよい。
きっと平時であればとても美しい羽根で周囲を和ませてくれたのだろう。だが、今はその羽根も棍棒のような鈍器で殴られ、ボロボロになっている。
この小鳥が最期に見た風景は、どんなものだったのだろうか。
「酷いよ。あまりにも酷い。
……どうにかして、止めないと……」
まよいは小鳥を大きな樹の根元にそっと置く。
歪虚側の大規模侵攻のターゲットとなった幻獣の森は、今や風前の灯火。六大龍の一角であるナーランギが形成していた結界も既に崩壊。隠れ住んでいた幻獣達を護るものは消失。豊富なマテリアルを持つ幻獣は歪虚にとって『餌』でしかない。
こうしている間にも幻獣達の命は失われていく。
「イケロス、行こう」
グリフォン『イケロス』の背に飛び乗ったまよいは、幻獣の森の東へ向かって飛行する。
悲鳴と怒号が響く広大な森を眼下に収めながら、まよいは静かに超覚醒する。
その強大な力で幻獣達を護る為に。
●
「もう始まっ地待ってるか! 急ごう竜葵、これ以上はやらせん!」
藤堂研司(ka0569)はワイバーン『竜葵』と共に森の北側へ飛来する。
幻獣の森への侵攻は北と東の二面侵攻。幻獣を救い出す為には、歪虚を幻獣の森へ侵入させない事が肝要。そう考えた研司は、森の北側へ防衛線を構築しようとしていた。
「ホー」
森から空中へ逃れようとするポロウの群れ。
逃げる場所を失った幻獣の中で、飛行できる者は空へ行き先を求めた。
しかし、それも計算に入れている歪虚。既に森の制空権は歪虚が抑えており、空中へ逃れるポロウ達を小型狂気の群れが迫っていた。
「ホー!」
小型狂気の群れに気付いたポロウ達は必死に羽ばたく。
しかし、小型狂気は待ち伏せしただけあってポロウとの間は徐々に詰まっていく。
そして、ポロウを射程距離へと収めた小型狂気はビームを放つべく目標に狙いを定める。
「言っただろう、やらせんと! ……竜葵」
ビームを放つよりも前に研司は竜葵に指示を出す。
飛来した竜葵は小型狂気に向けてファイアブレス。強烈な火炎弾は接近していた小型狂気を中心に爆発。複数の小型狂気を巻き込んだ。
「今のうちに逃れるんだ」
ポロウに伝わったかは分からないが、研司はポロウを護るように小型狂気の群れへ立ちはだかる。
これ以上、逃げるポロウを死なせない為にも研司はここで壁となる。
「ここから一匹たりとも通さない。……何が来ようとも」
研司の存在に気付いたのか、堕天使型も空中へ集まってくる。
既に地上でもハンター達が交戦を開始。幻獣の森はより一層騒がしくなる。
研司は星神器「蚩尤」を握り締め、堕天使型の迎撃を始めた。
一方、地上では――。
「北から更なる増援。ここの防衛線維持は必要最低条件。僅かな判断ミスが防衛線崩壊を招く、か」
エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)は各地から集まってくる情報を冷静に分析していた。
歪虚ブラッドリー(kz0252)周辺はマテリアルラインの射程を超えている上、通信障害が発生している為に最新の情報は入手できていない。だが、それ以外の地域からは魔導パイロットインカムからの通信で情報は把握できる。広大な森だからこそ、ブラッドリー周辺以外では通信可能なようだ。
そして、その戦力差はエラの予想を超えていた。
「物量による侵攻。先の戦いを念頭に置いたか」
先の戦いとは黙示騎士と連合軍による戦いで黙示騎士側が物量作戦で各地の戦線を優勢に導いた事だ。
ブラッドリーがそれに習ったのかは分からないが、幻獣の森北部と東部から押し寄せる歪虚の軍は圧倒的な物量。減少した怠惰残党を堕天使型と小型狂気で補填する事で大軍を形成。戦略ではなく物量で幻獣の森を殲滅するかの勢いだ。
如何に歴戦のハンターでも永遠に戦い続ける事はできない。
だが、エラにも勝算はある。
「上空の状況を教えて」
「小型狂気が北と東から飛来。主に小型狂気だが、堕天使型も紛れ込んできたぞ」
堕天使型の群れに星降で光の雨を降り注ぐ研司の声。
今回の作戦は敵の殲滅が目的ではない。幻獣の森に住んでいた幻獣達を可能な限り、森の西か南へ脱出させる事。つまり、この防衛ラインを一定時間維持する事で幻獣達が撤退する時間を稼ぐ。
視界の悪い森の中だ。うまく立ち回れば時間稼ぎは可能だ。
「幻獣の撤退状況及び歪虚の追撃情報をチェック。前衛に立つ者は友軍の被害状況も確認を。防衛ラインに穴が開けば、それだけ幻獣達に被害が及ぶから」
エラは集まった情報を元に素早く情報展開していく。
エンジェルダストの通信障害と広大な幻獣の森である事から充分な情報は集めきれないが、それでも防衛ラインを維持するには十分だ。
「各員、決して諦めない事。それが私達の最大の武器」
邪神と対峙するハンター達。
その武器をエラは改めて口にした。
●
「……昨日の友は、今日の敵……ってか。ま、元から敵か」
オファニム『レラージュ・ベナンディ』のプラズマライフル「ラッド・フィエル01」が樹木と一緒に堕天使型を狙い撃つ。
胴体を貫かれた堕天使型は、悲鳴を上げながら倒れる大木へ重なるように覆い被さる。
北と東に防衛ラインを構築するハンター達とは異なる行動をアニス・テスタロッサ(ka0141)は取っていた。
それは、この幻獣の森襲撃を主導した存在の迎撃。
「天使達、やはり現れましたね」
レラージュ・ベナンディに届くブラッドリーの声。
歪虚CAM『エンジェルダスト』迎撃へ動いたハンター達が遭遇したのは、エンジェルダストを護衛する堕天使型の存在だった。視界が悪く遮蔽物となる森林地帯。その合間を縫って堕天使型が攻撃を仕掛けてくる。
「神の御遣いだが何だか知らねぇが、そんなに好きならテメェが召されるよ」
アニスはその場から後退して周囲を警戒する。
敵の堕天使型はショートジャンプが可能だ。幸い森林地帯である事から、木々を折ればその音で居場所が特定できる。だが、それは相手にとっても同じ。下手な行動は相手に察知される。空へ逃れる手もあるが、それは空中へ逃れた途端に地上からの対空攻撃を仕掛けられる恐れもある。できれば上空への移動は絶好の機会を狙いたいところだ。
「後方、五時方向」
アニスにもたらされたのは八島 陽(ka1442)の言葉だった。
振り向くアニス。同時にラッド・フィエル01の照準を素早く後方へ向ける。
五時方向。そこには後方から迫る堕天使型の姿があった。八島はコンフェッサー『ロンズギア』のマテリアルラインをクロスマインドで拡張してエンジェルダストの通信障害に対抗していた。射程距離はそれ程長くはないが、対ブラッドリーならば連携は十分だ。
「悪いな。礼はあとでまとめてしてやるよ」
アニスは堕天使型を撃ち抜いた。
後方へ倒れる堕天使型。既に仲間から攻撃を受けていたのだろう。破損箇所も複数見受けられ、敵の戦力を確実に葬る事に成功している。
「ところで、ナーランギを見ましたか?」
八島からの問い。
それは幻獣の森に結界を張っていたナーランギについてだった。情報によればブラッドリーはナーランギと接触。その後の動向は不明だが、歪虚であるブラッドリーが六大龍のナーランギを放置するとは考えにくい。
「いや、見てねぇな」
「そうか」
二人の周囲に渦巻く負のマテリアル。
それのせいでナーランギが発見できない。
八島はナーランギの生存を強く願っていた。
●
「幻獣達を……許さないから……」
シェリル・マイヤーズ(ka0509)はユグディラ『ユエ』と共に森の東側へと到達した。
ここは森の北同様歪虚の侵入経路となっている。その証拠に周辺から聞こえてくるのは、歪虚の攻撃らしき爆音と幻獣達が上げる悲鳴。悲鳴の一つが聞こえる度、シェリルの心に棘が突き刺さる。
「ユエ、逃げる幻獣がいたら助けてあげて」
予定地点へ到着したシェリルは、素早くユエに指示を出す。
森の南と西から脱出できる。それは多くのハンターが知っていた事だ。
しかし、幻獣達はそうではない。突然の襲撃で混乱した幻獣達に正しい情報が伝わる術がなかった。その結果、多くの幻獣が森の中であてもなく彷徨い、歪虚に殺されている。
シェリルはユエに幻獣達を正しく導くように伝えたのだ。
「リーリーがいれば傷付いた幻獣を運んで……」
言葉を言い掛けたシェリルは、反射的に振り返る。
そして手裏剣「八握剣」を投擲。広角投射で軌道を操り、気配を察知した周辺を攻撃する。
気配の正体――それは森から現れた武装巨人。
シェリルをアサルトライフルで狙い撃つつもりだったようだが、反応したシェリルから反撃を受ける羽目となっていた。
「……!」
シェリルの攻撃で軌道が逸れ、アサルトライフルの銃弾は空に向けて発射される。
乾いた発射音が周囲に響き渡る。
「イケロス」
空中でホバリングするイケロスの背で迷いはグングニルを発動。
シェリルが攻撃した巨人を中心に紫電が襲いかかる。仮に樹木の背に隠れようとも容赦なく紫電は巨人の体を貫いていく。
そして、暴風による爆破。大きな爆発が周辺を襲う。
爆発の後には倒れた木々と力尽きた複数の巨人が存在しているだけであった。
「ここで敵の侵攻を食い止めるよ」
「分かった。可能な限り逃げ遅れた幻獣を助けるから」
まよいの言葉にシェリルは本能的に返答する。
助けるから。
今も森の中で彷徨う幻獣達を前に、シェリルは幻獣を護衛すると決めていた。
ハンター達が下したあの選択は未来へ進む為の選択。未来へ進むと決めた以上、救える命は全力で守らなければならない。
「ユエ、急いで。あまり時間はないかもしれないから」
シェリルの声で小さく頷くユエ。
その傍らでは準備を整えたルベーノ・バルバライン(ka6752)がオートソルジャーと共に前衛へと立っていた。
「ハッハッハ、リアルブルーではこういう時の為に諺があるのだろう? 確か、備えあればうれしいな、だったか?」
武神到来拳「富貴花」を装備したルベーノは、堂々とした態度で歪虚が現れる方向へと歩いて行く。ユエが傷付いた幻獣を捜索する時間を稼ぐ事はできるだろう。
「ハッハッハ、行け。この俺が盾となってやる。
歪虚共、これより先はお前ら全員通行止めだ。大人しく幻獣の森の塵になって貰おうか」
ルベーノは魔導銃「アクケルテ」を打ちながら武装巨人へ接近。同時にオートソルジャーがフォトンチャージを発動させた大型ゴーレム砲「ヴドルーク」で砲撃。武装巨人への反撃を封じ込める。
そしてルベーノが至近距離へ接近した段階で、富貴花の一撃を叩き込む。
痛みを受けて倒れ込む巨人へルベーノは更に追撃を加える。
「案ずるな、すぐにお仲間も俺が後を追わせてやる」
北に続いて東も防衛ラインの構築と救出作戦が開始されていた。
●
森の南側はまだ歪虚の大軍が到来していない。
つまり森の南側は重要な脱出路。一部のハンターはこの避難路の維持に尽力していた。
「はーい、撮るでちゅよー」
北谷王子 朝騎(ka5818)は魔導カメラでモフロウ博士の姿を撮影していた。
まるで博士の写真集でも売り出そうとしているかのような大量激写。時折、自分の顔をレンズに収めてポーズを決めたりもしている。
緊迫感が張り詰める幻獣の森で、ここだけ日常的な空気が感じられる。
「何しているホー?」
「何ってパンチラ……いや、記念撮影でちゅ」
一瞬、密かに狙っていた対象を口にするが、慌てて惚ける朝騎。
博士から冷たい視線を感じて魔導カメラを懐に隠すが、完全に隠し切れていない。
「遊んでいる場合じゃないホー。このままじゃみんなが危ないんだホー」
「分かっているでちゅよ。だからちゃんと目印を準備したでちゅ」
そう言って朝騎は近くの木を指し示す。
そこにはペイント弾で付けられた印。それが一定間隔で存在している。ペイント弾の傍らには撮影した写真。つまり、写真とペイント弾を見れば言葉が通じなくても逃げ場所の目標になると考えたのだ。
「あ、目標を作ってくれたのかホー」
「そうでちゅ。遊んでいた訳じゃ無いでちゅ」
可愛い子のパンチラを狙っていた自分を棚上げして胸を張る朝騎。
決して遊んでいた訳ではありません。
「博士が健在で良かったわ」
博士の姿を目にしたリアリュール(ka2003)は、そっと安堵する。
既に幻獣の森内では多数の亡骸を目撃している。歪虚が襲ってくるまではこの森も静かだった。それが突如発生した襲撃で一変。瞬く間に幻獣達の命が奪われていく。
リアリュールはその中で大幻獣である博士の身を案じていた。
「心配ありがとうだホー。でも、今は他の幻獣を助けるのが優先だホー」
「それなんですが、仲間にお願いして欲しいの」
リアリュールの提案。
それは博士と共に幻獣の森へ訪れたポロウ達に幻獣の誘導を支援して欲しいというものだ。
ハンターは歪虚と戦う術を持っているが、幻獣と言葉によるコミュニケーションが取れない問題がある。言葉が通じなければ混乱する幻獣達を前に落ち着かせる事も難しい。そこでポロウ達が幻獣達に話し掛けて誘導すれば、誘導にそれ程時間がかからない。
「良い案だホー」
「そうでしょ?」
「でも、空には怖い目玉がいっぱいだホー」
リアリュールの案は惑わすホーなどを使えるポロウで幻獣達を誘導するのだが、問題点もある。障害物の多い森を低空で飛行するのは難しい。その上上空へ逃れれば、小型狂気の群れが襲い掛かってくる。
しかし、その点もリアリュールは織り込み済みだ。
「分かってるわ。ソラヴァス」
リアリュールはグリフォン『ソラヴァス』の名を呼んだ。
ソラヴァスと共に上空の小型狂気を減らせれば、ポロウが誘導しやすくなるはずだ。
「助けられる命。必ず、助けてみせる」
強い気持ちを胸にリアリュールは、ソラヴァスの背に乗って飛翔する。
目の前の敵を倒せば、それだけ幻獣達が助かる。
優しい風を纏うソラヴァスは、この時ばかりは荒々しく羽ばたいた。
●
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)には、一つの疑問があった。
ブラッドリーは東方、龍園、辺境と渡り歩き、鬼哭組の松永武人や龍人のアフォンソと関わってきた。辺境では青木燕太郎を唆し、終末と称する事態まで画策した。
そのブラッドリーには命を奪うにも相応の信念を持つタイプに見える。理解ができるかは別にして、相応の理由はあるようだ。
では、この幻獣の森を攻撃目標にした理由は何か。
六大龍の一角であるナーランギに何らかの繋がりがあったようにも見えるが……。
「今回は、どんな理由で此処に来たのか。聞いたら、教えてくれるカナ?」
「…………」
アルヴィンの問いかけにブラッドリーは沈黙を守る。
いつもなら、理解不能な言葉を返していたはずだ。
「隠れてばかりでいいのカイ?」
グリフォンの背に乗りエンジェルダストの白い機体を捜索するが、発見したと思えばすぐに森の中へと身を隠す。
――何かがおかしい。
攻撃を仕掛けようとしている?
なら沈黙する必要は無い。時折、怠惰型を攻撃に差し向けてくるが、アルヴィンは落ち着いて対処。地面へ叩きおとすようにグリフォンの獣大剣「ベーンドラーク」で迎撃させている。
「『らしく』ナイんじゃナイか?」
「感傷に浸る暇も与えぬ天使。それは残酷かつ冷酷な悪魔のようです」
「感傷? やはり、ナーランギと何か関わりがあったのダネ」
「…………」
アルヴィンは戦いの中でブラッドリーの情報を集めようとしていた。
沈黙を守る状況からブラッドリーにとってあまり語りたくない部分なのだろう。
「アンタ、元紫龍とかそういう類なの?」
アルヴィンと共に森の上空でエンジェルダストを捜索していたジュード・エアハート(ka0410)。
考えてみれば、ブラッドリーの光球による盾や雷は以前交戦した紫龍と似ている気がする。紫龍と何らかの関わりがあるなら、ナーランギと接点があっても不思議ではない。
その問いに対してブラッドリーは淡々と答える。
「いいえ。彼の龍の存在について神の啓示がありました。
されど、私と彼の龍とは直接関係がありません」
「なるほど。では、アンタが関係あるのはあくまでもナーランギだけなんだ」
「…………」
ジュードの言葉で再び押し黙るブラッドリー。
分かりやすい反応。だが、これだけで戦いが有利に進展する訳でもない。
アナナスへ接近を試みる小型狂気をリボルバー「ピースメイカー」で狙い撃ちながら、エンジェルダストの姿を探すジュード。
(明らかに戦い方が違う。戦いを、避けている?)
風を切るアナナスの背でジュードは思案する。
何故、戦わない?
いや、戦わないなら幻獣の森を襲う必要があったのか。
何かが関わっているとすれば、邪神の処遇をハンターが選択した事だろう。
「いいのかな? このまま戦わなければ、今までの行為は無駄になりますよ」
ジュードは敢えて挑発する。
ここで幻獣を逃がす時間を稼ぐのが目的である以上、エンジェルダストを抑える必要がある。
だが、挑発したジュードに対するブラッドリーの反応は予想外であった。
「分かって、いますよ」
ショートジャンプで森の中から姿を見せたエンジェルダスト。
誘導型攻撃端末をアルヴィンとジュードに向かって飛来させる。エンジェルダストを捜索する為に行動を下げていた事から射的距離に入っていたようだ。
(あの言い方……ちょっと気になるヨネ)
アルヴィンの感じた違和感。
やはりブラッドリーに、何らかの変化があったと見るべきか。
「アナナス、バレルロール!」
ジュードの一声でアナナスは、上空でバレルロール。
攻撃端末のビームを回避する為だ。だが、攻撃端末はしつこくアナナスをつけ回す。
そこへ地上からの攻撃――。
「前に見てんだ。死角に回られんのわかってりゃ、迎撃ぐらいできるさ」
ゲシュペンストで機動力を向上させたレラージュ・ベナンディが可変機銃「ポレモスSGS」で攻撃端末を撃ち落とす。
対象の死角から攻撃を仕掛けるのをアニスは経験で知っている。ならば、撃ち落とすのもそう難しい話ではない。
「つーか……神の意志だのなんだの言っちゃいるが、要はテメェの欲望の言い訳に神を使っているだけだろうが」
「……罪深い」
エンジェルダストを発見したアニスは正面から対峙する。
様子がおかしかろうが、関係ない。立ちはだかる以上、アニスはエンジェルダスを倒すだけだ。
●
「みんな、来てくれたっスか!」
森の北側で防衛ラインを形成していた大幻獣ツキウサギ。
仲間を逃がす為に戦える幻獣達は、敵の先陣と激しく交戦。既に多くのリーリーやイェジドが倒されている。その中でツキウサギは傷付きながらも奮戦を続けていた。
「ツキウサギさん、助けにきましたよ!」
Uisca Amhran(ka0754)は【龍魂】白龍纏歌を発動。
白龍への祈りで現れた白龍の幻影がツキウサギの傷を癒す。
「ありがとうっス。森のみんなは……?」
「仲間が見つけ次第、森の南と西から避難誘導してくれています。大丈夫です」
「……ナーランギ様は?」
ツキウサギが苦しげにナーランギの名前を呼んだ。
大幻獣でもあるツキウサギだ。負のマテリアルの影響で掴みにくいが、感覚で膨大なマテリアルが消失した事を感じ取っている。ツキウサギは今まで幻獣の森に結界を張って守ってくれていたナーランギの身を案じていた。
「きっと、大丈夫です。仲間が助けに向かっています。今は信じましょう」
Uiscaは励ますように答える。
分かっている。口にした言葉が真実ではない事を。
おそらく、既にナーランギは白龍同様マテリアルの流れへと回帰しているだろう。
それでもツキウサギを前に真実を口にする事はできなかった。
「防御力が上がっている今のうちに、戦線の立て直しと順次離脱の準備を!」
ワイバーン『ウイヴル』の背に飛び乗ったUiscaは、上空へと舞い上がる。
敵の侵入路である森の北と東は相応に持ちこたえている。しかし、いつまでも持ちこたえられる訳ではない。時期を見て撤退の準備を開始する必要があった。
「分かったっス。ナーランギ様の為にも、もうちょっと頑るっス」
Uiscaの呼び掛けにそう答えるツキウサギ。
それに対してUiscaは、何も言えない。
(ナーランギさま、私は私の為すべき事を、全うします。
幻獣さん達の事、任せて下さい)
飛来する小型狂気をUiscaはウイヴルの獣大爪「アキエース」で迎撃する。
今は、幻獣達が避難する時間を稼ぐ事。きっと、ナーランギも森の皆を案じていただろうから――。
「やっぱり、間に合わなかったか」
ナーランギの訃報は、森の北で情報収集していたエラにも飛び込んできた。
ハンター達に落ち度はない。敵は森へ侵攻すると同時に上空からナーランギを狙っていた。襲撃に気付いて救援に向かったハンターだが、時間的に救援が間に合うとは思えない。
「どうしようもなかった。それは分かってる。それは……」
自分に言い聞かせるように言葉を繰り返すエラ。
戦場では冷静さを欠いた方が負ける。入手した情報は、単なる情報。そこに一切の感情はない。
「西側へ向かう敵を目視。迎撃する」
樹木に隠れて西へ向かう武装巨人を、エラはMハルバード「ウンヴェッター」を手に強襲。
アサルトライフルの引き金が引かれるよりも早くウンヴェッターの刃が武装巨人の頭部へ突き刺さる。
振り下ろされた刃。そこに何らかの感情がなかったと言えば嘘になる。
そして、その感情は侵攻した歪虚へと向けられる。
「侵攻する敵は時間が許す限り撃滅する。徹底的に」
「早く避難させないと被害が広がる一方ですね」
夜桜 奏音(ka5754)はイェジド『ゼフィール』と共に北の森で幻獣の捜索を行っていた。
逃げ遅れた幻獣がいれば、正しい避難経路を指し示す。時にはツキウサギに説明してもらい、一体でも多く幻獣が助かる事を願っていた。
その甲斐もあって、多くの逃げ惑う幻獣が西や南へと向かっている。
「ゼフィール」
奏音はふいにゼフィールの首元をそっと撫でる。
幻獣の森と呼ばれたこの地は、既に戦火に塗れた。もう何体も亡骸となった幻獣達を目にしてきた。奪われた命。それを前にした奏音は、ゼフィールの身を案じていた。
「あの選択が、原因なの……?」
あの選択。
ハンター達は邪神を討伐する事を選択していた。それは未来に禍根を残さないように邪神を滅ぼす事。必然的に歪虚の反撃に晒されるのは、今の世を生きる者達。つまり彼らは犠牲になる。
幻獣達も、選択による犠牲になってしまったのだろうか。
「それは分からないっス」
「ツキウサギさん」
奏音の後方からツキウサギが姿を見せる。予定時間を経過した事からハンターに任せてツキウサギも撤退を開始したようだ。
「どんな選択をしてもそれを後から後悔してはダメっス。ハンターのみんながそれを選んだのなら、自分も全力でお助けするっス」
「ツキウサギさん、ありがとうございます」
「それより周辺に逃げ遅れた幻獣はいないっスか?」
「もうこのような所に隠れている事はないと思いますが、一応避難できていない幻獣がいないか確認しておきましょう」
周囲を見回すツキウサギ。
北の防衛ラインが健在である事から少し方向で歪虚の群れを発見する事はない。
その為、ゼフィールに乗る奏音は敵の交戦よりも捜索に尽力する事ができた。
「あれは……?」
ふいに奏音の視界に飛び込んできたのは、大樹の根元に隠れるようにあった楕円形のような物体。
近づいてみれば、薄く緑がかった卵だ。大きさは通常の卵の何倍にもなるだろうか。
「何かの卵っスね。でも、おかしいっスね。こんな所で卵を隠すように産むなんて」
「……これも持ち帰りましょう」
ツキウサギの言葉が終わるよりも前に、奏音はそう言い放った。
この卵も命には変わらない。一つでも命があるならば、それを助けるのが自分に課せられた義務だ。
奏音はそっと卵を抱きかかえる。
奏音の腕の中で温もりが伝わる。
●
森の西側は避難経路の一つ。その動きを察知した敵も馬鹿ではない。逃げる幻獣を前に迎撃を仕掛けるのは自然の流れだ。
「北西から敵が来るよ……アポロ!」
ペガサス『アポロ』の高度を下げて地面へと飛び降りたルナ・レンフィールド(ka1565)は、星杖「ユピテル」を振りかざす。
幻獣へ迫るのは徒党を組んだ武装巨人の群れ。このまま直進すれば側面から幻獣達を強襲する事になる。
「謳われるは英雄の詩、請われるは勝利。希望の火は闇を斬り払い、未来を示さん」
奏でられる旋律は赤い光となって溢れ出す。
迫る巨人達を包み込み、巨人達の防御を削ぎ落としていく。
「小型じゃないが……叩ける時は叩くべきだな。クロ」
ルナが敵の防御を削った所へ、カイ(ka3770)がオートソルジャー『クロ』と共に巨人達へ攻撃を開始する。
小型狂気を中心に倒していたカイだが、倒すチャンスがあるのであれば武装巨人でも狙って行く。幻獣達が逃げる時間を稼いで避難経路を維持する。時間勝負でもある以上、迷っている暇が惜しい。
「やれるか? ……いや、やるしかないか」
ダガー「ヴィーラント」を手に接近したカイ。ここで敵の侵攻を食い止めなければ後方の幻獣に被害が及ぶ。それだけは決してさせてはならない。
覚悟を決めたカイは敵陣に飛び込み、アサルトディスタンスで武装巨人達を何度も斬りつける。
その後方からクロが魔導銃「フリューゲル」で牽制射撃。カイへ反撃させないように巨人達を押さえ込みにかかる。
「奏で謳いましょう。ラプソディー『クリムゾン サーガ』!」
ルナは更に赤の謳歌を奏でて巨人達の防御低下を継続させる。
そこへイェジド『エイル』が別方向から駆け込んでくる。
「決めたから。全てを救う事は難しいけれど、それでも……一つの命を多くを救う、と」
フェンリルライズのオーラを纏ったエイル。その背でイツキ・ウィオラス(ka6512)は星神器「レガリア」を構えた。
レガリアの切っ先は、カイに翻弄される巨人達へと向けられる。
「エイル」
巨人へ接近するエイルはスティールステップで巨人の反撃を回避。そして、ウォークライで巨人を威圧する。
その隙を突くように、イツキはレガリアを振るう。
「目の前で、命を奪わせません」
レガリアを振り下ろすと共に放たれる青龍翔咬波。
駆け抜けるマテリアルが巨人達の体を貫いた。
さらに雪華纏槍・結明紡を放ち、巨人達を追撃。完全に巨人達を沈黙させる。
「今のうちに避難を。ここは私達で守り抜きます」
振り返り幻獣達へ呼び掛けるイツキ。
幻獣達に言葉は通じないが、何を言っているかは感覚的に理解できる。傷付きながらも足早に進路を西へと取る。
「ちょっと厳しくなってきたな」
カイは上空に視線を送る。
北と東の防衛線が最善を尽くしているのは分かっている。だが、それを上回る敵の戦力と勢いは西の避難経路にも及び始めていた。
「ここも何処まで持つかは分からないけど、やるしかないよ」
ルナはあくまでも元気に振る舞う。
西から襲撃する敵は、まだ多くない。だが、徐々に増え始めている。あまり長時間の維持は難しいかもしれない。
「できる事をする他ありません。今は……」
イツキは、敢えて敵が現れる北西へ歩みを進める。
一体でも多く、幻獣を救う為に。
●
「ユエ、あのイェジドを!」
北の森に大軍が攻め寄せる中、シェリルはユエに対して救援を指示する。
自ら囮となってランアウトを駆使するが、攻め寄せる敵の軍勢は時間経過と共に増加していく。最善を尽くしているが、このままでは押し切られる恐れもある。
であるならば、救える幻獣を少しでも助けなければ。
「……!」
ユエは森の午睡の前奏曲を奏でる。
逃げ回り、傷付いたイェジドの傷を癒す。既に巨人や堕天使型を抑え続ける為に力を尽くしたのだろう。回復させなければ、そこで倒されていた可能性もある。
「お願い、そのまま後退して。これ以上、幻獣を死なせたくないから」
シェリルは覚悟を望んでこの戦いへ赴いた。
しかし、圧倒的な戦力差を前に幻獣達は力尽きていく。怠惰の残党をまとめ上げ、狂気の軍勢と共に押し寄せた奔流。その流れを止めるだけの力は、今の自分達にはなかった。「討伐を選ぶとは、こういう事か……」
ユリアン(ka1664)の視界に広がる光景。
その意味の発端が、自身の選択である事を思い知らされていた。
ハンターの選択した答えは――『討伐』。それはあの強大な邪神を前に、その力を持って撃ち倒す事。未来に禍根を残さない為の選択ではあるが、同時に現在を生きる者達を犠牲にする選択でもある。
未来の為に、今を生きる者を死へ誘う。
ユリアンには、その答えに頷く事はできなかった。
「ずっとこの世界に在って、力を貸してくれた大事な仲間。その彼らに全てを負わせたくなかった」
ユリアンは、あの選択が正しかったのかは分からない。
だが、選ばれてしまった以上、その選択に見合う行動を取らなければならない。
ユリアンが、ハンターである限り。
「……っ、ラファル。頼む、一緒に」
グリフォン『ラファル』に向けて振り絞る一言。
右手で握る手綱へ込められた力で、ラファルは何かを察したのだろう。
ユリアンを背に乗せた後、翼を広げて更に上空へと舞い上がる。
行く手を阻むのは小型狂気の群れ。
「だから、邪魔しないで!」
ラファルの道を切り拓く為、まよいはマジックアローで狂気の群れへ叩き込む。数が増加したマジックアローが次々と突き刺さっていく。
「まよいさん!」
「行って! あのイェジドを導いてあげて。もう迷わないように」
まよいの叫び。
ユエが傷を癒してはくれているが、あのままでは倒れるかもしれない。
マジックアローで築かれた道を、ラファルが急降下で突き進む。
「もういい……頼む、気付いてくれ」
ラファルは発煙手榴弾を点火。その煙でイェジドの上空を旋回する。
この煙に気付いてくれるなら、撤退路を示してやる事ができる。敵の少ない安全な道を。
ユエの治療で走る事はできるが、全速力は難しい。なるべく戦いの内道を指し示してやるべきだ。
だが、歪虚の猛攻がそれを許さない。
「!」
東の防衛ラインから回り込む形で堕天使型が出現。掌から発生させたビームソードが嫌な光を放つ。
「ラファル!」
事態に気付いたユリアンはイェジドに向かってラファルを更に降下させる。木々の枝が体に刺さるかのような痛み。
だが、それでもイェジドを救う為には……。
「……!」
抵抗する余裕も与えられないイェジド。振り上げられるビームソード。
ラファルも間に合いそうにない。
そこへ――。
「貴様等が何を仕掛けてこようと変わらん。我々に仇為す者は全力で迎え撃つ……それだけだ」
前線で機関銃「ラワーユリッヒNG5」による迎撃を行っていたコーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)が後方まで下がっていた。
ちょうど敵の迂回に気付き、挟撃されないようにする為だった。だが、この後退はイェジドを救う救世主となる。
「くれてやる。墓石に刻む言葉を弾丸にしてな」
コーネリアは魔導拳銃「ネグラナーダ」の弾丸を上空に向かって放つ。
高濃度のマテリアルを纏った弾丸は、空中で炸裂。大量のマテリアルとあって宙を舞う。そして、放出されたマテリアルが稲妻状の破壊光線となって堕天使型へと落下する。
破壊光線は、振り上げたビームソードを避雷針にしたかのように堕天使型の体を貫いた。ショートジャンプする暇すら与えられず、堕天使型は力が抜けて地面へと転がった。
「分かったか。これが、我々の示す答えだ。
たとえ、明日が無かろうと邪神の首は必ず叩き落とす……」
堕天使型を前にはっきりと言い放つコーネリア。
それはユリアンとはまったく逆の思想であった。
すべてを犠牲にしてでも前に進み続ける覚悟。責め苦を含めて背負う気概がコーネリアにはあった。それはユリアンにはなかったものだ。
「いけ。今は生きる事だけを考えろ」
コーネリアはイェジドへ声をかけると踵を返す。
おそらく後続の敵が迂回してこの地へ現れる。さらに時間を稼ぐにしても防衛ラインを後退させる必要もあるだろう。ならば、ここでラワーユリッヒNG5で敵を迎撃するべきだと考えたのだろう。
「覚悟、か」
ユリアンの口から自然と言葉がこぼれ落ちた。
●
「……ここで出てくるの、ブラッドリー」
マスティマ『morte anjo』でエンジェルダストを照準に捉えたマリィア・バルデス(ka5848)。
その声には歯軋りするような声色。淡々と紡がれる言葉の裏に、怒りの感情が交じっている。
「やはり来ましたか、死の天使」
「ナーランギ様を殺したのも、貴方の楽園に至る道に必要だったとでも言うのかしら」
「……はい。その通りです」
木々の間をショートジャンプで抜けるエンジェルダスト。
着地と同時に誘導型攻撃端末がmorte anjoへ飛来する。高速で移動しながら、morte anjoの死角へ回り込みビーム攻撃で狙い撃つ。
しかし――。
「今日は、随分と好戦的ですね」
ビームを受けたにも関わらず、morte anjoには傷一つない。
パラドックス。因果律を操り、受けた攻撃を無かった事にする能力。
対マスティマ戦においてはこのパラドックスの使い方が重要なのだが、マリィアはパラドックスを明確にしようしてみせた。
「私が邪神との戦争を選んだのは、それがリアルブルーに封じられた幻獣を救う……開封できる道だと思ったからよ! 私は私達の隣人を、幻獣や精霊を殺す者を許さないっ!」
「軍人を名乗る者が、随分とロマンに満ちた事を考えるようになったものです。
あの『邪龍』は……神にとって必ず仇を為す。楽園への道を阻み、異教の神を助ける。私は邪龍を倒さなければならなかった」
(……倒さなければ、『ならなかった』?)
マリィアはブラッドリーの言葉に引っかかった。
いつもと何かが違う。邪龍と呼びながら、何故仕方なかったかのような言い回しなのか。
ナーランギと何か因縁があったのだろうか。
だが、そうだとしてもマリィアの行動は変わらない。
「ここで消えなさい、ブラッドリー!」
「死神の列へと戻りなさい、天使」
ロングレンジライフル「ルギートゥスD5」でエンジェルダストを捕捉するmorte anjo。
エンジェルダストもスナイパーライフルでmorte anjoをロックオン。
同時に放たれる一撃。
双方のエネルギーはすれ違い、双方の機体を掠める。ブラッドリーも光の盾でルギートゥスD5の弾丸を防ぐ暇がなかったか。
だが、掠めたダメージが見受けられない。ブラッドリーもパラドックスを使ったか。
「……くっ、伝播増幅では届かないか」
二体のマスティマが戦う中、一体の刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」が姿を見せる。
別の戦場で到着が遅れていた久我・御言(ka4137)だ。
エンジェルダストの妨害電波を伝播増幅で無効化できないか試すつもりだったが、やはり伝播増幅では対抗できないようだ。だが、morte anjoがエンジェルダストと対峙した事でエンジェルダストへ遭遇する事ができた。
「別の天使ですか。ですが、そこで立っていて良いのですか?」
「……!?」
ブラッドリーの言葉で久我は後方へ飛び退いた。
次の瞬間、足元から稲妻が天へと昇っていく。過去の戦いでブラッドリーがレッドスプライトと称したトラップ型の攻撃方法だ。おそらく周辺にそれらしいトラップを設置していたのだろう。
「待て。何故私にトラップの存在を気付かせる真似を……」
そう言い掛けた瞬間、久我の後方から堕天使型が迫る。
ショートジャンプでルクシュヴァリエへ接近し、ビームソードで襲い掛かるつもりだ。
久我は機体を反転させ、堕天使型との間合いを詰める。
「わざわざ接近戦へ持ち込んでくれるとは」
不退の駆で突進を仕掛ける久我。
堕天使型は反撃された事を察知して側面へ回り込む。振り下ろされるビームソードを、久我は斬艦刀「雲山」で受け止める。
「無事ですか?」
久我の操縦席に響く八島の声。
伝播増幅では対応できなかったが、マテリアルラインを使用する事で妨害電波内でも通信が可能のようだ。
「遅れてすまない。こっちは良い。エンジェルダストを」
「分かりました」
八島はマリィアと交戦するブラッドリーへ接近を試みる。
森の中にマテリアルバルーンを複数用意してこちらの居場所を掴みにくくしながら。
「ブラッドリー」
「……探究心の強い天使ですね」
「ナーランギを殺したのは六大龍を殺してクリムゾンウェストを邪神に吸収させたいからですか?」
「概ねその通りです。邪龍達は神に仇為す存在。彼らが存在すればきっと楽園行きを妨害します。神に恭順しない存在であれば、致し方ありません」
「もう一つ。黒い巫女に『MのEvangelion。7の7から12』と言ったそうですね。それはマタイの福音書、7章の7から12節。つまり復活を指しています。
ファーザーと呼ばせていた事から、あなたは邪神の産みの親であるファーザーを亡き者にして自ら宇宙の再誕を実現させるつもりですか?」
「違います。復活は……楽園へ行ったあなた方になるはずでした。それに後半も違います。私がファーザーと呼ばれたのは神父の呼称に過ぎません。そもそも、私はヨセフに興味がありません。
私は……楽園へ皆が行けば再誕の道もあると知っていました。神に護られた楽園で繰り返す中、復活への道を模索する。それが唯一の方法。苦しみも悲しみもない楽園でも、きっとあなた方は楽園を自分から追放される。
されど、天使達は……ヨセフを、神を救う選択をしようとしている。それは私にとって予想を超えた事。救世か、それとも傲慢故か」
ブラッドリーの言葉に八島は耳を傾ける。
その言葉が真実ならば、ブラッドリーはハンター達が恭順を選び取り、邪神の中で再誕を待つと信じていた。そして、敵対するのであれば全力を持ってそれを阻止すると。
しかし、ハンター達が選んだのはファーザーも邪神も救う道。それはブラッドリーにとって想定外な事だった。
「では、何故幻獣の森を襲ったのですか? 邪神が救われるならナーランギを殺す事も不要だったはずです」
「……あなた方の手助けする道もあったでしょう。ナーランギはその道を私へ諭しました。
ですが、今も楽園で暮らす者を私は見捨てられません。神が救われた後、彼らがどうなるか……私は最期まで神に仕えます。それが私の選んだ道ですから」
ナーランギとブラッドリーの関係は謎のままだ。
だが、はっきりしている事はある。ブラッドリーは邪神を救おうとするハンターを前にしても敵対する道を選ぶ。
「綺麗事を。今までの所業が許されるとでも?」
「いいえ。正義の反対がもう一つの正義だと、あなたも理解しているでしょう?」
エンジェルダストとmorte anjoが再び遠距離武器で撃ち合いを始める。
強烈な一撃が幻獣の森に走る。
●
北と東の防衛ラインが意図的に下げられ、撤退が視野に入り始めている頃。
避難経路の一つとなっている南には多くの幻獣が落ち延びていた。
「吸い込め、電磁の渦巻き」
南へ飛行するポロウの群れに襲い掛かる小型狂気の間に割り込んだ時音 ざくろ(ka1250)。
ポロウに向けられた攻撃を自らへ引き寄せる為にガウスジェイルを展開。感覚を空間に拡張させる。ポロウを守る為にざくろはグリフォン『蒼海熱風『J9』』と共に盾となる。
「これ以上、幻獣達を傷付けさせない」
シールド「クウランムール」で小型狂気のビームを受け止めつつ、攻撃の隙を見て攻性防壁。
マテリアルで形成した光の障壁に電撃が生じる。
「超機導パワーオン、弾け跳べっ!」
小型狂気の体は後方へ弾かれる。
ざくろと小型狂気の間に距離が生じる。その距離を計算に入れていたざくろはデルタレイで小型狂気を追撃する。
光が小型狂気の体を貫き、絶命させる。
敵の撃破を見届けたざくろ。
振り返れば、ポロウの群れは敵の追撃から逃れられたようだ。
(まずいかも……時間と共に敵の攻撃が激しくなってる)
ざくろはJ9と共に戦う中で感覚的に敵の猛攻が激しくなっていると分かっていた。
それだけ敵の戦力が大きい事を意味している。突然生じた大部隊。狂気の眷属が混じっている事から邪神の封印が解け掛かっていると考えるべきか。
「まだ幻獣も逃げ遅れている子がいるよね、J9」
ざくろと共に避難経路を維持しているJ9。
贔屓目に見てもJ9は頑張ってくれている。その努力が無駄にならない為にも、ざくろはまだ奮戦しなければならない。
「……! 新手?」
北から更なる小型狂気の一団が襲来。
ざくろの体に自然と力が入る。
「行くよ、J9。超機導結界発動……さぁ、ここはもうざくろの領域だ」
「おーい、みんなこっちこっちー!」
宵待 サクラ(ka5561)の呼びかけを耳にしたのか、南には多数の幻獣が逃れてきている。
リアリュールが博士へ依頼したポロウによる避難情報展開が功を奏していると考えるべきだろう。イェジド『二十四郎』の背に乗ってサクラが呼び掛けるだけで幻獣達は目印を見つけたように駆け寄ってくる。
「こっちに逃げるんだよ、こっちには敵がいないからー!」
サクラの言葉自体は逃げてくるリーリーやイェジドには伝わっていないだろう。
だが、そこでサクラが指で進路を指し示すだけで避難する場所は理解してくれる。
「……でもね。歪虚はお呼びじゃないよ!」
幻獣を追いかけるように樹木をへし折りながら現れる武装巨人。
異変に気付いたサクラは素早く二十四郎の合図を出して巨人との間合いを詰める。
そして二十四郎のウォークライで敵に隙を生み出した後、サクラは勢いに任せて聖罰刃「ターミナー・レイ」を振り抜いた。
ベノムエッジを乗せた一撃は巨人用防護アーマーに防がれているものの、手傷は十分に負わせている。
そこへセレスティア(ka2691)を乗せたペガサスが上空から飛来する。
「参ります!」
聖盾「コギト」を構えたまま星剣「アルマス・ノヴァ」を振り下ろすセレスティア。
アルマス・ノヴァの刃は巨人の肩口に命中。そのまま巨人の体に大きな切り傷を刻み込む。
痛みと共に倒れ込む巨人。
「お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫。それより周囲に傷付いた幻獣がいるかも」
セレスティアの呼び掛けにサクラは答える。
先程から敵の数が徐々に増えている。サクラの前には自力で逃げられる幻獣達が通過していたが、傷付いて動けなくなった幻獣をサクラは目撃していない。もしかするとこの周辺に傷付いた幻獣が隠れている可能性もある。
「分かりました。私も空から捜索はしてみます。ですが……」
セレスティアは敢えてサクラへ釘を刺した。
「幻獣達だけではなく、ここで戦う皆さんもその身を大切にされて下さい」
セレスティアはペガサスに乗って南で戦うハンターを癒して回っていた。
その為、敵の猛攻が激しくなっている事を肌で感じていた。明らかに敵は徐々に増えている。北と東の防衛ラインが撤退を開始すれば、南や西のハンター達の負担は増大する。撤退するタイミングを逸しれば、彼らの身にも危険が及ぶ。
「分かったよ。無理はしない。二十四郎もね」
「お願いします。戦いは、これで終わりではありませんから」
セレスティアは再びペガサスで上空へ戻る。
激しくなる戦火に、セレスティアの心は大きく揺れる。
●
「てめぇ! 最初に手を出してこなかったのは……迷ってやがったな!」
アニスは怒りと共にラッド・フィエル01を高加速射撃で狙い撃つ。
他のハンターとブラッドリーの会話から、戦闘の序盤で森林に隠れて反撃して来なかった理由が『戦いの中で迷いを持っていた為』と判断した。ハンターと共に戦う道を諭されながら、最終的にナーランギを殺した後でもその迷いは払拭できていなかったのだ。
「その態度、気に入らねぇ。ナーランギも納得できねぇだろうよ」
「…………」
アニスの攻撃に光の盾で防ぐブラッドリー。
沈黙を守るのはアニスの指摘が正しいからなのか。
「それでも戦いに現れたという事は、覚悟を決めたのですか?」
アニスの攻撃を受けているエンジェルダストの側面から八島のロンズギアがマテリアルランチャー「ラグナロク」。
長大な砲身から撃ち出されるマテリアルキャノンが、エンジェルダストの機体を強襲する。
「……!」
回避が間に合わないと判断したエンジェルダスト。強引にショートジャンプで砲撃を回避する。
その様子にマリィアはすぐに気付いた。
「あら? そちらのパラドックスは回数切れかしら?」
「予定通りダネ。きみは、まんまと嵌められたんダ。」
先程までマリィアと交戦。パラドックスを何度も使用していた。
さらにアルヴィンもパラドックスを多用させる為にグリフォンの背中から攻撃を仕掛けていた。
マリィアの狙いは自らパラドックスを使用する事で、ブラッドリーにも相応の回数を使用させる事。
そして、そのパラドックス切れを待っていたマリィア。
morte anjoの手にはバズーカ「ロウシュヴァウスト」が握られている。
「まだ私には光の盾がある事をお忘れですか?」
ブラッドリーは攻撃端末をマリィアに向けて集め始める。
しかし、他のハンター達がそれを黙っているはずがない。
「悪いけど、自由にさせるつもりはないよ」
上空に展開していたアナナスからジュードは赤猟狗を発射。
マテリアルを纏った弾丸が、エンジェルダストへ向けて撃ち出される。
さらに久我のルクシュヴァリエが不退の駆で突撃を仕掛ける。
「黙って見守る訳にはいかんのだよ!」
「くっ! ……行きなさい」
ブラッドリーを守るように久我の前へ堕天使型が姿を見せる。
ルクシュヴァリエと堕天使型が激しく衝突。さらに赤猟狗を防ぐように別の堕天使型が対応に向かう。しかし、弾丸は軌道を変えてエンジェルダストを狙う。
「防げませんでしたか」
ブラッドリーは光の盾を赤猟狗の方へ向ける。
それに呼応してアルヴィンは仲間へ呼び掛ける。
「防げない場合は、ショートジャンプで逃げマス。させては駄目デス」
アルヴィンはプルガトリオで移動を封じるよう仕掛ける。
仮に抵抗が高いとしても攻撃を叩き込む隙ぐらいは作れるはずだ。
「分かってるって。痛い目見ないと分からないみてぇだからな」
アニスはラッド・フィエル01による高加速射撃を放つ。
「仮に逃げても追撃を仕掛けます。マリィアさん!」
八島の声。マリィアは意識を照準に向ける。
そしてロックオンのアラームと共にロウシュヴァウストの引き金を引く。
エンジェルダストの機体に命中。激しい爆発が生じる。
これだけでエンジェルダストを葬れない事はマリィアも分かっているが、手傷を負わせる事は可能のはずだ。
「やってくれますね……」
傍目から見てもエンジェルダストの機体に損傷が見られる。
多方向からの攻撃は、エンジェルダストでも対応しきれないようだ。
「戦いの中で迷った方が負けなのよ、ブラッドリー」
「そのようです。今回は負けを認めましょう。ですが、この地に対する侵攻は始まりましたよ。神の前にその命を散らす覚悟を決めなさい」
エンジェルダストは再びショートジャンプで姿を消した。
おそらく素直に撤退したのだろう。エンジェルダストを追い込んだハンター達であったが、次に出会う時――ブラッドリーはその迷いを捨てて襲ってくるはずだ。
●
「……ブラッドリーが引いた。各機、撤退を開始」
北の防衛ラインで情報収集していたエラは、各機へ撤退を指示する。
歪虚側の侵攻を考えれば、そろそろ潮時。これ以上の戦闘継続はハンター側にも危険と判断したのだ。
「東のハンターにも連絡。敵を抑えながら撤退を」
エラはもう一つの防衛ラインにも撤退の打診を入れる。
幻獣の森は、もう持たない。
ナーランギが殺された時点で、それは決まっていた事だ。
「ごめん……ごめんね……」
指示を受けたまよいは、イケロスと共に戦線を離脱する。
仕方なかった。自分は全力を尽くした。
だが、それが自分への言い訳である事も理解していた。
まだ、足りない。もっと力が要る。
幻獣を、未来を――選択を実現する為には、もっと強くならなくては。
この動きに合わせて南と西の逃走経路に大きな負担がかかり始める。
「幻獣さん達、こっちです! こっちからなら逃げられますから!」
穂積 智里(ka6819)はボディランゲージで森の西で幻獣達を誘導していた。
逃げる幻獣の数は着実に少なくなっているが、同時に歪虚側の追撃は激しくなっていく。智里は幻獣の森崩壊が近い事を感じ取っていた。
「幻獣さんをこれ以上傷付けさせません!」
ショートジャンプで幻獣を追跡していた堕天使型に向けて、智里はサンクチュアリで動きを封じる。
既に周辺のハンターも徐々に撤退を準備しているが、自分の努力で少しでも幻獣が助けられるならとギリギリまで戦う覚悟だった。
「歪虚が……邪神が、あくまでもこの世界を飲み込むというのなら、私は立ち向かいます」
傷付く幻獣が増えてきた事を察知した智里は、星神器「ゾモロドネガル」を掲げる。
発動したレメゲトンが幻獣達を癒し、歪虚達に裁きの一撃を加えていく。
「どこまで耐えられるか分かりません。ですが、最善は尽くします」
智里はペガサスを走らせ、上空から迫る小型狂気に向かって走って行く。
歴戦のハンターであっても侵攻を完全に抑える事は難しい。それでも、智里は幻獣達の為に体を張る他なかった。
「幻獣達とも手を取り合って生きる未来を誓ったんですもの。こんなところで邪魔されてなるものですか」
金鹿(ka5959)はペガサス『雪花』と共に森の南の空から堕天使型を強襲していた。
北と東のハンターが撤退を開始したとなれば、敵の猛攻はさらに激しくなる。それに備えていた金鹿は宝術:ネプチューンで敵を水流で吹き飛ばしながら、徐々に南へと移動させていた。
「時間をかければ劣勢になるのも仕方ありません。でも……」
金鹿は万一の心配を案じていた。
もし、幻獣が逃げ遅れれば敵の侵攻に巻き込まれてその命を落とす。せめて自分が盾になれば、その幻獣を守り切れるのではないか。幻獣の傷を癒す為に雪花のヒールウィンドも余力を残している。
だが、現実は理想通りにはいかない。
「早く逃げるホー」
後方で残っていた金鹿を案じた博士が呼び掛けに来たようだ。
「博士、何を……。いや、最後まで逃げ遅れた幻獣を探さなければなりません」
「これ以上は駄目だホー。ハンターのみんなは本当によくやってくれたホー。今はその身を大事にして欲しいホー」
金鹿の想いは他のハンターにとっても同じだ。
できるならすべての幻獣を助けたい。しかし、それが叶わない事も理解している。
この展開も選択をした時から覚悟はしていたはずだ。ならば、この悔しさを忘れてはならない。
「分かりました」
「急いで逃げるホー」
西に向けて飛んでいく博士。
金鹿は今一度、幻獣の森へ視線を向けた。
「……ごめんなさい」
雪花は翼をはためかせ、空を駆けた。
●
ハンター達の尽力で幻獣達はシンタチャシへ逃れる事ができた。
突如多くの幻獣達が雪崩れ込んだ状況に四大精霊のイクタサ(kz0246)は不機嫌そうだったが、事態を察した後に『好きにすれば?』と言い残して小屋へ引っ込んだ。本当に追い出すつもりなら力を使って幻獣達を叩き出しているはずだ。
「ここに居ても良い、という事でしょうか」
Uiscaは首を傾げるが、その傍らにいたツキウサギはそっとイクタサをフォローする。
「ああいう精霊だと話は聞いていたっス。ナーランギ様から……」
ナーランギの名前を出した途端、力を落とすツキウサギ。
ブラッドリーが率いた歪虚の大軍は幻獣の森を瞬く間に攻め落とし、幻獣達に大きな被害を及ぼした。ナーランギがブラッドリーに殺されたのもツキウサギは頭では分かっていた。
だが、その現実を認めたくはないのだろう。
「私、思うのです。ブラッドリーは救済を叫びながら、その実、誰かに救済されたいと思っているのかもしれないって」
「え?」
「ナーランギ様は、それをご存じだったのかもしれません。ブラッドリーの過去を知っていたとすれば、狙われたのも頷けます」
Uiscaはブラッドリーの肩を持つつもりはない。
ナーランギを殺した大罪を許す訳にはいかない。だが、ブラッドリー自身が救済を求めているのだとしたら、救ってやれるのもUiscaの仕事かもしれない。
「ツキウサギさん、これどうしましょう?」
奏音がツキウサギに駆け寄ってきた。手にはあの時拾った卵があった。
「それは?」
「傷付いた幻獣を探していた時に見つけたっス。放置おくのも危ないので持ってきたっスよ」
ツキウサギは事情を簡単に説明する。
Uiscaはその話を聞いて、奏音へ願い出た。
「その卵、預かってもよろしいですか?」
「え、はい。でも、どうされるのですか?」
奏音はUiscaへ卵を渡す。
Uiscaは軽く表面を撫でながら、そっと呟いた。
「お願いしてみようと思います」
「……なんでボクが?」
イクタサの小屋を訪ねたUiscaは卵をイクタサに差し出した。
卵をイクタサに預ける為だ。
「私も詳しくは分かりません。でも、この卵が仮にドラゴンの物なら、ナーランギ様の転生体かもしれません」
「確証は?」
「ありません。強いて言えば巫女の勘です。ドラゴンの卵では無いかもしれません」
「……呆れるね」
Uiscaの言葉を聞きながら、イクタサは椅子に腰掛ける。
都合の良い願いだとは思っている。しかし、Uiscaがハンターである以上、持ち歩く訳にもいかない。安全な場所となればイクタサの所だろう。
部屋に沈黙が支配した後、根負けしたイクタサはたった一言呟いた。
「そこに置いておいて。後は何とかするから」
●
「……以上が今後の作戦です。コーリアスが残した遺品がきっと役に立つでしょう」
ブラッドリーは武装巨人の指揮官複数名に今後について説明していた。
幻獣の森陥落は歪虚にとって手始めに過ぎない。邪神が復活してクリムゾンウェストに降臨するタイミングと合わせて攻勢を仕掛けていく。ハンターも邪神に対応するならば、クリムゾンウェストの地は手薄になるからだ。
「後はお願いします。私は……今一度天使達と対峙しなければなりません」
ブラッドリーはエンジェルダストへ乗り込んだ。
戦いは確実に、そして着実に広がっている。
様々な命と感情を巻き込んで。
それが、夢路 まよい(ka1328)の率直な感想だった。
視界の悪い森の中で逃げ惑う幻獣達。
それをアサルトライフルで追い立てる巨人達。
リーリーやイェジドのようにすべての幻獣が歪虚に対抗する術を持ってはいない。多くの幻獣は逃げ惑う以外に取るべき選択肢がなかった。
その結果、まよいの足元で既に息絶えた幻獣達の亡骸が転がっている。
「幻獣達がっ……こんなのって……」
既に倒れた小鳥の幻獣に手を伸ばすまよい。
きっと平時であればとても美しい羽根で周囲を和ませてくれたのだろう。だが、今はその羽根も棍棒のような鈍器で殴られ、ボロボロになっている。
この小鳥が最期に見た風景は、どんなものだったのだろうか。
「酷いよ。あまりにも酷い。
……どうにかして、止めないと……」
まよいは小鳥を大きな樹の根元にそっと置く。
歪虚側の大規模侵攻のターゲットとなった幻獣の森は、今や風前の灯火。六大龍の一角であるナーランギが形成していた結界も既に崩壊。隠れ住んでいた幻獣達を護るものは消失。豊富なマテリアルを持つ幻獣は歪虚にとって『餌』でしかない。
こうしている間にも幻獣達の命は失われていく。
「イケロス、行こう」
グリフォン『イケロス』の背に飛び乗ったまよいは、幻獣の森の東へ向かって飛行する。
悲鳴と怒号が響く広大な森を眼下に収めながら、まよいは静かに超覚醒する。
その強大な力で幻獣達を護る為に。
●
「もう始まっ地待ってるか! 急ごう竜葵、これ以上はやらせん!」
藤堂研司(ka0569)はワイバーン『竜葵』と共に森の北側へ飛来する。
幻獣の森への侵攻は北と東の二面侵攻。幻獣を救い出す為には、歪虚を幻獣の森へ侵入させない事が肝要。そう考えた研司は、森の北側へ防衛線を構築しようとしていた。
「ホー」
森から空中へ逃れようとするポロウの群れ。
逃げる場所を失った幻獣の中で、飛行できる者は空へ行き先を求めた。
しかし、それも計算に入れている歪虚。既に森の制空権は歪虚が抑えており、空中へ逃れるポロウ達を小型狂気の群れが迫っていた。
「ホー!」
小型狂気の群れに気付いたポロウ達は必死に羽ばたく。
しかし、小型狂気は待ち伏せしただけあってポロウとの間は徐々に詰まっていく。
そして、ポロウを射程距離へと収めた小型狂気はビームを放つべく目標に狙いを定める。
「言っただろう、やらせんと! ……竜葵」
ビームを放つよりも前に研司は竜葵に指示を出す。
飛来した竜葵は小型狂気に向けてファイアブレス。強烈な火炎弾は接近していた小型狂気を中心に爆発。複数の小型狂気を巻き込んだ。
「今のうちに逃れるんだ」
ポロウに伝わったかは分からないが、研司はポロウを護るように小型狂気の群れへ立ちはだかる。
これ以上、逃げるポロウを死なせない為にも研司はここで壁となる。
「ここから一匹たりとも通さない。……何が来ようとも」
研司の存在に気付いたのか、堕天使型も空中へ集まってくる。
既に地上でもハンター達が交戦を開始。幻獣の森はより一層騒がしくなる。
研司は星神器「蚩尤」を握り締め、堕天使型の迎撃を始めた。
一方、地上では――。
「北から更なる増援。ここの防衛線維持は必要最低条件。僅かな判断ミスが防衛線崩壊を招く、か」
エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)は各地から集まってくる情報を冷静に分析していた。
歪虚ブラッドリー(kz0252)周辺はマテリアルラインの射程を超えている上、通信障害が発生している為に最新の情報は入手できていない。だが、それ以外の地域からは魔導パイロットインカムからの通信で情報は把握できる。広大な森だからこそ、ブラッドリー周辺以外では通信可能なようだ。
そして、その戦力差はエラの予想を超えていた。
「物量による侵攻。先の戦いを念頭に置いたか」
先の戦いとは黙示騎士と連合軍による戦いで黙示騎士側が物量作戦で各地の戦線を優勢に導いた事だ。
ブラッドリーがそれに習ったのかは分からないが、幻獣の森北部と東部から押し寄せる歪虚の軍は圧倒的な物量。減少した怠惰残党を堕天使型と小型狂気で補填する事で大軍を形成。戦略ではなく物量で幻獣の森を殲滅するかの勢いだ。
如何に歴戦のハンターでも永遠に戦い続ける事はできない。
だが、エラにも勝算はある。
「上空の状況を教えて」
「小型狂気が北と東から飛来。主に小型狂気だが、堕天使型も紛れ込んできたぞ」
堕天使型の群れに星降で光の雨を降り注ぐ研司の声。
今回の作戦は敵の殲滅が目的ではない。幻獣の森に住んでいた幻獣達を可能な限り、森の西か南へ脱出させる事。つまり、この防衛ラインを一定時間維持する事で幻獣達が撤退する時間を稼ぐ。
視界の悪い森の中だ。うまく立ち回れば時間稼ぎは可能だ。
「幻獣の撤退状況及び歪虚の追撃情報をチェック。前衛に立つ者は友軍の被害状況も確認を。防衛ラインに穴が開けば、それだけ幻獣達に被害が及ぶから」
エラは集まった情報を元に素早く情報展開していく。
エンジェルダストの通信障害と広大な幻獣の森である事から充分な情報は集めきれないが、それでも防衛ラインを維持するには十分だ。
「各員、決して諦めない事。それが私達の最大の武器」
邪神と対峙するハンター達。
その武器をエラは改めて口にした。
●
「……昨日の友は、今日の敵……ってか。ま、元から敵か」
オファニム『レラージュ・ベナンディ』のプラズマライフル「ラッド・フィエル01」が樹木と一緒に堕天使型を狙い撃つ。
胴体を貫かれた堕天使型は、悲鳴を上げながら倒れる大木へ重なるように覆い被さる。
北と東に防衛ラインを構築するハンター達とは異なる行動をアニス・テスタロッサ(ka0141)は取っていた。
それは、この幻獣の森襲撃を主導した存在の迎撃。
「天使達、やはり現れましたね」
レラージュ・ベナンディに届くブラッドリーの声。
歪虚CAM『エンジェルダスト』迎撃へ動いたハンター達が遭遇したのは、エンジェルダストを護衛する堕天使型の存在だった。視界が悪く遮蔽物となる森林地帯。その合間を縫って堕天使型が攻撃を仕掛けてくる。
「神の御遣いだが何だか知らねぇが、そんなに好きならテメェが召されるよ」
アニスはその場から後退して周囲を警戒する。
敵の堕天使型はショートジャンプが可能だ。幸い森林地帯である事から、木々を折ればその音で居場所が特定できる。だが、それは相手にとっても同じ。下手な行動は相手に察知される。空へ逃れる手もあるが、それは空中へ逃れた途端に地上からの対空攻撃を仕掛けられる恐れもある。できれば上空への移動は絶好の機会を狙いたいところだ。
「後方、五時方向」
アニスにもたらされたのは八島 陽(ka1442)の言葉だった。
振り向くアニス。同時にラッド・フィエル01の照準を素早く後方へ向ける。
五時方向。そこには後方から迫る堕天使型の姿があった。八島はコンフェッサー『ロンズギア』のマテリアルラインをクロスマインドで拡張してエンジェルダストの通信障害に対抗していた。射程距離はそれ程長くはないが、対ブラッドリーならば連携は十分だ。
「悪いな。礼はあとでまとめてしてやるよ」
アニスは堕天使型を撃ち抜いた。
後方へ倒れる堕天使型。既に仲間から攻撃を受けていたのだろう。破損箇所も複数見受けられ、敵の戦力を確実に葬る事に成功している。
「ところで、ナーランギを見ましたか?」
八島からの問い。
それは幻獣の森に結界を張っていたナーランギについてだった。情報によればブラッドリーはナーランギと接触。その後の動向は不明だが、歪虚であるブラッドリーが六大龍のナーランギを放置するとは考えにくい。
「いや、見てねぇな」
「そうか」
二人の周囲に渦巻く負のマテリアル。
それのせいでナーランギが発見できない。
八島はナーランギの生存を強く願っていた。
●
「幻獣達を……許さないから……」
シェリル・マイヤーズ(ka0509)はユグディラ『ユエ』と共に森の東側へと到達した。
ここは森の北同様歪虚の侵入経路となっている。その証拠に周辺から聞こえてくるのは、歪虚の攻撃らしき爆音と幻獣達が上げる悲鳴。悲鳴の一つが聞こえる度、シェリルの心に棘が突き刺さる。
「ユエ、逃げる幻獣がいたら助けてあげて」
予定地点へ到着したシェリルは、素早くユエに指示を出す。
森の南と西から脱出できる。それは多くのハンターが知っていた事だ。
しかし、幻獣達はそうではない。突然の襲撃で混乱した幻獣達に正しい情報が伝わる術がなかった。その結果、多くの幻獣が森の中であてもなく彷徨い、歪虚に殺されている。
シェリルはユエに幻獣達を正しく導くように伝えたのだ。
「リーリーがいれば傷付いた幻獣を運んで……」
言葉を言い掛けたシェリルは、反射的に振り返る。
そして手裏剣「八握剣」を投擲。広角投射で軌道を操り、気配を察知した周辺を攻撃する。
気配の正体――それは森から現れた武装巨人。
シェリルをアサルトライフルで狙い撃つつもりだったようだが、反応したシェリルから反撃を受ける羽目となっていた。
「……!」
シェリルの攻撃で軌道が逸れ、アサルトライフルの銃弾は空に向けて発射される。
乾いた発射音が周囲に響き渡る。
「イケロス」
空中でホバリングするイケロスの背で迷いはグングニルを発動。
シェリルが攻撃した巨人を中心に紫電が襲いかかる。仮に樹木の背に隠れようとも容赦なく紫電は巨人の体を貫いていく。
そして、暴風による爆破。大きな爆発が周辺を襲う。
爆発の後には倒れた木々と力尽きた複数の巨人が存在しているだけであった。
「ここで敵の侵攻を食い止めるよ」
「分かった。可能な限り逃げ遅れた幻獣を助けるから」
まよいの言葉にシェリルは本能的に返答する。
助けるから。
今も森の中で彷徨う幻獣達を前に、シェリルは幻獣を護衛すると決めていた。
ハンター達が下したあの選択は未来へ進む為の選択。未来へ進むと決めた以上、救える命は全力で守らなければならない。
「ユエ、急いで。あまり時間はないかもしれないから」
シェリルの声で小さく頷くユエ。
その傍らでは準備を整えたルベーノ・バルバライン(ka6752)がオートソルジャーと共に前衛へと立っていた。
「ハッハッハ、リアルブルーではこういう時の為に諺があるのだろう? 確か、備えあればうれしいな、だったか?」
武神到来拳「富貴花」を装備したルベーノは、堂々とした態度で歪虚が現れる方向へと歩いて行く。ユエが傷付いた幻獣を捜索する時間を稼ぐ事はできるだろう。
「ハッハッハ、行け。この俺が盾となってやる。
歪虚共、これより先はお前ら全員通行止めだ。大人しく幻獣の森の塵になって貰おうか」
ルベーノは魔導銃「アクケルテ」を打ちながら武装巨人へ接近。同時にオートソルジャーがフォトンチャージを発動させた大型ゴーレム砲「ヴドルーク」で砲撃。武装巨人への反撃を封じ込める。
そしてルベーノが至近距離へ接近した段階で、富貴花の一撃を叩き込む。
痛みを受けて倒れ込む巨人へルベーノは更に追撃を加える。
「案ずるな、すぐにお仲間も俺が後を追わせてやる」
北に続いて東も防衛ラインの構築と救出作戦が開始されていた。
●
森の南側はまだ歪虚の大軍が到来していない。
つまり森の南側は重要な脱出路。一部のハンターはこの避難路の維持に尽力していた。
「はーい、撮るでちゅよー」
北谷王子 朝騎(ka5818)は魔導カメラでモフロウ博士の姿を撮影していた。
まるで博士の写真集でも売り出そうとしているかのような大量激写。時折、自分の顔をレンズに収めてポーズを決めたりもしている。
緊迫感が張り詰める幻獣の森で、ここだけ日常的な空気が感じられる。
「何しているホー?」
「何ってパンチラ……いや、記念撮影でちゅ」
一瞬、密かに狙っていた対象を口にするが、慌てて惚ける朝騎。
博士から冷たい視線を感じて魔導カメラを懐に隠すが、完全に隠し切れていない。
「遊んでいる場合じゃないホー。このままじゃみんなが危ないんだホー」
「分かっているでちゅよ。だからちゃんと目印を準備したでちゅ」
そう言って朝騎は近くの木を指し示す。
そこにはペイント弾で付けられた印。それが一定間隔で存在している。ペイント弾の傍らには撮影した写真。つまり、写真とペイント弾を見れば言葉が通じなくても逃げ場所の目標になると考えたのだ。
「あ、目標を作ってくれたのかホー」
「そうでちゅ。遊んでいた訳じゃ無いでちゅ」
可愛い子のパンチラを狙っていた自分を棚上げして胸を張る朝騎。
決して遊んでいた訳ではありません。
「博士が健在で良かったわ」
博士の姿を目にしたリアリュール(ka2003)は、そっと安堵する。
既に幻獣の森内では多数の亡骸を目撃している。歪虚が襲ってくるまではこの森も静かだった。それが突如発生した襲撃で一変。瞬く間に幻獣達の命が奪われていく。
リアリュールはその中で大幻獣である博士の身を案じていた。
「心配ありがとうだホー。でも、今は他の幻獣を助けるのが優先だホー」
「それなんですが、仲間にお願いして欲しいの」
リアリュールの提案。
それは博士と共に幻獣の森へ訪れたポロウ達に幻獣の誘導を支援して欲しいというものだ。
ハンターは歪虚と戦う術を持っているが、幻獣と言葉によるコミュニケーションが取れない問題がある。言葉が通じなければ混乱する幻獣達を前に落ち着かせる事も難しい。そこでポロウ達が幻獣達に話し掛けて誘導すれば、誘導にそれ程時間がかからない。
「良い案だホー」
「そうでしょ?」
「でも、空には怖い目玉がいっぱいだホー」
リアリュールの案は惑わすホーなどを使えるポロウで幻獣達を誘導するのだが、問題点もある。障害物の多い森を低空で飛行するのは難しい。その上上空へ逃れれば、小型狂気の群れが襲い掛かってくる。
しかし、その点もリアリュールは織り込み済みだ。
「分かってるわ。ソラヴァス」
リアリュールはグリフォン『ソラヴァス』の名を呼んだ。
ソラヴァスと共に上空の小型狂気を減らせれば、ポロウが誘導しやすくなるはずだ。
「助けられる命。必ず、助けてみせる」
強い気持ちを胸にリアリュールは、ソラヴァスの背に乗って飛翔する。
目の前の敵を倒せば、それだけ幻獣達が助かる。
優しい風を纏うソラヴァスは、この時ばかりは荒々しく羽ばたいた。
●
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)には、一つの疑問があった。
ブラッドリーは東方、龍園、辺境と渡り歩き、鬼哭組の松永武人や龍人のアフォンソと関わってきた。辺境では青木燕太郎を唆し、終末と称する事態まで画策した。
そのブラッドリーには命を奪うにも相応の信念を持つタイプに見える。理解ができるかは別にして、相応の理由はあるようだ。
では、この幻獣の森を攻撃目標にした理由は何か。
六大龍の一角であるナーランギに何らかの繋がりがあったようにも見えるが……。
「今回は、どんな理由で此処に来たのか。聞いたら、教えてくれるカナ?」
「…………」
アルヴィンの問いかけにブラッドリーは沈黙を守る。
いつもなら、理解不能な言葉を返していたはずだ。
「隠れてばかりでいいのカイ?」
グリフォンの背に乗りエンジェルダストの白い機体を捜索するが、発見したと思えばすぐに森の中へと身を隠す。
――何かがおかしい。
攻撃を仕掛けようとしている?
なら沈黙する必要は無い。時折、怠惰型を攻撃に差し向けてくるが、アルヴィンは落ち着いて対処。地面へ叩きおとすようにグリフォンの獣大剣「ベーンドラーク」で迎撃させている。
「『らしく』ナイんじゃナイか?」
「感傷に浸る暇も与えぬ天使。それは残酷かつ冷酷な悪魔のようです」
「感傷? やはり、ナーランギと何か関わりがあったのダネ」
「…………」
アルヴィンは戦いの中でブラッドリーの情報を集めようとしていた。
沈黙を守る状況からブラッドリーにとってあまり語りたくない部分なのだろう。
「アンタ、元紫龍とかそういう類なの?」
アルヴィンと共に森の上空でエンジェルダストを捜索していたジュード・エアハート(ka0410)。
考えてみれば、ブラッドリーの光球による盾や雷は以前交戦した紫龍と似ている気がする。紫龍と何らかの関わりがあるなら、ナーランギと接点があっても不思議ではない。
その問いに対してブラッドリーは淡々と答える。
「いいえ。彼の龍の存在について神の啓示がありました。
されど、私と彼の龍とは直接関係がありません」
「なるほど。では、アンタが関係あるのはあくまでもナーランギだけなんだ」
「…………」
ジュードの言葉で再び押し黙るブラッドリー。
分かりやすい反応。だが、これだけで戦いが有利に進展する訳でもない。
アナナスへ接近を試みる小型狂気をリボルバー「ピースメイカー」で狙い撃ちながら、エンジェルダストの姿を探すジュード。
(明らかに戦い方が違う。戦いを、避けている?)
風を切るアナナスの背でジュードは思案する。
何故、戦わない?
いや、戦わないなら幻獣の森を襲う必要があったのか。
何かが関わっているとすれば、邪神の処遇をハンターが選択した事だろう。
「いいのかな? このまま戦わなければ、今までの行為は無駄になりますよ」
ジュードは敢えて挑発する。
ここで幻獣を逃がす時間を稼ぐのが目的である以上、エンジェルダストを抑える必要がある。
だが、挑発したジュードに対するブラッドリーの反応は予想外であった。
「分かって、いますよ」
ショートジャンプで森の中から姿を見せたエンジェルダスト。
誘導型攻撃端末をアルヴィンとジュードに向かって飛来させる。エンジェルダストを捜索する為に行動を下げていた事から射的距離に入っていたようだ。
(あの言い方……ちょっと気になるヨネ)
アルヴィンの感じた違和感。
やはりブラッドリーに、何らかの変化があったと見るべきか。
「アナナス、バレルロール!」
ジュードの一声でアナナスは、上空でバレルロール。
攻撃端末のビームを回避する為だ。だが、攻撃端末はしつこくアナナスをつけ回す。
そこへ地上からの攻撃――。
「前に見てんだ。死角に回られんのわかってりゃ、迎撃ぐらいできるさ」
ゲシュペンストで機動力を向上させたレラージュ・ベナンディが可変機銃「ポレモスSGS」で攻撃端末を撃ち落とす。
対象の死角から攻撃を仕掛けるのをアニスは経験で知っている。ならば、撃ち落とすのもそう難しい話ではない。
「つーか……神の意志だのなんだの言っちゃいるが、要はテメェの欲望の言い訳に神を使っているだけだろうが」
「……罪深い」
エンジェルダストを発見したアニスは正面から対峙する。
様子がおかしかろうが、関係ない。立ちはだかる以上、アニスはエンジェルダスを倒すだけだ。
●
「みんな、来てくれたっスか!」
森の北側で防衛ラインを形成していた大幻獣ツキウサギ。
仲間を逃がす為に戦える幻獣達は、敵の先陣と激しく交戦。既に多くのリーリーやイェジドが倒されている。その中でツキウサギは傷付きながらも奮戦を続けていた。
「ツキウサギさん、助けにきましたよ!」
Uisca Amhran(ka0754)は【龍魂】白龍纏歌を発動。
白龍への祈りで現れた白龍の幻影がツキウサギの傷を癒す。
「ありがとうっス。森のみんなは……?」
「仲間が見つけ次第、森の南と西から避難誘導してくれています。大丈夫です」
「……ナーランギ様は?」
ツキウサギが苦しげにナーランギの名前を呼んだ。
大幻獣でもあるツキウサギだ。負のマテリアルの影響で掴みにくいが、感覚で膨大なマテリアルが消失した事を感じ取っている。ツキウサギは今まで幻獣の森に結界を張って守ってくれていたナーランギの身を案じていた。
「きっと、大丈夫です。仲間が助けに向かっています。今は信じましょう」
Uiscaは励ますように答える。
分かっている。口にした言葉が真実ではない事を。
おそらく、既にナーランギは白龍同様マテリアルの流れへと回帰しているだろう。
それでもツキウサギを前に真実を口にする事はできなかった。
「防御力が上がっている今のうちに、戦線の立て直しと順次離脱の準備を!」
ワイバーン『ウイヴル』の背に飛び乗ったUiscaは、上空へと舞い上がる。
敵の侵入路である森の北と東は相応に持ちこたえている。しかし、いつまでも持ちこたえられる訳ではない。時期を見て撤退の準備を開始する必要があった。
「分かったっス。ナーランギ様の為にも、もうちょっと頑るっス」
Uiscaの呼び掛けにそう答えるツキウサギ。
それに対してUiscaは、何も言えない。
(ナーランギさま、私は私の為すべき事を、全うします。
幻獣さん達の事、任せて下さい)
飛来する小型狂気をUiscaはウイヴルの獣大爪「アキエース」で迎撃する。
今は、幻獣達が避難する時間を稼ぐ事。きっと、ナーランギも森の皆を案じていただろうから――。
「やっぱり、間に合わなかったか」
ナーランギの訃報は、森の北で情報収集していたエラにも飛び込んできた。
ハンター達に落ち度はない。敵は森へ侵攻すると同時に上空からナーランギを狙っていた。襲撃に気付いて救援に向かったハンターだが、時間的に救援が間に合うとは思えない。
「どうしようもなかった。それは分かってる。それは……」
自分に言い聞かせるように言葉を繰り返すエラ。
戦場では冷静さを欠いた方が負ける。入手した情報は、単なる情報。そこに一切の感情はない。
「西側へ向かう敵を目視。迎撃する」
樹木に隠れて西へ向かう武装巨人を、エラはMハルバード「ウンヴェッター」を手に強襲。
アサルトライフルの引き金が引かれるよりも早くウンヴェッターの刃が武装巨人の頭部へ突き刺さる。
振り下ろされた刃。そこに何らかの感情がなかったと言えば嘘になる。
そして、その感情は侵攻した歪虚へと向けられる。
「侵攻する敵は時間が許す限り撃滅する。徹底的に」
「早く避難させないと被害が広がる一方ですね」
夜桜 奏音(ka5754)はイェジド『ゼフィール』と共に北の森で幻獣の捜索を行っていた。
逃げ遅れた幻獣がいれば、正しい避難経路を指し示す。時にはツキウサギに説明してもらい、一体でも多く幻獣が助かる事を願っていた。
その甲斐もあって、多くの逃げ惑う幻獣が西や南へと向かっている。
「ゼフィール」
奏音はふいにゼフィールの首元をそっと撫でる。
幻獣の森と呼ばれたこの地は、既に戦火に塗れた。もう何体も亡骸となった幻獣達を目にしてきた。奪われた命。それを前にした奏音は、ゼフィールの身を案じていた。
「あの選択が、原因なの……?」
あの選択。
ハンター達は邪神を討伐する事を選択していた。それは未来に禍根を残さないように邪神を滅ぼす事。必然的に歪虚の反撃に晒されるのは、今の世を生きる者達。つまり彼らは犠牲になる。
幻獣達も、選択による犠牲になってしまったのだろうか。
「それは分からないっス」
「ツキウサギさん」
奏音の後方からツキウサギが姿を見せる。予定時間を経過した事からハンターに任せてツキウサギも撤退を開始したようだ。
「どんな選択をしてもそれを後から後悔してはダメっス。ハンターのみんながそれを選んだのなら、自分も全力でお助けするっス」
「ツキウサギさん、ありがとうございます」
「それより周辺に逃げ遅れた幻獣はいないっスか?」
「もうこのような所に隠れている事はないと思いますが、一応避難できていない幻獣がいないか確認しておきましょう」
周囲を見回すツキウサギ。
北の防衛ラインが健在である事から少し方向で歪虚の群れを発見する事はない。
その為、ゼフィールに乗る奏音は敵の交戦よりも捜索に尽力する事ができた。
「あれは……?」
ふいに奏音の視界に飛び込んできたのは、大樹の根元に隠れるようにあった楕円形のような物体。
近づいてみれば、薄く緑がかった卵だ。大きさは通常の卵の何倍にもなるだろうか。
「何かの卵っスね。でも、おかしいっスね。こんな所で卵を隠すように産むなんて」
「……これも持ち帰りましょう」
ツキウサギの言葉が終わるよりも前に、奏音はそう言い放った。
この卵も命には変わらない。一つでも命があるならば、それを助けるのが自分に課せられた義務だ。
奏音はそっと卵を抱きかかえる。
奏音の腕の中で温もりが伝わる。
●
森の西側は避難経路の一つ。その動きを察知した敵も馬鹿ではない。逃げる幻獣を前に迎撃を仕掛けるのは自然の流れだ。
「北西から敵が来るよ……アポロ!」
ペガサス『アポロ』の高度を下げて地面へと飛び降りたルナ・レンフィールド(ka1565)は、星杖「ユピテル」を振りかざす。
幻獣へ迫るのは徒党を組んだ武装巨人の群れ。このまま直進すれば側面から幻獣達を強襲する事になる。
「謳われるは英雄の詩、請われるは勝利。希望の火は闇を斬り払い、未来を示さん」
奏でられる旋律は赤い光となって溢れ出す。
迫る巨人達を包み込み、巨人達の防御を削ぎ落としていく。
「小型じゃないが……叩ける時は叩くべきだな。クロ」
ルナが敵の防御を削った所へ、カイ(ka3770)がオートソルジャー『クロ』と共に巨人達へ攻撃を開始する。
小型狂気を中心に倒していたカイだが、倒すチャンスがあるのであれば武装巨人でも狙って行く。幻獣達が逃げる時間を稼いで避難経路を維持する。時間勝負でもある以上、迷っている暇が惜しい。
「やれるか? ……いや、やるしかないか」
ダガー「ヴィーラント」を手に接近したカイ。ここで敵の侵攻を食い止めなければ後方の幻獣に被害が及ぶ。それだけは決してさせてはならない。
覚悟を決めたカイは敵陣に飛び込み、アサルトディスタンスで武装巨人達を何度も斬りつける。
その後方からクロが魔導銃「フリューゲル」で牽制射撃。カイへ反撃させないように巨人達を押さえ込みにかかる。
「奏で謳いましょう。ラプソディー『クリムゾン サーガ』!」
ルナは更に赤の謳歌を奏でて巨人達の防御低下を継続させる。
そこへイェジド『エイル』が別方向から駆け込んでくる。
「決めたから。全てを救う事は難しいけれど、それでも……一つの命を多くを救う、と」
フェンリルライズのオーラを纏ったエイル。その背でイツキ・ウィオラス(ka6512)は星神器「レガリア」を構えた。
レガリアの切っ先は、カイに翻弄される巨人達へと向けられる。
「エイル」
巨人へ接近するエイルはスティールステップで巨人の反撃を回避。そして、ウォークライで巨人を威圧する。
その隙を突くように、イツキはレガリアを振るう。
「目の前で、命を奪わせません」
レガリアを振り下ろすと共に放たれる青龍翔咬波。
駆け抜けるマテリアルが巨人達の体を貫いた。
さらに雪華纏槍・結明紡を放ち、巨人達を追撃。完全に巨人達を沈黙させる。
「今のうちに避難を。ここは私達で守り抜きます」
振り返り幻獣達へ呼び掛けるイツキ。
幻獣達に言葉は通じないが、何を言っているかは感覚的に理解できる。傷付きながらも足早に進路を西へと取る。
「ちょっと厳しくなってきたな」
カイは上空に視線を送る。
北と東の防衛線が最善を尽くしているのは分かっている。だが、それを上回る敵の戦力と勢いは西の避難経路にも及び始めていた。
「ここも何処まで持つかは分からないけど、やるしかないよ」
ルナはあくまでも元気に振る舞う。
西から襲撃する敵は、まだ多くない。だが、徐々に増え始めている。あまり長時間の維持は難しいかもしれない。
「できる事をする他ありません。今は……」
イツキは、敢えて敵が現れる北西へ歩みを進める。
一体でも多く、幻獣を救う為に。
●
「ユエ、あのイェジドを!」
北の森に大軍が攻め寄せる中、シェリルはユエに対して救援を指示する。
自ら囮となってランアウトを駆使するが、攻め寄せる敵の軍勢は時間経過と共に増加していく。最善を尽くしているが、このままでは押し切られる恐れもある。
であるならば、救える幻獣を少しでも助けなければ。
「……!」
ユエは森の午睡の前奏曲を奏でる。
逃げ回り、傷付いたイェジドの傷を癒す。既に巨人や堕天使型を抑え続ける為に力を尽くしたのだろう。回復させなければ、そこで倒されていた可能性もある。
「お願い、そのまま後退して。これ以上、幻獣を死なせたくないから」
シェリルは覚悟を望んでこの戦いへ赴いた。
しかし、圧倒的な戦力差を前に幻獣達は力尽きていく。怠惰の残党をまとめ上げ、狂気の軍勢と共に押し寄せた奔流。その流れを止めるだけの力は、今の自分達にはなかった。「討伐を選ぶとは、こういう事か……」
ユリアン(ka1664)の視界に広がる光景。
その意味の発端が、自身の選択である事を思い知らされていた。
ハンターの選択した答えは――『討伐』。それはあの強大な邪神を前に、その力を持って撃ち倒す事。未来に禍根を残さない為の選択ではあるが、同時に現在を生きる者達を犠牲にする選択でもある。
未来の為に、今を生きる者を死へ誘う。
ユリアンには、その答えに頷く事はできなかった。
「ずっとこの世界に在って、力を貸してくれた大事な仲間。その彼らに全てを負わせたくなかった」
ユリアンは、あの選択が正しかったのかは分からない。
だが、選ばれてしまった以上、その選択に見合う行動を取らなければならない。
ユリアンが、ハンターである限り。
「……っ、ラファル。頼む、一緒に」
グリフォン『ラファル』に向けて振り絞る一言。
右手で握る手綱へ込められた力で、ラファルは何かを察したのだろう。
ユリアンを背に乗せた後、翼を広げて更に上空へと舞い上がる。
行く手を阻むのは小型狂気の群れ。
「だから、邪魔しないで!」
ラファルの道を切り拓く為、まよいはマジックアローで狂気の群れへ叩き込む。数が増加したマジックアローが次々と突き刺さっていく。
「まよいさん!」
「行って! あのイェジドを導いてあげて。もう迷わないように」
まよいの叫び。
ユエが傷を癒してはくれているが、あのままでは倒れるかもしれない。
マジックアローで築かれた道を、ラファルが急降下で突き進む。
「もういい……頼む、気付いてくれ」
ラファルは発煙手榴弾を点火。その煙でイェジドの上空を旋回する。
この煙に気付いてくれるなら、撤退路を示してやる事ができる。敵の少ない安全な道を。
ユエの治療で走る事はできるが、全速力は難しい。なるべく戦いの内道を指し示してやるべきだ。
だが、歪虚の猛攻がそれを許さない。
「!」
東の防衛ラインから回り込む形で堕天使型が出現。掌から発生させたビームソードが嫌な光を放つ。
「ラファル!」
事態に気付いたユリアンはイェジドに向かってラファルを更に降下させる。木々の枝が体に刺さるかのような痛み。
だが、それでもイェジドを救う為には……。
「……!」
抵抗する余裕も与えられないイェジド。振り上げられるビームソード。
ラファルも間に合いそうにない。
そこへ――。
「貴様等が何を仕掛けてこようと変わらん。我々に仇為す者は全力で迎え撃つ……それだけだ」
前線で機関銃「ラワーユリッヒNG5」による迎撃を行っていたコーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)が後方まで下がっていた。
ちょうど敵の迂回に気付き、挟撃されないようにする為だった。だが、この後退はイェジドを救う救世主となる。
「くれてやる。墓石に刻む言葉を弾丸にしてな」
コーネリアは魔導拳銃「ネグラナーダ」の弾丸を上空に向かって放つ。
高濃度のマテリアルを纏った弾丸は、空中で炸裂。大量のマテリアルとあって宙を舞う。そして、放出されたマテリアルが稲妻状の破壊光線となって堕天使型へと落下する。
破壊光線は、振り上げたビームソードを避雷針にしたかのように堕天使型の体を貫いた。ショートジャンプする暇すら与えられず、堕天使型は力が抜けて地面へと転がった。
「分かったか。これが、我々の示す答えだ。
たとえ、明日が無かろうと邪神の首は必ず叩き落とす……」
堕天使型を前にはっきりと言い放つコーネリア。
それはユリアンとはまったく逆の思想であった。
すべてを犠牲にしてでも前に進み続ける覚悟。責め苦を含めて背負う気概がコーネリアにはあった。それはユリアンにはなかったものだ。
「いけ。今は生きる事だけを考えろ」
コーネリアはイェジドへ声をかけると踵を返す。
おそらく後続の敵が迂回してこの地へ現れる。さらに時間を稼ぐにしても防衛ラインを後退させる必要もあるだろう。ならば、ここでラワーユリッヒNG5で敵を迎撃するべきだと考えたのだろう。
「覚悟、か」
ユリアンの口から自然と言葉がこぼれ落ちた。
●
「……ここで出てくるの、ブラッドリー」
マスティマ『morte anjo』でエンジェルダストを照準に捉えたマリィア・バルデス(ka5848)。
その声には歯軋りするような声色。淡々と紡がれる言葉の裏に、怒りの感情が交じっている。
「やはり来ましたか、死の天使」
「ナーランギ様を殺したのも、貴方の楽園に至る道に必要だったとでも言うのかしら」
「……はい。その通りです」
木々の間をショートジャンプで抜けるエンジェルダスト。
着地と同時に誘導型攻撃端末がmorte anjoへ飛来する。高速で移動しながら、morte anjoの死角へ回り込みビーム攻撃で狙い撃つ。
しかし――。
「今日は、随分と好戦的ですね」
ビームを受けたにも関わらず、morte anjoには傷一つない。
パラドックス。因果律を操り、受けた攻撃を無かった事にする能力。
対マスティマ戦においてはこのパラドックスの使い方が重要なのだが、マリィアはパラドックスを明確にしようしてみせた。
「私が邪神との戦争を選んだのは、それがリアルブルーに封じられた幻獣を救う……開封できる道だと思ったからよ! 私は私達の隣人を、幻獣や精霊を殺す者を許さないっ!」
「軍人を名乗る者が、随分とロマンに満ちた事を考えるようになったものです。
あの『邪龍』は……神にとって必ず仇を為す。楽園への道を阻み、異教の神を助ける。私は邪龍を倒さなければならなかった」
(……倒さなければ、『ならなかった』?)
マリィアはブラッドリーの言葉に引っかかった。
いつもと何かが違う。邪龍と呼びながら、何故仕方なかったかのような言い回しなのか。
ナーランギと何か因縁があったのだろうか。
だが、そうだとしてもマリィアの行動は変わらない。
「ここで消えなさい、ブラッドリー!」
「死神の列へと戻りなさい、天使」
ロングレンジライフル「ルギートゥスD5」でエンジェルダストを捕捉するmorte anjo。
エンジェルダストもスナイパーライフルでmorte anjoをロックオン。
同時に放たれる一撃。
双方のエネルギーはすれ違い、双方の機体を掠める。ブラッドリーも光の盾でルギートゥスD5の弾丸を防ぐ暇がなかったか。
だが、掠めたダメージが見受けられない。ブラッドリーもパラドックスを使ったか。
「……くっ、伝播増幅では届かないか」
二体のマスティマが戦う中、一体の刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」が姿を見せる。
別の戦場で到着が遅れていた久我・御言(ka4137)だ。
エンジェルダストの妨害電波を伝播増幅で無効化できないか試すつもりだったが、やはり伝播増幅では対抗できないようだ。だが、morte anjoがエンジェルダストと対峙した事でエンジェルダストへ遭遇する事ができた。
「別の天使ですか。ですが、そこで立っていて良いのですか?」
「……!?」
ブラッドリーの言葉で久我は後方へ飛び退いた。
次の瞬間、足元から稲妻が天へと昇っていく。過去の戦いでブラッドリーがレッドスプライトと称したトラップ型の攻撃方法だ。おそらく周辺にそれらしいトラップを設置していたのだろう。
「待て。何故私にトラップの存在を気付かせる真似を……」
そう言い掛けた瞬間、久我の後方から堕天使型が迫る。
ショートジャンプでルクシュヴァリエへ接近し、ビームソードで襲い掛かるつもりだ。
久我は機体を反転させ、堕天使型との間合いを詰める。
「わざわざ接近戦へ持ち込んでくれるとは」
不退の駆で突進を仕掛ける久我。
堕天使型は反撃された事を察知して側面へ回り込む。振り下ろされるビームソードを、久我は斬艦刀「雲山」で受け止める。
「無事ですか?」
久我の操縦席に響く八島の声。
伝播増幅では対応できなかったが、マテリアルラインを使用する事で妨害電波内でも通信が可能のようだ。
「遅れてすまない。こっちは良い。エンジェルダストを」
「分かりました」
八島はマリィアと交戦するブラッドリーへ接近を試みる。
森の中にマテリアルバルーンを複数用意してこちらの居場所を掴みにくくしながら。
「ブラッドリー」
「……探究心の強い天使ですね」
「ナーランギを殺したのは六大龍を殺してクリムゾンウェストを邪神に吸収させたいからですか?」
「概ねその通りです。邪龍達は神に仇為す存在。彼らが存在すればきっと楽園行きを妨害します。神に恭順しない存在であれば、致し方ありません」
「もう一つ。黒い巫女に『MのEvangelion。7の7から12』と言ったそうですね。それはマタイの福音書、7章の7から12節。つまり復活を指しています。
ファーザーと呼ばせていた事から、あなたは邪神の産みの親であるファーザーを亡き者にして自ら宇宙の再誕を実現させるつもりですか?」
「違います。復活は……楽園へ行ったあなた方になるはずでした。それに後半も違います。私がファーザーと呼ばれたのは神父の呼称に過ぎません。そもそも、私はヨセフに興味がありません。
私は……楽園へ皆が行けば再誕の道もあると知っていました。神に護られた楽園で繰り返す中、復活への道を模索する。それが唯一の方法。苦しみも悲しみもない楽園でも、きっとあなた方は楽園を自分から追放される。
されど、天使達は……ヨセフを、神を救う選択をしようとしている。それは私にとって予想を超えた事。救世か、それとも傲慢故か」
ブラッドリーの言葉に八島は耳を傾ける。
その言葉が真実ならば、ブラッドリーはハンター達が恭順を選び取り、邪神の中で再誕を待つと信じていた。そして、敵対するのであれば全力を持ってそれを阻止すると。
しかし、ハンター達が選んだのはファーザーも邪神も救う道。それはブラッドリーにとって想定外な事だった。
「では、何故幻獣の森を襲ったのですか? 邪神が救われるならナーランギを殺す事も不要だったはずです」
「……あなた方の手助けする道もあったでしょう。ナーランギはその道を私へ諭しました。
ですが、今も楽園で暮らす者を私は見捨てられません。神が救われた後、彼らがどうなるか……私は最期まで神に仕えます。それが私の選んだ道ですから」
ナーランギとブラッドリーの関係は謎のままだ。
だが、はっきりしている事はある。ブラッドリーは邪神を救おうとするハンターを前にしても敵対する道を選ぶ。
「綺麗事を。今までの所業が許されるとでも?」
「いいえ。正義の反対がもう一つの正義だと、あなたも理解しているでしょう?」
エンジェルダストとmorte anjoが再び遠距離武器で撃ち合いを始める。
強烈な一撃が幻獣の森に走る。
●
北と東の防衛ラインが意図的に下げられ、撤退が視野に入り始めている頃。
避難経路の一つとなっている南には多くの幻獣が落ち延びていた。
「吸い込め、電磁の渦巻き」
南へ飛行するポロウの群れに襲い掛かる小型狂気の間に割り込んだ時音 ざくろ(ka1250)。
ポロウに向けられた攻撃を自らへ引き寄せる為にガウスジェイルを展開。感覚を空間に拡張させる。ポロウを守る為にざくろはグリフォン『蒼海熱風『J9』』と共に盾となる。
「これ以上、幻獣達を傷付けさせない」
シールド「クウランムール」で小型狂気のビームを受け止めつつ、攻撃の隙を見て攻性防壁。
マテリアルで形成した光の障壁に電撃が生じる。
「超機導パワーオン、弾け跳べっ!」
小型狂気の体は後方へ弾かれる。
ざくろと小型狂気の間に距離が生じる。その距離を計算に入れていたざくろはデルタレイで小型狂気を追撃する。
光が小型狂気の体を貫き、絶命させる。
敵の撃破を見届けたざくろ。
振り返れば、ポロウの群れは敵の追撃から逃れられたようだ。
(まずいかも……時間と共に敵の攻撃が激しくなってる)
ざくろはJ9と共に戦う中で感覚的に敵の猛攻が激しくなっていると分かっていた。
それだけ敵の戦力が大きい事を意味している。突然生じた大部隊。狂気の眷属が混じっている事から邪神の封印が解け掛かっていると考えるべきか。
「まだ幻獣も逃げ遅れている子がいるよね、J9」
ざくろと共に避難経路を維持しているJ9。
贔屓目に見てもJ9は頑張ってくれている。その努力が無駄にならない為にも、ざくろはまだ奮戦しなければならない。
「……! 新手?」
北から更なる小型狂気の一団が襲来。
ざくろの体に自然と力が入る。
「行くよ、J9。超機導結界発動……さぁ、ここはもうざくろの領域だ」
「おーい、みんなこっちこっちー!」
宵待 サクラ(ka5561)の呼びかけを耳にしたのか、南には多数の幻獣が逃れてきている。
リアリュールが博士へ依頼したポロウによる避難情報展開が功を奏していると考えるべきだろう。イェジド『二十四郎』の背に乗ってサクラが呼び掛けるだけで幻獣達は目印を見つけたように駆け寄ってくる。
「こっちに逃げるんだよ、こっちには敵がいないからー!」
サクラの言葉自体は逃げてくるリーリーやイェジドには伝わっていないだろう。
だが、そこでサクラが指で進路を指し示すだけで避難する場所は理解してくれる。
「……でもね。歪虚はお呼びじゃないよ!」
幻獣を追いかけるように樹木をへし折りながら現れる武装巨人。
異変に気付いたサクラは素早く二十四郎の合図を出して巨人との間合いを詰める。
そして二十四郎のウォークライで敵に隙を生み出した後、サクラは勢いに任せて聖罰刃「ターミナー・レイ」を振り抜いた。
ベノムエッジを乗せた一撃は巨人用防護アーマーに防がれているものの、手傷は十分に負わせている。
そこへセレスティア(ka2691)を乗せたペガサスが上空から飛来する。
「参ります!」
聖盾「コギト」を構えたまま星剣「アルマス・ノヴァ」を振り下ろすセレスティア。
アルマス・ノヴァの刃は巨人の肩口に命中。そのまま巨人の体に大きな切り傷を刻み込む。
痛みと共に倒れ込む巨人。
「お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫。それより周囲に傷付いた幻獣がいるかも」
セレスティアの呼び掛けにサクラは答える。
先程から敵の数が徐々に増えている。サクラの前には自力で逃げられる幻獣達が通過していたが、傷付いて動けなくなった幻獣をサクラは目撃していない。もしかするとこの周辺に傷付いた幻獣が隠れている可能性もある。
「分かりました。私も空から捜索はしてみます。ですが……」
セレスティアは敢えてサクラへ釘を刺した。
「幻獣達だけではなく、ここで戦う皆さんもその身を大切にされて下さい」
セレスティアはペガサスに乗って南で戦うハンターを癒して回っていた。
その為、敵の猛攻が激しくなっている事を肌で感じていた。明らかに敵は徐々に増えている。北と東の防衛ラインが撤退を開始すれば、南や西のハンター達の負担は増大する。撤退するタイミングを逸しれば、彼らの身にも危険が及ぶ。
「分かったよ。無理はしない。二十四郎もね」
「お願いします。戦いは、これで終わりではありませんから」
セレスティアは再びペガサスで上空へ戻る。
激しくなる戦火に、セレスティアの心は大きく揺れる。
●
「てめぇ! 最初に手を出してこなかったのは……迷ってやがったな!」
アニスは怒りと共にラッド・フィエル01を高加速射撃で狙い撃つ。
他のハンターとブラッドリーの会話から、戦闘の序盤で森林に隠れて反撃して来なかった理由が『戦いの中で迷いを持っていた為』と判断した。ハンターと共に戦う道を諭されながら、最終的にナーランギを殺した後でもその迷いは払拭できていなかったのだ。
「その態度、気に入らねぇ。ナーランギも納得できねぇだろうよ」
「…………」
アニスの攻撃に光の盾で防ぐブラッドリー。
沈黙を守るのはアニスの指摘が正しいからなのか。
「それでも戦いに現れたという事は、覚悟を決めたのですか?」
アニスの攻撃を受けているエンジェルダストの側面から八島のロンズギアがマテリアルランチャー「ラグナロク」。
長大な砲身から撃ち出されるマテリアルキャノンが、エンジェルダストの機体を強襲する。
「……!」
回避が間に合わないと判断したエンジェルダスト。強引にショートジャンプで砲撃を回避する。
その様子にマリィアはすぐに気付いた。
「あら? そちらのパラドックスは回数切れかしら?」
「予定通りダネ。きみは、まんまと嵌められたんダ。」
先程までマリィアと交戦。パラドックスを何度も使用していた。
さらにアルヴィンもパラドックスを多用させる為にグリフォンの背中から攻撃を仕掛けていた。
マリィアの狙いは自らパラドックスを使用する事で、ブラッドリーにも相応の回数を使用させる事。
そして、そのパラドックス切れを待っていたマリィア。
morte anjoの手にはバズーカ「ロウシュヴァウスト」が握られている。
「まだ私には光の盾がある事をお忘れですか?」
ブラッドリーは攻撃端末をマリィアに向けて集め始める。
しかし、他のハンター達がそれを黙っているはずがない。
「悪いけど、自由にさせるつもりはないよ」
上空に展開していたアナナスからジュードは赤猟狗を発射。
マテリアルを纏った弾丸が、エンジェルダストへ向けて撃ち出される。
さらに久我のルクシュヴァリエが不退の駆で突撃を仕掛ける。
「黙って見守る訳にはいかんのだよ!」
「くっ! ……行きなさい」
ブラッドリーを守るように久我の前へ堕天使型が姿を見せる。
ルクシュヴァリエと堕天使型が激しく衝突。さらに赤猟狗を防ぐように別の堕天使型が対応に向かう。しかし、弾丸は軌道を変えてエンジェルダストを狙う。
「防げませんでしたか」
ブラッドリーは光の盾を赤猟狗の方へ向ける。
それに呼応してアルヴィンは仲間へ呼び掛ける。
「防げない場合は、ショートジャンプで逃げマス。させては駄目デス」
アルヴィンはプルガトリオで移動を封じるよう仕掛ける。
仮に抵抗が高いとしても攻撃を叩き込む隙ぐらいは作れるはずだ。
「分かってるって。痛い目見ないと分からないみてぇだからな」
アニスはラッド・フィエル01による高加速射撃を放つ。
「仮に逃げても追撃を仕掛けます。マリィアさん!」
八島の声。マリィアは意識を照準に向ける。
そしてロックオンのアラームと共にロウシュヴァウストの引き金を引く。
エンジェルダストの機体に命中。激しい爆発が生じる。
これだけでエンジェルダストを葬れない事はマリィアも分かっているが、手傷を負わせる事は可能のはずだ。
「やってくれますね……」
傍目から見てもエンジェルダストの機体に損傷が見られる。
多方向からの攻撃は、エンジェルダストでも対応しきれないようだ。
「戦いの中で迷った方が負けなのよ、ブラッドリー」
「そのようです。今回は負けを認めましょう。ですが、この地に対する侵攻は始まりましたよ。神の前にその命を散らす覚悟を決めなさい」
エンジェルダストは再びショートジャンプで姿を消した。
おそらく素直に撤退したのだろう。エンジェルダストを追い込んだハンター達であったが、次に出会う時――ブラッドリーはその迷いを捨てて襲ってくるはずだ。
●
「……ブラッドリーが引いた。各機、撤退を開始」
北の防衛ラインで情報収集していたエラは、各機へ撤退を指示する。
歪虚側の侵攻を考えれば、そろそろ潮時。これ以上の戦闘継続はハンター側にも危険と判断したのだ。
「東のハンターにも連絡。敵を抑えながら撤退を」
エラはもう一つの防衛ラインにも撤退の打診を入れる。
幻獣の森は、もう持たない。
ナーランギが殺された時点で、それは決まっていた事だ。
「ごめん……ごめんね……」
指示を受けたまよいは、イケロスと共に戦線を離脱する。
仕方なかった。自分は全力を尽くした。
だが、それが自分への言い訳である事も理解していた。
まだ、足りない。もっと力が要る。
幻獣を、未来を――選択を実現する為には、もっと強くならなくては。
この動きに合わせて南と西の逃走経路に大きな負担がかかり始める。
「幻獣さん達、こっちです! こっちからなら逃げられますから!」
穂積 智里(ka6819)はボディランゲージで森の西で幻獣達を誘導していた。
逃げる幻獣の数は着実に少なくなっているが、同時に歪虚側の追撃は激しくなっていく。智里は幻獣の森崩壊が近い事を感じ取っていた。
「幻獣さんをこれ以上傷付けさせません!」
ショートジャンプで幻獣を追跡していた堕天使型に向けて、智里はサンクチュアリで動きを封じる。
既に周辺のハンターも徐々に撤退を準備しているが、自分の努力で少しでも幻獣が助けられるならとギリギリまで戦う覚悟だった。
「歪虚が……邪神が、あくまでもこの世界を飲み込むというのなら、私は立ち向かいます」
傷付く幻獣が増えてきた事を察知した智里は、星神器「ゾモロドネガル」を掲げる。
発動したレメゲトンが幻獣達を癒し、歪虚達に裁きの一撃を加えていく。
「どこまで耐えられるか分かりません。ですが、最善は尽くします」
智里はペガサスを走らせ、上空から迫る小型狂気に向かって走って行く。
歴戦のハンターであっても侵攻を完全に抑える事は難しい。それでも、智里は幻獣達の為に体を張る他なかった。
「幻獣達とも手を取り合って生きる未来を誓ったんですもの。こんなところで邪魔されてなるものですか」
金鹿(ka5959)はペガサス『雪花』と共に森の南の空から堕天使型を強襲していた。
北と東のハンターが撤退を開始したとなれば、敵の猛攻はさらに激しくなる。それに備えていた金鹿は宝術:ネプチューンで敵を水流で吹き飛ばしながら、徐々に南へと移動させていた。
「時間をかければ劣勢になるのも仕方ありません。でも……」
金鹿は万一の心配を案じていた。
もし、幻獣が逃げ遅れれば敵の侵攻に巻き込まれてその命を落とす。せめて自分が盾になれば、その幻獣を守り切れるのではないか。幻獣の傷を癒す為に雪花のヒールウィンドも余力を残している。
だが、現実は理想通りにはいかない。
「早く逃げるホー」
後方で残っていた金鹿を案じた博士が呼び掛けに来たようだ。
「博士、何を……。いや、最後まで逃げ遅れた幻獣を探さなければなりません」
「これ以上は駄目だホー。ハンターのみんなは本当によくやってくれたホー。今はその身を大事にして欲しいホー」
金鹿の想いは他のハンターにとっても同じだ。
できるならすべての幻獣を助けたい。しかし、それが叶わない事も理解している。
この展開も選択をした時から覚悟はしていたはずだ。ならば、この悔しさを忘れてはならない。
「分かりました」
「急いで逃げるホー」
西に向けて飛んでいく博士。
金鹿は今一度、幻獣の森へ視線を向けた。
「……ごめんなさい」
雪花は翼をはためかせ、空を駆けた。
●
ハンター達の尽力で幻獣達はシンタチャシへ逃れる事ができた。
突如多くの幻獣達が雪崩れ込んだ状況に四大精霊のイクタサ(kz0246)は不機嫌そうだったが、事態を察した後に『好きにすれば?』と言い残して小屋へ引っ込んだ。本当に追い出すつもりなら力を使って幻獣達を叩き出しているはずだ。
「ここに居ても良い、という事でしょうか」
Uiscaは首を傾げるが、その傍らにいたツキウサギはそっとイクタサをフォローする。
「ああいう精霊だと話は聞いていたっス。ナーランギ様から……」
ナーランギの名前を出した途端、力を落とすツキウサギ。
ブラッドリーが率いた歪虚の大軍は幻獣の森を瞬く間に攻め落とし、幻獣達に大きな被害を及ぼした。ナーランギがブラッドリーに殺されたのもツキウサギは頭では分かっていた。
だが、その現実を認めたくはないのだろう。
「私、思うのです。ブラッドリーは救済を叫びながら、その実、誰かに救済されたいと思っているのかもしれないって」
「え?」
「ナーランギ様は、それをご存じだったのかもしれません。ブラッドリーの過去を知っていたとすれば、狙われたのも頷けます」
Uiscaはブラッドリーの肩を持つつもりはない。
ナーランギを殺した大罪を許す訳にはいかない。だが、ブラッドリー自身が救済を求めているのだとしたら、救ってやれるのもUiscaの仕事かもしれない。
「ツキウサギさん、これどうしましょう?」
奏音がツキウサギに駆け寄ってきた。手にはあの時拾った卵があった。
「それは?」
「傷付いた幻獣を探していた時に見つけたっス。放置おくのも危ないので持ってきたっスよ」
ツキウサギは事情を簡単に説明する。
Uiscaはその話を聞いて、奏音へ願い出た。
「その卵、預かってもよろしいですか?」
「え、はい。でも、どうされるのですか?」
奏音はUiscaへ卵を渡す。
Uiscaは軽く表面を撫でながら、そっと呟いた。
「お願いしてみようと思います」
「……なんでボクが?」
イクタサの小屋を訪ねたUiscaは卵をイクタサに差し出した。
卵をイクタサに預ける為だ。
「私も詳しくは分かりません。でも、この卵が仮にドラゴンの物なら、ナーランギ様の転生体かもしれません」
「確証は?」
「ありません。強いて言えば巫女の勘です。ドラゴンの卵では無いかもしれません」
「……呆れるね」
Uiscaの言葉を聞きながら、イクタサは椅子に腰掛ける。
都合の良い願いだとは思っている。しかし、Uiscaがハンターである以上、持ち歩く訳にもいかない。安全な場所となればイクタサの所だろう。
部屋に沈黙が支配した後、根負けしたイクタサはたった一言呟いた。
「そこに置いておいて。後は何とかするから」
●
「……以上が今後の作戦です。コーリアスが残した遺品がきっと役に立つでしょう」
ブラッドリーは武装巨人の指揮官複数名に今後について説明していた。
幻獣の森陥落は歪虚にとって手始めに過ぎない。邪神が復活してクリムゾンウェストに降臨するタイミングと合わせて攻勢を仕掛けていく。ハンターも邪神に対応するならば、クリムゾンウェストの地は手薄になるからだ。
「後はお願いします。私は……今一度天使達と対峙しなければなりません」
ブラッドリーはエンジェルダストへ乗り込んだ。
戦いは確実に、そして着実に広がっている。
様々な命と感情を巻き込んで。
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 夢路 まよい(ka1328) 人間(リアルブルー)|15才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2019/06/19 18:04:30 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/06/15 17:37:18 |
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質問卓 Uisca=S=Amhran(ka0754) エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2019/06/16 07:33:33 |