ゲスト
(ka0000)
【血断】絶滅不安
マスター:赤山優牙

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/07/10 09:00
- 完成日
- 2019/07/16 01:51
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●リゼリオ
ハンター達の本拠地であるハンターズソサエティ本部が置かれているリゼリオは、邪神との決戦における最重要拠点の一つであり、世界のどこよりも“安全”と認識されても不思議ではないだろう。
「えーと。難民申請の方は、こちらです~!」
受付嬢の一人が大声で告げる。
この街が“安全”ではないかと思う事で、近隣遠方問わず、人が避難してきたのだ。
その勢いは日に日に増え――ついには街中に入りきれずに街周辺や郊外にまで広がっていく。
「まぁ、こんなもんじゃな」
「こんなにも人が集まると逆に怖いですね」
お爺さんとおっさんの二人がそんな感想を呟きながら、馬車で古屋敷へと向かう。
先に住居を確保していたオキナと、偶然にも知り合いとなったルストという名の技術者の二人だ。
「オキナさん、ありがとうございます」
「なに、困ったときはお互い様じゃ。ちょうど、同居人もギルドで缶詰状態じゃしの」
ルストは技術者としてリゼリオの街中で働いていた。
普段は宿に泊まっていたのだが、この状況に宿が全て埋まり、泊まる場所を探していたのだ。
「同居人がいらっしゃったんですね?」
「まぁ……“仲間”とも“弟子”ともいえるがの」
「機会があれば、お会いしたいものです」
暫くは屋敷に帰って来ないだろうから、機会が訪れるかどうか分からないが。
オキナは頷くと、話題を変えるように周囲の光景を一瞥してから言った。
「それにしても酷いものじゃな。これでは暴徒化する可能性もあるぞい」
「……“選択肢”についてですか?」
ルストは首を傾げた。
邪神との決戦に向けて、慌ただしい日が続いているが、どこからか、別の話が出てきたのだ。
「『邪神に恭順すれば救われる』とな……まぁ、全ての情報が等しく全員に伝わる訳ではないからのぅ」
「大きな騒ぎにならなければいいですが。屋敷の方は大丈夫でしょうか?」
万が一、暴徒が屋敷に押し寄せたらと思うと恐ろしい。
オキナは簡単に返り討ちにするだろうが、多くの市民はそのような力は持っていないので、不安な日々を過ごしているかもしれない。
●暴徒
百人以上の集団が列を成してプラカードを掲げ、叫んでいた。
彼ら彼女らの主張は至ってシンプルだ。
『今からでも邪神に恭順する道を選べ』『安全を確保せよ』『ハンターズソサエティは情報を全て開示せよ』
最初は小さいデモ活動から始まったそれは、多くの避難民も巻き込んで、更に巨大化していった。
大通りを占拠して進むデモ隊に対し、徹底抗戦を叫ぶ別の市民団体が立ち塞がり、治安は日に日に悪くなる。
衛兵がその都度、治めに出てくるが人口が膨れ上がった為、焼け石に水だ。
「覚醒者共は、自分達だけが助かろうとしている!」
「情報を隠しているハンターズソサエティは信用できない!」
「安全の確保を最優先すべき! 恭順せよ!」
死への恐怖から、過去や未来を失う事への恐怖へと煽動していくデモは、ついに一線を越えた。
避難してきた貧困層を巻き込んで、一部が暴徒と化して、暴れ出したのだ。
これに対し、衛兵が実力行使に出る――反発したデモ隊が更に声を荒げ、状況は最悪の方向へと進もうとしていた。
流石に、ギルド本部前まで暴徒は押し寄せていないが、喧騒は十分に響いていた。
紡伎 希(kz0174)はムスっとした表情で外の景色を眺め、大きく溜息をつくと、仮面の剣士に告げる。
「こんな状態になっていますので……外出する際はお気をつけ下さいね」
「……は、い」
擦れたような声で剣士は返した。
発声できるようになってきたのは良い事だが、取り巻く周囲の状況は悪化の一方だ。
「それにしても、流石ですね……短時間でのこの戦績」
希は剣士が達成した依頼書の数々を確認して呟いた。
傷は完全には癒えていないはずなのだが“東方最強”と呼ばれていただけあって、その実力は頼もしい限りだった。
剣士はジッとしたまま依頼の結果の事務手続きを待っていたが、急に視線を窓の外へと向けた。
――暴徒ではない。もっと違う方向の、何かを。
「どうしたのですか?」
尋ねたその時だった。
部屋に別の受付嬢が飛び込んできたのだ。
「大変だよ、希ちゃん! 恭順派と抗戦派が衝突して、避難民街が大混乱しているって!」
「これはハンター達の出番でしょうか?」
「そうなんだけど、それだけじゃなくて、来ちゃったよ!」
受付嬢が指さしたのは、剣士が見つめていた方角だった。
何が来たというのか。一瞬、そう思った希だったが、ズドンと胸に強烈なプレッシャーが襲った。
嫌な予感がする。今までにない以上、恐ろしいほどの緊張。
「まさか……邪神の眷属が?」
ここはリゼリオだ。主戦場から離れている。
だが、邪神の眷属の出現は全世界どこにでもだ。偶然にもこの地に現れた存在が居ても可笑しくはない。
「市民への対応と邪神眷属への対応……二つ同時に……」
優先すべきなのは敵を倒す事であるが、街の状況を放置しておく訳にもいかない。
しかし、具体的にどうすればいいか、希には分からなかった。
「示せ、ば、良い、戦いを」
助言するかのように剣士は言うと鞘を掴んだ。
「ネムレスさん?」
「戦って、いる、姿を。命を懸けて、誰かの、為に、戦う姿を」
恐らくは暴徒の全員が恭順派ではないはずだ。
誰かが扇動し、それに乗っかっているのだろう。だから、そんな扇動に惑わされないで、自分で見て感じて、何をすべきか、気がつかせるしかない。
「でも、どうやって? 流石に戦場に連れていく訳にもいきませんし」
「私がモニターの中継をやるわ」
受付嬢が頼もしくいうと、リアルブルー製のカメラを剣士へと投げた。
剣士はそのカメラを掴むと、何事も無かったかのように腕に括りつける。
「十数人、程度、ハンターを。眷属と、戦う」
仮面の剣士はそう告げると静かな物腰で部屋から出て行った。
あの人がいるのであれば、戦いで負ける事はない――そんな気がするが、敵も強力だ。油断はできない。
「よし、行きます! 私も!」
希が気合を入れて宣言した。
避難民街でモニターを設置する必要があるからだ。
ハンター達の本拠地であるハンターズソサエティ本部が置かれているリゼリオは、邪神との決戦における最重要拠点の一つであり、世界のどこよりも“安全”と認識されても不思議ではないだろう。
「えーと。難民申請の方は、こちらです~!」
受付嬢の一人が大声で告げる。
この街が“安全”ではないかと思う事で、近隣遠方問わず、人が避難してきたのだ。
その勢いは日に日に増え――ついには街中に入りきれずに街周辺や郊外にまで広がっていく。
「まぁ、こんなもんじゃな」
「こんなにも人が集まると逆に怖いですね」
お爺さんとおっさんの二人がそんな感想を呟きながら、馬車で古屋敷へと向かう。
先に住居を確保していたオキナと、偶然にも知り合いとなったルストという名の技術者の二人だ。
「オキナさん、ありがとうございます」
「なに、困ったときはお互い様じゃ。ちょうど、同居人もギルドで缶詰状態じゃしの」
ルストは技術者としてリゼリオの街中で働いていた。
普段は宿に泊まっていたのだが、この状況に宿が全て埋まり、泊まる場所を探していたのだ。
「同居人がいらっしゃったんですね?」
「まぁ……“仲間”とも“弟子”ともいえるがの」
「機会があれば、お会いしたいものです」
暫くは屋敷に帰って来ないだろうから、機会が訪れるかどうか分からないが。
オキナは頷くと、話題を変えるように周囲の光景を一瞥してから言った。
「それにしても酷いものじゃな。これでは暴徒化する可能性もあるぞい」
「……“選択肢”についてですか?」
ルストは首を傾げた。
邪神との決戦に向けて、慌ただしい日が続いているが、どこからか、別の話が出てきたのだ。
「『邪神に恭順すれば救われる』とな……まぁ、全ての情報が等しく全員に伝わる訳ではないからのぅ」
「大きな騒ぎにならなければいいですが。屋敷の方は大丈夫でしょうか?」
万が一、暴徒が屋敷に押し寄せたらと思うと恐ろしい。
オキナは簡単に返り討ちにするだろうが、多くの市民はそのような力は持っていないので、不安な日々を過ごしているかもしれない。
●暴徒
百人以上の集団が列を成してプラカードを掲げ、叫んでいた。
彼ら彼女らの主張は至ってシンプルだ。
『今からでも邪神に恭順する道を選べ』『安全を確保せよ』『ハンターズソサエティは情報を全て開示せよ』
最初は小さいデモ活動から始まったそれは、多くの避難民も巻き込んで、更に巨大化していった。
大通りを占拠して進むデモ隊に対し、徹底抗戦を叫ぶ別の市民団体が立ち塞がり、治安は日に日に悪くなる。
衛兵がその都度、治めに出てくるが人口が膨れ上がった為、焼け石に水だ。
「覚醒者共は、自分達だけが助かろうとしている!」
「情報を隠しているハンターズソサエティは信用できない!」
「安全の確保を最優先すべき! 恭順せよ!」
死への恐怖から、過去や未来を失う事への恐怖へと煽動していくデモは、ついに一線を越えた。
避難してきた貧困層を巻き込んで、一部が暴徒と化して、暴れ出したのだ。
これに対し、衛兵が実力行使に出る――反発したデモ隊が更に声を荒げ、状況は最悪の方向へと進もうとしていた。
流石に、ギルド本部前まで暴徒は押し寄せていないが、喧騒は十分に響いていた。
紡伎 希(kz0174)はムスっとした表情で外の景色を眺め、大きく溜息をつくと、仮面の剣士に告げる。
「こんな状態になっていますので……外出する際はお気をつけ下さいね」
「……は、い」
擦れたような声で剣士は返した。
発声できるようになってきたのは良い事だが、取り巻く周囲の状況は悪化の一方だ。
「それにしても、流石ですね……短時間でのこの戦績」
希は剣士が達成した依頼書の数々を確認して呟いた。
傷は完全には癒えていないはずなのだが“東方最強”と呼ばれていただけあって、その実力は頼もしい限りだった。
剣士はジッとしたまま依頼の結果の事務手続きを待っていたが、急に視線を窓の外へと向けた。
――暴徒ではない。もっと違う方向の、何かを。
「どうしたのですか?」
尋ねたその時だった。
部屋に別の受付嬢が飛び込んできたのだ。
「大変だよ、希ちゃん! 恭順派と抗戦派が衝突して、避難民街が大混乱しているって!」
「これはハンター達の出番でしょうか?」
「そうなんだけど、それだけじゃなくて、来ちゃったよ!」
受付嬢が指さしたのは、剣士が見つめていた方角だった。
何が来たというのか。一瞬、そう思った希だったが、ズドンと胸に強烈なプレッシャーが襲った。
嫌な予感がする。今までにない以上、恐ろしいほどの緊張。
「まさか……邪神の眷属が?」
ここはリゼリオだ。主戦場から離れている。
だが、邪神の眷属の出現は全世界どこにでもだ。偶然にもこの地に現れた存在が居ても可笑しくはない。
「市民への対応と邪神眷属への対応……二つ同時に……」
優先すべきなのは敵を倒す事であるが、街の状況を放置しておく訳にもいかない。
しかし、具体的にどうすればいいか、希には分からなかった。
「示せ、ば、良い、戦いを」
助言するかのように剣士は言うと鞘を掴んだ。
「ネムレスさん?」
「戦って、いる、姿を。命を懸けて、誰かの、為に、戦う姿を」
恐らくは暴徒の全員が恭順派ではないはずだ。
誰かが扇動し、それに乗っかっているのだろう。だから、そんな扇動に惑わされないで、自分で見て感じて、何をすべきか、気がつかせるしかない。
「でも、どうやって? 流石に戦場に連れていく訳にもいきませんし」
「私がモニターの中継をやるわ」
受付嬢が頼もしくいうと、リアルブルー製のカメラを剣士へと投げた。
剣士はそのカメラを掴むと、何事も無かったかのように腕に括りつける。
「十数人、程度、ハンターを。眷属と、戦う」
仮面の剣士はそう告げると静かな物腰で部屋から出て行った。
あの人がいるのであれば、戦いで負ける事はない――そんな気がするが、敵も強力だ。油断はできない。
「よし、行きます! 私も!」
希が気合を入れて宣言した。
避難民街でモニターを設置する必要があるからだ。
リプレイ本文
●黙し、戦う者
邪神への恭順を主張するデモ隊をGacrux(ka2726)は屋敷の屋根の上から眺めていた。
「ははは、これは大変だ。ソサエティが信用できないか。それは、俺も擁護できませんね」
ハンター達の本拠地であるリゼリオでこのようなデモ活動が発生している事態、既に異常な状況だ。
この動きをギルドの本部が想定していたのかどうかは分からない……いや、知っていたとしても、世界滅亡という事案の前では“取るに足らない”事かもしれないか。
――そうではない。
もし、そう考えていても、その声が届くかどうかは、また別の事だ。
「……オフィス職員は下の者達に過ぎない」
緑髪を揺らして受付嬢が忙しく走っている姿が見える。
Gacruxは槍を持つ手に力を込めた。ハンターの活動は慈善活動ではない。嫌気がさせば放棄だって出来るのだ。
だとしても、彼は戦う。不信や疑念があっても、戦う事に彼なりの意味がある限り――。
●祈りを呼ぶ者
暴徒と化した集団が暴れまわっている所へ、シガレット=ウナギパイ(ka2884)が姿を現した。
ハンターズソサエティの犬が来たぞと指差しされるが、シガレットは胸を張って歩みを止めない。
「とりあえず、落ち着こうぜェ」
「知るかボケ!」
無謀にも一人の男性が鉄パイプを振り下ろす。
――が、非覚醒者の一撃なぞ、熟達の覚醒者である彼に通用はしない。
「ひぃぃ!」
シガレットの強面の顔から放たれる睨みつけに怖じ気ついて、パイプを放り投げて逃げ出していった。
圧倒的なまでの実力差を直接認識する事で、火事場泥棒的な存在は冷静になる者もいるようだ。
銀 真白(ka4128)は暴徒からの容赦ない暴力に屈する事なく、呼び掛けを続けていた。
「今、ハンター達が迫って来る邪神の眷属と戦っている。その姿を見て欲しい」
「この……化け物め!」
幾ら叩こうか殴ろうか、刃物で切り付けても突き刺しても、引き下がらないハンターに暴徒は叫ぶ。
敵わぬと見て、こっそり逃げ出そうとする者とヒートアップする者と状況に巻き込まれた者が数多に入り乱れ、一帯は大混乱だ。
そんな中、志鷹 都(ka1140)は負傷者に声を掛けていた。
「怪我した方はこちらに」
即席の救護所として構えた場所にデモの波に押しつぶされた住民が担ぎ込まれる。
血が血を呼び、事態が悪い方向に進むのであれば、それを止める事も、暴徒集団への対策になるし、何より、このような形で怪我をしたりする事は、意味がない事だ。
救護所からやや離れた場所で、紡伎 希(kz0174)がモニターを設置すべく、準備に追われていた。
高い位置でモニターを固定しようとし、高く掲げた手に合わせるよう、Uisca Amhran(ka0754)が支える。
「ノゾミちゃん、モニターの設置を手伝うよ!」
「あ、ありがとうございます、イスカさん!」
押し寄せる暴徒がモニター設置の邪魔にならないように、不可視の境界を張るUisca。
彼女の協力を得て、希はモニターを固定させた。映像はそろそろ流れて来るはずだ。だが、その前に、やるべき事も多いのだが――。
●終焉への刀
この世ならざる形状・形質の皮膚装甲に、枯れ手のような翼を持つ邪神眷属。
不気味なまでの真っ赤な目がキラリと光り、負のマテリアルで形成された刃を振り下ろした。
それを仮面の剣士――ネムレス――は盾で受け止めると反撃の剣を振るう。
東方最強と謳われたこの人物が対峙しても、邪神眷属はそう簡単には倒れない。それほどの難敵なのだ。
(きっと、皆の戦う姿が人々の心に届く……私は、そんな皆を支えよう。それが、今の私に出来る事だから!)
心の中でそう決意すると、天竜寺 詩(ka0396)は覚醒状態に入る。
金色のオーラと共に出現した純白の片翼。今、自分自身が出来る事。それを成す為に。
「怪我したら治すからね。思いっきり戦って」
眼前で戦い続ける仮面の剣士の背を見つめながら告げる。
「背は……任せ、ましたよ……」
「うん。任せて!」
詩の支援は仮面の剣士だけではなく、周囲のハンターもカバーしていた。
歴戦のハンターといえども、油断すれば、危険。だから、ここは連携が大事な所だ。
ヴァイス・エリダヌス(ka0364)は通信機を通じ、希と連絡を取り合う。
「戦闘は始まっている。そちらの状況はどうだ?」
「もう、間もなく設置完了です」
「よし。こちらはいつでも大丈夫、だ!」
大鎌を振るって邪神眷属を後退させると、勢いそのままに大鎌を高く掲げた。
蒼き炎のようなオーラが立ち昇る。映像が流れるタイミングはとても大事であり、今回の依頼の要ともいえる。
仲間の合図にクリスティア・オルトワール(ka0131)は意識を集中させていた。
まだ、戦端は開かれたばかりであり、彼女は奥の敵に向かって魔法を唱える。
「戦う術を持たない人達にとって、死の恐怖とは耐え難いものですからね……」
覚醒者でなければ分からない事があるならば、その逆も然りかもしれない。
だからこそ“覚醒者が邪神と戦う”事を見せなければ、知って貰わなければいけない。
「見せられるとしたら、邪神に屈しない勇者の姿か、圧倒的な力で敵を屠る強者の姿か……」
強大な敵を打ち破る存在は、それはそれで恐怖かもしれないが、少なくとも“今”は良い方向に受け取ってくれるだろう。
そろそろ、映像が撮られるという事で、鞍馬 真(ka5819)は生唾を飲み込んだ。
「撮影されながら戦うって、なかなか落ち着かないものだね……」
眩い光を放ちながら、壮大な歌を唄っているというのもあるのかもしれない。
誰しも覚醒者の力を知っている訳ではないだろうから、モニターに映る彼の姿は見た人は、なんで唄いながら戦っているんだろうとか疑問に抱くかもしれない。
「だ、大丈夫だよね……」
流石に女装している状況ではないので、アイドルと間違えられる事は無い……だろう。きっと。
イツキ・ウィオラス(ka6512)は仲間達の援護の下、蛇節槍を振るっていた。
「人の目が有ろうと、やる事は同じ。この身、この魂を賭して、悪夢を、此処で断ち切ります」
視界の中に映る憧れの人の戦う姿を捉えるイツキ。
あの人はどんな状況でも綺麗に闘えるのだろうけど、まだ、そこに至っていない自分は無様でも戦い続けるしかない。
「それでも、私に出来るのは、突き進む事。全身全霊で、切り拓きます!」
穂先が煌めいたと思った次の瞬間、柄が七節に分かれ肢体を包むような軌道を描くと、マテリアルが流れる。
踏み込むと同時に放たれたマテリアルが一直線に飛び、邪神眷属を貫いていった。
それで倒れてくれればいいのだが、邪神眷属は頑健だ。
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は一瞬、眉をひそめる。デモ隊の喧騒が風に乗って此処まで聞こえたからだった。
「この段階でも人同士で争う、か……それでも、私は人が、この世界が好きなんだがな……」
戦いの最中に余計な事を考えられる程、自身は器用じゃないと思うが故に、アルトは気持ちを切り替える。
今は、敵を倒すのに必要な思考だけでいいのだ。どう見られていても、見る者が感じ取ればいい。自身はただ、一振りの刃であればいいだけ。
(ヒトを守る為に、この力を振るうのが、私の在り方だ……かつて、守れなかった時にそうなると決めたから……)
そう心の中で呟くと、彼女は奇怪な動きを繰り出す邪神眷属に刀先を向けた。
「シェオルども、私が終わりを届けてやろう」
奮戦するアルトと同じく、戦線を支えているキヅカ・リク(ka0038)は邪神眷属の攻撃を盾で受け止め、機導術で反撃していた。
「確かに怖いさ……強大な敵を前にして安全なんか何処にもない」
だから、デモ隊の気持ちは分からなくはない。死への恐怖。過去も未来も失くす事への絶望。
それでも、それを言い訳にして、諦めたくもないと思う。もし、姿勢が求められているのならば示すだけだ。
「立ち上がるんだ、今こそ……独りじゃない、此処には『僕ら』が居るってことを!」
二方向から押し寄せた邪神眷属を聖機剣と聖盾剣で受け止めると、力いっぱい跳ね除ける。
ハンター達が戦う理由を、世界を守り、未来へと繋げる意義を示す。時音 ざくろ(ka1250)はアルラウネ(ka4841)と共に武器を振るっていた。
「滅びの危機に人々が不安になるの良くわかるもん……」
「恭順したって一般人レベルだと歪虚とか雑魔になるだけなのにね」
――トンと二人は背中を合わす。
邪神眷属が枯れ手のような翼を前面に向けて叩きつけてきたが、それを二人はお互いでカバーしながら凌いだ。
「ざくろだって怖いし、不安だよ……だけど、だからこそ、今、ざくろ達が人々の希望になる!」
大切な人を、愛する人を失う事は辛い。けれど、それが分かるが故に戦うのだ。
「……ハーレムとなると守るのも多いもんね。ざくろん」
「そ、そうじゃなくて! あ、いや、そうなのだけど……って、言っていると!」
アルラウネの台詞に慌てて答えるざくろ。
そんな二人を切り裂くような邪神眷属の薙ぎ払いをざくろが強引に受け止めた。
斬撃で身体が真っ二つにはならなかったが、その衝撃は相当のものだ。
「危ない、ですよ……」
サクラ・エルフリード(ka2598)が回復魔法を唱えて、二人を支える。
邪神眷属の攻撃は強力だ。また、攻撃だけではなく様々な悪影響を及ぼす能力も厄介だった。
「助かったよ、サクラ」
「正しく、油断大敵ね」
「ただ倒すだけではダメそうですかね……此処は錬筋術士の力の見せ所でしょうか……」
攻撃一辺倒で乗り越えられるような戦場ではないという事だろう。
今の所、攻守のバランスは上手く機能している。錬筋術や奏唱士による唄は極めて有効だった。
バッドステータスへの支援を受けつつ、輝羽・零次(ka5974)は格闘武器を構えると啖呵をきっていた。
「いくぜ! かかってきやがれ!!」
こちらから行くのか、襲い掛かって来いといっているのか、というか、そもそも、この邪神眷属に言葉が通じているのか分からないが、こういうのは気合が大事だ。
仲間の攻撃に合わせて零次はマテリアルのオーラを残しつつ一気に距離を詰めると獲物を繰り出した。
1回受け流されても慌てない。練り上げられたマテリアルを放出して、驚くべき速さで連打を繰り出す。
「オラオラオラァ!」
「やるでちゅね! こちらも行きまちゅよ!」
幾枚もの符が飛翔すると、邪神眷属を光り輝く結界で焼く。
五色光符陣を放ったのは北谷王子 朝騎(ka5818)だった。
「耐性もなかなかあるでちゅね」
スキルアシストの効果もあるはずだが、半端な強度では行動を阻害させる事はできないようだ。
ダメージは確りと通っているので、阻害よりもダメージを蓄積させる方が良いだろうと判断した。
「まだ倒れねぇのか! しぶといぜ!」
「あ。ちょっと、やばいでちゅよ」
多段的に攻撃を受けたのが効いたのか邪神眷属が怒り狂ったように暴れ出した。
枯れ手の翼が二人を薙ぎ払うよりも早く、背後より斬られて、翼がドサリと大地に落ちると、異臭を放ちながら消えていく。
「……少なくてもやるべき事は、奴らを確実に潰す事だ」
疾影士としての能力を最大限に活かしながら戦っていた龍崎・カズマ(ka0178)がやったものだ。
振り返ろうとした邪神眷属を、そうなる前に星神器を構えて駆けた。
「彼らは我々を食うために来た。喰らって、同じ存在にしたいが為に……」
邪神に恭順するという事は“彼ら”になるという事だ。
自らが永遠でいる為に、別の世界の“明日”を奪う。
「もしかしたら“世界”を作れるかもしれない。だが、その為に、俺は俺を、今の世界を捨てたくない」
だからこそ、彼の手に、星神器は在る。
グッと力を込めて握ると、カズマは再び駆け出した。
戦闘はいよいよ本格的になってきた。互いに前衛がぶつかり合い、後衛が遠距離攻撃を繰り出す。
そんな中に氷雨 柊(ka6302)も戦い続けていた。
「私たちは最も危険な道を選んだ。皆さんが不安に思うのも、仕方ないこと」
戦線を突破されて後衛やリゼリオに行かれないように聖槍を大振りして邪神眷属を牽制する。
「それでも……ううん、だからこそ、私たちが前に立って戦うの」
万が一でも抜けられて損害が出たら、目にも当てられない状況になってしまうだろう。
誰かが戦わなければならないのであれば、それは自分達しかいない。だったら、起つしかないだろう。
「死にに行く為でなく、誰かを犠牲にする為ではなく、1人でも多くこの世界で『らしく』生きるために」
マテリアルを込めて叩きつけた一撃。
それを受け止めた邪神眷属だったが、別方向から続いた強力な魔法攻撃の勢いに数歩下がる。
「僕、魔王の卵……いえ。天秤なる守護者ですっ。悪い『願い』はじゅっとしちゃうですよ!」
義手を邪神眷属に向けながら、アルマ・A・エインズワース(ka4901)が宣言する。
人が存在しなければアルマが目指すものは成り立たない。
この世界を守る為に、邪神への誤った認識を掲げる人々を解放する――強い決意と共にアルマは守護者としての力を放つ。
「わっふ! ネムレスさん、一緒に頑張るですー!」
「……そうですね、アルマさん」
「むぅー!」
分かっているのだが、仮面の剣士の反応に唸るアルマ。
それでも二人の連携具合は阿吽の呼吸だ。両者が目まぐるしく立ち位置を変えながら、互いにフォローし合っていた。
●未来を拓く覚悟を
モニターの設置が成った。後は中継が流れるはずだが、その前に、やらなければならない事がある。
「ちゅぅぅぅもぉぉぉくぅぅぅ!!」
ミィリア(ka2689)がマッスルポーズで叫びながらマテリアルの光を放った。
スキルの能力よりも、ハンターが術か何かを使ったという事に意識が向いたようだ。
「……ミィリア達はちょっぴり頑丈だから、自分が痛いのはまだいいよ。でも仲間が、大切な人が、傷つくのを目の当たりにするのはツラくて!」
腹の底から叫ぶミィリア。
叫びがここに集まっている全員に聞こえているかどうか分からない。それでも、今、ミィリアが出来る事は、叫び続ける事だった。
「それでも! 皆……守りたいものが、譲れないものがあるから立ち向かってる!」
ノイズと共に映し出された映像には、この世の存在とは明らかに思えない邪神眷属の姿。
悲鳴のようなものが響く。それはそうだろう。映像は、この避難民街の間近なのだから。
「恐怖が目を曇らせ、人は見たいものしか見えなくなる」
マテリアルの光を発していたアウレール・V・ブラオラント(ka2531)は拡声器片手に、そう呼び掛けた。
「我々の力と覚悟が未来を拓くに足る事を示す!」
邪神眷属の強烈な一撃を受け止めるハンターの姿。
これは難しい話ではない。早い話、認めさせればいいのだ。ハンターは邪神に勝つという信用に足る事を。
もっとも話が通じないから今のような状況にもなっている訳だが……暴徒の幾人が、ハンターズソサエティへの不満を発する。
それらの声が大きくなる前に、魔導拡声器のハウリング音が遮った。
不快な音を止め、ミグ・ロマイヤー(ka0665)が空いている腕を斜めに高く挙げる。
「ならば、今こそ全てを明かそうではないか。そして、そなたら自身で決断を下すがいい」
一瞬の静寂に響いたミグの台詞に暴徒達はどよめく。
ミグは高く挙げた腕を力強く振りながら続けた。
「だが、一つ断っておくぞ。決断を下すのは己自身で行うのだぞ。決して、他人のせいにするでない。自身で決断を下さないのは無責任である!」
そして、ミグは己が知り得る限りの邪神との“選択肢”を丁寧に一つ一つ説明する。
誤った情報が独り歩きしてこの結果に至っているのであれば、正確な情報を伝える事は大切な事だ。
暴動を起こすような愚民ではあるが、一人一人は決して馬鹿ではない――ミグのその評価は厳しいが優しさでもある。
人倫を尽くし、そして、ハンター達の戦いを示して、彼らに決断させるつもりなのだ。誰かに強制されるものではないという事を。
「それでも恭順したいというのなら行けば良い。我らは止はせぬ。自分と世界の命運を左右する決断じゃからの」
モニターに流れる戦闘の様子は今の所、互角の状況だった。
勝ち馬に乗る――という選択は出来ない。それは、ある種、賭けのようなものだ。
「もし、恭順したら救われるのだとしたら……ハンターが歪虚と戦う必要はないはず……」
Uiscaがモニターの横に並び立つと、穏やかに告げる。
「でも、恭順しても救われたりしないんです!」
その言葉に暴徒達から戸惑う声が出て来る。
自分達が思っていた事と現実との乖離に、気が付きだしたのだろうか。
ちょうど良いタイミングで、戦場との音声が繋がる。ノイズが激しく途切れ途切れだが。
「邪神の眷属さん達……僕、君達が別の世界から来て、邪神から放り出されたって知ってるです」
それはアルマの声だった。
「……だからこそ、終わりにしてあげるですよ!」
ギリギリの所で邪神眷属の攻撃を避けながら、機導術を放つ。
これが恭順するという事の意味なのだ。恭順したら終わりではない。別世界への侵略の尖兵となるという事だ。
今一度、Uiscaは声を大にした。
「祈りが力になるんです。だから、私達を、未来を信じて祈って欲しいんです!」
「そうです! 想いをヒトツに出来たなら、それだけで立派に邪神への切り札でござる!」
ミィリアが一段高くなった場所で、小さい身体を精一杯、跳ねながら叫ぶ。
邪神との戦いで人同士が争う事だけは絶対に違うのだ。例え、戦う事は出来なくとも、祈る事は出来る。
「それだけ、想いの力は強いんだって、ミィリア達は知っているから!」
祈りがマテリアルを動かし、時として不可思議な力を発揮する場合がある。
マテリアルリンクとハンター達は呼んでいるが、それは、ハンターだけが出来る特権では無いと、ハンター達は知っていた。
ふと、台の上に上がろうとしている真白の姿にミィリアは気が付いた。さっと、手を差し出す。
真白は全身がボロボロだった。身体を張って、暴徒どもを受け止めていたのだろう。
差し出された手を確りと握り、彼女は台の上に上がると、暴徒だった集団に呼び掛ける。
「ハンターは確かに戦う力はあるが、無敵でも化け物でもない。殴られれば痛いし、斬られれば血が出る。痛い気持ちも怖い気持ちも貴方達と変わりはない」
痛々しいハンターの姿を見て、誰も声が出ないようだった。
覚醒者は別の存在ではなく、自分達と同じなのだと思い出したのだろうか。
「邪神に恭順すれば変わりなくいられるなどと誰が保障できる? その庇護下に入る事は歪虚となる事かも知れないと想像した事は?」
暴徒だった集団はお互いに顔を見合わす。
およそ勢いで始まったのだ。そこまで想像した事もないだろう。
「私は、私の大切な人達のそんな姿は見たくない。邪神は強敵だけど、それでも、私達を信じて欲しいと願う」
その時、モニターに映る映像が真っ赤に染まった。
誰か大きな傷を負ったのだろうか、悲鳴と恐怖が入り混じった叫びが広場に響く。
アウレールは集団が目を逸らさないようにとモニターに向かって腕を伸ばし、示し続ける。
「見よ、今まさに血を流し、それでもなお、立ち上がる者の姿を!」
よろめきながら槍を杖代わりに立ち上がるハンター。
一般人から見れば、もう戦える状況にはないように見えただろう。
「今すぐ、信用せよとまでは言わない。どうか見守っていて欲しい……絶望の必要などどこにもない。私達はまだ戦える! そして、必ず勝利してみせる!」
大仰な身振りの中に発せられた宣言と共に、映っていたハンターが穂先を繰り出した。
戦況の様子を食い入るように見つめる暴徒だった集団。
「それじゃ、何をどう戦ってるか、説明するぜェ。なんだか分からないんじゃ、応援のしようもねぇだろォ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべてシガレットが煙草を携帯灰皿に押し付けた。
恐らく、ここに集っている一般人の多くは、ハンターが使うスキルについて詳しくないだろう。
どんな風に戦って、そして“勝つ”のか、より正確に知って貰えれば、それだけ、信用の要素になるはずだ。
「今映っているのはなァ――」
●僕らが居る理由を
美しい金髪が風に流れ、振るった杖先にマテリアルの光が集う。
穢れのない橙色の瞳がカッと開かれると、一般人には想像絶する大魔法――隕石のような火球が降り注いだ。
それらが戦線の後ろに並ぶ邪神眷属に次々と直撃する。
業を煮やした邪神眷属共がワァっと迫ってきた。戦線を一気に突破するつもりなのだろうか。
途端にモニターの映像が崩れる。負のマテリアルの影響だ。
ノイズの激しさを増す中、二重の唄が響いた。
黒髪の青年が二人。一人は響劇剣を手に、静かな歌声と緩やかな剣舞がマテリアルの淡い光を前進から発していた。
もう一人は、邪神眷属に対し、歌い踊るように戦っていた。
「――不安は誰も同じ、だから――思い出して君の側の大切な人――諦めない想いが、人の力に――」
唄いながらパッと二人の立ち位置が交差する。剣舞しながらの思わぬ動きに邪神眷属の攻撃タイミングがズレる。
ただの歌や舞ではない。マテリアルを活性化させる、強力な術だ。
その援護を受けて、緑色の裸体かと一瞬、見間違うようなエルフの女性が大太刀を最上段に構えていた。
何か呟いたと思った次の瞬間、迫る邪神眷属に肉迫すると太刀を高速で振り下ろす。
邪神眷属はかなりの深手を与えているはずだが、まだ倒れない。それどころか勢いを増して、青年二人とエルフに逆襲してきた。
「危な――」
モニターを見ていた誰かが告げる。
しかし、3人とも邪神眷属の攻撃を弾き返していた。ハンター達が急に強くなった訳ではない。
法術陣に似た紋様の光を放つ全身鎧を身に着けた長い銀髪の聖導士が絶対の守護を敷く魔法を唱えたのだ。
一般人が受ければ跡形もなくされそうな邪神眷属の攻撃に耐えうる力を授ける力だ。
ヒュンヒュンと風景の中に符が飛んでいく。
得意気な表情で符を構えている少女が放った符術だ。符が宙で稲妻と化すと、邪神眷属を貫いていった。
だが、一方的な攻撃では終わらない。邪神眷属から反撃とばかりに、負のマテリアルの光線が一直線に飛んだ。
不気味な程に黒く光る不気味な攻撃。幾本かは盾で受け止めたが、続く攻撃は避けられそうになかった。
それを庇うように、拳鎚を装着した格闘士が受け止める。
格闘士の男性はかなりのダメージを既に負っているようだ。全身血と泥に汚れているが、その黒い瞳に宿る輝きは増している。
雄叫びをあげているのだろうか、何かを叫び、バンと拳同士をぶつけると、邪神眷属へと駆け出した。
すれ違うように別の邪神眷属が戦線を抜けようとした――が、巨大な手のような幻影に捕まれる。
その幻影の手は、聖槍の持つエルフのハンターから放たれたものだった。敵の移動を封じる力だ。
絶対に抜けさせはしない。そんな強い決意がモニター越しでもハッキリと分かる。
動きが止まった邪神眷属に不可思議な力を感じさせる槍を構える紫髪の少女。白と黒の光が彼女の周囲から零れる中、槍が眩い光を放った。
素人から見ても分かる。あれはただの槍ではないと……。刹那、一刺が空間を貫いた。
聞いたことのないような断末魔をあげて消え去っていく邪神眷属。
戦況は優勢か――と感じる間もなく、生き残っている邪神眷属共がハンター達に向かって一向に攻撃を放つ。
鋭い斬撃が、圧倒的な威力の魔法がハンター達に襲い掛かった。
成す術もなく攻撃を受けるハンター達。あまりの猛攻にモニターに映る光景は土煙で何も見えなくなった。
戦闘の音だけが続く中、誰しも固唾を飲んで見守る。
土煙が流れると、そこには左右非対称のデザインの機械鎧と聖盾剣で仲間達を守る青年の姿があった。
青年は周囲のハンター達に何かを呼び掛けると、聖機剣を高く掲げる。
“希望”の力を光雨として振らせる魔法だ。
傷ついても何度でも立ち上がり、立ち向かうハンター達の姿がそこにあった。
決して諦めない。戦い続ける姿……。彼が此処に居る理由を、誰かが説明しなくても、見て、十分に分かるだろう。
不意にモニターの視点が変わると、大空から邪神眷属が長身の男性と共に落ちてきた。
下敷きとなった邪神眷属に蒼機槍が深々と刺さっているが動きが止まる様子は見えない。
不気味な枯れ手の翼を振るうが、男性は冷静に攻撃を見切ると槍をそのままに間合いを取る。突き出した指先から5つの光の筋が迸った。
続いて、青きエルフの青年が追い打ちを掛けるように機導術を撃つ。
圧倒的な威力の光りが幾本も戦場を飛び交った。
赤毛の戦士が大鎌を大振りして邪神眷属へと迫る。
周囲の状況を確りと把握し、何か、仲間に呼び掛けていた。
撮られていると分かったのだろう。頬に血が流れているのも気にせずに、カメラに向かってグッと親指を立てた。
その傷、いや、戦士が優しい光に包まれるとみるみる塞がっていく。
片翼のようなオーラを背負った銀髪の女性が唱えた回復魔法のようだ。女性はニッコリと微笑むと、両腕を未だに残る邪神眷属へと向ける。
竜のブレスかと思うような白い光が放たれ、敵を貫いていく。誰も死なせず、人々を護り抜く決意と決して諦めない心を表すように。
邪神眷属は確かに数を減らしているが、まだ幾体か群れていた。
その中を高速で駆け抜ける影が二つ。
陽炎のようなオーラを残像として残しながら、戦場に降り立った女神のように、女性はマテリアルで創られた刀を振るう。
斬撃を無数に繰り出し、敵の攻撃は柳のようにユラリユラリと当たらない。
それを可能としているのは、彼女自身の戦闘力の高さと共に、フォローしている漆黒のハンターによる為だ。
紫紅色の光を発する籠手と不思議な光沢の短剣を手に、太陽のような圧倒的な輝きを持つ女性の影に徹している。
畳み掛けるチャンスが訪れたのだろうか、ハンター達は頷き合うと、残った数体の邪神眷属に向かって、一斉に駆け出すのであった。
ハンター達の活躍により、襲来してきた邪神眷属をリゼリオの街へ向かう前に全て討伐する事ができた。
また、避難民街で暴れていた暴徒達は説得に応じただけではなく、決戦に臨むハンター達を応援する立場へと至ったようだった。
おしまい
●未来への約束を
即席の救護所に運ばれる人が後を絶たない。
一連の暴動が治まって、状況把握が進んでいるだからこそだ。
「本当に邪神に勝てるのか?」
足を怪我した暴徒だった男が不安そうに尋ねてきた。
都は添え木を当てながらやさしく頷く。力を持たぬ暴徒達の不安な気持ちは解る。
だからこそ、知って欲しかった。邪神と戦うハンター達にも、大切な人が居る事を。
戦いにより、その大切な人を喪っても、それでも、平穏な未来を願い戦っている人が居る事を。
未来を喪う事を避ける為、彼らが命を賭して戦う事を決断した事の意味を。
「ハンターは最後の“希望”。貴方達にも出来る事はある」
「あるのか? こんな俺らでも」
「彼らを信じる事。その心は必ず彼らの力となり、世界の救済へと繋がるでしょう」
想いをヒトツにする。きっと、近いうちに求められるはずだ。
誰しもが明日を、未来を、迎える為に。
炊き出しの香りが辺りを包んでいた。暴動が起こったのは現状への不満だけではない。着の身着のまま逃げ出してきたので、貧しい生活を余儀なくされているからだ。
「怖いわよね。死にたくないわよね」
高瀬 未悠(ka3199)がそう言いながら、スープが入った器を避難民達に渡していた。
「貴方達も私達ハンターもその気持ちは同じよ」
「そうです。色んな不安があるんですよね」
二コリと笑うのは、エステル・クレティエ(ka3783)だった。
二人は別のアプローチで暴徒達を抑えようとした。それは結果的に、良い方向に進んでいた。
今回の暴動の理由は、単一の理由……ではないからだ。デモ活動自体は邪神への恭順だったが、暴徒達の理由は全てが同じとは限らない。
「お腹空いていますよね? 不安で夜も眠れない人もいるでしょう」
飢えと疲労から、行き場のない怒りや哀しみへと繋がり、それが暴動という形に向いた者もいたはずだ。
「少しだけですが気持ちを満たす、お手伝いをさせて下さい!」
「まだ、沢山あるわよ」
モニターからはハンター達が戦う姿が映し続けられている。
もっとも、戦況は有利な状態だ。拮抗していたが、地力で押し切った。そんな感じだろうか。
「……」
それでも不安そうにモニターを見つめる少年が居た。
暴動と生死を左右する戦いを見せられれば、心細くなるのも当然の事だろう。
「大丈夫ですよ。落ち着いて、落ちついて」
微笑みながら、ゆっくりとした動作でエステルは魔導マイクを握った。
ようやく、場が静かになってきたのだ。曲を入れる事で気持ちの支えになるのであれば、唄わないという選択はない。
「皆さんの声が私達の力です。どうか……一緒に歌いませんか?」
「そう……命を懸けてこの世界と貴方達を守ると約束するわ、だから、お願い……私達を信じて。生きる事を諦めないで。一緒に!」
手を取り合った未悠とエステルの姿に人々は頷いた。
暴動のような勢いはもう、此処にはない。けれど、そんな勢いよりも、もっと確かで力強い人々の想いと願いが、此処に在るのであった――。
邪神への恭順を主張するデモ隊をGacrux(ka2726)は屋敷の屋根の上から眺めていた。
「ははは、これは大変だ。ソサエティが信用できないか。それは、俺も擁護できませんね」
ハンター達の本拠地であるリゼリオでこのようなデモ活動が発生している事態、既に異常な状況だ。
この動きをギルドの本部が想定していたのかどうかは分からない……いや、知っていたとしても、世界滅亡という事案の前では“取るに足らない”事かもしれないか。
――そうではない。
もし、そう考えていても、その声が届くかどうかは、また別の事だ。
「……オフィス職員は下の者達に過ぎない」
緑髪を揺らして受付嬢が忙しく走っている姿が見える。
Gacruxは槍を持つ手に力を込めた。ハンターの活動は慈善活動ではない。嫌気がさせば放棄だって出来るのだ。
だとしても、彼は戦う。不信や疑念があっても、戦う事に彼なりの意味がある限り――。
●祈りを呼ぶ者
暴徒と化した集団が暴れまわっている所へ、シガレット=ウナギパイ(ka2884)が姿を現した。
ハンターズソサエティの犬が来たぞと指差しされるが、シガレットは胸を張って歩みを止めない。
「とりあえず、落ち着こうぜェ」
「知るかボケ!」
無謀にも一人の男性が鉄パイプを振り下ろす。
――が、非覚醒者の一撃なぞ、熟達の覚醒者である彼に通用はしない。
「ひぃぃ!」
シガレットの強面の顔から放たれる睨みつけに怖じ気ついて、パイプを放り投げて逃げ出していった。
圧倒的なまでの実力差を直接認識する事で、火事場泥棒的な存在は冷静になる者もいるようだ。
銀 真白(ka4128)は暴徒からの容赦ない暴力に屈する事なく、呼び掛けを続けていた。
「今、ハンター達が迫って来る邪神の眷属と戦っている。その姿を見て欲しい」
「この……化け物め!」
幾ら叩こうか殴ろうか、刃物で切り付けても突き刺しても、引き下がらないハンターに暴徒は叫ぶ。
敵わぬと見て、こっそり逃げ出そうとする者とヒートアップする者と状況に巻き込まれた者が数多に入り乱れ、一帯は大混乱だ。
そんな中、志鷹 都(ka1140)は負傷者に声を掛けていた。
「怪我した方はこちらに」
即席の救護所として構えた場所にデモの波に押しつぶされた住民が担ぎ込まれる。
血が血を呼び、事態が悪い方向に進むのであれば、それを止める事も、暴徒集団への対策になるし、何より、このような形で怪我をしたりする事は、意味がない事だ。
救護所からやや離れた場所で、紡伎 希(kz0174)がモニターを設置すべく、準備に追われていた。
高い位置でモニターを固定しようとし、高く掲げた手に合わせるよう、Uisca Amhran(ka0754)が支える。
「ノゾミちゃん、モニターの設置を手伝うよ!」
「あ、ありがとうございます、イスカさん!」
押し寄せる暴徒がモニター設置の邪魔にならないように、不可視の境界を張るUisca。
彼女の協力を得て、希はモニターを固定させた。映像はそろそろ流れて来るはずだ。だが、その前に、やるべき事も多いのだが――。
●終焉への刀
この世ならざる形状・形質の皮膚装甲に、枯れ手のような翼を持つ邪神眷属。
不気味なまでの真っ赤な目がキラリと光り、負のマテリアルで形成された刃を振り下ろした。
それを仮面の剣士――ネムレス――は盾で受け止めると反撃の剣を振るう。
東方最強と謳われたこの人物が対峙しても、邪神眷属はそう簡単には倒れない。それほどの難敵なのだ。
(きっと、皆の戦う姿が人々の心に届く……私は、そんな皆を支えよう。それが、今の私に出来る事だから!)
心の中でそう決意すると、天竜寺 詩(ka0396)は覚醒状態に入る。
金色のオーラと共に出現した純白の片翼。今、自分自身が出来る事。それを成す為に。
「怪我したら治すからね。思いっきり戦って」
眼前で戦い続ける仮面の剣士の背を見つめながら告げる。
「背は……任せ、ましたよ……」
「うん。任せて!」
詩の支援は仮面の剣士だけではなく、周囲のハンターもカバーしていた。
歴戦のハンターといえども、油断すれば、危険。だから、ここは連携が大事な所だ。
ヴァイス・エリダヌス(ka0364)は通信機を通じ、希と連絡を取り合う。
「戦闘は始まっている。そちらの状況はどうだ?」
「もう、間もなく設置完了です」
「よし。こちらはいつでも大丈夫、だ!」
大鎌を振るって邪神眷属を後退させると、勢いそのままに大鎌を高く掲げた。
蒼き炎のようなオーラが立ち昇る。映像が流れるタイミングはとても大事であり、今回の依頼の要ともいえる。
仲間の合図にクリスティア・オルトワール(ka0131)は意識を集中させていた。
まだ、戦端は開かれたばかりであり、彼女は奥の敵に向かって魔法を唱える。
「戦う術を持たない人達にとって、死の恐怖とは耐え難いものですからね……」
覚醒者でなければ分からない事があるならば、その逆も然りかもしれない。
だからこそ“覚醒者が邪神と戦う”事を見せなければ、知って貰わなければいけない。
「見せられるとしたら、邪神に屈しない勇者の姿か、圧倒的な力で敵を屠る強者の姿か……」
強大な敵を打ち破る存在は、それはそれで恐怖かもしれないが、少なくとも“今”は良い方向に受け取ってくれるだろう。
そろそろ、映像が撮られるという事で、鞍馬 真(ka5819)は生唾を飲み込んだ。
「撮影されながら戦うって、なかなか落ち着かないものだね……」
眩い光を放ちながら、壮大な歌を唄っているというのもあるのかもしれない。
誰しも覚醒者の力を知っている訳ではないだろうから、モニターに映る彼の姿は見た人は、なんで唄いながら戦っているんだろうとか疑問に抱くかもしれない。
「だ、大丈夫だよね……」
流石に女装している状況ではないので、アイドルと間違えられる事は無い……だろう。きっと。
イツキ・ウィオラス(ka6512)は仲間達の援護の下、蛇節槍を振るっていた。
「人の目が有ろうと、やる事は同じ。この身、この魂を賭して、悪夢を、此処で断ち切ります」
視界の中に映る憧れの人の戦う姿を捉えるイツキ。
あの人はどんな状況でも綺麗に闘えるのだろうけど、まだ、そこに至っていない自分は無様でも戦い続けるしかない。
「それでも、私に出来るのは、突き進む事。全身全霊で、切り拓きます!」
穂先が煌めいたと思った次の瞬間、柄が七節に分かれ肢体を包むような軌道を描くと、マテリアルが流れる。
踏み込むと同時に放たれたマテリアルが一直線に飛び、邪神眷属を貫いていった。
それで倒れてくれればいいのだが、邪神眷属は頑健だ。
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は一瞬、眉をひそめる。デモ隊の喧騒が風に乗って此処まで聞こえたからだった。
「この段階でも人同士で争う、か……それでも、私は人が、この世界が好きなんだがな……」
戦いの最中に余計な事を考えられる程、自身は器用じゃないと思うが故に、アルトは気持ちを切り替える。
今は、敵を倒すのに必要な思考だけでいいのだ。どう見られていても、見る者が感じ取ればいい。自身はただ、一振りの刃であればいいだけ。
(ヒトを守る為に、この力を振るうのが、私の在り方だ……かつて、守れなかった時にそうなると決めたから……)
そう心の中で呟くと、彼女は奇怪な動きを繰り出す邪神眷属に刀先を向けた。
「シェオルども、私が終わりを届けてやろう」
奮戦するアルトと同じく、戦線を支えているキヅカ・リク(ka0038)は邪神眷属の攻撃を盾で受け止め、機導術で反撃していた。
「確かに怖いさ……強大な敵を前にして安全なんか何処にもない」
だから、デモ隊の気持ちは分からなくはない。死への恐怖。過去も未来も失くす事への絶望。
それでも、それを言い訳にして、諦めたくもないと思う。もし、姿勢が求められているのならば示すだけだ。
「立ち上がるんだ、今こそ……独りじゃない、此処には『僕ら』が居るってことを!」
二方向から押し寄せた邪神眷属を聖機剣と聖盾剣で受け止めると、力いっぱい跳ね除ける。
ハンター達が戦う理由を、世界を守り、未来へと繋げる意義を示す。時音 ざくろ(ka1250)はアルラウネ(ka4841)と共に武器を振るっていた。
「滅びの危機に人々が不安になるの良くわかるもん……」
「恭順したって一般人レベルだと歪虚とか雑魔になるだけなのにね」
――トンと二人は背中を合わす。
邪神眷属が枯れ手のような翼を前面に向けて叩きつけてきたが、それを二人はお互いでカバーしながら凌いだ。
「ざくろだって怖いし、不安だよ……だけど、だからこそ、今、ざくろ達が人々の希望になる!」
大切な人を、愛する人を失う事は辛い。けれど、それが分かるが故に戦うのだ。
「……ハーレムとなると守るのも多いもんね。ざくろん」
「そ、そうじゃなくて! あ、いや、そうなのだけど……って、言っていると!」
アルラウネの台詞に慌てて答えるざくろ。
そんな二人を切り裂くような邪神眷属の薙ぎ払いをざくろが強引に受け止めた。
斬撃で身体が真っ二つにはならなかったが、その衝撃は相当のものだ。
「危ない、ですよ……」
サクラ・エルフリード(ka2598)が回復魔法を唱えて、二人を支える。
邪神眷属の攻撃は強力だ。また、攻撃だけではなく様々な悪影響を及ぼす能力も厄介だった。
「助かったよ、サクラ」
「正しく、油断大敵ね」
「ただ倒すだけではダメそうですかね……此処は錬筋術士の力の見せ所でしょうか……」
攻撃一辺倒で乗り越えられるような戦場ではないという事だろう。
今の所、攻守のバランスは上手く機能している。錬筋術や奏唱士による唄は極めて有効だった。
バッドステータスへの支援を受けつつ、輝羽・零次(ka5974)は格闘武器を構えると啖呵をきっていた。
「いくぜ! かかってきやがれ!!」
こちらから行くのか、襲い掛かって来いといっているのか、というか、そもそも、この邪神眷属に言葉が通じているのか分からないが、こういうのは気合が大事だ。
仲間の攻撃に合わせて零次はマテリアルのオーラを残しつつ一気に距離を詰めると獲物を繰り出した。
1回受け流されても慌てない。練り上げられたマテリアルを放出して、驚くべき速さで連打を繰り出す。
「オラオラオラァ!」
「やるでちゅね! こちらも行きまちゅよ!」
幾枚もの符が飛翔すると、邪神眷属を光り輝く結界で焼く。
五色光符陣を放ったのは北谷王子 朝騎(ka5818)だった。
「耐性もなかなかあるでちゅね」
スキルアシストの効果もあるはずだが、半端な強度では行動を阻害させる事はできないようだ。
ダメージは確りと通っているので、阻害よりもダメージを蓄積させる方が良いだろうと判断した。
「まだ倒れねぇのか! しぶといぜ!」
「あ。ちょっと、やばいでちゅよ」
多段的に攻撃を受けたのが効いたのか邪神眷属が怒り狂ったように暴れ出した。
枯れ手の翼が二人を薙ぎ払うよりも早く、背後より斬られて、翼がドサリと大地に落ちると、異臭を放ちながら消えていく。
「……少なくてもやるべき事は、奴らを確実に潰す事だ」
疾影士としての能力を最大限に活かしながら戦っていた龍崎・カズマ(ka0178)がやったものだ。
振り返ろうとした邪神眷属を、そうなる前に星神器を構えて駆けた。
「彼らは我々を食うために来た。喰らって、同じ存在にしたいが為に……」
邪神に恭順するという事は“彼ら”になるという事だ。
自らが永遠でいる為に、別の世界の“明日”を奪う。
「もしかしたら“世界”を作れるかもしれない。だが、その為に、俺は俺を、今の世界を捨てたくない」
だからこそ、彼の手に、星神器は在る。
グッと力を込めて握ると、カズマは再び駆け出した。
戦闘はいよいよ本格的になってきた。互いに前衛がぶつかり合い、後衛が遠距離攻撃を繰り出す。
そんな中に氷雨 柊(ka6302)も戦い続けていた。
「私たちは最も危険な道を選んだ。皆さんが不安に思うのも、仕方ないこと」
戦線を突破されて後衛やリゼリオに行かれないように聖槍を大振りして邪神眷属を牽制する。
「それでも……ううん、だからこそ、私たちが前に立って戦うの」
万が一でも抜けられて損害が出たら、目にも当てられない状況になってしまうだろう。
誰かが戦わなければならないのであれば、それは自分達しかいない。だったら、起つしかないだろう。
「死にに行く為でなく、誰かを犠牲にする為ではなく、1人でも多くこの世界で『らしく』生きるために」
マテリアルを込めて叩きつけた一撃。
それを受け止めた邪神眷属だったが、別方向から続いた強力な魔法攻撃の勢いに数歩下がる。
「僕、魔王の卵……いえ。天秤なる守護者ですっ。悪い『願い』はじゅっとしちゃうですよ!」
義手を邪神眷属に向けながら、アルマ・A・エインズワース(ka4901)が宣言する。
人が存在しなければアルマが目指すものは成り立たない。
この世界を守る為に、邪神への誤った認識を掲げる人々を解放する――強い決意と共にアルマは守護者としての力を放つ。
「わっふ! ネムレスさん、一緒に頑張るですー!」
「……そうですね、アルマさん」
「むぅー!」
分かっているのだが、仮面の剣士の反応に唸るアルマ。
それでも二人の連携具合は阿吽の呼吸だ。両者が目まぐるしく立ち位置を変えながら、互いにフォローし合っていた。
●未来を拓く覚悟を
モニターの設置が成った。後は中継が流れるはずだが、その前に、やらなければならない事がある。
「ちゅぅぅぅもぉぉぉくぅぅぅ!!」
ミィリア(ka2689)がマッスルポーズで叫びながらマテリアルの光を放った。
スキルの能力よりも、ハンターが術か何かを使ったという事に意識が向いたようだ。
「……ミィリア達はちょっぴり頑丈だから、自分が痛いのはまだいいよ。でも仲間が、大切な人が、傷つくのを目の当たりにするのはツラくて!」
腹の底から叫ぶミィリア。
叫びがここに集まっている全員に聞こえているかどうか分からない。それでも、今、ミィリアが出来る事は、叫び続ける事だった。
「それでも! 皆……守りたいものが、譲れないものがあるから立ち向かってる!」
ノイズと共に映し出された映像には、この世の存在とは明らかに思えない邪神眷属の姿。
悲鳴のようなものが響く。それはそうだろう。映像は、この避難民街の間近なのだから。
「恐怖が目を曇らせ、人は見たいものしか見えなくなる」
マテリアルの光を発していたアウレール・V・ブラオラント(ka2531)は拡声器片手に、そう呼び掛けた。
「我々の力と覚悟が未来を拓くに足る事を示す!」
邪神眷属の強烈な一撃を受け止めるハンターの姿。
これは難しい話ではない。早い話、認めさせればいいのだ。ハンターは邪神に勝つという信用に足る事を。
もっとも話が通じないから今のような状況にもなっている訳だが……暴徒の幾人が、ハンターズソサエティへの不満を発する。
それらの声が大きくなる前に、魔導拡声器のハウリング音が遮った。
不快な音を止め、ミグ・ロマイヤー(ka0665)が空いている腕を斜めに高く挙げる。
「ならば、今こそ全てを明かそうではないか。そして、そなたら自身で決断を下すがいい」
一瞬の静寂に響いたミグの台詞に暴徒達はどよめく。
ミグは高く挙げた腕を力強く振りながら続けた。
「だが、一つ断っておくぞ。決断を下すのは己自身で行うのだぞ。決して、他人のせいにするでない。自身で決断を下さないのは無責任である!」
そして、ミグは己が知り得る限りの邪神との“選択肢”を丁寧に一つ一つ説明する。
誤った情報が独り歩きしてこの結果に至っているのであれば、正確な情報を伝える事は大切な事だ。
暴動を起こすような愚民ではあるが、一人一人は決して馬鹿ではない――ミグのその評価は厳しいが優しさでもある。
人倫を尽くし、そして、ハンター達の戦いを示して、彼らに決断させるつもりなのだ。誰かに強制されるものではないという事を。
「それでも恭順したいというのなら行けば良い。我らは止はせぬ。自分と世界の命運を左右する決断じゃからの」
モニターに流れる戦闘の様子は今の所、互角の状況だった。
勝ち馬に乗る――という選択は出来ない。それは、ある種、賭けのようなものだ。
「もし、恭順したら救われるのだとしたら……ハンターが歪虚と戦う必要はないはず……」
Uiscaがモニターの横に並び立つと、穏やかに告げる。
「でも、恭順しても救われたりしないんです!」
その言葉に暴徒達から戸惑う声が出て来る。
自分達が思っていた事と現実との乖離に、気が付きだしたのだろうか。
ちょうど良いタイミングで、戦場との音声が繋がる。ノイズが激しく途切れ途切れだが。
「邪神の眷属さん達……僕、君達が別の世界から来て、邪神から放り出されたって知ってるです」
それはアルマの声だった。
「……だからこそ、終わりにしてあげるですよ!」
ギリギリの所で邪神眷属の攻撃を避けながら、機導術を放つ。
これが恭順するという事の意味なのだ。恭順したら終わりではない。別世界への侵略の尖兵となるという事だ。
今一度、Uiscaは声を大にした。
「祈りが力になるんです。だから、私達を、未来を信じて祈って欲しいんです!」
「そうです! 想いをヒトツに出来たなら、それだけで立派に邪神への切り札でござる!」
ミィリアが一段高くなった場所で、小さい身体を精一杯、跳ねながら叫ぶ。
邪神との戦いで人同士が争う事だけは絶対に違うのだ。例え、戦う事は出来なくとも、祈る事は出来る。
「それだけ、想いの力は強いんだって、ミィリア達は知っているから!」
祈りがマテリアルを動かし、時として不可思議な力を発揮する場合がある。
マテリアルリンクとハンター達は呼んでいるが、それは、ハンターだけが出来る特権では無いと、ハンター達は知っていた。
ふと、台の上に上がろうとしている真白の姿にミィリアは気が付いた。さっと、手を差し出す。
真白は全身がボロボロだった。身体を張って、暴徒どもを受け止めていたのだろう。
差し出された手を確りと握り、彼女は台の上に上がると、暴徒だった集団に呼び掛ける。
「ハンターは確かに戦う力はあるが、無敵でも化け物でもない。殴られれば痛いし、斬られれば血が出る。痛い気持ちも怖い気持ちも貴方達と変わりはない」
痛々しいハンターの姿を見て、誰も声が出ないようだった。
覚醒者は別の存在ではなく、自分達と同じなのだと思い出したのだろうか。
「邪神に恭順すれば変わりなくいられるなどと誰が保障できる? その庇護下に入る事は歪虚となる事かも知れないと想像した事は?」
暴徒だった集団はお互いに顔を見合わす。
およそ勢いで始まったのだ。そこまで想像した事もないだろう。
「私は、私の大切な人達のそんな姿は見たくない。邪神は強敵だけど、それでも、私達を信じて欲しいと願う」
その時、モニターに映る映像が真っ赤に染まった。
誰か大きな傷を負ったのだろうか、悲鳴と恐怖が入り混じった叫びが広場に響く。
アウレールは集団が目を逸らさないようにとモニターに向かって腕を伸ばし、示し続ける。
「見よ、今まさに血を流し、それでもなお、立ち上がる者の姿を!」
よろめきながら槍を杖代わりに立ち上がるハンター。
一般人から見れば、もう戦える状況にはないように見えただろう。
「今すぐ、信用せよとまでは言わない。どうか見守っていて欲しい……絶望の必要などどこにもない。私達はまだ戦える! そして、必ず勝利してみせる!」
大仰な身振りの中に発せられた宣言と共に、映っていたハンターが穂先を繰り出した。
戦況の様子を食い入るように見つめる暴徒だった集団。
「それじゃ、何をどう戦ってるか、説明するぜェ。なんだか分からないんじゃ、応援のしようもねぇだろォ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべてシガレットが煙草を携帯灰皿に押し付けた。
恐らく、ここに集っている一般人の多くは、ハンターが使うスキルについて詳しくないだろう。
どんな風に戦って、そして“勝つ”のか、より正確に知って貰えれば、それだけ、信用の要素になるはずだ。
「今映っているのはなァ――」
●僕らが居る理由を
美しい金髪が風に流れ、振るった杖先にマテリアルの光が集う。
穢れのない橙色の瞳がカッと開かれると、一般人には想像絶する大魔法――隕石のような火球が降り注いだ。
それらが戦線の後ろに並ぶ邪神眷属に次々と直撃する。
業を煮やした邪神眷属共がワァっと迫ってきた。戦線を一気に突破するつもりなのだろうか。
途端にモニターの映像が崩れる。負のマテリアルの影響だ。
ノイズの激しさを増す中、二重の唄が響いた。
黒髪の青年が二人。一人は響劇剣を手に、静かな歌声と緩やかな剣舞がマテリアルの淡い光を前進から発していた。
もう一人は、邪神眷属に対し、歌い踊るように戦っていた。
「――不安は誰も同じ、だから――思い出して君の側の大切な人――諦めない想いが、人の力に――」
唄いながらパッと二人の立ち位置が交差する。剣舞しながらの思わぬ動きに邪神眷属の攻撃タイミングがズレる。
ただの歌や舞ではない。マテリアルを活性化させる、強力な術だ。
その援護を受けて、緑色の裸体かと一瞬、見間違うようなエルフの女性が大太刀を最上段に構えていた。
何か呟いたと思った次の瞬間、迫る邪神眷属に肉迫すると太刀を高速で振り下ろす。
邪神眷属はかなりの深手を与えているはずだが、まだ倒れない。それどころか勢いを増して、青年二人とエルフに逆襲してきた。
「危な――」
モニターを見ていた誰かが告げる。
しかし、3人とも邪神眷属の攻撃を弾き返していた。ハンター達が急に強くなった訳ではない。
法術陣に似た紋様の光を放つ全身鎧を身に着けた長い銀髪の聖導士が絶対の守護を敷く魔法を唱えたのだ。
一般人が受ければ跡形もなくされそうな邪神眷属の攻撃に耐えうる力を授ける力だ。
ヒュンヒュンと風景の中に符が飛んでいく。
得意気な表情で符を構えている少女が放った符術だ。符が宙で稲妻と化すと、邪神眷属を貫いていった。
だが、一方的な攻撃では終わらない。邪神眷属から反撃とばかりに、負のマテリアルの光線が一直線に飛んだ。
不気味な程に黒く光る不気味な攻撃。幾本かは盾で受け止めたが、続く攻撃は避けられそうになかった。
それを庇うように、拳鎚を装着した格闘士が受け止める。
格闘士の男性はかなりのダメージを既に負っているようだ。全身血と泥に汚れているが、その黒い瞳に宿る輝きは増している。
雄叫びをあげているのだろうか、何かを叫び、バンと拳同士をぶつけると、邪神眷属へと駆け出した。
すれ違うように別の邪神眷属が戦線を抜けようとした――が、巨大な手のような幻影に捕まれる。
その幻影の手は、聖槍の持つエルフのハンターから放たれたものだった。敵の移動を封じる力だ。
絶対に抜けさせはしない。そんな強い決意がモニター越しでもハッキリと分かる。
動きが止まった邪神眷属に不可思議な力を感じさせる槍を構える紫髪の少女。白と黒の光が彼女の周囲から零れる中、槍が眩い光を放った。
素人から見ても分かる。あれはただの槍ではないと……。刹那、一刺が空間を貫いた。
聞いたことのないような断末魔をあげて消え去っていく邪神眷属。
戦況は優勢か――と感じる間もなく、生き残っている邪神眷属共がハンター達に向かって一向に攻撃を放つ。
鋭い斬撃が、圧倒的な威力の魔法がハンター達に襲い掛かった。
成す術もなく攻撃を受けるハンター達。あまりの猛攻にモニターに映る光景は土煙で何も見えなくなった。
戦闘の音だけが続く中、誰しも固唾を飲んで見守る。
土煙が流れると、そこには左右非対称のデザインの機械鎧と聖盾剣で仲間達を守る青年の姿があった。
青年は周囲のハンター達に何かを呼び掛けると、聖機剣を高く掲げる。
“希望”の力を光雨として振らせる魔法だ。
傷ついても何度でも立ち上がり、立ち向かうハンター達の姿がそこにあった。
決して諦めない。戦い続ける姿……。彼が此処に居る理由を、誰かが説明しなくても、見て、十分に分かるだろう。
不意にモニターの視点が変わると、大空から邪神眷属が長身の男性と共に落ちてきた。
下敷きとなった邪神眷属に蒼機槍が深々と刺さっているが動きが止まる様子は見えない。
不気味な枯れ手の翼を振るうが、男性は冷静に攻撃を見切ると槍をそのままに間合いを取る。突き出した指先から5つの光の筋が迸った。
続いて、青きエルフの青年が追い打ちを掛けるように機導術を撃つ。
圧倒的な威力の光りが幾本も戦場を飛び交った。
赤毛の戦士が大鎌を大振りして邪神眷属へと迫る。
周囲の状況を確りと把握し、何か、仲間に呼び掛けていた。
撮られていると分かったのだろう。頬に血が流れているのも気にせずに、カメラに向かってグッと親指を立てた。
その傷、いや、戦士が優しい光に包まれるとみるみる塞がっていく。
片翼のようなオーラを背負った銀髪の女性が唱えた回復魔法のようだ。女性はニッコリと微笑むと、両腕を未だに残る邪神眷属へと向ける。
竜のブレスかと思うような白い光が放たれ、敵を貫いていく。誰も死なせず、人々を護り抜く決意と決して諦めない心を表すように。
邪神眷属は確かに数を減らしているが、まだ幾体か群れていた。
その中を高速で駆け抜ける影が二つ。
陽炎のようなオーラを残像として残しながら、戦場に降り立った女神のように、女性はマテリアルで創られた刀を振るう。
斬撃を無数に繰り出し、敵の攻撃は柳のようにユラリユラリと当たらない。
それを可能としているのは、彼女自身の戦闘力の高さと共に、フォローしている漆黒のハンターによる為だ。
紫紅色の光を発する籠手と不思議な光沢の短剣を手に、太陽のような圧倒的な輝きを持つ女性の影に徹している。
畳み掛けるチャンスが訪れたのだろうか、ハンター達は頷き合うと、残った数体の邪神眷属に向かって、一斉に駆け出すのであった。
ハンター達の活躍により、襲来してきた邪神眷属をリゼリオの街へ向かう前に全て討伐する事ができた。
また、避難民街で暴れていた暴徒達は説得に応じただけではなく、決戦に臨むハンター達を応援する立場へと至ったようだった。
おしまい
●未来への約束を
即席の救護所に運ばれる人が後を絶たない。
一連の暴動が治まって、状況把握が進んでいるだからこそだ。
「本当に邪神に勝てるのか?」
足を怪我した暴徒だった男が不安そうに尋ねてきた。
都は添え木を当てながらやさしく頷く。力を持たぬ暴徒達の不安な気持ちは解る。
だからこそ、知って欲しかった。邪神と戦うハンター達にも、大切な人が居る事を。
戦いにより、その大切な人を喪っても、それでも、平穏な未来を願い戦っている人が居る事を。
未来を喪う事を避ける為、彼らが命を賭して戦う事を決断した事の意味を。
「ハンターは最後の“希望”。貴方達にも出来る事はある」
「あるのか? こんな俺らでも」
「彼らを信じる事。その心は必ず彼らの力となり、世界の救済へと繋がるでしょう」
想いをヒトツにする。きっと、近いうちに求められるはずだ。
誰しもが明日を、未来を、迎える為に。
炊き出しの香りが辺りを包んでいた。暴動が起こったのは現状への不満だけではない。着の身着のまま逃げ出してきたので、貧しい生活を余儀なくされているからだ。
「怖いわよね。死にたくないわよね」
高瀬 未悠(ka3199)がそう言いながら、スープが入った器を避難民達に渡していた。
「貴方達も私達ハンターもその気持ちは同じよ」
「そうです。色んな不安があるんですよね」
二コリと笑うのは、エステル・クレティエ(ka3783)だった。
二人は別のアプローチで暴徒達を抑えようとした。それは結果的に、良い方向に進んでいた。
今回の暴動の理由は、単一の理由……ではないからだ。デモ活動自体は邪神への恭順だったが、暴徒達の理由は全てが同じとは限らない。
「お腹空いていますよね? 不安で夜も眠れない人もいるでしょう」
飢えと疲労から、行き場のない怒りや哀しみへと繋がり、それが暴動という形に向いた者もいたはずだ。
「少しだけですが気持ちを満たす、お手伝いをさせて下さい!」
「まだ、沢山あるわよ」
モニターからはハンター達が戦う姿が映し続けられている。
もっとも、戦況は有利な状態だ。拮抗していたが、地力で押し切った。そんな感じだろうか。
「……」
それでも不安そうにモニターを見つめる少年が居た。
暴動と生死を左右する戦いを見せられれば、心細くなるのも当然の事だろう。
「大丈夫ですよ。落ち着いて、落ちついて」
微笑みながら、ゆっくりとした動作でエステルは魔導マイクを握った。
ようやく、場が静かになってきたのだ。曲を入れる事で気持ちの支えになるのであれば、唄わないという選択はない。
「皆さんの声が私達の力です。どうか……一緒に歌いませんか?」
「そう……命を懸けてこの世界と貴方達を守ると約束するわ、だから、お願い……私達を信じて。生きる事を諦めないで。一緒に!」
手を取り合った未悠とエステルの姿に人々は頷いた。
暴動のような勢いはもう、此処にはない。けれど、そんな勢いよりも、もっと確かで力強い人々の想いと願いが、此処に在るのであった――。
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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質問卓 アルマ・A・エインズワース(ka4901) エルフ|26才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2019/07/08 18:22:18 |
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相談卓 鞍馬 真(ka5819) 人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/07/10 03:27:52 |
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眷属討伐用相談卓 鞍馬 真(ka5819) 人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/07/09 23:08:05 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/07/08 21:25:51 |