イノセントイビル 因果の地、応報の血

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
シリーズ(続編)
難易度
普通
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
6~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/07/04 22:00
完成日
2019/07/13 02:09

みんなの思い出

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オープニング

 王国歴1019年、初春── 歪虚『庭師』が撒いていった『種子』の『力』を浄化する旅に出たルーサーたちは、王国北部アスランド地方と北西部アルテリア地方をグルリと巡った後、再び北東部フェルダー地方へと帰って来た。
 様々な人がいた。『力』を望む理由も多岐に亘った。家族の為に狩りの獲物をより多く採る為に、新たに農地を開拓する為に── 他者から財を奪う為に『力』を求めた者もいた。その『力』から村を守る為に『力』を受け入れた者もいた。
 助けられた者も多くいた。『庭師』の『種子』の『力』は使えば使うだけ、使った分だけ、使い手を負のマテリアルで汚染する。『種子』をその身に宿していたとしても、『力』を濫用しなければ浄化が間に合うことも多かった。
 間に合わなかった者も大勢いた。『力』を行使する衝動と欲望に負けた者は、人外の化け物として『発芽』し、周囲を巻き込んで破滅した。そうでなくとも、『種子』はその身に宿しているだけで少しずつ宿主を負のマテリアルで汚染する。『発芽』前に気付いて浄化に成功したものの衰弱したまま息を引き取った者も少なくなかった。
「あんまり抱え込まない方がいいわよ。『助けられなかった』としても、ルーサーの所為じゃないんだから」
 全てを背負い込みがちな少年に向かって、マリーはそう釘を刺してやった。
「そうです。家族に看取られて精霊様の御許へ旅立たれた──それも救いには違いありません」
 そう励ましながら、クリスは、ルーサーは納得しないだろうな、と思った。この少年は自分と同じ考え込む性質(たち)だ。容易に割り切ることなどできようはずもない……

「どうやらカール兄は傭兵団を雇って王都へ送るようだ。侯爵軍は周辺諸侯領に展開していて、とてもじゃないが動かせる余裕はないらしい」
 フィルダー地方、即ち侯爵領の近くまで戻って来て、実家周りの情報を聞き込んで来たソードがルーサーにそう報せた。時はダンテの軍勢がハルトフォートに攻め寄せ始めた頃──傲慢王イヴの襲来に備えて、王国が戦力を王都へ集めていた辺りの事だ。
「う、うちの実家は!? オードラン伯爵家は?!」
「オードラン伯爵自ら軍を率いて王都に馳せ参じるらしい。ハルトフォート守備の輪番には当たってなかったようだ。運が良い。恐らく、砦は今回は……」
 勢い込んで訊ねるマリーとクリス。彼ら三人の会話を、しかし、ルーサーは聞いていなかった。クリスやマリーを気遣えるだけの余裕がこの時のルーサーには無かった。
「周辺諸侯領…… 例の『革命騒ぎ』の後始末で……?」
 ダフィールド侯爵領、『新領』──そして、旧周辺諸侯領。この地は侯爵家四男ルーサーにとって、父と兄が残した『悪逆』の遺産とも呼べる土地だ。一般には知られていない事だが、例の『革命騒ぎ』はダフィールド侯爵家の謀略によるものだった。
 ダフィールド家が侯爵の地位を得て800年──侯爵領の主産業である鉱業は衰退の兆しを見せ始めていた。領内の鉱脈はその殆どが掘り尽くされ、一級品の石は領内の高級宝飾店ですらめったに見掛けられなくなっていた。
 この事態に対し、前領主ハロルドが選択したのは拡張主義──周辺諸侯領に眠る手つかずの鉱脈を手に入れることだった。彼はまずスフィルト子爵領に目を付け、秘密警察──侯爵領の諜報を一手に担う機関の長である次男シモンに命じ、後ろ暗い手段で直接、子爵領の半分の割譲を認めさせた。そうして得た『新領』に重税を課し、圧政を敷き、『逃散民取締官』などという山賊紛いの者らまで投入して、『新領』の人々を難民へと追いやっていった。
 難民は周辺諸侯領へと流れ込み、地域の治安悪化と情勢の不安定化をもたらした。やがて周辺諸侯は国境(くにざかい)を封鎖したが、難民たちは暴徒化し、国境を突破。この時、彼らを助けたのが、後の『革命軍』の中核となる武装勢力だった。
 革命軍は瞬く間に大きくなり、周辺諸侯領を席巻した。だが、その革命軍を組織したのも、資金や武器を援助し、軍事顧問団を派遣したのも、全て……実はシモンら諜報部の手によるものだった。
 討伐軍として派遣された侯爵軍を前に、『革命軍』はただの一戦で敗滅した。元からそうなる様に用意された生贄だったのだ。
 既に統治能力を失っていた周辺諸侯は、治安維持の為に侯爵軍の進駐を要請せざるを得なかった。その見返りに、侯爵家は領内の新規鉱山の開発権と運営権を手に入れた。
 『革命軍』の残党は都市部より追い払われ、農村部や山間部等の地方に潜伏した。そして、ゲリラ、或いは野盗と化して、周辺住民の恐怖の的になった。
「それら全て、ダフィールド侯爵家の──父と兄の謀略の結末……」
 ルーサーがそれを知らされたのは、父と兄が死んだ後の事。彼はフォルティーユ村でその所業を目の当たりにしていただけに、ショックはとても大きかった。
「お前の所為じゃない、ルーサー。俺とカール兄だって、知らされたのは討伐隊の派遣が決まった後のことだった」
「けど……」
 ルーサーは納得しない。決して割り切らない。こうして現地を訪れて、人々の窮状を直接目にしてしまえば猶更だ。たとえ自分がしたことではなくても、それをしでかした侯爵家の人間として、何とかしなければ、と思ってしまう。
「お前は立派だよ、ルーサー。だが、今は俺たちがこの地を訪れた本来の目的を果たすべきだと思うが……?」
 ソードの言葉に、ルーサーは「……そうだね」と頷いた。
 本来の目的──それは勿論、『庭師』の『種子』を刈って回る旅。庭師は困窮する地域を回って『力』を求める者に『種子』を撒いた。革命騒ぎに揺れたこの地も例外ではない。
「最近、周辺諸侯領の各地で『怪力事件』が多発しているらしい。侯爵軍を襲撃した残党軍の中にも、闇色のオーラや人外の力を纏う者が混じっていたという」
 ゲリラか……とルーサーは呟いた。どこにいるのか分からないのは厄介だ。まずは所在を突き止めないと……
「ん?」
 サラッと告げたルーサーを、マリーが見返した。
「ルーサー、あんた、まさか革命軍の残党まで助けてやろうとしているの? 侯爵軍を攻撃している相手なのに?」
「『種子』を刈ることで『庭師』の企図を挫く──それが僕のヤツに対する『復讐』だ。相手が誰であろうと変わらない」
 ルーサーの返事に、マリーは呆れ果てて言葉を失った。
 ルーサーは本気だった。
「まずは諜報部に当たるかな……? 把握している拠点の幾らかはあるだろう…… でなければ、村々を回って話を訊き込むしかないかな? 何とかして現地の人間の信頼を……」

 そんな中、クリスは一人、沈思していた。現在のこの地の状況に、何か違和感のようなものを感じていたのだ。
(なんだろう……何かがおかしい気がする……でも、それが何なのかが分からない……)

リプレイ本文

 新たに『怪力事件』が頻発しているという周辺諸侯領へ向かう途中。一行は『新領』にあるフォルティーユ村を訪れた。
 一行にとって──特にルーサーとマリーにとっては、何かと縁のある村だった。
 最初の訪問は、ルーサーを侯爵領へと送って行く途中──ルーサー少年はここで侯爵家の『新領』統治の実態をまざまざと見せつけられることになった。
 二度目に訪問は、侯爵館に残ったクリスを救う為にマリーが実家に支援を求めに帰る途中──川湊へ続く街道の封鎖を解除する為に、村に入り込んでいた革命派の排除に協力をした。
「あの時は追っ手の暗殺者たちの夜襲を受けたりもしましたね。今にして思えば、あの時、初めて『種子』の『力』の一端を目の当たりにしたのですよね」
「あーっ、あーっ! ありましたっけね、そんなことも!」
 色々と思い出して盛り上がるヴァルナ=エリゴス(ka2651)とシレークス(ka0752)。思えば、彼女たちが訪れた時、ここの村人たちは常にギリギリの状態で、常に殺気立っていたことを思い出す。
「うーん、何と言うか、侯爵家への不満と不信感をビリビリと肌に感じて、居心地が悪いったらなかったよね!」
「え? レインお姉さん、随分と楽しそうにしていた記憶しかないんだけど、僕……」
 当時のことを思い返しながら、まるで違った感想を口にするレイン・ゼクシディア(ka2887)とルーエル・ゼクシディア(ka2473)。そんな二人に苦笑しつつ、シレークスはサクラ・エルフリード(ka2598)と共に、平穏な時を迎えたフォルティーユ村を感慨深く見渡した。
「……色々とありましたが、今は平穏そうで何よりです」
 ヴァルナの言葉に、ルーエルもまた頷いた。
「いや、本当に……あ、レインお姉さん、あの子たち、レインお姉さんと一緒に遊んだ子供たちじゃない?」
「やー、気のせいじゃナイカナ……? オネーサン、全力で楽しんでなんてナカッタし……」
 広場の方を指差すルーエルに、とぼけたレインがあさっての方を向きつつ下手な口笛を吹く。気付いた子供たちがこちらへわらわらと寄って来て……一緒に遊ぶことをせがまれたレインが、全力でその相手をすべく広場へ向かっていき……冒険を全力で楽しむ性質の時音 ざくろ(ka1250)もそれに加わった。
 そんな彼らの背中を微笑を浮かべて見送りつつ、ヴァイス・エリダヌス(ka0364)はマリーとルーサーに声を掛けた。
「さて。それじゃあ俺たちは『大人』の仕事だ。世話になった村長や村人たちに改めて挨拶をして回るとしようか」
 固い表情の二人に緊張するなとヴァイスが声を掛け、三人は護衛について来たアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)と共に、村人たちの近況を確認しがてら、村の家々を訪問して回った。
「久しぶりだ。皆、元気にしているか?」
 ヴァイスが声を掛けると、皆が笑顔で出迎えた。その表情は、最初にこの村を訪れた時と比べれば雪と墨ほどの差があった。

 その日は、かつてと同じように村長の屋敷にお世話になることになった。ヴァイスは悪いから宿に泊まると言ったのだが、村長が「あなた方は村の恩人だから」と強引に押し切ったのだった。
 ハンターたちはかつて何度も泊った部屋に荷物を置いて、何度もついた食堂の席に座って夕食をご馳走になった。壮行会の時とは異なり、ディーナ・フェルミ(ka5843)はお行儀よく座った姿勢のまま、それでも子栗鼠の様にムグムグと口を動かして御馳走とデザートを堪能した。
「……なぜ皆はワインで、私だけぶどうジュースなのでしょう……? もしかして、シレークスさん、裏で手を回しましたか……?」
「? 何を言ってやがります、サクラ。前に泊まっていた時からそうだったじゃねーですか」
「ッ! つまり、素で子供と思われていたと……? ハッ!? 似た年恰好のルーエルさんは……?」
「ぼ、僕も前からジュースだったよ? (言えない……結婚したって報告したからか、今日からはワインが出ただなんて……!)」
 ……夕食後。ハンターたちは部屋に集まり、今日一日で集めた情報について報告し合った。
「……相変わらず情報はわずか。状況の進展も無し、ですか。足で稼ぐのはある意味、基本ではありますが……」
 アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)が言う通り、この村では『種子』についての情報は殆ど得られなかった。それだけこの辺りが今は平穏だという証左だろうが……
「……」
 ルーサーは思い詰めた表情で俯いた。普段は明るく気丈に振舞っているが、こうして『種子』の話題になると度々重苦しい顔が目についた。
 無理もない、とアデリシアは思った。我々がしていることと言えば、ただひたすらに『種子』の『力』を刈り取ることだけ。しかも、なぜか摘んでも摘んでも、事件は終息する気配が見えない。しかも、その一つ一つが誰かの人生が懸かった案件だ。まだ若いルーサーが参ってしまうのも無理はない。
「んー? もしもし、ルーサー君? 気負い過ぎてない? 大丈夫?」
「おめーの場合、少しは大人に甘えることを思い出しやがれ。それが許される齢なんですよ、おめーは」
 レインが落ち込むルーサーを横から覗き込み、その近さに驚き慌てて距離を取ろうとしたルーサーの頭を胸で受け止めたシレークスが、そのこめかみにグリグリと両の拳を当ててそう言った。
「……おめーはまだミドルティーンに過ぎないんですよ、ルーサー。一人で背負い込む様なものではないんです」
 素の表情で、それも珍しく修道女寄りの心情で、優しく諭すように告げるシレークス。ワインを飲み終えたアルトがテーブルにその杯を置き、少しお節介をしようか、とルーサーに向き直って告げた。
「兄の受け売りだがな。リアルブルーにこんな格言があるらしい。──『険しい山に登るためには、最初にゆっくり歩くことが必要である』」
「ゆっくり、歩く……?」
「焦るな、ってことだろうな。いくら焦ったところで、短距離走のスピードで最後まで山を登れるわけもない。物事にはそれに適したやり方と心持ちがあるのだろう……目標を達成するにも、そして、大人になるのにも」
 その言葉に、ざくろは我が意を得たり、とばかりに立ち上がってルーサーに告げた。
「そうだよ。僕たちのしていることは無駄じゃない! 何事も一歩ずつ……確かに、助けられなかった人もいるけど、だからこそ早く情報を集めて犠牲者を減らさなくっちゃって思うから……その為のこの『どさ周り』の旅だもの! アデリシアも言ってたでしょ。『情報は足で稼ぐ』ってさ!」

 翌朝。ルーサーとハンターたちは、村人たちに見送られてフォルティーユ村を後にした。
 『新領』からスフィルト子爵領を抜け、ついでに幾つかの事件を解決しながら、周辺諸侯領が一つ、フィンチ子爵領へと入る。
 このフィンチ子爵領も、かの『革命』の嵐が吹き荒れた土地だった。当初、革命軍を舐めていた領主の討伐隊は初戦で脆くも敗走し、以後、都市部以外の土地は全て革命軍の支配するところとなった。だが、革命軍と名乗りはすれど、元は難民──その末端は山賊どもと見分けがつかないような有様だった。
 その状況は、侯爵軍が進駐するようになった今も変わらないという。侯爵軍は自分たちの利権が関わる都市部と鉱山周辺を掌握したが、それ以外の地域でまで矢面に立つことはしなかった。責任を負うべきフィンチ子爵は自軍を立て直すこともせず、居館に引きこもって日々、享楽に耽っているという。
「……思った以上に酷いところですね、ここは……」
 貴族の義務を放棄したその在り様に、ヴァルナが珍しく怒りの感情を顕にした。
「ですが、お陰で我々の進駐がやり易くなったとも言えます」
 ソードとルーサーを出迎えた進駐軍の司令官がそう告げた。
 ルーサーはすぐに実際的な話に入るよう、彼に伝えた。司令官は思わず驚いた表情を浮かべてしまった。彼が人伝に聞いていた侯爵家の四男坊ルーサーは、年相応に甘ったれたお坊ちゃんに過ぎなかったからだ。
「えっと……確か、ただの人間だった者たちが突如、力を発揮するようになった事案について、でしたな。確かに、このフィンチ子爵領でも謎の力を発揮する者たちが増えています。我が軍を襲撃した革命軍残党の中にも人外の力を発揮したり、仰る『闇色のオーラ』を纏った者が散見されました」
 情報を得て、用意されていた宿舎へ入り……今後の方針を話し合う為、一室に集まった皆を前に、クリスは「何か違和感があるのです」と、その正体も分からずに首を捻った。
「分かります。私も何か嫌な感じがするのです」
「奇遇だな。俺もだ」
 シレークスとヴァイスが続けて答えた。だが、この時点ではその理由を見いだせず……三人はもやっとした想いを抱えたまま、先へと進むしかなかった。

 このまま都市部にいても新たな情報は集まらない──そう判断した一行は、都市部を出て事件の現場へ、即ち、山賊や革命軍残党が跋扈する農村部へ出ることにした。
 司令官は「危険です……!」と反対したが、ルーサーたちは覚醒者12人がいることを理由に上げ、自分たちの意見を押し通した。
 そうして街を出たルーサーたちは、すぐにその表情を暗くした。
 侯爵軍の進駐によって治安が維持され、ともすれば新規鉱山の開発などで景気が上向いている都市部に比べ、農村部は見る影もなくうらぶれていた。
「なんというか、これは……ちょっと空気が違うところがあるね……」
 雑草が生い茂った耕作放棄地を左右に見やり、商人一人、旅人一人も歩いていない街道を行きつつルーエルが呟いた。農村部の治安の悪化は、革命騒ぎが収まった今も尚、領外に避難した領民たちの帰還を阻んでいるという。
「活気を取り戻したフォルティーユ村を見て良かったって思っていたら……この落差はちょっとショックかも……」
「まだまだそうでない所もあるということですね…… こうして目の当たりにすると、それを実感させられます……」
 ざくろとサクラはそれきり言葉を失った。
 一行は無言のまま村々へと至る道を進み続けた。

「……余所者に用はない。帰れ!」
 最初に訪れた村は訪れたルーサーたちに対して、門を固く閉ざしたまま、文字通り門前払いにした。続けて訪れた村々でも同じような対応が為された。
「どうやらあまり歓迎されていないようですねぇ…… まぁ、常駐の兵も碌にいないような村では、それも致し方なし、ですか」
「仕方ないよ。身を守る為だもの。見知らぬ人に信用されるのって、中々大変なんだよね」
 追い返された村から離れつつ。アデリシアとルーエルが、まるで警戒を緩めない村の自警団らを振り返りながら小さく息を吐いた。
「警戒されているような所は、長居をせずに早々に退散した方が良さそうです。最悪、あの村自体が盗賊の巣窟、なんてこともあり得ますからね。情報は他の街でも集められるでしょう」
 アデリシアはそう言ってくれたが、ルーエルは後ろ髪惹かれるような思いで村を振り返った。この時、既にルーサーの心は『種子』の情報を得る事よりも、彼らを何とか助けたい、という想いに変わっていた。
「成し遂げんとした志をただ一回の敗北によって捨ててはいけない」
 そんなルーサーの様子に気付いたアルトが、少年に言葉を贈った。
「一度崩れた建物を立て直すのは、まっさらな状態からよりもずっと難しい。崩れた瓦礫や残骸があるからな。信用や信頼というものもそれと同じ……一朝一夕でどうにかなるものではない。だが、一歩一歩誠実に向き合っていれば、必ず見ていてくれる人はいるはずだ」
「……一歩一歩、誠実に……」
 街へ戻ったルーサーは、侯爵家四男の名において『フィンチ子爵領農村部に対する復興支援』を行うことを、ハンターたちに宣言した。
「また迷惑を掛けてしまうと思うけど……」
「いいぜ、ルーサー。それがお前のしたいことならな」
「うん……うん! そうだよ! 一緒にあの人たちを助けよう! 物資の積み下ろしとか、力になれることがあったら何でも言ってね!」
 ヴァイスとざくろは率先してルーサーに協力を申し出た。特にずっと落ち込み続けていたざくろは、水を得た魚の様に飛び跳ねた。
「そういうわけで、領民への布告をお願いします」
「し、しかし、事は侯爵家の進駐政策にも関わります。私の一存では何とも……」
 司令官はソードに救いを求める視線を送ったが、侯爵家の三男坊は弟に味方した。むしろ弟の成長が誇らし気に見えた。
 代わりにヴァルナが小さく溜め息を吐いて、ルーサーに対して向き直った。
「その決意は立派です、ルーサーさん。ですが、『侯爵家の一員として』というのであれば、まずは当主のカール様に話を通しておくべきでしょう。……壮行会の折、予算の捻出にカール様が頭を抱えていたのを見ていたでしょう?」
 ヴァルナの言葉に、ルーエル(とソード)はウッと呻いた。クリスもまたマリーに対して「よく聞いておいてくださいね♪」と釘を刺す。
「……ルーサーさんが自身で見て回った現地の窮状を、自身の言葉で報せて提案すれば、カール様も無碍にはなさらないでしょう。直轄領ではないので、多少時間は掛かるかもしれませんけれど」
 ルーサーは先走った自分を恥じ、司令官に頭を下げると、そのように取り計らってくれるよう改めて要請をした。侯爵家の人間に頭を下げられ、司令官は慌てて頭を上げるよう懇願した。

 かくして、カールの承認が得られるまで、ルーサーは自分に出来ることをすることにした。
 進駐軍の物資の一部を融通してもらう手筈を整え、都市部の商人たちを回って食料の買い付けを行った。ハンターたちに協力してもらって自ら村々を回って布告を行い、跳梁跋扈する山賊の拠点の幾つかを潰して回った。
「ちょうど良い機会でやがります。マリー、人体のどこをどうすれば相手の動きを止められるか教えてやがります」
「はい、ししょー!」
 シレークスは実際の山賊を相手に、マリーへ捕縛術のレクチャーを行った。
 それがモノになると、今度は古代光盾「ラッチャコ」を渡して、それを用いた戦い方を教示した。
「こいつを上手く使えば、おめーの言う『守る戦い』ができやがります」
「盾で、ですか、ししょー?」
「盾は『殴るもの』だと心得えておきやがるです」

 やがて、カールから食糧支援を許可する旨、報せが届いた。ルーサーは本国からの物資の到着を待たず、子爵領で手配しておいた物資ですぐに支援活動を開始した。
「ほんとに成長したなぁ、ルーサーは……」
「ええ、喜ばしいことです……どこか焦りのようなものも感じますが……」
 精力的に動くルーサーを手伝いながら、ざくろとサクラが言葉を交わした。
 村へと向かう道すがら── ヴァイスはルーサーの傍に寄って、歩きながら小声で話し掛けた。
「分かっているとは思うが、ルーサー。お前に向けられる言葉や態度は感謝だけではない。怒りや妬み、不快、嫉妬、悲しみ、絶望、無関心など、ありとあらゆる感情が向けられることになる。言葉だけでなく、表情や仕草でも」
「……覚悟はしています」
「本当に?」
 ヴァイスの問いに、ルーサーは黙ってしまった。そんなとこだろう、とヴァイスは少年を慮った。大人びて見えても、彼はまだ子供なのだ。
「何があっても堂々としていろ。指揮官ってのはそういうもんだ。……だが、他人の前でなかったら、ソードやマリー、クリスや俺たちでもいい。思ったこと、感じたことを溜め込まずに吐き出しちまえ」

 こうして支援活動は始まった。
 最初は信用して貰えず、食糧だけ置いて去れと言われた。
 ルーサーはめげずに村々への配給を続けた。
 途中、物資目当てに山賊たちが襲い掛かってきたこともあったが、ハンターたちの手によって撃退された。
「王国騎士として、一応一度だけは警告してやるが。私自身は『人から何かを奪おうと思っているなら、自身が奪われる覚悟もしているはずだと常々思っていてな。それが『命』であろうとも例外はないと思っている」
 襲い掛かる山賊たちに向かって告げた後、普段よりも派手にマテリアルの炎を纏ったアルトが目にも止まらぬ速さで敵中を駆け抜けた次の瞬間、焔の花弁まい散る戦場に、白目を剥いた山賊たちが纏めてバタバタと倒れ伏した。
「はい、そこまで。……あー、うん。見事なまでに綺麗な峰打ちだね。流石の『活人剣』」
 気絶した山賊たちを後ろ手に縛り上げつつ、ルーエルは彼らを調べていった。……どうやら今回、彼らの中に『種子』持ちはいないようだった。
 マリーもまた習った捕縛術で敵を無力化していった。アデリシアはチラとマリーを見た。──先の戦闘の間、彼女は銃を手にしつつも、ただの一発も『人間』相手に発砲していなかった。
(……あの様子だと、まだ覚悟を決め切れていないですかね。この先、前回のようなことが何回起きることか……出来るだけ早く覚悟を決めていただかないと)

 そういったことを日々繰り返している内に、ルーサーを中に招いてくれる村が現れ始めた。
 ルーサーは支援物資を運ぶだけでなく、街の商人たちを連れて村々を訪問していた。孤立していた村々を経済的に都市部と繋げ、本当の意味での孤立を解消する為だった。
 少しずつ、一歩ずつ…… ルーサーのしたいこと、してきたことが村々に広がり始めた。
 やがて、とある村でルーサーに対する感謝の宴が開かれることになった。フィンチ子爵領に来て最初に訪問したあの村だった。
「えー、僕たちは侯爵家の代表です。なので、お祭りだからってはしゃぎ過ぎないよーに。良いですか? ……え? そっちの方が親睦を深め合える? 何言ってんの?」
 会場の席に着く前に、皆に(特にレインに対して)釘を差しておくことを忘れないルーエル。ディーナも先のフォルティーユ村の時と同じく、借りて来た猫の様に大人しく……しかし、目にも止まらぬ速さでフォークを口元へと運び、モグモグと高速で口元を動かし続ける。
「ぶー。少しくらいいいじゃないですか……」
 サクラに出される酒類に関しては、左右に座ったシレークスとアデリシアが完璧にブロックした。
「その『少し』でおめーは止まらなくなるじゃねーですか」
「そして、酒量が過ぎればすぐ脱ぎ始めるじゃないですか」
 二人のツッコミに「むぅ……」と唸るサクラ。直後、ピーン! と何かに閃いて、これぞコロンブスの卵とばかりに胸を張って宣言する。
「お酒をくれないと……脱ぎますよ?」
 言った瞬間、左右からピシピシとサクラの頭に手刀が叩き込まれた。この日も、彼女は一滴も酒を飲めることはなかった。

 翌朝── 宿泊した村長の屋敷を辞そうとするルーサーたちの元へ、村の若者たちの代表者が訪れた。彼らは、ルーサーの理想を信じて、かつてユト村と呼ばれた廃村の跡地に革命軍残党の一派が拠点を構えている、と教えてくれた。
「僕ら農村部の人間にとって、革命軍なんて山賊と変わりのない存在でした。でも、こうして苦しい日々が続く中で、彼らが唱える『理想』に惹かれて合流した農民たちも大勢いるのです」
「……分かった。僕たちで説得してみよう。或いは多少、力づくになってしまうかもしれないけど」
 ルーサーの言葉に、村の若者たちは頭を下げた。
「おおっ、これもルーサーの努力の賜物だね!」
 レインが満面の笑みと共に少年を祝福した。

 訪れたユト村は、木壁と壕によって取り囲まれていた。その門扉は閉ざされ、『砦』は静寂に包まれていた。
 一行が近づくと、櫓門の上から放たれた矢が前方の地面へと突き立った。ルーサーは足を止めると、自分たちの身分と訪問の目的を明かした。
「そうか。お前が噂に聞くダフィールドの四男坊か」
 小さく門扉が開き、中から一人の男が姿を現した。それを見たレインは「むぅ」と唸ると、マリーの耳元にそっと囁いた。
「こういう負の感情で淀んだ空気の時はね、嫌なことが起きやすいんだよねぇ……ほら、場数を踏んでるソードさんとか他の皆も目がマジになってる」
 そうこうしている間に、一人で出て来た男に応じて、ルーサーも一人、前に出た。共に前に出ようとしたサクラとざくろを手で制し……ディーナがハラハラしながら、進み出るルーサーの背を見守った。
「……俺たちに故郷に帰れと?」
「旅費として一時金を支度する。このままこの地に残って畑を耕したり、街で仕事を探してもいい。ただ、『種子』を受け取った者がいるなら、すぐに申し出て欲しい。あれは歪虚の──負のマテリアルを用いた危険な力だ」
 ルーサーの提言に、男はフンと鼻を鳴らした。そして、一度櫓門を振り仰いだ後、少年に向かって吐き捨てた。
「……結局はそれが──俺たちの武装解除が目的か。侯爵家の者が何を偉そうに。全ては侯爵家の謀略の結果だろうに」
 男の言葉に、一行は意表を突かれた。周辺諸侯領で起きた一連の騒動が、侯爵家の謀略によるものだということは一般には知られていない──そのはずだった。にもかかわらず、男はなぜかその事実を知っていた。
「どうして、それを……?!」
 答えの代わりに、周辺の地面の中から武装した男たちが飛び出して来た。その数、20──いや、30、40── 彼らは巧妙に隠されていた壕の中に隠れていたのだ。そして、その全員がその身から闇色のオーラを揺蕩わせていた。
「マリー、貴女はクリスの護衛を」
「下がれ、ルーサー! クリスと合流するんだ!」
 それぞれ得物を構えながら、指示を出すアデリシアとヴァイス。話し合いの為に抜刀していなかったことで、ハンターたちの行動は一歩、遅れた。
「撃ちなさい! 当てなくていいから!」
 アデリシアの鋭い指示に反射的に引き金を引くマリー。だが、そんな躊躇い弾に兵たちは怯まない。
 全周から突っ込んで来る残党兵──この数を相手に捕縛術を行使する暇があろうはずもなく──マリーは雄叫びと共に盾を翳して敵を押し返し、ぶん殴る。
 乱戦となった。武器を抜く間もなかった(と敵には思われた)サクラの身体に敵の手が掛かる寸前──スルリと流れるようにその手を避けたサクラが『アブソリュート・ポーズ』を決め、その筋肉から放たれた謎の衝撃波で迫る兵らを吹き飛ばした。
「な、なにぃ~!?」
 その不可思議な力に、兵たちは驚愕した。筋肉から立ち上る陽炎(オーラ)を揺らめかせつつ、全身、指の先まで力を漲らせたサクラが、ユラリと兵らを振り返った。
「さて……手加減はしてあげますが、痛くしないとは行ってませんからね……? 今、白旗を上げるなら、縄で縛るだけで勘弁しますが……」
 賊の一人のコメカミを片手で掴み上げながら、コハァと息を吐きつつ告げるサクラ。
「そ、その力……あんたら、ハンターか?!」
 驚愕する兵らの中で、その力を見抜く者がいた。この場にいる者は知らないことだが、彼はユト村の出身者で、かつてハンターらと共に逃避行を経験した者だった。無事、領外へと逃れたものの、その暮らしは楽からず……かつての襲撃者であったはずの革命軍に給金目当てで加わった者だった。
「なぜだ?! なぜあんたたちが『あの』謀略を行った侯爵家に肩入れしているんだ!? かつて俺たちを、弱者を助けてくれたあの人たちと同じハンターであるあんたたちが、なぜ?!」
「……とにかく、まずは無力化させてもらうよ。その『力』は、僕たちにとって見逃せないものだから。手加減できるか、分からないよ!」
 ルーエルは彼にそう答えると、『ガウスジェイル』の闇の刃を空間に出現させて、彼らをその場に縫い留めてその動きを拘束した。
 ハンターたちの反撃が始まった。
 ヴァルナは斬りかかって来た相手にカウンターで剣を弾きつつ、アイドルソングな『マーキスソング』で兵らの負のマテリアル──闇色のオーラを威圧し始めた。その明るい歌声とステップとは裏腹に、兵たちの身体から立ち上る闇色オーラがまるで蝋燭の火が風に吹かれた様に揺らぎ、彼らの動きを鈍くする。
 ヴァイスはアデリシアにクリスを任せると、自身はマリーをフォローするように彼女の背後に占位し、彼女とクリスを守るように立ちはだかって敵の接近を阻み続けた。そして、魔鎌の柄を棒術の様に迫る敵らへと振るい……その歯応えの無さに小首を傾げた。
「……? なんだ、こいつら。まだ『力』の使い方に慣れてないのか……?」
「……だそうです、ソードさん。やり過ぎて首を跳ねないように注意ですよ」
「グッ……分かってる……!」
 自身の周りの敵を敵を撃ち倒しながら釘を刺して来るサクラに返しながら、ソードは鞘に納めたままの剣を振るって前方の敵を打ち払いつつ、前方に立ち尽くすルーサーに呼び掛けた。
「おい、ルーサー! 何をボーッと……早くこっちに!」
 ヴァイス、そしてソードの呼びかけに振り返ったルーサーは……だが、その場から動かずに再び男へ振り返る。
「何が目的だ? 僕らの命が欲しいのか?!」
「貴様だよ。身柄を押さえて、侯爵家との交渉材料にする」
「僕……?」
 ルーサーはホッとした。
「分かった。代わりに僕の話を真剣に……」
 その言葉が終わる前に、周囲から飛び掛かって来た兵たちがルーサーへと襲い掛かる。彼らの手が少年の身体を捉える寸前── 一瞬早く、背後から駆けつけて来た人影が少年の身体を腕の中へと引き戻す。
「か、間一髪……! 危なかったー!」
 ルーサーを抱き寄せたその人影──レインの汗を飛ばしながらの叫び。ルーサーはただただ驚きに目を丸くした。
「ちょ、ルーサーくん! もしかして、君、今、まさかわざと捕まろうとしていなかった?!」
 レインはその返事を聞くより早く少年を背に庇うと、手にした拳銃に『エレクトリックショック』を纏わせ、迫り来る敵を銃床で殴りつけて麻痺させた。
 その間に駆けつけて来たアルトが、地を駆ける焔と化してその周囲の敵へと襲い掛かる。右側の敵を跳び蹴りの一撃で昏倒させ、着地した右脚をそのまま跳躍の軸足にして前の敵へ。その手の剣を断ち折った後は目もくれず更に左の敵へ飛び、連撃の最中に繰り出した裏拳で敵の顔面を殴って吹き飛ばす。
 そこへサクラとざくろ、ソードが加わり、ハンターたちはルーサーやクリスを守る態勢を完全に整えた。もう殺すしかない、と砦から放たれた矢の一斉射撃は、それぞれヴァイスとざくろ、両者の張った結界により阻まれた。
「怯むな! 何としても侯爵家のガキを……!」
 男が檄を飛ばした瞬間、巨大な光の柱が空に向かって放たれた。雄叫びと共に拳鎚を天へと突きあげたシレークスが、その得物に纏わせた膨大な魔力を空へと打ち上げたものだった。
「その力が何だか分かって使ってやがるのですか……? これまで私たちがどんな想いで、彼らを精霊様の御許に帰して来たか……彼らを大事に思う家族の慟哭を聞いてきたか……」
 内心で燃え上がった怒りを声と瞳に込めつつ、シレークスがバキッと拳で岩を砂へと砕いた。そして、押し殺した怒声を兵らに向けて叩きつけた。
「もう、いい加減にしやがるです…… 私が守護者としての責務を果たすしかなくなる前に、その『力』をこれ以上使うのを止めやがれ……!」
 その迫力と威圧感に敵が動けないでいる間に、ざくろが『ポゼッション』──味方にほぼ絶対の安全地帯を提供する結界を展開させた。膨れ上がる様に展開した結界にルーサーやクリスらの姿が消えて……同時にその結界に押し出されるように、その効果範囲にいた敵が外へと追いやられた。
「超機導結界、発動……! ここはもうざくろの領域だ。これ以上、誰にも手出しは出来ないぞ!」
 ざくろの宣言は(効果時間的に)はったりであり──同時にまた(その効果時間内に限れば)事実であった。
 革命軍残党の奇襲は失敗した。それを悟った男は部下たちに「てんでに逃げろ……!」との指示を発し、自らも逃走へと移った。
 蜘蛛の子を散らすように逃走へと転じる兵たち── 「逃がすか!」と叫んで追い掛けようとしたソードを、ヴァイスが大声を上げて制止した。
「深追いは無用だ! ソードはマリーと共にクリスの護衛に専念してくれ! こうもバラバラに逃げられては、いつ再襲撃があるか分からん!」
 その指摘を是と判断して、ソードはすぐに足を止めた。
「せめてあの男だけでも捉えておきたいところだな…… ルーサーの守りは任せられるか?」
「うん。ルーサーにはざくろとサクラがピッタリと離れず張り付いておく。だからアルトは安心して敵を追い掛けてくれていいよ!」
 ざくろの言葉に頷きながら、アルトは全速力で砦の中に逃げ込んだ男を追って走り出した。砦の門扉が閉まり切る前にその中へと滑り込み、法術刀の一撃でもって扉の半ばを切り飛ばして閉鎖できないようにする。
 男はアルトと、そして、自身の憎悪に追い詰められて『発芽』に至らん程であったがが、その前にアルトの活人剣によって人の身のまま捕らえられた。
「……正直、手加減も正直面倒くさい。 手間をかけさせるなら命の保証はしてやれんぞ?」
 アルトはそう呼びかけたが、既に男は気絶していた。アルトは溜め息を吐くと、男を担ぎ上げて皆の元へと戻ることにした……

 ヴァイスが放った『マジックアロー』が逃げようとする敵前へと降り注ぎ、兵らはその場に多々良を踏んだ。
 直後にサクラが放った闇の刃がそのまま兵らをその場に縫い付けて。ざくろが魔導剣の峰打ちで以って敵の手足を打って動けなくさせる。
「……もう矛を収めないか? ……これまで、その『力』の所為で破滅した人を何人も見て来た。それは本当に危険なものなんだ」
 戦いの手を止め、武器を下ろして、ルーエルは目の前の兵たちに呼び掛けた。
「貴方がまだ人として生きる気持ちがあるのなら、その『力』はすぐに捨てるべきだ。『浄化』すればまだ間に合う。僕たちに任せてほしい……」
 真摯なその訴えに、兵たちは顔を見合わせ……力無く武器を落とした。恐らく農村部の出身なのだろう。革命軍の原理主義に染まっていなかったことが彼らを救う事となった。

 戦いは終わった。革命軍の残党は3割近くが逃げ散ったものの、残る全て(リーダー含む)の人員がハンターたちに投降した。
 すぐに尋問が始められ──その間、ルーサーは少し離れた場所で、レインとヴァルナ、ディーナに取り囲まれていた。先の一件──ルーサーがわざと敵に捕まろうとしたことに関して、話をする為だった。
「ルーサーさんは本当に強くなられました。『相手が誰であれ、為すべきを為す』──中々言えるものではありません。ですが……他の皆も散々言ったことだとは思いますが、ルーサーさんは気負い過ぎです」
 まず口火を切ったのはヴァルナだった。レインは今にも叫びたそうにうずうずしながら堪えている。
「確かに、この地の現状は侯爵家の謀略の結果です。真相を知れば非難する人もいるでしょう。……ですが、ルーサーさん。その責任はルーサーさんが個人で背負えるものではありません」
「そうだよ?! 贖罪と自己犠牲は全然別物だからね?! どっちにせよ問答無用で助けちゃうけどね、私たち! 守れなかったらソードさんが激おこプンプン丸に変身しちゃうし!」
 ヴァルナとルーサーの言葉に、ルーサーは「はい……」と頷いた。だが、とても本当の意味で分かったようには見えなかった。
「ルーサー。貴方に一つお願いしたいことがあるの。苦しむ人を救う為に、苦しむ人を増やさないで欲しいの」
 ディーナは聖導士として少年の手を取った。そして、真摯な表情でこう告げた。
「苦しむ人を救う為に苦しむ人──それは、ルーサー、貴方のことなの。貴方は容易くその一線を踏み越えてしまいそうに見えるから」
 自分が尊敬していた父親が、実は悪を為していた──世界を識ったルーサーが、館の外で知った最初の現実がそれ。家族が為した悪を自身の義で正そうとしたのが、今回の一連の行動だ。だが……
「人というものに『正』と『邪』しかないと考えるのが愚かなことなの。その両方を併せ持つのが人というものだから。……今の貴方は、侯爵家の一員という立場に囚われ過ぎているの。囚われ過ぎていて、他の視点を捨てかねない」
 頑なな価値観は、容易に他者に利用される。心に冗長性がないということだからだ。彼を利用しようとするものがいれば、その心の隙間に付け入ろうとするだろう。悪意あるもの──例えば、歪虚なら。
「『力が欲しいか』と『庭師』は問うた。『力が欲しい』と人は答えた。それと似たようなやり取りを、今のルーサーにはして欲しくないの」
 ルーサーの目から涙が溢れた。脳裏に、これまで皆が伝えてくれた言葉が浮かんだ。
「その責任は個人で背負えない──だからこそ、カール様やソードさん、それに私たちを頼って欲しい。周りの力も借りて解決していけばいい──そう考えて欲しいのです」
 ヴァルナの祈りに、ルーサーは「だけど、いったい、どうしたら……」と唸った。人は自分自身の心すら自由にできない──ルーサーの悩みは、そう言った類のものだった。
「そうね……」
 答えたのはマリーだった。
「とりあえず、うん……ベルムドさんとシモンさんは確かに酷い事をした。でも、ルーサー。だからと言って、貴方がお父さんやお兄さんを無理に嫌ったり憎んだりする必要はないんだよ……?」

 革命軍残党に対して行われた尋問──最大の疑問点は、ここの男たちが『種子』の『力』を手に入れたのはいつか──? ということだった。
「これまで、私たちは『時間切れ』で助けられなかった者たちを大勢、精霊様の御許へ帰してきた……なのに、今、ここには『力』の使い方にまるで慣れていないような連中がいる……解せねぇ話です」
「『庭師』が死んでから、もうだいぶ時間が経っている。……これ程長い間、これ程多くの人間が、『力』を暴走させずにコントロールできるのか……?」
 シレークスとヴァイスの疑問に、クリスはハッと理解した。違和感の招待──それは、『力』があったなら、なぜ革命騒ぎの時にその『力』を使わなかったのか──?
「……おい。その『力』手に入れたのはいつなんだ?」
 ヴァイスの問いに返って来た答えは、意外なものだった。
「三か月前……だって?」
 そんなはずはない、はずだった。なぜなら、その時には既に『庭師』は滅びていたはずだから──
「お前に『種子』を埋め込んだのは、こいつじゃないのですか?」
 シレークスが『庭師』の似顔絵を見せて訊ねた。
 兵たちは互いに顔を見合わせ……「誰だ、こいつは……?」と返答した。

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参加者一覧


  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 掲げた穂先に尊厳を
    ルーエル・ゼクシディア(ka2473
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 誓槍の騎士
    ヴァルナ=エリゴス(ka2651
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • それでも私はマイペース
    レイン・ゼクシディア(ka2887
    エルフ|16才|女性|機導師
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/07/01 19:36:55
アイコン 相談です・・・
サクラ・エルフリード(ka2598
人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2019/07/03 17:09:09