イノセントイビル 差し金

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
シリーズ(続編)
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
6~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/07/23 22:00
完成日
2019/07/31 20:47

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

王国各地に『種子』をばら撒いていた『庭師』はハンターたちによって斃された。今から一年近く前の事である。
 しかし、それ以降も『種子』は各所に撒かれ続けていた──その事実がつい先日、明らかになった。
「え? それはどういうことなの? 『庭師』が生きているってことなの?」
「いや、俺は奴が滅ぼされるところを確かに見た。それは俺の部下たちやハンターたち──あの場にいた皆も同じはずだ」
 困惑した様に訊いて来るマリーに、ソードがそう断言する。
「じゃあ……その光景が幻だったとか?」
「いや、実際に剣を交えたんだ。実体は確かにあった」
「んじゃ、実は替え玉とか影武者だったとか!」
「あの時、会話に齟齬はなかった。あれは俺たちが知る『庭師』だったはずだ」
 二人のやり取りに、クリスとルーサーは沈思した。
 庭師が確実に滅しているのであれば、今、活動している『種蒔き人』は何者か? ──『庭師』の意志を継ぐ部下か何かか、『庭師』の遺産を引き継ぐ誰かか。それとも、『庭師』も只の使い走りに過ぎず、本当の黒幕がまだどこかに……?
「……そも、あの『種子』というものはいったい何なんでしょうね……?」
 クリスの言葉に、マリーとソードは顔を見合わせた。
 ……以前、ハンターの一人が、『庭師』の『力』を植え付けられた動物から壊れた『種子』の欠片を回収し、ソードの部下のヤングに預けたことがあった。
 ヤングはすぐに教会や古都アークエルスに手を回して、その『種子』を調べてもらおうとしたが、秘密警察の横やりが入って難航。そうこうしている内に『種子』の欠片は徐々に空中に溶けるようにして消えてしまったという。
「宙に溶けるように……つまり、歪虚の最期と同じように、か」
「そう言えば、秘密警察は組織ぐるみで『種子』の力を利用していたのですよね……」
 ソードとクリスが視線を交わし合い……一行はニューオーサンへの帰還を決めた。
 ルーサーは無言で手元の紙に視線を落とした。
 そこには、フィンチ子爵領の革命軍残党から聴取した、「彼らに『種子』の『力』を与えた者」の似顔絵が記されていた。

 ニューオーサンの秘密警察は街の大通りの一画に普通に本部を構えていた。以前は様々な非合法活動に従事する文字通り秘密組織だったのだが、カールの当主就任以降、今は(こういった言い方は何だが)普通の諜報組織としてその存在が公にされていた。
 かつてはヤングらの捜査を妨害した秘密警察官(今ではもう違う名称の組織なのだが、今更なので旧来の呼称にて記す)らであったが、今回の一行の調査には非常に協力的──というか、むしろ積極的にその情報を開示した。……秘密警察官たちにとっても、『庭師』は彼らの同僚たちや長であるシモンを殺した憎き仇だからだ。

 彼らの協力により、似顔絵の男の正体はすぐに判明した。彼らが直接取引を行っていた相手だったからだ。
 秘密警察は、侯爵家にも隠れて巨獣を飼育・調教し、戦力化を試みていたが、その巨獣の卵を入手していたのがその似顔絵の男だったのだ。……或いは、フィルダー地方の山奥でエッグハントに関わったことがあるハンターたちなら、似顔絵を見た瞬間にピンと来ていたかもしれない。

「ええ、見たことのある顔ですね…… エッグハンターたちを集めて、度々巨獣の卵の入手を『胴元』に依頼していた男です」
 ソードに似顔絵を見せられて、エッグハンターの少年──いや、若い少女だろうか──、ジーン・リドリーはそう答えた。
「普通、依頼主は現場に出て来ないのですが、この人は度々現場に出て来て、捕獲目標や条件を変えたり、エッグハンターたちを煽る様に報酬を釣り上げたり……」
「依頼主というより仲買人だな。いけ好かない奴だったんで、よく覚えている」
 ジーンの『雇用主』でもある『何でも屋』のダイク・ダンヴィルもつまらなそうな表情で似顔絵を摘んで首肯した。

 ルーサーは二人の『何でも屋』に正規の料金を支払い、再びエッグハントの依頼があったら報せてくれるように頼んだ。そして、秘密警察に件の男の調査の指示を出した。
 その間、マリーとソードの二人は修行も兼ねて、ジーンとダイクらと共にエッグハントの模擬活動を行った。親獣たちを必要以上に傷つけず、巣から必要最小限の卵のみを頂戴する──それが正規のエッグハンターのやり方だとジーンは言った。親獣を殺し、金になるからと卵を根こそぎ奪うような輩はエッグハンターの風上にも置けない外道だ。……もっとも、卵を盗まれる親獣からすれば、どちらも憎むべき盗人には違いないのだが。

 そうこうしている内に、秘密警察の調査が終わった。
 件の仲買人はアークエルス出身の商人。店舗は構えず、以前から古都の学者たちの為に、秘境の植物や猛獣の卵や幼生体の入手を手配する仕事をしていた。だが、いつ頃からか頻繁に現場に出るようになり、やがては古都の実家にも帰らないようになったという。
「黒いな……」
「黒いですね……」
 ソードとクリスが呟いた。恐らく、件の仲買人はずっと以前に『堕落者』か『契約者』的な存在へと堕ちたのだろう。一介の商人ではない──かつて『仲買人』の尾行し、撒かれたことのあるハンターもその考えに同意を示した。

 やがて、件の『仲買人』がエッグハンターたちに卵入手の依頼を出した。クリスはジーンとダイクを間に介し、秘密警察の力も使って『胴元』をも抱き込んで、独占的にその依頼を受注した。
 ハンターたちは艱難辛苦の末に卵の入手を成功させ──この旅も千変万化な大冒険だったのだが、話数的に割愛する──、それをジーンとダイクが件の『仲買人』に引き渡した。
「はい、確かに……依頼した亜竜種の卵ですね」
 『仲買人』はそれはそれは満足そうに頷くと、卵を専用のケースに仕舞って、二人に報酬を支払い、立ち去った。
 『ファミリアズアイ』等、魔法も交えた組織的な尾行が始まった。
 『仲買人』は一度も街道や村に出る事なく山間を歩き、とある古い遺跡の前で一人の男と落ち合った。
(いったい、誰だ……?)
 ハンターたちはその相手に視線を集中させた。そして……
(いや、本当に誰だよ……)
 と全員が内心で総ツッコミを入れた。
 待ち合わせ場所にいた男は、その場にいる誰もが見たことの無い人物だった。男は『仲買人』から卵の入ったケースを受け取り、遺跡の中へと入っていった。
「……さて、と。私の用件はこれで終わりました。そろそろ姿を見せられては如何ですか?」
 やはり尾行はバレていたか── ハンターたちは『仲買人』の前に出た。
 現れた多数のハンターたちにまるで動じることもなく……『仲買人』は薄い笑みすら浮かべて見せた。
「それで……皆さんは、私に如何なる御用があるのでしょうかね?」

リプレイ本文

 時を少し戻して、遺跡近くの山の中── 山間を行く『仲買人』を丘の稜線に隠れて尾行しながら、ヴァルナ=エリゴス(ka2651)が呟いた。
「随分、遠回りになりましたが、ようやく黒幕らしき人物と会えそうですね」
「未だに種をバラ撒いているのがどこのどいつか……ようやく顔が拝めるというわけですね」
 身体の内に溜め込んだ怒りを弱火で煮込み続けて来たサクラ・エルフリード(ka2598)がそう答え、「ここで何か分かると良いのですけれど……」とヴァルナも返す。
 それを聞いていたレイン・ゼクシディア(ka2887)は、内心で(うーん……)と首を捻った。──いや、確かに解決に向かって前進はしてるっぽいよ? でも、これまでの道のりを考えれば……ねぇ? 本当にこの先にゴールが待っているのか、疑いたくはなるわけで……
「……まぁでもとりあえずは進んでいるから。ルーサー君も焦りは禁物だよ?」
「はい?」
 一人、そう納得したレインはルーサーにそう念を押し。突然、話を振られた少年はとりあえず訳も分からぬまま首肯した。

 やがて、『仲買人』は何かの遺跡へ辿り着き、そこで止まった。どうやらそこが待ち合わせか何かの場所であるらしかった。
(あの時の胡散臭そうな人…… こんな所で卵の取引だなんて、いったい何を企んでいるんだ……!)
 時音 ざくろ(ka1250)が見張りを初めてそれから少し暫くして……取引現場に『客』と思しき若い男が現れた。
 『客』はなんと、遺跡の中から現れた。若い男は『商品』を受け取ると、再び遺跡の中へと戻っていった。
 ……ハンターたちは無言だった。
 レインは目を一回瞬かせると、眉根を寄せて小首を傾げた。
(えっ、ヤバッ、私、あの人の顔、全く覚えてないんだけど……いや、でも、まさか、この期に及んで、これまでのあらすじに無関係な登場人物が出て来るなんてないよね! しかも、黒幕っぽい役どころで……いやいや、きっと私が忘れているだけだって! 他の皆はちゃんと分かっているって!)
 レインはそう自分を納得させると、傍らのシレークス(ka0752)の方を見た。彼女はレイン以上のしかめっ面で……その場にいない(エクラや精霊以外の)何かに対してツッコんだ。
「いや本当、誰でやがりますか」
「ふぇっ!?」
「想定外にも程がありますです……!」
 シレークスの答えにレインが変な声を漏らした。……えっあっ、嘘、初めて会った人? …………やっぱり? いや、最初からそうだと思っていたけどネ! 本当だヨ?
「……」
 そんな嫁の思考過程をほぼ正確にトレースして、ルーエル・ゼクシディア(ka2473)が「レインお姉さん……」と半眼で見やって息を吐いた。
「……さて、と。私の用件はこれで終わりました。そろそろ姿を見せられては如何ですか?」
 『仲買人』がハンターたちが隠れている辺りを振り返ってそう告げた。
 王道というかベタなその展開に、冒険好きのざくろが(こうでなくっちゃ!)と身震いしながら、立ち上がって名乗りを上げた。
「やっぱり僕たちに気付いていたんだね! さしずめその遺跡が虎口ってところかな?」
 その間に、アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)とヴァイス・エリダヌス(ka0364)は急いでマリーとソードに告げた。
「二人はクリスとルーサーを守れ」
「待ち伏せだとすれば、どこに伏兵がいるかもしれん。警戒を緩めるな」
 その指示にソードは反駁しかけたが、マリーが素直に「分かった」と頷いてみせたので、それ以上は何も言えなくなった。
「ソード、マリー。クリスとルーサーの事は頼みましたですよ」
 シレークスはそんな『弟子』にニヤリと笑って、ざくろに続いて立ち上がった。
 ハンターたちが斜面を下り始める。アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は小声で周囲の皆へ警句を発した。
「……以前、あの『仲買人』の尾行を試みて、出し抜かれたことがあった。最大限の注意を払ってくれ」
 それを聞いて、ディーナ・フェルミ(ka5843)は「卵の、仲買人……」と呟き、ゴクリと喉を鳴らした。熾烈な戦いを予想して息を呑んだのか、或いはまた別の理由で唾を呑んだのか、それは彼女以外には分からない。
「おや、見知った顔がチラホラと……なるほど、皆さんでしたか! お久しぶりですね! 初めましての方は初めまして!」
 『仲買人』は笑みさえ浮かべて、ハンターたちを出迎えた。
「それで……此度は私に如何なる御用があるのでしょうかね?」
 その『仲買人』の言い様に、アデリシアはフンと鼻を鳴らして足を止めた。
「何用か、か……どうせ分かっているのだろうが。人を食った奴だ」
「如何なる用向きか? 簡単です。貴方が革命軍残党に与えた『種子』の出所を伺いに参りました」
 皆を代表するように、ヴァルナが一歩前に出てそう答えた。
 『仲買人』は「出所、ですか……?」と、きょとんとした顔をした。
「出所も何も……あの『種子』は『私』由来のものですからね。曲がりなりにも『契約』ですし、本人が行わなければ」
 その答えに、誰かは「お前が!?」と激昂した。
 ある者は違和感の様なものを感じて心をザワつかせた。
 そんな反応には構わず、今度は『仲買人』がハンターたちに訪ねてきた。
「しかし、分からない。『種子』は本人が望んだもの──強制はしていないし、『力』を使わなければ(そんなに)害も及ぼさない。必要なければ『浄化』で消せる──その程度のものに、貴方たちがそこまで躍起になる理由は何です?」
「……むしろ、分からねーのはこっちでやがります。歪虚の癖に、なんでそんな中途半端な……目的は何でやがります?」
「そんなやり方に、他に協力する仲間はいるのか? あの『庭師』との関係は……?」
 『仲買人』の問いに、逆にシレークスとルーエルが疑問を返した。
「目的……? 目的は、アレです。上役の手前、形だけでも仕事をしているように見せないといけないというね……ほら、私、『怠惰』ですし。最初は自分で『種子』を撒いていたんですけどね? シモンさんとこで定期的に捌けるようになって楽できると思っていたら、そちらのルートを潰されてしまって、仕方がないから、また自分で蒔き始めたという次第で……ああ、寝てたら勝手に負のマテリアルに染まっている世界とかあればいいのに」
 ……冗談、だよな──? ハンターたちは得物に手を掛けたまま、互いに表情を伺い合った。
 そんなハンターたちを『仲買人』はニコニコと営業スマイルを浮かべて見ていた。……とてつもなく、胡散臭い。だが、当人は嘘や冗談を言ってるつもりはないらしい。
「あ、あと、私に仲間はいませんよ? だって、色々と面倒じゃないですか。私、『怠惰』だし」
 ざくろは驚き、遺跡の奥へと目をやった。仲間じゃないなら、さっきの若い男はいったい何だというのか。
「気になります? まあ、勿論、教えないんですけどね」
 予想通りの答えに、サクラとシレークスは溜め息を吐いて得物を抜いた。正直、まともな答えは期待していなかった。これまでのやり取りで『仲買人』も『庭師』と同じ穴の貉であることは十分に明白だった。
「……大人しく捕まるようなわけではないんだね。なら、こっちもそれ相応のやり方で捕まえる!」
「我々の要件は、貴様の身体に直接訊いてやるとしよう」
 ルーエルとアデリシアもまた戦闘態勢に入り、中衛から後衛に位置を取った。
「……そう言えば、先程、私たちに『躍起になる理由』を訊ねていましたね?」
 龍槍を構えながら、ヴァルナがふと思い出したように『仲買人』へ答えた。
「……アレは負のマテリアルが由来のもの。その『力』がどれほど人にとって魅力的なものであろうとも、最終的には不幸の元となります。……それを私たちは嫌というほど見て来た。故にその根を断つのです……徹底的に」
「──てめぇはエクラの名の下に潰す。懺悔の準備はできていやがりますでしょうね?」
 魔法剣を付与した右腕をグルグルと回しながら訊ねるシレークスに、『仲買人』は不敵に笑った。
「懺悔の準備はしらないな。けど、戦いの準備なら、できているよ?」


 最初にその出現の兆候に気付いたのは、仲間たちが『仲買人』と対峙する中、周囲を警戒し続けていたヴァイスだった。
「気を付けろ! 何かが『出て』来るぞ!」
 その警句に、『仲買人』目指して走り出し掛けていたハンターたちが足を止め。足裏の振動に気付いて跳び退いた。
 ひび割れ、盛り上がった地面の下から、爆発的に飛び出して来る巨大な獣──それは、24本の針が生えた蠍の尾と、老人の様な顔を持つ紅い獅子。妖獣『マンティコラス』だった。
 更に、遺跡の向こうに翼を羽ばたかせ、疾く空中を駆けて来る亜竜──鶏のトサカと足を生やし、蛇の尾を持つ邪竜『コカドリーユ』──!
「うひゃー! 変な鶏トカゲとキモいライオン出て来たー! もー、どうしよう、ルー君?! 寿命が百年縮んじゃったよ!?(←エルフジョーク)」
 そう驚き慌てて見せるレインだが、その実、内心は再びジョークを繰り出す余裕があった。だって、元々、まともに会話なんて出来ないんだろうと思っていたし? と言うか、『仲買人』の自信満々で余裕ぶった態度を見たら、逃走より武力を選びそうなタイプだし。
 とは言え、現れた2体の巨獣が強敵である事には変わりなかった。その全身から闇色のオーラを遠慮なく盛大に噴き出す『紅獅子』と『鶏竜』のプレッシャーに、ヴァイスは「こいつは……!」と笑みと共に汗を浮かべて、皆に最大限の警戒を呼び掛けた。
「やはり種付きの敵がいましたか……それも、厄介そうなのが2体もとは……」
「先にこのペットを躾け直さねばならんようだな」
 一度、乱れた態勢を整え直しつつ、呟くサクラとアデリシア。
 敵は地上の紅獅子を前衛に置き、隊列を組み始めたハンターたちの方へと突っ込んで来た。そして、その後ろ上方に占位した鶏竜が空中から紅獅子を支援する態勢を取った。
「え!? 共闘するの、この2体!? 嘘でしょ!?」
「や、だってそういう風に調教されてたし」
 驚くルーエルに、『仲買人』がふと思い出したように付け加える。
「あ。そのコカドリーユ、あの時、君たちが手に入れてくれた卵から生まれたやつだから。訓練が施されたのは、君たちも知る? あのダフィールド侯爵領の調教施設みたいだね」
 その言葉に、ハンターたちの動きが一瞬、止まった。
「……悪いな。救えないのならば、眠らせてやるしかできない」
 まるで速度を緩めず、正面から突っ込んで行くアルト。
 ルーエルは奥歯を噛み締めた。……この巨獣たちも自分の意志でこうなったわけじゃない。が……倒すしかない。気の毒だけど……
 ディーナが鶏竜を見つめた。
 そう、気の毒だけど、倒すしかない。やることは変わらない。ならば……
「鶏蛇…… 毒を抜いたら食べられそうかな、って、思わなくもないの」
 星神器を持つその手で口元を拭いながら、そうまじまじと呟くディーナ。ルーエルが「はいぃ!?」と彼女を振り返り……その曇りなき眼を見やって(あ、コレ、マジなやつだ……)と理解した(してしまった)
「……油断したら、こっちが食べられそうだけどね。アレは……」
 戦端が開かれた。
 ハンターたちはまず2体の巨獣──紅獅子と鶏竜を引き離す事にした。
「連携されると面倒さが倍増するからね!」
「混戦にならぬよう、牽制し、分断します」
 ルーエルと共にそう告げて、ヴァルナは龍槍を腰を落として構えると、地と天、前後の直線上に突っ込んで来る二体へ槍を突き出した。瞬間、マテリアルのオーラが光弾となって穂先から放たれ、両者を掠める様に中空を貫き、光の槍の如き軌跡を描く。
 その一撃を紅獅子と鶏竜は左右に跳び避けた。両者の間に距離が開き、そこへ燃え盛る炎の如き紅のオーラを纏ったアルトが、花弁の如く舞い散る焔を曳きつつ突っ込んで行き、抜刀動作の勢いも使って流れる様に地上の紅獅子へと斬撃を浴びせかけ……それを躱した紅獅子が、更に後方へと跳び退さる。
「更に離れた……! 今です……!」
「まずは空間に釘付けにし、奴らの機動性と運動性を殺す……!」
 サクラとアデリシアの二人が同じタイミングで、それぞれ鶏竜と紅獅子に対して『ブリガトリオ』を発動させた。──対象を串刺しにして空間に縫い付ける無数の闇の刃──何もない空間から突如突き出されたその剣山の如き槍衾を、だが、鶏竜と紅獅子はその全てを回避した。
「でかい図体の癖に素早い……! ブリガトリオを撃ち込む為に、まずは何とかして動きを止めないと……」
「……。なにか本末転倒な気もしますが……やるしかないですか……」
 それでも、アデリシアとサクラのブルガトリオは最低限の仕事はした。敵の鼻先を狙って放ったその一撃は、紅獅子と鶏竜に回避を強いて更に両者の距離を開かせた。
 敵の合流を阻むべく、両者の間に入り込んだハンターたちが、対紅獅子、対鶏竜の二班に分かれ、互いの背を守るように布陣する。ヴァイス、アデリシア、ざくろ、ヴァルナ、アルトの5人が紅獅子へ。シレークス、ルーエル、サクラ、ヴァルナ、レインの5人が鶏竜と向かい合う形だ。
「来い! 俺より後ろへは絶対に行かせん!」
 巨大な十字の聖盾剣を翳して紅獅子の正面へと飛び込んでいったヴァイスが、地に盾を突き立てて、守りの構えを取った。──ちっぽけな人間が何を、と紅獅子は思っただろうか。質量差を利用してそれを押し退けようとした紅獅子の体当たりを、しかし、ヴァイスはその全身にマテリアルを漲らせながら、その突進の威力に圧し潰されそうになりつつもその前進を押し留め。更に、盾の陰からちゃっかり魔鎌を前へと差し入れ、紅獅子の左前肢を後ろから引き刈るようにして斬りつけた。が……
「チッ、闇色オーラの守りか。毛も皮も硬い。腱までダメージが届かねぇ」
「だったら何度も斬りつけるまで……!」
 紅獅子の左側方へと回り込んだざくろが同じ個所を狙って魔導剣で斬りつけた。斧で大樹を倒すが如く、闇色オーラを切り裂いて二度目の傷を刻む刃。だが、すぐにその傷を闇色オーラの奔流が覆い隠し、まるで滝の奥の大木に刀を振るっているような気にさせられた……
 一方、鶏竜── ヴァイスの壁に前進を阻まれた紅獅子とは対照的に、自由に空を飛べる鶏竜は空から味方に合流しようとした。そして、その予想された行動を阻むべく、シレークスは敵の翼を破壊するべく大技を仕込んでいた。
「星神器・布津御魂剣、『鹿島の剣腕』、解放── 光よ、我らを導きたまえ── 光あれ……!」
 練り上げられた魔力の塊が、マテリアルの奔流と化してシレークスの両の拳鎚に纏わり、渦を巻いた。祈りの所作からドンッ、と一歩左脚を踏み出したシレークスが腰を捻りながら拳を振り出し、空中の鶏竜、その翼を狙って一直線に魔力の塊を射出する。
「でかい図体で飛び回ろうとするんじゃねぇです……墜ちやがれっ!!」
 連日連夜、我流で鍛錬と祈りを繰り返して来たシレークスの一つの到達点──躱すことの難しい超高速の魔力の拳の弾丸を。だが、こともあろうにこのタイミングで、鶏竜はギリギリ(の出目)で回避した。
 シレークスはすぐに魔力を拳に纏わせ二発目の光を放った。だが、信じられない事に、鶏竜はこの一撃をも回避してしまった(二回続けて外れる確率は一割以下)
 三度目は命中した。翼ではなく、胴体に。
 星神器の力を失い、放った4発目は翼に命中。だが、一撃で圧し折れることはなかった。
(これ以上は、外せねーでやがります……!)
 五度目の、最後の『光あれ』による攻撃を、シレークスは躊躇した。体感で7割近くは当たる。が、もし、これを外してしまえば、対鶏竜班が翼を破壊する手段は、レインの『デルタレイ』と魔導猟銃以外になくなってしまう(レイン「ファッ!?」)
「コイツは確実に翼にぶち込まねーと……! 何とか隙を作ってくださりやがれです……!」
 シレークスの無茶ぶりに「またそんな無茶を……!」と反駁しながら、サクラは飛ぶ鶏竜の後方へと回り込んだ。シレークスと敵を挟撃する形──こちらを向いて『光あれ』に背を向ければより当たり易くなる。そうしなければ、こちらが背後からブルガトリオを叩き込んで動きを止める。どちらにしてもシレークスは攻撃をし易くなる……
 その態勢に、鶏竜は苛立った様に空中をクルクル旋回した。そこへ、地上からレインが放った『デルタレイ』が右翼、胴体、左翼の三か所に当たってオーラを灼いた。
 瞬間、鶏竜が領の頬袋を膨らませ──直後、空中から扇状に放たれたガスのブレスが、サクラ以外の対鶏竜班と、対紅獅子班後衛のアデリシアを呑み込んだ。
「なっ、これは……ッ!?」
「ああっ!? ルー君の身体が石になったみたいにカチカチに……!」
 ルーエルに続き、レインもまたすぐに、驚き叫んだ姿勢のまま、まるで石化してしまったかのようにその身体を硬直させた。
 シレークスは抵抗した。アデリシアは丁半博打に打ち克ち、逆にディーナは敗れて、地上で動けなくなった。
 一方、紅獅子の方も麻痺効果を持つ咆哮を放ち、ヴァイスとヴァルナ、アデリシアの3人が行動阻害効果を付与された。
「バステ攻撃だ!」
「マジですか……!」
 サクラは慌てて味方の元へ駆け戻ると、ルーエル、レイン、ディーナの3人の行動不能を『ゴッドブレス』で強制解除した。行動の自由を取り戻したルーエルが「プハッ!」と息を吐いた。
「何て高強度のBS付与ブレス攻撃……! これって毒、か? キュアは、効くかな……?」
「こんなこともあろうかと、ちゃんと機導浄化術2種類もってきてるんだもんね! ……自分がバステ喰らったら辛いけど!」
 息を吹き返して対策に乗り出すルーエルとレイン。共に回復役を担う二人に、サクラは続けて『レジスト』を使用する。
 一方、紅獅子は一歩後ろに跳び退さると尻尾を高く掲げ上げ、尾に生えた複数の針を扇状に一斉投射した。
 その攻撃を盾で受け凌ぐハンターたち。アルトはその針の雨の中を逆に目にも止まらぬ速さで距離を詰めつつ斬りつけて。だが、紅獅子はその横薙ぎの斬撃を飛び越える様にして回避。そのまま敵中へと突入して、痺れたヴァイスとヴァルナをその巨躯で弾き飛ばし、後衛のアデリシアにその前肢を振り上げた。
「危ない!」
 恋人の危機に、咄嗟にざくろが『ガウスジェイル』の結界を展開し、アデリシアへ振り下ろされるはずの麻痺爪の攻撃を強引に自身へ捻じ曲げさせた。同時に、掲げ上げた盾の前面に『攻勢防壁』を展開。罠を張る。
「吸い込め電磁の渦! 超機導パワーオン……弾け跳べっ!」
 強力な電磁の障壁に、紅獅子が大きく弾き飛ばされた。態勢が崩れたその隙を見逃さず、アルトが背後から法術刀で斬りかかり、紅獅子の後肢に筋肉まで達する傷をつけた。
 その間に、ヴァルナは痺れる身体を押して気合の息を吐くと、微笑を浮かべてステップを刻みつつ、高らかに『アイデアル・ソング』を歌い始めた。行動阻害状態だったが、ギリギリ声が止まるのは抑えられた。その歌と踊りの効果により、彼女自信を含めた周囲のマテリアルが活性化。抵抗力を増したハンターたちが次々と身体の痺れを振り払っていく。
「Groarwooooof……」
 体勢を立て直したハンターたちに、紅獅子が唸り声を上げ……ヴァルナを中心に集まったハンターたちへ再び九十九針を投射した。
「させねえよ!」
 前衛・隊列中央・ヴァルナの前面に立ったヴァイスが、ドンッと地に突いた聖盾剣を中心に輝く光の障壁を周囲へ展開し、味方に当たるはずだった針の全てを一人で引き受けた。貫徹力の高いその攻撃が盾を掠めて肉を削り、血飛沫が飛び散る中を、むしろ逆撃へと転じる。
「ざくろ!」
「うん!」
 ヴァイスの叫びに応じてざくろが放つ『デルタレイ』。その3条の光線が檻の様に紅獅子の三方を掠め飛び── 一瞬、敵が硬直したその瞬間、ヴァイスは離れた場所にいる紅獅子へ向かって魔力を纏った魔鎌を槍の様に突き出して。全霊を込めて突き出されたその穂先から放たれた魔力の光が紅獅子を貫いた。
「距離を取れば安心だとでも思ったか?」
 切れた頬から血を流しながら、唸る紅獅子へヴァイスがニヤリと笑って見せる。
「言ってる場合か。『偉大なる戦神よ。勇敢なる戦士の傷を癒したまえ』……」
 駆け寄って来たアデリシアが祈りを捧げ、ヴァイスの傷を回復した。


 戦いは続く。
 鶏竜は空からの麻痺ブレスと急降下攻撃で。紅獅子はその機動性を活かした一撃離脱で、ハンターたちを消耗させていく。
 対するハンターたちはそれぞれ違ったアプローチでその攻撃に対応した。対紅獅子班は、アイデアルソングのヴァルナを中心に、前衛にヴァイスとざくろ、後衛に回復役のアデリシアときっちり隊形を組み、高い抵抗力を持つアルトを遊撃にして敵の体力を削りに掛かった。一方、対鶏竜班はブレス攻撃をまともに喰らわぬよう、散開しての応戦を余儀なくされていた……

 後衛のレインを狙って仕掛けられた鶏竜の急降下攻撃を、咄嗟に飛び込んで来たルーエルが盾で以って受け弾いた。……いや、正確には『受けたが、質量差で弾かれた』。
 飛ばされてゴロゴロと後ろに転がるルーエル。そこへ追撃が行く前にサクラがルーンソードを鶏竜へ向かって投擲し。眼前を飛び過ぎて行った魔剣を避けて鶏竜が再び空へと反転。射程外へと逃れていった。
「……埒が開かない」
 上昇していく鶏竜を見やってポツリと零すサクラ。鎚の出番の巡って来ないディーナも恨めしそうに空を見上げて「むぅ~~~……!」と唸った。
「……僕も前衛に出る。レインも相手の攻撃射程に気をつけて……!」
 ルーエルの宣言に、レインは機導術用の巨大な注射器をその身にギュッと抱き締めた。だが、心配で心配でしょうがないその内心を押し殺し、口に出してはこう言った。
「うん、分かった! ルー君も気を付けて……!」
 その励ましと決意に頷いて……ルーエルは精霊へ祈りを捧げると、『盾を捨てて』前に出た。無防備なその姿に、鶏竜がそちらへ目標を変更し、急降下攻撃を敢行。同時に、彼の意を察した他の皆も、一手先の状況を見越してそれぞれに行動を開始する。
 空から大地の底を浚うような、鶏竜の移動攻撃がルーエルを襲った。
 ルーエルは避けなかった。防御行動もとらなかった。にもかかわらず、鶏竜の攻撃はあらぬ方を──少年のいない、何もない空間を掻き払っていた。
 外すはずの無い攻撃を外した鶏竜が目を見開いた。その瞳を見返すルーエルの周囲に、ふわりと羽根の幻影が舞った。『エンジェルフェザー』──守護精霊の力を借りて、敵に幻影を見せる加護。先にルーエルが唱えた精霊への祈りによるものだった。
「ここだ! ここで決めやがるるです!」
 拳鎚に魔力を纏わせたシレークスが、後方から一気に鶏竜へ向かって駆け出した。気付いた敵が上昇へと転じようとした瞬間── シレークスと対角線上、敵の死角に移動していたサクラが、そっと闇の刃を放ち、鶏竜を空間に縫い付けてその場に固着させた。
「当たりさえすれば、どうということはないのです……」
「でかしたァ……!」
 一気に距離を詰めたシレークスが、近距離からの『光あれ』で鶏竜の翼を撃ち貫いた。翼膜、そしてそれを支える骨がその威力に千切れ飛び…… 闇の刃から解放された巨体が雄叫びと共に地に落ちた。
「落ちた……!」
 その光景に、グッと拳を握るレイン。だが、鶏竜の破壊部から無数のミミズの様なものが生え出してきたのを見て、すぐに「ゲッ……!」と目を逸らした。
 その『ミミズ』たちは無数の根だが蔦だかは、絡み合い、翼の欠損部分を埋める様に増殖し始めた。地上竜の時のキノコみたいなものか、とルーエルが盾を拾いながら眉をひそめる。
 だが、それがどうこうするより早く、ディーナが鶏竜へと突っ込んだ。近接戦特化ゆえに翼無き身を嘆くしかなかった彼女の、ようやく活躍の手番を得ての、実に活き活きとした突撃だった。
「蛇は酒で洗えば美味しいの滋養たっぷりなの! 毒有り程度の食材に負ける訳にはいかないの。身肉おいてけーなの!」
 欲望に忠実な叫びを上げながら、星神器の『トールハンマー』を展開しつつ、帯電する小雷と共にタタタタタッと突撃Love食材── 気づいた鶏竜がバタバタ暴れて首だけをそちらに向け、高強度の石化(もどき)ブレスを迫るディーナへ吹き付ける。
 だが、ディーナはなんと立ち込めたブレスの帳の中を一直線に突っ切って来た。高強度の行動阻害の影響は……微塵も見られない。
「私のターン! 星神器『ウコンバサラ』の『トールハンマー』の効果により、5Rの間、抵抗判定に自動成功するの! 更に、その間、私の近接攻撃は、コカドリーユもびっくりな阻害効果を発揮するの!」
 鶏竜への肉薄を果たしたディーナが、手にした十字鎚にマテリアルを込めて、頭部を思いっきりぶん殴った。だが、同時に、近接攻撃を行ったディーナに対して、鶏竜の『毒』か『呪い』か、謎の効果が及び、彼女はカハッ……! と血を吐いた。
 だが、ディーナは止まらない。『ファーストエイド』──並の術者には真似できぬ速さと正確さで『フルリカバリー』を高速使用し、カウンターダメージを無理矢理癒しつつ、「ずっと私のターン!」と鶏竜をゲシゲシぶん殴る……

 きっちりと隊列を組んで戦うハンターたちに対し、紅獅子はその隊列の只中へ三次元機動で飛び込んだ。
 見えざる空中の板を蹴って、目にも止まらぬ速さで空中を飛び跳ねながら、まるで鎌鼬の様に鉤爪で皆を斬りつける。
 だが、それらの範囲攻撃は、全てヴァイスが『ラストテリトリー』で一身に引き受け、味方に害が及ばぬようにした。状態異常はヴァルナのアイデアルソングによって安定して抵抗できていた。ただ一身に傷を負ったヴァイスのダメージも、アデリシアが『フルリカバリー』で適宜回復していった。
 そして、紅獅子に対する反撃は、主にアルトとざくろが担った。空中を跳びまわる紅獅子の動きに追随するように宙を跳ね回るアルト── 更に色濃く焔のオーラを纏わせ、更に速度を上げていき……まるで満開の桜吹雪の如く空間を焔の花弁が埋め尽くす。
 アルトは相手の回避の隙間を縫う様に、目にも止まらぬ速さで法術刀の刃を走らせた。紅獅子が死角──視界の外から放った針を気配だけで避け躱す。彼我の命中率は互いに、諸々含めて3~5割といったところか。
 そう、アルトと紅獅子の『一騎打ち』はほぼ互角。攻撃力はアルトが圧倒。しかし、耐久力は圧倒的に紅獅子が勝っている。しかも、紅獅子はディーナと同様にファーストタイミングでフルリカバリー級の回復を織り交ぜ、攻撃の手数を減らさずにダメージを癒していた。
(……こいつは、長引くか……?)
 長引けば、いずれスキルが尽きる。その点でも利は紅獅子にあった。
 だが、アルトは悲観してはいなかった。
 なぜなら、彼女は一人きりではなかったから──
「さぁ、行くよ、ざくろの武器たち! マンティコラスの動きが立体的なら、こちらも複数の武器で立体戦法だ!」
 地上のざくろが携帯品の武器たちへ『機導剣・操牙』で己のマテリアルを連結し、手を使わずに引き抜いて。妖槍、禍炎剣、蒼機盾──3つの武装を空中に浮かべてクルクルと自身の周囲を回転させつつ、地を駆け、空中の戦いを見守りながら敵へと突進する。
 そして、紅獅子が地上へ下りた瞬間、予測済みのその地点へ横からざくろが魔導剣で斬りつける。それを紅獅子が尾で受け止めた直後、追随するように飛んできた禍炎剣がその尾を躱して、闇色オーラを貫通して本体へと突き立った。
 それを雄叫びと共に紅獅子が尾で払う。弾け飛んだ剣がクルクル飛ぶ間もざくろは剣を振るって妖斧で追撃。鉤爪による反撃を空中の盾で受け、その陰から飛び出すように剣を繰り出し、一旦、跳び避けながら再び3つの武装をリリースする。
 そこに相手の隙を見て取ったヴァルナが、歌とステップを継続したまま、バトンでも振る様に龍槍をクルリと手中に回した。そして、得物に込めたマテリアルを、ステップと共に身構えた。その瞬間、彼女の踊りはまるで演武の様に──そして、その穂先を前へと一直線に突き出しながら、歌詞の内容を変えて、歌い上げるように味方へ警告を発した。
「徹します──!」
 ヴァルナの前面に立ち続けていたヴァイスが、振り返ることなく脇へと退ける。
 直後、『魔装』を込めて放たれた『徹閃』が、紅獅子の後肢から尾の付け根に掛けて斜めに貫いた。
 ダメージが蓄積していた紅獅子の後肢が、耐え切れずにガクリと膝から地面へ落ちた。瞬間、アデリシアはこれまで温存していた『ブリガトリオ』を紅獅子へ向かって投射した。
 地面から突き出した無数の闇の刃が紅獅子を貫き、その身をその場に固着された。
「入った……!」
 アデリシアの声に重なる紅獅子の怒りの咆哮──だが、歌の効果によって阻害を受けた者は一人もいない。
 アデリシアは十字鎚を手に紅獅子の斜め後ろへ回ると、敵の後肢に更なる魔力を叩きつけた。反撃が来る前に一旦、離脱し、再びの闇の刃で敵の拘束を継続する。
 反撃の九十九針は、一旦、守りの構えを解いて前進して来たヴァイスによってまた阻まれた。その眼前に光り輝く鎧を纏った戦乙女が現れ、飛んで来た針の一部を得物と盾で打ち払った。
「今のはアデリシアの『戦乙女の盾』……なるほど、今は回復は二の次と言う訳だな」
 ヴァイスもまた魔鎌に魔力を込め直し、紅獅子へと斬りかかっていった。動けなくない紅獅子をハンターたちは包囲下において殴り続けた。
(よし、後はこのまま敵が回復を使い切るまで殴れば……)
 だが、その長期戦方針は変更を余儀なくされた。想定外の出来事が戦場外で起こったから──いつの間にか斜面を駆け下りて来ていたソードが、側面から『仲買人』を斬り捨て、遺跡の中へと飛び込んでいったからだ。
「……は?」
 その場にいた誰もが信じられないという目でそれを見た。後から追い掛けて来たマリーが慌ててソードの後を追っていき……あろうことかルーサーまでそれに続いた。
「こいつはマズい……ざくろ、ヴァルナ!」
「分かってる!」
 ハンターたちは敵の体力を削り切れるか分からぬ内に、賭けに出ることを強いられた。
「必殺超重剣・妖魔十文字斬り……!」
 出し惜しみなし。全力の攻撃で、短時間で敵を潰し切る── ざくろは『超重錬成』で巨大化させた魔剣を、背骨も折れよとばかりに叩き付け。直後、浮遊させた妖斧を真横に振るって敵を十文字に斬りつけた。
 ヴァルナもまた無茶を承知で短期決戦に打って出る。全身全霊を込めて断絶の一撃を繰り出す『終閃』──ただ極限まで研ぎ澄まされただけの刺突が、ヴァイスの『バーストエンド』と共に、紅獅子の四肢を貫いた。
 アルトもまた更に加速し、目にも止まらぬ速さで敵の周囲を飛び回って、その全身をズタズタに切り裂いた。アデリシアは『ブルガトリオ』を連打して、敵をその場に拘束し続けた。
「そろそろ全力で行く。見せてやろう、最強と言祝がれる守護者の戦闘能力を」
 ……速さは時を超え、質量を持った残像と化して紅獅子を切り刻んだ。
 やがて、『紅獅子』は咆哮と共に天を仰ぎ……回復手段を残した状態で倒された。

 鶏竜が地上に落ちてから5Rはディーナの阻害効果によりほぼ一方的に殴りつけることができた。
 代わりに、鶏竜の毒と呪いは前衛組を蝕み続けた。ルーエルはその度に『ヒーリングスフィア』と『フルリカバリー』を使用し、味方の攻勢を支え続けた。
「怪我をした人はこっちへ来て! お姉さんも無理しないで……!」
 攻撃に集中する味方の元を回りながら、ルーエル。ディーナは5Rが過ぎた後も、ファーストエイドで自身を癒しながら十字鎚を振り続けた。
(背骨を折ってしまえば、翼があろうと飛べなくなるんじゃ……)
 鶏竜の背中をとたたたたっ、と駆け上がり、大きく振り被った一撃を真一文字に振り下ろす。鶏竜が暴れてのた打ち回りながらブレスを吐き出し、『石化』した味方をサクラが『ゴッドブレス』で回復する。
 闇の刃に抵抗し、包囲を解こうとする鶏竜。だが、それは紅獅子を倒して駆けつけて来たヴァイスによって阻まれた。
「……一気に決めてください。防御一切は私に任せて、反撃は気にせずに……!」
 『弟子』たちの無鉄砲な行動を報せられて、サクラは怒りと共に『ミレニアム』──周囲の味方に絶対の守護と不退の祈りを皆に敷いた。
 ハンターたちが全力で攻勢に打って出た。ディーナは再び鶏竜の背に飛び乗り、「骨と言う骨は全て砕いて抜くの!」と十字鎚を肋骨の一本一本に振り下ろし続けた。シレークスは守りを捨てた攻めの構えで両拳に魔力を纏い、拳と魔力の追撃で以ってゴリゴリと敵の生命力を削っていった。

 やがて、鶏竜も力尽きて沈黙した。闇色のオーラに汚染され尽くしたその身体はその一片も残さずに粒子と化して掻き消え、ディーナはガクリと膝をついて涙目でそれを見送った。
「……エクラよ。どうかこのものたちに憐れみを」
 小声で祈りを捧げ、遺跡入口を見やるシレークス。ルーエルも頷き、すぐにルーサーたちを追って遺跡へ入ろうと急ぐ。
 だが、入口へと辿り着く前に、斬られたはずの『仲買人』がむくりと身を起こし、ハンターたちは足を止めた。
 『仲買人』はパチパチと手を叩いて笑った。
「さすがですね。調教し、『種子』を与えて訓練も施したあの二体ですらもう相手にならないとは」
 その言葉が終わる前に、アルトがその喉元を掴んで地面へと叩きつけた。
「なんでソードさんを通した?! あの若い男が黒幕なのか?!」
「まあ、ここで答えてさしあげても良いのですが……やはりそれは野暮というものでしょう。遺跡の奥まで来てください。話はまたその時に」
 ざくろの問いにそう答えた瞬間、『庭師』の表情が変わった。笑顔は立ちどころに消え失せ、「なぜ……」と呟き、事切れた。
 戦いが終わったのを確認して、クリスが斜面を下りて来る。
 ハンターたちは何があった? と彼女に訊ねた。
「『仲買人』とのやり取りを聞いていたソードさんが何かに気付いて……ルーサーに『喜べ。まだ仇は俺たちの手で取れるぞ!』と言って、突然……」
 ハンターたちは互いに顔を見合わせた。レインは「焦りは禁物って念を押しといたのに!?」と頭を抱えた。
「ともかく、すぐに後を追わないと……」
 ハンターたちは頷き、遺跡の中へと入っていった。

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重体一覧

参加者一覧


  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 掲げた穂先に尊厳を
    ルーエル・ゼクシディア(ka2473
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 誓槍の騎士
    ヴァルナ=エリゴス(ka2651
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • それでも私はマイペース
    レイン・ゼクシディア(ka2887
    エルフ|16才|女性|機導師
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士

サポート一覧

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アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/07/22 16:51:31
アイコン 相談です・・・
サクラ・エルフリード(ka2598
人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2019/07/23 18:46:40