ゲスト
(ka0000)
【金糸篇】石割の娘におやすみを
マスター:三田村 薫

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~5人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/07/24 12:00
- 完成日
- 2019/08/02 01:39
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●生まれ故郷
先日、アルトゥーロ司祭の教会にて、配下の蜘蛛型歪虚と合体した歪虚、アウグスタ(kz0275)はその場から逃走、町を飛び出した。その後、ハンターオフィスの調べで現在地が判明した。
二十年前に歪虚襲撃によって壊滅した廃村……彼女の生まれ故郷だ。
●Home sweet home
「石割の娘、か」
オフィス職員・C.J.(kz0273)は資料を眺めて呟いた。
「帰って来たのですね。蜘蛛と一緒に出て行って、蜘蛛と一緒に帰ってきたのか……」
アンニュイな表情で、アルトゥーロがため息を吐いた。大きな弓を背負っている。その隣でライフルに弾丸を込めているのはヴィルジーリオ(kz0278)だ。
「元々、あの村が根城だったのでしょうか。それとも、そんなこと忘れて方々を転々としていたのか……」
「廃村に女の子が出入りしていた、なんてすぐに知られるよ。戻るのは今回が初めてじゃないかな」
というのがC.J.の見解だ。
「あんなにならないと家にも帰れない」
アルトゥーロが首を横に振る。
「結局、誰も迎えに来ず、一人で帰りましたね」
「まあ、そう言うこと。そもそも死んだのだって不本意だっただろう。八歳だぜ。上手く行かないことばっかりだ。そう考えると可哀想な子だけど……」
「ええ、わかっています。ここで決着を付けないと」
生き残りは頷いた。装填を終えたヴィルジーリオは、同じようにライフルを背負う。
「さて、彼らは集まっているんですよね?」
アウグスタを追っているハンターたちのことだ。C.J.は頷いた。
「うん。もう来てる筈だ。よろしく頼むよ。それにしても」
資料をめくる。
「生きてたら二十八歳かぁ……案外僕とも歳が近いな。生きてたら、どんな大人だったんだろうね」
●アウグスタ・アラクネー
「と、言うことで、大型蜘蛛歪虚。アウグスタ・アラクネーと呼んでおこう。こいつが元気を取り戻す前に片を付けてくれ」
C.J.は集まったハンターたちにそう言って説明を始めた。
「前回、脚一本残して手足をもいだんだろ? そのダメージはかなりあるはずだ。元の形を保っていられなくて蜘蛛と合体したと言うことは、そのままでは存在の危機だったということだと思う。蜘蛛とくっついたことで足りないところは埋めただろうけど、そんな急ごしらえ、使いこなせるわけがない。馴染む前に叩く。具体的には倒す」
彼は、前回の戦いに参加したハンターたちの証言から描かれた、アウグスタ・アラクネーのスケッチを見た。大きな蜘蛛の上半身が、少女のものになっている。そのアンバランスさが気持ち悪い。
「こんなの、市街地に出てみろよ……ぞっとしないね。人間形態の時はソウルエッジとかファミリアアタックみたいな技を使ってたみたいだね。流石に鞭はもう使ってこないだろうけど、あのデカブツに負のマテリアルが乗った一撃でぶん殴られるとか……想像するだけで恐ろしいよ。充分気をつけてほしい」
彼は顔を上げた。
「一人も欠けずに帰って来てね」
●決戦
案内はアルトゥーロがした。ハンターたちは、廃村に辿り着く。アウグスタ・アラクネーがいるかどうかはすぐにわかった。甲高い叫び声が断続的に聞こえるからだ。
「いましたね」
ヴィルジーリオが目を細めた。大きな金属音を立てながら、少女の上半身をした大蜘蛛が歩いている。ハンターたちは顔を見合わせた。
「行きましょう」
アルトゥーロの、決心を固めた声。
アウグスタがこちらに気付いた。姿勢を低くして、威嚇するように叫ぶ。上半身は見覚えのあるワンピースで、その肩からは尖った前脚が飛び出し、ハンターたちを見つけるや、負のマテリアルを纏う。
「ここでお別れだ、アウグスタ。今度こそ、君はあるべき場所に還るべきだ。僕を殺そうとしたこと、彼を殺そうとしたこと、大勢を殺したこと、その罪は消えない。けれど、君がこれ以上の罪を重ねることを止めることはできる」
アルトゥーロが高らかに宣言する。
「あの襲撃は終わっていない。あの時死んだ君が歪虚になってしまった。君の始末をつけるまで、終わらない、終われない」
アウグスタが咆吼した。強く地面を踏みつけて、こちらに向かってくる。傷んだ家が揺れた。
「あなたの為に祈りましょう」
ヴィルジーリオがライフルを構えた。
「その前に説法が要りそうだけどな」
祈りの時間に会いましょう。
今度こそ、死出の旅路に送り出す。
蜘蛛と遊ぶ娘にさよならを。石割の娘におやすみを。
二度と会うことのないように。
先日、アルトゥーロ司祭の教会にて、配下の蜘蛛型歪虚と合体した歪虚、アウグスタ(kz0275)はその場から逃走、町を飛び出した。その後、ハンターオフィスの調べで現在地が判明した。
二十年前に歪虚襲撃によって壊滅した廃村……彼女の生まれ故郷だ。
●Home sweet home
「石割の娘、か」
オフィス職員・C.J.(kz0273)は資料を眺めて呟いた。
「帰って来たのですね。蜘蛛と一緒に出て行って、蜘蛛と一緒に帰ってきたのか……」
アンニュイな表情で、アルトゥーロがため息を吐いた。大きな弓を背負っている。その隣でライフルに弾丸を込めているのはヴィルジーリオ(kz0278)だ。
「元々、あの村が根城だったのでしょうか。それとも、そんなこと忘れて方々を転々としていたのか……」
「廃村に女の子が出入りしていた、なんてすぐに知られるよ。戻るのは今回が初めてじゃないかな」
というのがC.J.の見解だ。
「あんなにならないと家にも帰れない」
アルトゥーロが首を横に振る。
「結局、誰も迎えに来ず、一人で帰りましたね」
「まあ、そう言うこと。そもそも死んだのだって不本意だっただろう。八歳だぜ。上手く行かないことばっかりだ。そう考えると可哀想な子だけど……」
「ええ、わかっています。ここで決着を付けないと」
生き残りは頷いた。装填を終えたヴィルジーリオは、同じようにライフルを背負う。
「さて、彼らは集まっているんですよね?」
アウグスタを追っているハンターたちのことだ。C.J.は頷いた。
「うん。もう来てる筈だ。よろしく頼むよ。それにしても」
資料をめくる。
「生きてたら二十八歳かぁ……案外僕とも歳が近いな。生きてたら、どんな大人だったんだろうね」
●アウグスタ・アラクネー
「と、言うことで、大型蜘蛛歪虚。アウグスタ・アラクネーと呼んでおこう。こいつが元気を取り戻す前に片を付けてくれ」
C.J.は集まったハンターたちにそう言って説明を始めた。
「前回、脚一本残して手足をもいだんだろ? そのダメージはかなりあるはずだ。元の形を保っていられなくて蜘蛛と合体したと言うことは、そのままでは存在の危機だったということだと思う。蜘蛛とくっついたことで足りないところは埋めただろうけど、そんな急ごしらえ、使いこなせるわけがない。馴染む前に叩く。具体的には倒す」
彼は、前回の戦いに参加したハンターたちの証言から描かれた、アウグスタ・アラクネーのスケッチを見た。大きな蜘蛛の上半身が、少女のものになっている。そのアンバランスさが気持ち悪い。
「こんなの、市街地に出てみろよ……ぞっとしないね。人間形態の時はソウルエッジとかファミリアアタックみたいな技を使ってたみたいだね。流石に鞭はもう使ってこないだろうけど、あのデカブツに負のマテリアルが乗った一撃でぶん殴られるとか……想像するだけで恐ろしいよ。充分気をつけてほしい」
彼は顔を上げた。
「一人も欠けずに帰って来てね」
●決戦
案内はアルトゥーロがした。ハンターたちは、廃村に辿り着く。アウグスタ・アラクネーがいるかどうかはすぐにわかった。甲高い叫び声が断続的に聞こえるからだ。
「いましたね」
ヴィルジーリオが目を細めた。大きな金属音を立てながら、少女の上半身をした大蜘蛛が歩いている。ハンターたちは顔を見合わせた。
「行きましょう」
アルトゥーロの、決心を固めた声。
アウグスタがこちらに気付いた。姿勢を低くして、威嚇するように叫ぶ。上半身は見覚えのあるワンピースで、その肩からは尖った前脚が飛び出し、ハンターたちを見つけるや、負のマテリアルを纏う。
「ここでお別れだ、アウグスタ。今度こそ、君はあるべき場所に還るべきだ。僕を殺そうとしたこと、彼を殺そうとしたこと、大勢を殺したこと、その罪は消えない。けれど、君がこれ以上の罪を重ねることを止めることはできる」
アルトゥーロが高らかに宣言する。
「あの襲撃は終わっていない。あの時死んだ君が歪虚になってしまった。君の始末をつけるまで、終わらない、終われない」
アウグスタが咆吼した。強く地面を踏みつけて、こちらに向かってくる。傷んだ家が揺れた。
「あなたの為に祈りましょう」
ヴィルジーリオがライフルを構えた。
「その前に説法が要りそうだけどな」
祈りの時間に会いましょう。
今度こそ、死出の旅路に送り出す。
蜘蛛と遊ぶ娘にさよならを。石割の娘におやすみを。
二度と会うことのないように。
リプレイ本文
●告別
「あの子が選んだのは、ここか……」
レオン(ka5108)はペガサスのジルベスタを伴って村に入った。神霊樹ライブラリで見てはいたが、こうして生身で訪れるのは初めてだ。
あの時は阿鼻叫喚だったが……今は無人で寂れている。何があったのか知ってる彼には、ひどくもの悲しい姿に思えた。
「……決着を、付けよう。ここで終わらせるんだ」
鞍馬 真(ka5819)も硬い表情で決意を言葉にする。
「いましたね」
ヴィルジーリオがアウグスタを見つけた。向こうもこちらを見つけた。威嚇するように叫んでいる。
「やあやあ元気そうだね! なんて、もう声も聞こえちゃいないかな?」
ペガサスに乗ったフワ ハヤテ(ka0004)が屈託なく声を掛ける。相手が化け物であることなどまるで気にしていない。小さいままのアウグスタに掛けるかのような調子だ。
「以前言った通り、あの世へのお迎えに来てあげたよ」
聞こえてはいるが、意味は理解していないだろう。こちらを睨み、歯を剥き出しにしている。敵対視されていることは明らかだ。
にらみ合いがしばらく続いた。やがて、砂を踏む音が唐突に動いた。レグルスが駆け出したのだ。それを合図にするように、ハヤテがペガサスに飛翔の指示を出す。本人は背後にストーンサークルを展開させた。
「アウグスタ──!」
真の目が一瞬だけ金色に光り、その視線は正面からアウグスタの狂った瞳とぶつかった。
互いのツケを清算しよう。望むところだ。
バイクと馬も走り出した。控えていた小型の蜘蛛も、一斉に走り出す。
お別れの戦いが始まった。
●それぞれの決意
オペレッタが奏でる月影の唄が、イェジドの背中から流れてくる。真はレグルスを走らせると、カ・ディンギルを掲げた。
「ヤルダバオート!」
認識阻害の結界を張りながら接近すると、アウグスタが姿勢を低くした。「見えにくいもの」に警戒しているらしい。
「頼むよ、ジルベスタ」
レオンはペガサスにエナジーレインを指示した。彼自身はソウルエッジをアルマス・ノヴァに纏わせる。
「ポルン!」
レイア・アローネ(ka4082)も、自分のポロウに指示を出している。惑わすホーで相手の命中を下げる作戦だ。
「……決着をつけよう、アウグスタ!」
どうしても憎みきれなかった。レイアにとって、アウグスタは歪虚であると同時に、一人の少女でもあった。
攻めの構えをとった上で、マテリアルオーラを纏う。さらに、星神器にソウルエッジを掛け、最大限威力が出るように準備をする。
(痛めつけるのは本意ではない)
もう充分、彼女は怖い思いをしたのだから。
(大きな攻撃を積み重ねて出来るだけ早く終わらせてやろう)
「ごめんなさいね」
イリアス(ka0789)は赤い大弓を構えながら呟いた。
「……私は今でもわからないわ」
嫌いだから戦ってるわけじゃないもの。
「けど、撃たないといけないことだけはわかるの」
とにかく、周辺の蜘蛛を減らさなくてはならない。イリアスは弓を空に向けた。
「ごめんなさいね」
もう一度、声に出す。放たれた矢がマテリアルを纏って地に落ちた。小蜘蛛がひっくり返る。
●宝術
一方、上空のハヤテはアウグスタの横合いから、なるべく小型蜘蛛を巻き込める場所を狙って接近した。ストーンサークルの維持に集中している彼は、移動をペガサスに托している。
宝術:ネプチューン。水流を生み出す人魚の精霊を召喚する。蜘蛛が螺旋状の水流に巻き込まれて噴き上げられた。アウグスタにも水流はぶつかる。驚いたのか怒ったのか、彼女はうなり声を上げてこちらを向いた。
「気をつけて」
ヴィルジーリオはレオンにストーンアーマーをかける。大地の裂け目でも、レオンが大蜘蛛の攻撃を引き受けたところは見ていた。避けない、受け止めるのであれば、それに耐えうる防御が肝要になる。
アウグスタは、飛び回るペガサスを追うのを諦めたらしい。両腕にソウルエッジの様な、負のマテリアルを纏わせる。そのまま殴り掛かるかと思いきや……口から毒液を広範囲に噴霧した。
しかし、ヤルダバオートの認識阻害が聞いているようで、アウグスタはハンターたちがいる方向とは微妙に外れた方を狙った。レグルスが横に跳ぶ。
それに合わせるように、小蜘蛛が飛びかかってきた。
「くそっ! 数が多い!」
それらの攻撃を回避し、糸を断ち切りながらレイアが叫んだ。この数は暴力だ。
「レグルス、頼むよ!」
スティールステップでレグルスが回避する。真は相棒に回避を任せ、自分はアウグスタの様子の観察に専念した。
今回、真は守りを捨てている。レオンが防御を固めて攻撃を引き受けるのとは対象的に、相手の攻撃をかいくぐって叩き込む戦略で来ている。だから、当たれば普段よりもダメージが入る。だが、彼はレグルスの脚を信じた。
イリアスも、身軽な動きで小蜘蛛の攻撃を回避した。クリスタルブーツが動く度に煌めき、ドレスの裾がはためいた。
「いや、ボクだけ空の上で申し訳ないね」
全く申し訳なさそうに見えないハヤテが言うが、アウグスタは何も言わない。
「大丈夫! フワさんは上からの援護をお願いするよ!」
「そうよ、ハヤテさんはそこにいて!」
真とイリアスが口々に答えた。レイアはアウグスタに向かってそれどころではないようだ。
「それじゃ反撃と行こう」
再びネプチューン。水流が蜘蛛とアウグスタを抉るように巻き込んでいく。小蜘蛛が吹き飛んだ。
「鞍馬さん!」
「うん!」
レオンと真が、武器のマテリアルを放出した。二振りの剣から放たれる力の奔流は、凄まじいエネルギーを伴って疾走する。
それが通り過ぎると、レイアが地面を蹴った。カオスウィースと天羽羽斬で打ちかかり、その動きから続けてオーラの斬撃を放つ。
イリアスの弓が、高い弦の音を立てて手の中で回転した。リトリビューションの雨が降る。ヴィルジーリオも、便乗するように発砲した。小蜘蛛の気を引いている。
アウグスタは怒ったようだった。かなり威力の高い攻撃を立て続けに受けたのだからそれも当然と言える。マテリアルを纏った腕を振り上げて突進した。
「来るか──! レグルス! 止めるんだ!」
レグルスがアウグスタの前に立ち塞がった。アウグスタは目の前の邪魔者に糸をかける。レグルスの脚に絡みつき、引っかかる。だが、スティールステップがあればまだ余裕で回避が可能だ。レグルスは怯まない。
「ジルベスタ、トリートメントを」
レオンが指示を出す。ペガサスの助けを得て、イェジドは糸を蹴破るように引きちぎった。謝意を示すように短く鳴く。ペガサスも返事をするように鼻を鳴らした。
アウグスタが腕を振り上げた。
ヤルダバオートの認識阻害は確かに働いている。しかし、認識していようがいまいが、振り回した腕が当たることはある──。
「鞍馬さん!」
レオンがイージスを振りかざした。
「レオンさん!?」
ガウスジェイルが、振るわれた腕のベクトルをねじ曲げる。レグルスが吼えた。
●
アラクネーはアテナ神の怒りに触れて蜘蛛にされた。
その神が持つ盾の名はアイギス。
イージスとも言う。
●アテナの盾
今までの、大蜘蛛からの攻撃とは比べものにならない衝撃がレオンを襲う。ヤルダバオート、エナジーレイン、全身鎧、そして盾のイージス。これらの物がなければ、彼の身体はばらばらにされて飛び散っていただろう。
「受け止めるよ、アウグスタ」
轟音の中で言葉にする。アウグスタの雄叫びに飲まれて他には聞こえない。けれど、それはレオンの決意の表れでもあった。
彼女と会って以来ずっとこうしてきた。
(もう……覚えてもいないだろうな)
落ちた彼女に投げかけた言葉を、彼はまだ悔いている。結局、謝るチャンスがなかった。
だからこそ、彼女の無念を、想いを、せめて受け止めよう。その覚悟で来ている。
勢いで靴底が砂の上を滑っていく。腕が、膝が、悲鳴を上げている。奥歯を強く噛んで押し返した。どうにか踏みとどまる。押し返されたアウグスタが甲高い声を上げた。
「無茶だ!」
「レグルス、追って!」
レイアと真が叫んでいるのが聞こえた。続いて銃声が二度。イリアスとヴィルジーリオか。不意に衝撃が軽くなった。アウグスタが下がったのだ。顔を上げると、目が合う。
「……あれだけ大きくなると、攻撃も強力ね、あの子」
イリアスは、更に強力なリトリビューションを放った。今度はアウグスタも巻き込む。懲罰の光が、アウグスタの動きを鈍らせた。
「レオンさん伏せて!」
そこに、レグルスから真の魔断が放たれた。青いオーラが胴を貫く。煽りを食った脚が吹き飛んだ。
「まだ見せたことはなかったよな!」
レイアが天羽羽斬の力を解放した。オロチアラマサは相手が大きければそれだけ攻撃を叩き込むことができる。
もしかして、自分はこの時のために、今までの戦いで使わずにいたのだろうか。
そんなことをふっと思う。そして、変わり果てた少女を眼前に見て、
(……思えば初め逢った時から君は皆と遊びたがっていたのだな。こういう出逢いでなければ………あるいは私達は……いや、言うまい)
しかしそんな思考も刹那のこと。
最後の一撃が急所を、アウグスタ本人を叩き切った。頭を掠めた刃が、その左半分を叩き割る。怒りの悲鳴が上がった。
「ソウルエッジのようなもの、と言っていたよね」
一度上空に退避していたペガサスが、再び接近する。ハヤテだ。滑空するペガサスの羽に縁取られるように、ストーンサークルが展開されている。
マテリアルの流れに敏感で、研究を積み重ねてきた彼は、アウグスタの両腕に絡むマテリアルを観察して、ソウルエッジと同じ機序であるだろうと当たりを付けている。それが、宝術師の技術で打ち消せるとも。
「正しくそうなら、これで剥がせるはずだ」
宝術:ククルカン。羽の生えた蛇を呼び出す召喚術。
「ああ、そう言えば君は蛇と喧嘩してたっけね? 悪いが、もう一度喧嘩してもらうよ」
精霊が、マテリアル結晶の輪からアウグスタに向かって飛び出した。
「あの時ボクはブリザードだったっけね?」
水のオーラを纏って激突する。
「消えた!」
真が叫んだ。彼が見た通り、アウグスタの腕にまとわりついていた負のマテリアルが消えている。ククルカンはそのまま霧散した。
レオンがヴィルジーリオに目配せした。アルマス・ノヴァを差し出す。すでにソウルエッジが掛けられていた。
「貴方の分の想いもぶつけます」
「お願いします」
赤い光が星空の剣を取り巻いた。レオンはアウグスタに向き直る。半分になった少女の顔。
敵だったけど、どうしても嫌いにはなれなかった。彼もイリアスと同じように、嫌いで戦っているわけではない。
「アウグスタ」
アルマス・ノヴァがマテリアルを纏い、レオンは更に己のマテリアルを注ぎ込んだ。
嫌いになれない。だからこそ、彼女にとっての最善の為に。最善はこれだと信じて。
膨大なマテリアルが正面から繰り出される。
レオンは獅子の如く吼えた。
アウグスタもそれに応じるように叫び声を上げる。
全身全霊。己の思いを込めた一撃が、アウグスタを正面から貫いた──。
「見て!」
オーラが通り抜けたあとを見て、イリアスが声を上げる。大蜘蛛の下半身が瓦解したのだ。少女の上半身が、崩れる蜘蛛の身体に乗って滑り落ちる。
「おっと」
そこに、ペガサスを駆ったハヤテが飛来した。胴と頭……その頭も半分が欠落して、もはや残滓と呼ぶしかないような有様のアウグスタを抱き留める。
轟音を立てて、蜘蛛部分は崩壊した。発生した風に乗って土埃が飛んでくる。大蜘蛛の崩壊に巻き込まれて、小蜘蛛も吹き飛んだ。
「うわっ!」
地上にいるハンターたちは身を伏せてそれをやり過ごした。風が止むと、ペガサスが悠然と着地する。
「アウグスタさん」
イリアスが駆け寄った。レイア、二人の司祭が続いて駆けつける。盾で受けた時のダメージが今になって出てきたレオンは真が支えた。レオンは立っているのがやっとという有様だ。
「大丈夫?」
「なんとか……ありがとう」
ハヤテの膝に乗せられたアウグスタは、どこかぼうっとしたような目つきをしている。
「あ、あ……」
その目が、ハンターたちを見回した。
「あなたたち……だれ……?」
●蜘蛛と遊ぶ娘にさよならを
ポルンが鳴いた。ホー、と高い声が空に吸い込まれる。まだアウグスタの消滅には時間が掛かるらしいが、ハヤテの膝の上では、髪の毛が徐々に崩れている。お別れが近いのは間違いない。
「鳥が……いるのね?」
それを聞いて、真の心臓が跳ねた。
神霊樹ライブラリで再現した過去の中で、モフロウの視覚を借りたあの時、アウグスタははっきりと鳥を認識していた。
あり得ないことではあるが……あの時の記憶と地続きになっているんじゃないか、というような錯覚に一瞬だけ陥る。
「そうだよ。鳥は好きかい?」
ハヤテがあやすように尋ねる。
「うん……あなたたちは、私のところに来てくれたの……? それともたまたま……?」
「いいや、君をお迎えに来たのさ」
「これからママも迎えに来る」
レイアが何かを堪えるように告げた。
「帰る時間だ」
「うん……良かった……動けそうにないんだけど……ママ、だっこしてくれるかしら」
「きっとしてくれるわ」
イリアスが微笑んで頷いた。レオンがやや困り顔で、
「怖かったろうにね。ごめんよ。もう、ゆっくりお休み」
「なんのことかわからないけど……いいわ。ゆるしてあげる」
彼女が笑うと、残っていた頬がひび割れて剥落した。それからもう一度ハンターたちを見回す。首筋にひびが入った。
「なんだかよくみえなくて……あなたたちが誰だかわからないんだけど……」
少し迷ったように、間が空いた。右目がゆるやかに閉じられる。うたた寝をするように、彼女は小さな声で、しかしはっきりと告げた。
「迎えに来てくれてありがとう」
服の下で亀裂音が連続して響く。ハヤテの掌が目の上に乗せられた。半端に落ちたまぶたを閉じてやる。割れた頬が、首が、形を保てずに崩れていった。
おやすみなさい。
二度と会うことのないように。
「さよならアウグスタ」
レオンがその様子を見守りながら、別れを告げる。
「忘れないよ」
蜘蛛と遊ぶアウグスタは消滅し、
石割の娘アウグスタは今度こそ安らかな眠りについた。
アウグスタだった塵が風に吹かれて散っていく。ハヤテの膝の上にはもう何も残っていなかった。
●石割の娘におやすみを
「やっと、終わりかな。……長かったね」
そこで、ようやく真が口を開いた。発端の襲撃事件から二十年。アルトゥーロにとっても、彼女本人にとっても、長い時間だっただろう。
「ええ、本当に……」
アルトゥーロが放心したように頷いた。
「終わりました……忘れてた僕が言うのもどうかとは思うんですが、長かったですね……」
その肩を、ヴィルジーリオが軽く叩いた。
「アルトゥーロ」
レイアが神妙な面持ちで司祭に歩み寄る。神霊樹ライブラリの中では死んだ少年に。
「今度こそ祈ってやってくれないか? 私達も祈るから……彼女が本当に安らかに眠れるように……」
そうだろう? とレイアは仲間達を振り返る。
「そうだね。うん。祈るよ」
レオンが頭を垂れた。イリアスも目を閉じて手を組んだ。ハヤテは肩を竦め、笑顔のまま祈りの姿勢をとり、真も両手を合わせた。
「ええ、祈りましょう」
そのまま、思い思いの姿勢で祈りを捧げた。
「送るだけならできるかなって思ってたけど……」
やがて、目を開けた真は呟く。
(迎えに来てくれてありがとう)
「……迎えになれたのかな」
送り出しのために迎えに行った、と言うところだろうか。
(一貫して「斬るべき相手」と見なしていた私が、こんなことを願う権利なんてないのかもしれないけど)
どうか安らかに。
「私たちも、帰りましょう」
ヴィルジーリオがライフルを担ぎ上げた。
「迎えが必要なく帰れるというのも、ある意味幸せかもしれませんね」
●Augusta
その日、ハンターたちが事後処理まで終えてC.J.共々くたくたになって帰途についた頃。
同盟の外れ、アウグスタの噂が届かなかった地域での出来事である。
いつシェオルがやってくるかもわからないような世界情勢。そこには身重の女性がいた。移動中に産気づくリスクを承知で、守りの固い都市部で産むかということで悩んでいたが、陣痛が想定よりも早く来た。夫は大慌てで産婆を呼び、そのまま出産と相成った。
「元気な女の子ですよ」
母子ともに健康という理想的な状態。妻は呆然として娘を抱いている。
「良かった……産んでる最中に歪虚が来たらどうしようかと思った」
この妻は、二十年前に歪虚襲撃で故郷を失った。数少ない生き残りだ。行方不明者は今も見つかっていない。
「縁起でもないことを言うなよ」
夫が、赤ん坊の父親がちょっと難しい顔をした。しかしそれも一瞬のことで、すぐに破顔して娘の小さな手を指先でつつく。
「それで、名前はどうするんだ? 女の子だったら付けたい名前があるって言ってたじゃないか」
「うん。故郷を思い出す名前を付けたいの。私が小さい頃ね、よく遊んでくれた女の子がいてね」
「でも甘えんぼだったんだろ? ママの迎えをずっと待ってた」
「そう。でも私、ママが迎えに来てくれる! って信じて待ってて、本当に迎えに来てくれるママって言う親子関係、ちょっと良いなって思ってたの。私がそこまで甘える性格じゃなかったし。でも、彼女行方不明になって……」
「その子の名前をつけるの?」
「駄目? もし生きていたら、あなたが遊んだ子の娘よって伝えたい」
「駄目じゃないとも。ところで、その子はなんていう名前だっけ。確か──」
アウグスタだったかな。
●
アウグスタは母親の腕ですやすや眠っている。
●同じ名前で会いましょう
いつの日か、ハンターたちは出会うかもしれない。
石割の娘・アウグスタが、本当の意味で葬られた日に生まれたアウグスタに。
でもその話はまたいずれ。
金糸篇。ひとりの終われなかった女の子の物語は、彼らの手で閉じられた。
半端なところに挟まっていた、金の糸で編まれた栞。そこからの続きを読み終えて。
また新しい物語を開くまで、その栞はとっておくことにしよう。
だから、今日はおやすみなさい。
いつか会いましょう。
「あの子が選んだのは、ここか……」
レオン(ka5108)はペガサスのジルベスタを伴って村に入った。神霊樹ライブラリで見てはいたが、こうして生身で訪れるのは初めてだ。
あの時は阿鼻叫喚だったが……今は無人で寂れている。何があったのか知ってる彼には、ひどくもの悲しい姿に思えた。
「……決着を、付けよう。ここで終わらせるんだ」
鞍馬 真(ka5819)も硬い表情で決意を言葉にする。
「いましたね」
ヴィルジーリオがアウグスタを見つけた。向こうもこちらを見つけた。威嚇するように叫んでいる。
「やあやあ元気そうだね! なんて、もう声も聞こえちゃいないかな?」
ペガサスに乗ったフワ ハヤテ(ka0004)が屈託なく声を掛ける。相手が化け物であることなどまるで気にしていない。小さいままのアウグスタに掛けるかのような調子だ。
「以前言った通り、あの世へのお迎えに来てあげたよ」
聞こえてはいるが、意味は理解していないだろう。こちらを睨み、歯を剥き出しにしている。敵対視されていることは明らかだ。
にらみ合いがしばらく続いた。やがて、砂を踏む音が唐突に動いた。レグルスが駆け出したのだ。それを合図にするように、ハヤテがペガサスに飛翔の指示を出す。本人は背後にストーンサークルを展開させた。
「アウグスタ──!」
真の目が一瞬だけ金色に光り、その視線は正面からアウグスタの狂った瞳とぶつかった。
互いのツケを清算しよう。望むところだ。
バイクと馬も走り出した。控えていた小型の蜘蛛も、一斉に走り出す。
お別れの戦いが始まった。
●それぞれの決意
オペレッタが奏でる月影の唄が、イェジドの背中から流れてくる。真はレグルスを走らせると、カ・ディンギルを掲げた。
「ヤルダバオート!」
認識阻害の結界を張りながら接近すると、アウグスタが姿勢を低くした。「見えにくいもの」に警戒しているらしい。
「頼むよ、ジルベスタ」
レオンはペガサスにエナジーレインを指示した。彼自身はソウルエッジをアルマス・ノヴァに纏わせる。
「ポルン!」
レイア・アローネ(ka4082)も、自分のポロウに指示を出している。惑わすホーで相手の命中を下げる作戦だ。
「……決着をつけよう、アウグスタ!」
どうしても憎みきれなかった。レイアにとって、アウグスタは歪虚であると同時に、一人の少女でもあった。
攻めの構えをとった上で、マテリアルオーラを纏う。さらに、星神器にソウルエッジを掛け、最大限威力が出るように準備をする。
(痛めつけるのは本意ではない)
もう充分、彼女は怖い思いをしたのだから。
(大きな攻撃を積み重ねて出来るだけ早く終わらせてやろう)
「ごめんなさいね」
イリアス(ka0789)は赤い大弓を構えながら呟いた。
「……私は今でもわからないわ」
嫌いだから戦ってるわけじゃないもの。
「けど、撃たないといけないことだけはわかるの」
とにかく、周辺の蜘蛛を減らさなくてはならない。イリアスは弓を空に向けた。
「ごめんなさいね」
もう一度、声に出す。放たれた矢がマテリアルを纏って地に落ちた。小蜘蛛がひっくり返る。
●宝術
一方、上空のハヤテはアウグスタの横合いから、なるべく小型蜘蛛を巻き込める場所を狙って接近した。ストーンサークルの維持に集中している彼は、移動をペガサスに托している。
宝術:ネプチューン。水流を生み出す人魚の精霊を召喚する。蜘蛛が螺旋状の水流に巻き込まれて噴き上げられた。アウグスタにも水流はぶつかる。驚いたのか怒ったのか、彼女はうなり声を上げてこちらを向いた。
「気をつけて」
ヴィルジーリオはレオンにストーンアーマーをかける。大地の裂け目でも、レオンが大蜘蛛の攻撃を引き受けたところは見ていた。避けない、受け止めるのであれば、それに耐えうる防御が肝要になる。
アウグスタは、飛び回るペガサスを追うのを諦めたらしい。両腕にソウルエッジの様な、負のマテリアルを纏わせる。そのまま殴り掛かるかと思いきや……口から毒液を広範囲に噴霧した。
しかし、ヤルダバオートの認識阻害が聞いているようで、アウグスタはハンターたちがいる方向とは微妙に外れた方を狙った。レグルスが横に跳ぶ。
それに合わせるように、小蜘蛛が飛びかかってきた。
「くそっ! 数が多い!」
それらの攻撃を回避し、糸を断ち切りながらレイアが叫んだ。この数は暴力だ。
「レグルス、頼むよ!」
スティールステップでレグルスが回避する。真は相棒に回避を任せ、自分はアウグスタの様子の観察に専念した。
今回、真は守りを捨てている。レオンが防御を固めて攻撃を引き受けるのとは対象的に、相手の攻撃をかいくぐって叩き込む戦略で来ている。だから、当たれば普段よりもダメージが入る。だが、彼はレグルスの脚を信じた。
イリアスも、身軽な動きで小蜘蛛の攻撃を回避した。クリスタルブーツが動く度に煌めき、ドレスの裾がはためいた。
「いや、ボクだけ空の上で申し訳ないね」
全く申し訳なさそうに見えないハヤテが言うが、アウグスタは何も言わない。
「大丈夫! フワさんは上からの援護をお願いするよ!」
「そうよ、ハヤテさんはそこにいて!」
真とイリアスが口々に答えた。レイアはアウグスタに向かってそれどころではないようだ。
「それじゃ反撃と行こう」
再びネプチューン。水流が蜘蛛とアウグスタを抉るように巻き込んでいく。小蜘蛛が吹き飛んだ。
「鞍馬さん!」
「うん!」
レオンと真が、武器のマテリアルを放出した。二振りの剣から放たれる力の奔流は、凄まじいエネルギーを伴って疾走する。
それが通り過ぎると、レイアが地面を蹴った。カオスウィースと天羽羽斬で打ちかかり、その動きから続けてオーラの斬撃を放つ。
イリアスの弓が、高い弦の音を立てて手の中で回転した。リトリビューションの雨が降る。ヴィルジーリオも、便乗するように発砲した。小蜘蛛の気を引いている。
アウグスタは怒ったようだった。かなり威力の高い攻撃を立て続けに受けたのだからそれも当然と言える。マテリアルを纏った腕を振り上げて突進した。
「来るか──! レグルス! 止めるんだ!」
レグルスがアウグスタの前に立ち塞がった。アウグスタは目の前の邪魔者に糸をかける。レグルスの脚に絡みつき、引っかかる。だが、スティールステップがあればまだ余裕で回避が可能だ。レグルスは怯まない。
「ジルベスタ、トリートメントを」
レオンが指示を出す。ペガサスの助けを得て、イェジドは糸を蹴破るように引きちぎった。謝意を示すように短く鳴く。ペガサスも返事をするように鼻を鳴らした。
アウグスタが腕を振り上げた。
ヤルダバオートの認識阻害は確かに働いている。しかし、認識していようがいまいが、振り回した腕が当たることはある──。
「鞍馬さん!」
レオンがイージスを振りかざした。
「レオンさん!?」
ガウスジェイルが、振るわれた腕のベクトルをねじ曲げる。レグルスが吼えた。
●
アラクネーはアテナ神の怒りに触れて蜘蛛にされた。
その神が持つ盾の名はアイギス。
イージスとも言う。
●アテナの盾
今までの、大蜘蛛からの攻撃とは比べものにならない衝撃がレオンを襲う。ヤルダバオート、エナジーレイン、全身鎧、そして盾のイージス。これらの物がなければ、彼の身体はばらばらにされて飛び散っていただろう。
「受け止めるよ、アウグスタ」
轟音の中で言葉にする。アウグスタの雄叫びに飲まれて他には聞こえない。けれど、それはレオンの決意の表れでもあった。
彼女と会って以来ずっとこうしてきた。
(もう……覚えてもいないだろうな)
落ちた彼女に投げかけた言葉を、彼はまだ悔いている。結局、謝るチャンスがなかった。
だからこそ、彼女の無念を、想いを、せめて受け止めよう。その覚悟で来ている。
勢いで靴底が砂の上を滑っていく。腕が、膝が、悲鳴を上げている。奥歯を強く噛んで押し返した。どうにか踏みとどまる。押し返されたアウグスタが甲高い声を上げた。
「無茶だ!」
「レグルス、追って!」
レイアと真が叫んでいるのが聞こえた。続いて銃声が二度。イリアスとヴィルジーリオか。不意に衝撃が軽くなった。アウグスタが下がったのだ。顔を上げると、目が合う。
「……あれだけ大きくなると、攻撃も強力ね、あの子」
イリアスは、更に強力なリトリビューションを放った。今度はアウグスタも巻き込む。懲罰の光が、アウグスタの動きを鈍らせた。
「レオンさん伏せて!」
そこに、レグルスから真の魔断が放たれた。青いオーラが胴を貫く。煽りを食った脚が吹き飛んだ。
「まだ見せたことはなかったよな!」
レイアが天羽羽斬の力を解放した。オロチアラマサは相手が大きければそれだけ攻撃を叩き込むことができる。
もしかして、自分はこの時のために、今までの戦いで使わずにいたのだろうか。
そんなことをふっと思う。そして、変わり果てた少女を眼前に見て、
(……思えば初め逢った時から君は皆と遊びたがっていたのだな。こういう出逢いでなければ………あるいは私達は……いや、言うまい)
しかしそんな思考も刹那のこと。
最後の一撃が急所を、アウグスタ本人を叩き切った。頭を掠めた刃が、その左半分を叩き割る。怒りの悲鳴が上がった。
「ソウルエッジのようなもの、と言っていたよね」
一度上空に退避していたペガサスが、再び接近する。ハヤテだ。滑空するペガサスの羽に縁取られるように、ストーンサークルが展開されている。
マテリアルの流れに敏感で、研究を積み重ねてきた彼は、アウグスタの両腕に絡むマテリアルを観察して、ソウルエッジと同じ機序であるだろうと当たりを付けている。それが、宝術師の技術で打ち消せるとも。
「正しくそうなら、これで剥がせるはずだ」
宝術:ククルカン。羽の生えた蛇を呼び出す召喚術。
「ああ、そう言えば君は蛇と喧嘩してたっけね? 悪いが、もう一度喧嘩してもらうよ」
精霊が、マテリアル結晶の輪からアウグスタに向かって飛び出した。
「あの時ボクはブリザードだったっけね?」
水のオーラを纏って激突する。
「消えた!」
真が叫んだ。彼が見た通り、アウグスタの腕にまとわりついていた負のマテリアルが消えている。ククルカンはそのまま霧散した。
レオンがヴィルジーリオに目配せした。アルマス・ノヴァを差し出す。すでにソウルエッジが掛けられていた。
「貴方の分の想いもぶつけます」
「お願いします」
赤い光が星空の剣を取り巻いた。レオンはアウグスタに向き直る。半分になった少女の顔。
敵だったけど、どうしても嫌いにはなれなかった。彼もイリアスと同じように、嫌いで戦っているわけではない。
「アウグスタ」
アルマス・ノヴァがマテリアルを纏い、レオンは更に己のマテリアルを注ぎ込んだ。
嫌いになれない。だからこそ、彼女にとっての最善の為に。最善はこれだと信じて。
膨大なマテリアルが正面から繰り出される。
レオンは獅子の如く吼えた。
アウグスタもそれに応じるように叫び声を上げる。
全身全霊。己の思いを込めた一撃が、アウグスタを正面から貫いた──。
「見て!」
オーラが通り抜けたあとを見て、イリアスが声を上げる。大蜘蛛の下半身が瓦解したのだ。少女の上半身が、崩れる蜘蛛の身体に乗って滑り落ちる。
「おっと」
そこに、ペガサスを駆ったハヤテが飛来した。胴と頭……その頭も半分が欠落して、もはや残滓と呼ぶしかないような有様のアウグスタを抱き留める。
轟音を立てて、蜘蛛部分は崩壊した。発生した風に乗って土埃が飛んでくる。大蜘蛛の崩壊に巻き込まれて、小蜘蛛も吹き飛んだ。
「うわっ!」
地上にいるハンターたちは身を伏せてそれをやり過ごした。風が止むと、ペガサスが悠然と着地する。
「アウグスタさん」
イリアスが駆け寄った。レイア、二人の司祭が続いて駆けつける。盾で受けた時のダメージが今になって出てきたレオンは真が支えた。レオンは立っているのがやっとという有様だ。
「大丈夫?」
「なんとか……ありがとう」
ハヤテの膝に乗せられたアウグスタは、どこかぼうっとしたような目つきをしている。
「あ、あ……」
その目が、ハンターたちを見回した。
「あなたたち……だれ……?」
●蜘蛛と遊ぶ娘にさよならを
ポルンが鳴いた。ホー、と高い声が空に吸い込まれる。まだアウグスタの消滅には時間が掛かるらしいが、ハヤテの膝の上では、髪の毛が徐々に崩れている。お別れが近いのは間違いない。
「鳥が……いるのね?」
それを聞いて、真の心臓が跳ねた。
神霊樹ライブラリで再現した過去の中で、モフロウの視覚を借りたあの時、アウグスタははっきりと鳥を認識していた。
あり得ないことではあるが……あの時の記憶と地続きになっているんじゃないか、というような錯覚に一瞬だけ陥る。
「そうだよ。鳥は好きかい?」
ハヤテがあやすように尋ねる。
「うん……あなたたちは、私のところに来てくれたの……? それともたまたま……?」
「いいや、君をお迎えに来たのさ」
「これからママも迎えに来る」
レイアが何かを堪えるように告げた。
「帰る時間だ」
「うん……良かった……動けそうにないんだけど……ママ、だっこしてくれるかしら」
「きっとしてくれるわ」
イリアスが微笑んで頷いた。レオンがやや困り顔で、
「怖かったろうにね。ごめんよ。もう、ゆっくりお休み」
「なんのことかわからないけど……いいわ。ゆるしてあげる」
彼女が笑うと、残っていた頬がひび割れて剥落した。それからもう一度ハンターたちを見回す。首筋にひびが入った。
「なんだかよくみえなくて……あなたたちが誰だかわからないんだけど……」
少し迷ったように、間が空いた。右目がゆるやかに閉じられる。うたた寝をするように、彼女は小さな声で、しかしはっきりと告げた。
「迎えに来てくれてありがとう」
服の下で亀裂音が連続して響く。ハヤテの掌が目の上に乗せられた。半端に落ちたまぶたを閉じてやる。割れた頬が、首が、形を保てずに崩れていった。
おやすみなさい。
二度と会うことのないように。
「さよならアウグスタ」
レオンがその様子を見守りながら、別れを告げる。
「忘れないよ」
蜘蛛と遊ぶアウグスタは消滅し、
石割の娘アウグスタは今度こそ安らかな眠りについた。
アウグスタだった塵が風に吹かれて散っていく。ハヤテの膝の上にはもう何も残っていなかった。
●石割の娘におやすみを
「やっと、終わりかな。……長かったね」
そこで、ようやく真が口を開いた。発端の襲撃事件から二十年。アルトゥーロにとっても、彼女本人にとっても、長い時間だっただろう。
「ええ、本当に……」
アルトゥーロが放心したように頷いた。
「終わりました……忘れてた僕が言うのもどうかとは思うんですが、長かったですね……」
その肩を、ヴィルジーリオが軽く叩いた。
「アルトゥーロ」
レイアが神妙な面持ちで司祭に歩み寄る。神霊樹ライブラリの中では死んだ少年に。
「今度こそ祈ってやってくれないか? 私達も祈るから……彼女が本当に安らかに眠れるように……」
そうだろう? とレイアは仲間達を振り返る。
「そうだね。うん。祈るよ」
レオンが頭を垂れた。イリアスも目を閉じて手を組んだ。ハヤテは肩を竦め、笑顔のまま祈りの姿勢をとり、真も両手を合わせた。
「ええ、祈りましょう」
そのまま、思い思いの姿勢で祈りを捧げた。
「送るだけならできるかなって思ってたけど……」
やがて、目を開けた真は呟く。
(迎えに来てくれてありがとう)
「……迎えになれたのかな」
送り出しのために迎えに行った、と言うところだろうか。
(一貫して「斬るべき相手」と見なしていた私が、こんなことを願う権利なんてないのかもしれないけど)
どうか安らかに。
「私たちも、帰りましょう」
ヴィルジーリオがライフルを担ぎ上げた。
「迎えが必要なく帰れるというのも、ある意味幸せかもしれませんね」
●Augusta
その日、ハンターたちが事後処理まで終えてC.J.共々くたくたになって帰途についた頃。
同盟の外れ、アウグスタの噂が届かなかった地域での出来事である。
いつシェオルがやってくるかもわからないような世界情勢。そこには身重の女性がいた。移動中に産気づくリスクを承知で、守りの固い都市部で産むかということで悩んでいたが、陣痛が想定よりも早く来た。夫は大慌てで産婆を呼び、そのまま出産と相成った。
「元気な女の子ですよ」
母子ともに健康という理想的な状態。妻は呆然として娘を抱いている。
「良かった……産んでる最中に歪虚が来たらどうしようかと思った」
この妻は、二十年前に歪虚襲撃で故郷を失った。数少ない生き残りだ。行方不明者は今も見つかっていない。
「縁起でもないことを言うなよ」
夫が、赤ん坊の父親がちょっと難しい顔をした。しかしそれも一瞬のことで、すぐに破顔して娘の小さな手を指先でつつく。
「それで、名前はどうするんだ? 女の子だったら付けたい名前があるって言ってたじゃないか」
「うん。故郷を思い出す名前を付けたいの。私が小さい頃ね、よく遊んでくれた女の子がいてね」
「でも甘えんぼだったんだろ? ママの迎えをずっと待ってた」
「そう。でも私、ママが迎えに来てくれる! って信じて待ってて、本当に迎えに来てくれるママって言う親子関係、ちょっと良いなって思ってたの。私がそこまで甘える性格じゃなかったし。でも、彼女行方不明になって……」
「その子の名前をつけるの?」
「駄目? もし生きていたら、あなたが遊んだ子の娘よって伝えたい」
「駄目じゃないとも。ところで、その子はなんていう名前だっけ。確か──」
アウグスタだったかな。
●
アウグスタは母親の腕ですやすや眠っている。
●同じ名前で会いましょう
いつの日か、ハンターたちは出会うかもしれない。
石割の娘・アウグスタが、本当の意味で葬られた日に生まれたアウグスタに。
でもその話はまたいずれ。
金糸篇。ひとりの終われなかった女の子の物語は、彼らの手で閉じられた。
半端なところに挟まっていた、金の糸で編まれた栞。そこからの続きを読み終えて。
また新しい物語を開くまで、その栞はとっておくことにしよう。
だから、今日はおやすみなさい。
いつか会いましょう。
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相談卓 鞍馬 真(ka5819) 人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/07/24 09:23:46 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/07/22 08:35:26 |