ゲスト
(ka0000)
【Serenade】喇叭水仙-04
マスター:愁水

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~5人
- サポート
- 0~1人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2019/06/30 19:00
- 完成日
- 2019/07/13 02:19
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
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オープニング
●
道を拓く為には先ず、歩まねばならない。
**
仄暗い灯りの中を、こつんこつん、と、規則的な音が上っていく。
先へと続く薄墨を何とはなしに仰げば、幻想的な曲線を描く螺旋階段が何処までも待ち受けているようであった。
自然と、胸の内側に溜息が宿る。
思いは、想いは、巡る。
廻っていた。
それは、元の場所に戻ること無く進んでいくのだろうか。
鼻からやるせなさを抜くと、辿り着いた扉のノブに手を掛け、勢いよく押し開けた。途端、夜気が彼――シュヴァルツ(kz0266)の長い髪を梳いていく。ちり、と、心が――いや、目尻が疼いたのは、きっと紫煙を含んだ風の所為だろう。
「よう、一人で月見か?」
カントリー調の外観に、急勾配のカラフルな屋根。
寝静まる空気を見渡せる、広々とした屋上。
アカシアのベンチに腰を掛けている、一人の男性――。
シュヴァルツの気配が近づくと、煙を纏った言葉を返してきたのは、此のアパートに住まう白亜(kz0237)だ。
「……下戸でもなければ月見酒と洒落込めたのだろうがな」
何処か自嘲的に呟く彼の脇には、煙草盆が鎮座している。灰落としを確認せずとも、白亜の香が彼自身の心情を語っていた。
「(気ぃ紛らわす愛用品は、昔から変わらねぇな)」
シュヴァルツは一瞬、眦を歪めるが、小さくかぶりを振ると、白亜の隣にどっかりと腰を落とした。鋳鉄の装飾が施されている背凭れに背中を預け、夜空を仰ぐ。
――あの夜と同じ、瑠璃色に浮かぶ月が見えた。
「俯いてたら、月は見えねぇぜ」
夜の海原へ視線を据えたまま、シュヴァルツは優しく諭すような口調で語りかける。妙に涼しい夜風が、二人の耳許を過ぎていった。
白亜からの返答はない。
只、微動だにしないその様は、独りぼっちで世界の端に取り残されているかのようだ。
「黒亜の経過は良好だぜ。紅亜の精神状態も少しずつ回復してる」
梳き上げていない前髪が宵の風に揺れ、翳を差していた白亜の双眸が僅かに垣間見える。虚ろなその色は緩慢な瞬きを一つすると、「そうか」と、吐息を漏らした。
指に挟んだ煙管から、物言わぬ紫煙が立ち上っていく。
苦い香り。
苦い記憶――。
互いに覚悟はしていた。
悟っていたことだ。
互いに信念の変動はない。――いや、そう決め込んでしまっていたのか。
だが、
「……今となっては過去に埋もれた真実か」
世迷い言のように呟く白亜。
シュヴァルツは耳に届かなかったふりをしながら顎を引くと――
「ここいらでちょい、羽休めに行かねぇか?」
平素の調子を崩さず、一つの提案を発した。
「実はコネのある旅館があってよ。小ぢんまりしたとこではあるんだが、海が一望できるえぇ所なんだわ。かいつまんだ事情を話したら、厚意で貸し切りにしてくれるっつってよ。お前も黒亜達も最近、息抜けてなかったろ」
心身を休めるには――と言いかけ、シュヴァルツは唇を引く。代わりに、筋張った掌を白亜の肩にぽんと置き、
「なあ、白亜。正しい道は一つじゃねぇぜ。どの道にも、お前が望む幸福は必ずある」
そう告げた。そして、彼の肩を軽く二度弾くと、颯爽と屋上を後にした。
残された香り。
「…………正しい道、か」
遺された記憶。
「君が“幸せ”になる為に俺がやったことは、無駄なことではなかったのだよな……?」
胸元から取り出した琥珀のブローチを掌へ沈め、茫と見上げた瑠璃の瞳に月が映る。
月は、“彼”は、何も語らない。
唯、穏やかに白亜を見下ろしていた。
道を拓く為には先ず、歩まねばならない。
**
仄暗い灯りの中を、こつんこつん、と、規則的な音が上っていく。
先へと続く薄墨を何とはなしに仰げば、幻想的な曲線を描く螺旋階段が何処までも待ち受けているようであった。
自然と、胸の内側に溜息が宿る。
思いは、想いは、巡る。
廻っていた。
それは、元の場所に戻ること無く進んでいくのだろうか。
鼻からやるせなさを抜くと、辿り着いた扉のノブに手を掛け、勢いよく押し開けた。途端、夜気が彼――シュヴァルツ(kz0266)の長い髪を梳いていく。ちり、と、心が――いや、目尻が疼いたのは、きっと紫煙を含んだ風の所為だろう。
「よう、一人で月見か?」
カントリー調の外観に、急勾配のカラフルな屋根。
寝静まる空気を見渡せる、広々とした屋上。
アカシアのベンチに腰を掛けている、一人の男性――。
シュヴァルツの気配が近づくと、煙を纏った言葉を返してきたのは、此のアパートに住まう白亜(kz0237)だ。
「……下戸でもなければ月見酒と洒落込めたのだろうがな」
何処か自嘲的に呟く彼の脇には、煙草盆が鎮座している。灰落としを確認せずとも、白亜の香が彼自身の心情を語っていた。
「(気ぃ紛らわす愛用品は、昔から変わらねぇな)」
シュヴァルツは一瞬、眦を歪めるが、小さくかぶりを振ると、白亜の隣にどっかりと腰を落とした。鋳鉄の装飾が施されている背凭れに背中を預け、夜空を仰ぐ。
――あの夜と同じ、瑠璃色に浮かぶ月が見えた。
「俯いてたら、月は見えねぇぜ」
夜の海原へ視線を据えたまま、シュヴァルツは優しく諭すような口調で語りかける。妙に涼しい夜風が、二人の耳許を過ぎていった。
白亜からの返答はない。
只、微動だにしないその様は、独りぼっちで世界の端に取り残されているかのようだ。
「黒亜の経過は良好だぜ。紅亜の精神状態も少しずつ回復してる」
梳き上げていない前髪が宵の風に揺れ、翳を差していた白亜の双眸が僅かに垣間見える。虚ろなその色は緩慢な瞬きを一つすると、「そうか」と、吐息を漏らした。
指に挟んだ煙管から、物言わぬ紫煙が立ち上っていく。
苦い香り。
苦い記憶――。
互いに覚悟はしていた。
悟っていたことだ。
互いに信念の変動はない。――いや、そう決め込んでしまっていたのか。
だが、
「……今となっては過去に埋もれた真実か」
世迷い言のように呟く白亜。
シュヴァルツは耳に届かなかったふりをしながら顎を引くと――
「ここいらでちょい、羽休めに行かねぇか?」
平素の調子を崩さず、一つの提案を発した。
「実はコネのある旅館があってよ。小ぢんまりしたとこではあるんだが、海が一望できるえぇ所なんだわ。かいつまんだ事情を話したら、厚意で貸し切りにしてくれるっつってよ。お前も黒亜達も最近、息抜けてなかったろ」
心身を休めるには――と言いかけ、シュヴァルツは唇を引く。代わりに、筋張った掌を白亜の肩にぽんと置き、
「なあ、白亜。正しい道は一つじゃねぇぜ。どの道にも、お前が望む幸福は必ずある」
そう告げた。そして、彼の肩を軽く二度弾くと、颯爽と屋上を後にした。
残された香り。
「…………正しい道、か」
遺された記憶。
「君が“幸せ”になる為に俺がやったことは、無駄なことではなかったのだよな……?」
胸元から取り出した琥珀のブローチを掌へ沈め、茫と見上げた瑠璃の瞳に月が映る。
月は、“彼”は、何も語らない。
唯、穏やかに白亜を見下ろしていた。
リプレイ本文
●
ねえ、だいじょうぶだよ。
幸せになるって、簡単なことだから。
声をかけてくれる人がいる。
一緒に笑ってくれる人がいる。
愛してくれる人がいる――。
あなたは独りじゃないんだよ。
ほら、気づいて。
あなたの周りは、たくさんの幸せで溢れているんだから。
**
透徹した青空。
輪郭の濃い綿雲。
盛りに照りつける白い陽射し。
「ほんと良く晴れたわねー。常夏と言うにはまだ早いけど……、……うん。一息つくにはいいんじゃない? 足を止めて、それでもう一度一歩を踏み出せるきっかけになるといいわね。皆」
掌で日光を遮りながら、傍観者が一人、空を仰ぐ。
“皆”――そう呟いた言葉に、彼女――ロベリア・李(ka4206)自身は含まれていたのだろうか。
宿の女将に挨拶を済ませ、荷物を預けた一同。
天の原の下、白々と広がった砂浜に、一本のビーチパラソルが咲いていた。
ビタミンカラーのビキニで軽やかに身を包んだミア(ka7035)は、海に誘った黒亜(kz0238)と紅亜(kz0239)の目の前で、にしし、と、仁王立ちをする。
「さあ、二人とも! ミアで遊ぶニャス!」
「……“で”?」
「“と”、じゃないんだねー……?」
と言うわけで、二人は彼女の言葉通り、ミアで遊ぶことにした。
日焼けをしないようにとミアが用意してくれたパラソルの下で、スコップを片手に砂を掘る黒亜と紅亜。水分を含んだ丁度良い固さの砂を、背筋ぴんとにゃんこよろしく座るミアへもそもそとかけていく。
「ニャはは、くすぐったいニャスよ」
「ちょっと。砂にヒビ入るからジッとしててくれない?」
「あいあい」
「砂のお加減いかがですかー……?」
「あ、もうちょいぬるめでよろしくニャス」
「……砂風呂じゃないんだけど」
「あ……砂、熱かった……? ちょっと待っててね……冷たいお水汲んでくる……」
紅亜は目線を海へ移しながら子供用のバケツを指にかけると、花柄のパレオをはためかせていった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あのさ」
「ふニャ?」
「三毛って人のお腹眺める趣味でもあるの?」
淡と呟かれたその不意打ちに、ミアの心臓がどきりと波打つ。
揺れは高く、痛いほどに。
……――違う。
痛かったのは、彼だ。
「なあ、クロちゃん」
ミアは黒亜を見据え、密やかに話しかける。
「クロちゃんが元気になってよかった。ミア、クロちゃんの声で紡がれる言葉が大好きだから……また、クロちゃんとお喋りすることができて、本当によかった」
偏に心を傾けるミア。あの時、ミアが行おうとした事は麗しい自己犠牲などではなく、心からの誠心誠意であった。だからこそ、ミアの心を目の当たりにした黒亜は、その行いに共感したのかもしれない。ならば、大好きな友達へ捧げるのは謝罪ではなく、
「クロちゃん。ミアを護ってくれてありがとうニャスよ」
後悔も涙も押し込めた、感謝の言葉。
春の日溜まりのような朗らかさで微笑むミアを、上目にちらりと見た黒亜は、少し、ほんの少し、唇の端を綻ばせる印象を残した。
「……別に」
その短い声音にも彼らしい刺々しさはなく、何処か温かみのある丸みを帯びていた。少なくとも、ミアにはそう聞こえた。
「……クロちゃんにミアの秘技を見せる時が来たようニャス」
「は?」
「秘技! にゃんこはぐは――」
「ジッとしててっつってんでしょ」
「あい。あ、ニャんだったら、クロちゃんからしてくれていいんニャスよ? ほら、ミア達はお友達ニャスし!」
「……バカじゃないの」
そう呆れ果てる黒亜の目許には、差していない陽の“朱”が薄らと浮かんでいた。
浮かぶ――いや、それは正しく、歩く水の輪。
「大丈夫じゃ……と……そう……信じる強さを……」
唱えた《玉響》で、ふらり、飛花の如き優雅さで海上散歩をする蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)が、朧げにそう漏らす。何処か憂愁の影を差した蒼い瞳は、回顧する眼差しへと色を変えた。
「(案の定、あやつ等は同じ事を言うたのう……)」
懐の深い瑠璃に紫月の色が沈んだ夜、蜜鈴の疑念は杞憂に落ちた。
しかし、吐いた唾は飲み込めない。蜜鈴の詫びに、桜久世 琉架(kz0265)とシュヴァルツ(kz0266)は“気にすることじゃない”と、笑いながら一蹴したのであった。
「(友を想い、傷ついたのはあやつ等も同じで在ったと云うにな……)」
細めた目は、果てしなく透き通る海を見渡す。
蜜鈴は故郷の古い歌――龍に恋する詩を口遊み始めた。何時かの悲しみも、哀しみも、全て受け入れて歩む為の詩。
「(……部外者の妾が口を出す事でも無さそうじゃが……ふむ……)」
部外者――。それは言葉。只の、しかし然れど、言葉。
しんしんと、夏の雪が降り積もる。
「(後悔しないようにとは言ったけど、堪えない訳ないわよね……我ながら傍観者気取りもいいところだったかしら)」
脳裏に気掛かりを浮かべながら、ロベリアは浜辺に足を延ばしていた。
何とはなしに視点を泳がせていると、一際目を引く“ソレ”に気がつく。ロベリアは「(……ま、それはそれとして)」と、脳裏の問題を“ソレ”に切り替え、彼女の名を呼んだ。
「ミーアー?」
「あ! ロベリアちゃん!」
「随分と可愛らしい達磨になったじゃない。けど……はーい、凝ってるところないかしらー?」
「Σ!? ぎニャああぁぁぁっ!!」
ロベリアはミアのこめかみをぐりぐりと揉みほぐしながら、次の指摘を上げた。
「体張るのはいいけど、限度ってもんがあるでしょ! あんたが大怪我して残された子たちがどう思うか」
「ふニャぁ……」
「まあ、少しは考えたんでしょうが……ミアは大切な仲間で、友達なのよ。ショックを受けるに決まってるでしょ! 猛省しなさい!」
「あい!」
「ん、良い返事ね。……ふふ。はい、お説教はここまで。思いきり羽を伸ばしましょ。……? ミア?」
ロベリアは幼子のようなキラキラした目で見つめてくるミアへ首を傾げると――
「えへへ、ロベリアちゃんはミアのお母ちゃんみたいニャスな」
可愛らしい八重歯を覗かせながら、ミアがニカッと笑った。
「まあ、娘がいてもおかしくない年だけど……って、何言わすのよ!」
「――お、じゃあオレがミアの父ちゃんになってやろうか?」
そう二人の間から軽口を叩いてきたのは、サーフパンツ姿のシュヴァルツだ。
「シュヴァルツちゃんじゃ役不足ニャス」
「あら、残念」
「シュヴァルツ、よかったら一緒に泳がない? あんたも羽を伸ばしに来たんでしょ?」
「おう、お供しやすぜ」
ロベリアは服の下に着ていたノースリーブハイネックのツーピース水着になると、ミア達磨の頭をひと撫でしてから、青翡翠の海へざぶんと潜った。鮮やかな別世界は何処までも広く、穏やかだ。
「(……人が幸せになっちゃいけない理由なんてないわ)」
ロベリアの唇が、薄く笑みを形作る。
「(後悔も、贖罪も、それを自分で許せるか。抱えたままでも前を歩けるか。隣に居てほしい人がそれを受け入れてくれるか――きっとそれに尽きるのよ。まあ、これは受け売りだけどね)」
そう思い抱く彼女の横顔を、シュヴァルツは感佩するような眼差しで見つめていた。
夜になろうとする黄昏の一瞬が海一面に反射し、橙色のガーベラ畑を彷彿とさせる。
時の流れとは残酷だ。
待ってほしいと祈っても、あと少し、あと少しだけと願っても、掌から零れ落ちる砂のように止めようがない。
だからこそ、その時の自分が選んだ道、その先、その未来を選んでよかったのだと、そう思ってほしい。
「――昼間のミア達磨さん、とても可愛らしかったんですよ。琉架さんにもお見せしたかったわ」
海辺を二人の人影が歩く。
「へえ。なら、もっと明るい内に来ればよかったね」
「ええ。……でも、この景色をあなたと一緒に歩きたかったから」
灯(ka7179)はそう告げると、彼の面差しを仰いだ。
「この前は護って下さってありがとう。救われてばかりですね」
「礼を言われることじゃないさ」
見慣れた微笑みを向けてくる琉架。灯は不意に歩みを止めると、強かなその眼差しを真摯に見つめ返した。
「教えて、琉架さん。あなたはなぜ、今ここに居て下さっているのですか」
首を傾げ、理解しかねている琉架へ、灯は応えるように次ぐ。
「私は、白亜さん達とあなたの間の過去を知らない。どんな想いを積み重ねてきたのかは知らないけれど、あなたたちが身に着ける琥珀は、笑顔の誓いではないのですか」
琉架は一瞬、瞳に懐いを湛えるが、すぐに描いたような微笑を片頬へ浮かべた。
「そんな大層な意味は持ち合わせていないよ。……琥珀の効果を知っているかい? 過去の恐怖心や罪の意識を楽にし、不安や絶望感を追い払うのだそうだ。全く……迷信にもほどがある」
そう吐き捨てる琉架の横顔に、灯は胸の頂を突くような苦しさを感じた。
あなたを、教えて。
「琉架さん、私……同じ時を過ごすだけの“隣人”は、終わりにしたいのです」
柔和な微笑みを湛え、深い空色の瞳が、彼を真っ直ぐ見つめる。
翡翠の色は、何時ものように微笑み返してはくれなかった。
唯、一言――
「……一度踏み込んできたら、逃がしてやる優しさなど俺にはないよ」
波の音が、先の在り方を静かに主張していた。
●
苦い真実は嘘にも勝るのだろうか。
それとも――……。
「のう白亜……見上げねば月も、藤も見えぬぞ。」
懐石料理で旬の食材を味わったのち、一人食事処を後にした白亜(kz0237)の背へ、煙管を片手に蜜鈴が語りかける。渡り廊下の欄干に両肘をつき、人差し指の腹に添わせた白亜の煙管からは、虚ろな煙が立ち上っていた。
「手を伸ばさねば、何方も届かぬ……それとも、月明かりと花の香が在れば良いか? 移ろう姿すら今一度と臨まねば……月は翳り花も散り逝くのみじゃと云うに……おんしなればわかって居るであろう?」
朱色の羅宇に映ゆ漆黒の爪を、ふ、と、起こせば、《香花幻舞》で舞う藤の花弁が風に移ろいゆく。白亜の手許へ微かに触れなかったのは、幻故か。
「想いは……押し込めるべきでは無い……。自身に問いかけても、望む沈黙しか帰っては来ぬぞ……とは言うたものの……要らぬ世話であったな」
睫毛を伏せた蜜鈴が踵を返すと――
「……黙想も悲嘆も、俺には過ぎたるものなのだろうか」
後には、寂として声のない紫煙の香だけが苦く残っていた。
事件は露天風呂で起こった。
「ああああかんあかんあかん!! すっぽんぽんでなんちゅうかっこうしとるんやミアあぁぁっ!!」
「だってほら、目の前に壁あったら上らニャいと。向こうにクロちゃん達いるニャスし!」
「……意味わかんないんだけど」
「ミア、危ないから下りてきなさい。シュヴァルツの裸なんて見たって何の得にもなりゃしないわよ」
「おーおー、言ってくれるじゃねぇか。迎え撃ってやろうか?」
「「シュヴァルツ!(ロベリア&黒亜)」」
その後の展開は彼女らのみぞ知る。
部屋でお約束の枕投げが終わると、巾着に手を忍ばせていた紅亜がミア達ひとりひとりの掌に、その掌を重ねた。
「これ……受け取って……」
白い指が引くと、そこには天鵞絨地の黒リボンを結んだ、鍵のアンティークチャームがあった。
「ハクと、クロと、私から……。たくさんたくさん……心を砕いてくれて、ありがとう……お世話かけて……ごめんね……」
ぺこりと頭を垂れる紅亜の背中へ、灯がそっと掌を添える。
「私の祖国には”手当て”という言葉がありました。こうして人の温もりが触れると体の痛みを忘れられるの。……心の痛みにも少しは効くかしら」
案じる声音と深い優しさに紅亜が顔を上げると、ふ、と、口許を緩めた。それはまるで、咲き綻ぶ月下美人のようであった。
その想いに気づいたのは、星に隠したあの夜だった。
「おにーぃさん。よかったらうちと涼みに行かへん?」
湯浴みを済ませ部屋に戻ろうとしていた白亜を、白藤(ka3768)が庭園へと連れ出す。
二人を迎えたのは、月の冴え返る夜空と、静寂を濃淡で彩る夏の花――。
「ええ香りやな。香水も……煙草も、花には敵わへん」
「……ああ」
「……なあ、白亜。あんまり上の空やと……足元掬われてまうで?」
そう呟く反面、
「(……凄い人やな)」
唇をきゅっと引き締める。
弟妹の前では兄の責任を、サーカス団では団長の務めを果たし、心身共に忙しない日々を過ごしているのだろう。だからこそ、心配が重く白藤の心にのしかかる。
「(一度亡くした家族を、もっぺん失うんは……しんどいわな。うちは、受け入れがたかったから……)」
一度過ぎ去った物事にやり直しはきかない。山のように生まれてくる後悔に埋もれ、息さえも苦しくなるあの感覚――。
「白亜はどないしたい?」
彼には、溺れてほしくない。
「立ち止まってもえぇ、まっすぐになんて進まなあかんことはない。寄り道も……立ち止まる事も楽しいもんやで」
全てを見透そうとするかのような双眸を、傍らへ歩み寄った白藤が仰ぐ。
俯けば誰の顔も見えない。希う、彼の顔も。
「……君は優しいな」
軈て白亜は眩しそうに瞼を震わせ、吐息混じりの声を出した。
「君は何時だってその包容力で俺に寄り添ってくれる。……見目も心も美しい女性だ。君は」
心を開かずにはいられないその微笑みに、白藤の睫毛が儚げに揺れる。
「う、うちは……白亜が心許せると思う人に、我儘も言うて欲しいんや。なんて……うちじゃ力不足やろうか? それでも……手はひけんくても、ずっと伸ばしてたいんや」
「……何だ。俺の手を取ってはくれないのか?」
「え……?」
彼の心理を問う前に、彼の唇が自らの真理を語った。
「片がつけば楽になるのかと思っていたが……只、がらんどうとしていてな。……だが、誰が何と言おうと、元軍人としてでも親友としてでもなく、あいつの家族として、俺はやるべきことを全うした――。だから、後悔はしていない」
「……ん」
「選んだ道が外れていようと、その先に光は在る。そう信じて、俺はあいつの分も生きていく」
「ええと思うよ。白亜が決めたことなら……それが一番ええんや」
笑みを漏らし、交わし合う視線。
そして――
「君は……我儘を言ってほしいと言ったな」
白藤の意識を奪う。
「……君は、わかっているか? 俺が心の底から触れたいと感じたのは、君が初めてなんだ」
耐えようにも耐えきれなさそうな鼓動に、白藤の頬は何時しか紅を差す。
良夜を仰いでいた白亜の瞳が、「なあ、白藤」と、彼女の名を呼びながら、ふ、と、白藤を捉えた。
「月が綺麗だな」
あの夜と同じように。
**
立ち止まり、時には振り返り、過去に咲いた花を眺めよう。
そしてまた、歩めばいい。
未来はきっと、蕾で溢れている。
ねえ、だいじょうぶだよ。
幸せになるって、簡単なことだから。
声をかけてくれる人がいる。
一緒に笑ってくれる人がいる。
愛してくれる人がいる――。
あなたは独りじゃないんだよ。
ほら、気づいて。
あなたの周りは、たくさんの幸せで溢れているんだから。
**
透徹した青空。
輪郭の濃い綿雲。
盛りに照りつける白い陽射し。
「ほんと良く晴れたわねー。常夏と言うにはまだ早いけど……、……うん。一息つくにはいいんじゃない? 足を止めて、それでもう一度一歩を踏み出せるきっかけになるといいわね。皆」
掌で日光を遮りながら、傍観者が一人、空を仰ぐ。
“皆”――そう呟いた言葉に、彼女――ロベリア・李(ka4206)自身は含まれていたのだろうか。
宿の女将に挨拶を済ませ、荷物を預けた一同。
天の原の下、白々と広がった砂浜に、一本のビーチパラソルが咲いていた。
ビタミンカラーのビキニで軽やかに身を包んだミア(ka7035)は、海に誘った黒亜(kz0238)と紅亜(kz0239)の目の前で、にしし、と、仁王立ちをする。
「さあ、二人とも! ミアで遊ぶニャス!」
「……“で”?」
「“と”、じゃないんだねー……?」
と言うわけで、二人は彼女の言葉通り、ミアで遊ぶことにした。
日焼けをしないようにとミアが用意してくれたパラソルの下で、スコップを片手に砂を掘る黒亜と紅亜。水分を含んだ丁度良い固さの砂を、背筋ぴんとにゃんこよろしく座るミアへもそもそとかけていく。
「ニャはは、くすぐったいニャスよ」
「ちょっと。砂にヒビ入るからジッとしててくれない?」
「あいあい」
「砂のお加減いかがですかー……?」
「あ、もうちょいぬるめでよろしくニャス」
「……砂風呂じゃないんだけど」
「あ……砂、熱かった……? ちょっと待っててね……冷たいお水汲んでくる……」
紅亜は目線を海へ移しながら子供用のバケツを指にかけると、花柄のパレオをはためかせていった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あのさ」
「ふニャ?」
「三毛って人のお腹眺める趣味でもあるの?」
淡と呟かれたその不意打ちに、ミアの心臓がどきりと波打つ。
揺れは高く、痛いほどに。
……――違う。
痛かったのは、彼だ。
「なあ、クロちゃん」
ミアは黒亜を見据え、密やかに話しかける。
「クロちゃんが元気になってよかった。ミア、クロちゃんの声で紡がれる言葉が大好きだから……また、クロちゃんとお喋りすることができて、本当によかった」
偏に心を傾けるミア。あの時、ミアが行おうとした事は麗しい自己犠牲などではなく、心からの誠心誠意であった。だからこそ、ミアの心を目の当たりにした黒亜は、その行いに共感したのかもしれない。ならば、大好きな友達へ捧げるのは謝罪ではなく、
「クロちゃん。ミアを護ってくれてありがとうニャスよ」
後悔も涙も押し込めた、感謝の言葉。
春の日溜まりのような朗らかさで微笑むミアを、上目にちらりと見た黒亜は、少し、ほんの少し、唇の端を綻ばせる印象を残した。
「……別に」
その短い声音にも彼らしい刺々しさはなく、何処か温かみのある丸みを帯びていた。少なくとも、ミアにはそう聞こえた。
「……クロちゃんにミアの秘技を見せる時が来たようニャス」
「は?」
「秘技! にゃんこはぐは――」
「ジッとしててっつってんでしょ」
「あい。あ、ニャんだったら、クロちゃんからしてくれていいんニャスよ? ほら、ミア達はお友達ニャスし!」
「……バカじゃないの」
そう呆れ果てる黒亜の目許には、差していない陽の“朱”が薄らと浮かんでいた。
浮かぶ――いや、それは正しく、歩く水の輪。
「大丈夫じゃ……と……そう……信じる強さを……」
唱えた《玉響》で、ふらり、飛花の如き優雅さで海上散歩をする蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)が、朧げにそう漏らす。何処か憂愁の影を差した蒼い瞳は、回顧する眼差しへと色を変えた。
「(案の定、あやつ等は同じ事を言うたのう……)」
懐の深い瑠璃に紫月の色が沈んだ夜、蜜鈴の疑念は杞憂に落ちた。
しかし、吐いた唾は飲み込めない。蜜鈴の詫びに、桜久世 琉架(kz0265)とシュヴァルツ(kz0266)は“気にすることじゃない”と、笑いながら一蹴したのであった。
「(友を想い、傷ついたのはあやつ等も同じで在ったと云うにな……)」
細めた目は、果てしなく透き通る海を見渡す。
蜜鈴は故郷の古い歌――龍に恋する詩を口遊み始めた。何時かの悲しみも、哀しみも、全て受け入れて歩む為の詩。
「(……部外者の妾が口を出す事でも無さそうじゃが……ふむ……)」
部外者――。それは言葉。只の、しかし然れど、言葉。
しんしんと、夏の雪が降り積もる。
「(後悔しないようにとは言ったけど、堪えない訳ないわよね……我ながら傍観者気取りもいいところだったかしら)」
脳裏に気掛かりを浮かべながら、ロベリアは浜辺に足を延ばしていた。
何とはなしに視点を泳がせていると、一際目を引く“ソレ”に気がつく。ロベリアは「(……ま、それはそれとして)」と、脳裏の問題を“ソレ”に切り替え、彼女の名を呼んだ。
「ミーアー?」
「あ! ロベリアちゃん!」
「随分と可愛らしい達磨になったじゃない。けど……はーい、凝ってるところないかしらー?」
「Σ!? ぎニャああぁぁぁっ!!」
ロベリアはミアのこめかみをぐりぐりと揉みほぐしながら、次の指摘を上げた。
「体張るのはいいけど、限度ってもんがあるでしょ! あんたが大怪我して残された子たちがどう思うか」
「ふニャぁ……」
「まあ、少しは考えたんでしょうが……ミアは大切な仲間で、友達なのよ。ショックを受けるに決まってるでしょ! 猛省しなさい!」
「あい!」
「ん、良い返事ね。……ふふ。はい、お説教はここまで。思いきり羽を伸ばしましょ。……? ミア?」
ロベリアは幼子のようなキラキラした目で見つめてくるミアへ首を傾げると――
「えへへ、ロベリアちゃんはミアのお母ちゃんみたいニャスな」
可愛らしい八重歯を覗かせながら、ミアがニカッと笑った。
「まあ、娘がいてもおかしくない年だけど……って、何言わすのよ!」
「――お、じゃあオレがミアの父ちゃんになってやろうか?」
そう二人の間から軽口を叩いてきたのは、サーフパンツ姿のシュヴァルツだ。
「シュヴァルツちゃんじゃ役不足ニャス」
「あら、残念」
「シュヴァルツ、よかったら一緒に泳がない? あんたも羽を伸ばしに来たんでしょ?」
「おう、お供しやすぜ」
ロベリアは服の下に着ていたノースリーブハイネックのツーピース水着になると、ミア達磨の頭をひと撫でしてから、青翡翠の海へざぶんと潜った。鮮やかな別世界は何処までも広く、穏やかだ。
「(……人が幸せになっちゃいけない理由なんてないわ)」
ロベリアの唇が、薄く笑みを形作る。
「(後悔も、贖罪も、それを自分で許せるか。抱えたままでも前を歩けるか。隣に居てほしい人がそれを受け入れてくれるか――きっとそれに尽きるのよ。まあ、これは受け売りだけどね)」
そう思い抱く彼女の横顔を、シュヴァルツは感佩するような眼差しで見つめていた。
夜になろうとする黄昏の一瞬が海一面に反射し、橙色のガーベラ畑を彷彿とさせる。
時の流れとは残酷だ。
待ってほしいと祈っても、あと少し、あと少しだけと願っても、掌から零れ落ちる砂のように止めようがない。
だからこそ、その時の自分が選んだ道、その先、その未来を選んでよかったのだと、そう思ってほしい。
「――昼間のミア達磨さん、とても可愛らしかったんですよ。琉架さんにもお見せしたかったわ」
海辺を二人の人影が歩く。
「へえ。なら、もっと明るい内に来ればよかったね」
「ええ。……でも、この景色をあなたと一緒に歩きたかったから」
灯(ka7179)はそう告げると、彼の面差しを仰いだ。
「この前は護って下さってありがとう。救われてばかりですね」
「礼を言われることじゃないさ」
見慣れた微笑みを向けてくる琉架。灯は不意に歩みを止めると、強かなその眼差しを真摯に見つめ返した。
「教えて、琉架さん。あなたはなぜ、今ここに居て下さっているのですか」
首を傾げ、理解しかねている琉架へ、灯は応えるように次ぐ。
「私は、白亜さん達とあなたの間の過去を知らない。どんな想いを積み重ねてきたのかは知らないけれど、あなたたちが身に着ける琥珀は、笑顔の誓いではないのですか」
琉架は一瞬、瞳に懐いを湛えるが、すぐに描いたような微笑を片頬へ浮かべた。
「そんな大層な意味は持ち合わせていないよ。……琥珀の効果を知っているかい? 過去の恐怖心や罪の意識を楽にし、不安や絶望感を追い払うのだそうだ。全く……迷信にもほどがある」
そう吐き捨てる琉架の横顔に、灯は胸の頂を突くような苦しさを感じた。
あなたを、教えて。
「琉架さん、私……同じ時を過ごすだけの“隣人”は、終わりにしたいのです」
柔和な微笑みを湛え、深い空色の瞳が、彼を真っ直ぐ見つめる。
翡翠の色は、何時ものように微笑み返してはくれなかった。
唯、一言――
「……一度踏み込んできたら、逃がしてやる優しさなど俺にはないよ」
波の音が、先の在り方を静かに主張していた。
●
苦い真実は嘘にも勝るのだろうか。
それとも――……。
「のう白亜……見上げねば月も、藤も見えぬぞ。」
懐石料理で旬の食材を味わったのち、一人食事処を後にした白亜(kz0237)の背へ、煙管を片手に蜜鈴が語りかける。渡り廊下の欄干に両肘をつき、人差し指の腹に添わせた白亜の煙管からは、虚ろな煙が立ち上っていた。
「手を伸ばさねば、何方も届かぬ……それとも、月明かりと花の香が在れば良いか? 移ろう姿すら今一度と臨まねば……月は翳り花も散り逝くのみじゃと云うに……おんしなればわかって居るであろう?」
朱色の羅宇に映ゆ漆黒の爪を、ふ、と、起こせば、《香花幻舞》で舞う藤の花弁が風に移ろいゆく。白亜の手許へ微かに触れなかったのは、幻故か。
「想いは……押し込めるべきでは無い……。自身に問いかけても、望む沈黙しか帰っては来ぬぞ……とは言うたものの……要らぬ世話であったな」
睫毛を伏せた蜜鈴が踵を返すと――
「……黙想も悲嘆も、俺には過ぎたるものなのだろうか」
後には、寂として声のない紫煙の香だけが苦く残っていた。
事件は露天風呂で起こった。
「ああああかんあかんあかん!! すっぽんぽんでなんちゅうかっこうしとるんやミアあぁぁっ!!」
「だってほら、目の前に壁あったら上らニャいと。向こうにクロちゃん達いるニャスし!」
「……意味わかんないんだけど」
「ミア、危ないから下りてきなさい。シュヴァルツの裸なんて見たって何の得にもなりゃしないわよ」
「おーおー、言ってくれるじゃねぇか。迎え撃ってやろうか?」
「「シュヴァルツ!(ロベリア&黒亜)」」
その後の展開は彼女らのみぞ知る。
部屋でお約束の枕投げが終わると、巾着に手を忍ばせていた紅亜がミア達ひとりひとりの掌に、その掌を重ねた。
「これ……受け取って……」
白い指が引くと、そこには天鵞絨地の黒リボンを結んだ、鍵のアンティークチャームがあった。
「ハクと、クロと、私から……。たくさんたくさん……心を砕いてくれて、ありがとう……お世話かけて……ごめんね……」
ぺこりと頭を垂れる紅亜の背中へ、灯がそっと掌を添える。
「私の祖国には”手当て”という言葉がありました。こうして人の温もりが触れると体の痛みを忘れられるの。……心の痛みにも少しは効くかしら」
案じる声音と深い優しさに紅亜が顔を上げると、ふ、と、口許を緩めた。それはまるで、咲き綻ぶ月下美人のようであった。
その想いに気づいたのは、星に隠したあの夜だった。
「おにーぃさん。よかったらうちと涼みに行かへん?」
湯浴みを済ませ部屋に戻ろうとしていた白亜を、白藤(ka3768)が庭園へと連れ出す。
二人を迎えたのは、月の冴え返る夜空と、静寂を濃淡で彩る夏の花――。
「ええ香りやな。香水も……煙草も、花には敵わへん」
「……ああ」
「……なあ、白亜。あんまり上の空やと……足元掬われてまうで?」
そう呟く反面、
「(……凄い人やな)」
唇をきゅっと引き締める。
弟妹の前では兄の責任を、サーカス団では団長の務めを果たし、心身共に忙しない日々を過ごしているのだろう。だからこそ、心配が重く白藤の心にのしかかる。
「(一度亡くした家族を、もっぺん失うんは……しんどいわな。うちは、受け入れがたかったから……)」
一度過ぎ去った物事にやり直しはきかない。山のように生まれてくる後悔に埋もれ、息さえも苦しくなるあの感覚――。
「白亜はどないしたい?」
彼には、溺れてほしくない。
「立ち止まってもえぇ、まっすぐになんて進まなあかんことはない。寄り道も……立ち止まる事も楽しいもんやで」
全てを見透そうとするかのような双眸を、傍らへ歩み寄った白藤が仰ぐ。
俯けば誰の顔も見えない。希う、彼の顔も。
「……君は優しいな」
軈て白亜は眩しそうに瞼を震わせ、吐息混じりの声を出した。
「君は何時だってその包容力で俺に寄り添ってくれる。……見目も心も美しい女性だ。君は」
心を開かずにはいられないその微笑みに、白藤の睫毛が儚げに揺れる。
「う、うちは……白亜が心許せると思う人に、我儘も言うて欲しいんや。なんて……うちじゃ力不足やろうか? それでも……手はひけんくても、ずっと伸ばしてたいんや」
「……何だ。俺の手を取ってはくれないのか?」
「え……?」
彼の心理を問う前に、彼の唇が自らの真理を語った。
「片がつけば楽になるのかと思っていたが……只、がらんどうとしていてな。……だが、誰が何と言おうと、元軍人としてでも親友としてでもなく、あいつの家族として、俺はやるべきことを全うした――。だから、後悔はしていない」
「……ん」
「選んだ道が外れていようと、その先に光は在る。そう信じて、俺はあいつの分も生きていく」
「ええと思うよ。白亜が決めたことなら……それが一番ええんや」
笑みを漏らし、交わし合う視線。
そして――
「君は……我儘を言ってほしいと言ったな」
白藤の意識を奪う。
「……君は、わかっているか? 俺が心の底から触れたいと感じたのは、君が初めてなんだ」
耐えようにも耐えきれなさそうな鼓動に、白藤の頬は何時しか紅を差す。
良夜を仰いでいた白亜の瞳が、「なあ、白藤」と、彼女の名を呼びながら、ふ、と、白藤を捉えた。
「月が綺麗だな」
あの夜と同じように。
**
立ち止まり、時には振り返り、過去に咲いた花を眺めよう。
そしてまた、歩めばいい。
未来はきっと、蕾で溢れている。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/06/24 23:35:54 |
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夏の衣を携えて(相談卓) ミア(ka7035) 鬼|22才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2019/06/28 23:55:05 |