ゲスト
(ka0000)
おばあちゃんと旅するベルトルード周辺地域
マスター:旅硝子

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/01/28 22:00
- 完成日
- 2015/02/05 21:34
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ベルトルードの第四師団兵営。
副師団長リーリヤ・ローレライは頭を抱えていた。
「お金、が、足りない……」
そう、大変足りないのである。
何せこの間の海戦で高速小型艦が1隻沈没、1隻中破したので、補充と修理をする必要があった。
「報告ではありえないほど大きい鯨の怪物みたいなのが出たって聞いたけど、それが本当なら、いえ本当じゃなくても、この状況じゃ軍備を縮小なんて出来るわけないし……」
「むしろ戦艦でも作らなきゃ対抗できないかもねぇ」
「戦艦!? ってか師団長!?」
「あらごめんなさいね、ノックしたけど返事がなくて、でも声が聞こえたものだから」
ちょっと開いたドアの隙間から、微笑んで小さく手を振るユーディト・グナイゼナウ(kz0084)。
「あっ、はっ、はいっ、すみません」
「いいのよいいのよ、失礼したのはあたしの方だから」
慌ててドアを開けに行ったリーリヤに、ユーディトはにっこり頷いて。
「実際のところ、この地方の税収だとこの規模の軍団の維持費とトントンくらいなのよねぇ」
「うっかりすると足りないくらい……って、資料もう見たんですか?」
「リーリヤちゃんがまとめておいてくれたやつね。ちょっと大変だったけどとりあえず軽く目は通したわ」
――10年間娑婆に出ていないユーディトのために、第四師団とその領地であるベルトルード周辺地域についてまとめた資料である。先の海戦の間に通常業務の傍ら必死に作って、師団長の机の上に置いておいた。
彼女の通常業務は、税関・事務・財務・外交部門全般である。つまり忙しい。
整理した部分を少なくしてボリュームのやたら多い資料にしたのは、時間がなかったのもあるが、師団長の実務能力を確かめたかったからである。
あと確かに老眼対策に字は大きめにしておいたけど。
(このおばあちゃん……できる!)
眼鏡の奥の瞳を輝かせるリーリヤに対して、ユーディトはちょっと視線を逸らした。
確かに目は通したが、がっつり斜め読みで偶然覚えているのがその辺だったなんてそんなことは言わない。
(あとでエムデンにでも索引作らせましょ)
もう1人の副師団長への、大変なとばっちりであった。
エムデン・グナイゼナウ。同じ苗字は偶然ではない、ユーディトの実の末息子である。
大変こき使うのに便利な立ち位置ではあった。念のため言うと、軍備とか治安維持とかその辺を担当しているエムデンが忙しくないわけでは決してない。
「でも、やっぱりこちらの海に脅威があるというのなら、それに立ち向かえるのは第四師団だけですからね。大幅な軍備増強は必要よ」
「ですが、そのための予算は……まさか、税率を上げるか臨時の税を課す気ですか?」
「それこそまさかよ。ないところから絞っても、取れる物なんて限られてるもの」
そう言ってユーディトは、「ああそう、それを言いに来たんじゃなくて」と手を叩いて。
「とりあえず現状を見ないと話にもなりませんからね。ちょっと見て来ます」
「はい……え?」
「しばらく留守にするから、エムデンと協力してお願いね」
「え、えっと」
「エムデンには戦闘員は徹底的に訓練させるように言ってあるわ。そうそう、護衛はあたしのお金でハンターに頼むから、そこは心配なしよ」
「は、はぁ」
「あ、魔導トラックの運転手だけ借りていくわ。じゃあよろしくねっ」
「はい……って師団長ー!?」
慌てて伸ばした手は、ひょいと軽くかわされた。
「あ、それから……お金ってのはね、ないところからは出てこないものよ。あるところからかっぱらって来るか、価値のなかったものに価値を付けるか、どっちかよ」
それだけ言ってにっこり笑って、去っていくおばあちゃん。
唖然とした顔で見送ってから、リーリヤはぼそりと呟いた。
「師団長、後者はともかく前者は明らかに海賊の発想だと思います……」
「というわけで、まぁ今回は第四師団の公式の依頼というよりは、あたしの私的な依頼だと思ってくれると嬉しいわ」
集まったハンター達に、ユーディトは礼を言って微笑みかける。
「今回の目的の1つ目は、新師団長であるあたし自身が、領地の皆さんとお話して、好感を持っていただくこと。2つ目は、領地全体の様子をあたしの目で見て、そしてハンターの皆さんの目から見た意見をもらうこと。3つ目は、それぞれの町や村の食堂などで食事をして、宿のある街には宿泊して、なるべくお金を落としていくこと。同じあたしの私財でも、施しという形よりも経済を回した方がいいわ。……そして、最後は」
ハンター達を見渡して、ユーディトは再び口を開く。
「覚醒者や歪虚の影響を受けていない盗賊を討伐して、周辺地域の信頼を得ると同時に溜め込んでいる財産を奪って来ることよ」
あっさりと言い放つこのおばあちゃんである。
「覚醒者を中心としたような手こずる盗賊と、海賊については被害状況を確認して改めて第四師団による討伐を行うわ。だから、今回は根本的な対処とはならないけれど……必要なことですからね。あとお金も」
そう言って微笑むと、ぽんと手を叩いて。
「ちょうど2台あった魔導トラックの片方を改造して、リアルブルーで言う『ばす』のようなものにしてみたわ。さ、乗って乗って」
――第四師団長と往く視察の旅が、始まる。
副師団長リーリヤ・ローレライは頭を抱えていた。
「お金、が、足りない……」
そう、大変足りないのである。
何せこの間の海戦で高速小型艦が1隻沈没、1隻中破したので、補充と修理をする必要があった。
「報告ではありえないほど大きい鯨の怪物みたいなのが出たって聞いたけど、それが本当なら、いえ本当じゃなくても、この状況じゃ軍備を縮小なんて出来るわけないし……」
「むしろ戦艦でも作らなきゃ対抗できないかもねぇ」
「戦艦!? ってか師団長!?」
「あらごめんなさいね、ノックしたけど返事がなくて、でも声が聞こえたものだから」
ちょっと開いたドアの隙間から、微笑んで小さく手を振るユーディト・グナイゼナウ(kz0084)。
「あっ、はっ、はいっ、すみません」
「いいのよいいのよ、失礼したのはあたしの方だから」
慌ててドアを開けに行ったリーリヤに、ユーディトはにっこり頷いて。
「実際のところ、この地方の税収だとこの規模の軍団の維持費とトントンくらいなのよねぇ」
「うっかりすると足りないくらい……って、資料もう見たんですか?」
「リーリヤちゃんがまとめておいてくれたやつね。ちょっと大変だったけどとりあえず軽く目は通したわ」
――10年間娑婆に出ていないユーディトのために、第四師団とその領地であるベルトルード周辺地域についてまとめた資料である。先の海戦の間に通常業務の傍ら必死に作って、師団長の机の上に置いておいた。
彼女の通常業務は、税関・事務・財務・外交部門全般である。つまり忙しい。
整理した部分を少なくしてボリュームのやたら多い資料にしたのは、時間がなかったのもあるが、師団長の実務能力を確かめたかったからである。
あと確かに老眼対策に字は大きめにしておいたけど。
(このおばあちゃん……できる!)
眼鏡の奥の瞳を輝かせるリーリヤに対して、ユーディトはちょっと視線を逸らした。
確かに目は通したが、がっつり斜め読みで偶然覚えているのがその辺だったなんてそんなことは言わない。
(あとでエムデンにでも索引作らせましょ)
もう1人の副師団長への、大変なとばっちりであった。
エムデン・グナイゼナウ。同じ苗字は偶然ではない、ユーディトの実の末息子である。
大変こき使うのに便利な立ち位置ではあった。念のため言うと、軍備とか治安維持とかその辺を担当しているエムデンが忙しくないわけでは決してない。
「でも、やっぱりこちらの海に脅威があるというのなら、それに立ち向かえるのは第四師団だけですからね。大幅な軍備増強は必要よ」
「ですが、そのための予算は……まさか、税率を上げるか臨時の税を課す気ですか?」
「それこそまさかよ。ないところから絞っても、取れる物なんて限られてるもの」
そう言ってユーディトは、「ああそう、それを言いに来たんじゃなくて」と手を叩いて。
「とりあえず現状を見ないと話にもなりませんからね。ちょっと見て来ます」
「はい……え?」
「しばらく留守にするから、エムデンと協力してお願いね」
「え、えっと」
「エムデンには戦闘員は徹底的に訓練させるように言ってあるわ。そうそう、護衛はあたしのお金でハンターに頼むから、そこは心配なしよ」
「は、はぁ」
「あ、魔導トラックの運転手だけ借りていくわ。じゃあよろしくねっ」
「はい……って師団長ー!?」
慌てて伸ばした手は、ひょいと軽くかわされた。
「あ、それから……お金ってのはね、ないところからは出てこないものよ。あるところからかっぱらって来るか、価値のなかったものに価値を付けるか、どっちかよ」
それだけ言ってにっこり笑って、去っていくおばあちゃん。
唖然とした顔で見送ってから、リーリヤはぼそりと呟いた。
「師団長、後者はともかく前者は明らかに海賊の発想だと思います……」
「というわけで、まぁ今回は第四師団の公式の依頼というよりは、あたしの私的な依頼だと思ってくれると嬉しいわ」
集まったハンター達に、ユーディトは礼を言って微笑みかける。
「今回の目的の1つ目は、新師団長であるあたし自身が、領地の皆さんとお話して、好感を持っていただくこと。2つ目は、領地全体の様子をあたしの目で見て、そしてハンターの皆さんの目から見た意見をもらうこと。3つ目は、それぞれの町や村の食堂などで食事をして、宿のある街には宿泊して、なるべくお金を落としていくこと。同じあたしの私財でも、施しという形よりも経済を回した方がいいわ。……そして、最後は」
ハンター達を見渡して、ユーディトは再び口を開く。
「覚醒者や歪虚の影響を受けていない盗賊を討伐して、周辺地域の信頼を得ると同時に溜め込んでいる財産を奪って来ることよ」
あっさりと言い放つこのおばあちゃんである。
「覚醒者を中心としたような手こずる盗賊と、海賊については被害状況を確認して改めて第四師団による討伐を行うわ。だから、今回は根本的な対処とはならないけれど……必要なことですからね。あとお金も」
そう言って微笑むと、ぽんと手を叩いて。
「ちょうど2台あった魔導トラックの片方を改造して、リアルブルーで言う『ばす』のようなものにしてみたわ。さ、乗って乗って」
――第四師団長と往く視察の旅が、始まる。
リプレイ本文
「これが、帝国の海……」
鈍色の荒波に見入っていたエステル・クレティエ(ka3783)がそっと振り向けば、ユーディト・グナイゼナウ(kz0084)の姿があった。
「この方が師団長さん……あ、初めましてエステル・クレティエです。宜しくお願いします」
「ええ、エステルちゃん、よろしくね」
にこ、と微笑んだユーディトに、エステルが申し出たのは訪れた町や村で談話会を開くこと。
「なので先行して、場所やお茶菓子などの手配をしたいと思うんです」
「あら、確かにそういうゆっくり話す場はほしいわ」
場所を借りるために一筆書いてほしいと言ったエステルに、ユーディトは訪れる場所分の依頼書を書き上げる。
「談話会?」
そこに感心したように加わったのは、七夜・真夕(ka3977)だ。場所取りの手伝いを申し出た真夕に、エステルはありがとうと頷いて。
真夕は、リアルブルーから転移したばかりであった。この依頼を請けたのも、この世界の現状や自分の立場を良く知るいい機会だと思ったから。
(恋しい気持ちはあるけど……今はここで生き抜くすべを見つけよう)
そう心に決めて、真夕はエステル、そして簡易診察所を開くというエイル・メヌエット(ka2807)やカール・フォルシアン(ka3702)と共に先行して来訪予定の町へと旅立った。
「盗賊被害の報告書ね。一応、申請された分はまとめてあるけど……」
出発前に申し出た守原 有希弥(ka0562)に、ユーディトは「これね」と持ってきた資料を差し出した。
「個人の思い出の品がありましたら、持ち主に返却してはどうかと思ったのですが」
例えば結婚指輪等はシンプルでも刻印等で分かるものです、と言った有希弥に、ユーディトはそうねと頷いて。
「基本的には届け出のあったものは返却、あとは臨機応変に、かしらね。泣き寝入りしてしまったものも多いから」
「そんな感じでしょうね」
とりあえずリストを受け取り、有希弥も準備に取り掛かる。
エステルと真夕が訪れた町村で談話会について申し出たところ、まぁ場所くらい構わない、程度の反応をする町や村がほとんどであった。
興味や好奇心などで迎えるところもあれば、期待はしていないが、といった様子の場所もあった。あからさまに敵意を向けてはいないが、信頼していないと態度で示す村も1つはある。
「何となく、貧富の差と関係ありそうですね……」
それぞれの地元の店で茶菓子などを用意し、その傍ら談話会の宣伝をしていたエステルが呟く。やはり貧しく店の品揃えに乏しい村や町であったり、盗賊の被害の噂を聞く場所ほど、師団長来訪に対する反応が冷たい。
「その街を見るならまずは子どもの顔だわ。良い街なら子どもの笑顔が絶えないもの」
手分けして場所の手配や買出しに行っていた真夕も、だいたい同じ感想を抱いたのだった。好意的に迎えてくれる場所ほど、子どもの笑顔は明るい。
さらにエステルが盗賊に盗まれた品についてリストにまとめ、真夕が気がついたことをメモに取って、診察会の場所を確保したエイルとカールも加わった4人は合流するため最初に来訪する街へと向かう。
ベルトルードでは、他のハンター達が出発の時を迎えていた。
「お久しぶりです、グナイゼナウさん。無事師団長に就任できたようで何よりです」
「ええ、ありがとうねぇ。おかげさまで。あなた方がいなかったら1週間は遅れていたわ」
音桐 奏(ka2951)の言葉に、楽しげにユーディトが笑みを浮かべる傍らで。
「修学旅行とか社会見学みたいで、わくわくするもん!」
「修学旅行……ですか?」
記録ノートを手に目を輝かせる時音 ざくろ(ka1250)に、静架(ka0387)はぱちりと目を瞬かせた。
表情は変わらないが、学校に通ったことのない静架本人としては楽しみにしている様子。「知り合いとの遠出というと、大概ミッションでしたから」と。
「新しい土地を回るのは楽しそうね♪」
クレア グリフィス(ka2636)がにこりと笑ってその後ろの席に座る。さらにその隣ではミオレスカ(ka3496)がきょろきょろあたりを見回す。
「この乗り物に乗るのですね。楽しみですの♪」
チョココ(ka2449)がちょこんと椅子に腰かける。パルムのパルパルもその頭上にちょこん。
「お弁当持って、おやつも持って……これでよし、ですの」
そんなバス(仮)の外では、柊 真司(ka0705)が馬に跨り出発の時を待っていた。
「資金難って話だし、盗賊狩りでもして資金稼ぎを手伝うとするかな」
無益な殺生に至らぬよう、降伏を促す矢文をいくつか用意しておいた。戦闘を回避できれば、それに越したことはないと。
「視察と言う名目の『埋蔵金発掘』って所かしらん? 第四師団も維持費が大変そうだものねぇ……」
乗り込みながら真司の言葉に頷いたのは、ナナート=アドラー(ka1668)だ。
(しかし、グナイゼナウ師団長と共にベルトルード周辺の実情を観察できるとはいい機会ですね)
そう考えて奏は、手帳をそっと開く。ハンター達とユーディトの旅路を、記録するために。
「何か、困っていることはないかな? お手伝いしますよ」
「お手伝いって言っても……そうねぇ、あ、洗濯物干すからそこのロープ持ってもらえる?」
「はーい」
シェラリンデ(ka3332)が頼まれるのは、ほとんどがちょっとしたことであった。むしろ貧しいのに仕事がろくになく、そちらで困っているようにすら見えた。
実際にそんな愚痴も聞き、談話会で報告しようとシェラリンデは考えを纏め集会場へと向かう。
さらに、人々の話を聞いて、アドバイスを送ったりする中にスノウ・ウァレンティヌス(ka3852)の姿もあった。
「と、言うのも僕のおばあちゃんの意見で、やっぱり年を重ねれば経験も――」
とユーディトを自然に持ち上げて、好印象を抱いて欲しいと……素でおばあちゃん子でもあるのだが。
集会場に集まっていたのは、男性がほとんどだ。元海賊であるという師団長への警戒も強いのだろう。
現れて挨拶をした師団長が老女だったので、毒気を抜かれたようでもあったが。
「第四師団への不満などであっても、存分に口に出して下さい。ここでの言論によって処罰されることは絶対にありません」
エステルがそう言って、発言を促す。最初はなかなか言葉も出なかったが、シェラリンデが聞いてきた人々の悩みなどを説明し、それにユーディトがねぎらいや解決策の提案を示して行ったことで、徐々に発言が生まれる。
話が一段落つけば、そこで購入した、あるいは他の街で手に入れた菓子などが振る舞われる。さらに有希弥が出したのは、この地域の食材を使った軽食だ。
この地では複雑な調理法はあまり行われていなかったようで、有希弥の料理に感心の声が上がる。
それを切っ掛けに産業の話にまで発展した談話会は、それなりに人々とユーディトを近付ける成果を収めて終わりを告げた。
「皆さんがちゃんと病院にかかれているか心配だったので……」
そう今回の簡易診察会の趣旨を説明したカールの担当は、簡易問診表を作って診察をスムーズにすること。
(子どもでもユーディトさんやこの地域の為に、今自分が出来ることを頑張りたいですから……)
元々リアルブルーで、戦場で人々を助ける為に働く両親の姿を見て育ったカールである。丁寧な態度で人々に接する姿に、徐々に向けられる笑顔が多くなっていく。
「新師団長のユーディトさんは皆の体調や生活のことを気に掛けて、こういう場を設けたのよ」
カールの作った問診表を確認しながら、エイルは診察を行っていく。具合の悪いところのある人だけではなく、発育に問題がないか見てほしい、と子どもを連れて来る母親なども多かったが、問診を済ませてあるおかげで診察はスムーズに進んでいた。
各町村で聞いて回った限り、そもそもちゃんとした医療設備がない場所も多かった。その点は改善していかなければならないだろうと、エイルは診察結果も合わせてユーディトへの報告を考える。診察の結果については、カールもまとめてくれる手はずだ。
ユーディトも、今は待合室を訪れている。小柄な老女は親しみやすくはあるようで、子ども達をあやしながら主婦や老人達と様々な話を繰り広げているようだった。
さらに、衛生面について気を配っていたのはディードリヒ・D・ディエルマン(ka3850)もだ。
「人の住むべき環境、家畜に適した環境……病魔はどんな隙間にも潜んで居りますので」
衛生的にひどい場所は多くはないが、あまり豊かでない場所では下水道の整備が行き渡っていなかったり、ごみの整理がちゃんとできておらずカラスやネズミがたかっていたりする。特別に改善すべき場所を書き出して、さらに貧富の度合いを判断して今後の参考にと書き添える。
一段落して小腹が空いたところで、軽く食べ歩き――屋台のスープの美味さに、足を止めた。
「すみません。この料理、レシピを教えていただいても宜しいでしょうか?」
快く了承してくれた店主に礼を言って、ディードリヒは再びペンとノートを取り出すのだった。
そしてまた、別の街で。
「あっ、美味しい!」
そう小さな料理屋で声を上げたのはランカ(ka0327)であった。
オリーブオイルで焼いた魚のソテーや、ハーブを利かせた魚介と干し野菜の煮込み料理。おそらくは同盟から輸入されている食材と、新鮮な魚介が上手く調和している。
「この辺は、同盟のものを売りに来てくれる行商人もいるんだよ」
「なるほど……」
それを聞いてランカが提案したのは、食材持ち込みのできる料理屋をすること。
「なるほど、材料を持ってきてもらえば単価が抑えられるな。やっぱり行商で買う調味料なんかが高くてねぇ」
他の地域からの材料の持ち込みが増えて、結果として食材の流通が盛んになるかもしれないと考えての提案に、検討してみるよ、との言葉を嬉しく受け取って。
店を出たランカは、今度は屋台でホタテの貝焼きを買って頬張る。殻ごと炭で焼いて塩を振っただけだが、身が大きくぷりぷりとして美味しい。
と、そこに。
「泥棒――!!」
大声が響くと同時に、皮袋を引っ掴んだ男が何やら店から飛び出し逃げてくる。ちょうど、
人混みに紛れつつ、食べ終えた貝殻を片手に持ち直して近づいたランカは、すれ違いざまにひょいと泥棒の腕を掴んだ。――思ったよりも、細い。
「ぎゃあああ!」
悲鳴と共に、ばきりと肩の関節が音を立てる。あっさりと片手で泥棒を捕らえたランカは、外れかけた肩の関節を戻してやると貝殻をゴミ箱に捨て、泥棒をさっさとロープで縛り上げた。沸き起こる拍手。
慌てて追いかけてきた店主に皮袋を返してから、ランカはがっくりと項垂れた泥棒を引っ立てていく。
「ねぇ、どうしてあんなこと?」
そう尋ねたランカと、泥棒は良く見れば同い年くらいであった。
「金がねぇんだよ……父ちゃんは海賊に船沈められて体悪くしちまったし、母ちゃんも浜辺で海草拾いはやってるけど……」
「あー……すぐにどうとかはできないけど……私の仲間が無料で診察所をやってるから、お父さんをそこで診せてみたら?」
「本当か!?」
がば、と顔を上げた泥棒に、ランカは頷いて。
「じゃあ、ちょっと言ってくるからこの縄解いて」
「おうちどこかな? 私が連れて行ってあげるよ」
「ちぇ……」
とりあえずユーディトのところに連れて行こうと、縄を引っ張って歩き出すランカだった。
「珍しい、知られていない物が見つかると良いんだけどね♪」
「お金はある程度、使って良いですしね」
誰かと一緒に行動しようと思っていたミオレスカは、クレアを誘って一緒に町を見て回っていた。
この村へ来る前もクレアは、それぞれの町や村独自の民芸品や工芸品について調べていたが、人々の生活に余裕がないせいか首尾はあまり芳しくない。
そして、酒についても。
「クワス?」
「まぁアルコールとも呼べないものだけどね。黒パンや砂糖、レーズンを入れて作るのさ」
飲んでみるかい、と言われて軽く口を付ければ、やや気の抜けたビールのような何とも言えない味。
「確かに度数は低いわね」
そうクレアが言うと、飲ませてくれた女性は頷く。
「この辺の水は塩を含んでいるからね、いい酒にはならないのさ。だから安いワインを持って来て、砂糖入れて飲んだりするしね」
なるほどと頷いて、とりあえずクレアはクワスを1瓶買い取ってみる。
「そうそう、今師団長さんが、この地方を良くするための見回りに来てるから……」
「ああ、知ってるよ。あたしも顔を出してみるつもりさ」
そう豪快に笑った女性は少なくとも興味は持ってくれているようで、クレアとミオレスカは安心して微笑む。
「……この村は、男手が足りていない、ということはないようですね」
通りや市の様子を見ながら、ミオレスカが呟く。これまで通って来た町や村では、やけに男性もしくは働き手の数が少ない場所があった。
尋ねてみれば皆口を濁したが、盗賊や海賊稼業に身を投じてしまっているのだろう。それに比べれば、この村はまだ豊かであると言えた。
やがて入った料理店で、クレアはこの地方の特産農産物を使った料理を頼もうとする……が。
「うーん、ライ麦パンならあるけど……野菜はなかなか、ねぇ。デザートだったら、砂糖をたっぷり使ったのがあるんだけど」
「あら、じゃあデザートを楽しみにしているわ♪」
改めていくつか料理を頼む。出てきた料理は、やはり海産物を使ったものが多い。
「生魚は食べられるのですか?」
そう尋ねたミオレスカに、店主は目を丸くした。
「生魚!? そんなの腹を壊さないのかい?」
「種類によっては大丈夫ですよ。リアルブルー出身の方が来てくれそうです」
そう言ってミオレスカは、生魚調理の注意点などを書いたメモを店主に渡す。半信半疑ながら、受け取ってはくれた。
砂糖をふんだんに使ったというデザートは、そば粉とライ麦のクレープ。羊乳のバタークリームに果物のジャム、どちらにもかなり贅沢に砂糖が使われている。この村が甜菜の畑を擁しているからかと、2人は納得しつつ甘いデザートを口に運ぶ。
静架が真剣に女性用の服飾店を回っているのは、誰かへのプレゼントでもなければ、冷やかしでもない。
「メイドが着ているような実用的な物とか……こちらの世界の女性が普段着ている複とか、手持ちで仕事で使える服が足りないんですよね」
仕事というのは大体潜入捜査とかそういうのである。
服飾についてもあまり進んではいない地域のようで質も高くはなく、何店か回ってようやく、しっかりとした縫製の店に辿り着く。
「……なるほど」
静架が手に取ったのは、メイドがエプロンの下に着ていそうなシンプルなワンピースと、帝都などでもよく女性が着ているのを見かけるコート。
布もしっかりとしており、縫製も丁寧なことを確かめ、静架は購入を店主に告げる。
値札に書いてあった値段に、静架は少し色を付けて渡した。
「丁寧な職人の仕事に相当の対価を払うのは当然です」
静架の賞賛に笑顔で応えた店主が綺麗に包んでくれた衣装を手に、静架は店を後にするのだった。
「高貴な者とは他者よりもより多くを奪いより多くを与えるが故に敬われるのです。個人的には今回の趣旨には大いに賛同できますわね」
ベアトリス・ド・アヴェーヌ(ka0458)はそう呟いて、非常に珍しく、喫茶店、と銘打って営業している小さな店に入る。
注文した紅茶を一口飲み、デザートを一口食べて、ベアトリスは大仰に溜息をついた。
「何年前の茶葉で、何年前に流行したお菓子ですの?」
「うちのアフターヌーンティに文句があるのか!?」
喫茶店のマスターと言うには血の気が多そうな若者の、苛立ったような言葉にベアトリスは溜息一つ。
「茶葉の香りが抜けきってますわ。それに、このケーキは甘すぎです。生地にもクリームにもジャムにも砂糖をつぎ込んだら、味にメリハリがなくなりますわ」
依然むっとした様子ではあったが、黙って店主はそれを聞いている。
「リアルブルーでは、茶葉は瓶や缶に入れて保存しておりましたわね。密閉すれば、2年ほどは保つとのこと。それに」
そう言いつつも、ベアトリスは甘ったるいケーキを頬張って。
「ケーキには新鮮な果物を使い、自然の甘さでメリハリをつけていましたわ。手に入らなくても、ドライフルーツを使うという手もありますのよ」
「……なるほど。リンゴであれば、ジャムでなくとも手に入る……」
小さな呟きにベアトリスは目を細めて、ケーキの最後の一欠けらを口にし紅茶を飲み干して。
「ご馳走様でした。御代はこちらに」
チップ代わりに少し多めの額を置いて、店を後にする。
振る舞いが店主の気に障ることも多いが、これもベアトリスなりの地域への支援。
(やはり、『何故この地に来てそれを買うべきなのか』をはっきりしないものはパッとしませんわね)
今度はそれをも伝えてみようかと、考えるベアトリスであった。
「価値のないものに価値をつけるとまでは行かないけれど」
スノウが見渡したのは、飾り気はないが活気はある漁港の様子である。
「これだけの土地だ。改善の余地はいくらでもあるだろう」
「そうねぇ、農地になっていない土地は沢山あるし、海も豊かだわ」
掛けられた言葉に振り向くと、ユーディトが隣で港の様子に目を走らせていた。その傍らにはチョココが、パルパルと共にぺたりとくっついて手を振った。
挨拶を欠かさぬ小さな少女と小さなパルム、それに小さなおばあちゃんの姿に、歩む人の目もなんとなく温かい。
既に農業を主体とする町で見た様子は、ユーディトに伝えてある。農業技術はともかく、肥料の輸入がなかなかできないようで、収穫して備蓄してある作物もやや発育が悪いようであった。
さらにいくつかの港町を見てきた中で、考えた案をスノウは口にする。
「ここからさらに漁業も展開していくようだけれど、産直市場や飲食店を追加していくのはどうだろう」
「なるほどね……確かにこの町で獲れたものは、ほとんどこの町の市場にしか流通していないものね」
ユーディトの言葉に、その通りだとスノウは頷く。
「他にも、街の外からの買い付けなどもある。将来的には、海沿い一帯を名物マーケットにできないかな」
「そうなると、発展と同時に宣伝をしていく必要があるわね……」
一つ、二つと頷いたユーディトは、検討したいわねとスノウに頷いて。
「あっ、団長さん!」
ちょうどその時駆けてきたのは、ノートと小さな籠を手にしたざくろだ。
「あらざくろちゃん、それは……ウニ?」
「うん、漁師さん達とお話してて、お土産にっていただいたんだ」
「あらまぁ、嬉しいわねぇ」
食事処で調理してもらって皆で食べましょ、と言えば、ざくろの顔がぱっと輝く。
「このウニは他の場所でも宣伝したいね。こんな素敵な物があったとか、いろんな街のことを他のところで話したら、往来も活発にならないかな?」
「いいアイディアね。まずは地域自体を豊かにしないといけないけれど、人々が豊かになればいろんなところに行きたくなるものよ」
ユーディトの言葉にきらきら瞳を輝かせて頷いたざくろは、ノートをぎゅっと抱きしめて。
「今、名所になりそうな場所や美味しいものを載せた地図を書いてるんだ。発見探検、地域の良かった探し! って」
「良かった探し……素敵な響きね」
完成が楽しみと微笑むユーディトには、素敵なプレゼントになってくれそうだと思いながらざくろは頷いた。
なかなか特産品や工芸品などで上質と言えるものが見つからずに苦慮していた十 音子(ka0537)だったが、甜菜畑のある村の立ち寄った店で、ふと目についたものがあった。
他の村ではやや粗い砂糖が主だったが、この村で作っているのはいわゆる上白糖、しっとりとした細かい粒の真っ白な砂糖である。
話を聞いたところによれば、昔リアルブルーから来たハンターが、製法を伝えてくれたのだという。
「これ、他の場所で宣伝したり転売してみるか、もしくは無料で試食配布してみてもいいと思うんです」
そう提案した音子に、ユーディトは頷いて。
「それから、他の師団長の方に手土産にするのも」
「そこから需要が出来るなら悪くないわね」
ユーディトがまとめ買いしている間に、音子は農作業の様子についても聞き込みを続ける。
(自然任せの農作は百姓も庶民も国も、結局泣くことになりますしね……)
量や質の向上技術だけではなく、輸送方法や長期保存の状態、二次加工の種類や仕方についても目を通していく。
「甜菜はほうれん草の近縁種、葉を飼料以外に食料利用も考えてよいかと……」
さらに村を見て回っていた有希弥も、そう提案する。確かに飼料とするほどには、家畜の数が多くない。
「ロッソにデータ有ればなぁ……」
リアルブルーの最新技術との比較ができるのだけれど、と残念そうな音子。
「あと、温泉なんかがあれば人が呼べて良かったんですけど」
「そうなのよねぇ、この辺り、火山とかもないし……」
完全な観光地化は、なかなかに難しそうな気配である。
とはいえ、たっぷりと記録したデータは必ず役に立つだろう。
「我が所領も、貧乏は似たようなものでしてね」
アウレール・V・ブラオラント(ka2531)の言葉に、ユーディトはそれは参考になるわと頷いた。
「いきなり工業化は不可能ですから、まずは農業からですよね。……綿花はやはり、帝国では……」
「気温からして難しいわねぇ……」
帝国の気温は寒冷、南方にあるベルトルードはややましと言えど、綿花を栽培できるほどにはならない。
同盟から農業技術の指導を頼むことも、やはり気候や土壌などの違いから難しいだろう。帝国には帝国の、技術発展の必要がありそうだ。
「塩の生産を本格化させるのはどうですかね、マダム」
そう声を掛けたのは、ロジャー=ウィステリアランド(ka2900)だ。
「あらロジャーちゃん、あのワインまだ飲めてないけど楽しみでねぇ」
「仕方ないですよね、帝国の視察してるのに堂々と同盟のワイン飲むわけにゃいかない」
その言葉に笑ったユーディトは、真顔に戻って頷く。
「そうね、確かに塩の需要は途切れることはないわ」
「ええ、さらにその塩で地元の魚介類を塩漬けにして、帝国領内で売れないかと。帝国には内陸が多いですから、塩漬けでも魚介類は喜ばれるでしょう」
「沿岸部の産業については、いろいろ案が出たわね……農業については」
ふむ、とユーディトは頬に手を当てて。
「今のライ麦と甜菜の産出量を上げたり、国内需要を増やすところかしらねぇ」
盗賊の活動を問えば街の人々は口をつぐんだ。それが犯行に走った家族や隣人、街の者達が殺されぬようにとの思いだと、やがてナナートは気付く。
「領民達に何か仕事を与える事は出来ない?」
「ええ、アウレールちゃんとも話したのだけれどね、海軍を増強するならば港の整備が必要になるわ。ある程度大きな船が停泊できるよう、各地でね」
ユーディトがそう応える。もちろん第四師団がその費用を捻出する必要はあるが、大規模な雇用が生まれることは確かだ。
「あとは、盗賊への対応も考える必要がありそうね。捕らえた後の……」
「地域の新規開拓労役に優先的に回してもらうことはできないでしょうか?」
そう反対側から問うたのは、当のアウレールだ。
「それから、第四師団への組み込みも考えていただければ」
さらにロジャーが言葉を添える。
「勿論御咎め無しにしろってわけじゃなく、一部模範囚を刑期終了後の再就職先にとスカウトするとか……あの中には漁師崩れもいる、ってことは操船技術持ってる奴がいてもおかしくないと思うんですよ」
「そうね、海賊の対処としては、凶悪犯でなければ第四師団の三等兵として組み込むことも多いですからね」
元々普通の軍歴は二等兵からスタートする。三等兵は訓練兵や、何らかの事情のある者達が最初に突っ込まれる場所だ。
その『何らかの事情』が、第四師団では『海賊出身者』であることが多いのだとユーディトは言う。
「なるほど、技術を持ってる奴は第四師団としても」
「ええ、ありがたいわね」
ロジャーの言葉に、ユーディトは頷く。ロジャーも海賊出身であり、外道な輩は別として食うに困ってやむなく盗賊になったような者達には同情的だ。
それを受けてナナートが人々に説明し協力を要請すれば、ようやく盗賊団のアジトを教えてくれる者が現れる。
(……やっぱりね。食い詰めた領民の成れの果て、って事か。全ては貧しさ故の……)
まずはこの貧困を解決しなけばと、ナナートはそっと拳を握る。
既に何度かの戦闘は行い、多くの盗賊を捕らえてはいるが、今回の戦いはこれまでで最も大規模なものになりそうであった。
この一帯を荒らし、行商人も寄りつかぬようにしてしまったという、およそ100人規模の盗賊団――まだ人死には出していないというのが、救いであろうか。
「これで降伏してくれりゃ、楽なんだがな」
そう言って真司が放った矢文はいくつかの盗賊団を投降させることに成功していたが、今回は功を奏さなかったようで。
盗賊達は数を頼みに果敢にも、または無謀にもハンター達に戦いを挑む。
そこに響き渡る銃声。それは的確に、先陣を切ろうとしていた盗賊の帽子を吹き飛ばした。
「警告は一度のみ。武器を捨て投降すれば命は保証しましょう。選択は良く考えてくださいね」
そう笑みを浮かべた奏の見事な腕前に、武器を捨てる者が幾人か。けれど後ろの者には見えていなかったのか、「構わん進め!」「脅しだ!」「偶然だ!」と鼓舞して武器を抜き向かってくるか、または後ろへと逃げ出す。
けれど後方は、ベアトリスや音子らが塞いでいるはずだ。「目を潰さないだけマシでしょ?」と音子の声が聞こえる。
「……烏合の衆……先に頭を落とせば……良さそう……」
シェリルがすっと目を細め、頭目の姿を探しながら敵をいなす。
「……どいて……貴方に……用はないの……貴方達も……こんなの本意でないハズだ……」
ひ、とその殺気に息を呑んだ盗賊の剣に、鞘を叩きつけて手から弾き飛ばす。
さらに後ろから殴りかかろうとした盗賊に、ディードリヒが後ろから瞬脚で距離を詰め、手刀を首の後ろに加減して叩き込む。が、と空気を吐いた盗賊は崩れ落ちるように倒れたが、気絶したのみで死んではいないはずだ。
それらの攻撃をなんとかかわしても、盗賊達の射程の外から真司の銃弾が飛び、手足を的確に撃ち抜いて無力化させていく。彼らをさっさと捕縛し、前線で背後を気にせず戦えるよう気を配るのはクレアやランカ達だ。
怪我だけで済むように、と祈りながら、ミオレスカが銃の引き金を引く。「出すもの出してもらいますよっ」と声を掛けながら、静架がやはり後方から援護射撃を行う。
「今、終わらせてあげる……」
「こ、降伏しますっ!」
きっと鋭い視線が盗賊を射抜くと、またシェリルはまだ戦意を失わぬ盗賊へと向き直る。
「盗賊と言えども相手は一般人、手加減しなきゃダメよねん?」
ナナートが呟いて、くいと盗賊の腕を捻り上げて鳩尾に一撃。
半数ほどの盗賊が無力化されたあたりで、シェリルはすっと馬に跨り高所から戦場を見る。
「頭目は……逃げそう……」
馬腹を蹴り、シェリルは素早く頭目らしき男に詰め寄る。
マテリアルを行き渡らせた身体で、強い踏み込みと共に鋭い斬撃――を、首の寸前で止める。
「……死にたくなければ……投降して……」
目で殺す、との気迫が、通じたのであろうか。
息を呑んだ頭目が、槍を捨てる。それが、戦いの終わりの合図となった。
ロープで縛り上げた盗賊達を、第四師団の兵士に引き渡しながら。
「そうですね……悔い改めなさい、が一番適切な言葉でしょうか?」
ディードリヒがそう、盗賊達に声をかける。
確保した財物を、エステルが作った申請された盗品リストと照らし合わせている間に。
「奪われたもので所在がわかれば、元の持ち主に返したうえで質に入れてもらってはどうでしょう?」
そう提案したミオレスカに、ユーディトは頷く。
「そうね、こちらから一時金代わりにもなるし、あたしの方が高く売れるルートは知っているわ。買い取り、という形でも良さそうね」
ともあれ、若干は地域の為にも、第四師団の為にも使える資金が手に入ったのであった。
そして、酒場を併設した宿で。
「ユーディトおばーちゃん、陽だまりの匂い……」
戦闘の連続には疲れたらしく、シェリルが毛布にくるまってすやすやと寝息を立てる横で。
「やっぱり野菜が少ないなぁ」
「そうねぇ、輸入に頼っている状態なのよねぇ」
食事事情を見て回っていた真司の言葉に、ユーディトは深く頷く。
さらに現物を前にクレアとユーディトが意見を交わしたり、ミオレスカが働き手が盗賊団に入ってしまった場所について、なるべく彼らが早く家に戻れるようユーディトに善処を頼んだり、アウレールが新たな剣機の話を聞きに来たり。
「その土地で採れる食材を用いた料理の考案は?」
「今もあるけど、増やしていくという事ね」
ユーディトの確認に、チョココはムール貝のアヒージョを摘まみながら頷く。
「食に国境は無し、上手くいけば交易に繋がりますの」
それに首肯を返して、さらに有希弥が言葉を添える。
「それから、乾物・燻製の奨励は良いのではないでしょうか? 食べるのは勿論、保存の利くスープベースとして便利です」
「なるほどね、それならば輸出も可能だわ」
――こうして、ハンター達の貴重な意見や手助けで、予定の日程は無事終了――新たな課題が見えてきた、有意義な日々であった。
鈍色の荒波に見入っていたエステル・クレティエ(ka3783)がそっと振り向けば、ユーディト・グナイゼナウ(kz0084)の姿があった。
「この方が師団長さん……あ、初めましてエステル・クレティエです。宜しくお願いします」
「ええ、エステルちゃん、よろしくね」
にこ、と微笑んだユーディトに、エステルが申し出たのは訪れた町や村で談話会を開くこと。
「なので先行して、場所やお茶菓子などの手配をしたいと思うんです」
「あら、確かにそういうゆっくり話す場はほしいわ」
場所を借りるために一筆書いてほしいと言ったエステルに、ユーディトは訪れる場所分の依頼書を書き上げる。
「談話会?」
そこに感心したように加わったのは、七夜・真夕(ka3977)だ。場所取りの手伝いを申し出た真夕に、エステルはありがとうと頷いて。
真夕は、リアルブルーから転移したばかりであった。この依頼を請けたのも、この世界の現状や自分の立場を良く知るいい機会だと思ったから。
(恋しい気持ちはあるけど……今はここで生き抜くすべを見つけよう)
そう心に決めて、真夕はエステル、そして簡易診察所を開くというエイル・メヌエット(ka2807)やカール・フォルシアン(ka3702)と共に先行して来訪予定の町へと旅立った。
「盗賊被害の報告書ね。一応、申請された分はまとめてあるけど……」
出発前に申し出た守原 有希弥(ka0562)に、ユーディトは「これね」と持ってきた資料を差し出した。
「個人の思い出の品がありましたら、持ち主に返却してはどうかと思ったのですが」
例えば結婚指輪等はシンプルでも刻印等で分かるものです、と言った有希弥に、ユーディトはそうねと頷いて。
「基本的には届け出のあったものは返却、あとは臨機応変に、かしらね。泣き寝入りしてしまったものも多いから」
「そんな感じでしょうね」
とりあえずリストを受け取り、有希弥も準備に取り掛かる。
エステルと真夕が訪れた町村で談話会について申し出たところ、まぁ場所くらい構わない、程度の反応をする町や村がほとんどであった。
興味や好奇心などで迎えるところもあれば、期待はしていないが、といった様子の場所もあった。あからさまに敵意を向けてはいないが、信頼していないと態度で示す村も1つはある。
「何となく、貧富の差と関係ありそうですね……」
それぞれの地元の店で茶菓子などを用意し、その傍ら談話会の宣伝をしていたエステルが呟く。やはり貧しく店の品揃えに乏しい村や町であったり、盗賊の被害の噂を聞く場所ほど、師団長来訪に対する反応が冷たい。
「その街を見るならまずは子どもの顔だわ。良い街なら子どもの笑顔が絶えないもの」
手分けして場所の手配や買出しに行っていた真夕も、だいたい同じ感想を抱いたのだった。好意的に迎えてくれる場所ほど、子どもの笑顔は明るい。
さらにエステルが盗賊に盗まれた品についてリストにまとめ、真夕が気がついたことをメモに取って、診察会の場所を確保したエイルとカールも加わった4人は合流するため最初に来訪する街へと向かう。
ベルトルードでは、他のハンター達が出発の時を迎えていた。
「お久しぶりです、グナイゼナウさん。無事師団長に就任できたようで何よりです」
「ええ、ありがとうねぇ。おかげさまで。あなた方がいなかったら1週間は遅れていたわ」
音桐 奏(ka2951)の言葉に、楽しげにユーディトが笑みを浮かべる傍らで。
「修学旅行とか社会見学みたいで、わくわくするもん!」
「修学旅行……ですか?」
記録ノートを手に目を輝かせる時音 ざくろ(ka1250)に、静架(ka0387)はぱちりと目を瞬かせた。
表情は変わらないが、学校に通ったことのない静架本人としては楽しみにしている様子。「知り合いとの遠出というと、大概ミッションでしたから」と。
「新しい土地を回るのは楽しそうね♪」
クレア グリフィス(ka2636)がにこりと笑ってその後ろの席に座る。さらにその隣ではミオレスカ(ka3496)がきょろきょろあたりを見回す。
「この乗り物に乗るのですね。楽しみですの♪」
チョココ(ka2449)がちょこんと椅子に腰かける。パルムのパルパルもその頭上にちょこん。
「お弁当持って、おやつも持って……これでよし、ですの」
そんなバス(仮)の外では、柊 真司(ka0705)が馬に跨り出発の時を待っていた。
「資金難って話だし、盗賊狩りでもして資金稼ぎを手伝うとするかな」
無益な殺生に至らぬよう、降伏を促す矢文をいくつか用意しておいた。戦闘を回避できれば、それに越したことはないと。
「視察と言う名目の『埋蔵金発掘』って所かしらん? 第四師団も維持費が大変そうだものねぇ……」
乗り込みながら真司の言葉に頷いたのは、ナナート=アドラー(ka1668)だ。
(しかし、グナイゼナウ師団長と共にベルトルード周辺の実情を観察できるとはいい機会ですね)
そう考えて奏は、手帳をそっと開く。ハンター達とユーディトの旅路を、記録するために。
「何か、困っていることはないかな? お手伝いしますよ」
「お手伝いって言っても……そうねぇ、あ、洗濯物干すからそこのロープ持ってもらえる?」
「はーい」
シェラリンデ(ka3332)が頼まれるのは、ほとんどがちょっとしたことであった。むしろ貧しいのに仕事がろくになく、そちらで困っているようにすら見えた。
実際にそんな愚痴も聞き、談話会で報告しようとシェラリンデは考えを纏め集会場へと向かう。
さらに、人々の話を聞いて、アドバイスを送ったりする中にスノウ・ウァレンティヌス(ka3852)の姿もあった。
「と、言うのも僕のおばあちゃんの意見で、やっぱり年を重ねれば経験も――」
とユーディトを自然に持ち上げて、好印象を抱いて欲しいと……素でおばあちゃん子でもあるのだが。
集会場に集まっていたのは、男性がほとんどだ。元海賊であるという師団長への警戒も強いのだろう。
現れて挨拶をした師団長が老女だったので、毒気を抜かれたようでもあったが。
「第四師団への不満などであっても、存分に口に出して下さい。ここでの言論によって処罰されることは絶対にありません」
エステルがそう言って、発言を促す。最初はなかなか言葉も出なかったが、シェラリンデが聞いてきた人々の悩みなどを説明し、それにユーディトがねぎらいや解決策の提案を示して行ったことで、徐々に発言が生まれる。
話が一段落つけば、そこで購入した、あるいは他の街で手に入れた菓子などが振る舞われる。さらに有希弥が出したのは、この地域の食材を使った軽食だ。
この地では複雑な調理法はあまり行われていなかったようで、有希弥の料理に感心の声が上がる。
それを切っ掛けに産業の話にまで発展した談話会は、それなりに人々とユーディトを近付ける成果を収めて終わりを告げた。
「皆さんがちゃんと病院にかかれているか心配だったので……」
そう今回の簡易診察会の趣旨を説明したカールの担当は、簡易問診表を作って診察をスムーズにすること。
(子どもでもユーディトさんやこの地域の為に、今自分が出来ることを頑張りたいですから……)
元々リアルブルーで、戦場で人々を助ける為に働く両親の姿を見て育ったカールである。丁寧な態度で人々に接する姿に、徐々に向けられる笑顔が多くなっていく。
「新師団長のユーディトさんは皆の体調や生活のことを気に掛けて、こういう場を設けたのよ」
カールの作った問診表を確認しながら、エイルは診察を行っていく。具合の悪いところのある人だけではなく、発育に問題がないか見てほしい、と子どもを連れて来る母親なども多かったが、問診を済ませてあるおかげで診察はスムーズに進んでいた。
各町村で聞いて回った限り、そもそもちゃんとした医療設備がない場所も多かった。その点は改善していかなければならないだろうと、エイルは診察結果も合わせてユーディトへの報告を考える。診察の結果については、カールもまとめてくれる手はずだ。
ユーディトも、今は待合室を訪れている。小柄な老女は親しみやすくはあるようで、子ども達をあやしながら主婦や老人達と様々な話を繰り広げているようだった。
さらに、衛生面について気を配っていたのはディードリヒ・D・ディエルマン(ka3850)もだ。
「人の住むべき環境、家畜に適した環境……病魔はどんな隙間にも潜んで居りますので」
衛生的にひどい場所は多くはないが、あまり豊かでない場所では下水道の整備が行き渡っていなかったり、ごみの整理がちゃんとできておらずカラスやネズミがたかっていたりする。特別に改善すべき場所を書き出して、さらに貧富の度合いを判断して今後の参考にと書き添える。
一段落して小腹が空いたところで、軽く食べ歩き――屋台のスープの美味さに、足を止めた。
「すみません。この料理、レシピを教えていただいても宜しいでしょうか?」
快く了承してくれた店主に礼を言って、ディードリヒは再びペンとノートを取り出すのだった。
そしてまた、別の街で。
「あっ、美味しい!」
そう小さな料理屋で声を上げたのはランカ(ka0327)であった。
オリーブオイルで焼いた魚のソテーや、ハーブを利かせた魚介と干し野菜の煮込み料理。おそらくは同盟から輸入されている食材と、新鮮な魚介が上手く調和している。
「この辺は、同盟のものを売りに来てくれる行商人もいるんだよ」
「なるほど……」
それを聞いてランカが提案したのは、食材持ち込みのできる料理屋をすること。
「なるほど、材料を持ってきてもらえば単価が抑えられるな。やっぱり行商で買う調味料なんかが高くてねぇ」
他の地域からの材料の持ち込みが増えて、結果として食材の流通が盛んになるかもしれないと考えての提案に、検討してみるよ、との言葉を嬉しく受け取って。
店を出たランカは、今度は屋台でホタテの貝焼きを買って頬張る。殻ごと炭で焼いて塩を振っただけだが、身が大きくぷりぷりとして美味しい。
と、そこに。
「泥棒――!!」
大声が響くと同時に、皮袋を引っ掴んだ男が何やら店から飛び出し逃げてくる。ちょうど、
人混みに紛れつつ、食べ終えた貝殻を片手に持ち直して近づいたランカは、すれ違いざまにひょいと泥棒の腕を掴んだ。――思ったよりも、細い。
「ぎゃあああ!」
悲鳴と共に、ばきりと肩の関節が音を立てる。あっさりと片手で泥棒を捕らえたランカは、外れかけた肩の関節を戻してやると貝殻をゴミ箱に捨て、泥棒をさっさとロープで縛り上げた。沸き起こる拍手。
慌てて追いかけてきた店主に皮袋を返してから、ランカはがっくりと項垂れた泥棒を引っ立てていく。
「ねぇ、どうしてあんなこと?」
そう尋ねたランカと、泥棒は良く見れば同い年くらいであった。
「金がねぇんだよ……父ちゃんは海賊に船沈められて体悪くしちまったし、母ちゃんも浜辺で海草拾いはやってるけど……」
「あー……すぐにどうとかはできないけど……私の仲間が無料で診察所をやってるから、お父さんをそこで診せてみたら?」
「本当か!?」
がば、と顔を上げた泥棒に、ランカは頷いて。
「じゃあ、ちょっと言ってくるからこの縄解いて」
「おうちどこかな? 私が連れて行ってあげるよ」
「ちぇ……」
とりあえずユーディトのところに連れて行こうと、縄を引っ張って歩き出すランカだった。
「珍しい、知られていない物が見つかると良いんだけどね♪」
「お金はある程度、使って良いですしね」
誰かと一緒に行動しようと思っていたミオレスカは、クレアを誘って一緒に町を見て回っていた。
この村へ来る前もクレアは、それぞれの町や村独自の民芸品や工芸品について調べていたが、人々の生活に余裕がないせいか首尾はあまり芳しくない。
そして、酒についても。
「クワス?」
「まぁアルコールとも呼べないものだけどね。黒パンや砂糖、レーズンを入れて作るのさ」
飲んでみるかい、と言われて軽く口を付ければ、やや気の抜けたビールのような何とも言えない味。
「確かに度数は低いわね」
そうクレアが言うと、飲ませてくれた女性は頷く。
「この辺の水は塩を含んでいるからね、いい酒にはならないのさ。だから安いワインを持って来て、砂糖入れて飲んだりするしね」
なるほどと頷いて、とりあえずクレアはクワスを1瓶買い取ってみる。
「そうそう、今師団長さんが、この地方を良くするための見回りに来てるから……」
「ああ、知ってるよ。あたしも顔を出してみるつもりさ」
そう豪快に笑った女性は少なくとも興味は持ってくれているようで、クレアとミオレスカは安心して微笑む。
「……この村は、男手が足りていない、ということはないようですね」
通りや市の様子を見ながら、ミオレスカが呟く。これまで通って来た町や村では、やけに男性もしくは働き手の数が少ない場所があった。
尋ねてみれば皆口を濁したが、盗賊や海賊稼業に身を投じてしまっているのだろう。それに比べれば、この村はまだ豊かであると言えた。
やがて入った料理店で、クレアはこの地方の特産農産物を使った料理を頼もうとする……が。
「うーん、ライ麦パンならあるけど……野菜はなかなか、ねぇ。デザートだったら、砂糖をたっぷり使ったのがあるんだけど」
「あら、じゃあデザートを楽しみにしているわ♪」
改めていくつか料理を頼む。出てきた料理は、やはり海産物を使ったものが多い。
「生魚は食べられるのですか?」
そう尋ねたミオレスカに、店主は目を丸くした。
「生魚!? そんなの腹を壊さないのかい?」
「種類によっては大丈夫ですよ。リアルブルー出身の方が来てくれそうです」
そう言ってミオレスカは、生魚調理の注意点などを書いたメモを店主に渡す。半信半疑ながら、受け取ってはくれた。
砂糖をふんだんに使ったというデザートは、そば粉とライ麦のクレープ。羊乳のバタークリームに果物のジャム、どちらにもかなり贅沢に砂糖が使われている。この村が甜菜の畑を擁しているからかと、2人は納得しつつ甘いデザートを口に運ぶ。
静架が真剣に女性用の服飾店を回っているのは、誰かへのプレゼントでもなければ、冷やかしでもない。
「メイドが着ているような実用的な物とか……こちらの世界の女性が普段着ている複とか、手持ちで仕事で使える服が足りないんですよね」
仕事というのは大体潜入捜査とかそういうのである。
服飾についてもあまり進んではいない地域のようで質も高くはなく、何店か回ってようやく、しっかりとした縫製の店に辿り着く。
「……なるほど」
静架が手に取ったのは、メイドがエプロンの下に着ていそうなシンプルなワンピースと、帝都などでもよく女性が着ているのを見かけるコート。
布もしっかりとしており、縫製も丁寧なことを確かめ、静架は購入を店主に告げる。
値札に書いてあった値段に、静架は少し色を付けて渡した。
「丁寧な職人の仕事に相当の対価を払うのは当然です」
静架の賞賛に笑顔で応えた店主が綺麗に包んでくれた衣装を手に、静架は店を後にするのだった。
「高貴な者とは他者よりもより多くを奪いより多くを与えるが故に敬われるのです。個人的には今回の趣旨には大いに賛同できますわね」
ベアトリス・ド・アヴェーヌ(ka0458)はそう呟いて、非常に珍しく、喫茶店、と銘打って営業している小さな店に入る。
注文した紅茶を一口飲み、デザートを一口食べて、ベアトリスは大仰に溜息をついた。
「何年前の茶葉で、何年前に流行したお菓子ですの?」
「うちのアフターヌーンティに文句があるのか!?」
喫茶店のマスターと言うには血の気が多そうな若者の、苛立ったような言葉にベアトリスは溜息一つ。
「茶葉の香りが抜けきってますわ。それに、このケーキは甘すぎです。生地にもクリームにもジャムにも砂糖をつぎ込んだら、味にメリハリがなくなりますわ」
依然むっとした様子ではあったが、黙って店主はそれを聞いている。
「リアルブルーでは、茶葉は瓶や缶に入れて保存しておりましたわね。密閉すれば、2年ほどは保つとのこと。それに」
そう言いつつも、ベアトリスは甘ったるいケーキを頬張って。
「ケーキには新鮮な果物を使い、自然の甘さでメリハリをつけていましたわ。手に入らなくても、ドライフルーツを使うという手もありますのよ」
「……なるほど。リンゴであれば、ジャムでなくとも手に入る……」
小さな呟きにベアトリスは目を細めて、ケーキの最後の一欠けらを口にし紅茶を飲み干して。
「ご馳走様でした。御代はこちらに」
チップ代わりに少し多めの額を置いて、店を後にする。
振る舞いが店主の気に障ることも多いが、これもベアトリスなりの地域への支援。
(やはり、『何故この地に来てそれを買うべきなのか』をはっきりしないものはパッとしませんわね)
今度はそれをも伝えてみようかと、考えるベアトリスであった。
「価値のないものに価値をつけるとまでは行かないけれど」
スノウが見渡したのは、飾り気はないが活気はある漁港の様子である。
「これだけの土地だ。改善の余地はいくらでもあるだろう」
「そうねぇ、農地になっていない土地は沢山あるし、海も豊かだわ」
掛けられた言葉に振り向くと、ユーディトが隣で港の様子に目を走らせていた。その傍らにはチョココが、パルパルと共にぺたりとくっついて手を振った。
挨拶を欠かさぬ小さな少女と小さなパルム、それに小さなおばあちゃんの姿に、歩む人の目もなんとなく温かい。
既に農業を主体とする町で見た様子は、ユーディトに伝えてある。農業技術はともかく、肥料の輸入がなかなかできないようで、収穫して備蓄してある作物もやや発育が悪いようであった。
さらにいくつかの港町を見てきた中で、考えた案をスノウは口にする。
「ここからさらに漁業も展開していくようだけれど、産直市場や飲食店を追加していくのはどうだろう」
「なるほどね……確かにこの町で獲れたものは、ほとんどこの町の市場にしか流通していないものね」
ユーディトの言葉に、その通りだとスノウは頷く。
「他にも、街の外からの買い付けなどもある。将来的には、海沿い一帯を名物マーケットにできないかな」
「そうなると、発展と同時に宣伝をしていく必要があるわね……」
一つ、二つと頷いたユーディトは、検討したいわねとスノウに頷いて。
「あっ、団長さん!」
ちょうどその時駆けてきたのは、ノートと小さな籠を手にしたざくろだ。
「あらざくろちゃん、それは……ウニ?」
「うん、漁師さん達とお話してて、お土産にっていただいたんだ」
「あらまぁ、嬉しいわねぇ」
食事処で調理してもらって皆で食べましょ、と言えば、ざくろの顔がぱっと輝く。
「このウニは他の場所でも宣伝したいね。こんな素敵な物があったとか、いろんな街のことを他のところで話したら、往来も活発にならないかな?」
「いいアイディアね。まずは地域自体を豊かにしないといけないけれど、人々が豊かになればいろんなところに行きたくなるものよ」
ユーディトの言葉にきらきら瞳を輝かせて頷いたざくろは、ノートをぎゅっと抱きしめて。
「今、名所になりそうな場所や美味しいものを載せた地図を書いてるんだ。発見探検、地域の良かった探し! って」
「良かった探し……素敵な響きね」
完成が楽しみと微笑むユーディトには、素敵なプレゼントになってくれそうだと思いながらざくろは頷いた。
なかなか特産品や工芸品などで上質と言えるものが見つからずに苦慮していた十 音子(ka0537)だったが、甜菜畑のある村の立ち寄った店で、ふと目についたものがあった。
他の村ではやや粗い砂糖が主だったが、この村で作っているのはいわゆる上白糖、しっとりとした細かい粒の真っ白な砂糖である。
話を聞いたところによれば、昔リアルブルーから来たハンターが、製法を伝えてくれたのだという。
「これ、他の場所で宣伝したり転売してみるか、もしくは無料で試食配布してみてもいいと思うんです」
そう提案した音子に、ユーディトは頷いて。
「それから、他の師団長の方に手土産にするのも」
「そこから需要が出来るなら悪くないわね」
ユーディトがまとめ買いしている間に、音子は農作業の様子についても聞き込みを続ける。
(自然任せの農作は百姓も庶民も国も、結局泣くことになりますしね……)
量や質の向上技術だけではなく、輸送方法や長期保存の状態、二次加工の種類や仕方についても目を通していく。
「甜菜はほうれん草の近縁種、葉を飼料以外に食料利用も考えてよいかと……」
さらに村を見て回っていた有希弥も、そう提案する。確かに飼料とするほどには、家畜の数が多くない。
「ロッソにデータ有ればなぁ……」
リアルブルーの最新技術との比較ができるのだけれど、と残念そうな音子。
「あと、温泉なんかがあれば人が呼べて良かったんですけど」
「そうなのよねぇ、この辺り、火山とかもないし……」
完全な観光地化は、なかなかに難しそうな気配である。
とはいえ、たっぷりと記録したデータは必ず役に立つだろう。
「我が所領も、貧乏は似たようなものでしてね」
アウレール・V・ブラオラント(ka2531)の言葉に、ユーディトはそれは参考になるわと頷いた。
「いきなり工業化は不可能ですから、まずは農業からですよね。……綿花はやはり、帝国では……」
「気温からして難しいわねぇ……」
帝国の気温は寒冷、南方にあるベルトルードはややましと言えど、綿花を栽培できるほどにはならない。
同盟から農業技術の指導を頼むことも、やはり気候や土壌などの違いから難しいだろう。帝国には帝国の、技術発展の必要がありそうだ。
「塩の生産を本格化させるのはどうですかね、マダム」
そう声を掛けたのは、ロジャー=ウィステリアランド(ka2900)だ。
「あらロジャーちゃん、あのワインまだ飲めてないけど楽しみでねぇ」
「仕方ないですよね、帝国の視察してるのに堂々と同盟のワイン飲むわけにゃいかない」
その言葉に笑ったユーディトは、真顔に戻って頷く。
「そうね、確かに塩の需要は途切れることはないわ」
「ええ、さらにその塩で地元の魚介類を塩漬けにして、帝国領内で売れないかと。帝国には内陸が多いですから、塩漬けでも魚介類は喜ばれるでしょう」
「沿岸部の産業については、いろいろ案が出たわね……農業については」
ふむ、とユーディトは頬に手を当てて。
「今のライ麦と甜菜の産出量を上げたり、国内需要を増やすところかしらねぇ」
盗賊の活動を問えば街の人々は口をつぐんだ。それが犯行に走った家族や隣人、街の者達が殺されぬようにとの思いだと、やがてナナートは気付く。
「領民達に何か仕事を与える事は出来ない?」
「ええ、アウレールちゃんとも話したのだけれどね、海軍を増強するならば港の整備が必要になるわ。ある程度大きな船が停泊できるよう、各地でね」
ユーディトがそう応える。もちろん第四師団がその費用を捻出する必要はあるが、大規模な雇用が生まれることは確かだ。
「あとは、盗賊への対応も考える必要がありそうね。捕らえた後の……」
「地域の新規開拓労役に優先的に回してもらうことはできないでしょうか?」
そう反対側から問うたのは、当のアウレールだ。
「それから、第四師団への組み込みも考えていただければ」
さらにロジャーが言葉を添える。
「勿論御咎め無しにしろってわけじゃなく、一部模範囚を刑期終了後の再就職先にとスカウトするとか……あの中には漁師崩れもいる、ってことは操船技術持ってる奴がいてもおかしくないと思うんですよ」
「そうね、海賊の対処としては、凶悪犯でなければ第四師団の三等兵として組み込むことも多いですからね」
元々普通の軍歴は二等兵からスタートする。三等兵は訓練兵や、何らかの事情のある者達が最初に突っ込まれる場所だ。
その『何らかの事情』が、第四師団では『海賊出身者』であることが多いのだとユーディトは言う。
「なるほど、技術を持ってる奴は第四師団としても」
「ええ、ありがたいわね」
ロジャーの言葉に、ユーディトは頷く。ロジャーも海賊出身であり、外道な輩は別として食うに困ってやむなく盗賊になったような者達には同情的だ。
それを受けてナナートが人々に説明し協力を要請すれば、ようやく盗賊団のアジトを教えてくれる者が現れる。
(……やっぱりね。食い詰めた領民の成れの果て、って事か。全ては貧しさ故の……)
まずはこの貧困を解決しなけばと、ナナートはそっと拳を握る。
既に何度かの戦闘は行い、多くの盗賊を捕らえてはいるが、今回の戦いはこれまでで最も大規模なものになりそうであった。
この一帯を荒らし、行商人も寄りつかぬようにしてしまったという、およそ100人規模の盗賊団――まだ人死には出していないというのが、救いであろうか。
「これで降伏してくれりゃ、楽なんだがな」
そう言って真司が放った矢文はいくつかの盗賊団を投降させることに成功していたが、今回は功を奏さなかったようで。
盗賊達は数を頼みに果敢にも、または無謀にもハンター達に戦いを挑む。
そこに響き渡る銃声。それは的確に、先陣を切ろうとしていた盗賊の帽子を吹き飛ばした。
「警告は一度のみ。武器を捨て投降すれば命は保証しましょう。選択は良く考えてくださいね」
そう笑みを浮かべた奏の見事な腕前に、武器を捨てる者が幾人か。けれど後ろの者には見えていなかったのか、「構わん進め!」「脅しだ!」「偶然だ!」と鼓舞して武器を抜き向かってくるか、または後ろへと逃げ出す。
けれど後方は、ベアトリスや音子らが塞いでいるはずだ。「目を潰さないだけマシでしょ?」と音子の声が聞こえる。
「……烏合の衆……先に頭を落とせば……良さそう……」
シェリルがすっと目を細め、頭目の姿を探しながら敵をいなす。
「……どいて……貴方に……用はないの……貴方達も……こんなの本意でないハズだ……」
ひ、とその殺気に息を呑んだ盗賊の剣に、鞘を叩きつけて手から弾き飛ばす。
さらに後ろから殴りかかろうとした盗賊に、ディードリヒが後ろから瞬脚で距離を詰め、手刀を首の後ろに加減して叩き込む。が、と空気を吐いた盗賊は崩れ落ちるように倒れたが、気絶したのみで死んではいないはずだ。
それらの攻撃をなんとかかわしても、盗賊達の射程の外から真司の銃弾が飛び、手足を的確に撃ち抜いて無力化させていく。彼らをさっさと捕縛し、前線で背後を気にせず戦えるよう気を配るのはクレアやランカ達だ。
怪我だけで済むように、と祈りながら、ミオレスカが銃の引き金を引く。「出すもの出してもらいますよっ」と声を掛けながら、静架がやはり後方から援護射撃を行う。
「今、終わらせてあげる……」
「こ、降伏しますっ!」
きっと鋭い視線が盗賊を射抜くと、またシェリルはまだ戦意を失わぬ盗賊へと向き直る。
「盗賊と言えども相手は一般人、手加減しなきゃダメよねん?」
ナナートが呟いて、くいと盗賊の腕を捻り上げて鳩尾に一撃。
半数ほどの盗賊が無力化されたあたりで、シェリルはすっと馬に跨り高所から戦場を見る。
「頭目は……逃げそう……」
馬腹を蹴り、シェリルは素早く頭目らしき男に詰め寄る。
マテリアルを行き渡らせた身体で、強い踏み込みと共に鋭い斬撃――を、首の寸前で止める。
「……死にたくなければ……投降して……」
目で殺す、との気迫が、通じたのであろうか。
息を呑んだ頭目が、槍を捨てる。それが、戦いの終わりの合図となった。
ロープで縛り上げた盗賊達を、第四師団の兵士に引き渡しながら。
「そうですね……悔い改めなさい、が一番適切な言葉でしょうか?」
ディードリヒがそう、盗賊達に声をかける。
確保した財物を、エステルが作った申請された盗品リストと照らし合わせている間に。
「奪われたもので所在がわかれば、元の持ち主に返したうえで質に入れてもらってはどうでしょう?」
そう提案したミオレスカに、ユーディトは頷く。
「そうね、こちらから一時金代わりにもなるし、あたしの方が高く売れるルートは知っているわ。買い取り、という形でも良さそうね」
ともあれ、若干は地域の為にも、第四師団の為にも使える資金が手に入ったのであった。
そして、酒場を併設した宿で。
「ユーディトおばーちゃん、陽だまりの匂い……」
戦闘の連続には疲れたらしく、シェリルが毛布にくるまってすやすやと寝息を立てる横で。
「やっぱり野菜が少ないなぁ」
「そうねぇ、輸入に頼っている状態なのよねぇ」
食事事情を見て回っていた真司の言葉に、ユーディトは深く頷く。
さらに現物を前にクレアとユーディトが意見を交わしたり、ミオレスカが働き手が盗賊団に入ってしまった場所について、なるべく彼らが早く家に戻れるようユーディトに善処を頼んだり、アウレールが新たな剣機の話を聞きに来たり。
「その土地で採れる食材を用いた料理の考案は?」
「今もあるけど、増やしていくという事ね」
ユーディトの確認に、チョココはムール貝のアヒージョを摘まみながら頷く。
「食に国境は無し、上手くいけば交易に繋がりますの」
それに首肯を返して、さらに有希弥が言葉を添える。
「それから、乾物・燻製の奨励は良いのではないでしょうか? 食べるのは勿論、保存の利くスープベースとして便利です」
「なるほどね、それならば輸出も可能だわ」
――こうして、ハンター達の貴重な意見や手助けで、予定の日程は無事終了――新たな課題が見えてきた、有意義な日々であった。
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ユーディトさんに質問 カール・フォルシアン(ka3702) 人間(リアルブルー)|13才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2015/01/26 22:31:56 |
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たびのしおり(相談卓) ロジャー=ウィステリアランド(ka2900) 人間(クリムゾンウェスト)|19才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2015/01/28 01:25:06 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/01/28 20:22:29 |